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横浜地方裁判所 平成22年(ワ)1463号 判決 2011年3月31日

別紙「当事者目録」記載のとおり

主文

一  原告北川湿地の訴えを却下する。

二  原告北川湿地を除くその余の原告らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、別紙「事業目録」記載の事業を行ってはならない。

第二事案の概要

本件は、原告らが、別紙「事業目録」記載の三浦市三戸地区発生土処分場建設事業(以下「本件事業」という。)の事業主体である被告に対し、本件事業の実施により、原告らが有する自然の権利、環境権、自然享有権ないしは学問・研究の利益に基づく活動の利益、生命・身体の安全及び平穏な生活を営む権利を違法に侵害されるとして、土地所有権の制限法理による差止請求権、不法行為による差止請求権若しくは原告らの自然の権利及び人格的利益に基づく差止請求権に基づき、本件事業の差止めを請求した事案である。

これに対し、被告は、本案前の答弁として、原告北川湿地には当事者能力が認められないとして、訴えの却下を求めるとともに、本件事業の実施に当たっては神奈川県環境影響評価条例に基づく環境影響予測評価を実施し、環境への配慮及び適切な公害防止計画を行うから、原告らの権利利益は何ら侵害されないなどとして、原告らの請求の棄却を求めた。

一  前提となる事実(証拠によって認定した事実は各項末尾の括弧内に認定に供した証拠を摘示し、その記載のない事実は当事者間に争いがない。)

なお、以下において、原告三浦・三戸自然環境保全連絡会を「原告連絡会」といい、原告北川湿地及び原告連絡会を除く原告らを「原告自然人ら」と総称する。

(1)  被告は、東京都港区に本社を置く大手私鉄会社(東証一部上場)で、鉄道事業の他に、不動産事業、ホテル事業、レジャーその他の事業を展開しており、別紙「事業目録」記載のとおりの本件事業の事業主体である。

被告は、本件事業対象地の所有者である。

(2)  本件事業対象地の中には、北川が流れており、その谷戸全体が湿地化していた(この湿地帯を通称「北川湿地」という。北川の存在とその谷戸部の湿地化につき、乙九)。

原告連絡会は、北川湿地を残し、三浦市三戸の自然環境を適切に保全することを目的として設立された団体であり、原告自然人らは、本件事業対象地の周辺に居住している者である。

(3)  本件事業は、建設工事に伴い副次的に発生する土砂を受け入れる処分場を建設するものとして計画されている事業である。

被告は、本件事業対象地について平成二一年七月八日付けで神奈川県から神奈川県土砂の適正処理に関する条例九条一項の規定に基づく土砂埋立ての許可を受けた(以下「本件許可処分」という。)。本件許可処分によると、本件事業の概要は、三浦市<以下省略>外二四五筆の面積二一万八〇〇〇平方メートルの区域のうち一九万平方メートルについて行う土砂埋立行為(工事期間平成二一年七月八日から平成二八年一二月三一日まで・最大たい積時に用いる土砂の数量二二〇万立方メートル)となっている。

(4)  本件事業対象地は、昭和四〇年代から土地利用のあり方を検討されてきた「三浦市三戸・小網代地区(一六〇ヘクタール)」の中に位置する。同地区における本件事業対象地の位置関係は別紙図面(2)のとおりであり、「実施区域」とされる部分が本件事業対象地である。本件事業対象地の南側は、小網代近郊緑地保全区域(通称「小網代の森」)となっており、西側の農地造成事業区域の南側に蟹田沢エリアが所在する。

被告は、別紙図面(2)の桃色線で囲まれた本件事業対象地を含む区域を三戸地区宅地開発区域(約五〇ヘクタール)とし、本件事業を同区域における土地区画整理事業の基盤整備事業として位置付けている。同区域内のおよそ半分の面積を対象地として、被告から本件事業計画が立案されて、事業実施に向け、神奈川県環境影響評価条例に基づく環境影響予測評価が実施された。

二  争点及び争点に対する当事者の主張

本訴の争点は、(1)原告北川湿地には当事者能力が認められるか否か、(2)原告らが本件事業の差止請求権を有しているか否かであり、これらの争点に対する当事者の主張は、以下のとおりである。

(1)  争点(1)について

ア 被告

民事訴訟法二八条は、当事者能力について、同法に特別の定めがある場合を除き、民法その他の法令に従う旨を規定するところ、民事訴訟法及び民法その他の法令上、「北川湿地」に当事者能力を認めることのできる根拠は存在しない。

イ 原告ら

原告北川湿地は、神奈川県内に残る最大規模の平地性湿地であって、約一〇〇種類もの貴重な生き物が生息する地域固有の生態系をなしている。原告北川湿地は、多種多様な種、生態系からなる固有の存在であり、その長年に渡る生成過程により貴重な生物多様性という価値を内在するに至り、多種多様な種、生態系を育みつつ、自らが生ける存在であって、いわゆる「自然の権利」を有しており、訴訟上の当事者適格を有するというべきである。

(2)  争点(2)について

ア 原告ら

(ア) 生物多様性に関する人格権

生物多様性基本法は、その前文において、「人類は、生物の多様性のもたらす恵沢を享受することにより生存しており、生物の多様性は人類の存続の基盤となっている。」、「また、生物の多様性は、地域における固有の財産として地域独自の文化の多様性をも支えている。」と規定し、これらの規定を前提として基本原則、基本的施策を定めている。

人間は、生物多様性の存在なしには生存できず、その生物多様性がもたらす恵みを享受する権利を有する。とりわけ、地域固有の生物多様性は当該地域における固有の財産的価値を有し、当該地域に暮らす住民の生活の重要な基盤、文化の多様性の礎となっている。よって、およそ人間は、生物多様性の侵害を拒む権利を有するが、中でも地域における生物多様性の侵害は、当該地域住民にとって、自己の生存の基盤や文化の多様性そのものの侵害を意味するのであるから、自己の生存や文化の多様性を確保するために、当該地域の生物多様性を保護し、侵害のおそれが生じた際にはそれを避けるべく、侵害行為の除去、差止めを求める権利を有する。

そして、生物多様性に関する人格権は、生物多様性基本法の制度的担保により、個々の地域とそこに暮らす住民らとの関係において、法的に保護されるべき具体的利益となった。

したがって、北川湿地の生物多様性の恵みを日常的に享受している原告連絡会及び原告自然人らは、その人格権侵害を事前に防止すべく本件事業の差止めを請求し得る。

(イ) 環境権

人間には、自らを取り巻く環境を支配し、良好な環境を享受する権利があり、みだりに環境を汚染し、快適な生活を妨げ、あるいは妨げようとしている者に対しては、この権利に基づいて妨害の排除又は妨害予防を請求できる。

本件事業に関しては、環境基本法、神奈川県環境基本条例、神奈川県環境基本計画が直接適用され、原告自然人らは、北川湿地に立ち入ってその貴重種の調査研究を行ったり、近隣に居住したりすることで、その豊かな自然環境を享受し、この環境を守りたいと強く望んでいる者であることから、原告自然人らは、環境権に基づき本件事業の差止めを請求できる。

(ウ) 自然享有権

自然享有権とは、国民が生命あるいは人間らしい生活を維持するために不可欠な自然の恵沢を享受する権利である。環境基本法三条は、自然享有権の存在を明らかにしており、第一〇回生物多様性条約締結国会議にむけて我が国が表明したポスト二〇一〇年目標の中にも、自然享有権の実現を具体的に図るための施策が掲げられた。

