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横浜地方裁判所 平成19年(行ウ)15号 判決 2008年5月14日

主文

1  本件各訴えのうち,被告が,別紙物件目録記載1及び2の土地と同目録記載3の土地との境界について,川崎市議会の議決を得た上で境界の確定を求める民事訴訟を提起すること,又は,筆界特定登記官に対し不動産登記法131条に基づく筆界特定の申請をすることを怠る事実が違法であることの確認を求める訴えを却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告が,別紙物件目録記載1及び2の土地と同目録記載3の土地との境界について,川崎市議会の議決を得た上で境界の確定を求める民事訴訟を提起すること,又は,筆界特定登記官に対し不動産登記法131条に基づく筆界特定の申請をすることを怠る事実が違法であることを確認する(以下「請求1」という。)。

2  被告が,aに対し,別紙物件目録記載1及び2の土地について妨害排除請求(又は所有権確認請求)及び使用料相当損害金の支払請求を怠る事実が違法であることを確認する。

第2事案の概要

1  事案の骨子

本件は,川崎市の住民である原告が,川崎市が所有する別紙物件目録記載1及び2の土地(以下「本件土地」という。)がこれに隣接する同目録記載3の土地(以下「隣接地」という。)の所有者である訴外aによって不法に占有されているにもかかわらず,被告が本件土地について境界確定の訴えの提起又は筆界特定の申請をしないこと,また,訴外aに妨害排除請求(又は所有権確認請求)及び使用料相当損害金の賠償請求をしないこと(以下,これらの行為を「本件各行為」という。)は財産の管理を違法に怠るものであると主張し,地方自治法242条の2第1項3号に基づき,当該怠る事実の違法確認を求めた事案である。

2  基礎となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)

(1)  当事者等

ア 原告は川崎市の住民である。

イ 川崎市は本件土地の所有者であり,被告は川崎市の市長の地位にある者である。

ウ 訴外bは,昭和35年から,隣接地を所有していた者である。

訴外a,同c及び同dの3名(以下「相続人ら」という。)は,訴外bの相続人であり,平成▲年▲月▲日に相続によって隣接地を取得し,これを共有している者である(乙13の2)。

(2)  本件土地の管理経過

ア 本件土地は,市道α線(以下「α線」という。)の道路区域の一部に位置している(乙1,2)。

α線は,当初県道β線として路線認定され,神奈川県において道路管理がなされていたが,昭和36年4月6日,川崎市道γ線として市道認定され,同年6月30日,神奈川県から川崎市に管理が移管された。その後,昭和58年8月11日にα線として再認定された(甲7,乙1,2,争いのない事実)。

イ 本件土地は,平成16年12月31日まで,道路の用に供されている国有財産として,道路管理者である川崎市に無償で貸し付けられたものとみなされていた(道路法90条2項,同施行法5条1項,甲1,2,乙3の1・2)。

川崎市は,神奈川県知事に対し,平成16年11月15日付けで,本件土地について国土交通省所管国有財産の譲与申請を行い,平成17年1月1日,本件土地を国から譲り受け,以後これを所有している(道路法90条2項)。また,川崎市は,平成19年3月14日,本件土地につき所有権移転登記手続を了した(乙1,2,3の1・2)。

ウ 隣接地は,本件土地の西側に接して位置している(甲7)。

エ 訴外aは,平成17年10月頃から,隣接地において共同住宅(以下「本件住宅」という。)の建設を開始し,平成18年3月頃にこれを完成させた(甲5,6,8の1ないし3,12の1ないし3,17)。

(3)  監査請求

原告は,平成18年11月28日,川崎市監査委員に対し,本件土地の一部が訴外aに不法に占有されているにもかかわらず,川崎市は本件各行為を行わずに財産の管理を怠っているなどとして,監査請求をしたところ,同委員は,平成19年1月24日付けで同請求を棄却した(甲7)。

第3争点

1  請求1が住民訴訟として適法か。

2  本件各行為を行わないことが,財産管理を違法に怠っているといえるかどうか。

第4争点に関する当事者の主張

1  争点1(請求1が住民訴訟として適法か)について

(被告の主張)

