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横浜地方裁判所 平成2年(ワ)222号 判決 1992年3月26日

原告 越智康雄

右訴訟代理人弁護士 伊藤幹郎

同 堤浩一郎

同 星野秀紀

同 船尾徹

同 星山輝男

同 前川雄二

同 小島周一

同 荒井新二

同 佐伯剛

同 陶山圭之輔

同 山川豊

同 小野毅

同 坂本堤

被告 千代田化工建設株式会社

右代表者代表取締役 玉置正和

右訴訟代理人弁護士 小倉隆志

主文

一  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、六六三万九九二〇円を昭和六三年五月二一日以降一か月四五万七五五七円の割合による金員を毎月二〇日限り支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、整理解雇を理由に被告会社から解雇された原告が、解雇事由の不存在等による解雇無効を主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め、解雇の翌日以降の賃金として一か月四五万七五五七円の割合による金員の支払を求めるとともに、昭和六三年から平成二年までの各年の中元、年末賞与、平成三年の中元賞与の合計六六三万九九二〇円の支払を求めた事案である。

第三本件解雇に至る経緯

一  当事者

被告会社は、石油・ガス等の産業用設備(以下「プラント」という。)の設計、設置、監理等を目的とする東京、大阪、名古屋各証券取引所第一部、新潟、札幌各証券取引所上場の株式会社である。

原告(昭和一六年生)は、中学校を卒業後、職業訓練学校で溶接の技術を学び、複数の会社に勤めた後、昭和三九年、被告会社に入社し、以後昭和六二年一〇月まで、被告会社の川崎工場(以下「川崎工場」という。)で溶接工として勤務してきた者である。

二  第一次非常時対策

1  被告会社は、石油プラント建設に必要な圧力容器等を製造するため川崎工場を操業していたが、昭和五〇年代に入り、同業他社の追い上げを受けたことや割高となった人件費等の固定経費に圧迫されて価格競争力が低下したことなどが重なって、業績が悪化し、第五四期(昭和五六年一〇年一〇月から昭和五七年九月まで)を除き、毎年一〇億円程度の赤字を出すに至った。

このため、被告会社は、配置転換等により昭和五四年当時四六九名であった従業員を昭和六二年四月までに二六一名に減らし、新鋭機器を導入するなどして同工場の経営の改善を図ったが、それにもかかわらず、その赤字体質は改まらなかった。

被告会社全体の経営状態も、国内外の需要の減退、受注競争の激化、急激な円高等の影響を受け、第五五期(昭和五七年一〇月から昭和五八年九月まで)以降次第に悪化し、第五八期(昭和六〇年一〇月から昭和六一年九月まで)には、一五〇億円を越える営業損失を計上した。さらに、第五九期(昭和六一年一〇月から昭和六二年九月まで)には、二〇〇億円を超える営業損失を計上し、経常収支も約八億円の損失を計上し、積立金を取り崩して配当を実施するような状況となった。

2  このような中で、被告会社は、経営改善のための第一次非常時対策として、川崎工場を被告会社から分離し、子会社化することを計画した。その計画の骨子は、(1)子会社の従業員を、幹部職員、技術・事務系従業員五〇名、技能系従業員一五〇名、合計二〇〇名とし、川崎工場の幹部職員と技能系従業員は全員子会社に移籍し、技術・事務系従業員については、その選択により移籍または出向とする、(2)移籍者に対しては、退職金を加算する、(3)移籍者の賃金は移籍前の三割減とする、というものであった。なお、技術・事務系従業員と技能系従業員との取扱いの違いは、前者が本社に採用され、人事異動により川崎工場に配置されていた者であって、本社内に戻るべき仕事があるのに対し、後者は川崎工場を勤務場所として採用された者であることによるものである。

3  被告会社は、昭和六二年三月二六日、第一次非常時対策を従業員の過半数で構成する千代田化工建設労働組合(以下「組合」という。)に提案し、さらに、同年五月一三日には、「移籍には、雇用契約の当事者である従業員の個別の同意を必要とする。その同意が得られない場合には、雇用維持のため最大限の努力をするが、これまでの経験や技能が生かされないこともある。本社への異動や出向のケースも考えられる。」と説明し、同年八月四日には、「当初から移籍の対象者でない者については、順次異動を行い、移籍の対象者で移籍を拒否した者については、その後遅れて異動を行うつもりである。異動先は、建設作業現場が中心となり、株式会社ファブリコン(以下「ファブリコン」という。)か、現在設立準備中の別の新会社への出向を考えている。これらの業務への適性が薄いと思われる者については、今後新しい職場を見つけてゆく必要があるが、当面、人事部あるいは人材派遣業者のアローヒューマンリソース株式会社(以下「アローヒューマンリソース」という。)での新しいセクションを考えている。こうした異動により、子会社化による余剰人員も五〇名程度であれば十分吸収することができる。」と説明し、その間にも、組合に対し、「移籍に同意しない場合は、職種転換や出向をお願いすることになる。全体としての労働条件や処遇は変わらないが、労働形態や個々の労働条件は変わることがある。」と説明し、特に技能系従業員については、当時の在職者一七九名中子会社に移籍することを予定しない二九名については本社に異動したいと考えている旨を説明した。

