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横浜地方裁判所 平成20年(ワ)3698号 判決 2010年10月28日

第一事件原告

ユニオンちれん(以下「原告本部組合」という。)

同代表者執行委員長

第一事件原告

ユニオンちれんX1支部(以下「原告支部組合」という。)

同代表者執行委員長

第一事件・第二事件原告

X2(以下「原告X2」という。)

上記3名訴訟代理人弁護士

鵜飼良昭

小宮玲子

第一事件・第二事件被告

学校法人Y学園(以下「被告」という。)

同代表者理事長

同訴訟代理人弁護士

八代徹也

同訴訟復代理人弁護士

木野綾子

主文

1  被告は,原告本部組合に対し,55万円及びこれに対する平成20年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告支部組合に対し,55万円及びこれに対する平成20年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告本部組合及び原告支部組合のその余の請求を棄却する。

4  原告X2の第二事件の賃金支払請求に係る訴えのうち,本判決確定の日の翌日以降の賃金の支払を求める部分を却下する。

5  原告X2の第一事件に係る請求並びに第二事件に係るその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

6  訴訟費用は,原告本部組合及び原告支部組合と被告との間に生じたものはこれを6分し,その1を被告の負担とし,その余を同原告らの負担とし,原告X2と被告との間に生じたものは原告X2の負担とする。

7  この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求の趣旨

1  第一事件

(1)  被告は,原告X2に対し,100万9365円及びこれに対する平成20年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告は,原告本部組合に対し,300万円及びこれに対する平成20年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被告は,原告支部組合に対し,300万円及びこれに対する平成20年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  第二事件

(1)  主位的請求

ア 原告X2が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

イ 被告は,原告X2に対し,平成21年4月から毎月25日限り57万8030円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  予備的請求

被告は,原告X2に対し,1500万円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

第一事件は,原告X2が,被告による平成20年2月5日付け懲戒減給処分(以下「本件減給処分」という。)は違法,無効であるとして,被告に対し,雇用契約による賃金請求権に基づく本件減給処分による減給相当額9365円と不法行為による損害賠償請求権に基づく慰謝料100万円を合計した100万9365円及びこれに対する上記減給分の賃金支払日の翌日であり,かつ,上記不法行為後の日である同月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,原告本部組合及び原告支部組合(以下「原告各組合」という。)が,被告の団体交渉拒否及び組合否認行為は違法であるとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,不可分的に,原告各組合が被った有形・無形の損害の一部である300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である同年9月25日から支払済みまで同法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

第二事件は,定年退職後の再雇用の申し出を拒否された原告X2が,被告が導入した継続雇用制度は,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年齢者雇用安定法」という。)5条2項等に反し,違法,無効であるとして,被告に対し,主位的に,雇用契約に基づき,定年退職後の雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,平成21年4月から毎月25日限り月額賃金57万8030円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,予備的に,違法,無効な前記制度に基づく再雇用拒否によって損害を被ったとして,債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき,逸失利益1888万9095円と慰謝料300万円を合計した2188万9095円の一部である1500万円及びこれに対する定年退職日の翌日である同月1日から支払済みまで同法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  前提事実(証拠によって認定した事実は各項末尾の括弧内に認定に供した証拠を摘示し,その記載のない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 被告は,教育基本法及び学校教育法に基づき,学校教育を行うことを目的とし,a高等学校(以下「a高校」という。),b高等学校,c高等学校(以下「本件高校」という。),d中学校,e幼稚園,f専門学校(以下「本件専門学校」という。)を設置する学校法人である。

イ 原告本部組合は,神奈川県を中心とした中小企業で働く労働者を組織対象とする単一労働組合である(<証拠省略>及び<人証省略>)。

ウ 原告支部組合は,本件高校の教職員を中心に構成された労働組合であり,原告本部組合に加入している(<証拠省略>及び原告支部組合代表者)。

エ 原告X2は,昭和47年,g大学衛生学部産業衛生学科を卒業し,平成元年4月1日,教職員として被告に採用され,平成13年4月,原告支部組合に加入した(原告支部組合の加入につき<証拠省略>)。

原告X2は,当初,本件専門学校医学技術学科において,臨床検査技師の養成に従事していたが,平成11年3月の同学科の閉科に伴い,本件専門学校初等課程において児童科及び養護科の学生の教育に従事し,平成14年4月1日,本件高校に異動となり,理科を担当することとなった。

原告X2は,平成20年12月3日に60歳となったため,平成21年3月31日,被告を定年により退職した。原告X2の同月当時の月額賃金は,57万8030円であり,その支払日は,毎月25日締め,当月25日払いであった(<証拠省略>及び弁論の全趣旨)。

なお,原告X2は,平成15年5月2日,本件高校の生徒の頭髪をバリカンで刈り,体罰を加えたことを理由に,譴責処分(就業規則52条)を受けた(以下「本件譴責処分」という。処分理由につき<証拠省略>)。

(2)  本件減給処分に至る経緯

ア 原告X2は,平成19年4月,本件高校において,2年h組(以下「h組」という。)の担任となったところ,h組の生徒にD(以下「D」という。)がいた。

イ Dは,h組の生徒1名(以下「生徒E」という。)に対して私的制裁(いじめ)をしたことを理由に,同年9月19日から同年10月18日まで30日間の停学処分を受けた。

ウ その後,D及びh組の生徒1名(以下「生徒F」という。)が2年i組の生徒1名(以下「生徒G」という。)に対しても継続的な私的制裁をしていたことが判明したところ,D及び生徒Fに反省,改善がなかったため,本件高校は,同年11月22日,D及びその保護者(以下「Dら」という。)に対し,退学勧告をし,Dは,平成20年1月31日,本件高校を自主退学した。

なお,Dらは,本件高校のH校長(以下「H校長」という。)に対し,前記退学勧告の過程において,前記停学処分及び停学期間中の原告X2の指導内容に関して異議を申し立てた。

エ 原告X2は,平成19年12月20日ころ,H校長から呼び出され,Dらが問題としている原告X2の発言について質問された。

H校長の説明によれば,Dらが問題としている原告X2の発言は,停学期間中,Dが原告X2に対して「僕らをいじめて楽しいでしょう」と言ったところ,原告X2が「うん楽しいよ」と言ったこと及びDが原告X2に対して「自分たちを辞めさせたいんでしょう」と言ったところ,原告X2が「よく分かったな」(以下「本件発言」という。)と答えたというものであった。

オ 原告X2は,同月28日,H校長に対し,「D君との会話について」と題する書面(<証拠省略>,以下「本件弁明書」という。)を提出した。

カ 被告は,平成20年2月5日,原告X2に対し,9365円の懲戒減給処分(本件減給処分)を行い,「貴殿のD生徒に対する行為につき,本日付で就業規則第52条(2)の『減給』処分と決定しました。減給処分として,平成20年2月分給与から9,365円を控除します。なお,本件についての始末書を,2月8日(金)までに提出してください。」などと記載された通知書を交付した。

キ 原告X2は,同月8日,H校長に対し,「この度はD君への私の言動は,配慮に欠けたものでありました。」などと記載した同月6日付けの始末書(以下「本件始末書」という。)を提出した(<証拠省略>及び原告X2本人)。

ク 被告は,同月25日,原告X2に対し,本件減給処分による9635円を控除した賃金を支払った。

(3)  被告による継続雇用制度の導入(<証拠省略>)

被告は,平成18年8月ころ(<証拠省略>),それまでの就業規則を変更し,以下の継続雇用制度(以下「本件制度」という。)を導入した就業規則(以下「新就業規則」という。)を同年4月1日から施行した。

ア 定年到達者が定年退職日以降も引き続き勤務を希望し,かつ,第4項に掲げる基準にいずれも該当する場合は,下表の生年月日に応じ,それぞれの満年齢に達した年度の末日まで再雇用する(22条2項本文)。

イ 第2項に定める再雇用の対象となる基準は,次の各号のとおりとする(抜粋。22条4項)。

過去10年間に,第52条に定める懲戒処分を受けていないこと(3号)

(4)  被告の再雇用拒否

ア 原告X2は,平成20年10月10日,個人意向調査表において,被告に対し,平成21年度以降,高年齢者雇用安定法に基づき,定年退職後の雇用延長を申し出た(<証拠省略>)。

イ 被告は,平成21年2月23日,原告X2に対し,再雇用しない旨を通知した。

2  争点

第一事件の争点は,(1)本件減給処分の有効性等,(2)被告の原告各組合に対する不当労働行為の成否等,(3)原告らの各損害額であり,第二事件の争点は,(4)本件制度の有効性(主位的請求及び予備的請求),(5)本件制度が無効である場合の効果(主位的請求及び予備的請求),(6)損害額(予備的請求)であり,以上の各争点についての当事者の主張は,以下のとおりである。

(1)  争点(1)について

ア 被告

(ア) 本件減給処分以前の状況

原告X2は,本件譴責処分に係る弁明書(<証拠省略>)及び始末書(<証拠省略>)において,生徒に精神的苦痛を与えてしまったこと及び保護者にも不信感を与えてしまったことについて謝罪するとともに,前記始末書において,「このような過ちは二度と繰り返さないよう自己の言動に十分に注意することを肝に銘じ」「この度の反省を生かして日常の教育活動に一層励む」と記載し,学校関係者に対しても反省及び謝罪の態度を明確にした。

それにもかかわらず,原告X2は,本件譴責処分以降も生徒の言い分を聞かない,授業その他の指導の際,生徒の発言を初めから否定し,積極的に聞き入れようとしないなど,h組の担任として生徒からの信頼が得られなかったため,H校長は,I学年主任(以下「I」という。)に対し,原告X2の補佐をするよう指示した。

しかし,原告X2は,こうしたH校長らの指導にもかかわらず,その後も生徒に対する指導方法を改善しなかったため,結局,生徒からの不信感が払しょくされることはなく,Iがh組の生徒を事実上指導せざるを得ない状況となった。これは,Dが原告X2に対しては第2・1(2)記載の事実を認めなかったが,Iに対しては素直に当該事実を認めた点にも表れている。

(イ) 本件減給処分の対象事実

a Dのノートの紛失における原告X2の対応

原告X2は,停学処分中,Dから,施錠していたロッカーから英語のノートがなくなった旨の相談を受けたため,Dに対し,自宅を探すよう指示した。Dは,原告X2に対し,自宅にはなかった旨報告したが,原告X2は,これを放置し,何らの対応もとらなかった。これは,「本人のみならずクラス及び学年に呼びかけて捜索する」という本件高校における紛失時の対応に関する決まり(以下「本件ルール」という。)を無視するものであり,まさに生徒指導上の問題であって,このことは,その後,Dが被差別感を非常に強調して本件高校に訴えたことからも明らかである。

この点につき,原告X2は,この不適切な対応を認め,本件弁明書に「クラス及び学年生徒に探すようには呼びかけなかったことは申し訳なかったことだと思います。」と記載している。

なお,仮に原告X2が主張するようにDが原告X2に対して自宅にはなかった旨報告していないのであれば,原告X2自らがDに対して報告を求めるべきであって,原告X2の弁解は不当な責任転嫁であるというほかない。

b 本件発言

原告X2は,前記aに引き続き,Dに対し,学内での謹慎として奉仕活動である校内清掃等をさせていた際,Dが「自分たちを辞めさせたいんでしょう」と言ったところ,「おお,よく分かったな」と平然と教育指導上不適切な回答をし(本件発言),これは,言葉による暴力ともいうべきものである。Dらは,原告X2のこのような教育指導上の不適切な言動に強く抗議し,神奈川県学事振興課に対しても苦情を申し入れた。

