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横浜地方裁判所 平成22年(行ウ)19号 判決 2012年7月25日

神奈川県藤沢市<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

大川隆司

中込泰子

神奈川県藤沢市<以下省略>

被告

藤沢市長 Y

同訴訟代理人弁護士

川端和治

主文

1  被告は,別紙物件目録記載の土地につき,藤沢市土地開発公社との間で売買契約を締結してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

1  事案の骨子

本件は,藤沢市(以下「市」という。)が藤沢市土地開発公社(以下「本件公社」という。)との間で別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の先行取得の委託契約を締結し,これに基づいて本件公社が本件土地を取得したところ,市の住民である原告が,市は本件土地を取得する必要がなく,その取得依頼価格も著しく高額であるから,上記委託契約は地方財政法等に違反して締結されたものとして無効であり,被告が同契約に基づいて違法に本件土地の売買契約を締結することが相当の確実さをもって予測されると主張して,地方自治法242条の2第1項1号に基づき,被告が本件公社との間で本件土地の売買契約を締結することの差止めを求めた事案である。

2  前提事実(争いのない事実並びに括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  本件公社は,市が公有地の拡大の推進に関する法律に基づいて昭和49年4月に設立した土地開発公社であり,設立団体である市の委託を受けて公有地となるべき土地の先行取得を行うこと等をその業務としている。藤沢市土地開発公社定款によれば,その理事及び監事は市長によって任命される(8条1項)。また,本件公社は,毎事業年度,予算,事業計画及び資金計画を作成して当該事業年度の開始前に市長の承認を受けるものとされ(21条),かつ,前事業年度の財産目録,貸借対照表,損益計算書及び事業報告書を作成して市長に提出するものとされている(22条)。(以上,乙1,2)

(2)  市は,平成20年10月28日付けで,本件公社に対し,予算額を1億0432万8000円として,本件土地を先行取得することを依頼した(以下,この依頼を「本件先行取得依頼」といい,この依頼に係る契約を「本件委託契約」という。)。本件先行取得依頼に当たっては,取得しようとする財産の使途,目的等は「○○地区における地域コミュニティ活動事業用地」,先行取得の場合の買取予定年度は平成25年度とされた。

その後,市は,本件土地の実測面積が判明したとして,同年12月9日付けで,本件委託契約の先行取得の予算額を,1億0850万円に変更した。(以上,甲5の1及び2,6の1及び2,19,乙11)

(3)  本件公社は,同年12月24日,土地基準価格決定会議を開催し,本件土地の評価額を1平方メートル当たり6万3000円と決定した上(甲8),平成21年1月7日,本件委託契約に基づき,当時の本件土地所有者A(以下「A」という。)から,本件土地を代金1億0850万円で取得した(甲1,2,19)。

(4)  原告は,市が本件土地を取得の必要性もないのに不当に高額で取得しようとしているとして,同年12月7日付けで,市監査委員に対し,地方自治法242条1項に基づき,本件土地に係る公金の支出を差し止める勧告を行うなどの必要な措置を講ずるよう求める住民監査請求をした。

市監査委員は,平成22年2月3日付けで,原告に対し,同条3項の規定による勧告並びに同条4項の規定による監査及び勧告についての決定に関する監査委員の意見が一致せず,合議に至らなかった旨を通知した。(以上,甲1)

(5)  原告は,同年3月4日,本件訴えを提起した。

3  争点及び当事者の主張

本件委託契約が私法上無効であるか否か

(1)  原告の主張

ア 本件土地を取得する必要性の不存在

本件土地の取得は,平成20年度の公社の公用地,公共用地取得計画に含まれていなかったが,本件土地の前所有者であるAの依頼により,平成20年7月初旬,当時市会議員であったB(以下「B議員」という。)が,市の出先機関である○○市民センター主幹に対し,本件土地を市が取得するよう依頼したことが契機となって実現したものである。

被告は,○○地区自治会連合会(以下「自治連」という。)会長及び副会長が市長及び副市長に提出した陳情書を根拠に,○○地区の住民の陳情があったため本件土地を取得することとしたなどと主張するが,上記陳情を行うことは自治連の役員に諮られておらず,陳情内容の検討,討議,確認もないままに自治連会長が上記陳情書を作成し,複数名の役員に同行を求めた上で,陳情当日に初めて同陳情書を同行役員に見せて提出したという事実からすれば,上記陳情は,被告が本件土地を購入する大義名分としての本件土地取得の必要性や正当性を作出するために,自治連会長個人の協力を得て,○○地区住民の総意とする体裁を形式的に整えたものにすぎないというべきである。

