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横浜地方裁判所 平成19年(行ウ)100号 判決 2014年5月21日

平成19年(行ウ)第100号

(第1事件)

平成24年(行ウ)第69号

(第2事件)

当事者の表示

別紙1(当事者目録)記載のとおり

主文

1  本件各訴えのうち次の部分を却下する。

(1)  アメリカ合衆国軍隊の使用する航空機に関する主位的請求(抗告訴訟としての差止請求)に係る部分及び予備的請求その2からその4まで(公法上の法律関係に関する訴訟としての確認請求)に係る部分

(2)  自衛隊の使用する航空機に関する予備的請求その2からその4まで(公法上の法律関係に関する訴訟としての確認請求)に係る部分

(3)別紙2(死亡・転居原告目録)記載2の原告による自衛隊の使用する航空機に関する主位的請求(抗告訴訟としての差止請求)に係る部分

2  防衛大臣は,厚木飛行場において,毎日午後10時から翌日午前6時まで,やむを得ないと認める場合を除き,自衛隊の使用する航空機を運航させてはならない。

3  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,第1,第2事件を通じ,これを6分し,その5を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

5 本件訴訟のうち別紙2(死亡・転居原告目録)記載1の原告らによるアメリカ合衆国軍隊の使用する航空機に関する主位的請求に係る部分及び自衛隊の使用する航空機に関する請求に係る部分は,いずれも同別紙記載1の当該原告の死亡日にその死亡により終了した。

事実及び理由

第1部請求及び事案の概要

第1請求(第1,第2事件を通じて)

1  主位的請求(抗告訴訟としての差止請求)

(1) 防衛大臣は,厚木海軍飛行場において,自衛隊の使用する航空機(以下「自衛隊機」という。)について,次の態様による運航をさせてはならない。

ア 毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航

イ 訓練のための運航

ウ 自衛隊機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超えることとなる場合の当該自衛隊機の運航

(2) 防衛大臣は,アメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」といい,アメリカ合衆国を「米国」という。)に対し,厚木海軍飛行場内の別紙4(第4次厚木基地騒音訴訟被告最終準備書面添付別図第2)(以下「別紙4図面」という。)の赤斜線部分について,米軍の使用する航空機(以下「米軍機」という。)の次の態様による運航のための使用を認めてはならない。

ア 同飛行場の米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の一切の運航

イ 毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航

ウ 米軍機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超えることとなる場合の当該米軍機の運航

2  予備的請求その1(公法上の法律関係に関する訴訟・給付請求)

(1) 被告は,厚木海軍飛行場における次の態様による自衛隊機の運航によって生ずる航空機騒音を原告らの居住地に到達させてはならない。

ア 毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航

イ 訓練のための運航

(2) 被告は,厚木海軍飛行場内の別紙4図面の赤斜線部分について米軍機の次の態様による運航のための使用を認めることによって生ずる航空機騒音を原告らの居住地に到達させてはならない。

ア 同飛行場の米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の一切の運航

イ 毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航

(3) 被告は,厚木海軍飛行場において自衛隊機を運航させること及び米軍機の運航のため同飛行場内の別紙4図面の赤斜線部分の使用を認めることにより,それまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超えることとなる騒音を原告らの居住地に到達させてはならない。

3  予備的請求その2(公法上の法律関係に関する訴訟・義務確認請求その1)

(1) 被告が原告らに対し,厚木海軍飛行場において,自衛隊機について,次の態様による運航をさせてはならない義務を負うことを確認する。

ア 毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航

イ 訓練のための運航

(2) 被告が原告らに対し,厚木海軍飛行場内の別紙4図面の赤斜線部分について,米軍機の次の態様による運航のための使用を認めてはならない義務を負うことを確認する。

ア 同飛行場の米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の一切の運航

イ 毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航

(3) 被告が原告らに対し,厚木海軍飛行場において自衛隊機を運航させること及び米軍機の運航のため同飛行場内の別紙4図面の赤斜線部分の使用を認めることにより原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超えることのないようにする義務を負うことを確認する。

4  予備的請求その3(公法上の法律関係に関する訴訟・義務確認請求その2)

(1) 被告が原告らに対し,厚木海軍飛行場における次の態様による自衛隊機の運航によって生ずる航空機騒音を原告らの居住地に到達させてはならない義務を負うことを確認する。

ア 毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航

イ 訓練のための運航

(2) 被告が原告らに対し,米軍機の次の態様による運航のため厚木海軍飛行場内の別紙4図面の赤斜線部分の使用を認めることによって生ずる航空機騒音を原告らの居住地に到達させてはならない義務を負うことを確認する。

ア 同飛行場の米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の一切の運航

イ 毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航

(3) 被告が原告らに対し,厚木海軍飛行場において自衛隊機を運航させること及び米軍機の運航のため同飛行場内の別紙4図面の赤斜線部分の使用を認めることによりそれまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超えることとなる騒音を原告らの居住地に到達させてはならない義務を負うことを確認する。

5  予備的請求その4(公法上の法律関係に関する訴訟・義務不存在確認請求)

(1) 原告らが被告に対し,厚木海軍飛行場における次の態様による自衛隊機の運航によって生ずる航空機騒音をその居住地において受忍する義務を負わないことを確認する。

ア 毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航

イ 訓練のための運航

(2) 原告らが被告に対し,米軍機の次の態様による運航のため厚木海軍飛行場内の別紙4図面の赤斜線部分の使用を被告が認めることによって生ずる航空機騒音をその居住地において受忍する義務を負わないことを確認する。

ア 同飛行場の米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の一切の運航

イ 毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航

(3) 原告らが被告に対し,被告が厚木海軍飛行場において自衛隊機を運航させること及び米軍機の運航のため同飛行場内の別紙4図面の赤斜線部分の使用を認めることによりそれまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超えることとなる騒音をその居住地において受忍する義務を負わないことを確認する。

第2事案の概要

本件は,神奈川県に所在しアメリカ合衆国海軍(以下「米海軍」という。)及び海上自衛隊が使用する厚木基地(通称である。正式名称は厚木海軍飛行場)の周辺である神奈川県大和市,綾瀬市,相模原市,座間市,藤沢市及び海老名市並びに東京都町田市に居住する住民である原告67名(第1,第2事件の原告合計数)が,厚木基地に離着陸する航空機の発する騒音により身体的被害及び睡眠妨害,生活妨害等の精神的被害を受けていると主張して,自衛隊機の運航権限を有する防衛大臣の所属する被告に対し,主位的に,行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)に規定する抗告訴訟(法定の差止訴訟又は無名抗告訴訟)として,厚木基地における自衛隊機の一定の態様による運航の差止め(以下「本件自衛隊機差止請求」といい,これに係る訴えを「本件自衛隊機差止めの訴え」という。)及び米軍機の一定の態様による運航のために厚木基地の一定の施設及び区域(厚木飛行場)を使用させることの差止め(以下「本件米軍機差止請求」といい,これに係る訴えを「本件米軍機差止めの訴え」という。)を求め,予備的に,行訴法に規定する公法上の法律関係に関する訴訟(いわゆる実質的当事者訴訟。以下,単に「当事者訴訟」という。)として,厚木基地における音量規制又はこれと同等の効果をもたらす被告の公法上の義務の存在ないし原告らの公法上の義務の不存在の確認を求める事案である。なお,ここにいう無名抗告訴訟とは,抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないものをいう。

すなわち原告らは,第1,第2事件を通じて,主位的に,本件自衛隊機差止請求として,①毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航,②訓練のための運航,③原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超えることとなる騒音を原告らの居住地に到達させる運航の差止めを求め,本件米軍機差止請求として,①厚木基地のうち米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の運航,②毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航,③原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超えることとなる騒音を原告らの居住地に到達させる運航のために厚木基地の一定の施設及び区域(厚木飛行場)を米軍に使用させることの差止めを求めている。原告らは,これらの差止請求は法定の差止訴訟又は無名抗告訴訟のいずれかとして認容されるべきであるとする。その上で,これらの差止請求が認められない場合に備えて,予備的に,当事者訴訟の一形態である給付訴訟として上記の各差止めと同じ効果をもたらす音量規制を求め,さらに,この給付訴訟が認められない場合に備えて,当事者訴訟の一形態である確認訴訟として上記の音量規制に相当する効果をもたらす被告の公法上の義務の存在の確認ないしこれを裏返した原告らの公法上の義務の不存在の確認を求めているのである。

これに対し被告は,主位的請求に関しては,本件自衛隊機差止めの訴え及び本件米軍機差止めの訴えは,法定の差止訴訟としても無名抗告訴訟としても訴訟要件を欠き不適法であるとして却下を求め,予備的請求に関しては,自衛隊機に関する請求に係る訴えは当事者訴訟としても訴訟要件を欠き不適法であるとしていずれも却下を求め,米軍機に関する請求に係る訴えは,当事者訴訟の一形態としての確認訴訟としては訴訟要件を欠き不適法であるとして却下を求める一方,当事者訴訟の一形態としての給付訴訟はその根拠となる主張自体に理由がないから当該請求を棄却すべきであるとして争っている。

厚木基地の周辺住民(本件訴訟の原告らと一致するわけではない。)は,昭和51年9月以降これまで3回にわたり,厚木基地に離着陸する航空機の騒音等による被害を受けているとして損害賠償等を求めて被告を提訴し,いずれも被告の賠償責任を肯定する判決が確定している。そして,原告らを含む厚木基地の周辺住民は,平成19年12月,第4次厚木基地騒音訴訟として再び同様の訴えを提起し,平成20年4月に追加提訴をして,当裁判所において審理されている(当裁判所に顕著な事実)。これらの訴訟がいずれも民事訴訟であるのに対し,本件は,行訴法上の行政事件訴訟(以下「行政訴訟」という。)によって航空機騒音を差し止めることを目的として被告を提訴するものである。第4次厚木基地騒音訴訟と本件は,当裁判所において並行して審理が進められてきた。判決も同時に言い渡される。

第2部前提となる事実

第1厚木基地の沿革と騒音問題の経緯

争いのない事実並びに括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである(当裁判所に顕著な事実を用いる場合,証拠と並べて括弧内に付記する。以下同じ。)。

1  厚木基地の現況(甲A1から3まで,9の1~3,11,17の1・2,行乙69から71まで,73,75)

神奈川県の中央部東側,大和市,綾瀬市及び海老名市にまたがって,総面積約507万㎡の厚木基地がある(ただし,海老名市にあるのはごく一部である。)。その中心を占めるのが,南北方向に延びる長さ2438m,幅45mの滑走路とその南北両端に各304mにわたって設けられたオーバーランである。

厚木基地は現在,米海軍厚木航空施設及び海上自衛隊厚木航空基地として使用されている。

米海軍は,施設管理を行う厚木航空施設司令部を始め,西太平洋艦隊航空司令部,第5空母航空団,第51対潜ヘリコプター飛行中隊等を厚木基地に駐留させ,航空機の整備・補給・支援業務のほか,空母艦載機の操縦士のための飛行訓練をここで行っている。

海上自衛隊は,航空集団司令部,第4航空群,第51航空隊,第61航空隊,航空管制隊等を厚木基地に駐留させている。第4航空群は我が国の周辺海域における警戒監視任務を活動の中心とし,災害派遣等の民生協力活動やその教育訓練活動等を行い,第51航空隊は航空機の運用についての調査研究等を,第61航空隊は人員及び貨物の輸送業務を,航空管制隊は海上自衛隊の航空機運航に必要な航空情報の通報,飛行計画の申請及び承認に関する連絡事務,運航管制に関する教育指導等を担当している。

厚木基地はかつて旧海軍省の所属財産であったが,同省が廃止されたことから大蔵省に引き継がれてその所管の普通財産となった。後記のとおり昭和46年7月1日にその一部(後記の「米軍一時使用区域」)の管理権が我が国に返還されたが,その部分についても防衛庁の行政財産への所管換えはされず,防衛庁長官が使用承認を受けて海上自衛隊が管理することとなった(普通財産取扱規則(昭和40年4月1日大蔵省訓令第2号)5条,32条)。現在までこの法律関係に変わりはないが,その後大蔵省は財務省に,防衛庁は防衛省になっている。

昭和33年11月及び昭和35年10月,被告は米国に対し,厚木基地の滑走路の南北両端に安全地帯を設定する用地として国有地合計約36万7000㎡を提供した。一方,当初厚木基地とされていた区域の一部約30万㎡は,昭和46年12月から平成6年12月にかけて順次被告に返還されて大蔵省所管の普通財産となり,その一部は海上自衛隊の宿舎等の施設用地として利用され,残部は大和市及び綾瀬市に無償貸付け(国有財産法22条1項)又は減額譲渡(国有財産特別措置法3条1項)されて公園用地等として利用されている。

2  厚木基地の設置及び管理の経緯(甲A1から3まで,9の1~3,11,17の1・2,行乙4,5の1・2,6,69から71まで,73,75)

(1) 昭和46年6月30日まで

ア 厚木基地は,昭和16年頃から旧海軍省により航空基地として使用されていたが,昭和20年9月,米国陸軍に接収された。昭和25年12月には米海軍が移駐し,以後,米海軍の航空基地となった。「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(以下「旧日米安保条約」という。)及び「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定」(以下「日米行政協定」という。)が昭和27年4月28日に発効した後は,厚木基地は,日米行政協定2条1項に基づき,米軍の使用する施設及び区域として米国に提供された(名称は「海軍飛行場キャンプ厚木」である。昭和27年外務省告示第33号,第34号)。

イ 昭和27年4月以降,旧日米安保条約に基づき米国に対して提供される施設及び区域の決定並びにその返還を求める手続は日米合同委員会の協議により行われることとなった(日米行政協定2条,26条)。これは「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(以下「日米安保条約」という。)及び「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下「日米地位協定」という。)が発効した後も同様である(日米地位協定2条,25条)。日米合同委員会とは,日米行政協定ないし日米地位協定の実施に関して我が国政府と米国政府とが協議を行うために設けられた協議機関である。

昭和27年7月15日に航空法が公布,施行され,同日,これと併せて,「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基く行政協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」(現在の題名は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」である。以下「航空法特例法」という。)が公布,施行された。航空法特例法により,米国に提供される施設及び区域における航空機の運航等と我が国の領空における航空機の運航等との調整が図られることとなり,航空法のうち次の事項については,米軍の使用する飛行場,米軍機及びこれに乗り組んでその運航に従事する者には適用されないこととされた。

① 空港等又は航空保安施設の設置に係る運輸大臣(現在は国土交通大臣。以下同じ。)の許可(航空法38条1項)

② 耐空証明を受けた航空機以外を航空の用に供すること等の禁止(同法11条)

③ 航空機の運航従事者の資格についての技能証明(同法28条1項,2項)

④ 操縦教育証明を受けている者以外による操縦教育の禁止(同法34条2項)

⑤ 外国航空機の航行の許可(同法126条2項)

⑥ 外国航空機の国内使用の禁止(同法127条)

⑦ 外国航空機の軍需品輸送の禁止(同法128条)

⑧ 各種証明書等の承認(同法131条)

⑨ 航空法第6章(航空機の運航)の各規定(ただし,同法96条から98条までを除く。「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律施行令」参照)

この結果,米軍は,航空法との調整を保ちつつも,自らの判断と責任において,厚木基地に離着陸する米軍機を始めとする航空機の運航管理を専権的に行うことになった。

一方,航空法の制定に伴い,我が国の領空における航空機の航空交通管制は運輸大臣の権限事項とされ,米軍機もこれに服することになったが(上記のとおり,航空法96条から98条までは米軍機にも適用される。),日米行政協定6条1項(日米地位協定6条1項も同じ。)に基づく日米合同委員会の合意により,日米行政協定2条(日米地位協定2条も同じ。)により米国に提供された飛行場施設の隣接,近傍空域における航空交通管制業務は,米国,具体的には米軍が行うこととされた。これにより,航空交通管制業務(航空法施行規則199条1項)のうち,航空路管制業務は運輸大臣が所管するが,それ以外の管制業務(飛行場管制業務,進入管制業務,ターミナル・レーダー管制業務及び着陸誘導管制業務)は米軍が行うこととされた。

ウ 昭和35年6月23日に日米安保条約及び日米地位協定が発効し,厚木基地は同日以降,日米地位協定2条1項(a)に基づき米軍の使用する施設及び区域として引き続き米国に提供されることとなった。同項(b)により,米国が日米行政協定の終了の時に使用している施設及び区域は,日米両政府が同項(a)の規定に従って合意した施設及び区域とみなされるためである。その名称は,昭和36年4月19日,「厚木海軍飛行場」に変更された(昭和36年調達庁告示第4号。これが現在までの正式な名称であるが,一般には厚木基地と呼ばれており,本判決でも,特に正式名称を用いる必要がない限り,厚木基地と呼ぶことにする。)。

(2) 昭和46年7月1日から現在まで

ア 昭和46年6月29日,厚木基地の一部についての共同使用及び使用転換が閣議決定され,これを踏まえ,同月30日,日米合同委員会において基地使用に係る日米政府間協定が締結され,同年7月6日に告示された(昭和46年防衛施設庁告示第7号)。

この閣議決定と告示によれば,別紙3(第4次厚木基地騒音訴訟被告最終準備書面添付別図第1)(以下「別紙3図面」という。)の赤斜線部分(263万9157㎡の土地及びその上の建物等),すなわち滑走路及び管制塔を含む厚木基地の飛行場部分は,使用転換されて海上自衛隊が管轄管理することとなったが,同時に,日米地位協定2条4項(b)に基づいて米軍に一時使用を認めることとされた。同図面の黄色部分(117万8779㎡の土地及びその上の建物等)は,引き続き米軍が使用する部分であるが,同項(a)に基づいて海上自衛隊が共同使用することとされた。同図面のそれ以外の部分すなわち青色部分は,同条1項(a)に基づき引き続き米国に提供され,使用されるものとされた(以下,同図面の黄色部分を「日米共同使用区域」,青色部分を「米軍専用区域」という。)。

このうち米軍に一時使用が認められた部分(赤斜線部分)について,防衛庁長官は,自衛隊法107条5項を受けた「飛行場及び航空保安施設の設置及び管理の基準に関する訓令」(昭和33年12月3日防衛庁訓令第105号)2条に基づき,自衛隊の飛行場施設(名称は「厚木飛行場」)を設置し,昭和46年7月1日に告示した(昭和46年防衛庁告示第131号)。本判決においてもこの赤斜線部分を「厚木飛行場」というが,「日米共同使用区域」,「米軍専用区域」と対比して「米軍一時使用区域」ということもある。「厚木基地」との関係を整理すると,基地の施設及び区域全体が「厚木基地」(正式名称は厚木海軍飛行場)であり,その一部であって米軍が一時使用を認められる部分が「厚木飛行場」である。

厚木飛行場の設置に伴い,昭和46年12月から昭和48年12月にかけて,海上自衛隊の航空集団の中枢である航空集団司令部と第4航空群がここに移駐した。以後,第4航空群の長が厚木飛行場の管理に当たっている。

平成23年7月13日,米軍専用区域の一部について共同使用が決定され(平成23年防衛省告示第174号),現在の状況は別紙4図面のとおりとなっている。

イ 厚木飛行場の管理権を我が国が有することになったことから,昭和46年7月1日以降,その航空交通管制業務のうち飛行場管制業務と着陸誘導管制業務を海上自衛隊厚木航空基地分遣隊(現在は厚木航空基地隊)が行うこととなった(昭和46年運輸省告示第235号)。

現在の状況を整理すると,航空交通管制業務のうち航空路管制業務を国土交通省所管の管制所が行い,飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務を海上自衛隊が行い,進入管制業務及びターミナル・レーダー管制業務を米軍(横田進入管制所及び横田ターミナル・レーダー管制所)が行っている。

3  厚木基地の基地機能の変遷と騒音問題の経緯(甲A1から3まで,9の2,11,12,17の1・2,37の8・9,38の8・9,甲C55,56,64,甲D2の230・277・321・339・353・357・374の1~2,行乙64,65,69から71まで,73,75)

(1) 昭和57年まで

厚木基地は米国陸軍による接収後,その輸送基地として使用されていたが,朝鮮戦争の勃発に伴い滑走路等が復旧され,昭和25年12月から米海軍の航空基地となった。昭和30年代には滑走路の延長,オーバーランの設置,航空機の大型化に伴う滑走路のかさ上げ等の工事が行われて航空基地としての機能強化が図られ,昭和35年頃から米海軍のジェット機が飛来するようになった。

厚木基地の周辺住民は昭和35年,厚木基地爆音防止期成同盟を結成し,その委員長は昭和36年5月,厚木基地の航空機騒音により人権侵害を受けていることを横浜地方法務局に申告した。法務省はこれを受けて調査を行い,昭和39年10月,厚木基地の飛行場周辺及び航空機の進入路下に当たる地域においては騒音が激しい場合があり,その地域の相当多数の住民が精神的及び日常生活上ある程度の被害を受けていると認定し,更に調査検討の上適当な措置を講ぜられたいとしてこの調査結果を防衛施設庁に通知した。

昭和46年12月,前記のとおり海上自衛隊の第4航空群等が厚木基地に移駐し,移駐後における自衛隊機の数は35機となった。

昭和48年10月,米海軍第7艦隊所属の空母ミッドウェーが横須賀基地(米軍の「横須賀海軍施設」)を事実上の母港として初入港した。平成3年には空母ミッドウェーに代わって空母インディペンデンスが,平成10年には同空母に代わって空母キティホークが,平成20年には同空母に代わって空母ジョージ・ワシントンが,それぞれ横須賀基地を母港としている。これらの空母には米海軍第5空母航空団所属の艦載機が搭載されており,その整備,補給,訓練等の活動が厚木基地で展開されるに至った。こうして,昭和48年10月頃以降,空母艦載機が厚木基地に頻繁に飛来している。

厚木基地の周辺自治体は既に昭和35年から航空機騒音への対策に乗り出していたが,空母艦載機が飛来するようになった昭和48年頃からは,厚木基地に離着陸する航空機による騒音等が社会問題として新聞,テレビ等で大きく取り上げられるようになり,後記のとおり,昭和51年9月には第1次厚木基地騒音訴訟が提起された。

海上自衛隊は,昭和54年,厚木基地の滑走路の補修,誘導灯やILS(計器着陸装置)施設の新設等の工事を行い,昭和56年10月に第51航空隊を移駐させた。同年12月には対潜哨戒機P3-Cを配備した。

(2) 昭和57年以降

米海軍は,昭和57年2月から,厚木基地でNLP(Night Landing Practice)を開始した。

NLPとは,空母艦載機が陸上で行う着艦訓練(FCLP=Field Carrier Landing Practice)のうち夜間に行われるものであり,夜間において滑走路を空母甲板に見立ててタッチアンドゴーを行うことをいう。タッチアンドゴーとは,航空機の離着陸訓練の一つであり,滑走路へ進入降下し,着地,地上滑走した後,再びエンジン出力を上げて離陸するという一連の操作を繰り返すことである。空母への着艦,特に夜間におけるそれは滑走路への着陸に比べてはるかに高度な技量を必要とするため,米海軍では,艦載機の操縦士は訓練により常にその精度を保つ必要があるとされ,特に空母の出港前には所定の方法で一定の回数のNLPを行うことが義務付けられている。訓練中,航空機は飛行場の周辺上空を周回し,地上の誘導ライトを頼りに大きな推力を維持しつつ滑走路に進入し,着陸後直ちに急上昇することを繰り返す。米海軍は当初,三沢基地と岩国基地でNLPを実施していたが,遠方であること等から時間・費用面での問題が多いとされ,昭和57年2月以降,厚木基地で実施することとなった。

NLPの実施により厚木基地周辺の航空機騒音は激化し,後記のとおり昭和59年10月,第2次厚木基地騒音訴訟が提起された。さらに,周辺自治体等からの強い抗議や代替訓練施設の設置要請もあり,被告は昭和63年6月,暫定的な措置として硫黄島でのNLPの実施を米国に申し入れ,合意に達した。そして,被告は平成5年3月末,硫黄島にNLP実施のための訓練施設(宿舎や更生施設等の関連施設を含む。)を完成させた。

その後,空母艦載機が実施するNLPの多くは硫黄島で行われるようになったが,硫黄島付近の天候上の問題や厚木基地から遠方であるなどの理由により,硫黄島に全面移転されることはなく,厚木基地でも行われることがある。

厚木基地の周辺住民は,NLPが硫黄島で実施されるようになった後も騒音等による被害が著しいとして,後記のとおり平成9年12月に第3次厚木基地騒音訴訟を提起した。

(3) 最近の動向と今後の見込み

ア 厚木基地に配備されている米軍機

厚木基地に飛来する米海軍の空母艦載機は第5空母航空団所属のものであり,機種としてはF/A18-E及びF/A18-F(戦闘攻撃機。Eは単座,Fは複座である。),EA-18G(電子戦機),E-2C(早期警戒機),C-2A(輸送機),SH60-F(対潜ヘリコプター),HH-60H(救難ヘリコプター)などがある。

F/A-18E及びF/A-18F(スーパーホーネット)は,平成15年11月以降,それまで配備されていたF/A-18C及びF/A-18D(ホーネット)に代わって配備されたジェット機であり,平成16年10月までに合計26機が配備された。スーパーホーネットはホーネットよりも機体が大型化し,エンジン推力も35%増加しており,これに伴ってより大きな騒音を発する。

また,EA-18G(グラウラー)は,それまで配備されていたEA-6B(プラウラー)に代わって平成24年3月に配備されたもので,機数は合計6機である。グラウラーは,スーパーホーネットをベースに開発された電子戦機であり,エンジン推力はプラウラーの2倍近くに達する。

イ 厚木基地に配備されている自衛隊機

海上自衛隊は,前記の対潜哨戒機P-3Cのほか,多用機(LC-90,UP-3C),輸送機(YS-11M,YS-11M-A),哨戒ヘリコプター(SH-60J,SH-60K)等を厚木基地に配備している。ジェット機はこれまで,飛来することはあったが,配備はされていなかった。

プロペラ機であるP-3Cの後継機として平成25年3月に配備されたP-1はジェット機であり,平成25年度末までに合計7機が配備される予定である。

ウ 今後の見込み

日米安全保障協議委員会は,平成18年5月,「再編実施のための日米のロードマップ」を承認した。同委員会は,日米安保条約に基づき,日米政府間の相互理解を促進することに役立つとともに安全保障の分野における両国間の協力関係の強化に貢献するような問題であって安全保障問題の基盤をなすもののうち安全保障問題に関するものを検討するために設置された特別の委員会であり,我が国の外務大臣と防衛大臣,米国の国務長官と国防長官の4閣僚で構成される。上記のロードマップの中には,「厚木飛行場から岩国飛行場への空母艦載機の移駐」という項目が設けられ,①米海軍第5空母航空団の厚木飛行場から岩国飛行場への移駐は,F/A-18,EA-6B,E-2C及びC-2航空機から構成され,必要な施設が完成し,訓練空域及び岩国レーダー進入管制空域の調整が行われた後,平成26年までに完了する,②厚木飛行場から行われる継続的な米軍の運用の所要を考慮しつつ,厚木飛行場において,海上自衛隊EP-3,OP-3,UP-3飛行隊等の岩国飛行場からの移駐を受け入れるための必要な施設が整備される,などとされた。

しかし,防衛省は平成25年1月,厚木基地の周辺自治体に対し,平成26年度中に実施予定とされていた米海軍空母艦載機59機の岩国飛行場への移駐は平成29年頃になる見込みであると説明した。

4  米軍と自衛隊の騒音問題への対応(甲A1から3まで,11,12,顕著な事実)

(1) 米軍

日米合同委員会は昭和38年9月19日,厚木基地周辺における米軍の航空機騒音の規制に関し諸種の措置を設けることに合意した。昭和44年11月20日に一部改正された後の合意事項は概要次のとおりである。

① 午後10時から午前6時までの間,厚木基地における全ての活動(飛行及びグランド・ラン・アップ)は,運用上の必要に応じ,及び米軍の態勢を保持する上に緊要と認められる場合を除き,禁止される。

② 訓練飛行は,日曜日には最小限にとどめる。

③ アフターバーナー装備の航空機は,基地空域内においてできるだけ速やかに離陸・上昇することが要求される。アフターバーナーは,安全飛行状態を持続するために継続して使用しなければならない場合又は運用上の必要性による場合を除き,飛行場の境界線に達する前に使用を停止しなければならない。

④ 離陸及び着陸の間を除き,航空機は人口稠密地域の上空を低空で飛行しない。

⑤ 基地周辺の空域においては,曲技飛行及び空中戦闘訓練を実施しない。

ただし,年間定期行事として計画された曲技飛行の展示はその限りでない。

⑥ 着艦訓練のための航空機は,場周経路では2機に制限される。

⑦ 離陸及び着陸の間を除き,空母着艦訓練等のための航空機は,特定のタイプの訓練を必要とする場合を除き,平均海面上1600フィート以下で飛行しない。特殊の訓練は,訓練の必要に見合った必要最小限度にとどめるものとし,かつ,そのパターンは,平均海面上800フィート以下は通らない。

