横浜地方裁判所 平成22年(ワ)4696号 判決 2012年1月25日
横浜市<以下省略>
反訴原告(以下、単に「原告」という。)
X
同訴訟代理人弁護士
武井共夫
同
西本暁
同
野澤哲也
東京都中央区<以下省略>
反訴被告(以下、単に「被告」という。)
東海東京証券株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
藤村義徳
同
三宅裕
同
吉木徹
主文
1 被告は、原告に対し、金300万0665円及びこれに対する平成20年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを7分し、その4を原告の、その余を被告の各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 請求の趣旨
被告は、原告に対し、金722万8013円及び内金575万2778円に対する平成20年5月30日から、内金147万5235円に対する平成20年9月5日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
第2事案の概要
本件は、被告との間で債券や投資信託等に関する投資取引を行っていた原告が、「被告は、上記取引において、適合性原則や説明義務に違反する違法な取引勧誘を行い、原告に損害を被らせた。」などと主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償(遅延損害金を含む。)を求める事案である。
1 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠上容易に認めることができる(証拠によって認めた事実は、認定事実の後に、認定根拠となった証拠をかっこ書する。)。
(1)当事者
原告は、昭和6年○月○日生まれの女性であり、被告渋谷支店に取引口座を開設している。
被告は、他人の委託に基づいて、有価証券の売買取引をすること等を業とする株式会社である。
(2)原告と被告との取引
ア 原告は、昭和63年、被告に取引口座を開設し、以後証券取引をしてきた。被告に記録が残っている平成元年以降の取引内容は、別紙「取引明細」記載のとおりであるが、平成6年から平成19年までの取引回数は、下記のとおりであった。
そして、これらの取引の中には、外国の商品を対象とする投信信託、外国債券等も少なからず含まれていた。
H6
H7
H8
H9
H10
H11
H12
H13
H14
H15
H16
H17
H18
H19
買付
0
3
1
0
0
2
5
8
0
3
4
4
7
10
売付
0
1
4
1
1
1
1
3
0
2
5
3
3
5
イ 原告は、平成13年3月28日の取引申込書(乙3)に、資産内容やそれまでの取引経験、予定の取引、投資目的等について記載をしている。
それによると、資産内容は、収入が「~500万」、金融資産が「3000万~5000万」であって、総資産は「1億~3億」と記載されている。また、これまでの取引経験と予定の取引は、いずれも「債券・投信」及び「累積投資」であり、投資の目的は「元本の安全性と安定収益重視」にチェックがされている。
(3)本件で問題とされている取引
本件で、原告が問題にしている取引(以下、これらをまとめて「本件取引」といい、取引の対象となった商品をまとめて「本件商品」という。)は、以下の取引である。
ア ブラックロック天然資源株ファンド
原告は、ブラックロック天然資源株ファンド(以下「ブラックロックファンド」という。)を次のとおり購入した。
平成20年2月29日 1100万円(1052.8439口)
平成20年5月30日 103万9236円(100口)
このブラックロックファンドは、主として世界のエネルギー関連株、鉱山株、金鉱株を主要な投資対象とし、ブラック・ロック・グループの運用会社が運用する投資信託に投資するもので、ファンド・オブ・ファンズ形式(運用会社が別の投資信託に投資を行うもの。)で運用され、外貨建資産については原則として為替ヘッジをしないこととされていた。
イ 南ア・ランド建て債券
原告は、南アフリカ通貨であるランド建てで発行された、以下の債券を購入した(以下、これらをまとめて「ランド建て債券」といい、個々の債券を示すときは、債券の発行主体の名称を用いて「デンマーク地方金融公庫債券」などという。)。
(ア)デンマーク地方金融公庫債券
平成20年6月4日 423万円(30万ランド分)
(イ)ドイツ農林金融公庫債券
平成20年7月2日 66万5643円(5万ランド分)
(ウ)ノルウェー輸出金融公社債券
