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横浜地方裁判所 平成20年(わ)1666号 判決 2009年6月25日

主文

被告人を懲役7年に処する。

未決勾留日数中200日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  現金を強取しようと企て,平成20年8月6日午前2時25分ころ,東京都新宿区<以下略>SHOP99A店内において,同店従業員一条昭男(当時24歳)に対し,持っていた果物ナイフ様の刃物を突き付け,「お金をちょうだい」などと言って脅迫し,その反抗を抑圧して,同店店長二宮和男管理の現金13万3000円を強取し,

第2  現金を強取しようと企て,同月11日午前3時26分ころ,東京都大田区<以下略>SHOP99B店内において,同店従業員三井正男(当時30歳)に対し,持っていたカッターナイフ様の刃物を突き付け,「金を出せ」などと言って脅迫し,その反抗を抑圧して,同店店長四谷明男管理の現金15万2000円を強取し,

第3  同月12日午後11時ころ,神奈川県藤沢市<以下略>所在のCカトリック教会敷地内において,氏名不詳者が他から窃取してきて同所に放置した五木花子所有の自転車1台(時価約5000円相当)を発見したのに,自己の用途に供する目的で同所から上記自転車を持ち去り,もって占有を離れた他人の物を横領し,

第4  現金を強取しようと企て,同月13日午前2時12分ころ,同市<以下略>所在の「am/pmD店」内において,同店従業員六田治男(当時39歳)に対し,所携のカッターナイフ(刃体の長さ約6.8センチメートル。平成21年押第58号の2)の刃先を同人に向けながら「金を出せ。」などと申し向けた上,左手で同人の口をふさぎながらその上半身を商品棚に押しつけ,同カッターナイフの刃先を同人の顔面付近に突き付けるなどの暴行・脅迫を加え,その反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが,レジスターを開けることができなかったため,その目的を遂げず,その際,上記暴行により同人に加療約2週間を要する左前腕切創の傷害を負わせ,

第5  現金を強取しようと企て,同日午前2時17分ころ,同市<以下略>所在の「ローソンE店」内において,同店従業員甲山春男(当時32歳)に対し,カッターナイフ(刃体の長さ約8.1センチメートル)の刃先を同人の胸部に向けながら,「金を出せ。」などと申し向けて脅迫し,その反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが,同人及び同店経営者乙川夏男(当時51歳)にカッターナイフを取り上げられるなどして激しく抵抗され,さらに,同店前路上において,上記乙川及び同店従業員丙谷秋男(当時33歳)らに逮捕されたため,その目的を遂げなかったが,同店内で上記のとおり乙川から激しく抵抗されて同人にカッターナイフを取り上げられた際,これを奪い返そうとし,奪い返されまいとする同人をして上記丙谷にカッターナイフを投げ渡させ,よって,同人に全治約1週間を要する左大腿挫傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(補足説明)

第1  争点

本件の争点は,判示第5(強盗致傷)の事実につき,従業員丙谷秋男(以下「丙谷」という。)及び経営者乙川夏男(以下「乙川」という。)が負った各傷害が強盗致傷罪における傷害に該当するか否かである。

1  丙谷の傷害について

検察官は,丙谷の傷害は,乙川が被告人からカッターナイフを取り上げ,これを奪い返そうとする被告人ともみ合いになった際,乙川がカッターナイフを放り投げ,これが丙谷に当たったことにより生じたものであるところ,乙川は被告人に奪われることを防ぐためにカッターナイフを放り投げたのであるから,被告人のカッターナイフを奪い返そうとする行為と丙谷の傷害との間に因果関係が認められることは明らかであると主張する。

これに対し,弁護人は,カッターナイフを投げたのは乙川であるから,丙谷は被告人の行為によって傷害を負ったものではない,仮に,カッターナイフを奪い返そうとする行為を被告人の行為ととらえても,乙川が放り投げたカッターナイフが丙谷に当たったのはまさに偶然であって,被告人及び被害者はもちろん,一般人も予測することのできないものであるから,上記被告人の行為と丙谷の傷害との間に因果関係は認められないと主張する。

