横浜地方裁判所 平成19年(行ウ)57号 判決 2009年8月26日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用中、補助参加についての異議によって生じた分は被告の負担とし、補助参加によって生じた分は、原告補助参加人の負担とし、その余の訴訟費用、参加費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
鎌倉市長が平成18年4月27日付け鎌倉市指令開指第7―42号で行った開発行為許可処分について、神奈川県開発審査会が平成19年11月4日付け神開審第43号で行った裁決を取り消す。
第2事案の概要
1 事案の骨子
鎌倉市長は、原告に対して、鎌倉市○○a丁目78番1ほか3筆の土地における共同住宅を予定建築物とする都市計画法29条1項に基づく開発行為の許可処分(以下「開発許可処分」又は「開発許可」という。)を行った。被告参加人らが、同許可処分の取消しを求めて神奈川県開発審査会に対し審査請求を行ったところ、神奈川県開発審査会は、予定建築物の敷地には接道要件(都市計画法33条1項2号)を満たさない違法があるとして、同許可処分を取り消す旨の裁決をした。
そこで、原告は、接道要件の不備を補正し、鎌倉市長は、再度開発許可処分(以下「本件開発許可処分」という。)をした。これに対し、被告参加人らが再度神奈川県開発審査会に対し審査請求を行ったところ、神奈川県開発審査会は、実体上の違法を理由として処分が取り消された場合、違法理由の補正により改めて処分をすることはできず、新たな申請が必要であったとして本件開発許可処分を取り消す旨の裁決をした(以下「本件取消裁決」という。)。
本件は、本件取消裁決に不服申立適格や裁決の拘束力等についての判断を誤った違法があるとして、原告が同裁決の取消しを求めた事案である。
なお、被告参加人らは、本件訴訟において、主位的に行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)22条1項に基づく訴訟参加を申し立て、予備的に民訴法42条に基づく補助参加の申出をした(平成19年(行ク)第15号 第三者の訴訟参加の申立て事件)。また、本件開発許可処分を行った鎌倉市が原告側に補助参加を申し出た。
当裁判所としては、これらはいずれも理由があると認め、被告参加人らは、行訴法22条1項に基づき訴訟参加をすることが許され、また、原告補助参加人は民訴法42条に基づき補助参加をすることが許されると解するものであって、その理由は、下記第5、第6記載のとおりである。なお、これらの判断は、本来は本判決とは別個の決定においてされるべきところであるが、決定手続より慎重な手続であること、参加申立てに至る経緯及び参加の可否の判断の内容に鑑み、本判決と一体ですることが相当と考えられることなどから、本判決において判断することとした。
2 基礎となる事実(掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
原告は、後記(2)及び(5)の開発区域における共同住宅を予定建築物とする都市計画法29条1項、30条に基づく開発行為の許可申請をした開発事業者である。
被告参加人らは、上記開発区域の周辺に居住する者である。
(2) 本件開発許可処分以前の原告の開発行為の許可申請
鎌倉市長は、原告からの平成17年3月7日付けの下記開発行為の許可申請(以下「当初の申請」ということがある。)について、同月14日付けで、都市計画法29条1項に基づき、開発許可処分をした(以下「第一次開発許可処分」という。〔証拠省略〕。)。
記
ア 開発区域に含まれる地域の名称 鎌倉市○○a丁目68番2、同78番1、同260番2、同260番3
イ 開発区域の面積 2512.29平方メートル
ウ 予定建築物等の用途 共同住宅
エ 工事施行者 原告
オ 工事着手予定年月日 許可日より
カ 工事完了予定年月日 平成19年1月31日
キ 自己の居住の用に供するもの、 その他
自己の業務の用に供するもの、 その他のものの別
(3) bによる建築確認(〔証拠省略〕)
第一次開発許可処分に係る予定建築物の建築計画につき、b(以下「b社」という。)は、原告に対し、平成17年3月28日付けで、建築基準法6条の2第1項に基づき確認済証の交付を行った。
(4) 神奈川県開発審査会による裁決(〔証拠省略〕)
前記開発区域の周辺住民であるAほか16名は、平成17年5月16日付けで神奈川県開発審査会に対し、第一次開発許可処分を取り消すことを求めて審査請求をした。
神奈川県開発審査会は、平成17年12月9日付け裁決(以下「前裁決」という。〔証拠省略〕において、開発行為に係る予定建築物の敷地が、道路とは認めることのできない鎌倉市○○a丁目260―2の鎌倉市市有地(以下「260―2の市有地」という。)に接してはいるが、道路には接していないため都市計画法33条1項2号の要件を満たしていると認めることはできないなどの理由で前記(2)の第一次開発許訂処分を取り消した。
なお、神奈川県開発審査会は、前裁決において、第一次開発許可処分の都市計画法33条1項7号適合性等についても判断を行い、鎌倉市長が、原告による宅地の安全上必要な措置についての計画が妥当であると認めて、同号の基準を満たしているとした判断に違法又は不当な点は認められないとした。
(5) 原告による補正(〔証拠省略〕)
原告は、前裁決を受けて、下記のとおりに開発行為の許可申請の補正を行った(以下、補正後の開発行為を「本件開発行為」という)。
具体的には、開発区域北端部を鎌倉市道053―000号線に接するように開発区域を変更し(以下、変更後の開発区域を「本件開発区域」という。)、鎌倉市道053―000号線を開発区域外の既存道路として鎌倉市道053―101号線の一部、26―2の市有地の一部及び予定建築物の敷地の土地(260―3)の一部の各土地に新たに道路(都市計画法施行令25条2号所定の道路)を築造することに補正した。
記
ア 開発区域に含まれる地域の名称 鎌倉市○○a丁目78番1ほか5筆
イ 開発区域の面積 2537.22平方メートル
ウ 予定建築物等の用途 共同住宅
エ 工事施工者 株式会社c
オ 工事着手予定年月日 許可日より
カ 工事完了予定年月日 平成19年11月30日
キ 自己の居住の用に供するもの、 その他
自己の業務の用に供するもの、 その他のものの別
(6) 本件開発許可処分
鎌倉市長は、原告からの上記補正を受け、前裁決の前提となった予定建築物の敷地の接道状況に変更があり、前裁決の理由である予定建築物の敷地が道路に接しておらず都市計画法33条1項2号の要件を満たしていないという瑕疵が治癒され、同号の要件が満たされるに至ったという理由により、平成18年4月27日、鎌倉市指令開指第7―42号(処分番号は第一次開発許可処分と同一)をもって開発許可処分(本件開発許可処分)を行った(〔証拠省略〕)。
(7) b社による建築確認(〔証拠省略〕)
本件開発許可処分に係る予定建築物の薙築計画につき、b社は、原告に対し、平成18年6月1日付けで、建築基準法6条の2第1項に基づき確認済証の交付を行った。
(8) 審査請求(〔証拠省略〕)
被告参加人らを含む別紙審査請求人目録1及び2記載の審査請求人らは、平成18年6月8日付けで神奈川県開発審査会に対し、本件開発許可処分を取り消すことを求めて審査請求(以下「本件審査請求」という。)を行った。
(9) 本件取消裁決(〔証拠省略〕)
ア 神奈川県開発審査会は、平成19年1月4日付け神開審第43号で下記のとおり取消裁決(本件取消裁決)をし、同月5日、原告に対し、裁決書謄本を送達した。
記
(ア) 審査請求人目録1に記載された審査請求人らの審査請求を却下する。
(イ) 審査請求人目録2に記載された審査請求人らの審査請求に係る鎌倉市長が行った都市計画法29条1項の規定に基づく開発行為の許可処分は、これを取り消す。
イ 本件取消裁決の主な理由は以下のとおりである。
(ア) 不服申立適格について
行政不服審査法(以下「行審法」という。)4条1項にいう「行政庁の処分に不服がある者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分の根拠となる法令が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分について不服申立てをする法律上の利益を有する。
都市計画法33条1項7号は、がけ崩れ等のおそれのない良好な都市環境の保持・形成を図るとともに、がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきとする趣旨を含む。
本件開発区域においては、高低差最大25メートルの斜面において擁壁の設置や切土・盛土等の造成工事が行われるものであることから、同法33条1項7号に規定するがけ崩れのおそれが多い土地その他これらに類する土地に該当しないとはいえない。
そうすると、本件開発区域に隣接ないし近接する一定範囲に居住する別紙審査請求人目録2に記載の審査請求人らについては、本件開発行為の擁壁の設置において、安全措置が適切に講じられないこと等により生命、身体の安全等という一般的公益の中には容易に吸収解消され得ない個々人の利益を侵害される危険性が全くないとはいえないため、不服申立てをする法律上の利益を有する。
一方、同目録1に記載の審査請求人らについては、本件開発区域との位置関係に照らし、本件開発行為によって直ちに上記のような利益を侵害されるおそれがあるとは通常認めがたいので、不服申立てをする法律上の利益を有しない。
なお、行訴法10条1項の規定に相当する主張制限を認めた規定が、行審法にはないことから、審査請求においては、都市計画法33条1項7号についてのみ不服申立適格を認めても、本案審査においてそれ以外の事由についても審査できるものである。
(イ) 本件開発許可処分の違法性について
行審法43条2項の規定の趣旨は、申請に基づいてした処分が手続の違法若しくは不当を理由として裁決で取り消され、又は申請を却下し、若しくは棄却した処分が裁決で取り消された場合には、処分庁は、それぞれの裁決の趣旨に従って、あらためて申請に対する処分をしなければならないことになるというものである。
申請に基づいてした処分が違法若しくは不当を理由として裁決で取り消された場合には、申請人は、再度の処分によって、申請が認容される可能性が残っている限りにおいて、あらためて処分を受ける権利を有する。そして、裁決が処分を実体上又は内容上の違法を理由として取り消したものである場合においては、当該裁決の拘束力の同一処分の繰り返し禁止効によって、処分庁が再び申請を認容する処分をする余地はないのが通常であるのに反して、裁決が処分を手続上の理由として取り消したものである場合においては、処分庁が裁決の趣旨に従って再度適法に手続を行ったうえ、あらためて申請を認容する処分をする余地が残されている。このことから、本項は、裁決が処分を手続上の違法を理由として取り消したものである場合に限って、処分庁はあらためて申請に係る処分をすべきものとしたものであると解される。
