横浜地方裁判所 平成20年(行ウ)58号 判決 2010年5月26日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第3当裁判所の判断
1 温泉法4条1項1号及び2号所定の不許可事由該当性(争点(1))について
(1) 温泉法の定め等
温泉法9条1項は、温泉のゆう出路を増掘し、又は温泉のゆう出量を増加させるために動力を装置しようとする者は、環境省令で定めるところにより、都道府県知事に申請してその許可を受けなければならないと規定している。
また、同条2項前段は、同条1項の増掘又は動力の装置の許可について同法4条の規定を準用し、同法9条2項後段は、この場合において、同法4条1項1号及び2号中「掘削」とあるのは「増掘又は動力の装置」と読み替えるものとする旨を定めている。
そして、同項は、「都道府県知事は、前条第1項の許可の申請があったときは、当該申請が次の各号のいずれかに該当する場合を除き、同項の許可をしなければならない。」と定め、1号から5号までにおいて不許可事由を規定しているところ、これらのうち、1号及び2号の不許可事由を、同法9条2項後段の規定により読み替えると、「当該申請に係る増掘又は動力の装置が温泉のゆう出量、温度又は成分に影響を及ぼすと認めるとき」(1号)、「前号に掲げるもののほか、当該申請に係る増掘又は動力の装置が公益を害するおそれがあると認めるとき」(2号)となる。
ところで、同法4条1項1号に規定する「温泉のゆう出量、温度又は成分に影響を及ぼす」とは、温泉のゆう出量の減少、温度の低下又は成分の変化を生じさせることを意味するものと解されるところ、これらは、いずれも同項2号に規定する「公益を害するおそれがある」場合の例示と解すべきものであるが、この「公益を害するおそれがある」場合とは、温泉源を保護しその利用の適正化を図る(同法1条)という見地から特に必要があると認められる場合を指すものと解すべきである。そして、温泉源を保護しその利用の適正化を図る見地から許可を拒む必要があるかどうかの判断は、主として、専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量により決定されるべき事柄であって、裁判所が行政庁の判断を違法とし得るのは、その判断が行政庁にゆだねられた裁量権の限界を超える場合に限るものと解すべきである(最高裁昭和33年7月1日第三小法廷判決・民集12巻11号1612頁参照)。
(2) 処分行政庁が本件要綱を審査基準として用いたことの適法性
原告は、本件処分は温泉法ではなく本件要綱を根拠としてされたものであるから憲法29条、31条に違反する旨主張する。
しかしながら、行政手続法2条8号ロ、5条1項の規定によれば、行政庁は、申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準(審査基準)を定めるものとされている。そして、行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならず(同条2項)、行政上特別の支障があるときを除き、法令により申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない(同条3項)。
これを本件についてみると、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、処分行政庁は、温泉法3条1項、9条1項の規定に基づく申請により求められた温泉の掘削、増掘又は動力の装置の許可をするかどうかを同法4条1項1号及び2号の定めに従って判断するために必要とされる基準として、本件要綱を定めているものと認められる。また、前記基礎となる事実(8)及び(9)並びに〔証拠省略〕によれば、本件要綱は、同項1号及び2号の規定により温泉源を保護しその利用の適正化を図る見地から行われる許可の性質に照らしてできる限り具体的な審査基準を定めたものと認めることができる。さらに、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、平成19年神奈川県規則第106号による改正前の温泉法施行細則(昭和59年神奈川県規則第33号)14条は、温泉法等の規定により処分行政庁に提出する書類は掘削地又は温泉のゆう出路を管轄する保健福祉事務所長を経由しなければならない旨規定しているところ、本件要綱は、本件源泉の所在地を管轄する神奈川県小田原保健福祉事務所に備え付けられ、公にされているものと認められる。