子会社の名称は、千代田プロテック株式会社(以下「千代田プロテック」という。)とすることが予定されていた。

4  組合は、第一次非常時対策の提案について、被告会社と多数回にわたり協議した結果、退職金、特別加算金、子会社の労働条件、福祉厚生等に改善が図られたとして、昭和六二年八月二〇日開催の中央委員会において承認を得たうえ、その提案を受け入れ、同月二一日、被告会社との間で、千代田プロテックへの移籍に関する協定を締結した。

右協定には、移籍者は同年一〇月一日付けで千代田プロテックに雇用されることを前提として、同年九月三〇日付けで被告会社を退職することが定められた。

5  被告会社は、右協定締結後、川崎工場の従業員の意思を確認したところ、千代田プロテックへの移籍希望者は技能系従業員一七五名中の一六八名を含めて二一五名に及び、当初予定した二〇〇名を越えることになったが、諸般の事情を考慮して希望者全員を千代田プロテックに移籍させることとした。移籍を希望しなかった技能系従業員のうち六名は退職を希望し、原告だけが被告会社への残留を希望した。

原告は、終始移籍を伴う第一次非常時対策に反対し、組合川崎工場支部の支部長選挙に立候補して、従業員に移籍を拒否するよう呼びかけるなどしたが、その選挙にも落選し、大勢を動かすことができなかった。

6  昭和六二年一〇月一日、千代田プロテックが設立され、移籍に同意した従業員の移籍が行われた。

被告会社は、移籍を拒否し、被告会社への残留を希望した原告を同日付けで本社人事課に配属したうえ、セースイ工業株式会社(以下「セースイ工業」という。)において、パイプライング業務の研修をするよう命じた。その際、被告会社は、ファブリコンがパイプライニング業務を手がける予定であるので、出向してその業務を遂行することができるかどうかを判断するために、研修を受けさせるものであると説明した。

原告は、本社内の仕事を与えるよう希望したが、被告会社から本社内には仕事がないと言われて、右研修命令に従い、同年一〇月六日から同年一二月二〇日までセースイ工業で研修を受けた。

三  第二次非常時対策

1  被告会社は、第一次非常時対策に引き続き、経営改善のための第二次非常時対策を実施することとし、昭和六二年一一月二四日、社長書簡をもって従業員にこの対策への協力を呼びかけた。

第二次非常時対策の骨子は、第六二期(平成元年一〇月から平成二年九月まで)の営業収支を黒字とすることを目標とし、それには、受注・完工高を二二〇億円以上に、付加価値率を一五パーセント以上にそれぞれ伸ばし、固定費を三〇〇億円以下に抑えることが必要であるとの前提のもとに、昭和六三年三月末までに、関連会社への出向、移籍等により本社要員を二七〇〇名から二五〇〇名以下に削減するというものであった。

2  被告会社は、昭和六一年ころから、ファブリコン、アローマネージメントサービス株式会社(以下「アローマネージメントサービス」という。)、セントラル千代田株式会社(以下「セントラル千代田」という。)等の子会社を設立して、建設、製作等の現業部門を受け持たせて、本社から従業員を出向させていた。その出向者については、組合との間の協定により、本社の賃金と出向先の賃金との差額を負担してきたが、第二次非常時対策においては、特に他の子会社の場合よりも賃金格差の大きい右三社について、出向中の技能系従業員を全員出向先に移籍させるほか、かつて川崎工場から本社の事務系部門に配置転換させていた技能系従業員の大部分も右三社に出向させたうえ、移籍させることとした。