住民訴訟の対象となる財産管理とは,公有財産の財産的価値に着目し,その価値の維持,保全を図る財務的処理を直接の行為とする財務会計上の行為としての財産管理行為とされている。

これを本件のような道路の管理の問題についていうと,道路敷地について有する財産的価値に影響を及ぼす場合には,被告の作為又は不作為が住民訴訟の対象となるが,財産的価値に何らかの影響を生じさせないような場合は,道路管理者として道路行政上の問題となることはあっても,住民訴訟の対象とならない。

原告は,財産管理者である被告に対し,本件土地と隣接地との境界を確定すべく訴訟を提起するよう求めているが,土地の境界自体は客観的に存在するのであって,被告の不作為によって土地の境界に影響を生じるものではないのだから,境界を確定するための訴訟を提起しないことをもって,住民訴訟の対象となる財務会計上の行為とはいえない。

(原告の主張)

(1) 公有地と隣接地との境界確定請求が財務会計上の財産管理行為であるか否かは,それが公有地の土地としての財産的価値に着目し,その価値の維持,保全を図る財務的処理を直接の目的とするか否かにかかっている(最高裁平成2年4月12日第一小法廷判決・民集44巻3号431頁参照)。

そして,第三者が公有地を不法に占拠していると解される場合,その占有者が隣接地所有者であり,かつ公有地管理者と占有者との間に土地境界の認識について争いがあるときは,所有権侵害の有無や範囲は,土地境界がいかなる線分と定められるかにより定まる。土地の境界は所有権の及ぶ範囲を特定するものであるから,妨害排除請求権,損害賠償請求権等の土地所有権に基づく実体上の請求権の発生もこれにかかっている。

要するに,土地境界確定訴訟は,財務会計上の財産管理行為に当たることが明らかな実体上の請求権行使の前提問題ないしは先決問題を一義的に確定する意義を有するものであるから,それはまた公有地の価値の維持,保全を図る財務的処理を直接の目的とするものであり,財務会計上の財産管理行為に当たることは明らかである。

(2) 最高裁平成19年4月24日第三小法廷判決(判例時報1967号82頁参照)においては,監査請求期間の判定についてではあるが,「財務会計上の行為」と「財産管理を怠る事実」とは明確に峻別されているのであって重なるところはない。したがって,この用語法に従えば,財産管理の懈怠を主張する本件に財務会計行為の観念を持ち込むべき理由はない。

(3) 土地の境界が客観的に定まっているとされるのは,観念の領域においてのみであって,実際に土地境界が争われ,ひいては土地の存否そのものが争われる事例は無数にある。土地の管理の第一歩は境界の確定にあるのであって,正しい境界に基づく土地の範囲全体を適切に利用することが地方財政法8条が要求するものである。

(4) 被告は,境界確定訴訟を提起しないことが住民訴訟の対象とならないと主張するが,土地境界確定の訴えは,土地所有権が有する権能のひとつであって,その不行使の結果,一部の土地について占有者に取得時効が成立することにもなり得,その場合には当該部分について川崎市は財産を喪失する結果となる。

そのおそれを除去し,予防することが財産管理の要請であり,それを求める訴えが住民訴訟の対象とならないなどという見解が成立する余地はない。

2  争点2(本件各行為を行わないことが,財産管理を違法に怠っているといえるかどうか)について

(原告の主張)

(1) 川崎市が,昭和36年4月6日以降,本件土地について道路行政上の管理(公共物管理)の権限及び義務を,また,地方分権推進整備法施行前は改正前国有財産法9条3項による国の機関委任事務として,同整備法施行後は,現行国有財産法9条3項,同4項及び国有財産法施行令によるいわゆる第1号法定受託事務として,道路法に規定する市町村道の用に供する国有財産である本件土地について「国有財産の取得,維持,保存,運用及び処分」,すなわち普通財産管理の権限及び義務を有していたことは明らかである。

そうすると,川崎市が本件土地を取得した平成17年1月1日以前においても,本件土地の管理について,川崎市は,道路管理者としてその権限及び義務を有するのみならず,財産管理者としての所有権限の行使,すなわち「良好な状態での維持及び保存,用途又は目的に応じた効率的な運用その他の適正な方法による管理及び処分」を行う義務を果たすべきことが要求されていたことは明らかである(国有財産法9条の5)。