原告自然人らは、北川湿地の豊かな自然環境を享受し、将来世代のためにもその自然の保護を求めてきた。原告自然人らは、自然享有権を根拠として本件事業の差止めを求める。

(エ) 研究の権利

原告連絡会は、北川湿地の豊穣な自然の保護及び調査研究を目的として活動する団体であり、この調査研究活動は、文化財保護法、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律などにより、法律上保護された利益である。レッドデータブックの作成・改訂にみられるように、絶滅の危機にある動植物種の状況を把握する調査活動は、不断に実施することが欠かせない。

原告連絡会の調査研究活動によって、北川湿地における貴重な生物種の発見が相次いでおり、原告連絡会の活動なくしては、法律上の保護対象である北川湿地に生息する動植物種の保全は、将来にわたって成り立たない。よって、原告連絡会は、北川湿地を研究する権利に基づき本件事業の差止めを請求できる。

(オ) 土地所有権の公共の福祉による制約の法理

被告は、本件事業を、事業対象地の所有者として実施する。

近年、人々の生活に身近な場所でも、長年自然環境が保たれている場合には、地域独自の豊かな生物多様性がそこに育まれていることが認識されるようになった。そして、これらの生物的自然遺産は、人類にとってかけがえのない財産であることが理解されるようになり、そのような認識が地球規模で共通化したことにより、生物多様性条約が発効し、さらに我が国で生物多様性基本法が制定され、それに基づく具体的政策が策定された。したがって、現在、土地所有者は、生物多様性を保全する方法により土地を利用すべき義務を負うことになったといえる。

被告による本件事業対象地の土地利用方法は、北川湿地が有する生物多様性という法律上保護された利益に対する重大な侵害行為であり、しかも、発生土処分場建設は被告の営利事業にすぎず公共性が著しく乏しい。したがって、被告が本件事業を実施することは公共の福祉に適合しないため、土地所有権の内在的制約により許されない。

(カ) 土地所有権の濫用論

被告の本件事業の実施手続及び事業内容は、以下に述べるとおり、不合理であり、かつ相当性を欠いたものである。これら特段の事情が存在することにより、本件における被告の土地所有権の行使は濫用に当たり許されず、差し止められなければならない。

a 環境影響評価等の手続上の瑕疵について

被告は、環境影響評価に際して、神奈川県から審査書を通じて環境保全対策の不備を多数指摘されたのに対し、適切な改善策を講じないまま環境影響予測評価書を作成提出した。

また、被告は、本件事業を三戸地区宅地開発区域における整備のための準備事業であると位置付けているところ、そうであるとすれば、被告は、都市計画法二九条に基づく神奈川県知事の開発許可を得た後に工事に着工する必要があるが、当該手続きは履践されていない。

b 「回避」「低減」措置の検討不足について

被告は、環境保全対策の検討として、本件事業を実施区域で行うことを前提とした検討しかしておらず、本件事業を北川湿地以外の場所で行う可能性や、そもそも事業を見直すという「回避」の選択肢を考慮していない。被告は、本件事業は、三戸地区宅地開発区域として市街化区域における整備のための準備事業として行うものであり、回避措置は困難とするが、根本的な問題として、三浦市三戸・小網代地区の土地利用計画の存在自体不明確であり、被告、神奈川県、三浦市の三者において、本件事業を三戸地区の宅地開発の準備事業として位置付けているという合意が本当に存在するのか甚だ疑わしい。

また、被告は、本件事業による盛土面積が半分以上減少してしまうことや将来の土地区画整理事業における土地利用計画は土地区画整理事業組合で決定することから、低減措置が困難とするが、これは、環境保全のために事業規模を縮小せざるを得なくなることをそもそも拒絶し、環境影響評価制度の意義を否定するものであるし、宅地開発の土地利用計画が発表される前の現段階において、将来の土地区画整理事業を持ち出して、開発前の現況の生態系を保存すべき義務を放棄することはできない。

c 代償措置の不適切性

開発場所に存在し得る野生動植物とこれを支えている自然のメカニズムは、容易に移設・再生できるものではなく、安易に代償措置が選択されるべきではない。代償措置を実施する順序としては、①失う環境と同等の規模の代償地を選定し、②失う環境と同等の環境の質を確保し、③代償の事後評価を実施後に環境破壊事業を着手することになるが、本件事業ではこれらの手順が全く無視されている。

被告は、代償措置の内容として、蟹田沢エリアにビオトープを整備し、同ビオトープや小網代の森に動植物の移植を実施するとしているが、蟹田沢の自然も小網代の森も、それ自体が一つの生態系をなしており保護の対象であるところ、ビオトープの創出や移植によって二重に生態系を破壊することになる。蟹田沢の水流は、造成法面の暗渠を介しての地下水に依拠しているため、水量、水質とも北川とは異なっているし、海風の影響を受けやすい地勢であり、規模と本来の生態系が北川湿地とは全く異なるため、蟹田沢では北川湿地の湿地生態系を成立させるのは困難であり、その代償地として不適である。

しかも、小網代の森のうち蟹田沢と隣接する部分は、都市計画道路西海岸線の建設予定地となっており、蟹田沢ビオトープを整備することにより小網代の森との連続性が確保されるということはない。

また、動植物を移植し、それが定着したか否かを確認するためには、少なくとも一年を要するところ、北川湿地は、その最上流部の谷戸底まで工事着手後一年間のうちに埋められてしまったため、移植先への定着が成功していたか否か確認がとれていない。被告は、本件事業対象地の外に一時的な生物の移植先として「一時ストックエリア」を設けるとのことだが、そこも将来の土地区画整理事業予定区域内であるため、長期的に同エリアを保全する意思がないことは明らかであり、生物の移植先としては不適切である。一時ストックエリアでは、本来であれば浅い水たまりとなっているべきであるにもかかわらず深い池になっているなど、湿地生態系に必須の水位維持機能、水質管理機能が失われており、被告による段階的な移植は失敗しているというほかない。

被告は、別件事業の代償措置として整備したYRP水辺公園等を本件事業でも参考にするとしているが、そもそもYRP水辺公園等の代償措置は全く成功していないのである。

その他、被告は、盛土により発生する法面や平坦地に、可能な限り在来種を用いて草本類の種子を吹き付けるとしているが、そのような緑化行為は、北川湿地に自生していた種を用いるのでない限り、生態系の攪乱を生じさせるため不適切である。

d 本件事業の公共性の欠如

本件事業は、被告が営利目的で自己の所有地に神奈川県内の発生土を埋め立てる事業であり、それ自体に公共性はない。また、現在の経済情勢、公共投資、企業投資に照らすと、発生土の量は減少傾向にあるため、本件事業が当初の予定どおり事業開始後七年半で完了する保証もない。結局、北川湿地を埋め立てられるかどうかは見通しが立たず、埋められたとしても、その後の宅地開発は、現在の社会経済状況からして実際には困難であるから、本件事業に公共性は見出せない。

e 住民に対する説明の不備

原告らは、被告に対し、本件事業に関する説明や話合いの場をたびたび求めてきたが拒絶されてきた。その後も、被告は、事業説明会を積極的に開くことはなく、開催したとしても一方的な報告に終始するものであった。また、現に工事が行われている際に、その内容や進捗状況について住民が説明を求めても被告は回答しない。

(キ) 受忍限度論と不法行為に基づく差止め

上記(ア)ないし(オ)については、他との比較衡量が許されない絶対的な保護の対象となる諸権利の侵害が問題となるため、侵害の有無がすなわち差止めの基準となり、受忍限度論の介在する余地はない。

仮に、原告らの主張する権利が比較衡量の対象となる利益であると考えたとしても、上記で述べてきた事情からすれば、本件事業による原告らの利益侵害の程度は、受忍限度を明らかに超えている。

