大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成22年(ワ)3842号 判決 2012年1月27日

原告

被告

Y1他1名

主文

一  被告Y1は、原告に対し、五一六一万四六七二円及びこれに対する平成二〇年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告三井ダイレクト損害保険株式会社は、原告に対し、五一六一万四六七二円及びこれに対する平成二二年八月二五日から三一日が経過した日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用については、原告及び被告らに生じた費用をいずれも三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告Y1は、原告に対し、八九二七万〇五〇四円及びこれに対する平成二二年二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告三井ダイレクト損害保険株式会社は、原告に対し、八九二七万〇五〇四円及びこれに対する平成二二年八月二五日から三一日が経過した日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、下記の交通事故により損害を被ったとして、被告Y1(以下「被告Y1」という。)に対して、民法七〇九条又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償及びこれに対する後記自動車損害賠償保障事業てん補金受領日の翌日である平成二二年二月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告三井ダイレクト損害保険株式会社(以下「被告会社」という。)に対して、後記保険契約に基づき、無保険車傷害保険金及びこれに対する本件訴状送達の日である平成二二年八月二五日から三一日が経過した日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

一  争いのない事実等(以下のうち、括弧内に証拠等を掲記しているものは、同証拠等により認める。その余の事実は、当事者間に争いがない。)

(1)  本件事故の発生

ア 日時

平成二〇年二月一日午後八時三〇分ころ

イ 場所

横浜市磯子区丸山二丁目一六番一六号

ウ 関係車両

(ア) 被告Y1運転の自家用原動機付自転車(ナンバー<省略>。以下「被告車両」という。)

(イ) 原告運転の自転車(以下「原告車両」という。)

エ 事故態様

本件事故現場の交通整理が行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)において、被告車両と原告車両が出会い頭に衝突した。

オ 原告の傷害の内容及び治療の経過(甲三の六・七、甲四、甲五の一・二、甲一一、甲一二の一~四、甲二四)

(ア) 傷病名

急性硬膜外血腫、頭部打撲、頭蓋骨骨折、顔面骨骨折、脳外傷、視野障害、歯牙欠損等

(イ) 治療状況

a 横浜市立みなと赤十字病院

入院 平成二〇年二月一日~平成二〇年三月一八日(四七日)

b 神奈川リハビリテーション病院

入院 平成二〇年三月一八日~平成二〇年六月一五日(九〇日)

通院 平成二〇年二月二六日、平成二〇年六月一七日~平成二一年三月一六日

c 神崎歯科クリニック及び小久保歯科医院

通院 平成二〇年六月二五日~平成二〇年一二月二六日

(ウ) 政府の自動車損害賠償保障事業の認定結果

政府の自動車損害賠償保障事業の後遺障害の認定結果は、次のとおりである。

a 急性硬膜外血腫後の高次脳機能障害及び身体性機能障害については、「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」として、自賠法施行令別表第二の後遺障害等級七級に該当する。

b 半盲については、「両眼に半盲症を残すもの」として、同別表第二の後遺障害等級九級に該当する。

c a、bより、併合六級と認定する。

(2)  原告の妻であるAは、被告会社との間において、保険期間を平成一九年二月八日から平成二〇年二月八日までとし、Aを記名被保険者とする自動車保険契約を締結していたところ、同契約には、下記の条項がある(以下「無保険自動車条項」という。乙一)。被告車両は、下記の「無保険自動車」に当たる。

ア 被告会社は、無保険自動車の所有、使用又は管理に起因して、被保険者の生命が害されること又は身体が害されその直接の結果として後遺障害が生じること(以下「無保険事故」という。)によって被保険者又はその父母、配偶者もしくは子が被る損害に対して、賠償義務者がある場合に限り、保険金を支払う。

イ 被告会社は、無保険事故が人身傷害条項による保険金支払の対象となる事故で、同条項により支払われるべき保険金の額が、無保険自動車条項により支払われるべき保険金の額及び自賠責保険等によって支払われる額の合計額を下回る場合に、保険金を支払う。

