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横浜地方裁判所 平成19年(ヨ)299号 決定 2007年6月04日

債権者

債務者

自動車部品工業株式会社

同代表者代表取締役

債務者代理人弁護士

佐藤明夫

田中達也

主文

1  本件申立てを却下する。

2  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由

第1  申立ての趣旨

債務者の平成19年5月18日取締役会決議(以下「本件決議」という。)に基づく第三者割当による新株発行(以下「本件新株発行」という。)を仮に差し止める。

第2  事案の概要

1  債権者は、債務者の株主であるところ、本件新株発行について、発行価額が「特に有利な金額」(会社法199条3項)であるにもかかわらず、同条所定の株主総会の決議を得ていないことが法令違反に該当すること(会社法210条1号)、本件新株発行が資金調達を主要な目的とするものでないことから、著しく不公正な方法による株式の発行に該当すること(同条2号)等を理由に、申立ての趣旨記載のとおりの仮処分を申し立てた。

2  債務者は、本件新株発行における発行価額が「特に有利な金額」であるか否かは市場価格を基準とし、日本証券業協会が策定した同協会員(証券会社)向けの自主的ルールである「第三者割当増資等の取扱いに関する指針」(発行価額は、当該増資に係る取締役会決議の直前日の価額又は相当期間の平均市場価格に対して10%以内のディスカウントを行うことを適当なものとする指針。以下「本件協会ルール」という。)に照らして判断されるべきであるところ、本件新株発行でのディスカウント率は約6.03%であるから「特に有利な金額」に該当しないこと、本件新株発行の目的は、産業用エンジンの増産需要に対応した生産能力増強のための急激な設備投資の必要からの資金調達にあり、かつ、製品販売先の大半をa株式会社が占めていること、b株式会社及びc株式会社は、主にa株式会社を通して取引を行っていること等から、本件新株発行の割当先を上記三社としたものであり、著しく不公正な方法による株式の発行に該当しないことを主張して、本件申立ての却下を求めた。

第3  判断

1  債権者が債務者の株式29万9千株を保有する株主であること、債務者の平成19年5月18日取締役会において本件決議がされ、同決議に基づき、a株式会社、b株式会社及びc株式会社に対する第三者割当の本件新株発行が、申込期日及び払込期日を平成19年6月4日として実施予定であることは、当事者間に争いがない。

2  そこで、以下において本件新株発行における発行価額及び発行目的に係る事実関係等ついて検討する。

(1)  発行価額について

本件記録によれば、本件協会ルールが制定されており、その協会員において、新株発行における発行価額決定の指針として尊重されていること、債務者では本件新株発行における発行価額を1株あたり460円(以下「本件発行価額」という。)と決定したこと、本件発行価額は、本件決議の直前日までの直近3か月間に相当する平成19年2月18日から同年5月17日までの間に東京証券取引所が公開した債務者株式の終値の平均である489.5円を参考に決定され、そのディスカウント率は約6.03%になること、債務者が上記期間における市場株価の平均値を基礎としたのは、債務者の株価が市場流動性の乏しい銘柄であって、主たる取引先との取引状況により株価が大きな変動を示す傾向がみられ、現に、債務者の業績発表の影響により発行価額決定の直前である同年4月27日時点で株価が著しく高騰しており、株式の客観的価値を計る必要から、発行日直前の株価のみを基準とするのは相当でないと判断し、直近の市場価格の動向や他社の事例を参考とするとともに、既存株主の利益や債務者における資金調達の目的実現等の事情を総合考慮した結果であることが、それぞれ認められる。

(2)  本件新株発行の目的等について

本件記録によれば、債務者の製品の大半がa株式会社向けに販売されていること、そのうち産業用エンジンについては、債務者における生産能力が平成16年3月期で100%に達していたが、大幅な設備増強を行わないまま対応してきたところ、平成18年9月にa株式会社から示された生産計画を上記生産能力の割合を基礎として検討すると、平成19年が120%、平成23年3月期には159%に達することになり、また、平成19年2月にa株式会社から示された見直しの増産計画では更に増産が求められるに至っていることから、債務者に対する生産要求と債務者の生産能力が大きく齟齬することが明らかになったこと、そこで債務者において検討した結果、今期の産業用エンジンに関する設備投資は約20億円とすることを決定したこと、a株式会社との取引における他の主力製品である自動車用部品についても、平成19年3月に同社から翌年3月期以降の生産計画が示され、それによると毎年1万台ないし2万台程度ずつの増産を求められる状況にあり、このような増産に対応するためには約23億円の設備投資を要すること、上記設備投資のほか、インフラ関連等の投資も約5億円を計画するに至っていること、以上のような、a株式会社との取引関係が債務者の事業の根幹をなしていること、b株式会社及びc株式会社とは、主にa株式会社を通して取引を行っていること等から、迅速かつ確実な資金調達と財務体質の強化、さらにはパートナーシップを強めることにも配慮して、債務者は上記三企業に対して本件新株発行を行うものとしたことが、それぞれ認められる。

3  以上によれば、まず、発行価額については、新株発行に関する証券取引関係者において尊重されている本件協会ルールに則り、債務者の株式の特質等にも配慮しながら合理的な金額を算出しているものということができ、そのディスカウント率や新株発行の上記目的とも併せ考慮すれば、会社法の規制に違反する「特に有利な金額」であるとすることはできない。次いで、本件新株発行の目的が主として設備投資のための資金調達を目的とするもので、会社支配権の維持や少数株主権の剥奪等にあるとはいえず、第三者割当先の企業についても不合理な選定ともいえないことからすれば、本件新株発行が会社法の規定に反した「著しく不公正な方法」によるものであるとすることもできない。

そうすると、被保全権利の疎明がないから、その余の点を判断するまでもなく、本件申立てには理由がない。

4  よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 沼田寛)

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