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横浜地方裁判所 平成19年(ワ)84号 判決 2009年9月18日

原告

甲野三郎

原告

甲野四郎

原告ら訴訟代理人弁護士

岩崎修

被告

東京海上日動火災保険株式会社

代表者代表取締役

石原邦夫

訴訟代理人弁護士

永沢徹

大野澄子

長浜周生

野田聖子

高尾和一郎

堀江良太

藤井哲

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告らに対し,各1650万円及びこれに対する平成18年11月6日から支払済みまで年6分の割合による各金員を支払え。

第2  事案の概要

1  本件は,原告らが,被告に対し,「原告らの父である亡甲野太郎(太郎)は,平成17年9月29日,被告との間で,横浜市港南区上大岡<以下略>所在の木造2階建て店舗兼居宅(本件建物)について,月掛店舗総合保険契約及び店舗総合保険契約をそれぞれ締結した(本件各保険契約)。同年12月25日,本件建物1階の店舗「スナックアルファ」(本件スナック)を火元として火災が発生し(本件火災),本件建物及びその内部の什器等は焼燬し,いわゆる全焼状態となった。太郎は,被告に対し,本件各保険契約に基づいて,保険金3300万円の支払を求めたが,被告は,故意免責を主張してこれに応じなかった。太郎は,同18年9月24日死亡した。原告らは太郎の相続人である(なお,相続人の1人である甲野二郎(二郎)は本件訴訟提起後に死亡し,原告らがこれを相続した。)。」として,本件各保険契約による保険金請求権に基づいて,各1650万円とこれに対する遅滞したことが明らかな同年11月6日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  争いのない事実

(1)太郎は,本件建物について,保険代理店を通じて,旧日動火災海上保険株式会社との間で火災保険契約を締結し,更新を重ねていたところ,平成13年12月に上記保険代理店が廃業したため,同14年1月以降,有限会社ベータ保険企画(ベータ保険企画)がこれを引き継いだ。以後,太郎は,ベータ保険企画との間で,火災保険契約を毎年更新していた。

(2)太郎は,平成17年9月29日,被告との間で,本件建物について下記内容の本件各保険契約を締結した。

ア 月掛店舗総合保険(本件月掛店舗総合保険)

(ア)保険期間

平成17年10月30日午後4時から同18年10月30日午後4時まで

(イ)保険の目的及びこれを収容する建物の構造・用法

本件建物及び本件建物内の家財一式

(ウ)保険金額

本件建物につき2000万円,本件建物内の家財一式につき1000万円

イ 店舗総合保険(本件店舗総合保険)

(ア)保険期間

平成17年10月30日午後4時から同18年10月30日午後4時まで

(イ)保険の目的及びこれを収容する建物の構造・用法

本件建物内の什器,設備,機械等及び本件建物内の商品,原材料,製品等

(ウ)保険金額

本件建物内の什器,設備,機械等につき200万円,本件建物内の商品,原材料,製品等につき100万円

(3)平成17年12月25日,本件建物1階の本件スナックを火元として本件火災が発生し,本件建物が焼損した。

港南消防署は,本件火災後,出火原因について,不明と認定した。

(4)被告は,二郎に対し,被告代理人を通じて,平成18年11月6日,本件各保険契約に基づく保険金の支払を拒絶する旨通知した。

3  争点

本件火災が二郎の故意によるものか否か。

(被告の主張)

(1)商法641条は,「保険契約者もしくは被保険者の悪意もしくは重大なる過失によりて生じた損害は保険者これを填補する責に任ぜず」と規定し,保険契約者または被保険者が保険事故を起こした場合について保険者が免責される旨を定めている。また,火災保険普通保険約款においても,「保険契約者,被保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または被保険者が法人であるときは,その理事,取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失または法令違反」によって生じた損害については,保険者は保険金を支払わない旨規定されている。

本件各保険契約の保険契約者及び被保険者は太郎であるが,実際には二郎が太郎名義で保険契約手続を行い,保険料を拠出していたのであって,実質的な保険契約者及び被保険者である二郎の故意もしくは重大な過失等によって生じた損害については,保険者は免責される。

(2)本件火災は,本件スナック内部にある冷蔵庫の上に取り付けられた木製棚(本件棚)付近とテレビ台(本件テレビ台)付近の独立した2箇所から出火した。

上記2箇所からは,いずれも灯油に相当する油性成分が検出されており,また,失火や自然発火では,複数箇所から出火することはありえないから,本件火災は,人為的に招致された火災である(なお,消防署は,本件テレビ台付近の焼損物を検分し,タバコの吸殻等が発見されず,ガソリン等の特異な臭気が感じられなかったため,油性成分に関する検査を行わなかったものと思われる。灯油等の助燃材は,散布量がそれほど多くなかったり,完全燃焼してしまえば火災後に臭気が感じられないのが通常であり,臭気が感じられないからといって,灯油等の油性成分が存在しなかったことにはならない。)。

本件火災発生当時,本件スナックの鍵は旋錠されていたが,窃盗犯が侵入した形跡はないし,愉快犯による犯行の可能性もない。また,本件スナックの経営者である乙山春子(乙山)と従業員の丙川夏子(丙川)には放火の動機がなく,かえって本件火災によりスナック営業ができなくなり,新しいカラオケ設備をはじめ,什器備品類についても多大な損害を被っているから,乙山と丙川が放火をした可能性はない(なお,乙山は,本件スナックの鍵を所持していない。)。

