横浜地方裁判所 平成22年(ワ)3024号 判決 2011年7月26日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
長谷川健
同
細川健夫
上記長谷川健訴訟復代理人弁護士
橋田龍介
被告
学校法人Y学園
同代表者理事長
A
同訴訟代理人弁護士
八代徹也
同
木野綾子
主文
1 被告は、原告に対し、49万2143円及び内金26万円に対する平成22年5月26日から、内金23万2143円に対する平成22年6月26日から各支払済みまで、年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを20分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、平成22年5月から本判決確定に至るまで毎月25日限り26万円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は、被告が設置運営するa中学校の専任教諭であった原告が、被告から平成22年3月末日をもって自主退職により雇用契約が終了したと主張されていることにつき、退職の意思表示の不存在あるいは撤回により、同年4月1日以降も同雇用契約が存続しているとして、被告に対し、雇用契約に基づき、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、同年5月から本判決確定に至るまで毎月25日限り月額賃金26万円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
被告は、本件訴訟において、原告を同年6月25日付けで懲戒解雇した旨の抗弁(賃金支払請求に対しては一部抗弁)を主張した。
2 前提事実(証拠によって認定した事実は各項末尾の括弧内に認定に供した証拠を摘示し、その記載のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 被告は、a中学校(以下「本件学校」という。)、同高等学校を設置運営する学校法人である。
(2) 原告は、被告との間で、平成19年4月5日、平成20年3月18日及び平成21年4月ころに各雇用契約を締結し、平成19年4月1日から平成20年3月31日までは本件学校及びb高等学校の非常勤講師として、同年4月1日から平成21年3月31日までは本件学校の専任講師として、同年4月1日からは本件学校の専任教諭として勤務していた(書証省略、以下、原告と被告との間の専任教諭としての雇用契約を「本件雇用契約」という。)。
原告は、平成21年度においては、本件学校1年○組のクラス担任及び男女バスケットボール部の顧問を務めていた(男女バスケットボール部の顧問について、人証省略)。
原告の月額賃金は26万円であり、毎月末日締めの当月25日払いの約定であった(賃金締切日につき書証(省略))。
(3) 原告は、平成22年1月16日から同年2月3日まで本件学校を欠勤した。
(4) 原告は、同月12日、原告の母親とともに、本件学校のB副校長(以下「B副校長」という。)及びC入試対策室長(以下「C室長」という。)と面談した(以下「本件面談」という。)。
(5) 原告代理人のD弁護士(以下「D弁護士」という。)は、同月15日、被告の人事課長に電話し、「今日お電話いたしましたのは、X先生のことなのですけれども、2月12日に懲戒解雇か依願退職か選べといわれまして、依願退職の方向で、ということでX先生は学校側にお答えされたそうなんですが、今日、私どもの事務所にご相談がありまして、ご本人の意向としましては、やはり学校が好きなので引き続きそちらの方で教壇に立ちたいということで、懲戒解雇ということもありますけども、もう一度学校側とお話し合いをさせていただきたいといっているんです。」などと述べた。
(6) 被告は、原告に対し、同月17日付けで「貴殿からの平成22年2月12日付退職の申出について、本日付で承認しました。退職日は貴殿の申出どおり、平成22年3月末日とします。」との通知書(以下「本件通知」という。)を送付した(書証省略)。
(7) 被告は、同年6月25日、原告に対し、解雇予告手当を提供した上で、後記アないしウの理由により、就業規則52条7号を適用して同日をもって懲戒解雇する旨通知した(懲戒事由につき書証(省略)、以下「本件懲戒解雇」という。)。
なお、前記通知書の冒頭には、「貴殿は平成22年3月31日付けをもって退職となっておりますが、貴殿はこの退職を争い、裁判所に訴えております。よって、仮に上記退職が無効となった場合について、次のとおりとします。」との記載がある(書証省略)。
ア 原告は、平成20年6月ころ、本件学校1年△組に在学中のE(以下「E生徒」という。)に対し、胸倉を掴み、怒鳴るなどの威嚇的行為を行って精神的ストレスを与えた。この行為は、就業規則51条3号、5号に該当する(以下「本件懲戒事由①」という。)。
イ 原告は、平成21年11月ころ、本件学校3年□組に在学中のF(以下「F生徒」という。)に対し、教諭として不適切な内容の手紙を複数回にわたって交付し、かつ、同月8日午後12時ころ、F生徒をf駅に呼び出して食事を提供し、自家用車に同乗させてc公園等に連れ回した挙げ句、保護者の設定した門限時刻を過ぎた同日午後10時30分ころに帰宅させた。この行為は、就業規則51条5号に該当する(以下「本件懲戒事由②」という。)。
ウ 原告は、平成22年1月18日から同年3月31日までの間、無断欠勤した。この行為は、就業規則51条2号に該当する(以下「本件懲戒事由③」といい、本件懲戒事由①ないし本件懲戒事由③をまとめて「本件各懲戒事由」という。)。
(8) 被告の就業規則には次の規定がある(書証省略)。
ア 9条(所属長の定義)
この規則において所属長とは、専修学校にあっては校長、中高校にあっては校長、幼稚園にあっては園長、法人本部にあっては各部長をいう。
イ 24条(自己都合退職の手続)
(ア) 職員が自己の都合により退職しようとする時は1か月前までに退職願を所属長を経て理事長に提出し承認を得なければならない(同条1項)。
(イ) 職員は退職申立後も理事長の承認があるまでは退職予定日まで従来どおり勤務しなければならない。無断で出勤せず、または次項に掲げる引き継ぎをなさず放任したときは懲戒解雇として取扱う(同条2項)。
ウ 51条(懲戒)
学園は、次の各号の一に該当する職員に対しては審議の上、懲戒を行なう。
(ア) 正当な理由なく、しばしば無断欠勤または遅刻・早退し、出勤不良のとき(同条2号)。
(イ) 学園・学校の規定に違反し、業務上の指示命令に従わず秩序をみだす行為があったとき(同条3号)。
(ウ) 教職員としてふさわしくない著しい素行不良のとき(同条5号)。
エ 52条(懲戒の種類及び方法)
懲戒は次の方法によりその一つ、または二つ以上併せて行なう。
(ア) 懲戒解雇 即時解雇し、退職手当は支給しない(同条7号)。
オ 55条(賞罰審査)
職員の表彰または懲戒は、常務理事会の審議を経て行なう。
(9) 本件学校のG校長(以下「G校長」という。)は、平成22年2月12日の時点で被告の理事を兼務していた(書証省略)。
(10) 原告は、本件訴訟に先立ち、当庁に対し、退職の意思表示の不存在、強迫・詐欺による取消し、錯誤無効又は撤回を理由として、同年4月1日以降も被告との間の雇用契約は継続していると主張し、被告に対し、本件学校の専任教諭の地位にあることを仮に定めるとともに、同月から本案の第1審判決言渡しに至るまで、月20万円の賃金仮払を求める仮処分申立てをした(以下「本件仮処分事件」という。)。当庁は、同年5月28日、本件仮処分事件に関し、同月から本案の第1審判決言渡しに至るまで、毎月25日限り20万円を仮に支払うよう命じる決定をした(当庁が前記のとおりの仮払の決定をしたことを除き、書証省略)。
