横浜地方裁判所 平成22年(ワ)3461号 判決 2013年2月15日
住所
原告
X1
(以下「X1」という。)
住所
原告X1及び同X4法定代理人
兼原告
X2
(以下「X2」という。)
住所
原告X1及び同X4法定代理人
兼原告
X3
(以下「X3」という。)
住所
原告
X4
(以下「X4」という。)
上記4名訴訟代理人弁護士
大政徹太郎
同
福森元
住所
被告
学校法人Y高等学校
同代表者理事長
L
同訴訟代理人弁護士
西島幸延
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,X1に対し,2億2706万3575円及びうち2億2346万6627円に対する平成20年5月3日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2 被告は,X2,X3及びX4に対し,それぞれ1100万円及びこれに対する平成20年5月3日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,被告が設置するY高等学校(以下「本件高校」という。)及び本件高校における部活動である柔道部(以下「本件柔道部」という。)に1年生として在籍していたX1が,○○大会の県予選会(以下「本件大会」という。)の前に行われたウォーミングアップ練習において本件柔道部員に投げられた際,急性硬膜下血腫を発症した事故(以下「本件事故」という。)に関し,本件柔道部の顧問教諭に本件事故の発生を未然に防止すべき指導上の注意義務違反があったとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告に対し,X1が2億2706万3575円及びうち2億2346万6627円に対する不法行為の日である平成20年5月3日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を,X1の両親であるX2及びX3並びにX1の妹であるX4が,それぞれ1100万円及びこれに対する不法行為の日である平成20年5月3日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(証拠の記載のないものは,争いのない事実である。)
(1) 当事者等
ア X1は,平成5年○月○日にX2及びX3との間の子として生まれ,本件事故発生時には15歳であった。X1は,平成20年4月8日(以下,年度の記載のない日時は,平成20年を指すものとする。),本件高校に入学し,同月9日,本件柔道部に入部した。X1は,本件柔道部に入部する以前に柔道の経験はなかった。
イ X4は,原告の妹である。
ウ 被告は,本件高校の設置者である。
エ 本件高校の教諭であるA(以下「A教諭」という。)及びB(以下「B教諭」という。)は,本件事故発生時,いずれも本件柔道部の顧問を務めていた。
オ C(以下「C部長」という。)は,柔道5段を有し,本件事故当時,a連盟柔道専門部長を務め,本件大会の大会委員長として,本件大会に出席していた(甲26,証人C)。
(2) X1は,4月16日の柔道の練習により投げられ,頭痛を自覚したことから,同月18日の練習を見学し,同月19日,練習を欠席して横浜宮崎脳神経外科病院を受診した。X1は,同院において,脳震盪と診断され,頭痛に対して鎮痛剤の処方を受けた(甲22)。
(3) X1は,5月3日,本件大会に選手として出場することを目的とせず参加した。また,本件大会には,B教諭が参加した。
(4) X1は,本件大会の試合前に,本件柔道部員で本件大会当時本件高校1年生であったD(以下「D」という。)とウォーミングアップとして投げ込み練習を行ったが,Dから大外刈り及び払腰の打ち込みにより投げられた後,しゃがみこんで倒れた。X1は,救急車で横浜労災病院に搬送され緊急入院し,同院において急性硬膜下血腫と診断され,開頭血腫除去術等の施術(以下「本件手術」という。)を受けた(甲30の2)。
(5)原告は,上記施術後,次の病院で入院治療を受けた(甲5ないし16(枝番を含む。以下同じ。),弁論の全趣旨)。
ア 5月3日から6月30日 横浜労災病院
イ 6月30日から9月1日 初台リハビリテーション病院
ウ 9月1日から同月18日 横浜労災病院
エ 9月18日から同月26日 西横浜国際総合病院
オ 9月26日から11月3日 横浜労災病院
カ 11月3日から平成21年7月10日 西横浜国際総合病院
キ 同年7月10日から同年9月30日 鶴巻温泉病院
ク 平成22年1月6日から同月25日 横浜労災病院
ケ 同年2月12日から同年3月3日 日本大学医学部附属板橋病院
(6) 原告は,平成21年9月10日,鶴巻温泉病院において,急性硬膜下血腫後遺症による意識障害のため,発語なく,経口摂取は困難であり,尿失禁,四肢麻痺の状態で,右上肢は痙性が強く伸展しており,食事,入浴,用便,更衣について常に介護が必要で,回復の見込みはほとんどないとして,症状固定と診断された(甲16)。
(7) X1は,独立行政法人日本スポーツ振興センターから,災害共済給付に基づく医療費給付として292万2560円,障害見舞金として3770万円の合計4062万2560円を受領した。また,X1は,公益財団法人全日本柔道連盟(以下「全日本柔道連盟」という。)から障害補償・見舞金制度に基づく補償金・見舞金として2500万円を受領し,a連盟から傷病見舞金制度に基づく見舞金として130万5000円を受領した。
