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横浜地方裁判所 平成19年(行ウ)12号 判決 2009年2月16日

主文

1  本件各訴えのうち,被告が,別紙2記載の者に対し,損害賠償として各228円の支払を求める請求を怠る事実が違法であることの確認を求める訴えを却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  (1),(2)を選択的に求める。

(1)  被告が,別紙1記載の者に対し,損害賠償として各228円の支払を求める請求を怠る事実が違法であることを確認する(以下「請求①」という。)。

(2)  被告が,別紙2記載の者に対し,損害賠償として各228円の支払を求める請求を怠る事実が違法であることを確認する(以下「請求②」という。)。

2  被告が,伊勢原市観光協会に対し,損害賠償として1万0260円の支払を求める請求を怠る事実が違法であることを確認する(以下「請求③」という。)。

第2事案の概要

1  事案の骨子

本件は,伊勢原市(以下,単に「市」ともいう。)の住民である原告が,平成18年9月30日及び翌10月1日に開催された第×回aまつり(以下「本件祭り」という。)の際に露天商ら45名が権原なく市道等を占用したにもかかわらず,被告が同人らに各228円の占用料相当の損害金を請求しないのは違法であると主張し,地方自治法242条の2第1項3号に基づき,選択的に,被告が別紙1記載の露天商45名に対し各228円の損害賠償請求権の行使を怠る事実が違法であることの確認(請求①)又は別紙2記載の露天商45名に対し各228円の損害賠償請求権の行使を怠る事実が違法であることの確認(請求②)を求めるとともに,被告が伊勢原市観光協会(以下「観光協会」という。)に対し露天商45名に係る合計1万0260円の損害賠償請求権の行使を怠る事実が違法であることの確認(請求③)を求めた事案である。

2  基礎となる事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

(1)  当事者等

ア 原告は,伊勢原市の住民である。

イ 被告は,伊勢原市の執行機関であり,市の財産の管理を行う権限を有するものである(地方自治法149条1項6号)。

ウ 観光協会は,伊勢原市における観光事業の振興等を目的とし,観光産業にかかわる事業者等によって組織された団体であり,会長は伊勢原市長を,常務理事は,伊勢原市観光担当部長をもって充てることとされており,その事務所は伊勢原市役所(以下「市役所」という。)内に置かれている(伊勢原市観光協会規約。甲14)。

エ 原告は,別紙1記載の番号1ないし45の露天商ら(以下「別紙1に係る露天商ら」という。)又は別紙2記載の番号1ないし45の露天商ら(以下「別紙2に係る露天商ら」という。)が,本件祭りの際,権原なく伊勢原市α及びβの市道を占用したと主張している。

(ア) 別紙1の「占用場所番号」欄に記載された番号は,露店の出店を申請した露天商らが「第×回aまつり実行委員会」(以下「実行委員会」という。)に提出した露天商配置図と題する図面(以下「露天商配置申請図」という。甲4号証)に記載された占用場所の番号,同じく露天商らが実行委員会に提出した,出店者の氏名及び連絡先が記載された名簿(以下「露天商名簿」という。甲6号証は同名簿について氏名及び連絡先が黒塗りされたものである。)の「番号」欄に記載された番号,及び露天商らが神奈川県警伊勢原警察署長(以下,同署長,同署をそれぞれ「伊勢原警察署長」,「伊勢原警察署」という。)に提出した道路交通法上の道路使用許可申請書(甲7号証は同申請書について申請者の氏名及び住所を黒塗りしたものである。)の「場所又は区間」の欄に記載された番号に対応している。また,別紙1の「取扱商品」欄に記載された商品名は,上記露天商名簿(甲6号証参照)の「品名」欄,上記道路使用許可申請書(甲7号証参照)の「道路使用の目的」欄の記載に対応している。

(イ) 別紙2の「占用地点」欄に記載された番号及び「商品」欄に記載された商品名は,実行委員会が調査の結果作成した露天商配置図(以下「露天商配置調査図」という。甲17号証)に記載された番号及び商品名に対応している。

(2)  本件祭りにおける露天商らによる道路の占用について

ア 第×回aまつり(本件祭り)は,平成18年9月30日及び翌10月1日の2日間,伊勢原市及び観光協会主催の下,b線γ駅周辺の市道等の道路を利用して開催された(乙11,13)。

本件祭りの開催に当たり,市は,平成18年6月30日,観光協会との間で,本件祭りの開催事業の企画立案及び実施に関する一切の業務について1000万円で観光協会に委託する旨の業務委託契約を締結し(甲12,乙14),観光協会は,実施団体として観光協会会長を会長とする実行委員会を組織し,実行委員会が本件祭りの開催事業を実施した(乙15)。上記業務委託契約においては,市は観光協会に対し,事業の内容について調査報告を求めることができるものとされ,観光協会は,市から請求があった場合には速やかにその内容について報告しなければならない旨定められている。

イ 実行委員会は,「aまつり露天出店に関する要綱」(乙16)を定め,これに基づき,露店を出店することを希望した露天商らから露天出店申請書等の提出により出店の個別申請を受け(ただし,露天商のうちイベント商業協同組合加入者については組合用露天出店申請書の提出により組合役員が一括申請することとした。),出店場所を指定して,露天商らに出店許可を与えた(乙14ないし16)。

本件祭りに出店を希望した露天商のうち上記イベント商業協同組合加入者は,本件祭りの前に,出店する場所を記載した露天商配置申請図(甲4)と露天商名簿(甲6号証参照)を作成し,実行委員会に提出した。また,伊勢原警察署長に対しては,道路交通法上の道路使用許可申請書(甲7,9号証参照)を作成して提出した。

