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横浜地方裁判所 平成21年(ワ)2777号 判決 2011年7月20日

原告

被告

Y1 他1名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して二六二四万二六三三円及びこれに対する平成二〇年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その六を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して六六〇八万八七九三円及びこれに対する平成二〇年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いがない事実

(1)  本件事故の発生

ア 日時

平成二〇年五月二八日午前七時一〇分ころ

イ 発生場所

横浜市青葉区あざみ野一―四

ウ 関係車両

原告運転の普通乗用自動車(番号<省略>、以下「原告車両」という。)

被告Y1(以下「被告Y1」という。)運転の普通貨物自動車(番号<省略>、以下「被告車両」という。)

エ 事故の態様

被告Y1が、被告車両を運転して、上記イ付近の道路を進行中、前方に停止中であった原告車両と衝突した。

(2)  被告らの責任

被告Y1は、前方不注視の過失により本件事故を起こしたから、民法七〇九条に基づき、本件事故によって原告が受けた損害を賠償する責任がある。

被告株式会社Y2は、被告車両の保有者であったから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によって原告が受けた損害を賠償する責任がある。

二  本件請求の内容

本件は、原告が、被告らに対し、本件事故による損害賠償として、民法七〇九条、自賠法三条に基づき、連帯して六六〇八万八七九三円及びこれに対する平成二〇年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

三  争点とこれに対する当事者の主張

争点は、原告の損害で、それについての当事者の主張は、次のとおりである。

(原告の主張)

(1) 原告は、本件事故により、頸椎捻挫、外傷性頸椎椎間板ヘルニア及び根性末梢神経症の傷害を負った。

(2) 原告は、上記(1)の傷害を治療するため、平成二〇年五月三一日から同年一二月二九日まで通院して、治療を受けた(実通院日数九四日)。

(3) 原告は、上記(1)の傷害について、平成二一年一月五日に症状が固定したところ、頸部痛、右上肢しびれ及び右上肢挙上時鈍痛が残存した。この後遺障害は、自賠法施行令別表第二第一二級一三号「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。

(4) 損害

ア 逸失利益 五五九四万〇七二一円

2835万1030円(本件事故の前年である平成19年の給与収入)×14%×14.0939(45歳から70歳までの25年のライプニッツ係数)=5594万0721円

イ 傷害慰謝料 一二四万円

ウ 後遺障害慰謝料 二九〇万円

エ 弁護士費用 六〇〇万八〇七二円

オ 総合計 六六〇八万八七九三円

(被告らの主張)

(1) 原告が、原告主張のとおり通院したことは認めるが、平成二〇年七月三一日には症状固定の状態に至っていたのであり、同年八月一日から同年一二月二九日までの通院の必要性はなかった。

(2) 原告の後遺障害は頸椎捻挫にすぎず、自賠責の認定手続においても、自賠法施行令別表第二第一四級九号に該当するとの判断がされており、その判断が正しい。

(3) 損害(上記「原告の主張」(4)について

ア アは否認する。

イ イは三六万円の限度で認める。

ウ ウは一一〇万円の限度で認める。

エ エは否認する。

第三裁判所の判断

一  原告の症状について

(1)  事実関係

ア 原告が、平成二〇年五月三一日から同年一二月二九日まで通院して、治療を受けた事実は、当事者間に争いがない。この争いがない事実に、証拠(甲二、甲三の一~八、甲四、甲六の一~三、甲七、九、甲一四の一・二、甲一五の一~三、甲一六の一~四、甲一七の一~四、甲一八の一~四、甲一九、乙一、二、六、原告本人)と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(ア) 原告は、本件事故から三日後の平成二〇年五月三一日がら、a病院(A医師)において、治療を受けた。原告は、同日には、後頸部痛及び右上肢しびれの症状を訴えていた。また、同日に行われた原告に対するジャクソンテスト及びスパーリングテストの結果は、いずれも陰性であり、徒手筋カテストにおいても異常は認められなかったが、同日に行われたMRI検査においては、頸椎椎体(以下「C」という。)四とC五の間に存在する椎間板が正中後方へ突出して頸髄を圧排していた。

(イ) 原告は、「頸椎捻挫及び外傷性頸椎椎間板ヘルニア」との傷病名で、平成二〇年五月三一日から同年一二月二九日まで、a病院に通院して、治療を受けた(実通院日数九四日)。治療の内容は、主に、内服薬と湿布によるものである。原告は、その間において、一貫して、頸部痛、右手のしびれの症状を訴えていた。

平成二〇年六月七日及び同月一四日に行われた原告に対するジャクソンテスト及びスパーリングテストの結果は、いずれも陽性であった。その後、同月二一日に行われたジャクソンテスト及びスパーリングテストの結果は、いずれも陰性であったが、同日に行われたMRI検査においては、C四とC五の間に存在する椎間板が正中後方へ突出して頸髄を圧排しており、その程度は、上記の同年五月三一日に行われたMRI検査と変わりがなかった。

