横浜地方裁判所 平成18年(行ウ)66号 判決 2007年10月24日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第5当裁判所の判断
1 争点1(出訴期間の遵守)について
証拠(甲3の1、4、乙4、原告本人)によれば、本件棄却決定の決定書謄本は、平成18年5月30日付けで作成され、同月31日ころに横浜市役所から郵便で原告に発送されていること、決定書謄本が封入されていた封筒(甲4)には郵便受付印で「○○18」のほか、「6」と「1」の数字がかすれたように押印されていること、原告は、決定書謄本を受領した日として上記封筒に「H18 6/3」と記載していること等の事実が認められ、上記によれば、原告が平成18年6月3日に上記決定書謄本を受領したという主張には相応の根拠があるものと認められる。
そうすると、本件出訴期間は、原告が本件棄却決定があったことを知った日である平成18年6月3日から6か月を経過した同年12月4日(同月3日は日曜日である。)の経過をもって満了することになり(行政事件訴訟法14条3項、7条、民事訴訟法95条3項)、同月2日に提起した本件訴訟は出訴期間を遵守しており、適法であるといえる。
よって、被告の出訴期間徒過の主張は採用することができない。
2 争点2(本件一部開示決定の非開示部分が本件2号ただし書に該当するか)について
(1) 本件2号本文は、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」等を非開示情報と定めている。ここにいう「個人に関する情報」とは、事業を営む個人の当該事業に関する情報が除外されている以外には文言上何らの限定がないから、特定の個人が識別され、又は識別することができるものは、原則として同号所定の非開示情報に該当するというべきである。
(2) これを本件についてみるに、証拠(乙3の1ないし29)及び弁論の全趣旨によれば、起案鑑2頁(乙3の2)の黒塗り部分には本件境界調査の申請者、立会人、125番4と125番3の民民境界について承諾しなかった者の氏名が、承諾書(乙3の3ないし8)の黒塗り部分には承諾した者の氏名、氏名の印、住所、所有する土地の所在地が、道水路等境界調査申請書(乙3の10)の黒塗り部分には申請者の氏名、住所、連絡先、電話番号が、隣接地の所有者の立会同意届出書(乙3の13ないし17)の黒塗り部分には本件境界調査の申請者の氏名、住所、同意をした隣接地所有者の氏名、氏名の印、住所、所有する土地の所在地が、境界点間距離精度管理表(乙3の26)の黒塗り部分には観測者と手簿者の氏名が、それぞれ記載されているものと認められる。
本件一部開示決定の非開示部分に記載されている氏名、氏名の印、住所、電話番号は、個人を識別する第一義的要素であり、これが公開されれば当該個人のプライバシー等の権利利益が害されることは明らかであるし、その侵害は氏名等の公開によって直接生じるものである。
また、所有する土地の所在地についても、何人にも閲覧可能な登記簿の記載と照合することにより、容易に個人を識別することができる情報であるといえる。
したがって、本件一部開示決定の非開示部分は本件2号本文に該当するといえる。
(3) 次に、原告は本件一部開示決定の非開示部分が本件2号ただし書に該当する旨主張するので、この点について検討する。
ア 本件2号ただし書アは、「法令等の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報」について、非開示情報の除外事由と定めている。
道水路等境界調査における承諾書等に記載された個人情報については、境界調査規則上、これらを公開すべき旨を定めた規定は存在しない。また、慣行としても、公開が行われ、あるいは行われることが将来予定されていると認めるに足りる証拠はない。
これに対し、原告は、国土調査法21条2項が本件条例に優先適用され、同条に基づいて承諾書等記載の個人情報についても公開されるべき旨の主張をする。しかし、本件境界調査は国土調査法に基づく調査ではないから、国土調査法を根拠に成果を一般の閲覧に供さなければならないと解することはできない。なお、国土調査法21条2項で公開が求められている「成果」とは地図及び簿冊であり(同法19条1項)、調査に関与した者の個人情報までも公開の対象とするものではない。