3 争点及び争点についての当事者の主張
本件の争点は、(1)退職の意思表示の有無、(2)退職の意思表示の撤回の成否、(3)本件懲戒解雇の有効性であり、争点(3)の具体的な争点は、①本件各懲戒事由に該当する事実の有無及び懲戒権の濫用への該当性の有無、②手続の相当性の有無、③就業規則の周知性の有無であり、以上の各争点についての当事者の主張は、以下のとおりである。
(1) 争点(1)について
ア 被告
B副校長及びC室長は、本件面談において、原告に対し、これまでの原告の勤務状況に鑑み、原告が被告から少なくとも何らかの懲戒処分を受ける可能性が強いことを示唆し、原告の将来を考えて自主退職という選択肢を示唆したところ(書証省略)、原告は、C室長に対し、「3月末で依願退職ということでお願いします。」と述べ、確定的に退職の意思表示をした。
なお、就業規則24条1項は、民法627条1項による猶予期間より長い1か月という猶予期間を定めたもので、退職願の提出を求めているのは、その始期を客観的に明確にするにすぎない。したがって、就業規則24条1項は、専ら被告の利益のために設けられた規定であり、被告から、このような手続を経ることによる利益を放棄することは可能である。
イ 原告
原告は、本件面談において、B副校長及びC室長から、懲戒解雇又は自主退職のどちらかを選ぶよう強要され、「二者択一しかないのであれば、懲戒解雇でない方を選びたいと思います。」と話したことはあるが、これは、何とかその場を逃れるために述べた発言にすぎないから、確定的に退職の意思表示をしたものではない。これは、被告自身が平成22年2月17日に被告から本件通知を受けるまで本件面談において原告から退職の意思表示があったことを前提とする行動を一切取っていないことからも裏付けられる。
また、仮に原告の前記発言が退職の意思を表示したものと評価される場合であっても、就業規則24条1項が「退職願を所属長を経て理事長に提出する。」と規定し、職員の自己都合退職手続を「退職願」という書面による意思表示に限定しているから、原告の前記発言は、退職の意思表示として未完成であり、無効である。これは、原告の前記発言後、C室長が原告に対して「はっきりしたら、電話を下さい。書類を郵送しますから。」と書面による意思表示を促したことからも裏付けられる。
(2) 争点(2)について
ア 原告
(ア) 原告の前記(1)イ記載の発言は、直ちに被告を退職したいという強固なものではなく、できれば本件学校で働き続けたいというものであった以上、合意解約の申込みと解すべきであるから、使用者の承諾ないし承認の意思表示がなされるまでは、撤回が可能である。
なお、被告が原告の前記発言について一方的意思表示たる解約告知ではなく、合意解約の申込みであったと認識していたことは、被告が原告に対して平成22年2月17日に退職の申出を承認する旨の本件通知を発していることから明らかである。
(イ) 原告は、同月15日、D弁護士を通じ、被告の人事課長に対し、引き続き教壇に立ちたい旨連絡し、退職の意思表示を撤回した。これは、同月17日の被告理事長による承認に先立つものである。
就業規則24条1項は、職員の退職願を承認する権限のある者を「理事長」と定めているから、理事長以外の者が退職の意思表示を受領ないし承認したとしても、その時点で合意解約の効果が生じることはない。G校長は、就業規則24条1項にいう「所属長」であり、退職願を経由する地位にあるにすぎない。
なお、D弁護士が前記電話において「撤回する」との言葉を使わなかったのは、原告から受けた本件面談におけるやりとり等に関する説明に照らし、前記(1)イのとおり、原告が本件面談において確定的な退職の意思表示をしたとは解釈しなかったからにすぎない。
イ 被告
(ア) 原告による退職の意思表示は、一方的意思表示たる解約告知に当たり、原告がこれを撤回する余地はない。
(イ) 仮に原告による退職の意思表示が合意解約の申込みであったとしても、C室長は、平成22年2月12日の本件面談後、G校長に対し、原告による前記退職の意思表示を伝え、G校長の承認がなされているから、同日、即時に合意解約の効果が発生している。G校長は、被告の理事も兼ねているところ、理事としては、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律77条1項本文、2項により、法人の行為全般について包括的に代表権を有しており、本件学校校長としては、就業規則9条により、校務の統括を担当しているのであって、その中には教職員の自己都合退職の意思表示の受領及び承認権限ないしその代理権も当然に含まれているから、G校長の承認は被告としての承認となる。
したがって、原告は、同日以降、退職の意思表示を撤回することはできない。
(ウ) 仮に前記主張が認められないとしても、被告の理事長が同月17日に原告の退職を承認した時点で合意解約の効果が発生している。
D弁護士は、同月15日の電話において、「退職の意思表示を撤回する」という言葉を一切使っておらず、被告との話合いの場を求めたにすぎないから、この電話のやりとりをもって、退職の意思表示が撤回されたと解釈することはできない。
(3) 争点(3)①について
ア 被告
(ア) 本件懲戒事由①
本件懲戒事由①は、生徒に対する暴力及び威嚇であり、E生徒の保護者は、本件学校に対し、原告の暴力が一因となってE生徒が胃潰瘍や円形脱毛症になったとして苦情を申し立ててきた。これによれば、少なくとも原告の粗暴な態度が当時中学1年生のE生徒の心情を傷付けたことは間違いない。
いかなる理由であれ、教諭がこのような行為をしてはならないことは常識であり、本件学校も常々教職員に対して同旨の業務上の指示命令を行っており、原告もこれを承知していた。
(イ) 本件懲戒事由②
a 本件懲戒事由②は、当時中学3年生であった女生徒に対する原告の私的な好意の感情(同性愛的感情)に基づく行為であり、明らかに教諭としてふさわしくなく、本件各懲戒事由の中で最も重大な非違行為である。
原告は、F生徒に対し、平成21年11月16日、同月19日及び同月21日ないし同月23日と5回にわたって手紙を渡しており(書証省略、以下「本件各手紙」という。)、この内容からすれば、原告がF生徒に同性愛的感情を抱いていることは明らかである。しかも、本件各手紙には、原告自身も、F生徒に対する自らの態度が保護者等に発覚した場合には、教諭として問題視され、身の破滅を招くと自覚していることを示す記載がある。また、原告は、本件各手紙につき「生徒のプライバシーに亘る」と弁明しているから、F生徒とのやりとりが教育指導の一環ではなく、個人的問題であることも自認している。
原告の前記行為により、当時中学3年生という人格的に未熟な年齢であり、多感な時期にあるF生徒が大きな心理的衝撃を受けたことはいうまでもない。実際、F生徒は、原告との関係で悩んだ挙げ句、両親に相談し、現在は心療内科のカウンセリングを受けている。
b 原告の主張について
仮にF生徒の精神状態が原告主張のとおりであったとすれば、クラス担任や部活動の顧問といったF生徒に対する情報量が多い教員を中心に、学校側と保護者らが連携して情報を共有しつつ、生徒を教育指導していくのが基本であって、一教員が自分一人の判断で生徒を教育指導することなどない。まして、原告は、平成21年11月5日、本件学校に対し、「心療内科を受診した結果、うつ病になりかけており、燃え尽き症候群であると診断された」旨報告して1週間以上もの間欠勤し、同月16日に職場復帰したという健康状態であり、F生徒の所属する女子バスケットボール部の顧問でもクラス担任でもなく、F生徒を直接指導する立場にはなかったから、仮にF生徒に関して原告主張のような情報を得たのであれば、まずクラス担任や主任らに報告し、これらの者がしかるべき対応をするというのが当然の順序である。したがって、原告のF生徒に対する行為は、教員としての教育的指導などではあり得ず、まさに「教職員としてふさわしくない著しい素行不良」(就業規則51条5号)というほかない。
