横浜地方裁判所 平成21年(ワ)2425号 判決 2012年10月30日
主文
1 被告横浜市は,原告aに対し,2543万5968円及びこれに対する平成18年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告横浜市は,原告bに対し,2543万5968円及びこれに対する平成18年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らの被告横浜市に対するその余の請求及び被告独立行政法人国立成育医療研究センターに対する請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,原告らに生じた費用の100分の44と被告横浜市に生じた費用の100分の40と被告独立行政法人国立成育医療研究センターに生じた費用のすべてを原告らの負担とし,その余の費用を被告横浜市の負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告独立行政法人国立成育医療研究センターは,原告aに対し,275万円及びこれに対する平成18年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告独立行政法人国立成育医療研究センターは,原告bに対し,275万円及びこれに対する平成18年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告横浜市は,原告aに対し,4227万2794円及びこれに対する平成18年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告横浜市は,原告bに対し,4227万2794円及びこれに対する平成18年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 前提事実(当事者間に争いのない事実及び掲記証拠により認められる事実)
(1) 原告らは,平成18年7月27日に死亡したc(平成14年10月16日生。死亡当時3歳。)の父母である。
亡cは,国立成育医療研究センター(以下,後記2の承継に前後を通じて「被告成育」という。)に入院及び通院して,治療を受けていた。
被告横浜市は,横浜市北部児童相談所(以下「北部児相」という。)及び横浜市中央児童相談所(現在は西部児童相談所。以下「中央児相」という。)を設置する地方公共団体である。
(2) 被告成育は,北部児相に対し,平成18年6月16日,原告らが亡cに対して適切な栄養を与えることができていなかったため,ビタミンD欠乏性くる病(四肢骨が湾曲し変形する病気)発症に至ったと考えられ,結果として不適切な養育が行われていた可能性が高いとして,児童福祉法25条に基づく通告をした(以下「本件通告」という。甲3)。
(3) 北部児相の長は,平成18年7月3日,児童福祉法33条に基づき,亡cを一時保護する決定をした(以下「本件一時保護決定」という。甲14の1)。亡cは,本件一時保護決定に基づき,神奈川県立こども医療センターで保護された(以下「こども医療センター」という。甲14の2)。
北部児相の長は,同月14日,本件一時保護決定を解除したが,同日,再び一時保護の決定を行った(以下「本件再一時保護決定」という。甲17,18)。
亡cは,本件再一時保護決定に基づき,中央児相の一時保護所で保護された。
(4) 亡cには,卵などの食物アレルギーがあった。
被告横浜市は,被告成育及びこども医療センターからの情報により,亡cに上記の食物アレルギーがあることを認識しており,そのため,中央児相では,亡cに対し,上記のアレルギー反応を示すものを除いて,食事をさせていた。
しかし,中央児相の職員は,亡cに対し,平成18年7月27日午前7時30分ころ,アレルギー源の卵を含む竹輪(以下「本件竹輪」という。)を,誤って食べさせてしまった。
(5) 亡cは,同日午後2時30分ころ,ぐったりした様子で,手足や顔にチアノーゼが出ており,直ちに救急搬送されたが,同日,死亡した(甲21の1,甲22)。
2 事案の概要
本件は,本件通告が栄養・医療ネグレクトがあるなど虚偽の事実を通告するものであり,本件一時保護決定及び本件再一時保護決定等も違法であるとして,被告成育に対しては債務不履行又は不法行為に基づき,被告横浜市に対しては国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,それぞれ,損害賠償と遅延損害金を請求し,また,中央児相の職員が誤ってアレルギー源を含む食物を食べさせたため,亡cが死亡したとして,被告横浜市に対し,国賠法1条1項に基づく損害賠償と遅延損害金を請求する事案である。
被告成育は,高度専門医療に関する研究等を行う独立行政法人に関する法律附則及び同法施行令により,国から本件訴訟を承継した。
3 争点
(1) 本件通告の違法性等
(2) 本件一時保護決定,本件再一時保護決定等の違法性
(3) 中央児相の職員の過失及び亡cの死因
(4) 損害の存否及び額
4 当事者の主張
(1) 争点(1)
(原告らの主張)
ア 被告成育は,本件通告により,真実は医療ネグレクトや栄養ネグレクトがなかったにもかかわらず,これがあるとの虚偽の情報を伝え,伝えるべき情報を故意に伝えず,積極的に一時保護に加担するなどしていた。したがって,本件通告等は違法であり,被告成育との間の診療契約上の債務不履行を構成する。
イ 医療ネグレクトの不存在
(ア) 虐待通告や一時保護決定に値する医療ネグレクトがあるというためには,①その治療及び検査が必要であり,保護者にその説明がされ,②それにもかかわらず,保護者が児童に必要な治療及び検査を受けさせないことが必要である。
本件通告は,原告らが,亡cの全身のレントゲン撮影,CT検査,アルファロールの投薬の増量,血液検査及びステロイドの使用を拒否し,通院の予約を取り消すなどしたことを医療ネグレクトとしているが,いずれも①②の要件を欠いている。
(イ) 原告らは,足のレントゲン撮影は受けさせていたものの,全身の撮影が必要という説明を受けておらず,足だけで足りるのであればそれだけにして欲しいと述べて,レントゲン撮影に同意している。亡cのくる病の種類を特定するために全身のレントゲン撮影が必要であったとしても,25-OHビタミンDの検査や治療の経過により,亡cのくる病は,ビタミンD欠乏性による栄養性のくる病であると判明しており,平成18年5月15日ころには,レントゲン撮影の必要はなかった。また,全身のレントゲン撮影の有無によって,くる病の治療方法が変わるわけではない。したがって,検査の必要性はなく,①の要件がない。
(ウ) CT検査は,放射線被曝のリスクがあり,医学的にも必要がなかったから,①の要件を欠く。
(エ) 原告らは,アルファロールの投薬を拒否していない。アルファロールの増量の話をされ,様子を見たいと述べたのは,それまで,担当医から病院食のキノコを食すことでアルファロールに代えてビタミンDを摂取することができると聞いており,担当医もアルファロールの服用の中止を検討していた中,突然増量する旨を言われたためである。また,医師がアルファロールの増量の必要性を説明したことはなかった。したがって,①の要件を欠く。
(オ) 原告らは,血液検査に何度も同意しており,平成18年3月16日は,亡cが風邪気味で熱もあったため,血液を採取させなかったにすぎない。その後も原告は,血液検査に同意しており,②の要件を欠く。
(カ) 原告らは,医師の指示に従い,通院の予約をしており,②の要件を欠く。
(キ) 原告らがステロイドの使用を拒否したことはない。ステロイドには副作用があるから,原告bが,生後7か月の亡cに対してステロイドを塗ることに抵抗を感じ,即座に同意しなかったこともやむを得ない。その後は,看護師から塗布を任され,積極的に治療に協力していたのであり,拒否する態度はとっていなかった。したがって,②の要件を欠く。
ウ 栄養ネグレクト
(ア) 栄養ネグレクトがあるというためには,①亡cが栄養摂取不足を原因とするくる病と診断され,②原告らがその診断を知り,③それにもかかわらず,原告らが亡cに栄養を与えていないことが必要である。
本件通告は,原告らが亡cに対してマクロビオテックによる食事(玄米,有機野菜を中心とした食事で,肉類や動物性タンパク,脂肪の摂取が極端に少ない食事)を与え,その結果,亡cがくる病に罹患したことなどを栄養ネグレクトとしているが,①~③の要件を欠いている。
(イ) 亡cは,ビタミンD欠乏性くる病と診断されているが,その原因が食事によるものであるか否かは明らかとなっておらず,成長障害や消化器系が弱かったことなど,その他の原因も十分考えられ,客観的にその原因が明らかとなっていない。したがって,①②の要件を欠く。
仮に,食事が原因であるとしても,原告らは,アレルギーに配慮した食事は与えていたものの,マクロビオテックに基づく食事は与えておらず,肉も食べさせていた。また,原告らは,亡cに対し,本件通告がされた亡cの入院時には,病院食を与えており,乳酸菌飲料である「ヤクルトジョア」も飲ませようとしていた。マクロビオテックの講師であった原告bの母が亡cの弁当を作ってきたことは,亡cの入院中,1回のみであり,その影響力もなかった。したがって,③の要件を欠く。
エ 伝えるべき情報を故意に伝えてなかったこと
