横浜地方裁判所 平成2年(ワ)192号 判決 1990年10月25日
原告
霜村博
ほか一名
被告
成瀬裕樹達
ほか一名
主文
一 被告らは各自、原告霜村博に対し二〇七四万九六〇七円、原告霜村早苗に対し二六〇万円及びこれらに対する平成二年二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
四 原告ら勝訴部分に限り仮に執行できる。
事実及び理由
第一請求
被告らは各自、原告霜村博に対し三九六八万八三〇八円、原告霜村早苗に対し四四〇万円及びこれらに対する平成二年二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故で死亡した者の実父及び継母が、民法七〇九条、自賠法三条にもとづき、損害賠償を請求した事件である。
一 争いない事実
(事故)
日時・平成元年六月二八日午後一時四〇分頃
場所・鎌倉市寺分二一四
態様・ 進路右側にある駐車場に進入するため右折して路外に出ようとした、被告会社が所有し、被告成瀬が運転する普通貨物自動車と、対向車両である霜村明彦(二〇才)の運転する普通乗用自動車が衝突し、その衝撃で明彦運転車両が同車進行方向右側を流れる柏尾川に転落し、明彦が溺死した。
二 争点
被告は損害額を争うほか、明彦は制限時速四〇キロメートルを超える七五ないし八〇キロメートルの高速で進行し、かつ、前方不注視により被告車両の発見が遅れ、ノーブレーキで右転把したのみで被告車両左後部に衝突し、対向車線に飛び出して、防御フエンスを突き破つて柏尾川に転落したのであり、事故の相手車両が対向車線側の歩道を乗り越え、防御フエンスを突き破つて川へ転落することは、通常予想できないから、本件事故と溺死との間には相当因果関係がない、仮にあるとするも、大幅な過失相殺がなされるべきであると主張する。
第三争点に対する判断
一 原告博の損害〔請求額三九六八万八三〇八円〕
1 逸失利益 一九五一万五六七八円
被害者明彦は、高校卒業後就職した会社を、コンピューター関係の仕事につきたいといつて退職し、専門学校へ行く学資を作ることも兼ねて、平成元年六月一日、有限会社まるべんに入社したが、一カ月も経たないうちに、本件事故にあつたことが認められる(甲一二)。そうすると、同社の給与に基づいて、明彦の生涯の収入を計算するのは合理的といえず、むしろ、賃金センサスによる方が妥当であると思料される。したがつて、賃金センサス昭和六三年第一巻第一表、企業規模計、産業計、男子労働者、新高卒の平均賃金による年収額四三四万一四〇〇円を基礎とし、生活費割合を五割、就労可能年数四七年としてライプニツツ方式により逸失利益を算定すべきである。
四、三四一、四〇〇×(一-〇・五)×一七・九八一=三九、〇三一、三五六
原告博は明彦の実父であるが、実母新田恵美子が生存しているから、右金額の二分の一の一九五一万五六七八円を相続したことになる。
2 慰謝料
本件諸般の事情に照らして、原告博固有の慰謝料一〇〇〇万円を相当と認める。
3 葬儀費用 一〇〇万円
原告博の支出した葬儀費用中一〇〇万円を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。
4 仏壇仏具購入費・墓地建立費 一〇〇万円
証拠(甲八、九の一ないし三)によると、原告博が仏壇仏具購入、墓地建立のために四八九万円の支出をしたことが認められる。このうち、一〇〇万円を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるべきである。
5 死体検案料・文書料 六万七〇〇〇円
証拠(甲一〇の一ないし四)により認める。
二 原告早苗の損害