3  これらの方策に併せ、人材の社外活用を通じて雇用の創出を図る目的で、職務開発休職制度も提案した。この制度は、人員適正化に伴って生ずる被告会社の余剰人員のうち、被告会社が、配置転換等によって雇用の吸収を図ることが困難と判断した従業員について、被告会社を休職扱いとしてアローヒューマンリソースに雇用し、その休職期間中、被告会社が平均賃金の六割を支給し、アローヒューマンリソースが基準内賃金の三割を支給するというものであった。

4  こうした第二次非常時対策は、被告会社が、プラントの設計、建設といった業務から、より付加価値率の高い技術援助、技術管理、設計業務等を中心とするエンジニアリング・コンストラクターとしての業務を重視する方針を採用したことに由来するものであり、その意味で、川崎工場の縮小を内容とする第一次非常時対策と共通するものであった。

5  被告会社は、昭和六二年一一月二六日、第二次非常時対策を組合に提案し、その中で、移籍対象者は、ファブリコン約一二〇名、アローマネージメントサービス約四〇名、セントラル千代田約三五名、その他の関連会社三五名であり、移籍後の賃金は、被告会社のそれより約三割減少すると説明し、同年一二月二日には、移籍対象者を、同月一日以前にファブリコン、アローマネージメントサービス、セントラル千代田の三社に出向となった者であると説明していたが、その後さらに移籍対象者を増やし、原告をもその対象者とする一方、本来移籍対象者となるべき者であっても、各部署から業務運営上外せないとの申入れのあった約一〇名については移籍対象者から除外することとした。

6  被告会社は、昭和六三年一月一三日、原告に対し、同月二〇日付けで、ファブリコンへ出向するよう命じた。その出向は、同社への移籍を前提とするものであったから、原告は、一旦右出向命令に従ったうえ、同年二月一六日、横浜地方裁判所に、右出向命令に従う義務を負わない地位にあることを仮に定める旨の仮処分命令の申請をし、さらに、同年三月一〇日、ファブリコンへの移籍拒否を理由に職務開発休職制度に基づく休職を命ぜられる可能性があるとして、ファブリコンへの移籍の拒否を理由とする休職命令に従う義務を負わない地位にあることを仮に定める旨の仮処分命令の申請をした。

7  組合は、被告会社と第二次非常時対策についても多数回協議した結果、職務開発休職制度には同意できないが、子会社への移籍の提案は受け入れざるを得ないとして、昭和六三年三月一〇日開催の中央委員会において承認を得たうえ、同月一一日、被告会社との間で前記三社への移籍に関する協定を締結した。

右協定には、移籍者は、同年四月一日付けで前記三社に雇用されることを前提として、同年三月三一日付けで被告会社を退職することが定められた。

8  原告は、第二次非常時対策についても、一部の同僚とともに、「出向、移籍、休職をストップさせる会」を結成し、ビラを配付したり、組合に臨時大会を開催するよう要求したりして反対活動を行ったが、他の従業員の支持を得ることができなかった。

昭和六三年三月一一日には、被告会社からファブリコンへの移籍を求められたが、賃金を三割減額されては生活が成り立たないとして、移籍同意書を提出期限の同月一七日までに提出せず、移籍を拒否した。

被告会社は、職務開発休職制度については、組合の同意が得られなかったため、同月一七日にこれを撤回し、同月二四日の前記仮処分事件の審尋期日において、原告に対し、職務開発休職制度に基づく休職命令を発しない旨を約束し、これを受けて原告は、右各仮処分申請を取り下げた。

9  昭和六三年四月一日、移籍に同意した従業員の右三社への移籍が行われ、移籍を拒否した原告は、右同日、ファブリコンへの出向を解除され、同じく移籍を拒否した他の二名とともに本社人事部に配属された。

四  被告会社と原告との面談

被告会社は、人事部人事一課長鹿児島彰(以下「鹿児島課長」という。)を担当者として、昭和六三年四月一日以降、同月二〇日までの間に六回にわたって原告と面談した。

鹿児島課長は、一回目の面談では移籍拒否の理由と以後の勤務についての考えを尋ね、これに対し、原告は、移籍拒否の理由を、賃金を三割も減額されては生活することができない、当初から移籍に反対する立場をとってきたのでその主張を貫徹したい、などと述べ、同月四日の面談では、今後は、溶接の技術を生かせる部門か、川崎工場の技能系従業員であった者が多数在籍している本社内のプロジェクト業務部、検査部、品質保証部、分析材料技術センター等での仕事に就きたいと述べた。

