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横浜地方裁判所 平成20年(ワ)4759号 判決 2010年6月29日

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

以下では、それぞれ、第一事件原告・第二事件反訴原告・第三事件原告を「原告」と、第一事件被告Y1エンジニアリング株式会社を「被告Y1エンジニアリング」と、同事件被告Y2電業株式会社を「被告Y2電業」と、第二事件反訴被告・第三事件被告株式会社Y3電設を「被告Y3電設」という。

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

1  第一事件

被告Y1エンジニアリング及び被告Y2電業は、原告に対し、連帯して、888万8977円及びこれに対する平成20年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  第二事件

被告Y3電設は、原告に対し、888万8977円及びこれに対する平成20年11月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  第三事件

(1)  原告が、被告Y3電設に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(2)  被告Y3電設は、原告に対し、541万1418円及びこれに対する平成20年12月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被告Y3電設は、原告に対し、平成20年12月1日から本判決確定に至るまで毎月末日限り25万2870円を支払え。

第2事案の概要

第一事件は、原告が、被告Y1エンジニアリングが元請業者として管理するリサイクルプラント建設工事現場の階段から滑り落ちて負傷した事故について、被告Y1エンジニアリング及び同工事のうちプラント電気工事の中請業者であった被告Y2電業に安全配慮義務違反があったとして、両被告に対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金888万8977円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年11月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

第二事件は、原告が、前記事故について、原告の直接の雇用主で、かつ、前記電気工事の下請業者であった被告Y3電設に安全配慮義務違反があったとして、被告Y3電設に対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金888万8977円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である同月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

第三事件は、原告が、前記事故による休業期間終了時から30日を経過していないのに違法に解雇されたなどとして、被告Y3電設に対し、雇用契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、前記事故による後遺障害が症状固定した日の翌日である平成19年2月28日から平成20年11月30日までの未払賃金合計541万1418円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である同年12月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金並びに同月1日から本判決確定に至るまで毎月末日限り25万2870円の各支払を求めた事案である。

1  前提事実(証拠によって認定した事実は各項末尾の括弧内に認定に供した証拠を摘示し、その記載のない事実は、後記(5)については原告と被告Y3電設との間に争いがなく、その余については当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 被告Y1エンジニアリングは、土木建築工事の企画、設計、監理及び請負等を業とする株式会社である。

イ 被告Y2電業は、電気工事の設計並びに施工及び工事請負等を業とする株式会社である。

ウ 被告Y3電設は、土木建築工事等を業とする株式会社である。

エ 原告は、日系アルゼンチン人であり、平成15年12月14日ころ、被告Y3電設(当時の商号は有限会社Y3電設)との間で、電気工事工として、昼8時間勤務で1万4000円、夜8時間勤務で1万6000円、賃金支払は毎月末日締め、翌月30日払いとの内容で雇用契約を締結し(以下「本件雇用契約」という。)、プラント工事、マンション建設等の現場に派遣された(賃金の締め日及び支払日につき原告本人)。

原告は、平成18年3月31日、神奈川シティユニオン(以下「本件組合」という。)に加入し、同年4月7日、本件組合を通じて、被告らに対し、加入通知を送付した。

(2)  リサイクルプラント建設工事

ア 事業主体等

被告Y1エンジニアリングは、JFE環境株式会社から、横浜市<以下省略>所在の建築混合廃棄物リサイクルプラント建設工事を請け負い、同建設工事のうち株式会社御池鐵工所がプラント据付工事を被告Y1エンジニアリングから請け負い、同据付工事のうちJFEエレテック株式会社がプラント電気工事(以下「本件工事」という。)を株式会社御池鐵工所から請け負い、被告Y2電業が本件工事をJFEエレテック株式会社から請け負い、さらに被告Y3電設が本件工事を被告Y2電業から請け負った。すなわち、本件工事の事業主体については、Y1エンジニアリングが元請業者、被告Y2電業が中請業者、被告Y3電設が下請業者という関係にあった。

イ 入所時の安全教育

被告Y2電業は、本件工事に従事する作業員らが作業に入った初日に、当該作業員らに対し、口頭で、本件工事現場における作業内容や注意事項についての説明を行っていた。

これに引き続き、被告Y1エンジニアリングは、当該作業員らに対し、新規入場時教育を1時間程度行い、本件工事現場における注意事項及び安全基準を説明するなどの安全指導を行っていた。

(3)  平成18年2月14日当時の本件工事現場の状況

ア 原告は、平成18年2月6日から本件工事現場で業務に従事し、同月14日当時は本件工事現場2階でラックの取付作業に従事していたところ、同日、D(以下「D」という。)から作業終了及び片付けを指示され、道具等の片付けをした後、階段を降りた。

イ 前記階段は、本件工事現場1階の軽量物処理スペースから中2階の踊り場を経て2階へとつながる鋼鉄製の直線型の階段であり、同日当時、最下段のコンクリート部分は未完成であったものの、それ以外の部分は完成しており、本件階段の両側には、高さ110センチメートル、外径3.4センチメートル、パイプの鉄部分の厚みを意味する肉厚2.3ミリメートルの鉄パイプ製の手すりが設置されていた(以下「本件階段」という。)。

なお、本件階段の1段目以降の階段は、それぞれ、幅が100センチメートル、1段の高さを意味する蹴上が20センチメートル、足の乗る場所を意味する踏面の奥行きが25センチメートルであり、その勾配は約38.6度であった。

(4)  労災申請及び労災認定(書証省略)

ア 原告は、平成19年2月28日、鶴見労働基準監督署(以下「鶴見労基署」という。)に対し、労働者災害補償保険障害補償給付支給請求をした。

なお、前記労災請求書に係る「負傷又は発病年月日」欄、「傷病の治ゆした年月日」欄及び「災害の原因及び発生状況」欄には、それぞれ、「H18年2月14日午後7時50分頃」、「H19年2月27日」、「ゴミ処理場の2階のそうじを終えて、左手にちりとりを持って鉄製の階段を降りていたら、1番下の段が未完成だったので足を滑らせて落ちた。腰と腕をぶつけたほか右足に異和感があり、その日は一たん帰宅したが、痛みのあまり翌日病院へ行くと右足関節が挫傷していた。」との各記載がある(以下「本件事故」という。なお、具体的な事故態様については争いがある。)。

イ 鶴見労基署は、原告の前記労災申請に基づき、平成19年3月23日、原告に対し、後遺障害等級12級12号として、障害補償一時金131万4924円を支給するなどした。

(5)  原告の解雇

ア 被告Y3電設就業規則56条(抜粋。書証(省略))

会社は、従業員が次の各号の一に該当する場合は解雇する。

(ア) 勤務意欲、モラルが低くまたは就業状況又は勤務成績、勤務能率などが不良で就業に適さないとき(同条4号)

(イ) 正当と認められる理由のない遅刻、早退、欠勤、朝礼や安全大会の欠席、直前になってからの休暇要望などが多く、労務提供が不完全であると認められるとき(同条5号)

(ウ) 当社の社員としての適格性がないと判断されるとき(同条19号)

イ 被告Y3電設は、平成19年5月11日付け解雇通知書において、原告に対し、原告の本件事故に基づく右足関節挫傷が同年2月27日には症状固定しているにもかかわらず、原告がその後も欠勤の理由及び期間並びに居所について一切連絡してこないばかりか、就労の意思さえ表示しないまま2週間にわたって無断欠勤を続けており、これが、就業規則56条4号、5号、19号等に該当するとして、原告を同年3月13日をもって懲戒解雇する旨を通知した(以下「本件解雇」という。解雇理由につき書証(省略))。

