横浜地方裁判所 平成22年(レ)363号 判決 2010年11月30日
控訴人
破産者有限会社a破産管財人X
被控訴人
株式会社 シティズ
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
平光哲弥
同
板谷淳一
同
高野朋子
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、四六万六七一八円及びうち四六万四七一三円に対する平成二一年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一審、二審を通じ、被控訴人の負担とする。
四 この判決は、主文第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
主文同旨
二 控訴の趣旨に対する答弁
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要等
本件は、破産者有限会社a(以下「破産会社」という。)の破産管財人である控訴人が、貸金業者である被控訴人に対し、破産会社が被控訴人との間の金銭消費貸借契約に基づいてした弁済について、平成一八年法律第一一五号による改正前の利息制限法(以下「旧利息制限法」という。)一条一項所定の利息の制限額を超えて利息として支払われた部分(以下「制限超過部分」という。)を元本に充当すると過払金が発生しているとして、不当利得返還請求権に基づき、過払金元金四六万四七一三円及び民法七〇四条前段所定の年五分の割合による利息の支払を求める事案である。
原審は、破産会社の被控訴人に対する弁済については、平成一八年法律第一一五号による改正前の貸金業法(同改正前の法律の題名は貸金業の規制等に関する法律。以下、同改正の前後を通じて「貸金業法」といい、改正前の貸金業法を「旧貸金業法」という。)四三条が規定するみなし弁済が成立するとの被控訴人の主張を認め、控訴人の請求を全部棄却した。
控訴人は、原判決を不服として控訴した。
一 前提となる事実(当事者間に争いがない事実及び掲記証拠により認定できる事実)
(1) 被控訴人は、貸金業法三条所定の登録を受けた貸金業者である。
(2) 被控訴人は、平成一八年九月二八日、破産会社に対し、四五〇万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件契約」という)。
ア 利息 年二七・〇%
イ 遅延損害金 年二九・二%
ウ 返済方法 平成一八年一一月から平成二一年四月まで、毎月五日に三〇回にわたって元金一五万円ずつを経過利息とともに支払う。
エ 特約
(ア) 期限の利益の喪失
破産会社は、元金若しくは利息制限法所定の制限利息の支払を遅滞したときは、当然に期限の利益を失い、被控訴人に対して直ちに元利金を一括して支払う(以下「本件期限の利益喪失特約」という。)。
(イ) 弁済の充当
弁済金は、約定利息、損害金、元金の順に充当する(以下「本件弁済充当特約」という。)。
(3) 破産会社は、被控訴人に対し、本件契約に係る債務の弁済として、原判決別紙計算書二の「年月日」欄記載の各年月日に「弁済額」欄記載の各金額を支払った(以下「本件各弁済」という。)。
(4) 破産会社は、平成二一年三月六日、横浜地方裁判所から破産手続開始決定を受け、控訴人が破産管財人に選任された。
二 争点及び当事者の主張
本件の争点は、本件各弁済について旧貸金業法四三条一項が適用され、みなし弁済が成立するかどうか及び同項が適用されない場合の悪意の受益者性であり、これについての当事者の主張は、次のとおりである。
(1) みなし弁済の成否
(被控訴人の主張)
ア 任意性
(ア) 被控訴人は、最高裁平成一六年(受)第一五一八号同一八年一月一三日第二小法廷判決・民集六〇巻一号一頁(以下「平成一八年判決」という。)に従い、期限の利益喪失特約に関して債務者に誤解を与えることのないよう、期限の利益喪失特約を改め、本件契約に係る金銭消費貸借契約証書(以下「本件契約書」という。)においても、「利息制限法所定の制限利息の支払いを遅滞したとき……債務者は期限の利益を失う」と明記して、制限超過部分の支払がされなくても期限の利益を喪失しないことを明らかにし、さらに、利息制限法一条及び四条の定めを抜粋して挿入している。