これに対し,二郎は,当時,太郎と同居して本件建物を管理しており,丙川を除き,本件スナックの鍵を所持していた唯一の人物である。乙山及び丙川と太郎及び二郎の間では,本件スナックの立ち退きに関して長年にわたるトラブルがあり,二郎らは,本件火災の直前まで嫌がらせを継続していた。本件建物は,昭和13年に建てられた古い建物であるところ,本件建物が焼失することによって,二郎らは,本件スナックを退去させることができる上,高額の火災保険金を取得できるし,その居住する地域の再開発事業等において,本件建物の敷地を売却することを検討していたとしても何ら不思議はない。二郎が経営する有限会社ガンマ(ガンマ社)は,二郎の個人会社であり,同社の経済状況は二郎の経済状況と同視すべきところ,当時,同社は債務超過に陥っており,資金繰りも厳しい状況にあった。また,二郎は,過去にカラオケの音がうるさいと本件スナックに怒鳴り込んだことがあるにもかかわらず,本件火災発生当時,本件建物2階にある3部屋の内,わざわざ本件スナックの真上の部屋で就寝していたというのは不自然であるし,当然協力すべき消防署の調査に協力せず,火災保険契約の締結についても開示しなかった。二郎が合鍵で鍵を開けて消火活動に寄与していたとしても,放火犯が自らの行為を隠蔽する手段として,あえて消火活動に協力することはしばしば認められる事実である。

以上のとおり,本件火災の出火原因には不審な点があり,二郎には動機となりうる経済状況,その他不自然・不合理な多数の事情があるのであって,このような不審な事情が多数存在すること自体,極めて不自然である。

したがって,本件火災は,本件各保険契約における実質的な保険契約者であり被保険者である二郎ないしその意を受けた者によって人為的に招致されたものであるから,故意免責が成立する。

(3)原告らは,株式会社増田分析センター(増田分析センター)において,本件火災から約1年8か月後に本件スナック内の焼残物を採取して調査した結果,その焼残物から灯油成分が検出されなかったとも主張する。しかし,灯油は時間とともに揮発して消失してしまう性質を有する上,本件建物は,焼損による穴が複数開いていて通風があり,密閉された状態にはなく,かつ,気温が上昇し灯油成分が揮発しやすい夏場を2度も経ていることからすれば,上記焼残物から灯油成分が検出されないことは,むしろ当然である。

また,原告らは,多量の灯油を使用しなかったこと及びガソリンを併用していないことは放火犯の心理として不自然である旨主張するが,特に本件のように老朽化した建物においては,大量の灯油を使用しなくても火災を発生させることは十分可能であるし,大量の灯油等を使用すれば,放火犯自身等にも危険が及ぶので,放火犯が大量の灯油等を使用するとは限らない。また,ガソリンを併用した着火行為は,放火犯が火傷を負ったり,火災が短時間で延焼拡大して逃走が困難になるなど危険性が高いほか,株式会社分析センター(分析センター)が2000事案以上の火災事案において1万検体以上の火災焼残物を分析した結果においても,灯油とガソリンを併用していることは珍しく,灯油が単体で検出されるケースが圧倒的多数である。

(原告らの主張)

(1)本件火災が放火であるとはいえないし,二郎が放火したこともない。

港南消防署の調査においても,本件火災の出火原因は不明と認定されているのである。

仮に,第三者が灯油を用いて本件建物に放火したのであれば,多量の灯油を散布したはずであり,本件火災の鎮火直後に灯油臭が残るから,消防署の調査員がこれに気付かないはずはない。被告は,大量の灯油を使用すれば,放火犯自身及び建物に居住する者に危険が及ぶ旨主張するが,灯油は,ガソリンと異なり,爆発的に焼燬するものではないし,灯油の量が少ない場合,布や紙,その他の媒介物を介して出火させるのが通例であるが,そのような媒介物が存在した形跡もない。増田分析センターが行った調査においても,本件テレビ台南西側床,本件テレビ台南側トイレ直近の床,カウンター南側の床部分に重油及び潤滑油の反応が認められたにすぎず,灯油成分は検出されていない。

仮に,被告が主張するように,本件スナック内の2箇所の焼残物から灯油成分が検出されたとしても,その量が放火をするのに相当な量か否かまでは具体的には分析されておらず,結局,灯油と同じ成分が2箇所から検出されたというにすぎない。また,当時,本件建物の2階には石油ストーブが置かれており,本件火災によって2階の床が抜けたため,石油ストーブが本件スナックに落下し,灯油が飛散した可能性もある。

(2)本件建物を目的とする火災保険は,太郎と被告の間で以前から更新されてきたものであり,また,二郎は,母甲野花子(花子)が病床に伏し,太郎にも認知症の症状が出るなどしたため,平成16年9月ころ以降,父母の面倒を見るべく本件建物で同居するようになったのであって,本件各保険契約の締結には何ら不自然なところはない。