(ウ) 本件減給処分の有効性

以上のとおり,原告X2は,本件譴責処分の際,生徒に対して精神的苦痛を,保護者に対して生徒指導への不信感を与えたことを十分反省し,今後はそのような過ちを繰り返さないことを誓約したにもかかわらず,再びDに対して教育指導上の不適切な行為に及び,D本人のみならず,その保護者の本件高校に対する不信感をも醸成させた。特に,指導対象となる生徒が非行による停学処分中であれば,教育指導においては慎重に対処し,気配りをすることが求められるにもかかわらず,原告X2は,Dに対し,本件高校が退学処分をする,ないしはDが自主退学するしかないかのごとき発言をしたこと(本件発言)は,担任教師としての教育指導上あるまじき行為である。

したがって,原告X2の本件発言は,「懲戒を受けたにもかかわらずなお改悛の見込がないとき。」(就業規則51条8号),かつ,同条5号の「教職員としてふさわしくない著しい素行不良のとき。」に準ずる行為(同条12号)に該当するところ,本件譴責処分と同種事案を発生させたことに照らし,被告は,原告X2に対し,本件減給処分をしたものであるから,本件減給処分は,有効である。

なお,本件減給処分については,H校長が原告X2と再三面談をしてその弁明を聞き,本件弁明書も提出させた上で行ったものであるから,具体的な懲戒事由が示されていないということはあり得ない。実際,原告X2は,本件始末書において,反省の意を示しているのであって,仮に原告X2自身がどのような行為を理由に本件減給処分を受けたのかが分からなければ,本件弁明書や本件始末書を提出できるはずがないし,提出するはずもない。

イ 原告X2

(ア) 就業規則上の根拠の欠如

本件減給処分通知書には,第2・1(2)カのとおり,原告X2のどのような行為が懲戒事由を定めた就業規則51条の何号に該当するのかがまったく示されていない上,被告は,本件減給処分を通知した際も,原告X2に対し,「D君に対して言ったことは…とるべき行為ではなかった」「英語のノートがなくなったこともあって対応がよくない」などとあいまいに述べただけで,原告X2の行った行為のうちいかなる具体的な行為がその対象事実とされたのか,当該行為が就業規則51条の何号に該当するのかを説明しなかった。

なお,被告が本件減給処分の根拠として主張する就業規則51条8号は,どのような行為が「なお改悛の見込のないとき。」に該当するのかが客観的に何ら特定されていないから,懲戒処分の根拠・基準となし得る「規範」たり得ず,当該規定自体が無効である。

また,被告が本件減給処分の根拠として主張する同条5号も,私生活上の非行を指すものと解釈されるから,被告主張の本件減給処分の対象事実が同号に「準ずる行為」(同条12号)に該当する余地はない。

以上より,本件減給処分は,就業規則上の根拠を欠き,違法,無効である。

(イ) 懲戒権の濫用

原告X2は,停学期間が満了した後の学内謹慎期間中,Dに対し,奉仕活動の一環として清掃作業に従事させていたところ,それを嫌がったDから執拗に絡まれたため,早く清掃作業を終わらせるように促す中で本件発言のような対応をしたが,本件発言のような対応は,教師に対して反抗的で,その指示に頭から従おうとしない問題のある生徒を指導する際の言動としてやむを得ないものであり,特段非難することはできない。原告X2は,学内謹慎期間中,Dと一緒に草取りをしながら植物の名前を教えたり,反省文や作文を書かせながら将来の夢を聞くなどし,停学の機会を利用して最大限のコミュニケーションを取ってDが復学できるよう努力していたのであり,教師としてその責務を果たしてきた。

また,Dの英語のノート紛失に係る原告X2の対応についても,そもそも,原告X2は,Dから自宅にはなかった旨の報告を受けておらず,前提事実自体に誤りがあり,そうである以上,原告X2がこれを放置したという事実はない上,Dからの報告がなかったため,原告X2が自宅にノートがあったと考えるのも通常のことである。なお,本件高校において本件ルールはなく,教職員がケースバイケースで対応していたから,原告X2の対応がこれに反したという事実もない。

さらに,H校長は,本件発言直後にDから苦情があったことに応じて原告X2の事情聴取をした際,慎重に対応するよう口頭での注意を行ったのみで,弁明書や始末書の作成等を指示しなかったから,そもそも,H校長には原告X2の発言内容が懲戒処分の対象となるべきものであるとの認識がなかったというべきである。

加えて,本件減給処分は,Dらが神奈川県学事振興課等への苦情申入れを行ったという事態の収拾を図る目的で特別に行われたものである。

したがって,仮に原告X2に何らかの懲戒事由が認められたとしても,本件減給処分は,以上のような本件発言の性質・態様,本件制度の下では懲戒処分の内容如何にかかわらず職員の再雇用の欠格事由になることなどにより原告X2が受ける物質的・精神的被害の重大性,事実調査や弁明弁護の手続の欠如などに照らし,客観的,合理的で社会通念上相当なものと認められないから,懲戒権を濫用したものとして違法,無効である。

なお,被告は,後記(2)ア(カ)のとおり,原告各組合からの再三にわたる団体交渉(以下「団交」という。)申入れを頑なに拒否し,本件減給処分を強行するという不当労働行為を行っており,この点も懲戒権の濫用の一要素になるというべきである。

(2)  争点(2)について

ア 原告各組合

被告は,昭和63年4月12日に結成された原告支部組合からの団交申入れに対し,団交ルールを一方的に押し付け,団交場所や団交人数等の条件に固執して誠実に団交に応じず,平成2年1月11日付けで協定が締結されてようやく労使関係が正常化した。

ところが,被告は,同年ころ,再び原告支部組合を無視する姿勢を示すようになり,平成14年以降,以下の(ア)ないし(カ)のとおり,団交の形骸化ひいては組合の弱体化を図る狙いがあからさまになった。

したがって,被告は,原告各組合の団交権及び団結権を侵害したものとして,不法行為が成立する。

(ア) 回答の遅延

被告は,毎年,春闘要求に対し,何ら合理的な理由もなく回答を3月下旬まで遅らせ,4月の賃上げ実施期間までに実質的な団交を行わせないという態度を取り続け,特に,平成15年以降,一貫して「3月31日付け回答」に固執している。

(イ) 団交の形骸化

被告は,平成15年以降,前記「3月31日付け回答」の内容を一歩たりとも譲歩しようとせず,一発回答に固執し,実際の交渉においても,平成18年度まで単に回答書を読み上げるだけの形式的な交渉に終始した。そこで,原告支部組合は,被告に対し,実質的な交渉権限と能力を有する者を団交に出席させるよう要求したが,被告は,これに一切応じなかった。

(ウ) 原告支部組合員の本件高校への隔離

被告は,本件高校がj校地に移転された平成13年以降,k校地及びl校地にいた原告支部組合員を本件高校に配置転換するなどし,原告支部組合を本件高校に隔離分断し,他校地の教職員に対する組合の影響力を減殺させ,その存在理由を失わせるとともに弱体化を図った。

(エ) 差違い条件の固執と要求取下げの強要

被告は,平成14年以降,賃上げ及び賞与について妥結する際,その条件として原告支部組合の他の要求の取下げを強要するようになった。その結果,組合は,退職金問題,駐車場利用料問題等の他の要求を取り下げなければ,賃上げも実施されず,賞与も支払われないという状況に追い詰められ,やむなく退職金等の他の要求を取り下げざるを得なくなった。被告のこのような交渉態度は,組合員にとって生活の糧である賃上げと賞与を人質に取り,他の要求の取下げを迫るものであり,組合の団結権を真っ向から否定するものである。

そもそも,単年度で解決すべき賃上げや賞与の妥結のために,年度を越えた問題である退職金等の要求の取下げを差違い条件とする被告の交渉態度には,一片の合理性もなく,組合敵視の典型的な不当労働行為である。

(オ) 原告本部組合の出席拒否

被告は,平成19年以降,団交の出席者を本件高校籍のある者に限定し,原告本部組合書記長の団交への出席を拒否し,その間,神奈川県労働委員会(以下「神奈川地労委」という。)から同書記長が出席する団交を拒否することなく誠実に応じなければならない旨の救済命令が出たにもかかわらず,同命令に対して再審査申立てをし,再審査申立てに係る中央労働委員会(以下「中労委」という。)の救済命令に対しても取消訴訟を提起しており,結局,現在に至るまで1回も団交に応じず,原告本部組合無視の姿勢を取り続けている。

(カ) 団交拒否

被告は,高年齢者雇用安定法に基づく継続雇用制度の導入に関し,原告支部組合による協議(団交)の申入れにもかかわらず,その施行日である平成18年4月1日までに原告支部組合と協議をしようとしなかった。

また,被告は,同日以降の同月6日等の原告支部組合との団交においても,本件制度の内容を変えるつもりはないとの一点張りであった。

さらに,被告は,原告各組合による高年齢者雇用安定法所定の労使協定締結に関する平成20年3月の団交申入れに対し,平成18年8月に既に就業規則の改正を実施したとして,団交に応じるつもりはなく,定年の引上げも考えていない旨回答した。

以上のとおり,被告は,高年齢者雇用安定法9条2項において求められている過半数組合(原告支部組台)との協定の締結に向けた努力を一切行っていないばかりか,当初からその意思がなかったことは明らかであり,団交拒否ないし誠実交渉義務違反として不当労働行為が成立する。

加えて,特定組合員に対してなされた配転,解雇,懲戒処分等の義務的団交事項に対する正当な理由のない団交拒否は,不当労働行為となるところ,被告は,本件減給処分及び原告X2の再雇用拒否(以下「本件再雇用問題」という。)の理由説明等に係る原告各組合の団交申入れを正当な理由なく拒否した。

イ 被告

柱書き部分は争う。

(ア) 回答の遅延について

被告は,学校法人である以上,学費,入学金等の生徒からの収入が被告の収入の大部分であるから,組合からの経済的要求に対する回答は,次年度の生徒数及び入学者数が確定する3月下旬にならなければできない上,他の私学の状況等も踏まえて検討する必要があることから,3月下旬の回答となっているにすぎない。したがって,被告は,何ら合理的理由もなく,回答を3月下旬に遅らせているわけではない。

(イ) 団交の形骸化について

被告と原告支部組合は,平成22年度の春闘要求まではすべて妥結し,協定を締結している。仮に形式的な団交であり,原告支部組合が不満を持っているというのであれば,原告支部組合が被告と妥結し,協定を締結することなどあり得ないはずである。

(ウ) 原告支部組合員の本件高校への隔離について

本件高校の移転は平成13年であるが,被告は,平成7年度から移転についての説明を行い,原告支部組合もこれに反対しなかった。むしろ,原告支部組合員の中には,移転に伴って本件高校への配置換えを希望した者までいた。

(エ) 差違い条件の固執と要求取下げの強要について

春闘要求の各要求項目について被告と原告支部組合が合意し,解決した時点で協定書を締結して被告が当該合意どおりに実施することは,労使交渉における原則どおりの対応であり,原告各組合主張の「差違い条件」でもなければ,それに対する「固執」でも「取下げの強要」でもないから,それが不当労働行為に該当することはあり得ない。

