大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成19年(行ウ)55号 判決 2009年6月29日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  神奈川県教育委員会が、平成16年1月23日付けで原告に対してした別紙文書目録(1)記載の文書番号1の文書の一部を公開する決定のうち、非公開とした部分を取り消す。

2  神奈川県教育委員会が、平成16年4月23日付けで原告に対してした別紙文書目録(2)記載の文書番号1ないし21の各文書の公開を拒否する決定のうち、文書番号1ないし19記載の各文書の公開を拒否した部分を取り消す。

3  神奈川県教育委員会が、平成16年4月23日付けで原告に対してした別紙文書目録(3)記載の文書番号1ないし118の各文書の一部を公開する決定のうち、非公開とした部分を取り消す。

4  神奈川県知事が、平成16年4月16日付けで原告に対してした別紙文書目録(5)記載の文書番号1ないし3の各文書の一部を公開する決定のうち、非公開とした部分を取り消す。

5  被告は、原告に対し、300万円を支払え。

第2事案の概要

1  事案の骨子

原告は、平成15年11月27日、神奈川県教育委員会に対し、神奈川県情報公開条例(以下「本件条例」という。)に基づき、その管理する行政文書の公開を請求したところ、①同委員会は、平成16年1月23日付けで、原告に対し、別紙文書目録(1)記載の文書の一部を非公開とし、その余の部分を公開する旨の決定を行い、また、原告は、平成16年2月25日、同委員会に対し、その管理する行政文書の公開を請求したところ、同委員会は、同年4月23日付けで、原告に対し、別紙文書目録(4)記載の各文書の公開を決定するとともに、②別紙文書目録(2)記載の各文書の公開を拒否する旨の決定、③別紙文書目録(3)記載の各文書の一部を非公開とし、その余の部分を公開する旨の決定をそれぞれ行い、さらに、原告は、同年2月25日、神奈川県知事に対し、その管理する行政文書の公開を請求したところ、④同知事は、同年4月16日付けで、原告に対し、別紙文書目録(5)記載の各文書の一部を非公開とし、その余の部分を公開する旨の決定をした(以上の原告の行政文書の公開請求を併せて「本件各公開請求」、上記①ないし④の各決定を併せて「本件各決定」、別紙文書目録(1)、(2)(ただし、文書番号20、21の各文書を除く。)、(3)、(5)記載の文書中本件各決定において非公開とされた部分を「本件各非公開情報」という。)。

本件は、原告が、被告に対し、本件各決定のうち、その一部を非公開とした部分の取消しを求めるとともに、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として慰謝料300万円の支払を求めた事案である。

2  本件条例の定め(〔証拠省略〕)

本件条例は、県内に住所を有する者等は、実施機関に対し、当該実施機関の管理する行政文書の公開を請求することができ(4条)、実施機関は、公開請求があったときは、当該公開請求があった日から起算して15日以内に、当該公開請求に対する諾否の決定を行わなければならず(10条1項)、また、公開請求に係る行政文書に非公開情報とそれ以外の情報とが記録されている場合において、当該非公開情報とそれ以外の情報とを容易に、かつ、行政文書の公開を請求する趣旨を失わない程度に合理的に分離できるときは、当該非公開情報が記録されている部分を除いて、当該行政文書の公開をしなければならない(6条1項)旨をそれぞれ定める。

また、本件条例5条1号は、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、若しくは識別され得るもの又は特定の個人を識別することはできないが、公開することにより、個人の権利利益を害するおそれがあるもの」を非公開情報とする。

3  基礎となる事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  原告は、平成15年11月27日、神奈川県教育委員会に対し、本件条例4条に基づき、平成10年4月1日から平成15年10月までの「県立図書館の正規、臨任、再任用職員の給与と支払簿」を公開するよう請求した(〔証拠省略〕)。

神奈川県教育委員会は、上記公開請求に係る文書を別紙文書目録(1)記載の文書と特定した上、平成16年1月23日付けで、原告に対し、本件条例6条1項及び10条1項に基づき、上記文書のうち、同目録「公開することができない部分の概要」欄記載の各事項については本件条例5条1号に該当するとしてこれらを非公開とし、その余の部分を公開する旨の決定をした(〔証拠省略〕)。

(2)  原告は、平成16年2月25日、神奈川県教育委員会に対し、本件条例4条に基づき、平成10年4月1日から平成16年1月までの「非常勤報酬に関係する文書類全部、非常勤、臨任職員の所得税に関係する文書類全部、非常勤、臨任、再任用職員の社会保険に関係する文書類全部、非常勤、臨任、再任用職員の雇用保険に関係する文書類全部、労災保険に関係する書類全部、非常勤、臨任、再任用職員の出勤簿」を公開するよう請求した(証拠省略〕)。