このような本件期限の利益喪失特約の下では、債務者が、約定の元本とともに制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り、期限の利益を喪失すると誤解することはあり得ない。
したがって、破産会社が制限超過部分を「利息、若しくは損害金として任意に支払った」ことは明らかである。
(イ) 控訴人は、下記の点に関して、支払の任意性を否定する事情があると主張するが、以下のとおり、その主張は失当である。
a 弁済充当特約
債務者が期限の利益を喪失するか否かについては、弁済の充当とは関係なく、支払金額だけが問題となるのであって、元金と利息制限法の制限利息に相当する金額が支払われれば、債務者が期限の利益を喪失することはない。
利息制限法所定の制限超過利率で契約した場合であっても、債務者は、利息制限法に従って支払う旨を宣言するなどして支払うことができる。なお、契約当事者は約定利息を支払うと合意しているから、これと異なる充当を求める場合には何らかの意思表示が必要である。このような意思表示がされた上で支払がされた場合、被控訴人は、利息制限法の制限利息、元金の順に充当しなければならないことになる。
被控訴人は、貸金業法一八条所定の書面に充当内容を明確に記載するとともに、「充当項目、又は金額に異存のある場合は、善処致しますので至急ご連絡下さい。」との注意書きも記載しており、債務者の意図に反して支払金が約定利息に充当された場合でも、債務者は直ちに異議を述べることができる。
以上の事情に照らせば、本件弁済充当特約の存在によって、約定利息の支払を強制されるとはいえない。
b 保証人条項
主債務者が支払を怠った場合に、被控訴人が連帯保証人に対して支払を求めることは当然許されるべき被控訴人の権利行使である。したがって、その当然の権利行使を破産会社が意識することは、何ら本件支払の任意性の評価に影響するものではない。
c 償還表
償還表は、被控訴人と破産会社とが約束した返済条件に基づく返済計画表であって、この償還表が、破産会社に対して支払を促す作用を有するとしても、この作用は、借主が返済するに際し、約束を守らなければならないとの意識を働かせていることと何ら違いはなく、支払の任意性を妨げるような事実上の強制をもたらしているとはいえない。
金融庁は、平成一八年判決以降、同判決を詳細に分析した結果、改正後の貸金業法施行規則において、貸金業法一七条所定の書面の記載内容について、貸金業者に対し、期限の利益喪失特約が利息制限法所定の制限利率を超えない範囲においてのみ効力を有する旨の記載を要求したが、利息制限法の制限利率を適用した返済予定額の記載までは要求していない。金融庁の考えは、債務者に利息制限法に基づく返済予定額を示すことは望ましくないというものであって、これは、先行する弁済についてのみなし弁済の成否が次の返済における利息制限法に基づく利息額を変化させるため、予め利息制限法に基づく返済予定額を示しておくことが不可能であること、かえって、誤った金額を返済予定額として示すことが弁済額の不足を生じさせ、債務者が期限の利益を喪失するという事態を生じさせる懸念があることを理由とする。
d 本件契約締結の経緯
被控訴人は、破産会社の代表者であるB(以下「B」という。)と直接面談して、同人に対し、貸金業法一七条所定の書面である「貸付及び保証契約説明書」を用いて、本件期限の利益喪失特約を含む契約内容をすべて説明している。このことは、同書面の下枠内に、「本説明書及び償還表を交付書面として各自一通宛、内容の説明を受けた上で、受領しました。」として、Bが自ら署名していることから明らかである。
イ 一七条・一八条書面
被控訴人は、破産会社及び本件契約の連帯保証人に対し、下記のとおり、貸金業法一七条・一八条所定の書面を交付している。
(ア) 一七条書面
a 被控訴人は、本件契約締結の際、破産会社に対し、貸付年月日、貸付金額、返済方法、利息及び損害金の約定とその内容、期限の利益喪失特約、貸金業者の商号・名称又は氏名、住所地、登録番号、債務者が負担すべき元本及び利息以外の金銭等、旧貸金業法一七条一項及び同法施行規則一三条に定める事項を記載した「貸付及び保証契約説明書」と償還表を交付している。
