横浜地方裁判所 平成21年(ワ)5086号 判決 2013年3月26日
原告
X
被告
Y
主文
一 被告は、原告に対し、二一九万二三二〇円及びこれに対する平成一九年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五〇分し、その四九を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一億二八七三万三七三八円及びこれに対する平成一九年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告運転のバイクと被告運転のバイクとの間の交通事故(以下「本件事故」という。)について、人的損害につき自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、また、物的損害につき民法七〇九条に基づき、それぞれ、損害賠償と本件事故日からの遅延損害金を請求する事案である。
一 争いのない事実
(1) 本件事故の発生
ア 日時 平成一九年四月二七日午後八時五〇分ころ
イ 場所 神奈川県藤沢市石川三八六八番地先路上
ウ 関係車両
(ア) 原告運転の大型自動二輪車(ナンバー<省略>。以下「原告車両」という。)
(イ) 被告運転の普通自動二輪車(ナンバー<省略>。以下「被告車両」という。)
(2) 事故態様
走行中の被告車両の後輪付近と、その後方を走行していた原告車両の前輪付近とが接触した。
二 当事者の主張
(1) 事故態様、責任原因及び過失割合(なお、原告及び被告はいずれも本件事故の記憶を失っている。)
(原告の主張)
ア 原告が、先行する被告車両を追い抜こうとしたところ、被告車両が進路変更しようと急に車体を左へ傾けたため、接触した。
本件事故は、進路変更時の後方の安全確認を怠り、後方車両の進行を妨害した被告の過失によって発生したものである。
イ 上記事故態様であることは、下記の事実に照らし、明らかである。
(ア) 原告車両の前輪の車軸(アクスルボルト)は、これより二・一cm高い位置にある被告車両の後輪の車軸(アクスルボルト)と接触しているから、被告車両の後輪が左側に八度傾かなければ、車軸同士が接触することはない。したがって、被告車両は左側に傾いていた。
(イ) 本件事故により、被告車両の左シートフレームが、原告車両のメインフレームに突き刺さるという事態が生じているところ、原告車両のメインフレームの亀裂痕の高さは七三・八cmであり、被告車両のシートフレームの高さは、これよりも高い八一・三cmであるから、被告車両が左に傾いて、その高さが低くならなければ、被告車両のシートフレームが上記亀裂痕の高さで、原告車両のメインフレームに刺さることはない。
(ウ) 本件事故後、被告車両は左側を下にして倒れていたから、被告車両は左側に傾いていた。
(エ) 本件事故現場付近の道路は、街灯により明るく照らされた、見通しのよい直線道路である。原告が、前方にいる被告の存在を認識しながら、わざわざ被告車両の後部に追突する危険な運転をするはずがない。
(オ) 原告車両及び被告車両の部品やオイルが左側に散乱しているから、被告車両は左側に傾いていた。
ウ 原告車両の速度は、せいぜい時速八四kmである。被告が根拠とする乙六では、原告車両の速度を導く過程が明らかになっていないから、これに基づいて速度を算定すべきではない。
(被告の主張)
ア 原告は、時速一一〇km~一三〇kmで原告車両を走行させ、スピードを出しすぎて止まることができず、前方を直進走行していた被告車両に追突した。
イ 上記事故態様であることは、下記の事実に照らし、明らかである。
(ア) 原告車両の前輪車軸を支えるフロントフォークは、右フロントフォークだけが後方へと大きく折れ曲がり、その下部が切断されているから、同フロントフォークには、前方から強大な衝撃が加わったといえる。他方、被告車両の後輪車軸を支えるスイングアームの左スイングアームだけが、前方に押しつぶされている。したがって、上記フロントフォークと上記スイングアームとが衝突したといえる。