また、F生徒の保護者が作成した本件学校宛ての要望書(書証省略)の内容からすれば、原告がF生徒に事情を秘して母親と連絡を取りながらF生徒の相談相手になっていた旨の原告の主張が事実無根であることは明らかである。
(ウ) 本件懲戒事由③
原告の無断欠勤期間が73日間と長期である上、その時期も本件学校が多忙な学年末を含んでいたため、周囲が被った迷惑は大きい。
(エ) 小括
以上によれば、本件懲戒解雇が有効であることは明らかである。
(オ) 本件懲戒解雇の意思表示に関する原告の主張について
本件懲戒解雇通知書の「仮に上記退職が無効となった場合について」との記載は、「仮に上記退職が無効となった場合に備えて念のために(懲戒解雇する)」という動機の1つを表示する程度の意味合いであり、この文言を取り上げて停止条件付き懲戒解雇の意思表示であるなどという原告の後記主張は曲解も甚だしい。
イ 原告
(ア) そもそも、本件懲戒解雇は、原告の退職が無効となった場合を条件とするものであるから、原告の退職を無効とする判決の確定を条件とする条件付き懲戒解雇の意思表示である。したがって、本件訴訟の確定前は、前記条件を成就しておらず、懲戒解雇の効力は生じていない。
(イ) 本年懲戒事由①について
本件懲戒事由①は否認する。
E生徒の母親は、平成21年夏ころ、本件学校に対し、原告を含む教師3名から体罰を受けた旨伝えたが、被告は、原告を含む当該教師3名について、特段E生徒に対する体罰等の事実はなかったとの調査結果をまとめ、母親に対し、その旨回答している。これは、被告が原告に対して本件懲戒事由①を理由に口頭ないし書面による注意すらしていないことからも裏付けられる。
(ウ) 本件懲戒事由②について
本件懲戒事由②のうち、原告がF生徒に対し本件各手紙を渡したこと、原告が同年11月8日にF生徒を自家用車に乗せてc公園に行ったこと、その際に門限を過ぎたことの各事実は認め、その余は否認する。
原告は、F生徒の唯一の相談相手であり、本件各手紙は、自己嫌悪に陥り、生きている価値がないなどという悩みを持ったF生徒を励ますものであり、原告を信用して何でも相談してほしいこと及びF生徒を必要とする人間がいることを伝えるために書かれたものである。そして、原告がF生徒に対して本件各手紙を交付したのは、F生徒が母親から携帯電話を取り上げられて落ち込んでいる様子を心配した友人が、原告に対し、F生徒を助けてあげてほしいと連絡してきたからである。
また、同日の経緯は、次のとおりである。すなわち、男子バスケットボール部の応援に行った原告が帰宅する際、たまたま居合わせたF生徒が「自宅に帰りたくない」と言い出し、帰宅するよう諭した原告の説得にも応じなかったため、F生徒をそのままにして原告が帰宅するわけにもいかず、F生徒に対し、一緒にご飯を食べてから車で自宅まで送っていくことを提案し、F生徒の納得を得た。そこで、原告は、F生徒に対し、母親の許可をもらうよう指示し、母親はこれを許可した。食事後、F生徒が気持ち悪いと言い出したことから、原告は、c公園で休ませ、体調が回復した後にF生徒を自宅に送り届けたため、F生徒の帰宅が21時ないし21時30分となった。
当時、原告は、F生徒には事情を秘して、母親と連絡を取りながらF生徒の相談相手になっていたものであるが、事情を知らない父親がF生徒の帰宅が遅いことに怒り、困った母親が本件学校に苦情を申し入れたものである。
なお、この問題は、原告がF生徒の母親に対して謝罪することにより保護者の了解を得、本件学校にも報告済みであって、全て解決済みの問題であるから、今さら懲戒事由とすることは不当である。
(エ) 本件懲戒事由③について
本件懲戒事由③のうち、原告が平成22年1月18日から同年3月31日まで本件学校に出勤しなかった事実は認めるが、その余は否認する。
原告は1日も早く教壇に立ちたいと被告に要請したが、被告は、原告に対し、学校敷地内に立ち入ること並びに生徒及び教職員と接触することを禁止していたため、出勤できなかった。
(オ) 小括
以上のとおり、本件各懲戒事由は、被告の言いがかりというべきものであり、本件懲戒解雇は、懲戒事由を欠く不当なものであり、無効である。
(4) 争点(3)②について
ア 原告
(ア) 被告の平成22年6月8日付け「弁明書の提出について」と題する書面は、原告に対して弁明を求める事項そのものの具体的事実の説明がなく、到底弁明のしようがない内容であり、このような不十分な通知書をもって、原告に対して弁明の機会を与えたなどということはできない。
したがって、本件懲戒解雇には重大な手続違背があるから、本件懲戒解雇は無効である。
(イ) 被告による懲戒解雇の主張は、本件仮処分事件においてはなされておらず、時機に後れたものというべきであるから、訴訟上の信義則について定める民事訴訟法2条を根拠に排斥されるべきである。また、本件懲戒解雇の主張を本訴審理対象とすると、原告の求める本件雇用契約の合意解約の有効性についての審理が回避されることになりかねないところ、被告による本件懲戒解雇の主張が認められれば、原告が本件仮処分事件の決定によって得た仮払金の返還を余儀なくされることにもなりかねないから、原告には、本件雇用契約の合意解約の無効を理由とする勝訴判決を得る固有の利益があり、これは訴訟法上正当に保護されるべき利益である。
イ 被告
(ア) 就業規則55条は、懲戒解雇に関する手続として「職員の表彰または懲戒は、常務理事会の審議を経て行なう。」と規定しており、この手続さえ履践すれば就業規則上の要件としては足りる。
そして、被告においては、平成22年6月23日、副理事長等4名を出席者とする「問題解決小委員会」が開催され、本件懲戒解雇に関する審議を行い、その結果を就業規則55条にいう常務理事会に当たる「問題解決委員会」に報告した。これを受けて、同月24日、問題解決委員会が開催され、原告に対して本件懲戒解雇を行うことが決議されたから、手続的に何ら問題はない。
(イ) もっとも、被告は、慎重を期すため、同月8日付け書面により、原告に対し、本件各懲戒事由を示した上で弁明したい点があれば同月15日必着で弁明書を提出するよう促し、弁明の機会を付与した(書証省略)。これに対し、原告は、原告代理人D弁護士らを通じ、同月14日付け回答書にて、本件懲戒事由②について「生徒のプライバシーに亘る事実を含んでいます」旨を、本件懲戒事由③について「学校側から出勤することを妨害されていたため、出勤できなかった」旨を述べたほか、「単なる人事課長にすぎない貴殿がどのような権限にもとづいて、回答人に各事案の説明を求めているのか、大いに疑問です」などと的外れな弁明をした。
以上のとおり、被告は、原告に対して弁明の機会を与え、原告も弁明を行っているのであって、本件懲戒解雇は、手続面から見ても相当性を備えている。
(ウ) 退職の意思表示に基づく本件雇用契約の終了時は平成22年3月31日であり、本件懲戒解雇による本件雇用契約の終了時は同年6月25日であるから、本訴の訴訟物との関係でいえば、前者は全部抗弁、後者は一部抗弁に当たり、その意味で、裁判所は必然的に前者の判断をせざるを得ないから、原告の主張は失当である。また、仮払金支払の仮処分命令を得ても、本案訴訟で被保全権利の存在を否定する判決が確定した場合には仮処分命令は取り消されることになる。
