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横浜地方裁判所 平成20年(ワ)1347号 判決 2011年9月27日

原告

あいおいニッセイ同和損害保険株式会社

被告

Y自動車販売株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇〇二万八七九七円及びこれに対する平成一九年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三〇〇二万八七九七円及びこれに対する平成一九年一一月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記の交通事故について保険金を支払った原告が、その事故の原因は被告が後記のトラックを点検整備した際に、車輪のベアリングのロックナット(ベアリングを固定するためのナット)を過度に締め付け、プレロード(あらかじめ故意にベアリングに軸方向の加重をかけること。予圧)を過大に設定したことにあるとして、不当利得に基づき、三〇〇二万八七九七円の返還とこれに対する平成一九年一一月三〇日(調停申立書送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金を請求する事案である。

一  前提事実(争いがない事実及び掲記証拠と弁論の全趣旨により認められる事実)

(1)ア  被告のa工場の整備士は、平成一一年五月二一日、下記の大型貨物自動車(以下「本件トラック」という。)の定期点検整備を行った(以下「本件整備」という。甲二、乙一六)。

車種 大型貨物自動車

車両番号 ナンバー<省略>

初めて登録を受けた年月 平成九年五月

イ  本件整備には、走行装置の点検整備も含まれており、その過程には、車輪のハブ(車輪を装着する中心の回転装置)に取り付けられるベアリングにプレロードを与える作業が含まれている(甲二、乙一六)。

プレロードの必要性は別紙一のとおりである。すなわち、ベアリングを取り付けた状態では、ベアリングとレースとの間の隙間がない状態(○の状態)であっても、外部からの負荷によって荷重を受けた場合、荷重を受けた部分が変形して、反対側に隙間が生じるところ、このときに斜め方向など不規則な方向から荷重を受けると、ベアリングのローラの端部だけがレースに接することになり、ローラ接触部における負荷荷重が極度に増大し、ベアリングの部分的損傷を招くため、予めベアリングに軸方向の加重をかけ、このような損傷を防ぐこととされている(甲二)。

本件トラックには、左右に四つずつ車輪がついているところ(前前輪、前後輪、後前輪及び後後輪)、そのすべての車輪のベアリングに、それぞれ上記プレロードが行われた。

ウ  本件整備には、上記ベアリングにハブグリースを注入する作業も含まれる。このハブグリースの注入は、ベアリングが直接レースに触れ合わないよう、ベアリングとレースとの間にハブグリースの膜を作って、ベアリングの摩擦損傷を防ぐために行われる。

(2)  交通事故の発生(以下「本件事故」という。甲一、二)

ア 日時 平成一一年一二月二五日午前四時一九分ころ

イ 発生場所 静岡県庵原郡由比町北田東名高速道路上り線東京起点一三五・一キロポスト

ウ 事故態様 本件トラックが下り車線を走行中、左後後輪(車体左側面の一番後ろの車輪のこと)の内側のタイヤと外側のタイヤの両タイヤがハブごと脱落して反対車線に飛び出し、同車線を走行中の大型貨物車両のフロントパネルに衝突し、また、上記タイヤを避けようとした後続車両が急停止したため、その後続車両が追突し、また、上記タイヤに車両が乗り上げるなどして、これらの反対車線の車両等に人的、物的損害が生じた。

(3)  本件事故の原因は、本件トラックの左後後輪のハブに内蔵されるアウタベアリング(ベアリングは二つ付けられており、車体内側のベアリングをインナベアリング、車体外側のベアリングをアウタベアリングという。)が焼付き(熱によって部品そのものが破壊されること)を起こし、ハブやアクスルシャフトが損傷し、ハブと左後後輪のタイヤが一緒になって脱落したことにある(甲二、六)。

この焼付きの原因がどこにあるのかについては、争いがある。

(4)  保険金の支払(甲八の一~甲一二の二)。

保険会社である原告は、本件トラックの保有者のb株式会社との間で、自動車総合保険契約を締結していた。

原告は、上記契約に基づき、本件事故の上記(2)ウの各被害者に対して、保険金として、合計三四五三万八七九七円を支払った。原告は、この支払後、自動車損害賠償責任保険から四五一万円を受領したので、上記三四五三万八七九七円から上記四五一万円を引くと、その額は三〇〇二万八七九七円(請求額)となる。