⑧ 運用能力又は態勢が損なわれる場合を除き,ジェットエンジンは,午後6時から午前8時までの間,試運転されない。

⑨ ジェットエンジンテスト等の実施に当たっては,厚木基地は,実行可能なできるだけ早い時期に効果的な消音器を装備し,それを騒音減衰のために使用する。

⑩ 操縦士は,騒音問題について機会あるごとに十分教育を受ける。

(2) 自衛隊

厚木基地においては,現在,自衛隊機(第4航空群)の運航について次のような自主規制が行われている。

ア 厚木飛行場規則(平成19年3月15日第4航空群達第2号)による自主規制

① 訓練飛行(タッチアンドゴー,ローアプローチ)及び地上試運転の規制時間は,原則として次の表のとおりとする。

file_5.jpgBey ~ 0 By U1 at Ye 1 | Su 8 ut ~ 49 Yd SMF ~ oe 4 yy Had $i 9 WE ~ SHO TAY Hu ~ BB H yy Ha Ly aie eet [IE (eel feu TL BA is} Hill & x② 場周経路内における連続離着陸訓練機及び連続離着陸訓練回数は制限する。

③ 厚木管制圏内での編隊飛行は,原則として実施しないものとする。

④ 飛行場及びその周辺空域における既定の飛行経路の高度よりも低い高度での飛行は,任務及び訓練上必要な場合を除き行わないものとする。

⑤ 離陸時のアフターバーナーの使用は,運行上必要な場合に限る。ただし,この場合,飛行場の境界線又は安全な高度及び速度に達したときには,使用を中止するものとする。

⑥ 着艦訓練(FCLP)は許可しない。

イ 「厚木航空基地における航空機騒音の軽減に関する規制措置について(通知)」(平成10年11月4日4空群運第835号)による自主規制

① 同一時間に離着陸機が集中しないように各隊の離着陸訓練時間を調整する。

② 場周経路内の同時機数は,昼間は,固定翼機のみの場合は3機以内,回転翼機のみの場合は4機以内,固定翼機及び回転翼機が混在する場合はそれぞれ2機以内とし,夜間は,固定翼機又は回転翼機のみの場合はそれぞれ2機以内,固定翼機及び回転翼機が混在する場合はそれぞれ1機とする。

③ 連続離着陸訓練は,固定翼機については,原則として昼間4回,夜間3回以内とし,更に訓練を実施する場合は,一度場周経路を離脱し,10~15分経過後再度進入することとし,回転翼機については,原則として昼間4回,夜間3回以内とし,更に訓練を実施する場合は,B1又はヘリパッドで10~15分間ホバリング等の後再度進入する。

第2航空機騒音の評価

証拠(括弧内掲記のもの)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。

1  騒音とその大きさの評価(甲A1,2,11,甲C65)

騒音とその測定方法一般については,国際連合の専門機関の一つであるWHO(World Health Organization 世界保健機関)が平成11年に公表した「環境騒音のガイドライン(実務的抄録)」(Guidelines for Community Noise)(A1=A2=A3訳。甲C65。以下「WHOガイドライン」という。)が次のように述べているとおりである。

「物理的には,音(sound)と騒音(noise)に違いはない。音はまた知覚でもあり,音波の複雑なパターンが,騒音,音楽,話し声などと識別される。かくして,騒音は望ましくない音,と定義される。

ほとんどの環境騒音は,数種類の単純な評価指標によって近似的に記述することができる。騒音の評価指標はすべて,音の周波数構成,オーバーオールの音圧レベルおよびそれらの時間変動を考慮している。音圧は音を作り出す空気の振動を表す基本的な指標である。人間が聞くことのできる音圧の幅は非常に広いので,音圧レベルはdB(デシベル)という単位の対数スケールで評価される。よって,音圧レベルを加算することや音圧レベルの算術平均をとることはできない。ほとんどの場合,騒音の音圧レベルは時間とともに変化し,また音圧レベルを算出するときには,変動する音圧の瞬間値を一定の時間で積分しなければならない。

ほとんどの環境音は,さまざまな周波数成分が複雑に混ざりあっている。周波数とは,音波の媒体である空気の1秒あたりの振動回数であり,単位はHz(ヘルツ)である。人間の可聴域は,聴力正常な若者の場合,20~20,000Hzとされている。しかし,人間の聴覚は,音の周波数によって感度が異なる。これを補正するために,さまざまな聴感補正特性を用いて各種環境音に固有の周波数成分の相対的強度が評価されてきた。聴感補正特性の中でも,低周波領域と比較して中・高周波数領域を重視するA特性がもっとも広く用いられている。A特性は人間の聴感特性を近似せんとするものである。

複合音の影響は,それらの騒音のエネルギー和と関係がある(等エネルギー原理)。ある期間の全エネルギーの和から,その期間の平均音響エネルギーに等価なレベルが得られる。LAeq,TはA特性補正した音のT時間の平均エネルギーに等価な定常音のレベルである。LAeq,Tは道路交通騒音や事実上連続音とみなせるような工場騒音などの連続音の評価に使用すべきものである。しかしながら,航空機騒音や鉄道騒音のように,一つ一つが明確に区別できる音がある場合には,LAeq,TだけではなくA特性音圧レベルの最大値(LAmax)や単発騒音曝露レベル(LAE)のような個々の発生騒音の指標も用いるべきである。騒音レベルが時間的に変動する場合は,レベル変動のパーセンタイル値を用いた評価もなされている。

現在,実務的には,ほとんどの騒音で等エネルギー原理がほぼ成立しLAeq,Tと騒音影響の対応はおおむねよい,という考え方が一般的である。ただし,発生回数の少ない音の場合,睡眠妨害やその他の生活妨害の評価にはA特性音圧レベルの最大値(LAmax)がより適している。しかしながら,ほとんどの場合は,単発騒音エネルギーを積分した値である単発騒音曝露レベル(LAE)がより整合性の高い評価尺度となる。昼間と夜間のLAeqを加算するときに,夜間の時間帯に重み付けをする方法もよく用いられる。夜間の重み付けは夜間に不快感の感受性が増大することを反映するためのものであり,それによって住民の睡眠を保護するものではない。」一般に騒音の大きさは,上記の記述にあるとおり,A特性に応じた聴感補正をした音圧レベルで,dBを単位として表記される。「騒音レベル」という用語は,このようにして示された騒音の大きさを意味する。A特性であることを示すためにdB(A)とする表記法もあるが,騒音レベルとしてdBとあればdB(A)と同じことである。計量法は,音圧レベルの計量単位をデシベルと定め(同法4条1項,別表第2。なお,計量単位規則2条1項1号,別表第2により,デシベルの記号はdBとされている。),計量単位令3条1項,別表第2がこれを定義しているが,そこにいうデシベルは聴感補正をしたものとしていないものの両者を含む(計量単位規則6条,別表第10参照)。なお,平成4年法律第51号による改正前の計量法5条44号が「騒音レベルの計量単位は,ホン又はデシベルとする。」と規定していたように,かつてはデシベルとホンが相互互換的に用いられていたが,現在はホンは用いない。

あくまでも一応の目安であるが,騒音とdBとの対応として,電車の中が80dB,交通量の多い交差点が90dB,電車通過時の線路脇や地下鉄駅構内が100dB,自動車のクラクションや新幹線通過時の音が110dB,ビル工事現場やジェット機離陸時の音が120dBなどとされ,130dBが最大可聴値(これを超える音は痛みとしてしか感じられない。)とされている(甲A1,2,11)。

一方,上記の記述にあるLAeq,Tとは,等価騒音レベルと呼ばれ,一定の期間における騒音のエネルギーを考慮した騒音の評価指標である。

このように,騒音の大きさを評価する指標としては,音圧レベルを尺度とするものと,一定の期間における音のエネルギーを尺度とするものとがある。

2  航空機騒音とその大きさの評価(甲C66の1・2,行乙22)

航空機騒音は,①騒音のピークレベルが工場騒音や自動車騒音など他の発生源による騒音と比較してはるかに高く,しかも広範囲に及ぶこと,②エンジンの影響により特定の周波数(高周波数)に片寄った特異な音質を有すること,③継続時間が数秒から数十秒の間欠音であることなどの特性がある。これらの特性を考慮した航空機騒音の評価指標として,これまで我が国ではWECPNLという評価指標が用いられてきた。

WECPNLは「Weighted Equivalent Continuous Perceived Noise Level」(加重等価継続感覚騒音レベル)のことであり,国際連合の専門機関の一つであるICAO(International Civil Aviation Organization 国際民間航空機関)が昭和46年に提案した騒音の評価指標であって,「うるささ指数」とも呼ばれる。等価騒音レベルと同じく一定の期間における騒音のエネルギーを考慮した評価指標である。簡単にいうと,航空機1機ごとの騒音のうるささを表す評価指標としてそれ以前に提案されていたPNL(Perceived Noise Level)の値に,継続時間補正及び純音補正を加え,さらに騒音発生時間帯を考慮して夜間及び深夜・早朝における騒音に重み付けを行って値を求めるものである。

WECPNLは後記のとおり昭和48年,航空機騒音に係る環境基準に採用され,それ以来現在まで,我が国における航空機騒音の評価指標の代表的なものとして広く用いられてきた。本件のように航空機騒音による被害の有無が問題とされる訴訟においても,WECPNLの値(以下,略して「W値」という。)が重要な判断基準として一貫して用いられてきている。

もっとも,昭和48年の環境基準が採用したW値の算定方法は,測定の便宜や計算の便宜を考慮して,ICAOが提案した算定方法を著しく簡略化したものであった。そのようなことや,国際環境の変化もあって,後記のとおり,現行の環境基準はWECPNLの使用を止め,代わりに時間帯補正等価騒音レベル(Lden)を採用することとなった。しかし,時間帯補正等価騒音レベルはまだ導入されたばかりであり,厚木基地周辺における騒音の評価指標としては,これまで,個々の騒音の音圧レベル(騒音レベル)を測定する際にはdBが,一定の期間の騒音を測定する際にはW値が用いられているので,本件でも,騒音の評価指標としてはdB及びW値を用いるほかない。

3  航空機騒音に係る環境基準等とW値(甲C1の9,66の1・2,行乙22,顕著な事実)

(1) 昭和48年に導入された環境基準

ア 昭和42年に公布,施行された公害対策基本法9条1項は,「政府は,大気の汚染,水質の汚濁,土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について,それぞれ,人の健康を保護し,及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を定めるものとする。」と規定し,政府にその基準の設定を義務付けた。これを受けて,環境庁長官は昭和48年12月,同条の規定に基づく騒音に係る環境上の条件のうち航空機騒音に係る基準として,「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和48年環境庁告示第154号)を告示した。

平成5年に環境基本法が公布,施行されたことに伴い公害対策基本法は廃止されたが,環境基本法16条1項は公害対策基本法9条1項と同様の規定を設けており,これに伴い,上記「航空機騒音に係る環境基準について」も環境基本法16条1項に基づく基準となった。

イ 平成19年環境省告示第114号による改正前の「航空機騒音に係る環境基準について」(以下「昭和48年環境基準」という。)の内容は次のとおりである。

昭和48年環境基準は,生活環境を保全し,人の健康の保護に資する上で維持することが望ましい航空機騒音に係る基準及びその達成期間を次のとおり定めた。

環境基準は,専ら住居の用に供される地域(地域の類型Ⅰ)につきW値70以下(以下,W値は「70W」など数字に「W」を添えて表記する。)とし,それ以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域(地域の類型Ⅱ)につき75W以下とする。地域の類型は,公害対策基本法9条2項(環境基本法16条2項)に従い都道府県知事が指定する。

上にいうW値は次の①~⑤の方法により測定・評価した場合における値とする(以下,これに従ってW値を算定する方式を,後述の防衛施設庁長官の定めた算定方式(防衛施設庁方式)と対比させる意味で,「環境基準方式」という。)。

① 測定は,原則として連続7日間行い,暗騒音より10dB以上大きい航空機騒音のピークレベル(計量単位 dB)及び航空機の機数を記録するものとする。

② 測定は,屋外で行うものとし,その測定点としては,当該地域の航空機騒音を代表すると認められる地点を選定するものとする。

③ 測定時期としては,航空機の飛行状況及び風向等の気象条件を考慮して,測定点における航空機騒音を代表すると認められる時期を選定するものとする。

④ 評価は,①のピークレベル及び機数から次の算式により1日ごとの値(単位WECPNL)を算出し,そのすべての値をパワー平均して行うものとする。

dB(A)(_)+10log10N-27

(注)dB(A)(_)とは,1日の全てのピークレベルをパワー平均したものをいい,Nとは,午前0時から午前7時までの間の航空機の機数をN1,午前7時から午後7時までの間の航空機の機数をN2,午後7時から午後10時までの間の航空機の機数をN3,午後10時から午後12時までの間の航空機の機数をN4とした場合における次により算出した値をいう。

N=N2+3N3+10(N1+N4)

⑤ 測定は,計量法71条の条件に合格した騒音計を用いて行うものとする。この場合において,周波数補正回路はA特性を,動特性は遅い動特性(slow)を用いることとする。

環境基準は,公共用飛行場等の周辺地域においては,飛行場の区分ごとに定める達成期間で達成され,又は維持されるものとする。この場合において,達成期間が5年を超える地域においては,中間的に所定の改善目標を達成しつつ,段階的に環境基準が達成されるようにする。自衛隊等(自衛隊又は米軍)が使用する飛行場の周辺地域においては,平均的な離着陸回数及び機種並びに人家の密集度を勘案し,当該飛行場と類似の条件にある公共用飛行場等の区分に準じて環境基準が達成され,又は維持されるように努めるものとする。

ウ 昭和48年環境基準は,中央公害対策審議会の答申に基づいて定められたものであるが,その答申に先立って中央公害対策審議会騒音振動部会特殊騒音専門委員会がとりまとめた「航空機騒音に係る環境基準について(報告)」(昭和48年4月12日)においては,「指針設定の基礎」として,「航空機騒音に係る環境基準の指針設定にあたっては,聴力損失など人の健康に係る障害をもたらさないことはもとより,日常生活において睡眠障害,会話妨害,不快感などをきたさないことを基本とすべきである」と述べられており,昭和48年環境基準もこれと同じ考え方に基づくものと解される。

エ 防衛庁長官官房長の「自衛隊飛行場に係る環境基準の達成について」と題する通知(昭和53年3月22日官文第1228号)によれば,厚木飛行場については,昭和48年環境基準の達成期間は「10年をこえる期間内に可及的速やかに」とされ,改善目標は,「1 5年以内に,85WECPNL未満とすること又は85WECPNL以上の地域において屋内で65WECPNL以下とすること。 2 10年以内に,75WECPNL未満とすること又は75WECPNL以上の地域において屋内で60WECPNL以下とすること。」とされている。

(2) 現行の環境基準

昭和48年環境基準は平成19年環境省告示第114号により改正され,改正後の基準(以下「現行環境基準」という。)が平成25年4月1日から適用されている。

この改正は,近年の騒音測定機器の技術的進歩及び国際的動向に即して,WECPNLの代わりに新たな評価指標として時間帯補正等価騒音レベル(Lden)を採用したものである。等価騒音レベル(LAeq)とは,一定の時間間隔について,変動する騒音の騒音レベルをエネルギー的な平均値として表した量であり,単位はdBである。時間帯補正等価騒音レベルとは,夕方の騒音,夜間の騒音に重み付けを行い評価した1日の等価騒音レベルをいう。

もっとも,昭和48年環境基準の基準レベルの早期達成の実現を図ることが肝要であり,騒音対策の継続性も考慮すべきであるため,現行環境基準の基準値は昭和48年環境基準の基準値に相当する値とするものとされている。すなわち,現行環境基準により,環境基準は,時間帯補正等価騒音レベルで,地域の類型Ⅰにつき57dB以下,地域の類型Ⅱにつき62dB以下とされたが,それぞれの数値は70W以下,75W以下に対応する。このことから分かるとおり,この程度のレベルの騒音においては,W値から13をマイナスしたものが時間帯補正等価騒音レベルの数値になる。

(3) 法令に基づくW値の算定

ア 民間航空機の用に供される公共用飛行場の場合

民間航空機が使用する飛行場周辺における騒音に関しては,「公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律」(以下「航空機騒音防止法」という。)が制定されており,公共用飛行場の周辺における航空機の騒音により生ずる障害の防止,航空機の離着陸の頻繁な実施により生ずる損失の補償その他必要な措置について定めている。同法8条の2は,特定飛行場(国土交通大臣が設置する公共用飛行場であって当該飛行場における航空機の離陸又は着陸の頻繁な実施により生ずる騒音等による障害が著しいと認めて政令で指定するもの並びに成田国際空港及び大阪国際空港をいう。同法2条)の設置者は,政令で定めるところにより航空機の騒音により生ずる障害が著しいと認めて国土交通大臣が指定する特定飛行場の周辺の区域(第一種区域)に当該指定の際現に所在する住宅について,その所有者又は当該住宅に関する所有権以外の権利を有する者が航空機の騒音により生ずる障害を防止し,又は軽減するため必要な工事を行うときは,その工事に関し助成の措置をとるものとすると規定している。また,同法9条は同様に第二種区域と指定された区域における移転の補償等を,同法9条の2は同様に第三種区域と指定された区域における緑地帯等の整備を定めている。

これを受け,「公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律施行令」(平成24年政令第252号による改正前のもの。以下「旧航空機騒音防止法施行令」といい,同改正後のものすなわち現行のものを「航空機騒音防止法施行令」という。)6条は,上記の区域の指定に関し,航空機の離陸又は着陸に伴う騒音の影響度をその騒音の強度,発生の回数及び時刻等を考慮して国土交通省令で定める算定方法で算定した値が,その区域の種類ごとに国土交通省令で定める値以上である区域を基準として行うものとすると規定していた。これを受けた「公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律施行規則」(平成24年国土交通省令第78号による改正前のもの。以下「旧航空機騒音防止法施行規則」といい,同改正後のものすなわち現行のものを「航空機騒音防止法施行規則」という。)1項は,昭和48年環境基準に定められた算式と同じ算式によって区域指定の基準となる値(すなわちW値)を算出するものとし(同項1号),その値は,当該飛行場を使用する航空機の型式,飛行回数,飛行経路,飛行時刻等に関し,年間を通じての標準的な条件を設定し,これに基づいて算定するものとしていた(同項2号)。そして,旧航空機騒音防止法施行規則2項は,旧航空機騒音防止法施行令6条の「国土交通省令で定める値」を,第一種区域にあっては75(すなわち75W),第二種区域にあっては90(すなわち90W),第三種区域にあっては95(すなわち95W)とすると定めていた。

このように,公共用飛行場周辺における航空機騒音に関しては,昭和48年環境基準に定められたのと同じ方法(環境基準方式)により算定したW値を基準として工事の助成等の政策措置がとられることになっていた。

これに対し,平成25年4月1日に施行された航空機騒音防止法施行令及び航空機騒音防止法施行規則の各規定は,現行環境基準と同じく,基準値としてW値ではなく時間帯補正等価騒音レベルを採用している。

イ 自衛隊機又は米軍機の用に供される飛行場(防衛施設)の場合

自衛隊機又は米軍機が使用する飛行場(防衛施設)周辺における航空機騒音に関しては,上記アとは異なる方法によりW値を算定するものとされてきた。その内容は後記第3のとおりである。

第3防衛施設である飛行場の周辺地域の騒音に関する法制度とその運用

1  法令の定め

「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」(以下「環境整備法」という。)は,自衛隊等(自衛隊又は米軍をいう。同法2条1項)の行為又は防衛施設(自衛隊の施設又は日米地位協定2条1項の施設及び区域をいう。同条2項)の設置若しくは運用により生ずる障害の防止等のため防衛施設周辺地域の生活環境等の整備について必要な措置を講ずるとともに,自衛隊の特定の行為により生ずる損失を補償することにより,関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目的とする(同法1条)。

環境整備法4条によれば,被告は,政令で定めるところにより自衛隊等の航空機の離陸,着陸等の頻繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しいと認めて防衛大臣が指定する防衛施設の周辺の区域(第一種区域)に当該指定の際現に所在する住宅について,その所有者又は当該住宅に関する所有権以外の権利を有する者(所有者等)がその障害を防止し,又は軽減するため必要な工事を行うときは,その工事に関し助成の措置を採るものとするとされている(住宅の防音工事の助成)。

環境整備法5条によれば,被告は,政令で定めるところにより第一種区域のうち航空機の離陸,着陸等の頻繁な実施により生ずる音響に起因する障害が特に著しいと認めて防衛大臣が指定する区域(第二種区域)に当該指定の際現に所在する建物,立木竹その他土地に定着する物件の所有者が当該建物等を第二種区域以外の区域に移転し,又は除却するときは,当該建物等の所有者等に対し,政令で定めるところにより,予算の範囲内において,当該移転又は除却により通常生ずべき損失を補償することができるなどとされている(移転の補償等)。

環境整備法6条によれば,被告は,政令で定めるところにより第二種区域のうち航空機の離陸,着陸等の頻繁な実施により生ずる音響に起因する障害が新たに発生することを防止し,併せてその周辺における生活環境の改善に資する必要があると認めて防衛大臣が指定する区域(第三種区域。以下,第一種区域,第二種区域及び第三種区域を合わせて「第一種区域等」という。)に所在する土地で同法5条2項の規定により買い入れたものが緑地帯その他の緩衝地帯として整備されるよう必要な措置を採るものとするなどとされている(緑地帯の整備等)。

環境整備法の委任を受けた「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律施行令」(以下「環境整備法施行令」という。)8条は,環境整備法4条の規定による第一種区域の指定,5条1項の規定による第二種区域の指定及び6条1項の規定による第三種区域の指定は,自衛隊等の航空機の離陸,着陸等の頻繁な実施により生ずる音響の影響度をその音響の強度,その音響の発生の回数及び時刻等を考慮して防衛省令で定める算定方法で算定した値が,その区域の種類ごとに防衛省令で定める値以上である区域を基準として行うものとすると規定している。

これを受けて定められた「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律施行規則」(平成25年防衛省令第5号による改正前のもの。以下「旧環境整備法施行規則」といい,同改正後のものすなわち現行のものを「環境整備法施行規則」という。)1条は,上にいう「防衛省令で定める算定方法」を

dB(A)(_)+10logN-27

とし(同条1項),そこにいう「dB(A)(_)」を,1日の間の自衛隊等の航空機の離陸,着陸等の実施により生ずる音響のそれぞれの最大値をパワー平均して得た値と定義し(同条2項1号),「N」を,1日の間の自衛隊等の航空機の離陸,着陸等の実施により生ずる音響のうち,午前0時直後から午前7時までの間に発生するものの回数をN1,午前7時直後から午後7時までの間に発生するものの回数をN2,午後7時直後から午後10時までの間に発生するものの回数をN3及び午後10時直後から午後12時までの間に発生するものの回数をN4として,次に掲げる式によって算出して得た値と定義した(同項2号)。

N2+3N3+10(N1+N4)

そして,防衛大臣は,これらの値の算定に当たっては,自衛隊等の航空機の離陸,着陸等が頻繁に実施されている防衛施設ごとに,当該防衛施設を使用する自衛隊等の航空機の型式,飛行回数,飛行経路,飛行時刻等に関し,年間を通じての標準的な条件を設定し,これに基づいて行うものとされた(同条3項)。

また,旧環境整備法施行規則2条は,環境整備法施行令8条にいう防衛省令で定める値について,第一種区域にあっては75(すなわち75W)(昭和49年の制定当初は85Wであったが,昭和54年総理府令第41号による改正により80Wと改められ,昭和56年総理府令第49号による改正により75Wと改められた。),第二種区域にあっては90(すなわち90W),第三種区域にあっては95(すなわち95W)と定めていた。

以上の各規定は,旧航空機騒音防止法施行令及び旧航空機騒音防止法施行規則と同じ趣旨のものといえる。

これに対し,環境整備法施行規則1条は,現行環境基準と同じく,W値に代えて時間帯補正等価騒音レベルによる算定方法を定めており,2条の定める値も,第一種区域においては62dB,第二種区域においては73dB,第三種区域においては76dBとされている。これらの規定は平成25年4月1日から施行されているが,同日以後の環境整備法4条の規定による第一種区域の指定,5条1項の規定による第二種区域の指定及び6条1項の規定による第三種区域の指定について適用するとされている。

2  防衛施設庁・防衛省におけるW値の算定方法

証拠(甲A7,22の1・2,甲C1の1~7・13,68,73,94,顕著な事実)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。

(1) 防衛施設庁方式

旧環境整備法施行規則1条3項は,前記のとおり,同条2項の値(W値)を算定するに当たり,防衛大臣(平成19年9月1日より前は防衛施設庁長官。以下同じ。)は,自衛隊等の航空機の離陸,着陸等が頻緊に実施されている防衛施設ごとに,当該防衛施設を使用する自衛隊等の航空機の型式,飛行回数,飛行経路,飛行時刻等に関し,年間を通じての標準的な条件を設定し,これに基づいて行うものとした。

そこで,防衛施設庁長官は,上記算定方法等の細部基準等について「防衛施設周辺における航空機騒音コンターに関する基準」を定めてこれによることとした(昭和55年10月2日施本第2234号(CFS))。

同基準は,防衛施設周辺におけるW値の算定方式(その内容は後記(2)において説明するとおりである。)を定めており,各防衛施設についてこれを用いてW値を算定した上,75W以上となる地域について5Wごとに同一のW値を示す地点を結んだ線を騒音コンターとするものとしている。すなわち,騒音コンターとは,航空機騒音として同一のW値が測定された地点を結んだ曲線であり,天気図の気圧線(等圧線)や地形図の標高線(等高線)に相当するものである。

同基準は,防衛施設庁長官が「第一種区域等の指定に関する細部要領」(平成16年11月1日施本第1589号(CFS))を定めたことに伴い廃止されたが,その内容は同細部要領に引き継がれている。そして,同細部要領によれば,第一種区域,第二種区域及び第三種区域の各外郭線(各地域とその外側の地域を分かつ線)は,75W,90W又は95Wの騒音コンターと重なる住宅の所在状況を勘案して当該コンターに沿って引くものとされ,当該コンターに沿って街区,道路,河川等が所在する場合にはこれらに即して最小限の修正を行うことができるとされている(以下,防衛施設庁長官が定めた上記の「基準」ないし「細部要領」に従ったW値の算定方式を「防衛施設庁方式」という。)。

(2) 防衛施設庁方式と環境基準方式の差異

前記のとおり民間航空機が使用する公共用飛行場におけるW値の算定方式は環境基準方式をそのまま適用したものであるが,上記(1)の基準ないし細部要領が定める防衛施設庁方式はいくつかの点でこれと異なっている。その差異は次のとおりである。

防衛施設庁方式においては,第1に,航空機の飛行回数について,飛行しない日も含めた1年間の全ての日を対象に,1日の総飛行回数の少ない方からの累積度数曲線を求め,累積度数90%に相当する値(下から数えて90%,上から数えて10%である。90パーセンタイル値あるいは80%レンジの上端値といわれる。80%レンジとは,上下の10%を切り落とした真ん中の80%を意味する。)をその防衛施設における1日の標準総飛行回数とする(以下,これを「累積度数90%方式」という。)。その際,タッチアンドゴーについても,その回数を飛行回数に加える。環境基準方式ではこのような処理をしておらず,標準総飛行回数として飛行回数の平均値を用いている。

第2に,騒音の継続時間に応じた補正(継続時間補正)に関して,環境基準方式では,最大騒音レベルから10dB低いレベルを超える騒音の継続時間を,実際の時間にかかわらず一律に20秒としているのに対し,防衛施設庁方式では,実際に測定した継続時間に応じ,また,飛行中とエンジン調整中とを区別して,補正を加えている。

第3に,防衛施設庁方式では,ジェット機の着陸時のものと確認できる騒音については,着陸音補正として2dBを加算しているが,環境基準方式ではそのような補正はしない。

このような差異があることから,防衛施設である飛行場の周辺において,同一の条件の下で,環境基準方式によって算定されるW値と防衛施設庁方式によって算定されるW値を比較すると,後者が前者よりも3から5程度高くなるとされている。

(3) 差異が存在する理由

環境整備法に基づく第一種区域等の指定をする基準となるW値の算定について防衛施設庁長官が防衛施設庁方式を採用したのは,次の理由による。

民間航空機が使用する公共用飛行場では,1年を通して飛行回数に大きな増減がなく,飛行経路も一定である。また,離着陸する航空機の機種が限られ,騒音の特徴・継続時間にも機種による大きな違いがない。