被告は,本件土地を本件公社が先行取得したことによって本件土地が民間業者によって乱開発されて現存する緑地の中心部分が失われる可能性がなくなったなどと主張するが,本件土地は,隣接地が生産緑地であり,無道路地でもあるため,隣接地所有者の協力がなければ利用価値が全くない土地であるから,事業用地に適しているとは考えにくく,一般的な不動産市場では買い手がつかない土地であり,このような協力を隣接地所有者から得ることも不可能であったから,被告主張の乱開発のおそれは存在しなかった。

また,被告は,本件土地の取得目的について,本件土地を単独で利用するのではなく付近の「△△の森」,保存樹林及び生産緑地と一体的に保全整備するなどと主張するが,付近の保存樹林及び生産緑地の所有者であるC(以下「C」という。)には同土地を売却する意思はないのであるから,「△△の森」等との一体的利用という計画は実現性に乏しい。

さらに,被告は,本件土地は「○○里山づくり事業」に不可欠の土地であるなどとも主張するが,同事業に関する議論は,本件公社が本件土地を先行取得した後に招集された○○地域経営会議において,にわかに議論され始めたものであって,本件土地取得の必要性を作出するものにすぎないし,○○地区には市街化調整区域内に未開発の安価な土地が豊富に存在するのであり,上記事業のためにあえて市街化区域内の本件土地を利用しなければならない事情は存在しない。

以上のとおり,市が本件土地を取得する必要性はなかったというべきである。

イ 本件土地の先行取得価格の不当性

本件公社は,平成21年1月7日,本件土地をAから1億0850万円で購入したものであるが,本件土地は,Aが平成15年5月2日,当時の所有者であったDから3000万円で取得した土地であって,この代金額は,上記Dの希望どおりの価格であった。上記取得後6年足らずの間に,市内において地価の顕著な上昇がみられないことに照らせば,平成20年末から平成21年1月ころまでの本件土地の適正価格が上記3000万円を著しく上回ることは考え難い。

また,本件公社は,本件土地の先行取得に先立ち,不動産鑑定士であるE(以下「E鑑定士」という。)に対し,本件土地の正常価格の鑑定を依頼し,同人が平成20年12月19日付けで作成した「不動産鑑定評価書」(甲7。以下「E鑑定書」という。)に基づいて,同月24日に開催された土地基準価格決定会議において購入価格を決定したものであるから,本件土地の取得価格が適正であるとする唯一の根拠はE鑑定書ということができる。しかし,E鑑定書には,本件土地が無道路地であり,進入路が具体的に準備できていないにもかかわらず,本件土地への進入路が準備されていることを前提に鑑定評価を行って価格を算出したという問題がある。

これに対し,本件土地の平成20年12月1日時点における正常価格については,藤沢市議会議員有志が行った「不動産調査報告書」(甲14)が4250万円と評価し,裁判所による鑑定の結果は,本件土地に開発道路を開設することが法律上又は事実上不可能である場合について2666万円,同道路を開設することが可能である場合は5333万円であった。また,地方自治法100条に基づく調査を行うものとして市議会に設置された「○○地区における地域コミュニティ活動事業用地取得に関する調査特別委員会」(以下「本件委員会」という。)の依頼により不動産鑑定士であるFが作成した「不動産鑑定評価書」(甲17。以下「F鑑定書」という。)では,2760万円と評価され,同人作成の「調査報告書」では,本件土地の北及び東側の生産緑地の指定解除等が実現すると仮定した場合には5880万円と評価されている。

本件土地は,接道を確保することが不可能であるから,その適正価格は2700万円前後と推定されるところ,本件公社の取得価格である1億0850万円は,その約4倍という異常な高価格となる。

したがって,本件土地の先行取得価格は不当に高額であるというべきである。

ウ 地方公共団体は,その事務を処理するに当たって「最少の経費で最大の効果を挙げる」こと(地方自治法2条14項),いいかえれば「その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて」経費を支出しないこと(地方財政法4条1項)を要請されている。また,その事務を処理するために必要でない経費を支弁することは,そもそも法の予定しないところである(地方自治法232条参照)。

そして,これらの法理は,「地方公共団体に代わって土地の先行取得を行うこと」等を目的とし,地方公共団体の100パーセント出資によって設立される土地開発公社をも規律するものである。

本件のように,市の行政目的を追求するための具体的必要性を前提とせず,しかも適正価格の4倍にも達する価格による土地の購入を,市が土地開発公社に依頼したり,これに基づく購入契約を同公社が締結したりすることは,公序良俗を形成する前記各法条に照らし,違法,無効である。また,A及び本件公社との私法上の関係においても,適正価格の4倍にも及ぶ売買契約は暴利行為に該当し,無効であるというべきである。

