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横浜地方裁判所 平成20年(行ウ)55号 判決 2010年3月17日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  認定事実

争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  捜査費は、経費の性質上、特に緊急を要し、正規の支出手続を経ていたのでは捜査等に支障を来し、又は秘密を要するため、通常の支出手続を経ることができない場合に使用できる経費で、現金経理が認められており、その使途は、犯罪の捜査等に従事する職員の活動のための諸経費及び捜査等に関する情報提供者、協力者等に対する諸経費とされている(争いのない事実、〔証拠省略〕)。

神奈川県警察における捜査費の会計経理については、捜査費を執行する警察本部の担当課長等を各所属における出納の第一次的責任者たる「取扱者」とし、捜査費を執行する警察本部の担当課課長代理等を取扱者の行う事務を補助することができる「補助者」としている(争いのない事実、〔証拠省略〕)。

以下では、取扱者が捜査費として捜査員等に現金を交付することを「支出」といい、捜査員が支出を受けた現金を債主に支払うことを「支払」という。

(2)  捜査費のうち捜査諸雑費は、日常の捜査活動において使用する少額で多頻度にわたる経費であり、その執行手続は、次のとおりである(争いのない事実、〔証拠省略〕)。

ア  取扱者は、捜査諸雑費の執行の必要が生じた場合には、中間交付者(警察本部にあっては担当課長補佐及び中隊長をいう。以下同じ。)からの交付申請により、中間交付者を介して現金を捜査員に交付(支出)する。

イ  捜査員は、債主に対して所要の支払をした後、中間交付者に報告する。

ウ  中間交付者は、月末に各捜査員の捜査諸雑費の精算を行い、取扱者に報告する。

(3)  本件各文書の意義及び記載内容は、次のとおりである(〔証拠省略〕、弁論の全趣旨)。

ア  本件現金出納簿(〔証拠省略〕)

現金出納簿は、取扱者が前渡金受領職員(警察本部総務部会計課長)から交付された捜査費の出納状況を記載する帳簿である。

本件現金出納簿のうち、本件処分において公開が拒否された部分(別紙文書目録記載1の部分)には、捜査諸雑費の個別執行状況(個々の支出又は返納年月日、支出事由(事件名、捜査員(警部補以下の警察官を含む。)の官職・氏名等)、支出又は返納額及び当日の残額)が記載されている。

イ  本件捜査費支出伺

捜査費支出伺(〔証拠省略〕)は、取扱者等が捜査員等に捜査費を交付(支出)する際に作成する書類である。

本件捜査費支出伺には、発議年月日、支出金額、中間交付者の所属・氏名等、内訳(交付を受ける捜査員(警部補以下の警察官を含む。)の官職・氏名、支出事由及び交付年月日)が記載され、取扱者及び補助者が押印している。

ウ  本件支払精算書

支払精算書(〔証拠省略〕)は、捜査員が取扱者等に自ら執行した捜査費の精算をするために提出する書類である。

本件支払精算書には、作成年月日、支払をした捜査員(警部補以下の警察官を含む。)の官職・氏名、捜査諸雑費を受領した年月日、既受領額、支払額、差引過不足額、支払額内訳(支払年月日、支払事由(個人である支払先の住所、氏名を含む。)及び金額)、返納額の返納又は不足額の領収の年月日等が記載され、取扱者及び補助者が押印している。

エ  本件立替払報告書

立替払報告書(〔証拠省略〕)は、捜査員が、突発事案等に応急的に対処する必要に迫られて、一時的に私費を立て替えて捜査費を支払った場合に、当該立替払について取扱者等の確認を受けるための書類である。

本件立替払報告書には、作成年月日、捜査員(警部補以下の警察官を含む。)の官職・氏名、立替払をした金額、その内訳(支払年月日、金額、債主名、支払事由(個人である支払先の氏名を含む。)等)が記載され、取扱者が押印している。