(オ) 原告本部組合の出席拒否について

被告と原告支部組合は,従前の団交において,それぞれ,組合側が原告本部組合書記長等の,被告側が弁護士等のいずれも本件高校籍を持たない者を出席させ,ある意味,空理空論のごとき議論が多々なされ,実質的に団交が進まないことから,平成2年1月11日,原告各組合と被告との間で,今後の団交の出席者は本件高校籍のある者同士で行うことが合意された(以下「本件合意」という。)。これは,被告が原告支部組合に対して多額の解決金を支払い,具体的な便宜供与をしてまで本件合意をするメリットが実質的な進展がなかった団交を改善するという点にしかないこと,同日以降平成19年3月までの17年間にわたって団交の組合側出席者がすべて原告支部組合員であり,被告側出席者もすべて本件高校職員であったことからも裏付けられる。

なお,仮に平成2年1月の時点で本件合意が成立していないとしても,原告支部組合から平成15年4月11日付けで被告に対して「執行委員が11名なので(10名から増加した),執行委員の人数分である11名を最大限の出席人数として認めてほしい」との要望が出され,被告が同年5月29日付け「回答並びに申入書」に掲げた最大9名との従前の条件を譲歩し,原告支部組合と被告が協議した結果,組合側出席者は,原告支部組合執行委員を原則とする原告支部組合員で,かつ,最大限11名とするということで合意した。

したがって,平成2年11月の時点ないし遅くとも平成15年4月の時点で,被告と原告各組合との間で本件合意が成立しており,仮に本件合意が成立していなかったとしても,団交の出席者は本件高校籍のある者に限るという団交ルールが労使慣行として成立していたというべきである。それ故,被告は,平成19年4月10日の団交において,原告支部組合員以外の者を出席させようとした原告支部組合に対し,本件合意に基づく団交,すなわち,本件高校籍のある者同士による団交を提案し,その方法であれば団交を行う旨を現在に至るまで再三通知している。

以上によれば,突如として原告支部組合員以外の者を出席させようとし,17年以上にわたる本件合意ないし労使慣行としての団交ルールを踏みにじったのが原告支部組合であることは明らかであり,これは,労使双方が労働協約又は労使慣行に基づく団交手続に従って団交を行わなければならないという団交原則に反するから,被告がこのような団交申入れを拒否し,本件合意に基づく団交方法を主張したことは正当である。また,仮に本件合意に関する被告の解釈に誤りがあったとしても,前記経緯を踏まえれば,被告の前記対応に故意,過失が存するということはできない。

(カ) 団交拒否について

否認し,争う。

(3)  争点(3)について

ア 原告ら

(ア) 原告X2の損害

本件減給処分は,前記のとおり,違法,無効である上,被告が団交に応じないまま一方的に強行実施されたものであるから,不法行為に該当する。そして,原告X2は,本件減給処分により,9365円という財産的損害を被ったのみならず,教員としての人格や名誉を毀損されるとともに,担任を外されて教師としてのやり甲斐や誇りを傷付けられるという精神的苦痛を被った。また,原告X2は,本件減給処分により,本件制度による雇用継続の期待も侵害された。

以上によれば,原告X2が違法,無効な本件減給処分によって受けた精神的損害は,100万円を下らない。

(イ) 原告各組合の損害

原告各組合は,被告の前記不当労働行為(不法行為)により,以下の損害を被ったが,本件においては,被告に対し,不可分的に,その一部である300万円の支払を求める。

a 原告各組合は,被告の組合敵視・団交拒否の姿勢を正すべく,不当労働行為救済申立てや本件訴訟提起等のための費用等,様々な取組みと出費を余儀なくされ,これらの手続を遂行するために,原告各組合として年間5名がそれぞれ300時間を超える時間を費やしており,これを時給1000円で計算しても,4年間で600万円に上り,これに本件訴訟に係る後記dの弁護土費用を除く弁護士費用を加算すると1000万円を下らない。

b また,原告支部組合員が集中するj校地の駐車場利用料は,a高校等があるk校地の駐車場利用料と対比して高額であり,原告支部組合員は,駐車場利用料の負担において差別され続けている上,被告は,この問題は団交事項ではないとして一切団交の際に取り上げず,団交による解決は不可能であった。

c さらに,前記のとおり,被告による団交の形骸化及び組合弱体化攻撃は,平成14年以降に顕在化し,特に,平成19年以降は団交ルールの構築や原告本部組合書記長の出席などを理由に一切の団交を拒否しており,1度も団交が開かれていない。このように,被告による団交拒否により,本来であれば団交によって解決されるべき事項が解決されないばかりか,交渉すらできずに放置された。これは,労働者にとって労働組合に加入する意義がまったくなくなることを意味し,労働組合としての基本的な機能を無に帰させるものである。

また,原告各組合は,前記aのとおり,被告の組合敵視・団交拒否の姿勢を正すべく,様々な取組みと出費を余儀なくされ,労働組合としての本来の活動を著しく阻害されたほか,その社会的信用や評価を著しく毀損された。

以上によれば,原告各組合は,少なくとも300万円を下らない無形の損害を被ったというべきである。

d 加えて,原告各組合は,本件訴訟追行のために弁護士費用100万円の支払を余儀なくされ,これも,被告の不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。

イ 被告

(ア) 原告X2について

原告X2は,本件譴責処分の効力を争っていないから,本件減給処分の効力如何にかかわらず,本件制度の基準(新就業規則22条4項3号)を満たさない。したがって,原告X2が本件減給処分によって雇用継続の期待を侵害されたなどということはあり得ない。

(イ) 原告各組合について

a 不当労働行為救済制度は,救済命令の履行により原状回復を図ることを目的とした制度であるのに対し,民法上の不法行為は,原状回復をしない,あるいはできないことを前提に金銭賠償を行う制度であるから,両者は両立しないものであり,仮に不当労働行為があったのであれば,救済命令の履行により不当労働行為がなかった状態(原状)に戻るから,原状回復がなされることになる。

したがって,原告各組合が主張する団交拒否が不当労働行為であれば,原告各組合が申し立てた労働委員会に対する不当労働行為救済申立事件において救済が図られるべきところ,原告各組合が申し立てた不当労働行為救済申立事件が取消訴訟として未だ東京地方裁判所に係属中(同裁判所平成21年(行ウ)第429号)である以上,前記性質を有する損害賠償請求は,そもそも失当である。

また,不当労働行為救済制度と不法行為に基づく損害賠償制度は,それぞれ制度趣旨も異なり,その成立要件も異なることから,不当労働行為に該当する行為が直ちに不法行為になるものではない。その上,仮に不当労働行為があったのであれば,不当労働行為救済制度によって救済がなされる以上,その救済によっても未だ回復されない損害があるとすれば,極めて例外的な場合に限定されるべきであるところ,原告各組合が主張するようなあいまいな無形的な損害なるものが前記場合に該当するということはできないし,この点につき立証責任が尽くされていない。

b 原告各組合は,本件高校籍のある者同士で行うという被告提示の方法では団交を行わないとしつつ,平成19年度以降の春闘要求においてはすべて被告と合意し,妥結した。したがって,原告各組合の要求についてはすべて妥結・解決済みであるから,原告各組合主張の「本来であれば団交によって解決されるべき事項が解決されないばかりか,交渉すらできずに放置された」事実はなく,原告各組合の損害は存在しない。そもそも,労使間で妥結し,決着したはずの事項について,その後,組合が損害賠償という名目で新たな要求を出せるとすれば,それは,際限ない蒸し返しを許すことになり,不当である。

また,「様々な取組みと出費を余儀なくされ,労働組合としての本来の活動を著しく阻害された」ことは,法律上の損害とはいえないし,原告各組合の主張では,労働組合としての活動にいかなる支障があったのかも不明である。しかも,労働組合活動は,当該組合の意思と選択に基づいて行われ,不当労働行為救済申立てや訴訟提起もその権利行使にすぎない以上,被告の行為との間に相当因果関係もない。

さらに,「その社会的信用や評価を著しく毀損された」ことも,原告各組合が従来いかなる社会的評価や信用を得ていたのかが不明であるし,それが「著しく毀損された」か否かも不明である。

(4)  争点(4)について

ア 原告X2

本件制度は,以下のとおり,無効であるから,法的には存在しない。

(ア) 高年齢者雇用安定法違反

新就業規則は,被告が過半数組合との実質的な協議を行わないまま一方的に作成・届出したものであり,労使協定を締結するために「努力をしたにもかかわらず協議が調わないとき」に初めて就業規則によって継続雇用制度を導入できるという要件(高年齢者雇用安定法附則5条1項,2項,高年齢者雇用安定法施行令附則5項,6項)に違反し,無効である。

(イ) 周知義務の不履行

被告は,新就業規則に変更した後も,原告支部組合員及び職員に対し,一切これを周知しなかったから,就業規則の周知を労働契約規律効の要件とする労働契約法7条,10条に違反し,無効である。

イ 被告

(ア) 高年齢者雇用安定法違反について

被告は,平成18年3月8日,同年4月4日及び同年7月26日,被告の一事業場である本件高校において職員の過半数を有する原告支部組合との間で,「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準案」を交付するなどして継続雇用制度について協議をしたが,両者間で合意に達することが不可能であることが明らかとなったため,就業規則の改正という形で継続雇用制度(本件制度)を発足させた。したがって,本件は,労使協定を締結するために「努力をしたにもかかわらず協議が調わないとき」に該当する。

(イ) 周知義務の不履行について

被告は,平成18年9月1日,被告設置校の各所属長に対し,本件制度に関する通知文を交付し,H校長は,これを受けて同月4日,職員に対して本件制度を通知するとともに,職員室内の黒板に「就業規則の一部変更について」と題する書面(<証拠省略>)を掲示するなどし,周知を行った。

(5)  争点(5)について

ア 原告X2

前記(4)アのとおり,本件制度は法的には存在しないから,新就業規則は高年齢者雇用安定法9条1項に反する結果となるところ,事業主が同項所定の高年齢者雇用確保措置を設けないまま65歳未満の定年制を維持している場合,当該定年制は,同条に反するものとして無効となり,その効果として,定年制の定めがない状態となるか,少なくとも65歳定年制が定められたものとみなされると解すべきである。なぜなら,平成16年法律第103号による高年齢者雇用安定法の改正により,同条所定の65歳までの雇用確保は,従前の事業主の努力義務から私法的強行性を有する法的義務に転換したからである。

また,同項2号所定の継続雇用制度は,原則として希望者全員が当然に継続雇用される制度であり,一旦退職した労働者を改めて採用する制度ではないから,適法な継続雇用制度が導入されなかった場合の継続雇用拒否については解雇権濫用法理が適用ないし類推適用されると解すべきであるところ,原告X2については,労働契約関係を解消させるに足りる客観的合理性や社会通念上の相当性が存在しないことは明らかである。

したがって,原告X2は,被告に対し,平成21年4月以降もそれ以前と同内容の労働契約上の地位を有する。

また,仮に原告X2の労働契約上の地位が認められないとしても,被告は,原告X2に対し,継続雇用制度を設けるなどして雇用の継続を確保すべき高年齢者雇用安定法及び労働契約上の義務があるのにこれを怠り,違法,無効な本件制度を適用して原告X2の雇用継続を拒否し,その権利を侵害したから,債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

イ 被告

高年齢者雇用安定法は,私法上の効力を有しない,いわゆる行政規範(行政法規)にすぎない。すなわち,使用者が高年齢者雇用安定法9条所定の高年齢者雇用確保措置を採らなかった場合でも,60歳定年が変更され,定年の定めがないものになるとか,定年が65歳に変更されるということはあり得ず,厚生労働大臣が同措置を採らなかった使用者に対し,指導,助言及び勧告を行えるにとどまるのであって(高年齢者雇用安定法10条),それ以上の法的効果はない。