(2)  被告の主張

ア 本件土地取得の必要性

市長は,自治連から○○地区の高齢者が日常生活圏の中で農業体験をすることのできる場を確保してほしいとの陳情があったのを受けて,○○地区の地域コミュニティ活動事業用地の確保という行政目的を実現するため,本件先行取得依頼をしたものである。

市が計画している上記事業は,本件土地に近接する「△△の森緑地」,保存樹林,生産緑地及び緑の広場や都市計画決定された都市計画公園と本件土地とを一体的に保全・整備することにより,都市計画決定された公園の機能確保や保全形成をしつつ,高齢者の農業体験をはじめとする地域住民が集えるコミュニティ活動の場,交流の場として活用するというものである。

そして,市は,平成21年10月,地域主体のまちづくりを推進するため,地域住民により地域自治の会議体としての意思決定機関として,「地域経営会議」を13地区で設置し,同会議のうちの○○地区地域経営会議において,上記事業の整備計画の考え方や方向性を検討している。

上記整備計画の資金計画は,今後地域経営会議が中心となり,○○市民センターと連携して策定する新総合計画(平成23年度開始)における「地域まちづくり計画」「地域経営実施計画」の中に位置づけられることにより,新総合計画の財政計画によって担保される。

○○地区は,自治会町内会活動をはじめ地域活動の活発な地域であるが,これまでの活動対象地は比較的交通の不便な場所にあった。しかし,今後少子高齢化の進展や,それに伴う高齢単身者世帯の増加など,地域社会を取り巻く環境がさらに変化していくことが予想されるため,地域コミュニティの形成やそれを支える住民の主体的な活動拠点を○○地区の中央の交通の便の良い場所に設ける必要がある。さらに,都市計画法18条の2に基づいて策定された市の「都市マスタープラン」の○○地区構想においては,地区の特徴である傾斜地山林を,緑の景観を形成し住宅地に潤いを与えるため,市街化区域が大半を占め宅地化が進む○○地区において保全するとともに,未整備公園の見直し,検討,整備を進めることとしている。

したがって,○○地区の中央部に位置してa駅に至近の本件土地を,地域コミュニティ活動の場として整備し,併せて様々な地域コミュニティ活動の交流の場としても確保するとともに,近接する「△△の森緑地」,保存樹林及び生産緑地等と本件土地とを一体的に保全・整備することにより,都市計画決定された公園の機能確保や緑地の保全形成をする必要がある。

本件公社の公用地,公共用地の取得は,市の予算編成前に事業所管課と財政課で協議し,本件公社の経営状況を考慮しながら,本件公社と財政課で翌年度の計画を策定しているところ,相続発生による買取用地や地権者の都合により買取時期が限定される用地等に対応するため,毎年一定枠の予算を確保しており,本件先行取得依頼もこの予算枠内で行われたものである。本件土地と同様,当初の計画になかったが上記予算枠で緊急購入した土地は,平成20年度においては本件の他に5件存在した。また,本件公社が先行取得する土地は,具体的な利用計画が確定しているものに限られない。

原告は,本件土地と周辺土地との一体的利用が非現実的であると主張する。しかし,本件土地を本件公社が先行取得したことによって,本件土地が民間業者によって乱開発されて現存する緑地の中心部分が失われる危険はなくなったというべきである。また,市は,△△の森と本件土地への進入路として,既存の公道の整備に着手しており,○○地区地域経営会議が市民センターと連携して策定する新総合計画における「地域経営実施計画案」に基づき市が策定する実施計画の定めるところにより,さらなる整備が行われることになる。平成22年9月15日に開催された地域経営会議では,(仮称)「○○の里山づくり(土と緑の保存)」として,a駅先のガード付近一帯を,現状の緑と土の自然環境を残し,それに親しむための里山づくりを目指し,さらに,グリーンハウス,本件土地を含む○○地区の里山,□□地区を結んだ「みどりのゾーン」としてとらえていく,という具体的な方向性も了承されている。

したがって,本件土地の取得の必要性は認められるというべきである。

イ 本件土地の先行取得価格の相当性

原告が提出する「不動産調査報告書」(甲14)は,本件土地の価格を生産緑地に囲まれた開発困難な土地であることを前提として評価しているが,本件土地は生産緑地に囲まれているわけではないし,本件土地の西側及び南側の既存の道を拡幅して開発道路を設けることは,保存樹林の所有者の同意があれば可能であるから,開発困難な土地ではない。

その他,上記調査報告書は,採用する取引事例が不適切であるなど,取引事例比較法による価額評価に当たって,不動産鑑定評価基準の宅地見込地の基準の適用を誤っている。

また,裁判所の鑑定結果は,開発道路の開設のために取得が必要となる土地に,取得が不要である市の所有地を含めて取得面積を算出しているという誤りがある上,個別格差率の算出方法が誤っているなどの問題があるほか,開発法の適用においても,進入用道路用地取得費用,想定分譲販売価格,標準価格を規準とした価格評価に誤りがあるから,本件土地の正常価格を正確に算定したものということはできない。

