横浜地方裁判所 平成20年(行ウ)89号 判決 2011年8月31日
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 第一事件
(1) 神奈川県教育委員会が、原告X1、同X2、同X3、同X4、同X5及び同X6を除く第一事件原告らに対し、別紙原告一覧表の「二〇〇七年度卒業式にかかる利用不停止決定」欄記載の日になした自己情報利用不停止決定をそれぞれ取り消す。
(2) 神奈川県教育委員会が、原告X7、同X8、同X9、同X10、同X3、同X4、同X5、同X6に対し、別紙原告一覧表の「二〇〇八年度入学式にかかる利用不停止決定」欄記載の日になした自己情報利用不停止決定をそれぞれ取り消す。
(3) 被告は、その保管する、原告X1、同X2、同X3、同X4、同X5、同X6及び同X11を除く第一事件原告らに関する別紙原告一覧表の「二〇〇七年度卒業式の経過説明書」、原告X11に関する「二〇〇七年度『卒業式における事務職員の行動の事実経過報告』」をそれぞれ抹消せよ。
(4) 被告は、その保管する、原告X7、同X8、同X9、同X10、同X3、同X4、同X5、同X6に関する別紙原告一覧表の「二〇〇八年度入学式の経過説明書」をそれぞれ抹消せよ。
(5) 被告は、第一事件原告らに対し、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する平成二〇年一二月一三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 第二事件
(1) 神奈川県教育委員会が、第二事件原告らに対し、別紙原告一覧表の「二〇〇八年度卒業式にかかる利用不停止決定」欄記載の日になした自己情報利用不停止決定をそれぞれ取り消す。
(2) 神奈川県教育委員会が、原告X12、同X13及びX14に対し、別紙原告一覧表の「二〇〇九年度入学式にかかる利用不停止決定」欄記載の日になした自己情報利用不停止決定をそれぞれ取り消す。
(3) 被告は、その保管する、第二事件原告らに関する別紙原告一覧表の「二〇〇八年度卒業式の経過説明書」をそれぞれ抹消せよ。
(4) 被告は、その保管する、原告X12、同X13及びX14に関する、別紙原告一覧表の「二〇〇九年度入学式の経過説明書」をそれぞれ抹消せよ。
(5) 被告は、第二事件原告らに対し、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する平成二一年一〇月八日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 第三事件
(1) 神奈川県教育委員会が、第三事件原告に対し、平成二一年一一月一〇日になした自己情報利用不停止決定を取り消す。
(2) 被告は、その保管する、第三事件原告に関する別紙原告一覧表の「二〇〇八年度卒業式の経過説明書」を抹消せよ。
(3) 被告は、第三事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成二二年五月二八日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 第四事件
(1) 神奈川県教育委員会が、第四事件原告X15に対し、平成二〇年八月二〇日になした自己情報利用不停止決定、第四事件原告X16に対し、同日になした自己情報利用不停止決定、第四事件原告X17に対し、同年七月二九日になした自己情報利用不停止決定をそれぞれ取り消す。
(2) 被告は、その保管する、第四事件原告X16に関する「二〇〇七年度卒業式の経過説明書」及び第四事件原告らに関する別紙原告一覧表の「二〇〇八年度入学式の経過説明書」をそれぞれ抹消せよ。
(3) 被告は、第四事件原告らに対し、一〇〇万円及びこれに対する平成二二年一〇月八日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、平成一九年度卒業式、平成二〇年度入学式、同年度卒業式及び平成二一年度入学式における国歌斉唱時に、起立しなかった神奈川県立学校の教職員らである原告らが、神奈川県教育委員会が神奈川県下の各校長に当該卒業式及び入学式で国歌斉唱時に起立しなかった教職員の氏名等を不起立情報として報告させ、これを利用していることが、神奈川県個人情報保護条例(平成二年神奈川県条例第六号。以下「本件条例」という。)六条及び同八条に反しているとして、同条例三四条に基づき、同委員会に対して当該情報の利用停止を請求したものの、利用停止をしない旨の決定を受けたため、①その決定の取消しと、②不起立情報が記載されている経過説明書の抹消を求めるとともに、③この情報収集等により精神的苦痛を被ったとして、国家賠償法一条一項に基づいて、各一〇〇万円の慰謝料の支払を求める事案である。
一 基礎となる事実(掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 第一事件ないし第四事件原告ら(以下単に「原告ら」という。)は、神奈川県立学校の教職員であるか、それぞれ問題となる年度の卒業式や入学式の当時教職員であった者である。
(2) 平成一一年八月一三日、国旗及び国歌に関する法律が公布・施行された。
神奈川県教育長は、平成一六年一一月三〇日付けで、県立学校長あてに、「入学式及び卒業式における国旗の掲揚及び国歌の斉唱の指導の徹底について(通知)」と題する通知を行った。その中で、神奈川県教育長は、「国旗は式場正面に掲げるとともに、国歌の斉唱は式次第に位置付け、斉唱時に教職員は起立し、厳粛かつ清新な雰囲気の中で式が行われるよう、改めて取組」徹底するよう依頼するとともに、「教職員が校長の指示に従わない場合や、式を混乱させる等の妨害行動を行った場合には、県教育委員会としては、服務上の責任を問い、厳正に対処していく考えであ」ることを表明した(甲B一二、乙九)。神奈川県教育長は、平成一七年一一月二八日にも、平成一六年一一月三〇日付けの先の通知を添付して、そこに記載された取組の徹底を依頼した(乙一〇)。神奈川県教育長は、平成一八年一一月三〇日、平成一九年一一月三〇日にも、入学式及び卒業式の実施に当たっては、国旗を式場正面に掲げるとともに、国歌の斉唱は式次第に位置付け、斉唱時に教職員は起立し、厳粛かつ清新な雰囲気の中で式が行われるよう、取組の徹底を依頼するとともに、これまで一部教職員による式に対する反対行動が見受けられたが、教職員には児童・生徒に対する指導上の責務があるから、各学校において、このようなことがないように指導の徹底を求めるとともに、教職員が校長の指導に従わない場合や、式を混乱させる等の妨害行動を行った場合、服務上の責任を問い、厳正に対処していく考えであるとする通知を行った(乙一一の一、一二の一)。各通知には、別紙として、平成一八年一一月三〇日の通知を出すに先立ち新たに作成したとされる「国旗及び国歌の指導についての基本的な考え方」が添付されており、これには「学校教育における国旗及び国歌に関する指導は、児童・生徒が我が国の国旗及び国歌の意義を理解し、諸外国の国旗及び国歌も含め、これらを尊重する態度を身につけることができるようにするため、学習指導要領に基づいて実施されているものです」「こうした学校における指導は、教育指導上の視点から行うものであり、教職員には、学習指導要領に基づき、児童・生徒に国旗及び国歌の意義や、入学式や卒業式などの儀式的行事にふさわしい態度や行動を理解させることが求められ、指導にあたる教職員自身が範を示す必要があります」「今後とも、学校においては、国旗及び国歌に関する指導を一層適切に行い、次代を担う子どもたちが、国際社会で必要とされるマナーを身につけ、信頼される日本人として成長することができるよう努め、県民の方々の期待に応えていく必要がある」と記載されていた。