(8) X1は,本件事故後,横浜労災病院に救急受診して入院したが,救急受診時には,意識レベルJCSⅢ-200,除脳硬直,両側瞳孔散大の状態であった(乙4の2)。X1は,本件手術を受けたが,その際に,静脈洞に注ぐ架橋静脈がいたるところで断裂し,多量の出血が頭蓋内に認められ,既に血腫の量も多量であり脳ヘルニアを起こしていた(乙4の1)。
X1の受傷機転については争いがなく,X1の受傷は,急性硬膜下血腫を原因とするものであるが,その急性硬膜下血腫は,X1が,4月16日,本件柔道部の練習中に投げられることにより架橋静脈に微小な損傷を負うことで架橋静脈が脆弱化し,その損傷に加え,本件大会前の練習において投げられた際に頭部に加えられた回転加速度によって引き起こされたものである(第3回弁論準備手続調書参照)。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) B教諭の指導義務違反の有無
(原告らの主張)
B教諭は,本件柔道部の顧問として,生徒の安全にかかわる事故の危険性をできる限り具体的に予見し,その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り,クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務を有する。すなわち,①B教諭は,体格,体力,技能が十分ではない初心者を試合直前の投げ込み稽古に参加させるにあたっては,上級者から投げ技をかけられても十分に受身が取れるかどうか,自ら練習状況を監視・指導すべき義務,②仮に,やむを得ず自ら練習状況を監視・指導できないのであれば,他の部員に対し初心者は強く投げつけないよう適切かつ具体的な指示をするなどして,初心者が上級者から投げ技をかけられても十分に受身が取れるよう,練習状況を指導すべき安全配慮義務,③柔道のような内在的に頭部外傷への危険を伴うスポーツにおいては,一度目の衝撃により脳震盪様の症状が認められた際に,競技を継続して行った場合,二度目の頭部への衝撃によって,重篤な頭部外傷を発生する危険性があるのであるから,生徒が脳震盪様の症状を呈した場合には,競技に復帰する際には,メディカルチェックを踏まえ慎重に判断して,重篤な頭部外傷の発生を回避する安全配慮義務を有するところ,B教諭は,X1が4月16日の練習で投げられて頭を打ち,脳震盪を起こしたことを知っていたにもかかわらず,X1を同月23日から通常稽古に参加させた上,本件大会前のウォームアップ練習において,本件大会の試合に大将として出場する予定であり,X1と体格差及び柔道の経験・技能に格段の差があり,かつ,利き手が異なるため受身を取ることが困難な喧嘩四つの態勢をとらざるを得なくなるDと組ませて,Dから相当強い勢いで投げられるに至ったのであるから,B教諭には,上記①ないし③の安全配慮義務を怠った過失が認められる。
(被告の主張)
ア ①及び②について
本件大会前のウォーミングアップ練習は約束稽古であって,受身を取ることが容易な練習であり,なんら危険を伴う練習ではない上,X1は,本件柔道部に入部してから1か月間の間,B教諭から慎重かつ段階的な指導を受けて練習を行い受身の技術を習得しており,上記練習を行う上で危険はなかった。また,本件事故は,単なるウォームアップ練習中に発生したものであり,DがX1を著しい速度で投げたことはなく,X1がDの投げによって頭部を打ち付けたこともない。
イ ③について
B教諭は,X1から,医師が脳震盪について特に問題がないと言っていた旨報告を受け,X1は,同月23日から10日間以上にわたり本件柔道部の練習に出席して何ら問題なく稽古を行っていたこと,脳震盪症状の出現から本件大会が2週間以上経過していたこと,脳震盪症状は柔道の練習において頻繁に認められるありふれた症状であることからすれば,B教諭が,X1が脳震盪の診断を下されていたからといって,本件大会前のウォーミングアップの練習に参加させた判断が誤った判断であるともいえない。
ウ 上記事実に加え,X1の頭部傷害の原因が,二度目の受傷によって頭部に生じた回転加速度によるものであり,その回転加速度も極めて緩い回転力であると考えられることからしても,B教諭に,本件大会前のウォーミングアップの練習において,X1とDを組ませたことで,X1に急性硬膜下血腫が惹起されると予見することは不可能なのであって,B教諭に安全配慮義務違反を認めることはできない。
(2) B教諭の指導義務違反の過失とX1の損害との因果関係
(原告らの主張)
B教諭が適切に監督ないし指示をしていれば,X1がDと投げ込み稽古をすることはなかったのであるから,B教諭の過失と原告らの損害との間に因果関係は認められる。
(被告の主張)
仮に,B教諭に原告らが主張するような注意義務違反があったとしても,そのような注意をすれば事故が回避できたとは言えないから,注意義務違反と原告らの損害との間に因果関係は認められない。
(3) 損害
(X1の主張)
本件事故によりX1に生じた損害は次のとおりであり,損害額の合計(但し,後記キの確定遅延損害金を除く。)は2億2346万6627円である。
ア 治療関係費 1838万5497円
(ア) 症状固定前及び固定後の治療費は,別紙「治療費一覧表」及び別紙「症状固定後の治療関係費」に記載のとおり,各1096万8019円及び138万6005円である。