(イ) 被告車両のシートフレームは、後部座席シートの下の内側に配置されているが、本件事故により、前方の上方へと押し上げられている。このような押し曲げられ方は、被告車両が進行方向に対してまっすぐの状態で、原告車両がまっすぐ追突した場合以外にはあり得ない(被告車両が左に傾いていたとすれば、シートフレームは斜めの方向に曲損するはずである。)。
(ウ) 被告車両の左スイングアームは、蛇腹状に変形しているところ、斜めから衝突を受ければ、その方向に変形するはずであり、上記変形は、真後ろからの衝突であったことを示している。
(エ) 被告車両の後輪のホイールは、車軸方向に二〇cmも曲損しているところ、被告車両が傾いていたとすれば、車軸方向よりも斜めの方向に曲損するはずであり、上記のような損傷は、真後ろからまっすぐの力が加わったことを示している。
(オ) 被告車両が左に傾いた状態で衝突したとすれば、被告車両は、そのまま左斜め前方に、原告車両を右側にして、滑走していくはずであるが、現実には、被告車両が右側にあった。したがって、左に傾いていたとはいえない。
ウ 科学捜査研究所及び交通機動鑑識の検査結果(乙六)や解析書(乙一一)のとおり、原告車両の速度は、時速一一〇~一三〇kmであった。
エ 原告は、本件事故当時、ヘルメットのミラーシールドを降ろして走行していたから、前方の視認状況は悪かった。
オ 被告に過失はない。
(2) 損害
(原告の主張)
ア 人的損害
(ア) 治療費 二四三万〇六七二円
手指の機能回復まで対応している病院はa病院しかなく、治療の成果もあったから、同病院での治療の必要性があった。
(イ) 入院雑費 四九万〇五〇〇円(一五〇〇円×三二七日)
(ウ) 通院交通費 三〇万七二四二円
(エ) 入通院付添費 三六万七八〇〇円
原告は、本件事故により右腕の機能を失い、骨盤を骨折したため、移動の際に付添いを必要とした。また、リハビリの際にも補助をしてもらう等、付添いの必要があった。そこで、原告の母親が、b病院の入院時(五一日)及びc病院の通院時(一一日)に、原告に付き添った。
6500円×51+3300円×11=36万7800円
(オ) 付添人の交通費 七八万四三〇八円
(カ) 入院付添時の宿泊費 三八万三七四〇円
(キ) 器具代 七万二〇〇五円
(ク) 文書料 九〇〇円
(ケ) 医師への謝礼 一一万円
(コ) 休学中の授業料 八〇万円
原告は、入院により、大学を休学せざるを得なかったが、休学中も、授業料を支払わなければならず、同額を支出した。
(サ) アパートの賃料等 二六万二二六四円
原告は、大学を長期間休学することになり、居住していたアパートを解約したが、休学を決めてから解約までの賃料(一九万二〇〇〇円)が無駄になった。また、引越費用六万五〇〇〇円を支出した。原告の両親が、アパートの管理及び引越しのため、交通費五二六四円を支出した。
(シ) 通院のためのアパートの賃料等 一六万二三六〇円
原告は、a病院へ通院するため、アパートを借り、症状固定まで、三か月分の賃料(一五万〇三六〇円)を支払った。また、入居時に、家財総合保険料一万二〇〇〇円を支払った。
(ス) 入通院慰謝料 三二〇万円
(セ) 逸失利益 一億一〇六二万一三四八円
平成二〇年七月一四日に症状固定したが(原告当時二三歳)、右上肢機能障害及び右股関節の機能障害等の後遺障害が残った(併合四級)。
680万7600円(平成19年賃金センサス大卒男子全年齢)×92%×17.6627(67-23=44年のライプニッツ係数)=1億1062万1348円
(ソ) 後遺障害慰謝料 一六七〇万円
イ 物的損害
(ア) 物損(原告車両) 一〇六万五〇〇〇円(全損)
(イ) レッカー及び解体費用 四万八八二五円
(ウ) 物損(ヘルメット、衣類、ブーツ及び財布) 八万八〇〇〇円
ウ 既払金
(ア) 自賠責保険金 一九一八万円
(イ) 健康保険組合の付加給付金及び高額療養費 一六八万三〇九五円
エ 弁護士費用 一一七〇万一八六九円
(被告の主張)