(3) 神奈川県教育委員会は、平成一七年度卒業式以降、卒業式及び入学式の国歌斉唱時に起立しなかった教職員の氏名を、各学校長から経過説明書の形式で報告させるようになった。そこで、原告らは、本件条例三五条一項に基づいて、神奈川県教育委員会に対し、その保管に係る経過説明書につき、利用停止の請求をそれぞれ行った。これに対し、神奈川県教育委員会は、別紙原告一覧表の当該欄に記載のとおり、利用停止をしないとの利用不停止決定を行った。
(4) 神奈川県教育委員会は、平成一七年度卒業式に係る経過説明書の自己情報の利用停止の請求拒否処分に対する異議申立てを受け、本件条例四〇条一項に基づいて、平成一八年九月二〇日、神奈川県個人情報保護審査会(本件条例二二条一項、三一条一項又は三八条一項の規定による決定に対する不服申立てにつき実施機関の諮問に応じて調査審議し、その結果を報告する附属機関で、平成二年一〇月一日設置されたものである。)に諮問をした(甲B一)。これに対し、同審査会(会長・A)は、平成一九年一〇月二四日、結論として「異議申立人に係る自己を本人とする個人情報の利用を不停止とした処分は、取り消すべきである。実施機関が、本件異議申立ての対象情報と同様の個人情報を取り扱うときは、あらかじめ神奈川県個人情報保護審議会の意見を聴くことが相当である」とし、要旨以下のとおりの答申理由を述べた。
本件行政文書(特定の神奈川県立高等学校の校長が高校教育課長に提出した異議申立人に係る経過説明書)に記載されている情報は、「異議申立人の政治的信念及び個人の人格形成の核心をなす人生観、世界観が発露した情報であって、条例第六条において原則取扱い禁止とされている思想信条に該当する情報であると判断する。」
「本件情報は、条例第六条ただし書に基づき、例外的に取り扱うことができる情報には該当しないと判断する。」
「本件情報は、条例第六条において原則取扱い禁止とされている思想信条に該当する情報という面を有するが、同時に、実施機関が行う教職員の服務に関する事務に係る情報としての側面をも有するものと認められる。」
「実施機関は、本件情報と同様の情報を、正当な事務等の実施のために必要があると認めて取り扱うときは、あらかじめ審議会の意見を聴くことが相当である。」(甲B一)。
(5) これを受けて、神奈川県教育委員会は、従前の利用不停止決定を取り消し、平成一七年度卒業式から平成一九年度入学式までの計四回の卒業式・入学式に関する経過説明書を廃棄し、平成一九年度卒業式以降について、神奈川県個人情報保護審議会(本件条例の定めるところにより、実施機関の諮問に応じて調査審議し、又は意見を建議する附属機関で、平成二年四月一日に設置されたもの)の意見を聴いた上で、正当な事務若しくは事業の実施のため必要なものとして不起立情報を取り扱うために、本件条例六条に基づいて同審議会に諮問することにした。
このときの諮問内容は「条例第六条の規定に係る思想、信条等該当案件」で、事務の名称を「県立高校等の入学式、卒業式における国歌斉唱時の教職員の不起立状況把握及び指導に係る事務」、事務の目的を「県立高校等の入学式、卒業式における国歌斉唱時に起立しなかった教職員を把握し、起立するよう指導を行うため」、取り扱う個人情報を「県立高校等の入学式、卒業式の国歌斉唱時に起立しなかった事実及び当該教職員の氏名、校長による指導の経過」、取り扱う理由を「県立高校等の入学式、卒業式は、学習指導要領に基づき、儀式的行事として行わなければならず、生徒を指導する立場にある教職員は、職務として、入学式、卒業式における国歌斉唱時には起立することを求められている。高校教育課、子ども教育支援課は、入学式、卒業式における国歌斉唱時に起立しなかった教職員に校長とともに起立指導を行う際に、繰り返し起立しなかったか否かの情報も指導を行ううえで必要であり、国歌斉唱時に起立しなかった教職員の氏名、不起立であった事実を確認した日時、不起立であった事実の確認、校長による指導の経過を毎年度継続して収集する必要がある」とするものであった。また、「条例第八条第三項第七号の規定に係る本人外収集該当案件」については、本人以外から収集する個人情報の項目名を「県立高校等の入学式、卒業式における国歌斉唱時に起立しなかった教職員の氏名、不起立であった事実を確認した日時、不起立であった事実の確認、校長による指導の経過」、本人以外から収集する場合の収集先を「県立高校等の入学式、卒業式の場において、校長、副校長、教頭、事務長ら管理職の中の一人又は複数人による目視により確認した事実を記録することによる収集」、理由を「教職員が県立高校等の入学式、卒業式における国歌斉唱時に起立しなかった事実は、公の場で、管理職が目視により確認した事実を記録することにより収集する情報であるほか、職務上の行動の適否に関する情報であるため、本人からの収集にはなじまないと考えられる」とするものであった(甲B五)。
これに対し、神奈川県個人情報保護審議会(会長・B)は、平成二〇年一月一七日、本件条例六条に基づく諮問部分につき、「条例第六条ただし書において、思想信条情報を例外的に取り扱う事務の必要性について、当審議会が審議し了承することが予定されているのは、当該思想信条情報の取扱い自体は合憲であると容易に判断される場合や、その違憲性の疑いがさほど強くない場合であると解される」ところ、本件ではそのような場合に当たらないとした上、「当審議会としては、条例第六条ただし書に基づいて、思想信条情報を例外的に取り扱うとする、本件事務の正当性及び必要性を積極的に認めるという意味において、本件諮問の内容を適当とする答申を行うことはなし難い。」「もっとも、条例第六条ただし書では元来、実施機関は「審議会の意見を聴いた上で正当な事務若しくは事業の実施のために必要があると認めて取り扱う」と定めているので、上記のような理由により諮問内容を不適とする本答申を踏まえて、最終的にいかなる職権行使をするかは、実施機関である教育委員会に条例上ゆだねられているところと解される。この場合に、実施機関としては、すでに前記審査会の答申内容は当審議会への本件諮問によって履行しているものと考えられよう。」と判断し、本件条例八条三項七号に基づく諮問部分につき、「実施機関である教育委員会が、いかなる職権措置を採るかの仮定にかかわるところであり、当審議会として、本答申においてその適・不適の判断を示すことは難しいが、本件にとって独立した諮問事項には当たらない」と答申した(甲B二)。
(6) 神奈川県教育委員会は、神奈川県個人情報保護審議会の答申後の平成二〇年二月四日開催の定例教育委員会で、入学式・卒業式の国歌斉唱時に起立しなかった教職員の氏名の把握と教育委員会への報告を継続すると定め、高校教育課長を通じ、各県立高等学校長に対し、平成二〇年二月一二日付け「平成一九年度卒業式及び平成二〇年度入学式に係る調査の実施について(通知)」と題する書面で、各式の状況について、終了後一週間以内に、また、国歌斉唱時に起立しなかった教職員がいた学校については、該当教職員の氏名と指導状況等を記載した経過説明書を終了後二週間以内に教育指導担当あて提出するよう依頼した(甲B四、乙五の三)。これを受けて、平成一九年度卒業式及び平成二〇年度入学式において、県立高校の校長ないし副校長らは、国歌斉唱時に起立しなかった教職員を目視にて確認した上、式終了後、不起立が確認できた教職員を呼び出して面談し、起立しなかったかどうかの事案を確認し、個別指導を行った。各高校は、校長名で、神奈川県教育委員会に対し、国歌斉唱の際、起立しなかった教職員名、これを確認した日時、確認方法、確認後の当該教職員に対する指導内容を記載した経過説明書を提出した。