これに対し,防衛施設すなわち自衛隊等の航空機が使用する飛行場では,航空機の飛行回数も飛行経路も日によって異なる。また,離着陸する航空機の機種が多種多様であることや,離着陸の態様に違いがあることから,機種の違い(特にジェット機,プロペラ機等による違い)や高度の違いによって,騒音の態様ないし程度に差異が生ずる。

公共用飛行場と防衛施設である飛行場との間のこのような違いは,周辺住民の騒音に対する反応にも差異をもたらす。そのため,防衛施設である飛行場の周辺において環境基準方式によってW値を算定した場合,公共用飛行場の周辺において算定したW値と同じ数値であっても,騒音に対する住民の反応が同じであるとはいえないことになる。そこで,公共用飛行場と防衛施設である飛行場との間でW値に整合性が保たれるように,すなわち公共用飛行場であっても防衛施設である飛行場であってもW値が同じであれば同じ住民反応が示されるといえるようにするため,音響の専門家による調査研究を踏まえて,防衛施設庁方式によるW値の算定方法が考案されたのである。

具体的にいうと,日によって騒音を受ける回数にばらつきがある場合,「うるささ」についての人間の感覚が比喩的にいえば「大きい方に引き寄せられて感じる」という特性をもつことから,騒音回数が多く騒音程度の著しい日の騒音に強い印象を受けることが知られている。防衛施設である飛行場周辺において住民反応を調査した研究結果からも,1日の航空機数に変動がある場合には,一定期間内の平均機数を基準にしたW値よりも1日単位で数多く飛行した日を基準にしたW値が,周辺住民の反応に比例することが示された。累積度90%方式が採用されたのはこのためである。また,継続時間補正及び着陸音補正も,防衛施設である飛行場の実態を考慮した補正方法である。

3  厚木飛行場周辺における騒音コンターの作成及び区域指定等争いのない事実,証拠(甲A7,11,顕著な事実)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。

防衛施設庁長官は,厚木飛行場の周辺において環境整備法に基づく第一種区域等を指定するため,その騒音状況を調査し,環境整備法施行令8条及び旧環境整備法施行規則1条に規定されたW値を防衛施設庁方式によって求め,これに基づく騒音コンターを作成している。そのコンターを基に,昭和54年9月以降,街区,道路,河川等現地の状況に即して厚木飛行場周辺における第一種区域等を指定してきた(昭和54年防衛施設庁告示第18号,昭和56年防衛施設庁告示第19号,昭和59年防衛施設庁告示第9号,昭和61年防衛施設庁告示第9号)。

現在の第一種区域等は,平成15年度及び平成16年度に行われた航空機騒音度調査の結果に基づくものであり,平成18年1月17日に告示された(平成18年防衛施設庁告示第1号)。これにより,第一種区域等の範囲は従来よりも厚木飛行場の南北方向に拡大し,西側で縮小した。これは,ジェット機の南北方向の離陸及び着陸の回数が増加したこと,NLPの硫黄島への移転に伴いジェット機が西側へ旋回する回数が減少したことにより,騒音の影響範囲が厚木飛行場の南北に拡大し,西側で縮小したことを反映させたものである。これにより,第一種区域(この中に第二種区域及び第三種区域も含まれる。)は,面積にして約7700haから約1万0500haに拡大し,対象となる世帯数は約14万7000から約24万4000に増加した。

W値に代えて時間帯補正等価騒音レベルが基準値として用いられるようになった環境整備法施行規則1条(平成25年4月1日施行)の下で,第一種区域等の新たな指定はされていない。

他方,防衛大臣は,環境整備法4条に基づく住宅防音工事の助成を行うため,「防衛施設周辺における住宅防音事業及び空気調和機器稼働事業に関する補助金交付要綱」(平成22年3月29日防衛省訓令第10号)を定めており,その5条に基づき,防衛省地方協力局長は,住宅防音工事標準仕方書(以下「防音工事仕方書」という。)及び住宅防音工事の標準仕方に係る工法区分線の設定等要領(以下「区分線設定等要領」という。)を定めている(平成22年3月29日地防第3608号)。

防音工事仕方書は,住宅防音工事の工法として第Ⅰ工法と第Ⅱ工法を定めている。第Ⅰ工法は,80W以上の区域内の住宅を対象として計画防音量を25dB以上とするものであり,第Ⅱ工法は,75W以上80W未満の区域内の住宅を対象として計画防音量を20dB以上とするものである。そして区分線設定等要領は,それぞれの工法の適用区域を区分する線(以下「工法区分線」という。)の設定方法を定めている。これによると,80Wを基準値とする第一種区域が指定されていない場合(厚木飛行場周辺はこれに当たる。),工法区分線は,80Wの騒音コンターと重なる住宅の所在状況を勘案して,80Wの騒音コンターに沿って引くものとされている。

上記2工法による住宅防音工事は居室を対象として行うものであるが,防音工事仕方書は,このほかに家屋全体を一つの区画としてその外郭について実施する防音工事すなわち外郭防音工事を定めている。区分線設定等要領によれば,全ての住宅が外郭防音工事の対象となる区域の外郭線(以下,単に「外郭線」という。)について,85Wを基準値とする第一種区域が指定されていない場合(厚木飛行場周辺はこれに当たる。),85Wの騒音コンターと重なる住宅の所在状況を勘案して,85Wの騒音コンターに沿って引くものとされている。

防音工事仕方書及び区分線設定等要領の以上の定めは,防衛施設庁長官が昭和56年4月に通達によって定めたものが引き継がれ,変更を加えられて現在に至ったものである。

防衛施設庁横浜防衛施設局長は,上記の定めに基づき,厚木飛行場周辺において,昭和63年7月18日に工法区分線を設定し,平成15年1月以降,外郭線を設定した。また,その後の騒音の状況の変化に伴い,平成18年1月31日に新たな工法区分線及び外郭線を設定した。

以上のとおり,現在,厚木飛行場周辺において第一種区域として指定されている区域とその外側とを画する線(第一種区域線)は,75Wの騒音コンターに沿って引かれている。前記のとおり,この線は街区,道路,河川等現地の状況に即して引かれることとされているから,75Wの騒音コンターと正確に一致するわけではないが,おおむねこれに沿っている。同様に,80Wの騒音コンターに沿って工法区分線が,85Wの騒音コンターに沿って外郭線が,90Wの騒音コンターに沿って第二種区域線が,95Wの騒音コンターに沿って第三種区域線が引かれている(以下,平成18年1月の告示による第一種区域線と第二種区域線の間の地域を「75Wの地域」という。「80Wの地域」等も同様である。また,第一種区域線の内側全体を「75W以上の地域」という。)。

第4厚木基地騒音訴訟の経緯

厚木基地の周辺住民は,昭和51年以降3次にわたり,厚木基地に離着陸する航空機による騒音等の被害を受けているとして,被告に対し損害賠償等を求める訴えを提起して救済を求めてきた。証拠(甲A1から3まで,甲D2の139~142,顕著な事実)及び弁論の全趣旨により認められるその経緯は次のとおりである。

1  第1次訴訟

厚木基地の周辺住民92名は昭和51年9月,被告に対し,厚木基地における航空機離着陸等の差止め並びに過去及び将来の損害の賠償を求める訴えを横浜地方裁判所に提起した。同裁判所は昭和57年10月20日,差止め及び将来の損害の賠償請求に係る訴えを不適法として却下し,周辺住民80名について過去の損害賠償請求を認容する判決を言い渡した(判例時報1056号26頁)。

双方が控訴し,東京高等裁判所は昭和61年4月9日,差止め及び将来の損害の賠償請求に係る訴えは却下すべきものとし,過去の損害賠償請求をいずれも棄却する判決を言い渡した(判例時報1192号1頁)。

周辺住民が上告し,最高裁判所は平成5年2月25日,過去の損害賠償請求に係る部分について原判決を破棄し,東京高裁に差し戻した(最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決・民集47巻2号643頁。以下「厚木基地最判」という。)。

東京高裁は平成7年12月26日,周辺住民69名について過去の損害賠償請求を認容する判決を言い渡し,この判決は確定した(判例時報1555号9頁)。

2  第2次訴訟

厚木基地の周辺住民161名は昭和59年10月,被告に対し,厚木基地における航空機離着陸等の差止め並びに過去及び将来の損害の賠償を求める訴えを横浜地裁に提起した。同裁判所は平成4年12月21日,将来の損害の賠償請求及び米軍機の差止めに係る訴えを不適法として却下し,自衛隊機の差止請求を棄却する一方,周辺住民133名について過去の損害賠償請求を認容する判決を言い渡した(判例時報1448号42頁)。

双方が控訴し,東京高裁は平成11年7月23日,自衛隊機の差止請求については訴えを不適法として却下し,将来の損害の賠償請求及び米軍機の差止めに係る訴えについては原判決と同様に却下すべきものとし,過去の損害賠償請求については周辺住民134名の請求を認容する判決を言い渡し,この判決は確定した(訟務月報47巻3号381頁)。

3  第3次訴訟

厚木基地の周辺住民約2820名は平成9年12月,被告に対し,過去及び将来の損害の賠償を求める訴えを横浜地裁に提起した。その後追加提訴があり,原告となった周辺住民の総数は5000名を超えた。この訴訟では差止めは求められておらず,専ら損害賠償請求の可否が争われた。同裁判所は平成14年10月16日,将来の損害の賠償請求に係る訴えを不適法として却下し,周辺住民4935名について過去の損害賠償請求を認容する判決を言い渡した(判例時報1815号3頁)。

双方が控訴し,東京高裁は平成18年7月13日,将来の損害の賠償請求については訴えを却下すべきものとし,過去の損害賠償請求については周辺住民大半の請求を認容する判決を言い渡し,この判決(以下「第3次判決」といい,この訴訟を「第3次訴訟」という。)は確定した(判例集未登載)。

4  第4次訴訟

原告らを含む厚木基地の周辺住民6130名は平成19年12月,被告に対し,厚木基地における航空機離着陸等の差止め並びに過去及び将来の損害の賠償を求める訴えを横浜地裁に提起した。その後追加提訴があり,原告となった周辺住民の総数は7000名を超えたが,一部取下げがあり,口頭弁論終結時の原告数は6994名である。この訴訟(横浜地方裁判所平成19年(ワ)第4917号,平成20年(ワ)第1532号事件)は当裁判所において本件と並行して審理が進められきた。判決も同時に言い渡される。

第3部当事者の主張

第1原告らの主張

1  航空機騒音等の実態

(1) 航空機騒音の状況

平成15年(第3次訴訟控訴審係属中)から平成24年までの10年間における厚木基地周辺の75W以上の地域における航空機騒音の実情を,多数の測定地点において自治体が継続的に測定しているdB値とW値によってみると,大和市内の測定地点では,少なくとも第1次訴訟で損害賠償請求が認容された昭和50年~昭和56年における騒音とそれほど変化がない状況にあり,その他の測定地点でも,第3次訴訟で損害賠償請求が認容された期間の騒音状態から格段に改善されている状況にはない。W値でいえば,90Wの地域や80Wの地域で騒音コンターのW値とほぼ同じW値を示している測定地点があるものの,多くの測定地点で,依然として騒音コンターのW値を上回るW値が示されている状況にある。

(2) 低周波音による被害

厚木基地には,プロペラ機である米軍のE-2C,海上自衛隊のP-3Cや,SH-60B等のヘリコプターが多数配備され,毎日のように周辺を飛行している。これらプロペラ機及びヘリコプターの飛行時に生ずる騒音及び厚木基地内から発せられる航空機のエンジン音には高い音圧レベルの低周波音が含まれている。原告らは高レベルの低周波音に日常的にさらされている。

(3) 墜落等航空機事故の危険

軍用機の事故率は民間航空機に比べて極めて高いとされており,現に厚木基地周辺ではこれまでに多数の軍用機の事故が発生している。厚木基地は神奈川県内有数の人口密集地域の真ん中に位置し,離着陸時にトラブルがあった際に市街地への墜落を避けることが困難な内陸部にあり,しかも訓練のための飛行が行われていることから,厚木基地周辺地域において,航空機の墜落や航空機からの部品落下等によって生ずる事故の危険性は極めて高い。

2  航空機騒音による被害

(1) 航空機騒音の特殊性

航空機騒音には他の環境騒音にはない次のような性質があり,これらの性質は航空機騒音による被害を増大させる方向に働く。

① 音量が極めて大きい。

② 高周波成分が多く,金属的な音質を有する。

③ 不安定な断続的,間欠的騒音である。

④ 騒音レベルの変動が不規則,複雑であり,周波数変動も大きい。

⑤ 音源が絶えず移動しており,しかも頭上からの騒音である。

⑥ 鉄道騒音や道路騒音とは異なり,住民にとっては基本的に不必要な交通手段からの騒音である。

⑦ 予告なく突然発生する衝撃的な騒音である。

⑧ 遮音や回避が困難であり,住民が対処することが難しい。

(2) 航空機騒音被害の内容,性質

原告らは航空機騒音によって,健康を害される身体的被害,イライラ感などの不快感(アノイアンス)の惹起,会話やテレビ等の視聴を妨げられるなどの生活妨害,睡眠妨害,交通事故や航空機の墜落の不安感などの精神的被害,身体的被害・生活妨害・睡眠妨害等の被害に伴う精神的被害など,多様な被害を被っている。その内容は次のとおりであるが,被害はこれに限定されるものではなく,また,これらの被害はそれぞれが個別に発生するものではない。原告らは日々の生活を営む過程で日常的に航空機騒音に曝露されて被害を受けており,これらの被害はそれぞれが相互に関連しあって原告らの健康や日常生活を破壊し,人格権を侵害しているのである。

ア 身体的被害

原告らは,耳鳴りなどの聴覚に関する被害,高血圧,虚血性心疾患等循環器系の疾患,頭痛や肩こり,胃腸障害その他の身体症状を生じている。また,交感神経系の亢進,内分泌系のバランスの乱れ,免疫系機能の低下を生じ,症状を悪化させられ,治癒を妨げられている。子供は大人に比して航空機騒音の影響をより受けやすく,成長発達に悪影響が生じている。100名を超える周辺住民について,高血圧症,狭心症,不眠症,胃炎等を発症していることを証明するため,医療機関による診断書を提出しているが,これは疾患を有する住民のうちの一部であり,全員ではない。

身体的被害について,これまでの裁判例は,上記のような症状が航空機騒音に起因することの立証が不十分であるとするものが多いものの,少なくとも,住民らがこのような身体的被害の発症を訴え,健康に対する危険を感じざるを得ないような状況下で生活しなければならないことが精神的苦痛であると判断してきている。加えて近年では,航空機騒音を含む環境騒音が人体へ及ぼす影響への研究が進み,その影響の機序や曝露量と影響の程度との関係も明らかにされてきている。WHO及びWHO欧州事務局は,多数の調査研究結果に基づき,騒音から健康を守るためのガイドライン値を公表している(「環境騒音のガイドライン」,「夜間騒音ガイドライン」)。また,DALY(障害調整生存年)という指標により,騒音曝露により健康を害されている総量を明らかにすることによって(「環境騒音の疾病負荷」),各国に対し騒音曝露による健康被害を防止する施策を講ずるための資料を提供している。このように,近年,特に平成21年以後,騒音曝露と身体的被害との関係がより明らかにされるに至っており,騒音による人体への悪影響,騒音被害の重大性が認知されるようになっている。

イ イライラなどの不快感(アノイアンス)を惹起させられること

原告らは,イライラなどの不快感を惹起させられている。これは騒音レベルが極めて高く高周波成分を含む航空機騒音に,予告なく突然に,間欠的にさらされること自体による不快感である。

ウ 生活妨害

原告らは,日常的に,会話,電話での通話,テレビ,ラジオ,DVDなどの視聴,音楽鑑賞や楽器演奏等の趣味生活,家庭での団らん,職業生活を妨害されている。また,日常的に,学習,読書,思考などの知的作業,精神的活動を妨害されている。

エ 睡眠妨害

原告らは,入眠を妨げられたり,中途覚醒を余儀なくされたり,早朝に覚醒するなど,睡眠を妨害されている。原告らのうちには,三交代勤務者のように昼間に睡眠を取らなければならない者,病気療養中の者,体調不良のため安静を要する者などもおり,睡眠妨害は必ずしも夜間の騒音のみにより惹起されるものではない。

オ 交通事故の危険及び事故発生に対する不安感

航空機騒音により周囲の音がかき消され,また,周囲の歩行者や自動車運転者が航空機騒音に気を取られ,歩行や運転がおろそかになることにより,交通事故が発生することがある。原告らは,航空機騒音により,交通事故が発生するのではないかという不安感を生じさせられている。

カ 部品落下や墜落事故の危険及びこれらに対する不安感

厚木基地の米軍機が墜落する事故はこれまで複数発生している。平成24年2月の部品数十個の落下事故など,厚木基地に離着陸する航空機の部品が落下する事故も現実に多数発生しており,原告らは,日常的に,いつまた事故が起こるか,自分や家族が被害に遭うのではないかという不安にさいなまれている。

キ 身体的被害,生活妨害,睡眠妨害などに伴う精神的苦痛

原告らは,航空機騒音によって会話妨害などの生活妨害や睡眠妨害を受けることにより,同時に精神的苦痛を被っている。この精神的苦痛は,生活妨害,睡眠妨害等に伴うものではあるが,妨害を受けることそれ自体とは別の被害である。現在のところまだ身体的被害が生じていない者であっても,発症の危険にさらされており,身体的被害が発生する危険がある状態下で生活しなければならないことによる精神的苦痛を被っている。

(3) 厚木基地の周辺住民に共通する被害

厚木基地の周辺に居住する原告ら住民が被る被害は,年齢,性別,健康状態,生活状況などの事情により様々であり,どれ一つとして全く同じ被害というものは存在しない。しかし,航空機騒音被害は,航空機の運航という同一の侵害行為が頭上から広範な地域に及び,多数の住民の利益を侵害するものであるという点に大きな特色がある。住民各人の事情によって被害の発現の仕方や程度は様々ではあるが,同一の侵害行為により被害を被り,人格権を侵害されている。

3  自衛隊機の運航と公権力の行使(本件自衛隊機差止めの訴えについて)

(1) 厚木基地最判を前提にした,自衛隊機の運航についての防衛大臣の権限行使に対する訴訟

厚木基地最判は,次の理由により,厚木基地滑走路等区域(厚木飛行場)における自衛隊機の離発着及びこれによる航空機騒音の差止請求は,防衛庁長官の自衛隊機の運航に関する権限行使の取消変更ないしその発動を求める請求を含むものであるから,行政訴訟としての請求はともかく,民事訴訟では差止めをし得ないものであるとした。すなわち,防衛庁長官は,自衛隊法に基づき,自衛隊機に対する統括権限(8条)と自衛隊機による災害防止等の障害防止権限(107条5項)という2面の権限を有し,自衛隊機の運航はその下に行われるのであり,また,自衛隊機の運航は必然的に騒音等の発生を伴うものであるから,防衛庁長官は騒音等による周辺住民への影響にも配慮して自衛隊機の運航を規制し,統括すべきものである。この権限の行使は公権力の行使である。そして,自衛隊機の運航による騒音の影響は飛行場周辺に広く及ぶものであるから,上記防衛庁長官の権限の行使は運航に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務付けるものであるとしたのである。

上記判示を現行の法制度においてみると,防衛大臣の権限の行使は「公権力の行使」であるから行訴法上の差止めの訴えの対象となるものであり,同「公権力の行使」すなわち差止めの対象である「処分」は,本件自衛隊機差止請求において求めているとおり,所定の条件に当てはまる一定の自衛隊機の運航それ自体と解するのが合理的である。したがって,原告らは法定の差止めの訴えとして本件自衛隊機差止めの訴えを提起することができる。

仮に行訴法3条にいう「処分」が狭義に解され,上述のような防衛大臣の下での一連の内部的命令・伝達を包括した統括権限の行使たる「運航」(被告の主張によれば「事実行為」)や一連の各職掌の関与した隊務の遂行全体の統括行為などが同条2項の「処分」に該当しないとされるのであれば,自衛隊機の運航が公権力の行使としての性格を有する以上,本件自衛隊機差止請求は,講学上「権力的妨害排除請求」ないし「予防的不作為請求」とされるものの典型であり,無名抗告訴訟として審理判断されるべきである。その場合,差止訴訟が法定されていることとの均衡上,その要件は差止訴訟に準ずるものとされるべきである。

(2) 処分の特定性

本件自衛隊機差止請求の対象である将来の運航は,「午後8時から翌日午前8時まで」の時間帯に係るもの,「訓練のため」のもの及び同運航の騒音において原告らの居住地における「それまでの1年間の航空機騒音(米軍機等によるものを含む。)が75Wを超えることとなる」ものという一定の条件によって特定されている。このように一定の条件によって範囲の特定が行われ,それによって将来の処分についての訴訟要件や違法性の判断をし得るのであるから,差止めの対象である「処分」は特定している。

なお,厚木基地周辺においては,防衛施設庁方式によってW値を算定するための基礎データが比較的近年の平成15年度及び平成16年度の騒音度調査によって取得されており,このデータと管制記録を基に,防衛大臣において日々のW値を算定,把握することができる。したがって,「75Wを超えることとなる」ような自衛隊機の運航や米軍機への飛行場の供用を防衛大臣において日々特定することは十分に可能である。

4  米軍機の運航と公権力の行使(本件米軍機差止めの訴えについて)

(1) 基本的な法律関係

厚木基地の米軍一時使用区域は,昭和46年7月1日の前は日米地位協定2条1項(a)に基づき米軍が専用する施設・区域であったが,同日以降,使用転換により我が国に返還され,我が国が設置し,その管理権を有する飛行場(厚木飛行場)となり,同条4項(b)の規定の適用のある施設及び区域(2-4-b区域)として,我が国が米軍に対し一定の期間を限って使用を認めるものとなった。そして,この区域(厚木飛行場)は,2-4-b区域の使用形態として政府が示している四つの類型のうち「米軍の専用する施設・区域への出入のつど使用を認めるもの」という類型に属し,上記使用転換に際しての閣議決定と日米間合意により,「米軍機の米軍専用区域への出入のため及びそれに関連したその他の運航上の必要を満たすために使用される」ものとされた。したがって,米軍は,我が国の管理の下で,定められた範囲でのみ厚木飛行場を使用することができるにとどまり,逆に我が国は上記範囲を超えた使用を認めないことができる。したがってまた,我が国は,米軍によるその使用が法令上違法となることがないよう管理し,米軍による違法な使用は許さないものとしなければならないのである。この我が国の管理に関する権限は領域主権及び日米間合意に基づく米軍に対する権限であり,その権限の行使が国民との関係で違法にならないようにすることは被告の義務である。

(2) 厚木基地最判の誤り

厚木基地最判は,「本件飛行場〔厚木基地〕に係る被上告人〔国〕と米軍との法律関係は条約に基づくものであるから,被上告人は,条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めのない限り,米軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し,その活動を制限し得るものではなく,関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはない。そうすると,上告人ら〔基地周辺住民〕が米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは,被上告人に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから,本件米軍機の差止請求は,その余の点について判断するまでもなく,主張自体失当として棄却を免れない。」と判示したが,この判断は誤りである。

誤りの第1は領域主権の原則に対する無理解であり,第2は厚木飛行場の昭和46年使用転換による管理変更の意義の無視である。厚木基地最判が,日米地位協定2条1項(a)と同条4項(b)との関係を検討しないまま,厚木基地の全体について米軍の管理運営の権限の存在を当然の前提にしてしまっている点は,領域主権の原則と条約解釈の原則に反する。同条1項(a)は米軍への施設・区域の提供に関する基本条項であるが,当該施設・区域が同条4項(a)及び(b)の適用を受ける限りにおいて同条1項(a)の一般的規定の適用は制約され,また,2-4-b区域については,別段の日米合意が存在しない限りは,日米地位協定3条の適用はない。昭和46年の使用転換によれば,厚木飛行場の設置・管理は防衛大臣が海上自衛隊を通じて行い,米軍に対しては「一時使用」として,期間を限って,限定された目的のために使用を許与するという法律関係になる。そして,日米地位協定2条4項(b)の規定や政府統一見解,日米合同委員会合意・閣議決定・政府間合意は,それ自体が,厚木飛行場について,米軍の管理運営権がなく我が国に管理運営権があることを示すものであり,厚木基地最判のいう「米軍の管理運営の権限を制約し,その活動を制限し得る……関係条約及び国内法令の特段の定め」に該当するといわなければならない。日米地位協定3条の米軍管理権の下においても,その施設・区域について属地的に我が国の法令が全面的に適用され,また,施設・区域内の米軍の活動についても,我が国の公共の安全等に関連がある限り,我が国の法令を実体的に遵守して行わなければならない国際法上の義務を米国は負い,そこにいう「公共の安全等」には当然に航空機騒音による障害の防止が含まれる。まして,同条の米軍管理権の適用がなく我が国が管理権を有する2-4-b区域の使用,米軍への使用の許与については,我が国の法令が適用されるのは当然のことである。

(3) 防衛大臣の米軍に対する処分とこれに対する抗告訴訟

防衛大臣は厚木飛行場の管理権に基づき,米軍に対し,米軍機が米軍専用区域に出入りをする場合に,その都度,厚木飛行場の使用を許可する権限を有する。米軍は,防衛大臣によるこの使用の許可がなければ,厚木飛行場を使用することができず,航空機を運航することができない。この場合に防衛大臣が米軍に対して行う使用の許可は,自衛隊施設である厚木飛行場の統括管理権限に基づく公権力の行使としての処分である。

厚木基地最判が判示した防衛庁長官(現在は防衛大臣)の権限は直接には自衛隊機の運航に関するものであるが,この権限は,飛行場の設置・管理者として,その飛行場及び航空保安施設を使用する航空機全体を規制する権限と解されるから,その対象には米軍機も含まれる。そうでなければ当該飛行場及び航空保安施設として,「航空機に因る災害を防止し,公共の安全を確保する」ことはできないからである。防衛大臣が米軍の厚木飛行場の使用の許否を判断する場合に基準としなければならないのは,一つには上記の「米軍専用区域への出入りのため」という使用目的であり,二つには航空機騒音を含む障害の防止であり,その障害の防止の具体的内容には違法と評価される内容・程度の騒音被害の防止が含まれる。防衛大臣は,米軍との関係で,厚木飛行場の使用についての権利義務の範囲を形成し,又はその範囲を具体的に確定するものとして上記規制権限を行使するのであるから,それは公権力の行使であり行政処分としての法的性格を有する。その処分の結果として,厚木基地周辺住民は,米軍機の運航に必然的に伴う騒音等に曝露され,その受忍を義務付けられることになる。

防衛大臣の米軍に対する使用許可が,一連の内部的行為を含むことあるいはあらかじめ包括的に行われることをもって,行訴法37条の4第1項にいう「一定の処分」と解されない場合には,講学上「権力的妨害排除請求」ないし「予防的不作為請求」と呼ばれる無名抗告訴訟として本件米軍機差止めの訴えを位置付けることができる。さらに,生命・健康等の人格権を基礎としてこの米軍に対する供用という包括的な公権力の行使の排除を求めることを「権力的妨害排除請求」の一態様とすることもできるし,厚木飛行場についての米軍に対する使用許可それ自体を処分ととらえるのでなく,防衛大臣は,米軍に使用を認めることによって米軍機の運航に必然的に伴う騒音等を周辺住民に義務付けるものとして,直接周辺住民に対して公権力を行使すると理解することも考えられる。

(4) 処分の特定性

午後8時から翌朝午前8時までの米軍機の運航の禁止及び自衛隊機等を含めて75Wを超えることとなる米軍機の運航の禁止については,前記3(2)述べたところから,その請求に係る処分は特定している。「米軍専用区域への出入りのため及びそれに関連した運航上の必要を満たすため」以外の米軍機の運航の禁止についても,その文言は昭和46年6月29日の閣議決定(前記第2部第1の2(2)ア参照)に示されており,被告自身,認識・把握可能だからこそそのように決定し,米国と取り決めたのである。厚木飛行場の米軍による使用がその閣議決定及び政府間の取決めに適合しているかどうかを確認することは,正に被告自身の責任に属することであるから,防衛大臣においてもとより特定可能である。

5  原告適格(主位的請求共通)

自衛隊機の運航は,運航に必然的に伴う騒音等の受忍を義務付けられる住民に対する公権力の行使であり,行訴法上の「処分」(同法37条の4第1項参照)に該当する。したがって,自衛隊機の運航に伴う騒音等の受忍を義務付けられている原告ら厚木基地周辺住民は,厚木基地における自衛隊機の運航の差止めを求めることについて「法律上の利益を有する者」(同条3項参照)である。

