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横浜地方裁判所 平成19年(行ウ)99号 判決 2010年10月06日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

横須賀市長が、原告に対し、平成19年6月15日付けでした「平成13年度の土木部道路建設課及び用地課の公文書すべて」の公開請求を拒否する処分を取り消す。

第2事案の概要

1  事案の骨子

本件は、原告が、平成19年3月30日、横須賀市長に対し、横須賀市情報公開条例(平成19年条例第54号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)6条に基づいて、公文書の公開請求(以下「本件公開請求」という。)をしたところ、同市長が、同年6月30日付けで、本件公開請求を拒否する旨の決定(以下「本件処分」という。)をしたため、原告が本件処分の取消しを求めた事案である。

2  基礎となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実。なお、書証番号は特記しない限り枝番を含み、以下も同じである。)

(1)  原告は、平成19年3月30日午後4時30分ないし40分ころ、息子であるA(以下「A」という。)及びB(以下「B」という。)とともに、被告の市庁舎本館1階の市政情報コーナーを訪れ、公文書公開請求書2通(甲1の1及び2。以下、併せて「本件請求書」という。)を提出した(争いがない。)。その際、A及びBも、公文書公開請求書を、Aにおいては3通(乙1の①ないし③)、Bにおいては2通(乙1の④及び⑦)、それぞれ提出した(争いがない。)。なお、Aは、被告の職員として土木部道路建設課に勤務していたが、平成18年3月に分限免職処分とされ、その後、平成20年1月に公平委員会により同処分が取り消され、復職したものである(甲12、弁論の全趣旨)。

(2)  本件請求書のうち、土木部用地課保有の公文書に係るもの(甲1の1)には、公開請求の対象とする公文書(以下「対象文書」という。)として、「平成13年度に土木部用地課の業務によって生じた公文書及び資料等・工事、業務委託、買収、物件等の契約書類すべて。また、公文書・資料の存在する一覧表。平成13年度土木部用地課の業務において契約した工事及び業務委託等全ての契約状況(件名・場所・契約金額・請負業者等・入札の場合は入札調書)が一件ごとに記載されている一覧表形式になった表。(複数枚でもかまわない)(契約書のコピーではない)また、公文書及び契約書で公開出来ない書類等やその一覧表及びその理由が記されたもの 平成13年度土木部用地課予算書(詳細な項目まで(細節・節名(細節名などの項目が載っており一件一件予算の積み上げて計上してあるもの)明示してあるもの。用地課が保有している。)平成13年度土木部用地課決算書(詳細な項目まで(細節・節名(細節名などの項目が載っており一件一件積み上げて計上してあるもの)明示してあるもの。用地課が保有している。)書籍としてまとめてある総括的なものは路線別などにされているがそれではなく、用地課が保有している一件一件詳細の記入がされているもの。」と記載されており、土木部道路建設課保有の公文書に係るもの(甲1の2)については、土木部用地課に対するものと同様の文書で、土木部道路建設課に係るものが対象文書として記載されている。

(3)  被告は、原告に対し、平成19年4月11日付けで、公開請求に係る文書につき、どのような情報が必要であるかの意見を求める内容の「公文書公開請求に係る補正について(依頼)」と題する書面2通(乙4の1の1、2)を送付した。これに対し、原告は、同月19日、被告に対し、同月15日付け「公文書公開請求に係る補正依頼について(別紙には記入しきれなかったため)」と題する書面(乙4の2)を送付した(争いがない。)。

(4)  被告は、原告に対し、平成19年4月27日付けで、「公文書公開請求に係る補正について(再依頼)」と題する書面(乙5の1)を送付した。これに対し、原告は、同年5月10日、被告に対し、同月1日付け横須賀市長(懲戒担当・情報公開担当)あての「◎公務員としての資質を欠き仕事に対して怠慢な職員の懲戒処分の依頼について」とする書面(乙5の2)を送付した(争いがない。)。

(5)  被告は、原告に対し、平成19年5月18日付けで、「平成19年3月30日付け公文書公開請求に係る補正について(再々依頼)」と題する書面を送付した。これに対し、原告は、同年6月1日、被告に対し、同年5月25日付け横須賀市長(懲戒担当・情報公開担当)あての「◎公務員としての資質を欠き仕事に対して怠慢な職員の懲戒処分の依頼について」と題する書面(乙6の2)を送付した(争いがない。)。