(7) 神奈川県教育委員会は、平成一九年度卒業式及び平成二〇年度入学式に係る経過説明書の自己情報の利用停止の請求拒否処分に対する異議申立てを受け、本件条例四〇条一項に基づいて、平成二〇年八月一三日、神奈川県個人情報保護審査会に諮問をした。これに対し、同審査会(会長・A)は、平成二二年一月二〇日、「異議申立人に係る自己を本人とする個人情報の利用を不停止とした処分は、取り消すべきである」との結論を答申した。その理由は、不起立情報は、「条例第六条において原則取扱い禁止とされている思想信条に該当する情報であり、同条ただし書に基づき、実施機関は審議会の意見を聴いているものの、適当としない本件審議会答申に反して本件情報を取り扱うこととした十分な理由を示していないことから、同条ただし書に基づき例外的に取り扱うことができる情報には該当しない」というものであった(甲B一五)。
(8) 一方、神奈川県教育長は、平成二〇年一二月一日付けで、各県立学校長にあてて、「入学式及び卒業式における国旗の掲揚及び国歌の斉唱の指導の徹底について(通知)」と題する通知を行った(乙四の一)。この中でも「国旗は式場正面に掲げるとともに、国歌の斉唱は式次第に位置付け、斉唱時に教職員は起立し、厳粛かつ清新な雰囲気の中で式が行われるよう、改めて取組みの徹底」をすることと、「教職員が校長の指示に従わない場合や、式を混乱させる等の妨害行動を行った場合には、県教育委員会としては、服務上の責任を問い、厳正に対処していく考えであ」るとして、適切な対応を依頼している。同通知にも、別紙として先の「国旗及び国歌の指導についての基本的な考え方」(平成一八年一一月三〇日付け通知の別紙)が添付されていた。
また、高校教育課長は、平成二一年二月一〇日付けで、各県立高等学校長及び県立中等教育学校長あてに、平成二〇年度卒業式及び平成二一年度入学式につき、式の状況、国歌斉唱時に起立しなかった教職員がいた学校については、当該教職員の氏名と指導状況等を記載した経過説明書を作成の上、持参するよう求めた(乙五の一)。経過説明書の様式は「平成 年 月 日に卒業式・入学式を実施したところ、国歌斉唱の際に不起立であった教職員がおりましたので、その事実確認及び指導経過について報告します。」との表題のもと、「職名・氏名」「発生日時」「Ⅰ 職員への指導及び事実確認の状況<式以前の職員全体への指導、式当日の不起立の把握状況>」「Ⅱ 指導経過<式以後の校長からの個別指導内容等>」とされていた。
(9) 第一事件ないし第四事件原告らに対する、本訴各取消請求に係る各利用停止決定日は、別紙原告一覧表の当該欄に記載のとおりである。
また、本件に関する本件条例七条所定の個人情報取扱事務の登録は、以下のとおりである。
ア 登録番号<省略>(乙一)
個人情報取扱事務の名称
教職員等の服務に関する事務
個人情報取扱事務の目的
教職員等の服務規律保持及び諸手続きのため
個人情報を取り扱う目的
服務上の規律保持及び諸手続きを行うため
個人情報の項目名
基本的項目(整理番号、氏名、性別、生年月日・年齢、住所・電話番号)、心身の状況(健康・病歴、障害、身体状況)、社会生活(地位のみ)、資産・収入(収入状況のみ)、その他の項目(その他(出勤状況、職専免事由、兼業等の状況等、営利企業等従事状況))
個人情報の収集先及び収集の方法
本人、本人以外(条例八条三項一、二号)
イ 登録番号<省略>(乙二)
個人情報取扱事務の名称
教職員等の任免等に関する事務
個人情報取扱事務の目的
教職員等の人事管理のため
個人情報を取り扱う目的
教職員等の人事管理のため
個人情報の項目名
基本的項目(整理番号、氏名、性別、生年月日・年齢、住所・電話番号、国籍)、心身の状況(健康・病歴、障害、身体状況、精神状況)、家庭生活(親族関係、婚姻歴、家族状況、その他(特技))、社会生活(学業・学歴、職業・職歴、地位、資格、成績・評価、賞罰)、その他の項目(意見・要望、顔写真、その他(異動希望、通勤状況、処分歴))
個人情報の収集先及び収集の方法
本人、本人以外(条例八条三項七号)、他の実施機関、市町村、家族、他の個人、文書
二 本件条例の定め
本件に関係する条文の定めは次のとおりである。
(取扱いの制限)
第六条 実施機関は、次に掲げる事項に関する個人情報を取り扱ってはならない。ただし、法令若しくは条例(以下「法令等」という。)の規定に基づいて取り扱うとき、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締りその他公共の安全と秩序の維持のために取り扱うとき、又はあらかじめ神奈川県個人情報保護審議会(以下「審議会」という。)の意見を聴いた上で正当な事務若しくは事業の実施のために必要があると認めて取り扱うときは、この限りでない。
(1) 思想、信条及び宗教
(2) 人種及び民族
(3) 犯罪歴
(4) 社会的差別の原因となる社会的身分
(個人情報取扱事務の登録)
第七条 実施機関は、個人情報を取り扱う事務(括弧内省略)について、次に掲げる事項を記載した個人情報事務登録簿を備えなければならない。
<省略>
二 実施機関は、個人情報取扱事務を新たに開始しようとするときは、あらかじめ、当該個人情報取扱事務について個人情報事務登録簿に登録しなければならない。登録した事項を変更しようとするときも、同様とする。
三 実施機関は、前項の規定により登録したときは、遅滞なく、登録した事項を審議会に報告しなければならない。この場合において、審議会は、当該事項について意見を述べることができる。
<以下省略>
(収集の制限)
第八条 実施機関は、個人情報を収集するときは、あらかじめ個人情報を取り扱う目的(以下「取扱目的」という。)を明確にし、収集する個人情報の範囲を当該取扱目的の達成のために必要な限度を超えないものとしなければならない。
二 実施機関は、個人情報を収集するときは、適法かつ公正な手段により収集しなければならない。
三 実施機関は、個人情報を収集するときは、本人から収集しなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
(1) 法令等の規定に基づき収集するとき。
(2) 本人の同意に基づき収集するとき。
((3)から(6)は省略)
(7) 審議会の意見を聴いた上で、本人から収集することにより県の機関又は国の機関、独立行政法人等、他の地方公共団体の機関若しくは地方独立行政法人が行う当該事務又は事業の性質上その目的の達成に支障が生じ、又は円滑な実施を困難にするおそれがあることその他本人以外の者から収集することに相当な理由があることを実施機関が認めて収集するとき。
<以下省略>
(自己情報の利用停止請求権)
第三四条 何人も、実施機関が保有する自己を本人とする個人情報が、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該各号に定める個人情報の利用の停止、消去又は提供の停止(以下「利用停止」という。)を請求することができる。
(1) 第六条の規定に違反して取り扱われているとき、第八条第一項から第三項までの規定に違反して収集されたものであるとき又は第九条第一項の規定に違反して利用されているとき 当該個人情報の利用の停止又は消去
<以下省略>
(利用停止の請求に対する決定等)
第三八条 実施機関は、利用停止の請求があったときは、当該利用停止の請求があった日から起算して三〇日以内に、必要な調査を行い、利用停止をする旨又はしない旨の決定をしなければならない。
<以下省略>
(審査会への諮問)
第四〇条 第二二条第一項、第三一条第一項又は第三八条第一項の決定について、行政不服審査法(昭和三七年法律第一六〇号)による不服申立てがあったときは、当該不服申立てに対する決定又は裁決をすべき実施機関は、次の各号のいずれかに該当する場合を除き、遅滞なく、神奈川県個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)に諮問し、審査会の議を経て、当該不服申立てに対する決定又は裁決を行わなければならない。
(1) 不服申立てが不適法であり、却下するとき。
<以下省略>
三 争点に関する当事者の主張
(1) 利用不停止決定処分の取消事由の有無
(原告らの主張)
ア 六条違反
