横浜地方裁判所 平成21年(ワ)4910号 判決 2011年12月22日
主文
1 被告は、原告に対し、3837万7810円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、402万5000円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、4090万9530円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は、破産者有限会社a(以下「破産会社」という。)の破産管財人である原告が、破産会社、その関連会社2社、それらの代表取締役及びそれらの取締役の債務整理を受任していた代理人弁護士である被告に対し、破産会社が破産手続開始決定直前に被告の報酬及び手数料合計307万5000円並びに追加手数料95万円を支払った行為は、破産法160条3項にいう「無償行為及び有償行為」又は同法160条1項1号・2号における「破産債権者を害する行為」に該当すると主張して、否認権を行使した上で不当利得返還請求権に基づき上記合計額402万5000円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め、併せて、被告が破産会社の任意整理を受任し、破産会社の金銭管理の受託者として善管注意義務をもって破産会社の現金を適正に管理し減損させない義務等を負っていたにもかかわらず、これを怠って現金を流出させ原告に損害を被らせたなどと主張して、債務不履行又は不法行為を理由とする損害賠償請求権に基づき4090万9530円及びこれに対する債務不履行又は不法行為の後である平成19年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提となる事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 破産会社は、昭和46年8月3日に、遊技場(パチンコ・スロット店)の経営を業として設立された有限会社であり、平成19年5月1日及び同月2日、手形不渡りを出して倒産(以下「本件倒産」という。)した。本件倒産時は、その代表取締役をAとし、同人の夫であるBもその取締役であった(設立時につき甲2)。
破産会社の関連会社には、破産会社と同じ目的をもって平成18年1月13日に設立された有限会社b(以下「b社」という。)及び平成17年5月2日に設立された有限会社c(以下「c社」という。)の2社がある。本件倒産時に、Aはこれら関連会社の代表取締役であり、Bは、b社の取締役ではあったものの、c社の取締役は平成17年8月2日に辞任していた。
(2) 本件倒産時における破産会社の経営店舗は以下の2店舗である。
① b社店(以下「b1店」という。)
b1店は、横浜市<以下省略>に所在し、その営業許可はb社が取得した。
② c社店(以下「c1店」という。)
c1店は、千葉県山武郡<以下省略>に所在し、その営業許可はc社が取得した。
(3) 被告は、弁護士であり、本件倒産後の同年5月7日、破産会社、b社、c社、A及びB(以下「本件債務者ら」という。)から、「債務整理又は破産に関する一切の件」という案件名で、d法律事務所に所属する3名の弁護士とともに、本件債務者らの債務整理を行うことを受任し、同日、それぞれの債権者宛てに、本件債務者らの代理人として、その債務整理を受任をした旨及び債務整理のため介入をする旨の通知(以下「本件介入通知」という。)を発送した。被告は、本件介入通知において、それぞれの債権者に対し、「混乱を避けるために、今後は債務者や家族、保証人への連絡や直接交渉(電話、手紙、訪問等)は差し控え」ることを求めていた(被告が平成19年5月初旬に本件債務者らから任意整理を受任した限度で当事者間に争いがなく、その余について、甲3、乙4ないし6、48及び被告本人)。
(4) 本件介入通知時点における本件債務者ら及び被告が計画していた破産会社の債務整理の枠組みは次のとおりであった。
① b1店の営業は第三者に譲渡する(譲渡人が破産会社かb社かについては当事者間に争いがある。)。
② b社は、上記①の譲受人に対して、b1店が賃借している建物にかかる賃借人の地位を移転する。
③ 上記①の譲受人は、b1店の新経営者として、営業を継続する。
④ 破産会社は、上記①の譲受人から支払われた営業譲渡の代金を弁済の原資として、債権者と交渉の上和解し、破産を回避する。
(5) 被告は、同月9日、株式会社三菱東京UFJ銀行赤坂支店において、「有限会社b代理人弁護士Y」名義の普通預金口座(以下「本件口座」という。)を開設した(乙14)。
(6) 破産会社は、同月中旬ころ、有限会社eから、代金2億4000万円で上記(4)①の営業譲渡を受ける旨の打診を受けた。しかし、b1店の建物の賃貸人は、同年6月3日又は4日、有限会社eに対する賃借人の地位の移転を承諾しなかったため、上記(4)の枠組みによる破産会社の債務整理は頓挫した。
(7) 被告は、同月4日、破産会社の自己破産の申立人代理人として、総債務額約9億円で既に破産会社が支払不能に陥っているとして、当庁に事前面談を申し入れた(総債務額について甲5及び乙9、申入日時について被告本人)。
ところが、破産会社は、同月7日の自己破産の事前面談の際、株式会社f(以下「f社」という。)がb社を支援する旨の打診をしたとして、自己破産申立てを見合わせる旨を述べた(甲5及び乙29)。
(8) 被告は、破産会社の代理人として、同月8日及び同月13日、破産会社の債権者らに対し、f社がb社を支援をすることにつき交渉中であることなどを連絡する書面を発送した(乙29及び30)。
(9) 被告は、破産会社の代理人として、同月20日、破産会社の債権者らに対し、f社のC(以下「C」という。)がb社の代表取締役になり、その再建を目指すことに決定したこと、b社は、店舗の営業を継続し、破産会社の債権者に対して可及的速やかな支払を予定していること、被告が、同日、b社、A、Bの代理人を辞任したこと、b1店の「預り金」については、同月末まで被告が管理し、Cに引き継ぐことになったこと、破産会社とc社との問題が残っているため被告が破産会社の代理人を辞任をせずに法律上の問題を争っていく旨を通知した(乙13)。
なお、被告は、c社との関係では、同年5月31日、本件債務者らの債権者らに対して、b1店の売却交渉を慎重に進めていることを伝えるとともに、被告がc社との委任関係が終了した旨を通知した(乙43)。
(10) 被告は、同年6月21日、破産会社の代理人として、b社の代表取締役に就任したCとの間で、破産会社と新たな出資者のもとのb社(以下、従前のb社と区別していうときには「新b社」という。)との間の債権債務の内容に関し、概ね以下の条項の趣旨に従い、同第2条以外には何らの債権債務が存在しないことの確認をする合意書(以下「本件合意書」といい、本件合意書に係る合意を「本件合意」という。)を作成した(被告が破産会社の代理人として新b社と乙第7号証の合意を取り交わしたことは当事者間に争いがなく、その子細な内容について、乙7)。
ア 第1条