2  乙川の傷害について

検察官は,乙川の傷害は,同人が店内で被告人とカッターナイフの奪い合いをした際,または,これに引き続き店外で,自転車に乗って逃走しようとする被告人を取り押さえようとしてもみ合うなどした際に生じたものであるから,強盗の機会における被告人の行為による傷害であると主張する。

これに対し,弁護人は,①乙川の傷害は,余りに軽微であって強盗致傷罪の傷害といえるか疑問である,②乙川の傷害は,被告人が逃走しようとして自転車にまたがり,乙川がこれを取り押さえようとして被告人のリュックサックの上部取っ手部分をつかんでいたときに,丙谷が被告人の乗った自転車の後輪を蹴ったため,乙川が被告人もろとも転倒して生じたものであるところ,被告人は単に逃走しようとしているだけであって,被害者に向けて一切の暴行・脅迫を行っていないのであるから,乙川の傷害は被告人の行為によって生じた傷害といえないなどと主張する。

3  当裁判所は,関係各証拠に照らすと,丙谷の傷害については,強盗の機会に,被告人の行為によって生じた傷害と認めることができるが,乙川の傷害については,弁護人が主張するとおり,被告人が自転車に乗って逃走しようとしていた際,乙川が被告人を取り押さえようとして同人に飛びかかり,丙谷が自転車の後輪を蹴って,被告人が乙川もろとも転倒した際に生じたものである可能性があり,その場合,乙川の傷害を帰属させるべき被告人の行為は存在しないから,結局,乙川の傷害を,強盗の機会に被告人の行為によって生じたものと認めるにはなお合理的な疑いを容れる余地が残ると判断したので,その理由について補足して説明する。

第2  当裁判所が認定した事実

関係各証拠によれば,以下の事実を認めることができる。

1  被告人は,判示第4記載の犯行で現金を奪うことに失敗し,自転車で逃走中,判示ローソンE店(以下,「被害店舗」という。)を発見するや,これに押し入って現金を奪うことを決意し,被害店舗出入り口前歩道上に上記自転車を無施錠のまま止め,平成20年8月13日午前2時17分ころ,被害店舗内に入った。

2  被告人は,商品であるカッターナイフを手に取り,包装をとった上,レジカウンターに向かい,客を装って従業員甲山春男(以下,「甲山」という。)を呼び出すと,カッターナイフの刃先を同人の胸の辺りに向けながら,「金を出せ」などといって現金を要求した。

3  甲山は,被告人のカッターナイフを握った手を蹴り上げようとしたり,レジの下に置いてあったスイカ包丁を被告人に向けるなどして抵抗したが,被告人は回り込んでレジカウンターの中に侵入し,甲山の抵抗をものともせずに同人に向かっていったことから,被告人と甲山とはもみ合いになった。

4  そこへ,異変を察知した被害店舗経営者乙川が店舗事務室から駆け付けて甲山に加勢し,3人でもみ合った末,乙川が被告人からカッターナイフを取り上げた。

5  そこで,被告人は,甲山の持っていたスイカ包丁を奪おうとし,これを奪われまいとする甲山及び乙川ともみ合いになったが,甲山がスイカ包丁をレジカウンターの外側に落としたことから,今度は乙川からカッターナイフを奪い返すこととし,甲山及び乙川ともみ合いながら,乙川が持っていたカッターナイフに手を伸ばした。

6  ちょうどそのとき,事件を通報しようと店外に出ていた被害店舗アルバイト店員丙谷が,店舗出入り口から店内に戻って来たことから,乙川は,被告人にカッターナイフが奪われることを防ぐため,カッターナイフを丙谷に向かって投げ渡した。しかし,丙谷は携帯電話で通話をしており,カッターナイフに気付くのが遅れたため,これを受け取ることも,避けることもできず,判示第5記載の傷害を負った。

7  被告人は,現金を奪うことをあきらめて逃走することとし,店外に駆け出し,被害店舗入り口前歩道上に止めてあった自転車にまたがり,両足をペダルに乗せて発進しようとした。

