横浜地方裁判所 平成2年(行ウ)15号 判決 1995年6月21日
横浜市神奈川区白幡仲町一六番地一一
原告
和田明
右訴訟代理人弁護士
山内忠吉
同
森卓爾
同
小口千惠子
同
高橋宏
同市北区大豆戸町五二八番五
被告
神奈川税務署長 福原定雄
右指定代理人
中澤彰
同
中村登
同
大原満
同
柳井康夫
同
根岸良一
同
須田靖
同
井上良太
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が平成元年三月三日付けでした
1 原告の昭和六〇年分所得税の更正のうち、総所得金額一六八万三九〇六円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定
2 原告の昭和六一年分所得税の更正のうち、総所得金額二一六万六〇九一円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定
3 原告の昭和六二年分所得税の更正のうち、総所得金額三八四万五一五七円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定
をそれぞれ取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、塗装業を営む個人事業者であり、昭和六〇年から同六二年の各年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税についてした確定申告(白色申告)の所得に関して、税務調査(以下「本件調査」という。)を受けた原告が、担当係官に対して具体的調査理由の開示や第三者の立会いを求めるなどして調査に応じなかったとされ、したがって、実額で所得を算定することが困難であると判断されて、被告から、推計課税による更正及び過少申告加算税賦課決定を受けたことに対し、推計の必要性及び合理性等を争い、かつ所得金額について実額による反証をも試みている、という事案であり、本件係争各年分における原告のした確定申告、被告のした更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)、原告がした不服申立て並びにこれに対する決定・裁決の経緯は、別表一ないし三のとおりであって、この点は当事者間に争いがない。
二 争点
本件の争点は、被告がした推計課税に必要性及び合理性があるか、原告主張の実額反証の内容が事実に符合するか、税務調査の手続に違法があるか並びに更正通知書の記載に当該更正等を違法とする不備があるかという点であり、双方の主張・反論は次のとおりである。
1 推計の必要性
(一) 被告
原告は、被告係官の税務調査に対し、収支明細書、取引先別の収入明細書、領収書及び出金伝票等を提示したが、体系的、継続的に日々の取引を記録した帳簿である売上帳、経費帳及び現金出納帳等の記帳をしていないので、原始資料の保存が不十分と言わざるを得ず、また、提示された出金伝票の仲には、対応する領収書等のないものが多数あるうえ、提示されたレシートや領収書には宛名が上様としか記載されていないものが多数あり、原告が、これらの支払いを現実にしたか否かが明らかでないことなどから、被告が、原告の本件係争各年分の所得税を実額で算定することは到底不可能であった。したがって、被告が、原告の本件係争各年分の所得金額を、推計により算出する必要性が存したことは明らかである。
(二) 原告
推計課税は、実額の把握ができない場合の例外的措置としてされるべきである。原告は、全面的に被告の調査に協力するため、調査に際し、すべての資料を提示し、しかも被告係官の質問にいつでも答えられるように立会いをしていた。被告は、原告の本件係争各年分の所得を、実額により把握することが可能であったにもかかわらず、安易に推計による課税をしたものである。
2 推計の合理性
(一) 被告
(1) 被告が、原告の本件係争各年分の所得金額を算出するために採用した推計の方法は、原告の各総収入金額(別表四「収入金額明細表」)に、比準同業者の特前所得金額(青色特典控除前の所得金額であり、総収入金額から原価・一般経費及び特別経費の額を控除して算定した所得金額)の割合の平均値(以下「平均特前所得率」という。)を乗じることにより、原告の特前所得金額を算出するというものである。
(2) ところで、右推計に用いた比準同業者は、原告が納税地を管轄する神奈川税務署の管内に所得税の納税地を有する個人事業者のうち、次の<1>から<6>の基準すべてに該当する者を別表の五の一、二同六の一、二、同七のとおり、本件係争各年分ごとに抽出したものである。
<1> 塗装工事業を営む個人事業者
<2> 本件係争各年分において、青色申告の承認を受け青色決算書を提出している者で、青色事業専従者が一名の者
<3> 年を通じて<1>の事業を継続している者