①b社は、b1店の営業をしていたが、b1店の売上げは破産会社が取得し、b1店の費用は破産会社が負担していたところ、②b1店の風俗営業法上の許可はb社名義で取得していたため、b1店の売上げを破産会社の売上げとすることは好ましくなかった、③そこに、破産会社が倒産したため、b1店の営業も困難となり、破産会社から譲り受けていたb1店の店舗の賃料も不払いのままで賃貸借契約が解除されかねない状態となった、④b社は、b1店の建物の賃貸人の同意を得て、破産会社から建物の賃借人たる地位の移転を受けていた、⑤そこで、b社と破産会社は、b1店の営業を第三者に対して建物の賃借権と共に譲渡して、その売却代金を破産会社が取得して、破産会社の債権者への支払をする計画を立てたが、建物の賃借権の譲渡につき賃貸人の同意が得られなかったため、同計画は断念せざるを得なかった。
イ 第2条
①そこで、b社それ自体の売却を検討したが、b社が上記のとおり資産価値がほぼ存在しないに等しい状況であったため、b社の出資金を出資額の額面金額で売却することによりb社を売却し、②破産会社は、新b社に対し、b1店の建物の賃借人たる地位が、破産会社からb社に適正に移転したことを保証し、③破産会社と新b社は、b1店の遊戯具等がリース物件又は所有権留保物件となっているため、これにかかる未払債務を、すべて新b社にて事実上補填する形式で、上記遊戯具等の購入代金を新b社が負担し、その費用の上限をb1店の建物賃貸借契約の保証金2100万円を含めて1億円以内とし、これを超える場合は、破産会社と新b社との間で別途協議することを合意した。
ウ 第3条
b社は、平成19年5月1日以降のb1店の売上げをb社独自の売上げとする計算を行っていたが、今回、b社の出資者が変更となり、新b社と破産会社間の貸借関係を含めた法律関係を確認し清算するため、同日からb社の出資金の譲渡日である同年6月21日の前日までのb1店の売上げ及び費用を破産会社が取得又は負担し、同月21日以降の売上げ及び費用は、新b社が取得又は負担することを合意し、この清算は、第2条の遊戯具の購入代金などを含む上記1億円の上限金額とは別途清算するものとした。
エ 第4条
新b社は、第2条の1億円及び第3条の清算金について、破産会社の債務整理の進捗状況を勘案して、新b社が二重払いをするリスクを回避できる状態であることを条件に支払い、二重払いのリスクがあるときにはその支払を拒絶できるものとした。
(11) 被告は、同年7月20日、本件口座より307万5000円の支払を受け、同年7月27日、本件口座より95万円の支払を受けた(支払者が破産会社であるか新b社であるかについては、当事者間に争いがある。以下、上記307万5000円と同95万円とを併せて「本件弁護士報酬等」という。)。
なお、前記307万5000円についての領収書は、「有限会社b」宛てであり、そのただし書きには、「御社外2社及び2名」にかかる同年6月20日までの任意整理事件の報酬並びに同月21日から同月末日までの残務整理の手数料(税及び実費込み)である旨の記載がある(甲4)。
(12) 破産会社の債権者であるDは、同年7月27日、当庁に対し、破産会社について破産手続開始決定を申し立て、被告は、同年8月10日、d法律事務所の3名の弁護士とともに、破産会社の代理人として答弁書を提出し、同申立ての却下を求め、Dの債権の不存在及び同人の申立てが権利の濫用である旨を主張した(乙20、申立日につき甲24。)。
当庁は、平成19年9月25日午前10時、破産会社につき破産手続を開始する旨の決定をし(当庁平成19年(フ)第2225号)、原告が破産会社の破産管財人に選任された(破産手続開始決定の時間について、甲1)。
原告は、同年10月12日、被告に対して、破産会社の資産目録の提出を求めるなど破産会社に関する事項を照会し(乙23)、被告は、同年10月29日、原告に対し、「貴職からの平成19年10月12日付け『照会書』に対するご回答」と題する書面(甲5。以下「本件回答書」という。)により、これに回答した。
(13) 被告は、本件回答書において、①破産会社は、その倒産前、c1店及びb1店の両店舗立ち上げのために当時の全ての資金をつぎ込み、両店舗の売上げを破産会社の売上げとした上、両店に係る経費を破産会社で支払い、その残りを破産会社の支払に充てていたこと、②c1店及びb1店の風俗営業法上の各許可は、c1店についてはc社が、b1店についてはb社が取得しているが、その営業権は、破産会社が全ての資金を提供して両店の運営をしていたため、破産会社に帰属すると認識していること、③被告が考えていた枠組みでの債務整理が失敗したため、被告は債務整理を辞任したが、債権者の意向も考慮して、破産会社とc社との法律問題の解決のため破産会社の代理人としての地位を残したこと、④被告が、同年6月25日、本件口座からb社に支払った1200万円は、破産会社の債権者との和解資金として使われたこと、被告としては、売却される前のb社の売上げなのか、新b社の売上げなのかを明確にするため、口座管理者として、一旦売却される前の銀行口座に戻して欲しかったこと、⑤本件口座の同年7月9日以降の入金は、同月11日にされた300万円の支払以外は、全て同年6月20日までの売上げから経費を差し引いたものと聞いているが、証憑も含めてもう一度確認すること、⑥同年7月27日の被告への95万円の支払は被告の手数料であり、本来、同月20日に支払われた報酬で、6月末までの任意整理と新b社に引き継ぐまでの金銭管理、破産会社の債権者対応、c社に対する法的な対応を行うことになっていたが、債権者との和解も長引き、弁護士二人が対応しても、実質的な交渉権限はなかったものの債権者対応に追われる毎日が続き、c社の問題は、今後相当長期間にわたって仕事を継続しなければならなくなってきたため、追加して手数料を支払ってもらったものであること、⑦被告は、売却される前のb1店の売上管理をしていたが、その最後の振込入金が同月27日と聞いたので、その日をもって管理を終了することとして、銀行通帳を解約し、解約金は実質的には破産会社に帰属するものであると考えたが、新b社の代表取締役のCは同年7月25日辞任していたこともあり、破産会社の債権者で、b1店の債権者説明会で破産会社債権者の代表で管理者に選任されていた有限会社g(以下「g社」という。)に預けることとした旨の説明をした(甲5及び乙23)。
(14) その余の本件口座における同年6月20日から同年7月27日までの間の出入金の経過は別紙「出入金表」(以下「本件出入金表」という。)のとおりである。
3 争点
(1) 本件口座に預託された金銭は破産会社に帰属するか、b社に帰属するか(本件弁護士報酬等は、破産会社から支払われたものか。争点(1))。
(2) 被告が本件弁護士報酬等の支払を受けた行為は、否認の対象となるか(争点(2))。
(3) 被告は、本件口座からの出入金につき、破産会社に対して善管注意義務を負うか(争点(3))。
(4) 被告が上記善管注意義務を負わないとしても、被告は、破産会社との関係で、債務整理を受任した弁護士として、その権限を失った場合には直ちに各債権者に対してその旨を通知する義務を負うか(争点(4))。