本件の場合、前裁決は実体上の違法を理由として処分を取り消したものであるが、新たな開発許可の申請ではなく、前裁決で取り消された処分に係る申請について、その違法とされた要件事実が補正されている。
しかし、行審法43条には、実体上の違法を理由として取り消された処分に係る申請について、その違法理由を補正してあらためて許可することができるとする規定はなく、これを認める判例等もない。
処分庁は、実体上の違法理由が補正された新たな開発許可の申請に対して、開発許可基準の審査を行い、処分をするべきであった。しかし、処分庁は、そのような手続を行わず、前裁決で取り消された処分に係る申請を補正して再度許可処分を行った。これは行審法43条2項の解釈を誤った違法な手続により処分を行ったもので、その違法が処分に影響を及ぼすことは明らかである。
(10) 原告による本訴の提起等
原告は、平成19年7月3日、本件訴訟を提起した。
被告参加人らは、同年8月25日、主位的に行訴法22条1項に基づく訴訟参加を申し立て、予備的に行訴法7条、民訴法42条に基づく補助参加の申出をした。
原告補助参加人は、平成20年8月1日、行訴法7条、民訴法42条に基づき、原告を補助するため補助参加の申出をした。
3 争点
本件の争点は、本件取消裁決が適法であるかであるが、具体的には以下の各点である。
(1) 審査請求人らの不服申立適格の有無
(2) 審査請求人らの不服申立ての利益の有無
(3) 裁決において、不服申立適格を認めた根拠条文以外の事項に関しても不服申立てに係る行政処分についての法適合性を審査できるか
(4) 本件取消裁決における理由付記不備の有無
(5) 本件取消裁決に先だつ原告に対する聴聞・弁明の機会付与の要否
(6) 鎌倉市長が前裁決後に原告により補正された開発許可申請に基づいて行った本件開発許可処分を違法とした本件取消裁決に行審法43条1項及び2項の解釈を誤った違法があるか
第3争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(審査請求人らの不服申立適格の有無)
(原告の主張)
(1) 総論
別紙審査請求人目録2のうち、審査請求人B、同C、同D、同甲山E及び甲山F(以下「審査請求人Bら」という。)は、都市計画法33条1項7号が保護しようとする法律上の利益を有していないにもかかわらず、法律上の利益を有するとして本件取消裁決が行われているのであるから、本件取消裁決には不服申立適格のない審査請求人の申立てに基づき裁決を行ったという違法がある。
この点、被告は、神奈川県開発審査会は、開発許可の取消しを求める審査請求においては、審査請求人の1人にでも不服申立適格が認められれば、本案審理に入り処分の違法性についての審査を行わなければならないのであり、結局、原告の主張は本件取消裁決の取消請求事件において裁決の取消しを求める理由とはならないと主張するが、被告の主張は、結果良ければすべて良しとする主張である。原告は、本件取消裁決が、審査請求人Bらに不服申立適格が認められないにもかかわらず、その判断をすることなく、そのまま裁決を行った点に違法があると主張しているのである。
(2) 審査請求人Bらが不服申立適格を有しないこと
ア 審査請求人Bらが審査請求をする法律上の利益を有しないこと
本件開発許可処分は、都市計画法29条に基づく開発許可処分であるところ、この「処分に不服がある者」は、同法50条1項、行審法4条1項に基づいて神奈川県開発審査会に対して審査請求ができる。
この「処分に不服がある者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者のことをいい、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も法律上保護された利益に当たると解される。
都市計画法33条1項7号の規定は、がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解されるところ、本件開発区域は、都市計画法33条1項7号に規定する土地に該当しないとはいえないから、本件開発区域に隣接して居住する審査請求人A及び同Gについては、都市計画法33条1項7号が保護しようとする法律上の利益を有すると解される。
しかしながら、がけ崩れのおそれのある造成工事が行われる場所は本件開発区域の南東端であるところ、審査請求人B及び同Cは本件開発区域の北西側の開発区域外に居住しているのであり、また、本件開発区域の南東端と同人らの居住地間には、地下3階地上9階建の鉄筋コンクリート造りの強固な共同住宅(予定建築物)が建築されるのであるから、万一ある部分でがけ崩れが発生したとしても同人らが直接的な被害を被ることは予想されず、同人らは都市計画法33条1項7号が保護しようとする法律上の利益を有しない。
また、審査請求人D宅の西側に予定建築物の地下壁を築造するため高さ約12メートルの切土がされるが、切土に面して地下外壁等の設置が予定されているからがけ崩れのおそれは想定されず、切土面に接する地下外壁が損傷しても予定建築物との空間が小さいため、隣接地が大きく崩れる事態が発生するおそれはない。したがって、同人には直接的な被害を被ることは予想されず、同人は都市計画法33条1項7号が保護しようとする法律上の利益を有しない。
さらに、審査請求人甲山E及び同甲山Fについても、がけ崩れが発生したとしても直接的な被害を受けることは予想されない。
そもそも、本件開発区域の支持地盤は相当良好な地質であり、本件開発行為にも容易に耐え得る安全な地盤であることは明らかであって、本件開発行為によって、本件開発区域の切土部分の崩壊及び地滑り等によるがけ崩れが生じるおそれはない。
イ 審査請求人Bらの不服申立適格を認めることは行政の客観的な法適合性の確保に反すること
前裁決においては、審査請求人Bらの不服申立適格及びがけ崩れの可能性についての判断がされ、神奈川県開発審査会は、「処分庁の判断に違法又は不当な点は認められない。」としている(〔証拠省略〕)。そうであるにもかかわらず、本件取消裁決において、都市計画法33条1項7号を根拠に不服申立適格を認めているのは、がけ崩れの可能性がないとした前裁決を覆すものであり、行政の客観的な法適合性の確保に反している。審査請求人Bらは、前裁決において不服申立適格が結果的に認められなかったはずであるのに、本件取消裁決において不服申立適格が認められるのはおかしい。
(3) 不服申立適格の判断過程について
不服申立適格の判断に当たっては、予定建築物の構造等を含め諸般の事情を考慮しなくてはならないところ、本件取消裁決では、がけの最大高低差という本来過大評価すべきでない事項を評価し、他方で本来評価されるべき予定建築物の安全性等の事情を一切考慮していないから、本件取消裁決の認定判断には過誤があり、違法が存する。開発行為の結果、当該土地に予定建築物が建築されるのであれば、土地の区画形質の変更状況について予定建築物の存在を考慮すべきことは当然である。
予定建築物の安全性は、b社による確認済証の交付により担保されていたものである。また、前裁決において地質調査報告書が資料として提出されていたことから明らかなように、本件取消裁決時においては、神奈川県開発審査会も本件開発区域の地盤が安全であることを理解していた。
被告は、予定建築物の安全性等についての審査は、建築基準法に基づき建築確認の手続において審査されるべきことであり、開発許可の審査の対象ではないのであるから、予定建築物が建築されることを根拠にがけ崩れによる直接的な被害を被ることが予想されないとの原告の主張は失当であると主張する。しかし、神奈川県開発審査会は、前裁決において、予定建築物の安全性等についても審査を行った上で、予定建築物の建築確認が済んでいることを認識し、都市計画法33条1項7号の基準を満たしているとした処分庁の判断に違法又は不当な点は認められないと判断しているのである。
また、本件開発行為の許可申請では、「予定建築物の平面図・立面図・断面図」(〔証拠省略〕)が添付されているのであるから、予定建築物が建築されることを根拠にがけ崩れによる被害が生じないことを検討することは当然である。
(被告、被告参加人の主張)
(1) 総論
別紙審査請求人目録2記載の審査請求人のうち、審査請求人A及び同Gについて不服申立適格が認められることは争いがない。
神奈川県開発審査会は、開発許可の取消しを求める審査請求においては、審査請求人のうち1人でも不服申立適格が認められれば、本案審理に入り処分の違法性についての審査を行わなければならないのであり、結局、原告の主張は本件取消裁決の取消請求事件において裁決の取消しを求める理由とはならない。
(2) 審査請求人Bらが不服申立適格を有していること
ア 本件開発区域においては、高低差最大約25メートルの斜面において擁壁の設置や切土、盛土等の造成工事が行われることから都市計画法33条1項7号に規定するがけ崩れの多い土地その他これらに類する土地に該当しないとはいえない。
本件開発区域に開発行為によりがけ面が生じている以上、開発区域の周辺に居住する審査請求人Bらに不服申立適格が認められることは明らかである。
原告の主張する地盤の安全性は、本案において、都市計画法33条1項7号の法適合性審査の中で判断されるべきことであり、本案前の不服申立適格の判断において考慮されるべき事項ではない。
なお、本件開発区域の支持基盤と同一の基盤であろうと推測できる本件開発区域直近で、平成16年10月に大規模な土砂崩落事故が発生していたのであり、本件開発区域の地盤が安定しているとの原告の主張には根拠がない。
イ 前裁決の「処分庁の判断に違法又は不当な点は認められない。」とは、その当初の申請どおりに開発行為に関する工事(以下「第一次開発工事」という。)が完了した場合には、都市計画法33条1項7号の基準を満たしていると判断したにすぎないものであって、前裁決をする時点のがけの状態について、がけ崩れの可能性がないと判断したわけではない。
不服申立適格は、法の規定の趣旨が周辺住民の法律上の利益を保護しているかどうかで判断されるものである。前裁決に係る本案審理において「基準を満たしている」との判断があったとしても、このことだけでは、当初申請どおりに第一次開発工事が完了するという条件が成就していない段階なので、不服申立適格の有無の判断には何ら関係がない、
(3) 不服申立適格の判断過程について
予定建築物の安全性等についての審査は、建築基準法に基づき建築確認の手続において審査されるべきことであり、開発許可の審査の対象ではないのであるから、予定建築物が建築されることを根拠にがけ崩れによる直接的な被害を被ることが予想されないとの原告の主張は失当である。