したがって,仮に本件制度が無効であったとしても,依然として私法上の権利義務としての60歳定年制は変更されないから,原告X2の主張は,高年齢者雇用安定法の解釈を誤ったものであり,失当である。

(6)  争点(6)について

ア 原告X2

原告X2は,前記(5)ア記載の被告の債務不履行ないし不法行為により,高年齢者雇用安定法が義務付けている定年後63歳までの3年間で得べかりし賃金1888万9095円(月額賃金57万8030円×12か月×3年に対応するライプニッツ係数2.7232。1円未満切捨て)について損害を被った。

また,原告X2は,無効な本件制度に基づく再雇用拒否により精神的苦痛を被り,これを慰謝するためには300万円の慰謝料が相当である。

そして,原告X2は,被告に対し,以上の損害金合計2188万9095円の一部である1500万円及びこれに対する定年退職日の翌日である平成21年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 被告

争う。

第3当裁判所の判断

1  本件各争点の判断に先立ち,本件減給処分に至る経緯,原告各組合と被告の団交等について判断するに,第2・1記載の前提事実に,証拠(<証拠・人証省略>,原告X2本人並びに原告支部組合代表者)を総合すれば,以下の各事実を認めることができ,この認定事実を覆すに足りる証拠はない。

(1)  本件減給処分に至る経緯等

ア 本件高校への異動

原告X2は,平成元年4月1日,教職員として被告に採用され,平成14年4月1日,本件高校に異動となったが,原告X2が高校生に対して授業をしたり,生徒指導を行ったりするのはこれが初めてであった。

なお,原告X2は,平成13年4月,原告支部組合に加入した。

イ 本件譴責処分に至る経緯

(ア) 被告は,平成15年5月2日,原告X2に対し,原告X2が平成14年11月14日に本件高校1年m組教室において当時の本件高校の生徒に対してその頭髪をバリカンで刈り,体罰を加えたとして,就業規則52条に基づき,譴貴処分を行い(本件譴責処分),平成15年5月6日までに始末書を提出するよう求めた。

(イ) 原告X2は,本件譴責処分に先立つ同年4月30日,被告に対し,前記生徒に対して「私の古い価値観を押しつけ頭髪を刈る,体罰を課してしまいました。」「十分な配慮が足らず,指導に不適切な面があったと深く反省致します。」「今後,生徒に対し不快となること,不信となることは一切しないことを誓い,教育に誠心誠意邁進いたします。」などと記載した弁明書を提出した。

(ウ) 原告X2は,同年5月6日,被告に対し,前記生徒に「課した体罰は,学校教育法第11条の体罰禁止の条項に違反する行為でありました。」「今後はこのような過ちは二度と繰り返さないよう自己の言動に十分に注意することを肝に銘じ,もしも違反した場合には如何なる処分も甘受する覚悟であります。」などと記載した始末書を提出した。

ウ 本件減給処分に至る経緯

(ア) 原告X2は,平成19年4月,h組の担任となったところ,h組の生徒にDがいた。

(イ) Dは,生徒Eに対して私的制裁(いじめ)をしたことを理由に,同年9月19日から同年10月18日まで30日間の停学処分を受け,翌19日から同月25日までの学内謹慎期間を経て復学した。

なお,本件高校では,学内謹慎期間中に生徒の反省が足りないと判断されれば,その期間が1週間単位で更新され,その後も反省・改善がない場合には当該生徒に対して退学処分をするのが相当とされている。また,停学期間及び学内謹慎期間中の生徒の指導に当たるのは,主に当該生徒の担任である。

(ウ) Dは,前記停学期間中,英語の課題を提出するため,教室内の自分の鍵付きのロッカーを調べたところ,英語のノートがないことに気付いた。

その場に居合わせた原告X2は,Dに対し,自宅でも探してみるよう指導し,その日の放課後,原告X2も,再度教室内のロッカー付近を探したが,Dの英語のノートは見つからなかった。

なお,原告X2は,Dの英語のノートの紛失に関し,h組及び学年内に捜索するよう呼びかけなかった。また,h組の英語担当教師は,英語のノートの紛失を報告したDに対し,ノートの作直しを指示した。

(エ) Dは,前記学内謹慎期間中,奉仕活動として校内清掃に従事していた際,原告X2に対し,「自分たちを辞めさせたいんでしょう。」と聞いたところ,原告X2は,「おお,よくわかったな。」と答えた(本件発言)。

その直後,Dは,校長室に向かい,H校長に対し,本件発言にショックを受けた旨を訴えたため,H校長は,すぐに原告X2を呼び,Dと原告X2のやりとりについて確認した上で,原告X2に対し,「生徒たちは本音を聞き出すために冗談交じりに聞いてくる。」「非常に軽率で不用意な発言だ。」「以後,こういうことには十分注意するように。」と注意した。

なお,H校長は,この際,原告X2に対し,本件発言に関する弁明書を作成するようにとの指示はしなかった。また,H校長のような事業場の所属長は,懲戒事由に該当すると思料する行為があった場合,即座に被告に対してその旨を報告する必要があったが,H校長は,この時点で,被告に対し,本件発言について報告しなかった。

(オ) その後,D及び生徒Fが生徒Gに対しても継続的な私的制裁をしていたことが判明し,D及び生徒Fに反省,改善がなかったため,H校長は,同年11月22日,教頭及び担任である原告X2ら立会いの下,Dらに対し,退学勧告をし,これを受け入れない場合には退学処分とする旨を伝えた。

(カ) Dらは,H校長に対し,前記退学勧告の過程において,前記停学処分及び停学期間中の原告X2の指導内容に関して異議を申し立て,神奈川県教育委員会,同県学事振興課等に対し,前記退学勧告に至る経緯等について苦情を申し出た。

(キ) H校長は,同年12月3日,神奈川県から原告X2の本件発言及び英語のノート紛失時の不適切な対応に関する問合せがあったため,被告に対し,口頭で,原告X2の本件発言及び英語のノート紛失時の不適切な対応並びにこれらに関してDらから抗議があったことなどについて報告し,同月28日にも,これらと同内容の報告書を提出した。

(ク) H校長は,同月20日ころ,原告X2に対し,再度,Dらが問題としている原告X2の発言について説明した上で,その有無を確認し,本件発言等について弁明書を提出するよう指示した。

(ケ) 原告X2は,H校長の前記指示に従い,同月28日,H校長に対し,本件発言に関し,「今回の件で理解したのは,冗談が通じる生徒ではなかったということと,言葉が正確に相手に伝わっていないということを実感しました。」「D君の30日間の停学期間中の後半ごろ,停学中の行動についての私との会話の中で珍しく笑いかけながら『本当は退学すればいいと思っているでしょう。』と言ったので,冗談で笑いながら『よくわかったな。』と多分私が言ったと思います。」,英語のノート紛失時の対応に関し,「その後,彼からは家でのノートを探した結果の報告はなく,停学期間中ということもあり,クラス及び学年生徒に探すようには呼びかけませんでした。」「クラス及び学年生徒に探すようには呼びかけなかったことは申し訳なかったことだと思います。」などと記載した本件弁明書を提出した。

(コ) 被告は,平成20年2月1日,原告X2に対する本件減給処分及びH校長に対する管理責任としての口頭厳重注意を行うことを決定した。

被告法人管理第2部部長K(以下「K」という。)らは,同月5日,原告X2及びH校長を呼び出し,原告X2に対し,「貴殿のD生徒に対する行為につき,本日付で就業規則第52条(2)の『減給』処分と決定しました。減給処分として,平成20年2月分給与から9,365円を控除します。なお,本件についての始末書を,2月8日(金)までに提出してください。」などと記載された本件減給処分通知書を交付し,その内容を読み上げた。

Kは,その際,原告X2に対し,懲戒処分理由として,学内謹慎期間中にDに対する不用意な発言をし,Dらから抗議を受けると同時に結果的にはDを退学させた旨,Dの英語のノートの紛失に対する対応に不備があった旨及び本件譴責処分以降H校長等からの指導にもかかわらず反省や改悛が見られない旨を口頭で説明した。

これに対し,原告X2は,「わたし的には納得しないが,懲戒通知は受けます。」と答えた。

(サ) H校長は,同月7日,原告X2が始末書を提出しに来ないため,原告X2を呼び出してその旨を問い質した。これに対し,原告X2は,H校長に対し,「組合を通して交渉しますので,始末書は納得出来ないので出せません。」などと答えたため,H校長は,原告X2に対し,「始末書を出さないのは命令に背くことになる。」と言って,始末書の提出を促した。

(シ) 原告X2は,同月8日,H校長に対し,「この度はD君への私の言動は,配慮に欠けたものでありました。」などと記載した本件始末書を提出した。

なお,本件始末書の内容については,K及びH校長が指示したものではなく,原告X2が自主的に記載したものである。

(ス) 被告は,同月25日,原告X2に対し,本件減給処分による9635円を控除した賃金を支払った。

エ 本件再雇用問題

(ア) 被告は,平成18年8月ころ,それまでの就業規則を変更し,以下の本件制度を導入した新就業規則を同年4月1日から施行した。

a 定年到達者が定年退職日以降も引き続き勤務を希望し,かつ,第4項に掲げる基準にいずれも該当する場合は,下記の生年月日に応じ,それぞれの満年齢に達した年度の末日まで再雇用する(22条2項本文)。

b 第2項に定める再雇用の対象となる基準は,次の各号のとおりとする(抜粋。22条4項)。

過去10年間に,第52条に定める懲戒処分を受けていないこと(3号)

(イ) 原告X2は,平成20年10月10日,原告各組合を通じて,被告に対し,「高年齢者雇用安定法に基づき,60歳定年後の雇用延長を願い出ます。」などと記載した個人意向調査表を提出した。

(ウ) 被告は,平成21年2月23日,原告X2に対し,「平成21年3月末日をもって定年となります」「なお,再雇用は致しませんので念のため申し添えます。」などと通知した。

(エ) 原告X2は,同年3月31日,被告を定年により退職した。

(2)  原告各組合と被告の団交等

ア 原告支部組合の結成及び平成2年までの団交の状況等

(ア) 原告支部組合は,昭和63年4月12日,本件高校の教職員を中心に結成され,原告本部組合に加入し,そのころ,被告に対し,結成通知とともに原告各組合連名による団交申入れを行った。

(イ) 原告支部組合結成後,原告各組合と被告の団交は,団交場所や団交人数について紛糾し,議題になかなか入れないという状況が続いた。

なお,このころの団交には,組合側の団交要員として,原告支部組合員のほか,原告本部組合委員長や同書記長J(以下「J書記長」という。)も出席していたが,被告が原告本部組合員の出席について異議を申し入れることはなかった。

(ウ) 原告支部組合は,前記(イ)の団交状況に鑑み,昭和63年,被告を被申立人として,神奈川地労委に対し,不当労働行為救済申立てを行い(神労委昭和63年(不)第16号不当労働行為救済申立事件),神奈川地労委は,平成元年12月6日,原告支部組合の申し入れる団交において,場所,人数等について被告の提示する条件のみに固執することなく,誠意をもってこれに応じなければならないことなどを内容とする救済命令を発した。