(イ) X1は,寝たきりの状態にあったことから近親者の付き添いは必須であって,その付添介護費も本件事故と相当因果関係を有する損害であると認められる。その費用は,日額1万円として496日間の入院により,合計496万円となる。
(ウ) 入院雑費は,日額1500円が相当であり,496日間の入院機関の合計額は,74万4000円となる。
(エ) X1の治療には,頭蓋の保護のための頭部保護帽や,下肢の拘縮予防のための装具が必要であり,これら装具の購入費用合計は27万8723円である。
(オ) X1の転院時の介護タクシー代として4万8750円が本件事故と相当因果関係を有する。
イ 将来の付添介護費 9650万1620円
(ア) 原告の現在の症状は,生活の全般にわたって介護が必要な状況にあり,将来にわたって介護が必要不可欠であり,将来の付添介護費は,本件事故と相当因果関係を有する損害である。
(イ) そして,X1の家族がX1を自宅において介護する希望を持っていることを考慮すると,X2が67歳になるまでの自宅における家族介護の費用は,3612万9890円(=日額1万円×365日×9.8986(14年間に対応するライプニッツ係数))となる。また,X2が67歳となって以降の職業介護人による介護費用は,6037万1730円(=日額2万円×365日×(18.1687-9.8986)(上記14年間を控除した49年間に対応するライプニッツ係数))となり,将来の付添介護費の合計は9650万1620円となる。
ウ 後遺症逸失利益 9070万2070円
X1は,症状固定時において16歳であり,後遺障害等級第1級であるから,労働能力喪失率は100%である。基礎収入を平成20年度賃金センサス全労働者平均年収額550万3900円,ライプニッツ係数を16.4796(就労期間の始期を18歳,終期を67歳とする。)として計算すると,原告の逸失利益は9070万2070円となる。
エ 入通院慰謝料 350万円
オ 後遺症慰謝料 3500万円
カ 上記アないしオの合計額2億4408万9187円から,X1が,独立行政法人日本スポーツ振興センターから災害共済給付に基づく医療費として合計292万2560円,障害見舞金として3770万円の合計4062万2560円を受領しており,それらを損益相殺すると,X1の損害額は2億0346万6627円となる。
キ 確定遅延損害金 359万6948円
カの災害共済給付金に対する本件事故の日から給付金が給付された日までの年5%の割合による遅延損害金は,別紙「災害共済給付金及び確定遅延損害金一覧表」に記載のとおり,359万6948円となる。
ク 弁護士費用 2000万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は,本件の難易度等を考慮して,2000万円が相当である。
ケ 損益相殺について
被告は,全日本柔道連盟からの補償金・見舞金2500万円及びa連盟からの見舞金130万5000円について損益相殺を主張するが,上記見舞金等は,損害の填補を目的としたものということはできないから,これらを損害から控除することは許されない。
(X2,X3及びX4の主張)
本件事故により,X1が一生介護を要する障害を負ったことなどに鑑みれば,民法711条所定の近親者であるX2及びX3は,本件事故によって,X1が死亡したときにも比肩しうるほどの精神的の苦痛を受けたということができるから,それを慰謝するに足りる慰謝料として1000万円が相当である。また,X4は,X1と民法711条所定の近親者と実質的に同視し得る身分関係を有する者として,X2及びX3と同様の慰謝料を被告に対し請求できる。そして,上記原告らが負担する各弁護士費用のうち,各100万が相当因果関係にある損害といえる。
(被告の主張)
上記X1の主張カについては,X1は,損害の填補として,独立行政法人スポーツ振興センターから4062万2560円の支払を受けたほか,全日本柔道連盟から補償金・見舞金2500万円,a連盟から見舞金130万5000円が支払われているのであり,その合計は6692万7560円となり,同額を損益相殺すべきである。
また,原告らは,本件事故前日及び当日において頭痛等の症状があることを本件高校に報告すべきところ,これを怠っているのであるから,相当程度の過失相殺がされるべきである。
第3判断
1 認定事実
証拠(甲3,22,26ないし33,39ないし41,乙1,3ないし5,11,13,14,16,21,22,29,33,証人C,証人D,証人B,X2,X3)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 本件柔道部員等
ア 本件柔道部には,本件事故当時,男子部員が6名おり,部長を3年生のEが務め,2年生には,F,G及びHがおり,1年生には,X1及びDと女子部員のIがいた(甲3,証人D)。
イ X1は,本件事故当時,身長164cm,体重52kgであり(争いがない),Dは,身長170cm,体重105kgであった(甲3)。Fは,身長168cm,体重55kgであった(甲3)。
ウ Dは,中学校1年生から柔道を習い始め,中学生の頃には高校生を相手として乱取り練習を行っており,本件事故当時は初段相当の実力を有しており(甲3,証人B,X2),本件大会には本件柔道部の大将として出場する予定であった(争いがない)。