2 審査請求人らの不服申立ての利益の有無(争点(2))
(原告の主張)
(1) 神奈川県開発審査会は前裁決において、都市計画法33条1項7号に係る不服申立適格及びがけ崩れの可能性について判断を行い、第一次開発許可処分の判断に「違法又は不当な点は認められない」と判断していた。すなわち本件開発許可処分に基づき開発行為がなされたとしても、がけ崩れが発生し審査請求人らの生命・身体の安全等の個々人の個別的利益が害されるわけではないとの判断が下され、これが確定しているのであるから、仮に審査請求人らの不服申立適格が認められるとしても、本件開発許可処分を取り消すことによって得られる法的利益(不服申立ての利益)は存しなかったといえる。
したがって、本件審査請求は単なる紛争の蒸し返しであり、審査請求人らは不服申立ての利益を欠いたものであったから、審査請求人らに不服申立ての利益がないことを看過した本件取消裁決は違法である。
被告は、原告による申請の補正によって変更された本件開発行為の工事内容について新たな審査を行わなければならないことから、審査請求人による再度の審査請求が紛争の蒸し返しには当たらないと主張する。
しかしながら、原告による申請の補正によっても本件開発行為の基本的工事内容はほとんど変更されておらず、審査請求人らの権利救済の観点からは、前裁決時と再度の審査請求時において全く事情の変化はない。
(2) 審査請求人らが、原告その他関係者との間において、法律上締結を義務付けられてはいない工事協定(〔証拠省略〕)をあえて締結し、本件開発行為を認容しておきながら、再度の審査請求を行ったという一連の事実を捉えれば、審査請求人らに権利保護の利益や必要性はない。
(被告、被告参加人の主張)
(1) 審査請求人らは不服申立ての利益を有している。
前裁決では、がけ崩れのおそれがない等との判断がされたわけではないことは前述のとおりである。また、本件開発行為においては、前裁決後に、原告により開発区域の拡大及び新たな道路の築造などの補正がなされたことによって、開発行為に係る工事の内容が第一次開発工事の内容と異なることとなった。
つまり、前裁決の事情が実体的に変更されているのであるから、変更された後の本件開発行為について新たに審査をし直さなければならないのである。
したがって、本件審査請求は紛争の蒸し返しではない。
(2) 工事協定書は、一般的には、工事に際して住民と工事を行う側との間で作業方法や作業時間、工事用車両の通行時間等を自主的に取り決め、協定という形で締結されるものであるが、このような協定の一般的な性質からは、行政不服申立てや訴訟提起の権利を制限するなどという効果があるはずもない。
3 裁決において、不服申立適格を認めた根拠条文以外の事項に関しても不服申立てに係る行政処分についての法適合性を審査できるか(争点(3))
(原告の主張)
ア 都市計画法33条1項7号についてのみ不服申立適格を認められた者による審査請求においては、行訴法10条1項の趣旨から、都市計画法33条1項7号の規定によって法律上保護された利益が侵害されているか否かのみが審査事項となると解すべきである。
したがって、前裁決が、都市計画法33条1項7号で審査請求人適格を認めながら、当事者が主張しない同項2号違反を理由として第一次開発許可処分を取り消したことは行訴法10条1項に違反する。
そして、本件取消裁決においても、神奈川県開発審査会が別紙審査請求人目録2記載の審査請求人らについて都市計画法33条1項7号に基づいて不服申立適格を認めつつ、同号の要件と関わりのない本件開発許可処分の手続違反を理由に本件取消裁決をしたのは違法である。
イ 被告は、行審法1条1項が行政の適正な運営確保を目的としていることを根拠に不服申立適格を認めた根拠条文以外の条項に関しても不服申立てに係る行政処分についての法適合性を審査できると主張する。しかし、同項も、行政の違法・不当な処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある国民の権利利益の簡易迅速な救済の目的の範囲内において、行政の適正な運営確保を目的としているものであって、国民の権利利益の救済という目的を離れた行政の適正な運営確保一般を目的としたものではない。
不服申立てを認めた根拠条文以外の条項に係る違法事由に関しても不服申立てに係る行政処分についての法適合性を審査できると解すると、都市計画法33条1項7号について不服申立適格が認められれば、例えば、その他の同項1号、同項2号、同項14号等の要件についても不服申立適格を認めるのと同様の結果になってしまうことになりおかしい。
被告は、行政不服審査制度においては、証拠調べを職権によってもすることができることをも上記主張の根拠とする。しかし、「取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない」との明示の規定のある行訴法においても職権証拠調べの規定があるのであり(同法24条)、行審法と行訴法とを別異に解する根拠とはならない。
行審法が、職権によって行政処分の違法・不当性に関するあらゆる事項を調査することができることを認めていると解することは、同法43条1項の規定の趣旨にも矛盾する。すなわち、同項は「裁決は、関係行政庁を拘束する。」と定めているが、この裁決の拘束力について、学説・判例は、同一の理由若しくは資料に基づいて、同一人に対し同一の行為をすることを禁ずる趣旨にすぎないから、行政庁が別の理由若しくは資料に基づいて処分をすることを妨げるものではないとしていると解している。しかし、行審法が、職権によって行政処分の違法・不当性に関するあらゆる事項の調査を許しているのならば、このような迂遠な方法を定める必要はないはずである。行審法の規定が、審査庁に自ら直接決定する権限を与えることなく、単に「拘束する」との文言にとどめているのは、行政事件訴訟における裁判と同じく、不服申立適格者の権利救済に必要な範囲内にだけ補充的に職権探知を認める趣旨である。
(被告の主張)
ア そもそも、原告は本件取消裁決の取消しを求めているのであるから、本件取消裁決の取消しを求める訴訟において、前裁決の違法を主張することは失当である。
イ 取消訴訟は主観訴訟であるから行訴法10条1項の主張制限に関する規定があるのに対し、行審法による不服申立てにおいては、請求人個人の権利利益の救済という主観的権利利益の救済の機能ばかりでなく行政の客観的な法適合性の確保という機能をも果たすものとして制度化されており、職権探知主義がとられている。このことから、行政不服審査制度においては、不服申立適格を認めた根拠条文以外の条項に係る違法事由に関しても不服申立てに係る行政処分についての法適合性を審査することができる。
したがって、都市計画法33条1項7号についてのみ不服申立適格を認められた者による審査請求においては、同号の規定によって法律上保護された利益が侵害されているか否かのみが審査事項となると解すべきであるとの原告の主張は、取消訴訟と行政不服審査制度とを混同するもので失当である。
4 理由付記不備の有無(争点(4))
(原告の主張)
行審法41条1項は、裁決書に理由を付記しなければならないことを規定するところ、同項の趣旨は、行政庁の判断の慎重さや合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の相手方に不服申立ての便宜を図るという点にある。この趣旨から、裁決書には、各争点ごとの判断及び結論に至る総合判断について、相当に十分で具体的な理由付けの記載がなされなければならないと解されている。本件においては、審査請求人らの不服申立適格が重要な争点となっていたから、不服申立適格に関する理由の付記は詳細かつ具体的になされる必要があった。
しかし、本件取消裁決は、事実関係を十分に把握することなく安易に審査請求人らの不服申立適格を認めており、「理由」付記として不備があることは明らかであり、違法である。
(被告の主張)
行政処分に付記すべき理由記載の程度は、事案の内容に応じて、相対的に定まるものであって、必ずしも処分庁の意思決定内容・過程が詳細にわたって明らかにされなければならないものではない。
本件取消裁決においては、最高裁平成9年1月28日第三小法廷判決・民集51巻1号250頁(以下「最高裁平成9年判決」という。)に基づいて不服申立適格の判断結果に至る理由が記載されており、本件取消裁決に理由付記不備の違法はない。
原告は、本件取消裁決において予定建築物の安全性についての理由が述べられていないことから理由付記に不備があるとしているものと解されるが、予定建築物の安全性に係る事項は本件取消裁決の判断に直接影響するものではないから、この部分が述べられていなくても何ら問題はなく、本件取消裁決の理由付記に不備はない。
5 本件取消裁決に先だって原告に対し聴聞・弁明の機会を与える必要があったか(争点(5))
(原告の主張)
本件の一連の手続に際し、まず第一次開発許可処分に対する開発区域周辺住民による審査請求手続において、審査請求の相手方となったのは処分庁たる鎌倉市長であり、本件開発許可処分に関する審査請求手続においても審査請求の相手方となったのは処分庁たる鎌倉市長であった。したがって、両方の審査請求において、許可処分が取り消された場合にもっとも大きい影響を受けるはずの開発行為の許可申請者である原告は、聴聞・弁明の機会を与えられることなく手続外に放置されていた。
不利益処分をしようとする場合に、不利益処分の名宛人となるべき者に対し、聴聞・弁明の機会を付与しなければならないことは、行政手続法13条の規定を待つまでもなく当然であり、このような手続を履践していない本件取消裁決は違法である。
(被告の主張)
行政手続法3条1項15号は、審査請求、異議申立てその他の不服申立てに対する行政庁の裁決、決定その他の処分については、同法2章から4章までの規定は適用しないとしている。よって、本件取消裁決について聴聞・弁明の機会付与等同章所定の規定は適用されないのであるから、原告の主張は失当である。
なお、参加人について規定する行審法24条1項は、行政処分に利害関係を有する者は、審査庁の許可を得て、参加人として、既に係属している審査請求に参加することができることを定めているにすぎない。また、本件にあっては、そもそも、利害関係人である原告は、神奈川県開発審査会の求めがあったにもかかわらず、行審法24条に基づく審査請求への参加を辞退している。
6 鎌倉市長が前裁決後に原告により補正された開発許可申請に基づいて行った本件開発許可処分を違法とした本件取消裁決に行審法43条1項及び2項の解釈を誤った違法があるか(争点(6))
(原告の主張)
(1) 本件開発許可処分が前裁決の拘束力に違反しないこと