その場合には、既に支払った人身傷害条項の保険金の額を差し引く。

ウ 記名被保険者の配偶者は、被保険者である。

エ 相手自動車でその自動車に適用される対人賠償保険等がない場合には、無保険自動車に当たる。

オ 保険金は、被保険者が、保険証券及び次の書類又は証拠を提出して保険金の請求手続をした日から三〇日以内に支払う。

(ア) 保険金の請求書

(イ) 損害額又は傷害の程度を証明する書面

(ウ) 公の機関が発行する交通事故証明書

(エ) その他、被告会社が特に必要と認める書類又は証拠

二  争点

(1)  事故の態様と過失割合

(2)  原告の損害額

三  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(事故の態様と過失割合)について

(被告らの主張)

ア 原告は、本件交差点を進行するに当たり、交差する道路の車両の存在や動向に注意して進行しなければならない。

イ 原告車両は、被告Y1から発見しづらい道路中央よりも右側の部分を進行して(道路交通法一七条四項違反)、被告車両の左方から本件交差点に進入している上、原告車両は、無灯火であった。

ウ したがって、相応の過失相殺がされなければならない。

(原告の主張)

ア 本件交差点は、住宅や店舗が建ち並ぶ市街地にあった。被告Y1は、有意な減速をすることなく、一時停止の標識を無視して、交差道路の安全を確認することなく、本件交差点に進入したから、その過失は大きい。

イ 原告車両が、道路中央より右側を進行していたとは認められない。また、実況見分調書(甲三の五)によっても、原告車両は、道路中央よりもわずかに右側を進行していたにすぎないから、そのことによって事故の回避が困難になったとはいえない。

ウ 原告車両は、点灯していた。

エ したがって、過失相殺すべきではない。

(2)  争点(2)(原告の損害額)について

(原告の主張)

ア 原告の後遺障害の等級は、併合六級であり、症状固定日は、平成二一年三月一六日である。

イ 治療費等 一一五万四一七七円

ウ 入院雑費 二〇万四〇〇〇円

一五〇〇円×一三六日=二〇万四〇〇〇円

エ 付添看護料 一三九万四五〇〇円

(ア) 入院付添費(1) 三〇万五五〇〇円

原告が横浜市立みなと赤十字病院に入院していた間、主にAが毎日付き添った。Aは、本件事故前には、パート勤務をして月額六万円程度の収入があったが、原告の付添看護のために、やめざるを得なくなった。

付添看護料の額は、一日六五〇〇円の四七日分が相当であるので、以下のとおりとなる。

六五〇〇円×四七日=三〇万五五〇〇円

(イ) 入院付添費(2)及び通院付添費

原告が神奈川リハビリテーション病院に入院していた問、Aが金曜日から日曜日まで、自宅に連れて帰って、療養、介護、リハビリ等を行い、水曜日は、病院で付添いをした。

原告が神奈川リハビリテーション病院から退院した後も、Aは、原告の通院に付き添ったほか、日常生活上の様々な場面で、原告に対して、監視、声かけをした。

これらを金銭的に評価すれば、横浜市立みなと赤十字病院退院後、症状固定までの期間を平均して、一日三〇〇〇円とすることが相当であるから、以下のとおりとなる。

三〇〇〇円×三六三日=一〇八万九〇〇〇円

(ウ) (ア)と(イ)の合計 一三九万四五〇〇円

オ 交通費 三〇万〇九三〇円

(ア) 神奈川リハビリテーション病院退院まで

a 高速代 四万八六〇〇円

b ガソリン代 四万八三〇〇円

(イ) 神奈川リハビリテーション病院退院後 二〇万四〇三〇円

(ウ) (ア)と(イ)の合計 三〇万〇九三〇円

カ 休業損害

(ア) 原告は、本件事故当時、a株式会社(以下「勤務会社」という。)に勤務し、平成一九年の収入は、七七六万六二九〇円であった。これを基礎収入とすることが相当である。

(イ) 原告は、本件事故日から症状固定日まで四一〇日間、休業した。

(ウ) したがって、以下のとおりとなるところ、原告は、勤務先の健康保険組合から傷病手当金六一三万八五二四円の支給を受けたので、それを控除する。

776万6290円×410日÷365日-613万8524円=258万5254円

キ 逸失利益

(ア) 基礎収入 七七六万六二九〇円(上記オ(ア))