よって、原告らは、不法行為に基づく本件事業の差止めも請求できる。

(ク) 住民の人格権侵害

原告自然人らは、本件事業が実施されれば、次のとおり、騒音、振動、粉じん飛散、大気汚染、土壌汚染、水質汚濁等が発生することによって、睡眠障害、精神的障害、聴覚障害、頭痛、胃腸障害、疲労感、食欲不振、呼吸器の障害、有害物質摂取による身体障害等の健康被害並びに交通事故による被害を受けるおそれがある。また、原告自然人らは、人格権の一種として平穏な生活を営む権利を有するところ、その権利を侵害されることは確実である。

a 騒音、振動及び交通危険

被告は、本件事業対象地への搬入路設置等の作業のため、既に本件事業対象地周辺に大型ダンプを通行させており、その影響で騒音、振動が発生している。本件事業実施における大型ダンプの通行量は、被告の予定でも一時間に往復で約五五台にのぼり、雨天等を考慮すると一時間に往復で約七二台になる。走行やクラクションによる騒音、振動の被害は甚大であるとともに、通行人や子どもたちとの間で交通事故が発生する危険も高まる。

また、大型ダンプのほか、ショベルカー等の大型土木重機が稼働することになり、それによる騒音や振動も当然発生する。

b 粉じんの飛散

本件事業対象地周辺は、風が強く遮るものが少ないため、粉じんの飛散が発生しやすいところであるが、今後の大型ダンプの過密な通行により、ますます大量の粉じん飛散が発生することは明らかである。

c 交通渋滞及び大気汚染

大型ダンプ等の搬入出車両は、唯一の幹線道路である国道一三四号線を利用して、二か所の侵入経路から造成中の取付け道路を経て本件事業対象地に出入りするようになるため、必然的に国道一三四号線からの右左折をしなければならない。国道一三四号線は、片側一車線道路であり、現状でも渋滞が激しい道路であるところ、大型ダンプの右折により、渋滞を悪化させることになる。加えて、これだけの台数の関係車両が集中すれば、いわゆる待機車両が相当数に上ることが予想される。その結果、本件事業対象地周辺における自動車排気ガスの排出量が飛躍的に増加することは明らかである。

また、大型重機から排出される排気ガスも、本件事業対象地周辺の大気を汚染する。

d 土壌汚染及び水質汚濁

本件事業対象地に搬入される残土に有害物質が含まれていれば、本件事業対象地の土壌はもちろん、本件事業対象地を流れる川や地下水、そして三戸浜及び周辺海域を汚染するおそれも十分考えられる。

(ケ) 生物多様性の回復可能性

北川湿地は、昭和三〇年代まで水耕がなされた棚田が後に放棄され、結果的に湿地性生態系として豊かな生物多様性を発展させたという歴史がある。そのため、湿地面を盛土で埋めることにより一旦その生態系を破壊したとしても、谷戸の地形が現存している限り、水流はいずれ現れその後再び枯れることもない。

そのため、本件事業を差し止めれば、北川湿地自身が有する自己回復力によって、二、三十年の後には、従前のような湿地性の生物多様性が蘇る蓋然性は高く、一旦湿地面が失われてしまった現在でも、本件事業の差止めを求める訴えの利益は存在する。

イ 被告

(ア) 生物多様性に関する人格権等について

原告らが主張する、生物多様性に関する人格権、環境権、自然享有権及び研究の権利なるものは、いずれも権利性を認めるだけの明確な実体を有するものではなく、それらを根拠とする差止請求には何ら理由がない。

(イ) 土地所有権の公共の福祉による制約の法理について

この点に関する原告らの主張は、法的根拠を欠く独自の主張であり、主張自体失当である。

(ウ) 土地所有権の濫用論について

被告は、小網代の森の保全に積極的に協力しつつ、三戸宅地開発区域における土地区画整理事業の基盤整備のための本件事業の実施においても、専門家の意見及び指導を踏まえ、植物、動物、水生生物を蟹田沢ビオトープや小網代の森へ移植し、周辺の豊かな自然環境との連続性を確保して、生態系として多様な環境を創出するように、次のとおり、可能な限りの配慮を行い、対策を講じている。

したがって、被告による本件事業の実施は、企業として合理的かつ相当な行為であり、所有権等の権利の濫用に当たらない。

a 被告は、環境影響予測評価書案についての環境影響評価審査書における指摘事項を踏まえ、予測評価書を提出している。また、本件事業を実施するに当たり、都市計画法二九条の許可は不要である。本件事業の実施に当たり、手続上の瑕疵はない。

b 本件事業は、土地利用計画のなかの三戸地区宅地開発区域(約五〇ヘクタール)として市街化区域における整備のための準備事業として行うものであり、環境影響をなくすこと(「回避」措置)は困難である。

次に、本件事業における実施区域の一部を保全することによる「低減」措置の検討をしたところ、谷戸中央部を保全した場合、盛土面積が現行計画に比べて約五六パーセント減少し、谷戸上流部を保全した場合、盛土面積が約六七パーセント減少することから、被告としては、谷戸の一部を現在の形で保全するという「低減」措置も極めて困難であると判断した。かつ、将来計画である土地区画整理事業における土地利用計画は、土地区画整理事業組合で決定することからも、保全エリアを確保しておくことはできない。

そこで、本件事業における環境保全対策としては、「代償」措置を検討することとしたものであり、代償措置としては移植が考えられるところ、本件事業の実施区域周辺での貴重種の移植先として考えられるエリアとしては、蟹田沢の谷戸環境が最も条件がそろっていると考えられることから、蟹田沢ビオトープを整備することとした。本件事業の実施により消失又は縮小される植物、動物及び水生生物の注目種については、周辺地域の蟹田沢ビオトープや小網代の森に移植を行うことにより、生態系として多様な環境を創出し、周辺の豊かな自然環境との連続性を確保するように努めるものである。なお、移植においては、蟹田沢ビオトープの他に一時的な移植先として新たに「一時ストックエリア」を設定し、このエリアにも移植を実施する。これにより、工事着手後も保全対象種の生息場所が確保され、移植によるリスクを軽減することができ、より効果的な環境保全対策の実施が可能となる。

c 被告は、付近住民に対し、平成二一年八月二六日、平成二二年二月二八日及び同年一〇月一六日に、それぞれ、本件事業に関する工事説明会を開催し、安全対策の内容等を含めて、本件事業における工事について十分な説明を行っている。

(エ) 住民の人格権侵害について

被告は、本件事業計画に当たり、次のような環境への配慮をし、適切な公害防止計画を立てて実施するものであり、原告らが主張するような侵害行為が生ずるおそれはない。被告は、大気汚染、騒音、振動等について、専門業者に委託し、神奈川県環境影響評価技術指針等の基準に基づく調査、予測評価を実施しており、いずれの項目についても、環境基本法等の規制基準を評価目標とした数値について、これを満足するものと予測評価されている。

a 大気汚染防止計画

大気汚染物質の発生防止のため、①使用する重機は排ガス対策型建設機械を採用するように努めること、②作業者に対しては、建設機械の高負荷運転を極力避けるなどの指導を行うこと、③受入土砂搬入車両のダンプトラックについては、運転者に対し空ぶかし等を行わないように定期的にチラシ配布等により啓発を図ることを、その対策として実施する。

b 粉じん防止対策

粉じんの発生防止及び飛散防止のため、①重機が稼働する区域の平坦地及び土砂搬入車両が運行する区域内道路には、散水車などにより適宜散水すること、②実施区域の東側、南側及び北東側の住宅地に近い部分で工事を行う場合は、必要に応じて防塵ネットや仮囲いを設置すること、③法面部及び仕上がり面には、草本類の種子吹き付けによる緑化を行うこと、④関係車両は、タイヤの洗浄等を行い、土砂の落下などによる周辺道路の路面の汚損及び粉じんの飛散防止に努めることを、その対策として実施する。

