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横浜地方裁判所 平成21年(行ウ)23号 判決 2011年3月09日

主文

1  本件訴えのうち、神奈川県松田土木事務所長に是正措置命令の義務付けを求める各訴え及び神奈川県自然環境保全センター所長に是正措置命令の義務付けを求める各訴えをいずれも却下する。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

第1事件

1  (主位的請求)

(1)  神奈川県松田土木事務所長は、被告Y1又はY2に対し、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面内の赤線で囲んだ斜線区域内及び青線で囲んだ斜線区域内において、河川法75条1項に基づく是正措置命令権限を行使せよ。

(2)  神奈川県松田土木事務所長は、被告Y1又はY2に対し、河川法75条に基づき、次の是正措置命令をせよ。

ア 被告Y1が、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面内の赤線で囲んだ斜線区域内において、神奈川県松田土木事務所長が平成16年1月20日付けで被告Y1にした護岸回復工事の許可、(神奈川県指令松土第210068号)の範囲を超えてした盛土・石積みによって積まれた土砂や石を撤去し、許可した範囲での河川の形状に回復せよ。

イ 被告Y1が、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面内の青線で囲んだ斜線区域内において、掘削除去した土を戻し、掘削前の河川の形状に原状回復せよ。

(予備的請求)

神奈川県松田土木事務所長は、被告Y1又はY2に対し、河川法75条に基づき、次の是正措置命令をせよ。

(1)  被告Y1が、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の赤線で囲んだ斜線区域内において行った盛土・石積みによって積まれた土砂や石を撤去し、盛土・石積み前の河川の形状に原状回復せよ。

(2)  被告Y1が、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の青線で囲んだ斜線区域内において掘削除去した土を戻し、掘削前の河川の形状に原状回復せよ。

2(1)  神奈川県自然環境保全センター所長は、被告Y1又はY2に対し、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の赤線で囲んだ斜線区域内及び青線で囲んだ斜線区域内において、自然公園法27条1項に基づく是正措置命令権限を行使せよ。

(2)  神奈川県自然環境保全センター所長は、被告Y1又はY2に対し、自然公園法27条1項に基づき、次の是正措置命令をせよ。

ア 被告Y1が、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の赤線で囲んだ斜線区域内において盛土・石積みをした土砂や石を撤去の上、原状の土地の形状に回復せよ。

イ 被告Y1が、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面内の青線で囲んだ斜線区域内において掘削除去した土を戻し、掘削前の土地の形状に原状回復せよ。

3  (主位的請求)

(1)  被告Y1は、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の赤線で囲んだ斜線区域内において、神奈川県松田土木事務所長が平成16年1月20日付けで被告Y1にした護岸回復工事の許可(神奈川県指令松土第210068号)の範囲を超えてした盛土、石積みによって積まれた土砂や石を撤去し、同許可によって許可された河川の形状に回復せよ。

(2)  被告Y1は、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の青線で囲んだ斜線区域内において、掘削除去した土を戻し、掘削前の河川の形状に原状回復せよ。

(予備的請求)

被告Y1は、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の赤線で囲んだ斜線区域内において、盛土・石積みによって積まれた土砂や石を撤去し、盛土・石積み前の河川の形状に原状回復せよ。

4  被告神奈川県及び被告Y1は、原告X1に対し、連帯して976万2000円及びこれに対する平成19年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  被告神奈川県及び被告Y1は、原告X2に対し、連帯して33万円及びこれに対する平成19年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事件

(主位的請求)

1  被告Y2は、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の赤線で囲んだ斜線区域内において、神奈川県松田土木事務所長が平成16年1月20日付けで被告Y1にした護岸回復工事の許可(神奈川県指令松土第210068号)の範囲を超えてした盛土、石積みによって積まれた土砂や石を撤去し、同許可によって許可された河川の形状に回復せよ。

2  被告Y2は、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の青線で囲んだ斜線区域内において、掘削除去した土を戻し、掘削前の河川の形状に原状回復せよ。

(予備的請求)

1  被告Y2は、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の赤線で囲んだ斜線区域内において、盛土・石積みによって積まれた土砂や石を撤去し、盛土・石積み前の河川の形状に原状回復せよ。

2  被告Y2は、神奈川県足柄上郡<以下省略>先の別紙図面の青線で囲んだ斜線区域内において、掘削除去した土を戻し、掘削前の河川の形状に原状回復せよ。

第2事案の概要等

1  事案の骨子

第1事件のうち、被告神奈川県(以下「被告県」という。)に対する請求は、被告Y1が行った河川工事によって、原告X1の経営するオートキャンプ場付近の河川の流路が変更されたため、増水の際に原告X1の所有地又は原告X2の居住地につき、越流による溢水の危険が現に生じていると主張する原告らが、被告Y1又は被告Y1が営むオートキャンプ場敷地の所有権等を譲り受けた被告Y2に、河川法75条、あるいは自然公園法27条1項に基づく是正命令を発することを求めるとともに、被告県の是正命令を発しないという不作為によって、平成19年に上陸した台風の影響で、原告X1については、その所有するキャンプ場に合計976万2000円(流出土砂の原状回復工事費用542万2000円、同工事期間の逸失営業利益250万円、信用毀損による損害100万円、弁護士費用84万円)の被害が生じ、原告X2については、精神的損害30万円及び弁護士費用3万円の損害が生じたと主張して、主位的に国家賠償法2条、予備的に同法1条に基づき、原告X1については前記金額及びこれに対する平成19年9月8日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を、原告X2については前記金額及びこれに対する平成19年9月8日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うよう求めるものである。また、第1事件のうち、被告Y1に対する請求は、原告らが、原告X1の所有権に基づく妨害予防請求権、営業権及び原告X2の人格権に基づき、工事前の河川の形状に原状回復することを求めるとともに、被告Y1の違法な前記河川工事によって、原告らに被害が生じたと主張して、主位的に民法709条、予備的に民法717条に基づき、被告県と連帯して、前記金員の支払を求めるものである。

第2事件は、原告らが被告Y2に対し、原告X1の所有権に基づく妨害予防請求権、営業権及び原告X2の人格権に基づき、木件工事前の河川の形状に原状回復することを求める事案である。

2  前提事実(争いのない事実並びに括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者

ア 原告X1は、神奈川県足柄上郡<以下省略>及び同所<以下省略>の各土地(以下「原告X1所有地」という。)の所有者であり(甲1の1及び2)、同地において「aハウス」の名称でオートキャンプ場(以下「原告キャンプ場」という。)を営む有限会社である。

