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横浜地方裁判所 平成21年(行ウ)16号 判決 2009年12月14日

主文

1  本件訴えのうち,神奈川県公安委員会のした運転免許証有効期間更新処分中,原告を一般運転者とする部分の取消しを求める部分,神奈川県公安委員会に対し,優良運転者である旨を記載した運転免許証の交付を義務付ける部分及び神奈川県公安委員会のした,原告の異議申立てを棄却する旨の決定の取消しを求める部分を却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  神奈川県公安委員会が原告に対し平成16年10月5日付けでした運転免許証有効期間更新処分のうち,原告を一般運転者とする部分を取り消す。

2  神奈川県公安委員会は,原告に対し,優良運転者である旨を記載した運転免許証を交付せよ。

3  神奈川県公安委員会が原告に対し平成17年3月2日付けでした,原告が平成16年11月24日付けでした異議申立てを棄却する旨の決定を取り消す。

4  被告は,原告に対し,金1000円を支払え。

第2事案の概要

1  事案の骨子

原告は,平成16年10月5日付けで運転免許証(以下「免許証」という。)の有効期間の更新を受けたが,その際に所定の期間内に車両通行帯違反(道路交通法(以下,特に記載のない限り平成16年法律第73号による改正前のものをいう。以下「法」ともいう。)20条1項ただし書)の事実があるため一般運転者(法92条の2第1項)に当たるとして,有効期間は5年であるが,優良運転者である旨の記載(法93条1項5号)がない免許証を交付された(以下「本件更新処分」という。)。

原告は,平成17年5月24日,上記違反行為はなかったとして,被告に対し,本件更新処分のうち原告を一般運転者とする部分の取消し及び神奈川県公安委員会(以下「公安委員会」という。)が優良運転者である旨の記載のある免許証を交付することの義務付けを求めるとともに,本件更新処分に対する異議申立てを棄却した決定(以下「本件決定」という。)には,処分庁である公安委員会ではなく神奈川県警察本部運転免許本部が行った等の違法があるとして,その取消しを求める訴訟を提起した(当庁平成▲年(行ウ)第▲号)。

当庁は,平成17年12月21日,免許更新処分における運転者の区分の認定ないし確認行為は行政処分に当たらないし,審査請求の対象にもならないと判断して,いずれの訴えも不適法であるとして訴えを却下した。そこで,原告が控訴をしたところ,控訴審である東京高等裁判所は,同年6月28日,いずれの訴えも適法であるとし,第1審判決を取り消して本件を第1審に差し戻すべきとの判決をした(同庁平成▲年(行コ)第▲号)。これに対し,被告が上告したが,最高裁判所は,平成21年2月27日,一般運転者として扱われ,優良運転者である旨の記載のない免許証を交付されて免許証の有効期間の更新処分を受けた者は,優良運転者に当たると主張して同更新処分の取消しを求める訴えの利益を有し,また,その余の訴えにつき,本件更新処分中の原告を一般運転者とする部分が行政処分に当たらず,又はその取消しを求める訴えの利益がないことを理由として,これを不適法なものということはできないと判断し,上告を棄却した(同庁平成▲年(行ヒ)第▲号)。

本件は,差戻後の第1審である。

なお,原告は,差戻後の当審において,行政事件訴訟法19条により,従前の各請求に併せて,公安委員会が,原告に対し,優良運転者である旨の記載のある免許証を交付しなかった行為等により,精神的損害を被ったとして,被告に対し,国家賠償法1条1項の規定に基づいて,慰謝料1000円の支払を求める訴えを提起した(追加的併合申立事件)。

2  基礎となる事実

(1)  原告が受けた交通取締りの経緯等

ア 原告は,平成16年4月24日午前9時43分ころ,自家用普通乗用自動車(車種A○白色,登録番号横浜○○YY号。以下「原告車両」という。)を運転し,川崎市α地先県道B線上り車線(以下「本件道路」という。)39.0キロポスト付近の第2通行帯を,横浜方面から東京方面に向かって走行中,進路変更の合図を行って第3通行帯に進路変更し,7台程度の車両を追い抜いたところ,神奈川県警察高速道路交通警察隊所属のC巡査が運転し,同所属のD巡査(以下,C巡査と併せて「C巡査ら」という。)が同乗していたいわゆる覆面パトカーである交通取締用四輪自動車(以下「本件パトカー」という。)に停止を求められたため,停止した。そして,原告は,本件パトカーの後部座席において,本件パトカーに乗車していたD巡査から,3以上の車両通行帯がある道路で,法定の除外事由がないのに,最も右側の通行帯を約1100メートル通行した(道路交通法20条1項ただし書。以下「本件違反行為」といい,「本件違反行為」があった場所を「本件違反場所」という。)として,反則行為の告知を受け,いわゆる交通反則切符(以下「本件交通反則切符」という。)の供述書欄に署名及び指印をし,交通反則告知書(以下「本件反則告知書」という。)・免許証保管証の交付を受けた(甲1,弁論の全趣旨)。

イ 原告は,平成16年6月9日,同月15日付け交通反則通告書(納付すべき金額6000円)の交付を受けたが,反則金の納付期限である同月25日までに反則金を納付しなかった(甲2,弁論の全趣旨)。

ウ そこで,神奈川県警察高速道路交通警察隊は,本件違反行為について否認事件として捜査を行った上で,神奈川県警察本部交通部交通指導課長に関係書類を引き継ぎ,同課長は,平成16年12月2日,原告を道路交通法違反の被疑者として横浜区検察庁に送致したが,横浜区検察庁は,同月7日,原告を不起訴(起訴猶予)処分とした(乙13,弁論の全趣旨)。

(2)  原告が受けた免許証更新処分の経緯等

ア 公安委員会は,法101条3項に基づき,原告の免許証の有効期間満了日(原告の平成16年における誕生日である平成16年9月19日)の2か月前の日の前日である平成16年7月18日までに,原告に対し,「更新連絡書(お知らせ)」と題するはがきを送付した(甲8,弁論の全趣旨)。

イ 原告は,平成16年10月5日,公安委員会に対し,運転免許証更新・講習受講申請書を提出し,適性検査を受検し,これに合格した(乙1,弁論の全趣旨)。

また,原告は,同年11月12日,道路交通法108条の2第1項11号が掲げる講習を受講した。

そして,公安委員会は,同日,原告に対し,平成16年10月5日付けの,有効期間を平成21年10月19日までとする免許証を交付した(本件更新処分)が,当該免許証には原告が優良運転者である旨の記載はされていなかった(甲3,弁論の全趣旨)。

ウ 原告は,本件更新処分を不服として,平成16年11月24日付けで,公安委員会に対し,異議申立てをした(甲5。以下,「本件異議申立て」といい,本件異議申立てに係る異議申立書を「本件異議申立書」という。)。

エ 公安委員会は,平成17年3月2日付けで,本件異議申立てを棄却する旨の決定(本件決定)をした(甲7。以下,本件決定に係る決定書を「本件決定書」という。)。

オ 原告は,平成17年5月24日,本訴訟を提起した。

3  争点

本件の争点は,以下の各点である。

(1)  本件更新処分の適法性(具体的には,本件違反行為の有無が争点である。)

(2)  本件決定の適法性

(3)  国家賠償請求権の成否

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件更新処分の適法性)について

(被告の主張)