<4> 本件係争各年分において、総収入金額が、原告のそれの半分以上二倍以下の範囲内にある者
<5> 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者
<6> 税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、次のア又はイに該当しない者
ア 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立て期間及び出訴期間の経過していない者
イ 当該処分について不服申立てがされ、又は訴訟中である者
(3) 以上のとおり、被告の右推計には、恣意の介在する余地がなく、原告の実際の所得金額に近似した数値が得られていると推認され、右推計の方法には合理性がある。
(二) 原告
被告は、原告の比準同業者として、塗装工事業者を営む個人事業者を抽出しているが、塗装工事の中にも外壁専門の建築塗装のように利益率の高いものと原告が行っている塗装のように利益率の低いものがあり、まして塗装の仕事ほど、やり方により利益率に極端な差がでる業界はなく、別表五の一、二、同六の一、二、同七によれば、昭和六〇年分比準同業者の特前所得率は、上限が五七・三一パーセント、下限が一五・〇六パーセントで、その差には三・八倍の開きがあり、同様に、同六一年分には、四・九倍、同六二年分には、三・二倍の開きがあり、これは、塗装業界の特殊性を示しているから、このような塗装業の特殊性を無視した推計には合理性がない。
また、原告は、単純な塗装工事だけでなく、ビルやマンションの大規模修繕の仕事や高架水槽の補修工事、浄化槽の清掃、塗装などの浄化槽関係工事も行っており、同六〇年分の売上の約二〇パーセント、同六一年分の売上の約五〇パーセント、同六二年分の売上の約八〇パーセントが、右の仕事による売上で占められていることなどからすれば、単に「塗装工事業」として抽出してされた数値に基づく本件推計には、合理性がない。
さらに、別表五の一、二、同六の一、二、同七で、抽出されている比準同業者の数は、原処分段階の作業で抽出された数が昭和六〇年が三件、同六一年が五件、同六三年が六件であるのに比較して極端に異なっており、被告が恣意的な抽出をした疑いを否定できない。
また、被告が比準同業者の氏名等を明らかにしないことも本件推計の合理性を疑わせる。
3 実額反証
(一) 原告
原告の本件係争各年分の取引先別の各売上は、別表八記載のとおりであり、また、経費及び専従者控除額を除いた本件係争各年分の各所得金額は、別表九「収支内訳書」のとおりであって、それぞれ昭和六〇年分一五四万八五七〇円、同六一年分二五八万七六六九円及び同六二年分四一四万一六七九円である。
(二) 被告
実額反証は、原告主張の売上金額の存在だけでなく、右主張金額が収入の総額であって、実際の売上が右主張金額を上回るものでないこと、実際の経費が原告主張の経費を下回るものでないこと及び右経費と収入金額が対応するものであることを立証しなければならない。
しかし、収入についてみると、原告は、日々の取引を記録した会計帳簿はもとよりその他の原始記録も提出していないし、明らかに原告の事業所得と解される入金が、原告の主張する右売上金額から漏れているなど、原告は、実際の売上が、原告が主張する右売上金額を上回るものでないことを立証していない。
また、経費についても、旅費交通費、給料賃金、外注費及びガソリン代等に、支出を裏付ける書証のないものや、原告の事業との関連性が不明なものが多数あるから、原告が、実際の経費が原告主張の経費を下回るものでないこと及び右経費と収入金額とが対応するものであることを立証したとはいえない。
4 調査手続の違法性
(一) 原告
本件更正及び決定は、以下のような違法な調査手続に基づいてされたものであるから違法である。
(1) 事前通知欠如の違法
被告所属の小間係官は、昭和六三年八月二日(第一回調査期日)、事前の連絡なく、突然、税務調査のため、原告宅を来訪した。
右のような調査方法は、原告の生活や営業に不測の支障をもたらすものであるから違法である。
(2) 立会い拒否の違法
原告は、同月一〇日の調査の際、神奈川民主商工会の吉野事務局次長と坂本会員の立会いを求めたところ、小間係官は、右立会人がいることを理由に調査を拒否した。原告が、民商会員に立会いを求めたことは当然の権利行使である。したがって、被告が、同人らの立会いを理由に調査を拒否したことは違法である。
(3) 調査理由不開示の違法
被告は、本件調査に関し、調査理由を開示していないが、税務署側が、納税者が申告した税額について調査をする場合には、申告の誤りを疑うに足りる合理的根拠が必要であり、かつ右根拠を納税者に開示することは憲法三一条の帰結である。したがって、調査理由を開示しないでされた調査は違法である。