したがって,現時点において被告が財産管理者として何をすべきかを判定するために,平成17年1月1日以前に川崎市が本件土地の財産管理者としてとった行動,認識した事情その他の事由がすべて考慮の対象とされるべきである。

(2) 訴外bが本件土地に当たる公有地の存在を否定し,財産境界について川崎市が提示する管理者案に同意しないことが判明したのは昭和53年11月であり,それ以降,既に30年弱が経過している(乙8の2)。同人は,平成11年3月の境界査定の際も,「財産境界は道路敷境界と一致し,道路敷でない公有地は,隣接地側には存在しない」旨主張していたが,その時点以降でも約10年が経過している(乙10の1)。

川崎市は,これらの事実をふまえ,遅くとも平成11年3月には,国有財産の管理者として訴外bに折衝し,説得する等,協議交渉を尽くして川崎市の管理者案での境界確定に努めることが財産管理者として要求されていたのである。

(3) 訴外b及び相続人らは,昭和53年11月,平成11年3月及び平成17年8月の少なくとも3度にわたって,川崎市の担当者から,同人らの占有が本件土地に入り込んでいるとみられること,隣接地と道路敷との間に打たれた標識は,道路敷とそれ以外とを画するものであって,本件土地と隣接地との財産境界を表示するものではないことの説明と説得を受けながら,頑としてこれを拒み,本件土地の一部を取り込んで計画敷地とした本件住宅を建築,完成させた。

以上の経緯からすれば,相続人らによる本件土地に対する新たな占有は,悪意でもってなされたと見るべきものであり,しかもその侵害部分は約30.89平方メートルと広きにわたり,侵害の態様も,本件土地の一部に共同住宅の外構であるブロック塀,敷地内ゴミステーション等の恒久施設を設置し,建物外壁が含まれる疑いすらあり,これらの工作物でもって川崎市による占有を一切排するものである(甲7,9の3)。

これらの撤去を実現するには,訴えの提起や代執行等,直ちに実効的な手段をとらなければならない重大かつ深刻な状況にあることは明らかである。

(4) 以上によれば,本件各行為を行わないことが,財産管理を違法に怠る事実に該当することは明らかである。

(被告の主張)

(1) 原告は,本件土地が国有地であった期間中においても川崎市に財産的管理義務があると主張するが,地方自治法242条の2所定の住民訴訟及び同法242条所定の住民監査請求の対象となる「財産の管理を怠る事実」にいう財産とは,同法237条1項所定の普通地方公共団体の所有に属する「公有財産,物品及び債権並びに基金」をいい,国有財産はこれに含まれない(東京高裁昭和57年12月16日判決・東京高等裁判所判決時報民事33巻10~12号161頁参照)。

また,国の機関委任事務ないし法定受託事務は,地方公共団体が国の委任,委託によりその事務を行うものであるから,管理の主体はあくまで国である(徳島地裁平成4年7月13日判決・訟務月報39巻4号664頁参照)。

さらに,本件土地は,平成16年12月31日までは道路法施行法5条1項に基づき,国から貸与を受けて使用貸借に基づく権限を有していたにすぎないものであるところ,使用貸借権は地方自治法238条1項に定める公有財産には当たらないものとされており,川崎市は,本件土地について専ら道路行政上の管理権限を有していたにすぎず,その間の管理は同法242条,242条の2の対象とはならない(最高裁平成2年10月25日第一小法廷判決・集民161号51頁参照)。

したがって,本件土地が国有地であった期間については,川崎市に道路管理者として行政的管理上の問題が生じることはあっても,上記「財産の管理を怠る事実」に該当しないことは明らかである。

(2) もっとも,原告は,川崎市が本件土地の所有権を取得する以前の管理につき,現時点での財産管理者としてなすべき手段の選択に当たって,これらの事情を考慮すべきと主張するようであるが,道路管理者としての管理は十全に行ってきたものであって,道路行政上の管理者としての注意義務を怠る違法は全く存しない。