亡cがくる病になった背景には,食物アレルギーによる食材制限を行わざるを得ず,栄養が偏ってしまったという事情があった。また,原告らは,本件通告後の試験外泊中,被告成育の栄養指導に従った食事を作っており,その結果,ALP(アルカリホスファターゼ)値等の検査数値が下がり,体重が増加した。被告成育も,このことを認識しており,原告らが食事に関する指導を継続的に守る可能性があることを認識していた。
しかし,被告成育は,本件通告に際し,これらの情報を故意に伝えなかった。
オ 積極的に一時保護に加担し,監護権等を侵害したこと
被告成育は,本件通告したその日から,虐待告知をする場合は親子の分離が前提となることを意見し,受入先の病院を探すことや分離の方法まで話をしており,単なる通告義務の履行を超えた原告らの監護権を積極的に害する行為をしている。
(被告成育の主張)
ア ネグレクトとは,「児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食・・・その他の保護者として監護を著しく怠ること」をいう(児童虐待の防止等に関する法律2条3号)。
その判断は,児童の利益を中心に考えるべきであり,保護者が児童に愛情を持っていっていたり,故意とはいえない場合にも,児童に栄養を与えない状態となっている場合には,栄養ネグレクトと評価すべきである。
亡cの入通院中の状況に照らし,栄養ネグレクトがあったということができる。特に,検査の結果,亡cのカルシウム,ビタミンDの不足は食事による摂取不足が原因であることが判明しており,栄養不足の原因が原告らの食事にあることは明らかである。
イ 医療ネグレクトとは,医療水準や社会通念に照らし,児童に必要かつ適切な治療を受けさせないことをいうところ,亡cの入通院中の状況に照らし,医療ネグレクトがあったということができる。
ウ 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は,主観的に児童虐待と考えれば法律上告知義務を負い,その義務に基づいて通告する限り違法行為にはならない。したがって,本件通告も違法にはならない。
エ 以上から,本件通告は適法である。
オ 上記原告らのエ(伝えるべき情報を故意に伝えてなかったこと)及びオ(積極的に一時保護に加担し,監護権等を侵害したこと)の主張は否認ないし争う。
(2) 争点(2)
(原告らの主張)
ア 本件一時保護決定について
上記(1)「(原告らの主張)」のとおり,本件一時保護決定は,医療ネグレクト及び栄養ネグレクトがまったく存在しないにもかかわらずされたものであり,一時保護の必要性を欠く違法なものである。
一時保護は,児童の身柄を相当期間拘束するものであるにもかかわらず,裁判所による監督のない,行政の判断のみで行うことができる巨大な権力の行使であるから,その判断は慎重であるべきである。しかるところ,北部児相は,医療ネグレクトに関し,亡cの主治医のd医師に対して,d医師が必要であるとする検査について,必要とする理由や目的の聴取り調査を行っておらず,原告らなどに対しても聴取り調査を行っておらず,亡cがビタミンD不足のくる病であると判明した旨のカルテの記載を確認していない。また,栄養ネグレクトに関し,e医師,栄養士及び原告らに対して,聴取り調査を行っていない。北部児相がこれらの調査を行っていれば,一時保護決定の必要性がないことを容易に認識することができたはずである。以上から,北部児相は,正当な理由なく上記調査を行わなかったのであり,違法な本件一時保護決定を行ったことについて重大な過失がある。
イ 本件再一時保護決定について
上記アのとおり,原告らには,医療及び栄養ネグレクトは存在しなかった。また,原告aが平成18年7月5日に検査に同意したことにより同月10日には必要な検査は終了しており,いかなる意味においても,医療ネグレクトと称する検査未了状態は完全に解消されていた。さらに,亡cの栄養状態は,被告成育に入院中,カルシウム値が正常に復して改善されていたのであり,このことは,こども医療センターで改めて確認され,同月11日には退院可能と診断されている。以上からすると,亡cは,本件再一時保護決定の必要性及び緊急性を基礎付けるような栄養状態にはなかった。
原告らは,本件一時保護決定の前から,約2か月間栄養指導を受け,栄養士から高い評価も得ていたのであって,栄養指導のために本件再一時保護決定を行う必要性はなかった。なお,仮に栄養指導が必要であったとしても,子どもと親とを分離する必要性や緊急性は全くなかった。
原告らは,本件一時保護決定についての同意書に署名をしているが,それは,亡cを1日も早く取り戻すためにやむなく行ったものであって,本件一時保護決定及び本件再一時保護決定の違法性を阻却するものではない。
以上から,本件再一時保護決定は,その必要性が全くなく,原告らの監護権を侵害するものであり,違法な決定である。
ウ 一時保護機関の不告知について
行政手続にも憲法31条の適正手続の保障は妥当し,一時保護決定がされた場合は,監護権を有する原告らが子どもを連れ去られるという重大な不利益を受ける以上,その保護機関の名称及び所在地が告知されるべきである。
なお,取戻しの危険が大きい場合などは,例外的に,保護機関の所在地を告知しないとの見解があり得るとしても,原告らは,本件一時保護決定の告知を受けた直後に,亡cを連れて行くならこども医療センターにして欲しい旨を伝えており,実際にこども医療センターが一時保護委託先とされたことなどに照らすと,原告らによる亡cの取戻しの危険は全くなかったといえる。原告らは,被告成育の医師に対して様々な質問をし,医療方針の決定について十分な説明を求めてきたが,それは,親として当然の務めであり,取戻しの危険を基礎づける具体的な事実はない。
したがって,本件において,保護機関を告知しない理由はなく,これを告知しなかった被告横浜市の不作為は違法である。
エ 面会拒否について
親子はともに生活する権利があり,やむを得ずに分離される場合でも親子の交流は保障されなければならない(憲法13条,民法818条1項,820条,821条)。
原告らには,上記ウのとおり,亡cを取り戻す危険はなく,少なくとも,北部児相の職員と原告等との面談が行われた平成18年7月5日及び家庭訪問を受けた同月6日には,上記危険がないことが,北部児相にとっても明らかとなった。仮に,病院内での面会に支障があったとしても,児童相談所内で一時的に面会することは十分可能であった。
亡cのくる病の悪化を防止し,子どもの福祉を図るという児童福祉法の目的からしても,原告らと亡cの面会を拒否する必要性はどこにもなかった。むしろ,当時3歳であった亡cにとっては,母親である原告bとの接触は,精神的な安定のために必須のものといえる。
以上から,面会拒否は,違法である。
(被告横浜市の主張)
ア 本件一時保護決定について
北部児相は,被告成育に調査した結果,現状では亡cに対して十分な医療上の対応ができておらず,必要な検査もされておらず,原告らにより十分な栄養が与えられていなかった結果,亡cがくる病を発症したと判断した。そして,①亡cに対して必要な検査を行い病状を把握するとともに,栄養状態の悪化を防止し,②栄養状態を改善し,③適切な治療の継続と,帰宅しても再び栄養不足に陥ることがないよう原告らに栄養指導を行うことを目的として,本件一時保護決定を行った。
上記判断は,北部児相の職員がカルテやレントゲン写真を見て,被告成育の医師から説明を受け,可能な限りの調査を行った上でのものであり,合理的な判断ということができる。また,亡cの入院中の状況等に照らすと,亡cに対する医療ネグレクト及び栄養ネグレクトが行われていたと認められる。さらに,本件一時保護決定時の状況に照らすと,亡cを被告成育から退院させ,自宅に戻したならば,亡cが再び栄養不足の状態に陥り,ビタミン欠乏により脳障害を引き起こす危険性等があると認められ,亡cの安全確保のためには,本件一時保護決定を行う必要性及び緊急性があった。なお,本件一時保護決定に当たり,原告らから事情聴取しなかったことは,被告成育での原告らの対応や亡cの状態等に照らし,なんら不適切なことではない。
以上から,本件一時保護決定は適法である。
イ 本件再一時保護決定について
本件一時保護決定により,上記ア①②は達成されたものの,上記ア③が達成されておらず,一時保護を継続しておく必要があった。しかし,同③の目的のためには,亡cを入院させておく必要はなかった。そこで,北部児相は,亡cの一時保護場所をこども医療センターから中央児相に変更するため,本件一時保護決定を解除し,本件再一時保護決定を行ったのである。
以上から,本件再一時保護決定と本件一時保護決定は,一連の一時保護であり,適法である。
ウ 一時保護機関の不告知について
北部児相は,原告らが亡cを取戻す危険が大きく,仮に取戻しに至らなくても,原告らが再び検査の拒否を行う危険性が否定できないと判断して,一時保護機関を原告らに告知しなかったのであり,その判断は適切であった。
エ 面会拒否について
亡cの精神状態を安定させるため,また,原告らによる取戻しを防ぐため,児童相談所運営指針(乙6)に基づき,北部児相が,しばらく見守った後に面会を実施する予定とし,面会を認めなかったことは,何ら不適切なことではない。
(3) 争点(3)
(原告らの主張)