イ 平成2年1月11日の和解

(ア) 被告は,前記ア(ウ)の神奈川地労委の救済命令を不服として中労委に再審査を申し立てたが(中労委平成元年(不再)第120号事件),被告と原告各組合は,平成2年1月11日,被告と原告支部組合が「かねて係争中の労使問題に関し,この期間協議の結果,(省略)係争の円満解決をはかるため下記の内容を合意した。」として,以下の内容(抜粋)の協定書を締結するとともに(以下「平成2年和解」という。),同日付けの確認書を取り交わし,原告各組合の要求する事務所の貸与等について取決めをした。

a 「団体交渉は,今後学園内でおこなうものとし,具体的場所・交渉人数については協議する。」(4条)

b 「今般の紛争の事後処理として次の措置をとる。」(5条)

① 被告は前記「中労委(不再)第120号事件を(省略)取り下げる。」(同条イ)

原告支部組合は「神労委平成元年(不)第11号事件を(省略)取り下げる。」(同条イ)

原告支部組合は「神労委昭和63年(不)第16号事件の命令の履行を求めない。」(同条イ)

② 被告は原告支部組合に対して「解決金として金500万円を(省略)支払う。」(同条ロ)

(イ) なお,平成2年和解は,被告と原告各組合が事前に話し合って作成したメモに基づいてなされたものであったが,この際,被告から本件高校籍のない者を団交要員から外すという話は出なかった。

(ウ) 平成2年和解以降,J書記長を始めとする原告本部組合員は,被告との団交に出席しなくなった(なお,証人Jは,その証人尋問において,平成2年和解以降も被告との団交に出席していた旨証言する一方,その反対尋問において,平成2年和解以降本件高校籍のある者以外は団交に出席しなくなった,組合側は原告支部組合員が団交に出席していたなどと矛盾した証言をしている上,神奈川地労委において平成19年11月19日に行われた審問において,いずれの団交に出席したのかの記憶があいまいであり,平成2年和解以降に被告側団交要員として出席していた者や議題事項等についても記憶がはっきりしないことが認められるから[<証拠省略>],証人Jの平成2年和解以降も被告との団交に出席していた旨の前記証言は信用することができず,したがって,これと同旨の供述をする原告支部組合代表者の供述も信用できない。なお,証人Jが証言する当時の組合事務所の状況等は,実際に組合事務所を見ずに原告支部組合員等から説明を受けただけでも証言することは可能な程度のものであると解されるから,前記信用性の判断に影響を及ぼすものではない。)。

ウ 平成2年和解以降平成19年4月10日以前の団交状況

原告支部組合と被告の団交は,賃上げ及び一時金に関し,平成13年ころまでは,被告の団交前の回答と対比して加算金や住宅手当等を増額するという形で多少なりとも団交による前進が見られたものの,平成14年以降,以下のような状況が見られるようになった。

(ア) 団交における被告の交渉態度等

原告支部組合は,毎年4月25日の昇給実施に間に合わせるため,毎年2月下旬ころから3月上旬ころ,被告に対し,春闘要求として賃上げ及び3月中旬ころの団交開催を求める旨の要求書を送付していたが,被告が毎年3月下旬以降に回答し,平成15年以降においては毎年3月31日付けで回答するようになったため,毎年4月以降に団交を実施せざるを得なくなった。そして,原告支部組合と被告が前記昇給実施日以前に妥結できたのも,平成15年及び平成16年のみであり,それ以外の年は6月にまでその妥結時期がずれ込み,その分,原告支部組合員の昇給の実施が遅れる結果となった。

また,被告は,団交において,原告支部組合が前記回答の理由や根拠の説明を求めても,何ら具体的な根拠資料を示さないまま「回答書のとおりです。」「回答書に記載されている以上の説明はできません。」「前回のとおりです。」などと説明するという態度に終始した。原告支部組合と被告は,毎年賃上げ及び一時金について妥結し,協定書を締結していたものの,いずれも被告の前記回答書の内容どおりに妥結したものであり,団交による前進は一切見られなかった。

さらに,被告は,原告支部組合と賃上げや一時金について妥結する際,賃上げや一時金についてのみ合意し,退職金や駐車場利用料等の原告支部組台のそれ以外の要求については継続して交渉するという考えを持っておらず,すべての要求事項について決着した時点で協定書を締結するという態度を明らかにしていた。そのため,原告支部組合は,一時金に関する団交においても,一時金を住宅ローンの弁済に充てるなどこれを生活給の一部とする組合員も存在したため,一時金が所定の支給日に支給されるよう,その支給時期が近づくと一時金以外の要求を取り下げるなどして被告と妥結していた。

なお,原告支部組合と被告の団交は,後記ウのとおり,平成19年度以降平成22年度に至るまで一切開催されていないものの,毎年賃上げ及び一時金に関しては妥結し,協定書を締結している。もっとも,被告の回答時期や妥結内容,態度等に係る前記状況に変化はない。

(イ) 原告支部組合員の異動

被告は,平成14年,本件高校のk校地からj校地への移転を完了させたところ,これに伴い,n校地に所在する本件専門学校等に勤務していた原告支部組合員1名を,k校地に所在するa高校等に勤務していた原告支部組合員2名を,それぞれj校地に異動させた。

そして,k校地に残った原告支部組合員3名は,平成15年4月18日,一身上の都合を理由として,原告支部組合を脱退した。

その結果,現在では,原告支部組合員は,全17名のうち16名がj校地に勤務し,残りの1名がn校地に勤務している。

(ウ) 不当労働行為救済申立て

原告各組合は,駐車場利用料や退職金に関する団交が一向に進展しないことなどから,平成19年,神奈川地労委に対し,被告を被申立人とする不当労働行為救済申立てを行った(神労委平成19年(不)第6号事件,同19号事件,以下「本件地労委事件」という。なお,原告各組合は,他に同8号事件の申立てを行ったが,平成19年8月7日に成立した当庁における裁判上の和解で取下げが合意された。)。

エ 平成19年4月10日以降の団交状況

(ア) 原告支部組合と被告は,平成19年4月5日,同月10日の団交に向けた事務折衝を行った。

その際,被告は,原告支部組合に対し,被告の組織変更により,今後の団交には課長級以上の者が出席する旨説明した。他方,原告支部組合からは,被告に対し,今後,団交の出席者が変更するとか,原告本部組合員も出席するなどといった説明は一切なかった。

(イ) 前記のとおり,原告本部組合員は,平成2年和解以降,被告との団交に出席しておらず,原告各組合側も被告側も本件高校籍のある者のみで団交を行っていたが,平成19年4月10日,被告側団交要員であるKらが団交場所である組合事務所に赴くと,原告本部組合員であるJ書記長が組合事務所にいた。

そこで,Kらは,一旦席を立ち,従前の団交に原告本部組合員が出席していなかったことを被告に確認した上で,原告各組合の団交要員に対し,「学園籍のある者で団交を行いたい。」,J書記長が「学園籍のある者ではないので団交は開けない」と説明し,組合事務所を退出した。

(ウ) 原告支部組合と被告は,その後,団交に向けた事務折衝を少なくとも2回行ったが,原告支部組合がJ書記長が団交に出席する旨説明すると,被告がそれでは団交を開催できないなどと回答し,団交要員に関する話合いは平行線のままであった。

(エ) 被告は,原告支部組合に対し,それぞれ,同年5月9日付け書面で「団体交渉等を含む労使双方のルールを取り決めしたく思います。(省略)団体交渉につきましては(省略)従前のやり方を基本にしていきたいと考えますので,貴組合にそのご用意がございましたらお申し出下さい。」,同月16日付け書面で「学園は団体交渉自体を拒否しているのではなく,10年以上継続したルールに従った団体交渉を求めているものであります。」,同月22日付け書面で「再三にわたり,学園は(省略)労使問のルール構築について申し入れているのですから,かような抗議や申入れを行う前に,学園の同申入れに対し誠実に文書による回答をして下さい。」などと申し入れた。

これに対し,原告支部組合は,被告に対し,同年6月11日に至っても,未だに被告の前記各申入れに対する回答をしなかった。

(オ) 被告は,原告支部組合に対し,平成20年2月以降も,書面により,度々,本件高校籍のある者同士による団交を申し入れたが,J書記長の出席を条件とする原告各組合側と折り合わず,団交は開催されなかった。

(カ) 神奈川地労委は,同年7月15日,本件地労委事件に関し,被告は原告各組合「からの団体交渉要求に対し,団体交渉等を含む労使双方のルールを構築しなければ交渉はできないとしてユニオンちれん書記長が出席する団体交渉を拒否(省略)することなく,誠実に応じなければならない。」(主文第1項)ことなどを内容とする救済命令を発した(以下「本件地労委命令」という。)。

被告は,同月17日,中労委に対し,本件地労委命令について再審査申立てを行った(中労委平成20年(不再)第26号事件,以下「本件中労委事件」という。)。

(キ) 被告は,原告支部組合に対し,同年8月5日付け書面で,本件地労委命令について中労委に再審査申立てをしたため「団体交渉の開催方法等については同事件の最終決着を待ち対応します。」「従来どおりの方式による団体交渉であれば,学園はこれに対処します」などと通知した。

(ク) 被告は,原告支部組合に対し,同年9月以降,度々,団交のあり方について事務折衝を申し入れたが,原告各組合は,被告がJ書記長の出席する団交に応じる意思が明らかになった場合には事務折衝に応じるなどとして,これを拒否した。

(ケ) 被告は,原告支部組合に対し,平成21年6月25日付け書面で「学園と貴組合との団体交渉を振り返ると,平成2(省略)年1月11日の協定書締結以降,貴組合が労働委員会に提訴した平成19(省略)年2月までの18年間に亘り,脈々と積み重ねられてきた団体交渉の方法が,まさしく『労使慣行』でありルールです。」「学園は,そういう観点から『学園籍のある者同士の団体交渉』を主張しているのであり,18年間に亘る労使慣行(ルール)を突然破ったのは貴組合ではないでしょうか。」などと通知した。

(コ) 中労委は,同年7月1日,本件中労委事件に関し,被告の再審査申立てを棄却した上で,本件地労委命令の主文について,被告は原告支部組合「以外の者が参加することは団体交渉ルールに反するなどとして拒否してはならず,誠実に応じなければならない。」などと一部訂正した(以下「本件中労委命令」という。)。

(サ) 被告は,原告支部組合に対し,同年8月20日付け書面で,被告は本件中労委命令については「その最終確定(取り消し訴訟を含む)をもって対応いたします。」「団体交渉の申し入れについては,(省略)『学園籍のある者同士による団体交渉』により行いたく申し入れ致します。」「少なくとも事務折衝については,従前どおりのメンバー(学園籍のある貴支部委員長,書記長と学園人事担当者)で行うことに何ら支障はないと考えます。」などと通知した。

なお,現在,本件中労委命令の取消訴訟が東京地方裁判所に係属している。

オ 継続雇用制度の導入に関する団交状況

(ア) 原告支部組合は,高年齢者雇用安定法の改正に伴い,平成18年4月1日から65歳までの雇用確保措置が義務付けられるようになるにもかかわらず,被告から何らの通知や協議申入れがないことから,同年2月13日付け書面で「貴学園では同法律で示されている雇用確保手段(①定年の引上げ②継続雇用制度の導入③定年の定めの廃止)のうち,何れの方法を実施する予定なのかを質問致します。継続雇用制度を導入し,その対象となる高年齢者に係る基準を設ける場合には労使間での十分な協議を必要としますので,もし同手段が実施予定であるならば,早急に協議をする機会を設定して頂きたく申し入れます。」などと通知した。