本件火災発生当時,二郎は,本件建物2階の10畳間で寝ていたが,本件建物1階部分からの煙に気付き,2階の8畳間で寝ていた太郎を起こして1階に降り,本件スナックのシャッターを開けようとしたところ,旋錠されていたので,本件建物1階の甲野商会において保管していた鍵を持ち出した。二郎が放火犯ならば,事前に太郎と避難したはずである。

二郎は,本件スナックのカラオケの音がうるさかったため,午前0時以降はカラオケをやめて欲しいと申し入れたり,本件スナックで午前2時,3時までカラオケが使用されていた際,1度だけ抗議したことはある。しかし,二郎及び太郎と本件スナックの間に深刻な紛争が生じていたことはなかった。

太郎には,当時,年金約22万円(2か月分)と本件建物の賃料約22万円の収入があった。二郎も,ガンマ社の役員賞与として年額120万円の収入があったほか,約700万円の預金も有していたし,二郎の妻にも月額50万円ほどの収入があり,放火という重大な犯罪行為をしなければならないほど経済的に困窮してはいなかった。

本件建物の敷地は借地であり,太郎は本件建物に長らく居住し,愛着をもっていた。被告は,あたかも上大岡マスタープランの遂行のために,本件建物が不要になったかのような主張をするが,本件建物の所在地は上大岡マスタープランの対象区域外である。

第3  争点に対する判断

1  本件における事実の経過等

上記当事者間に争いのない事実と証拠(甲1号証の1及び2,2号証の1ないし6,3号証,5号証の1及び4,6号証,9号証,乙2ないし11号証,16号証,18号証,19号証,22ないし24号証,証人A,証人B,原告甲野四郎本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。

(1)太郎(大正13年11月*日生)は,本件建物について,知人が経営していた保険代理店を通じて,旧日動火災海上保険株式会社との間で,火災保険契約を締結し,これを毎年更新していた(旧日動火災海上保険株式会社は,平成16年10月1日に東京海上火災保険株式会社と合併し,被告となった。)。ところが,上記保険代理店が同13年12月に廃業したため,同14年1月以降,ベータ保険企画が上記保険代理店から担当を引き継ぐこととなり,以後,太郎は,ベータ保険企画を介して,本件建物についての火災保険契約を更新していた(ベータ保険企画は,同年10月30日を始期とする契約から担当することになった。)。

太郎は,同16年10月21日,ベータ保険企画を介し,被告との間で,本件建物について,保険期間を同月30日午後4時から1年間,保険の目的及び保険金額を本件建物内の什器・設備・機械等につき200万円,本件建物内の商品・原材料・製品等につき100万円,保険料を月額2万2890円とする店舗総合保険契約を締結した。なお,従前の契約においては,本件建物内の什器・設備・機械等についての保険金額は100万円であったが(前年の契約における保険料は月額1万5290円であった。),上記店舗総合保険契約では200万円に増額した。

太郎の二男である二郎(昭和30年6月*日生)は,同年9月ころから太郎及び花子と同居を始め(なお,花子は,同17年4月25日に死亡した。),上記店舗総合保険契約締結の際,これに同席していた。

(2)太郎は,平成17年9月29日,ベータ保険企画を介して,被告に対し,保険期間を同年10月30日午後4時から1年間,保険の目的及び保険金額,保険料等を前年と同じ内容とする本件店舗総合保険と,保険期間を上記と同じ1年間,保険の目的及び保険金額を本件建物につき2000万円,本件建物内の家財一式につき1000万円,保険料を月額3万2550円(年額39万0600円)とする本件月掛店舗総合保険に引き続き加入する旨の申込みをし,被告との間で,本件各保険契約を締結した。その際,二郎が本件各保険契約の申込手続を行った(この当時,太郎にはすでに認知症の症状が現れていた。)。

本件各保険契約の約款(乙3及び4号証)においては,保険金を支払う場合について,それぞれ,「当会社は,この約款に従い,次に掲げる事故によって保険の目的について生じた損害(消防または避難に必要な処置によって保険の目的について生じた損害を含みます。以下同様とします。)に対して,損害保険金を支払います。(1)火災(2)落雷(3)破裂または爆発(破裂または爆発とは,気体または蒸気の急激な膨張を伴う破壊またはその現象をいいます。以下同様とします。)」(第1条1項)と規定されていた。また,保険金を支払わない場合について,それぞれ,「当会社は,次に掲げる事由によって生じた損害または傷害に対しては,保険金(損害保険金,持ち出し家財保険金,水害保険金,臨時費用保険金,残存物取片づけ費用保険金,失火見舞費用保険金,傷害費用保険金,地震火災費用保険金または修理付帯費用保険金をいいます。以下同様とします。)を支払いません。(1)保険契約者,被保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または被保険者が法人であるときは,その理事,取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失または法令違反」(第2条1項1号)と定められていた。

(3)本件火災は,平成17年12月25日,本件スナック店内を火元として発生した。

本件スナック付近を通りかかった丁谷秋男(丁谷)は,同日午前5時53分ころ,本件建物1階にある本件スナックのシャッター上部から白い煙が出ているのを発見し,所持していた携帯電話で消防署に火災が発生した旨を通報した。付近住民の戊沢冬男(戊沢)も本件スナックのシャッター上部から煙が出ているのを発見し,丁谷が消防署に通報したことを確認した上で,同日午前5時57分ころ,所持していた携帯電話で警察に通報した。なお,この時点では,本件スナックのシャッター及びドアは旋錠されており,また,本件建物の他の窓等からは煙は出ておらず,火の手も見えなかった。