被告は、退職の意思表示に基づく本件雇用契約の終了が仮処分命令で認められなかったため、同日、本件懲戒解雇を行った。その後、本訴の訴状の送達を受けた被告は、同年8月2日、本件懲戒解雇を予備的主張として記載した答弁書を提出し、同月17日に開かれた第1回口頭弁論期日において陳述した。こうした経過に照らせば、被告は、適切な時期に攻撃防御方法を提出しているから、これが時機に後れたということはない。
(5) 争点(3)③について
ア 原告
原告は、被告との間で雇用契約を締結する際、被告から就業規則の交付を受けたことはない。また、本件学校には、就業規則が備え置かれておらず、原告は、口頭で就業規則の内容を説明されたこともない。
したがって、本件懲戒解雇は、就業規則の周知性の要件を欠き、無効である。
イ 被告
就業規則は、本件学校の職員室内にあるB副校長の机の後ろの棚に備え置かれており、平成20年6月25日までは、就業規則の改正がなされる都度、校長や副校長が職員会議又は打合せの際に教職員に対してその旨を報告するとともに掲示板に掲示して周知した上、被告から各設置校に配布された改正通知の書類を従来の就業規則と一緒に綴って前記棚に備え置いていた。その後、被告は、被告設置の別の学校で労働基準監督署から就業規則の設置方法について指導を受けたため、各設置校に対し、改正条項が反映された就業規則をその他の諸規程とともに青い紙のファイルに綴って配布した。本件学校では、これまでと同様、前記棚に同ファイルが備え置かれ、教職員であれば誰でもいつでも自由に同ファイルを閲覧することができる。なお、本件学校では、各年度初めに新入職員が配属される度に、校長や副校長が教職員に対して職員室に就業規則を設置していることを改めて周知している。
また、被告の人事課担当職員は、平成20年3月、専任講師として採用されることとなった原告に対し、各種手続に必要な書類の作成を依頼するとともに、就業規則及び服務規程を見せながら懲戒規定等の重要な条項を説明した上、職員室内にある就業規則の保管場所を教示した。
以上より、就業規則は、本件学校全体のみならず、原告に対しても周知されており、法的規範としての拘束力を有する。
第3当裁判所の判断
1 本訴の各争点について判断するに先立ち、本件懲戒解雇に至る経緯等について判断するに、第2・2記載の前提事実に、証拠(省略)を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1)ア 被告は、本件学校を設置運営する学校法人であるところ、被告の就業規則には次の規定がある。
(ア) 9条(所属長の定義)
この規則において所属長とは、専修学校にあっては校長、中高校にあっては校長、幼稚園にあっては園長、法人本部にあっては各部長をいう。
(イ) 24条(自己都合退職の手続)
a 職員が自己の都合により退職しようとする時は1か月前までに退職願を所属長を経て理事長に提出し承認を得なければならない(同条1項)。
b 職員は退職申立後も理事長の承認があるまでは退職予定日まで従来どおり勤務しなければならない。無断で出勤せず、または次項に掲げる引継ぎをなさず放任したときは懲戒解雇として取扱う(同条2項)。
(ウ) 51条(懲戒)
学園は、次の各号の一に該当する職員に対しては審議の上、懲戒を行なう。
a 正当な理由なく、しばしば無断欠勤または遅刻・早退し、出勤不良のとき(同条2号)。
b 学園・学校の規定に違反し、業務上の指示命令に従わず秩序をみだす行為があったとき(同条3号)。
c 教職員としてふさわしくない著しい素行不良のとき(同条5号)。
(エ) 52条(懲戒の種類及び方法)
懲戒は次の方法によりその一つ、または二つ以上併せて行なう。
a 懲戒解雇 即時解雇し、退職手当は支給しない(同条7号)。
(オ) 55条(賞罰審査)
職員の表彰または懲戒は、常務理事会の審議を経て行なう。
イ G校長は、平成22年2月12日の時点で被告の理事を兼務していた。
(2) 原告は、被告との間で、平成19年4月5日、平成20年3月18日及び平成21年4月ころに各雇用契約を締結し、平成19年4月1日から平成20年3月31日までは本件学校、b高等学校の非常勤講師として、同年4月1日から平成21年3月31日までは本件学校の専任講師として、同年4月1日からは本件学校の専任教諭として勤務していた。
原告は、平成21年度においては、本件学校1年○組のクラス担任及び男女バスケットボール部の顧問を務めていた。F生徒は、バスケットボール部に所属していたが、同年度は本件学校の3年生であり、原告の担任するクラスの生徒ではなかった。
(3) 原告は、平成21年11月8日、顧問を務めるバスケットボール部の試合のため、d中学校にいた。試合終了後の午後6時ころ、同中学校に来ていたF生徒が原告のところまで来て、原告と話をするうちに、同生徒が泣き出したため、原告は、同生徒をc公園に駐車していた自家用車に乗せ、30分ほど話をした。その後、原告は、F生徒に自宅に電話をさせた上、同公園近くで食事を提供し、午後9時ないし9時30分ころ、F生徒を自家用車で自宅に送り届けた。
F生徒の母親は、こうした行動を受け、定期試験終了までF生徒から携帯電話を預かり、同月11日には、本件学校を訪問し、原告の言動について、応対したC室長に相談した。
一方、原告は、同日、F生徒の母親に電話を架けたほか、同月12日には、F生徒に架電した。そのことをF生徒の母親から連絡を受けた本件学校では、生徒指導主任のH教諭(以下「H教諭」という。)が、同日、原告方付近で、原告及び原告の母親と面談し、治療に専念することを求めるとともに、F生徒に対し、メール等をしないように指導した。
(4) 原告は、F生徒の母親が、その携帯電話を預かっていたこともあって、F生徒に対し、生徒指導の上司に当たるH教諭やF生徒の担任に相談、報告もしないまま、自らの判断で、同月16日、19日、21日、22日及び23日の5回にわたって本件各手紙を渡したが、本件各手紙には、次のとおりの記載がある(各項末尾のかっこ内は本件各手紙の作成日であり、「…」は中略を意味する。)。
ア お前は全く連絡とらんとか会わない日あって辛くなかった??うちはダメ(同月16日)
イ しょっぱな家電にかけたじゃん??…したら、H先生が直接うちんち来て怒られちまったよ…おかーちゃんが学校に電話したみたいでね。そんだけ娘、守りたいかーちゃんなんだよなー。かっこいいね。「なんで学校に来てない人が電話やら、メールやらするのか」とさ…反省しや・・・せん。。。す。。(同月16日)
ウ もしかして、バレてきた??あるいは、うちのこと両親、危険人物とみなしてる感じ??それ次第で親に対しての接し方変えるから!!立場ヤバインだ、ほんと。。。(同月16日)
エ お前はまだうちのこと好きですか??それが一番気になります。(同月16日)
オ リアルな話、キョリ置きたい??数は減らしてでも、うちは会える時、前みたく会いたいと思っちょる。もちろん学校の外で!!(同月16日)
カ ケータイ、いいんだけどさ、メールの送受信、全て消しといてくんない?マジで!何かあったらヤバイから。うち死ぬってー、マジに。(同月19日)
キ 学校ぢゃ話せないから、帰り際に別れ話切り出されんだろーなー、ってドーンと気持落ちながら運転してたんよ。(同月19日)
ク お互い悪いよーに、っつーか、別れるとか考んのよそ!!よくないよ、やっぱ。お互い前向きに考えよ。絶対思うに、お互い必要としてるし、うちとしても居場所って感じてるし。…本心はお前が大事って思ってるから。(同月21日)
ケ 数日前まで、本当イヤなこと考えちゃったけど、マジでもう別れるっつー選択肢ナシにしよ。うちがムリだ(笑)(同月21日)
コ 早く会いたいなー。ばーか。(同月22日)