イ 原告X2は、原告X1の取締役であり、上記神奈川県足柄上郡<以下省略>に居住し、原告キャンプ場の管理をしている者である(甲2)。

ウ 被告Y1は、原告X1所有地と二級河川河内川(以下「本件河川」という。)を隔てた向かいの土地において、「bキャンプ場」の名称でオートキャンプ場(以下「被告キャンプ場」という。)を営んでいた株式会社である(争いがない。)。

エ 被告Y2は、被告Y1から被告キャンプ場の営業権及び同敷地の所有権を譲り受けた有限会社である(争いがない。)。

(2)  工事の経緯等

ア 神奈川県足柄上郡<以下省略>所在の被告キャンプ場付近は、昭和44年に本件河川の区間に指定され、昭和58年に河川法(昭和39年法律第167号)6条4項に基づき、河川区域に指定された(乙1)。

別紙図面の赤線で囲んだ斜線区域内(以下「本件現場1」という。)及び別紙図面の青線で囲んだ斜線区域内(以下「本件現場2」といい、本件現場1及び本件現場2付近を総称して「本件現場」という。)は、いずれも河川区域内の土地であり、原告キャンプ場の敷地部分は、事務所兼管理棟、炊事棟、トイレ、大浴場及び駐車場が設置されている部分を除き、河川区域内の土地である(甲18の2、乙1、11)。原告X2は、上記管理棟に居住している。

イ 被告Y1は、平成16年1月13日、神奈川県松田土木事務所長(以下「松田土木所長」という。)に対して、護岸回復工事の許可申請(以下「本件許可申請」という。)を行った。松田土木所長は、同月20日、この申請に対して、下記のとおり許可(神奈川県指令松土第210068号。以下「本件許可」という。)をした(甲3、乙15)。

目的:河川護岸の石積み崩壊等による原状回復工事

工事実施方法:請負

工事期閲:平成16年1月20日から平成16年1月30日まで

11日間

工事場所:神奈川県足柄上郡<以下省略>bキャンプ場二級河川河内川右岸

工事内容:その他土地の形状変更

現状のままの切土、盛土、石積み等

工事面積:河川区域内の面積602平方メートル

ウ 被告Y1は、本件許可に基づき工事を開始したが、本件許可に係る工事断面及び工事期間を超えて工事(以下「本件工事」という。)を行った。

松田土木所長は、河川管理上の支障になるなどとして、被告Y1に対し、平成16年2月26日付けで、許可期間が終了しているため、工事をすぐ停止すること、また、河川断面について、左岸を削らずに、幅10メートルを確保することを指示した。しかし、被告Y1がこれに従わなかったため、松田土木所長は、同年3月9日付け、同年4月26日付けでさらに同様の指示をした。(以上、甲4ないし6)

エ 松田土木所長は、被告Y1が上記指示に従わなかったため、平成16年5月10日付けで、河川法75条の規定に基づく原状回復命令を行う旨の勧告を行った(甲7の2)が、被告Y1が同勧告にも従わなかったため、平成16年6月15日付けで、被告Y1に対し、河川法75条1項に基づき、下記のとおり原状回復命令(松土第6430号。以下「本件原状回復命令」という。)を行った(甲7の1)。

区域名 2級河川河内川bキャンプ場Bゾーン

所在地又は行為地 足柄上郡<以下省略>(河内川右岸)

物件の名称又は行為の内容 重機等による護岸石積みなどの土地形状変更工事

命令の内容 平成16年7月2日までに、本件許可内容どおりの土地形状変更の状態に原状回復すること

オ 被告Y1は、本件原状回復命令を受けて、ようやく是正工事(以下「本件是正工事」という。)を行い、松田土木所長に対し、平成16年6月29日付けの是正完了報告書を提出した(甲8)。

松土土木所長は、平成16年7月7日、本件改修工事の内容について立会調査をし、被告Y1による是正工事が完了したと認めた(甲9)。

(3)  台風による被害

平成19年9月7日から8日未明にかけて、台風9号(以下「平成19年台風」という。)の影響で本件河川が増水した際、原告X1所有地の土砂が流出するという被害(以下「本件被害」という。)が発生した(甲15)。

(4)  被告Y2は、平成20年1月15日、被告Y1から、被告キャンプ場敷地の所有権及び経営権を譲り受けた(争いがない。)。

(5)  法律の定め等

ア 河川法

河川法27条1項本文は、河川区域内の土地において土地の掘削、盛土若しくは切土その他土地の形状を変更する行為(前条第1項の許可に係る行為のためにするものを除く。)又は竹木の栽植若しくは伐採をしようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、河川管理者の許可を受けなければならないと定めている。

また、同法75条1項1号、2号は、河川管理者に、同法若しくはこの法律に基づく政令若しくは都道府県の条例の規定若しくはこれらの規定に基づく処分に違反した者、その者の一般承継人若しくはその者から当該違反に係る工作物(除却を命じた船舶を含む。以下この条において同じ。)若しくは土地を譲り受けた者又は当該違反した者から賃貸借その他により当該違反に係る工作物若しくは土地を使用する権利を取得した者(1号)、及び同法又はこの法律に基づく政令若しくは都道府県の条例の規定による許可又は承認に付した条件に違反している者に対して、この法律若しくはこの法律に基づく政令若しくは都道府県の条例の規定によって与えた許可若しくは承認を取り消し、変更し、その効力を停止し、その条件を変更し、若しくは新たに条件を付し、又は工事その他の行為の中止、工作物の改築若しくは除却(第24条の規定に違反する係留施設に係留されている船舶の除却を含む。)、工事その他の行為若しくは工作物により生じた若しくは生ずべき損害を除去し、若しくは予防するために必要な施設の設置その他の措置をとること若しくは河川を原状に回復することを命ずることができると定めている。

イ 河川法施行細則(乙4)

河川法施行細則(昭和40年神奈川県規則第50号)1条9号は、河川法27条1項に基づき神奈川県知事が河川区域内における土地の掘削、盛土及び切土その他土地の形状を変更する行為並びに竹木の栽植及び伐採を許可する事務について、土木事務所長及び治水事務所長に委任している。

また、同許可を得た者に対して、河川法75条1項に基づき、同許可の取消し等の監督処分を行う事務も同様に委任されている(同細則1条15号)。

本件河川は、神奈川県松田土木事務所の所管区域内にある河川であることから、松田土木所長にその権限が委任されている。

ウ 自然公園法

自然公園法13条1項は、都道府県知事が国定公園の区域内に特別地域を指定することができることを定め、同条3項は、国定公園の特別地域内において木材を伐採すること(2号)、土地を開墾しその他土地の形状を変更すること(9号)等を行う場合には、都道府県知事の許可を受けなければならないことを定めている。