(6)  被告は、平成19年6月15日、「条例に基づく公開請求にあたっては対象文書を相当程度において特定される必要があるところ、本件請求はきわめて包括的であって対象文書の指定が十分になされていなかったため、条例第4条第3項に基づき公文書の特定に必要な情報の提供を申し出たが拒否され、また、文書により求めた条例第10条第2項に基づく補正についても拒否された。」、「本件請求に対する公開の実施は、条例の予定する業務執行の合理的な範囲を超えるものであり、本件請求は適正な権利の行使であるとは認められない。」ことを理由として、本件処分を行った(甲2の1、2)。

3  争点及び当事者の主張

(1)  本件公開請求に係る対象文書の特定の有無

(原告の主張)

情報公開請求に当たっての文書の特定性については、単に対象文書の量や検索に要する手数に着目して結論を導くのではなく、開示請求者がいかなる公文書の開示を請求しているかが明確か否かという観点から判断されるべきであり、対象文書が大量であるかどうかは特定とは別個の問題というべきである。

前記基礎となる事実(2)のとおり、本件請求書のうち、土木部用地課に係るものには(なお、土木部道路建設課に係るものについても同様である。)、対象文書の1つとして「土木部用地課の業務によって生じた公文書及び資料等・工事、業務委託、買収、物件等の契約書類すべて」と記載されているところ、「資料等・工事、業務委託、買収、物件等の契約書類すべて」は「土木部用地課の業務によって生じた公文書」に含まれるのであるから、本件公開請求における対象文書は、「土木部用地課の業務によって生じた公文書」のうちの「資料等・工事、業務委託、買収、物件等の契約書類すべて」であると解釈するのが合理的である。そうすると、本件公開請求の対象文書は、土木用地課における一特定年度の契約関係の書類に限定されているのであって、文書の特定性を満たしていることは明らかである。また、本件請求書の記載のうち、「平成13年度土木部道路建設課・用地課の業務において契約した工事及び業務委託等全ての契約状況(件名・場所・契約金額・請負業者等・入札の場合は入札調書)が一件ごとに記載されている一覧表形式になった表」等のその他の文書については、それ自体、具体的に特定されているのであって、情報公開請求における文書の特定性に何ら欠けるところはない。

被告は、本件公開請求の対象文書を平成13年度の土木部道路建設課及び用地課の公文書すべてであるとして本件処分を行っているが、上記のような本件請求書の記載の合理的解釈からすれば、誤りであるといわざるを得ないし、仮に被告の主張するとおりに広義に本件公開請求の対象文書を解釈したとしても、被告自身、対象文書を段ボール120箱分と特定して保管しているというのであるから、文書の特定性が認められることは明らかである。そもそも、被告が当初から対象文書の一覧表を示すなど、原告に対し、その内訳を示していれば、早期により具体的な特定が可能であったのであり、被告の主張は、原告に対する協力を怠ったという自らの怠慢をもって、対象文書が不特定だと称しているにすぎない。

(被告の主張)

公開請求の対象文書が特定されているといえるためには、実施機関の職員が当該記載から開示請求者が求める公文書を他の公文書と識別できる程度の記載であることが必要であるところ、対象文書として「(ある特定の)課の保有する公文書」と包括的に記載された開示請求があった場合のように、公文書の範囲は形式的・外形的には一応明確であっても、市の行政組織の活動は多種多様であって、請求者においても、そのすべての公文書を請求していることは考え難く、また、当該公文書の量が膨大になるような場合には、文書の特定として不十分であるというべきである。

本件公開請求は、平成13年度に土木部用地課・道路建設課の業務によって生じた公文書すべての開示を求めるものであり、かつ、対象文書の量は、幅330ミリメートル、奥行き290ミリメートル、高さ265ミリメートルの段ボール箱120箱分という膨大な量に及ぶのであって、このような包括的な請求では、対象文書の特定が十分なされているとはいえないというべきである。

(2)  本件公開請求が権利濫用に当たるか否か

(原告の主張)