(5) 被告が上記善管注意義務を負わないとしても、破産会社の代理人として本件合意をした被告は、破産会社の利益実現のために行動すべき忠実義務を負うか(争点(5))。
(6) 被告の上記(3)ないし(5)の義務違反による損害発生の有無(争点(6))
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
ア 原告の主張
(ア) 本件口座に預託された金銭は破産会社に帰属し、本件弁護士報酬等は、破産会社から被告に支払われた。被告は、本件口座にて、破産会社の金銭を管理していたのであって、本件合意書の第3条の定めのとおり、平成19年5月1日から同年6月21日の前日までのb1店での売上げ及び費用は破産会社において取得・負担すべきものであったため、平成19年6月20日までの残高2904万円については、破産会社が取得すべきものであった。
被告は、同月21日以降の入金についても、本件回答書において、「すべて、平成19年6月20日までの売り上げから経費を差し引いたもの」と述べているのであって(甲5)、本件合意書の第3条の定めにしたがって、破産会社にて取得・負担するものに該当するのであるから、破産会社が取得すべきものである。
(イ) 本件口座の名義自体は「有限会社b代理人弁護士Y」となっているが、b社の法人格は形骸に過ぎず、その実態は破産会社自身であって、法人格否認の法理が適用されるべきことは、①破産会社とb社の主な役員が重複すること、②破産会社がb1店の営業に当たって、設立費用、運営費用、機械・リース代金等一切を負担し、また売上金を取得してこれらの支払に充てていたこと、③b社が、b1店の売上げを取得せず、経費の支払もしていなかったこと、④被告を含む本件関係者が、b1店の営業は破産会社の計算で行っていた旨を述べていることなどに照らし明らかである。
(ウ) したがって、本件口座に預託された金銭は、すべて破産会社のものであり、被告が、b社からではなく、破産会社から支払を受けたことは、明らかである。
イ 被告の主張
(ア) 本件口座の預金者は、その口座名義からも明らかなようにb社である。そもそも、破産会社、b社及びc社は、それぞれ独自の債権者がいる別個の法人である。本件口座の名義は「有限会社b代理人弁護士Y」であっても、真実は破産会社のものであるというためには、なぜ他人名義の口座を開設しなければならなかったのか合理的な理由がなければならないが、本件ではこのことにつき合理的理由はまったくない。
(イ) 原告は、b社が形骸化しており、法人格否認の法理が適用されると主張するが、破産会社は本件倒産により無資力となっていてb社には何ら支配力を及ぼしていなかった上、b1店の従業員に対する給料の支払を行っていたのはb社であるから、本件では法人格否認の法理は適用されない。
(ウ) 本件債務者らの被告に対する債務整理の委任の内容は、破産会社が世話になった債権者への支払を少しでも多くするため、b1店、c1店を売却して売却代金で破産会社の債権者に弁済をし、同年5月1日からのb1店の売上げはb社の売上げとし、賃料不払いによるb1店の建物の賃貸人からの賃貸借契約解除を防ぎ、本件倒産によって期限の利益を喪失した破産会社の遊技機械の債権者や設備会社の債権者を説き伏せ、所有権留保に基づく取り外しを防ぎ、そのままの状態で店舗営業を継続し、いわゆる「居抜き」で店舗の賃借権を売買譲渡し、その売買代金を破産会社が取得し破産会社の債権者らに弁済をするというものであった。
その後、破産会社は、同年6月20日、被告に対し、破産会社の債務整理の委任を解除し、同年5月から続けてきたb社の保管金の管理を同年6月末まで継続することを依頼し、その後、同管理は、同年7月27日まで延長して継続された。
したがって、本件口座に預託された金銭は被告が管理していたb社に属するものである。
(2) 争点(2)について
ア 原告の主張
(ア) 被告は、第2・2(11)のとおり、本件弁護士報酬等として、平成19年6月20日までに本件債務者らの任意整理を成功させたことを理由に同年7月20日に307万5000円、同年6月21日から同月末日までに成功した任意整理の残務整理を行ったことを理由に同年7月27日に95万円、それぞれ本件口座から支払を受けた。
(イ) しかし、被告が、本件債務者らにつき、同年6月20日までに任意整理を成功させた事実はなく、被告は、同日、b社、A及びBの3者につき代理人を辞任し、また、c社についても事実上委任関係は終了していた上、破産会社についても、同年9月25日、破産手続開始決定がされている。
また、被告は、支払を受けた95万円の根拠となる残務整理の役務提供がどのようなものであったかを具体的に挙げていないから、同金額の根拠となる役務提供があったとは認められない。
そして、破産会社がb社、c社らが受けた利益について報酬を支払う利益はなく、これらの事実に照らすと、被告は、本件弁護士報酬等の根拠となる役務の提供をしていないというべきである。
(ウ) そこで、破産会社は、被告に対し、法的な理由なく報酬や手数料を支払ったものというべきであり、これは破産法160条3項所定の「無償行為及びこれと同視すべき有償行為」に当たり、又はその支払は破産会社の財産を大きく減少させるものであるから、同条1項1号・2号における「破産債権者を害する行為」に当たる。
(エ) 破産会社は、第2・2(3)のとおり、被告が本件倒産により破産会社の債権者宛てに債務整理を受任した旨の本件介入通知を発した同年5月7日までには支払停止の状態にあったのであり、被告は、本件弁護士報酬等の支払を受けた時点において、同支払が、支払停止の状態にあった破産会社の債権者を害することを認識していたというべきである。
したがって、原告は被告に対し、否認権を行使する。
イ 被告の主張
(ア) 本件口座の預金者はb社であり、被告は、b社から本件弁護士報酬等の支払を受けたのであって、破産会社が被告に対して本件弁護士報酬等を払った事実はないから、否認の対象となる行為はなく、被告において同支払により破産会社の債権者を害する認識など生じ得ない。
(イ) 被告が企図したb1店の店舗売買の代金による第三者弁済というスキームは失敗に終わったが、被告の認識としては、平成19年5月7日に被告が本件債務者らから債務整理を受任した当時、破産会社は無資力で支払停止状態であり、b社は、家賃の滞納で建物賃貸借契約を解除される寸前であり、b1店の機械設備は、何時取り外されるか分からないという状態であり、b1店の営業権が破産会社に帰属したままであったとしても、当時、価値の保持という意味では、破産会社にいかなる価値が保持されていたか疑わしいところであったが、被告らの任意整理が成功してb1店の営業が継続できた場合には、価値が保持されることは予測できたところ、結果的に、b社によるb1店の営業継続は実現し、b社の新経営者によって破産会社の総債務額の約半分に当たる一部弁済をする和解を確保することはできたのであり、そのための被告の役務提供の時間と労力、実費、事務費は膨大なものとなっていた。被告は、特に報酬等を請求したことはなかったが、破産会社の債権者も破産会社も、被告が企図した上記スキームを承認していたから、b社が本件弁護士報酬等の支払をしたのであって、上記スキームを試みた被告に受任行為の懈怠はなかったというべきである。