オ  本件捜査費交付書兼支払精算書

捜査費交付書兼支払精算書(〔証拠省略〕)は、中間交付者等が各捜査員に交付した捜査諸雑費を月末に取扱者等に精算するための書類である。

本件捜査費交付書兼支払精算書には、作成年月日、中間交付者である鑑識課課長補佐の官職・氏名、捜査諸雑費を受領した年月日、既受領額、捜査員への交付額の合計額、捜査員の支払額の合計額、捜査員から中間交付者への返納額の合計額、中間交付者から取扱者への総返納額、及び内訳(各捜査員への交付年月日、捜査員(警部補以下の警察官を含む。)の官職・氏名、捜査員個々の交付額、支払額及び返納額)が記載され、取扱者及び補助者が押印している。

カ  本件支払伝票

支払伝票(〔証拠省略〕)は、捜査員が捜査諸雑費の支払をした際に作成する書類である。

本件支払伝票には、作成年月日、捜査員(警部補以下の警察官を含む。)の官職・氏名、各支払に係る支払年月日、支払金額、支払先(個人の住所、氏名等を含む。)及び支払事由、並びに支払金額の合計額が記載されている。

キ  本件領収書

本件領収書は、支払先の店舗、飲食店等の領収書、レシート等と、捜査協力者等が謝金等を受領した際に作成する領収書に分けれられる。捜査協力者等の領収書には、謝金等を支払った捜査員の氏名、受領した金額、受領年月日及び捜査協力者等の住所・氏名が記載され、捜査協力者等が押印又は指印している。本件領収書は、本件支払精算書、本件支払伝票又は本件立替払報告書に添付されている。

(4)  平成18年度における鑑識課の所掌事務は、犯罪鑑識(犯罪手口に関するものを除く。)に関すること、鑑識資器材の整備運用に関すること及び警察犬に関することである(争いのない事実)。

鑑識課における捜査諸雑費の主な使途は、現場鑑識活動をする際、第三者である立会人に資料の存在状況、資料の検出・採取状況、資料の破壊・変質防止措置、資料の混同・紛失等の防止措置、復元の状況などを確認してもらうことに対して支払う捜査協力謝礼や、鑑識活動のため捜査用車両で事件現場に臨場した際に、いわゆるコインパーキング等に車両を駐車させる場合に支払う駐車場代などである(〔証拠省略〕、弁論の全趣旨)。

2  本件各情報の本件条例5条6号該当性(争点(1))

(1)  本件条例5条6号の解釈について

本件条例5条6号は、非公開情報の一つとして、「公開することにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」を掲げている。

同号は、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)5条4号と同趣旨の規定であり、「公開することにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある」情報については、その性質上、開示・不開示の判断に犯罪等に関する将来予測についての専門的・技術的判断を要するなどの特殊性が認められることから、司法審査の場においては、裁判所が、本件条例5条6号に規定する情報に該当するかどうかについての実施機関の第一次的判断を尊重し、その判断が合理性を持つ判断として許容される限度内のものであるか否かについて審理、判断するのが適当であるという考え方の下に、「実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」という規定振りとされたものと解される。

このような観点からすると、裁判所が本件条例5条6号に掲げる非公開情報に該当することを理由とする公開拒否決定の適法性を審査するに当たっては、実施機関の判断が裁量権の行使としてされたことを前提に、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、その判断が重要な事実の基礎を欠き又は合理性を持つものとして許容される限度を超えると認められる場合に限り、当該公開拒否決定を違法として取り消すことができるものと解するのが相当である。

原告は、本件条例5条6号に規定する「相当の理由」の有無は守秘義務について問題とされる実質秘性の3要件(非公知の事実であって、実質的にもそれを秘密として保護する必要があり、かつ、記載された事実が適法であること)を充足するか否かによって判断すべきである旨主張する。

しかしながら、本来裁量の余地なく秘密にすることが求められる守秘義務の問題と、公共の安全と秩序の維持の観点から非公開とすることに合理性があるか否かという問題とは、そもそもその趣旨目的を同じくするものとはいえない上、その効果も異にしており、これらを同一視して判断すべきでないことは明らかである。そして、本件条例5条6号の規定上も、守秘義務との関係が考慮されているとは解されない。したがって、本件条例5条6号の「相当の理由」の有無を、守秘義務において問題とされる要件の充足によって判断する合理的理由はなく、原告の上記主張を採用することはできない。