防衛大臣の米軍に対する厚木飛行場の使用許可は米軍に対する行政処分であり,この処分により,厚木基地周辺住民は自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され,または必然的に侵害されるおそれがある。防衛大臣は,当該処分をするに当たり,厚木基地周辺住民への影響にも配慮しなければならないのである。したがって,原告ら周辺住民は,米軍機の運航の差止めを求めることについて「法律上の利益を有する者」(行訴法37条の4第3項参照)である。

6  重大な損害を生ずるおそれ(主位的請求共通)

原告らは前記のとおり厚木基地に離着陸する航空機の運航により種々の被害を受けている。これらは居住地に居住しているというただそれだけのことに基づく被害であり,逃れることはできないものであり,かつ,自らの努力により改善することもできない性質の被害である。これらの被害が日常的に生じていることは日常生活の破壊そのものである。日常生活を健やかにつつがなく過ごせることはかけがえのない人生を満足して生きるための前提条件である。本件自衛隊機差止請求及び本件米軍機差止請求(以下,併せて「本件差止請求」といい,これに係る訴えを「本件差止めの訴え」という。)が認容されなければ,将来にわたって日常生活の破壊が続く。この破壊は,事後的に金銭によって容易に回復することができるものではない。厚木基地の騒音に関してはこれまで3度の訴訟で損害の一部につき損害賠償が支払われてきたが,それとて,被告に対する提訴を行った一部の住民が,裁判費用と数年もの長い歳月をかけてようやく得たものにすぎず,この点からしても,原告らの被害が事後的に容易に回復できる性質のものでないことは疑う余地がない。したがって,航空機の運航により「重大な損害を生ずるおそれ」が原告らにあることは明白である。

被告は,自衛隊機の運航は極めて高度の公共性・公益性を担っているとして,「重大な損害を生ずるおそれ」を否定する。しかし,差止めの訴えの対象である処分又は裁決が公共性,公益性を有することは差止訴訟の当然の前提である。公共性,公益性が一般的に存在することを理由に訴訟要件を欠くと判断されるとすれば,国民の権利利益の救済を実効あらしめるため平成16年の行訴法改正により差止めの訴えが新設された趣旨が没却される。「重大な損害を生ずるおそれ」の有無を判断するに当たり処分の公共性,公益性を問題にすべきではない。なお,本件差止めの訴えの対象である処分に特段の公共性があると評価できないことは後記7(3)において述べる。

7  処分の違法性(主位的請求共通)

(1) 航空機騒音等に起因する障害を防止すべき防衛大臣の義務とその違反

厚木飛行場において離着陸等の運航活動をする自衛隊機と,その使用を許されて離着陸等をする米軍機は,その騒音等があいまって,多年にわたり深刻な被害を厚木基地周辺住民に生じさせている。この自衛隊機の運航と自衛隊施設である飛行場の米軍への供用は,いずれも自衛隊法に基づく防衛大臣の統括権限の行使として行われており,防衛大臣は,それらの権限行使によって周辺住民に深刻な航空機騒音等の被害を生じさせないよう,飛行場施設の運用計画を立て,計画的な権限行使を行うべきものである(同法107条5項,航空法1条参照)。しかし,防衛大臣は,この権限の行使による運航や供用の抜本的見直しをせず,3次にわたる厚木基地騒音訴訟の判決確定後もなお漫然と配慮のない運航や供用を続け,平成18年1月の告示に基づく第一種区域はその範囲が従前より大きく広がりさえしている。被告の応訴姿勢をみても,防衛大臣が同様の処分を今後も引き続き繰り返すことは明らかである。

(2) 本件における違法処分とその差止め

厚木飛行場には自衛隊の飛行場として設置管理上の瑕疵があり,被告はそれに起因する損害の賠償をすべき状況にある(第4次厚木基地騒音訴訟参照)。このことは,防衛大臣が飛行場の管理及び自衛隊機の運航について自衛隊法107条5項所定の障害防止義務を果たしておらず,厚木基地最判のいう「騒音等による周辺住民への影響にも配慮し」た統括をしていないことを意味する。したがって,将来にわたり75Wを超える騒音を周辺住民に及ぼすような防衛大臣の処分は違法であり,裁量権の逸脱・濫用に当たるから,本件差止請求は認められるべきである。

次に,昭和38年9月19日の日米合同委員会における「厚木飛行場周辺の航空機の騒音軽減措置」の合意(前記第2部第1の4(1)参照)に定められた午後10時から翌日午前6時までの米軍機活動の原則禁止は十分に守られず,また厚木基地における航空機の飛行は一般に不定期であって,夕刻はもちろん深夜・早朝においてもいつ航空機が飛ぶか分らないという状態にあり,周辺住民の睡眠や休息を日常的に妨げる結果となっている。原告らの中には,療養を受け,一定時間の睡眠や安静が保障されなければ病状の悪化や生命の危険さえ現実化しかねない者が多数いるのであるから,75W以上とならないことと並行して,せめて本件差止請求に係る時間帯(百歩譲ってその一部であっても)の運航や供用の差止めが認められるべきである。

さらに,厚木基地周辺の航空機騒音被害が深刻な状況となっている一因は,自衛隊機についても,米軍機についても,厚木飛行場で行うべきでない訓練飛行のための運航ないし供用が日常的に行われていることにあるから,本件差止請求によりこれが差し止められるべきである。

(3) 公共性について

本件自衛隊機差止請求は,厚木飛行場の閉鎖を求めたり,同飛行場に配備された海上自衛隊の司令部活動や対潜哨戒,災害派遣などを行わないよう求めたりするものではないし,海上自衛隊全般が訓練飛行を行わないことを求めるものでもないから,厚木基地の公共性を理由に訴えを退けることを求める被告の主張は的外れである。仮に防衛大臣が,人口密集地にある厚木飛行場においては,航空機騒音等による周辺住民への影響に配慮しては思うように行政目的を達成できないとするのであれば,それは厚木飛行場が自衛隊の飛行場としては不適地にあるという以外の何ものでもない。

本件米軍機差止請求については,被告はその公共性について,日米安保条約及び日米地位協定に基づく米軍の駐留目的の一般論を述べるのみである。厚木飛行場を,かつては出入りすることのなかった空母艦載機の出入りのため,また,かつては行っていなかった飛行訓練のために使用させることにどのような公共性があるかについて,何ら主張がない。本件米軍機差止請求は,厚木飛行場を米軍機のために供用すること一切の差止めを求めるものではなく,今日のような深刻な航空機騒音等の被害を生じさせないという限度での差止めの是非が問われているのに,被告はこの点についての主張をしようとの姿勢を全くみせないのであるから,結局,米軍に対し厚木飛行場の使用を漫然と認めてきたのであると考えられる。

なお,本件差止請求が認容され,一定のW値を超える結果をもたらす運航・供用や,一定の時間帯における運航・供用が差し止められた場合,これに反する運航や供用は違法との評価を受けるが,人命等の差し迫った危険に対応する個々の緊急の運航や供用は個別に違法性が阻却されると解される。

8  抗告訴訟と当事者訴訟の関係(予備的請求全般)

(1) 原告らの請求の整理

原告らは,万が一本件差止請求が認められない場合に備えて,当事者訴訟として各種の予備的請求を行う。

予備的請求の中では給付請求が第1順位である。これに対し,①被告の適法運航義務の確認,②被告の騒音防止義務の確認,③原告らの義務不存在確認の各請求は,予備的請求の中でいずれも第2順位であり,その間に順位は付さない。①は,被告の運航に着目し,運航方法そのものに一定の制限があることの確認であり,②は,運航方法ではなく騒音に着目し,被告に一定の騒音を原告らの居住地に到達させてはならない義務があることの確認であり,③は,被告の義務ではなく原告らの義務の不存在の確認であって,これらの請求の目的は同じである。裁判所は,いずれが紛争解決に資するかを判断の上,いずれかについて判断を示す必要がある。

(2) 当事者訴訟の訴え提起の意義

本件差止めの訴えは抗告訴訟であるが,抗告訴訟と重畳的に当事者訴訟を提起することは適法である。訴訟類型の振り分けによって訴えが否定されることがあってはならない。抗告訴訟と当事者訴訟がそれぞれの訴訟要件を満たしていれば,互いに訴えの利益を欠く関係にはない。

本件差止請求が認容された場合,被告は判決の効果として直ちに一定範囲の自衛隊機の運航及び米軍機に対する厚木飛行場の供用ができなくなる。しかし,予備的請求が認容されても,それは,原告らと被告との間の権利義務関係を確定するにすぎず,個々の処分は判決の対象とはならない。予備的請求の認容による法的効果は,被告には原告らとの間で判決に明示された義務があることを確認するにとどまり,その後,被告がその義務を遵守するために具体的にいかなる措置を講ずるかは被告の選択にかかっている。このように主位的請求と予備的請求は,それぞれその認容判決の法的効果が異なるのであり,請求形式(確認請求か給付請求か)も判決の効果も異なる以上,一方が請求できることを理由に他方の請求が訴えの利益を欠くと判断することはできない。

さらに,本件は行訴法37条の4第1項の「一定の処分」の内容に争いがある事案である。本件差止請求の対象が「一定の処分」に該当しないと判断される場合に備えて当事者訴訟を提起することは,多様な法的救済のルートを確保するという意味においても重要な意義を有する。原告らが予備的請求をする趣旨はこの点にあるのであって,差止訴訟が法定された趣旨を没却する請求ではない。

9  当事者訴訟による請求が認容されるべきであること(予備的請求全般)

(1) 公法上の法律関係

原告らは厚木飛行場周辺の第一種区域内に居住する住民であり,厚木飛行場に離着陸する自衛隊機及び米軍機の運航から生ずる激しい航空機騒音によりその生活,健康に多大な影響を受けている。被告は,厚木飛行場を設置・管理運営し,日米安保条約及び日米地位協定に基づき米軍に使用させるとともに,自らも使用している。防衛大臣による自衛隊機運航権限の行使は,自衛隊機の騒音により影響を受ける周辺住民との関係において,公権力の行使に該当する(厚木基地最判)。このような権限の行使と騒音等により影響を受ける周辺住民との間の関係は,抗告訴訟の対象となる公権力の行使に該当すると同時に,行訴法4条の「公法上の法律関係」にも該当する。

厚木飛行場は日米地位協定2条4項(b)の規定の適用のある施設及び区域として米軍に対して使用を認められており,防衛大臣は,米軍に対し厚木飛行場の使用を許可する権限を有する一方,自衛隊法107条5項等に基づき障害発生防止義務を負う。防衛大臣は,米軍機に対し厚木飛行場の使用を認めることにより,厚木基地において米軍機の運航等に伴う騒音を生じさせ,周辺住民に騒音の受忍を義務付けており,この基本的関係は自衛隊機の場合と何ら差異はない。よって,米軍機から生ずる騒音についても「公法上の法律関係」が存在する。

(2) 当事者訴訟のうちの給付請求について

当事者訴訟のうちの給付請求(予備的請求の中での第1順位の請求)は,原告らが人格権(平穏生活権)に基づく妨害排除請求権の行使として航空機騒音の差止めを求めるものであり,厚木基地周辺における航空機騒音被害の実態に照らし,この差止請求は認められるべきである。

(3) 被告の義務の存在

被告は,自衛隊法107条5項及び航空法1条に基づき,また,航空機騒音防止法1条,3条に照らし,自衛隊機についてはもちろん,米軍機についても,公共の安全を確保し,航空機の運航に起因する障害を防止するために必要な措置を講ずる義務がある。米軍機については,米軍専用区域への出入りのためという目的以外での厚木飛行場の使用は日米合意の範囲外であり,被告はその範囲を超える米軍機の使用を拒否することができ,周辺住民に対してこれを拒否すべき義務を負う。さらに,日米地位協定3条1項が「日本国政府は,施設及び区域の支持,警護及び管理のための合衆国軍隊の施設及び区域への出入の便を図るため,合衆国軍隊の要請があったときは,合同委員会を通ずる両政府間の協議の上で,それらの施設及び区域に隣接し又はそれらの近傍の土地,領水及び空間において,関係法令の範囲内で必要な措置を執るものとする。」と規定しているところからも,被告は,国内法令に反する措置を米軍に対してとることはできない。

前記のとおりの厚木基地周辺における航空機騒音被害の実態に照らせば,

① 午後8時から午前8時までの夜間早朝の時間帯における航空機の運航,②訓練飛行目的でのあるいは米軍専用区域への出入り以外の目的での厚木飛行場の使用,③原告らの居住地における75Wを超える航空機騒音を生じさせる航空機の運航はいずれも違法であり,被告は原告らに対しこれらを生じさせない義務を負っている。

第2被告の主張

1  本件自衛隊機差止めの訴えについて

(1) 差止訴訟

本件自衛隊機差止めの訴えは第1に,行訴法3条7項,37条の4に基づく差止めの訴えとして,自衛隊機の運航という事実行為としての行政処分の差止めを求めるものである。

自衛隊機の運航が行政処分に当たると解することを前提に,厚木飛行場において自衛隊機の運航という「一定の処分…がされようとしている場合」(行訴法3条7項)という差止訴訟の訴訟要件を充足することは争わない。しかし,本件は,当該処分がされることにより「重大な損害を生ずるおそれがある」(同法37条の4第1項)とまでは認められず,差止訴訟の訴訟要件を充足しないから,この訴えは不適法である。

厚木飛行場における自衛隊機の運航の公共性・公益性は,同条2項にいう「処分又は裁決の内容及び性質」として十分に勘案されるべきである。加えて,航空機騒音の特殊性,航空機騒音に関する一般的知見によれば,航空機騒音については,我が国のみならず国際的にも,人の身体ないし精神面にまで影響が及ぶことは一般的に否定されているばかりでなく,原告らの主張等を検討してみても,原告らに「重大な損害」が生じていることは何ら基礎付けられていない。さらに,過去から現在に至るまで,被告において実施してきた防音工事等諸施策の種々の周辺対策により現実に騒音被害が解消あるいは軽減されている。他方で,厚木飛行場における自衛隊機の運航は,国防や災害救助といった我が国の存立そのもの及び国民の生命・身体の安全に関わる極めて公共性・公益性の高い内容及び性質の処分である。これらの点を考慮すれば,本件において,同項にいう「重大な損害」を生ずるおそれは認められない。

(2) 無名抗告訴訟

本件自衛隊機差止めの訴えは第2に,無名抗告訴訟として差止めを求めるものである。しかし,平成16年の行訴法の改正によって義務付けの訴えと差止めの訴えが法定抗告訴訟の一類型として設けられ,従来無名抗告訴訟とされていた一定の処分又は裁決の義務付けあるいは差止めを求める義務付け訴訟や差止訴訟は法定の義務付けの訴え及び差止めの訴えに整理されたというべきであるから,これらについてなお無名抗告訴訟として認められるものは存在しない。法定抗告訴訟としての差止めの訴えの訴訟要件を充足しない差止めの訴えを無名抗告訴訟として適法に提起し得るとすることは,事前の救済にふさわしい救済の必要性という厳格な訴訟要件を定めた行訴法37条の4の趣旨を没却することになる。よって,この訴えも不適法である。

2  本件米軍機差止めの訴えについて

日米安保条約や日米地位協定等の関係条約や国内法令に,米軍による厚木基地の管理運営の権限を制約し,その活動を制限し得る特段の定めがないことは,厚木基地最判が判示しているところであり,防衛大臣が米軍に対し,米軍機が厚木基地の滑走路等を使用する都度その使用許可を与える権限を有していないことは明らかである。

原告らの指摘する日米地位協定2条4項(b)も,防衛大臣が米軍に対し,米軍機が厚木基地の滑走路等(厚木飛行場)を使用する都度,行政処分としてその使用許可を与えることをおよそ予定しておらず,また,実際にも米軍に対し,厚木飛行場を使用する都度,これにつき審査をし許可処分をするといったことは行われていない。

したがって,本件米軍機差止めの訴えは,「防衛大臣による使用の許可」という行われる余地のない処分の差止めを求めるものであって,「一定の処分…がされようとしている場合」(行訴法3条7項),「一定の処分…がされることにより」重大な損害を生ずるおそれがある場合(同法37条の4第1項)という訴訟要件を欠くことが明らかである。

3  自衛隊機に関する予備的請求(当事者訴訟)について

(1) 給付請求

当事者訴訟としての自衛隊機に関する給付請求は,抗告訴訟である本件自衛隊機差止めの訴えを当事者訴訟の形式に引き直したものにすぎない。

行訴法は,「公法上の法律関係に関する」争いであっても公権力の行使によって形成される法律関係に関するものは抗告訴訟によるべきことを予定している。このように行訴法において抗告訴訟中心主義が採用され,抗告訴訟が行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟とされている以上,処分の義務付け,処分権限の発動禁止等の行政処分の発動をめぐる訴訟は抗告訴訟により,それ以外の訴訟は当事者訴訟によるべきである。

このことからすると,法定の差止訴訟を当事者訴訟の形式に引き直したものにすぎない自衛隊機に関する給付請求は無名抗告訴訟というべきであるから,法定の差止めの訴えの訴訟要件を全て充足しない限り不適法というべきである。そして,本件自衛隊機差止めの訴えが行訴法37条の4第1項の訴訟要件を満たさないことは既に述べたとおりであるから,これを当事者訴訟の形式に引き直したにすぎない給付請求に係る訴えも訴訟要件を満たさず,不適法である。

(2) 確認請求

当事者訴訟としての自衛隊機に関する確認請求①~③は,いずれも,被告(防衛大臣)が行政処分である自衛隊機の運航をすることによって一定程度を超える航空機騒音を原告らの居住地に到達させることを予防する趣旨の請求であって,そのような航空機騒音を生じさせない被告の義務の存在確認や,そのような航空機騒音を受忍する原告らの義務の不存在確認という形式によっているものの,その実質は,一定程度を超える航空機騒音を伴う自衛隊機の運航を差し止めることを目的とするものにほかならない。したがって,これらの確認請求は,将来の自衛隊機の運航という処分に伴う一定程度を超える騒音曝露という不利益を防止するための自衛隊機の運航の差止めの訴えを,当該騒音を生じさせない義務の確認訴訟や,当該騒音を受忍する義務の不存在確認訴訟の形式に引き直したものにすぎず,無名抗告訴訟と位置付けられるべきである。前記のとおり,このような差止めの訴えの実質を有する無名抗告訴訟は,法定の差止めの訴えの訴訟要件を全て満たさない限り不適法である。そして,本件自衛隊機差止めの訴えが訴訟要件を欠くことは既に述べたとおりであるから,これを確認訴訟の形式に引き直した上記各請求に係る訴えも差止めの訴えの訴訟要件を満たさないことが明らかであり,不適法である。

4  米軍機に関する予備的請求(当事者訴訟)について

(1) 給付請求

当事者訴訟としての米軍機に関する給付請求は,米軍機の運航のために厚木飛行場の使用を認めることによって生ずる航空機騒音を原告らの居住地に到達させてはならないという不作為を求めるものである。

前記2で述べたとおり,被告は,米軍による厚木基地の使用及び厚木基地における米軍機の運航を制約する権限を有していない。原告らが主張する米軍に対する権限,すなわち米軍に対して「厚木基地滑走路等(厚木飛行場)の使用を許さないことにより,騒音等の障害発生を防止する」権限を被告が有しないことは明らかである。したがって,原告らの主張はそれ自体失当であり,上記給付請求は理由がなく,棄却されるべきである。

(2) 確認請求

ア 当事者訴訟としての米軍機に関する確認請求①~③のうち,原告らが①において求めるものは,米軍機の運航のために厚木飛行場の使用を認めてはならない被告の義務の確認,②において求めるものは,米軍機の運航のために厚木飛行場の使用を認めることによって生ずる航空機騒音を原告らの居住地に到達させてはならない被告の義務の確認,③において求めるものは,米軍機の運航のために厚木飛行場の使用を認めることによって生ずる航空機騒音を受忍する義務が原告らにないことの確認である。これらは結局のところ原告らの居住地に航空機騒音を到達させてはならないことを求めるものであり,この目的を達するためには,原告らが適法に提起できる米軍機の運航による航空機騒音の差止め(給付請求)による方が紛争解決方法としては有効・適切である。給付判決であれば執行力も認められる。したがって,上記①~③の確認請求に係る訴え以外に紛争解決のための有効・適切な方法がないとは認められないので,これらの訴えは確認の利益を欠き不適法であり,却下されるべきである

イ 上記①~③の確認請求に係る訴えが訴訟要件を満たすとしても,前記2で述べたとおり,被告は,米軍による厚木基地の使用及び厚木基地における米軍機の運航を制約する権限を有していないから,①及び②によって原告らが求める義務を負わない。また,③において原告らは,被告に対し,その支配の及ばない第三者の行為を原告らが受忍する義務がないことの確認を求めるものというべきであるから,主張自体失当である。したがって,上記①~③の確認請求はいずれも理由がなく,棄却されるべきである。

第4部当裁判所の判断

第1検討すべき問題及び結論の要旨

当裁判所の判断を示すに当たり,初めに厚木基地をめぐる用語を整理しておく。本判決では,日米安保条約及び日米地位協定に基づき「厚木海軍飛行場」として米国に提供された施設及び区域全体を厚木基地と呼び,そのうちの一部であって昭和46年に使用転換された後に防衛大臣が「厚木飛行場」として飛行場を設置している部分(別紙3図面及び別紙4図面の各赤斜線部分)を厚木飛行場と呼ぶ。

以上の用語法によると,防衛大臣がその権限に基づき自衛隊機の運航をさせ,又は米軍機の使用を許しているのは,厚木飛行場であるから,本件の争点との関係では,厚木基地全体を対象として検討する必要はなく,厚木飛行場のみを取り上げて検討すれば足りる(後にみるとおり,厚木基地最判は,この用語法と異なり,厚木基地すなわち厚木海軍飛行場全体を「本件飛行場」と呼んで論じているので注意されたい。)。

本件の争点に関しては厚木基地最判によってに既に一定の判断枠組みが示されており,これを踏まえると,検討すべき主な問題は次のとおりである。原告らは本件自衛隊機差止めの訴えを先に論じ,本件米軍機差止めの訴えを後に論じているが,当裁判所は,順序を逆にし,本件米軍機差止めの訴えから論ずることとする。

(1)  本件米軍機差止めの訴えの適法性

(2)  本件米軍機差止めの訴えが適法である場合,本件米軍機差止請求の当否

(3)  本件米軍機差止めの訴えが不適法である場合,これと同じ目的を当事者訴訟によって達成することの可否

(4)  本件自衛隊機差止めの訴えの適法性

(5)  本件自衛隊機差止めの訴えが適法である場合,本件自衛隊機差止請求の当否

(6)  本件自衛隊機差止めの訴えが不適法である場合,これと同じ目的を当事者訴訟によって達成することの可否

これらについての当裁判所の結論の要旨をあらかじめ示しておくと,次のとおりである。

本件米軍機差止めの訴え(主位的請求)は,抗告訴訟として不適法であり,却下を免れない。予備的請求のうち,当事者訴訟としての給付請求は,被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから,主張自体失当として棄却を免れない。確認請求に係る訴えは,原告らの主張する紛争を解決する手段として給付請求というより(..)適切な手段が存在する以上,いずれも確認の利益を欠き,不適法として却下を免れない。

本件自衛隊機差止めの訴え(主位的請求)は,無名抗告訴訟として適法である。本件の事実関係の下では,本件自衛隊機差止請求は,防衛大臣が厚木飛行場において毎日午後10時から翌日午前6時までやむを得ないと認める場合を除き自衛隊機を運航させてはならない旨を命ずることを求める限度で理由がある。

本件自衛隊機差止請求が一部認容となる以上,当事者訴訟としての予備的請求はいずれも排斥される。まず,給付請求は,その実質は本件自衛隊機差止請求と同じであるから,原告らは,本件自衛隊機差止請求について本案の判断がされることを解除条件として当該給付請求の併合審理を求める趣旨であると解される。本件自衛隊機差止請求について本案の判断が行われ,解除条件が成就するので,当該給付請求は当裁判所の判断の対象とならない。次に,自衛隊機の運航は抗告訴訟の対象となる行政処分であるから,これに不服のある者は抗告訴訟を提起すべきである。これと目的を同じくする確認請求に係る訴えはいずれも確認の利益を欠き,不適法として却下を免れない。

第2本件米軍機差止めの訴えについて

1  関係条約の定めと厚木飛行場設置までの経緯等

(1) 関係条約の定め

本件に関係する条約の定めは次のとおりである。

ア 日米安保条約

6条 日本国の安全に寄与し,並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため,アメリカ合衆国は,その陸軍,空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は,1952年2月28日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。

イ 日米地位協定

2条1(a) 合衆国は,相互協力及び安全保障条約第6条の規定に基づき,日本国内の施設及び区域の使用を許される。個個の施設及び区域に関する協定は,第25条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない。「施設及び区域」には,当該施設及び区域の運営に必要な現存の設備,備品及び定着物を含む。

(b) 合衆国が日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定の終了の時に使用している施設及び区域は,両政府が(a)の規定に従って合意した施設及び区域とみなす。

2  日本国政府及び合衆国政府は,いずれか一方の要請があるときは,前記の取極を再検討しなければならず,また,前記の施設及び区域を日本国に返還すべきこと又は新たに施設及び区域を提供することを合意することができる。

3  合衆国軍隊が使用する施設及び区域は,この協定の目的のため必要でなくなったときは,いつでも,日本国に返還しなければならない。

合衆国は,施設及び区域の必要性を前記の返還を目的としてたえず検討することに同意する。

4(a)  合衆国軍隊が施設及び区域を一時的に使用していないときは,日本国政府は,臨時にそのような施設及び区域をみずから使用し,又は日本国民に使用させることができる。ただし,この使用が,合衆国軍隊による当該施設及び区域の正規の使用の目的にとって有害でないことが合同委員会を通じて両政府間に合意された場合に限る。

(b)  合衆国軍隊が一定の期間を限って使用すべき施設及び区域に関しては,合同委員会は,当該施設及び区域に関する協定中に,適用があるこの協定の規定の範囲を明記しなければならない。

3条1 合衆国は,施設及び区域内において,それらの設定,運営,警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる。日本国政府は,施設及び区域の支持,警護及び管理のための合衆国軍隊の施設及び区域への出入の便を図るため,合衆国軍隊の要請があったときは,合同委員会を通ずる両政府間の協議の上で,それらの施設及び区域に隣接し又はそれらの近傍の土地,領水及び空間において,関係法令の範囲内で必要な措置を執るものとする。合衆国も,また,合同委員会を通ずる両政府間の協議の上で前記の目的のため必要な措置を執ることができる。

(2以下省略)

(2) 厚木飛行場設置までの経緯

証拠(甲A9の3,行乙4,5の1・2,6)によれば,厚木基地のうち別紙3図面の赤斜線部分が昭和46年に使用転換され,厚木飛行場が設置された経緯は,次のとおりであると認められる。

ア 日米安全保障協議委員会は,昭和45年12月21日,日米安保条約及び日米地位協定の枠内における施設及び区域の共同使用を含む整理,統合計画を了承した。その中で,厚木基地については次のとおりとされた。「米軍機及び米側要員の大部分は,昭和46年6月末までに移駐するが,艦隊航空部隊西太平洋修理部を含む若干の米軍施設は,小規模な専用区域として存続する。日本政府は,昭和46年6月30日までに本飛行場の運営及び維持上の責任を負い,また,前記の米軍区域への出入を可能とし,かつ,その他の米軍の運航上の必要を充たすため,然るべき共同使用の取決めが行われる」。

イ 日米合同委員会の補助機関である施設特別委員会(現在の名称は施設分科委員会)は,昭和46年6月24日,日米合同委員会宛ての厚木基地に関する覚書を作成した。この覚書は,米軍一時使用区域(後に厚木飛行場となる部分)と日米共同使用区域の範囲をそれぞれ明示し,前者は日米地位協定2条4項(b)による共同使用取決めにより我が国政府の施設に使用転換されるとし,後者は同項(a)による共同使用区域とするとしている。そして,米軍一時使用区域(厚木飛行場)の共同使用の取決めについて,我が国政府は次の3点を了解するとしている。すなわち,①米軍一時使用区域(厚木飛行場)は,米側航空機の米軍専用区域への出入りのため及びその他の運航上の必要のために使用される,②日米地位協定の関連規定は米側航空機が米軍一時使用区域(厚木飛行場)を使用する期間適用される,③米軍一時使用区域(厚木飛行場)の運営及び維持は我が国政府の負担とする,というのである。