2  争点

第一事件及び第二事件の争点は、(1)本件事故の態様、(2)被告らの安全配慮義務違反の有無、(3)損害額、(4)過失相殺の可否であり、第三事件の争点は、(5)本件解雇の有効性であり、以上の各争点についての当事者の主張は、以下のとおりである。

(1)  争点(1)について

ア 原告

原告は、Dによる作業終了及び片付けの指示により、自らの作業場を清掃後、左手にちりとりを持って本件階段を降りている途中、下から3段目又は4段目の場所で足を滑らせた。この際、本来であればあるはずの本件階段最下段のコンクリート部分がなく、最終段と床面とが44センチメートルも離れていたため、原告は、体勢を整えられないまま床面まで滑り落ち、よじれた右足に全体重が掛かる形で着地・転倒した。

イ 被告ら

平成18年2月14日に原告が本件階段を下りた際に負傷したことは認めるが、その余は不知ないし否認する。

なお、本件事故態様に係る原告の主張は大きく変遷している上、原告主張の事故態様は、本件事故に係る原告の再現写真(書証省略)と明らかに異なる。また、同再現写真のように原告が正座してのけぞった状態で階段を滑り落ちたのであれば、右足関節のみならず、両膝や両すねにも相当な傷害を負うはずであるが、原告は本件事故によって右足関節挫傷を負ったにすぎず、明らかに不自然である。

(2)  争点(2)について

ア 原告

(ア) 本件事故の原因

本件事故の原因は、本件階段が、①急傾斜である、②段差が高い、③踏面の幅が狭い(以下「本件事故原因①ないし③」という。)、④踏面に滑止めがない(以下「本件事故原因④」という。)、⑤階段自体が未完成のため最下段と床面が大きく乖離している(以下「本件事故原因⑤」という。)という点にある。

また、被告Y1エンジニアリングが請け負った建築混合廃棄物リサイクルプラント建設工事の現場には、200名ほどの作業員が特定の出入口以外の場所からも常時出入りしており、出入口付近に足拭きマットが設置されることもなかった上、本件事故発生場所付近には、スパッタと呼ばれる溶接滓や金属の破片、細かい金属粉等が散乱していたから、⑥本件工事現場及び本件階段付近は、埃、泥、建設作業による汚れやゴミ等で滑りやすい状態にあった(以下「本件事故原因⑥」という。)。

(イ) 被告らの安全配慮義務違反

被告らは、それぞれ、被告Y3電設においては原告の直接の雇用者であったという点で、被告Y1エンジニアリングにおいては前記建設工事のプラントを管理しており、原告の労務提供のため設置する場所、設備において原告がそれを使用していた上、入所時教育、健康状態の把握、朝礼、ミーティング、安全パトロール等の具体的な安全上の教育、指示、対策等を行っていたほか、労働安全衛生法(以下「労安衛法」という。)上の特定元方事業者として労安衛法23条及び30条1項6号所定の措置義務を負っていたという点で、被告Y2電業においてはいわゆる一人親方のDとの間で業務委託契約を締結し、Y3電設作業員の取りまとめ役を委ね、Dを通じて実質的に原告に対して指揮命令をしていたという点で、いずれも本件事故原因①ないし本件事故原因⑥を防止し、かつ、原告に対して十分な安全教育・指示をすべき安全配慮義務を負っていたのに、これを怠った。

具体的には、被告らは、本件事故原因④に関しては本件階段の各階段の縁の部分に滑止めを講じ、本件事故原因⑤に関してはカラーコーンの設置等により未完成部分の危険告知をして注意を喚起するほか、未完成部分を板で覆ったり、スロープを作って作業員が通行しやすくするなどし、本件事故原因⑥に関しては整理整頓、清掃をするという安全配慮義務を負っていたというべきである。

(ウ) 被告らの主張について

被告らは、本件階段が建築基準法上の安全基準を満たしている旨主張するが、本件階段の踏面は原告の安全靴よりも小さく、作業員が常に安全靴の踵か爪先をはみ出した状態で昇降しなければならなかった上、道具や材料を持って昇降する必要があったことからすれば、被告らは、同法上の安全基準以上の安全配慮をする必要があったというべきである。

また、被告らは、本件事故原因⑤に関し、未完成のコンクリート部分を踏み台で養生していた旨主張するが、この主張は本件事故発生から3年以上も経過して初めてされたものである上、原告は本件事故当時最下段の床面から鉄筋が出ていたのを見ているところ、仮に未完成のコンクリート部分が踏み台で養生されていたとすると、原告が鉄筋を見ることはできないから、本件事故当時、未完成のコンクリート部分に踏み台がなかったことは明らかである。

イ 被告ら

(ア) 被告Y1エンジニアリングの安全配慮義務の不存在

そもそも、原告の主張では、被告Y1エンジニアリングが負うべき安全配慮義務の内容及び義務違反に該当する事実が判然としない。

また、単に元請企業である被告Y1エンジニアリングが管理する本件階段において本件事故が発生したという抽象的な主張のみに基づいて、被告Y1エンジニアリングに下請企業の従業員に対する何らかの安全配慮義務が発生することはあり得ないから、原告の主張は、失当である。

なお、被告Y1エンジニアリングが、それぞれ、労安衛法30条1項6号に基づき特定元方事業者として同号所定の措置義務を、労安衛法23条に基づき事業者として同条所定の措置義務を負っていることは認めるが、被告Y1エンジニアリングに当該各義務違反はない。すなわち、労安衛法30条1項6号の「当該労働災害」とは、同項柱書の特定元方事業者の「労働者及び関係請負人の労働者の作業が同一の場所において行われることによって生ずる労働災害」を意味するところ、本件事故は、他社の労働者の作業が同一の場所において行われることによって生じたものではないから、同号所定の措置義務違反が問題となる場面ではない。また、本件階段の最下段以降は、後述するとおり、労安衛法23条に基づく労働安全衛生規則540条1項の「安全な通路」としての階段の具体的要件である建築基準法上の安全基準を満たすから、労安衛法23条所定の措置義務違反もない。

(イ) 原告主張の安全配慮義務違反の不存在

a 本件階段について

本件階段の1段目以降の階段の形状は、第2・1(3)イのとおりであり、その幅、蹴上、踏面の奥行き及び勾配のいずれにおいても建築基準法の安全基準(同法36条、同法施行令23条1項4号)を満たす上、本件階段の両側には手すりが設置されていたから、本件階段の下から3段目又は4段目には何らの欠陥もなく、本件事故原因①ないし③は、理由がない。

また、本件事故原因④についても、本件階段の踏面には縞鋼板と呼ばれる滑止め用の突起を付けた鋼板が使用され、階段自体に滑止めが施されていたし、原告は、滑止めの役割を果たす安全靴を履いていた。なお、本件階段の踏面は、縁の部分まで縞鋼板が使用されていたから、縁の部分にこれと異なる滑止めをさらに施すことはあり得ない。

さらに、本件事故原因⑤についても、本件階段最下段の未完成のコンクリート部分は、本件事故当時、高さ約23センチメートルの踏み台によって養生されていたため、床面と本件階段の下から1段目との段差は44センチメートルもなかった。

そして、本件事故原因⑥についても、本件工事現場ではプラントの試運転は行われておらず、本件階段が液体や油で濡れることはなかったほか、本件事故当日以前は晴天が続いていたことや屋根が設置されていたことから、本件階段が雨等で濡れることもなかった。また、本件工事現場では、毎日作業終了後に作業員に対して片付けが義務付けられていた上、毎週金曜日には作業員全員による一斉清掃が行われていたから、スパッタや金属の破片、細かい金属粉等が散乱しているような状態にはなかったし、本件階段は限られた業者や作業員が使用しているにすぎなかった。したがって、本件階段が滑りやすい状態になかったことは明らかである。

