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横浜地方裁判所 平成19年(行ウ)11号 判決 2009年7月15日

主文

1  原告の主位的請求をいずれも棄却する。

2  原告の予備的請求に係る訴え中,固定資産税及び都市計画税の全額減免の許可決定処分を求める部分をいずれも却下する。

3  原告のその余の予備的請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  主位的請求

横浜市α区長が原告に対し平成18年4月3日付けでした別紙物件目録記載の各土地に係る平成18年度の固定資産税及び都市計画税の賦課決定処分を取り消す。

2  予備的請求

(1)  横浜市α区長が原告に対し平成18年4月3日付けでした別紙物件目録記載の各土地に係る平成18年度の固定資産税及び都市計画税の減免許可決定処分のうち減免不許可とした部分を取り消す。

(2)  横浜市α区長は,原告に対し,原告が平成18年2月27日付けでした別紙物件目録記載の各土地に係る平成18年度の固定資産税及び都市計画税の減免申請について,平成18年4月3日付けの減免許可決定処分により減免した部分を除き,全額減免の許可決定処分をせよ。

第2事案の概要

1  事案の骨子

原告は,平成18年度の固定資産税及び都市計画税(以下,固定資産税と都市計画税を併せて「固定資産税等」ともいう。)の賦課期日において別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)の所有名義人であったが,その後,同土地を物納財産とする相続税の物納許可決定がされたことから,横浜市α区長は,本件土地に係る平成18年度の固定資産税等の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)と併せて,本件各賦課決定処分の一部の税額の減免許可決定処分(以下,「本件各減免許可決定処分」といい,このうち,固定資産税の減免許可決定処分を「本件固定資産税減免許可決定処分」,都市計画税の減免許可決定処分を「本件都市計画税減免許可決定処分」という。)をした。

本件は,原告が,主位的に,本件土地は,上記賦課期日の時点で,既に物納の条件を具備しており,同土地の所有権は実質的には原告に帰属していなかったから,課税される理由はないなどと主張して,本件各賦課決定処分の取消しを求めるとともに,予備的に,仮に固定資産税等を課税されるとしても,その全額が減免されるべきであったなどと主張して,本件各賦課決定処分に係る固定資産税等の税額の一部の減免を許可した本件各減免許可決定処分のうち減免不許可とした部分の取消しと,上記固定資産税等の税額全額の減免許可決定処分の義務付けとを求めている事案である(なお,原告の予備的請求の理解につき,後記第5,3(2)参照)。

2  主な関係法令等

(1)  横浜市市税条例(昭和25年横浜市条例第34号。以下「本件市税条例」という。乙4)

ア 20条2項

「市長は,法又はこの条例で市長がなすべきことの定めのあるものの一部を,その納税地所管の区長に委任することができる。」

イ 62条

「市長は,次の各号の一に該当する固定資産に対し,特に必要があると認めた場合は,その固定資産税を減免することができる。

(1)  (略)

(2)  (略)

(3)  公益上その他の事由により特に減免を必要とする固定資産

2  前項の規定により固定資産税の減免を受けようとする者は,申請書にその事由を証する書類を添え,納期内に市長に申請しなければならない。」

ウ 135条

「都市計画税の賦課徴収は,固定資産税の賦課徴収の例によるものとし,固定資産税の賦課徴収とあわせて行うものとする。

2  都市計画税の納税義務者は,都市計画税にかかる徴収金を,固定資産税にかかる徴収金の納付の例により納付するものとし,固定資産税にかかる徴収金とあわせて納付しなければならない。

3  第1項の規定によって都市計画税を固定資産税とあわせて賦課徴収する場合において,市長が固定資産税の納期限を延長したときは,その納税者にかかる都市計画税の納期限についても,同一期間延長されたものとする。

4  第62条の規定によって市長が固定資産税を減免したときは,その納税者にかかる都市計画税についてもその固定資産税に対する減免額の割合と同じ割合によって減免されたものとする。」

