横浜地方裁判所 平成21年(ワ)5184号 判決 2012年3月28日
原告
X
被告
Y
主文
一 被告は、原告に対し、二八七万九八二九円及びこれに対する平成二一年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、八四五万八二七六円及びこれに対する平成一九年八月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が自転車を運転して信号機による交通整理の行われていない交差点を直進していたところ、原告が進行する道路と直交する道路を進行してきた被告運転の自動車と衝突した交通事故について、原告が損害を被ったとして、不法行為に基づき、治療関係費、慰謝料、逸失利益の損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
(1) 本件事故の発生
発生日時 平成一九年八月二二日午後五時一〇分ころ
発生場所 横浜市泉区上飯田町八〇一番地の信号機による交通整理の行われていない交差点
被告車両 被告運転の普通乗用自動車(ナンバー<省略>。以下「被告車両」という。)
原告車両 原告運転の自転車(以下「原告車両」という。)
事故態様 交差点を直進中の原告車両と、原告車両が進行する道路と直交する道路を原告車両の右側から進行してきた被告車両とが衝突した。
(2) 責任原因
被告は、交差点に進入するに際し、十分に減速したうえ、直交する道路を走行する車両の走行を妨げないよう注意する義務があったにもかかわらず、これを怠り、原告車両に衝突した過失によって本件事故を発生させたから、原告に対して、自動車損害賠償保障法三条により損害賠償責任を負う。
(3) 原告の治療状況
原告は、本件事故後、次のとおり、入通院して治療を受けた。
ア 藤沢湘南台病院
平成一九年八月二二日に通院
イ 綾瀬厚生病院
平成一九年八月二二日から平成一九年一〇月一四日まで入院(入院日数五四日)
ウ くるしお整形外科
平成一九年一〇月一七日から平成二一年一月二四日まで通院(通院日数三四四日)
エ 国際親善病院
平成一九年一一月二日から平成二一年一〇月二六日まで通院(甲一〇の一~一〇、乙六)
オ 八木記念病院
平成二一年一月二七日から通院(甲四~六、乙七)
(4) 原告の後遺障害等級認定
原告は、右股関節~臀部痛等の症状につき、自動車損害賠償保障法施行令別表第二の一四級九号に該当するとの認定を受けた。
(5) 損害のてん補
原告は、被告が契約していた任意保険会社から二七一万二〇五〇円の支払を受けた。
また、原告は、自賠責保険会社から七五万円の支払を受けた(東京海上日動火災保険株式会社に対する調査嘱託の結果)。
二 争点
(1) 事故の態様及び過失割合
(原告の主張)
本件事故の発生場所において、原告車両が走行していた道路の幅員は九メートルであり、被告車両が走行していた道路の幅員は四メートルである。
被告車両は、時速約二〇キロメートルの速度で本件事故の発生場所の交差点(以下「本件交差点」という。)に進入してきたのであり、原告車両と被告車両とが衝突したことにより、原告は約三・五メートル飛ばされた。
本件事故は、出会い頭の交通事故であるが、原告車両がすでに本件交差点に入って道路中央付近にいたこと、被告車両が進入して原告車両の右横に衝突したこと、被告車両は本件交差点における狭い道路から広い道路に入る状況であったこと、被告車両が一時停止をしていないことなどから、原告に過失はない。
(被告の主張)
被告は、和泉町方面から本件交差点方向へ時速約二〇キロメートルで走行していた。そして、本件交差点を左折すべく、減速して徐行し、本件交差点手前で、左折のウインカーを点灯させながら本件交差点の右側方向を確認した。
被告車両が時速約五キロメートルまで減速した時、前方道路を逆走、すなわち俣野町方面から上飯田団地方面へ向けて道路の右側を走行する原告車両を発見した。そこで、被告は急ブレーキをかけたが間に合わず、原告車両の右側側面と被告車両の前方とが接触した。被告車両は原告車両を〇・六メートル程度押し出す形で停止し、原告は、ほぼその場で転倒した。