この覚書は,同月25日,日米合同委員会によって承認された。

ウ 同月29日,厚木基地の一部における上記覚書に従った共同使用及び使用転換が閣議決定された。その中で,使用転換される厚木基地の米軍一時使用区域(厚木飛行場)については次のような言及がある。すなわち,「使用目的」として,「滑走路分ママ等を海上自衛隊の管轄管理する施設とし,合衆国軍隊に対しては地位協定第2条4項(b)の規定の適用のある施設及び区域として一時使用を認める。」とあり,「備考」として,「1 本件飛行場は米側航空機による米側専用区域への出入のため及びそれに関連したその他の運航上の必要をみたすために使用される。 2 合衆国軍隊がこの施設を使用している期間は,地位協定の必要な条項が適用される。」とある。

エ この閣議決定を踏まえ,同月30日,日米合同委員会において日米政府間協定が締結されて厚木基地について共同使用及び使用転換が決定され,同年7月6日に告示された(昭和46年防衛施設庁告示第7号)。

同告示の内容は前記第2部第1の2(2)ア記載のとおりであり,使用転換されるのは厚木基地のうち別紙3図面の赤斜線部分(米軍一時使用区域すなわち現在の厚木飛行場)であり,共同使用とされるのは同図面の黄色部分(日米共同使用区域)であるとされている。同告示の摘要欄には,使用転換の部分につき,「1 滑走路部分等を海上自衛隊の管轄管理する施設とし,合衆国軍隊に対しては昭和46年7月1日から地位協定2条4項(b)の規定の適用のある施設及び区域として一時使用を認める。 2 合衆国軍隊がこの施設を使用している期間は,地位協定の必要な条項が適用される。」とあり,日米共同使用区域につき,「海上自衛隊第4航空群第14航空隊等が航空施設として共同使用する。」とある。

一方,防衛庁長官は米軍一時使用区域に厚木飛行場を設置してこれを同月1日に告示した(昭和46年防衛庁告示第131号)。

2 判断

(1) 本件口頭弁論終結時より前に死亡した原告らの訴えについて

証拠(甲地域別1,甲地域別2,甲地域別4)及び弁論の全趣旨によれば,別紙2(死亡・転居原告目録)記載1の原告ら(以下「死亡原告ら」という。)は本件口頭弁論終結時より前である同別紙記載1の死亡日に死亡したことが認められる。本件米軍機差止めの訴えは,居住地における被害の存在を理由に被告に対し差止めを求める抗告訴訟として提起されたものであり,死亡原告らの当該訴えはこれを承継する余地がなく当然に終了するものと解すべきである。したがって,死亡原告らの本件米軍機差止めの訴えについては,その死亡による訴訟の終了を宣言する。

(2) 死亡原告ら以外の原告らの訴えについて

死亡原告ら以外の原告ら(以下,単に「原告ら」という場合,この原告らのことをいう。)は,差止めの対象となる行政処分について次のとおり主張する。すなわち,防衛大臣は米軍に対し厚木飛行場の一時使用を認めることとされているが,それは厚木飛行場の使用の許可という行政処分として行われているというのである。

米国は,日米安保条約6条,日米地位協定2条1項,4項(b),昭和46年6月30日の日米政府間協定に基づき,米軍が一時使用をすることができる施設及び区域として厚木飛行場を使用する権利を我が国に対して有する。この米国の使用権は日米両国間の合意に基づくものであり,米軍による厚木飛行場の一時使用の内容は,上記の合意によって定まるものと解される。そして,日米安保条約,日米地位協定その他の関係条約のいずれにも,被告が一方的に米国との間の合意の内容を変更したり米国の権利の得喪を生じさせたりし得ることの根拠となる規定は存在しない。したがって,厚木飛行場に関し,被告と米国の間において,被告が米国に対してその使用の許可をするといった行政処分が存在しないことはもとより,これに類似した仕組みさえ存在しないことは明らかである。

もちろん,我が国の国内法令にも,原告らの主張するような行政処分の根拠となり得る規定は存在しない。

以上のとおり,原告らの主張する行政処分は存在しないものであるから,本件米軍機差止めの訴えは,存在しない処分の差止めを求めるものとして不適法であり,却下を免れない。

第3米軍機に関する予備的請求(当事者訴訟)について

1  給付請求(予備的請求その1)

(1) 厚木基地最判の判示と原告らの主張

第1次厚木基地騒音訴訟における周辺住民による差止請求のうち米軍機に関する部分(厚木基地最判はこれを「本件米軍機の差止請求」という。)は下記のとおりであった(民集47巻2号791頁参照)。

被告は米軍をして,原告らのために,

(1) 厚木海軍飛行場において,毎日午後8時から翌日午前8時までの間,一切の航空機を離着陸させてはならず,かつ,一切の航空機のエンジンを作動させてはならない。

(2) 厚木海軍飛行場の使用により,毎日午前8時から午後8時までの間,原告らの居住地に65ホンを超える一切の航空機騒音を到達させてはならない。

この請求について厚木基地最判は下記のとおり判示した。そこにいう上告人らは周辺住民,被上告人は国(被告)である。

しかしながら,上告人らは,米軍機の運航等に伴う騒音等による被害を主張して人格権,環境権に基づき米軍機の離着陸等の差止めを請求するものであるところ,上告人らの主張する被害を直接に生じさせている者が被上告人ではなく米軍であることはその主張自体から明らかであるから,被上告人に対して右のような差止めを請求することができるためには,被上告人が米軍機の運航等を規制し,制限することのできる立場にあることを要するものというべきである。

これを本件についてみると,原審の確定したところによれば,本件飛行場は,原判決の引用する一審判決別冊第1図青枠部分の区域からなり,被上告人が米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供しているものであって(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭和35年条約第6号)6条参照),昭和46年6月30日に我が国とアメリカ合衆国との間で締結された政府間協定により,同年7月1日以降,(1)前記第1図の緑斜線部分は,日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和35年条約第7号)2条4項(a)に基づき,米軍と我が国の海上自衛隊の共同使用部分とされ,(2)同図赤斜線部分は,海上自衛隊の管轄管理する施設となったが,同項(b)の規定の適用のある施設及び区域として米軍に対し引き続き使用が認められ,(3)同図黄色部分は,引き続き米軍が航空機を保管し整備等を行うため専用している。このように,本件飛行場に係る被上告人と米軍との法律関係は条約に基づくものであるから,被上告人は,条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めのない限り,米軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し,その活動を制限し得るものではなく,関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはない。そうすると,上告人らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは,被上告人に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから,本件米軍機の差止請求は,その余の点について判断するまでもなく,主張自体失当として棄却を免れない。論旨は採用することができない。

同じ争点について最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決・裁判集民167号359頁(判例時報1456号53頁)(以下「平成5年横田基地最判」という。)及び最高裁平成6年1月20日第一小法廷判決・裁判集民171号15頁(判例時報1502号98頁)(以下「福岡空港最判」という。)も同様の判示をしている。

厚木基地最判のいう「本件米軍機の差止請求」は,被告に対し厚木飛行場への米軍機の離着陸等の差止め及び航空機騒音の音量規制を求めるものであり,一方で,本件における当事者訴訟としての給付請求は,被告に対し厚木飛行場の使用を米軍機に認めることによって生ずる航空機騒音の音量規制を求めるものであるから,その内容は全く同じとはいえない。しかし,各請求の目的は実質的に同じであり,被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを内容として含む請求をするという点でも同じであるから,厚木基地最判の射程は本件に及ぶというべきである。したがって,原告らの米軍機に関する予備的請求のうちの給付請求は,厚木基地最判と同じ理由により,主張自体失当として棄却を免れないといわなければならない。

ところが,原告らは,厚木基地最判は日米地位協定の解釈を誤っているなどと主張するので,念のためこの主張の当否について検討を行う。

(2) 検討

ア 原告らは,厚木基地のうち厚木飛行場の部分は使用転換によって被告が管理権を有することとなったから,領域主権の原則,日米地位協定又は昭和46年の使用転換の際の日米政府間協定に基づき,被告は米軍の厚木基地の管理運営の権限を制約し,その活動を制限し得る立場にあると主張する。そして,その主張の根拠の一つとして,日米地位協定2条4項(b)に関する我が国政府の見解を挙げる。

イ 証拠(甲A9の1・2)によれば,日米地位協定2条4項(b)について国会において次のとおり我が国の政府見解が示されたことが認められる。

(ア) 防衛庁長官(A5)は,昭和46年2月27日開催の衆議院予算委員会において,日米地位協定2条4項(b)の解釈に関し次のとおり答弁した。

「第2条4項(b)に該当しますのは,要するにわがほうが管理権を持ちまして,わがほうの責任において管理する,しかし一定期間を限って臨時に米軍に使用を認める,わがほうが主であって,臨時に認められる米軍のほうは従でありあるいは客である,こういう関係で使用を認めるという態様であります。そこで,いままで行ないましたケース等を全部検討いたしまして,大体第2条4項(b)の解釈は次のようなものであろう,こういうことでございます。

地位協定第2条第4項(b)でいう「一定の期間を限って使用すべき施設・区域」とは,米軍の恒常的な使用が認められる通常の施設・区域(2条1項(a))及び日本側が臨時に使用できる施設・区域(2条4項(a))とは異なり,日本側のものではあるが,米軍の使用が認められ,その使用する期間が何らかの形で限定されるものをいうが,かかる施設・区域としては,実情に即して考えるに,一応次のごときものがあげられる。

(一) 年間何日以内というように日数を限定して使用を認めるもの。

(二) 日本側と調整の上,そのつど期間を区切って使用を認めるもの。

(三) 米軍の専用する施設・区域への出入のつど使用を認めるもの。

(四) その他,右に準じて何らかの形で使用期間が限定されるもの。

右のごとく,使用期間を限定する方法については,当該施設・区域の態様,使用のあり方,日本側の事情等々により必ずしも一定せず,個々の施設・区域ごとに,具体的に定めるしかないが,いずれにせよわがほうの施設を米軍に臨時に使用させるという二4(b)施設・区域の本質のワク内で合理的に定めていく考え方であります。」その上で,上記のうち(三)に関し,質問者(A4議員)との間で次のとおりのやり取りをした。

「A4委員 まず専用しておる地区に出入をするために使うという場合には,おのずからその出入の態様だけに限られる。それを利用して,その出入権を利用してそのほかの使用をするということは厳に禁ぜられるわけですね。」

「A5国務大臣 その場合にはそうです。たとえばある滑走路,飛行場の中の施設を先方が使用している場合に,飛行機で連絡に来るという場合に滑走路を使用させる。これはその施設を利用するために滑走路に着陸して,施設に行くために滑走路を使用する,そういう意味でその主たる目的に従ってその限定された使用が認められなければならぬ,こういう考えであります。」

「A4委員 いまの考えでいきますと,飛行場の場合は,それじゃ滑走路は事実上自由に使えるじゃありませんか。どうですか。」

「A5国務大臣 それはその施設を使用するという目的に従って,その期間を限って使用させるので,常に,常時開放的にいつでも認めるというものではないわけであります。」

「A4委員 そうするとその際も期間を限るということはつくわけですね,いまのお答えによりますと。」

「A5国務大臣 もちろんそうであります。そこが(a)その他と違うところであります。」

(イ) 外務省アメリカ局長(A6)は,昭和48年10月9日開催の衆議院内閣委員会において,厚木基地への日米地位協定の適用に関し次のように説明した。

「厚木には,米軍に対しまして2条1項(a)に基づく施設,区域を提供してございまして,米軍はこれを補給,修理,管理のために使用いたしております。その隣接区域にございます滑走路の使用につきましては,米軍の専用する施設,区域への出入のつど使用を認めるものという形態に属する2条4項(b)の共同使用の形をとっているわけでございます。」

ウ 昭和46年6月30日の日米政府間協定の内容(前記第2の1(2)参照)によれば,米国は,厚木飛行場について,日米地位協定2条4項(b)にいう「合衆国軍隊が一定の期間を限って使用すべき施設及び区域」として被告から一時使用を認められている。我が国の政府見解によると,この一時使用に関しては四つの形態があるが,厚木飛行場については,そのうち「米軍の専用する施設・区域への出入のつど使用を認めるもの」に当たるというのであり,被告もこのことを争っていない。

原告らは,日米地位協定2条4項(b)についての我が国の政府見解を援用した上,「出入のつど」という文言を極めて厳格に解し,米軍機が,厚木基地内の米軍専用区域から出て直ちに厚木飛行場を使用して離陸する場合,逆に,厚木飛行場に着陸して直ちに厚木基地内の米軍専用区域に行く場合のみがこれに当たると主張する。しかし,厚木飛行場の一時使用に関しては上記のとおり日米政府間協定が成立しているのであるから,日米地位協定2条4項(b)に関する我が国の政府見解を検討するよりもまず,この協定によって成立した合意の内容を検討しなければならない。

そこでこの協定締結までの経緯をみると,昭和46年6月25日の日米合同委員会において次の3点が承認されている。すなわち,①厚木飛行場は,米側航空機の米軍専用区域への出入りのため及びその他の運航上の必要のために使用される,②日米地位協定の関連規定は米側航空機が厚木飛行場を使用する期間適用される,③厚木飛行場の運営及び維持は我が国政府の負担とする,というのである。そして,同月29日の閣議決定を踏まえ,同月30日の日米合同委員会において日米政府間協定が締結された。このように,厚木飛行場は,米軍機の米軍専用区域への「出入りのため及びその他の運航上の必要のため」に使用されることが日米両国間で合意されている。しかもこれは,使用転換の発端となった昭和45年12月21日の日米安全保障協議委員会において,「米軍区域への出入を可能とし,かつ,その他の米軍の運航上の必要を充たすため,然るべき共同使用の取決めが行われる」とされたことを踏まえているのである。この経緯によれば,米軍は米軍機の運航上の必要がある限り厚木飛行場を使用することができるというのが上記合意の内容であると解され,米軍が米軍機の運航上の必要があるとして厚木飛行場を使用しようとする場合に,海上自衛隊がその是非を検討して場合によってはその使用を拒否し得るなどということは,日米両政府において全く想定されていないと解される。

原告らは,昭和46年6月29日の閣議決定では,上記の①につき,「出入のため及びそれに関連したその他の運航上の必要をみたすため」という文言になっており,「それに関連した」という限定が付いているからこれに従った厳格な解釈をすべきであると主張するが,上記の①と閣議決定とでその趣旨に差異があるとは解されず,その主張を採用することはできない。

以上のとおり,昭和46年6月30日の日米政府間協定は原告らの主張の根拠となるものではなく,ほかに,日米地位協定にも,その他の関係条約や国内法令にも,米軍が米軍機の運航上の必要があるとして厚木飛行場を使用しようとする場合に,被告がその活動を制限し得る根拠となる規定は存在しない。

したがって,米軍機に関する予備的請求のうちの給付請求,すなわち米軍機の運航に関わる音量規制を求める請求は,厚木基地最判の判示するとおり,被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく主張自体失当として棄却を免れない。

エ なお,原告らのうちの一部は,第4次厚木基地騒音訴訟において,厚木基地最判におけるのと同様の差止めの請求を被告に対してしているが(顕著な事実),この請求と本件における米軍機に関する予備的請求のうちの当事者訴訟としての給付請求は,目的において共通するが,差止めを求める対象が異なり請求として同じとはいえないから,二重起訴の問題は生じないと解する。

2  確認請求(予備的請求その2からその4まで)

確認の訴えは,原告の権利又は法律上の地位に危険又は不安が現に存在し、これを除去するために原告と被告の間でその訴訟物となる権利又は法律関係の存否の確認判決をすることが有効適切であるといえる場合に,その確認の利益が肯定され,適法とされる。そこで,米軍機に関する予備的請求のうちの確認請求(予備的請求その2からその4まで)について,その確認の利益の有無を検討する。

米軍機に関する予備的請求その2(確認請求①)は,被告が原告らに対し,厚木飛行場について米軍機の一定の態様による運航のための使用を認めてはならない義務を負うことを確認するというものである。予備的請求その3(確認請求②)は,被告が原告らに対し,厚木飛行場について米軍機の一定の態様による運航に伴う騒音を原告らの居住地に到達させてはならない義務を負うことを確認するというものである。予備的請求その4(確認請求③)は,原告らが被告に対し,厚木飛行場について米軍機の一定の態様による運航のための使用を被告が認めることによって生ずる航空機騒音を原告らがその居住地において受忍する義務がないことの確認を求めるものである。これらの確認請求は,請求ごとに確認の対象に差異が存在するものの,その目的は一貫しており,そこにいう一定の態様による運航,すなわち,米軍機について,(1)厚木基地の米軍専用区域への出入りのため以外の一切の運航,(2)毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航,(3)米軍機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音が75Wを超えることとなる場合の当該米軍機の運航がいずれも許されないことを判決によって確認してもらおうとするところにある。しかし,この目的を達成するためには,米軍機の運航の差止めを求める訴えを適法に提起することができ,かつ,給付判決である差止判決の方が確認判決よりも紛争解決の手段として有効適切である。現に原告らも,米軍機に関する予備的請求その1である差止請求(当事者訴訟としての給付請求)としてこれを行っているのである。そうであれば,上記の確認請求①~③は,紛争の解決手段として迂遠であり,有効適切とはいえない。よって,これらの確認請求についてはいずれも確認の利益を認めることができない。

次のようにいうこともできる。原告らは,厚木飛行場における米軍機の運航をめぐって原告らと被告との間に公法上の法律関係が存在すると主張するが,既にみたところによれば,その主張の根拠となり得る関係条約又は国内法令の規定は存在しない。したがって,原告らが上記の確認請求①~③において特定する公法上の義務についてはいずれも,その法的な存在を観念することができない。法的に存在し得る義務であれば,それがいかなる事情の下で発生するのかについて本案審理を行う意味があるが,法的に存在し得ない義務については本案審理を行う意味がないから,そのような義務の確認請求は確認の利益を欠き不適法というべきである。

以上のとおり,予備的請求その2からその4まで(上記確認請求①~③)はいずれも確認の利益を欠くので,これらの請求に係る訴えは不適法であり却下を免れない。

第4本件自衛隊機差止めの訴えについて(その1・一般論)

1  厚木基地最判の判示

厚木基地最判は,前記のとおり,厚木基地の周辺住民が国(被告)を相手方として提起した第1次厚木基地騒音訴訟の上告審判決である。この訴訟の原告らは毎日午後8時から翌日午前8時までの間の自衛隊機の離着陸及びエンジン作動の差止め並びに航空機騒音についての一定の音量規制を求め(厚木基地最判はこれを「本件自衛隊機の差止請求」という。),最高裁は下記のとおり判示した。なお,そこにいう上告人らは厚木基地の周辺住民,被上告人は国(被告)であり,「本件飛行場」とは厚木基地(厚木海軍飛行場)のことである。

本件自衛隊機の差止請求が民事上の請求として許されるかどうかについて,以下に検討する。

1  自衛隊法3条は,自衛隊は,我が国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし,必要に応じ,公共の秩序の維持に当たる旨を定め,同法第6章は,自衛隊の行動として,防衛出動(76条),命令による治安出動(78条),要請による治安出動(81条),海上における警備行動(82条),災害派遣(83条),領空侵犯に対する措置(84条)等の各種の行動を規定している(なお,右の行動に必要な情報の収集,隊員の教育訓練も自衛隊の行動に含まれる。防衛庁設置法5条4号,8号参照)。自衛隊機の運航は,右のような自衛隊の任務,特にその主たる任務である国の防衛を確実,かつ,効果的に遂行するため,防衛政策全般にわたる判断の下に行われるものである。そして,防衛庁長官は,内閣総理大臣の指揮監督を受け,自衛隊の隊務を統括する権限を有し(自衛隊法8条),この権限には,自衛隊機の運航を統括する権限も含まれる。防衛庁長官は,「航空機の使用及びとう乗に関する訓令」(昭和36年1月12日防衛庁訓令第2号)を発し,自衛隊機の具体的な運航の権限を右訓令2条7号に規定する航空機使用者に与えるとともに,右訓令3条において,航空機使用者が所属の航空機を使用することができる場合を定めている。

一方,右のような自衛隊の任務を遂行するため,自衛隊機に関しては,一般の航空機と異なる特殊の性能,運航及び利用の態様等が要求される。そのため,自衛隊機の運航については,自衛隊法107条1項,4項の規定により,航空機の航行の安全又は航空機の航行に起因する障害の防止を図るための航空法の規定の適用が大幅に除外され,同条5項の規定により,防衛庁長官は,自衛隊が使用する航空機の安全性及び運航に関する基準,その航空機に乗り組んで運航に従事する者の技能に関する基準並びに自衛隊が設置する飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関する基準を定め,その他航空機による災害を防止し,公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならないものとされている。このことは,自衛隊機の運航の特殊性に応じて,その航行の安全及び航行に起因する障害の防止を図るための規制を行う権限が,防衛庁長官に与えられていることを示すものである。

2  以上のように,防衛庁長官は,自衛隊に課せられた我が国の防衛等の任務の遂行のため自衛隊機の運航を統括し,その航行の安全及び航行に起因する障害の防止を図るため必要な規制を行う権限を有するものとされているのであって,自衛隊機の運航は,このような防衛庁長官の権限の下において行われるものである。そして,自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音等の発生を伴うものであり,防衛庁長官は,右騒音等による周辺住民への影響にも配慮して自衛隊機の運航を規制し,統括すべきものである。しかし,自衛隊機の運航に伴う騒音等の影響は飛行場周辺に広く及ぶことが不可避であるから,自衛隊機の運航に関する防衛庁長官の権限の行使は,その運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務づけるものといわなければならない。そうすると,右権限の行使は,右騒音等により影響を受ける周辺住民との関係において,公権力の行使に当たる行為というべきである。

3  上告人らの本件自衛隊機の差止請求は,被上告人に対し,本件飛行場における一定の時間帯(毎日午後8時から翌日午前8時まで)における自衛隊機の離着陸等の差止め及びその他の時間帯(毎日午前8時から午後8時まで)における航空機騒音の規制を民事上の請求として求めるものである。しかしながら,右に説示したところに照らせば,このような請求は,必然的に防衛庁長官にゆだねられた前記のような自衛隊機の運航に関する権限の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することになるものといわなければならないから,行政訴訟としてどのような要件の下にどのような請求をすることができるかはともかくとして,右差止請求は不適法というべきである。

同じ争点について福岡空港最判も同様の判示をしている。

厚木基地最判の上記判示は,そこにいう防衛庁長官を防衛大臣に変更すれば,現行の自衛隊法及び防衛省設置法の下でそのまま妥当するものである。

2  抗告訴訟提起の可否

厚木基地最判によれば,厚木飛行場における自衛隊機の運航に関する防衛大臣の権限の行使は,その運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務付けるものであるから,同権限の行使は,騒音等により影響を受ける周辺住民との関係において,公権力の行使に当たる行為である(以下,これを「自衛隊機運航処分」という。)。

このように自衛隊機運航処分は防衛施設である飛行場の周辺住民に対し騒音等の受忍を義務付けるものであるが,ここにいう義務付けとは,周辺住民に対し防衛大臣との関係において何らかの作為又は不作為を要求したり,その法的地位に変更を加えたりするものではない。その趣旨は,周辺住民は自衛隊機の運航に伴い必然的に発する騒音等にさらされることとなるが,その騒音等による被害が社会生活上受忍すべき限度にとどまる限り,これを甘受しなければならないというものであると解される(宇賀克也『行政法概説Ⅱ 行政救済法(第4版)』(有斐閣,平成25年)184頁参照)。

自衛隊機運航処分は,公権力の行使に当たる行為である以上,抗告訴訟の対象となる行政処分である(行訴法3条1項,2項参照)。したがって,自衛隊機運航処分に基づく騒音等により社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じている,あるいは生ずるおそれがあると考える周辺住民は,当該自衛隊機運航処分を対象とする抗告訴訟を提起して争うことができなければならない。厚木基地最判は,「行政訴訟としてどのような要件の下にどのような請求をすることができるかはともかくとして」と述べるが,これは自衛隊機運航処分に関する不服の訴訟(すなわち抗告訴訟)が一切許されないという趣旨をいうものとは解されない。そのような趣旨であるとすればそう明言したと考えられ,上記のようにいう必要はないからである。最高裁が上記のように述べたのは,抗告訴訟にもいくつかの類型が存在するので,自衛隊機運航処分についてそのうちのどの類型の訴訟をどのような要件の下で提起すべきかという問題が残るが,その問題について議論することは当該事案の解決にとって必要でも相当でもないので,その説示をすることを控えたからであると解される。

3  提起すべき抗告訴訟の類型

そこで,厚木飛行場における自衛隊機の一定の態様による運航の差止めを求めようとしている原告らは,どの類型の抗告訴訟を提起すべきであるのかが問題となる。

行訴法3条2項以下は,「処分の取消しの訴え」(同項),「裁決の取消しの訴え」(3項),「無効等確認の訴え」(4項),「不作為の違法確認の訴え」(5項),「義務付けの訴え」(6項)及び「差止めの訴え」(7項)を規定しているが,同条1項は,「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」を包括的に抗告訴訟としていることから,同条2項以下に規定されているこれらの法定抗告訴訟に限らず,ここに規定されていない抗告訴訟すなわち無名抗告訴訟も,抗告訴訟として認める趣旨であると解される。原告らは,以上の解釈を踏まえ,本件自衛隊機差止めの訴えは同条7項所定の差止訴訟又は無名抗告訴訟のいずれかとして許されると主張するので,以下検討する。

(1) 自衛隊機運航処分の特色

まず自衛隊機運航処分の内容,性格をみると,この処分には次のような特色がある。

第1に,自衛隊機運航処分は法的効果を伴わない事実行為である。前記のとおり,処分の相手方である周辺住民は,その被害が社会生活上受忍すべき限度内にある限りこれを受忍すべきであるとされるにとどまり,防衛大臣との関係においてその法的地位に何の影響も受けない。その効果のみに着目すれば,私人がその発する騒音等によって周辺住民に被害を与える場合と異なるところはない。一般に,行政処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体が法令に基づき行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうが(最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照),自衛隊機運航処分はこれに当てはまらない行政処分であり,その性格は,警察官職務執行法3条以下に規定する保護,措置等あるいは「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」29条に規定する措置入院などの即時強制と共通する。

第2に,自衛隊機運航処分は処分の相手方が不特定多数である。すなわち名宛人が特定していない処分であって,その相手方の数は多数に上る。ある飛行場における自衛隊機の運航が周辺のいかなる範囲の住民を騒音等の影響下に置くかは,一義的には定まらない。当該飛行場において自衛隊機がどのように運航されるかによって,騒音等の大きさも,それが広がる範囲も異なるからである。一方で,周辺に多数の住民が居住する飛行場であれば,騒音等による影響を受ける住民の数が自ずから多数に上ることは明らかである。

第3に,自衛隊機運航処分は,その処分の個数をどのように数えるべきかについて困難な問題がある。自衛隊機の運航は日々継続して行われるものであるから,ある飛行場における自衛隊機運航処分は,その全体を1個の処分ととらえることも可能であろう。他方,これを細分化してとらえることも可能であり,一番細かい単位を考えれば,自衛隊機1機の運航をもって1個の処分とみることもできよう。しかし,例えば差止訴訟の対象となることを想定すると,離着陸に伴う騒音等による被害が発生するからといって,ある飛行場における自衛隊機の運航全体を差し止めなければならない,すなわち当該飛行場を閉鎖しなければならないとまではいえないし,他方,通常は,自衛隊機1機のみの離着陸によって社会生活上受忍すべき限度を超える被害が発生するとは考え難い。したがって,上記のいずれのとらえ方も極端にすぎるのであり,その中間において,差止めの対象となる運航の範囲をどのようにとらえるかが問題となる。重要なのはその範囲の定め方であり,処分の個数を検討することに意義は乏しい。

第4に,自衛隊機運航処分は,自衛隊法107条5項を根拠とするものであるが,その違法性の有無は同項の規定の解釈によって一義的に定まるものではない。自衛隊機の運航に伴う騒音等によって周辺住民が受ける被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かは,種々様々な要素を比較検討した結果決まるものだからである(最高裁昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁(以下「大阪空港最判」という。),厚木基地最判及び平成5年横田基地最判参照)。

第5に,以上のような内容,性格からして,自衛隊機運航処分について取消訴訟が機能する余地はない。なぜなら,この処分は事実行為であり,しかも,周辺住民が受ける被害は騒音等にさらされることによる被害に限られるからである。防衛施設である飛行場における自衛隊機の運航に伴う騒音等が周辺住民に対し社会生活上受忍すべき限度を超える被害を与える場合,当該飛行場はその設置又は管理に瑕疵があるものとされ,その設置・管理者である被告は当該住民に対して国家賠償法2条1項に基づく賠償責任を負う。これは確立した判例である(大阪空港最判,厚木基地最判及び平成5年横田基地最判参照)。したがって,被害を受けたと考える周辺住民は,自衛隊機運航処分に対する取消訴訟を提起して判決によりその違法を宣言してもらうなどの対処をする必要は全くなく,直ちに国家賠償請求訴訟を提起すれば足りるのである。現に原告らも,他の住民とともに被告に対し国家賠償を求める第4次厚木基地騒音訴訟を提起しており,本件と並行して審理されている。