(2) 横浜市市税条例施行規則(昭和25年横浜市規則第80号。以下「本件市税規則」という。乙5)

ア  2条1項

「次に掲げる事務は,区長に委任する。

(1) 徴収金の賦課及び徴収に関する事務

(以下略)」

イ  19条の3

「区長は,次の各号の一に該当する固定資産に係る固定資産税の納税義務者に対し,特に必要があると認める場合は,それぞれその該当する範囲内において,固定資産税を減免することができる。

(1) (略)

(2) (略)

(3) 条例第62条第1項第3号の規定に該当する場合

ア  (略)

イ  (略)

ウ  相続税を納付するため,国に物納した固定資産

所有権の移転の日以後到来する納期において納付すべきその固定資産に係る税額の10分の7の額

(以下略)」

3  基礎となる事実(以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠によって,明らかにこれを認めることができる。)

(1)  横浜市長は,本件市税条例20条2項,本件市税規則2条1項1号に基づき,市税に関する市長の権限を,各区長に委任している(乙1,4,5)。

(2)  本件土地の物納等

ア 本件土地等の所有者であった亡Aは,平成▲年▲月▲日,死亡し,原告が,本件土地等を相続により取得し,同年11月11日ころ,本件土地につきその旨の所有権移転登記を経由した(甲1ないし5,8,弁論の全趣旨)。

イ 原告は,同年11月1日付けで,東京国税局長に対し,本件土地等を物納財産(相続税法41条1項)とした亡Aの死亡に係る相続税の物納許可(同法42条2項)を申請した(甲8,15,乙2,弁論の全趣旨)。

ウ 東京国税局長は,平成18年2月24日,原告に対し,本件土地を物納財産として,上記申請に係る相続税の物納を一部許可する旨の決定をし,これによって国が本件土地の所有権を取得し,同月27日,その旨の所有権移転登記が経由された(甲1ないし5,乙2)。

(3)  本件各賦課決定処分及び本件各減免許可決定処分

ア 原告は,平成18年2月27日,横浜市α区長に対し,本件土地に係る平成17年度第4期分及び平成18年度第1期ないし第4期分の固定資産税等につき,上記相続税の物納を理由とする減免の申請をした(以下「本件減免申請」という。乙2)。

イ 横浜市α区長は,平成18年2月28日,本件土地に係る平成17年度第4期分の固定資産税等の税額の10分の7の額の減免を許可する旨を決し,同日付けで原告に対しその旨通知した(甲33,乙1,2)。

ウ 横浜市α区長は,平成18年2月28日,本件土地に係る平成18年度の固定資産税等の年税額の10分の7の額の減免についてもこれを許可する旨決し,同年4月3日,本件各賦課決定処分をすると共に,本件土地に係る本件各賦課決定処分に基づく平成18年度の固定資産税等の年税額の10分の7の額の減免を許可する旨の決定(本件各減免許可決定処分)を併せてした。そして,原告に対する納税通知書(甲28)には,本件各賦課決定処分による税額から本件各減免許可決定処分による減額をした後の税額が記載されている(甲28,乙1,2)。

(4)  原告による不服申立て等

ア 原告は,平成18年5月29日,横浜市長に対し,本件各賦課決定処分に関する審査請求をした(審査請求の範囲については,後に判断する。)。横浜市長は,同年7月31日,原告に対し,上記審査請求を棄却する旨の裁決をし,同裁決は同年8月1日,原告に送達された(甲6,7の1・2,弁論の全趣旨)。

イ 原告は,平成19年1月30日,本件訴えを提起した。原告は,訴状においては,本件各賦課決定処分の取消しを求めていた。そして,原告は,平成19年10月9日の本件第4回弁論準備期日において,同年8月28日付け準備書面及び同年10月9日付け準備書面を陳述し,本件各減免許可決定処分の取消しの訴えを予備的請求として追加する旨明らかにした。