鹿児島課長は、これらの部署に対して欠員補充または増員の必要の有無を照会したが、いずれもその必要はないとの回答であったので、同月六日の面談で、社内には原告に与える仕事がなく、社外で仕事を見つけるしかないと述べ、その方法として、人材派遣業者のアローヒューマンリソースで仕事を捜すよう提案したが、原告はこれを断り、被告会社の方で仕事を捜すよう求めた。同月一五日の面談でも、鹿児島課長は、従来並みの処遇でできる仕事は同業他社にもなく、職業安定所でも見つからなかったと述べ、同月二〇日の面談では、最終的に決める前に原告の意向を聞きたいとして、ファブリコンその他関連会社への移籍を受け入れる余地の有無を尋ねた。原告は、その余地はないとしてあくまでも被告会社内の仕事を希望したが、当初希望していた溶接の技術を生かせる職場であることについてはこだわらないとしてこの点は譲歩した。

以後、被告会社は、社内の仕事であれば、清和という会社のしている館内清掃の仕事でもよいかと打診しただけであった。

被告会社としては、移籍に応じた他の従業員との均衡上、原告も移籍させるべきであると考えていたので、こうした面談の過程においても、在籍による出向や職種転換を真剣に検討したことはなかった。

以上の面談を経て、被告会社は、原告が移籍に応じない以上解雇するほかないとし、同月二一日、原告に対し、就業規則二二条一項七号に基づき、同年五月二〇日付けをもって解雇することを予告する旨を記載した通知書を交付した。

就業規則の右規定は、会社が経営規模の縮小を余儀なくされ、または会社の合併等により、他の職務への配置転換その他の方法によっても雇用を続行できないときは、従業員を解雇する旨を定めるものであり、被告会社と組合との間で締結された労働協約の七六条八号の定めと同旨のものである。

五  被告会社と組合との事前協議

被告会社は、事前協議を定めた労働協約七七条に基づき、昭和六三年四月二一日、組合に対し、原告に解雇予告を行った旨を通知し、以後数回その解雇に関して組合と協議をしたが、同年五月一二日、組合から、原告が、裁判所に仮処分命令の申請をし、裁判で決着をつける姿勢を示したことにより、労使協議を継続する意味がなくなったので、今後は、被告会社と原告とで話し合ってもらいたいとの申し出があったので、これに応じて協議を打ち切った。

なお、被告会社は、原告同様にファブリコンへの移籍を拒否した他の二名の従業員についても、同年四月一日以降、個別に面談を行っていたが、右両名のうち一名は関連会社に移籍することに同意し、残りの一名は退職することで決着がついた。

(右一ないし五の事実は、《証拠省略》によってこれを認める。)

第四本件解雇

被告会社は、昭和六三年五月二〇日、原告に対し、「貴殿の解雇については、去る四月二一日付け書簡で予告したとおりであるが、その後労働協約七七条に則り、労働組合と反復協議した結果、特に予告を撤回すべき事情も見当たらないので、本日平均賃金の三〇日分四八万四三〇四円を提供して、即時解雇します。」と記載した書面を交付し、右金員を提供して解雇の意思表示をした。

(右事実は当事者間に争いがない。)

第五原告の賃金

一  原告の本件解雇前三か月の平均賃金は月額四五万七五五七円であり、被告会社における毎月の賃金の支払期日は二〇日である。

二  原告が、本件解雇日以降も引き続き被告会社に雇用されていた場合には、特段の理由のない限り、被告と組合との間の各年の年間賞与に関する協定により、その昭和六三年の中元賞与、年末賞与として各七二万〇九六〇円、平成元年の中元賞与、年末賞与として各八五万二九〇〇円、平成二年の中元賞与、年末賞与として各一一二万二九〇〇円、平成三年の中元賞与として一二四万五四〇〇円の支給を受けることになる。

(右一の事実は当事者間に争いがなく、右二の事実については、右各協定により算出した額が右金額のとおりとなることに争いがない。)

第六争点

一  整理解雇の要件について

(被告会社の主張)

1 本件解雇は、就業規則二二条一項七号を適用してなされたものであるところ、業績不振による川崎工場の子会社化は右規定にいう「経営規模の縮小」にあたり、川崎工場の子会社化によって被告会社内に溶接工としての原告の仕事もこれに準ずる仕事もなくなったことは右規定にいう「雇用を続行できないとき」にあたるものである。