平成20年9月5日 69万2500円(5万ランド分)
(4)本訴提起に至る経緯等
原告は、平成21年3月9日、日本証券業協会証券あっせん相談センター(当時)に対し、被告を相手方として、紛争にかかるあっせんの申立てをした。
同センターのあっせん委員は、被告が原告に対し、300万円の和解金を支払うことを骨子としたあっせん案を提示したが、被告は、これを受け入れず、原告に対し、損害賠償債務の不存在確認を求める訴訟(平成22年(ワ)第1675号。以下「本訴」という。)を提起したが、その後、原告が、損害賠償を求める反訴(本件訴え)を提起したため、本訴を取り下げた。
2 争点と争点に関する当事者双方の主張
本件の争点は、①本件取引の違法性の有無(具体的には適合性原則違反、説明義務違反があったかどうか。)、②損害額であり、これらの争点に関する当事者双方の主張の概要は、次のとおりである。
(1)争点①について
ア 原告
(ア)適合性原則違反
本件取引は、次に述べるとおり、適合性原則に違反している。
a 原告は、昭和6年生まれの女性であって、本件取引が行われた平成20年当時76歳という高齢に達していた。その上、平成18年ころから物忘れが目立つなど認知症の症状が現れはじめ、平成19年には、意味もなく通信販売で大量の商品を購入するなどの問題行動も現れはじめ、平成20年には、高血圧治療を受けていた医師から認知症を疑われるほどになっていた。
そして、平成19年11月ころからは、被告との取引においても、担当者から商品の説明や、取引結果の報告を受けてもすぐにその説明等を忘れてしまい、聞き返すなど、知的能力を疑わせるような行動をとるようになっていたのであるから、被告の担当者としても、原告の能力の低下を認識し得る状態になっていた。
したがって、適合性原則の適用に当たっては、原告が、高齢で知的能力が低下していたことを前提に判断をする必要がある。
b 原告は、アルバイトを含め職業経験はなく、金融取引についての知識や経験も不十分であった。しかも、本件取引当時は、年金以外に収入はなく、保有している資産以外には生活資金として頼るものはなかった。このようなことから、被告との間で取引を行うに当たっても、元本の安全性と安定収益を重視しており、その旨を被告に対しても明確に告げていたのである(乙3)。
c ところが、本件商品は、以上のような原告の状況にはふさわしくないハイリスク商品であった。
まず、ブラックロックファンドは、そもそも安定性よりも値上がり益を期待した商品であった。そして、投資対象の大部分が価格変動要因等についての情報収集が困難な外国株であり、新興市場の発行体が発行する株式への投資も行うのに加え、デリバティブ商品への投資も許容されており、更に為替変動リスクも伴うという点においても、明らかにハイリスクの商品であった。このことは、株式会社格付投資情報センター(R&I)が、ブラックロックファンドを、5段階評価で最もリスクが高いRC5(基準価格の変動が極めて大きいファンドで、価格変動リスクが30%超)に分類していることからも裏付けられる。
また、ランド建て債券も、南アフリカランドという為替変動リスクが極めて高い通貨建ての債券であるという点において、やはりハイリスクな商品であった。
d 以上のとおり、被告の担当者は、安定性や安全性を重視すべき立場にある原告に対し、ハイリスク商品への投資を勧誘したのであるから(しかも、ブラックロックファンドについては、ハイリスク商品であるにもかかわらず、1000万円以上という高額資金を投資させている点も不相当である。)、その行為が適合性原則に違反していることは明らかである。
(イ)説明義務違反
被告の担当者は、本件商品の購入を勧めるのに当たって、それぞれの商品にどのようなリスク要因があり、そのリスクの程度はどの程度なのかといった点はもちろん、そもそもこれらの商品がハイリスク商品であることさえ説明していない。したがって、説明義務違反があることは明らかである。
イ 被告
(ア)適合性原則について
a 原告は、本件取引が行われた平成20年当時、認知症などにより知的能力が低下していたと主張するが、決してそのようなことはない。被告の担当者と応対する際にも、能力低下をうかがわせるような言動はなく、十分な理解力や判断力を示していたのである。原告は、平成21年に行われたあっせん手続においても、理路整然と主張を展開した書面(甲32)を自ら作成してあっせん委員に提出しているのであり、このことからしても、知的能力に特段の低下がなかったことは明らかである。
