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横浜地方裁判所 平成21年(行ウ)59号 判決 2010年10月06日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  原告らは、本件協議が、昭和53年1月29日、藤沢市とa地区汚水処理場建設反対協議会との間で締結された本件基本協定に違反するから違法であるとし、これに基づく本件予算措置も違法な財務会計上の行為に当たると主張する。ところで、本件協議そのものは、都市計画法32条1項の公共施設の管理者の同意であり、住民訴訟の対象となる財務会計上の行為には当たらない。そこで、原告らとしては、本件予算措置が、本件協議に連なる一連のものであり、本件協議が違法である以上、本件予算措置も違法になると主張するものと考えられる。

(2)  そこで、まず、本件協議が違法であるかどうかを検討するに、本件協議は、前述のとおり、都市計画法32条1項の公共施設(本件では下水道施設)の管理者の同意である。同項は、開発行為の許可を申請しようとする者は、あらかじめ、開発行為に関係がある公共施設の管理者と協議し、その同意を得なければならないと規定し、同法33条1項は、都道府県知事は、申請に係る開発行為が同項各号に掲げる基準に適合しており、かつ、その申請の手続が同法又は同法に基づく命令の規定に違反していないと認めるときは、開発許可をしなければならない旨を規定している。このような定めは、開発行為が、開発区域内に存する道路、下水道等の公共施設に影響を与えることはもとより、開発区域の周辺の公共施設についても、変更、廃止などが必要となるような影響を与えることが少なくないことにかんがみ、事前に、開発行為による影響を受けるこれらの公共施設の管理者の同意を得ることを開発許可申請の要件とすることによって、開発行為の円滑な施行と公共施設の適正な管理の実現を図ったものと解される。

他方、下水道事業は、下水道の整備を図り、もって都市の健全な発達及び公衆衛生の向上に寄与し、あわせて公共用水域の水質の保全に資することを目的としている(下水道法1条)。そして、公共下水道が整備されても各家庭や工場等の下水がその公共下水道に流入されず、地表や在来の溝渠等に流されたのでは、土地の浸水の防止及び清潔の保持が困難となって上記目的が達成されないことになるから、同法は、公共下水道の排水区域内の土地の所有者、使用者又は占有者に対し、排水設備を設置して当該公共下水道を利用することを強制している(同法10条1項)。以上のような下水道事業の目的並びに排水区域内の住民に対する排水設備設置及び公共下水道利用の強制に加え、下水道が国民生活の衛生に直結するものであること、下水道事業については地方公共団体たる市町村がその設置、管理をすべきものとしていること(同法3条1項)からすれば、公共下水道の排水区域内の土地の所有者、使用者又は占有者は、当該公共下水道を使用する権利を有し、これについて管理者たる地方公共団体の承諾や許可等を何ら必要とするものではなく、他方、事業主である地方公共団体は、これらの者に公共下水道を使用させる義務を負うのはもとより、公共下水道の利用を励行すべき立場にあるといえる。

そうすると、藤沢市が下水道施設の管理者として、排水区域内に土地を有するb薬品から都市計画法32条の協議を求められた場合、原則として同意を拒む立場にはないというべきである。

(3)  この利用強制に関し、原告らは、本件下水道本管敷設工事を行わなければ、利用を強制する状況にならなかったと主張して、藤沢市が本件下水道敷設工事を行うことを決定したことを非難している。

そこで検討するに、弁論の全趣旨によれば、藤沢市は、従前、自己処理施設のある湘南工場があったことから、下水道処理事業計画内の地域でありながら緊急性に乏しいとして同工場敷地まで下水管本管を敷設しなかったところ、湘南工場が廃止され、その跡地に本件新研究所を建設することが具体化されたため、下水道整備を進めることとなったことが認められる。

前述したとおり、湘南工場ないし本件新研究所が所在する場所は、藤沢市の下水道処理区域のうち東部処理区の村岡処理系統内にある(〔証拠省略〕)。そして、東部処理区の村岡処理系統における下水道処理事業は、昭和54年に下水道法4条1項の事業認可を受け、昭和60年には前述した本件東部下水処理場が開設されており、現在の事業認可の期限は、平成23年3月31日となっている(〔証拠省略〕)。本件新研究所が所在する場所についても、事業計画上、平成23年3月末日までに下水道を整備する計画とされているから、本件予算措置は、同整備計画に沿うものである。