c 水質汚濁防止計画

土砂搬入の埋め立てにより実施区域は一時的に裸地化され、降雨時には濁水の流出が考えられるため、埋め立て区域の数か所に竪樋を利用した仮設調整池及び沈砂池を設置し、発生した濁水は一時的に貯留し、上澄水を排水させ、下流域の河川等において水質汚濁が発生しないように配慮する。さらに、①排水溝などの破損による濁水の流出がないよう巡回パトロールを行い、不良個所をチェックし、速やかに修理し、②沈砂池等の維持管理の不備による濁水の発生がないよう、沈砂池等の必要容量を保持するために適宜浚渫作業を行う。

d 騒音・振動防止計画

騒音・振動の発生防止のため、①ブルドーザー、バックホウなどの重機は、日々の点検整備により騒音発生防止に努めること、②進入路を二か所設けて土砂搬出元に対して利用する進入路を指示して、土砂搬入車両の集中を避け、騒音・振動の低減を図ること、③工事中及び供用時の建設機械は低騒音型・低振動型建設機械を使用し、騒音・振動の低減を図ること、④実施区域の東側、南側及び北東側の住宅地に近い部分で工事を行う場合には、必要に応じて仮囲いを設置すること、なお、既存樹林を一部残置させることにより、騒音による影響の低減を図ることを、その対策として実施する。

e 安全対策

①市道一七号については、安全性を考慮して搬入ダンプトラックの制限速度を時速二〇キロメートルとする、②事業区域の出入口には、交通整理員を配置し、安全性の向上に努めるとの安全対策を講じる。

f 土壌汚染対策

受入土砂については、基準を満たしている土砂を受け入れる。

第三当裁判所の判断

一  本件各争点の判断に先立ち、本件事業の内容等について認定するに、第二・一記載の前提事実に、《証拠省略》を総合すれば、以下の各事実を認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  本件事業対象地とその周辺地域の概要

ア 本件事業対象地は、神奈川県三浦市西部にあって、京浜急行電鉄三崎口駅から南に約五〇〇メートルの場所に位置し、第一種低層住居専用地域に指定されている。その東側は、国道一三四号線に接続しており、北側から東側にかけては、畑地が広がっている。西側約四三ヘクタールでは農地造成事業(三浦市三戸土地改良区)が進められて、平成二〇年に工事が終了し、南側約七〇ヘクタールには小網代の森が広がっている。

イ 本件事業対象地内には、中心部から北西方向に北川が流れている。北川の水源は、主に周辺の斜面林からの清水が集められたものであり、その谷戸部は、以前は水田として利用されていたが、耕作が放棄されて谷戸全体が湿地化した(北川湿地)。

北川湿地は、神奈川県内における最大規模の平地性湿地となっており、絶滅危惧種のメダカやサラサヤンマも生息し、ハンゲショウやアズマヒキガエルなど生息が確認された貴重種の数は約一〇〇種に及んでいた。北川湿地では、平成一九年にゲンジボタル、ヘイケボタル、クロマドボタルの生息が発見された。

(2)  三浦市三戸・小網代地区における本件事業対象地の位置づけ

ア 本件事業対象地は、昭和四〇年代から土地利用のあり方を検討されてきた「三浦市三戸・小網代地区(約一六〇ヘクタール)」の中に位置する。三戸・小網代地区における開発及び整備については、平成七年に、被告、三浦市、神奈川県の三者で調整し、次の五つの土地利用計画に沿って事業が行われることとなった。

①農地造成区域(約四〇ヘクタール)

②三戸地区宅地開発区域(約五〇ヘクタール)

③保全区域・小網代地区(約七〇ヘクタール)

④都市計画道路西海岸線

⑤鉄道延伸区域

イ そのうち、③小網代地区(小網代の森)については、平成一七年九月、首都圏近郊緑地保全法に基づく小網代近郊緑地保全区域に指定されている。被告は、地権者として同指定に同意し、平成一九年九月、同地区内に所有していた約三〇ヘクタールの土地のうち、約一〇ヘクタールを自主保存することとし、約二ヘクタールを神奈川県に寄付し、約一八ヘクタールを神奈川県に売却した。

また、①農地造成区域については、農地造成事業が進められて平成二〇年に工事が終了している。同区域の南側に、自然環境保全エリアである蟹田沢があり、被告は、ここにビオトープ(蟹田沢ビオトープ)を整備し、本件事業における環境保全対策を行うものとした。

被告は、本件事業を②三戸地区宅地開発区域における土地区画整理事業の基盤整備事業として位置付けている。

(3)  本件事業の内容

ア 概要

本件事業は、対象地内の谷戸地形(北川湿地を含む。)約二一・八ヘクタールを建設発生土によって埋立てを行うものである。

また、本件事業対象地の西側に隣接して農地改良区域(関連事業区域。別紙図面(2)青線区域)が約三・二ヘクタールあり、ここは約二〇万立方メートルの切土を行い、周囲の農地と同じ地盤高の農地に整備する計画である。かかる農地改良による切土は、本件事業である発生土処分場に搬入される予定であることから、本件事業の関連事業として位置付けられている。

したがって、本件事業の実施区域は、事業対象地と関連事業区域とをあわせた約二五ヘクタールである。

イ 本件事業の実施方法等の計画内容

(ア) 本件事業では、準備工事として、進入路工事、場内仮設道路工事、沈砂池及び仮設防災工事を行い、その後、供用時(土砂受入時)工事として、関連事業工事(農地改良)、発生処分土受入工事のための場内仮設道路工事、仮設防災工事、受入土砂による盛土工事を行う計画である。

工事期間は、準備工事が六か月、発生土受入期間が七年、全体で七年六か月と予定された。

(イ) 準備工事の具体的内容は次のとおりである。

① 進入路工事

進入路は、準備工事及び供用時において、場内の仮設道路、仮設防災工事及び受入土砂搬入のために供するものであり、国道一三四号に接続する東側と市道一七号に接続する北側の二か所に設置する。

② 場内仮設道路工事

進入路により実施区域への進入が可能になった後、区域内に仮設道路を築造する。この仮設道路は主に供用中における仮設防災工事、土砂搬入を行うために供する。

③ 沈砂池及び仮設防災工事

準備工事及び供用時における降雨に対処するために仮設調整池、竪樋、暗渠排水管及び沈砂池を設け、下流域の排水路に接続する。

(ウ) 以上のような準備工事を経て、供用時には次の各工事を進める。

① 関連事業工事(農地改良)

準備工事完了後、関連事業区域において、農地改良のための切土工事を行う。切土工事により発生する約二〇万立方メートルの土砂は、対象事業である発生土処分場へ搬入する。

② 土砂受入

準備工事が終了した後、発生土処分場として土砂を受入れて盛土工事を進める。土砂の受け入れに伴う土砂搬入車両は、いずれも一日当たり最大で北側の進入路から一八〇台、東側の進入路から四〇台、合計二二〇台とする。

受け入れる土砂については、土壌汚染に係る環境基準(平成三年八月二三日環境庁告示第四六号)に従った汚染物質に係る基準を設定し、受け入れ開始前に土砂搬出元に土壌分析結果の提出を求め、基準を満たしていることを確認する。