また、原告は、被告の文書である道水路等境界調査の手引き(甲5)において、境界調査図を閲覧に供すべき旨規定されていることを根拠として主張する。しかし、境界調査規則(乙2)には境界調査図を閲覧に供すべき規定はなく、仮に上記のような記載が手引きにあったとしても、閲覧手続についての内部的な取り決めにすぎず、直ちに法的根拠を有するものではない。また、たとえ境界調査図を一般の閲覧に供する規定ないし慣行が存在するとしても、上記の非開示部分は境界調査図ではなく承諾書等に記載された氏名等の個人情報であり、公開の対象とはならない。
したがって、本件一部開示決定の非開示部分はいずれも本件2号ただし書アに該当せず、原告の上記主張は採用することができない。
イ 本件2号ただし書イは、「人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報」について、非開示情報の除外事由と定めているが、これは、同号本文規定の個人情報であっても、これを公開することにより害されるおそれがある当該情報に係る個人の権利利益よりも、人の生命や財産等の保護の必要性が上回る場合には、当該個人情報を公開する必要性と正当性が認められることから、これを公開しなければならないとしたものと解される。
この点について、原告は、本件境界調査は規則上立会いが必要な隣接地所有者全員の立会いがないまま実施され、また原告は承諾書を提出していないにもかかわらず土木事務所はこれを否定しているので、承諾書や立会同意届出書が偽造されたかどうかを確認できなければ隣接地所有者が財産上の不利益を被る旨主張する。
しかし、△△125番4の土地所有者(共有者)である原告が承諾書を提出していないことは、起案鑑2頁(乙3の2)の「なお、125―4と125―3の民民境界について、争いがあるため……より承諾が得られないので、道路の境界としても不調とします。」との記載、及び125番4と道路との境界が境界調査図(乙3の9・27)に記載されていないことから明らかであり、土木事務所がこれを否定し、原告の承諾書を偽造したとの主張は何らの根拠がないものである(乙3の2・9・11・27)。
また、規則上立会いが必要な者が立ち会っていない旨の主張については、本件境界調査では、境界復元が行われた道路の隣地である△△125番3、同125番2、同126番6、同109番3、同109番15、同109番16の各土地の所有者とみられる6名(125番5と126番6は同一所有者)の承諾書(乙3の3ないし8)、このうち申請者である125番3の所有者を除く5名とみられる立会同意届出書(乙3の13ないし17)が提出されており、これら隣接地所有者が立ち会ったことが推認される。
そもそも、土地の境界は国家が行政作用によって定めた公法上のものであり、公簿上の境界線が現地のどこに当たるかは事実であって権利関係ではない。したがって、境界は土地所有者間の合意が成立したことのみによって確定するものではない。また、たとえ万が一、本件境界調査において真実と異なった境界が復元されたとしても、そのために権利者の権利利益に直ちに変動を及ぼすというものでもなく、隣接地所有者が所有権確認又は境界確定の訴えを提起し、これらの訴訟において本件境界調査の成果と異なる境界を主張することも何ら妨げられるものではない。
以上によれば、原告の主張するところの財産上の不利益は、本件非開示情報を公開することにより害されるおそれがある個人の権利利益を上回るものとはいえず、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 本件2号ただし書ウは、個人情報のうち「当該個人が公務員等である場合において」、「当該情報のうち当該公務員等の職及び当該職務遂行の内容に係る部分」について、非開示情報の除外事由と定めている。
本件一部開示決定の非開示部分は、申請者、隣接地所有者、測量の観測者と手簿者の各個人情報であるが、本件境界調査では測量は民間の土地家屋調査士が行ったと認められるので(乙3の9・27)、当該個人のいずれも公務員であるとは認めることができない。
これに対し、原告は本件境界調査が市職員の職務として行われたので本件2号ただし書ウに該当する旨主張する。しかし、本件2号ただし書ウは、非開示情報に係る個人が公務員等である場合の規定であって、公務員等の職務執行として行われた業務に関する文書をすべて公開することまで定めた規定とはいうことができない。
したがって、本件一部開示決定の非開示部分は、いずれも本件2号ただし書ウに該当せず、原告の上記主張は採用することができない。
3 争点3(本件非開示決定に係る別紙第2文書目録記載の各文書の存否)について