サ Fが泣いてるって、○組の女子と男子が走って教えに来てくれて、うちが走って現場?いったら、お前過呼吸状態でさ、みんなどーすりゃいいのか分かんなくてあたふたしてっから、うちがみんなをどかして対処して・・・目が覚めました。。。イヤな夢です。禁断症状だなー。…それより会いたい。会って過呼吸治したい(笑)んがー!!(同月23日)
シ うち一日の中で忘れたことほとんどないくらいなんだけど。変なんかな(笑)早く会いたいよー。リアルにお前ナシじゃ心が折れちゃいそーになるよ(笑)…大好きですよ(同月23日)
(5) 平成23年1月11日、原告及びF生徒は、次のとおりのメールのやり取りをした。
ア 原告がF生徒に送信したメール
あのさ、いきなり変な内容のメールするけどさ、とある人がー、うちが(F生徒に)同性愛的感情を抱いてる。いつかの手紙がその証拠だ。って言い張るんだが、それ聞いてどう思う、たとえばの話
イ F生徒が原告に送信したメール
へ??ウケるんですけどぉ
ウ 原告がF生徒に送信したメール
ありえんよなぁ。ごめんよ、いきなし、ばかだよなぁ。
エ F生徒が原告に送信したメール
うん。ありえんし、マジうけーー。
(6) なお、原告は、平成22年1月から平成23年1月にかけて、F生徒及びF生徒とは別の複数の生徒や保護者とメールのやり取りをした。メールの内容には、F生徒を含む生徒及び保護者が、出勤しなくなった原告を気遣う内容のもの、F生徒を含む生徒の悩みに関し原告が助言を与えるもの、他の生徒が原告に対し、F生徒が落ち込んでいることを伝えるものなどがある。
(7) 原告は、平成22年1月16日及び18日ないし20日に、体調不良を理由に欠勤した。欠勤については、原告又は原告の母が本件学校に連絡した。原告は、同日、e心療医院を受診したが、同医院のI医師は、原告を「適応障害(抑うつ状態)」と診断し、「上記病名のため当院に通院治療中であり、現在出勤ができない状態で経過している。このためとりあえず2週間の休職が必要である。」との診断を下した。
そして、原告は、同月16日から同年2月3日まで本件学校を欠勤した。
(8)ア 原告の母は、同年1月19日、C室長から電話を受け、同月21日に本件学校に来るように指示された。原告の母は、同日、本件学校を訪れ、C室長と面談したが、その席で、原告の母は、C室長に対し、前記I医師作成の診断書を提出し、2週間程度の休養が必要であることを説明した。
原告は、同年2月2日、C室長に電話をし、同年1月30日に発作があり、動悸がし、心臓が止まりそうになったと話した。
原告の母は、同年2月8日、本件学校を訪れ、G校長、B副校長及びC室長と面談した。この席で、本件懲戒事由①に関する話題が出され、C室長らから原告の母に対し、退職の方向で原告と相談するようにとの指示があった。
イ C室長は、同月9日、原告の母がC室長に電話した際、原告の母に対し、同月12日に原告とともに来校するよう指示した。
原告は、同日、母とともに、本件学校のB副校長及びC室長と本件面談をした。B副校長及びC室長が本件面談において原告に対し、本件各懲戒事由に関連する話をした後、C室長は、原告に対し、「学校長が、上に報告書を出すということになると、かなり厳しい内容が出てくると思うんですよ。」「おそらく、懲戒という形になってくるでしょう」、「ある意味では、自分から引いた方がいいのかもしれない」などと発言した。
原告は、同日、C室長に対し、「どうしても懲戒解雇と自主退職のどちらかを選ばなければならないのなら、懲戒解雇じゃない方を選びたいと思います」、「3月末で依願退職ということでお願いします」と言った。
C室長は、原告らに対し、「欠勤中であるので本来賃金は支払われないところであるが、3月末日退職ということであれば、学校から学園に対し、3月末日までの給与を出してもらうように働きかける」と告げた。
(9) 原告代理人のD弁護士は、同年2月15日、被告の人事課課長であるJ(以下「J人事課長」という。)に電話をし、「今日お電話いたしましたのは、X先生のことなのですけれども、2月12日に懲戒解雇か依願退職か選べといわれまして、依願退職の方向で、ということでX先生は学校側にお答えされたそうなんですが、今日、私どもの事務所にご相談がありまして、ご本人の意向としましては、やはり学校が好きなので引き続きそちらの方で教壇に立ちたいということで、懲戒解雇ということもありますけども、もう一度学校側とお話し合いをさせていただきたいといっているんです。」などと述べた。
(10) 被告は、原告に対し、同月17日付けで「貴殿からの平成22年2月12日付退職の申出について、本日付で承認しました。退職日は貴殿の申出どおり、平成22年3月末日とします。」と記載した本件通知を送付した。
これに対し、原告代理人D弁護士らは、同年2月23日付けで同月24日に被告に到達した「通知書」と題する書面で、被告に対し、原告が被告に対して退職願を出したことはなく、また、原告代理人が同月15日に原告に退職の意思がないことは通知済みであるなどと通知した。
被告は、同年3月9日付け「通知」と題する書面で、原告に対し、「再三通知したところですが、貴殿につき、当法人の設置するすべての学校敷地内の立ち入り、生徒を含め教職員との接触を禁止します。」と通告した。
(11) 原告は、本件訴訟に先立ち、当庁に対し、退職の意思表示の不存在、強迫・詐欺による取消し、錯誤無効又は撤回を理由として、同年4月1日以降も被告との間の雇用契約は継続していると主張し、被告に対し、本件学校の専任教諭の地位にあることを仮に定めるとともに、同月から本案の第1審判決言渡しに至るまで、月20万円の賃金仮払を求める仮処分申立てをした。
当庁は、同年5月28日、本件仮処分事件に関し、同月から本案の第1審判決言渡しに至るまで、毎月25日限り20万円を仮に支払うよう命じる決定をした。
(12)ア F生徒の母親は、同年3月10日、本件学校を訪問し、応対したB副校長及びC室長に対し、本件各手紙を示しながら、原告とF生徒の不適切な関係が今も続いていることなどを訴えた。C室長らは、F生徒の心のケアが大切と考え、スクールカウンセラーに診てもらうことを勧めた。
イ J人事課長は、原告に対し、同年6月8日付け「弁明書の提出について」と題する書面を送付した。同書面には、次のとおり記載されている。
「下記の事項につき、貴殿がとられた行為について貴殿としての弁明したい点があれば、下記の期日まで弁明書を提出されたい。
対象事案
① 平成21年6月8日付けで、当時a中学校2年△組のJ生徒が退学したが、貴殿がJのえり首をつかんだ等の事実について
② 平成21年11月頃、a中学校3年□組(当時)のF生徒に対し、貴殿が手渡した数通の手紙及びそこに記載された内容について
③ 貴殿が、平成21年11月5日から平成21年11月10日迄の振替休暇中の平成21年11月8日a中学校3年□組(当時)F生徒に食事を提供し、22時30分頃まで自家用車で連れ廻したことについて
④ 平成22年1月18日~平成22年3月31日の欠勤について
弁明期日 平成22年6月15日(火)までに必着のこと」
ウ イを受け、原告代理人D弁護士らは、平成22年6月14日付け「回答書」と題する書面を作成し、被告に送付した。
同回答書において、同弁護士らは、弁明を求められている内容が、生徒のプライバシーにわたる事実を含んでいること、単なる人事課長にすぎないJ人事課長がどのような権限、目的に基づき弁明を求めるのか不明であること等を挙げ、これらの点を明らかにするよう求めるとともに、対象事案④については、病欠及び被告側から出勤を妨害されていたことを記載した。
エ 被告においては、同月23日、副理事長等4名を出席者とする「問題解決小委員会」を開催し、本件懲戒解雇に関する審議を行い、その結果を就業規則55条にいう常務理事会に当たる「問題解決委員会」に報告した。これを受けて、同月24日、問題解決委員会が開催され、原告に対して本件懲戒解雇を行うことを決議した。