情報公開請求をする者は、自らの求める情報を得るためにどのような文書を請求すればよいのか、直ちに知ることができないから、対象文書特定のためには開示請求者と実施機関の双方の努力が必要になるところ、両者は緊張関係にあることが珍しくなく、開示請求者としては、実施機関の担当職員からいわれるままに対象文書を絞るのではなく、関係がありそうな範囲の文書を広く開示請求する必要があり、また、請求時点で対象文書がどの程度の量になるのか不明な場合も少なくない。情報公開制度を利用して、意味のある情報を入手するために、結果的に請求の対象文書が大量になることは、やむを得ない面があり、情報公開制度を生きたものにするためには、時として実施機関の職員に大きな負担になる請求も認めなければならないというべきである。また、本件条例は、大量の文書に対する公開請求がなされた場合に備えて、請求に対する諾否の決定期間について特例を設けているところ、かかる規定を設けた趣旨は、公開請求の対象文書が著しく大量であっても、時間をかけて諾否を決定することができるようにすることによって、大量であることを理由とする公開拒否を認めないとするところにある。これらからすれば、情報公開制度において、大量請求を理由として請求を拒否することは許されない。そもそも、本件公開請求の対象文書の量をみても、他の事案等に比較して特別に大量であるともいえないのであって、かかる観点からしても、本件公開請求を拒否する理由にはならないというべきである。

被告は、本件公開請求が権利の濫用に当たり、許されない旨主張するが、本件条例は、何人にも情報公開請求権を保障し、公開請求に対しては、原則として公開すること、非公開とするときも理由を付して応答することを求めている一方、請求自体を拒否できるという規定はないのであって、一般原則として権利濫用に当たる場合があるとしても、それは実施機関の業務遂行に著しい支障を生じさせる場合で、かつ、請求者自身が業務妨害を意図して公開請求をした場合など、極めて特殊な例外的な場合に認められるものである。

被告は、原告が補正に協力しなかった旨主張するが、本件条例4条3項は、対象文書特定のために、必要な情報の提供その他の公開請求をしようとする者の利便を考慮した適切な措置を講じることを実施機関の責務として規定しているところ、3回にわたって原告に送付された補正依頼文書は、いずれもどこを補正すべきかについて何ら具体的に指摘するものではないし、原告は、回答書において、一覧表等の提示を提案したりするなど、被告に対して協力する姿勢を示しているにもかかわらず、被告の側がこれに協力する態度を示さなかったものである上、本訴に至って被告は一覧表を提出するなどしていることからすれば、本件公開請求の段階でも一覧表の提示は容易にできたはずであり、一覧表等が示され、その内容の説明を受けられれば、対象文書を段ボール数箱程度まで絞り込むことができた可能性もある。これらからすれば、被告が上記実施機関の責務を果たしたとはいえず、原告が補正に非協力的であったとして本件公開請求を拒否することは許されないというべきである。

また、被告は、本件公開請求の真の主体が、原告ではなく、Aであり、同人が従前繰り返し被告に対する公文書公開請求をしてきたことなどから、本件公開請求が被告の業務妨害を意図したものであるとするかのような主張をする。

しかしながら、そもそもAの従前の公文書公開請求が業務妨害を意図したものなどとはいえないし、原告、B、Cは、それぞれ自らの意思で公文書公開請求をしたものであって、三者が同じ公文書について公開請求をしているからといって、真の請求者がAであるとはいえない。また、被告は、平成19年3月30日に原告がA及びBとともに被告の庁舎を訪れた際、原告とBが被告職員とほとんど言葉を交わすことなく、Aに任せて帰ってしまったなどと主張するが、そのような事実はなく、まず、原告が被告職員とやりとりした後に、被告職員からAに話に加わるように申し出たものである。原告は、息子であるAが、職場の不正行為を告発したりすることで、つらい目に遭っている様子を見るなどし、自ら何か手掛かりになる資料を入手しようと考えて本件公開請求に及んだものであって、請求に関する手続について、必要に応じてAから助言を得たり書類作成を手伝ってもらうことはあったが、請求の動機、請求の範囲等について、Aの意見に拘束されたことはない。

(被告の主張)

もとより公文書の公開請求権は、市民の権利として尊重、擁護されなければならないが、一方において同請求権は、条例に基づき市民に付与されたものであるから、その行使は無制約ではなく、飽くまで条例制定の趣旨、目的にのっとって正当に行使されるべきものである。そして、公文書公開請求の対象文書を特定するに当たり、実施機関が補正の参考となる情報の提供をするに際しても、口頭も含め請求者との意思疎通を図りながら適宜の方法によるのが通常であり、その場合には、請求者による協力が不可欠であって、実施機関の職員との意思疎通に協力しないで、抽象的な主張に終始する請求者にはこの特定の作業が困難となる。実施機関の職員には公文書の公開請求者すべてに対し、迅速かつ適切で公平な対応をすることが求められているが、地方自治体には多岐にわたる行政行為を行う義務があり、情報公開制度の維持に対応する職員の員数にも自ずと限りがあることは当然であって、かかる状況の下、多数の公開請求者の公平な制度利用を保障するためには、公開請求者の協力を前提とした対象文書の絞り込みが不可欠である。