(3) 財産の管理を違法に怠るとは,法令上一定の要件の下で作為義務があるにもかかわらず,相当の期間が経過した後もこれを行わないことであり,善管義務を怠っている場合や,公の財務会計のあり方に照らして客観的に正当性を欠く場合も含まれると解されている。

ところで,隣接地との境界確定については,川崎市に財産管理者としていかなる手段,方法を採用するのか裁量権が存するものと解されるところ,本件土地と隣接地については,川崎市が本件土地の所有権を取得した後,以下に述べるとおり,今日まで解決に向けて協議がなされており,合意による解決が見込まれるのであるから,現在の段階で境界確定の訴えの提起又は筆界特定の申請等をしないからといって,財産管理を違法に怠っているとは到底いえない。

すなわち,平成17年7月7日,相続人らから土地境界査定申請がなされ,川崎市は公図(甲4)に示された形状により財産境界を確定すべく管理者案(乙4)を提示したが,同人らがこれに同意しなかったため,同境界査定は不調となった。その後,川崎市は,平成19年1月11日,相続人らに対し,上記管理者案による境界が定まれば,道路の機能維持には必ずしも必要不可欠ではない本件土地の一部を同人らに売り払うことも可能である旨告げ,同年2月20日及び5月28日,売払い価格の交渉等を継続しており,未だ諸条件面で折り合いがつかないこともあり,財産境界の確定は実現されていないが,双方,解決に向けて今後とも交渉を継続していくことを確認している(乙12)。

また,原告は,本件土地が訴外aによって不法に占有されており,同人に対し,妨害排除請求及び損害賠償請求等をしないことが違法である旨主張する。しかし,本件土地と隣接地とは,昭和53年の道水路台帳補正測量業務において道路区域の確認は行われたものの,境界の確認はなされていないのだから,訴外aが本件土地を不法占有しているかどうかも定かではない。

したがって,被告が訴外aに対し,本件土地が不法占有されていることを前提とした措置を講じないことをもって,財産管理を違法に怠っているとはいえない。

(4) 原告は,現状を放置すれば訴外aによって本件土地の一部が時効取得されかねず,これを阻止するためには訴えの提起が必要である旨主張する。

しかし,訴外bが土地境界査定に応じない意思を明らかにした昭和53年実施の境界立会の日前後を時効の起算点とした場合,既に時効期間は満了し,川崎市は,平成19年3月14日付けで所有権移転登記を経由し,対抗要件を備えているから,訴外aは川崎市に対し,時効取得を対抗できない。

また,仮に平成11年3月4日の境界立会の日前後を起算点と主張したとしても,昭和53年及び平成11年において訴外aの占有の意思,占有状況に変化はなく,また,同人に民法185条にいう「新たな権原」を認めるべき客観的事実はなく,時効の起算点を任意に選択することは認められないから(最高裁昭和35年7月27日第一小法廷判決・民集14巻10号1871頁参照),上記主張は認められない。

なお,訴外aに相続が発生した平成▲年▲月▲日,もしくは本件住宅が建設された平成18年3月30日頃などを時効の起算点とした場合は,いずれにしても取得時効の完成を阻止するために,直ちに被告が訴えを提起しなければならない状況とはいえない。

(5) 以上によれば,本件各行為を行わないことが,財産管理を違法に怠る事実に該当しないことは明らかである。

第5当裁判所の判断

1  争点1(請求1が住民訴訟として適法か)について

原告は,被告が本件土地と隣接地との境界確定訴訟を提起しないこと又は不動産登記法131条に基づく筆界特定申請をしないことが,地方自治法242条1項所定の財産の管理を怠る事実に該当するとして,その違法の確認を求めている。

そこで検討するに,同法242条の2所定のいわゆる住民訴訟の対象となるのは,同法242条1項所定の普通地方公共団体の執行機関又は職員による一定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実に限られる。そして,住民訴訟制度が,上記財務会計上の違法な行為又は怠る事実を予防又は是正し,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としていることに鑑みれば,財産の財産的価値に着目し,その価値の維持,保全を図る財務的処理を直接の目的とする行為に限り,財務会計上の行為としての財産管理行為に当たり,住民訴訟の対象となり得るものというべきである(最高裁平成2年4月12日第一小法廷判決・民集44巻3号431頁参照)。