加えて、原告は、平成18年2月6日から同月11日まで及び本件事故日である同月14日、本件工事現場において作業に従事していたところ、始業時、午前10時・昼・午後3時の各休憩時及び終業時に本件階段を使用するほか、1階にあるトイレに行ったり、資材を取りに行ったりする際にも本件階段を使用する必要があったから、1日10回以上は本件階段を往復しており、同日までには本件階段に慣れていたというべきである。また、原告は、単に自ら担当する作業現場に到達する手段として本件階段を昇降していたにすぎず、本件階段上で特殊な作業を命じられていたわけではなかった。さらに、原告が本件階段の危険性を訴えることはなかったし、本件事故以外には本件階段上で転落事故が発生したことはない。そして、本件階段付近は、通常の作業場と同じ明るさであり、足下が暗かったなどといった事情もない。

以上によれば、本件事故は、原告が自らの不注意により転倒した結果発生したものに他ならず、被告らに原告主張の安全配慮義務違反はない。

b 安全教育について

原告は、本件階段の問題点を根拠に被告らに十分な安全教育・指示をなす義務がある旨主張するが、前記のとおり、本件階段に欠陥はなく、単なる労働者の不注意までをも予想した安全教育を実施すべき義務はないから、その前提を欠く。

また、被告Y1エンジニアリング及び被告Y2電業は、原告が本件工事現場に入所した平成18年2月6日、原告に対し、第2・1(2)イのとおり、十分な安全教育・指示を実施し、被告Y1エンジニアリングによる安全パトロールも頻繁に行われていた。そして、安全パトロールの結果危険箇所があれば、それを是正するための具体的な措置や注意が朝礼やミーティングで行われていたし、危険な作業を行っている作業員を発見すれば、その場で注意がなされていた。

さらに、被告Y1エンジニアリングは、毎日朝礼で安全上の留意事項を伝え、朝礼後は原告ら作業員をして具体的な危険箇所の抽出を行う危険予知活動も行わせていた。

(3)  争点(3)について

ア 原告

原告は、本件事故により、以下のとおり、888万8977円の損害を被った。

(ア) 本件事故発生から3日間の賃金(2万5287円)

原告の平均賃金は日額8429円であったところ、本件事故発生から3日間の賃金2万5287円(8429円×3日)については、労災保険の対象外であったから、本件事故による損害に該当する。

(イ) 休業損害(126万7721円[1円未満切捨て])

本件事故日から症状固定日までの労災保険による休業補償は60パーセントにとどまるから、残りの40パーセント相当額126万7721円(8429円×0.4×[379日-3日])は、本件事故による損害に該当する。

(ウ) 逸失利益(315万5969円[1円未満切捨て])

原告は、本件事故により、右足関節挫傷の傷害を負い、鶴見労基署から後遺障害等級12級の認定を受け、その労働能力喪失率は14パーセントである。そして、原告は、症状固定日である平成19年2月27日の時点で52歳であったから、労働能力喪失期間は15年で、これに対応するライプニッツ係数は10.380であり、本件事故当時の原告の平均賃金は日額8429円であった。

なお、原告は、第2・1(4)イのとおり、鶴見労基署から労災障害補償一時金131万4924円を受給した。

したがって、原告の逸失利益は、315万5969円(8429円×365日×0.14×10.380-131万4924円)である。

(エ) 通院慰謝料(154万円)

原告は、1年間通院したから、本件事故による通院慰謝料としては、154万円が相当である。

(オ) 後遺障害慰謝料(290万円)

後遺障害等級12級による後遺障害慰謝料としては、290万円が相当である。

イ 被告ら

否認ないし争う。

なお、原告が本件事故当時足首の捻挫等を防ぐ効果のある脚絆型の安全靴を使用していたこと、本件事故直後に自ら自動車を運転して帰宅したこと、平成18年10月ころには杖を補助として使用せずに歩いたり、自転車のペダルを漕ぎ、右足で自転車のスタンドをかけたり外したりしていたことに加え、原告が平成19年3月3日の時点で階段の昇降には手すりか杖が必要であるとしているにもかかわらず(書証省略)、同日に行われた再現写真(書証省略)では杖を使わずに階段を降りたり、膝を曲げて足首を伸ばす体勢まで取れていることなどからすれば、原告の右足関節に後遺障害が残存しているとは認められず、少なくとも平成18年10月ころには治癒していたというべきである。仮に後遺障害が残っているとしても、後遺障害等級12級12号の「局部にがん固な神経症状を残すもの」に該当するためには、障害について他覚所見が存在することが必要であるところ、原告についてはエックス線画像上異常所見が認められないから、原告の後遺障害は、「局部に神経症状を残すもの」として後遺障害等級14級9号が相当であり、労働能力喪失期間も2、3年程度が相当である。

(4)  争点(4)について

ア 被告ら

本件事故は、第2・2(2)イ(イ)aのとおり、縞鋼板の滑止めがあり、手すりも設置され、原告以外に転落したことのない本件階段において、専ら原告の不注意で階段を踏み外して転倒したことによって発生したものであるから、原告の落ち度は甚だ重大であり、少なくとも9割の過失相殺が認められるべきである。

イ 原告

否認ないし争う。

(5)  争点(5)について

ア 原告

原告は、被告Y3電設から、第2・1(5)イのとおり、平成19年3月13日付けで懲戒解雇された(本件解雇)が、以下のとおり、本件解雇は無効である。

(ア) 本件解雇は、症状固定日である同年2月27日から2週間経過した後になされているところ、原告は、同日まで鶴見労基署から労災休業補償給付金を受給していたから、本件解雇は、労働者が業務上負傷し、療養のために休業する期間及びその後30日間の解雇を禁止する労働基準法19条に反する。

なお、被告Y3電設は、平成18年10月に原告を撮影したビデオ(証拠省略)を根拠に、原告の後遺障害が同月ころの時点で就労可能な程度にまで治癒していた旨主張する。しかし、足を負傷した者が安静期間経過後に日常的に歩いたり自転車に乗ったりして負傷部位を動かすことは、リハビリテーション(以下「リハビリ」という。)の一環であるし、前記ビデオに映された原告が歩行時のみならず自転車に乗る際にも杖を持っていることからすれば、原告が外出時に杖を手放せない状態にあったことが明らかである。したがって、前記ビデオは、原告の後遺障害が同月時点で就労可能な程度にまで治癒していたことの裏付けにはならず、むしろ原告の後遺障害が就労可能な程度にまで治癒してなかったことを証明しているというべきである。

(イ) 原告は、就業規則を見たことがなく、その存在も知らなかったから、本件解雇は、周知性の要件を欠く。

なお、被告Y3電設は、事務所2階の総務担当者の机の上に就業規則を常時備え付けていた旨主張するが、通常業務は事務所1階で済まされており、事務所2階は、従業員が事務員から給料やガソリン代をもらうなどの限られた場合を除いて自由に立ち入ることはできなかった。

(ウ) 本件解雇通告は、団体交渉中であったのに、本件組合を通さず、原告に対して直接行われたものであるから、本件解雇は、個別交渉の禁止及び団体交渉応諾義務に違反した不当労働行為に該当する。

(エ) 被告Y3電設は、原告が本件組合に加入した後、原告宅に押しかけ、「お前はやくざを送ったのか。」などと原告のみならずその家族をも脅迫する嫌がらせをしたほか、原告が求めた労災申請手続を拒否するなどし、原告に対して被告Y3電設に出社すればいかなる嫌がらせを受けるかもしれないというあからさまな脅迫を加えるものであり、原告が療養終了後に出勤することを事実上不可能な状態に陥れた。