(13) 被告は、同月25日、原告に対し、解雇予告手当24万6900円を提供した上で、本件各懲戒事由により、就業規則52条7号を適用して同日をもって懲戒解雇する旨通知した。
なお、前記通知書の冒頭には、「貴殿は平成22年3月31日付けをもって退職となっておりますが、貴殿はこの退職を争い、裁判所に訴えております。よって、仮に上記退職が無効となった場合について、次のとおりとします。」との記載がある。
(14) F生徒の両親は、同年7月12日ころ、連名で「要望書」と題する書面を作成し、被告に郵送した。同書面には、原告に対し、F生徒と連絡を取ること、会う約束を取り付けること、F生徒を車に同乗させること、F生徒と関わることを控えるよう要望する趣旨の記載があり、末尾には、「もうご心配なさらないで下さい。私たちの子供です。全力で護ります。ご自身の病気と、心に向き合って下さい。そして、教師と生徒の係わり方をお考え下さい」と記載されている。
2 争点(1)について
(1) 以上の認定事実を踏まえてまず争点(1)について判断するに、前記1(8)イのとおり、原告は、本件面談の際、C室長に対し、懲戒解雇と自主退職の二者択一を迫られるのであれば、自主退職を選択したい旨発言するとともに、退職日については平成22年3月末日とするよう申し入れたこと、これを受けて、C室長が、同月末日退職であれば、給与は3月末日分まで支払うよう被告に申し入れるとの説明をしたことが認められる。
また、前記1(8)イのとおり、本件面談に当たっては、原告のみならず、原告の母が出席し、B副校長及びC室長が原告に対して本件各懲戒事由に関連する話をした後、C室長が原告に対して「学校長が、上に報告書を出すということになると、かなり厳しい内容が出てくると思うんですよ。」「おそらく、懲戒という形になってくるでしょう」、「ある意味では、自分から引いた方がいいのかもしれない」などと発言し、被告が原告を懲戒解雇するなどの可能性を指摘し、自主退職をするか否か原告の意向を聴取したことが認められる。こうした事実を踏まえると、本件面談は、原告の進退についての話合いの場であったと評価することができ、原告においても、C室長らの発言から、そうした話合いの場であることを理解したものとうかがわれる。
そのような場において、前記1(8)イのとおり、原告が懲戒解雇と自主退職という選択肢を明示した上で、懲戒解雇でない方、すなわち自主退職を選ぶ旨の明確な発言があったこと、原告自身が退職日の指定もしたこと、これに続いてC室長が、退職に伴う給与支払の処理について説明をしたこと、前記1(10)のとおり、これを受けた他方当事者である被告において、同年2月17日付けで、原告に対し退職の申出を承認する旨の本件通知を送付したことを総合すると、原告の前記発言は、原告による退職の意思表示と認めるのが相当である。
(2) 原告は、「職員が自己の都合により退職しようとする時は1か月前までに退職願を所属長を経て理事長に提出し承認を得なければならない」と規定する就業規則24条1項の規定を根拠に、口頭でなされた原告の退職の意思表示は無効であると主張する。
しかしながら、前記1(1)ア(イ)のとおり、同規則24条によれば、自己都合退職には理事長の承認が必要であり、その承認を得るために必要な手続として、書面の提出を求めるとともに、退職猶予期間としての1か月の始期を明確にするための条項であると解されるから、口頭による退職の意思表示であっても、被告がこれを退職の意思表示として受領し、理事長が承認する限り、書面の未提出という手続面の瑕疵は治癒されるものというべきであり、少なくとも、退職の意思表示自体が無効となるものではない。よって、この点についての原告の主張は採用することができない。
3 争点(2)について
(1) 次に争点(2)について判断するに、前記2で判示したとおり、原告は、自ら積極的に自主退職の意思表示をしたのではなく、本件面談において、その進退について話し合う中で、被告側から暗に自主退職を勧められ、最終的に自主退職を選択する旨の意思表示をしたものであり、これを受けた被告側としても、退職日及び退職日までの給与支払について原告の希望に沿った扱いとするよう調整する旨述べ、その後、平成22年2月17日付けで被告が原告の退職の申出を承認する旨の本件通知を発するなど、原告の退職については、それに伴う具体的な処遇も含め、被告において検討する余地が残されていたことがうかがえる。したがって、本件面談の場における原告の自主退職の意思表示は、本件雇用契約の解約告知ではなく、C室長らの退職勧奨を契機とした雇用契約の合意解約の申込みであるというべきである。
そして、雇用契約の合意解約の申込みは、申込みに対する相手方の承諾の意思表示がなされ、その合意が成立するまでは、双方当事者を拘束することはなく、申込みをした当事者において撤回が可能であると解すべきである。
(2) そして、前記1(1)ア(イ)のとおり、被告の就業規則24条1項は、「職員が自己の都合により退職しようとする時は1か月前までに退職願を所属長を経て理事長に提出し承認を得なければならない」と定め、自主退職の場合には理事長の承諾が必要とされているところ、前記1(10)のとおり、本件においては、原告の退職の申出を承諾する旨の本件通知が平成22年2月17日に理事長名で発せられていることから、原告による本件雇用契約の合意解約の申込みに対する被告の承諾の意思表示は、同日になされたものと認められる。
この点について、被告は、同月12日において、理事であるG校長が原告の退職を承認しているから、同日をもって承諾の意思表示がなされたものと主張する。しかし、就業規則24条においては、退職の承諾は「理事長」がなすものとされており、実際に、同月17日付けで、理事長名の通知書が発せられていることからすれば、同月12日に、理事にすぎないG校長が原告の退職を承諾した事実があったとしても、これは原告の退職の意思表示に対する有効な承諾とはなり得ない。
(3) 前記1(9)のとおり、原告代理人のD弁護士は、平成22年2月15日に被告に架電し、G人事課長に対し、原告が本件面談の場で自主退職の意思表示をしたが、やはり本件学校で教員として働きたいので、もう一度話合いをしたいとの原告の意向を伝えたものである。D弁護士は、原告による合意解約の申込みを撤回するとの直裁な表現を採っていないものの、その発言を全体として見れば、原告が本件面談時になした本件雇用契約の合意解約の申込みを翻意し、本件学校で引き続き勤務する意思があるとの趣旨であることは明らかである。
(4) そうすると、原告による本件雇用契約の合意解約申込みは、原告による申込みの後、被告による承諾前である同日に撤回されたことになるから、その後に被告によりなされた承諾の意思表示にかかわらず、原、被告の間で本件雇用契約についての合意解約が成立したものとは認められない。
4 争点(3)①について
そこで、予備的抗弁である本件懲戒解雇について、先の認定事実を踏まえて争点に沿って判断する。
(1) 本件懲戒事由②について
ア まず本件懲戒事由②について判断するに、本件懲戒事由②は、(a)原告が平成21年11月8日午後12時頃、F生徒をf駅に呼び出して食事を提供し、自家用車に同乗させてc公園等に連れ回した挙げ句、保護者の設定した門限時刻を過ぎた同日午後10時30分頃に帰宅させたこと、(b)原告が同年11月頃F生徒に対して教諭として不適切な内容の手紙を複数回にわたって交付したことから構成されている。