ア 中央児相の職員は,卵アレルギーを有する亡cに対して,卵を含む食品を食べさせてはならない注意義務を負っていたところ,これを怠り,誤って卵入りの本件竹輪を食べさせているから,過失がある。
中央児相の職員は,亡cに卵入りの本件竹輪を食べさせた以上,これについて適切な対応をすべき義務を負っていたが,これを怠り,医師の診察を受けさせることなく,また,必要な経過観察を行っていないから,過失がある。
イ 亡cの死因は,アレルギー源の卵を含む本件竹輪を食べさせられたことによるアナフィラキシーショックにあり,右室心筋症による左心不全ではない。
ウ 以上から,被告横浜市は,亡cの死亡によって生じた損害を賠償する責任を負う。
(被告成育の主張)
ア 亡cの死因は,司法解剖鑑定書(乙5)のとおり,右室心筋症による左心不全にある。したがって,亡cに本件竹輪を食べさせたことと亡cの死亡との間には,因果関係がない。
原告らは,アナフィラキシーショックが亡cの死因であると主張するが,アナフィラキシーショックは,アレルギー物質を摂取して直ちに生じるものであり,本件竹輪を食べてから死亡まで数時間も空いている本件では,アナフィラキシーショックにより死亡したとはいえない。
イ 中央児相の職員は,亡cが死因となった右室心筋症を発症していることを認識していなかったから,致死的な不整脈が発生し,突然死する可能性を予見することは不可能であった。
中央児相の職員は,亡cに卵入りの本件竹輪を食べさせてしまった後,亡cの身体状況等を注意深く観察しており,看護師も異常を感じていないのであって,十分に経過観察を行っていた。
したがって,過失はない。
(4) 争点(4)
(原告らの主張)
ア 被告成育の関係
慰謝料 各250万円
弁護士費用 各25万円
イ 被告横浜市の関係
(ア) 本件一時保護決定,本件再一時保護決定,保護機関を知らされなかったこと及び面会拒否による損害
慰謝料 各150万円
(イ) 亡cの死亡による損害
a 逸失利益
基礎収入は,平成18年賃金センサス男性・学歴計・全年齢平均賃金555万4600円とすべきである。亡c(死亡当時3歳)は,死亡しなければ,18歳から67歳まで就労可能であった。生活費控除率は45%とすべきであり,ライプニッツ方式により中間利息を控除すると,4404万5589円が損害となる。
555万4600円×(1-0.45)×(22.5284-8.1108)
b 亡cの慰謝料 2000万円
c 原告らは,亡cの死亡により,それぞれ,aとbの合計額の2分の1である3202万2794円の損害賠償請求権を相続した。
d 原告らの慰謝料
亡cは原告らが高齢になってからやっと授かった子どもであり,アレルギーにも細心の注意を払って,大切に育ててきた。しかし,亡cを騙されるように奪い取られた上,粗雑な集団的保育により,突然,亡cを失うこととなった。その精神的苦痛は到底計り知れず,慰謝料は各500万円を下回ることはない。
e 弁護士費用 各375万円
(被告成育の主張)
否認ないし争う。
(被告横浜市の主張)
否認ないし争う。
第3裁判所の判断
1 前記前提事実に証拠(甲2,3,6,10~22,25,30,乙1,12~17,丙1~3,5,10,13~15[以上の証拠につき枝番を含む。],証人e,証人d,証人f,証人g,証人h,証人i,証人j,原告a本人)と弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1) 亡c(平成14年10月16日出生)は,平成15年5月2日,kクリニックの紹介により,湿疹及び成長障害で,被告成育を受診した。亡cの体重は,平成14年12月7日時点で5000gだったが受診日には4400gまで低下しており,その原因として,栄養不足などが考えられた(丙1・13頁)。また,顔面及び頭部に湿疹があり,頭皮はびらん状態で,浸出液が出ていた。さらに,血中の総たんぱくの数値が通常の値の約半分にまで落ちており,危険な状態にあった(証人e・36頁)。
被告成育の医師は,原告らに対し,上記体重減少は異常であり,今後の発達に影響を及ぼす可能性があること,栄養摂取に関しては人工乳の補足が必要であることを話したが,原告bは,人工乳の使用に抵抗を示した(丙1・13頁)。
亡cは,同日から被告成育に入院することになった。
(2) 1回目の入院
ア 被告成育の医師は,原告ら及び原告bの父母に対し,平成15年5月2日,亡cには低タンパク血症があり,成長障害も伴っていること及び早急にステロイド外用剤を開始する必要があることを説明したが,原告bの母が抵抗を示した。その後,原告a及び原告bの父がステロイド外用剤による治療に同意し,翌日から同治療が行われることとなった(丙2・12頁)。
なお,原告bの母は,マクロビオテックの講師をしている。
イ 被告成育の医師は,平成15年5月3日,母乳の量から,亡cの栄養量が不足していると判断し,原告らに対して,栄養摂取の不良について説明をした。同説明により,原告らは,人工乳の使用は納得したが,病院で用意する経口水分(滋養糖等)の使用については抵抗を示した。原告aは,同日,家族が用意する離乳食を持ち込んで食べさせたい旨を申し出た。被告成育の医師は,好ましくないが,翌週再度話し合うこととし,週末については,上記持込みを認めた(丙2・16~17頁)。
ウ 被告成育の医師は,原告ら及び原告bの父母に対し,平成15年5月4日,亡cが低たんぱく血症を発症しており,生命的に危険な状態にあること,湿疹はアトピー性皮膚炎の可能性が高いこと,いずれにしてもステロイド外用剤による治療が必要であることを説明した。原告bの母は,ステロイドの使用を強く拒んだが,原告a及び原告bの父が納得し,ステロイド外用剤による治療が開始されることとなった。(丙2・17~18頁)
エ 原告bは,被告成育の看護師に対し,平成15年5月5日には,「ここはだいぶよくなったんですが,まだ軟膏(ステロイド)をぬらないと駄目ですか」「ステロイドはなるべく使いたくないけど」などと言い,同月7日には,「今後はステロイドの量はどうなるのでしょうか?」「まだ続けるのですか」などと言って,ステロイドの使用に不安を示した(丙2・19~20,23頁)。
オ 平成15年5月7日は,大腿骨骨端のレントゲン撮影をする予定であったが,原告bは,レントゲンを撮ることには抵抗があり,子どもを被爆させるのは納得がいかない,異常が見つかったとしても何か治療があるのか,などと述べた。被告成育の医師は,現段階で成長障害があり,今後の成長発達を見ていく上でレントゲンでの評価が必要である旨を説明したが,原告b及びその母は同意せず,その後,原告aに対し,骨年齢の評価に関してレントゲン撮影を勧めたが,原告らが同意せず,レントゲン撮影は中止となった(丙2・23~26頁)。
被告成育の医師は,同日,亡cには米のアレルギーもあり,嘔吐の原因は原告らが持ち込んだ離乳食にあると伝え,アレルギー用の牛乳の使用を勧めた。原告aは,これに同意したが,原告bは,牛乳は牛を育てるものであって,人間が育つのに必要な栄養が入っているかどうか疑問を感じる,離乳食を開始してから調子がよくなっている実感があるなどと言って,これを拒んだ。また,同日,血液検査の結果により,亡cのアレルギー体質がかなり強いものであることが判明した。(丙2・26頁)
カ 被告成育の医師は,平成15年5月17日,原告らと面談し,人工乳での栄養摂取の必要がある旨を説明した。しかし,原告らは,人工乳の使用により血便が出たこと,離乳食を中止して10日間になること,人工乳は人工のものであることなどから,人工乳の使用を拒否し,離乳食の再開を希望した。同医師は,現段階で体重増加不良が明らかであり,離乳食のトライアルをしている状況ではなく,人工乳が必要である旨を説明すると,原告aは,人工乳の使用には同意するが,二つの条件(①最初は少量で始めること,②できるだけ早い離乳食の再開を望んでいるので,再開に関する話合いの場を早急に持つこと)を出すと述べた。
同月19日から人工乳の使用が開始された。(丙2・40~41頁)
キ 被告成育の看護師は,原告bに対し,平成15年5月20日,原告bがまだらに薄くしかステロイドの軟膏を塗っていなかったため,塗り方等について指導をした。原告bは,「ステロイドが入っていると思うとたっぷり塗れないんです」などと言っていた(丙2・47頁)。
ク 被告成育の医師らは,平成15年5月21日,原告らと話合いをし,同医師は,人工乳を飲んで体重を増やし,免疫学的寛容が成立するところまで,離乳食を食べさせることは延期した方がいい旨を説明したが,原告bは乗り気ではなく,原告らは,離乳食やステロイドの使用,退院のことなどを気にしていた。この際,原告らが発達の遅れについて質問することはなかった。(丙2・49頁)
ケ 被告成育の医師は,原告bに対し,平成15年6月4日,MRI検査及びレントゲン検査を勧めたが,原告bは,電磁波を当てるなんて,将来の副作用を考えるとできない,検査をして発達の遅れが分かっても,治療法があるわけではない,検査は無意味である,笑うとか歩き出すとかのアウトプットで評価できるはずであるなどと言って,これらの検査を拒否した(丙2・60頁)。
コ 被告成育の医師は,原告aに対し,平成15年6月6日,亡cの体重が生後6か月で4kgしかない事態は異常であり,その状態で医療機関を受診せず,ミルクを足したりしなかった原告らの行為には明らかに問題がある旨を説明し,今後の対応の検討を促した(丙2・62頁)。