そして,境界確定訴訟及び筆界特定制度において確定される境界とは,国家が行政作用によって定める公法上の境界であり,土地の所有権の範囲を画する財産境界とは概念を異にするものである(不動産登記法123条1号,同2号,最高裁昭和43年2月22日第一小法廷判決・民集22巻2号270頁参照)。そうすると,境界確定訴訟の提起又は筆界特定申請により公法上の境界を確定することは,当該土地の財産的価値に着目し,その価値の維持,保全を図る財務的処理を直接の目的とする行為ということはできず,財務会計上の行為としての財産管理行為には当たらない。

したがって,被告が本件土地と隣接地との境界確定訴訟を提起しないこと又は筆界特定申請をしないことは,財務会計上の行為としての財産管理行為を怠る事実ということはできないから,地方自治法242条1項所定の住民訴訟の対象事項には該当せず,その違法の確認を求める請求1は,不適法な訴えといわざるを得ない。

2  争点2(本件各行為を行わないことが,財産管理を違法に怠っているといえるかどうか)について

(1)  原告は,訴外aの所有する本件住宅が本件土地の一部を不法に占有しているとして,被告が,訴外aに対して妨害排除請求又は本件土地と隣接地との財産境界を確定させるための所有権確認請求を行わないことは,財産管理を違法に怠る事実に該当する旨主張する。

ところで,地方財政法8条は「地方公共団体の財産は,常に良好の状態においてこれを管理し,その所有の目的に応じて最も効率的に,これを運用しなければならない」と定め,また地方自治法138条の2は,「普通地方公共団体の執行機関は(中略)当該普通地方公共団体の事務を,自らの判断と責任において,誠実に管理し及び執行する義務を負う」と定めている。これらの規定によると,普通地方公共団体の執行機関は,公有財産たる土地(地方自治法238条1項1号)が第三者に占有され,時効取得等によってその財産的価値を減少するおそれが生じている場合には,これを阻止する義務を負い,これを行わないことが,不法占有開始の事情,交渉の経緯,放置期間の長さなどの諸要素を総合的に考慮し,当該執行機関の裁量権の逸脱又は濫用と認められる場合には,地方自治法242条1項所定の財産管理を違法に怠る事実に該当するものと解することができる。

(2)  これを本件について見るに,前記基礎となる事実に加え,掲記の証拠によれば以下の事実が認められる。

ア 本件土地と隣接地との財産境界確定に関する経緯

(ア) 原告がその代表者となっている会社は,本件土地の南側に隣接する土地を所有しているが,同会社は,昭和53年9月7日,被告に対して土地境界査定を申請し,同年10月23日と11月20日,現地において訴外bを含めた関係者の立会いが行われた。しかし,訴外bは,その際,本件土地と隣接地との境界線について川崎市が提示した案を承諾しなかった(甲10の1・2,17,乙5,8の1ないし3)。

なお,上記土地境界査定とは,土地境界査定取扱規則(昭和27年川崎市規則第10号)に基づき,道路,河川,水路,堤とう敷その他川崎市の市有地と民有地との境界を明確にすることを目的とするものであり,関係土地所有者の協議が成立し,又は川崎市長が提示した案を関係土地所有者が承諾することによって,当該境界を確定させるものである(甲7,乙5)。そして,関係土地所有者の合意によって境界を確定させるものであることからすれば,ここで確定される境界とは,私法上の効果をもつ財産境界であると解される。

(イ) 川崎市は,昭和53年11月30日,道水路台帳補正測量業務の一環として,訴外bの立会い及び承諾の下,α線の道路区域の決定を行い,境界標を埋設した(乙9,道路法18条,同施行規則2,3条)。

(ウ) 平成10年3月27日,本件土地の東側に位置する土地の所有者が,被告に対して土地境界査定を申請し,平成11年3月4日,現地において訴外bを含めた関係者の立会いが行われたが,訴外bは本件土地と隣接地との境界線について川崎市が提示した案を承諾しなかった(甲17,乙10の1・2)。