上記の露天商配置申請図(甲4)及び露天商名簿(甲6号証参照)は,実行委員会の解散後は観光協会が保有しており,上記の道路使用許可申請書(甲7,9号証参照)は伊勢原警察署が保管している。

ウ 実行委員会は,本件祭りの初日である平成18年9月30日の午後2時から6時までの間,露天商が,実行委員会が出店できる地域として指定した場所に出店しているかを確認するため,同委員会の委員及び事務局職員が巡回して調査し,地図に露店のおおよその出店位置と取扱商品を記載して露天商配置調査図(甲17,乙17)を作成した。同露天商配置調査図を作成するに当たり,実行委員会の委員等は,出店を確認した露天商と露天出店申請書を提出した露天商との同一性までは調査していない。

(3)  市道の占用に関する法令等の定めについて

ア 道路法32条1項は,「道路に次の各号のいずれかに掲げる工作物,物件又は施設を設け,継続して道路を使用しようとする場合においては,道路管理者の許可を受けなければならない。」と定め,同項6号において「露店,商品置場その他これらに類する施設」と定めている。

同条2項は,同条1項の許可を受けようとする者は,道路の占用の目的,道路の占用の期間,道路の占用の場所,工作物,物件又は施設の構造等の事項を記載した申請書(以下これを「道路占用許可申請書」という。)を道路管理者に提出しなければならないと規定している。

そして,同法33条1項は,道路管理者は,道路の占用が道路の敷地外に余地がないためにやむを得ないものであり,かつ,政令で定める基準に適合する場合に限り,同法32条1項の許可を与えることができると規定している。

また,同法39条1項は,道路管理者は,道路の占用につき占用料を徴収することができると定め,同条2項は,占用料の額及び徴収方法は,道路管理者である地方公共団体の条例で定めると規定している。

イ 伊勢原市は,上記の道路法の規定を受けて,道路法8条1項に基づき市道と認定した道路(以下「市道」という。)の占用及び占用料について,伊勢原市道路占用規則(昭和62年伊勢原市規則第6号,乙7,以下「占用規則」という。)及び伊勢原市道路占用料条例(昭和51年伊勢原市条例第15号,甲8,以下「占用料条例」という。)を定める外,上記認定をしていない道路(以下「認定外道路」という。)の占用及び占用料について,伊勢原市法定外公共物管理条例(平成12年伊勢原市条例第28号,乙4,以下「公共物管理条例」という。)及び伊勢原市法定外公共物管理条例施行規則(平成13年伊勢原市規則第6号,以下「公共物管理規則」という。)を,それぞれ定めている。

上記条例等によれば,市道及び認定外道路(以下「市道等」という。)を占用しようとする者は,市長に対し,道路占用許可申請書を提出して,市長から許可を受けなければならないとされている(占用規則2条1項,3条,公共物管理条例4条1項,公共物管理規則2条1号,3条。以下「市道等占用許可」という。)。

また,市長は,市道等占用許可を受けた者から,「祭礼,縁日等に際し,一時的に設けるもの」について占用面積1平方メートルにつき1日57円の占用料を徴収することとされている(占用料条例2条,3条,別表,公共物管理条例6条)。

これらの規定に基づく占用料は,市町村道に係るものにあっては道路管理者である市町村の収入とすることができるとされており(道路法32条1項,39条1項,同法施行令19条の3第1項),市が権原を有する認定外道路についても,管理者以外の者が占用しようとする場合には,市長は道路の占用につき占用料を徴収し,収入とすることができるとされている(公共物管理条例4条1項,6条1項)。

なお,市道等占用許可を受けた者が道路占用料減免申請書を提出した場合,市長は,当該占用が恒例による松飾り及び祭礼,縁日等に際し,一時的に占用するものであると認めれば,占用料を全額免除することができるとされている(占用料条例5条5号,占用規則22条,公共物管理条例6条2項,公共物管理規則12条)。

(4)  本件祭りにおける手続等

本件祭りの際に出店した露天商らは,いずれも,市長に対する道路占用許可申請をしておらず,したがって,市長から市道等占用許可を受けないまま本件祭りに際して市道等を占用したものであるが(なお,上記露天商らは,市長からの市道等占用許可を受けていることを前提とする道路占用料減免の申請も行っていなかった。),被告は,露天商らに対し,占用料相当の金員の支払を請求することはなかった。

(5)  監査請求

原告は,平成18年11月27日,伊勢原市監査委員に対し,露天商らの占用によって生じた損害を市長に賠償させる措置を求めて監査請求をしたところ,同委員は平成19年1月26日付けで同請求を棄却した(甲1)。

第3争点

1  請求①及び②に係る訴えについて

(1)  訴えの適法性(争点1)

(2)  被告が露天商らに対して損害賠償請求権を行使しないことが財産管理を違法に怠っているといえるか(争点2)。

2  請求③に係る訴えについて

被告が観光協会に対して損害賠償請求権を行使しないことが財産管理を違法に怠っているといえるか(争点3)。

第4争点に関する当事者の主張

1  争点1(請求①及び②に係る訴えの適法性)について

(原告の主張)

(1) 損害賠償請求の相手方は氏名で特定するのが原則であるが,情報公開請求を行っても個人情報は抹消されて開示されるのが常であるから,原告は別紙1及び2に係る露天商の氏名等を知ることができない。

本件のように,原告が相当な調査を尽くしても相手方を氏名で特定することができない場合において,当該相手方を氏名以外の方法によって客観的に特定することができ,かつ,当該普通地方公共団体において当該相手方の氏名を容易に知ることができるのであれば,例外的に適法な訴えと認められるべきである(大阪地裁平成17年3月25日判決・判タ1227号224頁参照)。

(2) 本件においては,以下に述べるとおり,相手方である露天商を氏名以外の方法によって客観的に特定することができ,かつ,伊勢原市において当該露天商の氏名を容易に知ることができるような場合に当たる。