サ 被告成育の医師は,原告aに対し,平成15年6月9日,MRI検査及びレントゲン検査を勧めたが,原告aは,仕事でMRIを取り扱っていたことがあり,その知識があるところ,MRI検査はすべきではないとして,これらの検査を拒否した。しかし,原告aは,エコーについて,超音波を使う検査であるにもかかわらず,放射能を使うのかなどと質問するなど,正確な知識を有していなかった。(丙2・64頁)
シ 亡cの担当医が,原告bの父らの苦情により,変更された(丙2・75頁)。
ス 原告bは,被告成育の医師に対し,平成15年7月14日,マクロビオテックについて相談したい旨を告げ,また,ステロイド剤の使用について不安を訴えた(丙2・131頁)。同医師は,玄米は与えてはならないと指導したが,マクロビオテックを亡cの食事に取り入れていくこと自体は,反対ではなかった(丙2・132頁)。
セ 亡cは,平成15年7月28日,被告成育を退院した。
被告成育の医師は,亡cの退院時,故意ではないものの,原告らが亡cに対して適切な医療を受けさせていなかった疑いがあり,亡cの症状が軽快するにつれ,医療不信は少しずつ解消されていったが,ステロイドに対する拒絶は完全には解消されていないと考えていた(丙2・158頁)。
(3) 通院
ア 亡cは,平成15年8月7日,被告成育の退院後初めて診察を受けたが,同日時点で,顔の湿疹が悪化していた(丙1・15頁)。被告成育の医師は,同月4日,亡cを診察したが,その際,原告らから,離乳食を1日3回食べさせているが,魚はまだ食べさせていない旨を告げられた(丙1・17頁)。
イ その後,亡cは,平成15年から平成16年にかけて,ほぼ3か月に1回の割合で通院して,被告成育の医師の診察を受けた。
ウ 被告成育の医師は,平成17年2月24日,亡cを診察したが,体重身長がともに5パーセンタイル以下で,特に身長がかなり低く,バランスのとれた食事を摂取できていない可能性があった。そのため,今後の食事内容を検討する必要があると考えた。(丙1・26頁)
エ 被告成育のe医師は,平成17年4月25日,初めて亡cを診察したが,体重が減っており(当時9045g),危険な状態にあると診断した。そこで,原告aに対し,何が食べられているのか確認するため,6大栄養素に関して聞いたところ,原告aは,怒りを露わにして,医者に分からないこともある,e医師がそんなふうに聞くのはおかしいという趣旨の発言を,相当きつい言い方で述べた。そのため,e医師は,原告らから食事内容の詳細を聞くことができなかった(証人e・4頁)。
e医師は,平成17年7月28日,亡cを診察したが,原告らは,e医師がカルテを書くたびに,電子カルテをのぞき込み,不信感を示していた(証人e・7頁)。
オ e医師は,平成17年12月28日,亡cには外反足,下腿の変形,けい骨の前方への突出があり,くる病の可能性があると診断した(丙1・28頁)。しかし,自分がレントゲンや血液検査を勧めても了解を得られる状況にはないと判断し,くる病を裏付けるため,くる病の可能性があることは告げず,骨に異常があるからとして,整形外科での診察を勧めた(証人e・9頁)。
e医師は,かなり重い病状にあると考え,年が明けてすぐの日の予約を勧め,候補日を複数挙げたが,原告aは都合がつかないとしてこれを断った。次回の診察は3か月後となった(証人e・10頁)。
カ 被告成育の整形外科の医師が平成18年3月16日に亡cを診察したところ,亡cの脛骨遠位部が前彎し,内側に反っていることが判明した(丙1・29頁)。
同医師は,骨系統の疾患の可能性も否定できないため,全身の骨のレントゲン撮影をする必要があると診断し,放射線の影響もほとんどないことを説明した。しかし,原告bは,下肢だけの撮影にして欲しいとして,これを拒んだため,全身の撮影は行われず,下肢のレントゲン撮影のみが行われた(丙1・30頁)。同医師は,レントゲンの画像上,亡cの骨にくる病の症状があることを認めた(丙1・31頁)。
なお,全身のレントゲン撮影は,栄養性のくる病だけであるのか,先天性の骨の病気もあるのかを適切に鑑別し,また,くる病の種類を判断し,全身性の変化がどこまで及んでいるのかを判断するためにも必要であり,d医師も,そのことを原告らに説明していた。仮に骨の病気がある場合には,それを踏まえて,治療計画を立てる必要があった(証人d・11頁)。
被告成育の内分泌代謝科のd医師は,同日,血液検査を勧めたが,被告bの母が採血を拒否した。d医師は,このままでは診断をすることができないため,原告bの母が来院しないときに来院してもらうこととした。また,同医師は,同日時点で,くる病の原因がビタミンDの欠乏にあると考えたが,血液検査ができなかったため,正確な診断をすることができなかった。(丙1・31頁)
キ d医師は,平成18年4月19日,亡cの血液検査を行った(丙1・33頁)。
ク 上記血液検査の結果,血液中のカルシウムの値が低く,ALPの値が異常に高く,発作を起こす危険があることが判明した。そこで,d医師は,平成18年4月21日,電話をかけ,原告bにそのことを伝え,至急入院して精査及び加療が必要であることを説明した。しかし,原告bは,亡cの症状が良くなっているので,牛乳を与えて様子を見たいとして,これを拒み,d医師が通院治療で足りる段階ではないことを話したが,入院に同意しなかった。(丙1・34頁)
ケ d医師は,平成18年4月28日,原告bからの電話で,入院ではなく自宅療養で対処できないかなどの話をされたが,くる病として比較的重症であったため,自宅療養で足りる状況にはないことを説明し,入院するよう説得した。その結果,原告bは,入院を了承し,連休明けから入院することになった(丙1・36頁)。
コ その後,原告aが被告成育を訪れ,d医師に対し,入院の必要性について,再び説明を求めた。d医師は,その際,脳内の石灰化があればてんかんを起こす危険があり,その場合にはフォローの項目も変わってくるため,頭部CT検査を行う必要がある旨を説明したが,原告aは,石灰化がとれないのであればCT検査を行う必要はないとして,これを拒んだ(丙10・4頁)。
サ 原告らは,通院期間中,診療の予約を取り消すことを度々行っていた(丙1・21,23,27,32頁)。そのため,それらによって通院の日が当初の予定よりも先の日になったことがよくあった。
(4) 2回目の入院(本件通告まで)
ア 亡cは,平成18年5月1日,被告成育に,再び入院した(丙3)。
被告成育の医師は,原告らに対し,頭部のCT検査及び手根骨のレントゲン検査を受けるよう説得をしたが,原告らは同意しなかった(丙3・14頁)。
被告成育の栄養士が原告らから同日に自宅での食事内容について聞き取りを行ったところ,魚については白身系の魚ならいいのではと言われたため,しらすやかれい等を食べさせたことがあったが,肉は時々与えていた程度であり,大豆製品は好物で食べさせるが,豆腐を食べさせるのは週2回程度であり,納豆も1パックの4分の1を与える程度であったことが判明した。同栄養士は,たんぱく質の食材がほとんど用いられず,上記栄養士は,ご飯中心の食生活であったと感じた(丙3・14~15頁)。
亡cは,同日,25-OHビタミンD検査を受けた。なお,同検査は,ビタミンDの欠乏状態を確認するための検査であるが,同検査によっても,骨系統の疾患が併存する可能性は否定されないため,くる病の原因を確定的に診断することはできない(証人d・29~30頁)。
イ 平成18年5月2日,亡cのアレルギーを調べる検査が行われた。同検査によると,卵及び小麦については強いアレルギーを持っており,そば,牛乳,いわし,たら,えび及び落花生は軽度の陽性であった(丙3・16頁)。
被告成育の栄養士が同日に再度自宅での食事内容について聞き取りを行ったところ,原告らの話により,大豆製品は週2回程度で,魚も週2回程度で,最近少しずつ取り入れるようにし始めたにとどまり,結局,週21回の食事のうち約20%しか食事にたんぱく源が入らないことが判明した(丙3・18頁)。また,同栄養士は,上記聞取りにより,ビタミンDの摂取量が全くない日が今まで行われていたことが十分考えられると判断した(丙3・19頁)。
栄養士の算定では,亡cは,必要栄養量(カルシウム600mg及びビタミンD3μg)に対し,自宅ではカルシウムが120~180mg,ビタミンDが0.9μgしか摂取することができていなかった(丙3・20頁)。
ウ 被告成育の医師は,平成18年5月9日,亡cを診察したところ,リンの数値の軽度の低下があり,ビタミンDを補うため,アルファロールの投与量を増やすべきであると考え,原告aにその旨を伝えた(丙3・24~25頁)。しかし,原告aは,今後数値が上昇するかもしれないとして,アルファロールの増量を拒んだ。また,原告bは,同医師に対し,同月11日,薬であるアルファロールの増量にはどうしても抵抗があり,魚の食事を増やしてビタミンDの摂取量が増えるのならば,それで対処して欲しい旨を伝えた(丙3・27頁)。
同月13日には,原告bは,アルファロールの増量に対し,ある程度態度が軟化したが,原告aが強固に反対し,きのこ類の料理を増やすことで対応して欲しい旨を伝えた(丙3・30頁)。しかし,現実には,亡cの状態は,きのこの増量だけで対応できるようなものではなかった(証人d・39頁)。
被告成育の医師は,栄養科と協議し,病院食でのきのこ類の料理の提供について,栄養科が考えていることと原告らの理解の間にはそごがあり,アルファロールの増量について,再度原告らを説得する必要があると考えた(丙3・31頁)。