原告は、昇給分や退職金の減額分を捨象して請求しているから、六一歳以降の基礎収入額を減額すべき理由はない。

(イ) 労働能力喪失率 六七%

原告は、平成二三年一月に勤務会社に復職したものの、現実的な戦力になっておらず、退職に至る可能性も高い。仮に退職した場合、現在の給与水準を維持できる見込みはない。また、仮に退職しないとしても、昇進、昇級は望めない。さらに、賞与は、本件事故後、大幅な減額になっている。

これらのことなどを考慮すると、労働能力喪失率は、六七%とすべきである。

(ウ) 労働能力喪失期間 二三年間(四四歳から六七歳まで)

(エ) したがって、以下のとおりとなる。

776万6290円×0.67×13.4886(23年のライプニッツ係数)=7018万6774円

ク 慰謝料

(ア) 傷害慰謝料 三〇〇万円

原告は、入院約四か月半、通院約九か月を要する傷害を負い、しかも、受傷後意識障害が長期間継続するなどしたから、三〇〇万円を下回ることはない。

(イ) 後遺障害慰謝料 一一八〇万円

ケ イ~クの合計 九〇六二万五六三五円

コ 既払金の充当

(ア) 被告らの支払額合計五一〇万円(被告Y1・二一〇万円、被告会社三〇〇万円)については、元本への充当を認める。

(イ) 政府の自動車損害賠償保障事業による支払(平成二二年二月一二日一二九六万円)は、まず、平成二二年二月一二日までの遅延損害金(八七〇万四八六九円)に充当し、その余のものが元本に充当されるので、残元本額は、八一二七万〇五〇四円となる。

サ 弁護士費用 八〇〇万円

シ 総合計 八九二七万〇五〇四円

ス よって、原告は、被告Y1に対しては、八九二七万〇五〇四円及びこれに対する平成二二年二月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対しては、八九二七万〇五〇四円及びこれに対する本件訴状送達の日である平成二二年八月二五日から三一日が経過した日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告Y1の主張)

ア 原告の後遺障害の等級が併合六級であり、原告の症状固定日が平成二一年三月一六日であることは、争う。

原告の後遺障害診断書(甲一〇)によると、片眼のみの視野狭窄又視野変状であるから、後遣障害の等級は、九級ではなく、一三級となる。また、原告は、①意思疎通能力、②問題解決能力、③作業負荷に対する持続力、持久力、④社会行動能力のうち、①、③は問題がなく、④についても「相当程度失われた」ということはできず、②についてのみ「相当程度失われた」ということができるから、高次脳機能障害については、七級ではなく、九級となる。

イ イ(治療費)、ウ(入院雑費)、エ(付添看護料)及びオ(交通費)は、知らない。

ウ カ(休業損害)は、症状固定日について争い、その余は、知らない。

エ キ(逸失利益)は、争う。

(ア) 原告は、平成二三年一月から勤務会社に復職し、本件事故前の七〇%を超える収入を得ているから、その労働能力喪失率は、四〇%を超えることはない。今後、さらに作業に慣れるなどして、労働能力喪失率が下がることが予想される。

(イ) 原告の勤務会社における定年は六〇歳であるから、労働能力喪失期間のうち、六一歳以降の基礎収入額は、年金受領額や賃金センサスによるべきである。

オ ク(慰謝料)は、争う。

傷害慰謝料は、二六五万円程度を超えない。

カ コ(既払金の充当)のうち、政府の自動車損害賠償保障事業による支払は、元本から充当されるべきである。

(被告会社の主張)

ア 原告の後遺障害の等級が併合六級であり、原告の症状固定日が平成二一年三月一六日であることは、争う。

イ イ(治療費)は、知らない。

ウ ウ(入院雑費)は、知らない。

エ エ(付添看護料)は争う。

(ア) 原告が横浜市立みなと赤十字病院に入院していた間は、完全看護体制がとられており、医師の特段の付添い指示もないことからすると、付添看護料は認められない。

また、少なくとも、リハビリに移行してからの付添いは、相当因果関係が認められない。

(イ) 原告には、高次脳機能障害の後遺障害が認められるものの、運動機能には問題がなく、食事・排尿排便・入浴・歩行は自立し、更衣・階段昇降・公共交通機関の利用について、ときどき介助・見守り・声かけが必要であるにとどまっているから、自宅において付添看護する必要はない。

