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横浜地方裁判所 平成20年(ワ)1917号 判決 2009年7月08日

原告

被告

主文

1  被告は,原告に対し,70万円及びこれに対する平成20年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の負担とし,その2を原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成20年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第2事案の概要

1  本件は,もと婚姻関係にあった原告と被告との間における原告と長女との面接交渉に係る事案である(本判決中における「面接交渉」という用語は,原告が長女と行う面接交渉を意味するものとする。)。

原告は,長女の監護親である被告(原告との別居中長女を監護養育し,離婚後は親権者となった。)が,原告と被告との間に平成15年×月×日に成立した面接交渉に係る調停合意を遵守せず,原告の面接交渉権を侵害したと主張して,債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年6月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

2  前提となる事実

以下は,当事者間に争いのない事実,又は以下に記載する証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実である。

(1)  原告と被告は,平成6年×月×日に婚姻の届出をし,平成7年○月○日に長女が出生した。

しかし,平成14年×月×日,被告が長女を連れて家を出て,その後,原告は,被告及び長女と別居生活を継続していた。平成17年に被告が提訴した離婚訴訟において,離婚を認め,長女の親権者を被告と指定する判決が言い渡され,同判決が,控訴棄却及び上告不受理により確定した結果,平成19年×月,原告と被告は離婚し,被告が長女の親権者となった。

(2)  原告が被告を相手方として平成14年×月×日に申し立てた面接交渉を求める審判事件(横浜家庭裁判所平成15年(家イ)第×××号子の監護に関する処分(面接交渉)申立事件)に係る調停において,原告と被告との間に,平成15年×月×日,「被告は,原告が長女と月1回以上面接することを認め,その日時,場所,方法については,長女の意思を尊重して,その都度当事者双方で協議して決める。」,「原告の長女の学校行事への参加や長女との旅行については,将来,前向きにその都度話合いをして決することとする。」という内容の調停合意が成立した(甲1。以下「本件合意」という。)。

本件合意に基づく面接交渉は,平成17年×月まで,ほぼ実現されていた。しかし,同年×月以降は,原告と被告との間で予め日時を決めた上で行われる態様の面接交渉は,実施されていない。

(3)  平成20年×月×日,被告は,面接交渉について,横浜家庭裁判所に子の監護に関する審判の申立てをし(横浜家庭裁判所平成20年(家)第×××号事件),平成21年×月×日付けで,本件合意を「原告は,長女から面会の目的で原告に連絡した場合にのみ,長女の希望する日時,場所,方法で長女と面会交流することができる。」,「原告は,長女に連絡してはならない。」等と変更する審判がなされた(乙5)。

3  争点及び争点に係る当事者の主張

本件の争点及び争点に係る当事者の主張は,以下のとおりである。

(1)  被告が面接交渉に応じないことに相当の理由があるか

(原告の主張)

ア 被告は,平成17年×月以降,本件合意に基づく面接交渉に応じない。

また,長女の学校行事(以下「学校行事」という。)への原告の参加についても,被告が長女の学校に対して,学校行事日程を原告に教えないでほしい旨を伝えるなど,被告には,これまで,学校行事への原告の参加につき原告と協議して決めようとする姿勢は全くみられなかった。平成19年×月には,それまで長女の学校から原告に送付されていた「学校便り」についても,被告が学校に対して原告への送付を止めるように通告したことにより,それ以降は送付されなくなった。

イ さらに,被告及び長女は,平成20年×月,長女の小学校卒業直後に現在の住所地に引っ越したが,引越について,被告は原告に対して何ら連絡をとらず,転居後の電話番号を知らせなかったので,原告は,長女に対して電話による連絡さえ取れなくなっている。

ウ 以上の状況からすれば,被告は,本件合意を履行しているとは到底いえず,被告が面接交渉に応じないことは,本件合意に係る債務の不履行であり,面接交渉権の侵害による不法行為にも当たる。

(被告の主張)