(2)  本件各情報について

前記認定事実によれば、本件捜査費支出伺、本件支払精算書、本件立替払報告書、本件捜査費交付書兼支払精算書、本件支払伝票及び本件領収書は、いずれも捜査員に対する捜査諸雑費の支出又は捜査員による支払若しくは返納と対応して作成され、本件現金出納簿は、個々の捜査諸雑費の支出等を総合したものであり、これらの本件各文書には、捜査諸雑費の支出等によって行われた捜査を構成する要素が記載されている。すなわち、本件各文書に記録されている本件各情報は、いずれも鑑識課における捜査諸雑費の支出(支払)年月日、支出(支払)又は返納に係る捜査員の氏名、支出(支払)に係る事件名、支出(支払)理由、支出(支払)金額及び支払先等の個別執行状況を把握し得る情報であるところ、このような情報は、捜査活動を費用面から表すものであり、一つの執行に関する情報それ自体が犯罪捜査に関する情報であるばかりでなく、これを事件ごとに一連のものとして時系列でとらえれば、事件ごとの捜査態勢、捜査方針、捜査手法、捜査の進展状況といった各種捜査情報を鑑識活動という観点から反映している情報とみることができる。

そうすると、本件各情報のうち、本件処分の時点で現に捜査等が継続中である事件に係るものについては、当該情報を公開すれば、当該事件捜査に係る各種の情報が明らかとなり、捜査体制や捜査活動の活発さなど捜査状況を推測することが可能になるから、捜査の手が及んでいることを察知した被疑者等の事件関係者が逃亡、罪証隠滅等をする可能性や、いまだ捜査に着手されていないことをつかんだ被疑者等が更なる犯罪等を敢行する可能性を否定することはできない。

また、本件各情報のうち、本件処分の時点では既に捜査が終了している事件に係るものについても、当該情報を収集することにより、鑑識活動という観点から、警察が、どのような事件に対して、どのような捜査体制で、どのような捜査方針を採って、どのように捜査を進めていったのかというような分析を行うことは可能であると考えられる。そして、このような分析は、新聞、雑誌等から得られる情報や事件関係者等から得られる各種情報と照合することにより、かなりの精度で行うことができる場合もあり得るから、将来において捜査活動の裏をかくための措置の研究等がされ、そのことによって、より巧妙な手口による犯罪が敢行される可能性も全く否定することはできない。

なお、前記認定事実によれば、本件各情報には、現場鑑識活動をする際の立会人に対する捜査協力謝礼の支払に関する情報や、捜査諸雑費の支出を受け若しくは返納を行い、又は支払をした捜査員の官職、氏名等の情報が含まれている。そして、これらの情報は、捜査協力者である立会人や捜査員が特定される情報であり、これらの情報を公開すれば、当該立会人や当該捜査員が被疑者等の事件関係者から報復や威迫等の働きかけを受ける可能性を否定することはできない。また、とりわけ当該立会人に対しては、自己が捜査協力者であることが事件関係者等に明らかになるのではないかとの危ぐを抱かせ、その結果、今後の現場鑑識活動に際して立会人の確保に支障を生ずることとなる可能性も否定することができない。

よって、処分行政庁が本件各情報を公開することにより犯罪の予防、捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると判断したことについて、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがあるとは認められず、その判断が重要な事実の基礎を欠き又は合理性を持つものとして許容される限度を超えると認めることはできない。