第3争点

1  本件各賦課決定処分の適否

2  本件各減免許可決定処分の適否

3  本件各賦課決定処分に係る固定資産税等の全額の減免許可決定処分の義務付けの可否

第4争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件各賦課決定処分の適否)について

【原告の主張】

(1) 固定資産税の納税義務者は,原則として当該固定資産の所有者であるが,地方税法(以下「法」ともいう。)は,土地については,登記簿又は土地補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者を当該土地の所有者として課税することとしている(法343条2項前段)。もっとも,このような台帳課税主義は,課税上の技術的考慮から採用されたものであり,例外を認めない課税原則ではない。

(2)ア 本件各賦課決定処分は,平成18年4月1日から平成19年3月31日までを対象年度として課されたものであるが,本件土地の所有権は,平成18年2月24日の物納許可決定によって国に移転し,その旨の登記も完了していた。そして,横浜市α区長は,本件各賦課決定処分をする前に,原告のした本件減免申請によって,上記所有権移転及びその旨の登記の完了の事実を把握し,同処分をした時点では,これらの事実を認識していたはずである。

かかる事情の下では,課税上の技術的考慮の要請はなく,平成18年4月1日から平成19年3月31日までの期間に本件土地の所有者ではなかった原告に対して固定資産税等の課税をすべきではない。

イ また,原告は,平成17年12月末日までに東京国税局との協議を進め,同局の提示する物納条件を実現して,事実上の物納決定の意向まで受けていた。このように,原告は,本件各賦課決定処分の賦課期日である平成18年1月1日の時点で,本件土地につき,東京国税局に対する引渡し及び所有権移転登記手続を残すのみとなっており,実質的に所有権を喪失していたといえる。

(3) よって,本件各賦課決定処分は違法である。

【被告の主張】

(1) 土地に係る固定資産税等の納税義務者は,登記簿又は土地補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者と規定されているが(法343条2項前段,702条2項),原告は,本件各賦課決定処分の賦課期日である平成18年1月1日の時点で,本件土地の登記簿に所有者として登記されていた。

(2)ア 法は,固定資産税等の賦課期日を当該年度の初日の属する年の1月1日と定めているが(法359条,702条の6),この賦課期日とは,固定資産税等の納税義務者や課税標準等の各種課税要件を確定させる日をいい,固定資産税等の各種課税要件は,賦課期日現在の事実に基づいて適用される。したがって,賦課期日後に本件土地の所有権移転登記がされても,当該年度の納税義務者に変更が生じるわけではない。

イ また,前記(1)のような台帳課税主義の例外は,法律に定められているものに限られ,法は,台帳課税主義の例外を,343条2項後段及び同条4項ないし8項に規定している(都市計画税については法702条2項参照)が,本件各賦課決定処分については,上記各規定のいずれの事由も認められない。

(3) よって,本件各賦課決定処分は適法である。

2  争点2(本件各減免許可決定処分の適否)について

【原告の主張】

(1)ア 固定資産税の負担者は,当該固定資産の所有者であることが原則とされ,真の所有者でない者に最終的に固定資産税を負担させることとなっては,憲法29条違反の疑いが生じる。固定資産税の減免について規定した法367条も,個別具体的な事情によっては,固定資産税の全額を減免することも予定していると解される。

イ 本件土地は,原告による相続税の物納に供されたことで,その所有権が国に移転したものであるが,国には固定資産税が課されないため,原告としては,負担した固定資産税を不当利得返還請求によって回収することもできない。そして,横浜市α区長は,平成18年2月27日の本件減免申請によって,本件土地の所有権が国に移転していた事実を知ることができた。このような場合には,固定資産税等の全額が減免されるべきところ,地方税法の委任に基づいて規定された本件市税条例は,固定資産税の全額を減免することまで認めてはおらず,この点で法律の委任の範囲を超えた違法がある。そうすると,同条例を漫然と適用して本件土地に係る固定資産税等の減免額を各税額の10分の7にとどめた本件各減免許可決定処分は,減免不許可とした部分につき,違法なものといわざるを得ない。