被告は,本件合意を文言どおりの形では履行していないが,相当の理由があるので,損害賠償責任を負うほどの違法性はない。

ア 平成14年の別居後,原告は,児童相談所,警察や長女の学校に対し,被告が長女を学校に行かせていないのは児童虐待であるとする趣旨の相談をして回ったところ,被告は,原告の当該行為になぜ夫婦関係が破綻に至ったのか真摯に見直す姿勢が感じられず,ただ被告を悪者に仕立て自己を正当化する原告の人格を感じ,原告に対する不信感を募らせていた。

さらに,平成14年×月×日,原告は長女を学校の校門前で待ち伏せ,テレホンカードを渡した上誰にも見せないよう口止めしたことがあり,当該行為は長女に対し両親に対する忠誠心の葛藤を生じさせる行為であったことから,被告は,原告に対する不信感を一層募らせていた。

イ 原告は,本件合意の成立直後の平成15年×月×日に長女の学校を訪問して副校長と面談し,その際,前年×月に学校から長女との面会を断られたことについて口頭で抗議するだけでなく,副校長を名指しして批判し,副校長に対する指導を求める内容の○○市教育委員会宛の文書を持参して副校長に交付し,副校長を威嚇するに同然の行為をした。その結果,副校長は被告に対して憤りの感情を述べるなど,被告がおそれていた学校との信頼関係を損ねる事態に至り,原告に対する不信感は拭いされないものとなった。

ウ 原告は,平成15年×月ころから,月に2回の面接を要求するようになり,さらに平成16年×月ころから,原告が長女と2人で面接をすることについて,本件合意が成立した期日の直後に原告と被告が話し合って合意した旨を主張して,2人だけの面接を求めるようになった。また,被告が平成16年×月に離婚調停を再度申立てしたものの,原告は離婚に一切応じない態度を示して欠席したため初回で不調に終わった。ありもしない合意をあたかも存在したかのような主張をする原告の行動は,離婚問題について全く話合いのテーブルにすら着こうとしない態度と相まって,一層原告に対する信頼を損ねる原因となった。

エ 原告は,本件合意を根拠として,平成16年秋ころから学校行事への参加を要求するようになった。

被告が本件合意において学校行事への原告の参加について合意したのは,担当家庭裁判所調査官からの説明もあり,離婚が成立するなどして,原告と一定の限度で円滑な話合いができる時機が来た後に原告の学校行事への参加について前向きに検討する趣旨の合意として理解していたことによるものである。

したがって,原告が離婚についての話合いには一切応じようとせず,本件合意をたてに要求を拡大して突きつけてくるだけのこの時点において,原告の要求に応じる意思は全くなかった。

しかし,平成17年×月から×月にかけて,原告が被告の了解もないまま複数回学校を訪問し,さらに本件合意に係る調停調書を校長に見せ,ついには学校行事にも参加してきた。このことを学校から伝えられた被告は,原告の行動が本件合意に違反すると判断し,これまでの原告の言動に対して積もらせていた不信感と相まって,長女にも説明の上,以後の原告と長女との面会を中止するという決断をした。

オ 以上のとおり,平成17年×月以降,日時を決めての面接交渉が途絶えたのは,原告が被告の了解のないままに学校行事に参加したことに加え,それまでの原告の独善的,自己中心的な言動のために被告が原告に対する不信感を強めた結果であった。

カ 原告は,日時は特定できないが,その後も学校行事に度々参加したほか,被告の実家や被告の親族宅を訪問するなどして,不定期かつ短時間ながら長女と直接面談していること,平成20年×月まで不定期ではあるが,ほぼ自由に被告宅に電話することで長女と電話で会話することができ,一応の交流ができていたことからすると,被告がことさら原告と長女との交流について妨害したり制限したりしたことはなく,原告のなすがままの状態に委ねていたのであり,その範囲で面接交渉が実現していたのであるから,日時場所を決めての面接交渉が実施されていないからという一事をもって,本件合意に違反したというべきではない。少なくとも,損害賠償義務を課されるほどの違法性があるとはいえない。

キ 被告が面接交渉に応じなかったことは,長女の意向にも沿うものであった。

離婚判決の確定により原告と被告との離婚が確定した後の平成19年×月×日,被告代理人からの意向聴取に対して,長女は,原告と会うことはウザいし,学校に来ないかどうかが不安であるとして,原告との面接交渉について極めて消極的であった。