(イ) 被告は,同年3月8日,原告支部組合に対し,同月以前に作成していた被告の継続雇用制度の基準案(内容は本件制度と同様のもの,以下「被告案」という。)を示し,一通りその内容を説明した。これに対し,原告支部組合は,被告に対し,被告案についていくつか質問し,その後,被告案を検討した上で文書を提出する旨回答した。

(ウ) 原告支部組合は,同月17日,被告に対し,被告案の「過去10年間に,第52条に定める懲戒処分を受けていないこと」を「第52条に定める懲戒処分を受けた回数が3回以内のもの」と修正することなどを提案する旨の意見書(以下「原告支部組合案」という。)を提出するとともに,原告支部組合案に基づく協議を申し入れた。

(エ) 被告と原告支部組合は,同年4月4日,協議の場を持ち,原告支部組合は,被告案についていくつかの意見を述べたが,被告は,被告案を変更するつもりはない旨回答した。

(オ) 被告と原告支部組合は,同年7月26日,再度協議の場を持ち,原告支部組合は,被告案では原告X2が前記(ウ)記載の基準を満たさないことになるので再考してほしいなどと意見を述べたが,被告は,被告案を変更することはできない旨回答した。

(カ) なお,被告は,同年4月1日以前の段階で,既に本件高校を除く被告の設置校の労働組合代表者との間で,被告案を導入することで合意をしており,本件高校を含む被告全体として同じ継続雇用制度でなければならないとの方針から,原告支部組合といくら協議を重ねても,被告案を変更することはできないと考えていた。

(キ) 被告は,同年8月ころ,継続雇用制度について原告支部組合との協議が整わず,合意に至らなかったと判断し,就業規則を変更する形で本件制度を導入し,これを同年4月1日から施行した。

これに対し,原告支部組合は,被告に宛てた同年8月4日付け意見書で,本件制度が就業規則を変更する形で導入されたことに関し,「労使間での協議がなされず就業規則に盛り込まれた事は誠に遺憾である。」との意見を記載していた。

カ 本件減給処分及び本件再雇用問題に関する団交状況

(ア) 本件減給処分について

a 原告各組合は,平成20年2月7日付け申入書において,被告に対し,至急本件減給処分について団交を開き,詳しい説明をするよう申し入れた。

b 被告は,同月8日付け回答書において,原告支部組合に対し,本件減給処分についてはその対象,事由を含めて原告X2に通知して説明しているため,原告X2から十分に事情を聴取し,原告支部組合が本件減給処分についてどのように考えるのかを文書で明確にするよう求めた。

c 原告各組合は,同月14日付け申入書において,被告に対し,原告X2が本件減給処分に納得しておらず,処分理由やそれが就業規則51条のいずれに該当するのかが本件減給処分通知書に記載もなく,説明もされていないところ,これは,原告X2の労働条件に関わる問題であるため,同月25日以前に団交を開催して説明するよう求めた。

d 被告は,同月15日付け回答書において,原告支部組合に対し,本件減給処分は同月5日をもって完結しているとした上で,本件始末書を確認するよう求めた。また,被告は,同月22日,原告支部組合に対し,本件減給処分の就業規則上の根拠につき,原告X2が過去に本件譴責処分を受けたにもかかわらず再び生徒指導上の問題を発生させたことから「懲戒を受けたにもかかわらずなお改悛の見込がないとき。」(就業規則51条8号)を適用した旨などを回答した。

(イ) 本件再雇用問題について

a 原告各組合は,平成21年2月25日付け抗議文において,被告に対し,前記(1)エ(ウ)の通知を撤回し,高年齢者雇用安定法の趣旨に基づき原告X2を再雇用するよう抗議し,同年3月10日付け抗議並びに団交申入書において,原告X2を再雇用しないのであればその理由を団交で説明するよう求めた。

b 被告は,同月17日付け回答書において,原告支部組合に対し,本件再雇用問題は新就業規則22条に基づいて手続を行った旨及び本件高校籍のある者同士による団交であれば今後も行う旨等を回答した。また,被告は,同年4月4日付け回答書において,原告支部組合に対し,原告X2は新就業規則22条4項に該当しないため再雇用しなかった旨等を回答した。

2  争点(1)について

(1)  一般に,使用者は,労働契約関係に基づいて企業秩序維持のために懲戒権を有しており,懲戒権の発動として懲戒処分を行うか否か,懲戒処分を行う場合にいかなる懲戒処分を選択するかは,使用者の裁量に任されていると解されるから,使用者がその裁量権の行使として行った懲戒処分は,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会観念上著しく相当性を欠くと認められる場合に限り,懲戒権の濫用として無効であると解される。

もっとも,減給処分が,従業員としての地位を失うという重大な結果を生じさせる解雇処分とは異なり,単に一定の期間,かつ,一定の割合で賃金等を減額するにとどまることからすれば,減給処分においては,企業秩序維持という目的に照らして裁量的判断を加える余地が比較的広く認められると解するのが相当である。

(2)  以上を前提に本件減給処分の有効性について検討するに,確かに,被告が本件減給処分の理由の1つとして主張する,Dの英語のノートの紛失時の原告X2の対応については,仮に本件高校に本件ルールが存在していたとしても,第3・1(1)ウ(ウ)のとおり,h組の英語担当教師がノートの作直しを指示したのみで,本件ルールに基づいた対応をとっていないこと,それにもかかわらず,当該教師は懲戒処分や注意すら受けなかったことがうかがわれることとの均衡を考慮すれば,原告X2の対応のみを本件ルールに反しているとして懲戒処分の対象とすることには疑問が残る。

しかしながら,第3・1(1)の各認定事実,特に,いかなる理由,状況であれ,教職員として生徒に対してしてはならない言動があるというべきところ,学内謹慎期間の態度次第では退学処分もあり得るため,今後の処遇について神経質になっていると容易に予測し得るDに対し,Dの指導に当たる担任である原告X2が自主退学することを願っているかのごとき発言(本件発言)をすることは,原告X2が主張するように問題のある生徒の対応に努める中で出てしまった発言であったとしても,教職員としてあるまじき発言であったといわざるを得ないこと,本件発言はその内容からして当該生徒及びその保護者に不信感を与えるものというべきであり,本件では最終的に神奈川県に苦情を申し出られるという事態にまで発展したことに加え,原告X2が過去に生徒に対する体罰を理由として本件譴責処分を受けていることからすれば,本件発言は,少なくとも懲戒事由について定める就業規則51条8号所定の「懲戒を受けたにもかかわらず改悛の見込のないとき。」に該当すると認めるのが相当である。そして,以上の事情のほか,被告の就業規則(<証拠省略>)の定める懲戒処分は,譴責,減給,昇給停止,降職,停職,諭旨免職,懲戒解雇があるところ,減給は譴責に次ぐものと位置付けられていること,本件減給処分の内容及び程度がわずか9365円の減給1か月という比較的軽微なものにとどまることを併せ考慮すれば,結果として本件制度の下,本件譴責処分とともに原告X2の再雇用が認められなくなる事由になるとしても,本件減給処分は,被告の秩序維持のためにやむを得ないものであったというべきであり,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会観念上著しく相当性を欠くということはできない。

したがって,本件減給処分は有効であり,この点に関する原告X2の主張は理由がない。

(3)  原告X2の主張について

ア 原告X2は,第2・2(1)イ(イ)のとおり,①本件発言はやむを得ないものであり,特段非難することはできないこと,②H校長はそもそも本件発言が懲戒処分の対象となるとの認識を有していなかったこと,③本件減給処分はDらの苦情申入れという事態の収拾を図るという目的で特別に行われたこと,④被告が本件減給処分に係る再三にわたる団交申入れを拒否するという不当労働行為を行ったことなどから,本件減給処分は,懲戒権の濫用として無効である旨主張する。

しかしながら,前記①については,前記説示のとおり,いかなる理由,状況であれ,教職員として生徒に対してしてはならない言動があるというべきなのであって,本件発言について特段非難することができないなどということはできない。また,前記②についても,第3・1(1)ウ(エ)記載の認定事実によれば,確かにH校長が当初本件発言について懲戒処分に該当すると認識していなかったことは認められるものの,そもそもH校長は本件高校という事業場の所属長にすぎず,原告X2に対する懲戒処分者ではないし,その後Dらが神奈川県に苦情を申し出るという事態にまで発展したことに照らし,H校長がその時点で本件発言が懲戒処分に該当すると思料したとしても何ら不自然,不合理ではないから,前記結論を覆すものではない。さらに,③については,前記のとおり,Dらの苦情申入れという事態を1つの契機として被告が本件減給処分を検討したことまでは認められるものの,このことから直ちに本件減給処分が事態の収拾を図るという目的で特別に行われたとまでは推認することができず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はないから,原告X2のこの点についての主張は前提を欠くというべきである。そして,④については,確かに,本件減給処分が平成20年2月5日になされ,その後の同月8日及び同月14日になされた原告各組合の団交申入れに対し,被告は,本件減給処分が同月5日をもって完結しているなどとしてこれに応じなかったこと自体は,後記4のとおり,不当労働行為に該当すると認めるのが相当であるが,被告の就業規則には,懲戒処分を行うにつき,労働組合の同意等を要することを定めた規定はなく(<証拠省略>),他にこれらを要すると解すべき根拠もないこと,後記イで説示するとおり,原告X2に対しては本件減給処分の理由を説明していると認められることからすれば,本件減給処分決定後に原告各組合が本件減給処分について説明を求めた団交に被告が応じなかったことをもって,本件減給処分を無効とするほどの重大な手続上の瑕疵があったとまではいえない。また,本件制度の下では,懲戒処分の内容如何にかかわらず,職員の再雇用の欠格事由になるとしても,前記(2)で説示した本件発言の問題性等に照らせば,本件減給処分は,懲戒権の濫用となるような過重な処分とはいい難い。

したがって,原告X2が主張する前記各点は,いずれも本件減給処分が有効であるとの前記結論を覆すものではなく,理由がない。

イ 原告X2は,第2・2(1)イ(ア)のとおり,本件減給処分通知書には,原告X2のどのような行為が就業規則51条の何号に該当するのかが示されておらず,本件減給処分を通知した際も,これらの点に関する説明がなかった旨主張する。

確かに,第3・1(1)ウ(コ)のとおり,被告は,本件減給処分通知書上においても同通知書交付の際の説明においても,原告X2に対し,いかなる具体的行為が就業規則51条の何号に該当するのかについては説明していない。

しかしながら,Kらは,同(コ)のとおり,本件減給処分通知書交付の際,原告X2に対し,本件減給処分の理由については説明しており,原告X2は,これに対して「わたし的には納得しないが,懲戒通知は受けます。」と答えていると認められるのであり,原告X2本人尋問の結果によれば,原告X2は,Kらによる本件減給処分の理由に関する説明は理解できたものの,自らが本件減給処分を受けることに納得できるような説明ではなかったことからこのような発言をしたことが認められる上,原告X2は,同(エ)のとおり,Dへの本件発言直後にH校長から本件発言について問い質されていること,同(ケ)のとおり,本件減給処分以前において,本件発言及び英語のノート紛失時の対応等について個別具体的に触れた本件弁明書を提出し,同(シ)のとおり,本件減給処分後においても,「この度はD君への私の言動は,配慮に欠けたものでありました。」などと記載した本件始末書を提出していることからすれば,本件減給処分通知書自体に記載はないものの,被告は,本件減給処分をするまでに,原告X2に対し,本件減給処分の対象となる行為を具体的に開示したと評価するのが相当である。