エ E,F,G及びHは,本件事故当時,柔道初段であった(甲3)。
オ B教諭は,中学3年生から柔道を始め,平成11年4月には3段の段位を取得し,同16年4月より本件高校に就職し,本件柔道部の顧問となり,同17年からは,同部の監督を務めた(乙21,22,証人B)。
(2) 本件大会以前のX1の練習内容等
ア 打ち込み練習及び投げ込み練習とは,柔道の練習において,攻防をパターン化して練習する,いわゆる約束稽古といわれる種類の練習であり,それら練習において投げられる者は,相手方が繰り出す技とタイミングを予想することができるため,強引な技をかけられ無理な体勢の受身を余儀なくされるということがないことから,攻撃と防御をランダムに表裏一体で行う実践練習である乱取り練習と比べると安全な練習方法である(乙11,証人C)。
イ 本件事故当時,高等学校における柔道部の練習において,体重が倍程度異なる者同士が組んで練習を行うことは通常であった(証人C)。
ウ X1は,4月9日,本件柔道部に入部し,同月9日から同月16日までの間,毎日本件柔道部の練習に参加した。X1は,同月9日から同月14日までの6日間は,受身の練習のみを行った。同月15日及び同月16日の練習では,受身の練習に加えて,打ち込み練習及び投げ込み練習を行った(乙1,5,29,証人D,証人B)。
エ 喧嘩四つとは,右組みの選手と左組みの選手が組んだ場合の組み手のことをいい,通常の組み手に比し,受身を取ることが難しくなる(証人C)。X1は,右組みであり,Dは左組みであって,両名が組んだ場合には喧嘩四つとなる(証人C)。また,Fも左組みであって,X1とFが組んだ場合にも喧嘩四つとなる(証人B)。
(3) X1の本件大会前の症状等
ア X1は,4月16日の練習において投げられた後,頭痛を認め,以後頭痛が継続した(なお,X1が,当該練習において頭部を畳等に打ち付けた事実については,これを認めるに足りる証拠はない。)。そして,4月18日の練習中に頭痛が増悪したことから,その旨をA教諭に報告し,その後練習を見学した(甲30の1,乙16,21,証人B,X3)。
イ X1は,4月19日,横浜宮崎脳神経外科病院を受診し,担当の医師に対し,同月16日に柔道の練習で投げられ,帰宅してから頭部全体の頭痛が認められたこと,柔道の練習では頭部を打ったか否かは判然としない旨を話した(甲30の1)。同院の担当医師の指示により,X1に対し頭部CT検査等が施行されたが,諸検査において異常所見は認められず,X1は脳震盪と診断され,鎮痛剤を処方され帰宅した(甲22,30の1,X2,X3,弁論の全趣旨)。
ウ X1は,同月20日,頭痛の症状が軽減したことから,関東大会個人の部に出席し,見学した(甲39,乙1,乙16,証人D,証人B,X3)。X1は,この際,B教諭に対し,概要,頭痛に対して病院を受診して医師の診察を受け,脳CT検査を施行したが,異常所見は認められず,脳震盪と診断されたので,大丈夫である旨の報告を行った(甲39,証人B,X3)。
エ X1は,4月21日,22日に,本件高校が主催する宿泊研修に参加し,スポーツインストラクターの指導の下で,レクリエーションとして走ったり,綱引きをするなどの運動を行ったが,引率の教諭に対し,何らかの症状を訴えることはなかった(乙16)。
オ X1は,4月23日から同月26日まで,また,同月28日から5月2日までの合計9回の練習に参加し,他の柔道部員と同様の通常練習に参加した(乙1,証人D,証人B)。上記9回の練習のうち,A教諭が4回,B教諭が5回,本件柔道部の指導を行い,本件柔道部員らに乱取り練習も含めた練習を行なわせた。B教諭は,同月24日,X1に対し,打ち込み練習はなるべく1年生同士でやるように指示を出した(乙1)。X1は,上記練習に参加した際に,A教諭及びB教諭に対し体調の不良を訴えることはなかった(乙1,証人D,証人B)。
カ X1は,4月26日の練習後,頭痛が再発した旨のメールをX3に送った(甲39,X3)。
キ X1は,5月2日,本件高校から帰宅後,頭痛,吐き気及び食欲不振をX3に伝え,食事を摂らずに就寝した(甲39,X3)。
ク X1は,5月3日,起床後の頭痛は相当程度軽減し,吐き気も消失していたが,食欲は低下したままであった(甲39,X3)。
ケ X1は,4月20日以降,B教諭をはじめとする本件高校関係者に対し,頭痛等の症状を訴えなかった(証人B,弁論の全趣旨)。
(4) 本件事故当日の練習の経緯等
ア 本件柔道部は,5月3日午前9時頃,本件大会の会場であるb武道館の柔道場(以下,「本件武道館」という。)に集合した(甲27)。本件武道館は,別紙添付本件武道館図面のとおり,小道場に遠いところから,順に第1ないし第4試合会場が並んで配置しており,本部席が第2試合会場と第3試合会場に近いところに設置されていた(甲28,乙3)。
イ 本件柔道部員らは,同日午前9時55分頃から,第4試合会場においてウォーミングアップのため,打ち込み及び投げ込み練習等(以下「本件練習」という。)を行った。