エ 平成18年5月15日,上記アの25-OHビタミンD検査の結果が判明し,亡cのくる病の原因が,ビタミンD抵抗性の点ではなく,ビタミンD欠乏性による可能性が高いことが明らかとなった(丙3・31頁)。
そこで,被告成育の医師は,原告らに対し,再度,ビタミンDを補うため,アルファロールの増量の必要性を説明したが,原告らは,食事でのビタミンDの摂取を強く希望し,アルファロールの増量に納得しなかった(丙3・32頁)。
オ 平成18年5月20日までの検査により,亡cのくる病の原因が,カルシウム及びビタミンの摂取不足にある可能性が高いことが判明した(丙3・39頁)。
そこで,被告成育の医師は,原告らに対し,上記検査結果を伝えた。
これに対し,原告らは,薬の増量については否定的で,食事で改善したいという強い希望を持っており,入院食では限界があるため,退院して,原告らで工夫した食事を与えたい旨を伝えた(丙3・39~40頁)。
カ 原告らは,平成18年5月21日,院外への外出を希望し,同日午後5時まで外出となった(丙3・40頁)。
キ 平成18年5月23日,カルシウムの値に上昇がみられたが,まだ正常値よりは低かった(丙3・44頁)。
被告成育の医師は,原告らに対し,同日,亡cには明らかな低カルシウム血症があり,脳波に異常がないか検査して確認したい旨を申し出た。原告らは,鎮痛剤を使わず,睡眠時に行うのであれば構わないが,睡眠できない場合には検査は中止するよう述べ,結果,検査は中止となった。(丙3・18頁)
ク 被告成育の整形外科の医師は,原告らに対し,平成18年5月25日,骨の状態は改善しているが,彎曲の程度が悪化していると伝えた(丙3・47頁)。
ケ 被告成育の医師は,原告らに対し,平成18年5月27日,現在の数値からはカルシウム及びリンが不足していることを説明し,吸収率を上げるためビタミンDの増量が必要であると再度説得し,この時点で初めてアルファロールの増量について了承を得られた(丙3・49~50頁)。
コ 平成18年5月31日,原告bは,看護師に対し,治療や療養生活に協力的な言動をしていたほか,処方薬も毎日毎回内服させることができていた(丙3・55頁)。
サ 亡cは,平成18年6月1日の昼,原告bの母が持参した弁当を食べていた。被告成育の医師が原告bに尋ねると,原告bの母には,たんぱく質などの食事のことについて話しておらず,退院後について,同人から食事について注文が出る可能性があるかどうかという質問に対しては,大丈夫であるという趣旨の回答をした。被告成育の医師には,その回答をする原告bの表情がこわばっているように見えた。(丙3・57頁)
シ 被告成育のこころの診療部の医師は,d医師らに対し,平成18年6月7日,亡cが3歳0か月の発達の程度であり,社会性の幼さも目立ち,脳波やCT検査も検討する必要があることを示唆した(丙3・68頁)。また,同日,原告bが,亡cについて外泊を求めたので,被告成育の医師が,乳酸菌飲料の「ヤクルトジョア」も十分摂取できていないなどと説明したところ,原告bは,「家に帰った方がもっといいものをあげられる気がするんですよね。」,「できれば無添加なものがいいんですよね。最近ぶつぶつも多いし。」と述べて,「ヤクルトジョア」の飲用を拒むような発言をした(丙3・69頁)。
ス 被告成育の内分泌代謝科のカンファレンス(平成18年6月9日)において,原告らが亡cの主治医に対して,外泊時に,帰ってこないかもしれないですと,脅かすような言動があったが,内分泌代謝科の医師は,帰ってこないことはないと思うと述べていた(丙3・72頁)。
セ 被告成育の医師は,平成18年6月14日,原告bとの間で,食事及び体重について話し合ったところ,原告bから,ご飯は増やしたいがおかずは増やしたくない旨の発言があり,説得したものの,原告bの意見は変わらなかった(丙3・79頁)。
ソ d医師が,平成18年6月15日,原告らと面談したところ,原告aは,入院の意味を全く理解することができない,食事療法であれば自宅で可能であり,自宅での食事の方がずっと食べさせられるので,明日退院させて欲しい旨を述べた。また,ビタミンDの副作用について,「Pの数値が問題なんでしょ。あなた知ってますか?Pの0.7というのは異常か正常か知っていて治療をしているんですか?」などと言い,ビタミンDとP(リン)の値とを混同していた。(丙3・82頁)
d医師は,原告らに対し,今後の方針として,①現在の食事と投薬量では十分な治療ではなく,カルシウム及びビタミンDが枯渇した状態であったため,きちんとした投薬量での治療が必要であり,アルファロールの増量の必要があること,不十分な治療は入院長期化の原因であること,②内服量を増量し,その効果と副作用を確認する必要があり,それには1週間以上要すること,③その上で,外泊を少なくとも1週間行い,自宅での食事の様子を見せてほしいこと,④少なくともカルシウムの値の低下がなく,ALPが2000程度まで下がることを指標に退院及び外来治療とすること,⑤外来でデータの悪化がみられたときは,再入院とすることを伝えた。しかし,原告aは,入院は無駄であり,自宅でも対処が可能であると述べ,話合いは堂々巡りとなった(丙3・82頁)。
原告aは,d医師と被告成育の看護師に対し,持参した治療に関する資料を用いて,医師のデータ上の説明について,追求する質問を繰り返し,医師がその説明をするものの,入院の必要はないと返答し,自分の意見は明日退院するつもりである,と告げた。また,肉類については,病院での肉料理は抗生物質などのことを考えると到底受け入れられないので,自宅で摂取を開始したいことなどを述べた(丙3・83頁)。
d医師は,2時間以上かけて原告らを説得した。その結果,原告らは,ようやく入院継続に同意し,外泊を繰り返しながら自宅での食事内容を確認し,検査の数値がある程度よくなるまでは入院を継続することに同意した。また,速やかに薬の増量ができれば,入院期間はそれだけ短くできることから,アルファロールの増量に同意した(丙3・82頁,証人d・12頁)。
(5) 本件通告
ア 被告成育には,子どもの虐待を防止するため,医師,看護師,助産師及びソーシャルワーカーで構成される虐待対策チーム(以下「SCAN」という。)が設置されており,SCANが第三者的な立場から,児童福祉法に基づく通告をするかどうかの判断をしている。
SCANは,月に1回,定例の会議を行い,それ以外にも必要に応じて随時話合いを行っていた。これらの会議では,電子カルテの記載などを参照しながら話合いがされていた。また,SCANの構成員は,担当医らと直接接して話をして,カルテに記載されない事情についても聴取をしていた。
被告成育の職員は,業務の遂行に当たり,子どもの虐待が疑われる場合には,SCANに通報することとされていた。
イ SCANは,亡cの2回目の入院の時点から,具体的に関わって,カルテ(丙1~3)の記載や,亡cを診た医師らの意見を聴取しており,その結果,原告らが亡cに必要な栄養を与えておらず,必要かつ適切な医療を受けさせていないと判断した。
ウ SCANは,平成18年6月16日,その前日に原告らから退院請求があったことから,このまま退院して自宅に戻るとまた栄養摂取が不良になる可能性が高く,緊急性があると考え,同日,本件通告を行うことを決定した。
被告成育は,北部児相に対し,同日,本件通告を行った。
(6) 本件通告後の被告成育での入院時の状況
ア 平成18年6月19日から同月23日まで試験外泊をすることになり,被告成育の医師は,原告bに対し,特別な食事にしないよう注意した(丙3・88,91頁)。
平成18年6月19日の時点で,アルファロールの増量により,亡cのALPの数値が,3000台まで低下した(丙3・91頁)。ただし,入院時の血液検査で,マグネシウム,亜鉛,セレン,ビタミンA1,ビタミンB1などは基準値の最下限又はそれより低い値であった。そこで,被告成育の栄養士は,ビタミン等の必要量を摂取するのに適した食事について,指導する必要があると考えていた(丙3・92頁)。
イ 平成18年6月21日,一時帰院し,原告らは,被告成育の医師と面談した(丙3・93頁)。同面談では,栄養科と相談して,同月23日に外泊中の食事の栄養計算をし,同月26日までにその結果を出すこととして,試験外泊期間を同月25日まで延長した。
原告らは,同日,d医師と面談をした。同面談では,今後は,上記(4)ソの方針どおり,2泊3日の試験外泊を繰り返し,同月26日の採血結果を見て,治療効果を判断することになった(丙3・95頁)。
d医師は,同日の時点で,薬の必要性等について,原告bが納得しつつあるが,本来健康にすごすための食事であるにもかかわらず,食事によって病気を作り出し,診察を受けなければならない科が増えている実情を受け入れている段階には至っておらず,受け入れて初めて自主的な食事内容の修正等があると考えた。また,この時点では,原告aの考えは不明であり,場合によっては,反発される可能性もあると考えた。(丙3・95~96頁)
ウ d医師は,平成18年6月22日,現段階の診断としては,ビタミンD欠乏性のくる病であるが,ビタミンD抵抗性のくる病などその他の疾患がある可能性もあり,栄養の問題が改善したところで再評価が必要であると考えた(丙3・97頁)。