③ 受入土砂敷均し工事

受け入れた土砂は、順次、振動ローラーにより締固めを行いながら敷均し作業を行う。場内仮設道路及び仮設調整池工事は土砂受入による盛土高の変更に伴って随時施工する。

ウ 本件事業における公害防止の計画

被告は、本件事業による公害防止のため、次の対策を計画している。

(ア) 大気汚染防止計画

受入土砂搬入車両の運行及び土砂の敷均し等の機械の稼働により排ガスが排出されるが、大気汚染物質の発生防止のため、次の対策をとる。

① 使用する重機は排ガス対策型建設機械を採用するように努める。

② 作業者に対し、建設機械の高負荷運転を極力避ける等の指導を行う。

③ 受入土砂搬入車両のダンプトラックについては、運転者に対し、空ぶかし等を行わないように定期的にチラシの配布等により啓発を図る。

(イ) 粉じん防止対策

工事に伴う裸地の増加及び関係車両運行による粉じんの発生防止及び飛散防止のため、次の対策をとる。

① 重機が稼働する区域の平坦地及び土砂搬入車両が運行する区域内道路には、散水車などにより適宜散水する。

② 実施区域の南、東及び北東側の住宅地に近い部分で工事を行う場合は、必要に応じて粉じんネットや仮囲いを設置する。

③ 法面部及び仕上り面には、草本類の種子吹付けによる緑化を行う。

④ 関係車両は、タイヤの洗浄等を行い、土砂の落下などによる周辺道路の路面の汚損及び粉じんの飛散防止に努める。

(ウ) 水質汚濁防止計画

降雨時の濁水防止のため、次の対策をとる。

① 排水溝などの破損による濁水の流出がないように巡回パトロールを行い、不良箇所をチェックし、速やかに修理する。

② 沈砂池等の維持管理の不備による濁水の発生がないように、沈砂池等の必要容量を保持するために適宜、浚渫作業を行う。

(エ) 騒音・振動防止計画

騒音・振動の発生防止のため、次の対策をとる。

① ブルドーザ、バックホウなどの重機は日々の点検整備を行う。

② 進入路を二箇所設けて土砂搬出元に対して利用する進入路を指示して土砂搬入車両の集中を避け、騒音・振動の低減を図る。

③ 低騒音・低振動型建設機械を使用する。

④ 実施区域の南、東及び北東側の住宅地に近い部分で工事を行う場合は、必要に応じて仮囲いを設置する。

(4)  本件事業の手続の状況

ア 神奈川県環境影響評価条例に基づく実施計画書の手続

本件事業の実施計画書は、被告から平成一八年一〇月六日に提出され、同年一一月七日から同年一二月二一日まで縦覧に供された。これに対し、三浦市の意見、審査会の諮問・答申を経た上で、神奈川県知事の審査意見書が平成一九年四月一九日に送付された。

イ 神奈川県環境影響評価条例に基づく予測評価書案の手続

(ア) 本件事業の環境影響予測評価書案は、被告から平成二〇年五月一三日に提出され、同年六月三日から同年七月一七日まで縦覧に供された。住民への説明会の開催、住民からの意見を踏まえた事業者の意見・見解書の提出・縦覧がなされ、公聴会、三浦市の意見、審査会の諮問・答申を経た上で、神奈川県知事の審査書が平成二一年四月三日に送付された。

(イ) 神奈川県知事の審査書では、「実施区域は、『小網代の森』のように海に接していないものの、自然が残された谷戸地形で、斜面は主に二次林で覆われ、底部には小川(北川)が流れ、ハンゲショウやアズマヒキガエルなどの貴重な植物や動物が生育及び生息する豊かな生態系が形成されている。本件事業は、このような実施区域において発生土処分場を建設するものであり、樹木の伐採や谷戸の埋立てにより、この豊かな生態系の大部分を喪失することとなるため、実施区域のみならず『小網代の森』を含めた周辺地域の植物や動物の生育及び生息環境などに影響を及ぼすことが懸念される。このため、本件事業によるこれらの環境影響について適切に予測及び評価を行った上で、環境保全対策を確実に実施する必要がある。」、「また、実施区域外の蟹田沢で行うとしているビオトープ整備を中心とする環境保全対策については、後述する多くの課題があることから、その計画を再検討するとともに、実施に当たっては事後調査により効果を検証しながら適宜生育及び生息環境の改善措置をとり、豊かな生態系を確実に創出することが出来るよう最大限の努力をする必要がある。」などと指摘され、蟹田沢における環境保全対策については、「蟹田沢と谷戸(北川)は、流域面積、流量、水勾配等の水環境、日照条件等の光環境、植生等の自然環境など、環境特性が異なっている部分がある。」、「水辺環境に生育及び生息している生物は、流量、水質等の変化に敏感でその影響を受けやすいが、蟹田沢は流量が北川に比べて少なく、また、その集水域内の土地における今後の開発行為のあり方によっては、現状の水量ですら必ずしも確保できないとみられる。」との問題点が指摘された。

(ウ) 被告は、同審査書の指摘事項に対し事業者としての主な対応を書面で提出した。そのうち蟹田沢ビオトープに関する指摘事項への対応としては、対象事業の土地利用計画が、将来、宅地として利用される計画であることや、実施区域における谷戸の一部保全などの「低減」対策が極めて困難であると判断せざるを得ないことから、事業者として実行可能な環境保全対策としては、代償措置として蟹田沢ビオトープにおける自然の再生を図ることが最も現実的で有効な対策であると判断したこと、そのため、より確実に効果を発揮するように整備計画及び事後調査計画の内容について再検討を行ったことが示された。

その上で、被告は、平成二一年五月二九日、環境影響予測評価書を提出した。

ウ 被告は、平成二一年六月二二日、神奈川県知事に対し、工事着手届出書を提出し、同年七月八日付けで本件許可処分を受けて、翌九日に土砂埋立行為着手届を提出した。

(5)  環境影響予測評価書の内容

被告は、環境影響予測評価を行い、次の各項目について、いずれも評価目標を満足していると予測評価している。

ア 大気汚染(浮遊粒子状物質・二酸化窒素及び粉じん)

(ア) 浮遊粒子状物質及び二酸化窒素

浮遊粒子状物質の評価目標は、環境基本法に基づく環境基準(日平均値〇・一〇立方ミリグラム以下)とし、二酸化窒素の評価目標は、同環境基準(〇・〇四ppmから〇・〇六ppmのゾーン内又はそれ以下)及び神奈川県の目標(年平均値が〇・〇二ppm以下)とした。

本件事業対象地への受入搬入土砂の車両走行による浮遊粒子状物質及び二酸化窒素の発生量は〇・〇〇一未満(立方ミリグラム又はppm)であり、国道一三四号三戸入口側及び国道引橋側地点における浮遊粒子状物質及び二酸化窒素の予測値は、浮遊粒子状物質の年平均値が〇・〇二四立方ミリグラム、日平均値の二パーセント除外値が〇・〇五七立方ミリグラム、二酸化窒素の年平均値が〇・〇一七ppm、日平均値の年間九八パーセント値が〇・〇三六ppmとされ、前記目標値を下回ると予測評価した。

(イ) 粉じん

地面から砂ぼこりが立ち始める風速は、毎秒五・五メートル以上であるところ、本件事業対象地周辺における毎秒五・五メートル以上の風速の出現頻度は一一・六パーセントであり、南方向からの風が多い。本件事業対象地周辺の北側及び東側には、外周部の樹林の外側になるものの、本件事業対象地から約八五〇メートルの範囲には住宅地もあるため、受入搬入土砂の締固め状態の地表面からの飛散を防止するために必要に応じて散水を行い、また実施区域の境界付近には防じんネットや仮囲いを設置することとした。これにより、本件事業の実施による粉じんの発生や飛散が実施区域周辺の生活環境に著しい影響を及ぼさないと予測評価した。

イ 騒音

(ア) 建設機械の稼働に伴う騒音レベル

準備工事及び供用時の実施区域の敷地境界においては、騒音規制法に基づく特定建設作業に伴って発生する騒音の規制基準(八五デシベル以下)を評価目標とし、保全対象家屋(実施区域周辺において設定された五地点における対象家屋。以下、同。)においては、環境基本法の道路に面する地域の騒音に係る環境基準(六〇デシベル以下)を評価目標とした。