ア 道路交通法20条1項は,本件のように3本の車両通行帯が設けられているときは,最も右側の車両通行帯(第3通行帯)を走行することを禁止している。同条3項は,第2通行帯を走行している車両が追越しをするときは,例外として第3通行帯を通行できるとしているが,原告が第3通行帯を走行し,7台程度の車両の右側を通過した行為のうち,2台目以降の車両の側方を順次通過してその前方に出る行為は,「追越し」ではなく「追抜き」に当たるから,第3通行帯の通行は許されない。

道路交通法20条3項は,第3通行帯を通行することができる例外として,「追越し」以外に,「道路の状況その他の事情によりやむを得ないとき」についても認めている。

しかし,原告が追い抜いた第2通行帯を通行中の7台程度の車両の走行状態は,2,3の車両(以下「第1梯団」という。)が100メートル程度の車両間隔を保って時速約90キロメートルで走行しており,その約200メートル前方に,3,4台の車両(以下「第2梯団」という。)が,同じく100メートル程度の車両間隔を保って時速約90キロメートルで走行していたものであった。時速約120キロメートルで走行している原告車両を運転する原告が,第1梯団を構成する車両の間に進路変更をすることは危険であると判断したことが,上記のやむを得ない事由に当たるとしても,第1梯団の先には約200メートルの車両間隔があったのであるから,その時点では,やむを得ない事由は消滅しており,原告車両が第3通行帯を走行し続けたことは通行帯違反に該当する。

イ 原告は,当該7台程度の車両は,80メートル程度の車間距離を維持して走行しており,いずれの車間にも安全に入る余地がなかったと主張するが,第1梯団の先頭車両と第2梯団の最後尾車両との間には約200メートルという安全に車線変更するに十分な車間距離があったのであるから,原告の主張は前提を欠いている。

ウ 原告は,本件パトカーの追尾方法につき,①原告が,赤色灯を点灯した本件パトカーに1分間も追尾されていながら,それに気付かないことはあり得ない,②後方30メートルの車間距離は,明らかに危険な車間距離であって,交通事故に直結する危険な追尾方法であるなどと主張する。

しかし,①については,原告は,第3通行帯に車線変更した後,速度を上げ,その後方に前部赤色灯を点灯した覆面パトカー(本件パトカー)が追尾しているにもかわらず,単にこれに気付かないままで第3通行帯を走行し続けたにすぎない。

②については,覆面パトカーは,道路交通法39条1項,同41条1項,2項にいう緊急自動車(道路交通法施行令13条1項1号の5),かつ,同条3項にいう「もつぱら交通の取締りに従事する自動車で内閣府令で定めるもの」に当たるところ,原告車両の速度超過の事実及び通行帯違反の事実を確認するために原告車両と近い車間距離をとることは必要であり,その行為は正当な職務行為であって,刑法35条により,道路交通法26条違反の違法性は阻却される。

したがって,原告の上記主張は失当である。

エ 原告は,本件違反行為の処理方法につき,①原告が交通事故に直結するような危険速度で走行していたのであれば,直ちに車外スピーカーで違反事実を告げた上で,減速を指示すべきであり,危険速度を黙認したまま,約1分間,原告を走行させていた,②被告の主張が正しければ,原告は,通行帯違反と速度違反の2つの違反を同時に犯していたことになり,これらは観念的競合の関係にあると考えられるから,重い違反の速度違反で処理されなければならないところ,軽い方の通行帯違反で処理されており,不自然であると主張する。

しかしながら,①については,免許証を取得した者であれば,通行帯違反や速度違反をしてはいけないことは十分承知していることは当然であり,その上で,あえて同違反をしている者に対して,交通反則告知書により告知することは当然である。

②については,本件違反場所付近は,公安委員会の最高速度規制標識と高速隊長による工事用の最高速度規制標識が混在している場所であることから,C巡査らは,原告を速度違反で取り締まるのは妥当でないと判断し,速度違反は警告に止め,本件反則告知書により,違反が明らかである通行帯違反について告知したのであり,不自然な点はない。

したがって,本件違反行為の処理方法に誤りはなく,原告の主張には理由がない。

オ 原告は,本件反則告知書には,補足欄に「約1100m通行」の記載があるところ,第2梯団を追い越しているときは第2通行帯に戻れないのであるから,第2梯団を追い越している間の走行距離を通行帯違反の走行距離に含めることは妥当でないと主張する。

しかし,原告の通行帯違反が開始する地点は,「第1梯団の先頭車両と第2梯団の最後尾車両との間の車間距離のうち,安全に第2通行帯に進路変更ができる区間を通過した地点」であり,それ以降の区間,すなわち,その後原告車両が第2梯団最後尾車両に追い付き,同梯団を追い抜いている区間については,同違反が継続している状態であるから通行帯違反の走行距離となるのは当然であり,補足欄の上記記載に誤りはない。

カ 原告は,第1梯団と第2梯団との間に200メートルの距離があったとしても,それは安全な車間距離を確保するのに必要最小限の距離であったと主張するが,第1梯団と第2梯団の間に安全に車間変更できる距離は約40メートルあったのであり,200メートルの車間距離は,安全車間距離を確保するのに必要最小限の距離ではない。

なお,原告車両は第1梯団の先頭車両を追い抜いた後,追い越した車両がルームミラーで見えるくらいの距離までそのまま進行し,進路をゆるやかに左にとることにより車線変更すれば,安全車間距離を割り込まないで車線変更することが可能である。

キ 本件反則告知書に反則場所に関して誤記があるとしても,これは,C巡査らが停止場所を特定するキロポスト表示(39.7キロ)から違反場所のキロポストを推定するに当たって,0.7キロメートルを加算すべきところ,誤って39.7から0.7を引いてしまったために「39.0」と反則場所の誤記したものである。

原告は,異常な反則処理手続があったにもかかわらず,原告に何ら通知せずに秘密裏に訂正して検察庁に送致したことなどは,原告の主張が正しく,被告の主張が誤っていることを裏付けていると主張するが,D巡査は,原告が本件違反行為を否認し,本件交通反則切符が高速隊に戻された平成16年7月に反則場所の誤記に気付いて訂正している。そこで,横浜区検察庁に送致した際の被疑事実は,違反場所を40.4キロポスト付近と訂正されている。これをもって,秘密裏に訂正しているとする原告の主張はいいがかりにすぎない。

(原告の主張)

ア 原告は,第2通行帯を走行する7台程度の自動車の追越しをするために第3通行帯を走行したのであり,原告の運転行為は道路交通法違反にならない(法20条3項)。なお,当該7台程度の車両は,80メートル程度の車間距離を維持して走行しており,それらのいずれの車間にも安全に入る余地はなかった。仮に原告がこれらの車間に無理に入れば,割り込まれた自動車は,急ブレーキをかけることによって,安全な車間距離を確保しなければならなくなるから,そのような運転行為を避けた原告の運転行為は正当である(法26条,26条の2第2項)。

イ これに対し,被告は,第1梯団と第2梯団との間には約200メートルの間隔があり,その中に入らなかったことが通行帯違反であると主張する。

しかし,被告の主張は次に述べる点で矛盾・不自然さがあるから,被告の主張は失当である。

(ア) 追尾方法の異常性

被告は,警察車両が原告車両と同一通行帯を後方から赤色灯を点灯し,かつ,30メートルの車間距離を維持しながら,約1分間追尾したと主張する。しかし,赤色灯を点灯した警察車両に1分間も追尾されながら,原告がそれに気付かないことはあり得ない。