また、仮に、付添看護料が認められるとしても、日額が三〇〇〇円であるとは認められない。

オ オ(交通費)、カ(休業損害)、キ(逸失利益)及びク(慰謝料)は、争う。

カ コ(既払金の充当)のうち、政府の自動車損害賠償保障事業による支払は、元本から充当されるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点(1)(事故の態様と過失割合)について

(1)  証拠(甲三の一~五・八・一四~一六・二一、原告本人、被告Y1本人)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

ア 本件交差点は、周りに建物が建ち並んでいる見通しの悪い交差点で、信号による交通整理は行われていない。被告車両が進行してきた道路の側に発光式の一時停止の標識があり、道路上には「止まれ」と大きく記載されている。

本件交差点の角には、コンビニエンスストアがある。

イ 被告Y1は、被告車両を運転して、片側一車線で一車線の幅が約二・五mの道路の左側車線を、時速約四〇kmで進行し(法定の最高速度は三〇km)、本件交差点の手前で約三〇kmに速度を落としたものの、一時停止することなく、本件交差点に進入した。

原告は、原告車両を運転して、片側一車線で一車線の幅が約二・三mの道路の中央線よりやや右側を進行し、そのまま本件交差点に進入した。

ウ 原告車両は、被告車両の左側から本件交差点に進入し、本件交差点内で、原告車両と被告車両が衝突し、原告は、転倒した。

エ 本件事故直後に行われた実況見分においては、原告車両のライトは点灯していた。

(2)  上記(1)の事実によると、被告Y1は、見通しの悪い本件交差点において、一時停止の標識があるにもかかわらず、それに従って一時停止することなく、時速約三〇kmで本件交差点に進入したために、本件事故が起こったと認められるから、本件事故が被告Y1の過失によって起こったことは明らかであり、しかも、その過失の程度は、被告Y1が原告に比べてはるかに大きいというべきである。

しかし、本件交差点においては、原告においても、交差道路の状況に注意して進行すべき義務があったのであり、しかも、上記(1)の事実によると、原告車両は、道路の中央線よりやや右側を進行していた(甲三の五により、この事実を認めることができ、これに反する証拠はない)から、道路交通法一七条四項に違反している。このことは、原告車両が道路の中央線より左側を進行していた場合に比して、被告Y1にとって、左方から来る原告車両を発見することや事故を回避することを困難にしていると認められる(過失相殺としては、一般的に困難にすれば足り、具体的にどのような困難にしたかまで認められる必要はないと解される)。

以上を総合すると、過失割合としては、原告一五、被告八五とすることが相当であると認められる。

なお、上記(1)アのとおり、本件交差点は、周りに建物が建ち並んでいる上、本件交差点の角にはコンビニエンスストアがあるが、このことは、本件事故が歩行者の事故ではないことからすると、上記認定の過失割合をさらに変更すべき事由とまでいうことはできない。また、上記(1)エのとおり、本件事故直後に行われた実況見分においては、原告車両のライトは点灯していたのであり、本件事故後に点灯したことをうかがわせる事実も認められないから、本件事故当時も、原告車両のライトは点灯していたと認められる。したがって、無灯火を理由に上記認定の過失割合を原告に不利に変更することはできない。

二  争点(2)(原告の損害額)について

(1)  原告の後遺障害の程度と症状固定日について

ア 証拠(甲一、四~一一)と弁論の全趣旨によると、原告の後遺障害は、平成二一年三月一六日に症状が固定し(原告四四歳)、その後遺障害の程度は、政府の自動車損害賠償保障事業の後遺障害の認定結果のとおり、(ア)急性硬膜外血腫後の高次脳機能障害及び身体性機能障害については、「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」として、自賠法施行令別表第二の後遺障害等級七級に該当し、(イ)半盲については、「両眼に半盲症を残すもの」として、同別表第二の後遺障害等級九級に該当し、(ウ)これらにより、併合六級であると認められる。

イ 証拠(甲六、八)と弁論の全趣旨によると、原告の症状固定時の状態は、以下のとおりであったことが認められる。

(ア) 発動性の低下、記憶障害、遂行機能の障害などが見られる。状況が設定された場面では集中などができる一方、集中の求められないことに注意を払えない。自分から設定していかないといけないことは、うまく設定ができないことがある。