8  自転車が進むか進まないかというとき,被告人を追って店外に出てきた乙川が,被告人を逮捕するため,被告人の左後方から,その右手で被告人が背負っていたリュックサックの上部取っ手部分をつかみ,左手で被告人のベルトのバックル辺りをつかむようにして被告人に飛びかかった。一方,丙谷も,被告人の逃走を防ぐため,被告人の右後方から,自転車の後輪を蹴った。その結果,被告人が乗った自転車は,進行方向左側に転倒した。その際,乙川は,被告人の下になるようにして,被告人もろとも地面に転倒した。

なお,乙川が被告人に飛びかかった行為と,丙谷が被告人の自転車後輪を蹴った行為は,ほぼ同時に行われたものと認められる。

9  その後,地面にうつ伏せに倒れた被告人は,乙川,丙谷及び甲山が上から押さえ付けようとしているにもかかわらず,なおも地面に倒れたまま暴れて逃走を試みたが,結局上記3名及び通行人により取り押さえられて逃走をあきらめ,臨場した警察官に引き渡された。

10  乙川は,被告人の店内及び店外での上記一連の暴行により,あるいは,上記のとおり,乙川が飛びかかり,丙谷が自転車の後輪を蹴って,自転車を乙川及び被告人もろとも転倒させたことにより,その左肘部分に,全治約5日間を要する挫傷の傷害を負った。

第3  当裁判所の判断

1  刑法240条所定の「強盗が人を負傷させたとき」とは,強盗犯人が強盗の機会に人を負傷させた場合をいうのであるが,単に強盗の機会に被害者に傷害の結果が生じればよいというものではなく,強盗犯人の行為と傷害結果との間に刑法上の因果関係の存在することが必要である。 そこで,以下,これを前提に,被告人の行為と丙谷及び乙川の各傷害結果の間に因果関係があるかについて判断する。

2  丙谷の傷害について

(1)前記第2で認定したとおり,被告人は,そもそも強盗犯人として暴行・脅迫を行った者である上,乙川にカッターナイフを取り上げられたにもかかわらず,なおも乙川や甲山から凶器を奪おうとしていたものであるから,乙川としては,もし被告人にカッターナイフを奪われてしまえば,これによっていかなる危害を加えられるかわからない状況にあったといえる。

加えて,被告人は身長178センチメートル,犯行当時体重130キログラムを超える大柄な男であったのに対し,乙川は中背でやせ型,甲山は小柄でやせ型であったこと,被告人と乙川,甲山がもみ合っていた場所が手狭なレジカウンターの中であったことの諸点からすれば,乙川と甲山が二人がかりで抵抗していたことを考慮しても,乙川がカッターナイフを持ち続けていたならば,いつ被告人に奪い返されてもおかしくない状況にあったというべきである。

以上のような切迫した状況を前提とすると,カッターナイフを丙谷に向かって投げ渡した乙川の行為は極めて自然なものといえる。

(2)そして,なんの前触れもなく刃物を投げ渡された者としては,それを受け取り損ね,あるいは避け損ねて怪我をするというようなことも決して稀有なことではない。

(3)そうすると,丙谷の傷害はまさにカッターナイフを奪い返そうとする被告人の行為の危険性が現実化したものといえ,その間に因果関係を認めることができる。

3  乙川の傷害について

(1)次に,乙川の傷害については,前記第2で認定したとおり,これが店内におけるもみ合いから店外で被告人を取り押さえるまでのいずれかの間に生じたものであることは認められるが,具体的にいかなる機序で生じたものかは明らかではない。そうすると,弁護人が主張するとおり,被告人を逮捕する目的で,乙川が自転車にまたがった被告人に飛びかかり,丙谷が自転車の後輪を蹴って,自転車を転倒させた際に生じたものである可能性も否定できない。