2 被告会社内に仕事がないのに、被告会社が原告との雇用を続行するためには、被告会社内で職種転換を図るか、原告を在籍のまま子会社へ出向させるほかないが、なお引き続き原告の雇用を続行するかどうかは、そうしなければ被告会社の業務運営上支障が生ずるかどうかという観点に立って判断すべきことであり、業務運営上支障が生ずるかどうかは、事柄の性質上もっぱら業務運営の主体である被告会社が自らの立場で判断すべきことであって、従業員はもとより裁判所といえども介入することができないものである。したがって、被告会社が原告の雇用を続行しなくても業務運営上支障がないと判断した以上、さらに被告会社において、職種転換、出向等により原告に与える仕事がないことを具体的に主張する必要はないのであるが、念のため職種転換も出向もできない理由を述べれば、次のとおりである。

職種転換をすれば被告会社内にも原告にできる仕事がないわけではないが、その職種に習熟するためには一定の期間が必要である。非常事態を宣言し、第一次非常時対策、第二次非常時対策等の合理化を進めている被告会社において受け容れることのできるその期間は、せいぜい就業規則所定の新規採用者の試用期間である六か月であろうが、被告会社には、その期間内に習熟し得るような仕事はないし、仮に、六か月以上かければ習熟することができるとしても、その仕事を担当する部署に欠員補充や増員の必要は全くないのである。

原告にもできる仕事のある子会社は、第二次非常時対策において移籍先とされたファブリコン、セントラル千代田、アローマネージメントサービスの三社だけであるが、これらの子会社は、主として昭和五〇年代の川崎工場の合理化の過程で本社に引き取っていた技能系従業員に対する解雇回避努力の一環として設立されたもので、千代田プロテックよりもさらに低い賃金水準にあった。

このため、被告会社において、組合との協力により、被告会社の賃金との差額を補填するなどの措置を講じていた。そのうえ、右協定によれば、出向者は原則として三年後に被告会社に戻すこととされていたので、原告をこれらの子会社に出向させれば、その賃金の差額を負担したうえ、三年後には本社に戻すことになり、賃金の減額に応じて子会社へ移籍した者との間に不公平な結果を生ずることになる。また、このような不公平を許すと、移籍した者が移籍の無効を主張するなどして収拾がつかなくなるおそれがある。

3 被告会社は、当初から職種転換、出向等によって原告の雇用を続行することが不可能であると判っていたので、川崎工場を子会社化した時点において、就業規則の右規定により原告を解雇することはできたのであるが、原告の雇用を確保しようとして、千代田プロテックへの移籍を勧め、原告がこれを拒否した後も、再度、移籍の機会を与えるため、セースイ工業で約二か月間のパイプライニングの実務研修を受けさせたうえ、第二次非常時対策の一環として、ファブリコンへ出向するよう命じたのである。したがって、整理解雇をするにはその前提として解雇回避のための努力をすることが必要であるとしても、被告会社は、原告の移籍先を確保することにより、この努力を十分尽くしているのである。

(原告の主張)

1 整理解雇は、もっぱら会社の都合によって行われる解雇であるから、それが許されるのは、会社が高度の経営危機にあり、従業員を解雇しなければ倒産する蓋然性がある場合に限られるべきあるところ、被告会社は、もともとそのような状況にはなかった。

また、仮に川崎工場の子会社化前には整理解雇を必要とする状況であったとしても、その後、川崎工場を子会社化して従業員を子会社に移籍したことにより、人員整理の目的を達したから、本件解雇当時においては、整理解雇を必要とするような状態ではなくなった。

2 これを就業規則の右規定に則してみると、川崎工場を子会社化した千代田プロテックは、被告会社の全額出資の、同工場の業務をそのまま移管し、外注という形をとっただけの会社であって、その実体は、被告会社そのものというべきものであり、子会社化によって変化したのは、人件費の削減によって被告会社の競争力が強化され、業務が拡大され、高利潤を得ることができるようになったということだけである。したがって、川崎工場の子会社化は、被告会社の業務拡大のための手段にすぎず、就業規則の右規定にいう「経営規模の縮小」にはあたらない。

3 仮に川崎工場の子会社化が右の「経営規模の縮小」にあたるとしても、右1で述べた整理解雇の特殊性から、被告会社は、解雇を回避するために、配置転換、出向、職種変更にとどまらず、残業規制、中途採用停止、新規採用の手控え、臨時雇・パートタイマー・派遣労働者の雇止め、一時帰休、希望退職者の募集、業容の拡大等についても最大限の努力をすべきである。そして、被告会社の経営と資産の状況からすれば、その解雇回避努力は、右の全ての手段について、数年間にわたってなされなければならない。