(イ) 食事、排尿排便、入浴、歩行は、自立し、更衣、階段昇降、公共交通機関の利用は、ときどき介助・見守り・声かけが必要である。

(ウ) 障害の程度は、「複数の作業を同時に行えない」と「行動を計画したり、正確に遂行することができない」については、重度であり、「以前に覚えていたことを思い出せない」、「新しいことを覚えられない」、「疲れやすく、すぐ居眠りする」、「自発性低下、声かけが必要」、「気が散りやすく、飽きっぽい」、「周囲の人との意思疎通を上手に行えない」、「受傷前と違っていることを自分では認めない」については、中等度である。

(エ) 仕事は、一般就労は難しいと思われる。単純作業はできる可能性がある。視野障害も影響する可能性がある。

ウ なお、被告Y1は、原告の後遺障害診断書(甲一〇)によると、片眼のみの視野狭窄又視野変状であると主張するが、この診断書の記載によっても、片眼のみの視野狭窄又視野変状であるとは認められず、半盲についての上記の後遺障害の等級認定が左右されるものではない。また、仮に、片眼のみの視野狭窄又視野変状であって、後遺障害の等級が一三級であるとしても、後遺障害等級七級と一三級に該当するときは、一級繰り上がって併合六級となる(自賠法施行令二条一項二号ニ)ので、併合六級という結論に変わりがない。

また、被告Y1は、高次脳機能障害については、七級ではなく、九級となると主張するが、前記イ認定の事実及び後記(2)カ(ア)認定の事実によると、原告は、少なくとも、問題解決能力については、「半分程度失われた」ということができるから、高次脳機能障害について、七級に当たるというべきである。

(2)  原告の損害額

原告の損害額については、次のとおりであると認められる。

ア 治療費等 一一五万四一七七円(甲一二の一~四、甲一三)

イ 入院雑費 二〇万四〇〇〇円

前記第二、一(1)オ(イ)のとおり、原告の入院日数は、一三六日(四七日+九〇日-一日[重複している平成二〇年三月一八日の一日分])であるので、入院雑費は、以下のとおり、二〇万四〇〇〇円と認める。

一五〇〇円×一三六日=二〇万四〇〇〇円

ウ 付添看護料 一三九万四五〇〇円

(ア) 証拠(甲二四)と弁論の全趣旨によると、原告が横浜市立みなと赤十字病院に入院していた問、主にAが毎日付き添ったこと、Aは、本件事故前には、パート勤務をして月額六万円程度の収入があったが、原告の付添看護のために辞めたこと、原告が神奈川リハビリテーション病院に入院していた間、Aが、金曜日から日曜日まで、自宅に連れて帰って、自宅で世話をしたほか、水曜日には、病院で付添いをしたこと、原告が神奈川リハビリテーション病院から退院した後も、Aは、原告の週二~三回の通院に付き添ったほか、日常生活上の様々な場面で、原告に対して、監視、声かけをしたことが認められる。そして、前記第二、一オ(ア)の原告の傷害の内容や上記(1)の原告の症状等からすると、Aによるこれらの付添い等は、必要であったと認められる。

(イ) そうすると、次のとおり、付添看護料を認めることができる。

a 入院付添費(1) 三〇万五五〇〇円

原告が横浜市立みなと赤十字病院に入院していた四七日間については、一日六五〇〇円を認めるので、以下のとおりとなる。

六五〇〇円×四七日=三〇万五五〇〇円

b 入院付添費(2)及び通院付添費 一〇八万九〇〇〇円

原告が神奈川リハビリテーション病院に入院していた間及び同病院から退院した後、症状固定までの間の合計である三六三日間については、平均して、一日三〇〇〇円とすることが相当であるから、以下のとおりとなる。

三〇〇〇円×三六三日=一〇八万九〇〇〇円

c aとbの合計 一三九万四五〇〇円

エ 交通費 三〇万〇九三〇円

(ア) 神奈川リハビリテーション病院退院まで

a 高速代 四万八六〇〇円(甲一四の一)

b ガソリン代 四万八三〇〇円

証拠(甲一四の一)弁論の全趣旨によると、距離は、平成二〇年二月二六日については片道六五km、同年三月一八日については片道四九km、その他の日(三四日)については片道四四kmであること、ガソリン代は一km一五円であることが認められるので、以下のとおりとなる。