b 被控訴人は、連帯保証契約を締結するまでに、連帯保証人になろうとしていたBとC(以下「C」という。)に対し、本件契約の内容、前記登録番号、住所地、商号及び債務者が負担するべき元本及び利息以外の金銭に関する事項、保証金額、保証期間、保証契約の種類及び効力、保証の対象となる貸付けの種類、主債務者と連帯して義務を負担する旨、解除事由等、旧貸金業法一七条二項、同法施行規則一四条に定める事項を記載した保証契約説明書を交付している。
c 被控訴人は、連帯保証契約締結の際、B及びCに対し、貸付年月日、貸付金額、返済方法、利息及び損害金の約定とその内容、期限の利益喪失特約、商号・名称または氏名、住所地、登録番号、債務者が負担すべき元本及び利息以外の金銭等、保証契約年月日、保証金額、保証期間、保証契約の種類及び効力、保証の対象となる貸付の種類、主債務者と連帯して義務を負担する旨、解除事由等、旧貸金業法一七条三項及び四項、同法施行規則一四条に定める事項を記載した「貸付及び保証契約説明書」と償還表を交付している。
(イ) 一八条書面
被控訴人は、本件各弁済を受けたときは、その都度、直ちに、弁済者に対し、本件各弁済に対応する受領年月日、受領金額及びその利息・損害金・元本への充当額、各弁済後の残存債務額、商号・名称または氏名、住所地、登録番号、貸付金額等、旧貸金業法一八条、同法施行規則一五条に定める事項を記載した受領証書をそれぞれ交付している。
なお、被控訴人が銀行口座に対する振込みを受ける方法で弁済を受けた場合には、弁済者に上記受領証書を直ちに郵送して交付している。
(ウ) 控訴人に対する反論
a 貸金業法一七条所定の書面には、同条及び同法施行規則一三条が規定するすべての事項を記載しなければならず、しかも、その書面は、内容把握を容易にするため、一通でなければならないから、必然的にある程度小さな文字で詰めて記載せざるを得ない。
b 控訴人は、本件期限の利益喪失特約が一義的に明確に定められていないと主張するが、前記のとおり、期限の利益喪失と弁済充当とは無関係であるから、本件弁済充当特約の存在によって、本件期限の利益喪失特約が不明確であるということはできない。また、一般の債務者が、期限の利益喪失事由を知るために、わざわざ本件期限の利益喪失特約以外の条項を併せた解釈を試みるとは到底考えられない。
(控訴人の主張)
ア 任意性
旧貸金業法四三条一項の規定の適用要件については、これを厳格に解釈すべきであり、債務者が事実上にせよ強制を受けて利息の制限額を超える額の金銭の支払をした場合には、制限超過部分を自己の自由な意思によって支払ったものということはできず、同条項の適用要件を欠くというべきである(平成一八年判決、最高裁平成一五年(オ)第四五六号・同年(受)第四六七号同一八年一月一九日第一小法廷判決・裁判集民事二一九号三一頁)。
本件においては、次の事情を総合的に考慮すると、破産会社は、事実上の強制を受けて制限超過部分の支払を行ったといえる。
(ア) 弁済充当特約
本件弁済充当特約の記載によれば、弁済金は、債務者の意向に関係なく、自動的に約定利息に充当されるから、債務者に制限超過部分の支払を強制する仕組みとなっている。
期限の利益喪失特約との関係では、破産会社が、支払期日に元金と制限利息を支払ったとしても、本件弁済充当特約により制限超過利息を含む約定利息から充当される結果、元金の弁済額が不足し、これにより期限の利益を喪失することになりかねない。本件期限の利益喪失特約は、本件弁済充当特約の記載と併せると、債務者に約定利息を支払わなければ期限の利益を喪失するとの誤解を生じさせるものといえる。
(イ) 保証人条項
本件契約書には、「保証人は主債務者と同一内容の債務を各自独立して負担します」「保証人は……債務者と連帯して支払いの義務を負担します」との記載がされている。
同条項は一般的なものではあるが、被控訴人のようないわゆる商工ローン業者は、債務者である会社の代表者だけでなく、代表者の縁故者や知人を連帯保証人にさせており、債務者や代表者は縁故者等に懇願して連帯保証人になってもらうのが常であるところ、商工ローンが高金利で取立てが厳しいことから、債務者は、経済的にも、生活の平穏という面でも、連帯保証人には迷惑を掛けられないという心理的圧力を常に感じていることからすると、保証人条項も、債務者に、連帯保証人に迷惑をかけないために制限超過部分の支払をしなければならないとの心理的圧迫を加え、その支払を事実上強制しているといえる。