(エ) 相続人らは,平成17年7月7日,被告に対し,訴外b名義で土地境界査定申請を行い,川崎市は公図(甲4)に示された形状により財産境界を確定すべく管理者案(乙4のKZ36,KZ256,KZ257,KZ258,KZ259,KZ255,KB19-1の各点を順次直線で結んだ線を財産境界とする案,以下「管理者案」という。)を提示したが,同人らが上記管理者案に同意しなかったため同境界査定は不調となった(甲4,乙4,11の1・2,12)。

(オ) 川崎市高津区役所建設センターの職員ら(以下「市職員」という。)は,平成19年1月11日,相続人らと話合いを持ち,①川崎市の提示する管理者案で土地境界査定を実施したいこと,②昭和53年に実施した道水路台帳補正測量業務において川崎市が明示したのは道路区域であり,隣接地との財産境界ではないこと,③管理者案により財産境界が定まった際には,相続人らが本件土地の一部である三角地(乙4のKZ36,KZ24,KZ23,KZ22,KZ21,KS20,KZ18,KZ17,KB19-1,KZ255,KZ259,KZ258,KZ257,KZ256,KZ36の各点を順次結んだ範囲の土地,以下「三角地」という。)の取得を希望するのであれば,これを売り払うことも可能である旨説明した。

相続人らからは,①昭和53年の際に本件土地と隣接地との土地境界は確定しており,それが財産境界であるとの認識を有していること,②三角地の売払いについては,価格等の条件が折り合うのであれば了承する可能性があること,③三角地の売払いを受けるのではなく,同人らの所有する私道との交換も検討して欲しい旨の申し出がなされ,次回に川崎市が売払い価格の概算を提示することとなった。

(カ) 市職員は,平成19年2月20日,相続人らと話合いを持ち,三角地の売払い予定価格の概算を提示したが,同人らからは,当該価格では折り合えない旨の回答がなされた。

また,市職員は,同年1月11日の話合いで同人らから提案された三角地と私道との交換については,川崎市の私道を市道に認定する基準では,私道は無償寄附とすることとされていることから,交換の対象とはできない旨回答した。

(キ) 市職員は,同年5月28日,相続人らと話合いを持ち,市職員が重ねて上記(オ)①ないし③の説明を行ったところ,相続人らからは,三角地をお金を払ってまで買おうとは考えていなかったが,現状のままでよいとも考えておらず,売払いを受けることで問題解決ができるならば検討したい,売払いの価格面等の条件を再度検討してほしい旨の申し出がなされ,双方,解決に向けて今後も交渉を継続していくことを確認した。

(ク) 市職員は,同年10月18日,相続人らと話合いを持ち,三角地の売払い予定価格の算定根拠について説明を行い,適正な価格算定である旨を説明した。相続人らからは,これと異なる価格が提案されたが,合意には至らず,時間をおいて次回の交渉を行うこととした。

(ケ) 市職員は,今後,三角地等につき第三者による不動産鑑定評価を行い,その価格を基にして相続人らと交渉をすることを予定している(以上(オ)ないし(ケ)について乙12)。

イ 本件住宅による本件土地の占有状況

三角地には,本件住宅に附属するブロック塀に囲まれた植栽及びゴミ捨て場が,訴外aにより設置されている(甲9の3・4)。

本件住宅が建設された平成18年3月以前について,訴外bあるいは相続人らが三角地を占有していたか否かについては証拠上明らかではない(甲13)。

(3)  以上の事実を前提に,被告が訴外aに対する妨害排除請求又は本件土地の所有権確認請求を行わないことが財産管理を違法に怠る事実に該当するか否かについて検討する。

ア 本件土地と隣接地との財産境界については,昭和53年頃より訴外b及び相続人らと川崎市との間に見解の対立があり,本件口頭弁論終結時においても未だ確定されておらず,両地の境目に位置する三角地の所有権が相続人らと川崎市のいずれに属するのかは明らかではない。

しかし,川崎市は,本件土地の所有権を取得した平成17年1月1日以降,自ら提示した管理者案で財産境界を確定するとともに,これによれば本件土地に含まれることになるものの道路の機能維持に必要不可欠ではない三角地を同人らに売り渡して,同市の考える不法占有状態を解消するべく,5回にわたり相続人らと交渉を重ね,相続人らも,川崎市の提案する財産境界を了承し,三角地の売渡しを受けることによって本件紛争を解決する意向を有し,売払い価格等の条件について今後も川崎市と交渉を継続することを希望していることが認められる。

