大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成19年(ワ)1682号 判決 2008年6月27日

甲事件原告兼乙事件被告

有限会社 X建設

代表者取締役

訴訟代理人弁護士

延命政之

宮下京介

大川宏之

甲事件被告兼乙事件原告

Y工業株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

西村寿男

林毅

主文

一  甲事件被告兼乙事件原告は、甲事件原告兼乙事件被告に対し、別紙物件目録記載の土地を明け渡せ。

二  甲事件被告兼乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じ、甲事件被告兼乙事件原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

主文第一項同旨

二  乙事件

甲事件原告兼乙事件被告(原告)は、甲事件被告兼乙事件原告(被告)に対し、別紙物件目録記載の土地(本件土地)を明け渡し、かつ、平成一九年三月一日から明渡済みまで一か月三三万七五〇〇円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  甲事件は、原告が、被告に対し、「被告は、平成一九年一月下旬から三月上旬までの間に、本件土地の占有を原告から侵奪し、または、本件土地の占有を原告から侵奪したa不動産株式会社(a社)から、占有侵奪の事実につき悪意で占有を承継し、本件土地を占有している。」として、占有権に基づく占有回復請求権(民法二〇〇条一項、同二項但書)により、本件土地の明渡しを求めた事案である。

乙事件は、被告が、原告に対し、「被告は、同年二月二八日、a社から、本件土地を買い受けた。原告は、本件土地を不法に占有している。原告の不法占有により、一か月当たり三三万七五〇〇円の損害が生じている。」として、所有権に基づく返還請求権により、本件土地の明渡しを求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償請求権により、同年三月一日から明渡済みまで一か月三三万七五〇〇円の割合による損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

(1)  原告は、一般建築工事業等を目的とする有限会社であり、被告は、各種工事の請負業や不動産の売買、賃貸及びその仲介等を目的とする株式会社である。

(2)  原告は、平成一六年七月一五日、a社から、本件土地を含む分筆前の横浜市<以下省略>の土地(<省略>の土地)の宅地造成工事(本件宅地造成工事)を請け負い、同一七年一月末、上記工事を完成させた。

(3)  a社は、本件宅地造成工事の請負代金の一部を支払っていない(残代金額については、原告とa社間に争いがある。)。

(4)  原告は、平成一九年一月下旬ころ、本件土地上に大量の残土を置き、また、柵を設置するなどして、本件土地を占有していた。

(5)  被告は、平成一九年二月、a社から本件土地を買い受け、現在、本件土地を占有している。

三  争点

(1)  被告は、平成一九年一月下旬から同年三月中旬までの間に、原告から本件土地の占有を侵奪したか。仮にそうでないとしても、被告は、a社から本件土地の占有を承継した際、同社が本件土地の占有を侵奪したことを知っていたか。

(2)  原告は、平成一七年一月末ころ、a社に対し、本件土地を引き渡したか。

(原告らの主張)

一  争点(1)(被告が占有侵奪者又は悪意の特定承継人か)について

(1)  被告は、平成一九年一月下旬から三月中旬までの間に、原告から本件土地の占有を侵奪した。

すなわち、被告の実質的経営者(オーナー)兼取締役であるC(C)は、同年一月下旬から三月中旬までの間に、原告が本件土地上に置いていた残土等を、原告が置いたものであることを知りつつ、a社にこれを撤去させた。被告は、a社と共謀して、原告から本件土地の占有を侵奪したのである。

(2)  仮に、被告による上記占有侵奪の事実が認められないとしても、被告は、a社から本件土地の占有を承継した当時、同社が原告から本件土地の占有を侵奪したことにつき悪意であった。すなわち、

ア Cは、本件土地の残土等は原告が置いたものであることを知りながら、a社にその撤去を指示した。また、Cは、本件土地の引渡しに先立ち本件土地を訪れた際、本件土地上に、a社が本件土地上の残土等を撤去した旨を記載した告知文が掲示されていたのを見ており、同社が原告に無断で本件土地上から残土等を撤去したことを知っていた。