しかも,後方30メートル程度の車間距離は,明らかに危険車間距離であって,交通事故に直結する非常に危険な追尾である。

また,速度違反の検挙のためならまだしも,通行帯違反の検挙のために,約1分間も追尾したというのも不自然である。

(イ) 違反認定の異常性

被告は,原告車両が第1梯団を追い越した後,継続して第2梯団を追い越したことが通行帯違反であると主張する。そうであれば,第2梯団を追い越し始めた時点で通行帯違反が確定していることになる。そして,原告が交通事故に直結するような危険速度で走行していたのであれば,直ちに車外スピーカーで違反事実を告げた上で,減速を指示すべきであり,危険速度を黙認したまま,約1分間,原告を走行させていたことになる。

被告の主張が正しければ,原告は,通行帯違反と速度違反の2つの違反を同時に犯していたことになり,これらは観念的競合の関係にあると考えられるから,重い違反の速度違反で処理されなければならないところ,軽い方の通行帯違反で処理されており,不自然である。

(ウ) 本件反則告知書記載内容の異常性

本件反則告知書には,補足欄に「約1100m通行」の記載がある。しかし,被告は,約200メートルの間隔がある第1梯団と第2梯団の間に戻らなかったことが違反であると主張しているところ,第2梯団を追い越しているときは第2通行帯に戻れないのであるから,第2梯団を追い越している間の走行距離を,通行帯違反の走行距離に含めることは妥当でない。

被告は,第1梯団の先頭車両と第2梯団の最後尾車両との間の200メートルの車間距離のうち,安全に入れる40メートルに入らなかったのが違法というのであるから,本件反則告知書の補足欄には,この40メートル部分について,原告が第3通行帯を走行した走行距離を記載すべきである。

(エ) 本件反則告知書における反則場所誤記の異常性

本件反則告知書には反則場所に関して誤記が存在するが,警察官2名が同時に反則場所を勘違いすることはあり得ず,原告が極めて危険な速度で通行帯違反をしたという事実を無理に作出したことが原因である。

ウ 仮に,第1梯団と第2梯団との間に200メートルの距離があったとしても,それは安全な車間距離を確保するのに必要最小限の距離であった。したがって,それ以上の車間距離を維持しようとすることは,安全運転であると評価されることはあっても,違反であると評価されるものではない。

仮に,原告車両が上記200メートルの間に入るべきであったとすると,原告車両が第2通行帯に戻る際に,第1梯団先頭車両との車間距離が,一次的に,安全車間距離を割り込んでしまうため,かえって危険な運転となる。

エ 本件反則告知書には,反則場所に関して誤記があり,また,反則金仮納付書にも納期限につき誤記がある。さらに,前記のとおり,本件反則告知書の補足欄の「約1100m通行」という記載は不当なものである。このように,異常な反則処理手続があったにもかかわらず,原告に何ら通知せずに秘密裏に訂正して検察庁に送致したことなどは,原告の主張が正しく,被告の主張が誤っていることを裏付けている。

(2)  争点(2)(本件決定の適法性)について

(被告の主張)

ア 本件決定は,免許課長が部下職員を指揮して検討し,決定書案を作成した上で,公安委員会に検討結果を報告し,同委員会が合議の上で行ったものであり,適法である。

イ 原告は,公安委員会が異議申立ての事務を警察本部長に委任ないし委託したことが法律上の根拠を欠いており,本件決定は無効であると主張するが,そもそも異議申立てに係る事務が公安委員会から警察本部長に委任ないし委託された事実はないことは明らかであるから,原告の主張は失当である。

ウ 原告は,本件決定書には理由付記に不備があると主張するが,原告が本件決定書に記載された理由に対し,るる反論し,本件更新処分の違法性を主張していることからすれば,本件決定書に記載された理由の内容は,事後の訴訟提起に便宜を与えるために必要十分なものであったことは明らかである。

本件決定書には,原告の「原告の運転行為は通行帯違反とはならない」との主張に対し,それを採用することができるか否かについて理由を付記すれば足りるものであり,その点に対する理由は十分明示されている。

エ 原告は,本件異議申立書において,再反論の機会を与えるよう要望しておいたのに,公安委員会が原告の要望に応じることなく本件決定を行ったことは,行政不服審査法(以下「行審法」という。)が定めた審理の方式に違反すると主張するが,申立人のその他の申立てを採用するか否か,あるいはどのような審理を行うかについては,審査庁の裁量に委ねられており,原告に再反論の機会を与えなかったことをもって,審理方式に瑕疵があるとはいえない。

オ また,免許課長は,関係資料等を基に,原告の異議申立書に記載された申立ての理由について検討した結果,本件違反行為が存在することを確認したものであり,一方,原告からは,これを覆すに値する証拠の提出がなかったことから,本件更新処分は正当と認め,公安委員会の判断を仰いだものであって,その判断ができる程度に審理を尽くしており,審理不尽の違法はない。

カ 原告は,本件決定書の記名及び押印がいずれも「神奈川県公安委員会」となっており,「神奈川県公安委員会委員長」等の権限を有する者のものではないから,行審法にいう「決定の書面」とはいえないと主張する。

しかし,行審法48条において準用する同法41条が,「(決定は,)書面で行ない・・・(処分庁が)これに記名押印をしなければならない」と規定していることからすれば,処分庁である公安委員会の記名押印がある本件決定書が,その要件を満たしていることは明白である。

キ 原告は,原告が受領した本件決定書謄本には,原本と相違ないことを証明した公務員が特定されていないから,本件決定書の送達方法は行審法に違反すると主張するが,公安委員会が本件決定書に記名押印し,その者が同一であると証明していることは明白である。

(原告の主張)

本件決定は,次に述べるとおり,行審法に定めた手続に違反するから,取り消されるべきである。

ア 本件決定は,実質的に公安委員会ではない運転免許本部が行ったものと推測され,行審法に違反する。

イ 本件異議申立てに係る事務を公安委員会が運転免許本部に委任又は委託し,運転免許本部が審理及び決定案の内容を起案した後,公安委員会がその内容を理解した上で本件決定を行ったのだとしても,行審法又は道路交通法には,当該事務を委任できる規定がないのだから,本件決定は違法である。

ウ 本件決定書に記載された理由は全く不自然で,通行帯違反の認定を導くことができないものである上,本件決定書には,原告の主張する事実が排斥され,被告の主張が正当であると認められる根拠が記載されていないから,本件決定書には理由付記不備の違法がある。

エ 原告は,本件異議申立書において,再反論の機会を与えるよう要望しておいたのに,公安委員会が原告の要望に応じることなく本件決定を行ったことは,行審法が定めた審理の方式に違反する。

オ C巡査らは,原告に対し,「80メートルの車間があれば理想だが,実際はバックミラーに追い越した車両が見えたら戻っても大丈夫である。」旨の発言をしたところ,この発言の有無は,本件決定書に記載された内容の真実性と重大な関連があるが,本件決定書においては何らこの点の判断がされておらず,審理不尽である。

カ 本件決定書には,合議に関与した公安委員会委員の記名押印がないから,本件決定方法は行審法に違反する。

キ 行審法によれば,異議申立てに対する決定は,謄本を送達することによって効力を生ずるが,原告が受領した謄本には,原本と相違ないことを証明した公務員が特定されていないから,本件決定書の送達方法は行審法に違反する。