また、同法27条1項は、都道府県知事は国定公園について、当該公園の保護のために必要があると認めるときは、13条3項、14条3項、15条3項若しくは24条3項の規定、25条の規定により許可に付せられた条件又は26条2項の規定による処分に違反した者に対して、その保護のために必要な限度において、その行為の中止を命じ、又はこれらの者若しくはこれらの者から当該土地、建築物その他の工作物若しくは物件についての権利を承継した者に対して、相当の期限を定めて、原状回復を命じ、若しくは原状回復が著しく困難である場合に、これに代わるべき必要な措置を執るべき旨を命ずることができると定めている。

神奈川県自然環境保全センター所長(以下「自然センター所長」という。)は、神奈川県事務委任規則により、神奈川県知事から自然公園法13条3項、27条所定の事務を委任されている(乙8)。

被告Y1が工事を行った場所である、神奈川県足柄上郡山北町は、丹沢大山国定公園(自然公園法2条、厚生省告示第151号区域指定)のうちの第2種特別地域(同法13条、同法施行規則9条の2、厚生省告示第153号区域指定)である(乙5、6)。

第3争点及び当事者の主張

1  被告県に対する請求

(1)  各義務付け請求に係る訴えの適法性(本案前の争点)

ア 請求の特定の有無

(原告らの主張)

河川法75条の是正措置命令制度は、いつ、誰に対して、どのような内容の違反について、どのような方法で、どの程度の是正を命ずるかにつき、特定行政庁に一定の裁量を与えている。本件のような是正措置命令権限の行使の義務付けを求める訴えにおいて、是正措置命令の内容や方法等を具体的に特定した請求の趣旨を要求すると、行政庁が第一次判断権を行使していない事項について詳細に司法審査をすることになり、妥当でない。

本件においては、被告Y1が作出した違法状態に対して、是正命令権限を行使できる程度に具体的な特定ができていれば足り、それ以上に、是正命令の具体的な内容、方法、時期及び相手方等を請求の趣旨において特定する必要はないと解すべきである。

(被告県の主張)

本件訴えは、河川法75条1項に基づく是正措置命令権限の行使の義務付けを求めるものであるが、被告県がどのような方法でいかなる是正命令をすべきかという点が不明確である上、別紙図面の赤線、青線の根拠、及び盛土、石積みの現在の状況の変更を求める根拠も不明である。また、処分をすべき相手方も、被告Y1又は被告Y2とされており、特定されていない。

したがって、上記訴えは請求の特定に欠けるというべきである。

イ 「重大な損害を生ずるおそれ」(行政事件訴訟法37条の2第1項)の有無

(原告らの主張)

被告Y1の本件工事によって本件河川の流路が変更されたことにより、その流力及び横力が工事前に比べて増大した。このため、本件河川の流量が増加した場合に、越流による溢水被害を誘発しやすい状況に陥っており、この溢水により原告X1所有地の土砂が流出する危険が存在する。現に、原告X1は、平成19年台風の影響で本件河川が増水した際の溢水で原告X1所有地の土砂が流失するという被害を被ったのであり、今後も増水時には常に溢水の危険がある。

平成19年台風以前にも原告キャンプ場において土砂流出事故が起きたことはあるが(平成8年8月・台風17号)、原告X1は、このときの冠水事故後、護岸の補強を行い、これにより、被告Y1による本件工事以前は平成19年台風と同規模以上の台風(平成10年9月16日)が上陸した際にも冠水事故が起きていなかった。にもかかわらず、本件工事後の平成19年台風の際に土砂流出事故が起きたのであるから、これは、被告Y1の本件工事によって本件河川の流路が変更されたためである。平成19年台風以後は同等の規模の台風が上陸していないため、事故は起きていないものの、現状のまま放置すれば、再び同様の事故が起きる危険性が高いというべきである。

このように、原告X1は、自己の所有地を安全に利用できないだけでなく、原告キャンプ場の運営にも困難を来しており、所有権及び営業権が侵害されている。また、原告X2は、原告X1所有地に居住し、原告キャンプ場の管理をしているため、本件河川の増水に伴う土砂流出によって、常に生命、身体の危険がある。

以上のとおり、松田土木所長による河川法75条1項に基づく是正措置命令権限及び自然センター所長による自然公園法27条1項に基づく是正措置命令権限(以下「本件各規制権限」という。)が行使されないことにより、重大な損害のおそれが生じているというべきである。

被告県は、河川区域内においては原告ら主張の上記権利は保護されないと主張するが、国民は、法規制を遵守する限りにおいて、河川区域内の民地についても安全に利用することができるはずであり、河川区域内であればどのような場合でも保護されないというわけではない。河川法上、下流の土地利用者の生命・身体への危険を増大させるような土地利用は許されないというべきである。

(被告県の主張)

原告らは、通常時の損害ではなく、出水時に河川区域内の原告X1所有地に流水が及ぶことを「重大な損害」であるとして、原状回復命令権限の行使を求めている。しかし、河川区域内の土地は、出水時には流水することが予定されている区域であるから、同区域に出水時に流水が及ぶこと、及び流水により土砂が流出することは、河川区域内の土地が本来果たすべき正常な機能が発揮されたことによって生じた当然の現象であり、これを損害ととらえるべきではない。

原告らは、原告キャンプ場の石積みの内側(キャンプサイト内)を河川区域外と同視し、流水は必ず石積みの外側(通常時に流水がある側)を流れなければならないことを前提としているが、河川法上河川管理者が求められていることは、出水時の流水を河川区域内にとどめ、河川区域外に流出させないように管理することにとどまるから、上記主張は失当である。

また、原告らは、本件河川が出水時においても、通常時と同じ流路を維持すべきであることを前提としているが、そもそも河川法は河川区域内の土地における河川の流路の位置そのものを法的に固定することを規定するものではない上、本件現場のような自然河川においては、通常時であっても、季節や天候によって流路は変化するから、河川区域内の河川の流路の位置を問題とすること自体失当である。

また、平成19年台風における降水量は極めて多量であり、近年にみられない被害が発生している上、原告X1は被告Y1による本件工事以前にも度々冠水被害を受けているのであるから、被告Y1の本件工事と原告らの本件被害の発生との間には因果関係はないというべきである。

また、原告らは、本件河川の流水の位置を、上流側からみて右岸側に移動させる旨の是正命令権限の行使を求めているが、これは、生命・財産等の権利保護を求めるものであり、自然公園の保護とは何ら関係がない事由を根拠としている以上、原告らが主張するところの損害は自然公園法に基づく是正命令とは無関係である。したがって、自然公園法に基づく是正命令がなされないことによる損害はおよそ考えることはできない。