二  争点及び当事者の主張

本件の争点は、本件事故の原因となった左後後輪のベアリングの焼付きの原因がどこにあるのかという点である。

(1)  原告の主張

ベアリングの焼付きの一般的な原因としては、①ベアリングのプレロード調整不良(過締付け)、②ハブグリース(ハブに注入されるグリース)の注入不足、③ベアリング自体の不具合、④デフオイルのハブ内混入、⑤ハブ内への異物等の混入、⑥車両の使用条件が過酷であること(速度超過、過積載)の六点が考えられるが、本件の原因は①にある。

ア ②~⑥がベアリングの焼付きの原因ではないこと

②ハブグリースの注入不足については、本件整備の際に八kg(一つのハブに対して一kg)という十分な量のハブグリースが注入されているから、ベアリングの焼付きの原因となった可能性は低い。

③ベアリング自体の不具合については、本件トラックが初めて登録を受けてから約二年半経過するまでの間、本件のような事故が発生していないこと、被告において行った平成一〇年五月と平成一一年五月の点検整備のいずれにおいてもベアリング自体の交換がされていないことからすると、ベアリングに異常があったとは考えられない。

④デフオイルのハブ内混入や⑤ハブ内への異物等の混入については、構造上ハブ内に不純物が混入する可能性自体が極めて低い上、事故後の調査において、デフオイル等が漏出している痕跡が全くないことからすると、これらのことも原因とは考えられない。

⑥車両の使用条件が過酷であることについては、本件トラックの最大積載量は九・一tであるところ、本件事故後の実況見分において、通常は五t前後で運行しており、過積載はないとの報告がされている上、本件トラックが長期的かつ継続的に高速度で走行していたことを示す証拠はない。仮に本件トラックが長期的かつ継続的に速度を超過して走行していたことがベアリングの焼付きの原因であるとすると、左後後輪とほぼ同一の条件で走行してきた右後後輪のハブベアリングも相当程度劣化し、焼付き寸前の状態になければならないはずである。しかるところ、本件事故の調査において、本件トラックの右後後輪のベアリング及びハブグリースには、いずれにも運行上の危険性を予見させる異常はなかったのであるから、過積載や高速度走行によって、左後後輪のベアリングが焼き付くほどの負荷がかかったとは考えられない。

なお、被告は、左右のベアリングにかかる負荷には差異があると主張するが、少なくとも、一方のベアリングが焼き付くほど損傷し、他方のベアリングにはほとんど異常が認められないという程の差異が生じるとは到底考えられない。

イ ①ベアリングのプレロード調整不良(過締付け)がベアリングの焼付きの原因であること

本件トラックのような大型貨物自動車においては、ベアリングのプレロードの適切な設定は極めて重要である。その具体的な方法については、本件トラックのメーカーが発行する整備書に詳細に記載されており、締付けに当たっては規定のトルクを使用し一定程度ねじ戻したりするなどの定量的な締め付けが要求され、最後にベアリングの回転摩擦力トルクをスプリングバランサーで測定するという定量的な数値基準による確認をすることとされている(標準的方法の詳細は別紙二の上段のとおり。ただし、「三〇〇N・m」は「規定トルク」と読み替える。以下「標準的方法」という。)。これにより、適度かつ適切なプレロード設定を可能とし、各検査場や各整備士ごとの差異をなくすことが可能となる。上記方法は、大型トラック主要四大メーカーすべての整備書に記載され、また、すべての自動車メーカーが加入する社団法人日本自動車工業会等が、上記の方法による整備をすることを要請している。

そうであるにもかかわらず、被告は、二〇年以上も前から、標準的方法を採用せず、規定トルクやスプリングバランサー等による測定を行わない、いわば整備を行う人間の勘に頼る経験的方法による整備を行ってきた(経験的方法の詳細は別紙二の下段のとおり。以下「経験的方法」という。)。この経験的方法は、誰でもすぐに習得することができる性質のものではない上、そのマニュアル等は存在していない。しかも、被告においては、標準的方法ですら新人の整備士を対象に四、五年前に講習を行ったのみというのであって、経験的方法の定期的かつ統一的な研修は、一切行われていなかった。

以上によると、被告においては、整備士の全員がベアリングの適正なプレロードを行うことができる保証は全くなく、ロックナットを過度に締め付ける危険が多分に存在するといえる。