第三・一(3)ウ(エ)④記載のとおり、本件事業対象地の境界部に三メートルの仮囲いを設けることから、各保全対象家屋に最も影響を与える時期における実施区域の敷地境界における騒音と、各保全対象家屋における騒音の評価結果のいずれにおいても、騒音レベルは評価目標を満足するものと予測評価した。

(イ) 受入土砂搬入車両の走行による道路交通騒音レベル

道路交通騒音に関する基準としては、次のとおり、環境基本法一六条に基づく騒音に係る環境基準及び騒音規制法一七条一項に基づく指定地域内における自動車騒音の限度を定める省令(要請基準)を評価目標とした。すなわち、国道一三四号沿道(幹線交通を担う道路)については、環境基準七〇デシベル以下、要請基準七五デシベル以下であり、市道一七号沿道(A地域)については、環境基準六〇デシベル以下、要請基準七〇デシベル以下である。

受入土砂搬入車両の走行による騒音レベル(昼間)は、国道一三四号については、現況値六九ないし七〇デシベル、予測値七〇デシベルで、環境基準及び要請基準を満たしており、市道一七号については、現況値六三デシベル、予測値六五デシベルで、環境基準を超えているが、要請基準は満たしている。このように市道一七号では、現況値がすでに環境基準を上回っているため、受入土砂搬入車両の走行に当たっては、騒音をより低減するため、空ぶかしを避けるなどの運行方法の指導を必要に応じて実施することとした。

ウ 振動

振動の評価目標に関し、建設機械の稼働に伴う振動レベルは、保全対象家屋につき、一般的に人が振動を感じ始めるとされる値である五五デシベルとした。道路交通振動は、振動規制法に基づく第一種区域の道路交通振動の要請限度(昼間、六五デシベル以下)を評価目標とした。

建設機械の稼働による保全対象家屋における振動レベルは、最大でも五二デシベルであり、評価目標を下回る。受入土砂搬入車両の走行による国道一三四号、市道一七号の振動レベルは、国道一三四号引橋側地点の予測値が五二デシベル、三戸入口側地点の予測値が四九デシベル、市道一七号ニュータウン弥生の郷前地点の予測値が四四デシベルであり、いずれも評価目標を下回ると予測評価した。

エ 植物・動物・生態系

被告は、農地造成事業における自然環境保全エリアとして設定された蟹田沢にビオトープを整備して、本件事業の実施区域において生育地(生息地)が消失または縮小される貴重な植物及び動物の移植先として活用するとして、本件事業における環境保全対策とした。

また、移植においては、蟹田沢ビオトープの他に、一時的な移植先として「一時ストックエリア」を設定し、このエリアにも移植を実施することとした。

そして、本件事業における環境保全対策については、別途専門家委員会を設置し、事後の調査結果につき、効果を検証するため意見の聴取を行い、蟹田沢ビオトープの維持・管理における改善等に反映するものとした。

オ 安全(交通)

国道一三四号の引橋交差点及び三戸入口交差点における現在の需要率(交通量の程度を表すもの)は、〇・四三ないし〇・六八であるところ、供用時(土砂受入時)の車両の運行による需要率は〇・四五ないし〇・六九と予測された。また、市道一七号については、現在の交通量が可能交通容量に対して大幅に少なく、土砂搬入車両の増加分を考慮した交通量と可能交通容量の予測値にも十分な余裕がある。そして、土砂搬入車両については、同時刻に集中しないよう随時調整を行う予定であり、交通量のピーク時(一六時から一七時まで)や祭りやイベントなど交通が混雑する可能性の高い日は事前に運行調整を行うなど周辺住民に十分に配慮しながら事業を進めていく方針とした。

また、工事関係車両については、市道一七号の制限速度時速四〇キロメートルに対し、時速二〇キロメートルにする対策を実施し、安全性の向上を図る計画とし、さらに、本件事業実施区域の出入口には交通整理員を配置し、安全性の向上に努める計画とした。

(6)  蟹田沢ビオトープについて

ア 蟹田沢は、周辺を樹林地で囲まれており、以前は水田として利用されていたものが現在は放棄されて湿地化し、造成法面の暗渠などからの水によって湿地が形成されている。

蟹田沢を流れる蟹田川と北川の河川環境を比較すると、流量は、北川が平均毎秒〇・〇一四立方メートル、蟹田川が平均毎秒〇・〇〇五立方メートルであり、河川勾配は北川が平均〇・九七パーセント、蟹田川が平均一・八パーセント、流域は、北川が五〇ヘクタール、蟹田川が一〇・四ヘクタールとなっている。

イ 現在の蟹田沢の湿地環境は、水田が放棄されたことによりアズマネザサ等が部分的に繁茂し、流れが単調になることで除々に乾燥化が進んでいる段階であり、将来はさらに乾燥化が進むことが懸念される。また、蟹田沢は、湿地的な環境とその周囲を取り囲む樹林で形成されている環境であるという点では、北川谷戸と近い環境といえるが、北川谷戸よりも海に近いことから海風の影響を受けやすく、海産の生物の影響も強いなどの立地条件による環境の違いがある。

ウ 被告は、蟹田沢ビオトープの整備においては、これらの環境条件を踏まえ、保全対象種の生態的特徴を考慮しながら適切な対策を実施していくとし、また、現在の蟹田沢における生態系への影響も考慮し、全てを改変するのではなく、蟹田沢を特徴づける現在の自然環境との共存を図りながら整備を進めていくとしている。

(7)  周辺住民への説明会

被告は、平成二一年八月二六日、平成二二年二月二八日及び同年一〇月一六日、本件事業に関する工事説明会を開催した。

(8)  本件事業の工事実施状況

ア 被告は、平成二一年八月から本件事業対象地における準備工事を開始し、進入路工事、低地部の沈砂池設置工事、地盤改良工事及び暗渠排水路工事に着手した。そのうち地盤改良工事については、湿地部分の水を吸い上げるドレーン工法により、ドレーン材を打ち込んで水を吸い上げ、排水暗渠に導く工事が施工された。

イ 平成二二年一二月一四日の本件口頭弁論終結日の時点において、本件事業対象地内における湿地部分は残っていない。

二  争点(1)について

第二・一(2)記載のとおり、北川湿地は、本件事業対象地内に存する、北川流域における湿地帯を呼称するものであるところ、民事訴訟法二八条は、当事者能力について、同法に特別の定めがある場合を除き、民法その他の法令に従う旨を定めており、自然物たる湿地に当事者能力や権利義務の主体性を認める法令上の根拠は存しない。したがって、北川湿地を原告とする訴えは、当事者能力を有しないものを原告とする訴えとして不適法である。

この点に関する原告らの主張は、独自の見解をいうものであって採用できない。

三  争点(2)について

(1)  生物多様性に関する人格権、環境権、自然享有権及び研究の権利に基づく差止請求権について

原告らは、本件事業の差止めの根拠として、生物多様性に関する人格権、環境権、自然享有権及び研究の権利を主張するが、これらはいずれも、実体法上の明確な根拠がなく、その成立要件、内容、法的効果等も不明確であることに照らすと、それが法的に保護された利益として不法行為損害賠償請求権による保護対象となる余地があることはともかく、差止請求権の根拠として認めることはできない。

なお、原告らの主張する生物多様性に関する人格権について付言するに、原告らの主張する生物多様性基本法の前文は、第二・二(2)ア(ア)記載のとおり、「人類は、生物の多様性のもたらす恵沢を享受することにより生存しており、生物の多様性は人類の存続の基盤となっている。」、「また、生物の多様性は、地域における固有の財産として地域独自の文化の多様性をも支えている。」と規定しており、その法条に照らして考えれば、地域における生物多様性が保持され、その中で生活することが望ましいことはいうまでもない。また、ある事業の実施により、後記(第三・三(5)ア)のとおり、環境が破壊され、周辺住民の生命・健康が被害を受け又は受けるおそれがある場合には、周辺住民はその人格権に基づき、当該事業の差止めを求めることができると解される(最高裁平成七年七月七日第二小法廷判決・民集四九巻七号一八七〇頁参照)ものの、そうした生命・健康の侵害行為に至らない場合に、地域における生物多様性が侵害されることから直ちに、周辺住民に、人格権に基づき、当該事業の差止めを認めることは困難といわざるを得ない(人格権に基づく差止め請求が理由がないことについては、後記第三・三(5)アのとおりである。)。