しかるに、原告は、前記のとおり、公文書の特定を十分しないまま、本件請求書を提出しているところ、前記基礎となる事実(2)のとおりの本件請求書の記載からすれば、本件公開請求は、実質的に「平成13年度の土木部道路建設課及び用地課の公文書のすべて」の公開を包括的に求めているものというほかない。また、かかる包括的な請求によって、対象文書は、段ボール箱120箱分にも及ぶのであって、このような膨大な量の文書について、条例上非公開とすべき部分を特定し、マスキング等の措置をするために要する時間は、合計333時間程度と見込まれる。このように、公文書を特定しようとせずにいたずらに著しく大量の請求をすることは請求権の濫用であり、本件条例5条の趣旨に反するものというべきである。

また、本件条例4条3項は、請求者の請求により公文書の特定がなされていない場合に、請求者において公文書の特定を容易に行えるようにするために「実施機関は、公文書の公開請求が容易かつ的確にできるよう、保有する公文書の特定に必要な情報の提供その他の公開請求をしようとする者の利便を考慮した適切な措置を講じなければならない。」と規定し、本件条例10条2項も「請求書の提出を受けた実施機関は、当該請求書に形式上の不備があると認めるときは、公開請求をした者に対し相当の期間を定めて、その補正を求めなければならない。」と規定している。そこで、このような本件条例の規定にしたがって、本件公開請求の所管課である土木みどり部道路建設課及び平成18年3月31日付け用地課の廃課に伴い、同課の業務及び文書を引き継いだ財政部財産管理課、土木みどり部道路建設課・道路補修課は、原告に対象文書特定のための補正をしてもらうべく、本件請求書に記載された原告の電話番号に数回架電したが、原告はいつも不在で連絡がとれなかったため、前記基礎となる事実(2)ないし(4)記載のとおり、文書により補正のための照会文書を送付せざるを得なかったものであり、しかも、原告からは、それぞれ回答書が送付されたものの、その内容は、いずれも文書の特定に協力するものではなく、一方的に原告の主張を羅列するもので、原告は文書の特定のための協力を拒否し、頑なにこれに応じようとはしなかった。このような本件の経緯等からすれば、本件公開請求は、条例の予定する情報公開制度の範囲を超え、同制度の趣旨そのものに抵触するものであって、正当な権利の行使とはいえないから、本件処分には何ら違法性はない。

なお、本件の背景事情として、Aは、被告に対し、平成19年1月24日、同月26日、同年2月2日において、多数の公文書公開請求及び保有個人情報開示請求をしたため、被告は、平成19年2月初めころから同年4月中旬ころまでにかけて、これらの請求に対して公開等の決定をし、その旨Aに通知したにもかかわらず、同人はこれを閲覧しようとしなかったこと、本件公開請求は、まず、Aが公文書公開請求書3枚を提出し、その後原告とBが公文書公開請求書をそれぞれ2枚提出したが、原告が提出した本件公開請求書とBが提出した公文書公開請求書の内容は一言一句同一のものであった上、両人は、被告の職員とほとんど言葉を交わすこともなく、後のことをAに任せて帰ってしまったこと、また、Aの関係者であると思われる訴外C(以下「C」という。)は、平成19年4月3日、公文書公開請求書を2枚提出しているが、その内容もほとんど原告及びBの提出した請求書の内容と同一であったこと、被告職員がB及びCに対し、公文書公開請求の内容について確認するため電話しても、書いてあるとおりである以外に返答が得られなかった上、原告についても、被告職員が電話すると、Aが出て、原告は不在であり、仮に連絡がついても請求書の内容を変更することはないであろう旨述べ、被告職員が原告本人と対象文書の特定について話合いを持つことができなかったこと、上記のとおり、被告は、原告に対し、本件公開請求の対象文書に関し、3回にわたって文書での補正依頼をしているところ、これに対する各回答書の内容は、A自身の公文書公開請求にかかる回答書の内容と書式も含めて同一であったこと、原告は、実際の請求者であれば直ちに答えられるような事項についても回答できないことが多いことなどからすれば、原告は自らの意思ではなく、Aの意を受けて本件公開請求をしたにすぎないことが推測される。