(ウ) 被告に対する本件弁護士報酬等の支払は、新代表者Cのもとでb社が、業界用語で言う「赤紙」、すなわち、設備機械資金の支払をしない業者や東日本遊技機商業協同組合、回胴式遊技機商業協同組合が認めない業者に対しては新規機械を売らないという組合加盟業者間協定の対象となっていたところ、その撤回と遊技機械の買取り、営業継続の可能性がほぼ確定した後、BとCとの合意でb社から被告に対して支払うことが決まったものである。
(3) 争点(3)について
ア 原告の主張
(ア)被告は、破産会社の代理人として破産会社の債務整理に主体的に関与し、本件口座にて破産会社の金銭を管理していたのであり、現金管理の受託者として、善管注意義務の一環として、その財産を散逸させず、また債権者の平等に反する弁済をしないよう指導・監督する義務を負い、代理人自身としても、債務整理を受任した専門家として、本件口座から財産を散逸させたり、また危機時期における債権者の平等に反する偏頗弁済をさせない義務を負っていた。
具体的には、被告は、破産会社から出金・支払を命じられても、支払先、支払目的等を精査の上、破産会社にて負担すべきでない支払でないか、財産の散逸にならないか、債権者の平等に反するものでないかなどを吟味し、これらに該当するなら、出金・支払はできない旨を指導・監督し、出金・支払を断らなければならなかった。
それにもかかわらず、被告は、上記指導監督を怠り、破産会社から命ぜられるまま、破産会社ではなくb社において負担すべき、あるいは破産会社にて負担すべき理由のない支払に充てるため、漫然と理由なく多額の現金を支出し、財産を散逸させたのであり、これは前記の現金の受託者としての善管注意義務に違反する。
(イ) 被告は、被告がb社、A及びBの代理人を辞任した時点での通知書の内容では、被告の破産会社からの受任事項はc社関連の法律問題の解決に限定されており(乙13)、破産会社の債務整理は受任事項とはなっていなかったと主張する。
しかしながら、同通知書においては、破産会社の代理人を辞任する旨の記載はなく、むしろ、被告は「辞任せず法律上の問題を争っていく所存」と破産会社の代理人として活動する旨を述べていること、実際にも、同通知書の後に作成された本件合意書や破産会社と破産会社との債権者らとの間の債務整理に関する合意書(乙7、甲10及び12ないし18)において、被告が破産会社の代理人として記名、押印していることからすれば、破産会社との関係での被告の受任範囲から債務整理が除かれたと見ることはできない。
イ 被告の主張
第2・4(1)イ及び(2)イのとおり、本件口座の預金者はb社であって、本件口座の管理についての委任者もb社である。被告は、破産会社から「債務整理又は破産」の依頼を受け弁護士として一般に期待される注意義務を破産会社に対して負っていたが、本件口座からの入出金管理はb社から被告が委任されていたのであるから、これに関して破産会社ないし原告に対し善管注意義務を負うことはない。
そもそも、被告は、平成19年6月20日、b社、A及びBの代理人を辞任しており、その後の被告の破産会社からの受任事項はc社関連の法律問題の解決に限定されており(乙13)、破産会社の債務整理、債務の支払は権限を失っており、受任事項とはなっていなかった。被告は、b社の旧経営者であるB及び新経営者であるCからその指示のとおりに本件口座の出入金をしたまでであり、本件口座について何らの決定権限もなかった。
(4) 争点(4)について
ア 原告の主張
(ア) 仮に、被告が破産会社の債務整理に主体的に関与せず、被告が上記善管注意義務を負わないとしても、被告は、破産会社との関係で、破産会社の債務整理を受任し本件介入通知を出した弁護士として、その権限を失った場合には直ちに破産会社の各債権者に対してその旨を通知する義務を負うというべきである。なぜなら、弁護士から受任通知を受けた各債権者は、債務者への個別執行、請求を控えるところ、これは弁護士によって債務者の財産を厳格に管理される限り、経済的危機にある債務者が債権者の平等に反する弁済をしたり、その他財産散逸や私消することを防止できると信頼するからである。それにもかかわらず、債務整理の権限を失った弁護士が各債権者にその旨通知しなくてもよいとすれば、弁護士の管理から解放された債務者が、各債権者が未だに個別の執行・請求を控えていることを奇貨として、債権者の平等に反する弁済や財産散逸、私消をしてしまうが、これでは弁護士主導による債務整理という再建手法そのものが危険にさらされることになる。
(イ) 弁護士が上記義務に反して各債権者への通知をせず、その結果として債務者が個別の執行、請求を受けないことを奇貨として財産を散逸させた場合、弁護士の行為は破産会社との関係で不作為の不法行為を構成するものであり、逸出した財産相当額の損害を賠償する責任を負う。
イ 被告の主張
原告の主張は争う。
本件口座からの入出金管理はb社から被告が委任されていたから、これに関して破産会社ないし原告に対する任務違背はそもそも考えられない。
(5) 争点(5)について
ア 原告の主張
(ア) 仮に、本件口座がb社に帰属し、被告が第2・4(3)ア記載の善管注意義務を負わないとしても、被告は、破産会社の代理人として本件合意をしたのであるから、代理人の忠実義務により、その利益実現のために行動すべき法的義務があり、本件口座に入金された預金につき、本件合意により破産会社に帰属する分については、破産会社に現実に取得させ、これを妨げてはならない義務を負っていた。
(イ) それにもかかわらず、被告は、平成19年6月25日以降、本件口座の預金流出を許し、その結果、破産会社が同預金より経済的利益を現実に取得することを妨げた。
(ウ) 被告の上記行為は、破産会社に違法に損害を与えたものとして不法行為を構成する。
イ 被告の主張
被告は本件合意書等に記名押印しているが、これは破産会社の代表取締役であるAが押印できないため、その都度、b社の新旧両経営者の依頼を受けて、Aに代わって記名押印したにすぎず、被告は、本件合意の形成や文書の作成にはまったく関わっていない。
被告が破産会社の代理人として本件合意書に調印したからといって、本件合意書の記載からは破産会社の代理人としてどのような義務が発生するかは明らかでなく、原告の主張するような義務を導き出すことはできない。
(6) 争点(6)について
ア 原告の主張
被告が、第2・4(3)ア記載の善管注意義務又は第2・4(4)ア記載の義務を怠ったことにより、破産会社が散逸した財産相当額が損害として発生した。具体的には、次のとおりである。
(ア) 平成19年6月25日に支出された1200万円は、破産会社の債権者への和解金であり、本件合意書第2条の定めにより、b社において負担すべきものである。
(イ) 同月28日に支出された253万1720円は、b社の従業員の給与であり、同月21日以降の利益・費用であるので、本件合意書第3条の定めにより、b社において負担すべきものである。