裁決の拘束力とは、原処分庁が、裁決において違法・不当とされた処分と同一の事情の下で、同一理由に基づく同一内容の処分をすることが許されなくなるという効力のことである。
拘束力の基準時は処分時であると解されるため、処分時以降の事情変更に基づく同一処分は拘束力に反しない。
すなわち、裁決後に生じた事情変更を許さないとする根拠はなく、かかる事情変更は当然許される。
被告は、拘束力の効果として、取消裁決時の事情の変更が禁止される効果があると主張するが、上記のとおり、裁決後の事情変更が許されるのであるから、裁決後の事情変更というべき申請の補正も許されるはずである。
そして、申請の補正が許される以上は、原処分庁がそれを受けて再処分を行うことも許されるはずである。
したがって、鎌倉市長が原告により補正された申請に対して再度の許可処分(本件開発許可処分)を行ったことは、前裁決の拘束力に反しない。
(2) 行審法43条2項違反について
行審法43条2項は、実体上の違法を理由として許可処分が取り消された場合については明文で規定していない。
しかしながら、実体上の違法を理由に許可処分が取り消されたとしても、裁決の趣旨に反しない限り、再度の許可処分をなし得る場合はある。
行審法上の取消裁決の拘束力の制度は、行訴法上の取消判決の拘束力に対応するものであるが、学説は、取消判決の拘束力を規定する行訴法33条3項について、同項が実体的違法による取消しについては明文規定を設けていない理由は、「許可処分や認容裁決が実体的違法を理由に取り消されれば、再度許可処分や認容裁決がなされる可能性はほとんどない」からであるとし、そして、「実体的違法により取り消されても再度の許可処分等があり得ないわけではない」とし、また、同項が実体的違法による取消しについて明文で規定していない理由は、「処分等が、実体上の違法を理由として取り消された場合には、取消裁決の拘束力によって、再び申請等を認容する余地がないのが通常である」からであるとし、なお、「問題は再度の考慮により異なった結果の生ずる余地により判断される」として、「実体関係的な審査により取り消された場合もここでいう手続に違法があること」に含まれると解するものもある。このように、実体的違法を理由として取り消された場合を、行訴法33条3項から排除する見解はほとんど見当たらないのであるから、これと同旨を規定する行審法43条2項についても同様に解すべきである。
(3) 申請の補正を認める規定がないことについて
開発行為等の許可申請後に申請に不備が見つかった場合、申請者は行政庁からその旨の指摘を受けて申請を補正し、行政庁は補正された申請に対し許可処分等を行うのが通常である。被告の主張は、かかる開発許可等における行政実務を無視するものであり、首肯できない。
(4) 小括
以上のとおり、本件開発許可処分は行審法43条1項所定の前裁決の拘束力に違反せず、また、同条2項に反するものでもないから、本件取消裁決には、同条1項、2項の解釈を誤った違法がある。
仮に、申請の補正に関する原告の主張が認められないとしても、原告は当初申請時のほとんどの資料を補正しており、これにより、原告の申請は当初の申請とは全く別のものになっている。すなわち、原告の補正により原告から鎌倉市長に対して新たな申請がなされたと考えるべきで、本件開発許可処分は同条1項、2項に反するものではない。
(原告補助参加人の主張)
(1) 裁決の拘束力
行審法上の取消裁決の拘束力と同様に考えられる行訴法上の取消判決の拘束力は、行政庁が判決の趣旨に従って行動する実体法上の義務を定めるものであり、それゆえ、取消判決が違法とした理由とは別の理由に基づいて、行政庁が同一の処分をすることを妨げるものではない。
申請を認めた処分又は裁決が実体上の理由で取り消された場合に限って、行政庁が取消判決の趣旨に反しない別の理由による同一処分をすることまでが禁じられ、不許可処分をすることが義務付けられるとする理由はない。
行訴法33条3項は、実体上の理由による取消しであっても申請の変更や補正により再び申請等を認容する余地がある場合について、行政庁が取消判決の趣旨に反しない限度で取り消された前処分と同じ結論の再処分をすることを禁止しようとする趣旨、すなわち申請の変更や補正を禁止しようとする趣旨までも定めたものではない。実体上の違法を理由として取り消された場合であっても、行政庁が申請人の申請に対して応答すべき状態が復活することは手続上の違法を理由として取り消された場合と同様であり、行政庁が申請人の申請に対して応答すべき状態が復活し、これにより、行政庁は、再処分をしなければならないのである。
そして、以上の解釈は、行訴法33条3項と趣旨を同じくする行審法43条2項についても当てはまるものである。
(2) 再度の許可処分の実益について
都市計画法29条に基づく開発行為の許可申請につき、鎌倉市では、鎌倉市開発事業等における手続及び基準等に関する条例(平成14年鎌倉市条例第5号。以下「市条例」という。〔証拠省略〕。ただし、平成17年12月当時のもの。)により手続が定められており、許可申請をするためには、鎌倉市長との事前相談その他市条例所定の手続を経由する必要がある。そして、本件開発行為において、新たに許可申請をして、上記許可を得るためには、再度市条例所定の手続を経由しなければならない。ところで、原告と鎌倉市長との当初の申請に際しての事前相談以降の市条例に基づく一連の手続は、開発区域や予定建築物の内容などを明示して行われてはいたが、本件開発行為への許可申請の補正は、主に開発区域北端部の接道状況の変更に関する補正であり、土地利用計画の内容に実質的な変更はなかったのであるから、既に実施済みであった市条例に基づく手続を最初からやり直すべき必要性はなかった。
このような事情の下、当初の申請が維持された状態において、原告により申請内容中実体的違法があると解される部分が補正され、鎌倉市長は、これを受けて本件開発許可処分を行ったのであり、本件においては、前裁決の趣旨に反しない別の理由による同一処分をするべき実益があった。
(3) 申請の補正の可否
申請者は、申請に基づく処分がなされるまでは、申請内容の変更、補正をすることができるのが原則である。したがって、行審法43条又は行訴法33条に申請の変更、補正により違法理由を補正して改めて許可処分をすることができるとする規定がないことは、申請内容の変更、補正が許されないと解する理由にはならないというべきである。
開発行為の許可申請について、一旦処分がなされ、その後その処分が裁決又は判決で取り消された場合には、当該申請に対する処分が未だなされていない状態が復活するので、行政庁が申請に対し応答すべき状態が復活することになる。
申請に対して未だ何らの処分もなされていない場合と一旦処分がなされた後にそれが裁決等により取り消された場合とで違いを設ける理由はないから、申請者は、その申請に基づく新たな処分がなされるまでは申請の内容を自由に変更、補正することができる。
(4) 小括
以上のとおり、原告は本件において前裁決の後に開発行為の許可申請を補正することが可能であり、鎌倉市長は、当該補正により前裁決の理由となった事実から要件事実が変更されて都市計画法が定める要件が充足されたことから、前裁決の拘束力に反しない本件開発許可処分を行ったものである。
(被告、被告参加人の主張)
(1) 裁決の拘束力について
行政不服審査制度とは、申請に対する応答の延長にある制度であり、当初申請を基とした処分に対する不服審査を行うのであるから、裁決後になされる処分は、当初申請と同一事情の下でなされる必要がある。申請の補正などにより処分の前提となる事情の変化があった場合には、裁決の拘束力である反復禁止効の同一事情の前提を覆すもので、拘束力違反になる。
学説が、行審法上の取消裁決の拘束力と同様に考えられる行訴法上の取消判決の拘束力につき、「処分時以降の事情変更に基づく同一処分は拘束力に反しない」とするのは、本件との関係では、処分時以降に新たな申請があった場合、新たな申請がされたという事情変更に基づいて行われた同一の処分は、判決の対象となった処分とは別の事情による処分であるから、判決の拘束力に反するものではないということである。
一方、本件開発許可処分については、前裁決の対象となった第一次開発許可処分が取り消され、申請状態に戻った段階で、別個の申請がされることなく補正がされ、これによって事情変更が生じたとして再処分が行われたというのであるから、同一事情を前提とする裁決の拘束力に反しており、行審法43条2項を適用することはできない。
本件のように、申請を認容した処分を実体上の理由により裁決で取り消した場合には、前裁決の違法判断の基準時である第一次開発許可処分時の事情と同一事情の下では、実体上の違法理由を補正することは不可能である。
(2) 行審法43条2項違反について
審査庁が処分を手続上の違法を理由として取り消したものである場合においては、処分庁が裁決の趣旨に従って再度適法に手続を行えば、申請を認容する処分をする余地が残されている。すなわち、この場合は申請者にやり直しの利益が認められているのであるから、行審法43条2項は処分庁に「改めて申請に対する処分をしなければならない」と義務付けているのである。
ところが、行審法43条2項には、申請を認容した処分が裁決により実体的な理由で取り消された場合の規定がない。その理由につき、行審法43条2項と同旨の規定である行訴法33条3項に関し、これは、認容処分が実体的な理由で取り消された場合は、取消判決の拘束力の関係上、再度やり直しても認容処分のなされる見込みはなく、一般に、このことをあえて法律によって強制するまでの必要性がないと考えたからであるとされている(杉本良吉「行政事件訴訟法の解説」(法曹会)113頁)。
原告の引用する学説によっても、本件の場合、同一事情の前提がある以上、接道要件の瑕疵という違法事実は申請状態に戻ったとしても補正することができず、行審法43条2項の規定によって再び開発許可処分を認容する余地はないから、これら学説は原告主張の根拠となるものではない。
したがって、本件取消裁決の判断に行審法43条2項違反の違法はない。
(3) 申請の補正を認める規定がないことについて
本件の場合は、申請を認容する処分についての取消裁決後にされた、申請の実体的内容に関する補正であるから、行審法43条2項に照らせば、鎌倉市長が申請状態に戻ったとして補正を求めることはできないし、申請者である原告も申請状態に戻ったとして補正をする権利は法令上認められていない。
本件の場合のように、申請を認容した処分が、実体的違法を理由に取り消され、その後、申請状態に戻ったとして補正をすることにより違法理由が是正されたとして、当該申請に対し再度許可処分を行うなどということが行政の実務として通常行われているなどという事実はない。このような場合、業者(原告)が直ちに申請を取り下げて、裁決の拘束力に抵触しないように補正をした上、改めて申請をするか、処分庁(鎌倉市長)が裁決の趣旨に従い不許可処分をした後、業者が裁決の拘束力に抵触しないように補正した上、改めて申請をするのが、学説にかなった行政実務の運用である。