15円×(65km×2+49km×2+44km×2×34日)=4万8300円

(イ) 神奈川リハビリテーション病院退院後

二〇万四〇三〇円(甲一四の二)

(ウ) (ア)と(イ)の合計 三〇万〇九三〇円

オ 休業損害 二五八万五二五四円

(ア) 証拠(甲一五、一六、二四)と弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故当時、a株式会社(勤務会社)に勤務し、平成一九年の収入は、七七六万六二九〇円であったこと、原告は、本件事故日から症状固定日まで四一〇日間、休業したこと、原告は、勤務先の健康保険組合から傷病手当金六一三万八五二四円の支給を受けたことが認められる。

(イ) したがって、休業損害としては、以下のとおりとなる。

776万6290円×410日÷365日-613万8524円=258万5254円

カ 逸失利益 五六七九万〇一六五円

(ア) 証拠(甲二〇、甲二一の三、甲二二の三、甲二三~二六、甲二七の一~七、原告本人)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

a 原告は、本件事故前は、勤務会社において、マネージャー(課長職)として、電気設備工事の現場監督の仕事をしており、七人~八人の部下がいた。本件事故前である平成二〇年一月における勤務会社からの給与の総支給額は、五〇万四一九八円であった。また、平成一九年六月及び一二月における賞与の総支給額は、各一一〇万二〇〇〇円であった。

b 原告は、本件事故後、平成二三年一月一一日に、勤務会社に復職した。原告は、「障害者」として、施工の原価をデータ化したり、図面作成の補助をするなどの業務に従事しているが、一日のうちで仕事がない時間もかなりある。

c 原告は、記憶力が悪くなったため、メモをとるようにしているが、メモが見つからなかったり、書くことを忘れたりすることがある。原告は、複数のことを同時に処理することができなくなり、段取りが悪くなった。原告は、視野が一部欠けているため、見落としをすることがある。

d 原告は、第二種電気工事士試験の一次試験に本件事故前には合格していたが、本件事故後には、一次試験にも合格しなくなった。

e 原告の本件事故後である平成二三年三月における勤務会社からの給与の総支給額は、三四万八〇〇〇円であった。また、平成二三年六月における賞与の総支給額は、三九万円であった。

f 原告の同期入社のある社員(部長職)の平成二三年一月~六月における勤務会社からの給与の総支給額は、月額五七万八五五〇円であり、同年六月の賞与の総支給額は、一二一万四〇〇〇円であった。

g 勤務会社の定年は、満六〇歳である。

(イ) 前記第二、一オ(ア)の原告の傷害の内容や上記(一)の原告の症状等に上記(ア)の事実を総合すると、原告には、後遺障害による労働能力の低下があるものと認められる。

(ウ) 上記(ア)の事実によると、原告は、平成二三年一月一一日に勤務会社に復職したものの、原告の毎月の給与の額は、本件事故の前後で、約三〇%減額になったほか、賞与も大きな減額になったこと、原告の同期入社のある社員(部長職)との比較では、本件事故後の原告の毎月の給与の額は、同社員に比べて約四〇%低く、賞与にも大きな差があることが認められる。そして、将来においては、昇進、昇給において、同期入社のある社員などとの間において、更に差が生ずるものと認められる。また、原告が勤務会社にいつまで勤められるかについては、上記(ア)の本件事故後のその職務の内容などに照らすと、不確定な点があるというべきであるが、退職に至る可能性が高いとまでいうべき事情は認められない。

以上によると、原告の労働能力喪失率は、勤務会社における定年である六〇歳までは、五六%と認めることが相当である。六一歳以降は、勤務会社を退職することを前提として、原告の労働能力喪失率を、六七%とする。

(エ) 基礎収入については、原告の勤務会社における定年が六〇歳であることからすると、六〇歳までは、平成一九年の収入である七七六万六二九〇円によることとし、六一歳から六七歳までは、七七六万六二九〇円の七〇%に当たる五四三万六四〇三円とする。