X1は,本件練習が開始されてから,本件高校の制服を着て荷物番をしていたが,Dに呼ばれたことから,柔道着に着替え,準備運動をすることなく,本件練習に参加した(証人C)。なお,B教諭は,本件練習が行われている際,第4試合会場から約15m離れている本部席に在席しており,本件練習を見ることができる場所にいなかった(甲26ないし28,X3,X2。この点,Dは,X1が柔道着を着て荷物番をしていたと証言するが,後記ウで説示するとおり,Dの上記証言を信用することはできない。また,B教諭は,本部席から本件練習を見ることができたと証言するが,その内容は一貫性を欠き不合理であることから,信用することができない。すなわち,B教諭は,5月7日に作成した「報告書」と題する書面(甲27,以下「本件報告書」という。)においては,X1が倒れたのは第4試合会場である旨を記載しているが,9月6日に作成した本件武道館の図面においては,X1が倒れたのは,第3試合会場の第2試合会場寄りであったことを書き込み(乙3),さらに,当法廷における証言においては,第3試合場の「あたりという言い方しかできません。」と述べるなど,本件事故発生位置に関する証言の内容に一貫性を欠いているところ,B教諭は,上記一貫性を欠いた理由について,上記図面への書き込みを,本件柔道部員から話しを聞いたことに起因すると述べるが,本部席から本件練習を見ることができる位置にいたのであれば,本件事故発生位置について自ら確認することは容易であるのに,本件柔道部員から聞いた内容をもって上記図面へ書き込んだと述べる点は,不自然不合理であって,上記一貫性を欠いた理由について合理的な理由があるとはいえない。)。
ウ X1は,本件練習において,最初にFと組んで投げ込み練習を行い,背負い投げで1回投げられた後に,Dと組んで投げ込み練習を行った(甲27,証人D)。Dは,手加減をすることなく全力でX1を,下がる相手に対して足をかけて後方に倒す柔道の投げ技の一つである大外刈りで投げ,その後,相手を腰の片側にのせた後に,相手の足を払い上げて回し込みながら前に投げる柔道の投げ技の一つである払い腰で投げたところ,X1はしゃがみ込んで倒れ,起き上がれなくなった(乙29,証人D。この点,被告は,Dが全力で投げたことを否認し,Dの証言及び陳述書(乙29)の記載はそれに沿うものである。しかしながら,Dの証言及び陳述書の記載は,①神奈川県警察港北警察署署員が,本件事故後,武道館に臨場しDから事情を聴取した事実(下記キ)を「いいえ,ありません。」と明確に否定するなど,体験した者の記憶から容易に消え去るとは考え難い事実に関する証言内容が,他の証拠によって認められる事実と反している点,②Fの身長体重について上記認定事実(1)において認められる事実と大きく異なる証言をする点,③柔道の大会へ出場したか否かという事実は通常記憶に残りやすい種類の事実であるにもかかわらず,4月20日の関東大会個人の部に出場したか否かは記憶にないと証言する点,④横浜労災病院において,Dの両親と本件高校の校長と同席していたにもかかわらずX2及びX3に意に反した発言を強制的に言わせられたと証言する点など,Dの証言及び陳述書の記載の内容は,重要な部分について不自然不合理な内容となっており,そのような証言を行う証言態度は真摯なものとは到底いえず,その証言は,全体として信用することはできない。)。
エ 神奈川県立c高校の柔道部顧問であるJ(以下「J教諭」という。)は,X1が倒れたことを神奈川県立d高校の生徒から聞き,第4試合会場に駆け付けた(甲26,35,証人J)。その後,Dから報告を受けたB教諭が,第4試合会場に駆け付けた(証人D)。
オ B教諭は,携帯電話で救急車を要請し,X1と救急車に同乗し,搬送先の横浜労災病院において救急担当医師に対して本件事故の状況について説明を行った(証人B,甲30の2)。
カ B教諭は,同日午前10時過ぎにX3に電話でX1が投げられて倒れ,救急搬送された旨を伝えた(甲39,X3)。
キ 神奈川県警察港北警察署署員は,本件事故後,C部長から通報を受け,本件武道館に臨場し,Dら本件柔道部生徒から事情を聴取した(証人C,甲27,40。この点について,Dは異なった証言をするが,C部長が6月13日に作成した事故報告書である甲第40号証には,「港北警察署署員が武道館に来館し,Y高等学校柔道部生徒などから事情を聞いた。」との記載があること,臨場した警察官が本件事故に関与したDから事情を聴取するのは自然であるといえることなどからすると,上記Dの証言は信用することができない。)。
(5) 本件事故後の経緯
ア X2及びX3(以下「X2ら」という。)は,5月4日,事情を知るため,Dから直接事情を聴きたい旨を本件高校に対し電話で伝えた(X2,X3)。
イ Dは,5月5日,Dの両親及び本件高校の校長であったKと共に横浜労災病院にX1の見舞いに訪れ,同院の集中治療室の控え室において,X2らから本件事故の経緯について事情を聴かれた。Dは,その際,X2らに対し,本件練習においてX1を手加減せずに投げた旨話した(甲39,証人B,証人D,X2,X3)。
ウ 本件高校は,本件柔道部部員らに対し,X1の見舞いに行くことを禁じる指示をした(X2)。
エ C部長は,5月7日,本件高校を訪れ,本件報告書を受け取った(証人C)。C部長は,その後,自らが本件事故当日に本件柔道部員から聞いた内容と本件報告書の内容との間に異なる点が認められることから,本件高校に電話し,B教諭に本件事故の事実関係について問い合わせたが,電話口からB教諭以外の者が,「本件高校の主張する事実が正しくそれ以外の事実を受け付けない」旨話しているのを聞き,本件高校からそれ以上の事情を聴くことを諦め,a連盟会長宛の事故報告書(甲40)を作成した(証人C)。
(6) X1の退院後の病状