このように、被告Y3電設は、原告に対し、実質的に原告の労務提供の受領を拒否する意思を明確にしておきながら、無断欠勤を理由に本件解雇をしたものであるから、理由がない。

イ 被告Y3電設

(ア) 第2・1(4)アのとおり、原告の後遺障害は、平成19年2月27日には症状固定となっているにもかかわらず、原告がその後も欠勤の理由及び期間並びに居所について一切連絡してこないばかりか、就労の意思さえ表示しないまま2週間にわたって無断欠勤を続けたことからすれば、原告は、就業規則所定の普通解雇事由である56条4号、5号、19号等に該当するから、本件解雇は有効である。

(イ) 原告の主張(ア)について

原告の後遺障害は、第2・2(3)イのとおり、遅くとも平成18年10月ころまでには就労可能な程度にまで治癒していたというべきであるから、本件解雇は、労働者が業務上負傷し、療養のために休業する期間及びその後30日間を優に経過した後になされており、労働基準法19条に違反しない。

なお、このように、原告は、遅くとも同月ころまでには就労可能な状態にあったのに、本件解雇に至るまで就労しなかったにすぎないから、被告Y3電設は、原告に対し、症状固定日の翌日である平成19年2月28日から本件解雇に至るまでの賃金支払債務を負わない。

(ウ) 原告の主張(イ)について

被告Y3電設は、事務所2階の総務担当者の机の上に就業規則を常時備え付け、従業員であれば誰でも就業規則を見ることができる状態にしていたから、本件解雇は、周知性の要件を満たす。

なお、仮に本件解雇が周知性の要件を欠くために懲戒解雇として無効であるとしても、労働契約において労務の提供は労働者の本質的な義務であるところ、前記のとおり、原告は、理由もなく同義務の履行を拒んでいたこと、被告が原告に対して送付した解雇通知書に挙げた就業規則の条項はいずれも普通解雇事由に関するものであることからすれば、本件解雇には普通解雇の意思が内包されていることが明らかであるから、本件解雇は、普通解雇として有効である。

(エ) 原告の主張(ウ)について

解雇通告は交渉ではないから、被告Y3電設が原告に対して直接通告することに何ら問題はない。

(オ) 原告の主張(エ)について

否認ないし争う。

第3当裁判所の判断

1(1)  本件各争点の判断に先立ち、本件階段の状況、本件解雇の経緯等について判断するに、第2・1記載の前提事実に証拠(省略)を総合すれば、以下の各事実を認めることができ、書証(省略)及び原告本人尋問の結果中、この認定事実に反する部分は後記(2)のとおり措信し難く、他にこの認定事実を覆すに足りる証拠はない。

ア 本件事故当時の本件階段の形状

(ア) 本件階段は、本件工事現場1階の軽量物処理スペースから中2階の踊り場を経て2階へとつながる鋼鉄製の直線型の階段であり、本件事故当時、最下段のコンクリート部分(将来コンクリートの踏み台が設置される場所)は未完成であったものの、それ以外の部分は完成しており、本件階段の両側には、高さ110センチメートル、外径3.4センチメートル、肉厚2.3ミリメートルの鉄パイプ製の手すりが設置されていた。

(イ) 本件階段の1段目以降の階段は、それぞれ、幅が100センチメートル、蹴上(1段の高さ)が20センチメートル、踏面の奥行きが25センチメートルであり、その勾配は約38.6度であった。

また、本件階段の踏面は、いずれも縁の部分まで縞鋼板と呼ばれる滑止め用の突起を付けた鋼板が使用され、階段自体に滑止めが施されていたが、滑止め用のテープが縁の部分にさらに重ねて貼られてはいなかった。

(ウ) 本件階段を含む階段の設置及び最下段のコンクリート打設を請け負った有限会社磯田建設工業は、平成18年2月2日、本件階段を前記(ア)のとおり設置したが、同社の従業員であったE(以下「E」という。)は、最下段のコンクリート部分が未完成で、当該コンクリートを補強するための鉄筋(以下「本件基礎アンカー」という。)が出ている状態であったため、このままでは階段の昇降に支障があり、安全面においても問題があると考え、同月4日、バタ角と呼ばれる角材とコンパネと呼ばれる木の板を使用して高さ約23センチメートル、奥行き約60センチメートル、幅約80センチメートルの木製の踏み台(以下「本件踏み台」という。書証(省略))を作成し、これを、本件基礎アンカーのうち本件階段を昇降する際に使用される正面部分にある基礎アンカーを覆う形で設置した。

なお、本件基礎アンカーについては、将来できるコンクリートの踏み台の四隅に基本となる基礎アンカーが出ており、その間に約20センチメートル間隔でその余の基礎アンカーが並んでいた。そして、本件基礎アンカーは、いずれもコンクリートの踏み台の外周よりも内側の位置から40センチメートルないし50センチメートル出ており、その途中から本件踏み台の内側の方向に、床面に向かって斜めに折り曲げられていた。

また、本件階段の1段目の階段の縁から後に完成したコンクリートの踏み台の縁までの幅は、25センチメートルほどであった。

イ 本件工事現場の清掃状況等

(ア) 本件工事現場では、本件事故当時、未だプラントの試運転は行われておらず、本件階段が液体や油で濡れるということはなかった。

(イ) 本件事故以前の平成18年2月8日から本件事故当日の同月14日までの間、本件工事現場のあった神奈川県横浜市の天候は良好で、雨が降ることはなかった。

(ウ) 本件事故当時、本件階段を使用している作業員は、原告を含めて20人程度であった。

(エ) 本件工事現場では、毎日、作業終了後に作業員に対して作業場所の整理整頓及び清掃を行うことが義務付けられ、毎週金曜日の13時から30分間、本件階段を含む本件工事現場全体について作業員全員による一斉清掃が行われていた。

(オ) 原告が従事していたラックの取付作業は、アングル切断、やすりがけ及び壁面への溶接作業という工程を伴うところ、原告ら作業員は、前二者の作業については飛散防止カバーの中で作業を行っていた。

なお、アングル切断、やすりがけ及び壁面への溶接作業の際に粉状の金属片が発生するところ、その量は、通常であれば1日で片手に1杯くらいであった。

ウ 本件事故当日の原告の状況

(ア) 原告は、平成18年2月14日、2階でラック取付作業に従事していたところ、Dから作業終了及び片付けを指示され、道具等の片付けをした後、ちりとりを左手に持ち、右手には何も持っていない状態で本件階段を降りた。

なお、原告は、同日、同月13日に購入した、すねの真ん中辺りまであるブーツタイプの安全靴を履いていた。

(イ) 原告が本件階段を降り始めてから5分ほど経った後にDが本件階段を下りると、原告が本件階段付近で安全靴を脱いでうずくまっていた。

Dが原告に対して「大丈夫ですか。」と声を掛けると、原告は、「大丈夫です。」と答え、靴を履いて自ら立ち上がり、自ら自動車を運転して帰宅した。

(ウ) 原告は、本件事故当日、病院には行かなかった。

エ 本件事故後の原告の状況

(ア) 原告は、本件事故の翌日である平成18年2月15日、被告Y3電設に電話し、経理・総務を担当していたF(以下「F」という。)に対し、「前の日に現場で足をひねって痛い。病院に行きたいので3万円貸してほしい。」と言った。