(4) 反面調査の違法
被告は、遅くとも、同年九月一日には、反面調査を行っているが、本件では、反面調査をする以前に、原告本人の調査をすることが十分可能であったから、右反面調査は違法となる。
(二) 被告
具体的な調査理由の開示、調査時における第三者の立会いの拒否、反面調査の実施の細目等をいかにすべきかは、相手方の私的利益との均衡において社会通念上相当と認められる限り、権限ある税務職員の合理的な選択にゆだねられている。本件調査の経緯に違法とされる点はない。
5 処分理由欠如の違法
(一) 原告
被告のした本件更正における更正通知書には、税額等の記載があるだけで、具体的な理由の付記がない。
憲法三一条は、国民が基本的人権の制限を受ける場合には、その理由を告げられる権利を保障しているのであるから、白色申告者に対し、理由付記のない更正決定がされれば、それだけで右更正は違憲・違法となる。
(二) 被告
更正処分に理由の付記を要するとすべきか否かは、立法政策の問題であるところ、所得税法上、白色申告に係る更正処分書に理由を付すことを求める規定はない。
第三争点に対する判断
一 (推計の必要性)
1 本来、所得税の課税は、客観的に存在する真実の所得金額(実額)を課税標準としてされることが原則であるから、所得税の更正もまた、原則として実額調査によりされるべきである(国税通則法二四条、二五条)。
しかし、納税義務者が、信頼できる調査資料を有しないなどの事由により、当該納税義務者の所得金額を実額で把握することが不可能又は困難な場合に、実額が明らかでないことを理由に、当該納税義務者に対する課税を行わないことが、国民の納税義務及び租税公平の見地から、許されないことは明らかであるから、このような場合には、実額調査に代わる方法として、推計による課税が認められている(所得税法一五六条)。
そこで、本件において、被告が、原告の本件係争各年分の所得税額を実額で把握することが不可能又は困難であったかを検討する。
2 当事者間に争いのない事実に、甲五四号証、承認小間幸仁の証言及び原告本人の供述を総合して認められた本件調査の経緯に関する事実は、次のとおりである。
(一) 原告は、肩書住所地の居宅(以下「原告宅」という。)に居住し、塗装業を営む白色申告の個人事業者である。
被告係官である小間幸仁(以下「小間係官」という。)は、昭和六三年八月二日午後三時ころ、原告宅に臨場したが、原告の長男のみが在宅であり、原告は、不在であった。しかし、原告がまもなく帰宅したので、小間係官は、原告に対し、本件係争各年分の所得税の調査に来た旨を告げたところ、原告は、すぐに別の現場に出掛けなければならない旨述べた。そこで小間係官は、原告から、二、三の得意先の名称などを聴取した。
右調査の際、原告は、小間係官に対し、事業収入に関し、決済方法は、小切手か銀行振込みであること、取引銀行は、横浜銀行大口支店であることなどを述べた。
(二) 小間係官は、同月一〇日午前一〇時ころ、同じく被告係官である小川径弘と共に、原告宅に再び臨場したところ、神奈川民主商工会の吉野事務局次長及び坂本会員が待機していたので、原告に対し、同人らを立ち退かせるよう要請したところ、原告は、小間係官に対し、「調査理由を明らかにせよ。立会いがあっても自分は何の不都合もない。」などと述べ、さらに、税務調査に関する意見を三時間にもわたって述べたため、小間係官は、税務調査をすることができないと判断し、午後一時ころ、原告宅を辞去した。
(三) 小間係官は、同年九月一日午前一〇時ころ、原告宅を訪れ、原告及びその妻和田淑子(以下「淑子」又は「原告の妻」という。)と面接し、事業内容、記帳内容及び決算手順等について聴取し、用意されていた収支計算書、領収書等から、収支計算書の記載を書き取った後、原告に対し、右収支計算書、領収書等の借用方を要請したが聞き入れられなかった。
原告が、右収支計算書、領収書等の借用方を拒否したことから、小間係官は、午後一時ころ、原告宅を辞去した。
なお、右調査の際、原告は、小間係官に対し、帳簿の記帳はしていない旨及び収入に関する請求書や領収書の控えはすべての取引について作成するわけではない旨述べた。
(四) 小間係官は、同月一六日午前九時三〇分ころにも原告宅に臨場した。しかし、原告が、税務調査に関する自らの見解を述べたり、小間係官に調査理由の説明を求め、調査が進展しなかったため、小間係官は、午後一時ころ原告宅を辞去した。
(五) 小間係官は、平成元年一月二六日午前九時三〇分ころ、原告宅に臨場したところ、原告と淑子が待っていて、本件係争各年分の収支計算書、取引先別の収入一覧表並びに昭和六二年分の減価償却費の計算表が、給料賃金の明細表及び外注費の明細表、その他出金伝票等を提示した。