(オ) そうすると、以下のとおり、五六七九万〇一六五円となる。

776万6290円×0.56×10.8378(60歳まで16年のライプニッツ係数)=4713万4918円

543万6403円×0.67×(13.4886[23年のライプニッツ係数]-10.8378)=965万5247円

合計額 5679万0165円

キ 慰謝料 一四六〇万円

(ア) 傷害慰謝料 二八〇万円

前記第二、一(1)オ(イ)のとおり、原告は、平成二〇年二月一日から平成二〇年六月一五日まで一三六日入院し、その後、症状固定日である平成二一年三月一六日まで通院したことが認められる。このことに、①原告の傷病の内容は、前記第二、一(1)オ(ア)のとおりであって、証拠(甲六、七)によると、原告は、緊急手術を受け、当初意識障害があったと認められること、②証拠(甲三の一~四・一六、被告Y1本人)によると、被告Y1は、本件事故当時、自賠責保険にも任意保険にも加入しておらず、後記コのとおり損害の一部について支払をしたものの、それを超える支払をしていないと認められること等を考慮すると、傷害慰謝料としては、二八〇万円をもって相当と認める。

(イ) 後遺障害慰謝料 一一八〇万円

前記(1)のとおり、後遺障害の等級は、併合六級であるので、一一八〇万円をもって相当と認める。

(ウ) (ア)と(イ)の合計 一四六〇万円

ク ア~キの合計 七七〇二万九〇二六円

ケ 過失相殺(一五%)後の金額 六五四七万四六七二円

コ 既払金の控除

(一) 原告は、次のとおり、損害のてん補を受けたと認められる。

ア 被告Y1 二四〇万円(甲三の一一・一八、被告Y1本人)

イ 被告会社(人身傷害保険) 三〇〇万円(甲一八)

ウ 政府の自動車損害賠償保障事業 一二九六万円(甲一九)

(2) 上記(1)ア、イについて、原告は、元本への充当を認めており、元本に充当する。

(3)  政府の自動車損害賠償保障事業は、自賠責保険制度によっても救済することができない交通事故の被害者に対し、社会保障政策上の見地から救済を与えることを目的とするものであって(自賠法七二条一項)、他の法令等によっててん補されない被害者の損害をてん補するものであり(自賠法七三条)、政府が同事業によって損害をてん補したときは、被害者に代位して、加害者に請求することができる(自賠法七六条一項)。

このような政府の自動車損害賠償保障事業の制度に照らすと、そのてん補金は、元本に充当されるものと解される。

また、政府の自動車損害賠償保障事業のてん補金は、上記のとおり法律で規定されており、支給されることが法律上当然に予定されていることからすると、そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが、公平の見地からみて相当というべきである。

したがって、上記(1)ウについても、元本へ充当されるものと解される。

(4)  ケから上記(1)ア~ウを控除すると、四七一一万四六七二円

サ 弁護士費用については、四五〇万円をもって相当と認める。

シ 総合計 五一六一万四六七二円

三  本件請求の認容額について

(1)  原告は、被告Y1に対しては、損害金合計五一六一万四六七二円及びこれに対する平成二〇年二月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

原告は、遅延損害金について平成二二年二月一三日から支払済みまで年五分の割合による請求をしているが、これは、政府の自動車損害賠償保障事業のてん補金が、遅延損害金から充当されるとの主張に基づくものであり、元本から充当されるのであれば、損害金全額に対する平成二〇年二月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を請求する趣旨が含まれていると解される。

したがって、原告の被告Y1に対する請求は、損害金合計五一六一万四六七二円及びこれに対する平成二〇年二月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(2)  前記第二、一(2)オのとおり、保険金は、被保険者が、保険証券及び所定の書類又は証拠を提出して保険金の請求手続をした日から三〇日以内に支払うものとされているところ、原告は、本件訴訟を提起し、その際に請求原因事実を証するための書証を提出したことは、当裁判所に顕著であるから、被告会社は、本件訴状送達の日から三〇日以内に支払う義務を負っているものというべきである。

また、保険金請求であるから、遅延損害金の利率は商事法定利率六%とすることが相当である。

したがって、原告の被告会社に対する請求は、保険金五一六一万四六七二円及び本件訴状送達の日である平成二二年八月二五日から三一日が経過した日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由がある。

第四結論

以上によると、原告の請求は、上記の限度で理由があり、その余は理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 森義之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例