証拠(甲三ないし六、原告博)によると、原告博は昭和四三年一〇月石川恵美子と婚姻し、同年一二月長男明彦を儲けたが、同四八年六月、明彦の親権者を恵美子と定めて離婚したこと、しかるに、恵美子が明彦の面倒を見ないため、明彦は原告博に引き取られ、同年八月一五日、親権者も原告博に変更されたこと、原告博は昭和四九年五月、原告早苗と再婚したため、明彦は五才のときから早苗に育てられ、死亡するまで同居していたが実の母親のように早苗を慕つていたこと、早苗も明彦を可愛がり、本件事故によりシヨツクを受けて胃潰瘍になり入院したこと、恵美子は昭和五一年六月新田喜代敏と再婚していること、以上の事実が認められる。
ところで、不法行為による生命侵害のあつた場合、民法七一一条所定の近親者以外の者が、固有の慰謝料を請求し得るためには、その者と被害者との間に右の近親者と実質的に同視し得べき社会的実体が存し、かつ、その者が被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けたことを要するのであるが(最判昭和四九年一二月一七日民集二八巻一〇号二〇四〇頁参照)、原告早苗と明彦の関係は右の要件を満たしているものと判断される。そして、同原告の慰謝料は四〇〇万円をもつて相当とするというべきである。
三 過失相殺
証拠(乙一の一ないし三、一八ないし二〇、)によれば、本件事故現場の状況は別紙交通事故現場見取図のとおりで、毎時四〇キロメートルの規制がされていること、事故当時は雨で道路は濡れていたこと、被告成瀬は道路右側の横浜日産モーター鎌倉営業所の駐車場に入るため、見取図<2>地点で一旦停止し、後続する同僚の車が先に右折して路外に出たのを確認してから、前方の交差点付近に対向車がないことを見て発進し、時速約五キロで<3>地点まで進み、右折を開始したが、<4>地点付近で助手席に同乗していた広田から注意されて約四一・七メートル前方の<ア>地点付近を直進して来るワゴン車(明彦車)を初めて認めたこと、しかし、同被告はワゴンの速度は約六〇キロで、距離もあるので、相手が避けるものと判断し、時速五キロ以下の速度でゆつくりと横断を続け、歩道の手前で一旦停止したうえ、積み荷の精密機械にシヨツクを与えないよう慎重に右前輪を歩道に乗り上げ、その地点(<5>)で再び一旦停止したとき、ワゴンに衝突されたこと、ワゴンは約七〇キロの時速で走行していたが、ハンドルをやや右に切つた角度で成瀬車の左後部に衝突し、右方に進行して、折から事故を目撃して対向車線に停止した青木久生運転の原動機付自転車に衝突したうえ、歩道に乗り上げて、歩道と柏尾川の境に設置されたフエンスに斜めに乗り上げるような形で走行し、二〇メートルにわたつてフエンスを倒壊させたのち川に転落したこと、ワゴンがブレーキをかけた形跡はないこと、以上の事実が認められる。
右の事実に照らせば、被告成瀬には、通常以上に時間をかけて、ゆつくり右折して路外に出るに当たり、対向車線の交通の安全を確認しなかつた過失があり、他方、明彦にも規制速度を越える高速で進行した過失があるというべきである。すなわち、被告成瀬が、<3>地点で注意して対向車線の交通を確認し、ワゴンを認めてこれを先に通過させるか、あるいは、ワゴンを現認した<4>地点以後、せめて一旦停止しないで進行していれば、本件衝突は避けられたものであり、また、明彦がもつと速度を落として進行していれば、本件衝突は避けられたか、少なくとも川へ転落することは免れたと推認される。そうすると、明彦の過失の斟酌すべき割合は、概ね四割とするのが相当であると判断される。
なお、本件事故現場の状況に照らせば、右折車が対向車線の予期できない低速で進行する場合、これに対応できず道路上で衝突した対向車が、事故の衝撃により暴走し、フエンスを倒して川に転落することもありうることであると考えられるから、相当因果関係がないという被告らの主張は採用できない。
四 以上の事実を前提とすると、被告らが原告らに支払うべき損害額は原告博につき一八九四万九六〇七円、原告早苗につき二四〇万円となる。
五 弁護士費用中、原告博につき一八〇万円、原告早苗につき二〇万円を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。
(裁判官 清水悠爾)
別紙[略]