本件事故の発生場所は、交通整理の行われていない交差点であり、かつ、一時停止等の規制は存在しない。また、本件交差点は、被告車両の進行方向右側の見通しは良いが、左側は見通しが良くない。
したがって、原告にも前方不注視、右側車線の逆走という過失があるから、原告、被告の過失割合は、一五:八五が相当である。
(2) 原告の受傷及び後遺障害の等級
(原告の主張)
ア 骨盤骨折、右上腕二頭筋断裂であり、症状固定時は、平成二一年二月三日である。
イ 原告は、本件事故直後から手指(掌)のしびれが続いており、これは、本件事故による頸椎捻挫、腰痛捻挫に由来するものか、本件事故により激しく転倒し、手指(掌)で全身を受け止めたことによるものか、その両者かである。右上腕二頭筋断裂との因果関係も否定できない。
また、右股関節~臀部痛等の症状は、骨盤骨折に由来するものであるから、他覚的所見によるものである。
したがって、原告の後遺障害は、一二級一三号に該当する。
(被告の主張)
ア 骨盤骨折については、認める。右上腕二頭筋断裂については、本件事故と因果関係のある傷病としては否認する。また、病状固定時は、遅くとも平成一九年一二月三一日である。
イ 原告の後遺障害等級は、一四級九号である。
(3) 原告の損害額
(原告の主張)
ア 治療関係費
(ア) 治療費
① 藤沢湘南台病院 二万九一六〇円
② 綾瀬厚生病院 二五一万八三九〇円
③ くろしお整形外科 三七万四七五〇円
④ 国際親善病院 二六万九六七〇円
⑤ 八木記念病院 三二万九七二五円
(イ) 入院雑費 八万一〇〇〇円
日額一五〇〇円×入院日数五四日
(ウ) 通院交通費
① くろしお整形外科 一四万四四八〇円
片道二一〇円×二(往復)×三四四日
② 国際親善病院 二万二二六〇円
片道五三〇円×二(往復)×二一日
③ 八木記念病院 四万九一四〇円
片道二一〇円×二(往復)×一一七日
(エ) 文書料
① 藤沢湘南台病院 一万〇五〇〇円
② 綾瀬厚生病院 二万九四〇〇円
③ くろしお整形外科 二万四〇〇〇円
④ 八木記念病院 九四五〇円
(オ) (ア)~(エ)の合計 三八九万一九二五円
(カ) なお、くろしお整形外科の治療費が生活保護費として支払われているとしても、原告は、生活保護法六三条によって返還しなければならないから、損害であり、既払金にもならない。
イ 慰謝料
(ア) 入院慰謝料 九一万四〇〇〇円
(イ) 通院慰謝料 一二八万七三三三円
(ウ) 後遺障害慰謝料 二九〇万円
(エ) (ア)~(ウ)の合計 五一〇万一三三三円
ウ 逸失利益 二一八万二〇六八円
基礎収入年額三六〇万円×労働能力喪失率一四%×ライプニッツ係数四・三二九五(六八歳、就労可能年数五年)=二一八万二〇六八円
エ アからウまでの合計 一一一七万五三二六円
オ 損害のてん補 二七一万七〇五〇円
カ 損害てん補後の金額 八四五万八二七六円
(被告の主張)
ア 治療関係費
(ア) 藤沢湘南台病院の治療費、文書料については、認める。
(イ) 綾瀬厚生病院の治療費、文書料については、二五四万三五九〇円の限度で認める。その余は否認する。
(ウ) くろしお整形外科の治療費については、平成一九年一二月三一日までの分について認めるが、生活保護費として支払われているから、既払金として加算されるべきであるか、損害が発生していない。
くろしお整形外科の通院交通費については、次のとおり、二万二二六〇円の限度で認める。
二一〇円×二(往復)×五三日(平成一九年一二月三一日までの通院日数)=二万二二六〇円
くろしお整形外科の文書料については、八〇〇〇円の限度で認める。
(エ) 国際親善病院及び八木記念病院については、否認する。
(オ) 入院雑費については、否認する。ただし、原告の入院日数が五四日間であることは、認める。
イ 慰謝料
慰謝料については、すべて否認する。
ウ 逸失利益