以上のとおり,厚木基地最判という判例によってその存在が認められた自衛隊機運航処分は,通常の行政処分とは性格,内容を異にする特殊な行政処分というべきである。

(2) 法定の差止訴訟か無名抗告訴訟か

それでは,周辺住民が自衛隊機運航処分の差止めを求めようとする場合,法定の差止訴訟として訴えを提起すべきか,それとも無名抗告訴訟として訴えを提起すべきか。

上記のとおり,自衛隊機運航処分は,抗告訴訟によってこれを取り消す意味はないが,これを差し止めることには意義を見いだすことができる。そこでまず,法定の差止訴訟の要件を検討する必要がある。

法定の差止訴訟の対象となるのは「一定の処分」であり,その「一定の処分」がされることにより「重大な損害を生ずるおそれがある場合」に限り,訴えを提起することができる(行訴法3条7項,37条の4第1項)。また,その「一定の処分」の差止請求が認容されるのは,「行政庁がその処分…をすべきでないことがその処分…の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」るとき,又は「行政庁がその処分…をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」である(同条5項)。

問題となるのは「一定の処分」という要件である。上記のとおり,自衛隊機運航処分を差し止めようとする場合,将来における処分全体を1個の処分とみることは適当でなく,何らかの基準によって差止めの対象となる範囲を限定しなければならない。その限定の仕方としては,時間帯による(例えば,夜間のみの差止め),曜日による(例えば,日曜日のみの差止め),一定の期間内の運航機数による(例えば,1日の運航機数を制限する),機種による(例えば,ジェット機の運航を禁止する),音量による(例えば,特定の場所におけるW値を制限する)など,様々な方法が考えられる。本件自衛隊機差止めの訴えにおいては,差止めの対象を,①毎日午後8時から翌日午前8時までの運航,②訓練のための運航,③自衛隊機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音が75Wを超えることとなる場合の当該自衛隊機の運航,という形で限定している。

しかし,このように限定するにしても,その場合の差止めの対象は,法定の差止訴訟において差止めの対象となることが想定されている「一定の処分」とは性格,内容がかなり異なるというべきである。通常の行政処分は,法令によってその成立要件が定められ,行政庁が採るべき手段も特定のものが定められている(複数の手段の中から選択するという場合もあるが,その選択肢は限定されている。)。行訴法3条7項及び37条の4第1項にいう「一定の処分」という要件は,このような法令の定めを前提とした上で,同条に規定するそれ以外の差止めの各要件について裁判所が判断をするためにはそれが可能となる程度に差止めの対象が特定されている必要があるという見地から,設けられたものであると解される。したがって,そこで想定されている「一定の処分」は,当該行政処分の根拠となる法令の規定によって自ずからその範囲が限定されているものであり,原告がその中から差止めの対象を特定し,これがそのまま裁判所の審理判断の対象となる。

これに対し,自衛隊機運航処分の場合は,差止めの範囲の限定の仕方は多種多様であり,根拠規定である自衛隊法107条5項から導かれるものではなく,むしろ専ら原告がどのように請求の趣旨を構成するかにかかっている。そして,自衛隊機運航処分の適法性が,当該処分に基づいて周辺住民が受ける被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かによって判断されるものである以上,原告によって差止めの対象として特定された「一定の」自衛隊機運航処分が違法といえるか否かについても,同様に,これに基づいて周辺住民が受ける被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かによって判断されなければならない。その判断は,過去及び現在の事実関係を踏まえた総合的な判断であり,法令の規定に定められた処分の要件該当性を一つ一つ検討していくというものではない。しかも,そのような検討の過程においては,原告が当初特定した差止めの対象が当該事案における差止めの対象として適切か否かも考慮の対象となる。すなわち,原告が特定した差止めの対象を前提にすれば差止めは認められないが,その範囲を更に限定すれば差止めは認められるということもあり得るのであり,そのような場合,審理の途中で,判断の対象となる「一定の処分」が変更することになる。以上の諸点を前提にすると,自衛隊機運航処分について,法定の差止訴訟が想定している「一定の処分」を観念することは困難であるというべきである。

法定の差止訴訟は平成16年法律第84号による行訴法の改正によって導入されたものであるが,同改正の立案に携わった者は,行訴法3条7項にいう「一定の処分」に関して次のように述べている。「民事訴訟などでは,一定の程度を超える騒音を発生させてはならない旨を命ずることを求める差止めの訴えが認められることがありますが,このような差止めを求める行為を処分によってもたらされる結果だけから特定し,その原因となる処分にはさまざまなものがあるため,具体的にどの処分の差止めを求める訴えであるかが特定できないような訴えは,『一定の処分』をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟であるとはいえませんから,第3条第7項の差止めの訴えとしては,適法な訴えとはいえないと考えられます」(A7『司法制度改革概説3・行政事件訴訟法』(商事法務,平成16年)185頁~186頁)。本件自衛隊機差止めの訴えのうち航空機騒音が75Wを超えることとなる運航の差止めを求める部分は,正にこの記述が想定している抽象的不作為命令(本件に即していえば,「原告らの居住地において75Wを超える騒音を発生させてはならない」という命令)と実質的には同じというべきであり,この記述に従えば,法定の差止訴訟になじまないということになる。

以上の検討によると,自衛隊機運航処分の差止めは,法定の差止訴訟によってこれを求めるのは困難であるといわざるを得ないから,無名抗告訴訟によってこれを求めるべきであり,無名抗告訴訟としてその要件を構成すべきである(塩野宏「無名抗告訴訟の問題点」A8=A9監修『新・実務民事訴訟講座9』(日本評論社,昭和58年)113頁参照)。法定抗告訴訟に関する行訴法の各規定が想定していない自衛隊機運航処分という特殊な行政処分に対しては,これに応じた特殊な救済方法が認められなければならないのである。

4  無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えの要件

上記3の検討を踏まえ,無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えについて,その訴訟要件及び請求認容要件を検討する。

(1) 請求の特定性

差止めの請求といっても様々なものが考えられるが,参考になるのが平成5年横田基地最判である。当該事案における請求の趣旨の一つは,「被上告人〔国〕は,上告人〔周辺住民〕らのためにアメリカ合衆国軍隊をして,毎日午後9時から翌日午前7時までの間,本件飛行場を一切の航空機の離着陸に使用させてはならず,かつ,上告人らの居住地において55ホン以上の騒音となるエンジンテスト音,航空機誘導音等を発する行為をさせてはならない。」というものである。これについて最高裁は,「被上告人に対して給付を求めるものであることが明らかであり,また,このような抽象的不作為命令を求める訴えも,請求の特定に欠けるものということはできない。」と判示した。さらに,当該請求を主位的請求とする予備的請求の請求の趣旨は,「被告〔国〕は原告〔周辺住民〕らに対し,毎日午後9時から翌日午前7時までの間,原告ら居住家屋内に,横田飛行場より55デシベル(C)を超えるエンジンテスト音及び航空機誘導音並びに同飛行場に離着陸する航空機から発する50デシベル(A)を超える飛行音を到達させてはならない。」というものであったが,控訴審判決は当該請求に係る訴えを却下することなくこの請求を棄却し,最高裁はその判断を是認しているから,最高裁は当該請求も特定性を欠くとはしていないのである。したがって,判例によれば,一定の時間帯を特定して,その時間帯における航空機騒音が特定の地点において一定のレベルを超えてはならないという抽象的不作為命令を求める訴えは,請求の特定に欠けるところはない。

もちろん,以上は民事上の請求についての判断であるが,自衛隊機運航処分については,前記のとおり,民事上の請求としての差止請求におけるのと同様,一定の基準を設けてその差止めの対象の範囲を特定しなければならないのであるから,上記の判例は無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えにも妥当するというべきである。

(2) 原告適格

行訴法は無名抗告訴訟の原告適格について特に定めを置いていないが(同法38条1項参照),無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えは,差止めという点で法定の差止訴訟と共通するから,法定の差止訴訟の原告適格に関する規定を類推適用すべきである。したがって,防衛大臣が特定の飛行場における自衛隊機運航処分を(一定の範囲で)してはならない旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り,提起することができるというべきである(同法37条の4第3項)。

この考え方によると,自衛隊機運航処分によって騒音等の受忍を義務付けられる周辺住民は,同処分の相手方であるからその差止めを求める法律上の利益を有し,原告適格を有するが,そうでない者は原告適格を有しないことになると解される。

前記のとおり,防衛施設周辺における第一種区域は,環境整備法,環境整備法施行令及び旧環境整備法施行規則に基づき,昭和56年以降現在に至るまで,75Wという水準によって画されてきた。公共用飛行場周辺の第一種区域も,航空機騒音防止法,旧航空機騒音防止法施行令及び旧航空機騒音防止法施行規則に基づき,同じく,75Wという水準によって画されている。また,特定空港(成田国際空港)周辺において都道府県知事は,特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法3条1項にいう航空機騒音対策基本方針を定めるに当たり,航空機騒音が75W以上である地域を基準として航空機騒音障害防止地区とすべき地域を定めるものとされている(特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法施行令(平成24年政令第253号による改正前のもの)3条1項1号)。このように,航空機騒音に関する法令はいずれも,75Wをもって被告が政策措置を講ずべき最低限の水準としており,これは過去約30年にわたって変化がない。

一方,昭和48年環境基準は,前記のとおり,航空機騒音に係る環境基準を,地域の類型Ⅰにおいて70W,地域の類型Ⅱにおいて75Wと定めており,全ての地域において少なくとも75W以下という環境基準が保たれなければならないとしている。

そして,前記のWHOガイドラインの定めるガイドライン値(その内容は後記第5の4(1)参照)や昭和48年環境基準を参考にすると,75Wという水準はそれ自体,航空機騒音として相当高いレベルであるといえる。

これらの事情を勘案すると,防衛施設である飛行場周辺の75W以上の地域に居住する者は,当該飛行場に離着陸する自衛隊機に関する自衛隊機運航処分につき騒音等の受忍を義務付けられる者であって,無名抗告訴訟としての差止めの訴えの原告適格を有すると解される。一方,75Wの地域よりも外側の地域に居住する者は,自衛隊機運航処分によって騒音等の受忍を義務付けられるとはいえず,無名抗告訴訟としての差止めの訴えの原告適格を有しないというべきである。

(3) 請求認容要件

無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えの請求認容要件を検討する。

ア 根拠規定である自衛隊法107条5項によれば,防衛大臣は,航空機による災害を防止し,公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならないとされている。本件で原告らが問題とする航空機騒音についていえば,防衛大臣は,自衛隊機が防衛施設である飛行場に離着陸することに伴う騒音によって周辺住民が社会生活上受忍すべき限度を超えた被害を被ることのないようにするため必要な措置を講ずる義務を負う。この義務に違反する自衛隊機運航処分は違法である。その違法の有無を判断するに当たっては,侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,これらを総合的に考察してこれを決すべきものであると解される。これは,防衛施設である飛行場の設置又は管理に瑕疵があるものとして国家賠償法2条1項に基づき被告が周辺住民に対して賠償責任を負うか否かを判断するに当たっての判断枠組みと同じである(第4次厚木基地騒音訴訟における当裁判所の判決を参照)。

ただし,賠償責任の有無を判断する場合と差止めの要否を判断する場合とでは,その判断の仕方に差異が生ずるというべきである。最高裁平成7年7月7日第二小法廷判決・民集49巻7号2599頁は,国道43号線等の道路の周辺住民からその供用に伴う自動車騒音等により被害を受けているとしてその道路の供用の差止めが請求された事案において,「道路等の施設の周辺住民からその供用の差止めが求められた場合に差止請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断するにつき考慮すべき要素は,周辺住民から損害の賠償が求められた場合に賠償請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断するにつき考慮すべき要素とほぼ共通するのであるが,施設の供用の差止めと金銭による賠償という請求内容の相違に対応して,違法性の判断において各要素の重要性をどの程度のものとして考慮するかにはおのずから相違があるから,右両場合の違法性の有無の判断に差異が生じることがあっても不合理とはいえない。」と判示し,当該事案において差止請求を認容すべき違法性の有無を判断するに当たっては,特に,被侵害利益の性質・内容と侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等の比較検討を重視する判断を示した。これは民事上の差止請求に関する判示であるが,無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えにも妥当するというべきである。

法定の差止訴訟においては,「重大な損害を生ずるおそれ」があることが要件として規定されているが(行訴法37条の4第1項),無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えにおいては,以上の枠組みの中でこの要件に関わる事由が検討されることになる。

イ 次に,自衛隊機運航処分については,その公共性ないし公益上の必要性について特別な考慮を要すると解される。自衛隊法76条以下に規定されている自衛隊の行動は,その性質上,必要があればいついかなる時においてもとられなければならないものであるから,その公共性ないし公益上の必要性の大きさに鑑みると,無名抗告訴訟として自衛隊機運航処分の差止めが求められ,その差止請求が認容される場合であっても,防衛大臣がやむを得ないと判断するときには自衛隊機運航処分は許されるといわなければならない。したがって,差止請求を留保なしに認容することはできないというべきであり,差止請求を認容する判決には,「防衛大臣は,やむを得ないと認める場合を除き,~してはらならない」というように,やむを得ないと認める場合には防衛大臣は判決に拘束されないことを明記すべきである。

第5本件自衛隊機差止めの訴えについて(その2・本件事案の検討)

1  請求の特定性

本件自衛隊機差止請求の請求の趣旨は,防衛大臣は,厚木飛行場において,自衛隊機について,①毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航,②訓練のための運航,③自衛隊機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音が75Wを超えることとなる場合の当該自衛隊機の運航をさせてはならないというものである。

このうち①及び②は,その請求内容によって差止めの対象が特定していることは明らかである。③については,原告らの居住地における航空機騒音の水準を特定する一方で,それを実現する手段としては航空機を離着陸させないことにとどまらず航空機騒音を抑制するための様々な方策があり得るのにそれが特定していないという点で,抽象的不作為命令に当たるが,平成5年横田基地最判によればこのような訴えも請求の特定に欠けるところはない。

したがって,本件自衛隊機差止請求は請求の特定に欠けるところがない。

2  原告適格

証拠(甲地域別1,甲地域別2,甲地域別4)及び弁論の全趣旨によれば,別紙2(死亡・転居原告目録)記載2の原告(以下「転居原告」という。)を除く原告らの居住地はいずれも厚木飛行場周辺の75W以上の地域にあることが認められる一方,転居原告が本件口頭弁論終結時より前に75W以上の地域からその外側の地域に転居したことは当裁判所に顕著である。したがって,転居原告を除く原告らは本件自衛隊機差止めの訴えの原告適格を有するが,転居原告は原告適格を有しない。転居原告の本件自衛隊機差止めの訴えは不適法であり,却下を免れない。

なお,本件自衛隊機差止めの訴えにおいて差止めを求める法律上の利益を基礎付けるものは厚木飛行場周辺の75W以上の地域に居住しているという事実であるから,死亡原告らの本件自衛隊機差止請求に係る訴訟は,これを承継する余地がなく当然に終了するものと解すべきである。したがって,これに関しては訴訟の終了を宣言する。

以下,転居原告を除く原告らの本件自衛隊機差止請求の当否について判断する。

3  厚木飛行場周辺の航空機騒音をめぐる客観的事実

以下,厚木飛行場における自衛隊機運航処分につき,本件自衛隊機差止請求を認容すべき違法性があるかどうかを検討する。まず,厚木飛行場をめぐる客観的事実を認定する。

(1) 航空機の飛行計画,飛行経路等

証拠(甲A1,甲C64,甲D2の362・363,顕著な事実)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。

厚木飛行場における航空機の離着陸の予定があらかじめ公表されることはない。米海軍は,NLPが周辺住民に与える影響の大きさに鑑み,NLPを実施する場合に限って,これを実施することを事前に防衛省に通告することとしており,これについては公表されるが,通告が直前になることもある。

厚木飛行場に離着陸する航空機の飛行経路は,様々であり,一定していないが,防衛施設庁長官が平成15年度及び平成16年度に行った航空機騒音度調査の結果によれば,南から北へ向かって着陸及び離陸を行う場合(北風の場合)はおおむね別紙5(第4次厚木基地騒音訴訟乙A69の2添付図6-1)のとおりであり,北から南へ向かって着陸及び離陸を行う場合(南風の場合)はおおむね同6(同添付図6-2)のとおりである。

厚木飛行場を使用するのは米軍機と自衛隊機であるが,離着陸回数は米軍機によるものが多く,正確な比率は不明であるものの,厚木飛行場周辺の航空機騒音の多くを米軍機の発する騒音が占める。特に,著しく大きな騒音を発する大型ジェット機は全て米軍機である。

(2) 航空機騒音の特徴

証拠(甲C1の1~3・7・10,4,9,68,顕著な事実)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。

防衛施設である飛行場の周辺における航空機騒音については,次のような特徴がある。

航空機騒音は一般に,間欠的な騒音であり,騒音の持続時間も,1機のみであれば,飛行場に近い地点でも数十秒程度にとどまる。一方で,飛行中の航空機が発する騒音は,空中から周辺地域全体に広がり,周辺に居住する住民がこれを遮断することは困難である。

防衛施設である飛行場に離着陸する航空機には,航空機の騒音に関する基準などを定めた耐空証明の制度が適用されない(自衛隊法107条1項,航空法特例法2項,航空法11条)。そのため,これらの航空機,特にジェット機は,騒音のピークレベルが極めて高く,滑走路から1㎞ほど離れた地点でも110dBを超えることが珍しくない。また,騒音に高周波成分が多く含まれ,耳慣れない金属的な音質を有する。プロペラ機やヘリコプターは,騒音のピークレベルはジェット機よりも低いが,低周波音が強く感じられることがある。

防衛施設である飛行場においては,離着陸する航空機の飛行経路や飛行の予定が公表されないため,いつ,どの場所に航空機が出現するのか,したがって,いつ,どの場所から騒音が発せられるのかを予測できず,周辺住民があらかじめ騒音に対処することは困難である。また,交通機関が発する騒音に関しては,その音源に対する周辺住民の意識がうるささの感じ方に影響することが知られており,防衛施設の航空機騒音は,自らも利用する鉄道や道路からの騒音と比較して,住民にとっては受け入れにくく,うるさく感じる程度が大きいとされている。

(3) 75W以上の地域における航空機騒音の大きさの推移

第3次判決の口頭弁論終結時である平成17年以後の航空機騒音の状況は,証拠(甲B1から24まで(全ての枝番号を含む。))及び弁論の全趣旨によれば次のとおりである。

ア 厚木飛行場の周辺自治体は,別紙7(原告最終準備書面別冊別表1)及び同8(同別冊図1)のとおり,厚木飛行場周辺に自動記録騒音計を設置し,継続的に航空機騒音を測定している(ただし,別紙7のNo.2の「旧コンター」の欄に「80」とあるのは「85」に訂正する。)。

この自治体騒音測定データを集計し,測定地点No.1,No.2,No.5及びNo.12の四つの測定地点における古くは昭和45年から平成24年までの各年のデータの推移を示したものが別紙9(原告最終準備書面別冊別表2から5まで)である。ただし,別表4の左上欄外に「大和市東800メートル地点(S46~H17.6)/大和市南500メートル地点(H17.7~)」とあるのは,「大和市南南東800メートル地点(S46~H17.6)/大和市南500メートル地点(H17.7~)」に訂正する(別表4の測定地点は,平成17年6月まではA10宅,同年7月以降は大和市営渋谷西庭球場である。)。

これらの別表の用語を説明すると,「最高音」は,5秒以上の継続騒音におけるピークレベルのうちで最もホン値が高かった音のホン値をいい(ホン値はdB値と同じなので,以下dBで示す。),「騒音測定回数」は,1日に測定された一定のdB値以上でかつ5秒以上の継続騒音の測定回数をいい,「音量別回数」欄の「80ホン以上」は,80dB以上の騒音測定回数が70dB以上の騒音測定回数全体に占める割合(%)を,同じく「90ホン以上」は,90dB以上の騒音測定回数が70dB以上の騒音測定回数全体に占める割合(%)をいい,「騒音持続時間」は,1日に測定された一定のdB値以上でかつ5秒以上の継続騒音の合計時間をいう。

これを簡略にまとめると,次のとおりである。

(ア) No.1の測定地点(別紙9のうち別表2)(A11宅/滑走路の北約1㎞/95Wの地域)

平成16年以降の騒音測定回数及び騒音持続時間は,平成22年までは緩やかに減少したが,その後増加の傾向にある。平成16年と平成24年を比較すると,減少はしているが,その度合いが顕著であるとはいえない。平成24年における70dB以上の騒音測定回数は,最高で365回/日,平均で52.7回/日であり,70dB以上の騒音持続時間は,最高で1時間50分40秒/日,平均で10分29秒/日である。同じく平成24年における日曜日の70dB以上の騒音測定回数は456回/年,深夜(午後10時から翌日午前6時まで。以下同じ。)の70dB以上の騒音測定回数は81回/年である。

(イ) NO.2の測定地点(別紙9のうち別表3)(神奈川県企業庁大和水道営業所/滑走路の北約2㎞/90Wの地域(平成18年1月までは85Wの地域))

平成16年以降の騒音測定回数及び騒音持続時間の傾向はNo.1の測定地点と同じである。平成24年における70dB以上の騒音測定回数は,最高で259回/日,平均で42.2回/日であり,70dB以上の騒音持続時間は,最高で1時間27分03秒/日,平均で9分21秒/日である。同じく平成24年における日曜日の70dB以上の騒音測定回数は386回/年,深夜の70dB以上の騒音測定回数は68回/年である。

(ウ) No.5の測定地点(別紙9のうち別表4)(平成17年6月まではA10宅/滑走路の南南東約800m//同年7月以降は大和市営渋谷西庭球場/滑走路の南約500m/90Wの地域)

平成16年以降の騒音測定回数及び騒音持続時間は,平成18年にかけてやや増加した後,平成21年まで緩やかに減少したが,その後増加の傾向にある。平成16年と平成24年を比較すると,減少はしているがその傾向が顕著であるとはいえない。平成24年における70dB以上の騒音測定回数は,最高で433回/日,平均で61.3回/日であり,70dB以上の騒音持続時間は,最高で44分50秒/日,平均で10分54秒/日である。同じく平成24年における日曜日の70dB以上の騒音測定回数は410回/年,深夜の70dB以上の騒音測定回数は128回/年である。

(エ) No.12の測定地点(別紙9のうち別表5)(A12宅/滑走路の南西約2㎞/85Wの地域(平成18年1月までは80Wの地域))

平成16年以降の騒音測定回数及び騒音持続時間は,平成22年まで緩やかに減少したが,その後増加の傾向にある。平成16年と平成24年を比較すると,減少はしているがその傾向が顕著であるとはいえない。平成24年における70dB以上の騒音測定回数は,最高で439回/日,平均で49.5回/日であり,70dB以上の騒音持続時間は,最高で2時間36分48秒/日,平均で10分15秒/日である。同じく平成24年における日曜日の70dB以上の騒音測定回数は271回/年,深夜の70dB以上の騒音測定回数は88回/年である。

イ 自治体騒音測定データが示す年間W値について,第3次判決の基礎とされた期間である平成9年から平成16年までの推移と,平成17年から平成24年までの推移を整理したものが,次の表1・2である。自治体騒音測定データのW値は環境基準方式によって算定されたものであり,これを防衛施設庁方式によって算定されたW値に換算する必要があるため,両者の差である3~5の平均である4を加算した。

表1と表2を基に,防衛施設庁方式近似W値(上記のとおり自治体騒音測定データの年間W値に4を加えたもの)について平成9年から平成16年までの平均と平成17年から平成24年までの平均を比較してみると,平成18年1月の新たな第一種区域線等の告示又は工法区分線等の設定の前に80W以上であった地域(ただし,平成18年1月以前の工法区分線によって画された80Wの地域を除く。)すなわちNo.1~5,11,12の各測定地点のある地域においては,No.4,5の各測定地点では後者の値が前者の値を上回り,その他の測定地点では後者の値が前者の値を若干下回るもののほぼ同じである。それ以外の地域においては,No.7,8の各測定地点において後者の値が前者の値を若干上回るほかは,いずれの測定地点においても後者の値が前者の値を下回るが,これもわずかな差にとどまる。したがって,W値を見る限り,平成9年から平成16年までの平均と平成17年から平成24年までの平均との間にほぼ差はないといえる。

次に,表2を基に,平成18年1月の告示又は設定によって定められた各地域のW値と平成17年から平成24年までの防衛施設庁方式近似W値を比較してみると,No.1,2,5,6の各測定地点において告示又は設定により定められたW値よりも防衛施設庁方式近似W値の方が若干低くなっているが,それ以外の測定地点ではいずれも告示又は設定のW値を防衛施設庁方式近似W値が上回っている。したがって,平成18年1月の告示又は設定によって定められたW値は,各地域のW値の実態をかなりの程度正確に反映しているといえるし,いくつかの地域(No.4,7,9,10,15,16,17の各測定地点のある地域)では,実際に測定されたW値が告示又は設定によって定められたW値を相当に上回っている。

表1(平成9年から平成16年まで)

file_6.jpgae WIE Ba 7a HB ak Fr Ax WWE* 80とあるのはかつて告示に基づき80Wの地域とされた地域を,80(工)とあるのは平成18年1月以前の工法区分線によって画された80Wの地域を示す。

** No.23のこの数値は,データがない平成9年を含まない。

表2(平成17年から平成24年まで)

file_7.jpgFRE fae et* 表1の*と同じ。

ウ まとめ

以上の検討によれば,厚木飛行場周辺の75W以上の地域においては,第3次判決の基礎となった期間におけるのと同じ程度の航空機騒音がその後現在に至るまで継続して測定されており,直近の平成24年においても,その騒音測定回数,騒音持続時間とも,極めて多数ないし長時間に上っていると認められる。また,前記のとおり,米軍においても,自衛隊においても,午後10時から翌日午前6時までの深夜の時間帯における航空機の飛行を自主規制しているものの,それが厳守されているわけではなく,今なおこの深夜の時間帯においても相当程度の航空機騒音が測定されている。

(4) 低周波音

ア 認定事実

証拠(甲A35の1,甲C65,89,90の1~11,行乙53から58まで,60から62まで)により認められる事実は次のとおりである。

(ア) 人が聴くことができる音の周波数の範囲は20Hz~2万Hzとされており,これを可聴域という。人の耳は,2000Hz~5000Hzで最も感度がよく,周波数が低くなるほど(音が低くなるほど)感度が鈍くなり,特に100Hz以下では急激に低下し,音圧レベルがかなり大きくないと感じ取れなくなる。周波数が低いため人が聞き取れないか聞き取りにくい100Hz以下の音を低周波音といい,可聴域の範囲外である20Hz以下の音を特に超低周波音という。

低周波音は環境騒音に常に含まれているものであるが,音圧レベルの高い低周波音は,不快感や圧迫感を感じさせ(心理的・生理的影響),また,家屋の窓や戸の揺れ,がたつきなどを生じさせる(物理的影響)ことが知られている。ジェット機のジェットエンジンやヘリコプターの回転翼は低周波音の発生源である。

低周波音については,一般環境で観測されるような低周波音の領域(周波数範囲と音圧レベル)では人間に対する生理的な影響は明確には認められないとの結論が得られているのみで,その影響や評価指標に関する科学的な知見が確立しているとはいい難い状況にある(甲C90の9)。後記4(1)においてその内容を紹介するWHOガイドライン(甲C65)においても,騒音に低周波音が含まれる場合はより強い住民反応が報告される,低周波騒音の場合には低い音圧レベルでも休息や睡眠を妨害する可能性があるなどの記述があるものの,付加的ないし注意的な指摘にとどまり,低周波音のみを取り出してガイドライン値を設定するなどの定量的な観点からの記述はない。

(イ) 環境省は平成16年6月,低周波音についての苦情に地方公共団体が対応する際に役立てるべきものとして「低周波問題対応の手引書」(甲C90の9)を公表した。この手引書は,建具のがたつき等の物的苦情と室内において感じられる不快感等の心身に係る苦情とを分けて,その評価方法を次のように説明している。