エ 被告成育の栄養士は,平成18年6月24日,試験外泊時の食事記録を確認したところ,主菜(魚,大豆製品,乳製品及び豚肉)を毎食そろえられており,カルシウムやビタミンDを含む食品も意識して作られていると判断した(丙3・100頁)。
ただし,原告bが息切れしないよう考慮する必要があると判断した(丙3・99~100頁)。
オ 被告成育の医師は,検査の結果,ALPの数値が2786となるなど値が改善し,内分泌代謝科での入院延期の基準を満たしており,同月27日,原告らに対して,そのことを告げた(丙3・102~103頁)。
カ 平成18年6月30日から同年7月2日まで試験外泊をすることになり,被告成育の医師は,同月3日には退院できる可能性があると考えた(丙3・109頁)。
キ 亡cは,平成18年7月3日に退院することになった(丙3・112頁)。
(7) 本件通告から本件一時保護決定までの状況
ア 北部児相は,平成18年6月16日,本件通告を受け,被告成育を訪問し調査を実施した。同調査において,病状だけを考えれば通院治療でも可能であるが,今までの経過等を考慮すると,通院が保障されるとは考えがたく,原告らが食生活を改めるとは考えにくいことなどの報告を受けた。
イ 北部児相は,平成18年6月22日,再度,被告成育を訪問し,医師,看護師及びソーシャルワーカーらと協議した。その際,亡cのくる病が,90%の確率で,ビタミンD欠乏性のくる病であると診断できるが,原告らから必要な検査を拒否されているため,100%確定できる状況には至っていないこと,今後必要と思われる検査は,CT及び全身骨のレントゲン検査等であり,血液検査は,原告らは同意しているが,原告bの母は同意しないこと,原告aが,ビタミンDの増量について,薬の使用に抵抗を示していること,栄養管理については原告bの母が強い影響力を有し,もし退院後帰宅した場合には,栄養摂取が不十分となる危険性が高いことなどの報告を受けた。
ウ 北部児相は,上記調査のほか,被告成育のソーシャルワーカーへの聴取り調査などを行い,レントゲン等の画像及びカルテなどを参照した。
なお,原告らへの事情聴取はしていない。
エ 北部児相の長は,平成18年7月3日,検査等を行って亡cの病状を把握すること,必要な治療があればそれを行うこと及び同じことが繰り返されないよう再発防止策をとることを目的として,本件一時保護決定を行った。
(8) 本件一時保護決定から本件再一時保護決定までの状況
ア 亡cは,こども医療センターで一時保護され,平成18年7月3日から同月14日までの間,血液検査や全身のレントゲン検査,頭部CT検査及びMRI検査等を受けた(乙12の2)。
イ 北部児相は,上記検査の結果,継続した入院治療の必要がないことが判明したため,一時保護先を変えることとした。また,再発防止のための栄養指導については,外泊などを繰り返しながら行うこととした。そこで,北部児相の長は,平成18年7月14日,本件一時保護決定を解除するとともに,一時保護先を中央児相とする本件再一時保護決定を行った。
(9) 亡cの死亡
ア 亡cは,食物アレルギーを持っており,特に卵については,強いアレルギーを持っていた。そこで,中央児相でも,卵を使った食品の摂取はすべて禁止され,同食品は除去した食事が与えられることとなっており,そのことは,職員に周知徹底されていた。
イ 亡cは,平成18年7月27日午前7時30分ころ,朝食(ご飯,味噌汁,納豆,焼き海苔及びもやしのおひたし)を食べた後,おかわりをした。中央児相の職員は,その際,卵が含まれる本件竹輪(1本の10分の1)を誤って与えてしまい,亡cはこれを食べた。
その後は,同日午前11時ころに軟便が出るなどのことはあったものの,特に変わった様子はなく,午前11時50分ころから昼食(ご飯,牛乳,鶏の素揚げ,粉吹き芋,芽キャベツ及びぶどう)を食べ,同日午前12時25分ころから昼寝を開始した。
しかし,同日午後2時30分ころの時点で,ぐったりしており,手足にチアノーゼが出ており,すぐに救急搬送されたが,死亡が確認された(死亡推定時刻は同日午後2時ころ)。
ウ 食事摂取からアナフィラキシーの発症までは,通常は,30分~2時間以内であることが多いところ,本件竹輪の摂取から昼寝を開始した同日午前12時25分ころまでの4~5時間の間に,アナフィラキシーショックを含む食物アレルギーの発症を示す明らかな症状は認められなかった。
エ なお,亡cは,平成18年7月31日から同年8月3日まで外泊,同日家族引取りの予定であり,このことは,原告らにも話がされていた。
2 被告成育に対する請求について
(1) 栄養ネグレクトについて
前記1の事実関係に照らすと,亡cは,成長障害などで,生後約2か月の時点よりも体重が減っているという異常な状態で被告成育を最初に受診して,即日入院となり,その後退院したが,くる病を発症し,危険な状態となって,再度入院していること,上記退院後の通院中に原告らが亡cに与えていた食事は,週の21回の食事のうち約20%にしかたんぱく源が含まれず,ビタミンDの摂取量が全くない日が続いていた可能性があること,本件通告当時,亡cがくる病を発症したのはビタミンDが欠乏したことによるものである可能性が高く,その原因は,原告らが亡cに与えていた食事内容にあったことが認められる。これらの事実に照らすと,原告らは,亡cに対し,必要な栄養を与えておらず,亡cの正常な発達を妨げていたと認められる。
(2) 医療ネグレクトについて
前記1の事実関係に照らすと,①原告らは,平成15年5月7日,医師が亡cの嘔吐の原因は原告らの持ち込んだ離乳食にあり,アレルギー用の牛乳の使用が必要であるとして,これを勧めたにもかかわらず,離乳食を開始してから調子が良くなっている実感があるなどといって,上記牛乳の使用を拒み,②被告成育のe医師が,平成17年4月25日に,亡cの食事について聞いたところ,原告aが怒りだしたので,これを聞くことができず,③MRI検査,全身のレントゲン検査,CT検査及び脳波の検査等の検査をする必要があり,被告成育の医師がその必要性を説明して,何度もこれらの検査を勧めたにもかかわらず,原告らがこれらの検査を拒んだために,必要な時期にそれらの検査をすることができず,④検査の結果,亡cにはビタミンDが不足しており,これを補うため,アルファロールの増量が必要で,医師もその旨を説明したにもかかわらず,原告らは,食事でのビタミンDの摂取に固執し,亡cの足の骨の湾曲が悪化するまで,アルファロールの増量に同意しなかったことが認められる。これらの事実に照らすと,原告らは,亡cに対し,適切な時期に,必要な治療等を受けさせていなかったと認められる。
(3) 本件通告の合理性
証拠(証人j)によると,現代の日本において,栄養失調又はビタミンDの欠乏によりくる病を発症する事態はまれであると認められ,前記1(4)ソのとおり,原告aは本件通告の前日に,入院の必要がないとして,退院する旨申し出ている。そして,前記1(5)によると,SCANは,以上の事実関係をカルテや担当医師等からの聞き取りによって把握した上で,本件通告を行うことを決定し,被告成育は,同決定に基づき,本件通告を行ったと認められる。
以上のことに照らすと,亡cが「要保護児童」に当たるとして,被告成育が行った本件通告は,必要かつ合理的なものであり,違法であるとか,債務不履行を構成するとは認められない。
(4)ア 原告らは,亡cがくる病を発症した背景には食物アレルギーによる食材制限により栄養が偏ってしまったという事情があると主張するが,上記のとおり,くる病を発症するというのは,異常なことであり,週の21回の食事のうち約20%にしかたんぱく源が含まれず,ビタミンDの摂取量が全くない日が続いていた可能性があるから,食物アレルギーによる食事制限のみでくる病になったとは,直ちに認めがたい上,食物アレルギーによる食事制限という事情があったとしても,原告らが,亡cに対し,必要な栄養を与えておらず,亡cの正常な発達を妨げていたことには変わりがないから,この点は,上記(1)~(3)の認定を左右するものではない。なお,原告らは,通院中は,栄養について指導を受けなかったとも主張するが,前記1の事実によると,被告成育のe医師が,平成17年4月25日に,亡cの食事について聞いたところ,原告aが怒りだしたので聞くことができなかったことなど,原告らには,被告成育の医師に情報を提供して,指導を受けようとする姿勢が見られず,上記の医療ネグレクトと相まって,被告成育の医師による指導が妨げられていたから,この点も,上記(1)~(3)の認定を左右するものではない。
原告らは,検査の拒否については,その必要性について医師の説明がされておらず,必要性もなかったなどと主張する。しかし,証拠(丙10,証人d)によると,全身のレントゲンは,骨系統の疾患などがあるかを診て,同疾患等があれば,それを踏まえた治療計画を立てる必要があり,また,頭部CT検査も,これにより脳内の石灰化を診て,石灰化が明らかになれば,脳波を取って,投薬治療を開始する必要があったことが認められ,いずれも,医学上必要な検査であったと認められる。骨系統の疾患が治ることはないとしても,そのことは,検査の必要性を失わせるものではない。また,証拠(丙1・32頁)によると,血液検査を拒否した平成18年3月16日の診療録には,亡cについて,咳,発熱があるなどの記載があるが,前記1の事実によると,それでも医師はその時点で血液検査が必要であるとして検査を勧めているのであり,血液検査の拒否に合理的な理由があったとまでは認められない。さらに,前記1の事実によると,被告成育の医師は,検査の必要性について十分な説明をしていると認められ,これに対し,原告らの検査の拒否の理由が合理的なものとは認めがたい。