(ア) 卒業式及び入学式において国旗に正対して国歌斉唱をするか否かは、国家の象徴である国旗及び国歌に対してどのように向き合うかという問題であり、同場面における不起立という行為は、当該不起立者の人格形成をなす人生観・世界観の発露といえる。不起立という客観的行為は、外部的行為に属するものではあるが、人の内心領域の精神的発動と外部的行為は密接な関係を有し、これを切り離すことはできない。
君が代について否定的歴史観・世界観を持つ者が、起立するという選択が仮にあるとしても、現実に、その者が不起立という選択をした場合には、その事実は、起立した場合と異なり、君が代について否定的歴史観・世界観を表す情報以外の何物でもない。よって、原告らに対する不起立情報は、本件条例六条の思想信条情報に該当する。少なくとも、日の丸・君が代に対する否定的評価を持つことから生まれる思想信条に基づいた行動であることを推知させるには十分な情報である。よって、実施機関においてこの情報を取り扱うことはできない。
被告は、学習指導要領に沿った指導のために不起立者の氏名を収集するにとどまり、不起立の理由を記載していないから、思想信条情報に該当しないと主張するが、失当である。学習指導要領には「国歌を斉唱するよう指導するものとする」とされているだけで、斉唱時の起立は要求されていない(甲B三の三枚目)。不起立の理由が記載されていなくても、神奈川県教育委員会は、この不起立が、思想信条に基づく行為であることを認識しているから、思想信条情報に該当する。
そもそも、本件条例六条は、被告が作成した同条例の逐条解説でも、「人格そのものあるいは精神作用の基礎にかかわる情報であること及び不当な差別に利用されるおそれのある情報であることから、不安や苦痛を感じさせる程度が強いとともに基本的人権を侵害する危険性が高いもの」とされていることからすると、必ずしも憲法一九条に定める思想良心の自由が現に侵害されることになる情報に限定されていない。これは、本件条例がプライバシー権の保護を目的とする個人情報保護条例であることに由来する。プライバシー保護を目的とする本件条例は、プライバシー権以外の憲法上の基本的人権が侵害される場合に限らず、プライバシー保護の観点から不当な差別に遭遇することを回避すべく、そのような危険性があると考えられる情報についても、原則としてその取扱いを禁じることにしたものである。
(イ) また、不起立情報は、本件条例六条ただし書きに定める、例外的に取り扱うことができる個人情報にも当たらない。神奈川県個人情報保護審議会は、教育委員会からの諮問を受けて、「諮問に係わる事務の正当性及び必要性を積極的に認めるという意味において諮問内容を適当とする答申はなし難い」と判断している。不適との意見が返ってきても、手続的に意見を聞いたのであるから、例外的に取扱いが許されるというのでは、何のための諮問機関なのか問われなければならない。
被告に裁量権があるとしても、不起立情報のように、個人の権利利益に重大な影響を与えるおそれのある場合には、実施機関の裁量に委ねるのではなく、諮問機関である神奈川県個人情報保護審議会の答申を慎重に検討し、これに十分な考慮を払い、特段の合理的な理由のない限りこれに反する処分をしないよう要求することにより、当該行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保することを条例は求めている。行政庁が自らの考えとは異なるというだけで、「特段の合理的な理由」を示さない以上、本件条例四〇条にも違反する。
(ウ) さらに、そもそも、本件は起立斉唱命令という職務命令が存在しない場合に当たる。①職務命令すら発する必要のない事項について、教職員のプライバシーを侵害してまで氏名を収集する必要はない。正式に職務命令を発令し、それに対する違反がある場合に初めて指導を行えばよい。命令もないのに命令違反を取り締まるのは矛盾している。②起立斉唱命令が存在しないのに不起立に対する指導を行うのは、当該教職員にとって不意打ちであり、身に覚えのない不利益を課される結果となる。③学校長からの起立斉唱命令がない以上、教職員らが国歌斉唱時に起立しなければならない理由は、法的には存在しないというべきである、このように、本件では、いずれも起立斉唱命令が存在しないのであり、一部の校長が教職員らに起立を指示していたとしても、強制力ないし服従義務を負わないお願いのような性質のものであったというしかなく、そうすると、不起立情報の収集には、本件条例六条ただし書にいう「正当な事務のため必要」があるとは認められない。
イ 八条違反
(ア) 一項、二項違反
本件のように、氏名を収集し、個人も検索し得る形で個人情報を取り扱う場合においては、本件条例七条が規定する個人情報事務登録簿を備え、「個人情報を取り扱う目的」「個人情報の項目名及び第六条(思想信条情報等)に関する情報を取り扱うときはその理由」「個人情報の収集先及び収集の方法」などを記載しなければならないところ、被告はこれを怠っている。そこで、個人情報を取り扱う目的の明確化と、その収集に当たって適法かつ公正な手段を要求する本件条例八条一項及び二項に違反する。
本件条例八条が定める取扱目的等の明確化の原則に沿った具体的記載方法を定めたものが本件条例七条であるところ、被告は、本件条例七条で要求される具体的な明確化を行っていない。すなわち、「教職員等の服務に関する事務」(乙一)については、思想信条等の個人情報について取扱いがないとされ、同事務によって使用する主な個人情報記録は「1出勤簿、2出勤状況報告書、3職務専念義務免除申請・承認書、4営利企業等従事許可申請・承認書、5休暇等申請簿、6時間外登退庁簿等」とされているにとどまる。これをもって、本件の場合に収集される個人情報が何かが明確になされているとはいえない。
また、本件で収集されている情報は、国歌斉唱時に着席していたという情報であり、式を混乱させる等の妨害行為を行った場合に当たらないから、「教職員等の任免等に関する事務」(乙二)には該当しない。
(イ) 三項違反
本件条例八条の趣旨は、個人情報の主体である本人自らの同意に基づいて情報は利用されなければならないとの同意原則に根拠を有する。より具体的には、実施機関に本人からの直接収集を義務付け、正当な理由なしに個人情報が収集されたり、本人の知らないうちに個人情報が収集されたりすることを防止しようとする点にある。
この観点からすると、校長自身による視認によってのみ確認し、本人に確認をとることもないまま経過説明書に原告らの不起立情報の記載をしたことは、八条三項に反する。
被告は、本人からの収集とは、第三者からの伝聞情報ではないこと、本人不知の間の収集でないことを意味し、本人の同意の下での収集を意味するものではないと主張するが、失当である。個人情報の保護に関する法律(平成一五年法律第五七号。以下「個人情報保護法」という。)一五条は利用目的の特定、同一六条は利用目的による制限を規定している。そして、一六条は「個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。」と規定しており、個人情報の収集に当たっては、事前に本人の同意を得ることが必要とされている。本件条例の上位に当たる個人情報保護法が「本人同意の原則」を採用していることからしても、本件条例八条三項も「本人同意の原則」を採用したものと解するのが相当である。被告も、神奈川県個人情報保護審議会へ諮問した際には、本人外収集を例外的に適用することを求めていた。
被告は、原告X9、同X18、同X19、同X10、同X20、同X5、同X6及び同X21について、各自が不起立であった旨を自認したとして、本件条例八条三項に違反しないと主張するが、指摘の自認と不起立情報を経過説明書にまとめ、これを県教育委員会において保管利用することに同意を与えるのとは別物である。
(被告の主張)
ア 六条違反