b 原告は金融資産を3000万円~5000万円、総資産を1億円~3億円保有している資産家である上、少なくとも昭和63年以降、被告との間で投資を行った経験を有しており、その投資対象は国内外の投資信託、外国債券に及んでいたのであるから、ある程度のハイリスク商品を取引する適性は十分に備えていた。
原告は、投資において元本の安全性と安定収益を重視していたと主張するが、本件商品は、原告が投資対象としていた債券・投信の範疇に含まれるものであり、しかも、後述するとおり、リスクの程度もそれほど高いものではない。そして、ブラックロックファンドは、原告がそれ以前に保有していた国債グローバルソブリン、BNP欧州債券・通貨分散ファンド、BNPパリバ欧州高配当成長株ファンド(いずれも投資信託)の買い換えとして購入したものであるところ、原告は、被告の担当者から、買換対象商品として、配当重視の「DIAM世界好配当株オープン」とブラックロックファンドの2つを紹介され、自らブラックロックファンドを選んだのである。このことからもうかがわれるとおり、本件商品は、決して原告の投資目的を逸脱していない。
c ブラックロックファンドは、ファンド・オブ・ファンズである。そのため、そもそも専門家によって行われる分散投資の小口化である投資信託(ファンド)が、さらにその対象として、専門家によって行われる分散投資の小口化である投資信託を選択しているのであるから、投資としての適合性が高い商品だということができる。原告は、ブラックロックファンドが、R&IにおいてRC5に分類されていたからリスクが高かったと主張しているが、R&Iの評価は絶対的なものではない。被告自身も、商品のリスクを、最も低いR1からR4までの4段階で評価し、75歳以上の顧客には、R4の商品は勧誘しないこととしていたところ、ブラックロックファンドは、R4ではなくR3という評価であったのである。
また、ランド建て債券は、いずれも発行母体がヨーロッパの公的機関であって信用力が高い上、南アフリカランドの為替変動リスクも、決して原告が主張するほど高いものではない。
d このように、本件商品は、いずれも原告の状況にふさわしいものであったのであるから、適合性原則違反はない。
(イ)説明義務違反の主張について
説明義務違反があったとの主張も争う。
被告の担当者は、ブラックロックファンド、ランド建て債券のいずれについても、資料や目論見書に基づいて、商品の内容やリスク、手数料等必要な事項を説明しており、説明義務違反はない。
(2)争点②について
ア 原告
原告は、別紙「主張対比表」の「原告」「最終損金」欄記載のとおり合計730万4625円及び弁護士費用相当額の損害を受けた。
なお、被告は、ブラックロックファンドとデンマーク地方金融公庫債券は、従前保有していた他の投資信託を買い換え、それによってこれらの投資信託から生じたはずの損失を免れているのであるから、損益相殺をすべきであるという趣旨の主張をしているが、この主張に根拠はなく、認められない。
イ 被告
(ア)本件商品から生じている損害は、別紙「主張対比表」の「被告」「損金」欄記載のとおりである(原告の主張と違いが生じているのは、ブラックロックファンドについては、原告が平成23年11月25日時点の為替相場に基づき評価額の計算をしているのに対し、被告は、同月29日時点の為替相場に基づき評価額の計算をしているためである。また、ランド建て債券については、原告がTTBレートに基づいて金額計算をしているのに対し、被告は、取引銀行である三菱東京UFJ銀行が、被告との取引に適用するレートに基づいて金額計算をしているためである。)。
(イ)また、本件商品からは、別紙「主張対比表」記載のとおり分配金や利金が生じているのであるから、これらは当然に損害から控除されるべきである。
さらに、ブラックロックファンドは、原告がそれまで保有していた国際グローバルソブリンオープン、BNP欧州債券・通貨分散型ファンド、BNPパリバ欧州高配当・成長株式ファンドからの買換えであり、デンマーク地方金融公庫債券は、原告がそれまで保有していたUBS国際分散投資ファンドからの買換えであるところ、仮にこれらの買換えが行われず、従前の投資信託を保有し続けていたとすれば、別紙「主張対比表」「乗り換えによって免れた損失」欄記載のとおりの損失が生じていたはずであった。したがって、本件商品購入を勧誘したことが違法であり、損害賠償義務が発生するというのであれば、本件商品購入によって被ることを免れた損失を損益相殺の対象とすべきである。
(ウ)以上によれば、原告に生じた損害は16万7455円にすぎない。
第3当裁判所の判断
1 争点①について
便宜上、適合性原則違反、説明義務違反の点をまとめて判断する。
(1)判断の基礎となる事情
ア 原告の能力について