平成二〇年一一月一五日に行われたMRI検査においても、C四とC五の間に存在する椎間板が正中後方へ突出して頸髄を圧排しており、その程度は、上記の同年六月二一日に行われたMRI検査と変わりがなかった。

なお、a病院における原告の診療録には、平成二〇年六月三〇日の欄に「pain+だが、そろそろ終了にするか?」、同年七月一九日の欄に「まだ痛い 但し終了予定 週明け二三日に」、同年七月三一日の欄に「終了とOK」との記載がある。

(ウ) 原告に対する平成二〇年一二月二九日付け神経学的検査報告書には、右手握力「二九kg」、左手握力「三四kg」との記載がある。また、右上腕二頭筋の反射「++~+++」、右上腕三頭筋の反射「++~+++」、右腕橈骨筋の反射「++~+++」との記載、右膝蓋腱の反射「+++」、右アキレス腱の反射「++~+++」との記載がある。「++」との記載は、反射の亢進、すなわち神経が敏感になっている状態が六段階にして四段階目にあることを示し、「+++」との記載はそれが五段階目であることを示している。

(エ) 原告は、a病院において、平成二一年一月五日に「症状固定」と診断され、自賠責後遺障害診断書が作成された。同診断書には、「傷病名」欄に「頸椎捻挫 頸椎椎間板ヘルニア 根性末梢神経症」、「自覚症状」欄に「頸部痛 右上肢しびれ 右上肢挙上時鈍痛」、「各部位の後遺障害の内容 ①他覚症状および検査結果 精神・神経の障害」欄に「右上肢の知覚が低下している。筋力右二九kg、左三四kgと右優位に低下している。Sparlingtest、Jacksontestで陽性を示す。MRIにてC三/四、四/五で椎体の圧迫があり、症状出現していると考える。」、「障害内容の増悪・緩解の見通しなどについて記入してください」との欄に「局部に神経症状を残しており、今後の仕事に制限を来すと考える。」との記載がある。

(オ) 原告は、後遺障害について、平成二一年一月二七日に、自賠責の認定手続において、自賠法施行令別表第二第一四級九号「局部に神経症状を残すもの」に該当すると判断された。

原告は、上記の自賠責の判断に対して異議を申し立てたが、平成二三年一月一二日、再度、自賠法施行令別表第二第一四級九号「局部に神経症状を残すもの」に該当すると判断がされた。

イ なお、被告は、原告のC四とC五の間に存在する椎間板が正中後方へ突出して頸髄を圧排している事実を争うが、①平成二〇年五月三一日、同年六月二一日、平成二一年一一月一五日に撮影された原告の頸部のMRI画像について、放射線科の専門医(B医師)が、その撮影された当時に、「原告のC四とC五の間に存在する椎間板が正中後方へ突出して頸髄を圧排している」との所見を述べていること(甲六の一~三)、②上記の各日に撮影された原告の頸部のMRI画像(甲一五の一~三、甲一六の一~四、甲一七の一~四)及びそれらについて説明した原告本人尋問の結果によると、原告のC四とC五の間に存在する椎間板が正中後方へ突出しており、その部分において明らかな髄液の途切れを確認することができることに照らすと、原告のC四とC五の間に存在する椎間板が正中後方へ突出して頸髄を圧排している事実を認めることができる。これに反する意見書(乙三、五)の記載を採用することはできない。

(2)  上記(1)認定の事実に、①原告が本件事故前から椎間板ヘルニアであったことを認める証拠がないこと、及び、②本件事故態様は、前記第二、一(1)エのとおり、被告車両が前方に停止中であった原告車両と衝突したというものであって、原告車両の破損状況を示す乙八や被告車両の破損状況を示す乙七によっても、本件事故時に原告に加わった衝撃が軽微であったとは必ずしもいえないことに照らすと、原告の椎間板の突出による頸髄の圧排(椎間板ヘルニア)は、本件事故によって生じたものと認めることが相当である。

また、上記(1)認定のとおり、原告は、平成二〇年五月三一日から同年一二月二九日までのa病院における治療期間中、一貫して、頸部痛、右手のしびれの症状を訴えていたのであり、その後も、これらの症状が残っているが、これらは、上記椎間板ヘルニアによるものと認められる。

さらに、上記(1)認定のとおり、平成二〇年一二月二九日付け神経学的検査報告書によると、原告には、右手握力の低下並びに上腕三頭筋、上腕二頭筋、腕橈骨筋、膝蓋腱及びアキレス腱における反射の亢進が認められており、証拠(原告本人)によると、これらも、上記椎間板ヘルニアによるものと認められる。

(3)  以上の事実に、上記(1)認定のとおり、原告は、a病院において、平成二一年一月五日に「症状固定」と診断されていることを総合すると、原告は、同日に症状固定したものと認めることが相当である。