ウ 「法律上の利益」(同条3項)の有無

(原告らの主張)

本件工事により、原告X1は所有権及び営業権を侵害されている。

原告X1所有地は河川区域内にあるが、河川法は、河川区域外の土地だけでなく、河川区域内の土地における国民の生命、身体、財産をも保護しているのであるから、原告らの上記利益を個別的利益として保護していると解すべきである。

また、原告X1所有地の一部は河川区域外にある上、原告X2は、河川区域外の管理棟に居住しているのであり、これら河川区域外の土地における利益は、河川法が当然に個別的利益として保護するものである。

さらに、原告X1は、河川法27条1項の許可を得て護岸工事や復旧工事を行ってきたのであり、このような許可により生じた状況については、河川法上の保護を受けうるというべきである。

また、被告Y1の本件工事による流路変更のために、原告X2の居住する管理棟の下部の土砂が流される危険が増大しており、原告X2の生命・身体への危険が存在する。生命・身体への危険があるか否かは、居住建物の中にいる場合だけを想定すべきではなく、居住建物を中心とする居住者の生活圏内にいる場合を想定して判断すべきであるところ、原告X2の日常的な生活圏は河川区域内を含むから、原告X2の生命・身体に対する危険があるというべきである。

また、自然公園法は、風景地の保護と憲法29条の補償する私有財産権保護の調整を図る法律であるから、同法の規制の範囲内における所有権を保護していると解すべきである。また、同法は、営業を保護する場合があるところ(同法51条参照)、原告らにとって、キャンプ場としての土地利用が営業内容そのものであるから、営業権は土地所有権の一内容となっている。さらに、同法は、土地利用規制の範囲内で公園区域内を利用するとともに、営業する者の安全を保護している。

したがって、原告らには自然公園法上の是正命令を求める「法律上の利益」があるというべきである。

(被告県の主張)

前記のとおり、河川区域内の土地は、出水時には流水することが予定されている区域であり、河川法上、出水時に河川区域内民地に対し、流水を及ぼさないように管理することは想定されていない(同法1条、6条、27条、75条参照)。

河川区域内民地を管理する者は、出水時には、河川区域内である当該民地に流水が及ぶという制約の中で、これを利用することが求められているのである。仮に、河川区域内民地の活用により何らかの利益があるとしても、それは河川法が直接保護する利益ではなく、反射的利益にすぎない。

原告X1所有地は河川区域内に存在するのであるから、原告X1には規制権限の行使を求める法律上の利益が存在しない。また、原告X2は河川区域外に居住しており、平成19年台風の際にもその居住地は冠水被害を受けなかったこと、同人が原告X1に雇用されたキャンプ地の管理人にすぎないことからすれば、原告X2にも原告適格は認められない。

自然公園法は、優れた風景地の保護や利用の増進をその主要な目的としており、その目的を達成するため、特に風致の維持が必要とされる地域を特別地域として指定し規制しており(13条3項)、風景地を利用する者一般のために風景地を保護する趣旨で規定されたものである。このような趣旨からすれば、一般的公益の観点から規定がなされていると解されるから、同法が、個々人の所有権や営業権等を保護することを直接の目的としているものではないことは明らかである。

したがって、原告らには、自然センター所長の是正命令を求めることに法律上の利益はないというべきである。

(2)  義務付け請求の本案の争点

(原告らの主張)

本件許可の範囲は、本件現場1を含んでいないから、被告Y1は本件許可の範囲を超えて本件現場1の工事を行ったものであり、これは、河川法27条1項、自然公園法13条1項に違反する行為である。

仮に本件工事が本件許可の範囲内であったとしても、これは、被告Y1が護岸の位置について虚偽を含む申請を行い、これを被告県が是認し、護岸の位置が本件現場1を含まない位置にあったにもかかわらず、これを含む位置に護岸があるとの事実誤認に基づいて行った許可であるから、河川法27条1項に反し違法である。

また、本件工事前後で河川幅が10メートルと変化していないのに対し、本件現場1には石積み、埋立てがなされたままであり、本件是正命令によって指定された場所以外はセットバックもなされていないことからすると、被告Y1が無許可で本件現場2を掘削して10メートルの河川幅を確保したというべきである。

上記のとおり、被告Y1による違法な本件工事によって本件河川の流路が変更され、下流域の土地利用者である原告らの生命身体等に対し重大な危険をもたらしている以上、これを放置することは裁量権の逸脱濫用である。

なお、被告Y2は、平成20年1月15日、被告Y1から被告キャンプ場敷地を取得するとともに、同キャンプ場の経営権を取得した。したがって、被告Y2は、河川法27条1項及び自然公園法13条3項に違反する行為を行った被告Y1から被告キャンプ場の経営権及びキャンプ場敷地を取得したのであるから、河川法75条1項1号所定の違反者の「承継人」又は違反者から「土地を譲り受けた者」、及び自然公園法27条1項の「土地、建築物その他の工作物若しくは物件についての権利を承継した者」に当たる。

以上のとおり、松田土木所長及び自然センター所長が、被告Y1又は被告Y2に対して各規制権限を行使しないことは裁量椎の逸脱濫用に当たるというべきである。

(被告県の主張)

本件工事は、本件許可の範囲内であるから、被告Y1が本件許可の範囲を超えて工事を行ったという原告らの主張は前提を欠く。また、石積みを行った場合、その上部を石積みとなじむように整地することは、石積みに付随して当然発生する行為であり、その整地など、周辺行為の範囲が許可申請書や添付図書に明記されていなかったとしても、直ちに無許可あるいは許可に違反した行為とまでは認められない。

また、原告らは、被告Y1の工事が本件許可の範囲内であったとしても、本件許可自体が違法であり、無許可工事であると主張するが、本件許可は取り消されたことがない上、是正命令を経て完了しているため、その効力は消滅している以上、無許可工事には当たらない。

本件許可は、本件現場1において増水等により崩れた石積みを、崩れる前の状態に原状回復することを目的として、本件許可時点の流路の位置を前提として河川幅を狭めることなく行う原状回復工事を認めたものにすぎず、本件工事によって流路が変更された事実はなく、本件許可自体に河川法27条1項違反と認めるべき瑕疵はない。

(3)  被告県に対する損害賠償請求権の有無

ア 被告県の河川管理の瑕疵の有無

(原告らの主張)