原告は、本件取引当時、高齢と認知症により知的能力が相当程度低下していたという趣旨の主張をする。
しかし、本件取引から1年以上が経過した後である平成21年11月10日付診断書(乙4)を見ても、物忘れなど認知機能の低下があり、アルツハイマー型認知症であるとの診断がされているものの、長谷川式簡易知能評価スケールの得点は24点であって、一応の正常値とされる21点を上回っており、知的能力が相当程度低下していたといえるかどうかには疑問がある。
証人Bは、本件取引が行われた平成20年当時、原告は、物忘れが激しく、また、通販で意味もなく大量の商品を買い込むなど問題行動が目立つようになっており、かかりつけの医師も、平成20年初めころから痴呆症を疑うようになっていたという趣旨の供述をしている。しかし、反面、当時の原告は、一人で日常生活を送ることができるような状態であり、引き取って介護をしなければならないような状態ではなかったことも認めているのであるから、上記の供述も、原告の知的能力が相当程度低下していたことを裏付けるものであるとまではいい難い。
他方、被告の担当者であった証人C(以下「C」という。)は、本件取引当時の原告の言動には、特に知的能力の低下を疑わせるようなものはなかったという趣旨の供述をしている。また、証人Cの供述及び陳述書(甲33)中には、原告が、①Cに対し、被告から送られてきた通知書を必要なものとそうでないものにより分けて欲しいと依頼した、②勧誘された商品について、どういう商品か忘れてしまったと言ったり、忘れちゃうから何回も聞くけどいいと尋ねたりした、③送金手続をするため、銀行に同行して欲しいと頼んだ、④Cが、説明内容が理解できたかどうかを確認しようとすると、私はうまく説明できない、今あなたにお任せするのではだめなのと述べたなどとする部分があるが、これらも、高齢化に伴う物忘れなど以上に、知的能力が低下していたことをうかがわせるものであるとはいい難い(むしろ、76歳という高齢者の言動としては、合理的なものと評価することも可能である。)。
以上の次第で、本件取引当時、原告の能力が相当程度低下していたとまで認めるに足りる証拠はない。
イ 原告の属性について
(ア)原告は、取引申込書(乙3)の投資目的欄において、「元本と安全性と安定収益重視」という項目にチェックをしていたものであり、元本の安全性等を重視していたことは事実であると認められる。しかし、反面、原告が投資の対象としていた債券や投資信託自体、元本保証された商品ではないし、原告の取引履歴(原告が本訴において問題としていない取引の履歴であって、上記取引申込書が提出された平成13年以降のもの。)を見ても、外国の債券・株式等を対象とした投資信託や、外国債券に対する投資が少なからず見受けられるのであって、これらのことからすれば、原告の投資目的は、決して安全性、安定収益のみを重視していたわけではなく、ある程度のリスクも許容するものであったし、本件取引時までには、このようなリスク商品について、相当程度の取引経験を有していたものと認められる。
(イ)取引申込書(乙3)によると、原告は、金融資産の保有金額について3000万~5000万の欄、総資産について1億~3億の欄にそれぞれチェックをしており、これらによれば相当程度の資産を有していたものと認められる。
しかし、その反面、本件取引当時、原告の年齢は76歳であった上、上記取引申込書の年収欄は、~500万の欄にチェックがされていたのであるから、多額の継続的収入があるような状況ではなかったことは明らかである。その意味で、上記の金融資産や総資産を完全な余裕資産と見てしまうのは疑問であり、取り崩して生活資金や病気の治療費等として利用する可能性のあるものであったことを前提に検討をする必要があるものと思われる。
ウ 本件商品の内容
(ア)まず、ブラックロックファンドは、主として世界のエネルギー関連株、鉱山株、金鉱株を主要な投資対象とし、ブラック・ロック・グループの運用会社が運用する投資信託に投資するもので、ファンド・オブ・ファンズ形式(運用会社が別の投資信託に投資を行うもの。)で運用され、外貨建資産については原則として為替ヘッジをしないこととされていたことは、既に認定したとおりである。
これらのことからすると、ブラックロックファンドは、株式を対象とする投資信託としての各種リスクのほか、為替リスク等をも抱えた商品であって、かなりのリスクを含むものであったということができる。このことは、被告の担当者であった証人Cが、ブラックロックファンドは、「値上がり益を期待していただくタイプ」の商品であると説明していることや、株式会社格付投資情報センター(R&I)が、ブラックロックファンドを、5段階評価で最もリスクが高いRC5に分類し、被告の内部基準においても、4段階評価で2番目にリスクが高いR3に分類されていることなどからも裏付けられるところである。