(ウ) 償還表の交付
被控訴人は、破産会社に対し、本件締結の締結に当たり、約定利率に基づき作成された償還表を交付しているが、利息制限法所定の制限利率に従った償還表は交付していない。償還表は債務者が毎月の弁済額を確認する拠り所となるものであるから、約定利率に基づく償還表を交付すること自体が、債務者に対し、この償還表に従って返済をしなければ期限の利益を喪失するとの誤解を生じさせるものであって、制限超過部分の支払を事実上強制しているといえる。
(エ) 契約締結の経緯
破産会社の代表者であったBは、破産会社の運転資金を得るために、平成一七年一一月一八日、被控訴人との間で金銭消費貸借契約を締結して五〇〇万円を借り入れ(以下、これを「旧契約」という。)、被控訴人から交付された償還表に従って元本と約定利息の返済をしてきた。
Bは、平成一八年九月、被控訴人に対し、それまでの返済によって元本が減った分について追加の借入れを申し込んだところ、被控訴人は、Bに対する追加の貸付けはできないとして、借主をBではなく破産会社とし、借換えをすることを求めてきた。
そのため、B及び破産会社は、やむを得ず、これに従い、破産会社は本件契約を締結して被控訴人から四五〇万円を借り入れたが、そのうちの三六一万〇六一〇円はBと被控訴人との間の旧契約の残債務の一括返済に充てられ、破産会社が現実に受け取ることができたのは、八八万九三九〇円であった。
しかし、Bと被控訴人の間の旧契約による取引についてはみなし弁済は成立しないから、利息制限法の制限利率に従って引き直し計算すると、本件貸付け時点の旧契約の残元金は三一三万九九八三円にすぎなかった。被控訴人は、Bが被控訴人に返済すべき残債務の額を約定利率で計算することによって、破産会社に利息制限法に従えば支払わなくてもよいはずの四七万〇六二七円を強制的に支払わせたのであって、このようにして始まった本件貸付けが、制限超過部分の支払を事実上何ら強制していないとは到底いえない。
また、本件契約の締結に際し、破産会社の代表者であるBは、被控訴人から、旧契約と本件契約とでは、期限の利益喪失特約の内容が異なる旨の説明を受けなかった。したがって、旧契約において約定利息の支払を事実上強制されていた状況が、実質的な借換えである本件契約に引き継がれている。
(オ) 督促の際の具体的事情
破産会社は、平成二〇年五月六日の弁済期日に弁済をしなかったところ、被控訴人の担当者から督促の電話を受け、一日遅れで必ず支払うこと、一日遅れたために、支払額は償還表記載の額ではなく、一八万九九四五円であること及び今後このようなことがあると一括して返済してもらうことになること等を告げられた。
また、破産会社は、平成二一年一月五日の弁済期日に返済金を用意することができず、被控訴人の担当者の指示により二万円を振り込んだが、被控訴人は、破産会社の意向を確認することなく、この二万円を約定利息のうちの制限利息を超過する部分に充当した。
上記のような被控訴人の対応は、被控訴人が破産会社に対し、約定利息の支払を事実上強制していたことの証左である。
イ 一七条・一八条書面
被控訴人が、破産会社に対して交付した書面は、下記の事情に照らすと、貸金業法一七条・一八条所定の書面と評価することはできない。
(ア) 「貸付及び保証契約説明書」は、小さい文字で詰めて書かれた極めて読みづらい体裁となっており、債務者に契約内容を正確に理解させるという貸金業法一七条の趣旨を満たす書面とはいえない。
(イ) 一七条書面に記載すべき期限の利益喪失特約は、明確に、かつ、一義的に定められるべきであるところ、前記のとおり、本件期限の利益喪失特約は、本件弁済充当特約との関係でその解釈に疑問が生じる余地があり、明確性に欠ける。
充当特約は、「利息制限法所定の制限利息、同損害金、元金、約定利息のうち制限超過利息分」の順に充当すると定められるべきである。
(2) 悪意の受益者性
(控訴人の主張)
被控訴人は、貸金業の登録業者であり、利息制限法を超える金利で貸付けをしていることを知りながら、破産会社より返済を受けていた。