そして、上記のとおり、右後後輪のベアリングには異常が見られず、異常が生じたのは左後後輪のベアリングのみであったのであるから、左後後輪のベアリングのプレロードのみが過大であり、そのためにベアリングが焼き付いて本件事故を生じさせたと考えるのが合理的である。

なお、本件トラックは、本件事故発生前の平成一一年一〇月二九日に、株式会社cによって、三か月定期点検を受けているが、この点検の際にはブレーキドラムが外されておらず、したがって、ロックナットも外されていないから、株式会社cがプレロード設定を行ったことはない。プレロード設定を行ったのは被告の整備士のみである。

ウ 被告の主張するハブグリースの劣化はベアリングの焼付きの原因にはならないこと

被告は、走行距離が五万kmになるごとにハブグリースを交換する必要があると主張するが、その科学的根拠は不明である上、安全率(自動車等の機械の構造等の設計をする場合には念のため限界値よりもかなり安全な値[許容応力]を用いることとされており、この限界値と許容応力の比率を安全率という。自動車の場合は、一・六~二・〇程度が安全率とされている。)を最小の一・六としても、ハブグリース交換の必要が生じるのは、走行距離が八万km(五万km×一・六)を超えた時点となる。実際にも、本件トラックは、初年度登録から最初の一年目で約六万九〇〇〇km、次の一年で約六万四〇〇〇kmを走行したが、ハブグリース交換を行ったのは一二か月点検整備の時のみであり、五万km走行したからといって、ハブグリースを直ちに交換しなければベアリングに異常を来すということにはならない。しかも、仮にグリースの劣化がベアリングの焼付きの原因であるとすれば、左後後輪とほぼ同一の物理的・化学的環境下にあった右後後輪のハブグリースにも相当な劣化が認められなければならないところ、右後後輪のハブグリースには、その機能が失われた形跡は認められない。

したがって、ハブグリースの劣化がベアリングの焼付きの原因となったとは考えられない。

(2)  被告の主張

ベアリングの焼付きの原因は、客観的にいくつか考えられ、その原因は、未だに特定されていない。原告は、プレロードの過大が原因であると主張するが、その立証が十分にされているとはいえない。

ア 原告は、本件整備が経験的方法によってなされたことから、ベアリングの焼付きの原因はプレロードが過大であったことにあると主張している。

しかし、被告はもとより、Yグループは、長年、経験的方法によってプレロード調整を行ってきたが、調整不良による事故は皆無である。実際の作業現場では、社員にその方法を教育するが、その際、併せて標準的方法も行い、接線力を比較することを行っている。経験的方法による場合の接線力は、過締めとの関係では、標準的方法に比べて、より安全な結果となる。

事故解析調査報告書(甲二)は、プレロードの過大が原因であるとするが、この報告書は、被告における経験的方法を調査して作成されたものではなく、これを根拠としてプレロードの過大が原因であると結論づけることはできない。

鑑定書(甲六)も、プレロードの過大が原因であるとするが、被告の整備不良についての具体的な事実は不明のままである。

イ 原告は、ベアリングの焼付きの原因として、プレロードが過大であること以外は考えられないと主張し、その証拠として事故解析調査報告書(甲二)や鑑定書(甲六)を提出する。同報告書や同鑑定書は、プレロード過大以外のベアリングの焼付きの原因として、速度超過、過積載、ベアリング自体の製品不良、ハブグリースの品質不良を挙げ、これらは本件では存在しなかったと結論づけているが、次のとおり、これらには何らの根拠もない。

(ア) 過積載について、上記報告書は、b株式会社の主張をそのまま引用して過積載がないと結論づけているが、本件トラックは、初めて登録を受けてからすでに二一万〇四六九kmも走行していたのであって、その間、過積載が一切なかったといえるかどうかは不明である。

(イ) 速度超過について、上記報告書は、タコグラフを確認しないまま速度超過がなかったと結論づけているが、実際に提出されたタコグラフ(甲二、乙四、乙九の一・二)からは、本件トラックが時速一一〇kmから一三五km前後で走行していた事実が確認できる。

(ウ) ベアリング自体の製品不良について、上記報告書は、具体的な調査方法や内容を示しておらず、製品不良がなかったという結論は、あくまで作成者の主観にとどまっている。