したがって、処分行政庁が、本件申請について、本件要綱の定めを審査基準として温泉法4条1号及び2号所定の不許可事由に該当するか否かを判断したこと自体は、行政手続法5条の規定に適合するものであり、なんらの違法はない(なお、本件要綱中の湯河原温泉における温泉特別保護地域の休止源泉に関する取扱いの実体的な適法性については、次の(3)において改めて検討する。)。原告の前記違憲の主張は、その前提を欠くものであり、採用することができない。
(3) 湯河原温泉における温泉特別保護地域の休止源泉の復活を認めない取扱いの適法性
ア 前記基礎となる事実(8)のとおり、本件要綱は、係争期間を除き、温泉法施行後において5年以上温泉の揚湯を行わなかった源泉及び5年以上湧出を見なかった湧泉を「休止源泉」と定義した上で(2(3))、温泉特別保護地域においては、地方公共団体等による整理統合が行われるような場合を除き、休止源泉の「復活」は「認めない」と定めている(4(1)イ(エ))。そして、上記の「復活」を「認めない」とは、休止源泉については、揚湯目的で温泉法9条1項の規定に基づく動力の装置の申請がされても許可しないという趣旨を含むものと解される。
また、前記基礎となる事実(9)のとおり、本件要綱は、湯河原町の一部を温泉特別保護地域と定めており、本件源泉は、当該温泉特別保護地域内に所在している。
そこで、このように本件要綱が本件源泉を含む湯河原町内の温泉特別保護地域において休止源泉の復活を原則として認めないこととしていることが、温泉法4条1項1号及び2号該当性の判断において処分行政庁に任せられた裁量権の限界を超えるものか否かについて検討する。
イ 掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
(ア) 湯河原温泉においては、江戸時代末期には3本の源泉が自然ゆう出しており、その後も自噴泉による利用がされていたが、昭和9年の東海道線開通により温泉の開発が促進され、昭和10年ないし昭和15年ころには乱掘状態になり、自噴泉は消え、エアーリフトポンプによる動力揚湯が一部で行われるようになった(〔証拠省略〕)。
そこで、新規掘削に際し、源泉間の距離は60間(約110メートル)以上とする規制が行われるとともに、新規掘削終了後には、既存源泉への影響の有無を確かめ、影響が出ると埋め戻しを命じる等の対応が執られていた(〔証拠省略〕)。
(イ) 昭和23年の温泉法施行後も、上記の距離規制や揚湯量による影響調査を個別に実施するという規制が引き続いて行われていたが、その当時の湯河原温泉の温泉水位はまだ地表近くにあった(〔証拠省略〕)。
昭和26年ころから、朝鮮戦争に伴う好景気を受けて、湯河原においても温泉開発が急速に進められ、昭和30年代に入ると、温泉水位が低下し、ほとんどの源泉に動力装置(主としてエアーリフトポンプ)が設置されるようになったが、エアーリフトポンプでは水位変化に対する揚湯量の増減を細かく認識することができず、揚湯量主体の影響調査では、新規源泉や動力装置増強源泉と付近源泉との干渉関係について十分に把握することができなくなった(〔証拠省略〕)。
(ウ) そこで、湯河原地区では、昭和33年及び昭和36年に、神奈川県小田原保健所によって温泉分布、揚湯量、温度等の一斉調査が行われたところ、両調査の結果を比較すると、源泉数は増加しているにもかかわらず、総揚湯量は減少していたが、その原因としては、水位の低下により従前の動力装置及びエアー管の長さでは揚湯ができなくなった源泉が増え、そのうち、所有者の財政事情や当時の技術的なレベル等から、動力装置の変更やエアー管の延長ができず放置せざるを得ない源泉については、揚湯をすることができなくなり、結果的に湯河原温泉全体の総揚湯量が減少したということが考えられた(〔証拠省略〕)。