よって、被控訴人は悪意の受益者である。
(被控訴人の主張)
争う。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(みなし弁済の成否)について
(1) 前記前提となる事実、《証拠省略》によると、次の事実が認められる。
ア 破産会社の代表者であったBは、平成一八年九月二八日ころ、被控訴人の関内支店において、本件契約書の債務者欄に破産会社の代表取締役として記名押印し、連帯保証人欄にB個人として署名押印して、被控訴人から、「貸付及び保証契約説明書」(以下「本件説明書」という。)及び支払予定額として各弁済期における約定の元金額と約定利息額とが記載された償還表(以下「本件償還表」という。)の交付を受けた。
イ 本件契約書及び本件説明書には、旧利息制限法一条及び四条の条文が抜粋されて記載されていた。
ウ 本件償還表には、制限利率による利息額の記載はなく、債務者が弁済期に支払うべき具体的な弁済額を記載したものは、本件償還表のほかには破産会社に交付されていない。
(2) 貸金業者の業務の適正な運営を確保し、貸金需要者等の利益の保護を図ること等を定める貸金業法の趣旨、目的(貸金業法一条)等にかんがみると、旧貸金業法四三条一項の規定の適用範囲については、これを厳格に解すべきである(最高裁平成一四年(受)第九一二号同一六年二月二〇日第二小法廷判決・民集五八巻二号三八〇頁、最高裁平成一五年(オ)第三八六号・同年(受)第三八九号平成一六年二月二〇日第二小法廷判決・民集五八巻二号四七五頁)。
(3) 貸金業法一七条一項が、貸金業者につき、貸付けに係る契約を締結したときに、一七条書面を交付すべき義務を定めた趣旨は、貸付けに係る合意の内容を書面化することで、貸金業者の業務の適正な運営を確保するとともに、後日になって当事者間に貸付けに係る合意の内容をめぐって紛争が発生することを防止することにあると解される。したがって、一七条書面の貸金業法一七条一項所定の事項の記載が正確でないときや明確でないときにも、旧貸金業法四三条一項の規定の適用要件を欠くというべきである(最高裁平成一五年(受)第一六五三号同一八年一月二四日第三小法廷判決・民集六〇巻一号三一九頁)。
本件期限の利益喪失特約は、「破産会社は、元金若しくは利息制限法所定の制限利息の支払を遅滞したときは、当然に期限の利益を失い、被控訴人に対して直ちに元利金を一括して支払う。」というものであるところ、法律知識に乏しい一般人である破産会社(代表者)にとっては、利息制限法所定の制限利息とのみ記載されても、その具体的な返済額は明らかでない(本件契約書及び本件説明書には、旧利息制限法一条及び四条の条文が抜粋されて記載されていたとしても、それから直ちに具体的な返済額が分かるものではない)。しかも、それは、期限の利益を喪失するという重大な法律効果と結びついているのであるから、破産会社(代表者)にとって、その具体的な返済額を知る必要性は極めて高いというべきである。しかるに、被控訴人は、破産会社に対して、本件貸付けに当たって、本件償還表を交付したのみであり、それには、制限利率による利息額の記載はない。
しかも、本件弁済充当特約によれば、弁済金は、約定利息にまず充当すべき旨が定められているのであって、支払期日に約定の元本額と利息の制限額の合計額を支払ったとしても、本件弁済充当特約が文言どおりに適用されるのであれば、約定の元本中上記約定利息充当額の弁済を欠くものとして、期限の利益を喪失し、残元金を一括して支払い、これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与える記載となっている。そして、このような誤解を疑義なく排斥できるような条項は、本件弁済充当特約に定められていない。
これらのことからすると、本件期限の利益喪失特約は、貸金業法一七条一項所定の事項の記載が明確でなく、旧貸金業法四三条一項の規定の適用要件を欠くというべきである。
なお、被控訴人は、先行する弁済についてのみなし弁済の成否が次の返済における利息制限法に基づく利息額を変化させるため、予め利息制限法に基づく返済予定額を示しておくことは不可能であると主張するが、先行する弁済についてのみなし弁済の成否が次の返済における利息額を変化さることは、約定利率による償還表についても同様であるから、制限利率による利息額を記載した償還表を交付しない理由とはならない。