ウ 市長には,住民の福祉の向上にかなう公共用地の確保につき,行政上の広汎な裁量権が与えられており,裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用が認められない限り,その判断が違法とされることはない。

前記ア及びイのとおり,市長は,○○地区の地域コミュニティ活動事業用地の確保という正当な行政目的を実現するために本件土地を確保することが必要であると判断して本件土地の先行取得を依頼したものであり,その取得依頼価格も適正であるから,裁量権の範囲を著しく逸脱し又はこれを濫用するものでないことは明らかである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  本件土地の形状等(甲1,2,9,10,11の1ないし4,12の1ないし3,14,17,乙3,6,鑑定の結果)

ア 本件土地は,小田急江ノ島線のa駅から北東方向に約500メートルの距離に位置し,市街化区域内の第一種低層住居専用地域に所在する。

現況は畑(休耕地)で,おおむね平坦な不整形地であり,登記記録上の地積は1656平方メートルであるが,実測による地積は,1777.57平方メートルである。周囲の土地は畑及び林である(以下に記述する本件土地の周囲の状況については,別紙図面参照)。

イ 本件土地の南西側は,幅員約3メートルの市所有の畦畔を挟み,幅員約1.8メートルの市道(ただし,建築基準法42条1項及び2項所定の「道路」ではない。)に接している。上記市道は,舗装されておらず,樹林が混在する草地であり,道路としては使用されていない。また,上記市道の南側は,保存樹林(藤沢市緑の保全及び緑化の推進に関する条例(乙4の1及び2)15条に基づいて市長によって指定され,伐採,移植,譲渡の場合に市長への届出義務があるもの。)であるC所有の○○b丁目3604番1の土地(以下,同所の土地は地番のみで表記する。)と隣接している。

ウ 本件土地の北西側は,保存樹林であるC所有の3614番の土地と隣接しており,同土地の北側に同人所有の保存樹林である3615番ロの土地,その西側に,市道を挟んで同人所有の保存樹林である3616番1の土地が存在する。上記各保存樹林は,昭和48年4月に指定され,その後10年ごとに更新され,最終の更新により,平成25年3月までが指定期間となっている。3616番1の土地の西側には,市所有の面積5691平方メートルの樹林帯である「△△の森緑地」(乙3表示の②。3636番3,同番31,同番32の土地)が存在する。

エ 本件土地の南東側は,生産緑地(生産緑地法3条1項により定められた生産緑地地区内の土地)であるC所有の3612番の土地と隣接し,同土地は北側で同人所有の生産緑地である3611番の土地と隣接している。

オ 本件土地の北側は,C所有の生産緑地である3615番イの土地と隣接している。

また,本件土地の北東側約2メートルの部分は,幅員約2.7メートル,長さ約67メートルの私道である未舗装通路(ただし,建築基準法42条1項及び2項の「道路」ではない。)に接しており,上記通路は,東側で幅員約2.2メートルの舗装通路状に整備された個人所有の土地に接続している。同土地は,更に東側で,幅員約5メートルの舗装市道(建築基準法42条1項2号の道路)に接している。

カ 本件土地の北東方向には,面積742平方メートルの緑の広場(乙3表示の⑤。3621番1の土地。藤沢市緑の広場の確保に関する要綱(乙5)に基づき,市が土地所有者から10年間借り受ける土地であり,更新の場合の契約期間は所有者と協議して定めるものとされている。)がある。上記土地の賃借期間は平成20年4月から平成25年3月までである。

また,緑の広場の更に北東方向には,c公園という名称の面積約7000平方メートルの都市計画公園(乙3表示の⑥)がある。同公園は,昭和32年に都市計画決定され,昭和45年に都市計画変更決定されたが,同土地内には,専用住宅16軒,共同住宅7軒,長屋住宅2軒が建築され,都市計画決定された区域の75パーセントが建築物敷地として利用されていて,公園整備の見通しは立っていない状況にある。

(2)  本件先行取得依頼の経緯(甲1,3,19)

ア 本件土地は,平成15年5月2日,当時の所有者であったDからAに対し,3000万円で売り渡された(甲2)。

イ 本件公社は,毎事業年度,予算,事業計画及び資金計画を作成し,当該事業年度の開始前に市長の承認を受けるものとされており(乙1・21条),毎事業年度の事業計画に土地の取得計画を策定し,その計画に基づいて業務を実施するとされている(乙2・7条)ところ,本件土地は,本件公社の平成20年度の事業計画には含まれていなかった(争いがない。)。