その後,二郎が,本件スナックのシャッター及びドアの鍵を開けてドアを開けたところ,本件スナックから炎と煙が噴き出した。そこで,戊沢は,消火器を使用して消火を試みたが,消火できなかった。

同日午前6時03分ころ,消防車が本件建物に到着して放水を開始し,同日午前7時08分ころ,本件火災は鎮火した(本件建物に到着した際,消防隊員は,本件建物の西側に白煙を確認し,消火活動を開始したが,その後,消火活動中に黒煙の噴出が強くなった。)。

なお,本件スナックのシャッター及びドアの鍵を保管していたのは,本件建物の管理を依頼されていた不動産管理会社(不動産管理会社)のほか,本件建物を管理していた二郎と本件スナックに勤務していた丙川だけであった。

(4)こうした中,港南消防署の調査員である消防士長C(C)は,平成17年12月25日午前6時10分ころから同日午前6時30分ころまでの間,丁谷,戊沢及び二郎からそれぞれ本件火災に関する状況を聴取した。

その際,二郎は,Cに対し,「私が自室で寝ていたら,煙くて目が覚めました。部屋はスナックアルファの真上です。煙は部屋の東側の壁の中から上がってきました。私は電気屋もやっているので,コンセントのカバーは外してあり,そこから煙が入ってきました。1階に下りて玄関から外に出て,持っていた合鍵でスナックのシャッターとドアの鍵を開けました。鍵は両方とも掛かっていました。いつもスナックには12時で営業をやめてくれといっているのですが,昨日は何時に終わったかわかりません。その前に寝ていました。」等と述べた。

(5)丙川は,平成3年10月から本件スナックに勤務しており,本件火災が発生した当日も午前1時半すぎころまで勤務していたところ,同17年12月30日,港南消防署において,本件火災について事情聴取を受けた。

その際,丙川は,消防署職員に対し,「24日の夜はいつもどおり営業をしていました。店を閉める時間はだいたい午前0時くらいですが,お客さん次第で多少は前後する日もあります。24日も少し遅くなって午前1時頃に店を閉めようとして片付けはじめたら,焼酎のビンを落として割ってしまい,掃除をしていたので実際に店を閉めたのは午前2時近くになっていました。その時は,私とDさんと男性のお客さん3人の合計5人で一緒に店を出ました。ガスコンロを最後に使ったのは午後11時ころに料理をしました。電気関係は,ライトとかの照明とエアコンとカラオケを閉店まで使っていました。たばこの吸い殻は,午前1時ころに全部の灰皿の吸い殻と他のゴミを集めて,火が消えているのを確認してカウンターの一番奥のゴミ箱の中に入れました。湯沸かし器も午前1時ころに消しました。店を出る時に,入口ドアの鍵をかけてシャッターを降ろしてシャッターにも鍵をかけて5人で確認して店を出ました。その時に臭いや音などの変わったことはありませんでした。」「カラオケ設備を新しい通信カラオケにしたのは,今年の9月ころです。新しくしてから,特に不都合はありませんでした。鍵は,私と大家さんが持っています。8年くらい前に泥棒に入られました。今は旋錠をしっかりやってますし,シャッターを開けない限り誰も入れないと思います。平成3年7月に大家さんが,「出て行け。」と言うので,民事裁判を行いました。裁判は,和解をしたのですが,裁判以降,大家さんと次男から,嫌がらせを受けています。最近は,1度良いと言った有線の引き込み工事を,工事当日「誰が良いと言ったんだ。」と断られたり,カラオケがうるさいと怒鳴り込んで来たり,警察を呼んだり,2階から叩いたりされました。裁判の前は,店の看板のコンセントを抜かれたり,切られたりしました。その他に,エアコンのガスを抜かれたり,水道を止められたりしました。今年の9月に次男の二郎さんに「契約書を見せろ。」と言われたので,コピーを渡し,それからは嫌がらせはなくなりました。」等と述べた。

同3年には,太郎が,乙山を相手方として店舗明渡調停を申し立てたことがあり,その後も,少なくとも,二郎が午前0時以降のカラオケの使用中止を求めたり,カラオケの音がうるさいと抗議をしたことがあった。

(6)本件火災後,二郎は,消防署長に対し,太郎名義で火災損害申告書を提出し,本件火災による損害等について申告をした。太郎は,当時,本件建物について被告及び横浜市民共済生活協同組合の各火災保険に加入していたが,二郎は,上記申告の際,火災保険に加入していることを申告しなかった。なお,本件スナックの経営者である乙山は,本件スナックにつき火災保険には加入していなかった。

その後,株式会社損害保険リサーチのEは,港南消防署に対し,太郎が保険金額を3000万円とする被告の火災保険に加入している旨の連絡をした。港南消防署は,二郎に対し,質問調書作成のため来署するよう要請したが,二郎はこれを拒否した。