被告は,長女の従前からの言動として,被告が長女に対し,親子なのだから原告に会ってもいいと説明しても決して会おうとしなかったこと,原告からの電話への応答の態度が楽しそうでなかったこと,原告宅を単独で訪問したり,自宅外から原告に電話したりすることもなかったことなどの諸事情を考慮し,上記意向は長女の率直な意向であると判断した。

そこで,被告は,長女に対して,意思に反してまでも強制的に原告との面接交渉に臨むよう強要することはなかった。

ク 平成20年×月に長女と一緒に転居した際に,原告に転居先を連絡しなかったことは事実であるが,連絡しなかったことについて被告が義務違反を問われる理由はない。転居後,被告は原告による自宅訪問を拒んだことはなく,現実に,同年×月に原告が代理人に依頼して被告の転居先を探し出し,訪問してきたことがあった。

(2)  損害額

(原告の主張)

原告は,本件合意があるにもかかわらず,平成17年×月以降,愛する長女との面接交渉を,被告によって正当な理由なく拒絶され,また,学校行事への参加及び参加に向けての話合い自体も正当な理由なく拒絶されることにより,長女の小学校時代における父子の交流という大切な機会を奪われた。

上記被告の対応により,原告は甚大なる精神的な苦痛を被っている。また,他にも,面接交渉の不履行後,原告が楽しみにしていた学校便りの送付の停止を学校に求めたり,原告が長女に送付したプレゼントを何度か返却したり,さらには,平成20年×月に引越した後,原告に連絡先を教えず,その後も電話番号を教えようとしない。そのために原告と長女の交流は完全に遮断されることとなった。被告のこれらの行為によっても原告は多大な精神的苦痛を被っている。

以上により,原告が被った精神的損害に対する慰謝料は300万円を下らない。

第3争点に対する判断

1  面接交渉等の経過について

前記前提となる事実並びに以下に記載する各証拠及び弁論の全趣旨によれば,面接交渉等の経過として,以下の事実を認めることができる。

(1)  原告は,被告が平成14年×月×日長女を連れて家を出た後,長女と会っていなかったが,同年×月×日朝に長女の学校の校門前で長女の登校を待ち,長女と会った。原告は,その際,長女にテレホンカードを渡し,原告に電話をするように話し,また,原告と会ったことについて口止めした。しかし,長女は帰宅後,被告に対して,原告と会った経過について話した。(被告本人)

原告は,弁護士の代理人(本件訴訟における原告の訴訟代理人。以下「原告代理人」という。)に委任して,平成14年×月×日に長女との面接交渉を求める審判の申立てをし,同事件に係る調停において,平成15年×月×日試行面接が行われた後,同年×月×日に本件合意が成立した。その後,平成17年×月までは,ほぼ1か月に1回,原告は面接交渉を行っていた。面接交渉における原告の長女に対する態度には格別の問題はなく,長女も次回に行きたい場所を述べるなど面接交渉に積極的態度で応じており,その間,長女が原告に誕生祝いの手紙を送るなど,原告と長女の関係は普通の親子関係であった。(甲12,甲17,甲18,甲19の1,2,甲24の1,2,乙3,原告本人,被告本人)

各面接交渉には,被告も長女に付き添っていた。平成15年×月ころから,原告は被告に対して,長女と2人のみで会う態様の面接交渉を行うこと,また,面接交渉の頻度を増やすことを承諾するよう申し入れるようになったが,被告はこれを拒否し続けた(甲31の4,5,7,乙3,原告本人)。

(2)  被告は,被告が申し入れている離婚の交渉について,原告に応じる態度がみられないこと及び原告の面接交渉の方法に関する要求が拡大してきたことから,平成16年×月に離婚交渉のために弁護士(本件訴訟における被告の訴訟代理人。以下「被告代理人」という。)を選任し,原告との交渉を以後,同弁護士に委任した(乙3,被告本人)。