第3当裁判所の判断

1  本件公開請求に係る対象文書の特定の有無(争点(1))について

(1)  本件条例10条1項2号が、公文書の公開請求に当たっては、請求者において、公文書の名称その他の公開請求に係る公文書を指定するために必要な事項を記載した書面を提出しなければならない旨規定して、開示請求の対象文書の特定を求めた趣旨は、対象文書がいかなる文書であるかを明らかにすることが、開示請求を受けた実施機関において、非開示事由の有無を判断し、開示の範囲等を特定するための不可欠の前提となるためであると解される。そうすると、開示請求の対象文書が特定されているといえるためには、当該公文書が他の文書と識別可能な程度に明らかにされていることを要し、かつ、それをもって足りるというべきである。そして、対象文書が大量である場合であっても、請求者が公開を求めている公文書が何かを客観的に判断することができれば、実施機関において、非開示事由の有無を判断し、開示の範囲等を特定することができることに加えて、実施機関が原則としてその許否を公開請求があった日から起算して15日以内に行わなければならない(本件条例11条1項)とはいえ、請求に係る公文書が著しく大量であることを理由とする場合を含めて、同期間内に許否決定をすることができないときには、一定の要件の下に同期間を超過することが認められている上(本件条例11条4、5項)、本件条例上、請求者が著しく大量の公文書の開示を求める請求であることを理由に開示しない旨の決定をすることができる旨の規定が置かれていないことを考慮すれば、対象文書が大量であることと文書の特定の有無とは別個の問題であるというべきであり、実施機関は、当該開示請求が権利の濫用にわたるような特段の事情のない限り、開示請求にかかる公文書が多岐にわたり、又は大量であるからといって、そのことのみを理由に、対象文書が特定されていないなどとして、公開請求を拒否することはできないというべきである。もっとも、対象文書の特定が包括的であるために極めて大量に及ぶような場合には、真に必要な文書を更に絞り込むことが可能であることも多いと考えられるから、大量の文書を真に必要とする理由がうかがわれないような場合に、実施機関において、対象文書の絞り込みが可能かどうか、可能であればそのためにどのような方法を採り得るかを検討するために、請求者に対して質問し、協議を求めるなどすることは、もとより許容されるというべきである。

(2)  これを本件についてみると、対象文書として本件請求書に記載されている公文書は、前記基礎となる事実(2)のとおりであるところ、平成13年度に土木部用地課及び道路建設課の業務によって生じた公文書という包括的な記載はあるものの、「資料等・工事、業務委託、買収、物件等の契約書類すべて」、平成13年度土木部用地課及び道路建設課の業務において契約した工事及び業務委託等すべての契約状況が一件ごとに記載されている一覧表形式になった表などと相当程度具体的に文書が特定されている部分がある上、証拠(乙9、証人D(以下「証人D」という。)13頁)によれば、被告は、本件公開請求の対象文書として、段ボール約120箱分の文書を特定し、保管していることが認められることからすれば、本件公開請求の対象文書は、他の公文書と識別可能な程度には明らかにされており、被告において、それに要する期間の長短はともかく、非開示事由の有無を判断し、開示の範囲等を特定することは可能であると解される。したがって、本件公開請求の内容は、本件条例10条1項2号に規定する公文書の特定の要件自体は満たしているといわざるを得ない。

(3)  被告は、本件公開請求の対象文書が平成13年度に土木部用地課及び道路建設課の業務によって生じた公文書すべてであることを前提として、その包括性及び文書の大量性を理由に、本件公開請求は、公文書の特定の要件を欠く請求である旨主張するが、対象文書が大量であることと文書の特定性は別異の問題と解すべきことは前記(1)のとおりであるし、本件公開請求が、被告の主張するように平成13年度に土木部用地課及び道路建設課の業務によって生じた公文書のすべてを包括的に公開請求の対象としていると解されるとしても、被告自身、段ボール約120箱分の文書を特定し、保管していることなどからすれば、被告の前記主張を採用することはできない。