しかし、提示された出金伝票には仕入先の名称や所在地が記載されていないものもあり、また、旅費交通費の基礎となる資料の約八〇パーセントは出金伝票であり、さらに接待交際費の基礎となる資料の大部分は飲食代の領収書で、かつ福利厚生費の基礎となる資料には食事代の領収書が含まれていた。
また、右調査の際、原告は、小間係官から、預金通帳の提示を求められたが、個人的な内容を含んでいるとの理由でこれを拒否し、小間係官の質問に対し、接待交際費には原告本人の飲食代も含まれており、福利厚生費には従業員の健康保険料も含まれているなどと答えた。
午後五時をすぎたところで、小間係官は原告宅を辞去した。
(六) 小間係官は、同年二月九日午前一〇時ころ、原告宅に臨場し、原告及び淑子と面接して調査したところ、給料賃金及び外注費に関し、大半は領収書がなく、出金伝票も作成されていなかった。
右調査の際、原告は、小間係官から、反面調査で把握された横浜銀行大口支店の原告口座に対する入金状況と原告提示の前記収入一覧表の記載の齟齬について説明を求められると、取引の中には、銀行に入金されない現金決済もあり、右現金決済分についてはメモを作成し、そのメモを見て右収入一覧表を作成したが、そのメモは保存していないと述べた。
また、原告は、小間係官から、誠心会神奈川病院からの七五〇万円の入金が、横浜銀行大口支店の原告口座に入金されていない旨指摘されると、横須賀信用金庫(現湘南信用金庫)大口支店の和田明子(原告の長女)名義の普通預金通帳(乙一七号証)を取り出し、七五〇万円の入金部分以外を手で覆い隠し、当該入金部分のみを示した。
さらに、淑子は、小間係官から、給料賃金及び外注費について尋ねられると、支出額をカレンダーに記載し、これに基づき集計していたが、そのカレンダーは保存していないなどと述べたが、原告らが、同日現在使用していたカレンダーには、右支払額の記載はなかった。
その後、小間係官が、原告の妻から調査の結論を聞かれたので、所得金額を比準同業者の所得率を適用して計算することになるのではないかなどと述べると、原告は、「今まで俺が言ったことが判っていない。」などと言い、さらに机を叩いて、「びた一文払わない。」などと言って、怒鳴り出した。そこで、小間係官は、これ以上調査を続けることが困難であると判断して、午後六時三〇分ころ、原告宅を辞去した。
(七) 小間係官は、同月一四日、原告宅に電話をし、原告に対し、修正申告に応じるか否かを尋ねたところ、原告は、税務調査と関係のないことを話し始め、右修正申告に応ずるとの回答をしなかった。
4 以上の事実経過によれば、原告は、小間係官に対して、本件係争各年分の収支計算書、取引先別の収入一覧表並びに昭和六二年分の減価償却費の計算表、給料賃金の明細表及び外注費の明細表等を提示したものの、提示された右計算書類は十分整備されたものではなく、なにより原告は、事業に関する帳簿の記載はしておらず、収入に関する請求書及び領収書の控え等もすべての取引について作成していたわけではないというのであるから、これらによって小間係官が、原告の本件係争各年分の収入及び経費を実額で把握するのは困難であると言わざるを得ず、また、原告及び淑子も、小間係官の質問に対して、極めて不十分な応答しかしていないから、右計算書類の不備を補うことはできないと認めざるを得ない。
そうすると、原告が提示した右計算書類や小間係官の質問権の行使によっては、被告が原告の本件係争各年分の収入及び経費を実額で把握することは不可能又は困難であったと解される。
したがって、被告が、原告の本件係争各年分の所得金額を、推計により算出する必要性があったことは明らかである
なお、原告は、帳簿等に記帳がないことを理由として推計ができるとすると、白色申告者すべてが推計の対象となってしまうことになり不当である旨主張するが、右推計の必要性が認められる根拠は、原告が帳簿等に記帳をしていないことに加え、帳簿以外の関係書類が不備であったこと及び小間係官の質問に対し、原告側が右関係書類の不備を補完するような的確な応答をしなかった点に求められるのであって、記帳がないとの一事を以て右推計の必要性を認めたものではないから、右主張は失当である。
二 (推計の合理性)
1 次に、被告が採用した推計課税の方法については、その内容が実額調査に代える方法となし得るだけの合理性を有していなければならないことは言うまでもないから、以下においては、右合理性の存否について検討する。