被告は,離婚の協議に原告が応じず,被告の申し立てた離婚の調停も不調となった一方で,原告から面接交渉の頻度の増加等の要求が繰り返されるという状況の下で,平成16年夏ころから,面接交渉に応じることに負担に感じるようになった(被告本人)。そして,同年×月には,被告代理人を介して,原告代理人に対し,離婚問題及び面接交渉の方法の変更を含めた夫婦関係全般についての協議を申し入れた。同申入れにおいては,被告代理人の意見として,被告が,面接交渉の実行のみならず面接交渉の日程調整についても原告との関わりを持つことについて強い嫌悪感を抱いており,このままでは面接交渉の実行は不可能となるおそれがあることを警告し,被告がこのような感情を抱く原因は,被告が再三離婚の申入れを行っているのに対して,離婚協議に応じない原告の言動にあると考えられること,また,本件合意の内容が被告に過度の負担を強いる内容となっていることが背景となっていると考えられることが指摘されていた。(甲15,被告本人)

平成16年×月にも,被告代理人から,原告代理人に対して,離婚について協議を求める申入れがあり,当該申入れの中で,被告代理人は,本件合意は被告に不利益な内容となっているので破棄すべきと考えており,面接交渉の実施方法についてもその方向で協議をする旨の意向を示していた(甲16)。

(3)  原告は,被告からの離婚のための協議の申入れには応じなかった。一方で,既に本件合意成立後,一定の期間を経過したことから,学校行事にも参加したいと考え,被告代理人に平成16年×月以降,学校行事への参加について調整を求める書面を繰り返し送付した(甲31の5,7)。被告は,これに対して拒否の意向を示し,協議に応じようとしなかった。

原告は,平成16年×月×日,本件合意について,履行勧告(学校行事への参加及び面接交渉の態様(原告と長女2人だけの面接交渉を行いたい。)及び回数(月複数回面会したい。)について。)の申立てをしたが被告はこれに応じなかった。被告代理人は,当該手続中で,家庭裁判所調査官に対し,被告が不安定になっているので今後の面接交渉は拒否する方向である旨回答していた(乙4)。

その後,原告は,長女の学校の校長に面会して学校行事に参加することの承諾を得て,平成17年×月×日の学校行事(学園祭)に参加した(乙3,原告本人)。

被告は,被告の承諾なく原告が学校行事に参加したことによって,原告に対する不信感を高め,原告に対して面接交渉を拒絶することとし,長女に対して,原告が約束を破ったので,平成17年×月×日に原告との間で約束済みであった面接交渉には出かけないこと,今後,しばらくは原告と会えないがずっと会えないわけではないことなどを説明し,長女の了解を得た上で,面接日程を約束済みであった平成17年×月×日の面接交渉を拒絶した(被告本人)。

被告は,その後,面接交渉には一切応じていない。

被告は,本件合意の内容が不公平であるなどとして,その変更を求める調停の申立てをしたが,平成17年×月×日に不調となった(甲10)。また,被告は,同年×月×日に,被告代理人を介して,原告の学校行事への参加は話合いができていないので認められない旨,また,被告との話合いもないまま学校行事に参加したことについて,原告が誤りを認めない限り,面接交渉を認めるつもりがない旨述べた通知書を原告に送付した。

原告は,平成17年×月ころ,本件合意のうち面接交渉に係る合意について履行勧告の申立てをしたが,被告は,同年×月×日ころや平成18年×月×日ころに原告が被告の実家を無断で訪れたことに対して態度を硬化させ,家庭裁判所の調整に応じなかった(乙3,乙5,原告本人。なお,原告は,被告が担当家庭裁判所調査官に対して,「離婚に応じれば子供に会わせる。」等の条件付きの回答をしていた旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。)。

原告は,その後も長女の学校から承諾を得て,運動会,参観などの公開された行事に参加した。原告の参加に関して,被告は心理的に相当の負担を感じていたが,学校行事において格別の混乱はなく,学校側も特に迷惑を被ったという認識を有してはいなかった。(甲26,甲28,原告本人)