2  本件公開請求が権利濫用に当たるか否か(争点(2))について

(1)  本件条例1条は、「この条例は、地方自治の本旨にのっとり、市民の知る権利を尊重し、公文書の公開を請求する権利及び情報提供の推進に関し必要な事項を定めることにより、市の保有する情報の一層の公開を図り、もって市の諸活動を市民に説明する責務を全うするとともに、市民と市との協働による公正で民主的なまちづくりの推進に寄与することを目的とする。」と規定して、公文書の公開請求が市民の権利であることを明らかにする一方、同条例5条は、「公開請求をしようとする者は、この条例の目的に従い、その権利を正当に行使するとともに、公文書の公開を受けたときは、これによって得た情報を適正に使用しなければならない。」と規定している。このように、本件条例が公文書の公開請求権を市民の権利であることを明らかにするとともに、公開請求者に対しても、開示に関する権利を正当に行使することを求めた趣旨は、開示請求権が認められるといっても、常に例外なく無制約に認められるものではなく、本件条例による公文書公開制度の目的に即した権利行使であることが要求される旨を明らかにし、同制度の目的に反するような公開請求を行うことを許さないところにあると解され、かかる公開請求については、一般法理としての権利濫用の法理が適用されるというべきである。

もっとも、実施機関が本件条例5条に基づいて容易に公開請求の却下等をできるとすれば、請求者の公開請求権が明確な根拠なく制限されるおそれがあるから、当該公文書の公開請求が、正当な権利行使であるとはいえず、権利の濫用として許されない場合に当たるとの判断は慎重であることを要し、例えば、当該請求の内容、開示決定等に至るまでの開示請求者とのやりとり、開示請求者の態度等に照らし、当該開示請求に係る事務処理を行うことで実施機関の業務の遂行に著しい支障を生じさせる場合であって、かつ、開示請求者において、本件条例による公文書公開制度の目的に従った開示請求を行う意思が何らなく、対象文書が大量にわたったり、公開請求者の意思が必ずしも明らかでない場合等に実施機関からの度重なる協力の要請があったにもかかわらず、これに何ら応じようとしないなど、実施機関の業務に著しい支障を生じさせることを目的として開示請求をしていると評価できるような場合などにおいてはじめてこれに当たるものと解すべきである。

(2)ア  以上を前提に本件公開請求につき検討するに、まず、証拠(乙9、証人D)によれば、本件公開請求の対象文書は、段ボール約120箱分に及ぶことが認められるところ、被告において、これらすべてについて、一つ一つ個別に非開示事由の有無を精査・判断し、非開示事由がある場合には適宜マスキングを施すなど、開示に至る一連の手続を遂げるためには、甚大な労力を要することは明らかであり、被告の業務の遂行に著しい支障を生じさせる場合に当たるといえる。

イ  次に、証拠(後掲の証拠のほか、乙3、証人D、同E(以下「証人E」という。)、同F(以下「証人F」という。))によれば、本件処分に至る経緯として、以下の事実が認められる。

(ア) 前記基礎となる事実(1)のとおり、原告は、平成19年3月30日午後4時30分ないし40分ころ、A及びBとともに、被告の市庁舎本館1階の市政情報コーナーを訪れ、本件請求書を提出したが、被告職員との対応は、専らAが行い、原告及びBは、被告職員と本件公開請求についてのやりとりをしないまま、同日午後5時15分ころ、Aに任せる旨告げて帰宅した。

(イ) 被告は、本件公開請求の対象文書が大量にわたるために、文書の絞り込みについての協力を依頼するため、原告に対して電話連絡をしたが、請求者である原告本人は電話に出ず、Aが代わりに電話に出て、同人は、原告は週を通して被告の開庁時間には在宅をしていない、原告に連絡があったことは伝えておくが、同人とは連絡がとれないであろう、仮に原告と連絡がとれたとしても、対象文書の範囲を変更することはないであろうなどと答えた。

(ウ) そこで、被告は、前記基礎となる事実(3)のとおり、平成19年4月11日付けで、「公文書公開請求に係る補正について(依頼)」と題する書面2通(乙4の1の1、2)を送付し、原告が請求を求める公文書の内容・範囲について可能な範囲で原告の意見を求めたい旨の連絡をしたところ、原告は、「通常の公開請求は請求対象の全てのコピーを依頼する者が多いと聞いていましたがそのようなことはせず職員の「大変です」という言葉に対して出来るだけ負担にならないように私は考慮し協力したつもりです。また、今後も職員のみなさまの負担にならないように出来るだけ協力していくつもりです。」などとしつつ、「市役所はもう一度文書の特定が出来たと判断します。何故なら市はその後の文書でも「対象となる文書が膨大であるため」と言っています。」、「市は請求された後に請求者とどのようなことを話し市としてはこのように理解した。ついては対象となるすべての公文書名の一覧表を提示して請求の際に話した内容からこれだけの公文書が特定されました。請求者の知りたい情報はこれでいいですか。ただし文書が膨大になるため可能な範囲で意見をいただきたいと文書を送るのではないですか。」、「請求者が開示してほしいと望む公文書を効率よく出来るだけ文書の量を少なくするためには対象となっている部課の公開出来る全ての公文書の名称一覧表(一件一件のすべての公文書名が必要。簡単な説明文があると良い)を提示して請求者に選ばせる方法をとってはいかがであろうか。文書名に番号を付ければ番号で請求出来て効率が良い。当然その際には先に請求者のすべての質問に答えていただきたい。」などと記載し、被告に対する多数の質問を記載した同月15日付け「公文書公開請求に係る補正依頼について(別紙には記入しきれなかったため)」と題する書面(乙4の2)を送付した。