ア(ア) 治療費、入院雑費及び通院交通費は、a病院のものを除き、認める。同病院での治療でなければならない必要性はない。都内でも、d病院などでは右腕神経叢損傷の治療を行っており、これらの病院での治療で足りる。
(イ) 入通院付添費は、c病院での通院付添費は認め、その余は否認する。b病院では完全看護が行われていたから、入院時の付添いの必要はない。
(ウ) 付添人交通費は、a病院のものを除き、認める。
(エ) 器具代及び文書料は認める。
(オ) 医師への謝礼は、a病院のものを除き、認める。
(カ) 休学中の授業料は、積極的には争わない。
(キ) 通院のためのアパートの賃料等は否認する。仮に、アパートの賃料について相当因果関係が認められるとしても、解約に必要な一か月程度に限るべきである。
a病院での治療の必要性がないから、同病院に通院するための引越費用及びアパート賃料は否認する。
(ク) 入通院慰謝料は否認する。
(ケ) 逸失利益は否認する。基礎収入は、症状固定時の平成二〇年の大卒平均賃金(六六八万六八〇〇円)とすべきであり、原告が現在所得を得ていることに照らすと、労働能力喪失率は五〇%程度とすべきである。
(コ) 後遺障害慰謝料は否認する。
イ 原告車両の物損は、積極的に争わない。
その他の物損は、購入時の金額が不明なこと等から、認められるとしても、請求額の五〇%(四万四〇〇〇円)を上限とすべきである。
ウ 既払金は不知。
なお、原告は国民年金法による障害基礎年金を受給しており、支給が決定されている平成二五年六月までの三九六万〇五〇〇円については、過失相殺後に損益相殺されるべきである。また、稼働による収入分も過失相殺後に損益相殺されるべきである。
エ 弁護士費用は争う。
第三裁判所の判断
一 前記争いのない事実に証拠(甲二、一四、一五、二〇~三五、三七、三九、五八、六〇~六二、四一~五、七、八、一〇、一一~一四、原告本人、被告本人)と弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。
(1) 原告は、本件事故直前、同じ大学のバイク同好会のメンバーである被告及びAと三人でツーリングをしていた。被告が先頭を走り、次が原告、最後尾がAであった。ツーリング中は、それぞれ、左右交互に少しずつずれ、運転者の死角に入らないように走行し、二〇~三〇mの車間距離をとって走行していた。
(2) 信号の設置された交差点に差し掛かり、先頭を走っていた被告車両は、そのまま通過したが、原告車両及びA車両は、信号に従って停止した。
同交差点から本件事故現場までは、少し上り坂になった後、緩やかなカーブがあり、カーブを抜けると、本件事故現場まで長い直線の道路となっている。
被告は、同交差点から約五〇m進んだ地点(ちょうど信号が見下ろせるあたり)で、原告車両を待つため、五~一〇秒程度、被告車両を停止させ、その後、時速五〇~六〇kmで被告車両を発進させた。被告車両は、道路の右寄りを走行していた。
原告は、信号が変わったため、先に行った被告車両に追い付こうとして、原告車両を発進させ、上記カーブを抜けた辺りで、約二五〇m先に、被告車両を発見した(乙二)。
その後、被告車両の後輪左側と原告車両の前輪右側とが接触した。
(3) 本件事故現場の付近の道路は、片側一車線の幅約三・九mの道路であり、そのうち、反対車線との境界付近に幅約一mのゼブラゾーンがある。制限速度は時速四〇kmである。
(4)ア 原告車両の前輪右側のフロントフォーク下端付近(別紙写真②)にねじ山状の削れがあり(甲二五、二六)、この削れの形状は、被告車両の後輪左側のチェーン調整用アジャスターのボルト(別紙写真Ⅲ)の形状と一致する(甲二〇・三頁及び七頁、甲二九~三三)。
イ 原告車両の前輪右側のアクスルボルト及びフロントフォークの下端(別紙写真③)には、縦二・七cm、横一・五cmにわたって削れを伴う擦過痕があり、これは、傷の形状等に照らし、被告車両の後輪左側のブレーキディスク(別紙写真一)に衝突したことによるものと推定される(甲二〇・二、三頁)。また、被告車両の後輪左側のアクスルボルト及び左スイングアーム(別紙写真Ⅱ)に削れを伴う擦過痕があり、これは、傷の形状等に照らし、原告車両の前輪右側のブレーキディスク(別紙写真①)に衝突したことによるものと推定される(甲二〇・二、四、七頁)。