以上によれば、処分行政庁の上記判断には相当の理由があるから、本件各情報は本件条例5条6号所定の非公開情報に該当するものというべきである。

(3)  原告の主張に対する判断

ア  本件現金出納簿について

原告は、本件現金出納簿には、日付、概括的事件名、警察官の階級及び氏名、金額が記載されるのみであるから、これらを公開したとしても、事件ごとの捜査体制、捜査方針、捜査手法、捜査の進展状況など分析できるはずがなく、また、上記記載に係る情報は具体的にどの事件の関係で支出したかを特定できる情報ではないから、被疑者等の事件関係者が、捜査協力者や自分の関わる事件を特定又は推測することも不可能である旨主張する。

しかしながら、事件関係者による捜査状況等の推測や捜査員、捜査協力者への報復、働きかけ等が行われる具体的蓋然性についての判断は、前記(1)のとおり、本件条例5条6号の規定する「犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある」かどうかにかかわる判断として、実施機関に裁量が認められるところである。

そして、証拠(〔証拠省略〕)によれば、現金出納簿における事件名については、概括的な事件の性質が記載されるものの、ニュースの表題になるような程度の事件名もあると認められるのであるから、事件によってはその名称のみでどの事件かが特定される場合もあり得るし、そうでない場合でも、警察署名など地域との関連で事件関係者にとって事件が特定されることや、現金出納簿に記載されている支出日、支出額等と、新聞、雑誌等から得られる情報とを照合することなどによって具体的事件が特定される場合も想定し得る。このように具体的事件が特定されれば、前記(2)のとおり、捜査体制や捜査活動の活発さなど捜査状況が推測でき、被疑者等の事件関係者において逃亡、証拠隠滅等の対抗措置を講じる可能性があるほか、立会人等の捜査協力者や捜査官が特定又は推測され、これらの者に対する被疑者等による報復の可能性や、今後の立会人の確保が困難になる可能性など、犯罪の予防、捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあることを否定することはできない。そして、以上のような犯罪の捜査等への支障が生じるおそれがあるという処分行政庁の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとするだけの具体的な根拠を見いだすことはできない。

したがって、原告の上記主張を採用することはできない。

イ  本件領収書のうち駐車場の領収書について

原告は、本件領収書のうち駐車場の領収書について、当該領収書に記載される事項は、駐車場の名称、年月日、入出庫時刻、駐車料金のみであり、これらの記載内容から、事件ごとの捜査体制、捜査方針、捜査手法、捜査の進展状況など分析できるはずがなく、捜査員も特定できず、事件関係者が駐車場に報復措置を執ることはおよそ考えられないから、当該領収書を公開しないのは裁量権の逸脱又は濫用である旨主張する。

しかし、現場鑑識活動のため鑑識車両を駐車した駐車場の領収書に記録されている情報を公開すると、いつ、どこで、どのくらいの時間、鑑識課員が活動していたかが明らかになり、これらを分析することにより、捜査の対象、捜査体制や捜査活動の状況が推察され、被疑者等において逃亡又は証拠隠滅に及ぶ可能性や、犯罪を企図する者において対抗措置を講じる可能性等を全く否定することはできないから、犯罪の予防、捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるという処分行政庁の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない。

したがって、原告の上記主張を採用することはできない。

ウ  本件領収書のうち捜査協力謝礼の領収書について

原告は、本件領収書のうち現場鑑識活動における立会人に対する捜査協力謝礼の領収書について、当該立会人に対し氏名公表の諾否の確認を取ることなく非公開としたのは裁量権の逸脱又は濫用である旨主張する。

しかし、本件条例上、第三者の氏名等に関する情報の同条例5条6号該当性を判断するに当たり、実施機関に、当該第三者に対し氏名公表の諾否の確認を行うことを義務付ける規定は存在しない(本件条例12条1項、2項参照)。そして、証拠(〔証拠省略〕)及び弁論の全趣旨によれば、鑑識課では、平成18年度の当時、現場鑑識活動を実施する際に、立会人に対し、氏名公表の諾否の確認を行っていなかったと認められるのであるから、処分行政庁が、原告の行政文書公開請求を受けた後、改めてその確認を行うことなく、立会人から氏名の公表について現に承諾が得られていないという事実を前提に本件条例5条6号該当性を判断したとしても、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがあるとは認められず、その判断が重要な事実の基礎を欠き又は合理性を持つものとして許容される限度を超えると認めることはできない。