原告は、前記電話の後、内妻であるG(以下「G」という。)とともに被告Y3電設を訪れ、Fは、被告Y3電設社長の了解を得た上で、原告に対し、3万円を貸した。

なお、この際、原告は、右足をやや引きずるような形で歩き、事務所内でも壁やソファーの背もたれなどをつかんで歩いていた。

Fは、Gが原告を病院に連れて行くということであったため、一緒に病院には行かず、原告に対し、代わりに診断書を持参するように言ったが、原告がその後診断書を持ってくることはなかった。

(イ) 原告は、同日、a病院(以下「a病院」という。)に行ったところ、a病院は、右足関節捻挫と診断した上、患部のレントゲン写真を撮って挙上及び冷却を指示し、ロキソニン及びセルベックスを7日分処方した。

(ウ) 原告は、a病院の医師から同月17日に再度来院するよう告げられていたが、a病院に行かず、同年3月31日にbクリニック(以下「bクリニック」という。)に行くまで病院には行かなかった。

bクリニックのH医師は、同日の再診の際、原告について「右足関節挫傷」、「今後治療検査要します。」と診断した。

(エ) 原告は、同年4月19日、bクリニックでレントゲン撮影をしたところ、右足の骨の配列・位置関係について特に問題はなかった。

(オ) 原告は、同年5月11日からc診療所に通院し始めたところ、同日時点では、圧痛及び運動時の痛みがあるものの、腫れはなく、レントゲン撮影においても、右足の骨折や変形はなかった。

(カ) 原告は、同年10月20日、右手に杖を所持するものの、これを使用せず、また、右足を引きずったりする様子もなく、健常者と何ら変わりなく歩行していた。

(キ) 原告は、同月24日、右足で自転車のスタンドを外し、右手に杖を持ったまま傘を差して自転車を運転し、その際、健常者と何ら変わりなく、両足を使ってペダルを漕いでいた。

(ク) 原告は、同月27日、前記(キ)と同様、健常者と何ら変わりなく、両足でペダルを漕いで自転車を運転し、右足で自転車のスタンドをかけたり外したりしていた。

また、原告は、同日、右手に杖を所持するものの、これを使用せず、また、右足を引きずったりする様子もなく歩行し、歩行中、痛みを堪えるような表情は一切見られなかった。

(ケ) c診療所のI医師(以下「I医師」という。)は、平成19年2月27日、原告について「右足関節挫傷」、同日「症状固定」とし、「以下の後遺症」が残存するとして「右足関節運動痛・圧痛・荷重痛著明であり、歩行障害を認め1本杖使用し歩行する状態である。階段昇降困難であり手すり使用」などと診断した。

(コ) 原告は、同月28日、鶴見労基署に対し、本件事故に係る労働者災害補償保険障害補償給付支給請求をした。

鶴見労基署は、原告の右足に関し、前記(ケ)のI医師の診断等に基づき、エックス線画像上異常所見は認められないものの、原告の右足関節の著明な圧痛等の神経症状等が残存すると認められるとして、後遺障害等級12級12号の「局部にがん固な神経症状を残すもの」に該当するものと判断し、同年3月23日、その旨認定した。

オ 本件解雇に至る経緯

(ア) 原告は、本件事故後平成19年10月まで被告Y3電設の寮に住んでいたが、遅くとも原告が本件組合に加入した平成18年4月ころ以降、被告Y3電設から原告の携帯電話に電話しても原告は出ず、留守番電話にメッセージを残しても、原告からの反応はなかった。

(イ) 被告Y3電設は、平成19年5月11日付け解雇通知書において、原告に対し、原告の本件事故に基づく右足関節挫傷が同年2月27日には症状固定しているにもかかわらず、原告がその後も欠勤の理由及び期間並びに居所について一切連絡してこないばかりか、就労の意思さえ表示しないまま2週間にわたって無断欠勤を続けており、これが、就業規則所定の普通解雇事由である「勤務意欲、モラルが低くまたは就業状況又は勤務成績、勤務能率などが不良で就業に適さないとき。」(同規則56条4号)、「正当と認められる理由のない遅刻、早退、欠勤、朝礼や安全大会の欠席、直前になってからの休暇要望などが多く、労務提供が不完全であると認められるとき。」(同条5号)、「当社の社員としての適格性がないと判断されるとき。」(同条19号)等に該当するとして、同年3月13日付けで原告を懲戒解雇する旨を通知した(本件解雇)。

(ウ) なお、被告Y3電設は、原告を採用した際、就業規則の内容を口頭で説明することはなく、就業規則が置いてある場所を説明することもなかった。

(2)  以上の認定事実に対し、原告作成の陳述書である書証(省略)及び原告本人尋問の結果中には、これと相反する部分が存するので、これらの点について検討する。

ア 原告本人は、本件基礎アンカーが本件階段の目の前に8センチメートルほどの間隔で3、4本出ていた旨供述する。

しかしながら、基礎アンカーが地面と打設のコンクリートのずれ止め及び補強の目的を有することからすれば(証人E)、前記(1)ア(ウ)で認定したとおり、将来できるコンクリートの踏み台の外周に沿って等間隔に万遍なく存在するのが上記目的に適うと解されるのであって、原告本人が供述するように、将来できるコンクリートの踏み台の一部分、すなわち、四角形の一辺のみに基礎アンカーが存在しているだけでは前記目的を十分に達することができないと考えられるから、本件基礎アンカーの本数及び配列が原告の前記供述のとおりであったとは考え難い。

したがって、原告本人の前記供述は、不自然、不合理であり、信用することができない。

イ 原告本人は、本件事故当時、本件階段の最下段に本件踏み台はなかった旨供述する。

しかしながら、正座のような格好で床面まで落ちた旨の原告本人の供述を前提とすれば、事故再現写真(書証省略)の写真⑮からも明らかなとおり、床面まで落ちた際の原告の膝は1段目の階段の縁から25センチメートル以上先に位置していると認められる以上、前記(1)ア(ウ)記載の本件基礎アンカーの位置関係、本件基礎アンカーが折り曲げられている方向及び本件階段の1段目の階段の縁から後に完成したコンクリートの踏み台の縁までの幅に照らし、本件事故によって原告が床面まで滑り落ちた際、どちらかの膝が本件基礎アンカーにぶつかって然るべきであるにもかかわらず、滑り落ちたときに本件基礎アンカーにはぶつからなかった(原告本人)というのは、いかにも不自然である。

なお、原告本人は、この点に関し、本件階段から滑り落ちた際、本件基礎アンカーに引っかからないように気を付けていたので、本件基礎アンカーにはぶつからなかった旨供述するが、1段の高さが25センチメートルの階段の下から3段目又は4段目から滑り落ちた場合、ほんの数秒後には床面まで達していると考えられ、しかも、自らの予期に反して滑り落ちたことを併せ考慮すれば、意識的かつ瞬時に本件基礎アンカーにぶつからないようにすることは極めて困難であると考えられるから、原告本人の前記供述は信用できず、本件基礎アンカーにはぶつからなかった旨の前記供述の不自然さを払しょくするものではない。

これに対し、Eの証言には、特段不自然、不合理な点が認められない上、「安全廻り手直し」と直接的な記載ではないものの、本件踏み台を設置したことを裏付ける当時の作業日報が存在している(書証省略)。また、前記のとおり、本件踏み台がなかったとすれば、原告のいずれかの膝が本件基礎アンカーにぶつかり、何らかの外傷を負うはずであるところ、原告が本件事故日の翌日に行ったa病院の診療録(書証省略)には「右足関節捻挫」とのみ記載され、外傷について何らの診断もなかったことは、本件事故当時に本件踏み台が設置されていたことと整合性を有するということができる。さらに、本件階段を業務中に使用していたDが木製の踏み台で養生されていた旨証言し、本件工事現場の見回りをしていた証人Jが養生が具体的にどうなっていたかは記憶がないものの、無理なく本件階段を昇降できた旨証言するなど、本件踏み台を設置した旨のEの証言に符合する証言も存在する。