被告Y1の違法工事により、本件河川の流路が変更され、溢水が誘発されやすい危険な状態になっている。このような状態は、河川が通常有すべき安全性を備えていないから、国家賠償法2条にいう河川の「管理の瑕疵」に当たるというべきである。

(被告県の主張)

河川区域内は、出水時にはその全体に流水が及ぶことが予定されている区域であるから、このような区域内において、出水時に流水による被害が発生したとしても、それは当該土地が果たすべき正常な機能を発揮した結果に伴って生じた当然の事象であり、河川管理の瑕疵を議論する余地はない。

イ 被告県の不作為の違法性の有無

(原告らの主張)

松田土木所長が、被告Y1の本件工事が違法であることを知り、本件被害が発生する危険を認識しながら是正命令権限を行使せずに放置したことは、国家賠償法1条1項の不作為の違法に当たるというべきである。

(被告県の主張)

松田土木所長には、河川区域内にある原告キャンプ場敷地を出水時の流水から守る義務はないから、本件被害の発生について、河川管理権限の違法な不行使を論ずる余地はない。

また、松田土木所長は、本件原状回復命令を発した上、これを受けて被告Y1が本件是正工事を行った後、是正完了報告書による確認と現地立会調査を行って是正工事が完了したことを現認しているから、被告Y1による工事は本件許可の範囲内で行われたものである。したがって、河川管理権限の違法な不行使という事実はない。

2  被告Y1に対する請求

(1)  被告Y1による所有権又は営業権侵害の有無

(原告らの主張)

前記のとおり、被告Y1の本件工事により本件河川の流路が変更されたため、原告X1所有地は、増水時に常に溢水の危険があり、原告X1が自己所有地を安全に利用できないほか、原告キャンプ場の運営に困難を来しており、所有権及び営業権が侵害されている。したがって、原告X1は被告Y1に対し、所有権に基づく物権的請求権としての妨害予防請求権及び受忍限度を超える営業権侵害により、原状回復請求権を有する。

また、原告X2は被告Y1の工事により流路が変更されたため、生命・身体の安全が侵害されており、これは受忍限度を超える人格権侵害に当たる。

(被告Y1の主張)

被告Y1の本件工事及び本件是正工事によって流路の変化は生じていない。

(2)  被告Y1に対する損害賠償請求権の有無

(原告らの主張)

被告Y1は、本件許可の内容が護岸への石積みであるにもかかわらず、本件許可の範囲を超えて、本件現場1の右岸流水部分に重機を入れて埋め立て、流域の形状を変更した。その後、本件原状回復命令を受けて、松田土木所長に対し、石積みをセットバックして河川断面の幅10メートルを確保した旨の是正完了報告書を提出しているが、実際にはセットバックを行っていない。また、被告Y1は、松田土木所長の許可を得ずに、本件現場2の掘削工事を行った。

仮に被告Y1の工事が本件許可の範囲を超えていないものであるとしても、本件許可は、被告Y1が護岸の位置について虚偽を含む申請を行い、被告県がこれを是認して行ったものであり、被告Y1による本件工事は河川法27条1項に反し違法である。

したがって、被告Y1の本件工事は、河川法27条1項に違反するというべきである。

また、自然公園法上の第2種特別地域内で土地の形状を変更する場合には自然センター所長の許可が必要であるにもかかわらず、被告Y1はこの許可を受けずに本件現場1及び2の工事を行ったものであるから、自然公園法13条3項にも違反する。

このように、被告Y1が本件現場1及び2において行った工事は違法であり、これによって本件河川の流路が変更され、原告らが平成19年台風による溢水被害を受け、原告X1はこの被害の原状回復工事費用、この間に営業ができなかったことによる逸失利益、営業上の信用を毀損されたことによる損害及び弁護士費用相当額の損害を被り、また、原告X2は、精神的損害を被ったものである。これは、原告らに対する不法行為に当たるというべきである。

さらに、被告Y1によって本件現場1に積み上げられた土砂及び石は、土地に接着して人工的作業が加えられたものであり、本件現場2は、もともと被告Y1がキャンプサイトとして使用していた場所であり、本件工事によって土地に人工的作業が加えられたものであるから、いずれも民法717条の「土地の工作物」に当たる。このような土地の工作物が通常備えるべき安全性を備えていないのであるから、被告Y1は、本件現場1及び2の占有者として、民法717条に基づく損害賠償責任を負うべきである。

(被告Y1の主張)

被告Y1は、松田土木事務所長による本件原状回復命令を受けて、護岸を重機で切り崩し、元の状態に戻した。また、被告Y1は、本件現場2の掘削工事を行っていない。

原告らの損害は、台風がもたらした豪雨に伴う本件の出水という自然作用によって生じた事故であり、被告Y1の工事とは相当因果関係がない。

3  被告Y2に対する原状回復請求権の有無

(原告らの主張)

前記のとおり、原告X1は、被告Y1の工事によって所有権及び営業権を侵害され、原告X2は人格権を侵害されている。

被告Y2は、被告Y1から被告キャンプ場の敷地及び経営権を譲り受けたのであるから、原告らは、被告Y2に対し、上記各権利に基づく原状回復請求権を有する。

(被告Y2の主張)

被告Y1の主張を援用する。

第4当裁判所の判断

1  認定事実

括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  本件工事前の本件現場付近の状況

原告X1現取締役Aは、平成元年ころ、原告キャンプ場を開設し、平成12年12月22日には原告X1を設立してその運営にあたった(甲38)。その間の平成8年9月22日、台風の影響で本件現場付近の本件河川が増水し、原告キャンプ場が溢水被害を受けたことがあった。このとき、三保ダムへの最大流入量は502.8立方メートル/秒(平成元年から平成19年度までの流入量として歴代13位)であり、そのときの中川観測所での最大流量が292.71立方メートル/秒であった(乙23)。この被害を受けて、原告X1は、平成9年3月7日付けで復旧工事の許可を得て、原告キャンプ場を整備するために盛土及び整地(申請によると6421平方メートルの河川区域内で、1605立方メートルの盛士をすることになっていた。)を行った(乙26)。

(2)  本件許可申請時の状況

被告Y1は、平成16年1月13日付けで本件許可申請を行ったが、このとき被告Y1が提出した申請書(乙15)には、位置図や実測平面図、実測横断面図は添付されていたが、実測縦断面図等は添付されていなかった。

本来、河川区域内の土地において土地の掘削、盛土等、土地の形状を変更する行為をしようとする者は、行為の目的、具体的内容等を記載した申請書に平面図等の図書を添付して河川管理者に提出しなければならない(河川法施行規則16条)とされているが、添付図書の全部を添付する必要がないと認められるときには、添付図書の一部を省略することができるとされていた(同規則40条4項)。