被告会社は、原告に与える仕事はないと主張するが、被告会社のプロジェクト業務部、安全管理部、検査部、分析・材料技術センター、化学プラント三部、備蓄プラント部には、原告が職種転換をすることによってすることができる仕事があり、現に、これらの部署には、川崎工場出身の技能系従業員が多数配置されている。また、被告会社は、千代田プロテック、ファブリコン、被告会社の国内中小工事部門を担当している千代田工商株式会社、被告会社のガス関連施設の工事を担当しているガスエンジニアリング株式会社(以下「ガスエンジニアリング」という。)等の子会社のほか、支配力の及ぶ下請会社を多数傘下に持っており、これらの会社内には原告にふさわしい業務があるから、その中に出向先を見つけることは容易である。

被告会社は、被告会社や子会社のこれらの部署には、欠員補充や増員の必要性がないと主張するが、約三〇〇〇名の従業員を擁する被告会社において、いずれの部署にも欠員補充や増員の必要がないなどということは考えられないことであるし、仮に、今直ちに欠員補充や増員の必要がないとしても、他の従業員の残業や休日出勤等の所定外労働を減らす等の措置を講じて、原告一人の仕事をつくり出すことは容易なことであり、場合によっては欠員が生ずるまでの研修や自宅待機をさせることもできるのである。

このための費用などは被告会社にとっては極めて微々たるもので、そのために被告会社の経営に破綻を来すことはない。そのことは、本件解雇後二年程度でその業績が超優良企業といいうるほどに回復し、エンジニアのみならず、職種全体で人手不足を生じたことからも明らかである。すなわち、被告会社は、第六二期(平成元年一〇月から平成二年九月まで)には、完工高二二〇〇億円、営業利益二〇億円、経常利益三〇億円、純利益四〇億円、受注高五五〇〇億円、受注残高七一七〇億円を計上し、特に受注残高は、過去最高の額で、昭和六二年の三三〇三億円から、わずか三年で二倍以上に急増しているし、本件解雇直前の昭和六三年四月においてすら四一名の新入社員を採用し、平成二年四月には八五名、平成三年四月には一三三名の新入社員を採用している。また、被告会社が平成二年七月に発表した五か年計画(ブルースカイ計画)でも、中途採用者数の拡大、中高年者やOBの活用などをうたっているし、平成二年三月期(中間決算)の内部留保(貸倒引当金、資本準備金、利益準備金及び剰余金の合計)は、対前年比六一億円増の八一一億円に達しているのである。

被告会社は、川崎工場の技能系従業員のうち、原告だけを従前と同じ賃金で雇用し続けることは、約三割の賃金減額を受け入れて移籍した他の従業員との間に不公平を生ずると主張するが、被告会社は、移籍に応ずるか否かは従業員の自由であり、移籍に応じない者に対しても雇用は継続すると言明、約束していたのであるから、それを前提として、自由意思に従って移籍を拒否した原告が、移籍に応じた他の従業員より多額の給与を支給されることになっても、そのことをもって不公平というのはあたらない。

被告会社は、川崎工場出身の技能系従業員のうち、ガスエンジニアリングに出向させていた二名については、同社への移籍を拒否したにもかかわらず、解雇することなく賃金の四割を負担して従前どおり出向を継続し、原告については、賃金の三割を負担することができないとして解雇したが、こうした取扱いこそ不公平というべきである。

このように、被告会社は、僅かの努力をすれば原告の雇用を続行することができたのであるから、解雇回避努力を欠くものであり、就業規則の右規定にいう「配置転換その他の方法によっても雇用を続行できないとき」にはあたらないというべきである。

したがって、本件解雇は、解雇事由なくなされたものであるから、解雇権を濫用するものとして無効である。

二  解雇手続について

(原告の主張)

被告会社は、本件解雇前の労使交渉の中で、移籍を拒否した者の取扱いについて、移籍に応ずるか否かは当該従業員の自由であり、移籍を拒否した者についても、雇用は続ける旨を再三にわたって言明、約束していた。本件解雇は、その言明、約束に反するものであるから、信義則(禁反言則)に反し無効というべきである。

(被告会社の主張)