(4)  平成17年×月以降の原告と長女との交流は,原告が,赴任中の○○市から帰宅が可能なときに,被告の実家を訪れ,長女がいた場合に玄関先で15分ないし20分立ち話をしたり(1か月に1回未満),主に原告から,1か月に2,3回長女に電話をして会話をするなどの形態で平成19年×月×日まで継続していた。平成18年2月には長女が原告にバレンタインデーのチョコを贈り,同年12月には原告がクリスマスのプレゼントを被告の実家にいる長女を訪れて手渡したことがあった。長女は,その間の原告の言動について,長女が友達と一緒にいるときに声をかけたり,友達もいる学習塾に尋ねてきたりすることなどについて,嫌な思いをし,このような長女の感情に原告の理解がないと感じていた。また,原告からの電話について,小学校5年のころ,塾に出かける前に電話があると塾に行く準備ができなくなると被告に相談し,被告の助言により,原告にその旨話したことがあった。しかし,少なくとも平成19年×月に原告と被告との離婚が確定するまでの間においては,長女は,原告と面会すること自体に拒否的な感情を抱いていたことはなく,原告との面会に自然に応じていた(ただし,原告から買い物に行くことを誘われ,被告と一緒でなければ嫌だと言って拒んだことがあった。)。(甲4,甲18,甲34の5,6,乙4,乙5,原告本人)

なお,長女は,平成21年に実施された家庭裁判所調査官面接において,原告との関係を楽しいものではなかった旨回想を述べている(乙5)が,後述のとおり,同時点において,長女は原告に対して消極的な感情を抱くに至っていたこと,同面接において,楽しいはずの思い出について記憶がないと供述していること,及び原告提出の写真における長女の和やかな表情等(甲34の5,6)からすれば,長女の上記回想に係る供述は,同時点における長女の原告に対する感情と面接交渉をめぐり原告被告間に存在している紛議及び自らの立場に対する配慮に影響されているものと考えられ,信用性を認めることはできない。

(5)  被告は,原告に対して平成17年×月×日に離婚訴訟を提起し,平成18年×月×日に第1審判決が,平成19年×月×日に控訴審判決が言い渡され,いずれも被告が勝訴した。原告は上告したが,上告不受理となり,平成19年×月×日をもって,離婚請求について被告の勝訴が確定し,被告が長女の親権者となった。(被告本人)

被告は,上記判決の確定をまって,長女に対し,判決の内容を説明した。また,離婚が確定して被告が単独で親権者となったことにより,本件合意の効力が当然に失われ,親権者である被告が面接交渉に応じるかどうかを決定することができることとなったとする被告代理人の見解に基づき,長女に離婚訴訟の結果を説明し,長女から,今後の原告との面接のあり方について意向を聴取した(長女は,被告代理人による意向聴取に際して,原告に対する否定的な感情(「うざい」など。)を述べた。)上で,今後は,原告との面接交渉には応じられないとする判断に至り,被告代理人を介して,その旨を原告に通知した。同時に原告の学校行事への参加も容認できない旨通知した。(甲8,弁論の全趣旨)

また,被告は,同年×月ころ,長女の学校に対して,原告が親権者でなくなったので学校便りの送付を取りやめるよう申し入れ,学校は,被告の意向に従い,原告に対する学校便りの送付を取りやめた(甲28)。

(6)  平成20年×月に被告は長女を連れて転居した。転居に際して,被告は,原告に転居先の住所や電話番号を知らせず,長女も原告に対してこれらを知らせていない。

原告は,転居先の住所は調査して知ったが,電話番号まではわからず,その結果,転居後は,原告から長女に電話をすることができない状態が継続している。なお,長女は,原告の電話番号を知っているので,転居後も,自ら希望すれば原告に電話することが可能である。

転居後の平成20年×月終わりころ,原告は,転居先の被告宅を訪れたが,被告や長女に面会を求めないまま,宅配ボックスに長女あてのプレゼント(長女から入学祝いとして頼まれていたDVD)を宅配便を装って置いて帰った。被告及び長女は,原告が置いていったものと容易に認知した。その後,長女は,原告に電話をして,なぜ転居先がわかったのか問い質し,原告との会話中に泣き出す事態が生じた。原告は,被告が長女に指示して電話をさせ,長女が原告と被告との板挟みとなって泣き出したものと考え,電話を長女に代わった被告に対して,追及する発言をした。

