横浜地方裁判所 平成2年(ワ)1158号 判決 1991年12月04日
原告
小林オエ子
ほか二名
被告
有限会社長楽運輸工業
ほか一名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告有限会社長楽運輸工業は、原告小林オエ子に対し金一億〇二一〇万七八三四円、原告小林優記及び同小林伸江に対し各金五一〇五万三九一七円並びに右各金員に対する平成元年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告安田火災海上保険株式会社は、原告小林オエ子に対し金一二五〇万円、原告小林優記及び同小林伸江に対し各金六二五万並びに右各金員に対する平成元年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自動二輪車を運転中、道路左側の縁石に接触して右側に転倒し、車道を並進していた普通貨物自動車の後輪に轢かれて死亡した者の相続人(妻と子供二人)が、普通貨物自動車の所有者に対し、自賠法三条に基づいて損害賠償を請求し、普通貨物自動車の所有者との間で当該普通貨物自動車につき自動車損害賠償責任保険契約(以下「自賠責保険」という。)を締結していた保険会社に対し、自賠法一六条一項に基づいて、死亡による保険金の支払を求めた事件である。
一 争いのない事実
1 事故の発生
(一) 日時 平成元年一月一八日午前六時三〇分頃
(二) 場所 横浜市保土ケ谷区藤塚町一七五番地先国道一号線(横浜新道)上
(三) 関係車両Ⅰ 普通貨物自動車(神戸一一い九〇〇五以下「被告車」という。)
運転者 訴外金川昇(以下「訴外金川」という。)
所有者 被告有限会社長楽運輸工業(以下「被告有限会社」という。)
関係車両Ⅱ 自動二輪車(一横浜な四二二七、以下「小林車」という。)
運転者 訴外小林勝彦(以下「訴外小林」という。)
(四) 態様等 訴外小林が小林車を運転して戸塚方面から三ツ沢方面に向けて道路左側を直進中、左前方の縁石に衝突し、右側に転倒して並進していた被告車の左後輪に轢かれて内臓破裂により即死した。
2 責任原因
(一) 被告有限会社は被告車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づく責任を負う。
(二) 被告安田火災海上保険株式会社は、昭和六三年三月二四日、被告有限会社との間で、被告車につき、保険金額を二五〇〇万円、保険期間を右同日から平成元年三月二四日とする自賠責保険契約を締結しており、本件事故について被告有限会社に自賠法三条に基づく責任があるから、自賠法一六条一項に基づく責任がある。
3 相続
原告小林オエ子は訴外小林の妻、原告小林優記及び同小林伸江は訴外小林の子であるから、訴外小林の死亡に伴い、相続により原告小林オエ子が二分の一、同小林優記及び同小林伸江が各四分の一の割合で訴外小林の権利義務を承継した。
二 争点
1 本件事故は訴外小林の一方的な過失により発生したか否か。訴外金川に過失がなかつたか否か。
(一) 被告らの主張
訴外金川は、片側二車線ある道路の第一車線の中央付近を、渋滞中のため時速約三五キロメートルの速度で普通に直進していたところ、左後方から小林車を運転して追い越そうとして並進していた訴外小林が前方注視を怠り、また減速しないで進行した過失により、道路左側の縁石に小林車のステツプを衝突させて転倒したものであり、訴外金川には本件事故の発生について何らの過失もなく、本件事故は訴外小林の右過失による自損事故である。また被告車には構造上何らの欠陥がなく、機能上の障害もなかつた。
(二) 原告らの主張
本件事故は、訴外金川が被告車の左側を並進していた小林車に対する安全を何ら確認することなく、漫然と道路左側に幅寄せしたため、被告車との衝突を避けようとした訴外小林が道路左側の縁石に接触し転倒したものであるから、訴外金川の過失によつて発生したものである。
2 損害額と過失相殺
原告らは、訴外小林の逸失利益(一億五一五二万二五六〇円)、慰謝料(二三〇〇万円)、葬儀費用(二六二万一五〇〇円)の各相続分及び弁護士費用の損害賠償請求権を有すると主張し、被告らはこれを争い、仮に訴外金川に過失があるとしても、本件事故の発生について過失があるから考慮すべきである旨主張する。
第三争点に対する判断
一 訴外金川の過失の存否等について
1 証拠(甲一、二、乙一、丙二の1、2、証人金川昇、同黒田優、被告有限会社長楽運輸工業代表者、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は横浜市戸塚区方面(南西)から同市神奈川区三ツ沢方面(北東)に通ずる国道一号線(通称横浜新道)の上り線上で、事故現場付近の道路状況及び位置関係等は別紙交通事故現場見取図(以下「見取図」という)記載のとおりである。本件道路は、上下線とも片側二車線でアスフアルト舗装され、中央部にはコンクリートの上に鉄製のフエンスを設置した分離帯が設けられており、また本件道路上り線の本件事故現場の手前には、道路左側にバス停留所への出入りなどのための停留帯が設けられ、停留帯と車道との境界付近及び停留帯の終点手前付近に見取図記載のとおりのゼブラゾーンが設置されている。