確かに、本件下水道本管敷設工事によって、敷設された公共用下水道管渠を利用する対象者としては、当面は本件新研究所のほか「c社」しかないようではあるものの(〔証拠省略〕)、そのことを理由にこの整備計画自体が違法であるとすべき根拠はない。そして、公共下水道の事業計画を定め、国土交通大臣(政令で定める事業計画にあっては、都道府県知事)の認可・変更を受け、これに沿って公共下水道の設置、改築、修繕を行うのが市町村長の責務とされているから(下水道法3条、4条)、藤沢市が都道府県から認可を受けたこの整備計画自体に沿って事務を行っていると認められる以上、本件下水道本管敷設工事が本件新研究所のために特別の利益を与えるものとして、違法というのは困難である。

(4)  さらに、原告らは、藤沢市とb薬品との間で取り交わされた本件協定が下水道法10条1項ただし書に則ったものであるとして、本件では同項本文の利用強制の適用がないと主張する。

本件協定は、本件基本協定を踏まえ、藤沢市とb薬品との間で締結されたものであり、本件基本協定は、昭和53年時点において、本件東部下水処理場の建設に反対する協議会に対し、当時の藤沢市長が本件東部下水処理場に工場排水を受け入れないことを約束したものである。藤沢市は、平成11年5月28日の合同協議会でも、東部処理区域内の58社の事業場からの排水について、生活系排水(し尿、雑排水)を受け入れているものの、工程系排水は受け入れていないと答えている(〔証拠省略〕)。

とはいえ、下水道法10条1項ただし書では「特別の事情により公共下水道管理者の許可を受けた場合その他政令で定める場合」に、下水道への排水設備の設置義務を免除するとしている。同法10条1項本文が公共下水道の利用の強制を定めた前述した趣旨に照らすと、この許可に当たっては、工場又は事業場の付近に下水を直接排出しても水質保全等の面で差し支えない適当な公共用水域があるか否か等について総合的に判断することが想定される。

下水道法10条1項ただし書の趣旨が上記のとおりとすると、b薬品が湘南工場を稼働していた時代に、本件基本協定を踏まえ締結した本件協定をもって、同項ただし書にいう「公共下水道管理者の許可」に当然に当たるものではなく、また、本件協定の存在が「その他政令で定める場合」に当たるものではないことも明らかである。

(5)  原告らは、本件東部下水処理場建設に当たり、藤沢市において、昭和53年にa地区汚水処理場建設反対協議会と交渉した結果、同協議会との間で本件基本協定を締結したことをつとに指摘して、湘南工場から本件新研究所に代わる機会を捉えて、藤沢市がb薬品との間で本件協議を行ったことがそもそも許されないと主張する。しかし、本件基本協定締結の事実から直接、下水道法に基づく事業計画や同法の趣旨を踏まえ、b薬品の求めに応じて都市計画法32条に基づく本件協議を成立させるとともに、本件予算措置を講じ、その実行を図ったことが財務会計上違法であるとの結論まで導くのは困難である。

よって、この点についての原告らの主張は理由がない。

(6)  なお、被告は、本件訴訟で、原告が差止め請求から損害賠償請求に訴えを交換的に変更したことに関し、損害賠償の対象とされた市長個人の故意・過失の存否について監査役の監査を経ていないと主張するが、差止め請求も損害賠償請求もいずれも、本件予算措置及びその執行の違法性を問題とするものであり、対象につき同一性があるから、差止め請求について監査請求を経ていることをもって、監査請求の前置の要件を満たしていると認めることができる。また、同様の理由により、この追加変更により、著しく訴訟手続を遅延させることにならないから、この訴え変更は、適法と認めることができると解される。

2  争点(2)について

(1)  原告らは、本件協議が、本件新研究所の建築を著しく容易にする結果をもたらすと主張する。原告らの立論によれば、本件新研究所が周辺地域に公害(研究所排水、排気、焼却炉からの廃棄物や臭気の発生)をもたらす嫌悪施設であるとの理解のもとに、b薬品が湘南工場跡地に本件新研究所を建築して新たに業務を行うのを容易にしないために、被告は下水道処理施設への接続を拒否すべきであり、そのような選択をせず、公共施設の管理者として下水道処理施設との接続に同意した上、本件下水道本管敷設工事の予算措置をとることが財務会計上、違法であるということになる。