X1は,平成21年9月30日に鶴巻温泉病院を退院後,平日は2か所の介護施設に通いながら,その余は自宅にてX2らが介護を行っているが,自らの意思で身体を動かすことができないことから,介護は,おむつ交換,着替え,褥瘡予防のための体位交換,胃瘻による栄養摂取,車いすを利用した移動などの生活全般について必要である。X2は,本件事故以前は,ゴルフのレッスンプロとして週5日程度稼働していたが,本件事故後においては,上記介護のため,週に1,2日程度に減らして稼働している(甲36,37,39,X2,X3)。
(7) 脳震盪についての知見
脳震盪とは,頭部に外力が加わることによって起こる,意識障害,記銘力障害を中心とした一過性の脳機能障害をいう。脳震盪は,意識障害を伴わない軽傷のものがほとんどであるが,重度の脳震盪は急性硬膜下血腫の発生率との間で正の相関が認められる。また,たとえ軽傷の脳震盪であっても,頭部外傷が繰り返されることによって,脳へのダメージが蓄積され,不可逆的,器質的な脳損傷,神経機能障害をきたすことがある。
特に,軽傷の頭部外傷を受けた後に,その症状が完全に消失しないうち,あるいは消失した直後に頭部外傷を受け,重篤な状態に陥るものをセカンドインパクト症候群という。二度目の外傷自体も軽度なものが多く,急激に昏睡状態に陥り,死亡率は50%と報告されている重篤な症状が認められる。セカンドインパクト症候群において,一度目の頭部外傷後に,頭痛を主体とした脳震盪と同様の症状を呈すことが多いとの報告もある。それゆえ,脳震盪の症状が,コンタクトスポーツによってもたらされた場合には,脳震盪後の競技への復帰時期を適切に判断する必要がある(甲29,乙13,14)。実際に,ラグビーフットボールの国際競技規則では,試合,練習を問わず,脳震盪を起こした場合には,3週間以内の復帰を禁止し,復帰に際しては専門医の診断を必要としている(甲29)ように,競技への復帰は,一定期間の休息を設けた後,段階的に復帰することが望ましいと考えられている(乙13)。
以上の,脳震盪及びセカンドインパクト症候群に関する知見は,概ね日本臨床スポーツ医学会学術委員会脳神経外科部会が平成15年5月に出版(第2版)した「頭部外傷10か条の提言」(甲29)において既に示されていた。
なお,セカンドインパクト症候群の原因は未だ判明していないが,一度目の頭部外傷により薄い急性硬膜下血腫がもたらされ,二度目の頭部外傷により,癒着した架橋静脈から致命的な大出血を起こすことが原因であるとの説も示されている(乙14)。
(8) 柔道部顧問教諭の安全指導に関する指針等
ア 全日本柔道連盟作成の柔道指導における指針について
全日本柔道連盟に加盟する団体の指導者に,柔道部の指導について周知することを目的として,平成18年4月に全日本柔道連盟から出版された「~事故をこうして防ごう~柔道の安全指導」の初版(乙11,以下「柔道の安全指導初版」という。)には,次の記載がある。
(ア) 「1 指導者の責任と安全配慮義務」の「(1) 指導者への期待」において,「柔道の指導者に対する社会の期待は大きく,それだけ重い責任があります。」「特に柔道は,相手を投げ,抑え込み,首を絞め,関節を挫く技を用いて攻防を行うので,他の運動に比べ危険度は高いと考えられます。したがって,柔道の指導者は,こうした運動特性を把握し,内在する危険性を回避することによって事故防止に万全を期すことが求められています。」
(イ) 同じく「(3)指導者に求められる安全配慮義務」「危険予見義務 柔道における危険要因を予知,予見して安全を確保する義務」「危険回避義務 柔道における危険要因を取り除いたり,要因が重なり合わないよう危険を回避する義務」
(ウ) 「3 柔道で起こりやすい怪我と事故」「(1) 怪我と事故の特徴」「① 頭部の怪我 後頭部を強打すると,血管が切れたり(脳出血),脳実質の損傷(脳挫傷)が起こることがあります。また,一時的に意識がなくなり,頭を打った前後のことを後で全く覚えていない(逆行性健忘)ということが起こることもあります。頭部の怪我は,相手に投げられたとき,受身ができずに後頭部を打つことによって起こるケースがほとんどです。」
(エ) 同じく「(2) 怪我と事故の例」において,中学校の柔道部の練習中に後頭部を打撲し,急性硬膜下血腫と診断されて入院し,退院後に主治医の承諾のもとで行った練習で頭部を打撲し,急性硬膜下血腫により意識不明となった事例の記載
(オ) 「4 怪我や事故を未然に防ぐために」「(3)練習に必要な配慮」「④初心者への配慮」「怪我や事故は,初心者が周囲に合わせようとして無理をしたり,経験者が初心者への配慮を欠いたときに起き易くなります。」
(カ) 同じく「(4)安全に配慮した指導例」には「③攻防方法を身につける約束練習」として「約束練習は,技能レベルに応じた多様なパターン化が可能であり,安全な乱取ができるようにするためには省略できない練習方です。」
(キ) 「(5)健康管理とコンディショニング」「健康観察のチェックポイント例」には,頭痛の症状の有無の記載
柔道の安全指導初版は,平成21年7月に改訂され(甲32,以下「柔道の安全指導改訂版」という。),平成23年6月に再改訂(甲33,以下「柔道の安全指導再改訂版」という。)されているが,柔道の安全指導再改訂版には,柔道の安全指導改訂版に加えて,次の記載がある。