(2) なお,本件市税条例は,一般的抽象的に,相続税を納付するため国に物納した固定資産に係る固定資産税は,一律にその税額の10分の7を減免すると規定するのみであるから,課税条件の明確性を欠き,租税法律主義(憲法84条)に反する。したがって,同条例に基づく本件各減免許可決定処分のうち減免不許可とした部分は違法である。

(3) よって,本件各減免許可決定処分のうち減免不許可とした部分は違法である。

【被告の主張】

(1) 法は,どのような場合に固定資産税等を減免し得るかを各市町村の条例の定めに委ねている(法367条,702条の8第7項)。

また,法は,土地に対する固定資産税等について,賦課期日現在において,土地登記簿又は土地補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者に課するという原則(法343条2項前段,359条)を採用している。そして,このような立法がされることにより,真実の所有者でない者に納税義務が発生し,かつ同人が真実の所有者等から不当利得返還請求による回収をなし得ない場合も当然に予想されたものと解される。しかるに,法は,この点について何ら措置を講じていないのであるから,原告が,本件各賦課決定処分によって負担した固定資産税等を,不当利得返還請求によって回収することができないとしても,当然にこれらの全額が減免されるべきであるということはできない。

したがって,本件市税条例が相続税の物納に係る固定資産について固定資産税等の全額を減免する旨の規定を設けていないことは,法367条に反するものではない。

(2) また,本件市税規則は,相続税を納付するため国に物納した固定資産に係る固定資産税の減免に関し,その適用要件及び減免割合を明確に定めているから(同規則19条の3第3号ウ),課税条件の明確性を欠くものでもない。

(3) 法は,「市町村長は・・・固定資産税を減免することができる。」等と規定し(法367条,702条の8第7項),減免について処分庁に一定の裁量を認めている。

前記(1)及び(2)のとおり,本件市税条例や本件市税規則は違法・違憲なものではなく,横浜市α区長は,同条例・規則に基づいて本件各減免許可決定処分をしたものであって,裁量権の逸脱ないし濫用は存しない。

よって,本件各減免許可決定処分は適法である。

3  争点3(本件各賦課決定処分に係る固定資産税等の全額の減免許可決定処分の義務付けの可否)について

【原告の主張】

前記2【原告の主張】(1)及び(2)のような事情に照らせば,横浜市α区長は,原告の減免申請につき,本件各賦課決定処分に係る固定資産税等の全額の減免許可決定処分をすべきである。

【被告の主張】

争う。

第5当裁判所の判断

1  争点1(本件各賦課決定処分の適否)について

(1)ア  法は,固定資産税は「固定資産の所有者」(法343条1項),都市計画税は「当該土地又は家屋の所有者」(法702条1項)に,それぞれ課すものとしており,これらの税は,土地等の資産価値に着目し,その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税であると解される。

このような観点からすると,上記各税の負担者は,当該固定資産につき私法上所有権を有する私法上の所有者とされるべきと考えられる。しかし,法は,固定資産税を課すべき343条1項の「所有者」とは,「土地又は家屋については,登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者・・・として登記又は登録されている者をいう。」(同条2項)と規定し(なお,本件では,土地登記簿に登記されている土地が問題となっているから,以下,これを対象として検討することとする。),都市計画税を課すべき法702条1項の「所有者」とは,「当該土地・・・に係る固定資産税について第343条(第3項,第8項及び第9項を除く。)において所有者とされ,又は所有者とみなされる者をいう。」(法702条2項)と規定し,さらに,当該年度の初日の属する年の1月1日を賦課期日としている(法359条,702条の6)。