否認する。原告は、約二〇年前に港湾で仕事をしていた以降、本件事故に至るまで就労しておらず、生活保護によって生計を立てていたものであり、就労の蓋然性は存しない。したがって、逸失利益は存しない。
第三争点に対する判断
一 争点(1)(事故の態様及び過失割合)について
(1) 前記第二、一の「争いのない事実等」に証拠(甲一、二、一四、乙二、八、原告本人、被告本人)と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
ア 本件事故の発生場所は、信号機による交通整理の行われていない交差点(本件交差点)で、原告車両が進行してきた道路は幅員九メートル、被告車両が進行してきた道路は幅員四メートルである。
イ 原告は、原告車両(自転車)を運転して、戸塚区俣野町方面から上飯田団地方面へ進行してきたが、道路左側が自動車で混雑していたため、道路右側を走行していた。
ウ 被告は、被告車両(普通乗用自動車)を運転して、原告車両が進行してきた道路を直交する道路を和泉町方面から進行してきたが、本件交差点を戸塚区俣野町方面へ左折するためにウインカーを出し、時速約五キロメートルで本件交差点に進入した。この際、一時停止することはなかったし、右側の信号機に気を取られて、左方を確認しなかった。
エ 本件交差点の中の、被告車両が本件交差点に進入してすぐのところで、原告車両の右側部分と被告車両の前部が衝突し、原告車両は被告車両に押し出され、倒れた。
オ 本件交差点は、被告車両の進行方向からみて、左側は、木があるため、見通しは良くない。
(2) 原告は、被告車両の速度は、時速約二〇キロメートルであり、被告車両と衝突した原告は、約三・五メートル飛ばされたと主張し、陳述書(甲一四)において、被告車両の速度は、時速数一〇キロメートルであり、被告車両と衝突した原告は、五、六メートル対向車線まで飛ばされたと供述し、本人尋問において、対向車線は車が渋滞しておりその手前まで飛ばされたと供述する。また、証拠(乙三)によると、藤沢湘南台病院の診療録には、被告車両の速度について、時速二〇キロメートルとの記載があることが認められる。
しかし、原告は、本人尋問において、突然のことであったから、本件事故時の被告車両の速度は分からない、藤沢湘南台病院の診療録の記載は、医師にどのくらいが車の普通の速度であるかを尋ねて、時速二〇キロメートルと言われたので、そのように述べたと供述している上、本件交差点を左折しようとしていた被告がそのような速度を出していたとは考えられないから、被告車両の速度は、時速約二〇キロメートルであったとの原告の主張を採用することはできない。被告が供述するように、衝突時には、被告車両の速度は、時速約五キロメートルであると認めることが相当である(乙二、八、被告本人)。
また、証拠(乙三)によると、藤沢湘南台病院の診療録には、「飛ばされたというよりは倒れた感じ」と記載されているから、原告は、本件事故直後には、医師に対してそのような説明をしていたと認められる上、被告の供述(乙二、七、被告本人)に照らしても、被告車両と衝突した原告が対向車線まで飛ばされたとは認められない。むしろ、これらの証拠にあるように、原告車両は倒れたという感じであったと認めることが相当である。
(3) 原告車両が進行してきた道路の幅員は、被告車両が進行してきた道路の幅員の二倍以上あり、「明らかに広い道路」ということができるから、被告車両は、原告車両が進行してきた車両の進行妨害をしてはならず、徐行しなければならない(道路交通法三六条二項、三項)。しかるところ、被告車両は、時速約五キロメートルまで速度を落としたものの、見通しの悪い左側を確認することなく、本件交差点に進入したため、本件事故が生じたのであるから、本件事故は、主として、被告の過失によって生じたものということができる。
しかし、原告も、道路の右側を通行していたから、道路交通法一八条一項に違反している(道路左側が自動車で混雑していたということのみでは、同項にいう「道路の事情その他の状況によりやむを得ない」ということはできない。)。