(エ) 被告は、原告が上記(ウ)記載の書面で補正に協力をする意向を記載した部分について感謝の意を記載するとともに、これまで原告本人と一度も話ができていないこと、公文書の量が大量に及ぶため、対象文書の範囲の絞り込みに協力してもらいたいこと、絞り込みのための例として、「平成13年度の土木部用地課及び道路建設課保有の公文書の主な分類は、予算分野、決算分野、契約分野、支出分野、または工事に係る分野等様々であり、その範囲が広範になります。そのため、ご覧になりたい情報の内容をお示しいただきたいと思います。」などと記載した平成19年4月27日付け「公文書公開請求に係る補正について(再依頼)」と題する書面(乙5の1)を送付したところ、原告は、被告に対し、同年5月1日付け「◎公務員としての資質を欠き仕事に対して怠慢な職員の懲戒処分の依頼について」とする書面(乙5の2)を送付し、文書が特定できていれば、「補正」という表現はおかしいし、原告からの質問に対して被告から回答や説明は一切なく、被告の担当職員には職務の怠慢があるなどとして、同職員らに対して懲戒処分を求めるなどとした上で、再度、同年4月15日付け「公文書公開請求に係る補正依頼について(別紙には記入しきれなかったため)」と題する書面(乙4の2)記載の質問に回答するよう求めるなどした。

(オ) 被告は、「5月1日付けの回答書を受領いたしましたが、補正にご協力いただける旨の文言はあるものの、具体的な補正となる記述はありませんでした。つきましては、これまで2回にわたりご依頼申しあげましたが、当方の趣旨がご了解いただけなかったようですので、改めてご依頼申しあげます」などと記載した平成19年5月18日付け「平成19年3月30日付け公文書公開請求に係る補正について(再々依頼)」と題する書面(乙6の1)を送付し、再度、対象文書の絞り込みの依頼をしたところ、原告は、前記同月1日付けの同表題の同年5月25日付け「◎公務員としての資質を欠き仕事に対して怠慢な職員の懲戒処分の依頼について」と題する書面(乙6の2)を送付した。

ウ  被告による補正依頼は、公開対象文書の特定を求めるものではあるが、その実質は、大量の対象文書の絞り込みの可否及びその方法の協議の申入れであり、実施機関においてこのような方法を採ることも許容されると考えられることは、前記1(1)のとおりである。そして、前記イ記載の経過に照らせば、原告は、被告からの対象文書の絞り込みについての再三の依頼に対し、何ら回答する意思を示さなかったものであるから、正当な理由もないのに、被告からの協力依頼を頑なに拒否したものと評価せざるを得ないというべきである。

エ  ところで、原告は、本人尋問において、本件公開請求は、適宜Aの協力を得たものの、飽くまで自分の意思で行ったものであるなどと供述する一方で、具体的にどういう公文書の公開を求めたかったのかという質問に対しては、「具体的と言われても私は素人ですから、こういう閲覧の、Aの職場の閲覧というふうに私は考えていました。」などと供述し(原告本人10頁)、また、本件請求書における「平成13年度に土木部用地課の業務によって生じた公文書及び資料等・工事、業務委託、買収、物件等の契約書類すべて」という文言の「及び」以下は例示の趣旨なのか否かという質問に対しても、Aと相談して記載したが、なぜ当該記載にしたのかは、深く考えていない、あるいは記憶に残っていない旨供述し(原告本人12頁)、さらに、前記基礎となる事実(3)ないし(5)記載の被告の依頼文書に対する回答書の内容についても、文書の特定ができているのではないかと記載した覚えはないなどと供述している(原告本人14、15頁)。