ウ 本件事故については、現場鑑識が行われ、交通機動鑑識係は、上記傷の状況などから、原告車両が被告車両のほぼ後方正面から、衝突角度(両車両を上から見たときの角度)がほぼ〇度で、被告車両に追突したものと判断した(甲二〇)。
なお、原告及び被告は、いずれも、本件事故当時の記憶を失っている。
(5) 本件事故により、原告は、右腕神経叢損傷、右寛骨白骨折(骨盤骨折)、左橈骨骨折等の傷害を負い(甲一四)、被告は、胸部大静脈挫滅等の傷害を負った(甲二〇)。
(6)ア 原告は、上記傷害により、b病院に入院(入院日数五一日)及び通院(実通院日数一日)し、その後、c病院に通院(実通院日数一一日)して治療を受けた。また、右腕の治療のため、下記のとおり、平成一九年七月二日から山口県のa病院に入院及び通院して治療を受けた(甲一四)。なお、原告は関東在住であったため、山口県内でアパートを借りて、a病院での通院治療を受けていた。
通院治療 平成一九年七月二日~平成二〇年七月一四日
入院治療 平成一九年七月九日~同年一二月二二日及び平成二〇年一月五日~同年四月二二日
イ 原告は、本件事故により、右上肢機能障害及び右股関節の機能障害の後遺障害を負い、平成二〇年七月一四日に症状固定し、自賠法施行令の別表第二併合四級に該当すると認定された(甲一四、一五)。
二 自賠法三条ただし書きに基づく免責の抗弁について
(1) 被告は、進路変更をすることなく直進していたところ、後方から原告に追突されたから、自己に過失はないと主張する。他方、原告は、原告車両及び被告車両の車軸同士が衝突しており、被告車両の車軸の高さの方が原告車両の車軸の高さよりも二・一cm高い位置にあるから、衝突当時、被告車両は左に八度傾いており、進路変更を開始したところであったと主張する。そこで、この点について検討する。
ア(ア) 証拠(甲二二、五八)によると、被告車両の後輪のタイヤ径は、原告車両の前輪のタイヤ径よりも四・二cm大きいと認められるから、被告車両の車軸(アクスルボルト)の中心部は原告車両の車軸(アクスルボルト)の中心部よりも二・一cm高かったことが認められる。
しかし、前記一(4)ア、イによると、原告車両のアクスルボルト付近の傷は、被告車両のブレーキディスク付近と接触した傷と推認され・原告車両及び被告車両の車軸(アクスルボルト)同士が接触したとは認められない。
(イ) 前記一(4)アによると、確実に接触したと認められる箇所は、原告車両の前輪右側のフロントフォーク下端付近と被告車両の後輪左側のチェーン調整用アジャスターのボルトである。
原告車両の上記フロントフォーク付近には、「TOKICO」と表示された部品(ブレーキキャリパー)があるところ(甲二五、四六)、同部品は、正常時であれば、「TOKICO」の「T」の文字が下になる形で、車両の内側に地面と垂直の状態に位置していることが認められる(甲三四、四六、甲五八・一二頁)。この事実と、原告車両の上記フロントフォーク下端付近の傷の写真(甲二〇の一二頁の上から二段目左側の写真、甲二五の写真)を総合すると、原告車両の上記傷は、車軸のアクスルボルト中心部よりも高い位置にあったものと認められる。他方、正常時の被告車両と同型の車両の写真(甲五八・一五頁写真一四)と被告車両の上記チェーン調整用アジャスターのボルトの写真(甲二〇の一二頁の上から二段目右側の写真、甲二九の写真、甲三〇の写真、甲三一の写真)を総合すると、被告車両の同ボルトは、車軸のアクスルボルト中心部とほぼ同じ高さの位置にあったものと認められる。
そうすると、接触した原告車両の前輪右側のフロントフォーク下端付近と被告車両の後輪左側のチェーン調整用アジャスターのボルトの高低差は、二・一cmよりも小さかった可能性が高いということができる。
(ウ) 本件事故当時、原告車両及び被告車両はいずれも走行していたところ、走行中のバイクが地面と常に正確に九〇度の状態で走行しているとは考えられない。また、原告車両の前輪タイヤ及び被告車両の後輪タイヤには各車両の重さが作用していたと考えられる。以上の事実に照らしても、上記(イ)の高低差は二・一cmより小さかった可能性がある。