本件非開示決定は、上記原告の開示請求に係る各文書が作成されておらず、不存在であることを理由としてなされたものである。
ところで、本件条例2条は「行政文書」を「実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真、フィルム及び電磁的記録……であって、当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして、当該実施機関が保有しているもの」と定義した上、同5条において何人も当該実施機関の保有する行政文書の開示を請求することができる旨定めている。そして、これらの規定によれば、本件条例に基づく行政文書の開示請求権が発生するためには実施機関が当該文書を保有していることが要件となるものと解される。そうすると、本件条例にあっては、文書の不存在を理由とする公文書非開示決定の取消訴訟において、当該文書の存否に関する立証責任は、当該文書の存在を主張する者が負うと解するのが相当である。
したがって、本訴においては、本件非開示決定がなされた当時、原告の開示請求に係る各文書が存在したことについて原告が立証責任を負う。
(1) 本件非開示決定のうちの「⑤調査により作成された全域の実測図、⑥△△125―3と10/125―2/125―8/125―5と6各実測面積と計算の明細、125―4暫定面積と計算の明細」について
原告の開示請求に係る上記各文書のうち、⑤は本件境界調査の調査区域について作成した地積測量図、⑥は△△125番3、同125番10、同125番2、同125番8、同125番5、同125番6の各実測面積と面積計算の明細を記載した文書、△△125番4の暫定面積と面積計算の明細を記載した文書を指すものと解される。
そして、証拠(甲7、乙2、3の11・18)によれば、道水路等境界復元とは資料図に基づいて境界を確認する作業であり、本件境界調査においては、公図及び昭和51年に行われた国土調査の成果による座標値(X軸、Y軸で表示)を使用して道水路の辺長等距離を算出し、現地に境界標を設置し、境界調査図が作成されたものであることが認められる。また、本件境界調査の成果である境界調査図(乙3の9・27)には各民地の面積は記載されていないことが認められる。その他、本件境界調査において民地の地積測量が行われたと認めるに足りる証拠はない。
これに対し、原告は道水路等境界調査業務の手引き(甲5)の記載を根拠に、本件境界調査は地積測量を目的として行われ、面積の測量が行われている旨主張する。
しかし、原告が指摘する手引きの記載は、道水路等境界復元が地籍調査(国土調査法2条1項3号、同条5項)による地籍図を資料図として行われる場合について(境界調査規則2条3項)、地籍調査の解説を行っている部分に過ぎないことがその記載内容から明らかである。そして、本件境界調査は境界調査規則に基づく道水路等境界調査であり、国土調査法に基づく地籍調査ではないので、上記の記載をもって直ちに、本件境界調査においても面積が測定されたということはできない。
もっとも、証拠(乙3の10)によると、本件境界調査の申請者は、本件境界調査を「地積測量」の目的で申請したことが認められる。しかし、申請者において上記のような目的を有していたとしても、これによって、本件境界調査の調査結果に地積確定の効力が発生するというものでもない。
さらに、原告は民地の面積が正確に測量されなければ正確な境界調査図は作成できない旨主張する。しかし、本件境界調査はあくまで既に確定している境界を資料図に基づいて復元する作業であり、土地面積の測量が必要不可欠であるとは認めることができない。
なお、証拠(乙3の9・27、原告本人)によれば、本件境界調査においては、申請者が依頼した土地家屋調査士が周辺地域を測量したことが認められる。しかし、道水路等境界復元が前記のような作業であることに鑑みれば、たとえ当該土地家屋調査士がその際付近の民地の地積を測量したとしても、被告のする道水路等境界調査に伴うものとはいえず、被告がそれらの成果を取得・保有する理由もない。
したがって、たとえ土地家屋調査士が作成した各民地の地積図が存在するとしても、本件条例所定の行政文書とはいえず、原告の上記主張は採用することができない。
(2) 本件非開示決定のうち「⑦処理内容の明細が分かる文書、⑧測量方法と説明文」について
原告の開示請求に係る上記各文書は、本件境界調査の処理内容、測量方法等が分かる文書を指すものと解されるが、道水路等境界調査の一般的な処理手順については境界調査規則(乙2)及び道水路等境界調査業務の手引き(甲5)に記載されており、個別の調査毎に処理内容や測量方法等を記録した文書を作成する必要性も認められなければ、慣行として作成していたという事情も見当たらない。