そのため、昭和36年12月、処分行政庁の諮問機関である温泉審議会において、「湯河原地区における温泉審議基準」を決定し、藤木川両岸の古くからの温泉地である不動滝地区、温泉場地区及び藤木橋地区の各温泉密集地域を温泉制限強化地区に指定し、当該地区では、休止源泉の復活は認めず、揚湯量増加を目的とした増掘申請や動力装置申請は認めないこととされた(〔証拠省略〕)。なお、当時の休止源泉とは、温泉水位の低下、井孔の埋没等により現状のままでは揚湯できず、増掘や動力装置を行わなければ揚湯できない状態で放置された源泉のことを指し、温泉審議会の基準としては、原則として昭和33年の調査時から昭和36年の調査時まで現実に1回も揚湯していなかったものとされた(〔証拠省略〕)。
もっとも、上記制限強化地区以外での開発は規制されていなかった(〔証拠省略〕)。
(エ) その後、昭和41年に「箱根(湯本、塔之沢)、湯河原温泉特別保護地区の設定並びに取扱要綱」が制定され、さらに、昭和42年9月には、神奈川県内すべての温泉地を対象とした「神奈川県温泉保護対策要綱」並びに「取扱要領」及び「神奈川県温泉保護対策要綱中の細部事項について」という解釈基準(以下、これらの要綱及び解釈基準を併せて「昭和42年要綱等」という。)が制定されたところ、昭和42年要綱等においては、温泉相互間の影響が顕著に表れている地域、過去数年間、温泉の水位又は温度の低下が顕著であり、かつ揚湯量が著しく減少している地域、温泉の分布密度が非常に高い地域等を「温泉保護地域」に設定し、当該地域では、これまで距離制限により認められていた新規掘削については原則禁止とされるとともに、「温泉法施行後において5年以上温泉の採取を行なわなかったもの及びゆう泉にあっては、ゆう出をみなかった源泉」が「休止源泉」と定義され、その復活は原則として認めないこととされた(〔証拠省略〕)。
なお、昭和42年要綱等においては、温泉保護地域に該当しない温泉準保護地域の規制は緩やかであり、多少地理的条件が悪くても大型のエアーリフトポンプなどにより開発が可能であったため、その規制をしなければ地域全体に影響があるとされ、温泉保護地域の範囲は、年々広げられたが、既に開発終了後(許可後)であったりするなど、その効果は限定的であり、昭和42年要綱等による規制によっても、水位の低下等の湯河原温泉の枯渇化現象を止めることはできなかった(〔証拠省略〕)。
(オ) そこで、処分行政庁は、「地域全体の水収支バランスと水位」を基にした温泉保護行政への転換を図ることとし、温泉審議会の審議を経て昭和42年要綱等を改正し、昭和55年4月から適用することとした(〔証拠省略〕。以下、同改正後の神奈川県温泉保護対策要綱を「昭和55年要綱」という。)。
昭和55年要綱における湯河原温泉の温泉特別保護地域等の設定及び規制内容は、以下のとおりであり、これらが前記基礎となる事実(8)及び(9)の本件処分時における本件要綱の定めに引き継がれている(〔証拠省略〕)。
a 地域の設定について
湯河原温泉地域は、カルデラ地形内にあることから、地形的に雨水が集水する流れを一体として捉え、従前温泉準保護地域とされていた地域をほぼ温泉特別保護地域又は温泉保護地域とし、山の尾根又はそれに近い公道に地域線が引かれた。
また、湯河原温泉においては、山奥など地理的に温泉掘削の意味がないとされる地域以外では、地形的に雨水が温泉特別保護地域又は温泉保護地域に流れるような地域を除いて温泉準保護地域が設定された。
これにより、現在、湯河原町では、源泉のある場所のほとんどが温泉特別保護地域とされている。
b 温泉特別保護地域における規制の内容について
温泉特別保護地域においては、原則として新規掘削を認めず、既存の源泉のうち利用中のもの(以下「利用源泉」という。)については、これまでの揚湯量実績(個々の源泉について、昭和33年から昭和53年までに行われた実態調査時の揚湯量の平均値)から5パーセント減じた量までの回復しか認めず、休止源泉については、原則として復活させないこととされた。
(カ) 湯河原温泉の水位は、昭和55年以降、下げ止まる傾向が見られ、おおむね横ばいで推移しているが、いまだ上昇には転じていない(〔証拠省略〕)。
(キ) 昭和30年代当初の湯河原地区全体の温泉の汲み上げ量から、湯河原地区全体の温泉の適正な使用量は、1分当たり4500ないし5000リットルであると推測されているが、平成20年度調査では、利用源泉において1分当たり6740リットルが使用されている(〔証拠省略〕)。