結局,港南消防署は,平成18年3月31日付け火災原因認定書において,本件火災の出火箇所を本件スナック南東部と認定した上で,結論において,「建物所有者等に火災保険による有益性があると思われるが,甲野二郎は現場質問調書に記載の通り,出火当時出火箇所の真上の部屋で就寝しており,煙で火災に気付き合鍵でスナックアルファの鍵を開けるなど,付近住民等の消火活動に寄与していること,甲野太郎は81歳と高齢であることに加え,息子の甲野二郎が就寝中であったことなど,内部関係者による放火も考えにくい。実況見分結果からも,出火箇所周辺に発火源や着火物と認めることができる残存物が見分されないことから,原因の特定には至らない。したがって,出火原因としての物証及び口述等が得られず,合理的に出火原因を特定できないため,本件火災の出火原因を不明とする。」とした(なお,上記火災原因認定書においては,本件建物1階で最も焼損の強い部分は本件スナック南東部の本件テレビ台付近であるとされている。)。

(7)こうした中,被告は,F事故調査鑑定事務所に対し,本件火災の出火場所及び出火原因についての鑑定を,分析センターに対し,本件スナックから採取する試料の油性成分量調査をそれぞれ依頼したところ,F(F)は,平成18年1月6日,太郎,二郎,乙山及び丙川立会いの下,本件スナックの調査を行った。分析センターのB及びGも,同日,Fとともに本件スナックを訪れ,本件スナック店内の6箇所から試料を採取した(Bらは,焼損の程度が激しかった地点5箇所と延焼によって焼けたと考えられる地点1箇所からそれぞれ資料を採取した。)。

(8)その後,太郎は,平成18年9月24日死亡し,原告ら及び二郎が太郎を相続した。

被告は,同年11月6日,二郎に対し,被告代理人を通じて,本件各保険契約に基づく保険金の支払を拒否する旨の通知をした。

二郎は,本件訴訟提起後,増田分析センターのHに本件スナックの油性成分調査を依頼し,増田分析センターは,同19年8月25日,本件スナック店内の6箇所から試料を採取した。

二郎は,同年10月14日,本件建物を取り壊し,その敷地を駐車場にした。

二郎は,同年11月6日,クモ膜下出血により死亡し,原告らが二郎を相続した。

2  平成17年12月当時の本件建物及び周辺地域の状況並びに本件火災後に行われた調査ないし鑑定結果等

上記当事者間に争いのない事実と証拠(甲4号証,6号証,9号証,乙5ないし15号証,17号証,21号証の1ないし3,23ないし27号証,証人A,証人B,原告甲野四郎本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。

(1)本件建物は,昭和13年に建築,その後増築され,平成15年5月に修繕された建物である。

本件スナックは,本件建物1階西端に所在していたところ,その出入口は北面西側の1箇所で,窓もなく,上記出入口以外から店内に入ることはできない構造になっており,その店内は,西側が壁,東側がカウンターとなっていて,南側奥にテーブル席が2席,南東側に洗面所があり,上記カウンター内には,東側壁面沿いに,南側から順に本件テレビ台,カラーボックス2基,冷蔵庫,カラーボックス,棚,ゴミ箱が並べられ,カウンターテーブル側は,南側からおしぼり用温冷器,レターケース,ガステーブル,シンク,料理台が配置されていた。

当時,本件建物の所在する横浜市港南区上大岡周辺地区では,中心街の駅ビル(A地区)及びB地区において,再開発事業が進められており,また,C南地区においても第一種市街地再開発事業が進められることになっていた。本件建物所在地は,再開発事業が進められていたA地区,B地区,C地区のいずれにも属していなかったが,上大岡の町内会,商店会,関連企業等が設立した上大岡副都心マスタープランの会が作成した「上大岡マスタープラン」においては,道路の拡幅工事の予定地とされており,本件建物所在地もセットバックを求められる予定とされていた。

(2)分析センターは,平成18年1月6日の本件スナックの調査の際に採取した試料について,ガスクロマトグラフ質量分析法による油性成分分析を行った(ガスクロマトグラフ質量分析法とは,現場から採取した火災焼残物に一定の作業を加えて油性成分を抽出し,その濃縮液をガスクロマトグラフ質量分析装置に導入,分析する方法(ガスクロマトグラフ法により各種成分を分離した上,その分離された成分の分子量の質量を質量分析計により測定する方法)であり,これによって検出された脂肪族飽和炭化水素の出現領域と炭素数分布パターンを解析することにより,焼残物中に灯油成分が存在しているかを判定するものである。これは,非常に感度の高い分析方法であり,1000億分の1グラムの物質を検出することが可能とされている。)。

上記分析の結果,本件テレビ台天板裏側から採取した試料から9マイクログラムパーグラムの灯油に相当する油性成分が,カウンター内東側壁面の本件棚の木材炭化物から採取した試料から2マイクログラムパーグラムの灯油に相当する油性成分がそれぞれ検出された(本件棚から採取した資料については,灯油に相当する油性成分が痕跡程度に存在すると判定された。)。

