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横浜地方裁判所 平成21年(行ウ)22号 判決 2010年6月30日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  原告らの本件各義務付けの訴えは、建築基準法9条1項に基づき、本件建物1の4階部分及び本件建物2の除却命令権限並びに本件建物1の中2階部分の新設工事及び同建物1階部分の修繕工事の停止命令権限の行使を求めるものであるところ、同法は、違法建築物の敷地の隣接地その他の近隣に居住する者につき、特定行政庁に対する除却命令権限あるいは工事停止命令権限の行使についての申請権を認めていないから、本件各義務付けの訴えは、行政事件訴訟法3条6項1号、37条の2規定のいわゆる非申請型の義務付けの訴えであると解される。そして、同条1項は、「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれ」があることを非申請型の義務付けの訴えの適法要件としている。

そこで、以下、本件において、原告らが義務付けを求める各除却命令ないし工事停止命令が発せられないことにより、原告らに「重大な損害を生ずるおそれ」があるか否かを検討する。

2  請求の趣旨第1項に係る訴えについて

(1)  原告らは、本件建物1の4階部分によって日差しが遮られ、日照時間が確保できなくなっており、特に冬場は路面の凍結時に日照による解氷がなされず、歩行面、車両運行面において危険を甘受せざるを得なくなっているから、原告らに重大な損害が生じている、あるいは生ずるおそれがある旨主張する。

(2)  しかしながら、前記第2の1(8)のとおり、本件建物1に起因する原告ら所有土地建物の日影については、日影規制を29分あるいは12分超過する程度のものが発生している程度にとどまっており、このこと自体によって、原告らに何らかの重大な損害が発生しているとはいい難い。また、原告らは、本件建物1に起因する月影によって、冬場の路面凍結時に解氷がなされず、歩行あるいは車両の通行に危険が生じている旨主張するが、そのような危険が発生していることの具体的な立証はないし、その他、本件において、本件建物1に起因する日影によって、原告らに重大な損害が発生するおそれがあると認めるような事情もうかがわれない。

さらに、原告らは、本件建物1が建築基準法に違反した建物であるということ自体によって、原告らは地震、火災等の緊急時に、倒壊等の不測の事態を招くのではないかとの危惧感を抱きつつ不安な生活を送らざるを得なくなっているなどとも主張しているが、いずれも抽象的な危険あるいは不安感にすぎず、これらをもって原告らに「重大な損害を生ずるおそれ」があるとは認められない。

(3)  したがって、本件建物1の4階部分の除却命令が発せられないことにより、原告らに「重大な損害を生ずるおそれ」があるとは認められないから、請求の趣旨第1項に係る訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法というべきである。

3  請求の趣旨第2項に係る訴えについて

(1)  原告らは、Aらが本件建物1に中2階を新設しようとしており、2階の床下げにより、現在は「小屋裏物置」と認められる高さになっているとしても、同床下げは、固定的構造物を築造する工法によるものではなく、同人らにおいて、床下げをやめて建築面積に算入される構造に改変することは容易であるし、いずれにしても、中2階の存在は、火災発生時の火の回りを早くし、大火に繋がる危険性が極めて高く、原告らは、恐怖感にさいなまれており、原告らに重大な損害が生じている、あるいはそのおそれがある旨主張する。

(2)  しかしながら、そもそもAらが本件建物1に中2階を新設しようとしている事実自体については何ら立証がなされていないし、原告らは、中2階の存在によって、大火に繋がる危険性が高いというものの、中2階が存在しない場合と比較しどの程度危険性が高まるのか、あるいは、それが本件建物1と原告ら所有土地建物との位置関係に照らしてどの程度具体的なものであるかについても何ら主張立証がない。そうすると、原告らの前記主張は、抽象的な危険に対する原告らの不安感を述べているものにすぎないというべきであり、これをもって原告らに「重大な損害を生ずるおそれ」があるとは認められない。

(3)  したがって、本件建物1の中2階の新設工事の停止命令が発せられないことにより、原告らに「重大な損害を生ずるおそれ」があるとは認められないから、請求の趣旨第2項に係る訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法というべきである。

4  請求の趣旨第3項に係る訴えについて

(1)  原告らは、Aらが、本件建物1の1階部分について、建築確認申請手続を経ないままに大規模な修繕又は模様替えを実施し、同部分をスナックその他の飲食店用店舗として賃貸を図ろうとしていることは明白であって、こうした店舗への改造及び賃貸は、原告らの平穏な生活(中でも安眠)を妨げることになり、原告らは生活上多大な迷惑と損害を被るなどと主張する。

(2)  しかしながら、Aらが本件建物1の1階部分につき大規模な修繕をし、スナック等の店舗として使用させようとしていることについての主張立証は何らなされておらず、原告らの前記主張は、飽くまで仮にこのような店舗等に使用された場合の抽象的な危険について述べるものにすぎないから、これをもって原告らに「重大な損害を生ずるおそれ」があるとは認められない。

(3)  したがって、本件建物1の1階部分の修繕工事の停止命令が発せられないことにより、原告らに「重大な損害を生ずるおそれ」があるとは認められないから、請求の趣旨第3項に係る訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法というべきである。

5  請求の趣旨第4項に係る訴えについて

(1)  原告らは、本件建物2の存在により、緊急時の避難方法に不都合が生じるし、同建物の利用法如何により原告らの生活が脅かされるおそれは極めて強いなどと主張する。

(2)  しかしながら、本件建物2と原告ら所有土地建物との位置関係等からして、本件建物2の存在が、果たして原告ら緊急時の避難の妨げになるのか疑問であるといわざるを得ないし、その他、原告らから、緊急時に生ずる具体的な不都合についての主張立証は何らなされていない。また、本件建物2の利用方法如何によっては原告らの生活が脅かされるなどと主張するが、原告らに具体的にいかなる損害が生ずるというのかが何ら明らかでない。そうすると、これらをもって原告らに「重大な損害を生ずるおそれ」があるとは到底認められない。

(3)  したがって、本件建物2の除却命令が発せられないことにより、原告らに「重大な損害を生ずるおそれ」があるとは認められないから、請求の趣旨第4項に係る訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法というべきである。

6  以上によれば、本件各訴えは、いずれも不適法というべきであるから、これらをいずれも却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 日下部克通 赤谷圭介)

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