(4) 旧貸金業法四三条一項にいう「債務者が利息として任意に支払った」とは、債務者が利息の契約に基づく利息の支払に充当されることを認識した上、自己の自由な意思に基づいてこれを支払ったことをいい、債務者において、その支払った金銭の額が利息の制限額を超えていることあるいは当該超過部分の契約が無効であることまで認識していることを要しないと解される(最高裁昭和六二年(オ)第一五三一号平成二年一月二二日第二小法廷判決・民集四四巻一号三三二頁)けれども、債務者が、事実上にせよ強制を受けて利息の制限額を超える額の金銭の支払をした場合には、制限超過部分を自己の自由な意思によって支払ったものということはできず、同法四三条一項の規定の適用要件を欠くというべきである(平成一八年判決)。そして、制限超過部分を自己の自由な意思によって支払ったか否かは、金銭消費貸借契約証書や貸付契約説明書の文言、契約締結及び督促の際の貸金業者の債務者に対する説明内容などの具体的な事情に基づき、総合的に判断されるべきである(最高裁平成一五年(オ)第四五六号、同年(受)第四六七号平成一八年一月一九日第一小法廷判決・裁判集民事二一九号三一頁)。
そこで、以上の観点から、本件において「債務者が利息として任意に支払った」といえるかどうかについて判断する。
ア 本件償還表の支払予定額は、その額の支払を怠れば契約上の不利益を受ける金額と債務者が通常認識しているものであるところ、本件償還表には、支払利息額として、利息制限法による制限利息額を超える約定利息額が記載されているが、利息制限法所定の制限利息の額は記載されておらず、弁済期において債務者が支払うべき具体的な返済額を記載したものは、本件償還表のほかには交付されていない。そのため、法律専門家でなく、法律知識に乏しい債務者にとっては、本件償還表記載の支払予定額を支払わないと契約上の不利益を受けるものと誤解することがあり得る。
イ さらに、本件の場合、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 破産会社の代表者であったBは、破産会社の運転資金を得るために、平成一七年一一月一八日、被控訴人との間で旧契約を締結して五〇〇万円を借り入れ、元本と約定利息の返済をしてきた。
(イ) Bは、平成一八年九月ころ、被控訴人に対し、それまでの返済によって元本が減った分について追加の借入れを申し込んだところ、被控訴人は、Bに対する追加の貸付けはできないとして、借主名義をBではなく破産会社とすること、貸付金額は四五〇万円とし、その中から旧契約による残債務を弁済することを求め、破産会社の手元に残るのは、それを差し引いた額になると説明した。Bは、破産会社の資金を得る必要から、これに従った。
(ウ) 平成一八年九月二八日時点における、旧契約の残元本は三六七万二〇三九円であった。破産会社は、同日、本件契約を締結して被控訴人から四五〇万円を借り入れたが、そのうちの三六一万〇六一〇円は旧契約の残元本の一括返済に充てられた。
(エ) Bと被控訴人の間の旧契約による取引についてはみなし弁済は成立せず、利息制限法の制限利率に従って引き直し計算をすると、同日時点の旧契約の残元金は三一三万九九八三円であって、前記の三六一万〇六一〇円の返済によって、四七万〇六二七円の過払金が発生したことになる。
ウ 以上の事実が認められ、旧契約と本件契約は、債務者がBからBが代表取締役である破産会社に変わったとはいえ、実質的には借換えというべき性質を有するものといえる。