(3)  争点(3)(国家賠償請求権の成否)について

(原告の主張)

①神奈川県警察所属の警察官及び神奈川県警察本部長の故意又は過失により,原告の運転が道路交通法違反ではないにもかかわらず,原告に対して反則告知処分・反則通告処分をしたこと,②公安委員会の故意又は過失により,原告の運転行為が道路交通法違反でないにもかかわらず,原告を一般運転者と区分した上で,原告に対して,優良運転者である旨の記載のある免許証を交付しなかったこと,③公安委員会の故意又は過失により,本件異議申立てに対し,行審法に違反する審理をしたこと,④公安委員会の故意又は過失により,本件更新処分に対して,異議申立てや取消訴訟を提起できることを教示しておきながら,本訴訟が不適法である旨の本案前の答弁を行い,訴訟を遅延させたことにより,原告は,刑事手続に付され,有罪判決を受ける危険にさらされ,実況見分に参加させられ,優良運転者である旨の記載のある免許証の交付を受けられる法的地位を4年間以上喪失させられ,異議申立てについて適法な審理を受ける権利本訴において迅速な裁判を受ける権利を侵害された。これによって被った損害額は1000円を下回らず,原告は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,上記金額の損害賠償請求権を有する。

(被告の主張)

原告が本件違反行為をしたことは明らかであり,本件違反行為に基づいて行った本件交通反則切符による本件違反行為の告知,本件更新処分,原告の異議申立てに対する対応等すべてにおいて,法令に則して適正に行われているから,原告の主張に理由はない。

また,本案前の答弁をすることにより訴訟を遅延させたと主張する点は,本件更新処分の時点で,訴えの適法性についての最終的な裁判所の法律判断がされていなかったのであるから,本訴訟において被告がその考えるところを主張し,その主張について法律的判断を受けることは当然のことであり,その審理に相当の期間を要したにすぎず,遅延などと評価できるものではない。また,被告の教示と本案前の答弁は矛盾しない。

よって,国家賠償請求権は成立しない。

第3当裁判所の判断

1  抗告訴訟についての本案前の判断

(1)  行政事件訴訟法9条は,取消訴訟を提起することができる者は,当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」でなければならないと規定しているところ,ここにいう「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解される。

そして,優良運転者である旨の記載のない免許証を交付して行う更新処分(以下「前の更新処分」という。)がされた場合には,前の更新処分を受けた者は,優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して行う更新処分を受ける法律上の地位を回復するため,前の更新処分の取消しを求める訴えの利益を有するというべきであるが,前の更新処分後に新たに優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して行う更新処分を受けた場合には,その地位を回復する必要がなくなるから,前の更新処分の取消しを求める訴えの利益は失われ,自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがなくなったというべきである。

ところで,平成16年法律第73号による改正後の道路交通法92条の2第1項の表備考一の2,同法施行令33条の7第1項1号は,法101条5項の規定により免許証の更新を受けた者は,前の免許証の有効期間が満了する日の直前のその者の誕生日の40日前の日の前5年間において違反行為等をしたことがない場合,優良運転者に該当すると規定している。

これを本件についてみるに,証拠上,原告の誕生日である平成21年9月19日の40日前の日の前5年間において,原告に違反行為等があったことはうかがわれず,本判決言渡時点において,原告が優良運転者である旨の記載のある免許証の交付を受けていると推認される。

したがって,原告は,本件更新処分の取消しを求める訴えの利益を失っており,本件訴えのうち,本件更新処分のうち原告を一般運転者とする部分の取消しを求める部分は不適法である。

もっとも,本件口頭弁論終結日においては,原告は,まだ優良運転者である旨の記載のある免許証の交付を受けているものではないが,訴えの利益は,単に訴え提起の要件ではなく訴え維持の要件であることからすると,口頭弁論終結後の事情であってもこれを考慮することとなる。

(2)  また,本件更新処分の取消しを求める訴えが不適法である以上,本件更新処分のうち原告を一般運転者とする部分の取消しを求める部分が取り消されることを前提として,優良運転者である旨の記載のある免許証の交付の義務付けを公安委員会に求める訴えは前提を欠くことになるから不適法となる(行政事件訴訟法37条の3第1項2号)。

(3)  次に,行審法による異議申立てを棄却する旨の決定の取消しの利益は,最終的には原処分の取消しを求めることにあるというべきであるから,原処分の取消しの利益が消滅すれば,異議申立てを棄却する旨の決定の取消しの利益も消滅する。

したがって,本件訴えのうち,本件決定の取消しを求める部分も不適法となる。

(4)  もっとも,本訴訟の経過にかんがみて,本件更新処分の適法性について判断することが望ましいと考えられることから,以下において検討する。

2  争点(1)(本件更新処分の適法性)について

(1)  取締り等の経緯

証拠(甲1,2,15,乙9ないし11,証人C,同D,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア B線は,公安委員会が標識を設置し,最高速度を時速80キロメートルとする規制が行われている自動車専用道路である。ただし,本件道路のうち,本件違反場所付近は,中央分離帯の工事に伴い,高速隊長による最高速度を時速60キロメートル(工事現場の直近では時速50キロメートル)とする最高速度規制標識が混在していた。

本件道路は,公安委員会が道路標示によって3車線の車両通行帯を設置し,第3通行帯を追越し車線に指定していた。

本件道路は,一部の区間で緩やかな縦断勾配があるものの,その他はほとんど勾配もなく平坦である。

イ 本件違反行為直前の本件道路において,低速で走行する車両はなく,第1通行帯及び第2通行帯とも,各車両が時速80キロメートルから90キロメートルの一定の速度で,80ないし100メートル程度の車間距離を保持しつつ走行していた。第3通行帯を走行する車両は存在せず,平日よりも交通量は少なく順調に流れている状態であった。

ウ 原告は,本件違反場所に至るまで,本件道路の第2通行帯を走行していたところ,進路変更の合図を行って第3通行帯に進路変更をした。

C巡査らは,本件道路の第2通行帯を時速約80ないし90キロメートルで走行中,本件パトカーの3,4台先を走行していた原告車両が上記のとおり車線変更をしたことを確認し,原告車両が速度違反をする可能性があると判断し,原告車両の速度を測定するため,本件道路42.7キロポスト付近において,本件パトカーを第3通行帯に車線変更した。このとき,本件パトカーと原告車両との車間距離は約300メートルであった。本件パトカーは,前部赤色灯を点灯させて速度を上げ,原告車両の後方30ないし40メートルの位置まで接近させた。

本件パトカーが第3通行帯に車線変更してから原告車両の後方30ないし40メートルの位置に接近するまでの間,原告車両は時速100キロメートル以上の速度で第3通行帯を走行した。

原告車両は,第3通行帯を走行中,第2通行帯を通行中の2,3台の車両の側方を通過したが,その2,3台の車両は,100メートル程度の車両間隔を保って時速約80ないし90キロメートルで走行していた(第1梯団)。

原告が追い抜いた第1梯団の前方には,第2通行帯を走行する数台の車両(第2梯団)が存在していた。第2梯団も,100メートル程度の車両間隔を保って時速約80ないし90キロメートルで走行していた。

C巡査は,本件パトカーが原告車両の後方30ないし40メートルの位置まで接近してから,第1梯団の先頭車両と第2梯団の最後尾車両との距離が約200メートルあることを確認した。