このように,法が固定資産税等の納税義務者を決定するのに形式的な標準を採用したのは,課税庁は,課税の対象となる多数の固定資産について限られた人員で短期間に徴税事務を行わなければならず,徴税の便宜を図る必要があることによるものと解される。

したがって,ある年の1月1日に,土地登記簿上,所有者として登記されている者(以下「名義人」という。)は,それだけで固定資産税等の納税義務者として法律上確定され,真実は私法上の所有者でなくとも,その年に初日が属する年度の固定資産税等の納税義務を負うという法制度が採られているものということができる。

イ  そうすると,前記基礎となる事実記載のとおり,平成18年1月1日の時点で,原告が本件土地の登記簿上,所有者として登記されていたというのであるから,同土地に対する平成18年度の固定資産税等の納税義務者は,原告である。

(2)ア  これに対し,原告は,平成18年4月1日から平成19年3月31日までの間,本件土地を所有しておらず,国に対する所有権移転登記手続もそれ以前に完了していたから,原告に対して課税をすべきではない旨主張する。しかし,固定資産税等の賦課決定処分をするに際し,そのようにして賦課期日後の事情をも考慮しなければならないとしたのでは,法が賦課期日という基準日を設け,画一的取扱いによって徴税の便宜を図ろうとした趣旨を損なうことになり相当ではない。

イ  この点について,原告は,本件においては,本件各賦課決定処分の時点で,処分行政庁である横浜市α区長が,国への所有権の移転や移転登記の事実を認識していたから,課税上の技術的考慮の要請はないと主張する。しかし,処分行政庁がそのような事実を認識していたからといって,直ちに徴税の便宜を考慮する必要性が消滅するとは解することができないし,他方で,いかなる場合であれば,徴税上の便宜を考慮する必要がないものとして賦課期日後の事情まで考慮しなければならないのかは必ずしも明確ではない。法が,この点を理由とする例外について,特段規定を設けていないことにかんがみれば,本件のように,処分行政庁が賦課期日後の固定資産の所有権の移転又は移転登記の事実を認識していたとしても,納税義務者の判定に際し,その点を考慮することまでは予定していないと解するのが相当である。

ウ  なお,原告は,本件各賦課決定処分の賦課期日の時点では実質的に所有権を喪失していたことなども主張する。しかし,前記(1)のとおり,法は,真実の所有者であるかどうかにかかわらず,土地登記簿に所有者として登記された名義人を納税義務者とすることとしたものであるから(法343条2項),原告の上記主張を採用することはできない。

(3)  したがって,本件土地に係る平成18年度の固定資産税等について,原告を納税義務者とした本件各賦課決定処分は適法である。

2  本件各減免許可決定処分の取消しの訴えの適法性について

(1)ア  本件において,原告は,本件各減免許可決定処分取消しの訴えを予備的に追加したものである(前記第2,3(4)イ)。ところで,地方税の減免に関する処分の取消しの訴えは,当該処分についての異議申立又は審査請求に対する決定又は裁決を経た後でなければ提起することができないとされている(審査請求前置主義。法19条の12,地方税法施行規則1条の7第5号,行政事件訴訟法8条1項ただし書)。

前記第2,3(4)のとおり,原告は,本件訴えに先立って,横浜市長に対し,本件各賦課決定処分に対する審査請求(以下「本件審査請求」という。)をし,同市長は,これを棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をしている。しかし,証拠(甲6,7の2)によれば,本件審査請求の不服申立書(甲6)には,固定資産税等の賦課決定処分を取り消すことが不服申立ての趣旨とされ,本件各減免許可決定処分への言及はないものの,不服申立ての理由においては,物納に供された本件土地の固定資産税等を原告に負担させることが不当である旨主張されており,本件裁決もこれを前提に判断されたことが認められ,本件各減免許可決定処分の取消しを求める訴えが,審査請求に対する裁決を経たものといえるかどうかは,必ずしも一義的に明らかとはいえない。