本件事故現場の道路は制限速度が七〇キロメートルに規制されており、平坦かつ直線であるため、前方の見通しは良い。
(二) 被告有限会社の従業員であつた訴外金川は、本件事故当時、被告車を運転し横浜市中区へ向かうため国道一六号線保土ケ谷バイパスから本件道路上り線の第一車線に進入したが、渋滞していたことから、同車線のほぼ中央部を時速約三五キロメートルの速度で、神奈川区三ツ沢方面に向け直進走行していた。訴外金川は見取図<1>付近で停留帯の終点に気付いたが、ハンドルを左右に切ることなく、同一の速度でそのまま同車線中央部を進行していたところ、見取図<2>地点に達した際、左後輪が見取図<×>地点で何かに乗り上げたと感じ、見取図<3>地点で左サイドミラーにより左後方の見取図<ア>地点に小林車が転倒しているのを発見すると同時に後方からのクラクシヨンを聞いたため、見取図<4>地点に停車した。
(三) 訴外黒田優(以下「訴外黒田」という)は、本件事故当時、本件道路上り線の第一車線上を被告車に後続し時速約三〇キロメートルの速度で進行していたが、道路左側のバス停付近に差しかかつた地点で、左後方から小林車を運転し、第一車線の左側端付近を進行してきた訴外小林に追い抜かれた。
その後訴外小林は、左側端を進行し前方を走行していた被告車に追いつき、見取図<1>地点で被告車の左側を並進した後、第一車線の外側線と停留帯終点付近に設置された前記ゼブラゾーンの右端線が交わる地点の手前付近から進路をやや左方に向けて進行し、停留帯終点近くの停留帯の縁石(高さ約一五センチメートル)に衝突した。そして車両もろとも右側に転倒し、訴外小林のみが被告車の前輪と後輪の間にもぐり込み、被告車の後輪に轢かれた。
なお訴外小林が被告車と並進していた際、被告車の左側端と第一車線の外側線の間には約一・五メートル近い間隔があり、小林車の車幅が〇・六五メートルであるから、小林車がその間を走行することは十分可能であつた。
(四) 本件事故現場付近の道路上に印象された小林車のスリップ痕及び擦過痕の位置、距離等は別紙図面記載のとおりであり、見取図<あ>地点に小林車の右マフラーカバーのモール部分のプラスチツク片が、見取図<い>地点に同車ハンドルカバーのプラスチツク片がそれぞれ落下しており、さらに見取図<×>地点付近に血痕が付着していた。
(五) 本件事故当時、本件事故現場は日の出前で暗かつたため、ほとんどの車両が前照灯を点灯させて走行していたが、訴外金川は小林車が前照灯を点灯して左後方から進行してきた場合、被告車の左サイドミラーによつてこれを確認することが可能であつた。
2 以上の認定事実によれば、訴外小林は、被告車と並進した直後、本件事故現場の道路の第一車線の外側線と停留帯終点付近のゼブラゾーンの右端線が交わる地点手前付近からハンドルを左方に切り、そのまま進行したのち見取図<あ>もしくは<い>地点で停留帯の縁石に衝突し、見取図<×>地点まで投げ出されて被告車の左後輪に轢かれたことが明らかであり、本件事故は訴外小林がハンドルを左に切つて進行したため発生したというべきである。
ところで原告は、訴外小林がハンドルを左に切つたのは、訴外金川が道路左側に幅寄せしたため、衝突を避けようとしたからであると主張し、証人金川は「本件事故当時、被告車の右後方から追い抜いてきた自動二輪車が突然進路前方に進出してきたため、危険を避けようとして、被告車のハンドルを左に切つた」旨供述し、甲九、一〇号証の記載中にも右主張に添う部分が存するが、前掲各証拠に照らし、いずれも措信できない。
そこで、訴外小林がハンドルを左に切つた理由を検討するに、右認定事実によれば、本件事故現場の道路はほぼ直線で見通しが良く、被告車の左側端と第一車線の外側線との間には小林車の走行が可能な間隔があり、被告車は時速約三五キロメートルという低速度で道路中央部分を直進、走行していたのであるから、訴外金川の運転操作に起因するものとはいえず、理由は明確とはいえないが、訴外小林が停留帯の終点に気付くのが遅れて狼狽したことに起因した可能性が大きいと考えられる。
3 そして右認定事実によれば、訴外金川は本件道路に進入した後本件事故の発生に気付いて停止するまで、ハンドルを左に切ることなく、終始第一車線の中央部を時速約三五キロメートルの速度で前車に続いて直進していたものであるから、このような場合訴外金川には、左後方から追い抜こうとする車両の安全を確認して右方にハンドルを切る等の措置を講ずる注意義務はないというべきであり、訴外金川が左後方の安全を確認しなかつたにしても、本件事故の発生について過失はないといわなければならない。
4 したがつて、本件事故は訴外小林の一方的な過失によつて発生したものであり、訴外金川には本件事故の発生について過失がなかつたといわなければならない。
5 証拠(甲一、二、弁論の全趣旨)によれば、本件事故当時、被告車に構造上の欠陥及び機能の障害がなかつたことが認められる。
二 以上の次第で、本件については、被告らについて自賠法三条但書の免責の規定が適用されるから、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。
(裁判官 前田博之)
別紙 <省略>
スリップ痕及び擦過痕の状況
<省略>