神奈川県教育委員会は、上記公開請求に係る文書を別紙文書目録(2)ないし(4)記載の各文書と特定した上、平成16年4月23日付けで、原告に対し、本件条例6条1項及び10条1項に基づき、別紙文書目録(4)記載の各文書の公開を決定(〔証拠省略〕)するとともに、別紙文書目録(2)記載の各文書の公開を拒否する旨の決定(〔証拠省略〕)、別紙文書目録(3)記載の各文書のうち、同目録「公開することができない部分の概要」欄記載の各事項を非公開とし、その余の部分を公開する旨の決定(〔証拠省略〕)をそれぞれ行った。このうち、別紙文書目録(2)記載の文書目録20及び21については、「保存期間を経過したため、管理していない」として、その余の文書及び事項については、本件条例5条1号に該当するとして、非公開とされたものである。

(3)  原告は、平成16年2月25日、神奈川県知事に対し、本件条例4条に基づき、「平成10年度県立図書館で働いていた、非常勤職員と、臨任職員の報酬及び給与と所得税に関する書類全部」を公開するよう請求した(〔証拠省略〕)。

神奈川県知事は、上記公開請求に係る文書を平成10年度に県立図書館で勤務していた非常勤職員及び臨時的任用職員に係る「財務関係帳票、所得税年末調整明細表、年末調整等報告書」と特定した上、同年4月16日付けで、別紙文書目録(5)「非公開とした情報」欄記載の各事項については本件条例5条1号に該当するとしてこれらを非公開とし、その余の部分を公開する旨の決定をした(〔証拠省略〕)。

(4)  原告は、神奈川県教育委員会に対し、同年2月19日付けで、上記(1)の決定の取消しを求めて異議申立てをし(〔証拠省略〕)、同年5月17日付けで、上記(2)の公開を拒否する決定及び一部公開決定の取消しを求めて異議申立てをし(〔証拠省略〕)、神奈川県知事に対し、同月25日付けで、上記(3)の決定の取消しを求めて異議申立てをした(〔証拠省略〕)。神奈川県教育委員会は同年6月17日付で、神奈川県知事は同月2日付けで、それぞれ神奈川県情報公開審査会に諮問したが、原告から同委員会における審議について延期願いが提出され、これらの異議申立てについてはまだ判断されていない。

4  争点

本件の争点は、以下の2点である。なお、原告は、本件において、下記5(1)(原告の主張)における主張のほかには、本件各非公開情報が本件条例5条1号に該当しないとか、同号の除外事由である「公務員等の職務の遂行に関する情報のうち、当該公務員等の職及び当該職務遂行の内容に係る情報」(同号ウ)に該当するなどとは主張していない。

(1)  本件各非公開情報が、虚偽、架空のものであって、本件各決定のうち本件各非公開情報を非公開とした部分が違法であるかどうか。

(2)  原告の慰謝料請求の成否

5  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件各決定の適法性)について

(原告の主張)

ア 神奈川県立図書館では、県職員らによって年間1億円以上の公金が横領されている。

原告は、横領の証拠を収集するために、何度も情報公開請求をしており、2000枚以上の文書の閲覧交付を受けたが、公開された文書の99.9%が横領の犯罪を隠すために作成された内容虚偽の公文書である。そして、神奈川県教育委員会及び神奈川県知事は、本件各決定において、横領の犯罪を隠しごまかすために、計算できないようにするため非公開にしているのであって、非公開部分は本件条例5条1号に該当しない。横領を阻止するためには全部公開が必要である。

イ 県職員らは、実際に図書館で勤務していない非常勤職員(ユウレイ非常勤職員)を水増しして、彼らの銀行口座に報酬を振り込み、これを横領したのである。「給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表」、「給与所得の源泉徴収票」、「給与支払報告書(統括表)」、「給与支払報告書(個人用)」等にはユウレイ非常勤職員の氏名、住所等が記載されているが、神奈川県教育委員会等はこれらを隠匿して公開しない。

(被告の主張)

ア 原告が主張するような横領の事実はない。神奈川県立図書館における職員等に係る報酬、税、社会保険等の関係書類に虚偽の記載等はない。

イ 本件条例には、公開請求に係る行政文書について、その記載内容の真否を調査すべき旨の定めはなく、却って、諾否決定は原則として15日以内に決定しなければならないと定めており、実施機関が文書の内容の真否を調査することは予定されていない。また、本件条例5条1号に該当するかどうかの判断においては、プライバシーであるかどうか不明確であるものを含めて、記載内容から特定の個人の識別可能性が外形的に認められるのであれば、その公開により特定の個人のプライバシーが侵害される危険性があると推定され、非公開の措置を講ずべきであるから、この点からみても実施機関が文書の内容の真否を調査することは予定されていない。

したがって、文書に個人情報が記載されていれば、その内容の真否を問わず非公開とするものであるから、原告の主張はこの点からしても失当である。

(2)  争点(2)(原告の慰謝料請求の成否)について

(原告の主張)