(エ) 原告は、被告車両が八度傾いていたと主張し、その証拠として意見書(甲五八)を提出するが、同意見書は、原告車両及び被告車両の車軸(アクスルボルト)同士が衝突したことを前提としているから、採用することができない。
原告は、被告車両が左に八度傾いていた根拠として、原告車両のメインフレームに突き刺さった被告車両の左シートフレームが原告車両のメインフレームより七・五センチ高かったことを主張し、その証拠として、同意見書を提出する。しかし、同意見書は、同メインフレームの高さを、実測ではなく、図面の長さの測定結果に倍数をかける方法で算出しており、その高さが正確なものとはいい難い。また、被告車両の上記左シートフレームの高さも実測ではなく、推測に基づくものである。そうすると、同主張は採用することができない。
原告は、本人尋問及び陳述書(甲六二)において、被告が急なローリングや急停止を行うなど予測できない危険な運転をしていたと供述するが、被告が本件事故当時そのような運転をしていたと認めるに足りる証拠はない。
その他の原告の主張は、上記認定を左右するものではない。
(オ) 以上のことからすると、原告の主張するように、衝突時に被告車両が左に八度傾いた状態にあったとは認められず、仮に傾いていたとしても、その角度(バンク角度)は、八度よりも小さく、わずかな角度であった可能性が高い。
イ 証拠(甲二〇、乙一一)によると、被告車両のシートフレームは左側が大きく上方に向けて曲損し、スイングアームは、後方からの押し込みによって挫屈していると認められる。また、前記一(4)ウのとおり、原告車両と被告車両の衝突角度(上から見たときの角度)はほぼ〇度であった。これらのことに照らすと、被告車両には、後方から、ほぼ真っ直ぐに圧力が加わっていたと認められる。
しかし、原告車両と被告車両とが衝突した瞬間に双方の衝突角度がほぼ〇度であったことから直ちに被告車両が原告車両の進路を全く妨害していなかったとまではいえない。
ウ また、証拠(乙一、二)によると、本件事故現場付近の道路は、障害物のない直線道路であり、原告及び被告が走行していた車線の幅は、ゼブラゾーンを含めないと約二・九mと狭く、道路脇には外灯が設置されていたと認められる。また、証拠(乙二)によると、原告は、本件事故前に、約二五〇m先を走行中の被告車両を発見しており、そこから約六四六m走行した後に衝突していると認められ、原告が回避措置を講じた形跡は見当たらない。
上記の状況に照らすと、被告の主張するとおり、直進中の被告車両に原告車両が追突したとすれば、原告は、前方を走行中の被告車両を認識しているにもかかわらず、そのまま被告車両に向かって高速で直進し、衝突したことになるが、そのような運転態様は不自然である。
この点、被告は、ヘルメットのダークスモーク色のミラーシールドによる原告の視界不良を主張する。しかし、証拠(乙一四、一五)と弁論の全趣旨によると、同シールドは製品として販売されていたものであるから、仮にシールドを下ろして走行していたとしても、前方にいる被告車両の動静(テールランプ)が分からなくなるほど視界が悪くなるとは考え難い。また、原告は、本人尋問で、シールドを下ろさずに走行していた、風圧でシールドが下りてくることはないと供述している。これらのことに照らすと、被告の上記主張を直ちに採用することはできない。
(2) 以上を総合すると、被告が確実に進路変更をしたとまでは認められないとしても、その可能性は否定できない。
したがって、進路変更をすることなく直進していた被告車両に原告車両が追突したとまでは認められず、被告が被告車両の運行に関し注意を怠らなかったと認めるに足りる証拠は十分でないから、被告の自賠法三条ただし書きによる免責の主張は採用することができない。
三 過失相殺の抗弁について