原告車両は,第1梯団の先頭車両の側方を通過した後も,第3通行帯の走行を続けていたことから,C巡査は,D巡査に対し,「通行帯」と声を掛け,通行帯違反の立証措置を指示するとともに,原告車両との車間距離をそれまでと同様に30ないし40メートルに維持して追尾を継続した。

エ C巡査から指示を受けたD巡査も,第1梯団の先頭車両と第2梯団の最後尾車両との距離が約200メートルあることを確認する一方,C巡査からの指示に従い,路側帯のガードレールに100メートルごとに設置されたキロポストの脇を通過するたびに,C巡査が「通行帯」と声を掛けた地点からの走行距離を,同ポストの存在を基に,100メートル単位で読み上げた。

原告車両は,第3通行帯をそのまま走行し,さらに,第2梯団の先頭車両を40.4キロポスト付近で追い抜いた。この時点で,D巡査の走行距離の読み上げは「1100」となっていた。

オ C巡査は,原告車両に停止を求めるため,D巡査に「違反」と声を掛け,合図した。

D巡査は,本件パトカーのサイレンを吹鳴させるとともに,本件パトカー上部の赤色回転灯を回転させたところ,原告車両は,40.0キロポスト付近において,左にウインカーを出して第2通行帯に車線変更した。

C巡査は,本件パトカーを原告車両と併走させ,D巡査において,車外スピーカーでアナウンスをしながら原告車両を非常駐車帯に誘導し,両車両は39.7キロポスト付近において停止した。

カ D巡査は,原告車両に赴き,原告に対し,違反である旨を告げ,本件パトカーの後部座席に乗車させた。

D巡査は,原告に対し,原告車両の運転が速度違反であることを示唆した上で,通行帯違反で処理する旨を告げた。

これに対し,原告は,第2通行帯に車両が連なっていたために第3通行帯から第2通行帯に戻れなかった旨を述べ,通行帯違反とはならない旨をC巡査らに主張した。

キ D巡査は,本件パトカー助手席で本件交通反則切符の作成にとりかかり,同切符の違反内容として「通行帯違反」と記入し,補足欄に「約1100m通行」と記入し,反則金相当額,登録番号を記入し,さらに原告の免許証の記載事項,違反車両の種類,違反日時等を記入した。

D巡査は,本件交通反則切符作成後,原告に対し,違反事実,違反点数,反則金等について説明して本件反則告知書及び仮納付書を交付したところ,原告はこれに署名指印した。

(2)  上記認定に対する原告の主張について

ア 追尾方法が異常であるとの主張について

原告は,①赤色灯を点灯した警察車両に1分間も追尾されながら,原告がそれに気付かないことはあり得ない,②後方30メートル程度の車間距離は,明らかに危険車間距離であって,交通事故に直結する非常に危険な追尾である,③速度違反の検挙のためならまだしも,通行帯違反の検挙のために,約1分間も追尾したというのも不自然であると主張して,通行帯違反を現認したというC巡査らの説明が信用できないとする。

しかし,①の点については,追尾していたのが通常のパトカーとは異なり,一見警察車両とは分からないいわゆる覆面パトカーであったから,前部赤色灯を点灯させてはいたものの,サイレンを吹鳴させるとともに,上部回転灯を点滅させるまで,原告が,本件パトカーに追尾されていることに気付かないまま第3通行帯を通行し続けたとしても,ありえない話ではない。よって,原告が指摘するところをもって,C巡査らが説明するところが不自然であるとはいえない。

また,②の点については,車両の後方30メートル程度という車間距離は,速度違反や通行帯違反を取り締まる警察車両が違反車両の走行速度や走行距離等を正確に測定するためには必要な距離であると考えられる。C巡査らは,当初,原告車両の速度違反を摘発すべく,追尾を開始したのであるから,かかる走行をしたことが不自然であり,ひいては,両巡査らが説明するところが,信用できないということにはならない。原告も,本人尋問で,後方から高速で近づいてくる車があったこと自体は認めている。

さらに,③の点については,通行帯違反の検挙のためであっても,道路状況や違反車両の走行状態に応じて約1分間の追尾をしたことが不自然ということにはならない。

したがって,本件パトカーの追尾方法は異常であり,前記認定は不自然である旨の原告の上記主張は採用することができない。

イ 違反認定が異常であるとの主張について

原告は,原告車両が交通事故に直結するような危険速度で走行していたのであれば,現場の警察官としては,直ちに車外スピーカーで違反事実を告げた上で,減速を指示すべきところ,危険速度を黙認したまま,約1分間,原告を走行させたというのは,通常ありえないなどと主張する。

しかし,速度違反及び通行帯違反を取り締まるため,立証措置を講ずることとして,一定時間(本件では約1分間),原告車両を追尾し,原告車両の速度及び走行距離を計測したことが,通常ありえない捜査であるとはいえない。

さらに,原告は,被告の主張が正しければ,原告は,通行帯違反と速度違反の2つの違反を同時に犯していたことになり,これらは観念的競合の関係にあると考えられるから,重い違反である速度違反で処理されなければならないところ,軽い方の通行帯違反で処理されており,不自然であると主張する。

この指摘に対し,C巡査は,証人尋問で,本件違反場所付近が,当時,中央分離帯の工事に伴い,公安委員会の最高速度規制標識と高速隊長による工事用の最高速度規制が混在している場所となっていたことから,原告を速度違反で取り締まるのを妥当でないとして,見合わせたと説明している。速度違反での検挙を見合わせた理由が,以上のようなものに留まるのかどうか,原告が疑う心境は理解できないわけではない。しかし,速度違反と通行帯違反の双方が認められる場合(原告は,両罪が観念的競合であるというが,併合罪に当たると考えられる。),採取した証拠の確からしさなど様々な要因を総合勘案して,通行帯違反のみ立件することが許されないものではない。そして,かかる措置を講じたことをもって,通行帯違反の事実自体が認められなくなるものではない。

ウ 本件反則告知書の補足欄の記載が異常であるとの主張について

本件反則告知書(甲1)には,補足欄に「約1100m通行」の記載があるところ,原告は,原告車両が第2梯団を追い越しているときは第2通行帯に戻れないのであるから,第2梯団を追い越している間の走行距離を,通行帯違反の走行距離に含めることは妥当でないと主張する。

以上の指摘により,原告による通行帯違反の事実の存在を疑わしめることになるといえるのかどうか,そもそも疑問がある。被告は,指摘の記載について,原告の通行帯違反が開始する地点が「第1梯団の先頭車両と第2梯団の最後尾車両との間の車間距離のうち,安全に第2通行帯に進路変更ができる区間を通過した地点」と考えられ,それ以降の区間,すなわち,その後原告車両が第2梯団最後尾車両に追い付き,同梯団を追い抜いている区間については,同違反が継続している状態であるとして,通行帯違反の走行距離となると説明している。かかる考え方に基づく措置が不適当で,そのため通行帯違反の事実自体が認められず,あるいは,通行帯違反があったことを理由として不利益な取扱いを行うことが許されないことになるものではない

エ 本件反則告知書における反則場所に誤記があることが異常であるとの主張について

原告は,本件反則告知書には反則場所に関して誤記が存在するが,警察官2名が同時に反則場所を勘違いすることはあり得ないなどと主張する。

確かに,本件反則告知書には,本来,反則場所として,40.4キロポスト地点を記載すべきところ,実際には「39.0kp」と記載されている点で,反則場所欄に誤記があると認められる。