2 乙一号証、二号証の一ないし四、三号証の一ないし五五号証の一、二、五号証、証人坂口政光の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告の取引先等に対する調査により、原告の本件係争各年分の総収入金額を把握したうえ、これを基礎とし、原告が納税地を置く神奈川税務署管内において、原告と同じく個人で塗装工事業を営み、かつ事業規模が原告と類似する比準業者の本件係争各年分の総収入金額に占める平均特前所得率を乗じて特前所得金額を算定し、これから事業専従者控除額を控除して、本件係争各年分の原告の事業所得の金額を推計したものであるところ、右総収入金額は、原告の取引先及び取引銀行等を調査することによって把握されたものであり(乙六号証の一ないし三、七号証の一ないし三、八号証の一ないし三、九号証、一〇号証、一一号証の一ないし三、一二号証の一ないし一八、一三号証の一ないし一四、一五号証ないし一七号証)、また、右比準業者の抽出に際し、被告は、東京国税局長からの平成二年一二月二六日付け「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」と題する書面により、原告の納税地を管轄する神奈川税務署の管内に所得税の納税地を有する個人事業者のうち、<1>塗装工事業を営む者、<2>青色申告の承認を受けている者のうち青色事業専従者が一名の者、<3>本件係争各年分において、総収入金額が、いわゆる倍半基準(当該収入額の〇・五倍から二倍以内の収入額を有する者を対象にする方法)の範囲内にある者、すなわち、昭和六〇年分については、六三六万六二四五円以上二五四六万四九八〇円以下、同六一年分については、七五七万二八七五円以上三〇二九万一五〇〇円以下、同六二年分については、一三九七万四七二〇円以上五五八九万八八八〇円以下の範囲の者、<4>年を通じて右<1>の事業を継続している者、<5>災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者、<6>税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立て期間及び出訴期間の経過している者及び当該処分について不服申立てがされていない者又は訴訟中でない者について、右の<1>から<6>の各条件が、本件係争各年分のすべての年分に該当する者のほか、いずれかの年分に該当する者も含めて報告するよう求められ、これに応じ、その基準に該当する者すべてを別表五の一、二、同六の一、二、同七記載のとおり、本件係争各年分ごとに機械的に抽出したこと、これらに基づく本件係争各年分の原告の所得等の計算結果は、同六〇年分は総収入額一二七三万二四九〇円、特前所得金額四五一万六二一四円、事業専従者控除額四五万〇〇〇〇円、事業所得金額四〇六万六二一〇円、同六一年分は総収入額一五一四万五七五〇円、特前所得金額五一七万五三〇二円、事業専従者控除額四五万〇〇〇〇円、事業所得金額四七二万五三〇二円、同六二年分は総収入額二七二九万九四四〇円、特前所得金額七九三万二〇五一円、事業専従者控除額六〇万〇〇〇〇円事業所得金額七三三万二〇五一円となることがそれぞれ認められるところ、以上のとおり、被告の採用した右推計には、恣意の介在する余地が少ないばかりか、算定の基礎とした総収入金額の把握方法も相当であるし、比準同業者の抽出方法もいわゆる倍半基準という一応の合理性がある基準によって行われ、かつ、その数(昭和六〇年分三六件、同六一年分四一件、同六二年分一八件)も資料の客観性を担保するに足りる程度のものであり、さらに、特前所得率の算定方法も相当と認められるから、右推計の方法により算出した原告の本件係争各年分の所得金額は、原告の実際の所得金額に近似した数値が得られていると推認され、右推計の方法には合理性がある。
3 これに対し、原告は、塗装工事の中にも外壁専門の建築塗装のように利益率の高いものと原告が行っている塗装のように利益率の低いものがあり、まして塗装の仕事ほど、やり方により利益率に極端な差がでる業界はなく、別表五の一、二、同六の一、二、同七によれば、昭和六〇年分比準同業者の特前所得率は、上限が五七・三一パーセント、下限が一五・〇六パーセントで、その差には、三・八倍の開きがあり、同様に、同六一年分には、四・九倍、同六二年分には、三・二倍の開きがあり、このことは、塗装業界の特殊性を示しているから、このような塗装業の特殊性を無視した推計には合理性がないこと、また、原告は、単純な塗装工事だけでなく、<1>ビルやマンションの大規模修繕の仕事や、<2>高架水槽の補修工事、浄化槽の清掃、塗装などの浄化槽関係工事も行っており、同六〇年分の売上の約二〇パーセント、同六一年分の売上の約五〇パーセント、同六二年分の売上の約八〇パーセントが、右の仕事による売上が占められていることなどから、単に「塗装工事業」として抽出してされた数値に基づく本件推計は、合理性を欠く旨主張する。
しかし、坂口政光の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、建築塗装業に分類されるところ、右比準同業者に、建築塗装工事を行う者が含まれていることが認められ、その限りでは業態の類似性は配慮されているし、まして個々の業者の塗装のやり方のような個別事情は、平均特前所得率を計算する際、これに吸収されると解されるから、この点の主張は採用できない。