(1) 証拠(乙九)によると、神奈川県警察の科学捜査研究所の交通工学科検査担当者は、運動量保存則及びエネルギー保存則を根拠に、原告車両の速度を時速約一一〇km~一三〇kmと推定しており、被告提出の補充解析書(乙一二)でも、エネルギー保存則を根拠に原告車両の速度を約八八km~九〇kmと算出した上、その他の事情を考慮すると、時速一〇〇kmを超えていたとしている。これらの事実を総合すると、本件事故直前の原告車両の速度は、時速約九〇kmを超える高速度であり、制限速度(時速四〇km)を大幅に超過していたと認められる。
このことに、被告車両の速度(時速約五〇~六〇km。前記一(2))を踏まえると、原告車両は、被告車両を追い抜こうとしていたと認められる。
(2) 上記事実に、前記事故態様を踏まえると、本件事故は、制限速度を大幅に超過する高速度で走行していた原告が、前車がわずかに進路変更をしただけで危険が生ずる狭い道路上で、前方をよく確認せず、その必要もないのに被告車両を追い抜こうとした際、発生したものと認められ、本件事故の原因の大部分は、原告の前方不注視及び速度超過の過失にあったということができる。他方、前記のとおり、被告が進路変更をしたとまでは認められないが、その可能性は否定できない上、ツーリング仲間である原告らが追い付くのを待っていた被告が後方をよく確認するなどしていれば、本件事故を回避できた可能性もあったということができる。
これらの事実を総合すると、原告と被告の過失割合は、八〇対二〇を相当と認める。
四 損害(人的損害)について
(1) 治療費
ア b病院及びc病院の治療費(五二万九一六七円+五万三三五〇円)は、当事者間に争いがなく、同額を損害と認める。
イ 証拠(甲四八~五〇、五七、六二、原告本人尋問)によると、原告は、右腕神経叢損傷により、肩から指先までの右腕を全く使うことができない状態となったため、できる限り元の状態に戻す治療方法を探し、その中で、a病院が、肩肘だけではなく、手指の機能再建治療まで行っていることを知ったこと、原告及び原告の両親は、a病院の院長にメールで問い合わせをするなどして、関東地方で同様の治療が可能な病院を探したが、原告が調査した中では、手指の機能再建の治療まで行っている病院は関東地方になかったこと、同病院で治療を受けた結果、肘が胸のところにまで上がるようになり、また、指を少し動かせるようになったため、買物をした際に袋等を右手にひっかけて左手を自由にすることができるようになるなど、一定の効果があったことが認められる。
これらの事実に照らすと、a病院での治療の必要性があったと認められる。証拠(甲六三の一~五九)によると、原告は、同病院の治療費として、一八四万八一五五円を支出しており、同額を損害と認める。
(2) 入院雑費
b病院での入院雑費は当事者間に争いがなく、前記(1)イのとおり、a病院での治療の必要性が認められるから、同病院での入院分も含め、入院日数合計三二七日分の入院雑費四九万〇五〇〇円を損害と認める(一五〇〇円×三二七日)。
(3) 通院交通費
b病院(四〇二九円)及びc病院(六万二五〇七円)への各通院交通費は当事者間で争いがなく、同額を損害と認める。
前記(1)イのとおり、a病院での治療の必要があるから、同病院への通院交通費も損害として認められる。原告は、同病院での治療のための交通費等として、二四万〇七〇六円を支出しているが(甲二)、同病院に入院中のレンタカー費用及び交通費(一万七八四〇円+二一〇〇円+二万六七六〇円+三一五〇円+一五〇円+八四〇円+一万四五〇〇円+一七八〇円+五〇〇円=六万七六二〇円)は、本件事故と因果関係がないので、これを除く。
そうすると、損害と認められる通院交通費の合計額は、二三万九六二二円となる。
(4) 入通院付添費
ア 入院付添費(b病院)
前記一の原告の受傷内容及び証拠(甲六二)を総合すると、原告は、両手を負傷し、股関節を骨折したことにより、入院中、両手を使うことができず、一人で歩くことができなかったため、原告の母親が付き添ったと認められる。これらの事実に照らすと、同病院が完全看護であったとしても、近親者一人分の付添いの必要性があったと認められる。
証拠(甲二、三)と弁論の全趣旨によると、原告の母親が付き添った日数は四四日間と認められる。