(エ) ハブグリースの品質不良について、上記報告書は、本件整備でハブグリースを交換したことから、品質不良がないと結論づけているが、走行距離が五万kmになるごとにハブグリースを交換しなければならない(本件整備から本件事故までの間、本件トラックは七万七一二五km走行しており、本件整備以降、ハブグリースは交換されていない。)とのメンテナンスノート(乙一〇の一・二)の記載を看過している。

ハブグリースは、ベアリングの摩耗損傷を防ぐ機能を果たすところ、これが劣化した場合には、ベアリングが直接レースに接触して破損し、ベアリングの焼付きの原因となる。ハブグリースの劣化は、速度を超過して走行させた場合にはより早まるところ、上記(イ)のとおり、本件トラックは、時速一三五kmにも及ぶ超過速度による走行をしてきた。また、上記のとおり、本件トラックは、ハブグリースの交換時期である走行距離五万kmを越えた七万七一二五kmを走行していた。このような超過速度での走行を行わず、メンテナンスノートの記載どおりにハブグリースの交換がされていれば、ベアリングの焼付きは生じなかったはずである。

ウ 原告は、右後後輪のハブやベアリングに異常がなかったことを、プレロードの過大が原因であることの一つの根拠としているが、車輪に与える衝撃や振動、路面の状態、走行方法などによって、各車輪に作用する力は異なる。特に、本件トラックに付けられているディファレンシャルギアー(車がカーブを曲がる際、内側のタイヤの軌跡の方が外側のタイヤの軌跡より小さくなるところ、この左右のタイヤの回転差を解消するギア)により、右輪と左輪に伝達されるトルク量は構造的に左右非対称となるのであるから、右後後輪の条件と左後後輪の条件とは異なっていたといえる。また、右後後輪に関しても、ハブベアリング・レースとグリースが熱による損傷を受けていた(事故解析調査報告書[甲二]一〇頁、乙一四)。したがって、右後後輪の状態を根拠として、プレロードの過大が原因であると結論づけることはできない。

エ さらに、ベアリングの焼付きの原因としては、本件トラックの日常的な整備や管理の不備も考えられ、また、株式会社cが平成一一年一〇月二九日に行った三か月定期点検に不備があったことも考えられる。

上記三か月定期点検には、ライニング(ブレーキ摩擦材)等の点検のためにブレーキドラムを取り外し、必要がある場合にはブレーキシューを分解し、調整装置がスムーズに作動するかを確認する等の作業が含まれているところ、ブレーキドラムの取り外しはロックナットの取り外しを伴うので、株式会社cによって適切な点検が行われていれば、適切なプレロード調整が行われ、本件事故を防ぐことができたはずである。

第三当裁判所の判断

一  認定事実

前記前提事実に証拠(甲二、四、六、七、一三、一四、一八、乙三、六、一五、一六、証人A[以下「証人A」という。]、証人B[以下「証人B」という。]、証人C[以下「証人C」という。])と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  本件トラックは、平成九年五月に初めて登録を受けて以降、次のとおり、定期点検整備を受けてきた。

なお、下記の一二か月定期点検は、いずれも被告が行い、平成一一年一〇月二九日の三か月定期点検は、株式会社cが行った。また、本件事故当時の本件トラックの走行距離は、二一万〇四六九km(本件整備時から本件事故時までの走行距離は、二一万〇四六九kmから一三万三三四四kmを引いた七万七一二五kmである。)であった。

平成九年五月 新規登録

平成一〇年五月一三日 一二か月定期点検 走行距離六万九二九四km

平成一一年五月二一日 一二か月定期点検 走行距離一三万三三四四km

平成一一年一〇月二九日 三か月定期点検 走行距離一八万八四三八km

(2)  本件整備の内容

ア ベアリングのプレロードについて

被告のa工場の整備士は、本件整備当時、効率性の点から、標準的方法ではなく、経験的方法により、ベアリングのプレロードの設定及び確認を行っていた。

標準的方法では、「ロックナットをトルクレンチを用い規定のトルク値で締め付けた後、二二・五度(一/一六回転)戻す」という方法でベアリングにプレロードを与え、その後、ばねばかりで接線力の起動トルク(回転し始めのトルク)を測定して規定の数値に納まっているかを確認し、適切なプレロード調整がされているかどうかを確認する。他方、経験的方法では、「スピンナーハンドルでロックナットを軽く回し、回転が止まってから二、三回締め方向にスピンナーハンドルを軽く叩く」という方法でベアリングにプレロードを与え、その後、ハブを回転させて、ベアリングの過大圧力による回転不良や圧力不足によるガタが無いかどうかを確認する。