以上によれば、Eの証言は、原告本人の供述と対比して信用性があるというべきであるから、結局、この点に関する原告本人の供述は信用できない。

ウ 原告本人は、平成18年2月10日の金曜日に本件工事現場全体の一斉清掃はなかった旨供述し、原告作成の陳述書には、本件工事現場では通路や階段など作業外の場所を含めた一斉清掃はなかった旨の記載がある(書証省略)。

しかしながら、証人Jは、毎週金曜日の一斉清掃につき、入所時教育でも説明し、毎週金曜日の朝礼の際にグループごとに清掃場所についても指示していたなどとその内容について具体的に証言し、証人Dも一斉清掃が行われていた旨証言する一方、原告自身も少なくとも日々の作業後の清掃についてはやかましく言われていた旨をその陳述書に記載していること(書証省略)からすれば、前記全体清掃の指示がなかったとか、あったとしても、同指示に反して作業場以外の通路や本件階段については清掃が行われなかったなどとは考え難いから、原告本人の前記供述は信用できない。

エ 原告本人は、本件事故の翌日である同月15日、病院に行く前に被告Y3電設を訪れたが、金を出してほしいとは言わなかった旨供述するが、被告Y3電設が原告に対して3万円貸した旨の同日付け出金伝票があり、これに原告が署名しているから(証拠省略)、原告本人の前記供述は信用できない。

オ 原告本人は、同日、a病院で、右足を包帯で固定され、湿布を貼り、松葉杖を貸与されたと供述等するが(証拠省略)、a病院の診療録(書証省略)には、レントゲン写真を撮影し、ロキソニンとセルベックスを処方したとの記載があるものの、湿布、包帯の処置、処方の記載は認められない。一般に診療録は、その他の補助記録とともに、医師にとって患者の症状の把握と適切な診療上の基礎資料として必要不可欠のものであり、また、医師の診療行為の適正を確保するために、法的にも医師が診療の都度作成を義務付けられているものであるから、診療録の記載内容は、それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り、真実性が担保されており、診療録に記載のない診療行為や処方は、そうした事実が存在しなかったものと推認される。したがって、この点についての原告の供述等も措信し難いというべきである。

カ 原告本人は、同月17日に医師の指示に反してa病院に行かなかった理由に関し、金がなかった旨供述等する(証拠省略)。しかしながら、前記のとおり、原告はその2日前の同月15日に被告Y3電設から治療費名目で3万円借りている上、治療費が原告の自費であったこと(書証省略)を考慮しても、第3・1(1)エ(イ)記載の治療内容に照らし、同日の治療費が高額であったとも認め難いから、そのわずか2日後の同月17日の時点で治療費を支払う余裕がなかったとは認められない。したがって、この点についての原告本人の前記供述も信用できない。

キ 原告本人は、同年6月になっても右足が腫れている状態であった旨供述するが、前記(1)エ(オ)のとおり、c診療所の診断結果によれば、少なくとも同年5月11日の段階で右足の腫れはなくなっていると認められるから、原告本人の前記供述は信用できない。

2  争点(2)について

(1)  原告は、第2・2(2)ア(ア)のとおり、被告らの安全配慮義務を負う前提として、本件事故発生の原因に関し、本件階段が、①急傾斜であった、②段差が高かった、③踏面の幅が狭かった、④踏面に滑止めがなかった、⑤階段自体が未完成のため最下段と床面が大きく乖離していたほか、⑥本件工事現場及び本件階段付近が埃、泥、建設作業による汚れやゴミ等で滑りやすい状態であった旨主張するので(本件事故原因①ないし本件事故原因⑥。以下、これらをまとめて「本件各事故原因」という。)、以下検討する。

(2)  本件事故原因①ないし③について

ア 原告は、第2・2(1)アのとおり、本件事故態様に関し、本件階段の下から3段目又は4段目の場所で足を滑らせた旨主張する。

ところで、本件階段の下から1段目以降の階段の幅、蹴上及び踏面は第3・1(1)ア(イ)のとおりであり、いずれも労安衛法23条に基づく労働安全衛生規則540条1項の「安全な通路」としての階段の具体的要件と解される建築基準法上の安全基準(書証(省略)。幅75センチメートル以上、蹴上22センチメートル以下、踏面21センチメートル以上。同法36条、同法施行令23条1項4号)を満たすものであったと認められることに加え、本件階段の勾配が約38.6度であり、本件階段の両側には鉄パイプ製の手すりが設置されていたことをも併せ考えれば、原告が足を滑らせたと主張する本件階段の下から3段目又は4段目の階段は、安全面において何ら欠陥がなかったと認めるのが相当である。

したがって、そもそも、本件階段が急傾斜であったとか、段差が高かった、踏面の幅が狭かったなどと評価することはできないし、仮に原告が本件階段の傾斜、段差及び踏面の幅を原因として足を滑らせたとしても、本件事故の発生につき被告らに安全配慮義務違反は認められない。

イ なお、この点に関し、原告は、第2・2(2)ア(ウ)のとおり、本件階段の踏面が原告の安全靴より小さく、作業員が常に安全靴の踵か爪先をはみ出した状態で昇降しなければならなかったこと及び道具や材料を持って昇降する必要があったことを根拠に建築基準法上の安全基準以上の安全配慮をする必要があった旨主張する。

しかしながら、同法が国民の生命、健康等の保護を目的として建築物の構造等に関する最低の基準を規定したものであることからすれば(1条)、当該階段が同法及び同法施行令の定める基準上問題がないとされた場合には、他に危険性が高いことを裏付けるような特段の事情のない限り、当該基準以上の安全配慮を負わせる根拠はないというべきである。これを本件について見るに、原告が本件当時履いていた安全靴のサイズは26センチメートルであって(原告本人)、本件階段の踏面から1センチメートルほど安全靴がはみ出るにすぎないこと、原告は本件事故当時左手で手すりに掴まろうと思えば掴まることができる状態で本件階段を下りていたこと(原告本人)、原告は本件階段上で何らかの作業を行っていたわけではなく、2階で道具等の片付けをした上でちりとりを左手に持って単に本件階段を下りていたにすぎないことなどからすれば、少なくとも本件事故当時の原告との関係では、前記特段の事情を認めることはできない。

したがって、原告の前記主張を採用することはできない。

(3)  本件事故原因④について

ア 第3・1(1)ア(イ)のとおり、本件階段の踏面には縁の部分まで縞鋼板が使用され、階段自体に滑止めが施されていたから、本件階段の踏面に滑止めがなかったとはいえず、本件事故原因④は、そもそもその前提を欠く。

イ なお、原告本人は、本件階段の踏面の縁の部分に滑止め用のテープがなかった旨供述等し(証拠省略)、確かに、第3・1(1)ア(イ)のとおり、本件階段の踏面の縁の部分には滑止め用のテープがなかったことが認められる。

しかしながら、証拠(省略)によれば、踏面が縞鋼板である場合には重ねて滑止め用のテープを施す必要はないと認められる上、第3・1(1)ウ(ア)のとおり、原告は滑止めの役割を果たす安全靴を履いていたのであるから、滑止めのために縞鋼板が使用された本件階段の踏面の縁の部分に更に滑止め用のテープを施さなかった点につき、被告らに安全配慮義務違反は認められない。