以上から、二八万六〇〇〇円を損害と認める(六五〇〇円×四四日)。
イ 通院付添費(c病院)
当事者間で争いがなく、三万六三〇〇円(三三〇〇円×一一日)を損害と認める。
(5) 付添人の交通費
ア b病院
弁論の全趣旨によると、原告の実家(千葉県松戸市<以下省略>。甲七)からb病院までの、公共交通機関を用いた場合の交通費は、片道一一三〇円であると認められる。原告の母親が付き添った四四日間分の交通費である九万九四四〇円を損害と認める(一一三〇円×二×四四日)。
イ a病院
同病院での付添費用も、一人分のみ相当と認める。証拠(甲二)上明らかな二人目の交通費を除き、同証拠により五八万七六〇〇円を損害と認める。
ウ 合計六八万七〇四〇円が損害となる。
(6) 入院付添時の宿泊費
b病院での入院付添時の宿泊費は、原告の両親が当時千葉県松戸市に居住していたこと(甲七)に照らし、損害と認めない。
原告は、a病院で手術を受けており、同病院は遠隔地(山口県)にあることから、その入院中の付添時の宿泊費のみ認める。そうすると、損害として認められる入院付添時の宿泊費は、二九万四五三〇円となる(甲三)。
(7) 器具代
七万二〇〇五円(当事者間に争いがなく、同額を損害と認める。)
(8) 文書料
九〇〇円(当事者間に争いがなく、同額を損害と認める。)
(9) 医師への謝礼
b病院及びc病院での医師への謝礼分については、当事者間で争いがないが、医師への謝礼は、社会通念上被告が賠償すべき相当な損害とは認められない。したがって、a病院での医師への謝礼も含め、損害とは認められない。
(10) 休学中の授業料
証拠(甲六~八、五一、五二、甲五三の一~三、甲六二)によると、原告は、本件事故の治療により、平成一九年四月から平成二一年三月まで大学を休学し、学籍を維持するため、大学の内規に従い、休学中も学費の二分の一相当額(合計八〇万円)を支払ったことが認められるので、同額を損害と認める。
(11) アパートの賃料等
原告の受傷内容に照らすと、治療のため大学を休学する必要があり、借りていたアパートの賃貸借契約を解除する必要がある。
ただし、相当因果関係のある損害としては、一か月分の賃料額(四万八〇〇〇円。甲九)及び引越費用(六万五〇〇〇円。甲一〇)のみを認める(なお、アパート管理等のための原告の両親の交通費五二六四円は、相当因果関係のある損害とは認められない。)。
(12) 通院のためのアパートの賃料等
原告は、a病院での通院治療のため、山口県内にアパートを月額五万〇一二〇円で借りており(甲一二)、同病院が遠隔地にあることに照らすと、アパートを借りる必要があったと認められる。賃貸借の開始時期は平成二〇年五月四日であり、症状固定までの三か月分の賃料(一五万〇三六〇円)を損害と認める。
借家人賠償責任保険の加入が同アパートの入居条件になっていること(甲一二)から、家財総合保険の保険料一万二〇〇〇円(甲一三)を損害と認める。
(13) 入通院慰謝料
入院期間が約一一か月及び通院期間が約三か月であることを考慮し、三二〇万円を相当と認める。
(14) 逸失利益
原告は、症状固定時(平成二〇年七月一四日)大学生であったから、平成二〇年の賃金センサス男子大卒の全年齢平均賃金六六八万六八〇〇円を基礎収入とする。
前記のとおり、原告の後遺障害の等級は併合四級であり、証拠(甲五四)によると、a病院の医師は、左手のみを使用した軽作業のみ可能である旨診断している。原告は、本件事故後、大手の建設会社に正社員として雇用され、資料作成等の仕事をしていること(原告本人尋問)、平成二三年分の年収額は四〇二万二六七〇円であること(甲六五)、主な後遺障害は右手の機能障害であること、ただし、上記雇用は障害者枠のものであることなどに照らすと、労働能力喪失率は八〇%とする。
原告は、症状固定時(平成二〇年七月一四日)二三歳であり(甲一四)、平成二二年三月に大学を卒業し(甲六二)、同年七月一六日(当時二五歳)から就労を開始したから(甲五五)、就労の始期は二五歳と認める。したがって、六七歳までの四二年を労働能力喪失期間とする(ライプニッツ係数は、六七-二三=四四年のライプニッツ係数[一七・六六二八]から二五-二三=二年のライプニッツ係数[一・八五九四]を引いた一五・八〇三四である。)。