(2)  土地所有権の公共の福祉による制約の法理について

原告らは、公共の福祉により被告の本件事業対象地の所有権行使が制約される旨主張する。そこで、この点について検討するに、日本国憲法二九条一項は、「財産権は、これを侵してはならない。」と定める一方で同条二項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定している。したがって、土地所有権を含む財産権については、他の基本的人権と同様に内在的制約に服するのみならず、弊害防止のための消極的規制や社会的・経済的な政策遂行のための積極的規制にも服することを認めているものと解される。

しかしながら、土地所有権を含む財産権が公共の福祉のもとに制約されるとしても、それは、立法に基づき、内在的制約や消極的規制、積極的規制に服することを意味するのであって、公共の福祉による制約の法理をもって、私人である原告らの差止請求権を根拠付けることには無理があるといわざるを得ない。

したがって、この点に関する原告らの主張は、独自の見解をいうものであって採用できない。

(3)  土地所有権の濫用論について

ア 原告らは、本件事業の実施手続及び事業内容は、不合理であり、かつ相当性を欠き、本件事業における被告の土地所有権の行使は濫用に当たるとして、原告らが本件事業の差止めを求めることができる旨主張する。

しかしながら、そもそも権利濫用論は、権利行使を受けた相手方が、権利行使者の権利主張を制限する際の理論であるから、積極的な権利の発生原因にはならないものであり、原告らの差止請求権を基礎付けるものとは解されない。また、本件事業の実施手続及び事業内容を検討しても、以下のとおり、本件事業の実施が被告の有する土地所有権の濫用に当たるとまでいうことは困難である。

イ 環境影響評価等の手続上の瑕疵について

原告らは、本件事業の環境影響予測評価書の作成・提出に瑕疵がある、被告における本件事業の位置付けからすれば、都市計画法二九条に基づく神奈川県知事の開発許可を得た後に工事に着工する必要があるが、当該手続は履践されていないと主張する。

しかし、前記一(4)認定のとおり、被告は、神奈川県環境影響評価条例に基づく各手続を経た上で環境影響予測評価書を提出しており、神奈川県知事からの審査書における指摘事項に対しても、事業者としての対応を書面で明らかにし、再検討を行っていることからすれば、仮にその対応が環境保全の観点から不十分であったとしても、それは内容の当否の問題にすぎないから、手続上の瑕疵があるとはいえない。

また、本件事業の実施に当たり、都市計画法二九条の開発許可を得なければならない法的根拠は見当たらない。

よって、本件事業の実施に当たり、手続上の瑕疵があるとは認められない。

ウ 実施手続及び事業内容の合理性、相当性について

(ア) 原告らは、本件事業における環境保全対策は「回避」「低減」措置の検討が不足しており、「代償」措置も適切ではないこと、本件事業に公共性がないこと、住民に対する説明も不備であることを主張し、本件事業の実施手続及び事業内容は、合理性、相当性を欠くと主張する。

a 本件事業の公共性と「回避」「低減」措置について

前記一(2)認定のとおり、三浦市三戸・小網代地区における開発及び整備については、平成七年に被告、三浦市、神奈川県の三者において調整がなされ、本件事業対象地を含む別紙図面(2)の桃色線の区域は「三戸地区宅地開発区域」とされた。この点、原告らは、三者間の調整による土地利用計画の存在自体に疑義を述べているが、その後、実際に農地造成事業の実施や小網代地区の保全が行われていること(前記一(2))からすれば、前記の土地利用計画の存在自体は認められる。

もっとも、三戸地区宅地開発区域における将来の宅地開発計画については、《証拠省略》によれば、三浦市主導による宅地開発は困難な状況にあることが認められるし、被告地域開発本部課長である証人Bの証言によっても、被告は、組合施行による区画整理事業を計画しているというだけで、付加価値をつけないと宅地化は難しいことを認めつつ、その付加価値の内容については検討中というにとどまっているから、宅地化の見通しがたつのか定かではない。また、神奈川県内において建設発生土の処分場建設が急務であるとの事情も特に見受けられない。

そうすると、本件事業の公共性についてはそれほど高いものではないといえるが、前記一(2)認定のとおり、被告は、既に三浦市三戸・小網代地区において、小網代の森を保全するため積極的な協力をしていることや、北川湿地がもともと放棄された水田により形成されたものであり、一切の開発を経ていないというわけでもないことも考慮すると、北川湿地が豊かな生態系を育んでいることを前提にしても、「回避」あるいは「低減」措置をとって本件事業対象地を保全しなければ、土地所有権の濫用に当たるとまではいい難い。

b 代償措置の内容について

本件事業における代償措置の適切性については、確かに、前記一(6)認定の北川湿地と蟹田沢ビオトープの流域面積、流量、河川勾配、立地条件等の違いからすれば、北川湿地の自然の代償措置として、蟹田沢ビオトープの整備と移植をすることで十分とはいえないし、《証拠省略》によれば、被告における蟹田沢ビオトープへの保全対象種の実際の移植状況については、アズマヒキガエルこそ七〇四個体の移植を行っているが、ニホンアカガエルは一個体、シュレーゲルアオガエルは幼生九個体のみの移植であること、チャイロカワモズクに関しては、平成二二年三月に藻体の付着した石をビオトープの中に移植したものの、そこでの定着を確認することなく、既に生息していた流域を埋め立ててしまっていることが認められ、被告の行った前記移植作業については、環境保全のために十分な配慮がなされているのか疑問があることは否定できず、当裁判所としても、生物多様性の保全という面では甚だ遺憾であるというほかない。

もっとも、蟹田沢は湿地的な環境という点では北川湿地と共通していることや、本件事業の環境保全対策及び事後調査の実施においては、専門家を中心とする委員会を設け、専門的な意見を聴取し、蟹田沢ビオトープの維持・管理における改善等に反映する計画とされており、実際にも平成二一年度中に、同年六月二九日、同年九月七日、同年一〇月七日、同年一一月二七日の四回にわたって専門家委員会が開催され、専門家の指導を受ける体制がとられていることなどを考慮すれば、その現実的な実施状況に不十分な点が見られるとしても、本件事業における環境保全対策が、その内容からして土地所有権の濫用に当たるほど不適切な内容であるとまでは言い難い。

c その他、住民に対する説明については、前記一(7)認定のとおり、平成二一年八月二六日、平成二二年二月二八日及び同年一〇月一六日、住民に対して工事説明会が開催されているから、その内容が十分でなかったとしても、それが不備とまでは評価できない。

(イ) 結局、以上の点を総合的に考慮すれば、被告による蟹田沢ビオトープへの保全対象種の移植状況については配慮が十分でなく、原告らが、神奈川県に残された貴重な生態系を保存していた北川湿地を含む本件事業対象地を建設発生土で埋め立てる必要性に疑義を唱え、本件事業の見直しを求める心情は理解できるものの、本件事業の実施が土地所有権の濫用に当たるとまではいうことができない。