その反面、ブラックロックファンドは、その主要な投資対象が、世界のエネルギー関連株、鉱山株、金鉱株であって、投機性の高い極めて危険な投資対象であるとまではいえない上、ファンズ・オブ・ファンドであって、相当程度の分散投資が行われているものと認められることなどからすれば、それ自体として、一般顧客に対して投資を進めることが許されないようなリスク商品であるとまでいうことはできないものと考えられる。
(イ)次にランド建て債券についてみると、これらの債券の発行主体は、いずれも欧州の公的機関であるから、発行主体という面では、それほどのリスク要因があるとは考えられない。原告は、南アフリカという国には、様々なリスク要因があるから、その通貨であるランドの変動リスクも極めて大きいという趣旨の主張をするところ、南アフリカランドに、様々な変動リスク(リスク要因)があることは否定できないとはいえ、特別に大きなリスク要因があるとまで認めるに足りる証拠はない。
エ 本件商品に関する説明内容
まず、ブラックロックファンドについて見ると、被告の担当者は、ファンドに係る目論見書(乙6)に基づき、それが天然資源の値上がりに着目した商品であり、金や原油価格が上昇している状況の下では値上がり益が期待できると考えられることや、値上がり益を期待する商品であるため、ある程度のリスクがあること等を説明したことが認められる(証人C)。
また、ランド建て債券について、被告の担当者は、デンマーク地方金融公庫等が南アフリカの通貨であるランド建てで発行する債券であること、南アフリカは新興国で、資源も持っているし、サッカーのワールドカップも開催される予定になっているなど成長が期待できる国であること、利率も高く高配当が期待できるが、先進国の通貨建て債券に比べるとリスクは高いこと等を説明したことが認められる(証人C)。
しかしながら、反面、証人Cの供述内容に照らしてみても、これらの商品いずれについても、リスクの具体的な中身がどのようなものであるかといった点や、それぞれのリスク要因が、どのようなメカニズムでリスクとなって現れるのかなどといった点について詳細な説明がされた節はうかがわれない。
(2)判断
そこで、(1)で認定した事情に基づき、検討する。
ア 適合性原則違反の主張について1(ブラックロックファンド関係)
まず、ブラックロックファンドについてであるが、(1)で認定した諸事情に照らしてみると、原告に対し、ブラックロックファンドの購入を勧めること自体が適合性原則に違反し、違法であるとまでいえるかどうかは疑問である。
しかし、ブラックロックファンドが、リスクが相当高い商品であることは既に認定したとおりである反面、原告は、相当程度の資産を保有しているとはいえ、継続的に高額の収入があるわけではなく、いずれは生活資金や病気の治療費等を保有資産に頼らざるを得なくなる状況になることも考えられたのであるから、そのような原告に対し、ブラックロックファンドのような商品を勧めるのに当たっては、投資の結果によって原告に大きな打撃を与えることのないよう配慮する必要があるものというべきである。以上の点に、これまでの原告の取引履歴を見ると、1つの商品に対する投資額は、せいぜい数百万円単位であって、1000万円を超える投資はほとんどないこと(1000万円を超える投資は、時期が全く異なる平成6年、7年のものを除くと平成20年3月に行われた東海MRFに対する1143万円余りの投資があるのみであるが、この投資は、投資商品の内容や、買付をした僅か2日後に売付をしている点において、ブラックロックファンドに対する投資とは異なる。)などの点を併せ考えると、76歳という高齢であって高額の継続的収入はなく、資産の安定性、安全性という面にも配慮が必要な原告に対し、それまで投資の対象としたことはない新規の商品であり、しかも、リスクが相当程度高い商品について、いきなり1100万円、更にその僅か3か月後には103万9236円と、合計1200万円を超える投資を勧めた点は不相当であり、適合性原則に違反するといわざるを得ない。
証人Cの証言中には、被告の担当者が原告に対し、利益を期待できる代わりにリスクが高いブラックロックファンドと、安定配当が見込めるDIAM世界好配当株オープンの2つを紹介したところ、原告が、自らの判断でブラックロックファンドを選択したという趣旨の供述があるけれども、ブラックロックファンドに対する高額投資を勧めること自体が適合性原則に違反すると認められる以上、上記の点は、被告の責任を免れさせるものではない(ただし、過失相殺という面では、考慮の必要があるものというべきである。)。