なお、原告車両の右側部分と被告車両の前部が衝突しているが、本件の衝突位置が、被告車両が交差点に侵入してすぐのところであったことに照らすと、原告車両が先入であるとしても、そのことによって被告車両において事故を回避できた可能性は乏しく、そのことを過失を定めるに当たって考慮すべきであるということはできない。
これらの事情を考慮すると、過失割合は、原告一五に対し、被告八五と認めるのが相当である。
二 争点(2)(原告の受傷及び後遺障害の等級)について
(1) 前記第二、一の「争いのない事実等」に証拠(甲三~一二[枝番をすべて含む]、一四、乙一、乙四の一・二、乙五~七、原告本人)と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
ア 原告は、本件事故当日、藤沢湘南台病院において診察を受け、「右肘擦過傷、右股関節打撲」と診断された。
イ 藤沢湘南台病院は満床であったため、原告は、綾瀬厚生病院を紹介され、綾瀬厚生病院で診察を受けたところ、骨盤骨折があることが分かり、「右股関節打撲、骨盤骨折、腰椎捻挫」の傷病名で、平成一九年八月二二日から平成一九年一〇月一四日まで五四日間、綾瀬厚生病院に入院して、治療を受けた。
原告は、綾瀬厚生病院に入院した直後から、両手のしびれを訴えていたが、手のしびれは、本件事故前からあった。同病院では、レントゲン検査などにより、手のしびれは、頚椎が原因ではないと診断されている。なお、原告は、本件事故前から糖尿病であり、そのため、綾瀬厚生病院では、原告に対し、糖尿病治療薬を投与し、糖尿病食を出していた。
原告は、平成一九年九月一七日ころから、右上肢の痛みを訴えるようになった。
ウ 原告は、綾瀬厚生病院を退院した後、くろしお整形外科に、平成一九年一〇月一七日から平成二一年一月二四日まで通院した(通院日数三四四日)。くろしお整形外科では、主に、理学療法を受けていた。
エ 原告は、両手のしびれのため、日常生活に支障が生じてきたとして、くろしお整形外科から、国際親善病院を紹介され、平成一九年一一月二日から平成二一年一〇月二六日まで通院した。
国際親善病院では、「頸椎捻挫、頸椎症」と診断して、原告の治療を行ったが、MRIやレントゲンでは、原告の頚椎に明らかな異常所見はなかった。平成二〇年一月に、国際親善病院において、原告の右上腕二頭筋が断裂していることが発見されたが、同病院では、本件事故に由来するものではないとの判断をしていた。
オ 原告は、平成二一年一月二七日から、八木記念病院に通院して、腰の痛みなどについて治療を受けている。
カ 原告は、平成二一年六月二五日、右股関節~臀部痛等の症状につき、自動車損害賠償保障法施行令別表第二の一四級九号に該当するとの認定を受けたが、右上腕二頭筋の腫脹については、後遺障害とは認められないとの判断がされた。
この判断に対して、原告は、異議申立てをしたが、平成二三年七月二六日、①右股関節~臀部痛等の症状については、自覚症状を裏付ける客観的な医学所見に乏しいが、将来において回復が困難と見込まれるので、一四級九号に該当する、②右上腕二頭筋の腫脹については、明らかな他覚的異常所見は認められず、本件事故による後遺障害とは認められない、③両上肢のしびれについても、本件事故による後遺障害とは認められない、との判断がされた。
(2) 以上の認定事実に基づき、判断する。
ア 証拠(甲三)によると、綾瀬厚生病院の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、「骨盤骨折、右上腕二頭筋断裂」との傷病名が記載されている。しかし、上記(1)エのとおり、国際親善総合病院においては、右上腕二頭筋断裂は本件事故に由来するものではないとの判断をしている。また、調査嘱託に対する綾瀬厚生病院の回答書には、同病院の原告の入院及び外来カルテには、右上腕二頭筋断裂を示唆する所見が乏しく、本件事故との因果関係を肯定するには不十分である旨の記載がある。これらのことからすると、原告の右上腕二頭筋断裂が本件事故によるものと認めることはできない。