原告は、平成15年以来、10数回、情報公開請求をしたが、神奈川県教育委員会等は、変造、ねつ造した内容虚偽の公文書を公開し、あるいは、公開を拒否したり情報公開そのものを一方的に打ち切った。

原告は、本件条例4条に基づき行政文書の公開を請求する権利を有するが、被告は横領の犯罪を隠すため、原告の権利を侵害し、原告に精神的な苦痛を与えた。その損害は300万円を下らない。

(被告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件各決定の適法性)について

(1)  本件各非公開情報の内容である職員の氏名、給料額、振込先口座番号等は、これらの標目や性質等から、本件条例5条1号にいう個人に関する情報に当たり、同号の除外事由に該当しないものと認められる。

原告の主張は、その趣旨が必ずしも判然としないものの、神奈川県立図書館の県職員らによって、年間1億円以上の公金が横領されているとして、様々な主張をしていることからすると、本件各非公開情報の内容が虚偽、架空のものであって、本件条例5条1号が非公開とする個人に関する情報に該当しないという趣旨であると解される。

(2)  しかしながら、本件条例中には、実施機関において管理する文書における記載内容の真偽や適否を審査することを定めた規定はないこと、他方、実施機関は公開請求があったときは、原則として、当該公開請求があった日から起算して15日以内に当該公開請求に対する諾否の決定を行わなければならないとされていること(本件条例10条1項)からすると、本件条例は、公開請求があった行政文書について、その記載内容の真偽を実施機関において審査することを予定しておらず、その記載の客観的な内容に照らして、当該請求のあった行政文書について本件条例5条に定める非公開情報があるかどうか等の判断を迅速にすべきとしているものと解される。

そうすると、本件各非公開情報が本件条例5条1号に該当するか否かは、原則として、当該情報の内容が虚偽であるか否かにかかわるものではないと解するのが相当である。

もっとも、当該情報の内容が全くの虚偽、架空のものであり、その記載自体からして真実に反することが明らかである場合、あるいはその旨が明らかとなっている場合には、当該情報を公開することによって個人のプライバシー等が侵害されるおそれがあるとは認められない場合も想定される。このような場合には、当該情報を公開しても、本件条例が5条1号において保護しようとしている利益等が損なわれるとは認められないから、記載内容が形式的には同号に該当しているとしても、それを理由として当該情報を非公開とすることはできないとも解される。

したがって、当該情報の内容が全くの虚偽、架空であり真実に反することが明らかであるという限りでは、非公開情報の内容の真実性が非公開情報該当性の判断に影響すると解する余地がある。

(3)ア  本件についてみると、〔証拠省略〕によれば、神奈川県立図書館においては、平成10年には、非常勤職員42名、日々雇用職員1名、図書館協議会委員(通年欠席した者は除く。以下同様。)7名、臨時的任用職員2名、平成11年には、非常勤職員42名、日々雇用職員2名、図書館協議会委員10名、臨時的任用職員1名、平成12年には、非常勤職員46名、日々雇用職員2名、図書館協議会委員9名、臨時的任用職員1名、平成13年には、非常勤職員45名、日々雇用職員2名、図書館協議会委員8名、臨時的任用職員2名、平成14年には、非常勤職員42名、日々雇用職員1名、臨時的任用職員及び再任用職員9名、平成15年には、非常勤職員48名、日々雇用職員1名、臨時的任用職員及び再任用職員12名が現実に勤務等していたことが認められる。なお、原告は、上記に摘示した各証拠自体も虚偽のものであると主張するが、これらの証拠は職員の出勤簿等、客観的な性質を持つものであり、内容に虚偽があると疑わせるような事情もないから、原告の主張は採用することができない。

イ  原告は、実際に図書館で勤務していない非常勤職員を水増しして、彼らの銀行口座に報酬を振り込み、これを横領した旨主張するが、上記摘示にかかる証拠及び認定の事実に照らすと、そのような事実が認められないことは明らかである。

その他、原告は、様々な主張をしているが、いずれも当を得ないものである。

(4)  したがって、本件各非公開情報の内容が虚偽、架空のものであるということはできず、上記(2)で検討したところに照らすと、本件各非公開情報の虚偽性を理由として本件条例5条1号に該当しないという原告の主張は理由がない。

以上のとおり、本件各決定は適法である。

2  争点(2)(原告の慰謝料請求の成否)について

原告は、本件各公開請求その他の情報公開請求の際に、内容虚偽の文書を公開されたとか、本件各非公開情報が虚偽、架空のものであるなどと主張するが、文書の内容が虚偽であるという理由がないことは上記1で判断したとおりであり、原告の情報公開請求についてされた実施機関の行為に違法があったと認めることはできない。

したがって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

3  結論

以上のとおりであって、原告の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 土谷裕子 高橋心平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例