イ 適合性原則違反の主張について2(ランド建て債券関係)
次にランド建て債券について見ると、これらの債券もリスク商品であるとはいえ、ブラックロックファンドほど高いリスクがあるとは認められないことや、投資金額も、最も高いものがデンマーク地方金融公庫債の423万円であって、その他の投資額は60万円程度にすぎないことなどの事情を考慮すると、これらの商品に対する投資を勧めることが適合性原則に違反するということはできない。
ウ 説明義務違反の主張について
第3、1、(1)、エにおいて認定した事実によれば、被告の担当者は、本件商品のいずれについても、商品の内容や、それがリスク商品であることについて一応の説明をしたことが認められる。リスクの内容や、リスクが発現するメカニズム等について詳細な説明がされているとは認められないことも既に認定したとおりであるが、原告が、外国債券や外国投資信託等を含め、既に相当程度の投資経験を有していたこと等の事情も併せ考えれば、上記のような点について詳細な説明がなかったとしても、説明義務に違反があったと認めることはできない。
(3)以上のまとめ
以上によれば、本件取引のうち、ブラックロックファンドに対する投資は、適合性原則に違反し違法というべきであるが(ただし、説明義務違反は認められない。)、その他の投資については、適合性原則違反も、説明義務違反も認められないことになる。
2 争点②について
次に、争点②(損害)について判断する。
証拠(甲3、35)によれば、本件口頭弁論期日に最も近い平成23年12月5日時点におけるブラックロックファンドの価格(基準価格)は5920円であること、及びこのファンドについては、平成20年5月26日に利益分配金66万3293円が支払われていることが認められる。
そこで、基準価格5920円に基づいてブラックロックファンド1152.8439口の価格を計算し、その価格と、利益分配金66万3293円を控除して計算した損害額は、455万1108円となる。
1203万9236円-(5920(円)×1152.8439+66万3293円)=455万1108円
被告は、更に、ブラックロックファンドは、原告がそれまで保有していた国際グローバルソブリンオープン、BNP欧州債券・通貨分散型ファンド、BNPパリバ欧州高配当・成長株式ファンド(以下、これらをまとめて「旧ファンド」という。)からの買換えであり、この買換えによって、旧ファンドを現在まで保有していた場合に生じていたはずの損失を免れたのであるから、この免れたはずの損失を損益相殺の対象にすべきであるという趣旨の主張をしている。しかし、仮に旧ファンドとブラックロックファンドとを買い換えなかったとしても、旧ファンドを現在まで保有していたとは限らないのであるから、ブラックロックファンドへの買換えをしていなければ、旧ファンドから生じた損失を免れることができなかったとはいえない。したがって、この点に関する被告の主張は、失当である。
他方、原告は、旧ファンドからの買換対象商品として、ブラックロックファンドとDIAM世界好配当株オープンを紹介され、そのうちブラックロックファンドを選択したのであるから、リスク商品を自ら選択した点において過失があったことは否定できない。したがって、この点について過失相殺をすべきものであるところ(被告は、明示的に過失相殺の主張をしているわけではないが、その基礎事情は既に現れており、かつ、黙示的には、原告の過失も主張しているものと理解できるところから、過失相殺も判断の対象とすべきである。)、原告の過失割合は、4割とするのが相当であるから、結局、原告が被告に対して請求し得る損害額は、273万0665円となる。
455万1108円×(1-0.4)=273万0665円
そして、弁護士費用の額は、27万円が相当であるから、原告の本訴請求は、以上の合計額である300万0665円及びこれに対する平成20年5月30日(ブラックロックファンドの最終購入日)から支払済みまで、民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり認容すべきであるが、これを超える部分は理由がなく棄却すべきである。
第4結論
よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条、仮執行の宣言につき同法259条1項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鶴岡稔彦)
<以下省略>