横浜地方裁判所 平成21年(行ウ)26号 判決 2010年7月21日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第5当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実と括弧内掲記の各証拠によれば、以下の事実が認められる。
(1) Aによる賃料支払状況
Aは、平成7年11月9日に本件土地の賃借権を相続し、以後、毎年12月に原告宅を訪れ、原告に賃料を支払っていた(争いがない。)。平成18年12月以降は、原告が賃料の受領を拒絶するようになったため、毎年賃料を供託している(争いがない。)。
(2) 本件土地の利用状況
ア 平成15年以前の耕作状況等
Aは、本件土地の賃借権を相続後、本件土地全体をトラクターで定期的に整地しており、平成14年までは、本件土地が雑草に覆われることもなかった(甲8の1及び2、原告本人)。また、平成12年5月21日当時は、本件土地の一部に作付けが行われ(甲8の3)、平成14年4月11日当時には、種付けも行われていた(甲8の4、原告本人)。
なお、平成14年8月17日当時は、本件土地が整地されず、雑草が生えていた(甲8の5)。
イ Aによる耕作の中断
Aは、平成15年ころから、家庭の事情により、本件土地の所在する横浜市都筑区東方町から秦野市へ転居したため、同年4月には、本件土地の管理が行き届かず(乙10)、雑草が生い茂る状態になった(甲8の6、甲8の7)。これに気づいた原告は、同月16日付けで、Aに対し、耕作をしないのであれば本件賃貸借契約を解除すると通知した(甲7、原告本人。以下「本件解除通知」という。)。これに対し、Aは、同年5月7日及び同年6月26日、B弁護士を通じて、耕作放棄の事実はないと反論した(甲15及び16、原告本人)。
その一方で、Aは、Cに対し、本件土地を耕うんすることを委託し(乙10。以下「本件委託」という。)、同年6月から平成18年7月にかけて、Cに対し、上記依頼に対する謝礼として、年に3、4回にわたり、7万円ないし10万円を支払った(乙11)。委託を受けたCは、定期的に本件土地の整地を行い、雑草の除去を行った(甲8の9ないし11、甲29、原告本人)。しかし、Aは、Cから賃料等の金銭を受け取ったことはない(弁論の全趣旨)。
B弁護士は、同年8月26日付けで、原告に対し、本件土地に見合う土地を原告がAに譲渡することを条件に、本件土地を返還する余地があると通知した。また、平成16年8月5日付けで、原告がAに100万円を支払うことにより本件土地を返還するとの原告からの申出について、100万円では検討の余地もないこと、原告が本件土地の一部をAに譲渡するのであれば検討することを通知した(甲17、甲18の2)。
ウ 平成17年以降の耕作状況
平成17年2月26日当時、本件土地には雑草が生えていた(甲8の12)。
平成17年秋以降、Aは毎年1回、本件土地の4分の1程度の部分に、小松菜やほうれん草の作付けを行っている(甲8の13及び14、甲29、乙5、乙7の3、乙12、原告本人)。作付けを行う場所は、毎年少しずつ変えている(原告本人)。
平成18年7月24日当時、本件土地には雑草が生い茂っていた(甲8の16)。
Aは、平成18年9月16日、原告に無断で、本件土地の3面を、幅50センチメートル、深さ1メートル、長さ80メートルにわたって掘り、溝(以下「本件溝」という。)を築いた(甲8の17ないし19、原告本人、弁論の全趣旨)。
Aは、本件溝を掘った後、本件土地の道路に接している部分について、本件溝の周囲に防護用ネットを設置した(乙12、乙15)。
(3) 原告とAとの連絡状況等
原告は、Aが平成15年に転居した後、Aの転居先を知らされなかったため、代理人であるB弁護士を通じてAと連絡をとっていた(甲15ないし17、甲18の2、原告本人)。
B弁護士が平成17年8月23日にAの代理人を辞任した後、D弁護士は、平成17年10月14日付けでAの代理人に就任した。その際の連絡に不手際があり、一時、原告はAとの連絡が途絶えた。しかし、平成19年2月8日時点においては、D弁護士と原告代理人であったE弁護士(以下「E弁護士」という。)との間で連絡がとれるようになった(以上、乙10)。