B議員は,平成20年7月初旬ころ,当時の市の○○市民センター主幹に対し,地域で活用してほしい土地(本件土地)があるので,市で取得できないかどうか打診した。同センターは,これを市財政課に伝え,同課はこれを当時の副市長のG(以下「G副市長」という。)に報告した。これを受けて,G副市長は,当時の財政課課長補佐とともに現地に赴いて本件土地の状況を確認した。

財政課課長補佐は,同月中旬ころ,当時の本件公社の参事兼用地補償課長に対し,本件土地の概算額について調査を依頼し,同参事において,本件土地及び近隣土地の公図等を入手し,E鑑定士に概算額の算出を依頼した。E鑑定士は,現地確認を行った上,取得概算金額を1平方メートル当たり6万3000円,総額1億0510万円と算定し,同月23日,この内容を本件公社に報告した。

ウ 当時の自治連会長のH(以下「H会長」という。)は,同年9月18日,市民相談課に対し,市長あての「市民農園についての陳情」(甲4・3枚目)と題する陳情書を提出した。同陳情書には,○○地区の高齢者の「健康管理の一環として,最近,地区の高齢者の方々から,農業体験を希望する声が多く出されております。」,「できるだけ日常生活圏の中に,そうした場があることが望ましいと思われます。」との記載があった。もっとも,上記陳情書には,市民農園用地の場所が具体的に記載されておらず,同月19日ころ,H会長ほかが市役所を訪れて当時の市民自治部長のIほかと面談した際にも,具体的な場所が特定されたか否かは不明である(甲19)。

同月22日,市民相談課は,農業水産課へ上記陳情書を送付し,同日,農業水産課が現地を確認した。農業水産課は,同年10月1日,市民農園として本件土地を購入しない旨の回答書案(甲4・4枚目)を作成し,市民自治部に送付したが,翌2日,市民自治部は,G副市長と調整をするよう農業水産課に求めた。農業水産課は,同月7日,これに対し,市街化促進が前提の市街化区域内の農地を高額で市が取得して市民農園とした場合の費用対効果に疑問があり,農地を取得するのであれば市街化調整区域内の農地を候補地にすべきではないかとの意見を付した上で,市民農園としての購入は困難である旨をG副市長に報告した(甲4・5枚目,乙10)。

しかし,G副市長から,市民農園のみではなく,△△の森及び都市計画決定公園の機能確保のための一体的整備の方向で検討するようにとの指示がされた。

市民自治部は,同月10日ころ,自治連の市長陳情があること,○○地区は市内でも市民活動が盛んな地区であり,地区内の市民が様々な地域活動に参加することができる環境を整える必要があること,市民農園に限らず地区内の市民がコミュニティづくりのため様々な活動をする場の確保が必要であること,本件土地が○○地区から至近にあり,○○地区のほぼ中心にあることを検討結果としてまとめた。

G副市長は,同検討結果を当時の市長のJ(以下「J市長」という。)に報告し,J市長は,本件土地とその周辺一帯の整備を行うと判断し,本件土地取得の方針を決定した。

エ 当時の市の市民自治推進課長は,同月27日,公共用地取得担当参事に対し,予算額を1億0432万8000円とする「公有財産取得依頼書」(甲5の1)を提出し,翌28日,市は,当時の本件公社の理事長のK(以下「K理事長」という。)に対し,本件先行取得依頼をした。

同年11月1日,J市長は,H会長に対し,前記ウの陳情について,市民農園に限らず,地区内の市民がコミュニティづくりのため様々な活動に利用することができるような場を確保することが大切であるとし,本件土地について前向きに検討すると回答した(乙12)。

市民自治推進課長は,同年12月5日,公共用地取得参事に対し,実測面積増により予算額1億0850万円と変更する「公有財産取得変更依頼書」(甲6の1)を提出し,同月9日,市は,本件公社のK理事長に対し,上記趣旨の本件土地の先行取得変更依頼をした。

本件公社は,同月8日,E鑑定士に対し,本件土地の評価依頼をしたところ,E鑑定士は,同月19日,本件公社に対し,E鑑定書を提出した。本件公社は,同月24日,土地基準価格決定会議を開催し,E鑑定書をもとに,審議の結果,本件土地の評価額を,同鑑定書と同額の1平方メートル当たり6万3000円と決定した上,平成21年1月7日,本件土地を1億0850万円で取得した。

(3)  先行取得後の事情

ア 市は,平成21年10月,地域主体のまちづくりを推進するための地域住民による地域自治の会議体である意思決定機関として,13地区について,地域経営会議を設置し,○○地区においても,同会議を設置した(弁論の全趣旨)。