Fは,本件スナックの調査結果及び上記分析センターの分析結果を踏まえ,同年2月2日,本件棚の中央部分が焼失し,その付近の板壁にV字形状の焼損がみられること,その位置から南側に1.4メートル離れた本件テレビ台天板下の腰板部分にV字形状の焼損がみられること,両者が独立した燃焼を呈していることから,出火場所が上記2箇所と考えられるとし,また,独立燃焼した箇所が2箇所であり,そのいずれからも灯油に相当する成分が検出されていたため,本件火災が灯油を散布した放火であると判断する旨の鑑定結果を記載した鑑定書(乙13号証)を作成した。

(3)増田分析センターの調査員は,本件スナック店内の6箇所から試料を採取して,ガスクロマトグラフ法による油性成分分析を行った(ガスクロマトグラフ法は,ガスクロマトグラフ質量分析法の約30分の1の感度しかないとされている。)。

その結果,増田分析センターは,本件テレビ台南西側床の樹脂製シート炭化物,本件テレビ台南側トイレ直近の床の樹脂製シート炭化物及びカウンター南側床の樹脂製シート炭化物の試料から,重油及び潤滑油による油性成分が検出されたが,上記試料はいずれも樹脂製シート炭化物であり,付着している樹脂が分析時に使用する溶出溶媒(二硫化炭素)に溶けて検出された可能性も否定できず,結局,各試料とも油種特定不能と判定した。

3  本件火災が二郎の故意によるものか否か

(1)商法は,火災によって生じた損害はその火災の原因いかんを問わず保険者がてん補する責任を負い,保険契約者または被保険者の悪意又は重大な過失によって生じた損害は保険者がてん補責任を負わない旨を定めており(商法665条,641条),火災発生の偶然性いかんを問わず火災の発生によって損害が生じたことを火災保険金請求権の成立要件とするとともに,保険契約者または被保険者の故意または重大な過失によって損害が生じたことを免責事由としたものと解される。そして,上記1(2)の本件各保険契約約款の規定からすると,各約款は,火災の発生により損害が生じたことを火災保険金請求権の成立要件とし,同損害が保険契約者,被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意または重大な過失によるものであることを免責事由としたものと解するのが相当である(最高裁判所平成16年(受)第988号同年12月13日第二小法廷判決参照)。

(2)本件火災の出火原因

ア 被告は,本件火災が放火による火災である旨主張する。

上記当事者間に争いのない事実,証拠(甲6号証,乙5ないし13号証,26号証,証人B,原告甲野四郎本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件火災が本件スナック店内で発生したこと,本件スナック店内の南東部に設置されていた本件テレビ台付近の天井及びその上部に当たる2階の西側10畳間に面する廊下部分の床が燃え抜けていたこと,特に,本件テレビ台付近の焼損が最も強く,本件テレビ台天板下の腰板部分がV字形状に焼損していたこと,本件スナック店内のカウンター内の東側壁面に並べられた冷蔵庫の上に取り付けられた本件棚の中央部分が焼失し,その付近の板壁がV字形状に焼損していたことが認められる。

そして,上記2(2)認定のとおり,本件テレビ台天板裏側から採取した試料から9マイクログラムパーグラムの灯油に相当する油性成分が,本件棚の木材炭化物から採取した試料から2マイクログラムパーグラムの灯油に相当する油性成分がそれぞれ検出されているのであるから,本件火災は,本件スナック店内の本件テレビ台天板下部分および冷蔵庫の上の本件棚付近の2箇所から出火したものと認められる。

また,証拠(乙5号証)によれば,本件スナック店内のカラオケ用モニターの電気配線は,コンセントに差し込まれているものの短絡痕はなく,最も高電圧になるフライバックトランスも破損していなかったこと,本件テレビ台北東側壁体内に通っていた多数の電気配線にも,短絡痕や断線,緑青等の錆は見られなかったこと,おしぼり用温冷器は電気コードが後ろで束ねられて通電しておらず,2口のガステーブルの点火つまみは左右とも閉止の状態であったこと,本件火災後,本件テレビ台付近にはたばこの吸殻等はなかったこと,以上の各事実が認められる。

そうすると,電気配線には発火の痕跡はなく,本件火災が自然発火によるものとは考え難いし,本件テレビ台付近にたばこの吸殻もないほか,ガス漏れがあったことを窺わせる事情もなく,かえって,上記のとおり,本件火災は本件テレビ台付近及び本件棚付近の異なる2箇所から出火しており,そのいずれの箇所からも灯油に相当する油性成分が検出されているのであるから(なお,灯油を使用する器具や道具が本件テレビ台付近及び本件棚付近に置かれていた形跡はない。),本件火災は,灯油を用いて人為的に招致された火災であったと推認することができる。

イ これに対し,原告らは,港南消防署が作成した火災原因認定書において,本件火災の出火原因は不明とされており,本件火災が放火によるものとは断定できない旨主張する。

しかしながら,証拠(乙5号証)によれば,港南消防署は,出火場所周辺に発火源や着火物の残存物が見分されないこと等を理由に出火原因を不明と認定したことが認められるところ,港南消防署の調査では,油性成分に関する分析はされておらず,出火場所付近の残存物から灯油に相当する成分が検出されたことは前提とされていないのであるから,上記火災原因認定書の記載をもって,本件火災が放火によるものではなかったということはできない。証拠(乙5号証)によれば,消防署員は,当時,本件スナック店内において,ガソリン等の特異な臭気は感じられなかった旨報告したことが認められるが,上記2(2)認定のとおり,本件スナック店内から検出された灯油に相当する油性成分の量は微量であり,ガスクロマトグラフ質量分析法という高感度の機器を用いて分析してようやく検出することができたのであるから,消防署員が灯油の臭気を感じることができなかったとしても不自然ということはできない。