イ 被告は、平成一八年六月ころ、原告がa社に対する未払工事代金債権の支払を確保するため、留置権に基づいて本件土地を占有していたことを知っており、被告がa社から本件土地の引渡しを受けた当時も、上記未払工事代金をめぐる原告とa社との間の紛争が未解決であることを知っていた。

ウ a社のオーナーであるDは、平成一九年一〇月半ばころ、二〇年来の知人であるEに対し、被告のCは、原告が留置権に基づいて本件土地を占有していることを知りつつ本件土地売買契約を締結した旨話していた。

エ 被告は、本件土地をめぐる紛争に関し、売主であるa社の責任を追及することが可能であったのに、同社に対しては訴訟提起等の法的措置をとっていない。

オ 上記アないしエの事情によれば、被告は、原告が留置権に基づき本件土地を占有していたことを知りながら、a社に対し、原告が本件土地に置いていた残土等の撒去を指示し、また、a社が原告に無断で残土等を撤去した後に、そのことを知りつつa社から本件土地の占有を承継したことが明らかである。被告は、a社による占有侵奪の事実につき悪意であった。

(3)  被告は、a社が本件土地から残土等を撤去することは法的に正当な権利行使であると信じていた旨主張する。しかし、仮に被告がそのように信じていたとしても、それは占有侵奪という事実に対する法的評価を誤ったにすぎない。

二  争点(2)(原告の占有喪失)について

(1)  原告は、平成一七年一月末に本件宅地造成工事を完成した後も本件土地の占有を続けており、上記工事の完成後にa社に本件土地を引き渡したことなどない。

すなわち、追加工事分を含む本件宅地造成工事代金の総額は四七五五万〇〇九四円であるが、a社は、上記のうち二五五〇万円を弁済したのみで、残代金を支払わなかった。そこで、原告は、本件宅地造成工事の完成後も、工事中に持ち込んだゼブラフェンス、鉄パイプ、鉄板、三角コーン、一輪車、ブルーシート、塩ビ管パイプ、電圧機、小道具類、ドラム缶、角材、工事看板、一輪車等を引き続き本件土地上に置いて、本件土地の占有を続けていた。

また、本件宅地造成工事の検査済証の原本は、現在も原告が保管している。宅地造成工事の検査済証原本は、一般的に、土地の引渡しと同時に引き渡されるものである。これを原告が保管しているということは、本件土地の引渡しが未だされていないことを示すものである。

(2)  なお、原告は、平成一六年七月一五日、本件宅地造成工事の請負契約に基づいて本件土地の占有を開始し、本件宅地造成工事の完成後も本件土地の占有を継続していたのであるから、原告の占有は、不法行為により始まったものではない。

(被告の主張)

一  争点(1)(被告が占有侵奪者又は悪意の特定承継人か)について

被告は、本件土地売買契約の締結に当たり、a社及び不動産仲介業者のFから、a社と原告の間の本件土地に関する紛争はすべて解決した旨の説明を受け、これを信じて、本件土地売買契約に基づきa社から本件土地の引渡しを受けた。被告がa社と共謀して原告から本件土地の占有を侵奪した事実はなく、また、a社による占有侵奪の事実も知らなかった。

すなわち、被告は、Fから本件土地の購入話を持ちかけられた平成一八年六月当時、原告とa社の間で本件土地の工事代金をめぐる紛争が生じており、本件土地に原告による仮差押えがされていることを知ったので、いったん上記の購入話を断った。その後、同一九年一月下旬、被告は、仲介業者のFから、上記仮差押えが取り消されて紛争がすべて解決した旨の説明を受けたため、a社において本件土地上の残土等を撤去し更地にした上で引き渡すことを条件に、本件土地を購入したのである。

また、本件土地売買契約は、売買代金が一億五〇〇〇万と多額であり、被告がa社と共謀して原告の占有を侵奪するなどという危険な取引をあえてするはずがない。被告は金融機関からの融資を受けて本件土地を購入し、本件土地の抵当権者や差押権者も多数いたのであるから、不正な取引がされる余地などなかった。