イ 先ず本件懲戒事由②(a)について検討するに、前記1(3)のとおり、原告が平成21年11月8日に顧問を務めるバスケットボール部の試合のため、d中学校にいたこと、試合終了後の午後6時ころ、同中学校に来ていたF生徒が原告のところまで来て、原告と話をするうちに、同生徒が泣き出したこと、原告は、同生徒をc公園に駐車していた自家用車に乗せ、30分ほど話をしたこと、その後、原告は、F生徒に自宅に電話をさせた上、同公園近くで食事を提供し、午後9時ないし9時30分ころ、F生徒を自家用車で自宅に送り届けたことがそれぞれ認められ、これらの認定事実によれば、本件懲戒事由②(a)の事実を認めることができる。
教諭が特定の生徒と親密な関係を持つことは、他の生徒との間で不公平感を醸成させるおそれが考えられるなど、教師として望ましい行為とは認められない上、F生徒の両親の定めた門限を超えて食事やドライブなどをした行為は、保護者の教諭に対する信頼の観点からも好ましくないというべきであって、この行為は、就業規則51条5号にいう「教職員としてふさわしくない著しい素行不良のとき」に該当するというべきである。
ウ(ア) 次に本件懲戒事由②(b)について検討するに、前記1(4)のとおり、原告は、F生徒に対し、同年11月16日、19日、21日、22日及び23日の5回にわたって本件各手紙を渡したこと、本件各手紙には前記1(4)アないしシ記載の内容が含まれていたことがそれぞれ認められる。
(イ) 本件各手紙には、大好き、早く会いたい、別れるという選択肢はなしにしようなど、通常一般人の感覚に照らせば、原告のF生徒に対する恋愛感情を表現したものと受け取られ得る記載が随所に見受けられ、被告が第2・3(3)ア(イ)aで主張するように、原告がF生徒に対し恋愛感情を抱いていたか否かについてはひとまず置いても、その記載内容は、教諭が生徒に対して交付する書簡の表現として不適切であることはいうまでもない。
(ウ) 生徒の適切な指導、育成には、教諭を含めた学校側と両親等の家族との密接な協力関係が不可欠であるにもかかわらず、原告は、本件各手紙の中で、「おかーちゃんが学校に電話したみたいでね。そんだけ娘、守りたいかーちゃんなんだよなー。かっこいいね。」などと記載するなどして、F生徒の母親を揶揄しているのであって、その記載内容が不適切なことは、極めて明白である。
(エ) 前記1(3)及び(4)のとおり、本件各手紙が原告からF生徒に対して交付されたのは、H教諭が原告に対してF生徒に対してメール等をしないように指導した後であるばかりか、本件各手紙の中には、「H先生が直接うちんち来て怒られちまったよ…『なんで学校に来てない人が電話やら、メールやらするのか』とさ…反省しや・・・せん。。。す。。」との記載もあり、これらの事情からすれば、原告が自らの思い込みのみに基づいて行動し、H教諭に諭されたことを全く反省していないことをうかがわせる。
(オ) 加えるに、本件各手紙中の「もしかして、バレてきた??あるいは、うちのこと両親、危険人物とみなしてる感じ??それ次第で親に対しての接し方変えるから!!立場ヤバインだ、ほんと。。。」「ケータイ、いいんだけどさ、メールの送受信、全て消しといてくんない?マジで!何かあったらヤバイから。うち死ぬってー、マジに。」との記載からは、原告が、本件各手紙を含めたF生徒に対する対応が社会的に不適切と評価され、F生徒の両親や本件学校から問題視され、又はされることを十分に認識しながらも、本件各手紙を作成していることがうかがわれ、この点でも、本件各手紙に関わる原告の行動は極めて悪質というほかない。
(カ) 原告は、その作成に係る陳述書(書証省略)において、本件各手紙を作成した経緯、その意味合い等について種々記載している。しかしながら、原告は、同陳述書において、F生徒に内緒で母親と連絡を取り合いながらF生徒の相談相手になっていた旨等を記載するところ、前記1(14)によれば、原告が母親と連絡を取り合いながらF生徒の相談相手になっていたとは到底認められない上、原告が同陳述書に記載する本件各手紙の意味合いについても、本件各手紙の流れ、文脈等からして理解しうる意味内容とはあまりにかけ離れており、明らかに不自然、不合理であって、前記陳述書のF生徒に関する記載内容は、そもそも信用することはできない。また、前記1(2)のとおり、F生徒は、原告が顧問を務めるバスケットボール部に所属してはいたものの、原告の担任するクラスの生徒ではなく、原告としても、生徒指導は他の教師と協力して行うものであると自認していたにもかかわらず、F生徒の担任教諭や上司に適切な報告をすることもなく、むしろ本件学校からその対応を止められていた状況の中で、いわば独断でF生徒に対する特別扱いを継続していたのであって、前記陳述書の記載内容を踏まえても、本件各手紙に関する原告の行為が不適切であることは、およそ否定することができない。
(キ) 以上判示した事実から明らかなように、本件各手紙は教諭が生徒に交付する手紙としては極めて不適切のそしりを免れず、本件懲戒事由②(a)に係る行為とともに、F生徒の健全な人格形成という観点からみて極めて不適切であり、自らの言動が生徒の人格形成に多大な影響を与え得るという教諭の職責の重大性についての自覚に欠ける振る舞いと言わざるを得ない。
エ 以上の事情を総合すると、原告には、教職員としてふさわしくない著しい素行不良があったというべきであり、就業規則51条5号に当たるものである。
(2) 本件懲戒事由①について
原告がE生徒に対して体罰を加えたことを認めるに足りる的確な証拠はない。かえって、証拠(省略)によれば、E生徒に対する原告の行為の問題が検討対象になったのは、平成21年8月12日であり、その後、原告からも聞き取りを行うなどして調査を行い、G校長がE生徒の母親に対して「引き続き調査中であるが、仮にそのような事実があったとすれば校長として指導が行き届かなかったということであり、お詫びしたい。」と述べ、E生徒の母親も納得したことが認められ、本件懲戒解雇のための弁明聴取まで、問題にされていなかったことからしても、これが原告に対する懲戒事由になることには疑問がある。
(3) 本件懲戒事由③について
前記1(7)のとおり、本件面談までの原告の欠勤については、原告本人又は原告の母が、原告の体調が不良である旨を本件学校に連絡し、診断書も提出しており、本件面談の時点で、原告の欠勤が3週間程度続いていたにもかかわらず、被告側から原告に対し、出勤を促すような発言はなされなかったこと(書証省略)、本件面談時において、C室長は、「今のままで欠勤を続けていくと、欠勤という事案から懲戒となる可能性は高い」と発言したにとどまり、本件面談のあった平成22年2月12日以前の欠勤についての処分には触れなかったこと(書証省略)も考慮すると、少なくとも本件面談時点までの原告の欠勤については被告も了承していたものというべきである。
また、本件面談において、被告側から自主退職か懲戒解雇かという趣旨の話が出された結果、原告が自主退職の意向を示し、同月17日付けで、被告が、原告の退職の申出を承認する旨の通知を送付したこと、本件面談時において、被告から退職承認の通知が発せられるまでは出勤するよう促すような発言がなく、かえって、原告に対し出勤を控えるように注意しており、実際、同年3月9日に本件学校に姿を見せた原告に対し、C室長が「お引き取り下さい」と言ったり(証拠省略)、被告が同日付けで、原告と生徒及び教職員との接触を禁止する旨の通知を出したこと(書証省略)からすれば、本件面談における退職の意思表示の撤回後も含め、被告が原告の労務提供の受領を拒否したものというべきであり、本件面談以降の欠勤を原告の責めに帰すことはできない。
したがって、被告が問題とする同年1月18日から同年3月31日までの期間における原告の欠勤が、就業規則51条所定の懲戒事由に当たるということはできない。
(4) 以上のとおり、原告については、本件懲戒事由②につき、就業規則51条の懲戒事由がある。