したがって、本件階段の踏面の縁の部分に滑止め用のテープがなかったことは、前記結論を左右しない。

(4)  本件事故原因⑤について

ア 本件階段は、第3・1(1)ア(ア)のとおり、その最下段のコンクリート部分が未完成であったものの、同(ウ)のとおり、本件事故当時には、最下段部分に高さ約23センチメートルの本件踏み台が設置されていたから、本件階段の最下段と床面とが44センチメートル離れていた旨の原告の主張を前提としても、本件踏み台から本件階段の最下段までの高さは約21センチメートルにすぎないこととなる。したがって、本件階段の最下段と床面が大きく乖離していたという事実は認められず、本件事故原因⑤もその前提を欠く。

そもそも、第2・2(1)アのとおり、原告が本件階段の下から3段目又は4段目の場所で足を滑らせた旨主張しており、この原告の主張を前提にすれば、本件階段の最下段部分に本件踏み台が設置されていたか否かとは関係なく、原告は足を滑らせたはずであるし、本件では、本件階段の最下段と床面とが乖離していなければ原告がけがをすることはなかったとか後遺障害を負うことはなかったというような主張もないから、仮に本件事故原因⑤が存在するとしても、結局、本件事故原因⑤と本件事故発生との間には因果関係がないというべきである。

以上によれば、本件事故原因⑤は、いずれにしても被告らに対して原告主張の安全配慮義務を負担させる理由にはならない。

イ なお、原告は、第2・2(2)(ウ)のとおり、本件階段の最下段を本件踏み台で養生したとの被告らの主張が出てきたのが本件事故発生から3年以上も経過した後であること、仮に本件踏み台で養生していたとすると原告が本件基礎アンカーを見ることができないはずであることを根拠に、本件事故当時、本件踏み台はなかった旨主張する。

しかしながら、第3・1(1)ア(イ)、(ウ)各記載の本件階段の幅及び本件踏み台の大きさ並びに証拠(省略)によれば、Eが作成した本件踏み台は、同(ウ)で認定したとおり、すべての本件基礎アンカーを覆い隠すものではなく、本件階段を昇降する際に使用される正面部分のみを覆うものにすぎない上、覆われている部分についてもコンパネによって上から本件基礎アンカーが見えなくなるだけで、バタ角が使用されていない空間からは本件基礎アンカーを見ることが可能であるから、原告が本件基礎アンカーを見た事実と本件踏み台が設置されていた事実は何ら矛盾しない。また、被告らが本件階段の最下段部分を本件踏み台によって養生した旨の主張を初めてしたのは平成21年7月7日の第5回口頭弁論期日であるものの(当裁判所に顕著な事実)、Eが被告Y1エンジニアリングに対して本件踏み台を設置したことを初めて話したのが同年5月ころであり(証人E)、被告らはこの話を聞いた直後に前記主張をしたものと認められるから、本件事故発生から3年以上経過した後に被告らが前記主張をしたことは、何ら不自然、不合理ではない。加えて、第3・1(2)イで判示したとおり、本件階段の最下段部分に本件踏み台が設置されていなかったとすれば、原告は本件事故の際に本件基礎アンカーにぶつかるはずであり、原告に何ら外傷がなかった旨の本件事故翌日の診断内容と整合しない。

したがって、原告の前記主張は、本件事故当時に本件踏み台が設置されていたとの前記結論を覆すものではない。

(5)  本件事故原因⑥について

ア 第3・1(1)イ(エ)及び(オ)のとおり、毎週金曜日の13時から30分間、本件階段を含む本件工事現場全体について一斉清掃が行われていたこと、ラックの取付作業に係るアングル切断、やすりがけ作業が飛散防止カバーの中で行われていたこと、ラックの取付作業の工程において出る粉状の金属片は1日当たり片手に1杯くらいの少量であったことからすれば、本件事故当時、本件工事現場及び本件階段付近に金属片やゴミ等が散乱していたとは認め難い。

また、第3・1(1)イ(ア)ないし(ウ)のとおり、本件工事現場では、本件事故当時、未だプラントの試運転は行われておらず、本件階段が液体や油で濡れるということはなかったこと、本件事故日以前の本件工事現場付近の天候は良く、雨によって本件工事現場及び本件階段付近が濡れていたとも認められないこと、本件事故当時、本件階段を使用している作業員が原告を含めて20人程度であったことからすれば、本件階段付近が前記金属片等以外の要因によって滑りやすい状態にあったと認めることもできない。

したがって、本件事故原因⑥もその前提を欠く。

イ なお、原告は、第2・2(2)ア(ア)のとおり、出入口付近に足拭きマットが設置されていなかった旨主張するが、前記のとおり、本件事故当時、本件階段が液体や油で濡れるということはなかったから、足拭きマットがなかったことが本件事故発生の原因であったとは認められず、原告の前記主張は、その前提を欠く。

(6)  以上によれば、本件各事故原因は、いずれも被告らに対して原告主張の安全配慮義務を基礎付けることができないか、あるいは被告らの安全配慮義務違反を認めることができないものであるから、原告の被告らに対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求は、その余の点(争点(1)、争点(2)のうち被告らがそれぞれ原告に対して安全配慮義務を負うか否か、争点(3)及び争点(4))について検討するまでもなく、いずれも理由がない。

3  争点(5)について

(1)ア  原告は、第2・2(5)ア(ア)のとおり、本件解雇が症状固定日である平成19年2月27日から2週間経過した後になされており、労働基準法19条に反する旨主張する。

しかしながら、原告は、第3・1(1)エ(カ)及び(キ)のとおり、平成18年10月20日、同月24日及び同月27日、健常者と何ら変わりなく歩行したり自転車を運転したりしており、その際、右足を引きずったり、左足だけを使ってペダルを漕ぐような様子はなく、歩行中、痛みを堪えるような表情も一切見られない。

また、原告は、本件事故当時、すねの真ん中辺りまであるブーツタイプの安全靴を履いており、通常の靴と対比すれば足首の保護に役立つ靴を履いていたと考えられること、本件事故後、他人の助けを借りずに自ら立ち上がり、自ら自動車を運転して帰宅したこと、本件事故日の翌日である同年2月15日には病院に行ったものの、医師の指示に反してその後の同月31日まで約2週間にわたって病院に行っていないこと、遅くとも同年5月11日のc診療所における診察の時点で右足の腫れはなく、右足の骨折や変形もなかったこと、同月以降のc診療所の診療録には運動時痛や圧痛等原告の愁訴ばかりが記載され(書証省略)、これを裏付ける客観的な根拠が乏しいことに加え、本件事故態様に係る原告の主張を前提としても、原告は本件階段の下から3段目又は4段目の場所から本件踏み台まで滑り落ちたにすぎないことを併せ考慮すれば、本件事故による原告の傷害結果は比較的軽微であったと推認するのが合理的であり、原告の右足関節に後遺障害が残っていることについては疑問を抱かざるを得ない。

以上からすれば、そもそも原告の右足に後遺障害が残っているとは認めることができないし、仮に原告の右足関節に後遺障害が残っていたとしても、遅くとも同年10月までには就労可能な程度にまで治癒していたと認めるのが相当である。なお、鶴見労基署は、原告について後遺障害等級12級12号と認定しているが、その1つの根拠となっているI医師の診断が、第3・1(1)エ(ケ)のとおり、原告について「歩行障害を認め1本杖を使用し歩行する状態である。」などとその前提を誤っていることなどからすれば、鶴見労基署の判断は、前記結論を覆すものではない。