なお、上記(1)認定のとおり、a病院における原告の診療録には、平成二〇年六月三〇日の欄に「そろそろ終了にするか?」、同年七月一九日の欄に「終了予定 週明け二三日に」、同年七月三一日の欄に「終了とOK」との記載があるが、証拠(甲九)によると、これらの記載は、「治療の終了ではなく、事故の保険による診察を終了し、今後は健康保険に切り換えること」を意味しているものと認められ、上記(1)認定のとおり、実際にも、平成二〇年七月三一日以降も治療が行われていることからすると、平成二〇年七月三一日に症状が固定したと認めることは、到底できない。

(4)  また、既に認定したところによると、原告には、本件事故による後遺障害があり、しかも、その後遺障害は、単に自覚症状があるのみならず、画像検査や神経学的検査によって裏付けられているということができるから、自賠法施行令別表第二第一二級一三号「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当するというべきである。

(5)  被告は、原告がa病院に勤務しており、A医師やB医師と人的な関係があると主張するが、そのことをもって、以上の認定事実が左右されるものではない。

二  原告の損害について

(1)  逸失利益

ア 証拠(甲五の一~四、甲一〇、一一、原告本人)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(ア) 原告は、大学病院に勤務する神経内科医であり、本件事故当時、主に超急性期(症状の出現から三時間以内)の脳血管障害を発症した患者に対する診察・診断・治療を行っていた。

(イ) 原告は、本件事故による後遺障害により、①頻回の血圧測定時のゴム球圧縮操作が困難になるなどの外来診療における支障、②右上肢を使っての腰椎穿刺時の操作における支障、③右上肢を使っての中心静脈穿刺時の操作における支障、④頸動脈超音波検査における支障、⑤筋肉生検及び神経生検時の操作における支障、⑥脳血管撮影検査における支障、⑦神経伝導検査における支障等の業務上の支障が生じている。原告は、医師として、精密な操作等を行うことが必要であるが、これらの操作に支障が生じている。

(ウ) 本件事故の前年である平成一九年における原告の収入は、大学等合計八か所から支給された給与所得合計二八三五万一〇三〇円、a病院等合計七か所から支給された雑所得合計一〇七万七二七六円、総合計二九四二万八三〇六円であった。

本件事故のあった平成二〇年における原告の収入は、大学等合計六か所から支給された給与所得合計二〇〇四万三四九二円、b病院等合計五か所から支給された雑所得合計四四一万四七三三円、総合計二四四五万八二二五円であった。

本件事故の翌年である平成二一年における原告の収入は、大学等合計六か所から支給された給与所得合計一八九七万三八二〇円、b病院等合計七か所から支給された雑所得合計一一六九万一七五五円、総合計三〇六六万五五七五円であった。

本件事故の翌々年である平成二二年における原告の収入は、大学等合計六か所から支給された給与所得合計二〇九三万七九三五円、b病院等合計七か所から支給された雑所得合計四八一万六一一〇円、総合計二五七五万四〇四五円であった。

イ 上記アの認定事実によると、原告の医師としての収入総額は、本件事故のあった平成二〇年には、平成一九年に比べて約一七%減ったものの、平成二一年においては本件事故の前年を上回る金額となっており、平成二二年においては、平成一九年に比べて約一三%減っている。

また、証拠(原告本人)によると、原告は、本件事故後、通勤に便利でかつ身体に対する負担が少ない勤務を増やしたことによって、本件事故による傷害及び後遺障害にもかかわらず、原告の収入総額は大きく減ってはいないものと認められる。

ウ 以上の事実によると、原告は、後遺障害によって、その医師としての仕事の支障を生じており、このことからすると、逸失利益を認めることができるが、平成二一年における収入金額が本件事故の前年を上回る金額となっていることなどに照らすと、直ちに自賠法施行令別表第二第一二級の労働能力喪失率である一四%の労働能力喪失が生ずるものと認めることはできず、以上に認定した事実に照らし、九%の労働能力喪失を認める。

エ そこで、原告の後遺障害による逸失利益を算定すると、次のとおりとなる。

(ア) 基礎収入額

基礎収入額は、本件事故の前年である平成一九年の給与収入額である二八三五万一〇三〇円による。

(イ) 労働能力喪失率

上記のとおり、九%と認める。

(ウ) 労働能力喪失期間

労働能力喪失期間については、後遺障害の内容及び程度に照らすと、一〇年間と認めることが相当である。

(エ) したがって、原告の後遺障害による逸失利益は、次のとおり、一九七〇万二六三三円となる。

2835万1030×9%×7.7217(10年のライプニッツ係数)=1970万2633円

(2)  傷害慰謝料

前記一(1)認定の原告の症状固定までの通院期間(平成二〇年五月三一日から同年一二月二九日まで)によると、傷害慰謝料は、一二四万円が相当である。

(3)  後遺障害慰謝料

原告の後遺障害は、自賠法施行令別表第二第一二級に当たるので、後遺障害慰謝料は、二九〇万円が相当である。

(4)  合計

二三八四万二六三三円

(5)  弁護士費用

二四〇万円が相当である。

(6)  総合計

二六二四万二六三三円

四  よって、原告の請求は、二六二四万二六三三円及びこれに対する平成二〇年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、この限度で認容することとして、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言は、相当でないので付さないこととする。

(裁判官 森義之)

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