しかし,証拠(証人C,同D)によれば,この誤記は,D巡査が,本件反則告知書を作成する際,本件違反場所の地点を確認するため,C巡査に対し,「違反ポストは何キロですか。」と尋ねたところ,逆に,C巡査から,現在停止している場所を特定するキロポストの表示を聞かれたことから,「39.7です。」と答えたこと,これを聞いたC巡査が,本件道路では,β方向へ進行するに従ってキロポストが減少して表示されている事実を勘違いして,誤って39.7から0.7を引いた39.0キロポスト付近と思いこみ,当初のD巡査からの質問に対する回答として,「39.0」と答えてしまったこと,そして,D巡査は,C巡査の以上の回答に従って,上記誤記をしたこと,以上のような経緯によって生じたことが認められる。

このような経緯に照らすと,本件反則告知書の反則場所の誤記をもって,C巡査らが,原告の通行帯違反の事実を無理に作出したことということはできない。

オ 反則処理手続が異常であるとの主張について

原告は,本件反則告知書には,反則場所に関して前述した誤記があるほか,反則金仮納付書(甲14)にも納期限につき誤記があるところ,このような異常な反則処理手続があったにもかかわらず,原告に何ら通知せずに秘密裏に訂正して検察庁に送致したことなどは,原告の主張が正しく,被告の主張が誤っていることを裏付けていると主張する。

しかし,本件反則告知書に誤記が生じた経緯は前述のとおりであり,また,反則金仮納付書の納期限につき,土曜日に当たる「5月1日」と記載したことが誤りであると認められるとしても,反則告知を無効とするような異常な反則処理手続であったとは認められない。

また,証拠(証人D)及び弁論の全趣旨によれば,D巡査は,原告が本件違反行為を否認し,本件交通反則切符が高速隊に戻された平成16年7月に反則場所の誤記に気付いて正しい反則場所を附せんを貼って適正に訂正し,誤記した事実を隠蔽していない。そして,否認事件として横浜地方検察庁川崎支部に送致した際の被疑事実は,違反場所を40.4キロポスト付近と訂正されて送致されている。原告は,D巡査が反則場所を訂正したことを原告に通知しなかったことを問題とするようであるが,それによって,従前の手続が無効となるものではない。

カ 第1梯団と第2梯団との間に約200メートルもの間隔はないとの主張について

前記(1)ウの認定に対し,原告は,第1梯団の先頭車両と第2梯団の最後尾車両との間に約200メートルもの間隔はないと主張する。

しかし,証人Cは,上記約200メートルの根拠につき,「路肩に40メートル間隔で設置されている水銀灯を目安に目測したところ,約200メートルありました。」と証言し,証人Dも,「白線自体が8メートルで,白線と白線の間の空白が12メートルですので,それを基に大体200メートルあることは確認しました。」と,それぞれ具体的な測定方法により目測したことを供述している。

原告は,C巡査らが,第1梯団の先頭車両及び第2梯団の最後尾車両の車種等に関する記憶を保持していなかったことを捉えて,第1梯団と第2梯団の間隔に関する両証人の証言は信用できないと主張する。しかし,C巡査らは,それぞれ,水銀灯や白線を目安に第1梯団と第2梯団との大まかな間隔を把握した後,C巡査は原告車両の背後で一定の車間距離を保った追尾に集中し,D巡査はキロポスト表示の数え上げに集中していたと考えられること,両人が証言したのは5年以上も前に発生した通行帯違反の取締りのことであり,両人が上記以外の詳細な記憶を保持していないとしてもあながち不自然とは言えず,C巡査にあっては大型車ではなかったという漠然とした記憶は残っていること,その説明内容は原告の異議申立てを受けた公安委員会の平成17年3月2日付け決定書中の「違反当時,該道路は,第1及び第2通行帯とも交通量は少なく,第2通行帯には申立人車両が追い越した2~3台の車両のほかは,その前方に数台の車両が,200メートル前後の車間距離をとって走行してい」たとする説明とも概ね合致しており,C巡査らの説明が本件違反行為現認後,一貫していると見受けられることなどに照らせば,両人が第1梯団の先頭車両及び第2梯団の最後尾車両の車種等に関する明確な記憶を保持していなかったとしても,第1梯団と第2梯団の間隔に関する両人の当審における証言の信用性を軽々に否定し去ることはできない。

一方,原告は,本人尋問で,原告が追い抜いたという7台程度の車両のそれぞれの車間距離が80メートルであることの根拠について,「ただ,各車両とも,危険とは思えない車間で走行しているのを見ましたので,ですから大体80メートル前後なんだろうなというふうに考えました。」,「(80メートルの車間距離について)具体的な根拠はありません」と答えるに留まっている。

以上に照らせば,証人C及び同Dの上記供述の信用性は肯定できるということができ,第1梯団と第2梯団との間に約200メートルの車間距離があったと認められる。

キ C巡査の証言に矛盾があるとの主張について

原告は,C巡査が,原告車両が車線変更したのと同時に本件パトカーも車線変更したこと,追尾開始時には両車両に約300メートルの車間距離があったこと,両車の車間距離を約30ないし40メートルに縮めるまでに十数秒かかったこと,原告車両が時速約80キロメートルから時速約120キロメートルに加速するまでに10秒かからなかったことを証言したことに関連して,上記の両車両の速度と位置関係からすれば,本件パトカーが十数秒で原告車両の後方約30ないし40メートルに追い付くためには,本件パトカーの速度を時速約199キロメートルまで上げなければならず,本件パトカーの追尾時の最高速度が時速約150キロメートルであるとする同人の証言と矛盾すると主張する。

しかし,原告が着目している証言部分は,C巡査らが違反行為に及ぶおそれがあると判断した原告車両に近づいて,違反行為の有無を,注意をもって計測する前の段階に関することであり,この段階では,原告車両に追いつくことに集中していたと考えられるから,もともと,正確性を期待できないといえる。そもそも,C巡査らが,原告車両の後方から速度を上げて追いついてきたことは,原告も認めるところであり,そうすると,後方から原告車両の通行帯違反の事実を現認することは十分可能である。したがって,原告がC巡査のこの証言部分をとらえて,原告車両の通行帯違反の現認についての証言の信用性を否定することはできない。

(3)  通行帯違反の成否

ア 法20条1項は,「車両は,車両通行帯の設けられた道路においては,道路の左側端から数えて一番目の車両通行帯を通行しなければならない。ただし,自動車(括弧内略)は,当該道路の左側部分(当該道路が一方通行となつているときは,当該道路)に3以上の車両通行帯が設けられているときは,政令で定めるところにより,その速度に応じ,その最も右側の車両通行帯以外の車両通行帯を通行することができる。」と規定し,同条2項は,「車両は,車両通行帯の設けられた道路において,道路標識等により前項に規定する通行の区分と異なる通行の区分が指定されているときは,当該通行の区分に従い,当該車両通行帯を通行しなければならない。」と規定し,同条3項は,「車両は,追越しをするとき,・・・又は道路の状況その他の事情によりやむを得ないときは,前2項の規定によらないことができる。」と規定している。