イ J市長は,平成22年1月13日,第5回○○地区地域経営会議に出席し,パネルを用いてコミュニティ用地(本件土地)取得について説明し,地域経営会議の委員らに対し,近隣の△△の森等を含め,有効な活用方法を検討してほしいと依頼した。同会議においては,会議委員の委嘱よりも前に本件土地を先行取得していることについて疑問が呈されたが,J市長は,土地を買っておいてその利用を地域経営会議に考えてほしい,利用方法も地域にお任せしたいなどと述べた(乙13)。

ウ これを受けて,同年3月6日に開催された第8回○○地区地域経営会議において,本件土地の視察の提案があり(乙14),同年4月10日の同会議において現地視察が実施され,本件土地への進入路を整備した上で具体的な使用計画を議論することとなった。市からは,地域経営会議の委員らに対し,△△の森と本件土地の間にある保存樹林の活用など,地域としての整備の在り方について,現在取り組まれている新総合計画の地域まちづくり計画に位置づけるための考え方をまとめて提案してほしいとの要望が出された(乙15)。

エ 同年6月14日に開催された平成22年度第3回○○地区地域経営会議では,地域まちづくり計画案の作成について議論がされ,「△△の森一帯の里山化」がまちづくり目標候補の一つとされた(乙16)。

オ 平成21年9月以来,市議会において,本件土地の先行取得の相当性に対する疑問が重ねて提起されることとなり,市議会は,平成23年6月,本件土地の取得に関して地方自治法100条に基づく調査を行うため,本件委員会を設置した。本件委員会は,同年7月27日から平成24年3月23日まで19回開催され,同月28日に調査報告書(甲19)がとりまとめられた。その結論は,本件土地の取得は,「緊急性も必要性も全くない不要な土地を,不適切な市の先行取得依頼に基づいて土地開発公社が購入した」というものであり,市長に対し,①本件土地を買い戻さないこと(本件公社から買い取らないこと),②不当な土地取得につきJ市長等の,不当な鑑定評価につきE鑑定士の,それぞれの責任を追及し,また,本件公社又は市に損害が生じている場合,J市長等に対し損害賠償請求をすること,③再発防止策を講ずることを求めるとしている。

2  本件委託契約の有効性

(1)  土地開発公社が普通地方公共団体との間の委託契約に基づいて先行取得を行った土地について,当該普通地方公共団体が当該土地開発公社とその買取りのための売買契約を締結する場合において,当該委託契約が私法上無効であるときには,当該普通地方公共団体の契約締結権者は,無効な委託契約に基づく義務の履行として買取りのための売買契約を締結してはならないという財務会計法規上の義務を負っていると解すべきであり,契約締結権者がその義務に違反して買取りのための売買契約を締結すれば,その締結は違法なものになるというべきである。

そして,本件において,本件土地につき予算額1億0850万円で先行取得を行うことを本件公社に委託した市の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用があり,本件委託契約を無効としなければ地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められる場合には,本件委託契約は私法上無効になるのであって,契約締結権者である市長は,本件委託契約に基づく義務の履行として買取りのための売買契約を締結してはならないという財務会計法規上の義務を負うことになると解される(最二判平成20年1月18日・民集62巻1号1頁参照)。

被告は,本件土地の取得は,○○地区の地域コミュニティ活動事業用地の確保という行政目的を実現するために必要であったと主張しているところ,地方公共団体は,農林漁業との健全な調和を図りつつ,良好な都市環境の計画的な整備を促進するため,必要な土地を公有地として確保し,公有地の有効かつ適切な利用を図るように努めなければならないとされているから(公有地の拡大の推進に関する法律3条1項),本件委託契約を締結するに当たり,市には上記の見地からの裁量が付与されているということができるが,前記のとおり,地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨に照らし,市の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用があるか否かを,諸般の事情を総合的に勘案して検討する必要がある。

そこで,以下本件委託契約締結の必要性及び本件土地の取得依頼価格の相当性について検討する。

(2)  本件土地の取得の必要性

被告は,本件土地を先行取得することにより,民間業者によって本件土地が乱開発されて現存する緑地の中心部分を喪失する危険性を除去し,周辺土地と一体整備することができると主張する。