また,原告らは,増田分析センターの調査の結果では,重油及び潤滑油による油性成分が検出されたが,灯油に相当する油性成分は検出されなかった旨主張する。

しかしながら,上記1(8)認定のとおり,増田分析センターの調査は本件火災発生から1年半以上の期間が経過した平成19年8月25日に行われたのであり,灯油が揮発性の高い物質であって,上記のとおり,本件火災によって本件スナックの天井等が焼失し,本件スナック内には通気があったのであるから,増田分析センターが調査を行った当時,すでに灯油に相当する油性成分は消失していたと思われる。

したがって,増田分析センターの調査において,灯油に相当する油性成分が検出されなかったからといって,上記認定を左右するに足りないというべきである。

加えて,原告らは,灯油に着火するには媒介物が必要であるが,本件火災後,そのような媒介物の痕跡はなく,また,放火であれば,大量の灯油が使用されるはずであるが,分析センターの調査において検出された灯油の量は微量にすぎない旨主張する。

しかしながら,放火であるからといって,必ずしも大量の灯油が使用されるとは限らないし,灯油は揮発性の高い物質であるから,本件火災によって,その大部分は揮発してしまったものと思われる(仮に,保険金取得目的で放火する場合,自然発火ないし火の不始末に見せかけるためにわずかな量の灯油しか用いないということもありうるのであって,むしろ,焼損の激しい箇所から微量でも灯油に相当する油性成分が検出されたことの方が重要である。)。また,上記事情の下においては,原告らの主張するように灯油に着火するには何らかの媒介物が必要であると思われるが,上記のとおり,本件火災は,本件スナックの天井等を焼失させるほどの火勢があったのであるから,媒介物が焼失してしまったことも十分考えられる。

なお,原告らは,本件建物の2階に置かれていた石油ストーブが落下した旨主張するが,本件建物内に石油ストーブが置かれていたと認めるに足りる証拠はなく,石油ストーブが落下した形跡もない。

以上のとおりであって,原告らの上記主張は採用することができない。

(3)本件スナック内に放火したのが二郎ないしその意を受けた者か否か

ア 被告は,本件火災が二郎ないしその意を受けた者によって人為的に招致された放火である旨主張する。

上記1(3)及び2(1)のとおり,本件スナック店内には,北面西側の出入口を通らずに侵入することはできないところ,本件火災発生当時,上記出入口のシャッター及びドアは旋錠されていたことが認められる。そして,本件スナックのシャッター及びドアの鍵が壊されていたなどの形跡はないから,本件スナック店内に放火をした者は,鍵を使って本件スナックのシャッター及びドアを開け,店内に侵入して放火した上,本件スナックのシャッター及びドアを旋錠して立ち去ったものと考えられるが,上記1(3)認定のとおり,本件火災発生当時,本件スナックのシャッター及びドアの鍵を保管していたのは,不動産管理会社のほかに二郎と丙川だけである。また,証拠(乙5号証)によれば,本件スナック店内のレターケースの引き出しの中には紙幣や硬貨が残されていたことが認められるところ,旋錠されて侵入が困難な本件スナック店内に放火されていることも考慮すると,本件火災が愉快犯や窃盗犯によるものとは考え難い。

また,本件において,本件スナックの鍵を保管していた不動産管理会社の従業員等が,本件建物に侵入し,放火をしたことを窺わせるような事情はない。

二郎のほかに鍵を保管していた丙川は,本件火災が発生した当日,本件スナックに勤務していたところ,上記1(5)認定のとおり,本件火災後の消防署員からの事情聴取に対し,二郎や太郎から本件スナックに対する嫌がらせがあったものの,本件火災が発生する3か月前の平成17年9月ころからは嫌がらせがなくなっていた旨供述しているし,証拠(乙5号証,23号証)によれば,本件火災が発生する3か月前に53万5000円で購入し,本件スナックに備え付けられていた通信カラオケ機器が,本件火災により焼損したことが認められるほか,上記1(6)認定のとおり,本件スナックの経営者である乙山は,本件スナックにつき火災保険には加入していなかったのであって,本件建物に放火することによって,乙山や丙川の利益となるような事情は窺えない。上記1(3)のとおり,本件火災の発生は,同年12月25日午前5時53分ころ,丁谷が本件スナックのシャッター上部から白い煙が出ていることを発見して認知されたのであるが,その後,消防隊員が消火活動をしている間に本件火災による煙が白煙から黒煙に変わっていったこと,戊沢が警察に通報した午前5時57分ころには本件建物の他の窓等からは煙は出ておらず,火の手も見えていなかったことが認められ,また,上記のとおり,本件火災には灯油が用いられており,火勢が大きくなるまでにはそれほど時間を要しないと思われることからすると,本件火災が発生してから丁谷が通報するまでに,それほど時間は経過していなかったものと認められる(少なくとも,出火後,丁谷が通報するまでに数時間が経過していたとは考え難い。)。そして,上記1(5)のとおり,丙川は,本件火災後の消防署の事情聴取において,「午前1時頃に店を閉めようとして片付けはじめたら,焼酎のビンを落として割ってしまい,掃除をしていたので実際に店を閉めたのは午前2時近くになっていました。その時は,私とDさんと男性のお客さん3人の合計5人で一緒に店を出ました。」「店を出る時に,入口ドアの鍵をかけてシャッターを降ろしてシャッターにも鍵をかけて5人で確認して店を出ました。その時に臭いや音などの変わったことはありませんでした。」と供述し,陳述書(乙23号証)においても,これと同旨の陳述をしており,丙川が放火したとは考え難い。本件火災発生直後に,本件建物付近に丙川や本件スナックの関係者がいた形跡もない。