(ウ) 同月29日に支出された367万5000円(振込手数料840円別途)は、b社の家賃及びその振込手数料であり、同様に、b社において負担すべきものである。
(エ) 同日に支出された217万7100円(振込手数料840円別途)は、破産会社の債権者への和解金及びその振込手数料であり、本件合意書第2条の定めにより、b社において負担すべきものである。
(オ) 同年7月2日に支出された33万円は、破産会社の債権者への和解金であり、同様にb社において負担すべきものである。なお、同月9日に支出された300万円については出金後の同月11日に返金されているので問題としない。
(カ) 同月13日に支出された50万円は、b社を管理していたg社への管理料であり、本件合意書第3条の定めにより、b社において負担すべきものである。
(キ) 同月20日に支出された500万円、同月26日に支出された500万円及び同月27日に支出された969万4030円(1064万4030円から被告への報酬95万円を控除した金額)の合計1969万4030円は、g社への預け金であり、うち破産会社の債権者Eに対する和解金450万円、同Fに対する和解金150万円が支払われたが、本件合意書第2条により、b社において負担すべきものであり、うちCに対する給与1000万円については、b社の代表者への給与であり、b社において負担すべきであり、うちA及びBに対する生活費及び交通費である120万円は、破産会社が負担すべき理由はなく、うちg社への管理料249万4030円は、b社において負担すべきものである。
(ク) g社は、現在営業を停止しており、合計1969万4030円を返還するだけの資力はない。
(ケ) 破産会社には、上記(ア)ないし(キ)の合計額である4090万7850円の損害が発生しており、被告はこれを賠償する義務を負う。
イ 被告の主張
本件口座はb社の預金であり、破産会社に損害が発生したとの原告の主張は争う。
第3当裁判所の判断
1 事実関係
第2・2記載の前提事実に、証拠(甲1、3、5、8ないし22、24、乙1、7、9、10、13ないし15、23、42、44ないし47、被告本人)を総合すれば、以下の各事実を認めることができ、この認定事実を覆すに足りる証拠はない。
(1) 被告は、平成19年5月9日、本件口座の他に「有限会社a代理人弁護士Y」、「有限会社c代理人弁護士Y」、「B代理人弁護士Y」及び「A代理人弁護士Y」の各名義で預金口座を開設した。なお、被告が本件口座以外の預金口座開設に当たって預け入れた金銭は各口座いずれもわずか10円にすぎず、その後にも入出金はなく、本件口座以外には、本件債務者らの債務整理の原資を預ける預金口座となるものはなかった(乙44ないし47)。
(2) b1店の建物の賃借人名義は、当初は、破産会社であり、建物の賃料も破産会社が負担していたが、平成19年4月6日、同賃借人名義はb社に変更された(甲19及び乙1)。
(3) b1店には、平成18年1月16日以降、賃料及び開店準備費用(内装工事費用、遊戯具に関する費用等)が発生するようになったが、これらの賃料及び開店準備費用はb社の決算報告書(事業年度・第1期 同年1月13日~同年9月30日)には計上されておらず、破産会社の決算報告書(事業年度:第35期 平成17年8月1日~平成18年7月31日)に計上されていた(甲20及び22)。
また、b1店には同年9月26日から売上げが発生するようになったが、同売上げはb社の上記決算報告書には計上されておらず、破産会社の総勘定元帳(同年8月1日から平成19年3月31日までのもの)に計上されていた(甲20ないし22)。
b社と破産会社との間では、これらの賃料、開店準備費用及び売上げにつき、何らの貸借関係も存在しない(甲20及び22。このことは、本件合意書の第1条でも確認されていた。)。
(4) 被告は、本件回答書において、原告からの照会に対し、b1店の営業権については、風俗営業法上の許可をb社名義で取得している関係から、b社に帰属するように見えるものの、実際は、決算報告書のとおり、破産会社がすべての資金を提供して同店の運営をしており、営業の事実からすると、営業権は破産会社に帰属すると言わざるを得ないと考えていること、b1店の立上げ費用、運営費用、機械・リース代金など一切を破産会社が負担し、店舗運営経費を除く売上金は破産会社が取得してその支払に充て、実質的営業は破産会社で行っていたことを回答した。また、被告は、本件口座における同年7月9日以降の入金の趣旨、詳細に関する原告からの照会に対し、同月11日の300万円の入金を除き、すべてb1店に係る同年6月20日までの売上げから経費を差し引いたものと聞いている旨を回答した(第2・2(13)、甲5)。
(5) 破産会社の実質的な代表者であったBは、b1店が破産会社に帰属し、実際の経営は破産会社が行っていたこと及びb1店についてはb社が、c1店についてはc社がそれぞれ営業許可を取ったのは、借金を有していても店舗を売却することが容易になるためである旨の陳述書を作成した(甲24)。
(6) b社の経営主体は、破産会社と新b社との間の本件合意により、同年6月21日以降、f社に変わり、破産会社とb社とは、b1店の売上げ及び費用について、同月20日までは破産会社に、同月21日以降はb社にそれぞれ利益が帰属し、費用を負担することとなった(第2・2(10)、甲5及び乙7)。
(7) 被告は、平成19年5月及び同年6月のb社の営業の管理をしていたほか、同年6月20日から同年7月31日までの間、破産会社の債務整理について、破産会社の代理人として次のような和解をし、又は和解に関与した。これらの債務整理の効果もあり、破産会社の債務総額が9億0727万1522円と計算されていたところ、5億6036万1103円まで減少した(乙9、10及び15)。
ア 平成19年6月25日(甲9)
(ア) 債権者
G
(イ) 債務整理の内容
債権者は、破産会社に対し、4000万円の債権があるところ、同日、その弁済として、b社から1200万円の支払を受けたので、残りの2800万円と利息・遅延損害金の債権を放棄する。
イ 同月29日(甲10)
(ア) 債権者
株式会社h
(イ) 債務者
破産会社(同代理人として被告)
(ウ) 債務整理の内容
b社が債権者に対し217万7100円を支払うこととし、同社がその支払を受けたときは、破産会社と債権者はその債権債務関係の一切を相殺により清算する。
ウ 同年7月2日(甲11)
(ア) 債権者
H
(ア) 債務整理の内容
債権者は、破産会社に対し、220万円の債権があるところ、同日、その弁済としてb社から33万円の支払を受けたので、残りの187万円と利息・遅延損害金の債権を放棄する。
エ 同月19日(甲12)
(ア) 債権者
株式会社i
(イ) 債務者
破産会社(同代理人として被告)
(ウ) 債務整理の内容
破産会社は、債権者に対し、299万5812円の債務があることを確認し、債権者は、b社から89万8743円の支払を受けることを条件として、既払金を控除した残債権を放棄する。
オ 同月20日(甲13)
(ア) 債権者
株式会社j
(イ) 債務者
破産会社(同代理人として被告)
(ウ) 債務整理の内容