解雇手続が信義則に反する旨の原告の主張は、時機に遅れた攻撃方法として却下されるべきである。

被告会社は、組合員に対し、いかなる状況においても移籍拒否者の雇用を継続するなどと言明したり、約束したりしたことはないばかりか、既に昭和六二年四月二七日には、「在籍出向による負担の継続は、現下の状況から厳しいと言わざるを得ず、特に川崎工場については長期かつ大きな負担が予想されるので極めて厳しい。また、他の子会社に対する負担もいつまでも継続できるとは考えられず、現下の状況から再検討する時期にきていると考えている。」と述べ、同年五月二七日にも「現下の状況からただ負担を継続することは難しく、子会社の採算性を再検討する時期にきているのも事実である。」と述べ、同年七月八日には、「今後の状況によっては出向から移籍への転換も検討することになります。」と述べており、原告も、移籍を拒否し続けれは、最終的には解雇されることを予測して覚悟していたはずであるから、被告会社があらかじめ移籍拒否者は解雇する旨を明示しなかったからといって、解雇手続が信義則に反するということはできない。

三  不当労働行為について

(原告の主張)

原告は、第一次非常時対策について、組合川崎工場支部の支部長に立候補して従業員に移籍を拒否するよう訴える等、従業員の先頭に立って反対活動を行い、第二時非常時対策についても、同僚とともに、「出向、移籍、休職をストップさせる会」を結成して、ビラを配付したり、組合の臨時大会の開催を要求したりして反対活動を行い、さらに、原告に対するファブリコンへの出向命令の効力停止を求める等の仮処分命令の申請をした。

本件解雇は、こうした原告の移籍合理化反対の組合活動に対する報復ないし妨害としてなされたものであるから、不当労働行為として無効である。

(被告会社の主張)

原告の反合理化闘争は、資本家を敵視し、大企業の打倒を目的とする日本共産党(千代田化工支部)の政治活動の一環としてなされたものであって、組合活動としてなされたものではない。組合は、反合理化闘争をすることなく被告会社の移籍提案を承諾しているのであるから、原告の右行為は、明らかに組合の統制に反する行為である。このような行為は、正当な組合活動とはいえないから、原告の右主張は、この点で成り立たない。

四  確認の利益について

(被告会社の主張)

本件地位確認の訴えは、労働契約上の権利を有する地位という包括的な権利関係を確認の対象としているが、労働契約という概念もその契約上の権利の内容も不明確で、請求を特定させるに十分でなく、また、労働者に就労請求権が認められないこととも矛盾するから、不適法として却下されるべきである。

第七争点に対する判断

一  先にみてきたとおり、川崎工場は、昭和五〇年代以降、長期にわたって業績不振が続き、被告会社において設備投資その他の施策を講じたものの、その成果が現れず、被告会社全体としても、第五八期(昭和六〇年一〇月から同六一年九月まで)以降、一五〇億円を越える営業損失を計上し、第五九期には経常収支も赤字となっていたが、被告会社が第一次非常時対策として、川崎工場を子会社化して技能系従業員を中心に同工場の従業員の大部分を子会社に移籍し、次いで、第二次非常時対策として、残りの技能系従業員の大半を子会社に移籍したことにより、被告会社は、本件解雇時までに、赤字の大きな原因となっていた人件費を削減することができ、また、経営の重点を施設建設等の業務からより付加価値の高いエンジニアリング・コンストラクターとしての業務に移すという目的もおおむね達成することができていた。しかし、少人数であっても、原告のような技能系従業員を抱えておくことは、右各対策を実施してきた趣旨にそぐわないことであるから、被告会社がこうした従業員を移籍等によって削減しようとしたこと自体は相応の必要性、合理性を有するものということができる。

しかしながら、その人員削減が個別の従業員の承諾のもとに行われる移籍にとどまらず、整理解雇という方法で行われるとなると、従業員は、その責任のない事由により意に反して職を失い、生活上重大な不利益を受けることになるので、信義則上、それが可能であるというためには、被告会社にとって人員削減の必要があるというだけでなく、その必要性の程度、解雇回避の可能性、解雇によって受ける従業員の不利益等を比較考量して相当と認められるものであることが必要であり、整理解雇の要件を定めた就業規則の右規定を解釈適用する場合においても、こうした点を考慮すべきものと解される。

二  被告会社は、職種転換や出向により原告に与え得る種類の仕事自体が被告会社や子会社内にあることは認めるが、それでも解雇が不可避であることの理由として、(1)そうした仕事を原告に与えるについては、新職種に習熟するための期間の賃金あるいは出向先との賃金の差額を負担しなければならず、また、職種転換のための訓練をしても、その仕事をする部署に欠員補充や増員の必要がないこと、(2)原告の従前の賃金を維持したまま雇用を続行すれば、賃金の減額に応じて移籍した従業員との間に公平を欠くことになり、これらの従業員が移籍の無効を主張して収拾のつかない状態になるおそれがあることをあげ、結局原告にこれらの仕事を与えることはできないと主張する。