松田土木所長は、被告Y1の本件許可申請を受けて、本件工事が山間部における自然河川区域内での石積みを内容とするものであり、申請書の様式(乙の5)及び実測平面図、実測横断面図等のほかの添付図書(乙15)によりその内容が十分に把握できたこと、申請書に、河川法施行規則16条2項2号が定める縮尺5万分の1の位置図よりも詳細な位置図(乙15・6から7頁)が添付されていたこと、河川法施行規則16条2項4号は、土地の形状を変更する場合に、対象土地の実測縦断面図及び実測横断面図に当該行為に係る計画地盤面を記載したものを添付することを定めているが、本件現場においては、この「計画地盤面」が定められておらず、同条所定の図面がそもそも存在しなかったことをふまえて、本件許可に関する河川管理上の支障の判断に必要な図面として、実測横断面図の提出を求めるにとどまり、実測縦断面図の提出までは求めなかった。また、本件現場周辺には護岸等の河川管理施設や許可工作物等がなく、他の事業への影響はないと判断し、河川法施行規則16条2項5号所定の「他の事業への影響・対策を記載した書面」の提出も求めなかった。さらに、本件許可に係る区域は、境界許可がなされていない土地であり、現地の土地の形状や利用状況、公図の筆界等を合わせ考えると、被告Y1の自己所有地における石積み工事であることを否定する要素はないと判断し、施行規則16条2項6号所定の「土地の掘さく等を行う権原を有することを示す書面」の提出も求めなかった。なお、本件工事には、河川法27条1項所定の許可のほか、自然公園法13条3項所定の許可を要するが、本件許可申請時において、自然公園法の許可に関する手続がとられていなかった。松田土木所長は、自然公園法の許可を得ていることが本件許可の要件とされているわけではないため、本件許可を行った。

本件許可申請では、本件現場の河川幅が10メートルあり、これをそのまま維持することが前提となっていた(甲3・8枚目、乙15・10頁断面図、乙18)。そして、この申請書に添付されていた、当時の本件現場1付近であると原告らが主張する写真には、河原に樹木が生えている様子が写っている(甲3、31、乙14)。

松田土木所長は、平成16年1月20日に本件許可を行い、これを受けて、被告Y1は右岸側の石積み工事を開始した。

(3)  現地調査時の状況

松田土木事務所職員は、平成16年2月4日、原告X2から、被告Y1の石積み工事により河川幅が狭くなったとの通報を受け、同月5日、本件現場の現地調査を行った。

同調査において、被告Y1が許可の範囲を超えて下流側まで工事を行い、河川幅が狭くなっていたことが判明したため、同職員は是正指導を繰り返したが、改善されないまま推移した。そこで、同職員は、平成16年2月25日、現地調査を行って、被告Y1が石積み工事を行った上流から下流までの河川幅を計測した(乙16・2頁)。このとき、本件現場2付近は河原状になっており、同職員がその上を歩いて調査をすることができた。

松田土木事務所職員は、本件許可後の河川工事によって、本件現場の河川幅は、原告らが流路が変わったとして本訴で問題としている許可対象箇所上流部においては10メートルの河川幅のままであるが、許可対象箇所内に河川幅が7,8メートルに狭まった箇所があるほか、河川幅が4メートルとなっているところもある(乙12)として、翌26日、被告Y1の営業部長に対し、本件工事期間が終了しているので直ちに工事を停止すること、左岸側を削らずに、許可した河川断面10メートルを確保すること及び3月5日までに復旧計画書を提出し、同月18日までに松田土木事務所の承認を得た上で措置するよう記載した指示書を交付した(甲4)。

平成16年3月5日当時は、本件現場2は同年2月4日における現地調査時と変わらず、河原が残っていた(甲22)。

松田土木所長は、被告Y1に対し、同年3月9日付け、同年4月26日付けでさらに同様の指示をしたが、被告Y1はこれに従わなかった(甲5、6)。

そこで、松田土木事務所職員が本件現場の河川幅を約2メートル間隔で計測したところ、河川幅が10メートル確保されていない箇所が認められた。そのため、松田土木所長は、平成16年6月15日付けで、被告Y1に対し、本件是正命令を行った(甲7の1)。命令の内容は、本件で許可した土地形状変更の状態に原状回復することであり、同社が、本件許可に違反して河川断面を10メートル確保せず、河川幅を狭くしたこと、河川の流水部分に直接、重機を入れて形状変更を行ったために、流路が阻害されていると認定されている。

同職員は、翌日の平成16年6月16日、被告Y1に是正工事を確実に履行させるため、「是正すべきとされた場所」を中心に再度河川幅を計測し、法下部分において河川幅10メートルが確保されるべき位置に赤色ペンキで印をつけた(乙13)。

同職員は、同年6月29日に被告Y1から是正完了報告書(甲8)が提出されたことを受けて、7月7日に完了検査を行った。そして、「是正すべきとされた場所」を中心に上流側から下流側にかけて5箇所ほど任意に計測したところ、いずれの箇所でも河川幅10メートルが確保されていることを確認した上、是正工事が完了したと認めた(乙13、乙17)。

(4)  本件工事後の状況

平成18年10月19日当時、本件現場2は河原状になっており、樹木も残っていた(乙16・3頁)。

平成19年、台風9号が到来した。その際、三保ダムへの最大流入量は761.28立方メートル/秒を記録し、これは平成元年から平成19年までの最大流入量の中で第1位の流入量であった。そして、このときの中川観測所における最大流量は295.6立方メートル/秒であり、歴代2位を記録した(乙23)。なお、中川観測所において歴代1位の流量が記録されたのは平成10年で、このときの流量は318.98立方メートル/秒であった。

平成19年台風においては、本件現場上下流のキャンプサイトでも土砂が流される被害が生じたほか、三保ダムより下流に所在する酒匂川に架かる鉄筋コンクリート製の十文字橋が、耐えきれず落橋する被害が生じた(乙18、24)。

原告X1は、上記台風により本件被害を受けたため、平成19年10月25日、土砂流失復旧工事の許可を得て復旧工事を行った(甲16、甲22)。工事の内容は、許可申請書によれば、掘削面積が2000平方メートル、盛土面積が2121.8平方メートルで、掘削体積及び盛土体積はいずれも1200立方メートルとされていた。

平成20年8月26日、松田土木事務所による現地調査当時の本件現場2付近は、広さが確保されてはいるものの、平成16年当時と比べ、高度が低くなっていた(乙16・4頁)。さらに、平成21年10月18日には、平成16年2月に作業員が立っていた場所が流路になった(甲36、乙16)。