(a) 「(2)怪我や事故の特徴と事例」の「①頭部の怪我」「ア.頭部の怪我の種類」に「・脳しんとうが多いことは,重大な急性硬膜下血腫なども起こり得ること。」「・脳しんとう症状の中には,見当識障害やぼーとするなど軽い意識障害と区別がつかない症状,頭痛・嘔吐など頭蓋内圧亢進を疑う症状も含まれており,発症直後は硬膜下血腫などの重大なものも疑う必要があること」「結果的に完全に回復しても脳しんとうが疑われたときは,きちんと医師にかかり頭部の画像検査(CTまたはMRI)を受け,異常がないことを確認しておく必要があります。また,脳しんとうを起こした後の練習への復帰に関しても,脳しんとうの症状や程度,頭部画像検査の結果によって考慮すべきです。」
(b) 同じく「イ.頭部外傷の重大事故の特徴」「これまで「障害補償・見舞金制度」に報告された重症の頭部外傷32例の解析によって,以下のことが明らかとなっています。」「(ア)事故は初心者,特に中学1年生や高校1年生が乱取りを始めた5~7月ごろに多く見られます。」「(イ)大外刈や大内刈,背負投などで投げられ後頭部を打撲する場合に多く見られます。」「脳が前後方向にゆすぶられる力(回転加速度損傷)で脳表と硬膜(骨に固定されている)間の架橋静脈が断裂し,急性硬膜下血腫が発生する場合が多く見られます(87.5%)」,「(オ)過去に同じような頭部外傷を起こしている場合も10%あります。」
(c) 「5 怪我や事故が起きた時の対応」「(1)応急処置の仕方」の「②頭部打撲や異変発見直後の対応」「イ.脳しんとう症状がある場合」「病院で異常なしと診断されても,1~数日間は練習を休み,再開前には,再度医師の診断を受ける必要があります。」
(d) 同じく「③頭部外傷後の練習休止と復帰の基準」として,「イ.脳しんとう」「医師の診察と頭部画像検査で脳しんとうと診断された場合には,2~4週間練習を休止します。」「練習復帰前には,頭痛や気分不良などがないことを確認し,再度医師の診察と頭部画像検査を受け,医師の許可を得る必要があります。頭部画像検査で異常がなくても,頭痛や疲れなどの自覚症状があれば,練習復帰は許可しないようにします。」
イ a連盟による柔道指導の指針について
(ア) a連盟柔道専門部は,平成20年5月8日頃,本件事故を受けて,本件高校を含む上記連名加入高等学校の柔道部顧問に宛てて,「練習時等の事故防止について」と題する文書(甲41)を送付し,「生徒の体力や技能等を考慮した練習計画を立てる」こと,「約束練習及び自由練習などでは,生徒の体力差を配慮して行う」こと,「初心者については,安全に対処できる技能を十分に身につけたうえで,約束練習及び自由練習へ参加させる」ことなどを柔道部顧問,コーチ及び生徒に周知するよう指導した(甲41,証人C)。
(イ) a連盟柔道専門部は,平成24年4月7日,本件高校を含む上記連名加入高等学校の学校長に宛てて,「試合,練習中に脳震盪を起こした生徒の対応について」と題する文書(乙33)を送付し,柔道の試合及び練習中に脳震盪を認めた生徒の対応について,1か月以内に練習及び大会で脳震盪を認めた選手が大会に出場する場合又は練習を再開する場合には,脳神経外科医の許可を義務づける旨を柔道部顧問,コーチ及び生徒に周知するよう指導した。なお,上記文書の送付以前に,神奈川県高等学校体育連又は全日本柔道連盟等が,柔道の練習で脳震盪を認めた生徒の対応について,何らかの指針を示したことはなかった(乙33,証人B,弁論の全趣旨)。
2 争点(1)について
(1) 柔道部指導教諭の注意義務
教育活動の一環として行われる学校の課外のクラブ活動(部活動)においては,生徒は,担当教諭の指導監督に従って行動するのであるから,担当教諭は,できる限り生徒の安全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し,その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を採り,クラブ活動(部活動)中の生徒を保護すべき注意義務を負うというべきである(最高裁判所平成18年3月13日第二小法廷判決・裁判所時報1407号145頁参照)。そして,技能を競い合う格闘形式の運動(格闘技)である柔道には,本来的に一定の危険が内在しているから,柔道の指導,特に,心身共に発達途上にある高等学校の生徒に対する柔道の指導にあっては,その指導に当たる者は,柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために,常に安全面に十分な配慮をし,事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負うものというべきであり,このことは,本件柔道部における活動のように,教育課程に位置付けられてはいないが,学校の教育活動の一環として行われる課外のクラブ活動(いわゆる部活動)についても,異なるところはないというべきである(最高裁判所平成9年9月4日第一小法廷判決・集民185号63頁参照)。このように,柔道の指導に当たる者は,部活動において,柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するための一般的な注意義務を負うところ,柔道は互いに相手の身体を制する技能の習得を中心として行われるものであることから,投げ技等の技をかけられた者が負傷する事故が生じやすく,柔道における傷害により廃疾や死亡に至る事故も平成15年からの8年間で86件発生しており,そのうち55.8%が中高生に発生している(甲33)という一般的状況下においては,指導教諭としては,健康状態や体力及び技量等の当該生徒の特性を十分に把握して,それに応じた指導をすることにより,柔道の試合又は練習による事故の発生を未然に防止して事故の被害から当該生徒を保護すべき注意義務を負うというべきである。したがって,本件柔道部の顧問教諭であるB教諭には,練習に参加したX1の健康状態等を十分に把握し,それに応じた適切な指導をして,練習から生ずるX1の生命及び身体に対する事故の危険を除去し,X1がその事故の被害を受けることを未然に防止すべき注意義務(以下「本件注意義務」という。)があったというべきである。