(4) 原告補助参加人による再度の許可処分の実益に関する主張について
市条例は、行審法及び都市計画法とは別個の、鎌倉市が独自に制定した自主条例である。このような自主条例が存在するからといって、行審法及び都市計画法の解釈が影響を受けることはない。神奈川県開発審査会は、行審法の下で都市計画法50条の権限を行使し、審査をしているのであって、市条例の制約を受けるものではなく、市条例が存在するからといって、この市条例との関係で行審法及び都市計画法の解釈が変わるということはない。
したがって、市条例による手続の必要性の有無が、補正の適否についての行審法43条の解釈に影響を与えるものではない。
第4当裁判所の判断
1 争点(1)(審査請求人らの不服申立適格の有無)
(1) はじめに
本件取消裁決は、平成18年6月8日付けの本件審査請求が多数人による共同不服申立てであったことから、まず、各審査請求人の不服申立適格の有無について判断し、別紙審査請求人目録2記載の審査請求人らについては、その不服申立適格を認めた(〔証拠省略〕)。これに対し、原告は、本件取消裁決には同審査請求人らの不服申立適格の有無の判断を誤った違法があると主張する。
そこで、本件取消裁決に上記違法があるかについて、以下検討する。
(2) 不服申立適格の判断基準
行審法4条1項にいう「行政庁の処分に不服がある者」とは、当該処分について不服申立てをする法律上の利益がある者、すなわち、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も上記の法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分について不服申立適格を有するものというべきである。
そして、処分の根拠となる当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁参照)。
審査請求人らは、本件開発区域に隣接又は近接して居住しており、本件開発許可処分に基づく開発行為によって起こり得るがけ崩れ等により、その生命、身体等を侵害されるおそれがあると主張しているところ、都市計画法(平成18年法律第30号による改正前のもの。)33条1項7号は、開発区域内の土地が、地盤の軟弱な土地、がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地であるときは、地盤の改良、擁壁の設置等安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていることを開発許可の基準の一つとして規定している。この規定は、上記のような土地において安全上必要な措置を講じないままに開発行為を行うときは、その結果、がけ崩れ等の災害が発生して、人の生命、身体の安全等が脅かされるおそれがあることにかんがみ、そのような災害を防止するために、開発許可の段階で、開発行為の設計内容を十分審査し、上記の措置が講ぜられるように設計が定められている場合にのみ許可をすることとしているものである。そして、このがけ崩れ等が起きた場合における被害は、開発区域内のみならず開発区域に近接する一定範囲の地域に居住する住民に直接的に及ぶことが予想される。また、同条2項は、同条1項7号の基準を適用するについて必要な技術的細目を政令で定めることとしており、その委任に基づき定められた都市計画法施行令28条、都市計画法施行規則23条、同規則27条の各規定をみると、同法33条1項7号は、許可権者が、開発許可に際し、がけ崩れ等を防止するためにがけ面、擁壁等に施すべき措置について具体的かつ詳細に審査すべきこととしているものと解される。以上のような同号の趣旨・目的、同号が開発許可を通して保護しようとしている利益の内容・性質等にかんがみれば、同号は、がけ崩れ等のおそれのない良好な都市環境の保持・形成を図るとともに、がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。したがって、開発区域内の土地が同号にいうがけ崩れのおそれが多い土地等に当たる場合には、がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者は、開発許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その開発許可の取消しを求める審査請求をするにつき不服申立適格を有すると解するのが相当である(最高裁平成9年判決参照)。
(3) 審査請求人Bらの不服申立適格の有無
ア 審査請求人Bらが法律上の利益を有すること
(ア) 本件についてみると、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件開発区域においては、高低差最大25メートルの斜面において擁壁の設置や切土・盛土の造成工事が行われるものであり、勾配のある土地を、ほぼ垂直に掘削して約12メートルのがけを造成し、がけ下にマンションを建築する計画となっていること、本件開発区域及びその周辺は、宅地造成等規制法による宅地造成工事規制区域に指定されているほか、神奈川県の土砂災害危険箇所に指定されていること、本件開発区域の反対側斜面で審査請求人A及び同Gの居住する側では、平成16年10月9日の台風22号襲来時に、大規模な土砂崩落事故があったことが認められ、これによると、本件開発区域内の土地は、前段で判断したがけ崩れのおそれが多い土地に当たると認めることができる。
(イ) 以下に、個別の審査請求人について検討する。
〔証拠省略〕によると、本件開発区域と審査請求人らとの位置関係は、別紙開発区域周辺位置関係図のとおりであることが認められるが、審査請求人A及び同Gについては、本件開発区域に隣接して居住することから、がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者ということができ、開発許可の取消しを求めるにつき明らかに法律上の利益を有すると認められる(同人らが法律上の利益を有することは原告も認めている。)。
前掲証拠及び弁論の全趣旨によると、審査請求人Dは、本件開発区域の斜面地上にその居宅が隣接しており、がけ崩れが起これば当然に宅地が崩落することが認められる。したがって、同人も、がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者ということができ、開発許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有すると認められる。
また、前掲証拠によると、審査請求人甲山E及び同甲山Fは、本件開発区域から約3メートルの建築基準法42条2項道路を挟むだけの土地上に敷地を有し、同敷地上の居宅(以下「審査請求人甲山宅」という。)に居住しているものであること、その居宅は本件開発区域から約20メートルの範囲内にあることが認められ、したがって、同人らも、がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者ということができ、法律上の利益を有すると認められる。
そして、前掲証拠によると、審査請求人B及び同Cは、審査請求人甲山宅の北東側に隣接して居住するものであるが、同人らも、審査請求人甲山E及び同甲山Fと同様に本件開発区域と近接していることが認められ、がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者ということができ、法律上の利益を有すると認められる。
イ 予定建築物の存在を考慮すれば審査請求人Bらががけ崩れによる直接的な被害を被ることは予想されないとの原告の主張について
原告は、がけ崩れのおそれのある造成工事が行われる場所は本件開発区域の南東端であるところ、審査請求人B及び同Cは本件開発区域の北西側に居住し、本件開発区域の南東端と同人らの居住地間には、強固な共同住宅(予定建築物)が建築されるのであるから、万一がけ崩れのある部分でがけ崩れが発生したとしても同人らが直接的な被害を被ることは予想されず、審査請求人D宅についても、切土に面して地下外壁等の設置が予定されているからがけ崩れのおそれは想定されず、審査請求人甲山E及び同甲山Fについても、がけ崩れが発生したとしても直接的な被害を受けることは予想されないと主張する。
しかしながら、予定建築物の安全性等については、建築基準法に基づき建築確認の手続において審査されるべきことであり、開発許可の審査の対象ではないのであるから、予定建築物等が建築されることを根拠にがけ崩れによる直接的な被害を被ることが予想されないとの原告の主張は採用することができない。
ウ 本件開発区域の地盤は安全であるから審査請求人Bらにがけ崩れのおそれは想定されないとの原告の主張について
原告は、本件開発区域の地盤は安全であるから審査請求人Bらにがけ崩れのおそれは想定されず、不服申立適格は認められないと主張する。
しかしながら、地盤の安全性は、本案において、都市計画法33条1項7号の法適合性審査の中で判断されるべきことであり、本案前の不服申立適格の判断において考慮されるべき事項ではない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
エ 審査請求人Bらの不服申立適格を認めることは行政の客観的な法適合性の確保に反するとの原告の主張について
原告は、前裁決においては、審査請求人Bらの不服申立適格及びがけ崩れの可能性についての判断がされ、神奈川県開発審査会は、「処分庁の判断に違法又は不当な点は認められない。」と述べているにもかかわらず、本件取消裁決において、都市計画法33条1項7号を根拠に不服申立適格を認めているのは、がけ崩れの可能性がないとした前裁決を覆すものであり、行政の客観的な法適合性の確保に反していると主張する。
しかしながら、〔証拠省略〕によると、前裁決が「処分庁の判断に違法又は不当な点は認められない。」と述べたのは、原告の平成17年3月7日付け開発行為の許可申請どおりに第一次開発工事が完了した場合には、都市計画法33条1項7号の基準を満たしていると判断したにすぎないものであって、前裁決をする時点のがけの状態について、がけ崩れの可能性がないと判断したわけではないと認めることができる。
したがって、原告の上記主張は前提を誤っており、採用することができない。
(4) 判断過程について
原告らは、不服申立適格の判断に当たっては、予定建築物の構造等を含め諸般の事情を考慮しなくてはならないところ、本件取消裁決では、がけの最大高低差という本来過大評価すべきでない事項を評価し、他方で本来評価されるべき予定建築物の安全性等の事情を一切考慮していないから、本件取消裁決の認定判断には過誤があり、違法が存すると主張する。