原告らは,アルファロールの増量を拒否していないなどと主張するが,証拠(丙3)に照らし,採用することができない。また,前記1(4)のとおり,その必要性についても説明がされている。この点について,原告aは,アルファロール0.5μgで同意していたのに,当初は,0.1μgしか与えられず,それを0.5μgに増量するというので拒否したなどと供述する(甲35,40,原告a)が,前記1(4)のとおり,増量の必要性については説明されており,増量の拒否に合理的な理由があるということはできない。
原告らは,被告成育は原告bの母がマクロビオテックの講師をしていたという情報だけから,原告らがマクロビオテックによる食事を与えていたと決めつけ,くる病と結びつけて通告したと主張するが,証拠(丙3)によると,亡cの状態や原告らの被告成育における言動に基づいて通告をしたと認められ,同主張は採用することができない。
その他,原告らが医療ネグレクト及び栄養ネグレクトについて主張することは,前記1の事実関係に照らし,いずれも採用することができない。
イ 原告らは,原告らが亡cに対してマクロビオテックによる食事を与えていたとの虚偽の事実を通告したと主張する。しかし,前記1の事実に証拠(証人j)と弁論の全趣旨を総合すると,本件通告に当たって重視されたのは,原告らがマクロビオテックによる食事を与えていたかどうかではなく,亡cに対して必要な栄養を与えていたかどうかであると認められる。原告らが虚偽と主張する上記事実は,上記(3)の認定を左右するものではなく,違法であるとか,債務不履行を構成するということはできない。
原告らは,被告成育がたんぱく摂取を拒否していたなどの虚偽の事実を通告したという主張するが,上記のとおり,週の21回の食事のうち約20%にしかたんぱく源が含まれていない可能性があったから,たんぱく質摂取を拒否していたといわれてもやむを得ない状態にあったということができ,虚偽の事実を通告したとは認められない。
原告らは,カルテの記載(丙3・31頁)を根拠に,本件通告時にすでにビタミンD欠乏性によるくる病であるとの診断は確定していたにもかかわらず,確定していないとの通告をしたと主張するが,同記載は,くる病の原因がビタミンD抵抗性のものというよりはビタミンD欠乏性であることが考えられるという趣旨の記載にすぎず,前記1(6)ウの事実からしても,同診断が確定していたということはできない。
その他,原告らは,被告成育は,「栄養指導しているが入っていかない」,「通院が中断」,「薬物療法などは一切拒否」,「ジョアを飲用させず」,「ステロイド拒否」,「退院要求が強い」などと虚偽の事実を通告したと主張するが,証人dは,薬物療法は一切拒否とは言っていないと証言していることなどからすると,実際に被告成育の医師らが北部児相に対してどのように述べたかは必ずしも明らかでない上,前記1の事実関係によると,何らかのそれらに沿う事実はあったものと認められる(前記1(3)オのとおり原告らが断って診察の日を3か月後にしたことや前記1(3)サのとおり原告らが通院期間中診療の予約を取り消すことを度々行ったことなどは,「通院の中断」と評価でき,その他の点については,前記1の各事実のとおりである。)から,これらの点も,上記(3)の認定を左右するものではなく,違法であるとか,債務不履行を構成するということはできない。
ウ 原告らは,亡cがくる病を発症した背景には食物アレルギーによる食材制限により栄養が偏ってしまったという事情があり,d医師もそのことを認識していたにもかかわらず,そのことを伝えなかったと主張する。しかし,前記1の事実関係に証拠(証人d)を総合すると,被告成育において,亡cに必要な栄養を摂取させていなかったと判断する上で,食物アレルギーも考慮に入れていたことは明らかであり,ことさらに食物アレルギーを除外して情報を伝えたと認めることはできない。
原告らは,被告成育は本件通告後にされた試験外泊時の良好な結果を故意に報告しなかったと主張する。しかし,前記1のとおり,試験外泊の期間は短期間であり,1回目の入院から本件通告までの期間における原告らの言動や亡cの状態などに照らすと,当時,試験外泊時の良好な結果がそのまま維持される可能性が高かったということはできない。そうすると,試験外泊時の良好な結果を伝えなかったことが違法であり,また,債務不履行を構成するということはできない。
原告らは,被告成育は転院前の病院として必要な引継ぎを行っていないと主張するが,そのことが違法であり,また,債務不履行を構成すると認めるに足りる十分な証拠はない。
エ 原告らは,被告成育が積極的に一時保護に加担していると主張するが,被告成育が,受け入れ先の病院を探したり,親子の分離の方法を話しているとしても,要保護児童を発見した病院の行為として違法な点はなく,そのことが債務不履行を構成するということはできない。
(5) 以上によると,被告成育に対する請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
3 本件一時保護決定及び本件再一時保護決定等について
(1) 本件一時保護決定について
ア 児童福祉法33条1項において,児童相談所長は,必要があると認めるときは,児童に一時保護を加えることができると規定されているところ,一時的にせよ児童を保護者から強制的に引き離す行為であるから,合理的な根拠に基づいてされなければならず,その判断に合理的な根拠がない場合には,一時保護決定は違法となるものと解することができる。
イ 前記1の事実関係からすると,原告らが,亡cに対して必要な栄養を与えていなかった結果,亡cにくる病を発症するなどの事態に至っていたものであり,これに対する診察を行うため,被告成育の医師が検査等をしようとしても,原告らがこれに同意せず,必要な時期に必要な治療や検査を受けさせていなかったことが認められる。以上の事実をもとに判断すると,亡cを原告らに監護させることは不適当であるとして,本件一時保護決定を行う必要があるとした北部児相の長の判断には合理的な根拠があり,本件一時保護決定が違法であるということはできない。
ウ 原告らは,全身のレントゲンやCT等が必要な検査でなかったと主張するが,これらが必要な検査であったことは,前記2(4)アのとおりであり,本件一時保護決定時においても,必要でなかったということはできない。
原告らは,上記検査が必要な検査であったとしても,必要性について十分な説明を受けていれば,同検査を受けさせていたから,一時保護をしてまでこれらの検査を行う必要性はないと主張する。前記1の事実によると,被告成育の医師は,これらの検査の必要性について十分な説明をしている上,原告らの検査の拒否の理由が合理的なものとは認めがたいから,同主張は採用することができない。
原告らは,亡cの栄養状態は,改善されており,原告bが本件通告後の試験外泊中に作った食事内容などに照らし,栄養指導を行う必要はなかったと主張する。しかし,試験外泊中の食事内容が十分なものであり,亡cの栄養状態が改善されていたとしても,前記1(6)エのとおり,被告成育の栄養士は,原告bが食事を作ることに息切れしないよう考慮する必要があると考えていた事実があるとおり,継続的に必要な栄養を与える習慣が定着していたとはいえず,栄養指導の必要がなかったということはできない。また,前記1のとおり,原告らは,亡cの1回目の入院前及び通院時の長期間にわたり,亡cに対して十分な栄養を与えていなかった。これらのことに照らすと,上記主張は採用することができない。
原告らは,北部児相が原告らから聴取りを行っておらず,必要な調査を行っていなかったと主張する。しかし,保護者から聴取りを行わなければならないとする法的根拠はなく,前記1(7)の事実に照らすと,北部児相は,十分な調査を行い,本件一時保護決定に際して北部児相が認識した事実は前記1の事実関係に照らして基本的には正しいものであったと認められる。これらのことに,前記1の原告らの被告成育における言動を考慮すると,原告らに対して聴取り調査を行わなかったことが違法であるということはできない。同主張は採用することができない。
(2) 本件再一時保護決定について
前記1(7),(8)によると,北部児相の長が本件一時保護決定を解除し,本件再一時保護決定をしたのは,一時保護先を変えるためであり,また,再発防止として原告等に対して栄養指導をするため,一時保護を継続する必要があったと認められる。栄養指導を不要とする状況等の変化があったと認めるに足りる証拠はない。
以上によると,北部児相の長の判断には合理的な根拠があり,本件再一時保護決定が違法であるということはできない。
(3) 一時保護機関の不告知について
ア 前記1(1)~(4)のとおり,原告aが医師から入院継続の必要があるとの説明を受けているにもかかわらず,本件通告の直前に退院することを申し出ていることなど,被告成育における原告らの言動に照らすと,北部児相が,一時保護先を告知すれば,原告らが亡cを取り戻すなどの危険があると判断し,これを告知しなかった判断が違法であるということはできない。