2  被告県に対する義務付け請求に係る訴えの可否

(1)  原告らは、河川法及び自然公園法に基づく是正措置命令権限の行使を、行政事件訴訟法3条6項1号所定のいわゆる非申請型の義務付けの訴えとして提起している。この訴えは、一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り、提起することができる(行政事件訴訟法37条の2第1項)。

そこで、原告らが求める各是正命令権限の行使がされないことにより、原告らに重大な損害を生ずるおそれがあるか否かについて、以下検討する。

(2)  原告らは、本件工事によって本件河川の流路が変更されたため、増水した場合に原告X1所有地の土が流失する危険があり、営業損害等を受けると主張する。

たしかに、原告らが現存する昭和58年当時の図面(甲25の1)と平成12年に撮影された航空写真を重ねて作成した重ね図(甲32)を見る限り、この間、大きな流路の変更はあったとは見受けられない。被告Y1は、平成16年1月10日、本件許可を受けて右岸側の石積み工事を開始しているが、少なくとも、原告らが指摘する本件現場より下流側の右岸(乙12)について、被告Y1は、許可の範囲を超える盛土により流路が狭められたとして、松田土木事務所から指摘を受け、改善するよう指示を受けたにもかかわらず、速やかに対応せず、許可された工事期間が終了した平成16年6月15日に、本件許可により認められた土地の形状変更の状態まで原状回復するよう命令を受けている。そこで、本件現場1についても、原告らが、被告Y1により、許可の範囲を超える盛土がなされたものと考えることも不合理とまではいえず、本件許可申請書に添付された本件現場1付近を撮影したと考えられる写真(乙14)と、平成16年の時点における本件現場1付近の写真(甲22、36、乙16)とを比較すると、右岸側の擁壁が従前の流路までせり出していると想定しても矛盾はない。とはいえ、被告Y1による右岸側の石積み工事前後における、本件現場付近の流路を明確に確定できる証拠はないから、被告Y1が、右岸側の石積みが崩落したことを理由に本件許可において認められた原状回復を遥かに超えるような右岸側のせり出しを行ったのかどうか、確定的に認定することはできない。また、その後の平成21年当時の本件現場1の写真(甲31、34、36の1など)を比較すると、その後、被告Y1が設置した石積みが緩み、そのために石が流路側に進入していること、その分、左岸側が浸食されていることがうかがわれないではない。しかし、その間に、原告らも指摘する平成19年の台風の到来があり、原告キャンプ場のほか、その下流のキャンプ場のみならず、さらに下流では橋の崩落があったというのであるから、上記変化が台風等の自然現象ではなく被告Y1の工事によってもたらされたものであると直ちに断定することはできない。

よって、原告らが指摘する現在の流路の形成が、被告Y1の本件許可に基づく工事に起因するということはできない。

(3)  また、仮に、被告Y1の工事によって原告ら主張の流路の変化が生じたとしても、松田土木事務所工務部河川砂防第一課長B作成の意見書(乙19。以下「B意見書」という。)によれば、本件現場付近の河川の掃流力は、昭和58年当時の流路の場合と平成21年当時の流路の場合とで、約1.17倍の差が生じているにとどまることが認められる(なお、河川区域内の土地を冠水させるに足りる出水があったときには、石積みの破堤の有無にかかわらず、原告キャンプ場も浸水するから、この推定は、限られた条件下(河川区域内の土地を冠水させない程度の相応の出水があった場合)に適用されるものとなる。)。

B意見書は、流力の算定方法として、河川の法覆工が破壊される原因は法覆工の素材によって様々であるものの、自然石のように丸みを帯びた材料を用いた法覆工においては、流れにより掃流されることによって法覆工が破壊される形態をとることに着目し、掃流力の程度を、掃流力に耐えうる石の粒径によって測る方法を採用している。そして、本件現場付近の河川の掃流力は、本件工事前後で本件河川の断面の形状は異なるものの、流路に変化がないことを前提とした場合に、本件現場において掃流される石の粒径は、本件工事前後を通じて1.4メートル未満であるから掃流力に変化はない。他方、本件工事前後で断面の形状に加えて、流路に変化が生じたものとし、工事前の流路を昭和58年当時の流路と同一であるという前提で掃流力を計算した場合、掃流される石の粒径は、本件工事前では1.2メートル未満であるのに対し、本件工事後では1.4メートル未満となり、掃流力は石の粒径で約1.17倍となると判断している。これは、財団法人国土開発技術研究センター編「護岸の力学設計法」に掲載されている実務で通常用いられる方法に基づいて算出されたものであるが、同設計法は、既存工種、過去の被災事例等を勘案し、破壊要因、主な破壊形態及び設置状態により法覆工の構造モデルを分類しており、この分類において用いられている考え方は、法覆工の崩壊原因を論じる際にも有効であるということができる。そのほか、B意見書の記載内容の判断過程に不合理な点はみられない。

これに対し、原告らは、一級建築士C作成の意見書(甲37。以下「C意見書」という。)に基づき、本件工事後の本件河川の流力が、工事前の少なくとも約1.43倍、横力は少なくとも約2.14倍になったと主張する。しかし、C意見書は、この計算結果を算出するに必要な本件工事後の粗度係数を採用するに当たり、自然河川のものを用いず、土を開削した人工水路を前提とした数値を用いている。しかし、同意見書添付資料の平成21年9月12日現在の流路の状況をみる限り、人工水路を前提とする粗度計数を用いることに基本的な疑問があり、このことは、工事前の粗度係数平均0.035と工事後の粗度係数平均0.0205との間に大きな差があることからも裏付けられる。そうすると、このC意見書をもって、現在原告らが主張する重大な損害が生ずる根拠とすることはできない。

結局、原告ら主張のとおりの流路の変化があったとしても、その掃流力の変化は約1.17倍にとどまるというべきである。

(4)  また、原告らは、流力の変化が生じたことの根拠として、平成19年台風によって原告X1所有地の土砂が流出したことを指摘し、同台風は被告らの主張するような近年例のない大規模な台風ではなかったと主張する。

しかし、被告提出の証拠(乙23)によれば、原告らが根拠として指摘する丹沢湖の降水量データ(甲19)と、三保ダムの流入量とは必ずしも連動しておらず、丹沢湖の降水量データが必ずしも本件現場の降水量を正確に反映するものとはいい難い。そうすると、被告らが主張するように、本件現場により近い距離に所在する(そのこと自体、原告らは特に争っていない。)中川観測所の流入量データの方がより正確と考えられる。そうすると、その降水量(三保ダムの平成元年から平成19年までの流入量からは歴代1位になっている。)及び原告X1以外の被害状況から、平成19年台風は相当程度大規模なものであったということができる。そこで、平成19年台風で原告キャンプ場内まで水が流入したことをもって、被告Y1によってもたらされた人災であるとまではいい難い。