また、甲五四号証、五七号証、六〇号証、六七号証、証人和田淑子の証言、原告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件係争各年分において、右<1><2>の仕事を一定程度行っている事実を認めることができるが(なお、同六〇年分の売上の約二〇パーセント、同六一年分の売上の約五〇パーセント、同六二年分の売上の約八〇パーセントが、右<1><2>の仕事による売上で占められていることを認めるに足る的確な証拠はない。)、原告は、本件係争各年分の確定申告書の職業欄や屋号欄に、それぞれ、塗装あるいは和田塗装などと記載し(証人小間)、また、乙八号証の二、三、一三号証の一ないし一四等によれば、原告がその取引上、発行した請求書や領収書に「和田塗装店」と記載しているばかりか、さらに原告が、右<1>の工事であると主張する千代田土地建物株式会社の工事について、その請求書の仕様欄には塗装工事と記載がされていること(乙一三号証の一、二、六等)、仕入の中には、塗料店からのものが相当程度存すること、(甲一号証の七四、二号証の五〇、九一等)、さらに、和田淑子の証言、原告本人の供述及び弁論の全趣旨からすれば、原告の右<1><2>の工事は、建築塗装業に密接・関連する工事としてされたものと解されるから、原告が、建築塗装のほかに、右<1><2>のような工事をしていたとしても、こうした事情は、被告のした右推計そのものを合理性のないものとするような、顕著な特殊事情であるとはいえない。
4 また、原告は、被告が本件更正及び決定の処分をした段階で抽出した比準同業者の数と被告が本訴で主張する比準同業者の数に差異があるから、本件推計における比準同業者の抽出が恣意的にされたことは明らかである旨主張する。
甲五二号証及び小間の証言によれば、小間係官は、本件更正及び決定の処分をする段階で、原告の本件係争各年分の特前所得金額を計算するに当たり、神奈川税務署の管内に事業所を有し、原告と同業種の者で、かつその年の売上金額が原告の売上金額(昭和六〇年分については一二三六万五三九〇円、同六一年分については一五一四万一六五〇円、同六二年分については二七〇四万二六〇〇円)の〇・五倍以上二倍以下の前記倍半基準に適合する者を比準同業者とし、昭和六〇年分三件、同六一年分五件、同六二年分六件を同業者として各抽出したことが認められ、また、乙五号証及び証人坂口政光の証言によれば、坂口は、本訴に当たり、前記のような抽出方法により、同六〇年分三六件、同六一年分四一件、同六二年分一八件の同業者を各抽出したことが認められるところ、両者は、ほぼ同一の方法により抽出され、しかも、後者の方が、より多くの同業者を抽出していることからすれば、小間係官が抽出した同業者の中に、抽出漏れがあった可能性も否定できない。しかし、すでに明らかなように、本訴で主張されている抽出方法には一定の合理性があり、このことは、被告が、本件更正及び決定をする段階で抽出した同業者数に漏れがあったからといって否定されるものではないことは明らかであり、しかも、右抽出方法が恣意的にされたことを認めるに足りる証拠がない。
5 また、原告は、被告が前記同業者の氏名等を明らかにしないことが、本件推計の合理性を疑わせると主張するが、被告が右同業者の氏名等を明らかにしないのは、所得税法二四三条の守秘義務に基づくものであって十分理由があり、被告が同業者の氏名等を開示しないからといって、右資料によってされた推計が不合理であると断ずることもできない。
三 (実額反証)
1 所得税の課税は、本来実額に対してされるべきものであるから、被告がした本件推計につき、その必要性及び合理性が認められるとしても、その後、原告が実額に基づく反証をし、真実の所得を明らかにするのであれば、それを課税標準とすべきことは当然である。
しかし、収入と経費の対応関係は、所得計算上不可欠の要件であるから、実額反証は、原告主張の収入金額の存在だけでなく、右主張金額が収入の総額であって、実際の収入が右主張の金額を上回るものでないこと、実際の経費が原告主張の経費を下回るものでないこと及び右経費と収入金額とが対応することが立証されねばならないというべきである。
そこで、原告の本件係争各年分の収入金額の実額について検討する。
2 原告は、本件係争各年分の各収入金額は、昭和六〇年分一一九七万八四九〇円、同六一年分一四七二万五七五〇円及び同六二年分二七二七万三四四〇円であると主張し、甲四七号証、五四号証、五七号証、六〇ないし六三号証、六七号証、乙六号証の一ないし三、七号証の一ないし三、八号証の一ないし三、九号証、一〇号証、一一号証の一ないし三、一二号証の一ないし一八、一三号証の一ないし一四、一四号証の一ないし六、一五ないし一七号証、証人和田淑子の証言、原告本人の供述等を総合すれば、一応原告主張の右実額についての証拠が存するようにもみえる。