物的苦情については,第1に,発生源と疑われる施設・設備機器等と苦情内容との間に対応関係があることを確認する。第2に,低周波音の測定結果と,環境省が評価指針として示す参照値(以下,単に「参照値」という。)とを照らし合わせる。測定値がいずれかの周波数で参照値以上であれば,その周波数が苦情の原因である可能性が高い。参照値は次のとおりである。

file_8.jpgT 8| 10|12.5] 16] 20] 25]31.5] 40 “ALD Jed 2 BE (Hz) Aa aT a EE Sv (dB) 70) 71} 72) 73) 7d) 77) 80) 83) 87) 93心身に係る苦情についても同様に,第1に,発生源と疑われる施設・設備機器等と苦情内容との間に対応関係があることを確認し,第2に,低周波音の測定結果と参照値とを照らし合わせる。①G特性音圧レベルが92dB以上の場合,超低周波音の周波数領域で問題がある可能性が高く,②1/3オクターブバンドで測定された音圧レベルと参照値を比較し,測定値がいずれかの周波数で参照値以上であればその周波数が低周波音苦情の原因である可能性が高い。①,②のいずれかに当てはまれば低周波音の問題がある。もっとも,暗騒音の影響を含め慎重な検討が必要である。参照値は次のとおりである。

file_9.jpgbo 1347 ¥—-7FAY BK] 10]12.5] 16] 20) 25}31.5] 40] 50] 63] 80 “HD Jill BR Be (Hz) 1/347 ¥—-7AY | 92] 88] 83] 76] 70] 64] 57] 52] 47] 41 EU (dB)環境省は,上記の各参照値につき,①固定発生源(ある時間連続的に低周波音を発生する固定された音源)から発生する低周波音について苦情の申立てが発生した際にそれが低周波音によるものかを判断するための目安として示したものである,②低周波音についての対策目標値,環境アセスメントの環境保全目標値,作業環境ガイドラインなどとして策定したものではない,③心身に係る苦情に関する参照値は,低周波音に関する感覚について個人差が大きいことを考慮し,大部分の被験者が許容できる音圧レベルを設定したものであるなどとしている。

(ウ) 原告らから委託を受けた日東紡音響エンジニアリング株式会社は,平成24年8月2日と同月21日のいずれも午後3時から6時まで,厚木飛行場の滑走路北端から北に約1.4㎞,90Wの地域にある広場で,厚木飛行場に離着陸する航空機の発する低周波音を測定し,また,平成25年5月9日の午前8時50分から午後4時10分まで,上記の広場に加えて,滑走路北端から北に約1.3㎞,90Wの地域にある木造1階建ての住宅内,滑走路南端から南に約3.2㎞,85Wの地域にある木造2階建ての住宅内外で,それぞれ低周波音を含む航空機騒音を測定した(ただし,測定場所によって測定した時間帯は異なる。)。その結果と前記の心身に係る苦情に関する参照値等との関係は次のとおりである。

平成24年8月2日及び同月21日の上記広場における測定結果によると,飛来した10機の航空機のうちヘリコプターは3機とも,G特性音圧レベルが92dBを超えており,1/3オクターブバンド中心周波数ごとの音圧レベルについても,16Hz~80Hzのほとんどにおいて参照値を超えていた。プロペラ機5機については,G特性音圧レベルが92dBを超えるものは1機のみであったが,1/3オクターブバンド中心周波数ごとの音圧レベルでは,25Hz~80Hzのほとんどにおいて参照値を超えていた。

平成25年5月9日の上記広場における測定結果でもほぼ同様の傾向がみられたほか,ジェット機(F/A-18)からも参照値を大きく超える低周波音が測定された(平成24年8月2日及び同月21日と異なり,この日はF/A-18が多数飛来した。)。滑走路南方の住宅外における測定結果も同様である。一方,同住宅内及び滑走路北方の住宅内の測定結果では,測定値が参照値を下回ることが多かったが,ヘリコプターや一部のジェット機(F/A-18)からは参照値を超える低周波音が測定された。

イ 評価

原告らが行った低周波音の測定結果によると,厚木飛行場に離着陸する航空機が,苦情発生の原因になり得る高いレベルの低周波音の発生源となっていることは明らかである。しかし,測定地点が限定されている上,測定を行ったのも限られた回数にすぎないから,この測定結果から,厚木飛行場周辺の75W以上の地域全体がこの測定結果と同様の低周波音に曝露されていると認めることはできない。

原告らの陳述書等及び本人尋問の結果によれば,低周波音に起因するとみられる苦情を述べる者が多数いるが,これらの苦情について,環境省の前記の手引書が説明しているような方法でその評価が行われたわけではなく,これらの苦情と航空機の発する低周波音との因果関係も明らかとはいえない。

さらに,低周波音の人間に対する心理的・生理的影響にしても,建具のがたつき等の物理的影響にしても,それを評価する指標について科学的知見が確立しているわけではない。

これらの事情を考慮すると,まず,少なくとも原告らが低周波音の測定を行った地点と同様の事情にある地域,すなわち厚木飛行場から比較的距離が近く離着陸による航空機騒音の影響が大きい滑走路の南北方向の地域は,高いレベルの低周波音に曝露されていることが明らかであるから,低周波音に起因するとみられる原告らの苦情には相応の根拠があるというべきである。しかし他方で,科学的知見が確立していないという現状の下で,かつ,十分な測定結果が存在しない本件において,特に低周波音を取り出してその原告らに対する影響を論ずることは適当とはいえない。前記のとおり原告らが相当に程度の高い航空機騒音に曝露されているのは事実であり,後にみる原告らの被害がこれを原因とすることは明らかである。そして,その航空機騒音の中には低周波音も含まれているのであるから,低周波音による被害は,そのような航空機騒音による被害の一環として考慮すれば足りるし,また,その限度で考慮するほかないというべきである。

(5) 過去における事故の発生

証拠(甲A2,11,14の1~10,甲D2の169・170・187・244・311・336・340・341・381)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。

神奈川県内において昭和27年4月から平成19年12月までに発生した米軍機又は自衛隊機の事故は合計で232件に上り,そのうち墜落が63件,不時着が57件,部品等の落下が79件,その他(オーバーラン,燃料放出等)が33件である(甲A2の55頁)。その後も,厚木飛行場周辺において,米軍機による部品等の落下事故が少なくとも5件発生している(甲D2の381)。

(6) 被告による周辺対策等

ア 周辺対策の概要

証拠(行乙66,67,76,77)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。

厚木飛行場周辺において環境整備法等に基づきこれまで被告が実施してきた周辺対策は,①移転措置及び移転跡地の緑地帯整備(環境整備法5条,6条),②住宅防音工事に対する助成措置(同法4条),③住宅防音工事以外の防音対策,④その他の周辺対策に大別される。

このうち③としては,学校等の防音助成(同法3条2項1号,3号),病院等に対する防音助成(同項2号,3号)及び民生安定に係る公共施設の防音助成(同法8条)がある。

④としては,騒音用電話機の設置に対する補助(行政措置として実施),テレビ受信料の助成措置(放送受信事業として実施),自衛隊等が行う特定の行為(例えば,射爆撃訓練,戦車等の機甲車両の使用による訓練,航空機の頻繁な離着陸等)によって生ずる障害を防止し又は軽減するための河川,道路等の改修工事に対する補助金の交付(同法3条1項),民生安定施設のための地方公共団体に対する補助金の交付(同法8条,環境整備法施行令12条),特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付(同法9条),農耕阻害補償(同法13条。米軍の行動によるものは「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律」1条),厚木基地周辺地域の民有地の借上げ措置と緩衝地帯の設定,市町村に対する基地交付金及び調整交付金の助成(「国有提供施設等所在市町村助成交付金に関する法律」及び施設等所在市町村調整交付金要綱(昭和45年自治省告示第224号))がある。さらに,航空機騒音対策として,騒音をその発生源で抑える方法や,これに準ずる方法として運航方法に改変を加えたり発生源を遮蔽したりするといった対策があり,これら音源対策としては,厚木基地内の2か所における自衛隊及び米軍の消音装置の設置が挙げられる。

以上の周辺対策の実施状況は別紙10(行乙67の2枚目)のとおりである。なお,そこにいう「生活環境整備法」は本判決にいう環境整備法のことであり,「周辺整備法」は「防衛施設周辺の整備等に関する法律」(昭和49年法律第101号(環境整備法)により廃止)を,「特別損失補償法」は「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律」を,それぞれ意味する。

イ 住宅防音工事への助成一般

被告の実施している周辺対策のうち原告らの騒音被害の軽減に直接つながり得るものは住宅防音工事に対する助成措置である。これについては,証拠(甲行乙46,63,顕著な事実)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(ア) 環境整備法4条に規定する住宅の防音工事への助成は,現在,防衛省地方防衛局長が前記の「防衛施設周辺における住宅防音事業及び空気調和機器稼働事業に関する補助金交付要綱」に基づく補助金の交付として行っている。この補助金交付の対象となる住宅防音工事の内容は前記の防音工事仕方書に定められており,その概要は次のとおりである。

file_10.jpgKR 4 1 Lik 35 I ik Wii eh Be PK Sa 8 OWLLED Hh sak 7 5 WoO Hey at im Pie Be 2 OcBYAE EaiR { KE {ERORE RF ERR CBRL, WER AMC UCERORE, (coi Ll, SUX BELAER ie CEREAL, THEI | BR, RAMSDS SHA ls i FAN TSE Le FE SCRA [ety CRI LIRA) O| MAb yy (ST Lik) Bet OH tt PA BH Wael GR, W7ARS) OM BE EOEE 2 A ad a FOR RU OSGI GBR EOD FA TE ED ft ie LBC 5 Be(イ) 住宅防音工事には,①一挙防音工事,②追加防音工事,③防音区画改善工事,④外郭防音工事の区分がある。①は,初めて行う工事であり,世帯人員に1を加えた居室を対象とするが,合計5室を限度とする。②は,初めて行う工事で2居室以内について工事を実施した住宅を対象とする追加の工事であり,やはり合計5室を限度とする。③は,バリアフリー対応住宅や身体障害者等の居住する住宅等を対象とする工事であり,世帯人員が4人以下の場合は5居室まで,5人以上の場合は世帯人員に1を加えた居室を対象とする。④は,住宅全体を一つの区画として行う工事であり,原則として85W以上の地域にある住宅を対象とする。

(ウ) 平成11年度からは,防音工事の助成を受けてから10年以上が経過し,その後建て替えられた住宅(建替前住宅との間に代替性,継続性が認められる場合に限る。)に対する防音工事の助成(いわゆる再補助)を実施している。

(エ) 防音工事を実施する住宅の所有者等に対して交付される補助金の額は,所定の限度額以内で,所定の経費の全額である。

ウ 防音工事の効果等

防音工事を実施した住宅に関しては,証拠(甲C2,行乙46,63のほか,原告らの陳述書等及本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(ア) 住宅は,防音工事を実施しなくても,屋根,天井や壁による遮音の効果がある。住宅防音工事によって遮音効果が高まるのは事実であるが,その差異は相対的なものである。

(イ) 被告の定める防音工事仕方書に従って防音工事を実施した場合,第Ⅰ工法では25dB以上,第Ⅱ工法では20dB以上という計画防音量の達成が見込まれるが,実際の工事の効果は工事の状況や個々の住宅の状況によって様々であり,必ず達成できるとまでは認められない。また,計画防音量が達成されても,室内における航空機騒音が常に気にならない程度まで軽減するわけではない。そのため,生活環境音が遮断される一方で航空機騒音は依然として聞こえるという不自然な状況が生ずることにもなる。

(ウ) 住宅防音工事は部屋をいわば密閉することによって遮音効果を高めようとするものであるが,日常生活において密閉された部屋の中で人が一日中すごすことはあり得ない。一方,たとえ防音工事を実施しても,扉や窓を開けてしまえば遮音効果は著しく失われる。

(エ) 部屋を密閉する場合,夏季においては冷房機の使用が不可欠となるが,冷房機の使用については人によって好悪が分かれるし,使用する場合は電気料金の負担が増えるという問題もある。

(オ) 住宅防音工事を実施したとしても,工事を実施した区画を出れば,また,屋外に出れば,依然として航空機騒音にさらされるのであり,日常生活において航空機騒音から逃れられないという事態に変わりはない。

4  周辺住民の受けている被害

(1) 航空機騒音を始めとする環境騒音についての科学的知見

前記のWHOガイドライン(甲C65)は,健康への騒音の影響として,聴力障害,会話・聴取妨害,睡眠妨害,生理的影響,作業・学習への影響及び住民の行動や不快感への影響を挙げており,これは現在一般に受け入れられている科学的知見に基づくものであると解される。それぞれの事項について本件に関係する限度でWHOガイドラインの記述を抜粋すると,次のとおりである(一部表現を変えたところがある。)。

ア 聴力障害

聴力障害は,一般に聴力の閾値の上昇と定義される。聴力の低下は耳鳴りを伴うことが多い。LAeq,8h(8時間の等価騒音レベル)が75dB(A)以下であれば,職業曝露が長期にわたっても聴力障害は生じないと期待される。環境騒音や娯楽に関わる騒音のLAeq,24h(24時間の等価騒音レベル)が70dB(A)以下であれば,たとえ生涯にわたって曝露されても大多数の人には聴力障害は生じないと期待される。衝撃音が発生する職場の労働者の場合,許容レベルはピーク音圧レベル(瞬時音圧のレベルであり,騒音レベルの最大値とは異なる。特に衝撃音の場合は最大騒音レベルよりもかなり大きな値となる。)で140dBである。この許容レベルは余暇時間における環境騒音曝露の場合にも適切であると考えられる。小児の場合は,騒音の発生する玩具で遊ぶ時の状況を考慮すると,絶対的にピーク音圧レベルを120dB以下にとどめるべきである。また,LAeq,24hが80dB(A)以上の射撃音の場合,騒音性聴力障害が生ずるリスクが高まると考えられる。

イ 会話・聴取妨害

会話了解度は騒音によって低下する。会話と同時に妨害音が発生することによって会話の理解が困難になる。環境音は,ドアのベル,電話の呼出音,アラーム時計,火災報知器その他の警告音や音楽といった日常生活を送る上で重要な役割を果たしている会話以外の音をマスクすることもある。日常生活における会話了解度は,会話レベル,発音,話者間距離,妨害音の騒音レベルなどの特性,聴力,注意の程度に影響される。屋内の場合には,会話は部屋の残響特性にも影響される。残響時間が1秒を超えると会話の識別が難しくなり,言葉の知覚が困難になる。正常な聴力を有する人が文章を正確に理解するためには,信号-雑音比(例えば,会話音と妨害音のレベル差)が少なくとも15dB(A)は必要である。通常の会話は50dB(A)程度なので,35dB(A)以上の騒音は小さな部屋では会話を妨害することになる。

会話の内容が理解できないと数多くのハンディキャップが生じ,日常生活における行動に支障を来すことになる。特に影響を受けるのは聴力障害者,高齢者,言語習得中の小児,話されている言語に習熟していない人である。

ウ 睡眠妨害

睡眠妨害は,環境騒音の主要な影響の一つである。騒音によって睡眠中に一次影響が生じ,二次影響として騒音曝露を受けた次の日にも影響が生ずる。妨害を受けない睡眠は身体的・精神的な機能を良好に保つために不可欠である。睡眠妨害の一次影響としては,入眠困難,覚醒や睡眠深度の変化,血圧・心拍数・指先脈波振幅の上昇,血管収縮,呼吸の変化,不整脈,体動の増加などがある。問題となっている騒音の騒音レベルよりも,暗騒音とのレベル差が反応確率に関与する。騒音によって覚醒する確率は,一晩当たりの騒音発生回数の増加とともに高くなる。翌朝やその後何日間かに現れる睡眠妨害の二次影響としては,不眠感,疲労感,憂鬱,作業能率の低下といったものがある。

快適な睡眠のためには,夜間の連続的な暗騒音のLAeqは30dB(A)以下にとどめるべきであり,個々の発生音についても45dB(A)を超えるような騒音は避けるべきである。

エ 生理的機能

空港等の近傍の住民に対して,騒音が生理的機能に急性的・慢性的な影響を及ぼしている可能性がある。長期曝露によって,住民の中の高感受性群が高血圧や虚血性心疾患などの永続的な影響を発現することになると考えられる。影響の大きさやそれが持続する時間は,一部,個人の特性,生活習慣,環境条件などの影響を受ける。

強大な工場騒音に5年~30年曝露された労働者は血圧が上昇し,高血圧になるリスクが高まると考えられる。心循環器系への影響は,LAeq,24hが65dB(A)~70dB(A)の航空機騒音・道路交通騒音の長期曝露地域においても明らかにされている。騒音と高血圧や心疾患の発症率との関連は必ずしも強いものではないが,高血圧よりも虚血性心疾患の方が騒音との関連がいくぶん強いとされている。騒音に曝露されている人員の多さに鑑みると,わずかなリスク上昇であっても重大である。

オ 作業・学習への影響

主に労働者や小児に対して,騒音が認知作業の成績に悪影響を及ぼし得ることが明らかにされている。騒音によって集中力が賦活され単純作業の能率を短期間上昇させることもあるが,複雑な作業の場合,認知作業の成績は大幅に低下する。読解力,集中力,問題を解く力,記憶力などが,騒音によって特に影響を受ける認知能力である。騒音は集中を妨げる刺激にもなり,衝撃音は驚愕反応によって破壊的な影響を及ぼす可能性がある。

騒音への曝露は,曝露終了後の成績にも悪影響が生ずると考えられる。慢性的に航空機騒音に曝露されている空港周辺の学校の生徒は,詳細な読解力,難問に取り組む際の持続力,読解試験の成績,学習意欲が,標準よりも低い。航空機騒音に順応しようと試みたり,作業成績を維持するのに必要な努力をしたり,相当の代償を払っていることを認識しなければならない。騒音は作業中の障害やミスを増加させると考えられ,ある種の事故は作業能率の低下を示す指標になり得る。

カ 住民の行動への影響,不快感(アノイアンス)

騒音は不快感を抱かせるだけでなく,社会的影響を及ぼすとともに行動へも影響を及ぼす。これらの影響は,複合的,潜在的かつ間接的であるため,多くの非聴覚的要因の交互作用の結果として生ずると考えられる。同じ曝露量であっても,別の交通騒音や工場騒音では不快感の程度が異なることを認識しておかなければならない。なぜならば,不快感は,騒音の特性(騒音源の情報も含む。)だけでなく,音以外の社会的,心理的,経済的な要因の影響も受けるからである。騒音曝露量と不快感との関連については,個人レベルよりも集団レベルにおいてより高い相関関係が得られる(個人差が大きい。)。80dB(A)を超える騒音は援助的な行動を減少させ,攻撃的な行動を増加させると考えられる。高レベルの騒音に曝露されることにより,学童が無力感を抱きやすくなってしまうことが懸念される。

騒音に振動が伴う場合や,低周波音が含まれる場合,衝撃音(例えば射撃音)が含まれる場合には,より強い住民反応が報告される。

キ 高感受性群

騒音対策や騒音規制を行う場合には,住民の中の高感受性群に注目すべきである。高感受性群の例としては,特定の疾患や健康問題を有する人(高血圧など),入院患者や自宅療養中の人,複雑な認知作業を行う人,盲人,聴力障害を有する人,胎児,乳児,小児,高齢者などが挙げられる。高周波数領域の聴力がわずかに低下しているだけでも騒音環境下では会話が困難になると考えられるので,住民の大多数が会話妨害に関しては高感受性群に属する。

(2) WHOの示すガイドライン値

ア WHOガイドラインは,これらの知見に基づき,特定の環境と重要な健康影響ごとにガイドライン値(甲C65の12頁)を設定している。このうち居住地域一般に関わるものは次のとおりである。

file_11.jpgSE EH COD SE Mee QW) =e CHU) Se MIN (4e27W8) Ak (4¥#6er7He) = ees (RAY) AeA Eh ey = ) I (ts) (442) (La 2H) we 7 7 nea 2) le! Ce) eeこの表のガイドライン値は,そこに掲げられた「重要な健康影響」が生ずる最低のレベル(下限値)であるとされる。LAeqの値は,その時間区分,すなわち昼間と夕方であればその時間帯の合計16時間における等価騒音レベルを,夜間であればその時間帯8時間における等価騒音レベルを示す。また,LAFmaxの値は,夜間における最大の騒音レベル(fastの動特性)を示す。単位はいずれもdBである。(甲A27の1~3)

イ WHOの欧州地域事務局は,WHOガイドラインが公表された後の研究成果を取り入れて,平成21年に「欧州夜間騒音ガイドライン(実務的概要)」(Night Noise Guidelines for Europe)(A1=A2=田鎖順太訳。甲C75)を公表し,公衆の健康を夜間騒音から保護するための夜間騒音ガイドラインとして次の提案をした。

夜間騒音ガイドライン  Lnight,outside=40dB

暫定目標  Lnight,outside=55dB

この表のLnight,outsideとは,屋外における夜間の等価騒音レベルである。「夜間騒音ガイドライン」がLnight,outside40dBであるとは,大多数の人々が床に就いている時間帯(夜間)に屋外の騒音レベルが40dBを超えてはならないことを提言するということであり,この値は健康に対する悪影響が生ずる下限値であるとされている。また,「暫定目標」とは,種々の理由によってガイドラインを早期に達成できない場合の提案であって,それ自体は健康影響に基づいた値ではない(高感受性群はこの騒音レベルでは保護されない)とされている。(甲A27の1~3)

京都大学大学院工学研究科都市環境工学専攻のA2准教授は,欧州夜間騒音ガイドラインの値について次のように述べる(甲A27の1~3)。これらの値は家屋による遮音量として21dBを見込んでいるが,一般にヨーロッパの家屋の遮音量は我が国の木造家屋に比べると高く,我が国の木造家屋では15dB程度の遮音量しか得られないので(甲C79),我が国ではより低い屋外騒音レベルでも健康影響が生ずると考えるべきであるというのである。

(3) 被害のとらえ方(分類)

原告らが航空機騒音によるものであると主張する被害は多岐にわたるが,前記(1)で紹介したWHOガイドラインを参考にして次のように分類し,それぞれにつき後記(4)以下において検討を加えることとする。①聴力障害や生理的機能への影響等の身体的被害,②睡眠妨害,③会話・聴取妨害等の生活妨害,④その他の精神的苦痛。

後記(4)以下における判断の前提となる事実は,騒音に関する文献等(甲A22の1・2,23,27の1~3,甲C1の1~27,3から19まで,21から63まで,65,67から75まで,76の1・2,77の1・2,78から88まで,90の1~11,91から94まで,行乙23から36まで,37の1・2,38から44まで),厚木基地周辺自治体等から被告又は米国に対する要望ないし要請等(甲D1の1~56,3の1~80)及び厚木基地に関する新聞報道(甲D2の1~395)のほか,原告らの陳述書等及び本人尋問の結果を総合して認定する。

(4) 身体的被害

原告らは,周辺住民のうちの少なくない者が,航空機騒音により,高血圧症,狭心症,心筋梗塞等の循環器系疾患,胃炎等消化器系疾患,耳鳴り,難聴,頭痛,喘息,アトピー性皮膚炎,自律神経失調症,不眠症等を発症し,又はこれを増悪させていると主張する。これを立証するためとして111名の者から診断書も提出されている(甲地域別10)。

航空機騒音によって疾病が発症し,又はこれを増悪させたといえるためには,医学的知見に基づき,その間に因果関係の存在することが認められなければならない。原告らの陳述書等及び本人尋問の結果のみでは医学的根拠を欠くから,これを認めることはできない。また,提出された診断書にも,上記の因果関係の存在について確定的な記述が存在するわけでもない。したがって,航空機騒音によって身体的被害が発生しているとする原告らの主張を採用することはできない。

もっとも,強大な騒音にさらされ続けると生理的機能に悪影響が生じ,高血圧や虚血性心疾患のリスクが高まると考えられていることは,WHOガイドラインが示すとおりであり,医学的に根拠のないこととはいえない。したがって,陳述書等や本人尋問において身体的被害について言及する原告らは,航空機騒音にさらされ続けることによりいずれ健康を害することになるという強い不安を覚えているのであって,それには相応の根拠があるから,これを航空機騒音に起因する精神的苦痛の一環としてとらえることはできる。

(5) 睡眠妨害

前記(3)の証拠によれば,原告らの多くの者が航空機騒音による睡眠妨害の被害を受けていることが認められる。

前記のとおり,WHOガイドラインは,睡眠妨害を防止するためには,屋外における夜間の等価騒音レベルが45dBを,また,屋外における最大の騒音レベルが60dBを超えてはならないとしている。WHO欧州地域事務局の定めた「欧州夜間騒音ガイドライン」は,公衆の健康を夜間騒音から保護するためのガイドライン値を,屋外における夜間の等価騒音レベルで40dBと定めている。これらの騒音評価指標は,W値や音圧レベルとしてのdBとは異なるから,前記認定の厚木飛行場周辺における騒音の大きさと単純に比較することはできない。しかし,前記のA2京都大学准教授が,平成21年の1年間に厚木飛行場の周辺自治体が測定した11か所の測定地点(測定地点が属する地域は,95Wの地域が1か所,90Wの地域が2か所,85Wの地域が2か所,80Wの地域が2か所,75Wの地域が3か所,70Wの地域が1か所)におけるデータを分析したところ,夜間(午後10時から翌日午前7時まで)の等価騒音レベルの年間平均値は,75Wの測定地点3か所のうち1か所及び80W以上の測定地点7か所全部において40dBを超えており,85W以上の測定地点5か所のうち3か所においては45dBを超えていた。さらに,上記の1年間で夜間(上記と同じ。)において最大の騒音レベルが70dBを超える騒音が発生した回数をみると,85W以上の測定地点5か所の全部で150回を超えており,80Wの測定地点2か所のうちの1か所では400回を超えていた。75Wの測定地点3か所における発生回数も,42回,72回,93回という結果であった。(甲A27の1・2)

A2准教授の上記の分析結果は,前記認定の航空機騒音の実態に照らし,信用するに値する。そうすると,厚木飛行場周辺の少なくとも80W以上の地域の多くにおいては,夜間の等価騒音レベルを指標とした場合,「欧州夜間騒音ガイドライン」のガイドライン値を超えた航空機騒音にさらされているといえるし,75Wの地域においても同様の場所があるといえる。また,最大の騒音レベルを指標にすると,WHOガイドラインのガイドライン値を超える騒音にさらされる回数は,80W以上の地域では極めて多く,75Wの地域においてすら決して軽視できるほど少ないとはいえない。

以上によれば,厚木飛行場周辺における75W以上の地域のかなりの部分において,夜間,健康に対する悪影響が心配される程度に強度な航空機騒音にさらされているといえるのであり,これに応じて,原告らを含む周辺住民の多くが受けている睡眠妨害の被害の程度は相当深刻なものというべきである。

なお,昼間における航空機騒音は,大きさも頻度も夜間におけるそれをはるかに上回るから,夜間以外の時間帯に就寝しようとする場合,航空機騒音による睡眠妨害が著しいことは明らかである。

(6) 生活妨害

ア 聴取妨害(会話,電話,テレビ視聴等)

前記(3)の証拠によれば,原告らはいずれも,航空機騒音により,他人との会話,電話による通話,テレビやラジオの視聴などを妨害されるという聴取妨害の被害を受けていることが認められる。

航空機騒音が単発であれば,聴取妨害そのものは一過性であるが,聴取しようとする内容によっては,それが聞き取れないことは重大な支障になり得る。また,予期しない時に突然妨害を受けるわけであるから,それによって受ける精神的負担も大きい。さらに,航空機騒音が連続する場合や,時をおいて何度も発生する場合は,妨害の程度もそれに伴う精神的負担も著しいものになる。

イ 精神作業(読書,勉強等)の妨害

前記(3)の証拠によれば,原告らはいずれも,学習,読書,思考などの知的作業ないし精神的活動を航空機騒音によって妨害される被害を受けていることが認められる。

その被害の程度については,上記アの聴取妨害と同じことがいえるほか,航空機騒音により集中力をを欠いたまま作業を継続することにより,ミスが増加したり,いたずらに疲労感を覚えることにつながったりする。さらに,妨害が重なることにより,その作業を行う意欲を失ってしまうこともある。例えば,原告らの中には,趣味等の活動を航空機騒音のために断念してしまった者もいる。

(7) その他の精神的苦痛

ア アノイアンス(いらだち,悩み,腹立ちといった被害感)

前記(3)の証拠によれば,原告らはいずれも,航空機騒音により不快感を覚え,いらいらしたり,腹立ちを感じたりしている。このような不快感をアノイアンスといい,航空機騒音に起因する精神的苦痛としてまず挙げられるものである。