経過説明書に記載された不起立情報は、県立高校の入学式・卒業式において、生徒に対して学習指導要領(国旗国歌条項)に沿った指導を行う上での問題行動である国歌斉唱時の教職員の不起立に対し、各学校の校長と教育委員会所管課が一体となって組織的・継続的に指導を行うために把握しているもので、不起立の理由に関しては調査しておらず、現に経過説明書には不起立の理由の記載はない。
小学校の入学式における教職員のピアノ伴奏拒否に関する最高裁判所平成一九年二月二七日第三小法廷判決でも、国歌斉唱時のピアノ伴奏拒否や不起立が、当該教職員の歴史観・世界観や社会生活上の信念に基づく一つの選択であっても、一般的にはそれと不可分に結びつくものではないと判示されている。
したがって、原告らが日章旗と君が代に関する過去の特定の時期の歴史に係る認識や評価に基づいて起立・斉唱を拒否したとしても、不起立情報は、思想信条情報に該当するものではない。
仮に、思想信条情報に該当するとしても、神奈川県教育委員会は、神奈川県個人情報保護審議会の意見を聴いた上で、正当な事務の実施のために必要があると認めて当該情報を取り扱っているから、条例第六条ただし書の手続を履行している。
なお、原告らは、職務命令が発せられたこと自体を争うようであるが、それぞれ所属の校長から原告らに対し、表現や伝達の方法は多様であるが、国歌斉唱時には起立するよう職務命令を発令している(乙一九)。仮に校長の指示・指導が強制力ないし服従義務を伴わない「お願い」のような性質のものであったとしても、それに従わない教職員に対し起立をするよう指導していく事務の必要性はいささかも変わらないから、本件条例六条ただし書の要件充足には影響しない。
よって、六条違反はない。
イ 八条違反
(ア) 一、二項違反
本件条例八条は、誤った情報や行政執行に不必要な個人情報が収集された場合には、個人の権利利益が侵害されるおそれがあることから、個人情報の収集の開始前、実際に収集を行う際における実施機関の義務を規定することにより、個人情報の取扱いによる個人の権利利益の侵害を防止することを企図した規定である。本条違反については、本件条例三四条一項一号に該当するものとして、自己情報の利用停止等の請求の対象となる。
一方、本件条例七条は、県民の自己情報に対するアクセスを容易にするための、システムに関する規定であって、具体的な情報取扱いに関係しない。よって、その違反については、本件条例三四条の規定に基づく自己情報の利用停止の請求の対象には含まれていない。
よって、本件条例七条違反が八条違反を構成するものではない。また、本件個人情報の取扱いについては、個人情報事務登録簿による登録が行われており、実施機関により本件条例七条の義務が履行されている。
(イ) 三項
本件条例八条三項の趣旨は、個人情報の収集先を本人からと制限することにより、自らの関与がないままに個人情報が集積されるといった権利利益の侵害の防止を図ることにある。そうすると、本人からの収集とは、第三者からの伝聞情報ではないこと、本人不知の間の収集でないことを意味し、本人の同意の下での収集を意味するものではない。
原告らは、県立高等学校に勤務する地方公務員として、入学式及び卒業式において、校長が定める式次第に従い、国歌斉唱時には起立して生徒を指導すべき指示、命令を受けている。服務監督者は、原告らがこの命令に従わず、起立して指導をしなかった事実を、伝聞等を交えることなく直接、目視により把握しており、そこに本人以外の第三者は全く介在していない。原告らにとって、自らが職務上犯した命令違反行為の情報を服務監督権者が把握することは、当然に想定しているものである。そうすると、本件は、本人の関知しない情報収集には当たらない。
また、経過説明書は、入学式及び卒業式における目視に加えて、事実確認と指導の状況に基づいて作成されたものである。第一事件の原告X9、同X22、同X18、同X19、同X10、同X20、同X5、同X6及び同X21、第二事件の原告X13、同X23、同X24、第三事件の原告X25、第四事件の原告X15については、それぞれ、面談により本人確認時に国歌斉唱時起立しなかったことを認めている。そこで、これら原告らについては、条例第八条三項違反を認める余地はない。それ以外の原告ら(ただし、第一事件原告X1を除く)についても、不起立の事実を伝聞等を用いることなく直接目視によって確認しているから、八条三項の違反はない。
なお、被告は、本件条例八条三項七号の規定に基づく諮問手続を履行している。
(2) 人格権侵害に基づく抹消請求
(原告らの主張)
原告らが卒業式等で起立しなかったとの個人情報を被告が取得して、これを利用することは、思想・良心の自由を侵害して憲法一九条に反し、また、個人の情報統制権を侵害しているから憲法一三条に違反する。
よって、原告らは、人格権に基づいて、この抹消を求めることができる。
(被告の主張)
争う。
(3) 国家賠償責任の成否
(原告らの主張)
県教育委員会は、平成一九年度入学式までの個人情報については、これを消去したが、平成一九年度卒業式以降における個人情報については、これを収集・保管している。これが削除されたとしても、県教育委員会による情報の収集・保管により原告らが被った精神的損害については、到底回復されない。原告らが被った精神的損害は金銭で計り難いものであるが、仮に金銭をもって評価するならば、各自一〇〇万円を下らない。
(被告の主張)
被告に国家賠償責任が成立することを否認し、原告らの主張は争う。
第三当裁判所の判断
一 利用不停止決定処分の取消事由の有無について
(1) 六条違反
ア 前述のとおり、神奈川県教育長は、平成一六年一一月三〇日付けで、各県立学校長に対し、入学式及び卒業式の実施に当たって、儀式的行事であることを踏まえた形態とし、教職員金員の役割分担を明確に定め、国旗は式場正面に掲げるとともに、国歌斉唱は式次第に位置付け、斉唱時に教職員は起立し、厳粛かつ清新な雰囲気の中で式が行われるよう取組の徹底を依頼し、「教職員が校長の指示に従わない場合や、式を混乱させる等の妨害行動を行った場合には、県教育委員会としては、服務上の責任を問い、厳正に対処していく」との通知を行い、その後も同様の通知を行っている。
そして、高校教育課長は、神奈川県教育長の要請を受けて、各県立高等学校長に対し、卒業式及び入学式に係る調査を実施するよう求め、国歌斉唱時に教職員が起立しない事態が発生したときには、当該教職員の氏名や指導状況等を記載した経過説明書にまとめ、報告するように求めている。この経過説明書の様式は、「平成 年 月 日に卒業式・入学式を実施したところ、国歌斉唱の際に不起立であった教職員がおりましたので、その事実確認及び指導経過について報告します。」との表題のもと、「職名・氏名」「発生日時」「Ⅰ 職員への指導及び事実確認の状況<式以前の職員全体への指導、式当日の不起立の把握状況>」「Ⅱ 指導経過<式以後の校長からの個別指導内容等>」の各項目を記載するものとされている。
イ 他方、本件条例六条本文では、思想、信条及び宗教に関わる事項に関する個人情報を取り扱ってはならないとされている。原告らは、不起立情報は、君が代について否定的歴史観・世界観を表す情報であり、これを記載した経過説明書は、同条にいう思想、信条及び宗教に関する情報に当たると主張し、神奈川県個人情報保護審査会も、前述のとおり、平成一九年一〇月二四日付けの答申において、「不起立者の、国歌斉唱時に起立することを拒否するという行為は、不起立者に対してその理由を問わないとしても、過去において日の丸・君が代が果たしてきた役割を踏まえた、一定の思想信条に基づく行為であることが推知でき」「異議申立人が平成一七年度卒業式において国歌斉唱時に起立しなかった事実の経過に係る情報は、異議申立人の一定の思想信条を推知し得る情報であるということができる」「本件情報は、異議申立人の政治的信念及び個人の人格形成の核心をなす人生観、世界観が発露した情報であって、条例第六条において原則取扱い禁止とされている思想信条に該当する情報である」と判断している。