(2)そこで,このような場合に被告人の行為と乙川の傷害との間に因果関係が認められるか否かについて検討する。

前記第2で認定したとおり,被告人は,暴行をやめ,財物奪取をあきらめて逃走を開始し,自転車のペダルに両足を乗せて発進しようとした時点で,乙川に左後方からつかみかかられ,ほぼ同時に丙谷に後輪を蹴られて転倒したものであって,自転車が転倒して乙川が傷害を負うに際し,同人に対してはおろか,丙谷に対しても何ら積極的な行為はしていない。

そうすると,本件において,乙川の傷害が自転車が転倒した際に生じたものであるとした場合には,結局,乙川の傷害を帰属させるべき被告人の行為は存在せず,被告人の行為と乙川の傷害との間に因果関係があるということにはならないというべきである。

(3)これに対し,検察官は,乙川の傷害結果を帰属させるべき被告人の行為としては,被告人の「逃走行為」の存在をもって足り,乙川らに向けられた暴行ないし積極的な行為は必要ないと主張する。

しかしながら,強盗致傷罪における傷害の原因行為が強盗の手段たる行為に限られず,強盗の機会に行われた行為を含むとはいっても,傷害結果を強盗致傷として帰責する以上,傷害の原因行為は,これが強盗の機会に行われた行為であるということのほか,少なくとも被害者等に向けられた暴行ないし積極的な行為である必要がある。

したがって,検察官の上記見解は当裁判所の採用するところではない。

4  以上検討したところによれば,丙谷の傷害については強盗致傷罪の成立を認めることができるが,乙川の傷害については,被告人の行為との間の因果関係を認めるには合理的な疑いを容れる余地が残るから,強盗致傷罪の成立を否定するのが相当である。

(法令の適用)

罰条

第1,第2 いずれも刑法236条1項

第3  刑法254条

第4,第5 いずれも刑法240条前段

刑種の選択

第3  懲役刑を選択

第4,第5 それぞれ有期懲役刑を選択

併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い第4の罪の刑)

未決勾留日数の算入 刑法21条

訴訟費用 刑訴法181条1項ただし書(不負担)

(量刑の理由)

1  本件は,被告人が,4回にわたって,深夜のコンビニエンスストアに押し入り,カッターナイフ等の刃物を使用して店員を脅すなどし,うち2件については現金を強取し,うち2件については金員の強取には至らなかったものの犯行の際に店員に傷害を負わせたという強盗ないし強盗致傷の事案と,盗まれて乗り捨てられてあった自転車を逃走用に横領したという占有離脱物横領の事案である。

2  本件各強盗行為は,いずれも刃物を用いた危険な犯行である上,3件目と4件目の強盗行為においては,被告人はバールや包丁を示して抵抗する被害者らともみ合うなどしており,一歩間違えば被害者らに重篤な傷害を負わせかねないとりわけ危険な行為に及んでいる。

また,被告人は,判示第4の犯行を除く3件の強盗行為において,凶器として使用するためのカッターナイフを被害店舗で調達しており,その犯行態様は大胆でもある。

3  その上,被告人がわずか1週間ほどの間に4回も強盗行為を繰り返していることや,4件目の強盗行為が,3件目の強盗行為の逃走中,わずか数分後に敢行されたものであることなどに照らすと,被告人の規範意識は著しく鈍麻しているといえる。

4  さらに,コンビニ強盗は模倣性が高く,近時同種事件が頻発しているところ,本件各犯行が社会一般に与える不安感には軽視し難いものがあり,一般予防の見地からの考慮も必要である。

5  以上の諸事情にかんがみると,被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

6  しかしながら,その一方では,強盗致傷の被害者が負った傷害は,幸いにして最も重いものでも加療約2週間を要する左前腕切創にとどまり,比較的軽微であること,被告人が真摯に反省し,将来は管理栄養士として働きたいなどと更生の意欲を有していること,これまで前科がないこと,少年時代に負った腰の怪我が原因で,思うように働くことができなかった事情もあったようにうかがわれることなど,被告人に有利ないし同情すべき事情もある。

7  そこで,以上の事情を総合考慮して主文のとおり量刑した。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川口政明 裁判官 林寛子 裁判官 海瀬弘章)

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