以上からすれば,本件減給処分通知書上に原告X2の行為が就業規則51条の何号に該当するのかについて説明がなかったことが手続上の瑕疵に該当するとしても,本件減給処分を無効とするほどの重大な手続上の瑕疵であるとまではいえず,本件減給処分が有効であるとの前記結論を覆すものではない。

ウ 原告X2は,第2・2(1)イ(ア)のとおり,就業規則51条8号が懲戒処分の根拠・基準となし得る「規範」たり得ず,当該規定自体が無効である旨主張するが,就業規則51条8号のような規定は,就業規則において定められる懲戒処分事由として一般的に見られるものであって,原告X2のこの点に関する主張は,独自の見解であって,採用することができない。

(4)  したがって,本件減給処分は有効であるから,その余の点(争点(3)のうち原告X2に係る部分)について判断するまでもなく,原告X2の慰謝料請求は理由がない。

3  争点(5)について

(1)  第3・1(1)エ(エ)のとおり,原告X2は,平成21年3月31日,被告を定年により退職した者であるところ,本件譴責処分及び本件減給処分が有効である以上,過去10年間に懲戒処分を受けたことになり,本件制度の欠格者となる。この点,原告X2は,第2・2(5)アのとおり,高年齢者雇用安定法9条1項違反の効果として,定年制の定めがない状態となるか,少なくとも65歳定年制が定められたものとみなされる旨主張する。

(2)  そこで,高年齢者雇用安定法9条1項が私法的強行性を有するか否かについて検討するに,同項の規定上,これに違反した場合に,労働基準法のような私法的効力を認める旨の明文規定も補充的効力に関する規定も存在しない。また,同項各号の措置に伴う労働契約の内容や労働条件について規定していない。むしろ,継続雇用制度について,現に雇用している高年齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度であると定義付けるだけで,制度内容を一義的に規定せず,多様な制度を含み得る内容となっており,直ちに私法上の効力を発生させるだけの具体性を備えているとは解し難い。このように,同項の規定自体,私法的強行性を認める根拠は乏しいといわなければならない。

しかも,高年齢者雇用安定法は,定年の引上げ,継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進,高年齢者等の再就職の促進,定年退職者その他の高年齢退職者に対する就業の機会の確保等の措置を総合的に講じ,もって高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに,経済及び社会の発展に寄与することを目的とし(1条),事業主のみならず国や地方公共団体も名宛人として,種々の施策を要求しており,社会政策誘導立法,政策実現型立法として,公法的性格を有している。そして,高年齢者雇用安定法9条1項が事業主に対する公法上の義務を課す形式をとり,義務違反に対する制裁としては,緩やかな指導,助言,勧告を規定するのみであること(10条),高年齢者雇用安定法9条2項は,一定の場合に,継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることを許容して,希望者であっても,継続雇用制度の対象としないことを容認していること,高年齢者雇用安定法8条は,平成16年法律第103号による改正後も65歳未満定年制を適法としていることを考慮すると,高年齢者雇用安定法は,65歳までの雇用確保については,その目的に反しない限り,各事業主の実情に応じた労使の工夫による柔軟な措置を許容する趣旨であると解されるのであり,高年齢者雇用安定法9条1項に,原告らが主張するような私法的強行性を認める趣旨ではないことを裏付けている。

以上のように,高年齢者雇用安定法9条1項の規定自体からも,同条の全体構造からも,原告X2が主張するような同項の私法的強行性を肯定する解釈は成立しない。

(3)  したがって,原告X2が,新就業規則の高年齢者雇用安定法9条1項違反を理由として,60歳以降においても雇用契約上の権利を有する地位があると主張し,あるいは,雇用が継続されなかったことを理由に債務不履行や不法行為に基づく損害賠償請求を求めることはできないというべきであるから,その余の点(争点(4)及び(6))について判断するまでもなく,原告X2の第二事件に係る主位的請求及び予備的請求は,いずれも理由がない。

なお,原告X2は,第2・2(5)アのとおり,適法な継続雇用制度が導入されなかった場合の継続雇用拒否については解雇権濫用法理が適用ないし類推適用される旨主張するが,独自の見解であって,採用することができない。

(4)  もっとも,原告X2は,定年退職後の雇用契約上の地位に基づく賃金支払請求として,その終期を定めないで毎月の賃金を請求するが,そのうち本判決確定の日の翌日以降の賃金を求める部分は,将来請求であり,民事訴訟法135条に定める「あらかじめその請求をする必要」があると認めることができないから,訴えの利益を欠くというべきであり,当該部分に係る訴えについては,これを却下すべきである。

4  争点(2)について

(1)  憲法28条が保障している団体交渉権は,労使双方が話合いを通じて相互理解を深め,労使間に生ずる諸問題を自主的に解決するための手続を保障するものであるから,使用者は,単に労働者の代表者との団交に応ずれば足りるのではなく,労働者の代表者と誠実に団交する義務があると解される。また,使用者は,誠実交渉義務の一内容として,組合の要求に応じられないのであれば,その理由や根拠等を十分に説明して納得が得られるよう努力すべき義務があるというべきである。

以上を前提に不当労働行為の成否について検討するに,第3・1(2)ウ(ア)のとおり,①被告は,平成14年以降,原告支部組合が春闘要求としての賃上げ及び3月中旬の団交開催を求める旨の申入れを2月下旬ころから3月上旬ころに行っているにもかかわらず,既に原告支部組合が申し入れた団交開催時期を過ぎた3月下旬ころに回答をし,特に平成15年以降においては3月31日回答に終始しており,結果的に団交の開催が4月以降にずれ込み,昇給実施時期である同月25日までに十分な時間が確保されているとは認め難いこと,②このように,そもそも十分な時間が確保されていない状況の中で,しかも,賃上げ及び一時金についてのみ妥結し,協定書を締結することはしないという態度を明らかにしていたにもかかわらず,被告は,団交において,原告支部組合が前記回答の理由や根拠の説明を求めても,何ら具体的な根拠資料を示さないまま「回答書のとおりです。」「回答書に記載されている以上の説明はできません。」「前回のとおりです。」などと形式的な説明に終始しており,実質的な議論も原告支部組合が納得し得るような説明も何らしていなかったと認めざるを得ないこと,同オのとおり,③被告は,原告支部組合と継続雇用制度に関する話合いの機会を合計3回持ったものの,被告の本件高校以外の設置校において本件制度を導入することが決まっていたことから,当初から被告案を変更するつもりもないまま原告支部組合との話合いを重ねていたにすぎず,いわば形ばかりの協議を行っていたと評価せざるを得ないことなどを総合すれば,被告の平成14年以降の団交における交渉態度は,誠実交渉義務(労働組合法7条2号)に反する不当労働行為であると認めるのが相当である。

また,本件減給処分は,人事に関する事項として義務的団交事項であるとところ,同カ(ア)のとおり,被告は,本件減給処分に関する原告各組合の団交申入れに対し,本件減給処分が既に完結しているなどとして,これを拒否しており,これらの理由が団交拒否の正当な理由にはならないことは明らかであって,その結果,原告各組合は,本件減給処分について被告と団交する機会を持つことができず,その目的とする原告X2の労働条件の維持,改善を図る機会を失ったというべきである。

そして,被告の以上のような不当労働行為は,平成14年から平成18年までの4年間にわたって原告支部組合から実質的な交渉機会を奪い去るものであり,原告支部組合の団体交渉権,ひいては団結権を著しく侵害するものであるから,原告支部組合は,単に労働委員会による不当労働行為救済申立てによる救済を受けるだけでは回復しきれない損害を被り,不法行為制度上の違法な侵害を受けたと認めるのが相当である。

(2)  これに対し,被告は,第2・2(2)イ(ア)のとおり,原告支部組合の春闘要求に対する回答時期が3月下旬となるのは,次年度の生徒数及び入学者数が確定するのがそのころであり,他の私学の状況等も踏まえる必要があるからであって,何ら合理的理由がないわけではない旨主張する。しかしながら,仮に3月下旬にならなければ次年度の生徒数及び入学者数が確定しないとしても,それ以前の段階で出願状況等から次年度の生徒数及び入学者数のおおよその見当は付いているのが通常であると考えられるから,春闘要求に対する回答をすることは可能であると認められるし,そもそも回答の時期を次年度の生徒数等が確定していない段階に多少繰り上げたとしても,回答書にその旨記載しておけば足りることである。また,原告支部組合の春闘要求に対しては,その要求内容の性質上,他の私学の状況等が判明しない限り何らの回答ができないものとも認められない。さらに,原告支部組合が毎年同じ時期に春闘要求をしていることからすれば,被告がそれを予測し,それに応じた対応をとることは可能であったというべきところ,被告が原告支部組合の申し入れた団交開催時期に間に合わせようと努力した形跡もうかがわれない。したがって,被告の前記主張は,春闘要求に対する回答時期が3月下旬となることを正当化するものではない。

また,被告は,第2・2(2)イ(イ)のとおり,被告と原告支部組合が毎年賃上げ等について妥結し,協定書を締結していることから,団交の形骸化の事実はない旨主張するが,賃上げ等について妥結して協定書を締結したという団交結果とその交渉過程とは別個の問題であって,その交渉過程が誠実性を欠くような場合には誠実交渉義務違反として不当労働行為が成立することは前記説示のとおりであるから,被告の前記主張を採用することはできない。

(3)  原告各組合の主張について

ア 原告支部組合員の本件高校への隔離について(第2・2(2)ア(ウ))

第3・1(2)ウ(イ)の認定事実によれば,被告は,平成14年,本件高校のk校地からj校地への移転が完了したことに伴い,本件高校に勤務していた原告支部組合員らのほか,n校地に所在する本件専門学校等に勤務していた原告支部組合員1名及びk校地に所在するa高校等に勤務していた原告支部組合員2名をj校地に異動させた結果,k校地に残った原告支部組合員3名及びn校地に勤務している原告支部組合員1名を除く原告支部組合員がいずれもj校地に配置転換されたことが認められる。

しかしながら,以上のとおり,平成14年当時では,原告支部組合員は,k校地に3名,n校地に1名いた上,k校地の3名は,その翌年の平成15年に一身上の都合を理由として原告支部組合を自ら脱退したのであって,その脱退に際して被告がそれを強制したような事情はうかがわれないし,被告が平成14年に原告支部組合員全員をj校地に異動させたわけでもない。また,前記4名を除く原告支部組合員らがどのような理由でj校地に配置転換されたかについては本件証拠上明らかではなく,この配置転換が合理性や必要性を欠くようなものであったかどうかについても,これを確定させるに足りる証拠は何ら存しない。

そうすると,k校地に残った原告支部組合員3名らを除く原告支部組合員がいずれもj校地に配置転換された事実のみをもって,当該配置転換の目的が原告支部組合の影響力を減殺させ,その弱体化を図る点にあったなどと認めることはできない。

したがって,この点に関する原告各組合の主張は,理由がない。

イ 差違い条件の固執と要求取下げの強要について(第2・2(2)ア(エ))

第3・1(2)ウ(ア)のとおり,原告支部組合は,平成14年以降,毎年被告との間で賃上げ及び一時金について妥結し,協定書を締結しているところ,当該各団交において,被告が原告支部組合に対して明示的に賃上げ,あるいは,一時金以外の要求事項について取り下げるよう強要したことを認めるに足りる証拠はない。そして,原告支部組合が賃上げや一時金の要求事項と他の要求事項を別個に掲げた場合等であれば格別,これらを同時に要求事項として掲げた場合に,被告がすべての要求事項について決着した時点で協定書を締結するという態度を示すこと自体は,特段非難に値するようなものではなく,このような交渉態度自体が誠実性や正当性を欠くものとして不当労働行為が成立するなどと認めることはできない。