したがって、原告の前記主張は、その前提を欠き、理由がない。

イ  この点に関し、原告は、足を負傷した者が安静期間経過後に日常的に歩いたり自転車に乗ったりして負傷部位を動かすことはリハビリの一環であるし、ビデオ(証拠省略)に映された原告が歩行時のみならず自転車に乗る際にも杖を持っていることからすれば、かえって原告が外出時に杖を手放せない状態にあったことが明らかであるから、前記ビデオは、原告の後遺障害が平成18年10月時点で就労可能な程度にまで治癒していたことの裏付けにはならない旨主張する。

しかしながら、そもそもビデオ(証拠省略)に映っている原告は、第3・1(1)エ(カ)ないし(キ)のとおり、健常者と何ら変わりなく歩行したり自転車を運転したりし、歩行中痛みを堪えるような表情が一切見られない上、右足で自転車のスタンドをかけたり外したりしているのであって、右足に何らかの障害を抱えている者の動作であるとは到底認めることができない。また、リハビリ目的で負傷部位を動かすというのであれば、担当医師によるリハビリの開始時期やその内容等について指示があって然るべきであるところ、a病院、bクリニック及びc診療所の診療録には、担当医師が原告に対してそのような指示をしたことを裏付けるような記載はない(証拠省略)。したがって、原告がリハビリ目的で杖を使わずに歩いたり自転車に乗ったりしていたと認めることはできない。

また、前記のとおり、原告が平成18年10月の時点で健常者と何ら変わりなく歩行したり自転車を運転したりしていた状況に照らせば、原告が杖を持って外出していること自体に疑問を抱かざるを得ないし、証拠(省略)によれば、ビデオに映された原告は一切杖を使わずに歩いているから、原告が同月時点で杖を手放せない状態にあったということはできない。

以上より、原告の前記主張を採用することはできない。

(2)  原告は、第2・2(5)ア(イ)のとおり、本件解雇が周知性の要件を欠き、無効である旨主張する。

確かに、証拠(省略)によっても、就業規則が従業員の見やすい場所に備え付けられていたか否かについては疑問がないわけではない上、第3・1(1)オ(ウ)のとおり、被告Y3電設は、原告を採用した際、就業規則の内容を口頭で説明したり、就業規則が置いてある場所を説明したりすることもなかったから、本件解雇は、懲戒解雇としての有効要件と解される就業規則の周知の面で問題がないわけではなく、また、告知聴聞の手続の面でも疑問があり、懲戒解雇として有効とまでいうには、ためらいを禁じ得ない。

しかしながら、懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が内包されていると認められる場合に限り、懲戒解雇をもって普通解雇の意思表示に転換することが許されると解するのが相当であるところ、就業規則49条に36種類にも及ぶ詳細な懲戒解雇事由が規定されているにもかかわらず(書証省略)、本件解雇理由は、第3・1(1)オ(イ)のとおり、いずれも普通解雇事由に基づくものであったこと、特に、懲戒解雇事由の中には、本件解雇理由の1つである「正当と認められる理由のない遅刻、早退、欠勤、朝礼や安全大会の欠席、直前になってからの休暇要望などが多く、労務提供が不完全であると認められるとき。」(同規則56条5号)とほぼ同趣旨と解される規定が存在するにもかかわらず(同規則49条3号、4号)、普通解雇事由である同規則56条5号が本件解雇理由として列挙されていることなどからすれば、本件解雇には普通解雇の意思表示が内包されていたと認めるのが相当である。

そして、本件解雇の事由は同(イ)のとおりであるところ、第3・1(1)エ及びオで認定した本件事故後の原告の状況、本件解雇に至る経緯に照らせば、被告Y3電設の主張する本件解雇の事由は優に認めることができ、本件解雇は普通解雇としては有効というべきである。

(3)  原告は、第2・2(5)ア(ウ)のとおり、本件解雇通告が本件組合を通さず、原告に対して直接行われたとして、本件解雇は、個別交渉の禁止及び団体交渉応諾義務に違反した不当労働行為に該当し、無効である旨主張する。

しかしながら、解雇は、労使間の交渉ではなく、使用者による一方的意思表示であるから、本件解雇通告が個別交渉の禁止に反するとは認められないし、本件解雇通告がいかなる理由で正当な理由なき団体交渉の拒否(団体交渉応諾義務違反)につながるのか判然としないから、原告の前記主張を採用することはできない。

(4)  原告は、第2・2(5)ア(エ)のとおり、被告Y3電設が原告に対して出社すればいかなる嫌がらせを受けるかもしれないというあからさまな脅迫を加えて、原告が療養終了後に出勤することを事実上不可能な状態に陥れ、実質的に原告の労務提供の受領を拒否する意思を明確にしておきながら、無断欠勤を理由に本件解雇をしたものであるから、理由がなく、無効である旨主張し、原告作成の陳述書(書証省略)には、被告Y3電設従業員のK(以下「K」という。)が平成18年4月6日原告宅を訪れ、「おまえは日本鋼管に金を取るためにやくざを送ったのか。」などと言われ、ジャンパーに手を回して刃物で刺す真似をされた旨これに沿う記載があり、原告本人もこれに沿う旨の供述をする。

しかしながら、以上の事実については、そもそも原告作成の前記陳述書及び原告本人尋問の結果(以下「原告本人の供述等」という。)以外に前記各事実を直接裏付ける証拠はなく、特に、Kが刃物で刺す真似をしたという点については、原告本人尋問の結果を前提にしても、原告は、Kが刃物を持っていることを実際に確認しておらず、Kが単に左手でジャンパーの中から何かを取り出そうとした仕草をもって「刃物で刺す真似をした」と表現したにすぎないことが認められるから、原告主張の前記各事実をもって、被告Y3電設が原告を脅迫したと認めることはできない。

また、原告は、その陳述書(書証省略)において、原告の内妻であるGが職場の同僚から原告の組合加入について悪口を言われた旨記載するが、この点についても原告本人の供述等以外にこれを直接裏付ける証拠がない上、仮にGの同僚にこのような行動があったとしても、それが、原告が被告Y3電設に出勤することを事実上不可能な状態に陥れる意図でなされたと認めるに足りる証拠はない。

なお、K及びGの同僚の前記各行動は、仮にそのような行動があったとしても、単なる個人的な行動である可能性も十分考えられるのであって、被告Y3電設の行動と同一視できるか大いに疑問である。

したがって、原告の前記主張は、いずれにしても採用することができない。

(5)  以上より、原告の被告Y3電設に対する雇用契約(本件解雇の無効)に基づく地位確認請求及び賃金支払請求は、いずれも理由がない。

4  結論

以上の次第で、原告の請求は理由がないからこれらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 深見敏正 裁判官 朝倉亮子 裁判官 佐野倫久)

(別紙)

当事者目録

第一事件原告・第二事件反訴原告・第三事件原告 X

同訴訟代理人弁護士 小川光郎

第一事件被告 Y1エンジニアリング株式会社

同代表者代表取締役 A

同訴訟代理人弁護士 安西愈

同 梅木佳則

同 山岸功宗

第一事件被告 Y2電業株式会社

同代表者代表取締役 B

同訴訟代理人弁護士 荒井洋一

同 向美奈子

同 舘彰男

同 高原わかな

同 関義之

同 飯岡里映

同 井澤慎次

同 西部俊宏

同 上田瑞尊

同 須長駿太郎

同 原田勉

第二事件反訴被告・第三事件被告 株式会社Y3電設

同代表者代表取締役 C

同訴訟代理人弁護士 押田典久

同 寺岡幸吉

同 猪股貞夫

同 藤原大輔

同 濵邉和揮

同 高栁良作

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