経験的方法のマニュアルは作成されておらず、熟練の整備士等が経験の浅い整備担当者に対して、口頭で指導する等の方法により、経験的方法が伝えられていた。また、整備士であれば、標準的方法の存在を知っていた。

標準的方法は、本件トラックを含む大型トラックの四大メーカーの整備解説書すべてに同様に記載されている上、現在、社団法人日本自動車工業会や社団法人日本自動車整備振興会連合会は、標準的方法により整備を行うことを要請している。

イ ハブグリースについて

平成一〇年五月一三日の一二か月定期点検及び本件整備においては、いずれも、合計八kg(一つの車輪ごとに各一kg程度)のハブグリースが注入されていた。

ウ ベアリングについて

本件整備において、本件トラックのベアリングに異常がなかったので、その交換は行われていない。

(3)  本件事故の状況

ア 左後後輪(脱落した側)の状況

ハブの円筒部はもともと黒色に着色されているが、左後後輪のハブの円筒部は、その内部にあったベアリングが焼き付いて高温になったため、茶褐色に変色している。

アウタベアリングと通常は一体となっているインナレースの表面がU字型に削り取られ、ぼろぼろになっている。アウタベアリング自体は本件事故により脱落した。

インナベアリングは、かろうじて原型を留めているが、そのテーパーローラは表面が黒く変色し、傷が無数確認される。

リヤアクスルシャフト(車軸)は強いねじり応力により破断し、また、かなりの高温により、全体的にねずみ色に変色している。

イ 右後後輪(脱落していない側)の状況

ハブの円筒部の色は黒色である。

アウタベアリング及びインナベアリングのテーパーローラの金属表面には、いずれにも幾重もの薄い線状の痕跡があり、摩擦抵抗によって高温が発生し変色している。ベアリングのアウターレースには、熱による変形が幾重にもあり、再使用は不可となる。ただし、これらの金属組織そのものには異常はない。

右後後輪に残存していたハブグリースは、熱等による酸化劣化を起こしており、その内部からは砂やほこりに由来する成分が検出されている。

二  経験的方法はプレロードが過大となる危険性を含むこと

前記一(2)アの事実によると、被告のa工場で採用されていた経験的方法によるプレロードの設定及び確認は、定量的な方法である標準的方法とは異なり、整備を行う整備士の勘に基づく方法であるといえる。また、経験的方法についてのマニュアルは作成されておらず、熟練の整備士による口頭の指導によって伝えられていたにすぎない。以上からすると、上記経験的方法は、プレロードが過大となる危険性を含むものであったと認められる。

この点について、被告は、経験的方法は安全であり、これによって適切なプレロードが行われていたと主張するとともに、これに沿う証拠(乙一一)を提出し、証人A及び証人Cも同旨の供述をしている。しかし、乙一一は、本件訴訟が提起された後の平成二二年一月に作成されたものであり、本件整備を行った整備士がその当時行った経験的方法をそのとおりに実践したものであるとまでは認められないから、これをもって、本件整備のプレロードが適切に行われ、経験的方法がプレロード過大になる危険性を有しない方法であるとは認められない。また、本件整備の検査主任者であった証人Aや証人Cの各供述によっても、本件整備を実施した整備士の氏名や技能や経験は不明である上、検査主任者であった証人A自身も、機器を使用せず、タイヤを装着した後にタイヤを回してプレロードが適切かどうかを確認したにとどまるというのであり、それのみでは、プレロードが適当であったかどうかを正確に確認したとは認められない。以上からすると、上記被告の主張は採用することができない。

また、証人A及び証人Cは、何回か経験的方法についての講習会等を行ったと証言しているが、その時期や具体的な内容は明らかにされていないから、この点も、経験的方法はプレロードが過大となる危険性を含むものであったとの上記認定を左右するものではない。

三  プレロードの過大以外はベアリングの焼付きの原因となる可能性がない又は低いこと

証拠(甲二、三、六、証人B)によると、プレロードの過大以外に、ベアリングの焼付きの原因として一般的に可能性があるのは、①ハブグリースの注入不足(潤滑不良)、②ハブグリースの劣化、③ベアリング自体の品質不良(経年変化を含む)、④過積載や速度超過、⑤ハブ内に異物が混入すること、⑥デフオイルがハブ内に混入すること、⑦整備を受けないまま走行したことの七つである。そこで、これらの可能性の有無や程度を検討する。