原告は、保有していないのであれば作成して開示すべき旨の主張もしているが、行政機関が現に保有する文書の公開という本件条例の目的を超える主張であり、理由がない。
よって、原告の上記主張は採用することができない。
(3) 本件非開示決定のうち「⑦125―4角切部分の数枚の青写真」について
証拠(乙3の11、原告本人)によれば、原告の開示請求に係る上記文書は、角切部分を含めた△△125番4の境界調査図のように解される。しかし、前述のように、125番4の土地と道水路等との境界復元は不調のために実現しておらず、境界調査規則(7条参照)によれば境界復元がなされなかった土地について境界調査図が作成されないというものであって、同図面は存在しないと言わざるを得ない。
これに対し、原告は、土木事務所の職員が上記文書を所持しているのを目撃した旨主張する。しかし、証拠(原告本人)によれば、原告は、職員が所持していた厚い図面の綴りの中に上記文書らしき図面も綴られていたと述べているに過ぎず、当該文書の存在を確認したものではなく、これをもって上記文書の存在を認めることはできない。
なお、前述のように、仮に申請者が依頼した土地家屋調査士が、125番4の土地と道水路等との境界あるいは角切部分を測量した事実があったとしても、不調に終わった境界復元について被告の職員が測量図を取得・保有する理由はなく、土地家屋調査士が作成した境界の測量図が存在したとしても、本件条例所定の行政文書とはいうことができない。
また、証拠(甲3の3、9、乙3の28・29)及び弁論の全趣旨によると、本件に伴って原告に開示された資料の一部に参考図(乙3の28・29)が存在すること、時期的には本件境界調査の後である平成15年2月4日印刷に係る被告道路局作成の道路台帳平面図(甲9)が存在すること、これら図面には、角切部分を含む125番4の土地が記載されていることが認められる。しかし、両図面は本件境界調査による成果そのものを記載したものではないこと、また、参考図については作成者も明らかではないことがいずれもその記載上明らかであり、これらの記載をもって本件境界調査に際し境界調査図が作成されたと認めることはできない。
(4) 以上のとおり、原告の上記主張はいずれも採用することができず、他に本件非開示決定に係る各文書の存在を認めるに足りる証拠はない。
4 争点4(本件審査における手続上の瑕疵の存否)について
原告は、審査会の委員が審理に必要な資料を検討せず、本件事案について十分に理解しないまま審査を実施した等と主張する。
証拠(甲6、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、平成18年2月17日に行われた原告の意見陳述に際し、審査会の各委員は原告の異議申立書(甲2)と簡単な図面以外の資料を手元に置いていなかったことが認められる。しかし、そうであったとしても、上記を理由としては各審査委員が資料の検討を十分に行っていなかったということはできない。かえって、証拠(甲6)によれば、各委員は、上記意見陳述に際し、原告の意見をよく聴いたとして、原告がその旨陳述書に記載していることが認められる。
原告は、審査会の答申が、被告が審査会に諮問の際提出した処分理由説明書(甲7 3頁以下)どおりの内容であるとも主張する。しかし、証拠(甲3の3)及び弁論の全趣旨によると、審査会は、原告が開示を求める文書の存否について被告にその存在を調査させ、実施機関とは異なる立場から決定理由の当否を検討していることが認められ、被告の言い分を審査せずに追認したとは認めることができない。
また、原告は、答申の内容は十分な論理的根拠に欠ける、本件2号ただし書きアないしウについて誤った解釈をしている等とも主張する。しかし、これらの主張は、結局のところ、本件各非開示決定を維持した本件審査の結論を非難するものであって、本件各非開示決定自体の違法を理由とするものと異ならず、いわゆる原処分主義を規定する行政事件訴訟法10条2項により、主張することができないというべきである。
以上のとおり、本件棄却決定に瑕疵があることを窺わせるに足りる事情は認めることができず、原告の上記主張はいずれも理由がない。
第6結論
以上のとおりであって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 植村京子 沼野美香子)