しかし、原告の収入の中には、銀行入金されていない現金決算があるにもかかわらず(証人和田淑子、証人小間、原告本人)、原告の日々の入金状況を記録した帳簿類、請求書、領収書の控え等がないことは前記認定のとおりであり、他に各収入金額について、これを認めるに足る的確な証拠がないから、原告が主張する右収入金額に漏れがある疑いを否定することはできない。
のみならず、原告が主張する収入金額自体には、以下のような明らかな漏れがある。
(一) 原告は、昭和六二年分の誠心会神奈川病院との取引による売上は一五二七万二一〇〇円であると主張している(別表八)。
そして、乙一六、一七号証によれば、右神奈川病院から、同年五月二七日、二七四万五三〇〇円が、また、同年九月三日、五〇二万六八〇〇円が、それぞれ、太陽神戸三井銀行(現さくら銀行)大口支店和田真紀子名義の普通預金口座に小切手で入金され、また、同年九月三日、七五〇万円が、湘南信用金庫大口支店和田明子名義の普通預金口座に小切手で入金されていることが認められるが、甲六二号証、和田淑子の証言及び原告本人の供述から、和田明子が原告らの長女であること、和田真紀子が原告らの次女であること及び同六二年当時、二人が共に学生であったことが認められるから、右各入金の合計額一五二七万二一〇〇円が、原告と右神奈川病院との取引に基づくものであると一応考えることができる。
ところが、乙一一号証の三によれば、右神奈川病院から、同年九月三日、四四四万六八五〇円が協和銀行子易支店和田淑子名義の普通預金口座に小切手で入金されていることが認められ、右入金の時期等からすると、これが、原告と右神奈川病院との取引に基づくものであることが推認できるから、結局、原告主張の右神奈川病院に対する売上額をただちに信用することができない。
(二) また、原告本人の証言によれば、原告が、昭和六〇年から同六二年までの本件係争各年に、有限会社睦産業と取引をした事実が認められ、乙一一号証の一、一二号証の二によれば、右睦産業から、同六〇年二月一五日、一六万九〇〇〇円が、また、同年四月一五日、四万七八五〇円が、それぞれ、協和銀行子安支店和田淑子名義の普通預金口座に小切手で、また、同六一年三月二〇日、三三万円が横浜銀行大口支店和田明(和田塗装)名義の普通預金口座に小切手で入金されていることが認められるが、右入金の時期等からみて、これらの各入金が、原告と右睦産業との取引に基づくものと推認できるところ、原告は、前記実額主張において、右睦産業からの入金をなんら主張していない。
この点に関し、原告は、右睦産業と下山材木は、同じ場所にあり、取引の内容により、支払人が変わる旨主張している。
しかし、仮に原告の主張のとおり、右睦産業と右下山材木が同一の存在であるとしても、原告の右実額主張において、同六〇年分の下山建材(材木)からの入金としては、四万七八五〇円しか掲げられておらず(別表八)、右一六万九〇〇〇円及び三三万円の入金については、原告の右主張から漏れていることが明らかである。
(三) さらに、乙一二号証の一七によれば、同六一年一二月二二日、アカサカヨシユキ(赤坂善行)から一〇万円が、乙一二号証の一八によれば、同六二年一二月七日、高江政文から一〇万円が、同六二年一二月一四日、ヨシムラチヨから一五万円が、それぞれ横浜銀行大口支店和田明(和田塗装)名義の普通預金口座に入金されていることが認められる。
これらの入金について、原告は、いずれも、個人的な事由によるものと主張するが、乙三〇号証によれば、アカサカヨシユキ(赤坂善行)からの右入金は、有限会社ミユキ製作所の鉄骨階段等の工事代金であることが推認されるから、原告主張のように、右入金が原告の事業と無関係な個人的な事由による入金であるかは疑わしいと言わざるを得ない。
2 以上の検討結果からすれば、原告の実際の収入が、原告が主張する右収入金額を上回らない旨の立証がされたとは到底いえないことは明らかであるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の実額反証に関する主張は失当である。
四 (調査手続の違法性)
1 事前通知の欠如
原告は、第一回の本件調査の際、被告が原告に対し、事前の通知をしなかったことが違法である旨主張するところ、小間係官が、昭和六三年八月二日、事前の連絡なく、原告宅に来訪したことは、当事者間に争いがない。
しかしながら、税務調査に際し、事前通知をすべき旨を定めた実体法の規定はなく、また、税理士法三四条は、「納税者にあらかじめ調査の日時場所を通知する場合において、関与税理士があるときは、併せて関与税理士に対しその調査の日時場所を通知しなければならない。」旨規定しているが、この規定からは、すべての納税者に対し事前通知が行われることが前提とされていないことがうかがわれるので、これらのことなどからすると、小間係官が、同日、事前の連絡なく、原告宅を来訪したからといって、本件調査手続が、ただちに違法となるわけではない。