そうすると,原告支部組合が賃上げや一時金について妥結し,協定書を締結するためにそれ以外の要求について取り下げたことは,原告支部組合の自主的な選択の結果というほかなく,この点に関する原告各組合の主張は理由がない。

ウ 原告本部組合の出席拒否について(第2・2(2)ア(オ))

(ア) まず,本件合意の有無について検討するに,平成2年和解は,神労委が平成元年12月6日に原告支部組合の申し入れる団交において,場所,人数等について被告の提示する条件のみに固執することなく,誠意をもってこれに応じなければならないことなどを内容とする救済命令を発した後に合意されたものである上,合意事項を子細に表現しているから,その記載のない事項については,当事者間に合意されていないものと解するのが相当である。そして,第3・1(2)イ(ア)のとおり,平成2年和解においては,団交に関し「今後学園内でおこなうものとし,具体的日時・交渉人数については協議する。」(4条)と定められたのみであり,本件合意に関する明文規定はなく,同時に取り交わした確認書(<証拠省略>)にもその旨の記載はないこと,同(イ)のとおり,平成2年和解のための事前協議の際にも,被告から本件高校籍のない者を団交要員から外すという話は出なかったこと,同エ(イ),(エ)及び(ケ)から明らかなとおり,被告は,平成19年4月10日以降の団交を拒否する理由として,何ら本件合意があったことには触れていないことからすれば,平成2年和解の際に被告と原告各組合が本件合意をしたと認めることはできない。

なお,被告は,第2・2(2)イ(オ)のとおり,平成2年和解の際に被告が原告支部組合に対して多額の解決金を支払ったことを本件合意の裏付けとして主張する。しかしながら,第3・1(2)イ(ア)のとおり,当該解決金は「今般の紛争の事後処理として次の措置をとる。」との条項中に定められていることに加え,平成2年和解のための事前協議の際にも被告から本件高校籍のない者を団交要員から外すという話は出なかったことなど前記説示の各事実を併せ考慮すれば,当該解決金の性質を被告主張のとおりに解釈することはできない。したがって,被告の前記主張を採用することはできない。

また,被告は,第2・2(2)イ(オ)のとおり,原告支部組合から平成15年4月11日付けで団交人数に関する要望が出され,協議の結果,組合出席者を原告支部組合員で,かつ,最大11名とするということで合意したとして,遅くとも同月の時点で本件合意が成立した旨主張する。しかしながら,そもそも,本件合意の前提となったとされる前記要望書面及びこれに対する被告の同年5月29日付け「回答書並びに申入書」は,いずれも証拠提出されておらず,その後の協議の内容を裏付ける証拠も何ら存しない。しかも,被告の主張によっても,原告支部組合の要望は,「執行委員が11名なので(省略)11名を最大限の出席人数として認めてほしい」というものにすぎず,団交の出席者を明示的に原告支部組合員に限定しているわけではない。また,前記説示のとおり,被告は,平成19年4月10日以降の団交を拒否する理由として,何ら本件合意があったことには触れていない。そうすると,被告の前記主張を裏付ける証拠は何ら存しないといわざるを得ないから,被告の前記主張を採用することはできない。

(イ) 次に,平成19年4月10日の時点において被告と原告各組合との間に団交の出席者を本件高校籍のある者に限るという労使慣行が成立していたか否かについて検討するに,労使慣行が慣習をともにする一定の集団において法的拘束力を持つ規律としての効力を認めるものである以上,労使慣行が成立するためには,長期間にわたり同一事実又は行為が反復継続していただけではなく(慣行的事実の存在),これについてその内容を決定し得る権限を有する者が明確な規範的意識を有していたこと(規範的意識の存在)をも要すると解すべきである。

以上を前提に本件について検討するに,確かに,第3・1(2)イ(ウ)のとおり,平成2年和解以降平成19年4月10日の団交に至るまで約17年間にわたり,原告本部組合員が1度も団交に出席しておらず,団交が1年間に複数回開催されるのが通常であることを考慮すれば,その頻度も相当程度に上ると解されるから,長期間にわたって団交が本件高校籍のある者同士で反復継続して行われていたことは認めることができる。しかしながら,同(2)ウのとおり,平成2年和解以降平成14年ころまでは原告支部組合員のみの出席だけでも団交がそれなりに進展を見せていたこと,原告支部組合から見れば平成18年ころに団交が平成2年和解以前の状態になってしまったため,原告本部組合に対して相談し,原告各組合が神奈川地労委にあっせんを申し立てたこと(<証拠・人証省略>,及び原告支部組合代表者),前記説示のとおり,原告各組合と被告との間では平成19年4月10日以前において団交出席者を本件高校籍のある者に限るというような話合いは一切なされていないことなどからすれば,原告支部組合代表者等の組合側団交要員について決定権限を有すると解される者が平成2年和解以降の団交において原告本部組合員を排除するという明確な規範的意識を有した上で原告支部組合員のみを団交に出席させていたとまで認めることは困難である。

したがって,被告と原告各組合との間で団交要員を本件高校籍にある者に限るとの労使慣行が成立していたとまで認めることはできない。

(ウ) そうすると,平成19年4月10日以降被告が原告本部組合員の出席を理由として原告各組合との団交を拒否したこと(以下「本件団交拒否」という。)は,正当な理由がなく,不当労働行為(労働組合法7条2号)に該当するといわざるを得ない。

(エ) そこで,次に本件団交拒否の不法行為の成否について検討するに,第3・1(2)エの各認定事実によれば,被告の本件団交拒否は,前記労使慣行が成立しているとの被告の理解に基づくものであったと認めるのが相当であり,前記説示のとおり,本件においては少なくとも慣行的事実の存在自体は認められること,同アのとおり,平成2年和解以前における原告各組合と被告との団交は紛糾し,議題になかなか入れない状況であったこと,ところが,平成2年和解以降は団交が議題に入る前に紛糾することはなくなり(<人証省略>),少なくとも平成14年ころまでは何らかの進展を見せていたことからすれば,本件団交拒否の理由がまったく正当性,妥当性を欠くとまでは認め難い。加えて,被告は,原告支部組合に対し,同エのとおり,本件高校籍のある者同士によるという条件ではあるものの,その後も継続的に団交を申し入れており,団交自体を拒否していたわけではないこと,原告支部組合は,被告からの団交ルール構築のための団交申入れに対する回答をせず,被告からの団交のあり方に関する事務折衝すら拒否し続けたことなどを併せ考慮すれば,先に認定した不法行為と認められる不当労働行為とは別に本件団交拒否が本件各組合の団体交渉権侵害の不法行為を構成するほどの違法性があるとまでは認められないというべきである。

したがって,この点に関する原告各組合の主張は,理由がない。

エ 本件再雇用問題に関する団交拒否について(第2・2(2)ア(カ))

確かに,本件再雇用問題は,人事に関する事項として義務的団交事項であると解されるものの,第3・1(2)カ(イ)のとおり,被告は,原告各組合の団交申入れに対し,本件高校籍のある者同士による団交であれば応じる旨回答しており,原告本部組合員の出席を理由とする団交拒否が団体交渉権侵害の不法行為を構成するほどの違法性を有しないことは前記説示のとおりであるから,この点については不法行為を構成するほどの違法性があるとまでは認められないというべきである。

したがって,この点に関する原告各組合の主張は,理由がない。

5  争点(3)(原告各組合に係る部分)について

(1)  第3・4において説示したとおり,被告の不当労働行為は,平成14年から平成18年までの4年間にわたって原告各組合から実質的な交渉機会を奪い去るものであり,原告各組合の団体交渉権,ひいては団結権を著しく侵害するものであるとともに,原告各組合は,これにより,社会的評価,信用の毀損による無形の損害を被ったと認めるのが相当である。そして,原告支部組合と原告本部組合の関係(第2・1(1)イ,ウ及び<証拠省略>)及び被告の不当労働行為の態様に鑑みれば,その損害は,原告各組合に可分なものとして発生したとは認め難く,原告各組合に不可分に帰属していると認めるのが相当である。

そして,第3・1(2)の各認定事実のほか,本件に現れた一切の事情を考慮すれば,原告各組合の被った無形の損害は50万円を下らないと認めるのが相当である。また,同認容額及び本件事案の内容等を考慮すると,被告の不法行為と相当因果関係のある損害として認められる弁護士費用は,5万円であると認めるのが相当である。

(2)ア  なお,原告各組合は,第2・2(3)ア(イ)aのとおり,被告の組合敵視・団交拒否の姿勢を正すべく,不当労働行為救済申立てや本件訴訟提起等のための費用等,様々な取組みと出費を余儀なくされ,その損害は1000万円を下らない旨主張する。

しかしながら,労働組合は,労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより,労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを目的として組織された団体であり,使用者との団体交渉等のみならず,不当労働行為があった場合の不当労働行為救済申立てや損害賠償請求訴訟の提起等も労働組合の活動として本来的に含まれていると解するのが相当であるから,これらの手続等を遂行するために原告各組合が費やした費用が直ちに被告の不当労働行為と相当因果関係のある損害であると認めることはできない。また,弁護士費用は,不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償請求の訴えに係る弁護士費用のみ,損害に該当すると解するのが一般的であり,不当労働行為救済申立てに係る弁護士費用が当然に不法行為上の損害に該当すると解することはできず,本件において前記弁護士費用が損害に該当すると認めるべき事情を見出すこともできない。

したがって,原告各組合の前記主張は,理由がなく,採用することができない。

なお,本件訴訟における弁護士費用が5万円の限度で被告の不法行為と相当因果関係があると認められることは前記説示のとおりである。

イ  また,原告各組合は,第2・2(3)ア(イ)bのとおり,原告支部組合員が駐車場利用料の負担について差別され続けているにもかかわらず,被告が団交事項として一切取り上げなかった旨主張する。

この原告各組合の主張の趣旨は必ずしも判然としないものの,同主張が平成22年8月19日付け原告最終準備書面中の第3章第1の2(2)「損害」中において,前記(1)で説示した無形の損害と別個独立の損害として主張されていることからすれば,同主張は,被告による団交拒否によって原告支部組合員が駐車場利用料について被った財産的損害を請求する趣旨であると解されるところ,そもそもその具体的な損害額自体が明示されていない上,そのような財産的損害は,個々の原告支部組合員に帰属するものであって,原告各組合自体が駐車場利用料に関する財産的損害を被ったわけではない。

そうすると,仮に被告が駐車場利用料に係る原告各組合の団交申入れを拒否した点につき不当労働行為が成立するとともに,原告支部組合員に対する差別取扱いとして不当労働行為が成立するとしても,原告各組合主張の損害との間に相当因果関係はないといわざるを得ないから,不当労働行為の成否について検討するまでもなく,主張自体失当である。

6  結論

以上より,原告各組合の請求は,不可分的に55万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが当裁判所に顕著である平成20年9月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,原告X2の第二事件の賃金支払請求に係る訴えのうち本判決確定の日の翌日以降の賃金の支払を求める部分は,不適法なものであるからこれを却下し,第二事件に係るその余の請求及び第一事件に係る請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条1項本文,64条本文を,仮執行の宣言について同法259条1項を各適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 深見敏正 裁判官 朝倉亮子 裁判官 佐野倫久)

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