平成20年×月末から×月にかけて,長女への誕生日プレゼントを巡って原告と長女との間に手紙のやりとりがあったが,長女は「誕生日プレゼントはいらない」とか「○○で会っても話しかけるのはやめてほしい」等,原告に対して消極的な姿勢を示していた。また,被告代理人と面談した際に,原告との交流について,電話を含め,拒絶する意思を示し,今の生活を乱さないでほしいとの希望を述べていた。(乙2)

上記宅配ボックスの件以外に,長女から原告に対する電話はなく,原告は,手紙を出す以外の方法で長女との交流をはかることができない状態にある。

(7)  家庭裁判所調査官による長女の意向聴取等

被告は,平成20年×月×日,横浜家庭裁判所に,本件合意の変更を求めて,子の監護に関する処分(面接交渉)の審判を申し立て,同審判の手続において,平成21年×月ないし×月に2回にわたり家庭裁判所調査官による長女に対する面接調査が行われた(以下「調査官面接」という。)。同面接において,長女は,原告と会いたくない,会っても楽しくないとの気持ちを述べ,原告との面接交渉の実施や原告による学校行事への参加に対し,拒絶的な意見を述べた。(乙4)

家庭裁判所は,平成21年×月×日,調査官面接において示された長女の意向等に基づき,本件合意を,「1 相手方(原告)は,事件本人(長女)から面会の目的で相手方に連絡した場合にのみ,事件本人の希望する日時,場所,方法で事件本人と面会交流することができる。」,「2 相手方は,事件本人に連絡してはならない。」,「3 当事者双方は事件本人の自主性を尊重しなければならない。」,「4 申立人(被告)は事件本人の希望を尊重しなければならない。」と変更する旨の審判を行った(乙5)。

2  被告が面接交渉に応じないことに相当の理由があるかについて

(1)  原告の学校行事への参加について

本件合意において,原告の学校行事への参加については,「将来,前向きにその都度話合いをして決することとする。」旨の合意が成立していたものであるところ,当該合意内容からすれば,原告が学校行事に参加するについては,被告と協議して両者が了解の上で参加すべき旨の合意が成立していたものであった。そして,被告は,本件合意に際して,原告の学校行事への参加については,今すぐということではなく,将来きちんと話し合って決めるという合意であると審判官から説明を受け,将来,離婚が成立するなどして,原告と円満に話合いができる関係になってから実行されるべき合意であり,このような関係が実現するのはずっと先のことであると考えていた。

しかし,本件合意の条項からは,「将来」という語句が被告の認識していたほど先の時期を当然に意味するものと解することはできず,原告が,本件合意の成立後相当期間経過後に,本件合意に基づき,学校行事への参加について協議ができると考え,協議の申入れをしたことについては,本件合意に反する行動とみることはできない。そして,協議が成立していないのに学校行事に参加した点については,本件合意の趣旨に反する行動というべきであるが,一方で,被告が協議自体に応じない態度を取っていたこと,原告の学校行事への参加は,事前に学校側の承諾を取った上で行われ,結果として学校側に迷惑をかけていないこと,及び原告に長女にとって違和感を感じられる行為(参観時に長女の近くに長く佇立し,他へ移動しないこと等)があったものの,それ自体が長女の福祉に反する内容のものとはいえない(子の気持ちとして親がいつまでも側にいることについて恥ずかしいとの感情を抱くことは当然に考えられるものの,このような感情を一時的に抱くことによって子の精神的な成長過程に何らかの悪影響が及ぶとは考えられない。)ことを考慮すると,原告の当該行動は,被告の心情を害するものであるとしても,当該行動を根拠として,円滑に継続されてきた面接交渉を中断することを正当化する理由とはならないというべきである。

他方,被告が原告の学校行事への参加に応じられない意向であった以上,当該参加についての協議に応じなかった被告の対応自体を独立して本件合意に反する行為として評価することはできないというべきである。