(1)  ①ハブグリースの注入不足

前記一(2)イの事実によると、本件整備において、本件トラックのハブには、合計八kg(各車輪に約一kg)のハブグリースが注入されているところ、これは、平成一〇年五月一三日の一二か月定期点検で注入されたハブグリースの量と同一であり、同日から本件整備まで事故は発生していないこと(弁論の全趣旨)からすると、上記八kg(各車輪に約一kg)は適切な量であったと認められる。

したがって、本件整備において、ハブグリースの注入不足はなかったと認められる。

(2)  ②ハブグリースの劣化

ア 右後後輪のハブグリースについて

証拠(甲一四、乙一二の一・二)によると、グリースは、①高温で使用したこと等による酸化劣化(化学的要因)、②温度上昇や遠心力などの外的影響により、グリース内部の網目構造の緩みや収縮が起こり、グリース内の油分の減少をきたす(物理的要因)、③水分や砂、ほこり等の異物の混入(異物の混入)により、一般的に、潤滑機能等が低下すると認められる。

(ア) ①化学的要因について

証拠(甲二、一三、一四)によると、本件トラックの右後後輪から採取されたベアリング部分のグリース(ハブベアリング・アウターグリース及びハブベアリング・インナーグリース)は酸化しているが、その程度は軽微(動作が不能となる酸化度は二〇%以上であるところ、上記アウターグリースの劣化度は約八%、上記インナーグリースの劣化度は約四%)であるから、グリースの機能が低下するほどの酸化までは生じていないと認められる。

(イ) ②物理的要因について

物理的要因により、ハブグリースの網目構造に緩みや収縮が生じると、グリース内の化学成分(主な成分は増ちょう剤と鉱物油)は変化しないものの、成分の網目構造が変化するため、ハブグリースの採取場所によって、増ちょう剤の吸収強度が多く測定されたり、逆に鉱物油の吸収強度が多く測定されたりと、赤外分光分析において、吸収強度の比率に差がある測定結果が出ることになると認められる(甲一四)。しかるところ、右後後輪のハブベアリングの別々の箇所から採取されたハブベアリング・アウターグリース及びハブベアリング・インナーグリースのそれぞれの吸収強度比率はほぼ同じであり、新品のハブグリースの測定結果と比較しても、ほぼ同じであった(甲一三、一四)。

以上からすると、ベアリングの焼付きの原因となるような物理的要因に基づくハブグリースの劣化は生じていなかったと認められる。

(ウ) ③異物の混入について

証拠(甲一四)によると、右後後輪から採取されたハブグリースを赤外分光分析し、その結果を、水分を混入させた新品のハブグリースの赤外分光分析結果と比較したところ、上記の右後後輪から採取したハブグリースには水分が混入した形跡が見出されなかったことが認められる。

証拠(甲二、一三)によると、右後後輪のハブベアリングから採取されたハブグリースには、砂やほこり等に含まれている鉄が検出されたが、その割合は、ハブグリースの成分であるリチウムと比較するとかなり低いことが認められる(甲一三 表二)。また、砂やほこりがハブグリースに混入することによる劣化の機序は、これらの砂やほこりが異常摩耗を発生させ、この生成された摩耗粉によって酸化劣化する(砂やほこり等の無機物質自体は劣化の直接の要因とはならない。)というものであるところ(乙一二の二)、上記のとおり、右後後輪のハブグリースの酸化劣化の程度は軽微なものであった。

以上のことからすると、ベアリングの焼付きの原因となるような異物の混入に基づくハブグリースの劣化は生じていないと認められる。

なお、ハブグリースに混入した砂やほこり等が異常摩耗を通じて、直接、ベアリングを損傷させた可能性については、前記一(3)イのとおり、ベアリングのテーパーローラに線状の痕跡があることなどから、摩擦が生じていたことは肯定されるものの、ベアリングやレースの金属組織そのものには異常がなかったこと(証人B)、右後後輪のハブの円筒部の色が元々の色を保持していること(前記認定事実一(3)イ)などからして、運行上の危険を生じさせる程度までの異常摩耗はなかったと認められる。