(2)  しかし、本来、公害防止の観点から規制が求められるということと、公共下水道処理施設管理者の立場から、公共下水道施設との接続を認めるかどうかとは同一次元で論じられるべきものではない。

原告らが指摘するもののうち、下水道本管に接続する排水以外の、排気・廃棄物・臭気については、仮にこれらが本件新工場から発生して付近に公害をもたらすおそれがある場合、それぞれ、そのおそれのある公害の内容に照らし、所要の法令などを適用するなどの方法により規制をすべきものである。仮に定性的に汚染等のおそれがあるとしても、そのような理由から、自治体が、公共下水道との接続を拒否するという手段を講じることによって、所定の場所で所定の工場や研究所などを設置すること自体を阻止することが認められるものではない。

他方、本件東部下水処理場で受け入れることとなる下水については、藤沢市は、b薬品作成の環境影響予測評価実施計画書(〔証拠省略〕)を検討して、下水道本管に接続を認めるに当たり、施設管理者として必要な所要の条件を提示し(〔証拠省略〕)、b薬品が神奈川県環境影響評価条例20条1項に基づく審査結果(〔証拠省略〕)を踏まえて作成した環境影響予測評価書(〔証拠省略〕)の内容を検討し、b薬品が現実に実行できるものとして、本件協議書4条に定める各事項について、b薬品に履行を約束させている。これを踏まえ、藤沢市は、本件新研究所からの下水について下水道本管に接続することを認め、下水道法4条1項の事業認可を受けた藤沢市下水処理区域の東部処理区の村岡処理系統内のうち、本件新研究所が所在する村岡東〔番地省略〕のみならず、村岡東〔番地省略〕の汚水処理も目的として本件下水道本管敷設工事を計画し、本件予算措置を採ったものである。

以上の選択が、原告らが考える公害防止の方策と相容れず、原告らにとっては好ましくないものであったとしても、前述のとおり、下水道事業の事業主である地方公共団体は、公共下水道の排水区域内の土地の所有者らに対し公共下水道を使用させる義務を負うのはもとより、公共下水道の利用を励行すべき立場にある以上、本件新研究所からの排水を受け入れるべきものであるから、被告が本件予算措置を講じたことをもって、当該支出が違法な財務会計行為に当たるということは困難である。

(3)  さらに、原告らは、本件新研究所の動物飼育棟で大量の実験動物が飼育されることが想定されるとして、b薬品は畜産農業のうち実験用動物飼育業を営む者であるとし、実験棟から排出されることが想定される動物のふん尿等が廃掃法に定める産業廃棄物に当たるから、自己処理責任が求められ、公共下水道に排出することが許されないと主張している。

b薬品が実験用動物飼育業を営む者に当たるとの主張自体、問題のあるところであるが(畜産農業に含まれる畜産類似業は、「主として実験用・愛がん用動物の飼育、農作物・森林の保護及び種族保護を目的とする動物の飼育を行う事業所をいう」とされているところ(〔証拠省略〕)、本件新研究所の主要な経済活動は医薬品の研究開発である。)、その点をおいても、b薬品作成の環境影響予測評価書(〔証拠省略〕)によれば、動物排水については、一般動物排水とRI動物排水とに分け、一般動物排水については、固液分離槽により固体と液体を分離し、固体については許可を得た産業廃棄物処理業者に委託して処分し、液体については、一般動物排水系の中継槽で水質管理を行った上で、排水貯留槽を経て水質管理の後、公共下水道に放流するとされており、RI動物排水については、固液分離槽により固定と液体を分離し、固体についてはRI排水の重金属・有機溶媒系廃液と同様、指定容器で回収して許可を得たRI廃棄物処理事業者に委託して処理し、液体についてはRI系排水のみを対象とした中継槽に一旦貯留した後、水質管理を行うとともに、冷却塔ブロー水を一部再利用した中水等を利用してRI処理を行い、排水貯留槽を経て水質管理の後、公共下水道に放流するとされている。

以上の自己処理を経て、公共下水道に放流することとされている以上、これをもって、廃掃法に違反するとはいい難いから、原告らの前記主張の事由によって被告が下水道処理施設への接続を拒絶し得ると解することはできない。

3  以上によれば、原告らの請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 西森政一 安藤瑠生子)

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