同条3項による通行は,あくまでも本来の通行の区分による例外にほかならないから,同項に規定する事由が止んだ場合には,同条1項又は2項の規定により通行すべきこととされている車両通行帯に戻らなければならない。

そして,同条3項の「追越し」とは,車両が他の車両等に追い付いた場合において,その進路を変えてその追い付いた車両等の側方を通過し,かつ,当該車両等の前方に出ることをいうところ(法2条1項21号),追越しが完了した場合には,同条1項又は2項の規定により通行すべきこととされている車両通行帯に戻らなければならないと解される。

なお,「道路の状況その他の事情によりやむを得ないとき」とは,その車両が通行すべき車両通行帯が道路の損壊,道路工事等のため通行することができない場合等をいうが,追越しのため,その直近の右側の車両通行帯を通行して追越しを終わり,元の車両通行帯に戻ろうとする場合において,元の車両通行帯を通行している車両が多く,戻れないまま変更した車両通行帯を通行することも,「その他の事情によりやむを得ないとき」に当たるものと解される。

イ 以上を踏まえて,原告が第1梯団の先頭車両の側方を通過した後も第3通行帯を通行し続けた行為に法20条3項の適用があるかどうかについて検討する。

本件違反場所のあるB線は,公安委員会が標識を設置し,最高速度を時速80キロメートルとする規制が行われていた。原告車両は,第2通行帯を通行する前方の車両を追越すため,第3通行帯に車線変更してから,時速100キロメートル以上の速度で同通行帯を走行していた。

第1梯団の車両は,先頭車両を除き,それぞれが80メートルから100メートル程度の車間距離を保持して時速約80キロメートルから90キロメートルの速度で走行していたから,その車両間隔の間に進路を変更することは,安全な車間距離を保持できなくなるから,第1梯団の先頭車両以外の車両の側方を通過する際に,元の車両通行帯に戻らないまま第3通行帯を通行し続けることは上記「その他の事情によりやむを得ないとき」に該当すると認められる。

しかし,第1梯団の先頭車両と第2梯団の最後尾車両との間には,前記のとおり,約200メートルもの車両間隔があった上,第1梯団及び第2梯団のいずれの車両も,上記速度で走行しており,第3通行帯を走行する車両もなく,順調に流れている状況であったことからすれば,原告車両が第1梯団の先頭車両の側方を通過した時点で,適正な速度を遵守して(前述のとおり,B線の最高速度は時速80キロメートルに制限されていた。),元の車両通行帯に戻れない状況にあったとはいえず,「その他の事情によりやむを得ない」事由は消滅したと認めるのが相当である。

この点につき,原告は,200メートルの車間距離は必要最小限の距離であると主張するが,本件道路の表示上,安全車間距離は最低80メートルとされており(弁論の全趣旨。なお,時速80キロメートルで走行する一般的な車両の停止距離は約77メートルであるとされている(乙7)。),第1梯団の先頭車両と第2梯団の最後尾車両との間には,原告車両が安全車間距離を割り込まずに入れる場所として計算上約40メートルの区間があったことは明らかである。原告車両の全長が約5メートルであるとしても,原告車両が約40メートルの区間の中央部分に位置したとして,原告車両の前後には約17.5メートルの余裕があることも踏まえれば,約200メートルの車間距離が安全な車間距離を保持するために必要最小限の距離であるということはできない。

また,原告は,原告車両が上記200メートルの間に第2通行帯に戻るとすると,第1梯団の先頭車両との車間距離が一時的に,安全な車間距離を割り込んでしまうと主張するが,原告車両が第1梯団の先頭車両の側方を通過後,直ちに車線変更するような場合には一時的に安全な車間距離を割り込むこともあり得るが,原告車両が第1梯団の先頭車両の側方を通過して,同車両との車間距離が80メートル程度になってから車線変更をすれば,安全な車間距離を割り込むことはないから,原告の上記主張は採用することができない。

ウ もっとも,原告車両が第3通行帯に車線変更した後,本件パトカーが原告車両の後方から追尾を開始して時速約150キロメートル以上にまで至る速度を上げて原告車両に差し迫り,原告車両の後方約30ないし40メートルに位置してからも同車間距離を維持し続けているという本件パトカーの走行状況との関係から,原告車両が第3通行帯を通行し続けたことが「その他の事情によりやむを得ないとき」に該当する余地がないといえるかどうか問題となり得る。

しかしながら,第1梯団と第2梯団との間に約200メートルの間隔があったのであれば,原告が後続車両の追尾方法に危険を感じたとしても,第1梯団の先頭車両の側方を通過した後,直ちに左側の方向指示器を出し,相当程度走行してから第2通行帯に戻りながら,適正な速度に減速することは十分に可能であるし,後続車両の追尾方法に危険を感じたのであれば,直ちにかかる退避措置をとるのも通常見られる選択肢であるといえる(この点につき,証人Cは,原告車両の第3通行帯における走行速度が時速約120キロメートルであったとしても,それほど速度を落とさずに上記200メートルの間に十分入れる旨を証言している。)。かかる措置を選択せずに,第3通行帯での走行を継続したのは,当時,原告が知人の結婚式及び披露宴に遅れないようにするため,少しでも時間的余裕がある方が好ましいとして,先を急いだこと(甲15)と無関係ではないと考えられ,本件違反行為につき,原告に責任を帰することができないものではない。

したがって,本件パトカーの走行状況との関係から検討しても,原告車両が第3通行帯を通行し続けることが「その他の事情によりやむを得ないとき」に該当するとは認められない。

なお,原告は,この通行帯違反について,刑事処分には付されていない。しかし,刑事手続と行政手続とは,その目的も異にするものであり,原告が刑事処分に付されていないことをもって,直ちに原告を一般運転者としてした本件更新処分が違法となるものではない。

エ 以上によれば,原告が第1梯団の先頭車両の側方を通過した後も第3通行帯を通行し続けた行為に法20条3項の適用はなく,通行帯違反が成立する。

(4)  小括

以上によれば,本件違反行為はあったと認められ,本件違反行為が存在することを前提に行った本件更新処分は,法その他の関係法令に則った適法なものであると認められる。

3  争点(2)(本件決定の適法性)について

(1)  前述のとおり,本件決定の取消しを求める利益は失われていることから,本件決定の取消しを求める訴えは不適法であるが,本訴訟の経過にかんがみて,本件決定の適法性についても以下検討することとする。

(2)  事実経過

証拠(甲5ないし7)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 平成16年11月25日,本件更新処分を不服とする本件異議申立書が,その後,同年12月24日付けの原告の追加意見書がそれぞれ神奈川県警察本部交通部運転免許本部免許課に届いた。

イ 平成17年1月26日,免許課長は,本件異議申立ての概要について,公安委員会に報告した。

ウ 本件異議申立書には,「主たる理由(3(1))と5つの補足理由(3(2))の計6つの理由」と記載されていたことから,平成17年1月29日,免許課に所属するE警部が原告宅に電話し,申立ての趣旨を確認した。

エ 免許課長は,平成17年3月2日,検討結果と決定書の案を公安委員会に報告した。公安委員会は,同日,本件異議申立てを棄却した。

免許課長は,同月3日,本件決定書の謄本を原告に送付し,同月5日,本件決定書謄本が原告に到達した。以上によれば,本件決定は,適正な手続により行われたと認められる。

(3)  原告の主張について

ア 原告は,本件決定は,実質的に公安委員会ではない運転免許本部が行ったものと推測されると主張する。

しかし,本件決定が,免許課長において部下職員を指揮して作成した関係記録などを基にして,公安委員会の意思の発動の下に行われたことは,本件決定書に公安委員会の公印が押印されていること(甲7)から明らかであるから,異議申立て手続に固有の瑕疵があるとはいえない。