イ 上記(1)のとおり、原告は、手のしびれを訴えているものの、①原告は、本件事故前から糖尿病であり、手のしびれの症状は、本件事故前からあったこと(原告は、本人尋問において、糖尿病ではない旨述べるが、乙四の一の記載に照らし、採用できない)、②原告は、本件事故当日、藤沢湘南台病院において、「右肘擦過傷、右股関節打撲」と診断され、綾瀬厚生病院においても、「右股関節打撲、骨盤骨折、腰椎捻挫」の傷病名で、入院、治療を受けていたこと、③綾瀬厚生病院では、レントゲン検査などにより、手のしびれは、頚椎が原因ではないと診断していること、④調査嘱託に対する綾瀬厚生病院の回答書には、しびれは、骨盤骨折、右上腕二頭筋断裂と因果関係はないと思われる旨の記載があること、⑤国際親善病院においても、MRIやレントゲンでは、原告の頚椎に明らかな異常所見はないとされていることを総合すると、手のしびれが本件事故によるものと認めることはできない。
ウ 上記(1)の原告の診療経過と右股関節~臀部痛等が後遺障害として認定されている事実に、調査嘱託に対する綾瀬厚生病院の回答書に「右股関節~臀部痛は、骨盤骨折に由来する可能性は十分に考えられる」と記載されていることを総合すると、原告の右股関節~臀部痛等の症状については、骨盤骨折に由来するもので、本件事故による後遺障害であると認められる。
しかし、現在の右股関節~臀部痛等の症状自体につき、これを裏付ける客観的な医学所見が存するとは認められないから、一二級一三号ではなく、一四級九号に該当すると認められる。
エ 証拠(乙六)によると、国際親善病院の診断書には、原告につき、傷病名「頸椎捻挫、骨盤骨折」、症状固定時は平成二〇年一二月一〇日との記載がある。他方、証拠(甲三)によると、綾瀬厚生病院の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、傷病名「骨盤骨折及び右上腕二頭筋断裂」、症状固定時は平成二一年二月三日との記載がある。そして、これらの事実に、原告は、くろしお整形外科に、平成二一年一月二四日まで通院して、理学療法を受けていたことを総合すると、原告の症状固定時は平成二一年一月ころであると認めることが相当である。証拠(甲一)によると、原告は、昭和一八年○月○日生まれであると認められるから、症状固定時には、六五歳であったと認められる。
三 争点(3)(原告の損害額)について
(1) 治療関係費
ア 藤沢湘南台病院の治療費二万九一六〇円、文書料一万〇五〇〇円については、当事者間に争いがない。
イ 綾瀬厚生病院の治療費、文書料については、二五四万三五九〇円の限度で、当事者間に争いがなく、原告請求額との差額四二〇〇円については、その費用を要したことを認めるに足りる証拠がない。
ウ 証拠(甲九の一~四)によると、原告は、くろしお整形外科の治療費として三七万四七五〇円、文書料として三万二〇〇〇円を要したと認められる。弁論の全趣旨によると、くろしお整形外科の治療費については、生活保護費として支払われたことが認められるが、生活保護法による医療扶助の給付は、困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して必要な保護を行うためにされるものであって、損害をてん補するためにされるものではない上、原告は生活保護法六三条により返還を求められることもあると解されるから、損害がないとか損益相殺の対象となるということはできないものというべきである(最高裁昭和四六年六月二九日第三小法廷判決・民集二五巻四号六五〇頁参照)。
前記二(1)ウのとおり、原告は、くろしお整形外科に三四四日通院したと認められるところ、その通院に片道二一〇円を要することは、当事者間に争いがないので、次のとおり、通院交通費が認められる。
二一〇円×二×三四四日=一四万四四八〇円