したがって、原告の上記主張を採用することはできない。

エ  部分公開の可否について

原告は、前記駐車場の領収書のうち場所や日時、入出庫時間が分かる部分を黒塗りにすることは、多くの費用と時間をかけずに、又は物理的困難さを伴わずにすることが可能であり、前記捜査協力謝礼の領収書についても、年月日、あて名、支出した警察官の名前の部分や立会人が特定できる部分を黒塗りにすれば被告のいう懸念は払拭され、情報公開の目的は十分達成できるから、当該各領収書を全く公開しないのは裁量権の逸脱又は濫用であるなどと主張する。

確かに、本件条例6条1項は、公開請求に係る行政文書に非公開情報とそれ以外の情報とが記録されている場合において、当該非公開情報とそれ以外の情報とを容易に、かつ、行政文書の公開を請求する趣旨を失わない程度に合理的に分離できるときは、当該非公開情報が記録されている部分を除いたその余の部分を公開することを実施機関に義務付けるものであって、同項所定の要件に該当する限り、実施機関は同項所定の行政文書の部分公開をしなければならず、本件条例4条所定の者(以下「住民等」という。)は、実施機関に対して、本件条例6条1項所定の部分公開を請求することができる。

しかしながら、同項は、その文理に照らすと、1個の行政文書に複数の情報が記録されている場合において、それらの情報のうちに非公開情報に該当するものがあるときは、当該部分を除いたその余の部分についてのみ、これを公開することを実施機関に義務付けているにすぎない。すなわち、同項は、非公開情報に該当する独立した一体的な情報を更に細分化し、その一部を非公開とし、その余の部分にはもはや非公開情報に該当する情報は記録されていないとみなして、これを公開することまでをも実施機関に義務付けるものと解することはできないのである。

このことは、同条2項の規定に照らしても明らかである。同項は、非公開情報が記録されている文書のうち特に本件条例5条1号のいわゆる個人識別情報のみを取り出し、「公開請求に係る行政文書に前条第1号に該当する情報(特定の個人が識別され、又は識別され得るものに限る。)が記録されている場合において、当該情報のうち、特定の個人が識別され、又は識別され得ることとなる記述等の部分を除くことにより、公開しても、個人の権利利益が害されるおそれがないと認められるときは、当該部分を除いた部分は、同号の情報に含まれないものとみなして、前項の規定を適用する。」と規定し、もって、個人識別情報に限って、部分公開の一形態として、個人識別部分のみの公開を拒みその余の部分を公開するという公開の方法を定めている。このような本件条例6条の文理からすれば、本件条例は、5条1号に規定する個人識別情報については、6条1項の規定のみに基づいては個人識別部分のみを除くという部分公開を義務付けることができないことを前提に、特に同条2項の規定を設けて、上記のような部分公開についての法的根拠を与え、もって、最大限の公開を実現しようとしたものであると解される。そうであれば、同項は、個人識別情報以外の非公開情報についても、同条1項のみに基づいては上記のような態様の部分公開を義務付けることはできないことを当然の前提としているというべきである。

したがって、実施機関において個人識別情報以外の非公開情報に該当する独立した一体的な情報を細分化することなく一体として公開拒否決定をしたときに、住民等は、実施機関に対し、本件条例6条1項を根拠として、公開することに問題のある箇所のみを除外してその余の部分を公開するよう請求する権利を有するものではなく、裁判所もまた、当該公開拒否決定の取消訴訟において、実施機関がこのような態様の部分公開をすべきであることを理由として当該公開拒否決定の一部を取り消すことはできないと解するのが相当である(最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決・民集55巻2号530頁、最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号467頁参照)。

