横浜地方裁判所 平成19年(ヲ)71号 決定 2007年12月26日
申立人(債務者)
Y
相手方(債権者)
X
上記債権者訴訟代理人弁護士
岩尾光平
第三債務者
株式会社三井住友銀行
代表取締役
奥正之
主文
本件申立てを棄却する。
理由
1 本件申立ての趣旨は,当裁判所が,基本事件について平成19年10月23日にした債権差押命令を取り消す旨の裁判を求めるというものであり,その理由とするところは,①上記差押命令によって差し押さえられた別紙差押債権目録の債権のうち債務者名義の普通預金(口座番号*******)(以下「本件預金口座」という。)については,年金として振り込まれたものであるから,年金債権が差押禁止債権とされた趣旨からすれば本件預金口座に対する差押えも禁止されるべきである,②平成19年10月9日時点での本件預金口座の残高は16,946円であるところ,同日以降の入金は年金のみであるから,上記金額と差押時の残高53,176円との差額36,230円は年金であると認められる,③申立人は,高齢で,年金収入と長男からの援助のみによって生計を立てており,今後の医療費・生活費のため上記差押時の残高は是非必要であるというものである。
2 まず,①については,本件預金口座が年金のみが振り込まれる専用の口座であるとは認められない。また,預金口座の原資が差押禁止債権であったとしても,当該預金債権が差押禁止債権となるものではないから,本件預金口座に対する差押えが有効であることはもとより,直ちに差押禁止債権の範囲変更の申立てに理由があることにはならず,同申立てが認められるべきか否かは,債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して決せられるべき事柄である。
3 ②についても,本件預金口座が開設されたのは平成16年12月15日より前であり,同日以降も年金のほか現金,保険金,敷金等種々の入金がなされていることに鑑みると,平成19年10月9日から差押え時までに増額した36,230円の原資が年金のみであると断じることはできないし,預金債権の原資の一部が差押禁止債権であるという事情が本件申立ての決定的な理由付けとならないことは前記2記載のとおりである。
4 そこで,③について,債務者の生活の状況等について検討すると,本件記録及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) 債権者は,平成19年2月27日,申立人の配偶者であるA(以下「A」という。)が平成17年7月4日死亡したことにより,配偶者である申立人及び申立人とAの間の子2名が,債権者のAに対する480万円の貸金債務の連帯保証債務及びこれに対する返済期限の翌日からの法定利息を,申立人については2分の1,子2名については各4分の1の割合で法定相続していること(なお,この2名のうち,長男は,相続放棄の申述をし,同申述は平成19年3月30日に受理された。),当該書面到達後1週間以内に何ら返答がない場合には法的手段をとる旨の通知を申立人らに対して発信した。同通知は,同年2月28日に申立人に到達した。
(2) 同年3月6日,申立人は,上記相続に係る債務(以下「本件債務」という。)を履行しないまま,本件預金口座から200万円を引き出し,その残高は26万7289円となった。申立人は,裁判所からの複数回にわたる照会の結果,この引出し行為について,それまで家賃等を負担していた長男に対し,扶養分を差し引いた金額をまとめて同人に返済したものである旨説明するに至っている。
(3) 債権者は,申立人が本件債務を履行しなかったことから,支払督促を申し立て,同年8月22日,仮執行宣言付支払督促正本が申立人に送達された。
(4) 同月31日,申立人は本件預金口座から30万円を引き出し,残高は2万7213円となった。申立人は,この引出し行為について,長男が墓地の募集に応募したところ当選したので,長男と一緒にAの墓を購入し,その支払の一部に充てた旨説明している。
(5) 申立人は,月額11万円余りの年金収入を有し,長男を賃借人として,月額賃料9万0100円(共益費を含む。)の賃貸住宅に居住している。申立人は,賃料から長男からの援助金5万円を差し引いた3万9000円を支払っていかなくてはならない旨供述している。
5 以上のとおり,申立人は,2回にわたり,申立人は債権者から本件債務の請求を受けると,債権者が債権回収のため更なる手段に着手する前に本件預金口座から合計230万円の現金を引き出していること,これらの引出しの事情については一応の説明がなされているものの,やむにやまれぬ事情に基づくとまではいえないこと,扶養義務を負う子供たちがおり,現に長男が生活の援助をしていることなどに照らすと,申立人自身の現在の収入としては年金があるのみであることを考慮しても,本件預金口座の差押えによって申立人の生活に著しい支障が生じるとまでは認められない。一方,このような申立人の生活の状況等に比して,年金生活者である債権者の債権回収の必要性は小さくなく,前記認定事実によって認められる申立人の誠実性や任意履行の意思の欠如等にも照らすと,債権者の犠牲のもとに差押範囲の変更を認めるべき必要性が存するとはいえない。
6 よって,本件申立ては理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判官 上原恵美子)
別紙差押債権目録<省略>