原告は、D弁護士が平成20年5月20日にAの代理人を辞任した後、再びAとの連絡が途絶えたが、毎年末にはAが原告宅に賃料を持参していた(甲29、原告本人)。
2 耕作放棄について
(1) 前記認定事実によれば、Aは、本件土地の賃借権を相続した後、自ら耕作していない時期も含め、概ね本件処分に至るまで、本件土地を継続的に整地し、除草してきたものといえる。しかも、本件土地の一部については、平成17年以降は毎年作付けを行い、これ以前にも、少なくとも平成12年及び平成14年には農作物を植えていたものと認められる。原告は、作付けと評価できる程度の耕作がなされていたとはいえない旨を供述するが(原告本人)、前記の各時期に、本件土地に農作物が植え付けられていたこと自体は否定できない。
確かに、Aが転居した平成15年以降、一時本件土地が雑草に覆われた状態になっていたが、原告が本件解除通知を行うや、AはCに依頼し、雑草の除去を定期的に行っており、長期間にわたって本件土地の管理を怠ったとまでいうことはできない。
また、原告は、作付けが確認されたのは平成20年2月26日の検証と農業委員会による調査の時点のみであると主張する。しかし、原告自身、平成17年以降毎年Aが本件土地に作付けをしていたこと自体を認めているのであるから(甲29、原告本人)、作付けが認められた期間は原告が主張するほどにわずかであるとはいえない。
以上検討した本件土地の利用状況からすると、Aが本件土地の耕作を放棄していたとまではいえない。そうすると、かかる利用状況をもって、本件土地の賃貸借契約を継続することが客観的にみて不可能又は著しく困難とされるような信義誠実の原則に反した行為があったとはいえない。
(2) さらに、原告は、作付け面積が本件土地の一部にとどまること、整地や生育した野菜を収穫せずにトラクターで土地に巻き込むのみでは、農地の荒廃の進行は防止できず、そのためにAの先代の頃までは不要であった本件溝を掘る必要が生じたなどと指摘する。
確かに、A自身、平成15年から通作をするようになるまでは深く溝を掘る必要がなかったが、頻繁に本件土地を管理することが困難になったため、深く掘る必要が生じたことを認めている(乙10)。しかし、平成17年には本件土地において農作物が生育していたことが認められ、その後も毎年作付け場所を変えながら農作物が生育していることは原告自身が認めるところである(原告本人)。そうすると、本件土地については、なお農作物の生育に適する状態が保たれているといえる。
さらに、原告は、本件土地は雨が降ると沼のようになるほどに荒廃が進んでおり、正常な農地に原状回復するには数年を要すると主張するが、その主張を裏付けるに足りる的確な証拠はない。
以上によれば、Aの本件土地の使用状況は、十分に有効な利用を図っているとはいえないものの、そもそも賃借人による賃借地の使用収益は賃貸借契約上の権利であっても、義務ではないし、また、Aが本件土地の価値を毀損する行為に及んだとも評価できない。よって、Aの土地使用状況が「信義に反した行為」に該当するとはいえない。
3 無断転貸について
前記認定事実によれば、Cは、Aから委託を受けて本件土地の耕うん、整地、除草等を行っているが、その期間は平成15年からと比較的長期間にわたるものの、Cの行為は、本件土地において行う作業にとどまり、耕作に関する判断をAが主体となって行っていたとは認められない。しかも、かかる委託によってAがCから転借料等の利益を得たとか、Cが本件土地から農作物を収穫して自己の利益としていたなどの事実を認めるに足りる証拠はない。また、前記認定のとおり、原告自身、平成17年以降は毎年A自身がCとともに、自ら本件土地に作付けをしていると説明している(甲29)。このことからすれば、本件における委託とは、Aが本件土地の管理を一人で行うことが困難になったため、従兄弟であるCの助力を得たというものにすぎないというべきである。