破産会社は、債権者に対し、2598万7500円の債務があることを確認し、債権者は、b社から1279万6250円の支払を受けることを条件として、既払金を控除した残債権を放棄する。
カ 同月23日(甲14)
(ア) 債権者
k株式会社
(イ) 債務者
破産会社(同代理人として被告)
(ウ) 債務整理の内容
破産会社は、債権者に対し、157万8360円の債務があることを確認し、債権者は、b社から157万8360円の支払を受けることを条件として、既払金を控除した残債権を放棄する。
キ 同月27日(甲15)
(ア) 債権者
l株式会社
(イ) 債務者
破産会社(同代理人として被告)
(ウ) 債務整理の内容
破産会社は、債権者に対し、730万6688円の債務があることを確認し、債権者は、b社から146万1337円の支払を受けることを条件として、既払金を控除した残債権を放棄する。
ク 同月27日(甲16)
(ア) 債権者
株式会社m
(イ) 債務者
破産会社(同代理人として被告)、b社
(ウ) 債務整理の内容
破産会社は、b社に対し、債権者との契約上の地位を譲渡し、債権者に対し、1680万円の債務があることを確認し、債権者は、b社から504万円の支払を受けることを条件として、残金1176万円の債務を免除する。
ケ 同月30日(甲17)
(ア) 債権者
E
(イ) 債務者
破産会社、A、B(3名の代理人として被告)
(ウ) 債務整理の内容
破産会社は、債権者に対し、1500万円の債務があることを確認し、債権者は、破産会社から450万円の支払を受けたので、その余の債権を放棄する。
コ 同月31日(甲18)
(ア) 債権者
n株式会社
(イ) 債務者
破産会社(同代理人として被告)、b社
(ウ) 債務整理の内容
破産会社は、債権者に対し、6783万3150円の債務があることを確認し、債権者は、b社から2258万8438円の支払を受けることを条件として、その余の債権を放棄する。
(8) 被告は、C及びBからの指示を受けて、本件出入金表のとおりに本件口座から出入金をした。そのうち出金の内訳は、次のとおりである。
ア 平成19年6月25日 1200万円
破産会社の債権者Gへの和解金の原資として出金された(甲9)。
イ 同月28日 253万1720円
b1店の従業員給与として出金された。
ウ 同月29日 367万5000円(振込手数料840円別途)
b1店の家賃(及び振込手数料)として出金された。
エ 同日 217万7100円(振込手数料840円別途)
破産会社の債権者株式会社hへの和解金の原資(及び振込手数料)として出金された(甲10)。
オ 同年7月2日 33万円
破産会社の債権者Hへの和解金の原資として出金された(甲11)。
カ 同月13日 50万円
b1店を管理していたg社への管理料として出金された。
キ 同月20日 500万円
同月26日 500万円
同月27日 969万4030円(=1064万4030円-95万円(被告への報酬))
いずれも、g社への預け金として出金された。その使途は、破産会社の債権者Eとの和解金450万円(甲17)、債権者Fとの和解金150万円、Cへの給与1000万円、A及びBの生活費・交通費120万円、g社への管理費249万4030円というものである。
2 争点(1)(本件口座に預託された金銭は破産会社に帰属するか、b社に帰属するか(本件弁護士報酬等は、破産会社から支払われたものか。)。)について
(1) 第3・1(1)ないし(3)において認定したとおり、b社は、b1店について営業許可を取得していたものの、少なくともf社のCが新b社の代表取締役となり、その経営権を取得するまでは、b1店について売上げを計上することも開店準備費用や賃料等の経費を負担することもなかった上、第2・2(1)のとおり、破産会社とb社の経営者が共通であったこと、b1店の賃借人名義が平成19年4月6日まで破産会社であり、その賃料も破産会社が負担していたこと、第3・1(5)のとおり、破産会社の実質的代表者であったBがb1店の営業は破産会社の計算で行っていた旨を述べていること、第3・1(1)のとおり、被告が本件口座を開設した同年5月9日時点では被告が破産会社以外の本件債務者らの銀行口座にいずれも10円のみを預けたままであり、その後も同銀行口座については取引がなかったことに照らすと、b社は、b1店について営業許可こそ、その名義で取得していたものの、f社のCが代表取締役となった同年6月21日までは実質的にはb1店をその計算のもとに経営していた破産会社と同一であり、法人としての実体を有していなかったとういうべきであり、本件口座は、その名義にかかわらず、b1店を実質的に経営し、被告に債務整理を委任した破産会社が開設したものというべきであって、そこに入金された金銭は破産会社に帰属するものであるというべきである。
そして、本件口座がb社に帰属するようになったのは、本件合意書第3条の定めによりb社にb1店の売上げが帰属し、b社がb1店の経費を負担するようになった平成19年6月21日以降と解するのが相当である。
そうであれば、本件口座の同月20日までの残高2904万0638円(乙14)については、本件合意書第3条の同年5月1日から同年6月21日の前日までのb1店の売上げ及び費用は破産会社にて取得・負担する旨の合意に基づき、破産会社に帰属するものであるというべきである。
(2) さらに、同月21日以降の本件口座への入金についても、第2・2(13)のとおり、被告が、本件回答書において、本件口座における同年7月9日以降の入金についての原告からの照会に対し、同月11日の300万円の入金を除き、すべてb1店に係る同年6月20日までの売上げから経費を差し引いたものと聞いている旨の回答をしていたこと、同回答後の調査において異なる結果が出た場合には、その旨を原告が被告に対する損害賠償請求の内容証明郵便を発送する前に、その調査結果を原告に対して伝えるはずであるのに、そのような事実が証拠上見受けられないことに照らせば、これらの入金も、本件合意書第3条のとおり、b社の出資金の譲渡日である同年6月21日の前日までのb1店の売上げ及び費用は破産会社が取得又は負担する旨の定めにより、破産会社に帰属するものと認めるのが相当である。
(3) この点につき、被告は、本件口座の名義が有限会社b代理人弁護士Yであることから、本件口座に預託された金銭はb社に帰属すると主張する。
しかしながら、本件口座は、前記のとおり、本件合意により、b社の経営主体がf社に変更され、b社が法人として実体を有する以前である平成19年5月9日に開設されたことを踏まえれば、破産会社の実質的支配下にあったb社の名義で本件口座が準備され、それに伴って本件口座に破産会社の売上げが入金されたというべきであり、前記(1)及び(2)の認定、判断にかかわらず、本件口座の名義のみを根拠に本件口座に預託された金銭がb社に帰属するものであると認めることはできない。
また、被告は、破産会社が本件倒産により無資力となっていてb社には何ら支配力を及ぼしていなかった上、それ以降にb1店の従業員に対する給料の支払を行っていたのはb社であるから、法人格否認の法理は適用できないと主張する。