これを本件についてみると、本件領収書のうち、駐車場の領収書及び捜査協力謝礼の領収書については、各捜査諸雑費の支払ごとにこれに対応する当該領収書に記録された情報が全体として当該捜査諸雑費に係る現場鑑識活動の実施に関する独立した一体的な情報を成すものとみるべきであり、このような独立した一体的な情報ごとに本件条例5条6号所定の非公開情報にそれぞれ該当するものと認められるから、これを更に細分化してその一部のみを非公開としその余の部分を公開しなければならないものとすることはできない。

よって、原告の上記主張を採用することはできない。

3  本件各個人情報の本件条例5条1号該当性(争点(2))

(1)  前記認定事実のとおり、本件現金出納簿、本件捜査費支出伺、本件支払精算書、本件立替払報告書、本件捜査費交付書兼支払精算書及び本件支払伝票には、いずれも警部補以下の警察官の氏名の情報が記録されており、また、本件支払精算書、本件立替払報告書、本件支払伝票及び本件領収書には、いずれも個人である支払先の住所、氏名等の情報が記録されている。

これらの本件各個人情報は、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るものであると認められるから、本件条例5条1号本文に規定する情報に該当する。

また、同号ただし書は、同号に規定する非公開情報の範囲から「次に掲げる情報を除く。」と規定しているところ、本件全証拠によっても、本件各個人情報が本件条例5条1号アからエまでの各情報に該当するとは認められない。

よって、本件各情報のうち本件各個人情報は、いずれも本件条例5条1号所定の非公開情報に該当する。

(2)  これに対し、原告は、平成17年8月3日付け情報公開に関する連絡会議申合せ(〔証拠省略〕)を根拠に、本件各個人情報のうち、警部補以下の警察官の氏名の情報は公開されるべきである旨主張する。

しかし、証拠(〔証拠省略〕)によれば、原告が指摘する申合せは、国の各府省からなる「情報公開に関する連絡会議」において、各行政機関における公務員の氏名について、情報公開法の適正かつ円滑な運用を図る観点から、「各行政機関は、その所属する職員(省略)の職務遂行に係る情報に含まれる当該職員の氏名については、特段の支障を生ずるおそれがある場合を除き、公にするものとする。」という取扱方針の申合せがされたものであり、「上記取扱方針に基づき行政機関が公にするものとした職務遂行に係る公務員の氏名については、今後は、情報公開法に基づく開示請求がなされた場合には、「慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報」(第5条第1号ただし書イ)に該当することとなり、開示されることとなる。」というものであると認められる。

そうすると、上記申合せは、専ら情報公開法の適用を受ける国の行政機関(同法2条1項参照)を対象とするものであるから、都道府県に設置される都道府県警察(警察法36条1項)が上記申合せにいう「行政機関」に該当しないことは明らかである。原告は、神奈川県警察は警察庁の傘下にあり、警察庁は国家公安委員会に属し、同委員会は内閣府に属するから、警察庁についても上記申合せの当事者であると主張するが、上記のとおり、神奈川県警察は情報公開法が適用される国の行政機関ではないから、原告の上記主張は失当である。

また、上記申合せがされた後、神奈川県警察において、現に上記申合せに準じた取扱いが行われていることを認めるに足りる証拠はない。かえって、証拠(〔証拠省略〕)及び弁論の全趣旨によれば、神奈川県警察においては、昭和46年以降、警部補以下の階級にある者(相当職を含む。)の氏名は、職員録に掲載されておらず、また、昭和48年以降、新聞の異動記事でも公表されていないことが認められるから、本件各個人情報のうち警部補以下の警察官の氏名は、本件条例5条1号イに規定する「慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報」に該当するとは認められない。

したがって、原告の前記主張を採用することはできない。

4  結論

前記2及び3のとおり、本件各情報はいずれも本件条例5条6号所定の非公開情報に該当し、また、本件各情報のうち本件各個人情報は同条1号所定の非公開情報にも該当する。そして、以上説示したところによれば、処分行政庁がこれらの情報について本件条例7条の規定により裁量的な公開を行わなかったことが処分行政庁に付与された裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たらないことは明らかであるから、本件処分のうち本件各文書の公開を拒否した部分は適法である。

よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 一原友彦 戸室壮太郎)

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