これに対し、被告は、ある教職員が日章旗と君が代について一定の歴史的評価に基づいて起立・斉唱を拒否しても、そのことは、当該教職員の歴史観・世界観や社会生活上の信念に基づく一つの選択であっても、一般的にはそれと不可分に結びつくものではなく、国歌斉唱時における不起立という情報から、特定の思想を推知することは困難であるから、かかる外形的情報をもって思想信条情報とはいえないと主張している。
確かに、儀式的行為である入学式や卒業式において、参列者が起立して君が代を斉唱する行為それ自体は、一般的、客観的に見て、これらの式典における慣例上の儀式的な所作として外部から認識されるから、かかる行為が、客観的にみて、特定の歴史観、世界観を有することを外部に表明する行為であると評価することは困難である。そこで、入学式や卒業式において、国歌斉唱時に起立することを求めることが、直ちに原告らが有する君が代に対する歴史観や世界観を否定するものとはいえない。しかし、原告らが県教職員の立場で、入学式や卒業式における国歌斉唱時に起立するという職務命令(職務命令の有無を巡る論点については後述する。)に違反したとの情報については、別途検討を要する。すなわち、経過説明書には、不起立の理由は記載されていないものの、所属の校長が定める職務命令にもかかわらず、入学式や卒業式において国歌斉唱時に起立しなかったとの事実とこれを職務命令に違反するものとして式の前後に指導した状況に関する報告が記載されている。しかも、思想信条情報に当たることを否定する被告の主張するところによれば、校長が、国旗掲揚、国歌斉唱を卒業式や入学式の式次第に位置付けた上、卒業式や入学式を控えた時期(概ね一月から三月ころ)の職員会議等の場で、前記第二、一(2)の教育長通知について説明したり、内容を読み上げたり、写しを各職員に配布するなどの方法を通じて、式典に出席する教職員に国歌斉唱時に起立するよう命ずるとともに、入学式、卒業式における国歌斉唱時の起立が教職員の職務内容に含まれることを周知徹底していたというのであるから、この経過説明書には、かかる教育長通知に示された考え方には賛同できない一定の思想信条に基づいて、当該教職員がそれぞれ独自に「選択」した行為と当該行為がなされた状況が記載されていることになる。そうすると、ここにいう不起立情報は、当該教職員の国歌に対する歴史観・世界観や社会生活上の信念に直接結びつけることができる情報といえるから、思想信条に関する情報に当たるというべきであって、これを外形的行動から内心を確定的に推知できないとの理由で、思想信条情報ではないとか、本件条例上、保護に値する程度の思想信条と評価できないというものではない。
ウ そこで、本件不起立情報が、本件条例六条ただし書により思想、信条及び宗教に当たる事項に関する個人情報であっても例外として取扱いが認められる場合のうち「あらかじめ神奈川県個人情報保護審議会の意見を聴いた上で正当な事務若しくは事業の実施のために必要があると認めて取り扱うとき」に当たるかどうかについて検討する。
まず、本件では、教育委員会は、平成一九年一〇月三〇日付けで、神奈川県個人情報保護審議会に対し、卒業式及び入学式における不起立情報を、個人情報として取り扱うことにつき諮問をしている。同審議会の答申は、「思想信条情報を例外的に取り扱うとする、本件事務の正当性及び必要性を積極的に認めるという意味において、本件諮問の内容を適当とする答申を行うことはなし難い」としつつも、「最終的にいかなる職権行使をするかは、実施機関である教育委員会に条例上ゆだねられている」として、「実施機関としては、すでに前記審査会の答申内容は当審議会への本件諮問によって履行しているものと考えられよう」と述べ、本件条例六条ただし書が定める審議会への意見聴取については、履行したと評価できると答え、これを個人情報として取り扱うかどうかの最終的な判断を実施機関にゆだねている。
以上からすると、本件条例六条ただし書のうち、「あらかじめ神奈川県個人情報保護審議会の意見を聴いた上で」という手続要件は充足されている。そこで次に、「正当な事務若しくは事業の実施のために必要があると認めて取り扱うとき」との要件充足の有無の検討が必要となる。
エ 被告は、上記の正当な事務若しくは事業の実施の必要性として、国歌斉唱時の教職員の不起立という職務命令違反に対し指導を行うために不起立者を把握する必要があると主張するところ、原告らは、別件訴訟(被告に対して、学校の入学式、卒業式に参列するに際し、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し国歌を唱和する義務のないことの確認を求めた事件)の控訴審判決(東京高等裁判所平成二一年(行コ)第二八四号事件)の事実認定(同判決では「県立学校の各校長は、本件教育長通知を受けて、入学式及び卒業式に際して国旗を掲揚し、国歌を斉唱する方針を採り、控訴人ら教職員に対し、職員会議あるいは卒業式及び入学式等の打合せにおいて、本件教育長通知の写し等を配布するなどしてその内容を周知させて国歌斉唱時に起立するよう指導するとともに、生徒に対する率先垂範指導を指示し、不起立の教職員に対し個別指導を行っているが、特定人を名宛人として国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱するよう職務命令として命じたことはなく、本件教育長通知発令後、不起立を理由とする処分の事例もない。」と認定している。甲B一六)を指摘した上、卒業式及び入学式に参列する教職員に対し、君が代斉唱時に起立するよう求めているのは、神奈川県教育長の各県立学校長に対する内部通知にすぎず、所属の校長から国歌斉唱時に起立するよう具体的な職務命令が発せられていないから、原告らに対し、起立を指導する根拠が存在しないと主張する。
しかし、先に認定したとおり、神奈川県教育長は、卒業式、入学式に先立ち、毎年一一月ころに、各県立学校長に対し、国歌の斉唱を式次第に位置付け、斉唱時に教職員が起立し、厳粛かつ清新な雰囲気の中で式が行われるよう、取組の徹底を求め、教職員が校長の指示に従わない場合には、県教育委員会としては、服務上の責任を問い、厳正に対処していく考えであることを伝えている。そして、現実に今回問題となっている原告らにかかる卒業式、入学式においては、国歌の斉唱が式次第に位置付けられ、国歌斉唱時には特に留保なく一律起立が求められ、それに応ぜず起立していない原告らについては、服務に違反した事実があったとして、不起立情報として記録にとどめられている。そうすると、その前提として、卒業式及び入学式において、所属の校長から、表現方法や伝達方法こそ同一ではないとはいえ、教育長から各県立学校長に対してなされた「入学式及び卒業式における国旗の掲揚及び国歌の斉唱の指導の徹底について(通知)」の趣旨に沿った、命令・指示がなされたと推認されるところである。
しかも、本件については、平成一九年一〇月二四日に出された神奈川県個人情報保護審査会の意見に従い、平成一七年度卒業式から平成一九年度入学式まで、計四回の卒業式・入学式につき作成した経過説明書を廃棄し、平成二〇年一月一七日、神奈川県個人情報保護審議会の答申を受けた上、本件条例六条ただし書にいう「正当な事務若しくは事業の実施のために必要がある」として、国歌斉唱時に起立しなかった教職員についての情報を、不起立情報として収集したものである。そうすると、国歌斉唱時の起立は、単なる要望や提案のようなもので、従うか従わないか、教職員の任意にゆだねられていたというものではなく、選択の余地をいれない指示であったと認められ、このような指示を出す根拠としては、公務をつかさどり、所属職員を監督する校長の権限に由来するものというべきである。したがって、明確に校長から職務命令であるとの具体的な用語に基づくものでない限り、学校の教職員の立場で卒業式又は入学式に参列する者でありながら、式次第に従い国歌斉唱時に起立を求められても、それに従うかどうかは各自の判断に任されており、それに従うことが求められなかったとか、これに従わなかったために記録にとどめられることが想定外の事柄であったとは、到底いうことができない。