以上によれば、Cは耕作補助者とみられるから、固有の賃貸の利益を有する転借人に当たらない。そうすると、AがCに本件土地の整地をさせたことをもって、原告が本件賃貸借契約の継続を客観的に不可能又は著しく困難にされたとは認められない。
4 所在不明及び虚偽の居所報告について
(1) 前記認定事実によれば、原告は、Aから転居先を知らされていなかったものの、Aが転居した平成15年以降も、B弁護士がAの代理人であった当時は同弁護士を通じて、D弁護士に代理人が交代した後、一時的に連絡がとれない時期があったものの、その後はD弁護士を通じて、Aと連絡ができるようになっている。このように、Aとの直接の連絡ができなかったとしても、代理人を通じて原告からAへ連絡すること自体は可能であったのであり、連絡が不可能になった時期も一時期にとどまるうえ、連絡ができなかったことにより具体的支障を生じたこともうかがわれない。このことからすれば、Aが原告に連絡先を明らかにしなかったことをもって、賃貸借を破棄しなければならないほどに信義に反するとまではいえない。
(2) この点につき、原告は、D弁護士辞任後Aと全く連絡がとれないと主張するが、Aは毎年末に自ら原告宅に賃料を持参しており、平成22年春には原告から連絡して面談をしている(原告本人)のであるから、原告が望んでもAと全く連絡ができない状態にあるとまではいえない。
5 農地の無断形状変更について
(1) 本件賃貸借契約書9条及び別表二は、修繕及び改良について、貸主及び借主間の修繕改良費用の分担について定めているところ、修繕及び改良につき、貸主の同意を規定する約定は存在しない(甲3)。かかる本件賃貸借契約の内容及び農地の賃貸借という性質からすれば、Aが本件土地を保全するための修繕や改良を加えることについては、その原状回復を困難にするものでない限り、賃貸人たる原告の許可を要しないものと解される。
(2) そこで、本件溝を掘ったことが農地保全のための修繕又は改良にあたるか検討すると、Aは、本件溝を掘った理由について、雨が降ると本件土地の上段の土地から水が流れ込むため、本件土地の耕作土が流され、雑草の種なども入り込むことから、これを防ぐためであると述べる(乙10)。確かに、本件土地は、北側の土地から本件土地に向かってなだらかに傾斜しており(乙15)、このことはAの上記供述と整合するうえ、上記弊害を防ぐため、土地の形状に変更を加えること自体は、農地保全のための相当な行為であるといえる。また、土を掘ったにすぎないことから、原状回復も容易である。したがって、本件溝を掘ったこと自体をとらえて、直ちに信義に反するとまではいえない。
原告は、本件溝によって転落の危険等が生じるにもかかわらず、Aが防止策を約束しながらこれを実施していないと指摘する。しかし、前記認定のとおり、Aは人や車の通行が予想される本件土地の車道側に防護用ネットを設置して一定の転落防止策は講じているのであるから、この点をもって信義に反するとまではいえない。
6 離作料目的について
上記認定事実からすると、確かに、Aは、本件賃貸借契約を合意解約する代償として、本件土地の一部を要求する等の行為を行っているといえる。しかし、かかる要求は、本件賃貸借契約の合意解約をめぐる原告とAとの間の交渉の過程で行われたものであり、その内容自体も、著しく不当な要求とまではいえない。よって、かかるAの言動をもって、直ちに原告主張の離作料目的による土地耕作の偽装を認定することは困難である。
7 以上からすれば、本件において原告が主張するAの行為は、いずれも本件賃貸借契約の継続を不可能又は著しく困難にするほどのものとまではいえない。そもそも、賃貸借契約において重要と考えられる賃料の支払について、Aがこれを怠ったことはないのであり、Aの本件土地利用状況がAの先代の時期と比較して、農地として有効利用されていない点があるとしても、このことをもって、「賃借人が信義に反した行為をした場合」に該当するとはいえない。
第6結論
以上のとおり、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 西森政一 安藤瑠生子)