ア 請求①に係る訴えについて

(ア) 別紙1に係る露天商らは,「本件祭りにおいて市道を占用した者」という程度にとどまらず,市道等の占用地点や取扱商品まで明確にされているのであるから,氏名以外の方法によって客観的に特定している。

(イ) 露天商配置申請図(甲4)及び露天商名簿(甲6号証参照。)は観光協会が保有しており,観光協会と伊勢原市との緊密な関係に鑑みれば,被告は容易に上記文書の内容を知ることができる。

すなわち,観光協会の会長は伊勢原市長であり,事務局は市役所内に置かれ,観光協会の収入の大半は市からの交付金である(甲13,14)。また,観光協会は,本件祭りにおいて,市から企画・立案・実施にかかわる一切の業務を受託し,その委託契約では,市は観光協会に対し,「事業内容に関し,調査報告を求めることができ」,観光協会は「速やかにその内容について報告しなければならない」と定められている(甲12)。

また,道路交通法上の道路使用許可申請書(甲7号証参照)は伊勢原警察署が保有しているが,本件祭りは伊勢原市,観光協会,伊勢原警察署が情報を共有し,協力して実施すべきであることは明らかであり,同警察署が上記文書の開示を拒むことは想定し難い。

イ 請求②に係る訴えについて

(ア) 別紙2に係る露天商らについても,別紙1に係る露天商らと同様に,市道の占用地点や取扱商品まで明確にしているのであるから,氏名以外の方法によって客観的に特定している。

(イ) 別紙2に係る露天商らの氏名は,露天商配置調査図(甲17,乙17)と観光協会が保有する露天出店申請書(「aまつり露天出店に関する要綱」4条1項,乙16)を照らし合わせれば容易に判明する。また,前述のような伊勢原市と観光協会との緊密な関係に照らせば,被告は容易に露天出店申請書の内容を知ることができる。

(被告の主張)

(1) 地方自治法242条の2第1項3号所定の怠る事実の違法確認請求(以下「3号請求」という。)は,裁判所の判決により,既判力をもって個別具体的な財務会計上の違法な作為義務の懈怠を確定し,執行機関又は職員にその作為義務の履行を促すことを目的とするものであるから,債権の行使の相手方である者(以下,単に「相手方」という。)の特定を要する(東京高裁平成12年3月31日判決・判タ1083号140頁参照,東京地裁平成7年7月26日判決・判時1540号13頁参照)。

本件において,相手方である別紙1及び2に係る露天商らはすべて匿名同然であり,本件訴えは個別具体的な特定を欠いて不適法である。

(2) 原告は,大阪地裁平成17年3月25日判決(判タ1227号224頁参照。)の基準を挙げて,本件訴えは例外的に適法である旨主張するが,以下に述べるとおり,本件は「当該普通地方公共団体において当該相手方の氏名を容易に知ることができるような場合」に該当しない。

ア 請求①に係る訴えについて

(ア) 伊勢原市は,露天商名簿(甲6号証参照)及び道路交通法上の道路使用許可申請書(甲7号証参照)を保有しておらず,他に,上記書面の記載内容を特定できる資料や情報を有しているものでもない。

(イ) 露天商名簿(甲6号証参照)は観光協会が保有しているが,観光協会は市の組織の一部ではないので,市が求めれば常に当該文書を開示するとは限らず,露天商らが実行委員会に対し参考資料として任意に提出したという同文書の性質上,露天商との信頼関係を損なうおそれがあることから,開示を拒む可能性もないではない。

また,仮に市が露天商名簿(甲6号証参照)を入手したとしても,露天商配置申請図(甲4)は本件祭りにおける実際の出店位置を記載した資料ではないから,実際に市道上に出店した者を特定するためには更なる調査を要する。

イ 請求②に係る訴えについて

伊勢原市が露天商配置調査図(甲17,乙17)をもとに別紙2に係る露天商らの氏名を特定するためには,観光協会が保有する露天出店申請書を入手し,これによって露天商配置調査図(甲17,乙17)の記載に該当する露天商を抽出しなければならないが,露天商配置調査図(甲17,乙17)は,本件祭り当日における露店のおおよその出店位置と取扱商品を記したものに過ぎず,上記申請書記載の露天商との関連ないし対応関係を調査した上で作成されたものではない。そうすると,別紙2に係る露天商らに該当すると思われる露天商への照会,確認の作業に多くの時間と費用を要する。

2  争点2(被告が露天商らに対して損害賠償請求権を行使しないことが財産管理を違法に怠っているといえるか)について

(原告の主張)

(1) 別紙1又は2に係る露天商らは,本件祭りの際,何の権原もなく市道等を各2平方メートル占用したのであるから,市が,露天商らに対し,占用料相当額の各228円の損害賠償請求権を有していることは明らかである。

ア(ア) 別紙1に係る露天商らのうち,被告が,伊勢原警察署長が出店禁止場所に出店を認めるはずはないと主張する露天商「く」ないし「さ」は,出店禁止場所を避けて出店したと考えることも可能である(甲4,乙3)。

(イ) 別紙1に係る露天商らのうち露天商「す」「せ」「れ」「ろ」について,被告は,同人らが占用したとされる場所は歩道が狭く,歩行者の便宜のため,背後の民地に露店を設置したと推測される旨主張するが,本件祭りの際,当該場所には交通規制が敷かれ,歩行者は車道を通行できたのあるから,上記主張には理由がない。

イ 露天商らの占用面積について,本件祭りの翌年度に開催された平成19年のaまつりにおいては,最も小さい露店の露店台は1.89平方メートルであったが,露店は,露店台の面積に加えて,ビニールシート,ポリタンク,屋根等によって更に広範囲の面積の道路を占用する(甲19,20)。