二  争点(2)(原告の占有喪失)について

(1)  原告は、平成一七年一月末に本件宅地造成工事を完成した後、a社に対し、本件土地を引き渡し、その占有を喪失した。

すなわち、原告が本件宅地造成工事を完成した当時、工事代金二五〇〇万円のうち、五〇〇万円が未払であり、上記工事に伴い生じた追加工事についても、代金が確定せず、未払の状態にあった。そこで、原告は、a社との間で、同社において分筆前の本件土地を分譲販売し、その販売代金をもって上記未払分の支払に充てる旨合意した上、同社に分筆前の本件土地を引き渡した。同社は、分筆前の本件土地の引渡しを受けた後、b株式会社(b社)を介して、同一七年二月二八日、上記土地のうち、本件土地に当たる部分を除いた土地部分を、Gに売却した。

(2)  原告は、平成一八年六月ころ、本件土地を柵で囲いプレハブ小屋を建て、同年九月ころには大量の残土を運び込むなどして、a社に無断で本件土地の占有を開始したのであり、原告の占有は、不法行為により始まったものである。

したがって、原告に本件土地の留置権は認められない。

なお、原告に留置権が認められるとしても、被告は引換給付の判決は求めない。

第三争点に対する判断

一  本件における事実の経過

上記争いのない事実と《証拠省略》によれば、本件における事実の経過として、次の各事実が認められる。

(1)  原告は、平成一六年七月一五日、a社との間で、請負代金を二五〇〇万円、支払方法を契約時一五〇〇万円、中間金五〇〇万円、完成時五〇〇万円、工期を同日から同年一〇月一五日までとして、<省略>の土地(地積六三七・五七平方メートル)の宅地造成工事を請け負った(本件宅地造成工事請負契約)。

(2)  原告は、本件宅地造成工事の途中で生じた追加工事を含め、平成一七年一月末ころまでに上記工事を完成したが、a社から、工事代金の一部の支払を受けられなかったため、同社に引渡完了証を交付しなかった。

また、原告は、上記工事完成後も、工事中に持ち込んだ資材、工具類、鉄板、フェンス及び一輪車等を<省略>の土地から引き上げず、現地にそのまま置いていた。

(3)  a社は、平成一六年七月二五日、<省略>の土地の販売をb社に委託し、同一七年二月二八日、<省略>の土地のうち一区画(一三四・三平方メートル。本件土地に当たる部分を除く土地部分)を、代金五一五〇万円でGに売却した。これに伴い、<省略>の土地から、上記売却に係る土地と本件土地が分筆され、その後、上記売却に係る土地上には建物が建築された。

(4)  原告は、平成一七年六月一五日、本件宅地造成工事につき、建築基準法第七条第五項の規定による検査済証の交付を受けたが、工事代金が未払であったため、a社には検査済証の写しを交付するにとどめ、原本は引き続き自ら保管していた。

(5)  a社は、平成一八年四月一一日、原告に対し、本件宅地造成工事の残代金として、本工事分五〇〇万円、追加工事分三〇〇万円の合計八〇〇万円の支払義務があることを認め、本工事分は宅地一区画が売却されたときに五〇〇万円全額を、追加工事分は完売時に随時支払う旨記載した確約書を差し入れた。

(6)  原告は、平成一八年四月二八日、a社に対し、本件宅地造成工事代金として二三一五万円二五九九円の支払を求める旨を通知し、同年五月二日、横浜地方裁判所に対し、上記工事代金債権を請求債権として、a社所有の本件土地その他二筆の土地に対する仮差押命令の申立てをし(当庁平成一八年(ヨ)三〇一号)、同月九日、仮差押命令(本件仮差押命令)を得た。

また、原告は、そのころ、a社から本件土地の占有を奪われるのを防ぐため、本件土地上にプレハブ小屋を設置し、その窓部分に大きく「(有)X建設 無断立入り禁止」と記載した紙を張り、また、道路との境界に柵を設置して入口を閉鎖し、その柵の一部にも大きく「(有)X建設 無断立入り禁止」と表記した。