イ  よって検討するに,前記基礎となる事実(第2,3)及び証拠(甲6,7の2,28,33,乙1,5)によれば,本件各減免許可決定処分は,本件各賦課決定処分と同一の機会にされ,原告に対しては,本件各減免許可決定処分の告知(本件市税規則12条)も同処分に伴う税額変更の通知もされず,税額に関しては同処分を経た後のものだけが表示された納税通知書(甲28)が送付されたこと,本件裁決は,本件各減免許可決定処分の存在に言及し,その適法性についても判断を示した上で,本件審査請求を棄却する旨の内容となっていることが認められる。

なお,被告も,本件第7回弁論準備期日において,本件各減免許可決定処分の取消しの訴えについて,審査請求前置の点を積極的には争わない旨を明らかにしている。

ウ  これら,本件各減免許可決定処分と本件各賦課決定処分との機会の同一性,原告に対する処分通知の方法,原告のした本件審査請求に対する本件裁決の判断内容等上記認定の事実によると,本件各減免許可決定処分の取消しの訴えは,上記各処分についての審査請求に対する裁決を経たと認めるのが相当であり,審査請求前置主義に違背するものとはいうことができない。そして,本訴における被告の応訴内容もこれに沿うものといえる。

(2)ア  ところで,前記第2,3(4)イのとおり,本件各減免許可決定処分の取消しの訴えは,平成19年10月9日陳述した準備書面において,予備的請求として追加されたものである。ところで,前記第2,3(4)アのとおり,本件裁決は平成18年8月1日に原告に送達されているから,本件各減免許可決定処分の取消しの訴えは,行政事件訴訟法14条3項の定める出訴期間を徒過した不適法な訴えとされるかどうかが問題となる。

イ  原告は,当初,訴状において,本件各賦課決定処分の取消しを求めていたが,その請求原因として,同処分の違法事由として,横浜市α区長が法367条及び本件市税条例に基づいて,本件土地に係る平成18年度の固定資産税の10分の7を減額しているが,物納に供された固定資産については,固定資産税の減額ではなく免除を相当とする場合もあり得るなどとも主張していたことは本件記録上明らかである。そして,本件各減免許可決定処分が本件各賦課決定処分と同一の機会にされ,納税通知書においても両処分の存在が明らかとなるような形式・内容になっていないといった事実(前記(1)イ参照)等をも併せ考えると,本件においては,実質的に,変更前の訴えに変更後の訴えの趣旨が既に含まれていたと見ることができる。

ウ  そうすると,本件各賦課決定処分の取消しの訴えは,同処分自体に対する不服を表明したにとどまるものではなく,同処分と同一の機会にされた本件各減免許可決定処分に対する不服を表明したものとしての性格をも有するということができるのであって,本件各減免許可決定処分取消しの訴えは,出訴期間遵守の観点からは,本件各賦課決定処分の取消しの訴えの提起のときから既に提起されていたものと同様に取り扱うのが相当である。したがって,本件各減免許可決定処分の取消しの訴えは,出訴期間の遵守に欠けるところがないと解すべきである。なお,被告も,本件第7回弁論準備期日において,本件各減免許可決定処分の取消しの訴えにつき出訴期間の遵守の点を積極的には争わない旨を明らかにしており,上記判断に沿うものといえる。

(3)  以上のとおりであって,本件各減免許可決定処分の取消しを求める訴えは,審査請求前置主義及び出訴期間遵守のいずれの観点からも,適法な訴えであると認めることができる。