したがって,本件祭りにおいても,露天商による市道等の占用面積は最低でも2平方メートルであり,占用料条例によれば,別紙1又は2に係る露天商ら1名につき1日114円の占用料相当損害金が発生している。

ウ 被告は,市長は露天商らに対して占用料を全額免除にすることができるから市に損害は発生しない旨主張するが,占用料条例によれば,全額免除は無条件に行われるものではなく,露天商が占用規則22条2項に基づく減免の申請をしない場合や違法に道路を占用した場合には免除されないものと解される。本件においては,露天商らは占用許可申請も減免の申請も行っていないのであるから,市長が占用料を免除することはできず,被告の主張は失当である(甲8,乙7)。

(2) 本件は,地方自治法施行令171条の5所定の「債権金額が少額で,取立てに要する費用に満たないと認められる」場合に当たらず,被告が露天商らに対する損害賠償請求権の行使を怠ることは違法である。

ア 損害賠償の相手方である露天商は45名と極めて少数であり,前述のとおり観光協会を通じて同人らの氏名や連絡先を容易に知ることができる。また,露天商らが提出した道路使用許可申請書に記載した占用面積(2平方メートル,甲7)によれば,露店ごとに占用面積が異なるという事情は存在せず,占用料は容易に算定可能である。

確かに,本件の損害賠償請求権は総額でも少額であるが,だからといって市長が債権を放棄してもよいということにはならない。

イ 被告は,債務者となり得る露天商が175名であることを前提として市に生じ得る経費を試算しているが,対象者を更に絞り込んで調査を行うことは可能であり,債権の取立てに1万7600円の経費を要するとの被告の試算は過大である。

(被告の主張)

(1) 以下に述べるとおり,別紙1又は2に係る露天商らの一部については出店の事実が確認できず,市道の占用面積も明らかではなく,伊勢原市の相手方に対する損害賠償請求権の有無及び金額は明らかではない。

ア(ア) 別紙1に係る露天商らについて,露天商「あ」は,取扱商品が「金魚すくい」で,露天商配置申請図(甲4)によれば出店場所は株式会社c前となっているところ,実行委員会が本件祭りの当日に巡回した際に作成した露天商配置調査図(甲17,乙17)によれば,同所には「ちぢみ」を扱う露店が出店されており,露天商「あ」が出店したとは認められない。

(イ) 露天商「く」ないし「さ」は,露天商配置申請図(甲4)によると,いずれも民地内に図示され,他方,付近の市道は出店が禁止されていることから,市道上に出店したとは認められない。

(ウ) 露天商「し」は,露天商配置申請図(甲4)によると「d銀行」前に出店しているが,同土地は境界確認が不調であるため,市道の占用の有無及び占用面積は不明である(乙5)。

(エ) 露天商「す」「せ」「れ」「ろ」は,市道×号線に位置すると推定されるが,同区間は未改良区間で歩車道分離ブロックを含めて2メートル,実質1.8メートル程度の有効歩道幅員しかない(乙6)。そうすると,歩行者の支障を考えれば,上記4店は背後の民地に設置されたと推測できる。

(オ) 露天商「そ」ないし「に」は,市道×号線に位置すると推定されるが,民地側には市道と段差なく接する空き地があり,市道と民地との境界を明示する標識もないことから,上記露店の一部が民地を占用した可能性は十分に考えられる。

(カ) また,露天商配置申請図(甲4)によれば株式会社cとeの前には9店の露店の記載があるが,露天商配置調査図(甲17,乙17)によれば,同所には5店の記載しかなく,上記9店のうち一部については出店したとは認められない。

イ 露天商らの露店は,前述のように,市道上に設置されたと認められるものばかりではなく,民地と市道にまたがって設置されたり,民地のみに設置されたと推測されるものも存在する。そうすると,市道の占用面積は個々の露天商ごとにまちまちであり,占用面積を一律2平方メートルとする原告の主張は失当である。

ウ また,占用料条例5条及び占用規則22条1項によれば,伊勢原市長は,露店が上記条例5条5号所定の「恒例による松飾り及び祭礼,縁日等に際し,一時的に占用するとき」に該当するとして占用料を全額免除することができる(甲8,乙7)。そうすると,たとえ露天商らから市道等占用許可申請があったとしても,占用料は全額免除となるのであるから,市に占用料相当の損害は発生しない。

(2) 本件においては,露天商らに対する損害賠償請求権の有無及び金額を確定することは容易ではなく,以下のとおり,少なくとも原告が主張している債権額の1.7倍以上の経費と労力を要するので,地方自治法施行令171条の5所定の「債権金額が少額で,取立てに要する費用に満たないと認められる」場合に該当し,露天商らに損害賠償請求権を行使しないことは適法である。

ア 別紙2に係る露天商らについていえば,これらの者に占用料を請求するためには,まず観光協会から露天出店申請書を入手し,露天商配置調査図(甲17,乙17)をもとに45店の販売品目を分類整理し,これに該当する露天商を上記申請書から抽出し,封書で本件祭りへの出店の有無,占用場所,占用面積を照会して回答を得,回答がない者には電話等で催促を行い,市道に露店を出店したことが判明した者に対しては,請求額及びその根拠を記載した文書及び納付書を封書で送付して期日までに納入させる必要がある。露天出店申請書中,別紙2に係る露天商らの取扱商品に該当する露天商は175名であり(乙22の1・2),封書の郵送料を試算すると,上記過程で要する費用は合計1万7600円となり,原告主張の合計金額1万0260円の1.7倍を超す金額となる。