ウ 上記イの認定事実によれば、湯河原温泉においては、昭和42年要綱等が制定されるまで、新規掘削について距離規制や揚湯量による影響調査を個別に実施する規制が行われていたが、それによっては水位の低下を止めることができず、昭和42年要綱等により新規掘削を原則として認めないこととされてからも、昭和55年要綱が制定されるまで、水位の低下が続いていたものであり、これは既存の源泉における過剰な揚湯が原因であったものと認めることができる。そうすると、総揚湯量を抑制する見地からは、原則として新規掘削を認めないこととするのみならず、既存の源泉についても規制を及ぼす必要があることは明らかである。
そして、既存の源泉には、利用源泉と休止源泉があるところ、休止源泉は規制がなければ揚湯が再開される可能性があるから、既存の源泉の規制に当たっては、利用源泉の揚湯量を規制するだけではなく、休止源泉についても規制を及ぼす必要がある。しかるところ、① 前記認定のとおり、湯河原温泉においては、昭和42年要綱等が制定されて以降は、利用源泉のみの揚湯によっても水位の低下が生じていたこと、② 休止源泉の復活は、これまで揚湯されていないところに揚湯が開始されるのであるから、総揚湯量に対して新規掘削と同様の効果をもたらすこと、③ 休止源泉は、いつ再開されるかが不明であって、利用揚湯量の想定も困難であるため、揚湯量の上限規制にはなじみにくいこと、④ 前記イ(カ)のとおり、湯河原温泉の水位は、昭和55年以降、下げ止まる傾向が見られ、おおむね横ばいで推移していること、⑤ 休止源泉の定義における5年間という期間は、揚湯のための猶予期間として十分であると解されることを考慮すれば、湯河原温泉における水位の低下を防止するため、温泉特別保護地域において5年間揚湯等が確認されていない休止源泉の復活を原則として認めないという昭和55年要綱の取扱いには、合理的な根拠があったと認めることができる。これらに加え、⑤ 前記イ(キ)のとおり、湯河原温泉においては、平成20年度調査においても、利用源泉のみの調査で既に総揚湯量は適正量を超える過剰な量になっていること、⑥ 前記イ(カ)のとおり、湯河原温泉の水位は、いまだ上昇には転じていないことをも考え合わせると、上記と同様の本件要綱の取扱いは、平成19年8月の本件処分時においても、なお合理性を有するものというべきである。
また、前記イ(オ)aのとおり、湯河原温泉地域は、カルデラ地形内にあることから、地形的に雨水が集水する流れを一体として捉え、山の尾根又はそれに近い公道に地域線を引き、また、山奥など地理的に温泉掘削の意味がないとされる地域以外では、地形的に雨水が温泉特別保護地域又は温泉保護地域に流れるような地域を除いて温泉準保護地域が設定された結果、現在、湯河原町では、源泉のある場所のほとんどが温泉特別保護地域とされているというのであるから、本件要綱における湯河原温泉に関する温泉特別保護地域の設定も、合理的なものということができる。
エ ところで、仮に、上記のような規制が行われず、湯河原温泉地域全体の水位が低下してしまった場合、当該地域内の広い範囲において個別源泉のゆう出量が減少するおそれがあると考えられるし、その減少を補うために増掘がされ、又はより性能の高い動力が装置されることになって、それが更に水位の低下を招き、ゆう出量を減少させるという悪循環が生じることにもなりかねない。
また、水位の低下傾向が続けば、やがて海抜高度を下回ることも想定され、温泉源に海水が浸入する事態が起こり得るものと考えられるが、そのようなことになれば、温度が低下し、成分については塩水化による濃度の増加という変化が生じ、温泉法2条に規定する温泉ではあっても、従前とは異質な温泉となってしまうことになる。
さらに、このような湯河原温泉地域における温泉の枯渇化現象が進行すれば、温泉資源の荒廃により、当該地域一帯における地域社会の経済的基盤を掘り崩し、保養や観光の目的で来集する不特定多数の一般公衆の利益をも奪うおそれがあるといわなければならない。