前記の原告が主張する,①自ら練習状況を監視・指導すべき義務,②練習状況を指導すべき安全配慮義務,③生徒が脳震盪様の症状を呈した場合に重篤な頭部外傷の発生を回避する安全配慮義務等は,いずれも本件注意義務の具体的内容をなす注意義務として,柔道部指導教諭に認められるべきものということができる。
(2) B教諭の本件注意義務違反の有無
ア そこで,B教諭に本件注意義務違反があったかどうかについて検討する。確かに,原告らが主張するように,①B教諭及びA教諭(以下「B教諭ら」という。)は,4月20日に,X1から同人が病院でその前日に脳震盪と診断された旨を伝え聞いていたにもかかわらず,X1が頭痛を認めた練習から僅か7日後である同月23日から通常の練習に参加させ,その後,本件練習にも参加させ(上記認定事実(3)イないしオ,同(4)アないしウ),②X1は,本件事故の約1か月前に柔道を始めたばかりであり,X1とDとの間には大きな技能格差及び体格差が存在し(上記前提事実(1)ア,上記認定事実(1)),③Dは,1年生ではあるが,対外試合を直前に控え,大将を任せられていた(上記認定事実(1))のであって,Dが試合に準じた態度で本件練習に臨むことを想像することも可能であったという余地もある。
イ しかしながら,①本件事故当時,高等学校の柔道部顧問教諭が指導方針として参照すべき資料といえる全日本柔道連盟が出版する「柔道の安全指導」は,平成23年改訂の柔道の安全指導再改訂版において初めて脳震盪後の競技復帰の危険性等について触れていること(上記認定事実(8)),②a連盟柔道専門部が本件高校を含む上記連名加入高等学校の柔道部顧問に宛てて,柔道の試合及び練習中に脳震盪を認めた生徒の対応について具体的な指針を示したのは,本件事故から約4年後である平成24年4月7日であり,本件事故当時,脳震盪を認めた生徒への対応について,具体的な指針は存在しなかったこと,③a連盟柔道専門部のC部長も,頭痛等の症状を認めなければ競技に復帰させることが一般的であったと述べていること(証人C)なども併せ考えれば,本件事故当時,脳震盪を起こした生徒を競技に復帰させる際に,如何なる手順を経て復帰させるかについて,柔道部顧問教諭に一般的に共通した理解・指導方法が普及していたと認めることはできないし,また,B教諭において,特に上記理解・指導方法を認識し得た事情があったと認めることもできない(なお,脳震盪とセカンドインパクト症候群の関連については,平成15年5月に改訂された「頭部外傷10か条の提言」において示されている(同(7))が,これは,医療従事者を対象とした文献であることから,それらの知見を前提とした指導を行う注意義務が高校柔道部の指導教諭にあったとするのは相当でない。)。また,B教諭は,X1から,頭痛のため病院を受診して脳CT検査を施行したが,異常所見は認められなかったとの報告を受け(同(3)ウ),その後,X1が頭痛等の症状を訴えることもなかったこと(同(3)ケ)からすれば,B教諭が,X1の架橋静脈が本件練習により加えられる回転加速度によって断裂することを予見するのは困難であったといわざるを得ない。
そして,①X1は,柔道を始めてから最初の6日間は受身のみを練習し,その後,乱取り練習を含めた練習に参加していたこと(上記認定事実(2)ウ,同(3)オ)からすれば,X1が本件柔道部の練習において受身を取る技術を有していたと推認することができること,②X1は,4月23日以後合計9日間通常の練習に参加しており,その際にはDと乱取り練習をしていたことが推認され,本件練習において初めてDと組んで練習したわけではないこと(同(3)オ),③本件練習で行われた約束稽古は,乱取り練習に比べると安全な練習方法であること(同(2)ア),④高等学校における柔道部の練習においては,倍程度の体重差がある者同士が組んで練習を行うことはままあること(同(2)イ),⑤B教諭が,4月24日に,X1に対し,練習においてDを含む他の1年生同士で組むよう指導していたこと(同(3)オ),⑥大会に出場する全ての選手が,試合前の練習において,試合に準じた激しい投げ込みをするということはできないこと(証人C)などからすれば,B教諭に,X1とDを約束稽古において組ませないように指導しなかったことについて,安全配慮義務を怠った過失があったということはできない。
ウ 以上のとおりであるから,B教諭に本件注意義務違反があったと認めるには十分でないといわざるを得ない。
第4結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの本件請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川浩 裁判官 村松多香子 裁判官 吉岡正豊)