3  争点2(本件各減免許可決定処分の適否)について

(1)  法は,市町村長は,一定の事情がある者に限り,当該市町村の条例の定めるところにより,固定資産税を減免することができると規定しているところ(法367条),同条を受けて,本件市税条例は,市長は,公益上その他の事由により特に減免を必要とする固定資産に対し,特に必要があると認めた場合は,固定資産税を減免することができると規定している(条例62条1項3号)。さらに,同号を受けて,本件市税規則は,相続税を納付するため,国に物納した固定資産については,所有権の移転の日以後到来する納期において納付すべきその固定資産に係る税額の10分の7の額の範囲内において,固定資産税を減免することができると規定している(規則19条の3第3号。なお,本件市税条例20条2項及び本件市税規則2条1項1号により,本件土地に対する固定資産税等の賦課減免に関する市長の権限は,横浜市α区長に委任されている。)。

他方,都市計画税については,法702条の8第7項が,同条1項前段の規定により都市計画税を固定資産税とあわせて賦課徴収する場合に,市町村長が固定資産税を減免したときは,当該納税者に係る都市計画税についても,当該固定資産税に対する減免額の割合と同じ割合によって減免されたものとする旨規定しており,減免及びその割合につき,固定資産税と同様に取り扱われることとされている(なお,本件市税条例135条)。

そこで,以下においては,本件各減免許可決定処分のうち,まず,本件固定資産税減免許可決定処分について検討することとする。

(2)ア  本件固定資産税減免許可決定処分は,相続税を納付するために国に物納した固定資産につき,所有権の移転の日以後到来する納期において納付すべきその固定資産に係る税額の10分の7の額を減免することができると規定した本件市税規則19条の3第3号に基づいてされた処分であるところ,原告は,物納に供された不動産については,固定資産税の全額の減免が認められるべきであるとして,減免の割合を10分の7にとどめた同規定は,法367条の委任の範囲を超えた違法なものであり,それ故,本件市税規則19条の3第3号に基づいてされた本件固定資産税減免許可決定処分も違法であると主張する。

イ  原告の上記主張は,原告が本件市税条例62条2項に基づいてした本件土地に係る平成18年度の固定資産税の減免申請に対し,同税額の10分の7の額の減免を許可する旨の本件固定資産税減免許可決定処分がされたことにつき,残部の10分の3の額の減免が許可されなかった点を上記申請に対する一部却下処分であるとして,減免不許可とした部分の取消しを求めているものと解される。

(3)  固定資産税の減免について規定した法367条は,「市町村長は,天災その他特別の事情がある場合において固定資産税の減免を必要とすると認める者,貧困に因り生活のため公私の扶助を受ける者,その他特別の事情がある者に限り,当該市町村の条例の定めるところにより,固定資産税を減免することができる。」と規定しているが,具体的な減免事由や減免の割合には言及していない。また,同条は,固定資産税の減免許可決定処分をするためには,条例上の具体的根拠が必要であることを明らかにしているが,横浜市においては,本件市税条例が,固定資産税を減免することができる固定資産の要件をある程度明確にしているものの(62条1項),減免事由や減免の程度への言及は条例にもなく,同項を受けた本件市税規則が,この点について,具体的に規定しているものである(19条の3)。

このような各規定の内容や,固定資産税の減免が,徴収の猶予や納期限の延長等によっても納税が困難であると認められるような担税力の薄弱な者を個別的に救済する措置であることにかんがみれば,法は,固定資産税の減免について,いかなる場合に固定資産税の減免を実施し,また減免を実施する場合に減免の対象範囲及び減免の程度をどのようなものにするのかを,市町村長の裁量的判断に委ねることとし,本件市税条例及び本件市税規則も,そのような固定資産税の減免に係る市町村長の裁量を前提として規定されたものであると解することができる。

そして,本件市税条例62条1項3号は,固定資産税の減免について規定した法367条を受け,「公益上その他の事由により特に減免を必要とする」という要件を定め,本件市税規則19条の3第3号ウは,本件市税条例62条1項3号に該当する場合の一類型として,物納に供された固定資産に対する固定資産税の減免を規定している。本件市税規則19条の3第3号ウは,相続税の物納に供された固定資産について,公益上その他の事由による減免の必要性という観点から,固定資産税の税額の減免割合を10分の7としたものである。