してみれば、処分行政庁が、湯河原温泉の温泉特別保護地域において、動力の装置による休止源泉の復活は、更なる水位の低下をもたらすこととなるから、温泉源を保護しその利用の適正化を図る見地から許可を拒む必要があるとして、温泉法4条1項1号及び2号に規定する不許可事由に該当すると判断し、本件要綱において、湯河原町内の温泉特別保護地域において休止源泉の復活を原則として認めない取扱いを定めていることは、専門技術的な判断を基礎とする処分行政庁の裁量権の限界を超えるものではなく、適法というべきである。
(4) 本件申請の不許可事由該当性
ア 前記基礎となる事実(9)のとおり、本件源泉は、湯河原温泉の温泉特別保護地域内に所在している。
そして、前記基礎となる事実(1)のとおり、本件源泉は、平成9年まで毎年神奈川県小田原保健所の実態調査を受け、揚湯が確認されていたが、平成10年以降は同保健所又は神奈川県小田原保健福祉事務所の実態調査を受けておらず、揚湯されていない。そうすると、本件源泉は、本件要綱2(3)に規定する「法施行後において5年以上温泉の揚湯を行わなかった源泉」に当たり、また、本件源泉について平成9年ころ以降に所有権等の係争期間があったことを認めるに足りる証拠はない。よって、本件源泉は、本件要綱所定の休止源泉に該当するものと認められる。
また、本件申請が、本件要綱4(1)イ(エ)aただし書に定める「地域の発展を図る目的で地方公共団体等が、適正な利用計画に基づき休止源泉を整理統合する場合」に該当しないことは明らかである。
したがって、本件要綱の定める審査基準に基づき、本件申請が温泉法4条1項1号及び2号に規定する不許可事由に該当すると認めた処分行政庁の判断は、処分行政庁に任された裁量権の限界を超えるものではなく、適法である。
イ なお、原告は、本件処分は、単に本件要綱の休止源泉という形式的要件を審査したのみで、温泉法4条の実体的要件を全く検討していないと主張する。
しかし、前記(3)で説示したとおり、本件要綱における湯河原温泉の温泉特別保護地域の休止源泉に関する取扱いは、温泉法4条1項1号及び2号該当性の審査基準として適法というべきであるから、これに基づく本件処分が、温泉法4条の実体的要件(不許可事由)を全く検討していないものということはできない。原告の上記主張は失当である。
2 説明義務違反の有無(争点(2))について
原告は、処分行政庁は、本件要綱に定める休止源泉及びその手続過程について、書面などで原告が熟慮、検討できる十分な機会を設けるべき法的義務があるのに、これを尽くしていない旨主張する。
しかし、温泉法9条1項の規定に基づく動力の装置の許可申請に対し不許可処分を行うための処分要件として、都道府県知事が申請者に対し不許可事由該当性の審査基準について上記のような説明を行うべきことを定めた法令の規定は存在しないし、他にその説明を欠いたからといって当該不許可処分が直ちに違法になると解すべき根拠もない。
また、前記1(2)で認定したとおり、本件要綱は、本件源泉の所在地を管轄する神奈川県小田原保健福祉事務所に備え付けられ、公にされているのであるから、原告はいつでもこれを閲覧することができたものと認められる。
その上、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件源泉に関して原告から被告側との交渉権をゆだねられた原告のA顧問は、平成13年3月13日、神奈川県小田原保健福祉事務所温泉課職員に対し、電話で、本件源泉について、「今年度源泉調査を受けていないと聞いている。現在、この源泉については鉄管が落下していて揚湯できない状態であり、今すぐ修理する金もない。いずれ修理して、バトンタッチ(転売)したいと考えているが、何とか源泉調査を猶予してもらいたい。」と述べたこと、これに対し、当該職員は、「本県では、神奈川県温泉保護対策要綱により、5年間揚湯しない源泉は休止源泉となります。この源泉につきましては、平成9年4月17日に源泉調査を受けておりますので、休止源泉扱いになる期限は平成14年度末で、まだ、1年余りはあります。」と説明したことが認められる。これらの事実によれば、A顧問は、本件源泉について源泉調査を受けない場合には原告に不利益が生じることを認識していたからこそ、源泉調査の猶予を申し入れたものと考えられるし、担当職員から本件要綱や休止源泉の要件等について説明を受けていたのであるから、遅くとも同日の時点で、温泉特別保護地域においては源泉調査により5年間揚湯が確認されないと休止源泉とされ原則として復活が認められないという本件要綱の取扱いを認識していたものと推認することができる。なお、証人Aは、本件要綱や休止源泉について初めて説明を受けたのは平成19年であると供述するが)、上記各証拠に照らし、その供述をにわかに採用することはできない。