(2)  面接交渉の頻度等について

被告は,原告が,面接交渉の頻度を増やすこと,被告の立会なく原告と長女の2人のみでの面接交渉を行うことについて約束があったと主張して,これらの実現を要求したことも,被告が面接交渉に応じないこととした理由として主張する。

確かに,本件合意に際して,将来面接交渉の頻度を増やすことや,将来原告と長女の2人のみで面接を認めることについて確定的な約束があったと認めるに足りる証拠はない。

しかし,面接交渉の頻度については,本件合意に至る調停の場において,原告は,週2,3回とすることを求め,被告は月1回と主張していたところ,当面は月1回とし,様子をみて,多少増やせる余地を残す趣旨で,「月1回以上」と表記することとして,本件合意に至ったものである(被告本人)。したがって,将来は,面接交渉の頻度を増加する方向で交渉を行うことが予定されていたものであるから,原告が当該交渉の申入れの際に増加について約束があったと主張したからとして,これを本件合意に反する行為というには足りないというべきである。また,面接交渉の態様についても,面接交渉を行う親と子の関係に格別の問題がなく,また,面接交渉を行う親が子を連れ去ったりするなどの懸念がない場合には,面接交渉を求める側の親が子の監護をしている他の親の立会なしで子と2人で時間を過ごすという態様による面接交渉が一般的に行われており,原告もこれを望んでいた(原告本人)のであるから,本件合意の際に,原告と被告の間で,面接交渉の態様について,当面は被告が立ち会うこととするが,将来は,原告と長女が2人で会うことを承諾することを被告において検討する旨の了解に至っていたものと推認することができる。したがって,面接態様に係る原告の要求についても,本件合意に反する行為というには足りないというべきである。よって,面接交渉の頻度や態様に係る原告の要求等は,被告が面接交渉を拒絶することを正当化する理由とはならないというべきである。

(3)  その他,被告において,面接交渉を拒絶することを正当化するに足りる事由があったと認めることはできない。

(4)  よって,原告による面接交渉の頻度や態様等に係る要求や学校行事への参加が被告の心理的な負担となり,あるいは,被告の感情を害したことが契機となって被告が面接交渉を拒否するに至った経過があるとしても,被告が平成17年×月以降面接交渉を拒絶したことについて,正当な理由があったとはいえないから,被告は,原告に対して,本件合意の不履行について,債務不履行の責任を負うことを免れない。

3  長女の意向について

(1)  長女は,調査官面接において,原告との面接交渉について消極的意向を明確に示しているところ,当該調査官面接における長女の原告に対する認識に係る供述はそのまますべてに信用性を認めることはできないとしても,調査官面接における長女の供述内容及び前記1認定の面接交渉の経過からすれば,遅くとも,長女が被告に連れられて転居するころまでには,面接交渉に対する長女の消極的な意向は明確なものとなっていたと認めることができる。なお,長女が平成19年の離婚確定直後に被告代理人からの意向聴取に際して示した原告に対する否定的な感情は,被告が面接交渉に対して消極的であることを長女が既に認識し,かつ,本件合意が効力を失ったという前提のもとに,被告の依頼した代理人からの意向聴取に対して,示されたものであるから,被告の感情に対する配慮が介入している可能性が大きく,これをもって,長女が同時点からから面接交渉について消極的意向を明確に有していたと認めるには足りない。

面接交渉権は,未成年の子の非監護親の権利として構成されているが,第1次的には未成年の子の福祉に資する目的で行使されるべきものであり,未成年の子が面接交渉を拒絶する明確な意思を有している場合(なお,子が,面接交渉に対して面倒であるとか気が進まないと感じているという程度では直ちにこのような場合に当たるとはいえない。)においては,子の福祉の観点から面接交渉権は制限される。

したがって,平成20年×月の転居以降の本件合意の不履行については,長女の前記意向から,面接交渉権が制限される上記場合に当たると認めることができるので,被告が面接交渉を拒絶するについて正当な理由があり,原告は,被告が長女の面接交渉に応じなかったことについて,転居先の電話番号を連絡しなかったこと等の関連する対応を含め,被告の債務不履行責任及び不法行為責任(原告の面接交渉権を侵害した責任)を主張し得ないというべきである。