イ 本件祭りの翌年度に開催された平成19年のa祭りにおいては,露天出店申請書に記載されている販売品目と実際の販売品目が異なる露店が11店,同申請書の販売品目に記載のない商品を扱っていた露店が2店あったところ,平成18年の本件祭りにおいても同様の齟齬は存在していたと容易に想像できる(乙24,26)。そうすると,本件祭りに係る露店出店に関する資料(乙22の2)において販売品目に対応する露天商が1名のみである露店についても,債務者を特定するためには,上記のとおり,本件祭りに出店したすべての露天商を調査することを要する。

3  争点3(被告が観光協会に対して損害賠償請求権を行使しないことが財産管理を違法に怠っているといえるか)について

(原告の主張)

(1) 観光協会は,以下の理由により,市に生じた別紙1又は2に係る露天商らによる道路占用料相当額の損害を賠償する責任を負う。

ア 事業委託契約書(乙14)によれば,観光協会は市長及び関係機関と十分協議をした上で本件祭りを実施しなければならないにもかかわらず,関係機関との協議を怠った(甲1)。

イ 観光協会は,露天商らが市に対する道路占用許可申請を行うため,その権限に基づき迅速に個々の露店の出店場所(占用地点)を定めなければならなかったにもかかわらず,これを怠った(乙16)。

(2) 観光協会は,本件祭りを統括した実行委員会の設置者として,以下の理由により,実行委員会が伊勢原市に生じさせた別紙1又は2に係る露天商らによる道路占用料相当額の損害を賠償する責任を負う。

ア 実行委員会は,自ら市に対する露店の道路占用許可申請及び道路占用料減免申請をするべきであったにもかかわらず,これを怠った。

イ 実行委員会は,別紙1又は2に係る露天商らに対して,露店の出店に伴う諸費用として道路占用料を請求することができるにもかかわらず(「aまつり露天出店に関する要綱」9条1項,乙16),これを怠った。

ウ 実行委員会は,管理者の承認を得ないで公の管理する土地を使用する露天商に対して「必要な措置をとることができる」にもかかわらず(「aまつり露天出店に関する要綱」12条,乙16),許可を受けずに市道を占用した露天商らには必要な措置をとらなかった。

(被告の主張)

(1) 道路占用料は,個々の露天商が道路法32条に基づいて占用申請をした上で支払うものであり,事業委託契約書11条(乙14)によって観光協会が関係機関と協議する事項には含まれない。

(2) 原告は,本件祭りを統括した実行委員会を観光協会が設置したことをもって,観光協会に賠償責任があるかのような主張をするが,設置することが直ちに法的責任を構成するものではなく,原告は,観光協会が賠償責任を負う根拠を何ら示していない。

また,原告の主張は以下に述べるとおり失当である。

ア 道路占用許可申請は,道路法32条に基づいて個々の露天商が行う必要があり,実行委員会に手続懈怠は存在しない。

イ 「aまつり露天出店に関する要綱」9条1項(乙16)の規定は,実行委員会が露天商に代わって露店出店に必要な電気,水道の手配や清掃等を行った場合に,それらの費用を露天商に請求できる旨の規定であり,道路占用料とは無関係である。

ウ 「a祭り露天出店に関する要綱」(乙16)は,本件祭りから暴力団及び暴力的行為を排除することを目的としており,道路占用料の徴収確保とは無関係である。

第5当裁判所の判断

1  争点1(請求①及び②に係る訴えの適法性)について

(1)  地方自治法242条の2第1項3号に基づく請求(3号請求)は,地方公共団体の執行機関又は職員につき,違法に公金の賦課若しくは徴収又は財産の管理を怠る事実がある場合に,当該怠る事実を対象としてその違法確認を求めるものであり,裁判所の判決により,既判力をもってその怠る事実である個別具体的な財務会計上の作為義務の懈怠の違法を確定し,執行機関又は職員に前記作為義務の履行を促すことを目的とするものであるから,同請求においては,既判力の客観的範囲を画し,審理の対象,範囲を明らかにするために,審理の対象である当該怠る事実に該当する財務会計上の作為義務が個別具体的に特定されている必要がある。

そして,普通地方公共団体が私人に対して有する損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を行使しないことを「怠る事実」として,その違法確認を求める場合には,その個別具体的な金銭債権の不行使が財務会計上の作為義務の懈怠といえるかどうかを審理,判断するために,行使すべきであるとする個々の債権が,債務者,発生原因事実,金額等をもって具体的に特定されていることを要し,このうち債務者の特定は,原則として氏名をもってなされるべきであると解される。

しかしながら,相手方の氏名等の個人情報を住民が知ることは情報公開等の手段によっても困難であり,住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても相手方の氏名を特定するに至らなかったような場合にまで,常に氏名による特定を厳格に要求することは住民訴訟制度の利用を不当に制限する結果ともなりかねない。また,普通地方公共団体の執行機関等は,地方自治法242条の2第1項4号に基づく請求が提起された場合,遅滞なく相手方に訴訟告知をしなければならず,同請求を認容する判決が確定すれば相手方に対し期限内に損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を行使する義務は負うのに対し(同法242条の2第7項,242条の3),3号請求の場合にはいずれの義務も負わされておらず,氏名以外の方法による相手方の特定を認めても,審理及び判決後の手続の遂行に支障が生ずるおそれは比較的少ない。

そこで,相手方を氏名によって特定することができない場合であっても,相手方を氏名以外の方法により客観的に特定することができ,かつ,当該普通地方公共団体において当該相手方の氏名を容易に知ることができるような場合には,例外として,適法な訴えと解するべきである。