そこで検討すると,そもそも本件土地の取得は,平成20年度の本件公社の事業計画に含まれていなかったのであり,平成20年7月初旬に当時の市議会議員からの要請があったことを契機に,にわかに取得の検討が開始されたことは前記認定事実のとおりである。しかも,当初は,自治連からの市民農園の確保に関する陳情に応えることが検討され,この点について,担当課である農業水産課において本件土地の取得が不適切であるとの判断がされたにもかかわらず,副市長により市民農園の確保という陳情の内容とは異なる,「周辺土地との一体利用」のための取得を検討することが指示され,農業水産課による上記判断からわずか3日程度で,市民自治部により,副市長の意向に沿った検討結果が提出され,その20日ほど後の平成20年10月28日には本件先行取得依頼に至ったものであり,上記市議会議員による要請から4か月も経過しない短期間の間に本件土地の取得が決定したものである。しかし,本件土地をこのように急きょ取得しなければならない事情はうかがわれない。被告のいう民間事業者による乱開発のおそれについては,前記認定事実のとおり,本件土地に進入路がなく,開発の容易な土地とみることができないことからすれば,このようなおそれが当時現に存在したということは到底できない。

さらに,本件先行取得依頼をした段階では,本件土地の使用について,具体的な事業が構想されていたことはうかがわれず,その約1年後の平成21年10月に設置された地域経営会議でも,平成22年1月13日の会議において本件土地の利用方法が取り上げられたものの,同段階に至っても,市から経営会議の委員らに対し,その検討を依頼するにとどまっていることから,本件先行取得依頼の当時に本件土地の具体的な利用計画の見通しがたっていなかったことは明らかである。本件土地の取得依頼価格が1億円を超えており,高額の土地取得となることからすれば,このように具体的な使用計画も定まっていない段階で,本件土地を年度途中において緊急に取得する必要があったとみることは困難である。

被告は,自治連からの陳情書を根拠に,本件土地の取得は地域住民の総意であったことを強調するが,本件委員会の調査報告書(甲19)によれば,自治連は各町内会に意見集約等を行った事実がなく,自治連において市民農園の設置について議題となったことがないなどの事実がうかがわれ,同陳情書が真に地域住民の総意に基づくものであったと認めることはできないし,同陳情書が提出される約2か月前の段階で,副市長が本件土地の視察に訪れ,本件公社に本件土地の概算額の算出を依頼するなど,本件土地を具体的に検討していたことが明らかであるから,同陳情書の存在をもって,本件土地取得の必要性が高かったものとみることはできない。

以上によれば,被告のいう事業遂行のために本件土地を取得する必要があったとみることはできず,本件土地は,市議会議員からの依頼を契機に,その利用目的について十分に検討することのないまま取得が決定されたということができる。

(3)  本件土地の先行取得価格の相当性

ア 本件委託契約に当たっては,本件公社による先行取得後,市が買い取る金額について特段の取決めがされたことはうかがえないものの,本件公社による先行取得については,藤沢市土地開発公社業務方法書19条3項により,市への処分価格は,取得原価を基準とし,事務費を加算するものとされていることから,公社購入価格に市による買受け時までの利息,事務費を付加した額で市が本件土地を買い取ることが本件委託契約の内容となっていると認められる。

そこで,本件公社の先行取得金額が本件土地の価格として相当であるか否かにつき,以下検討する。

イ 各鑑定評価書及び鑑定の結果の概要

本件公社の依頼に基づいて作成されたE鑑定書によれば,本件土地の平成20年12月1日時点における正常価格は,1億1198万7000円(1平方メートル当たり6万3000円)とされた。

これに対し,鑑定の結果によれば,平成20年12月1日時点において,本件土地に開発道路を開設することが法律上又は事実上不可能である場合における正常価格は2666万円(1平方メートル当たり1万5000円)であり,同開設が可能である場合における正常価格は5333万円(1平方メートル当たり3万円)であった。

また,市議会の一部の会派が依頼した不動産鑑定士L作成の不動産等調査報告書(甲14)によれば,平成20年12月1日時点における本件土地の価格は4250万円(1平方メートル当たり2万3900円)とされた。同報告書では,本件土地が「現況無道路地,且つ,今後相当期間にわたって生産緑地法8条の行為制限を受ける生産緑地に囲まれた開発困難な土地」であるとし,将来同指定が解除されるとしても,「開発道路用地を購入するリスクを負い,且つ,周辺は林野と畑に囲まれていることから,開発後の分譲住宅地に関する需給動向が相対的に不安定と想定される土地」であるとして,熟成度の低い宅地見込地に近似の状況であると判定の上,市街化調整区域内における資材置場,農地,原野等の取引事例を採用し,本件土地の価格判定の基礎資料とした。

さらに,本件委員会の依頼に基づくF鑑定書によれば,平成20年12月1日時点の本件土地の正常価格は,2760万円(1平方メートル当たり1万5500円)とされた。これは,本件土地を,従前の所有者が相続により無道路地として取得した際に認められていた囲繞地通行権により,農地として利用するために本件土地の北東側の通路を無償で通行可能なものとして評価した場合であり,本件土地の最有効使用を,宅地化の影響を受けた農地として判定したものである。