エ 前記二(1)エのとおり、原告は、両手のしびれのため、日常生活に支障が生じてきたとして、くろしお整形外科から、国際親善病院を紹介され、国際親善病院では、原告を「頸椎捻挫、頸椎症」と診断して、治療を行ったのであるから、原告は、国際親善病院においては、主として手のしびれの治療を受けたと認められる。しかるところ、前記二(2)イのとおり、原告の手のしびれが本件事故によるものと認めることはできないから、国際親善病院における治療費及び通院交通費は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
オ 八木記念病院における治療費、文書料及び通院交通費は、症状固定後の治療費、文書料及び通院交通費であるから、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
カ 原告の入院日数が五四日間であることは、当事者間に争いがないので、次のとおり、入院雑費が認められる。
一五〇〇円×五四日=八万一〇〇〇円
キ 上記の合計 三二一万五四八〇円
なお、原告は、くろしお整形外科の文書料について二万四〇〇〇円と主張しているが、個々の損害額まで弁論主義の適用があるとは解されないので、証拠から認められる三万二〇〇〇円を認めることとする。
(2) 慰謝料
ア 入通院慰謝料
前記二及び上記(1)で述べたところからすると、原告において本件事故の治療に要したと認められる入通院日数は、入院日数五四日、通院期間約一五か月であるから、入通院慰謝料は、二一五万円と認める。
イ 後遺障害慰謝料
前記二のとおり、原告の後遺障害は後遺障害等級一四級九号に該当するところ、これに対する慰謝料としては一一〇万円が相当である。
(3) 逸失利益
ア 基礎収入
証拠(甲一三、一四、原告本人)と弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故前、港湾労働者として働いたり、建設現場で働いたりしていたこと、一か月で二二万四〇〇〇円の収入を得たことがあったこと、平成一七、一八年ころから、仕事を見つけることが困難となり、生活保護を受給していること、本件事故後も働く意欲はあることが認められる。
そうすると、原告について、逸失利益を認めることができ、基礎収入としては、二二万四〇〇〇円の一年分に当たる二六八万八〇〇〇円と認める。
イ 労働喪失能力、労働能力喪失期間
前記二のとおり、原告の後遺障害は後遺障害等級第一四級九号に該当することから、労働能力喪失率は五%とするのが相当である。また、労働能力喪失期間は、原告は、症状固定時に六五歳であったことや前記二(2)ウの原告の後遺障害の内容からすると、五年とすることが相当である。
ウ そうすると、原告の逸失利益は、次のとおりとなる。
268万8000円×0.05×4.3295(5年のライプニッツ係数)=58万1884円
(4) (1)から(3)までの合計額 七〇四万七三六四円
(5) 過失相殺後の金額 五九九万〇二五九円
(6) 損害のてん補
前記第二、一(5)のとおり、原告は、被告が契約していた任意保険会社から二七一万二〇五〇円の支払を受け、自賠責保険会社から平成二一年一〇月一三日に七五万円の支払を受けたところ、任意保険会社からの支払は、元本から、自賠責保険会社からの支払は、遅延損害金から充当されるので、充当計算をすると、以下のとおりとなる。
ア 上記(5)の金額から二七一万二〇五〇円を差し引いた金額 三二七万八二〇九円
イ 平成一九年八月二二日から平成二一年一〇月一三日までは、二年と五三日あるので、遅延損害金の額は、以下のとおりとなり、自賠責保険会社からの支払は、これにまず充当されるので、元本充当額は、三九万八三八〇円となり、上記アの金額からこれを差し引くと、二八七万九八二九円となる。
327万8209円×0.05×(2+53/365)=32万7820円+2万3800円=35万1620円
四 以上によると、原告の請求は、被告に対し、二八七万九八二九円及びこれに対する平成二一年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 森義之)