以下,上記の立場に立って,請求①及び②に係る訴えの適法性について検討する。

ア 請求①に係る訴えについて

(ア) 原告が請求①において,その不行使が違法であると主張する債権は,別紙1に係る露天商らが,平成18年9月30日及び同年10月1日,権原なく,別紙1「占用場所番号」欄記載の番号に対応する露天商配置申請図(甲4)に記載の番号の地点を各々2平方メートルにわたって占用したことに関し,市道等の管理者であり占用料を徴収する権限を有する伊勢原市が,同人らに対して取得した各228円の損害賠償請求権である。

上記債権については,発生原因事実,金額は特定されているものの,相手方である別紙1に係る露天商らの氏名は明らかではない。

(イ) しかし,別紙1に係る露天商らについては,上記2日間における占用場所及び取扱商品が明らかにされており,したがって,別紙1に係る露天商らのうち特定の者に対する損害賠償請求権を他の者に対する損害賠償請求権と区別し,その存否,金額,被告がこれを行使しないことの違法性を個別に審理することが可能な程度には特定されているといえる。

また,別紙1に係る露天商らの氏名を明らかにする資料としては,露天商名簿(氏名等を黒塗りしていないもの。甲6号証参照)が存在する。前記認定の事実及び掲記の証拠によれば,この露天商名簿(甲6号証参照)を保有している観光協会は,伊勢原市長が会長を,伊勢原市観光担当部長が常務理事を務め,その事務所は市役所内に置かれているなど,市と密接な関係にあるのみならず,本件祭りについては,伊勢原市とともに主催者となり,伊勢原市との間で本件祭りの開催事業の企画立案及び実施に関する一切の業務について委託する旨の業務委託契約を締結していること,同契約によれば,市は,観光協会に対して,事業内容に関して調査報告を求めることができるものとされ,観光協会は,市から請求があった場合には速やかにその内容について報告しなければならない旨定められている(事業委託契約書の6条。乙14)ことが認められる。そして,観光協会が実施団体として組織する実行委員会が,本件祭りに露店の出店を希望する者に住所,氏名,電話番号等を記載した露天出店申請書を提出させた上で,露店の出店の許可をし,出店場所の指定をする旨の業務を行うこととされていること(aまつり露天出店に関する要綱。乙16)にかんがみると,市は,市との関係において上記の地位にある観光協会に対して,露天出店の申請をし,これを許可した露天商の氏名,住所等について,当然に調査報告を求めることができ,観光協会は,市からの請求があった場合には,これを報告しなければならない義務を負うものと解するのが相当である。なお,上記のような観光協会ないし実行委員会の業務の内容からすると露天商名簿(甲6号証参照)の黒塗りされた「名前」欄には,露天の出店を申請した露天商の氏名が記載されていると推認されるほか,「イベント番号」欄には,上記露天商の住所あるいはそれに類する情報が,「TEL」欄には上記露天商の電話番号が記載されていると推認される。そして,黒塗りされた露天商名簿(甲6号証)と黒塗りされた伊勢原警察署が保管している道路交通法上の道路使用許可申請書(甲7号証参照)の記載を照らし合わせると,道路使用許可申請書の「道路使用の目的」欄記載の取扱品名と露天商名簿の「品名」欄の記載,同申請書の「場所又は区間」欄の番号と露天商名簿の「番号」欄の記載,同申請書の「現場責任者」の「住所」欄の記載と露天商名簿の「イベント番号」欄の記載はそれぞれ対応しているものと認められる。

そうであるとすると,市は,観光協会に対し,黒塗りされていない露天商名簿(甲6号証参照)の提出を求めるなどして,露天の出店を申請した露天商の氏名,住所等の調査報告を求めることにより,別紙1に係る露天商らの氏名及びこれを補完するものとしての住所号等を容易に知ることができるというべきである。

なお,本件においては,当裁判所は,原告の申請に係る平成19年11月21日付け調査嘱託を採用し,観光協会に対し,露天商名簿(甲6号証参照)の黒塗りされた「名前」欄及び「イベント番号」欄に記載された情報を明らかにするよう求めたが,観光協会は,伊勢原市情報公開条例に準拠して情報公開を行っているところ,嘱託事項については,同条例6条1号に該当するから公開できない旨の回答をした。

また,被告は,平成19年11月21日の第4回弁論準備手続期日において,露天商名簿(甲6号証参照)の原本は市が保有する文書ではないから,同名簿の黒塗りされた部分の情報を明らかにはできない旨の陳述をした。

(ウ) 以上のとおり,請求①については,相手方を氏名以外の方法により客観的に特定することができ,かつ,当該普通地方公共団体において当該相手方の氏名及びこれを補完するものとしての住所,あるいは連絡先を容易に知ることができるということができ,原告が本件訴訟において観光協会に調査嘱託を申し立てるなど相当な調査を尽くしたことも勘案すすると,請求①に係る訴えは,地方自治法242条の2第1項3号の当該行為の相手方に対する損害賠償請求権の行使を怠る事実が違法であることの確認を求める訴えとしてなお適法な訴えであると解するのが相当である。

イ 請求②に係る訴えについて

(ア) 原告が請求②において,その不行使が違法であると主張する債権は,別紙2に係る露天商らが,平成18年9月30日及び同年10月1日,権原なく,別紙2「占用地点」欄記載の番号に対応する露天商配置調査図(甲17,乙17)の地図記載の番号の地点を2平方メートルにわたって占用したことに関し,市道等の管理者であり占用料を徴収する権限を有する伊勢原市が,同人らに対して取得した各228円の損害賠償請求権である。

(イ) 上記債権についても,請求①と同様に,発生原因事実,金額,上記2日間における占用場所及び取扱商品が明らかにされており,相手方を氏名以外の方法によって客観的に特定することができる。