しかしながら、前記(1)及び(2)の認定判断は、法人格否認の法理を適用した上での判断ではなく、「有限会社b代理人弁護士Y」名義で開設された本件口座が、その名義にかかわらず、その入金の原資に基づいて、破産会社に帰属するか否かを認定したものであるから、被告の主張は、その前提を欠き、前記認定、判断を左右するものではない。
(4) 以上によれば、同年6月20日までのb1店の売上げに係る本件口座に預託された金銭はもとより、同月21日以降に本件口座に入金された金銭についても、その入金の経緯に照らして、すべて破産会社に帰属していたと認められ、本件弁護士報酬等は、同金銭から支払われたものであるから、破産会社から支払われたものと認めるのが相当である。
3 争点(2)(被告が本件弁護士報酬等の支払を受けた行為は、否認の対象となるか。)について
(1) 307万5000円の支払について
ア 被告は、第2・2(11)のとおり、平成19年7月20日、本件口座から307万5000円の支払を受けたところ、第3・2において判示したとおり、本件口座に預託された金銭は破産会社に帰属するから、被告は破産会社から上記金員の支払を受けたというべきである。
そして、上記金員の趣旨は、第2・2(11)のとおり、上記金員の領収書のただし書きに、本件債務者らにかかる同年6月20日までの任意整理事件の報酬並びに同月21日から同月末日までの残務整理の手数料(税及び実費込み)である旨の記載があることから、被告は、本件債務者らの債務及び残務処理を行ったことに基づき、報酬と手数料の支払を受けたことになる。
そこで検討すると、第2・2(12)のとおり、当庁において、平成19年9月25日午前10時、破産会社について破産手続を開始する旨の決定がされていることに照らせば、同年6月20日までに破産会社の債務整理が成功に至ったと認めることはできない。また、破産会社以外の本件債務者らであるb社、c社、A及びBのための債務整理の報酬を破産会社が支払ったことは、b社及びc社の債務整理を破産会社の計算に行ったこととなり、その当否に疑義がないわけではないが、第3・1(7)のとおり、被告が破産会社の代理人として、破産会社の各債権者から一定範囲の債務の免除を得るなど破産会社の債務整理を進めたことにより、破産会社の債務総額が減少したことは明らかであって、これらの行為により破産会社の債務総額は9億0727万1522円から5億6036万1103円にまで減少したこと及び被告が同年5月から同年6月にかけてのb1店の管理をしていたこと(乙15)、同月20日まではb社とc社の会計が実質的には破産会社のものであったことに照らすと、上記支払に対応する役務の提供があったものと認めることができる。
したがって、その減少した債務額に鑑みると、被告がその後更に95万円の支払を受けていることを考慮しても、被告が、前記307万5000円の支払を受けたことが相当性を欠くものとはいえない。
(2) 95万円の支払について
第2・2(11)のとおり、被告は、同年7月27日、本件口座から95万円の支払を受けたところ、被告は、上記金員は上記残務整理や破産会社の債権者対応等が長引いたことに伴う追加手数料である旨の説明をしている。
この点についても、前記判示のとおり、前記債務整理が成功に至ったものではないが、破産会社の債務整理が一定程度成功していたこと、Cのもとで新b社が営業をするには、従前のb社からの引継ぎが欠かせないと考えられることに鑑みると、破産会社の残務整理に関連して被告が何らかの役務を提供したことを認めることができる。
したがって、被告が前記95万円の支払を受けたことが相当性を欠くものとまではいえないというべきである。
(3) 以上によれば、破産会社が被告に対してした本件弁護士報酬等の支払は、破産法160条3項所定の「無償行為」に該当せず、前判示のとおり、破産会社の債権総額が減少したことに鑑みると、破産会社の債務整理として不相当とは言い難い報酬であって破産会社の債権者を害したものであるとまでは認めることができないから、同条1項1号、2号の否認権行使の要件は充たさないものというべきである。
よって、原告の本件弁護士報酬等に関する否認権の行使並びに不当利得返還請求権に基づく本件弁護士報酬等相当額の返還請求は理由がない。
4 争点(3)(被告は、本件口座からの出入金につき、破産会社に対して善管注意義務を負うか)について
(1) 被告は、第3・1(8)のとおり、C及びBからの指示を受けて本件出入金表のとおり本件口座から出入金をしたところ、第3・2において判示したとおり、本件口座内に預託された金銭の実質的所有者は破産会社であったから、被告が、破産会社の債務整理を継続して受任していたのであれば、被告の本件口座の支出について委任契約に基づく善管注意義務違反が問題となる。
被告は、平成19年6月20日、破産会社の債権者に対し、破産会社の代理人として、同日以降もc社との問題を解決するために破産会社の代理人を継続する旨を通知し(乙13)、第3・1(7)アないしコで判示したとおり、破産会社の代理人として各債権者との合意書等(甲10及び12ないし18)に記名、押印して、破産会社の債権者との間で、各合意に関与して、債務の存在を確認し、一定の条件のもとでその免除を受ける合意をするなどして、破産会社の債務整理を継続しており、本件口座については、これを解約して預金を本件債務者らのいずれかに返還することもなく、そのまま本件口座の管理を続け、破産会社の各債権者に対する支払を本件口座の出金により行うなどしていた以上、被告が破産会社の債務整理を継続していたものというべきである。
(2) これに対し、被告は、被告が平成19年6月4日にb社、A及びBの代理人を辞任し、それ以降は、被告の破産会社からの受任事項はc社関連の法律問題の解決に限定されており、破産会社の債務整理は受任事項とはなっていなかったと主張し、被告の本件回答書における同年6月4日の時点で破産会社の任意整理については辞任していた旨を回答した部分、甲9ないし11の合意書等の原案を作成したとするI弁護士も、被告は既に債務整理を辞任しており、甲9ないし18の合意書等の案文作成、交渉には関与していなかった旨回答した部分(乙31の2)を指摘し、被告本人も被告本人尋問においてこれに沿った供述をする。
しかし、被告の上記主張は、第2・2(10)及び(12)並びに第3・1(7)のとおり、被告が平成19年6月20日以降も破産会社の代理人として行動していたことと明らかに矛盾し、上記被告の本件回答書の記載部分、I弁護士の回答部分及び被告本人の供述部分は信用することができない。
そこで、被告がb社、A及びBの代理人を辞任した同月20日以降においても、被告の破産会社からの受任事項はc社関連の法律問題の解決に限定されておらず、同日以降も破産会社の債務整理を破産会社の委任に基づいて継続していたと解するのが相当である。
(3) そこで、被告が本件口座からの出入金につき善管注意義務を負うか否かを検討する。
そもそも、被告は、債務整理事務を受任した法律の専門家である弁護士として高度の注意義務を負っていたのであるから、委任に係る善管注意義務の一環として、破産者の財産を散逸させず、また債権者の平等に反する弁済をしないよう破産者に指導・監督する義務を負っていたというべきである。