原告は,真の所有者でない者に最終的に固定資産税を負担させることとなっては,憲法29条違反の疑いが生じるなどと主張し,相続税の物納に供された固定資産については,その固定資産税の全額が減免されるべきであると主張する。しかし,そもそも,固定資産税の納税義務者は固定資産の所有者であるが,その判定は,賦課期日である1月1日現在において固定資産課税台帳に所有者として登録された者とし,その後その年度中にその固定資産の所有権を他に譲渡した場合であっても,その年度分の固定資産税は全額課税されるものであり,売却後の期間に応じた税額分を還付されることはない。このように地方税法は,固定資産税の納税義務者を決定するのに課税の便宜のため形式的な標準を採用している。そのこと自体一つの立法政策として許されるものであるから,違憲であるとはいえない。本件のように実質的な有償譲渡である物納の場合も同様に立法政策の問題であって,この場合,どのような減免措置をとるかについては法上一義的に定められているものではない。したがって,譲渡先が固定資産税を課されないものとされている国や地方公共団体であるとはいえ,1月1日現在の所有者として納税義務はあり,固定資産の所有という事実により想定される担税力等を総合考慮した上,未到来の納期において納付すべきその固定資産税に係る税額の10分の7の額を一律減免する定めをしたこと自体,法の予定する授権の範囲を越えるものではない。

(4)  なお,原告は,本件市税規則19条の3第3号ウが,相続税の物納に供された固定資産につき,固定資産税の税額の減免割合を一律に10分の7としたことをもって,課税条件の明確性を欠く,租税法律主義に反するなどと主張する。しかし,同規定が,固定資産税の税額の減免の要件及び効果を一義的に規定していることは,条文上明らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。

(5)  以上のとおり,本件固定資産税減免許可決定処分は適法なものと認めることができる。そうすると,上記(1)の事情から,本件各減免許可決定処分のうち本件都市計画税減免許可決定処分も適法ということができる。したがって,本件各減免許可決定処分は適法である。

4  争点3(本件各賦課決定処分に係る固定資産税等の全額の減免許可決定処分の義務付けの可否)について

(1)  本件各賦課決定処分に係る固定資産税等の全額の減免許可決定処分の義務付けの訴えは,原告が,本件市税条例62条2項に基づいてした固定資産税の全額の減免申請に対して,同税の税額の10分の7の額の減免が許可されたにとどまり,残部の10分の3の額の減免が許可されなかったことを不服として,減免の許可されなかった残部についても減免許可決定をすべき旨を命ずることを求める訴訟であるから,行政事件訴訟法3条6項2号の義務付けの訴えに該当するものである。

(2)  同法37条の3第1項2号は,同法3条6項2号の義務付けの訴えは,申請を却下し又は棄却する旨の処分がされた場合において,当該処分が取り消されるべきものであり,又は無効若しくは不存在であるときに限り提起することができると規定しており,当該処分が実体的に取り消されるべきものであり,又は無効若しくは不存在であることが,当該義務付けの訴えの適法要件とされているものである。

これを本件についてみると,本件各減免許可決定処分が実体的に取り消されるべきものでないことは前記3で検討したとおりであり,本件各減免許可決定処分が無効又は不存在でないことも明らかである。

そうすると,本件の義務付けの訴えは,行政事件訴訟法37条の3第1項2号の要件を満たさないから,不適法な訴えであるといわざるを得ない。

第6結論

以上によれば,原告の主位的請求はいずれも理由がないから棄却することとし,原告の予備的請求に係る訴え中,固定資産税及び都市計画税の全額を減免することを許可する処分を求める部分はいずれも不適法であるから却下することとし,原告のその余の予備的請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤章功)

裁判官土谷裕子,同毛利友哉は差支えにつき署名押印することができない。裁判長裁判官 北澤章功

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