しかしながら,請求②については,請求①における露天商名簿(甲6号証参照)のように,露天商配置調査図(甲17,乙17)に記載の番号の地点を占用した露天商の氏名を直接明らかにする文書は存在しない。そうすると,市が別紙2に係る露天商らの氏名を知ろうとする場合,観光協会に露天出店申請書を提出させた上,取扱商品を手掛かりに,各露天商に個別に照会するなどの調査を行うほかはなく,市が別紙2に係る露天商らの氏名を知るためには相当の時間と労力を要するということになる。

(ウ) 以上によれば,請求②については,当該普通地方公共団体において当該相手方の氏名を容易に知ることができるということはできず,同請求に係る訴えは請求の特定を欠くものとして不適法といわざるを得ない。

(2)  なお,原告は,監査請求及び訴えの提起時において,市長を相手方とし,露天商らによる占用料相当の損害を賠償させる措置を求めていたが,監査請求結果の通知(平成19年1月26日)から30日を経過した後である同年5月16日提出の書面で,請求①ないし③を求めて訴えを変更した。

そこで,本件においては,監査請求前置(地方自治法242条の2第1項)及び出訴期間遵守(同条2項1号)の点も問題となり得るが,原告の監査における措置請求と請求①ないし③とは,共に,本件祭りにおいて露天商らが権原なく市道等を占用したことに基づく損害賠償請求権の行使を怠る事実を問題としており,これについて監査請求を経ていると認められること,訴状の記載によれば訴え提起時において上記怠る事実を争う意思が実質的に表明されており,加えて,原告が調査を尽くしても露天商らの氏名等が判明せず,原告に監査請求時及び訴え提起時に氏名が不特定な露天商を相手方とする請求①及び②を立てることを期待できない本件の特殊事情をも考慮すれば,請求①ないし③は訴え提起時において既に提起されていたものと同様に扱うのが相当である。

2  争点2(被告が観光協会に対して損害賠償請求権を行使しないことが財産管理を違法に怠っているといえるか)について

(1)  原告は,市が,権原なく市道等を占用した露天商らに対して取得した占用料相当額の損害賠償請求権を行使しないことは,財産管理を違法に怠る事実に該当する旨主張する。

ア 前記第2事案の概要の2(3)に記載したとおり,道路法等は,道路に露店等を設け,継続して道路を使用しようとする場合においては,道路管理者の許可を受けなければならず,道路管理者は道路の占用につき占用料を徴収でき,この規定に基づく占用料は,市町村道に係るものにあっては道路管理者である市町村の収入とすることができると規定しており(道路法32条1項,39条1項,同法施行令19条の3第1項),市が権原を有する認定外道路についても,管理者以外の者が占用しようとする場合には,市長は道路の占用につき占用料を徴収することができると規定されている(公共物管理条例4条1項,6条1項)。

このように,市道等の管理者である市は,道路の占用につき,道路占用許可を受けた者からは占用料を徴収して収入とすることができるのであるから,道路占用許可を受けることなく道路を占用する者に対しては,占用料相当額の損害賠償請求権を取得するものというべきである。

イ そして,地方公共団体が有する債権の管理について定める地方自治法240条,同法施行令171条から171条の7までの規定によれば,地方公共団体の長が客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりすることは許されず,原則として,地方公共団体の長にその行使又は不行使についての裁量は認められないことになる。

しかしながら,地方自治法施行令171条の5第3号は,地方公共団体の長は,債権で履行期限後相当の期間を経過してもなお完全に履行されていないものについて,「債権金額が少額で,取立てに要する費用に満たないと認められるとき」に該当し,これを履行させることが著しく困難又は不適当であると認めるときは,以後その保全及び取立てをしないことができると定めており,上記場合については,履行期限を経過した債権を行使しなかったからといって,これを地方自治法242条1項所定の財産管理を違法に怠る事実に当たるとはいうことができないものと解される。

(2)  そこで,以下,市が別紙1に係る露天商らに対して損害賠償請求権を取得したか,取得した場合,その債権を行使しないことが財産管理を違法に怠るものといえるかについて検討する。

ア 前記基礎となる事実及び1(1)アで認定したところによると,露天商配置申請図(甲4)は,別紙1に係る露天商らが本件祭りにおいて露店を出店する予定の場所を示した文書であり,露天商配置調査図(甲17,乙17)は,本件祭りにおいて実際に出店が確認された露店を示した文書である。そして,露天商配置調査図(甲17,乙17)に記載された露店のうち,露天商配置申請図(甲4)に記載された別紙1に係る露天商らの出店予定地と同一あるいは近接する場所において出店し,露天商名簿(甲6)に記載された別紙1に係る露天商らの取扱商品と同一の商品を取り扱う店については,特段の事情のない限り,別紙1に係る露天商らが出店したものと認めるのが相当である。

別紙1に係る露天商らのうち,その占用場所,取扱商品に照らし,特段の事情のない限り,本件祭りにおいて露店を出店し,市道等を占用したと認められるのは,露天商「い」,「う」,「え」,「か」,「き」,「く」,「け」,「こ」,「さ」,「し」,「す」,「そ」,「た」,「ち」,「つ」,「な」,「に」,「の」,「は」,「ほ」,「ま」,「み」,「む」,「め」,「も」,「や」,「い(番号37)」,「え(番号39)」,「よ」,「ら」の30名であり,このうち占用場所が市道等であることに争いがない者は,露天商「く」,「け」,「こ」,「さ」,「し」,「す」,「そ」,「た」,「ち」,「つ」,「な」,「に」の12名を除いた18名である(甲4,6,17,乙5,6,17号証)。

本件祭りに際し,いずれの露天商からも市道等占用許可申請がされていないというのであるから,市は,別紙1に係る露天商らのうち少なくとも上記18名に対しては,占用料相当額の損害賠償債権を取得したと一応認めることができそうである。