イ また,三角地が本件土地に含まれて川崎市に帰属するものとして,これが時効取得される可能性があるかどうかについてみると,訴外aが本件住宅の建設を開始したのは平成17年10月頃であるところ,同建設開始時点を訴外aによる三角地の自主占有の開始時期とすれば,同人が占有開始当時において善意かつ無過失であったとしても,取得時効が成立するまでにはなお7年以上の猶予がある(民法162条2項)。また,本件土地と隣接地との財産境界について訴外bと川崎市との見解の相違が明らかになった昭和53年9月の段階で既に訴外bが三角地を自主占有していたとすれば,それから20年以上経過した平成17年1月1日に川崎市が国から本件土地の所有権を取得し,その後同市が本件土地の所有権移転登記を経由したという経過に照らせば,今後の川崎市の請求の有無が三角地の時効取得の成否を左右するものとはいえない(同条1項)。その他に,訴外b又は相続人らによる三角地の自主占有の開始時期があることはうかがわれない。そうすると,即座に所有権確認請求ないし妨害排除請求を行わなければ時効取得によって本件土地の財産価値が毀損されるという事情は認めることができない。

ウ これに対し,原告は,被告は平成17年1月1日以前にも,国有地であった本件土地について機関委任事務あるいは法定受託事務として普通財産管理の権限と義務を有していたとして,被告に財産管理を違法に怠る事実があるかを判定するに当たっては,同日以前の被告の不作為をすべて考慮すべきである旨主張する。

しかし,地方自治法242条1項所定の「財産の管理を怠る事実」にいう財産とは,普通地方公共団体の所有に属する公有財産であり(同法237条1項,238条1項),国有財産はこれに含まれない。

加えて,平成17年1月1日以前において,川崎市は本件土地について道路法90条2項,同施行法5条1項に基づく使用貸借権を有していたといえるが,当該使用貸借権は地方自治法238条1項4号にいう「地上権,地役権,鉱業権その他これらに準ずる権利」とは認めることはできず(最高裁平成2年10月25日第一小法廷判決・判例タイムズ743号102頁参照),住民訴訟の対象となる財産とはいえないから,いずれにしても,同日以前において,被告が本件土地につき地方自治法242条1項所定の怠る事実の対象となるような財産管理権限を有していたとは認められない。

したがって,怠る事実の違法性の判断に当たって,川崎市が本件土地の所有者となる以前に,被告が妨害排除請求等を行わなかったという事情を考慮することはできない。

以上のとおり,現在,本件土地と隣接地との財産境界について川崎市と相続人らとの交渉が継続しており,三角地が本件土地に含まれて川崎市に帰属することを前提とした解決の可能性が存在し,また直ちに訴外aに対する訴訟を提起しなければ本件土地の財産的価値が毀損されるという状況にもないことからすれば,被告が現段階において同人に対する妨害排除請求や所有権確認請求を行わないことをもって,公有財産の管理について被告が有する裁量権の逸脱又は濫用があるとはいえず,財産管理を違法に怠っていると認めることもできない。

(4)  最後に,被告が訴外aに対して使用料相当損害金の支払請求を行わないことが財産管理を違法に怠る事実に該当するか否かについて検討する。

本件において,川崎市が訴外aに対して本件土地について使用料相当損害金の請求権を有しているかどうかは,本件土地と隣接地との財産境界いかんによって定まる。そうすると,当該財産境界について川崎市と相続人らとの交渉が継続しており,同交渉による解決が図られている現状において,被告がその解決に先立って訴外aに使用料相当損害金の請求をしなかったとしても,それをもって,財産管理について被告が有する裁量権の逸脱又は濫用があるとはいえず,財産管理を違法に怠っていると認めることはできない。

第6結論

よって,本件各訴えのうち,原告の請求1は不適法であるからこれを却下し,その余の原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 沼野美香子)

裁判官貝阿彌亮は,転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 北澤章功

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