イ 原告らは,原告らが被告成育の医師に対して様々な質問をし,医療方針の決定について十分な説明を求めてきたが,それは,親として当然の務めであるなどとして,取戻しの危険を基礎付ける具体的な事実はないと主張する。しかし,親が医師に対して質問をし,十分な説明を求めることは正当なことであるとしても,前記1の事実関係及び証拠(原告a)によると,被告成育の医師らは,原告に対して,時間をかけ,十分な説明を繰り返し行っていたのであり,これに対し,本件通告の直前に退院を申し出るなどの原告らの被告成育における言動が正当なものであったとは認められない。
(4) 面会拒否について
証拠(乙3)によると,一時保護は,保護者と分離してこどもの生命及び安全の確保と情緒的な安定等を図る目的で行われるものと認められるところ,上記(1)~(3)のとおり,本件一時保護決定及び本件再一時保護決定は適法なものであり,原告らが亡cを取り戻す危険があったことなどに照らすと,北部児相が面会を拒んだとしても,そのことが違法であるということはできない。
4 前記前提事実(4)及び前記1(9)ア,イによると,中央児相の職員は,亡cに対し,アレルギー源の卵を含む本件竹輪を食べさせてはならない注意義務を負っていたが,誤って本件竹輪を食べさせたことが認められ,同注意義務を怠った過失が認められる。
5 亡cの死因
(1)ア 亡cの死因について,l医師は,アナフィラキシーショックであると診断しているが(甲30,証人l),m医師は,右室心筋症による左心不全と診断している(乙5,8,乙10の1,証人m)。
イ 証拠(甲28,30,証人l)によると,亡cは,こども医療センターで一時保護されていた平成18年7月4日にアレルギー検査を受けたところ,卵白の特異的IgE抗体価の値が89.0でクラスが5という結果が出ていること,クラスが3以上の場合にはかなり強い陽性で,5という値は相当程度強い値であること,上記IgE抗体価の値が62以上の場合は,本件竹輪のような加熱された卵白を食べたときでも,95%以上の患者にアレルギー反応が出ることが認められる。また,同証拠によると,亡cは,十分な監視下で少量投与される経口負荷試験を行うことができないほど,卵白に対して強いアレルギーを有しており,卵白を摂取すれば,アナフィラキシーショックを引き起こす危険性が十分にあったことが認められる。そして,前記のとおり,亡cは,卵白を含む本件竹輪を摂取し,その後,比較的近い時間帯に死亡している。
証拠(証人l)によると,アナフィラキシーショックを引き起こす際には,血管の透過性が亢進するため,繊維素を含む血管内の血漿成分,水分及び血液中のタンパク質が血管外に漏れ出す事態が生じ得ると認められる。証拠(甲29,43,乙5,証人m,証人l)によると,亡cは,死亡時には,肺の末梢の気管支が分泌物によって満たされ,肺水腫が生じていたこと,亡cは,こども医療センターで一時保護されていた平成18年7月12日には,総たんぱくの数値は,基準値内であったが,死亡時には,基準値を大きく下回っていたことが認められ,これらは,亡cがアナフィラキシーショックを引き起こしたことの所見になると認められる。
本件では,亡cが卵を含む本件竹輪を食べてから約5時間の間には,アナフィラキシーショックの明らかな症状は認められていない。しかし,証拠(甲30,l証言)によると,アレルギー物質を食べてからアナフィラキシーショックを発症するまでの時間は,同物質がどこで吸収されるかによっても異なり,生の卵白と違って,亡cが食べたのは加熱処理された練食品である本件竹輪であるため,口から直ちにその吸収がされるのではなく,小腸から吸収が始まった可能性があると認められる。吸収の時点が遅くなれば,その分,アナフィラキシーショックを発症する時点も遅くなる。また,証拠(甲30,乙5,証人l)によると,死亡時の亡cの胃には,朝食に食べたもやし等がまだ残っていたと認められ,このことに照らしても,本件竹輪の吸収が相当程度遅れた可能性がある。これらの事実によると,卵の入った本件竹輪を食べてから死亡まで数時間かかったとしても,そのことが,死因がアナフィラキシーショックであることを否定することにはならないと認められる。
証拠(甲30,乙8,証人m)によると,アナフィラキシーショックを発症した場合でも,必ずしも,好酸球などの細胞浸潤を伴うとは限らないと認められるから,これらがないことは,直ちにアナフィラキシーショックを否定するものではない。
ウ m医師は左心不全が起きたと診断しているが,証拠(甲30,乙10の1,証人m)によると,同診断の根拠となっている左心室の収縮帯壊死及び肺水腫は,いずれも,アナフィラキシーショックの場合にも生じ得るものと認められ,特に肺水腫については,上記イのとおりである。
証拠(甲30,乙10の3,証人l)によると,右心室の細胞間質の繊維化という右室心筋症の組織学的所見が認められるものの,現在主に使用されている右室心筋症の診断基準(ARVCの診断基準)では,上記組織学的所見は大基準の一つにすぎず,同診断基準によると,大基準が二つ,大基準が一つと小基準が二つ以上又は小基準が四つ以上満たす場合に初めて右室心筋症と認められる。しかるところ,証拠(甲16,27,証人f,証人l)によると,亡cは,こども医療センターで一時保護されていた平成18年7月3日から同月14日までの間に,超音波検査や心電図検査を受けたが,上記基準に該当する事実や右室心筋症を示す所見は全くなく,心臓に異常は認められなかった。なお,証拠(証人m)によると,小児の場合には,右室心筋症であっても,同診断基準を満たさない場合があり得ると認められるが,同診断基準に該当しないことは,右室心筋症ではないことを基礎付ける一つの事情ということができる。
証拠(甲30)によると,m医師の診断で右室心筋症により生じたとされる不整脈は,アナフィラキシーショックの場合にも生じる可能性があるものと認められる。
証拠(証人m)によると,左心室に右室心筋症が広がる場合には,左心室にも心筋に繊維化が広がるのが通常であるところ,亡cの左心室には心筋の繊維化がないことが認められ,右室心筋症から左心不全を起こす典型的な場合には当たらないことが認められる。
(2) 以上のことに照らすと,亡cは,卵に対して強いアレルギーを有しており,本件竹輪には,アナフィラキシーショックを引き起こす十分な量の卵白が含まれ,現に本件竹輪を食べた後,これと近接した時間帯に死亡しており,また,アナフィラキシーショックが起きたことを示すいくつかの所見が存在し,さらに,本件竹輪を食べてから死亡するまでには一定の時間的な間隔があったが,そのことはアナフィラキシーショックであることを否定するものとはいえず,右室心筋症を発症したことまでは認められない。
これらを総合すると,l医師の診断を採用することが相当であり,亡cの死因は,本件竹輪を食べたことによるアナフィラキシーショックにあると認められる。
(3) 以上から,被告横浜市は,国賠法1条1項に基づき,亡cの死亡によって生じた損害を賠償する責任を負う。
なお,前記1(9)のとおり,亡cは,本件竹輪を食べた後に,軟便が出るなどのことはあったものの,特に変わった様子はなく,昼食も食べ,昼寝を開始したのであるから,この間に医師の診察を受けさせなかったとしても,直ちに中央児相の職員に過失があったということはできず,その他,同職員が経過観察を怠ったと認めるに足りる十分な証拠はない。
6 損害論
(1) 逸失利益
亡cは死亡した平成18年当時3歳であったから,基礎収入は平成18年賃金センサス男性学歴計全年齢平均賃金の555万4600円とし,就労の始期は18歳,終期は67歳と認めるのが相当である。生活費控除率は50%を相当と認める。したがって,次のとおり,2427万1936円となる。
555万4600円×(1-0.5)×(19.1191[67-3=64年のライプニッツ係数]-10.3797[18-3=15年のライプニッツ係数])=2427万1936円
(2) 亡cの慰謝料
亡cは,3歳という幼い年齢で,最後に原告ら両親の顔を見ることができないまま死亡したのであって,その慰謝料は,1800万円を相当と認める。
(3) 近親者慰謝料
前記5の事実並びに証拠(甲12,35,39,41,乙4)及び弁論の全趣旨を総合すると,亡cは,結婚14年目に生まれた原告らの一人息子であり,子どもの生命の安全を確保することを目的とする一時保護の間に一時保護先の中央児相の職員の過失により死亡したこと,原告らは亡cの死に目に立ち会うことができなかったことが認められる。以上の事実に照らすと,亡cの死亡により原告らが受けた精神的苦痛による慰謝料は各200万円を相当と認める。
(4) 弁護士費用
各230万円を相当と認める。
(5) 総合計
原告a 2543万5968円
原告b 2543万5968円
第4結論
以上から,原告らの請求は,被告横浜市に対し,それぞれ,国賠法1条1項に基づく損害賠償として,各2543万5968円及びこれに対する平成18年7月27日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求する限度で理由があり,被告横浜市に対するその余の請求及び被告成育に対する請求は理由がない。
よって,上記の限度で認容することとして,主文のとおり判決する。
なお,被告横浜市は,担保を条件とする仮執行免脱宣言を申し立てているが,相当ではないので,認めないこととする。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 古閑裕二 裁判官 橋本政和)