(7)  原告は、平成一八年五月下旬ころから、本件土地の売却代金から本件宅地造成工事代金の回収を図ることとし、不動産仲介業者を介して、本件土地の買主を探していた。そのころ、a社も、多くの不動産仲介業者から、仲介をやらせて欲しい旨言われていたところ、いわゆる不動産ブローカーのFからも仲介に入らせて欲しい旨の依頼を受けた。

被告は、Fから、かねて建築用地等の土地の紹介を受けるなどしていたが、本件土地を購入しないかと持ちかけられ、同年六月ころ、Fと共に本件土地を見に行ったところ、現地には原告の柵とプレハブ小屋が設置されていた。その後、被告は、原告と面談したが、原告から、a社が原告に対する本件宅地造成工事の代金を支払わないため、本件土地を仮差押えしている旨の説明を聞いた。

(8)  原告は、平成一八年九月ころ、本件土地の占有をa社から奪われないよう、さらに占有状態を強固なものにすることを考え、本件土地から上記のプレハブ小屋を撤去し、本件土地上に大量の残土を運び込んだ。

(9)  平成一九年一月一六日、本件仮差押命令は、原告が起訴命令に定められた期間内に本案訴訟を提起しなかったため取り消された。

被告は、そのころ、Fから、本件仮差押命令が取り消された旨を聞き、Fを通じてa社に対し、本件土地上の残土等を撤去した上で引き渡すことを条件に本件土地を購入する意思を伝えた。

(10)  a社は、平成一九年二月一三日、被告に対し、引渡時までに本件土地を更地にし、擁壁の補修を完了すること、本件土地に関連する紛争に関し、被告に一切迷惑をかけないことなどを約し(平成一九年二月一三日付け合意)、同日、a社と被告は、本件土地につき、代金を一億五〇〇〇万円、支払方法を契約締結時に三〇〇万円、同月二八日に一億四七〇〇万円とする売買契約を締結した(本件土地売買契約)。

同日、被告は、a社に上記三〇〇万円を支払った。

(11)  本件土地売買契約が締結された当時、本件土地には、a社を債務者とする三浦藤沢信用金庫の抵当権が設定されており、横浜市西区役所による滞納処分による差押えのほか、横浜市神奈川区役所、神奈川県鎌倉県税事務所、神奈川県神奈川県税事務所、神奈川県戸塚県税事務所、神奈川社会保険事務局横浜中社会保険事務室及び鎌倉市による参加差押えがされていたため、被告とa社は、上記抵当権者及び差押債権者ら向けに、売買代金を一億四〇〇〇万円の一括払とする同年二月二八日付け土地売買契約書を作成して、同日までに、上記価格での任意売却により本件土地の抵当権や差押えをすべて解除する手はずを整えた。

(12)  a社は、平成一九年二月二一日ころから同月二八日にかけて、株式会社丁川に依頼して、本件土地から、原告が残置していた資材やフェンス等のほか、原告が設置した柵や残土等をすべて撤去した上、本件土地の周囲に新たな柵を設置し、その柵に、上記撤去に至った経緯等を記載した「告知」と題する書面を貼付して、原告に対し、本件土地に無断で立ち入ることを禁ずる旨告知した。

(13)  被告とa社は、平成一九年二月二八日、同月一三日付け合意において本件土地の引渡し条件とされていた擁壁の補修が未了であったため、本件土地売買契約の代金のうち三五〇万円については、擁壁の補修と、残土等の撤去についての原告への通知が完了した後に支払う旨、七〇〇万円については同日の決済後に支払う旨合意した(平成一九年二月二八日付け合意)。

そして、同日、被告の取引先のさわやか信用金庫において、本件土地の抵当権者や差押債権者の担当者らの立ち会いの下、被告がa社に一億三六五〇万円を支払い、その中から抵当権者や差押債権者らに対する各支払がされ、これに伴い、本件土地の抵当権や差押えはすべて解除された。同日、被告は、a社から本件土地の引渡しを受け、所有権移転登記に必要な書類を受領した。