このように、原告は、公開を求めている公文書の範囲、本件請求書の記載内容、被告からの依頼文書に対する回答書の内容等、同人が真に本件公開請求を行う意思をもってこれを行ったのであれば、当然容易に答えられるはずの質問にことごとく答えられておらず、また、本件請求書に記載された対象文書すべての開示を求める必要性やその合理的理由についても何ら説明をなし得ていないのであって、このことに、本件公開請求に当たっては、Aが本件請求書等その他の文書の作成、横須賀市職員とのやりとり等のほとんどをしたものと認められること、本件公開請求書と同様の文面のものをA、B及びCが提出して原告と同様の公文書の公開請求をし、被告からの協力依頼にも原告とほぼ同様の文書をもって対応していることなどを併せれば、原告は、本件条例による公文書公開制度の目的に従った開示請求を行う意思が何らなく、実施機関の業務に著しい支障を生じさせることを目的として本件公開請求をしたと評価せざるを得ない。

オ  以上のように、本件公開請求は、これに係る事務処理を行うことで実施機関の業務の遂行に著しい支障を生じさせる場合であって、かつ、原告において本件条例による公文書公開制度の目的に従った開示請求を行う意思が何らなく、実施機関の業務に著しい支障を生じさせることを目的としたものであると評価せざるを得ないから、権利の濫用に当たり、その全部の請求が許されないというべきである。

したがって、本件公開請求を拒否した本件処分は適法である。

(3)  以上に対し、原告は、まず、平成19年3月30日午後4時30分ないし40分ころ、被告の市庁舎本館1階の市政情報コーナーを訪れた際、被告の職員と自らやりとりをしたなどと主張するが、原告本人尋問においては、その際の状況について何ら具体的に供述しておらず、かえって、原告がAに任せて帰ってしまった旨の証人E、同Fの各証言は、前示(2)エのように、本件公開請求に当たっては、請求書の作成を含めて、そのほとんどをAが行っていると認められることなどの事実とよく符合しており、いずれも信用性が高いと認められること、その他、本件処分に至る経過を通じて原告が直接被告の担当職員と会話したことを認めるに足りる証拠は見当たらないことからすれば、原告の上記主張は採用できない。

また、原告は、被告の依頼文書に対する回答書において、一覧表等の提示を提案するなど、被告に対して協力する姿勢を示しているにもかかわらず、被告の側がこれに協力する態度を示さなかったものであり、本訴に至って被告は一覧表を提出するなどしていることからすれば、本件公開請求の段階でも一覧表の提示は容易にできたはずであって、被告は実施機関の責務を果たしたとはいえない旨主張する。しかしながら、原告が本件公開請求に関し、どのような公文書の開示を求めているかは、原告が本件公開請求に至った目的等を踏まえながら、その都度必要な情報を被告から原告に対して提供するのが効率的であり、そのためには、まず面談や口頭によるなどの方法で確認するのが好ましい方法であると考えられる。ところが、原告は、原告においてこれらの方法によることが特段困難であるといった事情が何らうかがわれないのに、被告が面談で原告の話を聞くことができなかったことから電話で原告との連絡をとろうとしても、電話に出ることはなく、Aが代わりに出て、一方的に被告の依頼に応じるつもりはないなどと述べるに任せているのであり、また、被告の依頼文書に対する回答書の中でも、形式的な文言上、被告に協力する旨述べている部分はあるものの、その大部分は、原告の主張を一方的に羅列するものであり、これらのことからすると、原告に協力的な姿勢があったとは認め難い。被告としては、原告本人と直接面談又は口頭でコミュニケーションをとることができない中、やむを得ず文書によって3回にわたって原告の意図を確認しようとしたものであって、必要な努力をしているというべきである。また、一覧表の提示についても、本件においては、それ以前の段階として、被告は、原告が真に開示を必要としている文書の範囲を概括的に確認すべく原告に協力を依頼するために、対象文書の絞り込みの例として、平成13年度の土木部用地課及び道路建設課保有の公文書の主な分類を提示しているのであるから、原告が真に本件公開請求をする意思があって同請求に至ったのであるとするならば、かかる被告の依頼に協力することは、何ら困難ではないと解され、その他本件公開請求の内容等からしても、被告が、一覧表の提供以前にまず原告が真に必要と考えている公文書の範囲を確認しようとしたことが不合理といえないことは明らかである。

その他、原告がるる主張する点を考慮しても、前記判断を左右するものではない。

3  以上によれば、本件処分は適法であり、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 日下部克通 赤谷圭介)

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