(エ) 以上からすると、右後後輪には、ベアリングの焼付きに結びつくようなハブグリースの劣化等はなかったと認められる。

イ 左後後輪と右後後輪の環境に大きな差異は生じないこと

証拠(甲六、一四、証人B)によると、左右輪の物理的環境と化学的環境に大きな差異は生じないため、ハブグリースの状態は、右後後輪と左後後輪とでは、大きな差異はなかったと認められる。

ウ 以上からすると、右後後輪のハブグリースに、ベアリングの焼付きに結びつくような劣化がなかったのであるから、左後後輪のハブグリースには、ベアリングの焼付きに結びつくような劣化はなかったと認められる。

エ この点について、被告は、メーカー作成のメンテナンスノート(乙一〇の一・二)は五万kmを走行するごとにハブグリースを交換するよう求めているところ、本件トラックの走行距離や速度などの走行状況に照らすと、ベアリングの焼付きはハブグリースの劣化によって生じたと考えられると主張する。確かに、d株式会社作成のメンテナンスノートには、走行距離が五万kmになるごとにハブグリースの交換を求める記載があるところ(乙一〇の一・二)、前記認定事実一(1)によると、本件整備から本件事故までの本件トラックの走行距離は七万七一二五kmであり、本件整備以降、ハブグリースの交換は行われていない。しかし、ハブグリースの交換時期は自動車工学上、安全率が考慮されて設定されるから(甲六、B証言)、ベアリングの焼付きが生じるほどハブグリースが劣化するのは、上記五万kmよりもかなり長い距離を走行した場合であると認められる。また、前記認定事実一(1)によると、本件トラックは、初めて登録を受けてから平成一〇年五月一三日の一二か月定期点検までの間、ハブグリースの交換をせずに六万九二九四kmを走行し、同点検から本件整備までの間も、ハブグリースの交換をせずに六万四〇五〇kmを走行していたが、いずれもこの間は事故は発生していない。以上からすると、本件トラックが本件整備後に七万七一二五kmを走行したことにより、ハブグリースが劣化し、ベアリングの焼付きを生じさせた可能性は低く、上記ウの認定が左右されるということはできない。

また、被告は、車輪に与える衝撃や振動等は自動車が走行する路面の状態や走行方法によって異なり、また、ディファレンシャルギアーによって伝達されるトルク量は左右非対称であるから、右後後輪と左後後輪の条件は同一ではないと主張し、証人Cもこれに沿う証言をしている。しかし、右後後輪と左後後輪の環境や条件が完全に同一であるとはいえないとしても、環境や条件が全く異なることは考えられない(ディファレンシャルギアーによって伝達されるトルクが左右非対称であることも、直ちにこのことを示すということはできない)上、一方のベアリングに焼付きを発生させ、他方に焼付きを発生させないという程度にまで右後後輪と左後後輪の条件が異なっていたと認めるに足りる証拠はない(証人Cも、タイヤの空気圧等により、八輪のタイヤすべてに同一に荷重が加わることはないと証言するにとどまっている。)。したがって、被告の主張は理由がなく、上記イ、ウの認定を左右するものということはできない。

(3)  ③ベアリング自体の品質不良

証拠(甲二、三)及び弁論の全趣旨によると、本件トラックのベアリングは量産品であり、同型のベアリングが用いられている他の車両について、本件事故と同様の事故が発生したとの報告は本件トラックのメーカーにされていないと認められる上、前記一(2)ウのとおり、本件整備において、ベアリングには不具合がないとして、交換がされていない。したがって、本件トラックのベアリングの品質には不良はなかったと認められる。

(4)  ④過積載や速度超過

前記(2)アで述べたところに証拠(甲二、六、証人B)と弁論の全趣旨を総合すると、本件トラックの右後後輪のハブやベアリングには走行に危険を生じさせるような異常又はそれに近い状態は発生していないと認められる(前記一(3)イのとおり、「ベアリングのアウターレースには、熱による変形が幾重にもあり、再使用は不可となる」とされているが、このことが走行に危険を生じさせるような異常とまでは認められない)。前記(2)イのとおり、本件トラックの右後後輪と左後後輪の物理的環境は、完全に同一であるとはいえないとしても、そこに大きな差は生じないから、仮に過積載や速度超過があったとすれば、左後後輪以外の車輪のハブ等にも走行に危険を生じさせるような異常又はそれに近い状態が生じているはずである。また、本件トラックの最大積載量は九・一tであるところ、b株式会社の従業員は、本件トラックの積載量は、平均して約五tであったと述べている(甲二)上、証人Bは、過積載でベアリングの焼付きが生じるのは最大積載量の三倍~五倍程度にまで荷物等を積載した場合であると証言している。さらに、前記1(1)のとおり、本件トラックは、既に二度の一二か月定期点検(二度目が本件整備)を受けているが、それらの点検までの間は、本件整備から本件事故までの間とほぼ同様の条件で運行されていたと推認されるところ、それらの点検までの間にベアリングの焼付きは発生していない。