また、被告は、平成一九年二月二八日付け合意に基づいて、同日、a社に対し、上記の一億三六五〇万円とは別に七〇〇万円を支払い、本件土地の擁壁補修工事完了後の同年三月九日、さらに三五〇万円を支払った。

(14)  原告は、平成一九年三月二七日、本件土地につき、原告を債権者、被告を債務者とする占有移転禁止の仮処分の申立てをし(当庁平成一九年(ヨ)第一八八号)、同月一一日、仮処分命令を得た。

その後、原告は、平成一九年五月七日、本件訴訟を提起し、また、a社に対して本件宅地造成工事代金の支払を求める別件訴訟を提起した。

二  争点(1)(被告が占有侵奪者又は悪意の特定承継人か)について

原告が本件宅地造成工事完成後も本件土地の占有を継続していた経緯等は、上記一認定のとおりであるが、上記一(12)認定の事実によれば、平成一九年二月二一日ころ、原告が本件土地に残土や資材等を置き、柵を設置して本件土地を占有していたところ、a社は、同月二八日までに、原告に無断で、本件土地上から上記残土等をすべて撤去し、新たな柵を設置して本件土地の占有を開始したことが認められる。したがって、a社は、原告による本件土地の占有を強制的に排除し、侵奪したことが明らかである。

そして、上記一認定の事実によれば、被告は、a社から本件土地売買契約に基づいて本件土地の占有を承継したものと認められるところ、原告が被告に対して占有回復請求をすることができるか否かにつき検討するに、被告が、a社から本件土地の占有を承継した当時、上記の占有侵奪の事実を知っていたか否かが問題となる。

この点、上記一(10)ないし(13)認定の事実によれば、被告は、本件土地売買契約が締結された際、原告が従前から柵やプレハブ小屋を設置し、その後、残土を運び込むなどして本件土地を占有していたことを知りつつ、a社との間で、同社において本件土地を更地にして引き渡すことを条件として本件土地売買契約を締結し(平成一九年二月一三日付け合意)、また、同社において、残土等の撤去の事実を原告に通知する旨の合意をした上で(同年二月二八日付け合意)、本件土地の引渡しを受けたものと認められる。これらの事情及び上記一認定の本件土地売買契約締結前後の事情からすると、被告は、a社から本件土地の占有を承継した当時、同社が原告に無断で本件土地から柵や残土等を撤去した事実を知っていたものと認められる。そうすると、被告はa社による占有侵奪の事実につき悪意であったと認められる。

これに対し、被告は、本件仮差押命令が取り消されたことにより、a社と原告の間の本件土地に関する紛争は解決済みであると信じていたのであり、占有侵奪の事実は知らなかった旨主張し、証人Cの証言中にはこれに沿う供述部分がある。

なるほど、上記一(9)及び(10)認定のとおり、本件仮差押命令は、本件土地売買契約前に取り消されたが、他方、本件土地売買契約当時、本件宅地造成工事の代金の一部は依然として支払われておらず、本件土地上には原告が運び込んだ大量の残土がそのままにされていたことからすると、本件土地をめぐる原告とa社の間の紛争が解決されたとは到底いえない状況にあったというべきである。そして、《証拠省略》によれば、被告のCも、当時、本件宅地造成工事の代金が未払であり、本件土地上の残土等は原告のものであることを、a社のDから聞いていたことが認められるのであって、これらの事情からすると、被告が本件土地の引渡しを受けた当時、原告とa社の間の紛争は解決済みであると信じていたなどとは認め難い。

また、上記認定のとおり、被告は、本件土地の引渡しを受けるに当たり、a社との間で、同社において、残土等を撤去した旨を原告に通知することを約しているのであって、これは、被告が、a社が事前に原告の承諾を得ることなく残土等の撤去を実施した事実を認識していたことを端的に示すものにほかならない。むしろ、被告は、原告とa社との間に工事代金をめぐる紛争があること及び原告が本件土地を占有していることを知りつつ、不動産ブローカーのF及びa社と協力して、同社が本件土地の占有を原告から奪取するための策を講じたことが窺われるのである。被告の上記主張は採用することができない。