旧契約における期限の利益喪失特約は、「元金若しくは利息の支払いを遅滞したとき……、催告の手続きを要せずして債務者は期限の利益を失い直ちに元利金を一括して支払います。」というものであり、このような特約は法律上は一部無効であるが、その存在は、通常、債務者に対し、支払期日に約定の元本とともに制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り、期限の利益を喪失し、残元本全額を直ちに支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与え、その結果、このような不利益を回避するために、制限超過部分を支払うことを債務者に事実上強制することになるものである(平成一八年判決)。本件契約においては、期限の利益喪失特約の内容が旧契約とは異なるものになったが、前記認定のとおり、本件契約が実質的には旧契約の借換えというべき事実関係の下においては、本件契約の締結に際し、Bに対し、期限の利益喪失特約の内容が旧契約とは異なるものになったこと及びその趣旨が明確に説明されなければ、前記のような誤解を与えるおそれが解消されたとはいえない。
エ 本件説明書には、「本説明書及び償還表を交付書面として各自一通宛、内容の説明を受けた上で、受領しました。」と印刷され、Bは、その下部に破産会社の代表取締役として記名押印しているが、そのことから、前記の点について明確な説明がされたものと直ちに認めることはできない。
Bの陳述書によれば、Bは、本件契約を締結した際、被控訴人の担当者から、本件契約書の読み上げをされたが、旧契約と本件契約とでは、期限の利益喪失特約の内容が異なっているとの説明は受けなかったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
オ 以上によれば、本件契約の締結に際し、弁済期において債務者が支払うべき具体的な返済額を記載したものとして本件償還表のみが交付され、本件契約が旧契約の実質的な借換えといえるという事実関係の下において、破産会社が、利息として、利息の制限額を超える額の金銭を支払った場合には、本件契約の締結に際し、Bに対し、期限の利益喪失特約の内容が旧契約とは異なるものになったこと及びその趣旨が明確に説明されて、上記のような誤解を生じなかったといえる特段の事情のない限り、債務者が自己の自由な意思によって制限超過部分を支払ったということはできないと解するのが相当であるところ(平成一八年判決参照)、本件において、このような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
カ 以上のとおりであるから、破産会社が自己の自由な意思によって制限超過部分を支払ったとは認められず、旧貸金業法四三条一項は適用されない。
二 争点(2)(悪意の受益者性)について
(1) 貸金業者が利息制限法所定の制限超過部分を利息の債務の弁済として受領したが、その受領につき旧貸金業法四三条一項の適用が認められない場合には、被控訴人は、同項の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り、民法七〇四条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁平成一七年(受)第一九七〇号同一九年七月一三日第二小法廷判決・民集六一巻五号一九八〇頁)ところ、前記前提となる事実によれば、貸金業者である被控訴人が制限超過部分を利息の債務の弁済として受領していると認められ、かつ、前記のとおり旧貸金業法四三条一項の適用は認められない。
(2) 本件期限の利益喪失特約条項のような条項の下でなされた制限超過部分の支払についてみなし弁済が成立するかについての裁判例は分かれており、まだ最高裁判所の判決はないから、その点に関する限りは、被控訴人に上記特段の事情が認められる余地があるとしても、本件の前記の事実関係等の下においては、被控訴人において、同項の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があると認めることはできない。
よって、被控訴人は悪意の受益者と認められる。
第四結論
以上によれば、破産会社と被控訴人との最終取引日である平成二一年一月二三日の時点における過払金は四六万四七一三円、過払金に対する民法七〇四条所定の利息は二〇〇五円となるから、その合計四六万六七一八円及びそのうち過払金元金四六万四七一三円に対する平成二一年一月二四日から支払済みまでの利息の支払を求める控訴人の請求は全部認容すべきところ、これと異なる原判決は相当ではない。
よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 峯俊之 橋本政和)