実際、原告X7が出席したa高校の平成二〇年一月一八日の職員会議では、起立したまま国歌斉唱をすることとなる平成一九年度卒業式要項Ⅱが議論の対象となり、校長の決裁でそのように卒業式が執り行われることになったこと、同年二月二七日の同高校の職員会議では、卒業式に教育課程調査ということで、県教育委員会の職員が来校するとの報告があり、卒業式の監視ではないかとの意見(具体的には国歌斉唱の際、教職員が起立するかどうかの監視を指すものと考えられる)が出たことが(乙三一、三二、原告X7)、原告X26が出席したb高校の平成一八年度の卒業式前の職員会議でも、当時の校長が、国歌斉唱時に起立しなければ、県教育委員会に報告して厳正に対処すると繰り返し発言していたこと、同高校の平成二〇年二月八日の職員会議では、校長が提示した、一同起立のまま国歌斉唱となっている式次第に対し、国旗の掲揚と国歌斉唱を削除する修正案が出され、決を採ったところ修正案が多数を占めたものの、校長は原案を通したことが(乙二六ないし二八、原告X26)、原告X20にあっては、別件訴訟の際作成した陳述書で「現在、卒業式や入学式で「日の丸」、「君が代」が強制され、教職員にも『学習指導要領』を根拠に、起立し歌うことが強要され」ていると訴えていること(乙一四の七、原告X20)、原告X3が出席したc高校の平成二〇年一月三一日の職員会議でも、卒業式の国歌斉唱時に起立するよう要請することの是非が議論にのぼり、校長が「私の立場(職)としてお願いしている。」と答えたこと、同年二月二七日の同校の職員会議でも、「卒業式・入学式において不起立者の氏名を報告するのか」という質問に対して、校長が「職としてやらざるを得ない」「私としては学習指導要領及び県の通知の通りでお願いする。多数決を採ることはしない。」と答えていたこと(乙二九、三〇、原告X3)が認められる。
また、全日制・定時制・通信制を合わせ一七〇校に及ぶ神奈川県内の県立高等学校のうちから七〇校余りを抽出し、平成一〇年から平成一七年までの卒業式・入学式に関わる議事録を分析して、日の丸・君が代の強制が行われている様子を調べ、強制の実態の特徴をまとめたとする、原告X27作成の「県立学校における職員会議議事録の調査報告書「高校編」」と題する書面(乙二四)には、調査の結果、各学校が、県教育委員会の圧力により、卒業式及び入学式において日の丸・君が代が強制されていったとする様子が記録されており、その記載からは、校長が職員会議の前の段階で、式次第に日の丸・君が代を入れるよう指示・命令などを発し、卒業式及び入学式の式次第の案を一方的に変更するようになっていくとする様子が記載されているほか、平成一四年から平成一六年にかけて、校長が、自ら判断・決定する権限を放棄して、画一的、均一的に、学習指導要領、教育長通知、教育課程研究集録第九集を引き合いに出して、教育現場に日の丸・君が代を導入しているとの記載も見られるところである。
そして、そもそも、本件のような入学式及び卒業式に参列する全ての教職員に一律に国歌斉唱時に起立するよう職務命令を発するに際しては、これに反したときに服務違反として懲戒処分などを行うことも念頭に置く場合には、証拠確保の観点から、個別的に文書を交付することも想定されるものの、職務命令を発するには必ず文書を要するというものではなく、一般的には口頭によるものでも足りると解される。また、今回の命令は、予定される入学式及び卒業式に参列する全ての教職員に一律に命ずるものであるから、教職員各人に個別的に行うのではなく、職員会議などの機会に参列予定者全員に向かって集団的になされることも想定し得るところである。その際、原告らの所属する校長の中には、置かれた状況に応じて、より説得的に伝えるなどの考えのもと、指示・指導などの表現を使用したことがあったとしても、前述のとおり、当時、平成一九年一〇月二四日に出された神奈川県個人情報保護審査会の意見に従い、平成一七年度卒業式から平成一九年度入学式までの計四回の卒業式・入学式に関する経過説明書を廃棄した上、改めて神奈川県個人情報保護審議会から平成二〇年一月一七日に答申を受けた上、本件条例六条ただし書にいう「正当な事務若しくは事業の実施のために必要がある」として、平成一九年度の卒業式から改めて国歌斉唱時に起立しなかった教職員の情報を不起立情報として収集することが予定されていた状況下にあったことも併せ考えると、これらの校長等は、所属職員を監督する立場から、その権限に基づいて、当該各原告に対し、国歌斉唱時に起立するようにとの職務上の命令を発したと認めることができる。仮に、原告らが関係する校長等が、懲戒その他の不利益処分と結びつく効果を有する性質のある命令の告知を十分に行っていないために、原告らの中に、懲戒その他不利益処分を付するに足りる職務命令を予め受けたというに足りないと評価される者が含まれているとしても、前述のとおり、国歌斉唱時に起立するとの要請に従うか従わないか、参列する各教職員の思想信条に従い、任意に選択することが許容されるものでなかったことは明らかである。
オ 以上からすると、今回の卒業式及び入学式における不起立情報は、国歌斉唱時に起立することを求める職務命令ないし選択の余地のない指示、指導に反した教職員の違反事実に関する情報といえる。こうした違反事実に関する情報は、当該教職員に対する指導を実施する上でも、また、当該教職員による服務違反に対する人事上の措置の要否、内容を検討する上でも必要とされるものであるから、これを原告らを含む県教職員の監督を担う立場で人事管理上必要なものとして収集・記録することは「正当な事務若しくは事業の実施のために」されたものというほかはない。そこで、実施機関である教育委員会としては、本件条例の定めに従い、神奈川県個人情報保護審議会に諮問し、その答申を踏まえた上で、正当な事務若しくは事業の実施のために必要があるものと認めて取り扱ったもので、かかる判断をもって、神奈川県個人情報保護審議会の答申内容を無視し、ないしこれに反したものということは困難である。したがって、不起立情報を収集・保管することとした教育委員会の判断は、教職員等の服務規律保持を担う行政機関として裁量内の判断と認めることができる。以上については、勤務時間外に式場に入り、国歌斉唱時に起立しなかった原告X11についても異なることはない。
(2) 八条違反
ア 本件条例七条一項は、実施機関に個人情報事務登録簿の備付け義務を規定している。神奈川県個人情報保護条例逐条解説によれば、県民等が自己に関する情報の所在や内容を確認し、積極的に自分の情報に関与することができるようにするため、実施機関に一定の事項を個人情報事務登録簿に掲載し、その登録簿を備え付けなければならないと定めたものと解説されている(甲B六)。
一方、本件条例八条一項は、実施機関が個人情報を収集するとき、あらかじめ個人情報を取り扱う目的を明確にし、収集する個人情報の範囲を当該取扱目的の達成のために必要な限度を超えないものとしなければならないと規定している。上記逐条解説では、同項は、実施機関が個人情報を取り扱う最初の段階である収集の時点において、誤った個人情報や事務又は事業の遂行に当たって不必要な個人情報を収集してはならないことを規定したものとされている(甲B六)。
同逐条解説の説明は首肯し得るものであり、自己情報の利用停止請求権を定めた三四条も、六条、八条一項から三項まで、九条一項、一〇条一項、一六条の各規定に違反する行為があったときに、利用停止を請求することができるとされ、そこに七条は含まれていない。
そうすると、本件条例七条と八条は、それぞれ趣旨を異にする規定であると解されるから、七条違反が当然に八条違反を構成することとなるものではない。