したがって、被告は、a社による占有侵奪の事実について悪意で占有を承継した者と認められるから、原告の被告に対する本件土地についての占有回復請求は理由がある。

三  争点(2)(原告の占有喪失)について

次に、原告が本件土地の占有を回復した場合、被告は、原告に対し、所有権に基づいて、本件土地の明渡しを求めることができるか否かについて検討するに、原告は、本件土地につき、留置権を有する旨主張しているところ、本件宅地造成工事(追加工事分を含む)の代金の一部が未払であることは当事者間に争いがなく、留置権の被担係債権となるべき債権が存在することが認められる。

これに対し、被告は、原告において、本件宅地造成工事の完成後、a社にいったん本件土地を引き渡し、その後、同社に無断で再び本件土地の占有を開始したのであるから、原告の占有は不法行為により始まったものとして、留置権は成立しない旨主張する。

そこで、原告が、本件宅地造成工事の完成後、a社に本件土地を引き渡したか否かについてみるに、Dは、証人尋問において、工事完成後に原告から本件土地の引渡しを受けた旨供述する(ただし、Dは、その根拠について具体的な供述をしているわけではない。)。

しかし、上記一(2)及び(4)認定の事実によれば、原告は、工事代金の一部が未払であったため、工事完成後も、工事に使用した資材や鉄板、フェンス等を本件土地から引き上げず、平成一九年二月にa社からこれらを強制的に撤去されるまでの間、本件土地上に置いたままの状態としていたこと、通常は目的物の引渡時に交付される引渡完了証や、擁壁の検査済証の原本をa社に交付しなかったことが認められ、また、証拠(証人D)によれば、a社も、上記書類の原本の交付を原告に求めなかったことが認められる。これらの事情によれば、Dの上記供述部分をもってしても、本件土地の引渡しがあったと認めることはできない。

また、上記一(3)認定の事実によれば、原告が本件宅地造成工事をした<省略>の土地のうち、本件土地を除く部分については、平成一七年二月に第三者に売却され建物が建築されており、引渡しがあったものと認められるものの、本件土地については、上記のとおり、依然として原告の資材等が置かれている状況にあったのであるから、上記土地売却の事実をもって、本件土地を含む<省略>の土地全体の引渡しがあったと認めることはできず、他に、本件土地の引渡しがあったことを窺わせる事情も認められない。

そうすると、原告が、本件宅地造成工事の完成後、a社に本件土地を引き渡したとは認められないから、被告の上記主張は採用することができない。

以上のとおりであって、原告は、本件宅地造成工事請負契約に基づいて本件土地の占有を始め、工事完成後も占有を継続していたものと認められる。

そして、上記二のとおり、原告は、平成一九年二月にa社に占有を侵奪されたが、原告の被告に対する占有回復請求に理由があることは上記二で判断したとおりであって、原告が現実に本件土地の占有を回復したときは、占有が継続していたものとみなされるから(民法二〇三条但書、最判昭和四四年一二月二日民集二三巻一二号二三三三頁)、原告には、本件土地につき、本件宅地造成工事の代金債権を被担保債権とする留置権が認められる。

なお、被告の原告に対する所有権に基づく本件土地の明渡請求は、原告がa社から本件宅地造成工事の残代金の支払を受けるのとの引き換えであればこれを認める余地があるが、被告は、第三回口頭弁論期日において、原告の留置権が認められる場合、引換給付判決を求めない旨を述べた。

以上のとおりであって、被告の本件土地の明渡請求は理由がなく、また、原告による本件土地の不法占有を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。

第四結論

よって、原告の被告に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告の原告に対する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原敏雄 裁判官足立正佳は転補のため、裁判官中井彩子は退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 原敏雄)

別紙 物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例