2 立会い拒否の違法
原告は、昭和六三年八月一〇日の本件調査の際、神奈川民主商工会の吉野事務局次長及び坂本会員の立会いを求めたこと、小間係官が原告に対し、同人らの排除を要請したこと、原告がこれに応じなかったことは、当事者間に争いがない。
ところで、第三者の立会いに関しては、税理士法三四条以外に実体法の定めがないことや、税務調査の内容が被調査者のみならず、その取引の相手方の営業上の秘密に及ぶこともあることなどから、税理士以外の第三者の立会いを認めるか否かは、権限ある調査担当者の合理的選択にゆだねられていると解すべきである。そうすると、被調査者である原告に、第三者の立会いを求める権利が当然に認められるわけではないから、原告が、本件調査の際、小間係官の右要請に応じなかったことを理由に、小間係官が、税務調査を拒否したからといって本件調査手続が違法となるわけではない。
したがって、原告の右主張は失当である。
3 調査理由不開示の違法
原告は、本件調査の際、小間係官が原告に調査の理由を開示しなかったことが違法となる旨主張する。
証人小間の証言によれば、小間は、昭和六三年八月二日の調査の際、原告に対し、本件係争各年分の調査に来た旨告げたことが認められる。しかしながら、原告の主張の真意は、より詳細な調査の具体的理由の開示を求めるものであると解されるところ、所得税法二三四条は、質問検査権の行使に際し、調査の具体的理由の開示を要件としておらず、憲法上も、その他の関係法規上もこれを要求する旨の規定は存しないから、小間係官が、本件調査において、調査の具体的理由を開示しなかったからといって、右調査手続が違法となるわけのものではない。
4 反面調査の違法
また、原告は、被告は遅くとも、昭和六三年九月一日には反面調査を行っているが、本件では、反面調査をする以前に、原告本人の調査をすることが可能であったから、右反面調査は違法となる旨主張する。
ところで、証人小間の証言によれば、小間係官は、同年九月二六日、原告宅に臨場し、原告の妻淑子に対し、「被告の方で反面調査を行うので、その旨原告に伝えてほしい。」旨告げたことが認められ、弁論の全趣旨によれば、被告がそのころ、横浜銀行大口支店に反面調査をしたことが認められ、それ以前に、すでに反面調査をしていた事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
ところで、所得税法二三四条一項三号は、反面調査について規定するが、その調査の時期、順序、方法等について何ら規定していないから、専ら、右時期、順序、方法等は税務署長の裁量にゆだねられていると解するのが相当であり、のみならず、第三の一2のとおり、小間係官は、同年八月二日、同月一〇日、同年九月一日及び同月一六日に、原告宅に臨場したものの、結局、調査の目的を達成できなかったのであるから、反面調査によって資料を収集する必要性があったことは明らかであり、その調査方法等に非難されるところはない。
したがって、原告の右主張は失当である。
五 (更正通知書の理由付記欠如)
原告は、本件更正に係る通知書に理由が付記されていないのは違法である旨主張する。
原告がいわゆる白色申告者であること、本件更正通知書に理由の付記がないことは、当事者間に争いがないところ、白色申告者に対し更正をする場合、その更正通知書に理由を付記すべきことは、憲法上も、その他の関係法規上も、何ら要求されてはいないから、原告の右主張は理由がない。
第四本件更正及び決定の適法性
被告が、本訴で主張し、合理性のある推計額と認める原告の本件係争各年分の総所得金額(事業所得)は、それぞれ
昭和六〇年分 四〇六万六二一〇円
昭和六一年分 四七二万五三〇二円
昭和六二年分 七三三万二〇五一円
であるが、本件更正処分における原告の総所得金額(事業所得)は、それぞれ
昭和六〇年分 三九三万一四八八円
昭和六一年分 三五五万一七三七円
昭和六二年分 六四二万二九六三円
であって、後者はいずれも前者の金額の範囲内であるから本件更正処分は適法であり、したがって、これらの金額を前提としてされた本件各過少申告加算税賦課決定もまた適法である。
第五結語
よって、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 秋武憲一 裁判官 小河原寧 裁判長裁判官尾方滋は、転補のため署名捺印することができない。裁判官 秋武憲一)
別表一
昭和六〇年分 課税処分の経緯
別表二
昭和六一年分 課税処分の経緯
別表三
昭和六二年分 課税処分の経緯
別表四 収入金額明細表
別表五 昭和60年分 比準同業者一覧表
別表六 昭和61年分 比準同業者一覧表
別表七 昭和62年分 比準同業者一覧表
別表八
別表九 収支内訳書