以上を総合すると、過積載や速度超過があったとしても、これらがベアリングの焼付きの原因となったとは認められない。

なお、被告は、本件トラックが時速一一〇km~一三五kmで走行していたと主張し、これに沿う証拠(乙九の一・二)を提出する。確かに、同証拠によると、本件トラックが時速一一〇km~一三五kmで走行したことがあったと認められるが、既に述べたところに照らすと、速度超過がベアリングの焼付きの原因となったとは認められない。

(5)  ⑤ハブ内に異物が混入したこと及び⑥デフオイルがハブ内に混入したこと

これらは偶発的なものであるところ(甲三)、これらの状況があったというべき事情は認められないから、これらがベアリングの焼付きの原因になったとは認められない。

(6)  ⑦整備を受けないまま走行したこと

前記一(1)のとおり、本件トラックは、平成九年五月の初度登録以降、約一年ごとに一二か月定期点検を受けており、本件事故の約二か月前にも、株式会社cにおいて、三か月定期点検を受けていたのであるから、整備を受けた上で走行していたと認められる。

なお、被告は、株式会社cの三か月定期点検でプレロード設定が適切に行われていなかった可能性を主張する。しかし、証拠(甲二、四、六、乙二、三)及び弁論の全趣旨によると、上記三か月定期点検においては、ブレーキドラムは外されておらず、点検孔からライニングの残量等を確認する方法で点検整備が行われ、この方法においてはロックナットの取り外しは行われないことが認められる。そうすると、株式会社cは、ベアリングのプレロード設定を行っていないから、上記被告の主張は理由がない。

四  以上によると、本件整備の際に行われていた経験的方法には、プレロードが過大になる危険性が含まれていた上、プレロードの過大以外にベアリングの焼付きの原因として一般的に考えられるものは、そのいずれもが本件事故の原因になったと認められない。

このことに加え、証拠(甲一九)によると、走行装置の火災の発生原因の七〇%が整備不良であり、プレロードの過大は、この整備不良の内容において二番目に大きい割合を占めていること、整備不良の内容のうち一番大きい割合を占めているハブグリース不足は、前記三(1)のとおり、ベアリングの焼付きの原因として否定されていることに照らすと、本件トラックのベアリングの焼付きの原因は、本件整備におけるプレロードが過大であったことにあると認められる。

五  そうすると、本件事故に関して原告が支払った前記三〇〇二万八七九七円は、本来、被告が損害賠償として負担すべきであるといえるから、その債務を免れている点で、被告は法律上の原因なく利益を受け、そのために原告に損失を及ぼしているといえる。したがって、原告が被告に対して、不当利得に基づき、上記三〇〇二万八七九七円の返還を求める請求は理由がある。

他方、原告は、上記不当利得返還債務について、商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の請求をしている。不当利得返還債務は期限の定めのない債務(民法四一二条三項)であるから、履行の請求を受けたときから遅滞の責任を負うところ、弁論の全趣旨によると、原告は、本件訴訟の提起前に、本件請求についての調停を申し立てており(神奈川簡易裁判所平成一九年(ノ)第一七八号求償金請求調停事件)、この調停の申立書の被告への送達日は平成一九年一一月二九日であると認められるから、被告が遅滞に陥るのは、同月三〇日からであると認められる。

ただし、前記不当利得返還債務は、原告とb株式会社との間の保険契約に基づいて発生するものではなく、民法に基づいて発生する法定の債務であるから、商行為によって生じた債務(商法五一四条)に当たるとはいえない。したがって、遅延損害金の利率は、商事法定利率の年六分ではなく、民事法定利率の年五分であると解すべきである。

そうすると、原告が被告に対して平成一九年一一月三〇日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金を求める請求は、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

第四結論

よって、原告の請求は、三〇〇二万八七九七円及びこれに対する平成一九年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法六四条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森義之 竹内浩史 橋本政和)

別紙<省略>

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