さらに、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件源泉に関し、神奈川県小田原保健福祉事務所長は、原告に対し、平成14年3月7日付けで、同年4月16日午後1時10分ころに源泉調査を実施するので立会いを求める旨の通知書面を送付したこと、これに対し、同年3月19日、A顧問が、同事務所に対し、電話で、源泉調査の延期を申し入れたため、平成14年度の源泉調査は実施されなかったこと、同事務所長は、原告に対し、平成15年3月6日付けで、同年4月15日午後2時30分ころに源泉調査を実施するので立会いを求める旨の通知書面を送付したこと、同日に原告の立会いがなかったため、平成15年度の源泉調査も実施されなかったことが認められる。そうすると、原告は、本件源泉が休止源泉に該当するに至る過程においても、同事務所長から書面により源泉調査への立会いを促されていたのであるから、源泉調査について熟慮、検討する機会が与えられていなかったということはできない。
したがって、原告の前記主張を採用することはできない。
3 信義則違反の有無(争点(3))について
原告は、B課長から動力装置の申請をすることを示唆され、その旨の書式用紙の交付も処分行政庁側から受けて本件申請に至っており、本件申請は処分行政庁側の指導と助言によるものであるから、本件処分は信義則(禁反言の原則)に違反する旨主張する。
しかしながら、申請につき行政庁側の指導等があったからといって、そのことから直ちに信義則上行政庁が申請を認めるべき義務を負うと解すべき根拠はない。
また、証人Aは、本件申請の動機について、「a社という工事をやった業者なんですが、私は温泉法という細かいことは分かりませんでしたから、その業者にいろんなことを聞いて、そのときにa社のCさんが動力装置の申請をしたらどうだという話が初めて出たわけなんです。」、「動力装置申請と休止源泉の意味が違うと言うことでCさんから説明を受けて、動力装置の申請の場合は、飽くまでも既存の穴というか、井戸があるということで、そうすれば動力装置の申請は通るということで申請したわけです。」などと、原告が温泉掘削工事等を発注した業者の側から動力装置の申請をしてはどうかという話が出た旨を証言しているから、B課長から動力装置の申請をすることを示唆されて本件申請を行った旨の原告の上記主張を採用することはできない。
さらに、〔証拠省略〕によれば、B課長は、A顧問に対し、平成19年3月22日及び同年5月24日、本件源泉について動力装置の申請がされてもおそらく許可にならないであろうことを説明したところ、A顧問は、不許可になることを承知の上であえて当該申請をする旨述べたことが認められる。このように、原告が不許可になることを承知の上であえて動力装置の申請をすることを希望している以上、申請書の受理を拒否することは、温泉法9条1項に規定された原告の申請権を侵害することになりかねないというべきであるから、神奈川県小田原保健福祉事務所において本件申請に係る申請書を受理したことにはなんら問題がなく、その受理が原告に対して本件申請が許可されるとの信頼を生じさせるものということはできない。同様に、神奈川県小田原保健福祉事務所職員が、原告に対し、本件申請に係る申請書の書式用紙等を交付し、申請手続について教示したことがあるとしても、その行為が本件申請が許可されるとの信頼を生じさせるものということはできない。
したがって、本件処分が信義則の法理(禁反言の原則)に反するものとも到底認められないから、原告の前記主張は理由がない。
4 結論
以上によれば、本件処分は適法であり、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 戸室壮太郎 一原友彦)