イ そこで,次に,上記債権を行使しないことが地方自治法施行令171条の5第3号所定の場合に該当すると認められるかについて検討する。

(ア) 占用料条例2条,別表によれば,祭礼,縁日等に際して一時的に設ける露店の占用料は,その面積1平方メートルにつき1日57円であり,各露店の占用面積を仮に2平方メートルと見積もると,露天商1名に対する損害賠償債権の金額は,2日間で合計228円となる(甲8,19,20)。

一方,市が上記各債権を取り立てるためには,観光協会から黒塗りしていない露天商名簿(甲6号証参照)を入手し,同文書に記載された露天商らに対し,イベント番号欄に記載された住所あてに郵便を送る,同電話番号欄記載の電話番号に架電するなどして連絡をとり,各露天商に占用の事実及び占用面積の照会を行い,必要であれば現地の測量等を行って損害の金額を確定させ,期限を定めて督促し,相当の期間を経過しても履行されないときには訴訟手続により履行を請求し,債務名義を得た後は強制執行の手続をとらなければならない(地方自治法施行令171条,171条の2)。

このうち,督促を行うまでに要する費用としては,郵便料や電話代等の通信費,債務者との連絡や損害額の調査等を行う者の人件費が想定され,各露天商が督促によって任意に支払うことを想定しても,上記のとおり算定した1名につき228円という債権金額は少額に過ぎ,取立てに要する費用にも満たないといわざるを得ない。

(イ) 更に,前記第2の2の(3)に記載のとおり,占用料条例5条5号,占用規則22条等により,市道等占用許可を受けた者が道路占用料減免申請をした場合,市長は,祭礼,縁日等の行事に際して一時的に占用する露店について占用料を全額免除することもできるとされており,本件においても露天商らが市道等占用許可を受けた上で減免申請の手続を執っていれば,占用料の全額免除を受けられた可能性は高い。

(ウ) このように,市の露天商一人に対する占用料相当額は著しく少額であり,債権の取立てに要する費用にも満たないものであり,また,占用料は露天商において市道等占用許可を受けた上で減免申請の手続を執りさえすれば全額免除も受けられるような性質の債権であることをも考慮すると,占用料相当額の損害賠償請求権について,事後的に多額の費用をかけて取り立てることは著しく不適当であるというべきである。

したがって,本件にあって,市が当該露天商らに対する占用料相当額の損害賠償債権を行使しないことは,地方自治法施行令171条の5第3号所定の場合に該当すると認めることができる。

ウ 以上によれば,本件においては,市が何人かの露天商らに対して占用料相当額の損害賠償請求権を有しているとしても,これを行使しなかったからといって,そのことをもって違法ということはできない。

請求①は,理由がない。

3  争点3(被告が観光協会に対して損害賠償請求権を行使しないことが財産管理を違法に怠っているといえるか)について

(1)  原告は,観光協会が市長及び関係機関との協議を怠ったために占用料相当の損害が発生し,観光協会に,伊勢原市との事業委託契約に基づく義務の懈怠があったかのような主張をするが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

また,原告は,観光協会が迅速に個々の露店の出店場所を定めなかったために,露天商が市道等占用許可の申請をすることができず,占用料相当損害金が発生した旨主張をするが,実行委員会が個々の露店の出店地点を指定しなければ露天商が市道等占用許可申請ができなかったと認めるに足りる証拠もない。

(2)  さらに,原告は,実行委員会が露天商らに代わって市長に対する市道等占用許可申請及び道路占用料減免申請をするべきであるのにこれを怠ったこと,露天商らに対して露店の出店に伴う諸費用として道路占用料を請求できるにもかかわらずこれを怠ったことなどにより,市に観光協会に対する損害賠償請求権が発生した旨主張する。

上記主張は,実行委員会を観光協会の履行補助者として,実行委員会の上記各不作為を,観光協会の市長に対する債務不履行と主張する趣旨と解されなくもない。

しかし,観光協会は,伊勢原市における観光事業の振興等を目的とし,観光産業にかかわる事業者等によって組織され,会長を伊勢原市長とする団体であり,伊勢原市は,観光協会との間で,本件祭りの開催事業の企画立案及び実施に関する一切の業務を委託したものであるところ(乙14),観光協会ないし本件祭りの実施団体である実行委員会において,市道等を占用しようとする個々の露天商らが市長に対して執るべき道路法及び占用料条例等に基づく市道等占用許可の申請及び道路占用料減免の申請の手続を,露天商らからの委託もなしに露天商らに代わって行うべき義務及び権限があると解することはできないし,市長に権限のある道路法及び占用料条例等に基づく露天商らに対する道路占用料の徴収を,市長に代わって行うべき義務及び権限があるとも解されない。

「aまつり露天出店に関する要綱」の9条1項の規定は,実行委員会が露天商に代わって露店出店に必要な電気,水道の手配等を行った場合に,それらの費用を露天商らに請求できる旨の規定であり,上記要綱の12条には,実行委員会は,管理者の承認を得ないで公の管理する土地を使用する露天商に対して「必要な措置をとることができる」旨の規定が置かれているが,これらの規定をもって,実行委員会において,市長に代わって露天商らに対して道路占用料を徴収できる義務及び権限があると解することはできない。

そうすると,原告が主張するように市が観光協会に対して損害賠償請求権を有しているということはできず,その他,市が観光協会に対して本件祭りの際の露天商らによる市道等の占用に関して債務不履行等に基づく何らかの損害賠償請求権を有していると認めることもできない。

(3)  以上によれば,市が観光協会に対して損害賠償請求権を有しているとはいえず,これを前提とする原告の請求③は理由がない。

第6結論

よって,本件各訴えのうち,請求②に係る訴えは不適法であるからこれを却下し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 土谷裕子 裁判官 安岡美香子)

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