これに対し、被告は、債務整理の手続を進めるに当たって、破産者から指示があれば邪魔はせず協力しなければならないとの認識の下に本件口座を管理していたのであって、被告は受任者として上記の指導・監督義務までは負わないかのように主張するが、専門性や信頼性を与えられた弁護士制度の趣旨や、第2・2(3)のとおり、債務整理事務を受任した弁護士として、被告が各債権者に個別の執行・請求を差し控えるよう自ら依頼して協力を求めたことに照らして、債務整理事務を受任した弁護士である被告は、偏頗弁済等、債権者の平等を害する行為を差し控え、委任者の財産を保全することが求められるというべきである。また、債務整理を委任するなど財産的危機的状況にある債務者は、債権者の弁済要求の強弱や債権者との人間関係の濃淡などから、得てして偏頗弁済を行いがちであるから、債務整理事務を受任した弁護士は、これらの不当な財産処分が行われることのないよう、細心の注意を払うことが求められる。したがって、債務整理事務を受任した弁護士は、委任者に対し、債権者の平等に反する弁済をしないよう指導・監督する義務を負うと解すべきである。
しかるに、証拠(乙42、55及び被告本人)によれば、被告は、C及びBからの指示のままに漫然と本件出入金表のとおりに本件口座から出入金をさせたことが認められ、これは債務整理を受任した弁護士が果たすべき上記義務に反したということができる。
もっとも、適法な弁護士業務の一環として債務整理事務の委任を受けた弁護士が、同事務の遂行のために弁護士が委任者から債務整理事務の費用に充てるためにあらかじめ交付を受けた金銭は、民法上は同法649条の規定する前払費用に当たるものと解され、その前払費用は、交付の時に、委任者の支配を離れ、受任者がその責任と判断に基づいて支配管理し委任契約の趣旨に従って用いるものとして、受任者に帰属する場合があるが(最高裁判所平成13年(行ヒ)第274号同15年6月12日第1小法廷判決・民集57巻6号563頁参照)、本件では係る本件口座において被告に対する前払費用に該当する金員の預入れ及びその支出があったものと認められる証拠は一切存在しない。
5 争点(6)(被告の争点(3)の義務違反による損害発生の有無)について
(1) 原告に生じた損害は、被告が前記の指導・監督を怠ったことにより、破産会社の散逸した財産相当額であると考えられるところ、被告が出金した内容は、第3・1(8)において認定した本件出入金表に係る出金のとおりである。
このうち、破産会社の和解金の原資として出金されたと認められるのは、①平成19年6月25日の債権者Gへの1200万円、②同月29日の債権者株式会社hへの217万7100円(振込手数料840円別途)、③同年7月2日の債権者Hへの33万円、④同月20日から27日の間に債権者Eへの450万円の合計1900万7100円である。これに対して、債権者Fへの150万円の支出は、債権者一覧表にFの名前の記載がなく、仮に、債権者Fが、Eと同一人物であったとしても(乙9・債権者番号37)、同人に対する和解金の支払は、第3・1(7)ケの和解契約により上記④の450万円の額に限定されており、上記支出は破産会社の和解金の原資として支出されたと認めることはできない。
一方、破産会社の和解金以外の出金は、①同年6月28日にb1店の従業員給与として出金された253万1720円、②同月29日にb1店の家賃(及び振込手数料)として出金された367万5000円(振込手数料840円別途)、③同月13日にb1店を管理していたg社への管理料として出金された50万円、④同月20日から同月27日までに支給されたCへの給与1000万円、⑤同じくその頃支給されたA及びBの生活費・交通費120万円、⑥同じくその頃支給されたg社への管理費249万4030円である。
(2) 以上の出金のうち、破産会社の債権者への和解金の原資として出金された1900万7100円については、本件合意書第2条によると、b社にて負担すべきものであり、また、第3・1(7)のとおり、各当事者との合意においてもb社が支出するものとされていたから、その出金時期が、本件合意書第3条において、b社が負担するものとされている同年6月21日以降であるものの、その資金が破産会社の本件口座から支出されていると認められ、正当な出金であるとは認めることはできない。また、債権者Fへの150万円の支出も正当な出金であると認めることはできない。
次にb1店の従業員給与253万1720円については、同年6月分の給与であり、従来のb社が負担するものとされている同年6月20日までの給与であるものと認められ、破産会社において負担すべきもので、正当な出金であると認められる。
その他、b1店の家賃及びg社への管理料は、本件合意書第3条により、b社が負担すべきものとされており、その出金時期も同月21日以降であり、正当な出金であると認めることはできない。
さらに、Cへの給与1000万円については、Cがb社の代表者であった以上、b社が負担すべきものであり、同様にA及びBの生活費・交通費についても、破産会社にて負担すべき理由は認められず、いずれも正当な出金であると認めることはできない。
したがって、前記出金額合計4090万9530円のうち253万1720円については破産会社が負担すべきもので、その余の3837万7810円については、いずれも破産会社以外の者が負担すべきものであって正当な出金ではないというべきである。
以上の事実によれば、被告はb1店の従業員給与として出金された253万1720円を除く前記3837万7810円を漫然と流出させてその全額を失わせたというべきであり、破産会社には同額の損害が生じた。
したがって、その余を判断するまでもなく、被告は、原告に対し、破産会社の債務整理に関し、不法行為があったというべきであり、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき前記3837万7810円を賠償する義務を負う。また、本件で問題になっている出金の最終日は平成19年7月31日であるから、不法行為の最終日である同日の翌日から支払済みまでの遅延損害金を求めることも理由があるというべきである。
6 結論
以上によれば、原告の被告に対する不当利得返還請求権に基づく本件弁護士報酬等の合計402万5000円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の請求は理由がないから、これを棄却することとし、不法行為に基づく損害賠償債務のうち、前記3837万7810円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求は理由があるから、これを認容し、その余については理由がないからこれを棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 深見敏正 裁判官 吉村真幸 裁判官戸室壮太郎は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 深見敏正)
(別紙)出入金表<省略>