しかしながら、開発許可の基準である都市計画法33条1項各号には、予定建築物の安全性についての規定はなく、開発許可の申請及び開発許可の申請書の添付書類に関する規定である同法施行規則16条及び17条も予定建築物の安全性審査のための書類を求めていない。前述のとおり、予定建築物の安全性等については、建築基準法に基づき建築確認の手続において審査されるべきことであって、開発許可の審査の対象ではないから、本件取消裁決において予定建築物の安全性等の事情を考慮しないことは何ら違法ではない。
なお、本件取消裁決は、がけの最大高低差や本件開発区域と審査請求人らの位置関係を基に審査請求人らの不服申立適格を判断しており、その判断過程に過誤は認められない。
(5) 小括
以上によれば、別紙審査請求人目録2記載の審査請求人らの不服申立適格を認めた本件取消裁決の判断に違法はなく、その判断過程にも違法を認めることはできない。
2 審査請求人らの不服申立ての利益の有無(争点(2))
(1) 原告は、前裁決が第一次開発許可処分の判断に「違法又は不当な点は認められない」と判断し、本件開発許可処分に基づき開発行為がなされたとしても、がけ崩れが発生し審査請求人らの生命・身体の安全等の個々人の個別的利益が害されるわけではないとの判断を下していたのであるから、審査請求人らに本件開発許可処分を取り消すことによって得られる法的利益(不服申立ての利益)は存しなかったのであり、本件審査請求は紛争の蒸し返しであると主張する。
しかしながら、前裁決ががけ崩れのおそれがない等との判断をしていないことは前述のとおりである。
また、本件取消裁決においては、前記第2の2(5)のとおり原告が開発行為に係る工事の内容を補正し、その内容を変更している。すなわち、前裁決の基礎となった事情が変更されているのであるから、本件審査請求が紛争の蒸し返しに当たるということはできない。
なお、弁論の全趣旨によれば、本件取消裁決の時点においては、本件開発区域にがけはなお存在しており、前裁決時点において行われた切土の状態のままであったと認められるから、がけ崩れの危険性が社会通念上解消されたということはできず、審査請求人らの不服申立ての利益は消滅していないと認めることができる。
(2) 原告は、審査請求人らが、平成17年7月4日、原告その他関係者との間において、工事協定(〔証拠省略〕)を締結したことを理由に、本件開発行為を認容したものとして、審査請求人らに権利保護の利益や必要性はない旨も主張する。
しかし、前記認定の事実並びに〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によると、上記協定書を締結した住民側は、個々の住民ではなく、町内会等が当事者として締結したものであったこと、ところで、同協定書が締結されたのは平成17年7月4日で、当時、第一次開発許可処分等をめぐり開発業者である原告と審査請求人らとの間に紛議があり、同年5月16日には審査請求が申し立てられていたこと、しかるに、上記協定書には第一次開発許可処分、第一次開発工事の是非はもちろん、同審査請求を取り下げること等に関する事項は記載がなく、一般的な、工事に際しての作業方法や作業時間、工事用車両の通行時間等を取り決めるにとどまっていること、したがって、同審査請求の申立てはなお維持され、同年12月9日付けの前裁決に至ったことが認められる。
以上の事実によれば、開発を業とする原告が当事者となって上記協定を締結するに当たり、仮に原告主張のように、前裁決につき審査請求を申し立て、後に本件審査請求をするに至った住民も原告らのする開発工事を是認していたとするなら、当然に上記協定書にその旨及び審査請求を取り下げる等の記載があってしかるべきものと解される。しかるに、上記協定書にはその旨の記載がなく、一般的な、工事に際して住民と工事を行う側との間で作業方法や作業時間、工事用車両の通行時間等を自主的に取り決めたという程度の内容にとどまっているというのであるから、同協定を締結したからといって、直ちに当該審査請求人につき、行政不服申立てや訴訟提起の権利を制限するなどという効果が生ずると解することはできない。
(3) したがって、審査請求人らが不服申立ての利益を欠くとの原告の主張は採用することができず、審査請求人らが不服申立ての利益を有することを前提とした本件取消裁決に違法はない。
3 裁決において、不服申立適格を認めた根拠条文以外の事項に関しても不服申立てに係る行政処分についての法適合性を審査できるか(争点(3))
(1) 原告の主張について
原告は、都市計画法33条1項7号についてのみ不服申立適格を認められた者による審査請求においては、同号の規定により法律上保護された利益が侵害されているか否かのみが審査事項となると解すべきであること、したがって、前裁決が、都市計画法33条1項7号で審査請求人適格を認めながら、当事者が主張しない同項2号違反を理由として第一次開発許可処分を取り消したことは行訴法10条1項違反であり、本件取消裁決においても、神奈川県開発審査会が別紙審査請求人目録2記載の審査請求人らについて都市計画法33条1項7号に基づいて不服申立適格を認めつつ、本件開発許可処分の手続違反を理由に本件取消裁決を下したのは行訴法10条1項違反であることを主張する。
しかし、そもそも、原告は、本訴において、本件取消裁決の取消しを求めているのであるから、上記のように前裁決の違法を主張すること自体失当というべきである。したがって、以下においては、上記のうち、本件取消裁決の違法を主張する部分に限り判断する。
(2) 本件取消裁決が不服申立適格を認めた根拠条文以外の事項に関しても不服申立てに係る行政処分の法適合性を審査したことは違法か
そもそも、行訴法は、違法な行政権の行使による侵害からの原告の権利利益の救済を図ることを目的とする司法作用を主要な規律の対象としているのに対し、行審法1条1項においては「国民の権利利益の救済」のほかに「行政の適正な運営を確保すること」を法律の目的とすることが規定されている点に特徴がある。
行審法は、職権により、適当と認める者を参考人として陳述させることができること、書類その他の物件の所持人に対し、その物件の提出を求め、かつ、その提出された物件を留め置くことができること、必要な場所につき、検証することができること、審査請求人又は参加人を審尋することができることを定めている(同法27条ないし30条)。これが職権証拠調べを許容することは明らかであるが、さらに、これを超えて当事者の主張しない事実を職権で取り上げてその存否を調べること、つまり職権探知主義まで認めている趣旨かどうかは明らかではない。しかし、行政不服審査は、なお、行政過程における争訟であって、私人の権利利益の救済とともに行政の適正な運営の確保をも目的とするものであることをも考慮すると、行審法も職権探知を認めていると解すべきである(訴願法当時のものとして、最高裁昭和29年10月14日第一小法廷判決・民集8巻10号1858頁参照)。
したがって、本件取消裁決が不服申立適格を認めた根拠条文である都市計画法33条1項7号以外の事項に関しても不服申立てに係る本件開発許可処分の法適合性を審査したことは違法ではない。
この点、原告は、行審法が、職権によって行政処分の違法・不当性に関するあらゆる事項を調査することができることを認めていると解することは、同法43条1項の規定の趣旨にも矛盾すること、すなわち、同項は「裁決は、関係行政庁を拘束する。」と定めているが、この裁決の拘束力について、学説・判例は、同一の理由若しくは資料に基づいて、同一人に対し同一の行為をすることを禁ずる趣旨にすぎないから、行政庁が別の理由若しくは資料に基づいて処分をすることを妨げるものではないとしていると解していること、しかし、行審法が、職権によって行政処分の違法・不当性に関するあらゆる事項の調査を許しているのならば、このような迂遠な方法を定める必要はないはずであること、したがって、行審法の規定が、審査庁に自ら直接決定する権限を与えることなく、単に「拘束する」との文言にとどめているのは、行政事件訴訟における裁判と同じく、不服申立適格者の権利救済に必要な範囲内にだけ補充的に職権探知を認める趣旨であることを主張する。
しかしながら、後述のとおり、行審法43条1項は、処分庁が同一事情の下では同一理由に基づく同一内容の処分をすることができないという反復禁止効を規定したものと解すべきところ、同項の規定が、審査庁が直接決定するものとなっていないのは、同一事情の下で異なる理由に基づく同一内容の処分をする可能性があるからである。
したがって、同項の規定をもって職権探知が制限されると解することはできず、原告の上記主張は採用することができない。
4 本件取消裁決における理由付記不備の有無(争点(4))
原告は、本件取消裁決においては、不服申立適格に関する理由の付記は詳細かつ具体的になされるべき必要性があったにもかかわらず、事実関係を十分に把握することなく極めて安易に審査請求人らの不服申立適格を認めたものであり、理由付記として不備があると主張する。
そもそも、行審法41条1項が「裁決は、書面で行ない、かつ、理由を附し……なければならない。」と規定しているのは、審査機関の判断を慎重ならしめるとともに、裁決が審査機関の恣意に流れることのないように、その公正を保障するためと解される。したがって、その理由としては、審査請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしなければならない。
もっとも、裁決に付記すべき理由の記載の程度は、事案の内容に応じて相対的に定まるものであって、必ずしも、裁決庁の意思決定の内容・過程が詳細にわたって明らかにされなければならないものではない。
これを本件についてみるに、本件取消裁決においては審査請求人らの不服申立適格の有無が争点の一つとなっていたところではあるが、審査請求人らの主な不服事由は本件開発許可処分が前裁決の拘束力に反する違法なものであったということであって、本件取消裁決としては、その不服事由に対応してその結論に到達した理由を明らかにすれば十分であって、その前段階の争点である不服申立適格の争点に関する意思決定の内容・過程を詳細にわたって明らかにしなければならないものとは解されない。
そして、本件取消裁決は、審査請求人らの不服申立適格に関し、最高裁平成9年判決の規範を踏まえて、(1)「本件開発区域においては、高低差最大25メートルの斜面において擁壁の設置や切土・盛土等の造成工事が行われることから、法33条1項7号に規定するがけ崩れのおそれが多い土地に該当しないとはいえない」とし、(2)開発区域と審査請求人らの居住敷地との位置関係に照らして「本件開発区域に隣接ないし近接する一定範囲に居住する」審査請求人らについては不服申立適格が認められるとしており(〔証拠省略〕)、本件の事実関係を踏まえた上で結論に到達した過程を、事案に応じて明らかにしており、理由付記の程度として欠けることはないと認められる。