これに対し,上記のとおり,本件火災発生後,丁谷が通報するまでにそれほど長時間は経過していなかったと思われるところ,上記1(3)認定のとおり,二郎は,丁谷と戊沢の通報後に本件建物内から出てきており,出火当時,本件建物内あるいはその付近にいたことが明らかである。

また,上記1(6)のとおり,太郎は,本件建物につき,被告及び横浜市民共済生活協同組合の各火災保険に加入していたにもかかわらず,二郎は,本件火災後に消防署長宛に提出した損害申告書において,火災保険への加入の事実を申告しなかった上,火災保険への加入の事実を知った港南消防署から質問調書作成のために来署を求められた際にも,これを拒否したことが認められる。上記1(1)(2)認定のとおり,本件建物について,火災保険契約が長年にわたり更新されていたことや二郎が港南消防署の来署要請を拒否していることからすれば,上記損害申告書に火災保険への加入の事実を記載しなかったことは,単純な記載漏れとは考え難い。火災保険に加入している事実を記載することが困難であるとか,太郎や二郎にとって不利益となるなどの事情も窺われず,港南消防署の来署要請を拒否することにも合理的な理由は見出し難いのであって,二郎は,意図的に保険加入の事実を港南消防署に隠そうとしていたのではないかと思われる。

加えて,上記1(4)認定のとおり,二郎は,本件火災の消火活動中に消防署の調査員であるCが行った事情聴取の際,同人に対し,本件火災に気が付いた経緯として,「煙は部屋の東側の壁の中から上がってきました。私は電気屋もやっているので,コンセントのカバーは外してあり,そこから煙が入ってきました。」と述べているところ,通常,コンセントのカバーを外しておくということは考え難く,上記供述は,あたかも部屋に煙が入ってきたことを正当化するための供述とも思われるのである。

上記2(1)認定のとおり,本件建物は,昭和13年に建てられた古い建物であり,本件建物につき2000万円,家財一式につき1000万円とする保険金が支払われることによって,火災による損失は十分に手当てできると思われるし,本件建物の所在地は,本件火災発生当時,上大岡マスタープランにおいて,道路拡幅工事の予定区域内に所在し,将来的にセットバックが予定されていたというのである。そして,証拠(甲5号証の1ないし4,6号証,乙20号証,原告甲野四郎本人)によれば,当時,二郎には少なくとも約680万円ほどの預金があったものの,二郎が経営していたガンマ社の業績がよかったとはいえず,平成17年4月期において,ガンマ社は,二郎に対する役員報酬合計488万8345円を借入金として処理し,二郎に役員報酬は支払われていなかったことが認められるのであって,本件火災が,本件スナックの鍵を保管している者による放火であることを考慮すると,二郎が本件スナックの放火に関与していたものと推認することができる。

イ これに対し,原告らは,二郎が放火したのであれば,自分が疑われないように本件スナックを施錠しない方が合理的である旨主張するが,本件火災発生当時,本件スナックが施錠されていなかった場合,丙川が施錠した旨の供述をすれば,かえって二郎が疑われることにもなるし,施錠された本件スナック店内から出火したことで,放火ではなく,自然発火ないし火の不始末として処理されることも十分考えられるから,原告らの上記主張は採用できない。

また,原告らは,本件火災発生当時,二郎と太郎は本件建物の2階で就寝しており,二郎が放火をすることはできないし,高齢の太郎が避難できるように準備していたこともない旨主張するが,本件火災発生当時,二郎が本件建物の2階で就寝していたかは定かではないし,また,二郎が放火をしたのであれば,放火した後に太郎を起こして避難することも可能であったと思われる。

(4)以上のとおりであって,本件火災は,二郎が放火したことによって生じたものと認められる。

上記1(2)認定のとおり,太郎が本件各保険契約の当事者であるが,その申込手続をしたのは二郎であり,当時,二郎は,本件建物において太郎の面倒を見るために太郎と同居していたのであるし,太郎に認知症の症状が現れていたこともあって,本件建物の管理を含め,二郎が家計を管理していたことが窺われるのであるから,このような事情の下においては,二郎の故意によって損害が生じた場合であっても,本件各保険契約約款における故意免責規定の適用があるというべきである。

したがって,被告は,本件各保険契約に基づく保険金の請求を拒否することができるから,原告らの請求は認められない。

4  結論

以上のとおりであって,原告らの請求には理由がないからこれを棄却することとする。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原敏雄 裁判官 河野匡志 裁判官 坂巻陽士)

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