イ 健康被害(子供の発育を含む)の不安

原告らのうち少なくない者が航空機騒音による健康への不安を抱いていることは,既に前記(4)においてみたとおりである。

また,前記(3)の証拠によれば,原告らの中には,自らの健康に対するばかりでなく,子供の発育に対する不安を抱いている者も少なくないことが認められる。子供が高感受性群に含まれることはWHOガイドラインが指摘しているところであり,航空機騒音に対する不快感は大人よりも子供の方が大きい。また,子供は継続して学習活動を行うが,これは知的作業であるから,前記のとおり,航空機騒音による妨害を受けやすい活動である。このようなことから,周囲の大人が,航空機騒音によって子供が精神的に不安定となり,あるいは学習妨害を受けて,健全に発育できないのではないかと不安に感ずるのは当然のことである。WHOガイドラインも,前記のとおり,高レベルの騒音に曝露されることにより学童が無力感を抱きやすくなってしまうことが懸念されるとしており,このような不安感には十分な根拠がある。

以上のとおり,健康に対する不安は,周囲の子供の発育に対する不安を含めて,航空機騒音に起因する精神的苦痛である。

ウ 交通事故の危険への不安

前記(3)の証拠によれば,原告らのうち少なくない者が,自動車や電車の走行音あるいは踏切や緊急車両などの警報音が,航空機騒音によってかき消され,交通事故の危険が高まるのではないかという不安を抱いていることが認められる。厚木飛行場周辺における航空機騒音が時に110dBをも超える大きなものであることからすると,このような不安にも十分な根拠があり,これも精神的苦痛の一つといえる。

エ 航空機事故の不安等

前記(3)の証拠によれば,原告らのうち少なくない者が,厚木飛行場周辺を飛行する航空機の墜落やその部品の落下等の事故に対する不安を抱いていることが認められる。前記のとおり,厚木飛行場周辺ではこれまでも数多くの部品落下事故が発生しているほか,墜落事故も発生しており,周辺住民はこれをよく承知している。特に厚木飛行場付近では,航空機がかなりの低空を飛行する姿を日々間近に見ることになるから,事故の不安を感ずるのはもっともである。このような不安感は,航空機騒音に起因するというよりも航空機が頻繁に飛来すること自体に起因するものといえるが,航空機騒音に関連する精神的苦痛の一つに数えることができる。

また,原告らのうち戦争体験を有する者等の中には,航空機騒音によって戦争体験その他過酷な体験を想起させられて苦痛を感ずるとする者がいる。厚木飛行場に離着陸する航空機が戦闘機等の軍用機であることや航空機騒音の大きさを考慮すると,これらの訴えも根拠のあることといえ,航空機騒音に関連する精神的苦痛の一つに数えることができる。

(8) 被害のまとめ

以上に検討した各種の被害は,多かれ少なかれ,厚木飛行場周辺の75W以上の地域に居住する住民に共通すると認められる。その被害の現れ方は多様であるが,それはそのように多様なものとしてそのまま差止請求の違法性の判断をするに当たっての基礎資料となる。大阪空港最判が,「本件空港供用の違法性の判断については,右供用に伴う航空機の離着陸の際に生ずる騒音等が被上告人らを含む周辺住民らの全体に対しどのような種類,性質,内容の被害をどの程度に生ぜしめているかが一つの重要な考慮要素をなすものと解されるところ,この場合における被害の総体的な認定判断においては,必ずしも全員に共通する被害のみに限らず,住民の一部にのみ生じている特別の被害も考慮の対象となしうるのであり,原判決が,右のような,必ずしも被上告人ら全員に共通する被害とまではいえないものについても詳細な認定を施し,かつ,住民のうち特殊な生活条件,身体的条件を有する者について生ずる特別の被害をも加えて総体的な評価判断を示しているのも,右の見地からされたものと解されるのである。」と判示しているとおりである。

したがって,原告らを含む厚木飛行場周辺の75W以上の地域に居住する住民は,①睡眠妨害,②聴取妨害及び精神的作業の妨害から成る生活妨害,③アノイアンスや健康被害への不安を始めとする精神的苦痛を中核として,厚木飛行場に離着陸する航空機の発する騒音により,それぞれの身体条件や生活条件によって現れ方の異なる様々な被害を受けていることが認められ,これは,被害が受忍限度を超えるかどうかを判断するに当たって重要な事実として考慮すべきである。健康被害に直接結び付き得るものとしては睡眠妨害が深刻であるが,生活妨害や種々の精神的苦痛も決して軽視することができない。そして,航空機騒音にさらされる場所が原告らの日常生活の場であることから,これらの個々の被害は,相互に関連して有機的に結び付いて,住民の生活の質を全体として損なわせているのである。

5  厚木飛行場の公共性

前記前提となる事実のほか,証拠(行乙7から21まで,68から71まで,73から75まで)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。

(1) 自衛隊の飛行場としての公共性

厚木飛行場は,防衛大臣が設置・管理し,海上自衛隊が自衛隊法に定められた我が国の防衛,災害派遣等の任務遂行をする上での各種活動をするための飛行場として利用している。海上に容易に進出し得る位置にあることから,海上自衛隊はこれを関東地方における最も重要な飛行場と位置付けている。

厚木飛行場に置かれた航空集団司令部は,自衛艦隊の主力である航空集団の中枢として,全国各地に所在する航空部隊を一元的に指揮している。厚木飛行場に離着陸する自衛隊機の大部分はこの指揮下にある第4航空群のものである。

第4航空群の活動は,①対潜航空活動,②災害派遣等民生協力活動,③防災活動における地方自治体との連携,④国際貢献,⑤教育訓練等であり,我が国周辺海域における哨戒任務である①がその活動の中心である。そして,自衛隊機の運航活動は,決められたルートを飛行する民間定期便航空機とは異なり,極めて危険かつ高度の技量を必要とするから,常日頃からの飛行訓練が必要不可欠である。

(2) 米軍の飛行場としての公共性

厚木基地は,日米安保条約に基づき,我が国の安全に寄与するとともに極東における国際の平和と安全の維持に寄与するという目的のため,米海軍が使用するものとして米国に提供されている。厚木基地の一部である厚木飛行場は,海上自衛隊が管轄管理しているが,日米地位協定2条4項(b)に基づいて米海軍が一時使用を認められている。

厚木基地に駐留する米海軍の主要部隊は,西太平洋艦隊航空司令部,厚木航空施設司令部及び第5空母航空団等である。西太平洋艦隊航空司令部は西太平洋艦隊航空部隊の中枢を占める司令部であり,太平洋海軍航空司令部の指揮下にあって,極東に施設及び部隊を有し,西太平洋等に所在する米海軍及び米国海兵隊の各部隊に対し,航空機による作戦支援及び航空機の整備,修理,訓練等の後方支援を行っている。横須賀基地には第7艦隊が展開しており,厚木基地は横須賀から近距離にあることから,第7艦隊に所属する空母の艦載機に対する整備,修理,補給等の後方支援業務及び訓練を遂行するための陸上の航空基地として,米海軍により極めて重要な位置付けがされている。また,厚木海軍航空施設司令部は,横須賀基地に所在する在日米海軍司令部から,人事,医療等一部管理部門につき調整を受けつつ,厚木基地における米軍施設を管理,運営,維持することによって,第7艦隊その他の部隊から飛来する航空機の後方業務,すなわち航空機の整備,修理,補給等及び空母艦載機搭乗員の着陸訓練の支援を行う役割を担っている。

このように,厚木基地は我が国にある米海軍の航空基地の中でも主要な役割を担っている。

(3) まとめ

以上のとおり,厚木飛行場に離着陸する自衛隊機及び米軍機の諸活動は,我が国の安全に寄与するものであり,公共性を有する。

6  差止請求を認容すべき違法性の有無(受忍限度)の判断

(1) 違法性の有無の判断の仕方

前記のとおり,厚木飛行場に離着陸する自衛隊機の発する騒音によって周辺住民が社会生活上受忍すべき限度を超える被害を受けているか否かは,侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,これらを総合的に考察してこれを判断すべきものであると解される。

そこで以下,この見地から検討を行うこととするが,厚木飛行場には自衛隊機のみならず米軍機も離着陸しており,前記認定事実によれば,周辺住民がさらされている航空機騒音の大半は米軍機の発するものであるといえるため,米軍機との関係をどのように考えるべきかが問題となるので,この点をまずここで判断する。

自衛隊法107条5項によれば,防衛大臣は,航空機による災害を防止し,公共の安全を確保するため必要な措置を講ずる義務を負う。ここにいう航空機とは,防衛大臣が設置管理する飛行場に離着陸する航空機についていえば,自衛隊機に限らず,防衛大臣が当該飛行場の使用を認めている航空機全体のことを意味するものと解される。

厚木飛行場は防衛大臣の設置管理する飛行場であり,かつ,防衛大臣は厚木飛行場の使用を米軍に認めているのであるから,防衛大臣は,厚木飛行場に離着陸する自衛隊機及び米軍機全体について,これによる災害を防止し,公共の安全を確保するため必要な措置を講ずる義務を負う。そうであれば,防衛大臣は,厚木飛行場に離着陸する自衛隊機及び米軍機全体の運航に伴う騒音によって周辺住民が社会生活上受忍すべき限度を超える被害を受けることを防止する義務を負うというべきである。

したがって,厚木飛行場に離着陸する航空機の発する騒音については,これを自衛隊機の発する騒音と米軍機の発する騒音とに区分することなく,その航空機全体の発する騒音を前提として,それが周辺住民に社会生活上受忍すべき限度を超える被害を与えているか否かを検討すべきである。

もっとも,前記のとおり,被告に対し厚木飛行場における米軍機の運航の差止めを請求しても訴え却下又は請求棄却を免れず,また,我が国の民事裁判権は,外国国家の主権的行為としての米軍の公的活動である米軍機の運航には及ばないから,米国に対して同様の差止めの請求をしても訴え却下を免れない(最高裁平成14年4月12日第二小法廷判決・民集56巻4号729頁参照)。厚木飛行場に離着陸する米軍機については,周辺住民はその運航を差し止めるすべを持たないのである。一方,前記のとおり,厚木飛行場の航空機騒音による周辺住民の被害の大半は米軍機によるものと認められる。そうすると,周辺住民の受ける被害が社会生活上受忍すべき限度を超えているとして本件自衛隊機差止請求が認容されたとしても,米軍機の運航はこれにより一切影響を受けないから従来どおり継続するものと考えられ,そうである限り,周辺住民の受ける被害が著しく軽減するとは考え難く,その被害が社会生活上受忍すべき限度をなお上回るということは十分に考えられる。本件自衛隊機差止請求が仮に認容されたとしても,原告らの目的が達せられるとは限らないのである。しかし,上で述べたところによれば,厚木飛行場に離着陸する自衛隊機及び米軍機全体の発する騒音により周辺住民が社会生活上受忍すべき限度を超える被害を被っている場合,自衛隊法107条5項に違反する防衛大臣の自衛隊機運航処分が存在するといわざるを得ないのであるから,特段の事情のない限り,その差止めは認められなければならないと解される。

以上の判断枠組みに従い,ここまでの全ての事実に基づき,以下,判断する。

(2) 侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容等の事情

本件における侵害行為は,厚木飛行場周辺の75W以上の地域に居住する原告らを含む住民が主に航空機の離着陸に伴う騒音にさらされることである。平成17年以降における航空機騒音の程度をみると,75W以上の地域すなわち75Wの地域,80Wの地域,85Wの地域,90Wの地域及び95Wの地域においていずれも,そのそれぞれのW値とほぼ同じかこれを上回るW値が実際に測定されている。平成17年より前の時点においては,これを更に上回るW値が測定されていたことがあり,同年以降緩やかに減少したものの,顕著な減少とまではいえず,平成22年以降は逆に増加の傾向にある。一方,前記のとおり,WHOガイドラインの設定しているガイドライン値は,LAeq(昼間と夕方16時間の等価騒音レベル)を指標として,居住地域(屋外)において高度に不快という影響を与えるものが55dB,少し不快という影響を与えるものが50dBである。W値と上記のLAeqとは異なる評価指標であるからこれを単純に比較することはできないが,W値から13をマイナスしたものが時間帯補正等価騒音レベルであることを参考にすると,75Wという水準はWHOのガイドライン値と比較してもかなり高いものであるといえる。また,昭和48年環境基準は,前記のとおり,航空機騒音に係る環境基準を,地域の類型Ⅰにおいては70W,地域の類型Ⅱにおいては75Wと定めている。これに照らしても,厚木飛行場の周辺住民がさらされている航空機騒音の程度はかなり高いというべきである。

被害の性質と内容は,①睡眠妨害,②会話,電話,テレビ視聴等の聴取妨害及び読書,学習等の精神作業の妨害から成る生活妨害,③不快感,健康被害への不安を始めとする精神的苦痛が中核であり,75W以上の地域に居住する住民は共通してこれらの被害を被っている。このうち睡眠妨害は健康被害に直接結び付き得るものであり,相当深刻な被害といえるし,また,これらの被害は相互に有機的に関連し,影響し合って,生活の質を損なわせている。したがって,原告らを含めた周辺住民が受けている被害は,健康又は生活環境に関わる重要な利益の侵害であり,生命,身体に直接危険をもたらすとまではいえないものの,当然に受忍しなければならないような軽度の被害であるとは到底いえない。そして,厚木飛行場周辺の75W以上の地域は,面積にして約1万0500haであり,そこに存在する世帯数は約24万4000というのであるから,被害を受けている住民の数は極めて多数に上る。

次に,将来における被害の見込みについて検討する。前記のとおり,厚木飛行場周辺における航空機騒音の被害は昭和30年代半ばから継続しており,昭和51年9月に提起された第1次厚木基地騒音訴訟以降,これまで3度の確定判決によって周辺住民の損害賠償請求が認容されてきているのであるから,厚木飛行場の使用及び供用の違法性は,約40年にわたって継続している。測定される航空機騒音の大きさは,一時期よりは減少する傾向が続いたものの,平成22年以降は増加の傾向にある。この間,NLPの多くを硫黄島で実施することにするなど,航空機騒音への対策が採られなかったわけではなく,また,被告による周辺対策等も行われてきたが,それでも,周辺住民に対する違法な権利侵害ないし法益侵害は継続してきた。近い将来においてこのような状況に変化が生ずるとうかがわせるような事情は認められない。もっとも,日米安全保障協議委員会において平成18年5月に承認された「再編実施のための日米のロードマップ」に基づき,厚木飛行場から岩国飛行場へ米海軍の空母艦載機が移駐することが予定されており,これが実現すれば,厚木飛行場に離着陸する米軍機の状況に変化が生ずることも考えられる。しかし,当初は平成26年までに移駐が完了するとされていたが,平成25年1月に防衛省から厚木飛行場の周辺自治体に対してされた説明によれば,その時期は平成29年頃になるというのである。

侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況等は既に上でみたとおりである。これに対し被告は,当初は行政措置として,昭和41年以降は「防衛施設周辺の整備等に関する法律」に基づき,昭和49年以降は環境整備法に基づき,各種の周辺対策を実施してきている。このうち住宅防音工事に対する助成は,住宅防音工事が一定の遮音効果を有することから,室内における航空機騒音の軽減に資するものであり,防音工事を実際に実施した周辺住民に対しては被害対策として有効なものといえるが,他方で,防音工事によっても日常生活における航空機騒音を防止するには不十分な面があり,また,防音工事には部屋を密閉することに伴う負の効果もあるため,被害の防止対策としては限界がある。移転措置は,75W以上の地域全体において実施され,かつ,移転先が容易に見つかり,十分な補償が得られるのであれば,有効な被害対策といえるが,現実には,対象となる地域は90W以上の地域(第二種区域及び第三種区域)に限られ,補償が行われるのも建物等の所有者が当該建物等を移転し又は除却するときに限られている(環境整備法5条,環境整備法施行令8条,旧環境整備法施行規則2条)。そして,住民の希望にかなった移転先の確保は容易ではなく,補償額も十分とはいえないと認められる。したがって,移転措置は有効な被害対策になっているとはいえない。さらに,米海軍は日米合同委員会で合意された規制措置により,海上自衛隊は自主規制により,毎日午後10時から翌日午前6時までの間の夜間や日曜日には原則として航空機の運航をしないなどの措置をとっているが,それでもなお,夜間や日曜日に少なくない航空機騒音が測定されている。この自主規制はそもそも平日昼間の航空機騒音による被害の軽減にはそれほど資するものではない。それ以外の周辺対策及び音源対策をみても,航空機騒音による被害の軽減に結び付いているとはいえない。

したがって,被告が行っている周辺対策及び音源対策は,住宅防音工事に対する助成については一定の被害軽減の効果は認められるものの十分とはいえず,他の対策は被害を軽減する効果を有するものとして評価することは困難である。今後についても,被告による周辺対策等が従来どおり実施されることは期待できるものの,上記のとおり,住宅防音工事に対する助成以外の措置は周辺住民に対する権利侵害ないし法益侵害の違法性を否定するものとはなり得ないし,住宅防音工事に対する助成も,被害を一定程度軽減させるにとどまり,その違法性を否定するまでのものではない。

以上によれば,自衛隊機運航処分を含めた被告による厚木飛行場の使用及び供用は,少なくともその周辺の75W以上の地域に居住する原告らを含む住民が被告に対し損害賠償請求をする場面においては,社会生活上受忍すべき限度を超える被害を生じさせており,今後も生じさせるとの見方もし得ないではない状況にある(第4次厚木基地騒音訴訟における当裁判所の判断を参照)。

(3) 侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度

しかし,差止請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断するに当たっては,さらに,厚木飛行場における米軍機及び自衛隊機の運航の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等について十分な検討をしなければならない。前記のとおり,厚木飛行場は,海上自衛隊の飛行場としても,米海軍が我が国において使用する飛行場としても,極めて重要な位置付けを与えられており,ここに離着陸する米軍機及び自衛隊機の運航活動は,我が国の安全にも極東における国際の平和と安全の維持にも資するものであって,国民全体の利益につながる公共性を有する。その公共的利益の実現が,原告らを含む周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲の上でのみ可能となっており,そこに看過することのできない不公平が存在するといわざるを得ないとしても(大阪空港最判及び厚木基地最判参照),原告ら周辺住民が現に受け,将来も受ける蓋然性の高い被害の内容が主として日常生活における活動の妨害といったものであるのに対し,厚木飛行場が国民の生活全体に対してかけがえのない便益を提供しているなどの事情を考慮すれば,周辺住民の受ける被害はなお社会生活上受忍すべき限度を超えるものではないという判断もあり得るというべきである。

(4) 総合的考察

以上の諸事情を踏まえると,本件自衛隊機差止請求については,その全体について当否を判断するのは適切とはいい難い。原告らが差止めを求めるそれぞれの対象ごとに,主に被侵害利益の性質・内容と侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容・程度を取り上げて,きめ細かく比較検討することが必要である。以下,この見地から更に総合的な考察を加える。

ア 毎日午後8時から翌日午前8時までの運航の差止請求について

本件自衛隊機差止請求において原告らは第1に,毎日午後8時から翌日午前8時までの運航の差止めを請求する。

睡眠妨害は,航空機騒音による被害の中核を占めるものの一つである。前記のとおり,厚木飛行場周辺における75W以上の地域のかなりの部分において,夜間,健康に対する悪影響が心配される程度に強度な航空機騒音が発生しているといえるのであり,原告ら周辺住民の多くが受けている睡眠妨害の被害の程度は相当深刻であるというべきである。したがって,厚木飛行場における自衛隊機の運航のうち夜間に行われるものは,これを差し止める必要性が相当高い。

他方,海上自衛隊は,厚木飛行場規則(平成19年3月15日第4航空群達第2号)による自主規制を既に行っており,毎日午後10時から翌日午前6時までの時間帯においては,全ての航空機につき,訓練飛行も地上試運転も行わないこととしている(前記第2部第1の4(2)ア参照)。したがって,厚木飛行場におけるこの時間帯の自衛隊機の運航を差し止めたとしても,厚木飛行場の公共性ないし公益上の必要性が大きく損なわれることはないと認められる。もっとも,この自主規制が厳守されており,毎日午後10時から翌日午前6時までの時間帯における自衛隊機の訓練飛行や地上試運転が実際に全く行われていないというのであれば,判決によってそれを差し止める必要性は認められない。しかし,前記認定の航空機騒音の状況によれば,この時間帯においても少なくない航空機騒音が測定されているのであり,その大半が米軍機によるものであるとは認められるものの,自衛隊機による航空機騒音が全くないとは断定できない以上,自衛隊機の運航を差し止める必要性がないとはいえない。

そして,午後10時から翌日午前6時までの運航が差し止められるのであれば,睡眠妨害の被害は相当程度軽減すると認められる(米軍機の運航の差止めが認められないのであれば,実際には騒音による被害が軽減することは考え難いが,自衛隊機運航処分の差止めを検討するこの場面では,このように考えるほかない。米軍機の運航の差止めが認められないからといって自衛隊機運航処分の差止めも認められないことにはならないことは,既に検討したとおりである。)。一方で,午後8時から10時まで及び午前6時から8時までの時間帯においては,起きて活動をしている人は少なくないと考えられるし,午前6時以降午後10時前までの時間帯においては,自衛隊機の運航について一律の自主規制は行われていないから,それが差し止められるとなれば,厚木飛行場の公共性ないし公益上の必要性が一定程度損なわれるといわざるを得ない。

以上の事情を考慮し,原告らの上記差止請求は,毎日午後10時から翌日午前6時までの運航の差止めを求める限度で認容すべきであると判断する。

イ 訓練のための運航の差止請求について

原告らは第2に,訓練のための運航の差止めを請求する。

午後10時から翌日午前6時までの時間帯における訓練のための運航は既に上記アにおいて判断の対象になっているから,ここで検討すべきなのは午前6時から午後10時までの時間帯に行われる訓練のための運航である。この時間帯においては,被害の内容のうち睡眠妨害の重要性は相対的に低くなり,主に,聴取妨害,精神活動に対する妨害等の生活妨害と,アノイアンス等の種々の精神的苦痛が問題となる。これらは日常の中の生活妨害であって,健康被害に直接結び付くものではない。

これに対し,自衛隊の行動にとって日常の訓練が重要であることはいうまでもなく,訓練のための自衛隊機の運航の公共性ないし公益上の必要性の程度が,任務のための自衛隊機の運航の公共性ないし公益上の必要性よりも劣ると一概にいうことはできない。

以上の事情を考慮すると,訓練のための運航の差止請求を認容することはできないというべきである。

ウ 自衛隊機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音が75Wを超えることとなる場合の当該自衛隊機の運航の差止請求について

原告らは第3に,原告らの居住地におけるそれまでの1年間の航空機騒音が75Wを超えることとなる自衛隊機の運航の差止めを請求する。

この請求について被告は,原告らの居住地において航空機騒音の測定はされていないから,原告らの特定するような仕方で航空機騒音が75Wを超えるか否かを判断することはできず,請求内容を実現することは不可能であると主張する。原告らの居住地それぞれにおいて航空機騒音が測定されていないのは確かであるが,前記のとおり,平成18年1月の告示又は工法区分線等の設定をするに先立ち,防衛施設庁では厚木飛行場周辺の航空機の騒音度調査を行い,騒音コンターを引いているのであり,また,防衛施設庁ないし防衛省は,厚木飛行場の周辺に多数の測定地点を設けて航空機騒音を継続的に測定しているのであるから(顕著な事実),防衛省において,原告らの居住地のW値がおおむねどの程度であるかは把握できるはずである。したがって,ある時点において自衛隊機を運航することによって特定の原告の居住地におけるそれまでの1年間の航空機騒音が75Wを超えることになるか否かを正確に判断することはできないとしても,新たにこの程度の航空機騒音が加わればその地点におけるそれまでの1年間の航空機騒音が確実に75Wを超えることになると判断することができる場合,あるいは,新たにこの程度の航空機騒音が加わってもその地点におけるそれまでの1年間の航空機騒音が75Wを超えることはないと確実に判断することができる場合は存在する。確実な判断ができない場合にどのようにすべきかという問題は残るにしても,以上に照らせば,原告らの上記の差止請求は,その請求内容を実現することがおよそ不可能であるとはいえず,被告の上記主張を採用することはできない。

もっとも,ここにおいても,午後10時から翌日午前6時までの時間帯は検討の対象外であるから,被侵害利益の性質・程度として考慮すべきものは,主に,聴取妨害,精神活動に対する妨害等の生活妨害と,アノイアンス等の種々の精神的苦痛である。前記のとおりこれらは日常の中の生活妨害であり,健康被害に直接結び付くものではない。

また,周辺住民の被害が社会生活上受忍すべき限度を超えていると判断することができるのは,75W以上の航空機騒音に継続的にさらされているからこそであり,ある時点における航空機騒音が75Wを超えたからといって,それだけで被害が受忍すべき限度を超えたことになるとまではいえない。

さらに,厚木飛行場における自衛隊機の運航の公共性ないし公益上の必要性に加え,上記のようにして原告らの居住地におけるW値を日々算定することにも少なからぬ労力を必要とすることなどをも勘案すると,原告らの上記の差止請求を認容することはできないというべきである。

(5) まとめ

以上によれば,本件自衛隊機差止請求は,毎日午後10時から翌日午前6時までの運航の差止めを求める限度で理由があるというべきであるから,前記のとおり,「(防衛大臣が)やむを得ないと認める場合を除き」という留保を付けた上でこれを認容することとする。

差止請求を認容する判決については,判決主文においていつまでといった終期を設け,差止めが命じられる期間を限定すべきではないかが問題になり得る。しかし,民事上の請求としての差止請求を認容する判決(民事訴訟における差止判決)と異なり,抗告訴訟における差止請求を認容する判決(抗告訴訟における差止判決)に執行力はなく,その判決が債務名義となることはない。民事訴訟における差止判決については,それを債務名義とする強制執行が将来行われることに伴う被告の不利益を考慮する必要があるが,抗告訴訟における差止判決についてそのような考慮をする必要はない。抗告訴訟における差止判決も被告及び処分行政庁その他の関係行政庁を拘束する効力を有するが,それは口頭弁論終結時の事実関係を基礎としたものであるから,将来においてその事実関係に実質的な変動が生じたときには,その効力は自ずから失われる。したがって,抗告訴訟における差止判決に終期を設ける必要はないというべきである。

第6自衛隊機に関する予備的請求(当事者訴訟)について

1  給付請求(予備的請求その1)

自衛隊機に関する予備的請求その1は,給付訴訟としての差止請求(給付請求)であるが,内容からみて,その実質は本件自衛隊機差止請求と同じであり,抗告訴訟としての差止請求を当事者訴訟としての差止請求に引き直したにすぎないといわざるを得ない。そうすると,原告らは,本件自衛隊機差止請求について本案の判断がされることを解除条件とする予備的請求として,当該差止請求の併合審理を求める趣旨であると解される。上記のとおり本件自衛隊機差止請求について本案の判断が行われ,請求が一部認容される以上,この解除条件が成就するので,当該差止請求は当裁判所の判断の対象とならない。

2  確認請求(予備的請求その2からその4まで)

自衛隊機運航処分は抗告訴訟の対象となる行政処分であるから,これに不服を有する者は抗告訴訟を提起して争うべきであり,同じ内容を確認請求によって実現することは許されない。原告らの予備的請求その2からその4までは,いずれも確認請求によって厚木飛行場における自衛隊機運航処分に対する不服をいい,実質的には本件自衛隊機差止請求と同じ内容を実現しようとするものである。したがって,これらの確認請求に係る訴えはいずれも確認の利益を欠くというべきであり,不適法として却下を免れない。

3  死亡原告らを当事者とする訴訟の帰趨

予備的請求その1の給付請求が本件自衛隊機差止請求を当事者訴訟としての給付請求に引き直したものであること,予備的請求その2からその4までの確認請求が自衛隊機運航処分に対する不服を内容とする点で本件自衛隊機差止めの訴えと目的を同じくするものであることからすると,これらの請求に係る訴訟のうち死亡原告らを当事者とする部分は,本件自衛隊機差止めの訴えと同じく,当該原告の死亡により終了したと解すべきである。

第7結論

本件米軍機差止めの訴えは却下する。

米軍機に関する予備的請求のうち給付請求は棄却し,確認請求に係る訴えはいずれも却下する。

転居原告の本件自衛隊機差止めの訴えは却下し,転居原告を除く原告らの本件自衛隊機差止請求は主文第2項の限度で理由があるので認容し,その余は棄却する。

自衛隊機に関する予備的請求のうち給付請求については判断の必要がなく,確認請求に係る訴えはいずれも却下する。

ただし,死亡原告らの米軍機に関する主位的請求に係る訴訟及び自衛隊機に関する請求に係る訴訟は,別紙2(死亡・転居原告目録)記載1の当該原告の死亡日にその死亡により終了した。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 倉地康弘 裁判官 石井奈沙)

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