エ また、前記一(8)認定のとおり、本件口頭弁論終結時点において、準備工事の実施により、本件事業の実施区域内における湿地部分は既に消滅し、原告らが本訴で保全しようとした平地性湿地の生態系もまた既に破壊されたものと評価せざるを得ない。原告らは、第二・二(2)ア(ケ)記載のとおり、北川湿地は、もともと棚田が放棄されて形成された湿地であるから、現時点において本件事業を差し止めれば復元可能性があると主張するが、前記一(8)認定の地盤改良工事が湿地部に既に実施されたことに照らすと、その立論には疑問が残るといわざるを得ないし、結局のところ、本件事業の見直しを求めるには遅きに失した面を否定できないというべきである。

(4)  不法行為に基づく差止請求権について

原告らは、不法行為に基づく差止請求権をも主張している。しかし、不法行為の効果としての差止請求権については、実体法上明文の根拠がなく、民法が不法行為の効果を原則として金銭賠償としていること、その要件、効果等が明確ではないから、認めることはできない。

(5)  住民の人格権侵害に基づく差止請求権について

ア およそ個人の生命、身体、健康が極めて重大な保護法益であることはいうまでもなく、人格権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるから、生命、身体、健康の安全に関する利益を違法に侵害され、又は侵害されるおそれのある者は、一定の要件のもとに、人格権に基づき、侵害者に対して、現在及び将来の侵害行為の差止めを求めることができる。その判断基準としては、原告自然人らが社会生活上受忍すべき限度を超えて、生命、身体、健康の安全に関する利益を違法に侵害され又は侵害される蓋然性が大きい場合に限って、差止請求権が認められるというべきである。そして、受忍限度を超えるか否かの判断に当たっては、侵害行為の態様・程度、被侵害利益の内容・性質、侵害行為の社会的有用性・公共性、侵害結果の発生防止のための対策の有無などの諸般の事情を総合的に比較衡量すべきである。

イ 騒音、振動及び交通危険について

(ア) 原告自然人ら作成の各陳述書及び原告X1本人尋問の結果によれば、本件事業における工事の実施により、騒音・振動が発生していることが認められる。

もっとも、その騒音、振動の程度については、客観的数値によって裏付けられているものではなく、前記一(5)認定の環境影響予測評価書における予測値と実際の騒音、振動レベルに大幅な差異があるかどうかは不明といわざるを得ず、本件口頭弁論終結時において、原告自然人らの身体、健康の安全に影響を及ぼす程度の騒音、振動が発生し又は発生する蓋然性があるとまで認めるに足りる証拠はない。

(イ) 交通危険については、前記一(5)認定のとおり、被告は、市道一七号では、安全性を考慮して搬入ダンプトラックの制限速度を時速二〇キロメートルとする、事業実施区域の出入口には、交通整理員を配置し、安全性の向上に努めるとの安全対策を講じるものとしており、実際にもこれらの対策を実施していることに照らすと、本件事業の実施により、交通事故の危険が看過できない程度に増加し又は増加する蓋然性があるとは認められない。

ウ 粉じん飛散について

原告自然人ら作成の各陳述書及び原告X1本人尋問の結果によれば、本件事業における工事の実施により、一定の粉じんが発生していることが認められる。

もっとも、その状況としては、窓のサッシが埃まみれになり、拭いてもすぐ埃がたまるとの内容であって、被告としても、散水、仮囲いを設置するとの対策をとっていることを考慮すると、原告自然人らの身体、健康の安全に影響を及ぼす程度の粉じんが発生し又は発生する蓋然性があるとまでは認めるに足りない。

エ 交通渋滞及び大気汚染について

原告自然人らは、交通渋滞等による大気汚染のおそれを主張するが、前記一(5)認定の環境影響予測評価書における浮遊粒子状物質及び二酸化窒素の予測値は環境基準を相当程度下回っており、その数値の信ぴょう性に疑問を生じさせるような事情もないのであって、本件事業の実施により原告自然人らの身体、健康の安全に影響を及ぼす程度の大気汚染が発生する蓋然性は認められない。

オ 土壌汚染及び水質汚濁について

また、原告自然人らは、本件事業対象地に搬入される残土に有害物質が含まれていれば、土壌汚染や水質汚濁のおそれがあると主張するが、同主張は一般的な不安を述べるにとどまっており、前記一(3)認定のとおり、被告において、受入土砂については基準を満たした土砂を受け入れるとしていることを考慮すれば、本件事業の実施により原告自然人らの健康に被害を及ぼすような土壌汚染、水質汚濁が発生する蓋然性を認めるには足りない。

カ 結論

以上総合するに、前記三(3)ウのとおり、本件事業の公共性はそれほど高いものではないが、本件事業により生じる騒音・振動被害や、粉じん飛散、交通渋滞及び大気汚染の程度からすれば、それが社会生活上の受忍限度を超えるものと認めることはできない。

四  以上のとおり、原告北川湿地の訴えは不適法であるから却下し、その余の原告らの請求は理由がないから棄却することとして、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 深見敏正 裁判官 薄井真由子 林まなみ)

別紙 当事者目録

原告 北川湿地<他11名>

上記訴訟代理人弁護士 岩橋宣隆 竹森裕子 宮澤廣幸 小倉孝之 畑中隆爾 吉澤幸次郎 嶋貫賢男 花澤俊之

上記訴訟復代理人弁護士 別紙「訴訟復代理人目録」記載のとおり

被告 京浜急行電鉄株式会社

上記代表者代表取締役 A

上記訴訟代理人弁護士 佐々木裕之

別紙 訴訟復代理人目録

根本孔衞 木村和夫 畑山穣 大谷喜與士 小笹勝弘 小柳泰治 大木章八 川又昭 大川隆司 大倉忠夫 岡村共栄 佐伯剛 篠原義仁 山下光 児嶋初子 鵜飼良昭 岡村三穂 中野新 岡田尚 野村和造 野村正勝 稲生義隆 根岸義道 畑谷嘉宏 佐藤克洋 岩村智文 久保博道 石黒康仁 木村良二 花村聡 惠崎和則 大河内秀明 小口千惠子 西村隆雄 福田護 藤村耕造 宮島才一 海野宏行 呉東正彦 鈴木義仁 中村宏 古川武志 黒田和夫 黒田陽子 津谷信一郎 長倉智弘 鈴木裕文 本間豊 折本和司 佐藤昌樹 高橋宏 大塚達生 高田涼聖 藤田温久 藤田敏宏 伊藤信吾 小沢弘子 巻嶋健治 三嶋健 浅井平三 朝倉淳也 工藤昇 小林秀俊 坂元雅行 柴野眞也 中村俊規 宮田隆男 山﨑健一 菅野善夫 工藤一彦 横山裕之 小山治郎 斉藤秀樹 坂本博之 中島淳子 古川美 町川智康 渡辺登代美 久保田晃 鈴木野枝 武内大徳 松下雄一郎 関守麻紀子 渡部英明 及川智志 三枝重人 服部伸二郎 東玲子 彦坂敏之 久連山陽子 阪田勝彦 井上雅彦 神原元 小宮玲子 安富真人 希代竜彦 只野靖 濱田慶信 本田明 山崎泰正 井堀哲 太田啓子 川口彩子 後藤富和 谷山哲也 西村紀子 山下芳織 飯島麻樹 近藤宏一 佐藤光輝 藤田城治 大石綾 畔柳秀勝 近藤ちとせ 関戸淳平 田渕大輔 中山善太郎 穂積匡史 本田知之 秋元麻奈 櫛笥正晴 黒澤知弘 白澤章子 浅川壽一 安達由幸 内田和利 大島永姫子 小川友深 鈴木麻子 鈴木芳美 宋惠燕 高城昌広 石井眞紀子 須田友之 田井勝 谷川献吾 矢澤夏子 竹内裕惠 湯山薫 井桁大介 上平加奈子 北神英典 薩川智結 佐藤穂貴 沢井功雄 松本育子 網野雅広 高橋麻美 高橋由美 白井知美

別紙 事業目録<省略>

別紙 図面(1)・(2)<省略>

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