以上から、八四五三万九三四〇円を損害と認める(668万6800円×80%×15.8034)。
(15) 後遺障害慰謝料
原告の後遺障害の等級(併合四級)などに照らし、一六七〇万円を相当と認める。
(16) 小計 一億一〇〇五万二二六九円
(17) 健康保険及び国民年金
ア 弁論の全趣旨によると、原告は、健康保険組合の保険給付金として、合計一六八万三〇九五円の給付を受けており、これは損益相殺の対象となるというべきであり、元本に充当する。
証拠(甲六四、原告本人尋問)と弁論の全趣旨によると、原告は、平成二〇年六月から、国民年金法による障害基礎年金(一年分七九万二一〇〇円)を受給していると認められる。口頭弁論終結日(平成二四年一二月二五日)までの受給額(79万2100円×4+6万6000円×7=363万0400円)については、損益相殺の対象となるというべきであり、これを前記(14)の逸失利益(元本)に充当する。
そうすると、残額は一億〇四七三万八七七四円となる。
イ 被告は、上記障害基礎年金は過失相殺後に控除すべきと主張する。
しかし、障害基礎年金は、年金の受給権者が疾病にかかり又は負傷等し障害がある場合に支給されるものである(国民年金法三〇条)から、その給付は、すべての損害の賠償を目的とするものではなく、支給額全額が受給権者に生じた障害に対する給付であると解される。そして、このような給付を損害額から控除するのは、国民年金法二二条において、給付事由が第三者の行為によって生じた場合に、政府は、保険給付を受ける権利を有する者が当該第三者に対して有する損害賠償請求権を、「同一の事由」に係る部分につき、給付の限度で取得すると定められていることによるのであって、給付それ自体が損害のてん補となる性質を有するからではない。そうすると、障害基礎年金は過失相殺前に控除すべきである。
また、被告は、原告の稼働による収入も控除すべきと主張するが、上記収入は損益相殺すべき利益に当たらない。同主張は採用することができない。
(18) 過失相殺
前記三の過失割合に従って八〇%の過失相殺をすると、残額は、二〇九四万七七五五円となる。
(19) 自賠責保険金
証拠(甲一八、一九)によると、原告は、自賠責保険金として一九一八万円を受領しており、原告の請求どおり元本に充当すると、残額は一七六万七七五五円となる。
(20) 弁護士費用
一七万円を相当と認める。
(21) 合計 一九三万七七五五円
五 損害(物的損害)について
(1) 物損(原告車両)
証拠(甲一六)によると、原告車両は、本件事故により経済的全損となっているところ、原告車両の本件事故時の時価額は一〇六万五〇〇〇円であったことが認められる。
(2) レッカー及び解体費用
証拠(甲一七)により、四万八八二五円と認める。
(3) 物損(ヘルメット、衣類、ブーツ及び財布)
弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故により、当時身に着けていたヘルメット、衣類ブーツ及び財布を損傷したと認められるところ、購入の時期及び金額を裏付ける客観的証拠は見当たらないことから、その損害額は、被告の認める四万四〇〇〇円の限度で本件事故による損害額と認定する。
(4) 小計 一一五万七八二五円
(5) 過失相殺
前記二の過失割合に従って八〇%の過失相殺をすると、残額は、二三万一五六五円となる。
(6) 弁護士費用
二万三〇〇〇円を相当と認める。
(7) 合計 二五万四五六五円
第四結論
以上によると、原告の自賠法三条に基づく請求は一九三万七七五五円及びこれに対する平成一九年四月二七日からの遅延損害金を求める限度で、民法七〇九条に基づく請求は二五万四五六五円及びこれに対する平成一九年四月二七日からの遅延損害金を求める限度で、それぞれ理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 齋木敏文 吉田彩 橋本政和)