イ これに対し、原告らは、本件条例七条違反のみでは、利用不停止請求の原因と規定されていないことは認めつつ、本件条例七条に違反することが、本件条例八条一項で定める明確化原則に違反することになると主張する。
原告らのいう明確化原則とは、八条一項の規定中「実施機関は、個人情報を収集するときは、あらかじめ個人情報を取り扱う目的(以下「取扱目的」という。)を明確に」するよう定められていることを指すものである。他方、本件条例七条では、個人情報事務登録簿上、個人情報記録(申請書、許可台帳、人材ファイル等)から検索し得る個人の類型ごとに、当該個人情報を取り扱う目的を明らかにすることとされている。個人情報取扱事務の登録に当たり、個人情報を取り扱う目的が不明確であると、登録のために個人情報を収集するに当たっても、個人情報を取り扱う目的が明確でないことに繋がるものといえる。ただし、自己情報の利用停止請求権の有無を検討する場面では、あえて、本件条例七条違反を持ち出すことなく、本件条例八条を指摘すれば足りるものと考えられる。
ウ そうすると、原告らの主張の趣旨は、結局のところ、不起立情報の取扱目的が不明確であるということになる。
しかし、不起立情報の取扱目的は、県立高等学校に勤務する地方公務員として、入学式、卒業式において、校長が定める式次第に従い、国歌斉唱時には起立して生徒を指導すべき指示、命令を受けており、これが原告らの具体的な職務行為になっていることを前提にした上、この命令に従わない教職員に対し、県教育委員会(教育局所管課)が各学校の校長と一体となって組織的・継続的な指導を行っていくためというものであることが明らかであるから、このような取扱目的が不明確であるとまではいえない。
エ 次に、八条三項違反の有無について検討する。
本件で問題となっている経過説明書は、校長、副校長等が、卒業式及び入学式において国歌斉唱時に起立しなかった教職員を目視により確認し、教職員と面談し、不起立であったことについての事実確認を行い、個別指導を経た上で、その情報を記録することによって作成されたものである。
被告は、本件条例八条三項を、第三者からの伝聞情報でないこと、本人不知の間の収集でないことを意味する規定と解釈すべきであると主張し、これによれば、上記のとおり、実施機関が本人の行動を目視し、本人に指導した経過を記載した経過説明書記載の情報は、本件条例八条三項に違反するものではないことになる。
被告作成の神奈川県個人情報保護条例逐条解説(甲B六)によれば、本件条例八条三項を本人収集の原則と表した上、「本項は、個人情報を収集するときは、本人から収集することが原則であり、この原則を遵守することが実施機関の義務であることを示したものである。」と解説されており、被告の主張と矛盾するものではない。また、そもそも、不起立であった教職員と面談した上、当該事項の事実確認を行い、個別指導を行ったとの結果内容については、本人から事情を聴取の上収集したものということができるから、その結果内容を収集することは本件条例八条三項の規定に反するものではない。一方、実施機関とされる校長、副校長等が、卒業式及び入学式において国歌斉唱時に起立しなかった教職員を目視により確認したことにより得られた情報については、本人が知らない間に収集されることも想定できないわけではない。しかし、参列した校長、副校長等にとっては、直接現認した本人の行動を報告するものであるから、本人から収集した情報であると言って妨げない上、当該本人としても、実施機関である校長、副校長等が卒業式又は入学式に参列していることを認識しているから、これらの者から、国歌斉唱時における不起立を現認され、これが服務上の義務違反として、報告の対象とされることを予見することは可能であり本人が全く関知することのないまま収集された情報とはいえない。
これに対し、原告らは、個人情報保護法が本件条例の上位法であるとした上、同法一六条一項(個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。)によれば、個人情報の収集に当たり、事前に本人の同意を得る必要があると主張している。
しかし、個人情報保護法一六条一項が一五条の規定を受けたものであることは、規定上明らかであるところ、同条一項は「個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的(以下「利用目的」という。)をできる限り特定しなければならない。」と規定している。同項が定める利用目的による制限の趣旨は、無限定な個人情報の利用による本人の権利利益の侵害を防止することを目的とするもので、同法一六条一項は、一五条一項を踏まえ、本人の同意がある場合には、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱うことを認めたものと解される。
これを本件についてみると、経過説明書の記載事項によれば、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を利用したものとは認められないから、個人情報保護法一六条一項に違反すると解すべき事由は見いだし難い。
以上によれば、本件条例八条三項に違反するとの原告らの主張も採用できない。
二 人格権侵害に基づく抹消請求について
原告らは、国歌斉唱時に起立しなかった情報を本件条例に違反して収集、保管することが、思想・良心の自由を定めた憲法一九条のほか憲法一三条に違反するとして、人格権に基づいて経過説明書の抹消を求めている。
原告らの上記主張の趣旨は、「本件訴訟は、国旗・国歌の強制は違法であるとか、起立しなかったことで、原告らの思想、信条の自由が侵害された、などを問う裁判ではない」、「原告らが君が代斉唱時に起立しなかった行為を被告が問題にしたことを問うているのではなく、起立しない行為に関する情報を、原告らの思想、信条に係わる情報であるにも拘わらず、これを県条例に違反し、違法に収集していることの問題性を問うているのである」と主張しているところからして(原告ら準備書面(1))、国歌斉唱時に起立を求めること自体の違法ではなく、不起立情報を収集、保管する行為の違法性に限られると解されるところ、同情報自体は、職務命令違反等の情報であり、監督者の立場から人事管理上必要なものとして、これを収集、保管することが「正当な事務若しくは事業の実施のために必要がある」との要件に該当し、その他本件条例に違反するものではないことは、これまで論じてきたとおりである。
そして、経過説明書に記載されている事実は、当該教職員の国家に対する歴史観・世界観や社会生活上の信念に直接結びつくものとして思想信条に関する情報に当たるといえるものの、それをもって、直接、当該本人に対し、一定の事項を強制、あるいは禁止するものではなく、地方公務員としての職務遂行に当たって職務命令に従わなかったことについての情報であるから、このようなものを収集し、これを保管することそれ自体が、原告らの思想及び良心の自由を侵害するとはいい難い。原告らは、憲法一三条で保護されるプライバシーの侵害や自己に関する情報を統制する権利を侵害するとも主張するが、これらの情報が、学校行事において教職員である原告らが採った行為そのものに関するものであることからすると、原告らの個人情報ではあっても、これを監督権者において、本件条例に従い個人情報として取り扱うことが、プライバシー権や情報統制権などを侵害するものとはいえないから、その排除を求めることはできない。
よって、この点についての原告らの主張も理由がない。
三 国家賠償責任の成否について
以上のとおり、不起立情報を収集、保管することは、違法ではないから、これが違法であることを前提として慰謝料を求める原告らの請求も、理由がない。
四 結論
以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 西森政一 小堀瑠生子)
別紙 原告一覧表<省略>