(5)  以上に加え、そもそも、河川区域内の土地は、河川管理施設と相まって、雨水等の流路を形成し、洪水を疎通させ、洪水による被害を除却し又は軽減させるためのものであるとされており、出水時に河川区域外に流水が及ぶことを防ぐ機能を有するものである。そうすると、河川区域内の土地は、河川区域外の土地と比較して、出水時において高い保護を受ける対象とはされていない。原告らが重大な損害であるとして主張する損害は、いずれも台風等によって河川が増水した場合をいうものであるところ、このような場合における河川区域内の土地の保護は、河川区域外と同等に考えることはできない。

また、原告らが主張する損害とは、台風等による大雨により本件河川が増水したという限られた場面でのみ発生するものであり、日常的に損害が発生する危険が生じているとの趣旨ではない。しかも、原告X1が被ると主張している損害は、信用毀損を除き、金銭的損害に限られる上、原告X1自身が本件被害後に自ら原状回復工事を行っていることからしても、損害の回復の困難の程度が高いということはできない。

原告X1の主張する信用の毀損については、これが認められる場合には、回復の困難性の度合いが比較的高いといえるものの、そもそも河川付近で営まれるキャンプ場は、台風等による増水時に土砂が流出するなどの被害を受けることは通常想定されているものといえ、このような被害を受けたからといって、通常時のキャンプ場としての安全性に疑義を生ずるものではない。

他方、原告X2は、その生命、身体の危険を主張するが、原告X2の居住地は河川区域外にあり、本件工事後である平成19年台風によっても被害を受けなかった場所であるから、増水による被害を受ける蓋然性が低いということができる。

(6)  以上のとおり、原告ら主張の損害の回復の困難の程度、損害の性質・程度を考慮しても、本件各規制権限の不行使によって原告ら主張の重大な損害を生ずるおそれがあるということはできないから、本件各義務付けの訴えは不適法というほかない。

3  被告県に対する損害賠償請求

(1)  原告らは、被告Y1の違法工事により本件河川の流路が変更され、溢水が誘発されやすい状態になっていることを、河川管理の瑕疵に当たると主張する。

しかし、前記のとおり、そもそも河川区域内の土地は、洪水による被害を除却し又は軽減させるためのものであるから、河川管理として、増水時に河川区域内の土地が被害を被らないようにすることまで求められているということはできない。しかも、本件工事前後において、本件現場付近の河川の流力に大きな変化がないことは前記のとおりであるから、本件現場1の状況が、通常有すべき安全性を欠く状態にあるということはできない。

したがって、国家賠償法2条所定の河川管理の瑕疵があるとはいえない。

(2)  また、原告らは、本件各規制権限を行使しないことが国家賠償法1条の不作為の違法に当たるとも主張する。

しかし、前記のとおり、本件工事によって原告らに重大な損害が発生するおそれが生じているということはできないことに照らしても、国家賠償法1条における違法な不作為の前提としての本件各規制権限を行使すべき義務を肯認することもできないというべきである。

4  被告Y1に対する請求

(1)  原告X1は、所有権に基づく妨害予防請求権及び営業権侵害により、また、原告X2は、人格権に基づき、それぞれ被告Y1に対する原状回復請求権を有すると主張する。

しかし、被告Y1がそのキャンプ場の敷地権及び経営権を被告Y2に譲渡したことは争いがないから、原告らが妨害の理由として主張する本件現場は、すでに被告Y1の支配領域外となっているのであり、よって、同被告は所有権や人格権等に基づく妨害予防請求権の相手方とはなりえないと解すべきである。

(2)  また、原告らは、被告Y1による本件工事が不法行為を構成すると主張する。

本件許可は、自然河川の河原における護岸工事という性質上、厳密に対象区域を特定して行われたものではないものの、河川幅を変更しないことを条件としており、それにもかかわらず、被告Y1は、原告らが指摘する本件現場より下流側について、本件許可の範囲を超えて河川幅を狭めた。そこで、松田土木事務所長は、これが許可の範囲を超えているとして指導を行ったが、被告Y1は、これに速やかに対処せず、原状回復命令を受けてようやく是正工事に及んでいる。このような被告Y1の対応に照らすと、前述のとおり、同じ右岸側である本件現場1についても、厳密には確定できないとはいえ、工事前と比較して従前の流路内にせり出した疑いも払拭しきれないところではあるが、最終的には、本件原状回復命令を受けて被告Y1が是正工事を行った後、立会調査において河川幅が実測され、10メートルが確保されたことが確認されている。加えて、本件のように被告県が被告Y1に対し是正命令を発した場合において、被告県が被告Y1と共謀するなどして、本件許可の範囲を逸脱した行為をそのまま放置しているとも想定し難いことからすると、是正工事により、被告Y1の本件許可に基づく工事による流路の変更は、本件許可の範囲内におさめられたものと推認され、その工事の結果が民事上も違法状態にあるというのは困難である。

また、仮に本件工事が本件許可の範囲を幾分なりとも超えるものであったとしても、前記のとおり、本件工事前後で本件河川の流力に大きな変化が認められない上、平成19年台風においては、本件現場より上流で土石流が発生し、本件現場の下流では橋が崩落するなどの被害まで発生したというのであるから、原告らの本件被害が被告Y1の本件工事によってもたらされたと断定することはできない。

したがって、原告ら主張の不法行為の成立を認めることはできず、これに基づく損害賠償請求は理由がない。

また、原告らは、民法717条に基づく責任をも主張するが、前記の説示によれば、本件現場が通常有すべき安全性を欠くといえないことは明らかであり、したがって、その設置、保存に瑕疵があるということはできない。

5  被告Y2に対する請求

原告らは、原告X1の所有権に基づく妨害予防請求権及び営業権侵害により、また、原告X2の人格権に基づき、被告Y2に対して原状回復請求権を有すると主張する。しかしながら、前記のとおり、本件工事によって大幅な流力変化がみられない以上、原告らが主張する各権利を侵害するおそれがあるということはできず、上記主張はいずれも理由がない。

6  結論

以上のとおり、原告らの訴えのうち、被告県に対して義務付けを求める部分は不適法であるからこれを却下し、その余の点については理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 西森政一 小堀瑠生子)

別紙図面<省略>

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