イ 原告は,本件決定書に合議に関与した公安委員会委員の記名押印がないことをもって,行審法に違反すると主張するようである。しかし,行審法48条において準用する同法41条が,「裁決は,書面で行ない・・・審査庁がこれに記名押印をしなければならない。」と規定していること(なお,準用によって読替えがされる。)からすれば,処分庁である公安委員会の記名押印がある本件決定書が,その要件を満たしていることは明白である。

ウ 原告は,原告が受領した本件決定書の謄本には,原本と相違ないことを証明した公務員が特定されていないから,本件決定書の送達方法は行審法に違反すると主張する。

しかし,公安委員会が本件決定書の謄本に,原本と相違ないことを証明していることは証拠上明白であるから(甲7),原告の上記主張は前提を欠き採用することができない。

エ 原告は,本件異議申立てに係る事務を公安委員会が運転免許本部に委任又は委託し,運転免許本部が審理及び決定案の内容を起案した後,公安委員会がその内容を理解した上で本件決定を行ったのであるとしても,行審法又は道路交通法には,当該事務を委任できる規定がないのだから,本件決定は違法であると主張する。

しかし,公安委員会が本件異議申立ての事務を警察本部長等に委任ないし委託していないことは,本件決定が公安委員会名において行われていることから明らかであるから,原告の主張は前提を欠き失当である。

なお,本件異議申立ての審理に関しては,警察本部の職員が公安委員会を補佐しているが,これは警察法47条2項に基づくものと認められる。

オ 原告は,本件決定書に記載された理由は全く不自然で,通行帯違反の認定を導くことができないものである上,本件決定書には,原告の主張する事実が排斥され,被告の主張が正当であると認められる根拠が記載されていないから,本件決定書には理由付記不備の違法があると主張する。

しかし,そもそも,行審法48条が準用する同法41条1項が「裁決は,書面で行ない,かつ,理由を附し・・・なければならない。」と規定しているのは,審査機関の判断を慎重ならしめるとともに,決定(裁決)が審査機関の恣意に流れることのないように,その公正を保障するためと解される。したがって,その理由としては,異議申立人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしなければならない。

もっとも,決定に付記すべき理由の記載の程度は,事案の内容に応じて相対的に定まるものであって,必ずしも,裁決庁の意思決定の内容・過程が詳細にわたって明らかにされなければならないものではない。

これを本件についてみるに,原告の主な不服事由は,原告の運転行為は通行帯違反とはならないということであって,本件決定としては,その不服事由に対応してその結論に到達した理由を明らかにすれば十分であると解される。そして,本件決定書は,関係証拠から原告の運転行為の状況等を認定した上,原告の「追越しのために,追越し車線を走行したのであるから違反ではない。」,「左側の車線は,車両が数珠繋ぎ状態であり,安全な車間距離を確保して左側車線に戻ることは不可能である。」,「刑事処分は,事実上無罪判決と同等の不起訴処分となっている。」との異議申立理由について,それぞれ理由を示してその主張を排斥している。そうすると,本件決定書には,不服事由に対応してその結論に到達した理由は十分に明示されていると認めることができる。

したがって,本件決定書に理由付記不備の違法はない。

カ 原告は,本件異議申立書において,再反論の機会を与えるよう要望しておいたのに,公安委員会が原告の要望に応じることなく本件決定を行ったことは,行審法が定めた審理の方式に違反すると主張する。

行審法上,申立人又は参加人の申立てがあったときは,異議申立てに係る処分庁は,口頭で意見を述べる機会を与えなければならないが(行審法48条,25条1項),行審法26条ないし32条の規定にかんがみれば,申立人のその他の申立てを採用するか否か,あるいはどのような審理を行うかについては,審査庁の裁量に委ねられていると解される。

本件で,公安委員会は,原告の異議申立書に加え,追加意見書を踏まえた上で,原告の異議申立てを棄却したが,その際,処分側と原告の反論がかみ合い,異議申立てを判断するに足りる審理は尽くされているとしたものと認められる。以上の関係文書の内容等を検討するならば,公安委員会において,さらに,原告に処分側の見解を摘示するなどして,再反論の機会を与えなかったことをもって,審理方式に瑕疵があるとはいうことができない。

キ 原告は,C巡査らは,原告に対し,「80メートルの車間があれば理想だが,実際はバックミラーに追い越した車両が見えたら戻っても大丈夫である。」旨の発言をしたところ,この発言の有無は,本件決定書に記載された内容の真実性と重大な関連があるが,本件決定書においては何らこの点の判断がされておらず,審理不尽であると主張する。

しかし,上記発言の有無が原告の運転行為が通行帯違反に該当するかを判断する上で重要な間接事実であるということはできず,上記発言の有無を審理しなかったことは審査庁の裁量の範囲内であると認められるから,原告の上記主張を採用することはできない。

(4)  小括

以上によれば,本件決定を違法とする原告の主張はいずれも採用することができず,本件決定は適法にされたと認めることができる。

4  争点(3)(国家賠償請求権の成否)について

(1)  原告は,①神奈川県警察所属の警察官及び神奈川県警察本部長の故意又は過失により,原告の運転が道路交通法違反ではないにもかかわらず,原告に対して反則告知処分・反則通告処分をした,②公安委員会の故意又は過失により,原告の運転行為が道路交通法違反でないにもかかわらず,原告を一般運転者と区分した上で,原告に対して,優良運転者である旨の記載のある免許証を交付しなかった,③公安委員会の故意又は過失により,本件異議申立てに対し,行審法に違反する審理をした,④公安委員会の故意又は過失により,本件更新処分に対して,異議申立てや取消訴訟を提起できることを教示しておきながら,本訴訟が不適法である旨の本案前の答弁を行い,訴訟を遅延させた,などと国家賠償法上の違法を主張する。

しかし,①ないし③については,前述のとおり,原告が本件違反行為をしたことが認められ,また,同違反行為に基づいて行われた本件反則告知書による告知,本件更新処分,本件異議申立てに対する本件決定等については,法令に則した適正な手続がされていると認められるから,①ないし③を国家賠償法上の違法とする原告の主張は前提を欠き採用することができない。

(2)  ④については,本件更新処分の時点では,訴えの適法性について,裁判所の判断が分かれており,最高裁判所による最終的な法律判断がされていなかったのであるから,本訴訟において被告又は公安委員会がその立場に基づく主張をし,その主張について法律的判断を受けることは合理的な訴訟対応であり,その結果審理に相当の期間を要したにすぎず,公安委員会が訴訟を遅延させたと評価できるものではなく,国家賠償法上の違法とはならない。

(3)  したがって,原告の被告に対する国家賠償請求は,その余の点を検討するまでもなく理由がない。

第4結論

以上によれば,本件訴えのうち,本件更新処分中,原告を一般運転者とする部分の取消しを求める部分,優良運転者である旨を記載した免許証の交付を義務付ける部分及び本件決定の取消しを求める部分は不適法であるから,これを却下することとし,原告のその余の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 西森政一 裁判官 戸室壮太郎)

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