(2)  ただし,長女が面接交渉について消極的意向を形成するに至った経過において,被告が平成17年×月以降面接交渉に応じていなかったことが相当程度影響を及ぼしているものと考えられる。

長女にとって最も重要でかつ密接な人間関係にある被告の感情や言動は,被告において特に意図しなくても,長女の心理に影響を及ぼすことが当然に考えられる。したがって,被告が本件合意の不履行に際して,長女に対して原告との面接交渉を中断することを説明したり,離婚判決確定後に,長女に本件合意が効力を失った旨説明した行動や,その他,原告から長女に送られてきたプレゼントを送り返したりするなどの行動を取った際に,長女に対して,被告の原告に対する嫌悪感,不信感及び原告が長女と交流することを快く思わない気持ちが,被告の言動から自然に長女に伝わり,長女は,それぞれの機会にわずかながらも忠誠心の葛藤を生じつつ,次第に,より自分にとって重要で密接な関係にある被告の感情への共感を強めていく過程をたどったものと考えられる。そして,面接交渉が中断されていたために原告と長女との間に十分な交流の機会が与えられなかったことにより,長女に原告に対する共感ないし配慮の心理を十分に形成する機会が与えられなかったことが相まって,長女の意識の中で原告の言動に対する否定的な側面が相対的に強化され,長女の面接交渉に対する消極的な意向を形成することとなったものと考えられる。

したがって,長女が原告との面接交渉について消極的な意向を有するに至ったことについても,本件合意に係る面接交渉の不履行が一因となって生じた結果として,被告に,相応の責任があるというべきである。

4  損害額について

以上のとおり,原告は,被告の本件合意の不履行によって,平成17年×月以降長期間にわたり,本件合意に基づく面接交渉の機会を失い,さらには,上記不履行が一因となって長女に原告との面接交渉に消極的な心理が形成されることによって当面面接交渉が困難な状態となる結果を生じさせることとなったものであるところ,このような事態により,原告は,幼少の年代における長女と交流することにより得られたはずの親としての心理的な満足を得る機会を失い,また,今後も当面は長女と面会して同様の心理的な満足を得ることができない状態となり,我が子に会いたいという思いを日々募らせているものと察することができる。このような損失及び心情を考慮すると,原告の被った精神的な損害は軽微なものとはいえない。

他方,面接交渉を円滑に継続するためには,監護親と非監護親との間の面接交渉の実施に向けての協力関係の形成,維持が不可欠であるところ,面接交渉の継続に負担を感じる状態になっていた被告に対して,原告が,繰り返し,面接交渉の頻度の増加や学校行事への参加を要求し,自らの権利の実現をはかったことが契機となって,被告の面接交渉拒絶を招来した経過において,原告にも面接交渉を継続するための協力相手である被告に対して配慮不足があったことは否定できない。

また,被告から面接交渉を拒絶されることとなった後も,平成20年×月ころまでは,原告が被告の居宅等を訪れて長女と面会をしたり,電話による会話を行うことにより限定的ながら長女との交流が継続できていた(なお,このような交流をもって,面接交渉に代替する交流があったと評価することはできない。)ことは,前記認定のとおりである。

以上の事情及びその他本件記録に現れた一切の事情を考慮すると,原告が本件合意の不履行によって被った精神的損害に対する慰謝料額は,70万円と認めることが相当である。

5  不法行為に基づく損害賠償請求について

被告が本件合意に係る面接交渉を拒絶した行為は,原告の面接交渉権の侵害として不法行為を構成する。

しかし,面接交渉権の侵害の観点からみても,前記債務不履行に基づく損害を上回る損害の発生を認めることはできない。

第4結論

よって,原告の請求は,本件合意の不履行に対する債務不履行による損害賠償として,70万円及びこれに対する平成20年6月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから,これを認容し,その余の請求は理由がないのでいずれもこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 中山顕裕)

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