そして、前記4(1)で詳細に説示した本件懲戒事由②に係る原告の行為の悪質性、不適切性に加え、前記1で認定したとおり、原告は、同事由に関して、本件学校から注意を重ねられてきたにもかかわらず、自らの言動を顧みて反省し、誤解を受けるような生徒との関わり方を改めようとせず、その後もF生徒と本件懲戒事由②に関する内容を含むメールのやりとりを継続していたことなどからすると、原告の行為態様は悪質というほかなく、本件懲戒解雇は懲戒権を濫用したものとはいえないというべきである。
なお、原告は、被告による本件懲戒解雇の意思表示は、原告の退職を無効とする判決確定を停止条件とする条件付解雇の意思表示であると主張する。しかし、本件懲戒解雇の通知書による「仮に上記退職が無効となった場合について」との記載は、本件仮処分事件において合意退職が認められず、金員仮払の仮処分命令が下されたことを踏まえ、合意退職との主張は維持しながらも、予備的な本件雇用契約の解消方法として、本件懲戒解雇を主張することを意味するものと認められる。このことを裏付けるように、被告は、原告に対し解雇予告手当を支払っていることが認められる(書証省略)。こうした事実に照らせば、被告による本件懲戒解雇の意思表示が条件付きであると解することはできず、この点に関する原告の主張を採用することはできない。
5 争点(3)②について
ア 前記1(12)イないしエのとおり、J人事課長は、原告に対し、平成22年6月8日付けの「弁明書の提出について」と題する書面を送付したこと、同書面には、弁明すべき事項として、本件各懲戒事由が記載されていたこと、これを受けて、D弁護士らは、同月14日付け「回答書」と題する書面を作成し、被告に送付したこと、同回答書において、D弁護士らは、弁明を求められている内容が、生徒のプライバシーにわたる事実を含んでいること、単なる人事課長にすぎないJ人事課長がどのような権限、目的に基づき弁明を求めるのか不明であること等を挙げ、これらの点を明らかにするよう求めるとともに、本件懲戒事由③については、病欠及び被告側から出勤を妨害されていたことを記載したこと、被告においては、同月23日、副理事長等4名を出席者とする「問題解決小委員会」を開催し、本件懲戒解雇に関する審議を行い、その結果を就業規則55条にいう常務理事会に当たる「問題解決委員会」に報告し、これを受けて、同月24日、問題解決委員会が開催され、原告に対して本件懲戒解雇を行うことを決議したことが、それぞれ認められる。
イ 以上の事実によれば、被告は、原告に対して、本件各懲戒事由に対応する事実を明記した上で、各事実に対する弁明を記載した書面の提出を求めて弁解の機会を与えており、原告に防御の機会を与えるという観点からみても、適切な配慮がなされたというべきであり、本件懲戒解雇の決定においても、就業規則の定めるところに従って適式に行われていると認められる。したがって、本件懲戒解雇に至る手続面において不相当な点は認められない。
ウ 原告は、前記平成22年6月8日付け通知書の趣旨が不明確であり、弁明の機会を与えたとはいえないと主張する。
しかしながら、前記1(12)イで認定した同日付けの「弁明書の提出について」と題する書面の文言に照らして考えると、同書面は、その体験をした本人にとっては他の事由と判別し得る程度に事実を特定しているものと認められる。その上、前記1(8)イのとおり、同年2月12日に行われた本件面談の際には、B副校長及びC室長が原告に対し、未だ発覚していなかった本件各手紙を除いて本件各懲戒事由に関連する話をし、原告においても、最終的には退職を選ぶ旨の発言をしたことも認められ、本件面談の際には、本件各手紙を除く本件各懲戒事由に当たる具体的事実及びそれらを理由に自身が懲戒解雇を含めた処分を受ける可能性があることを認識していたものというべきである。
こうした事実に照らせば、J人事課長が原告に送付した同年6月8日付けの「弁明書の提出について」と題する書面の内容が不十分であるということはできず、原告の主張を採用することはできない。
エ 原告は、第2・3(4)ア(イ)のとおり、被告が本件懲戒解雇を本訴で主張することは許されないと主張する。
前記1(12)及び(13)のとおり、被告は、平成22年6月25日、原告に対し、解雇予告手当24万6900円を提供した上で、就業規則52条7号を適用して同日をもって懲戒解雇する旨通知したことが認められるところ、被告が同年8月4日に本件懲戒解雇を予備的主張として記載した答弁書を提出し、同月17日に開かれた第1回口頭弁論期日において陳述したことは、当裁判所に顕著である。こうした経過に照らせば、被告は、適切な時期に攻撃防御方法を提出していると認められるから、これが時機に後れたということはない。したがって、民事訴訟法157条はもとより、訴訟上の信義則に定めた同法2条に照らしても、これを却下することはできない。
また、本件懲戒解雇の主張は、賃金支払請求に関する限り、一部抗弁であることから、本件において、裁判所としては、本件雇用契約の合意解約の有効性についての判断を回避することはできない。したがって、本件仮処分事件の決定との関係で、本件懲戒解雇を主張することは許されないとの主張は、前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく、失当というべきである。
6 争点(3)③について
使用者が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する。そして、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続がとられていることを要するものというべきである。
証拠(省略)によれば、被告は、懲戒解雇及び懲戒解雇の手続について記載した就業規則を、本件学校の職員室のB副校長の机の後ろの棚に備え置いていたこと、同棚は共有スペースであり、誰もが自由に就業規則のファイルを取って見ることができる状態であったことが認められる。
証人Jは、雇用契約時に原告に対して就業規則の存在について説明したと証言するところ、原告と被告との間で取り交わされた「専任講師勤務契約書」(書証省略)には、「退職に関する事項」として「就業規則第23条~第27条の規定による」とされ、「その他の事項」として、「本書記載内容以外については、就業規則その他の諸規程による」と記載されていることが認められ、この記載に照らせば、前記証人Jの証言は信用できるものというべきである。
以上を総合すると、被告は、原告を始めとする職員に対し、就業規則の存在及び内容を周知させる手続をとったと認めるのが相当である。
7 以上によれば、本件懲戒解雇は有効であるから、被告は原告に対し、平成22年5月分及び同年6月1日から同月25日までの賃金並びにこれらに対する遅延損害金の支払義務を負うところ、同月1日から同月25日までの賃金は、教職員給与規程15条、19条(書証省略)、就業規則32条(書証省略)に従い、23万2143円であると認められる。
(計算式)
① 月額賃金 26万円
② 平成22年度の1か月平均所定勤務日数 22.4日([年間総日数365日-休日96日]÷12か月[小数点第二位以下四捨五入])
③ 平成22年6月1日から同月25日までの所定勤務日数 20日
④ 同月1日から同月25日までの賃金 26万円×20日/22.4日=23万2143円(1円未満四捨五入)
8 以上の次第で、原告の請求は、平成22年5月分の賃金26万円及び同年6月1日から同月25日までの賃金23万2143円並びにこれらに対する支払日の翌日である各月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条、64条本文を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 深見敏正 裁判官 大川潤子 裁判官 佐野倫久)