そこで、まず、右(1)の点についてみる。

本件は、賃金に見合う仕事がないから新規採用を差し控えるという場合ではなく、被告会社の都合で職場を失った現に雇用中の従業員をどう処遇するかという場合であるから、仕事の有無は、現在その者の賃金に見合う仕事があるかどうかということだけでなく、会社のその時の経営状態や将来の見通しのもとで、職種転換等により仕事を見つけて雇用し続けることが相当かどうかといった観点に立って判断すべきところ、原告に職種転換の適応力がないとは認められないこと、被告会社の従業員規模からすれば、いずれも遠くない将来に自然減等による欠員が生ずることは明らかであるばかりでなく、景気の好転や業務内容の拡充等によって増員が必要になることも考えられること、先に述べたように、被告会社は、本件解雇時においては、既に第一次非常時対策を完了し、第二次非常時対策も大部分完了して人員削減の目的をおおむね達しており、直ちに原告一人を解雇しなければならない程の経営上の緊急性はなかったこと、被告会社は、かつての合理化の際には、川崎工場の技能系従業員の雇用確保のために、これらの従業員を全く別の職種の本社の事務系の部署に引き取り、仕事に就かせていたことがあることなどを考慮すると、被告会社としては、職種転換により原告の雇用を続行することは可能であり、その職種転換のために必要とする程度の出費はやむを得ないというべきである。

次に右の(2)の点についてみる。

被告会社は、原告の雇用を続行することは、賃金減額に応じて移籍した者との公平を欠くことになると主張するが、被告会社は、もともと整理基準を設けて移籍か解雇かといった形で人員整理を提案していたわけではなく、むしろ、移籍をするかどうかは各従業員の自由であることを前提として移籍の同意を求めるとともに、移籍を拒否しても、本社への異動や子会社への出向等により雇用維持のため最大限の努力をするといった趣旨の説明をしていたのであるから、原告が被告会社の説明を信じて移籍を拒否し、そのために移籍に応じた者との間に賃金格差を生じたとしても、それが原告を解雇しなければならないほどに不公平なこととは思わない。

被告会社は、原告を解雇しなければ、移籍に応じた他の従業員が移籍の無効を主張するなどして収拾がつかなくなると主張するが、その移籍に至るまでには、被告会社と組合が多数回にわたって協議し、移籍に伴う利害得失を十分検討して各従業員に周知させ、各従業員は、この利害得失を考慮した結果、原告の移籍拒否の呼びかけに応ずることなく、自己の自由な意思に基づいて移籍に応ずることを選択したのであるから、被告会社が原告の雇用を続行したからといってそのことを理由に移籍者の間に被告会社の主張するような不測の事態が生ずるとは思われない。

このようにみてくると、被告会社が職種転換による原告の雇用の続行を拒む理由は、いずれも正当なものではなく、他にこれを拒むのが正当であるといえるような事情は見当たらないから、本件解雇を相当であるということはできず、就業規則の右規定にいう「配置転換等によっても雇用を続行できないとき」にもあたらないといわなければならない。

三  以上によれば、本件解雇は、解雇事由がないのにあるとしてなされたものであるから、解雇権を濫用するものとして無効であり、原告は、現に被告会社との労働契約に基づく被用者の地位を有し、かつ、その主張の賃金請求権を取得したというべきである。

被告会社は、本件地位存在確認請求は、労働契約の概念も契約上の権利の内容も不明確で請求を特定させるに不十分であり、労働者に就業請求権がないこととも矛盾すると主張するが、労働契約とは労働者が使用者に使用され、賃金等の対価を取得することを内容とする契約であり、労働契約上の権利とは、その労働契約に基づく賃金請求権、災害補償請求権、退職金請求権等の個々の権利を包括した権利であると解することができ、それだけで請求を特定することができるから、これが不明確であるとはいえないし、そのことが労働者に就労請求権が認められないことと矛盾するともいえない。

被告会社は、原告が労務に服していないから、その主張の賃金請求権を取得しないと主張するが、労務に服することができないのは、被告会社が解雇を主張して就労を拒否したからであって、もっぱら被告会社の責に帰すべき事由によるから、原告は、現実に就労しなくても、賃金請求権を取得するものというべきである。

よって、原告の本件各請求は、いずれも理由がある。

(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 櫻井登美雄 関口剛弘)

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