もっとも、原告は、本件取消裁決において予定建築物の安全性についての理由が述べられていないことから理由付記に不備があると主張しているとも解される。しかし、予定建築物の安全性に係る事項は本件取消裁決の判断に直接影響するものではないから、この部分が述べられていなくても何ら問題はないのであって、本件取消裁決の理由付記に不備はないことに変わりはない。
5 本件取消裁決に先だって聴聞・弁明の機会を与える必要があったか(争点(5))
原告は、不利益処分をしようとする場合に、不利益処分の名宛人となるべき者に対し、聴聞・弁明の機会を付与しなければならないことは、行政手続法13条の規定を待つまでもなく当然であるのに、原告は聴聞・弁明の機会を与えられることなく手続外に放置されていたのであるから、このような手続を履践していない本件取消裁決は違法であると主張する。
しかしながら、行政手続法3条1項15号は、審査請求に対する行政庁の裁決について、同法第2章から第4章までの規定の適用を明示に排除している。したがって、同法第3章中の13条が規定する、不利益処分についての聴聞・弁明の機会付与等は、審査請求に対する行政庁の裁決に適用がない。その趣旨は、審査請求に対する行政庁の裁決は事後救済の手続としてされるものであるから、これに対し、行政手続法所定の事前手続の規定を適用することは屋上屋を重ねることになり、したがって、これを避けるため、適用排除の規定がされたものと解される。
よって、本件取消裁決に先だって原告に対し聴聞・弁明の機会を与える必要はなく、本件取消裁決の手続において原告に対し聴聞・弁明の機会を与えなかった点に違法はない。
なお、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、神奈川県開発審査会は、本件審査請求の審理の過程で、原告に対し、行審法24条に基づき審査請求に参加することを求めたこと、これに対し、原告は、辞退届(〔証拠省略〕)を提出し、これに応じなかったことが認められる。
6 鎌倉市長が前裁決後に原告により補正された開発許可申請に基づいて行った本件開発許可処分を違法とした本件取消裁決に行審法43条1項及び2項の解釈を誤った違法があるか(争点(6))。
(1) はじめに
本件取消裁決は、前裁決が実体上の違法を理由として第一次開発許可処分を取り消したのであるから、当該裁決の拘束力である同一処分の繰り返し禁止効によって、処分庁である鎌倉市長が再び申請を認容する処分をする余地はなくなるのであり、鎌倉市長としては、原告から、実体上の違法理由を補正した新たな開発許可の申請があった場合、これに対し、開発許可基準の審査を行い、処分をすべきであったこと、しかるに、鎌倉市長は、そのような手続を行わず、前裁決で取り消された処分に係る申請の補正を許してこれに対し再度許可処分を行ったこと、このような鎌倉市長の手続は行審法43条2項の解釈を誤った違法な手続であるとして、本件開発許可処分を取り消したものである。
これに対し、原告は、本件開発許可処分は前裁決の拘束力に反しないものであり、本件取消裁決には裁決の拘束力の解釈を誤った違法があると主張する。そこで、本件開発許可処分が前裁決の拘束力に反しないものであったかどうかについて、裁決の拘束力の意義及び法律上の規定からさかのぼって検討することとする。
(2) 裁決の拘束力の意義
ア 行審法43条1項
行審法43条1項は、「裁決は、関係行政庁を拘束する。」と規定している。同規定により、関係行政庁は裁決の内容を実現すべく義務付けられ、処分の取消し又は撤廃の裁決があった場合には、同一事情の下で、同一内容の処分を繰り返すことが許されなくなる(反復禁止効)。
裁決の拘束力の性質・根拠は、①審査請求人の権利救済のためには処分が取り消されただけでは十分でなく、消極的には、再び同一の過誤が将来の行政庁の行為において繰り返されないことが必要であり、積極的には、取り消された行為と直接関連して生じた違法状態を除去する必要があること、②行政内部において、ある意思が既に批判、修正された場合には、それ以前の元の意思について行政外部に対する独立の存在、行動を許すべきでないこと、③行政不服審査制度が、行政権が行政監督的方法をもって広義の行政機関内部の意思を統制する目的に奉仕する手段としての側面をもって設けられていること、④したがって、審査請求の対象となった原処分庁により別に裁決に対する抗争手段を認めることは、上記の行政上の統制を破る自壊作用を肯定することにほかならないことから、裁決によって、直接に裁決の趣旨に沿うべき行為義務を行政庁に負わせようとしているものであるとされている。
イ 行審法43条2項
行審法43条2項は、「申請に基づいてした処分が手続の違法若しくは不当を理由として裁決で取り消され、又は申請を却下し若しくは棄却した処分が裁決で取り消されたときは、処分庁は、裁決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分をしなければならない。」と規定している。
本件のように、申請を認容した処分に係る同項の趣旨は、以下のとおりである。
すなわち、申請を認容した処分を審査庁が手続上の違法を理由として取り消したものである場合においては、処分庁が裁決の趣旨に従って再度適法に手続を行えば、申請を認容する処分をする余地が残されている。すなわち、この場合は申請者に再度の処分を受ける法律上の利益(やり直しの利益)が認められているのであるから、処分庁に「改めて申請に対する拠分をしなければならない」と義務付けているのである。
これに対し、行審法43条2項には、申請を認容した処分を審査庁が実体上の違法を理由として取り消した場合の規定がない。これは、認容処分が実体的な理由で取り消された場合は、裁決の拘束力の関係上、再度やり直しても認容処分のなされる見込みはない(すなわち、申請者にやり直しの利益が認められない)ので、一般に、このことをあえて法律によって強制するまでの必要はないと考えられるからであるとされている(行審法43条2項と同旨の行訴法33条3項につき、杉本良吉「行政事件訴訟法の解説」(法曹会)113頁参照)。
以上のことから、同項は、申請を認容した処分につき裁決が処分を手続上の違法を理由として取り消したものである場合には、処分庁は裁決の趣旨に従って改めて申請に対する処分をすべきものとしたと解される。
なお、申請を認容した処分が実体的な理由で取り消されたときにおいても、取消判決の形成力によって、初めから当該処分がなかったことになり、申請はいまだ行政庁の判断を受けないままの状態で存続していることになるのであるから、処分庁は改めて応答行為である処分をしなければならないと解されるが、新たな処分を要せず、当然に終了するとする学説もある。
ウ 検討
前記のとおり、本件では前裁決において第一次開発許可処分が接道要件を満たさないとの実体的な理由で取り消されたのであり、申請者たる原告には、再度の処分を受ける法律上の利益は認められないのであるから、処分庁である鎌倉市長は、残存した申請について、裁決の拘束力に従って不許可処分をすべきであったということになる。
(3) 原告の主張について
ア やり直しの利益について
原告は、前裁決により実体的違法を理由に開発許可が取り消された場合であっても、申請者にはやり直しの利益があるのであるから、やり直しの利益が存する場合には、処分庁が裁決の趣旨に従った再処分(本件では実体上の補正を認めた上での再度の許可処分)を行うことを否定するものではないと考えるべきであると主張する。
確かに、行審法43条2項にいう手続違法とは、処分を再度行うと、申請が再度認容される可能性のある違法という意味であり、本来の手続違法よりも広く、処分庁の構成に関する瑕疵、他の機関の同意、承認等の欠缺、行為の方式、表示に関する瑕疵も含まれるし、裁量処分に関する手続的コントロールではあるが実体関係的な審査により取り消された場合も含まれるものとされる。
しかし、本件の場合のような開発許可基準違反の実体的違法についてまで同項の手続違法に含まれるとする見解は、学説上も見当たらず、一般的に開発許可基準違反の瑕疵が容易には治癒しないことも考慮するならば、本件のように開発許可処分が開発許可基準違反の実体的違法を理由に取り消された場合について、同項が申請者にやり直しの利益を認めていると解することはできない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
イ 裁決の拘束力、申請の補正等に関する原告のその他の主張について
原告は、裁決の拘束力の基準時は当該処分時であると解され、処分時以降の事情変更に基づく同一処分は拘束力に反しないのであり、裁決後の事情変更というべき補正がされた申請に基づいて鎌倉市長が第一次開発許可処分と結果において同一の処分を行うことは裁決の拘束力に反するものではないと主張する。この主張は、取消裁決がなされた場合に、いまだ審査庁の判断を受けないままの状態として存続するものとされる申請について、申請状態のまま申請内容の実体的違法を補正することができるとの解釈を前提とするものと解される。
確かに、裁決の拘束力の基準時は当該処分時であると解されるところ、処分時以降の新たな事情変更(例えば、新たな申請等がこれに該当する。)に基づいて行われた同一の処分は、裁決の対象となった処分と別の事情による処分であるから、裁決の拘束力に反するものではないということができる。
これに対し、本件取消裁決については、前裁決の対象となった第一次開発許可処分が実体的な違法を理由に取り消され、申請状態に戻った段階で当該申請につき補正がされたものである。この点、取消裁決後の申請の実体的内容に関する補正がそもそも可能かについては、当事者双方に争いがある。
そもそも、行政不服審査制度とは、申請に対する応答の延長にある制度であり、当初申請を基にした処分に対する不服審査を行うのであるから、裁決後になされる処分は、当初申請と同一事情の下でなされることが本来予定されていると解される。
そうすると、取消裁決後に当初の申請を補正し、これにより事情変更が生じたとされる事態は、行政不服審査制度上は予定されていないと考えられる。
したがって、取消裁決後に当初の申請の実体的内容に関する補正を行うことはできないと解するのが相当である。
なお、原告は、開発行為等の許可申請後に申請に不備が見つかった場合、申請者は行政庁からその旨の指摘を受けて申請を補正し、行政庁は補正された申請に対して許可処分等を行うのが通常である旨主張する。しかし、申請後処分前において形式的な要件等を補正して許可処分等を行うことは行政実務の一般的な運用であると考えられるものの、申請を認容する処分に対する取消裁決後においても原告主張のような運用が行われていることを認めるに足りる証拠はない。
よって、取消裁決後の申請の実体的内容に関する補正を行うことができることを理論的な前提として、本件取消裁決後も、補正された当初の申請に基づいて鎌倉市長が第一次開発許可処分と同一の処分を行うことが裁決の拘束力に反するものではないとの原告の主張は、採用することができない。
ウ 原告の申請の補正は新たな申請とみることができるとの主張について
原告は、仮に申請の補正に関する原告の主張が認められないとしても、原告は当初申請時のほとんどの資料を補正しており、当初の申請は全く別のものになっているから、新たな申請がなされたと考えるべきであると主張する。
しかしながら、申請当時の資料が大幅に補正されたからといって新たな申請とみるべきであるとする法的根拠はなく、また、新たな申請であるならば、関係する手続等他の要件も再度充足する必要があると解されるところ、これらの要件が充足されたか否かも明らかではなく、原告の上記主張は採用することができない。
(4) 原告補助参加人の主張について
原告補助参加人は、新たな許可申請を前提に市条例の手続を行う場合には市条例の手続を改めて実施しなければならないところ、原告による当初申請の補正は内容的に実質的な変更をきたすものではなく、既に実施済みであった市条例に基づく手続を最初からやり直すべき必要性がないことを根拠に、当初の申請の補正を認めて同一処分をすべき実益があったと主張する。
しかしながら、行審法及び都市計画法とは別個の、鎌倉市が独自に制定した自主条例であるところの市条例が存在するからといって、上記の行審法の解釈が影響を受けることはないのであり、申請の補正を認めて同一処分をすべき根拠にはならない。
よって、原告補助参加人の上記主張は採用することができない。
(5) 小括
以上のとおり、取消裁決である前裁決後の申請の実体的内容に関する補正は認められず、他方、当初の申請が残存するのであるから、鎌倉市長は、残存する当初申請について、前裁決の拘束力に従って不許可処分をすべきであったものである。これに対し、鎌倉市長は、当初申請の補正を認めた上で、再度の許可処分である本件開発許可処分を行った。これは、同一事情の下で、同一内容の処分を繰り返すことが許されなくなるという裁決の拘束力に反するものであるから、本件開発許可処分は違法である。
したがって、本件開発許可処分を取り消した本件取消裁決に、裁決の拘束力に関する解釈の誤りは認めることができない。
第5被告参加人らによる訴訟参加申立てについて
1 被告参加人らは、被告につき、主位的に行訴法22条の規定に基づく訴訟参加の申立てをし、予備的に行訴法7条、民訴法42条に基づく補助参加の申出をする。
2 行訴法22条所定の訴訟参加は「訴訟の結果により権利を害される第三者」について認められるところ、当該第三者は、取消判決の形成力によって直接利益を侵害される第三者や、取消判決の拘束力によって新たな処分がなされることを通して自己の権利を害される第三者を含むものと解される。また、「害される権利」とは、厳格な意味における権利に限らず、法律上保護された利益も含まれていると解される。
本件訴訟において、本件取消裁決が判決により取り消されると、その拘束力に基づき、神奈川県開発審査会は審査請求を却下又は棄却し、その結果、本件開発許可処分に基づいて開発行為が行われることになる。
以下の判断は、前記第4の1の判断と重複するところであるが、都市計画法33条1項7号の規定は、がけ崩れ等のおそれのない良好な都市環境の保持・形成を図るとともに、がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。したがって、本件開発区域に関し上記の範囲の地域の住民に当たる者は、本件訴訟につき「訴訟の結果により権利を害される第三者」に当たると解するのが相当である。
そして、本件開発区域内の土地は、上記のがけ崩れのおそれが多い土地に当たると認めることができ、被告参加人らはいずれもがけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者ということができるから、被告参加人らは行訴法22条の「訴訟の結果により権利を害される第三者」に当たると認めるのが相当である。
原告は、本件開発行為が行われる結果になったとしても必然的にがけ崩れが生じるわけではなく、上記法律上の利益が害される抽象的危険性があるにとどまると主張する。しかし、本件開発区域にがけは現存しており、がけ崩れの危険性がなくなった状態には至っていないと認められ、そのような危険性が存在する場合には、上記法律上の利益は侵害されていると解すべきであるから、原告の主張は採用することができない。
また、原告は、神奈川県開発審査会が前裁決において、第一次開発許可処分につき、「法第33条第1項第7号の基準を満たしているとした処分庁の判断に違法又は不当な点は認められない。」と判断し、本件取消裁決においてもその判断を変更させていない点を捉えて非難し、これは、本件取消裁決が判決で取り消されても被告参加人らの上記法律上の利益が害されることはないと主張する趣旨であると解される。しかし、第一次開発許可処分における上記判断は、当初の申請どおりに開発工事が完了した場合には、都市計画法33条1項7号の基準を満たしていると判断したにすぎないものであって、第一次開発許可処分をする時点のがけの状態について、がけ崩れの可能性がないなどと判断したわけではないから、被告参加人らの上記法律上の利益が害されることはないとの原告の主張は採用することができない。
したがって、被告参加人らの主位的な行訴法22条の規定に基づく訴訟参加の申立てをいずれも許可するのが相当である。
第6原告補助参加人による補助参加申出について
1 はじめに
原告は、本件訴訟の結果によっては原告補助参加人に対し訴訟(以下「予定別件訴訟」という。)を提起するとして、原告補助参加人に対し訴訟告知(行訴法7条、民訴法53条)をした。原告補助参加人は、上記訴訟告知を受けて、本件訴訟につき、行訴法7条、民訴法42条の規定に基づき、原告のための補助参加の申出をし、被告は、異議を述べた。
2 補助参加の可否
行訴法7条、民訴法42条に基づく補助参加が許されるのは、補助参加申出人が訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られ、また、法律上の利害関係を有する場合とは、当該訴訟の判決が補助参加申出人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される。
これを本件についてみると、前記のとおり、本件訴訟は、鎌倉市長が前裁決後に原告により補正された当初の開発許可申請(以下「旧申請」という。)を受けて行った本件開発許可処分を違法とした本件取消裁決に不服申立適格や裁決の拘束力等についての判断を誤った違法があるとして、原告が同裁決の取消しを求めるものであり、前裁決後に第一次開発許可処分に係る旧申請の補正をすることができるか、鎌倉市長は、補正を認め、原告による新申請がない状態で旧申請につき本件開発許可処分をすることが許されるかが主要な争点となっている。他方、原告は、上記のとおり、原告補助参加人に対し予定別件訴訟の提起を検討しているとするところ、その内容は、①原告が前裁決後、開発許可につき新申請をすることなく、旧申請を維持し、これを補正した上、本件開発許可処分を得たのは、新申請を要することなく旧申請の補正の手続で処理するとの原告補助参加人の行政指導があり、これに従ったためであったこと、②したがって、本件訴訟において、仮に鎌倉市長が前裁決後に原告により補正された旧申請を受けて本件開発許可処分をしたことが違法であり、本件取消裁決が適法であったと判断され、敗訴した場合には、原告は、違法な行政指導をした原告補助参加人に対し損害賠償請求をする、というものである。
本件訴訟において、原告の請求が棄却される場合には、鎌倉市長が前裁決後に原告により補正された旧申請を受けて本件開発許可処分をしたことが違法であったと判断される可能性が高く、また、原告の請求を棄却する判決が確定すると、本件取消裁決の適法性が確定し、以後、鎌倉市長のした本件開発許可処分の適法性を主張することはいかなる者にとっても許されなくなる。他方、予定別件訴訟において、鎌倉市長が前裁決後に原告により補正された旧申請を受けて本件開発許可処分をしたことが客観的に違法であったかどうかは、そもそも行政指導があったか否か、仮に行政指導の内容が行政不服審査法等の関係法条に反するものであったとして、そのような指導をしたことに故意又は過失があったか否か、原告の損害などとともに争点の一つになると解される。
以上によれば、本件訴訟の判決により、原告補助参加人が原告に対し違法な行政指導を理由とする損害賠償の責任を負うか否かが影響を受け、原告補助参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがあるといえ、したがって、原告補助参加人は本件訴訟について法律上の利害関係を有していると認めることができる。
被告は、本件補助参加申出は、処分庁が審査庁に対し、審査庁の裁決に不服があるとして原処分の適法性を主張するもので、実質的に機関訴訟であるから法律の定めがある場合以外は認められないと主張する。しかし、本件訴訟は、本件取消裁決の適法性を争点とする原告と被告との間の訴訟であり、公共機関の機関相互間における権限の存否又は行使に関する紛争についての訴訟ではない。原告補助参加人は、上記のような原告と被告との間の訴訟において、あくまでも原告に従属する立場で本件訴訟に関与するに留まり、原告に従属する立場で訴訟行為を行うことができるだけであるから、本件補助参加申出が実質的に機関訴訟であるとの被告の主張は採用することができない。
また、被告は、本件訴訟は、原告補助参加人が原告に対し行政指導をしたか否かを確定する訴訟ではないから、原告補助参加人には参加の利益がない旨も主張する。もちろん、本件訴訟は、上記行政指導の有無を審理、判断するものではない。しかし、前記のとおり、原告補助参加人は本件訴訟に対し前記認定の利害関係を有していることが認められるのであるから、被告の主張は失当である。
その他被告は、取消訴訟において補助参加をする場合、被告の側にのみ訴訟参加することができ、原告の側にはできないと主張し、文献を引用する。しかし、本件訴訟の判決と原告補助参加人との間に前記の法的利害関係が認められるのであるから、本件訴訟が行訴法の定める取消訴訟であることを考慮しても、原告の側への補助参加も認められるものと解する。
したがって、原告補助参加人が原告を補助するために訴訟に参加することを許可するのが相当である。
第7結論
以上によれば、本件取消裁決は適法であると認めるのが相当である。
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 戸室壮太郎 土谷裕子)