また,F鑑定士が作成した調査報告書(甲18)によれば,本件土地が開発可能であると仮定した場合の価格水準を把握するため,開発法のみを適用して算定すると,本件土地の北側及び東側の隣接地の生産緑地指定が価格等調査時点において解除できるものとした場合における,平成20年12月1日時点の宅地見込地の調査価格は,5880万円(1平方メートル当たり3万3100円)であった。

ウ E鑑定書について

本件公社の先行取得金額は,土地基準価格決定会議によって決定されたものであるが,E鑑定書に依拠して決定されたということができるから,E鑑定書の価格の相当性について検討する。

E鑑定書は,本件土地の最有効使用の判定として,宅地分譲の敷地であるとした。ただし,開発に当たっては,本件土地の北東側の幅員約2.7メートルの部分が未舗装通路に接面していることから,この隣接地を買収して北東側の接続部分を幅員約5メートルに拡幅し,約67メートルの開発道路を設ける必要があるとしている。

その上で,取引事例比較法による比準価格を算定し,標準画地の比準価格を1平方メートル当たり11万7000円と査定し,これに54パーセントの格差修正率(無道路地であることの修正としては,買収道路(335平方メートル分)の費用性等を勘案して,格差率を-40パーセントとした)を乗ずることにより,比準価格を1平方メートル当たり6万3000円とした。

しかしながら,E鑑定書は,開発道路の開設により本件土地が北東側で幅員約5メートルの道路に接面することを前提としているが,本件土地の北東部分が接続しているのは,舗装通路状に整備された土地であって,直接建築基準法上の道路に通じていないことは前記認定事実のとおりであるから,E鑑定書は,現況と異なる状況を前提として本件土地の最有効使用が宅地分譲の敷地であると判断したものといわざるを得ない。

しかも,同鑑定書は,開発道路の開設が可能であることを前提に評価しているが,買収を予定している土地(C所有の3611番の土地)が生産緑地に指定されているため,開発に当たってその解除が必要であるのに,その可能性について検討することなく,当然に解除が可能であるものとして評価し,さらに,同人からの土地買収の可能性の程度についても考慮したことがうかがわれないなど,無道路地である本件土地の正常価格の算定として,不合理な点が多いといわざるを得ない。

また,平成15年5月2日にAが本件土地の前所有者から本件土地を取得した際の売買代金額が3000万円であったこと,本件先行取得依頼に至るまでの間に,本件土地の価格上昇要因となる事情の変更がうかがわれないことからしても,平成20年12月1日時点における本件土地の価格を1億1198万7000円としたE鑑定書の判断には疑問がある。

したがって,E鑑定書の価格を本件土地の正常価格ということはできない。

エ 本件土地の正常価格

これに対し,鑑定の結果によれば,本件土地については,まず,開発道路を開設することが法律上又は事実上不可能である場合として,本件土地が建築基準法上の道路に接しておらず,北東側の一部が接している未舗装通路も公道に通じていないことから,特殊な利用方法を除き,現状では本件土地を単独で利用することが困難であるとして,街路条件が劣り利用がやや困難と思われる取引事例との比較検討を行う取引事例比較法を適用して本件土地の正常価格を2666万円と査定したものであり,前記認定事実のとおりの本件土地の現況に応じた鑑定評価の方法を採用したものとして合理的なものということができる。

また,開発道路を開設することが可能である場合としては,本件土地の最有効使用を,造成開発の上,一般住宅地としての使用と判定し,造成開発に当たって公道からの進入路の取得が必要となるとした上で,E鑑定書が採用していた本件土地の北東側の未舗装通路を通じて進入路を取得する方法については,解除困難な生産緑地の一部を取得する必要があり実現性が極めて乏しいとして採用せず,本件土地の北西側から北方の幅員約6メートルの市道までの進入路を設置する方法を採用した。この場合,幅員5メートル,延長距離約125メートル,総面積は道路展開部分すみきり等を含めて667メートルの開発道路を開設することとなる。このような道路の開設を前提に,取引事例比較法及び開発法の両方によって比準価格を算定し,開発法による試算価格がより規範性が高いとして同価格をやや重視した上で,本件土地の正常価格を5333万円(1平方メートル当たり3万円)とした。

上記鑑定結果は,F鑑定書の算定した正常価格及び調査報告書(甲18)の価格とも近似しており,合理性のあるものと認めることができる。

そして,前記認定事実のとおり,本件土地の現況が,進入路が確保されていない状態であって,北東側の通路の開設には隣接地の生産緑地の指定を解除することが必要であり,また,道路用地の買収を要するところ,これが当然に可能であるということもできないことからすれば,本件土地の現況を踏まえた2666万円が本件土地の正常価格とみるべきである。

オ 以上によれば,本件土地の正常価格は,2660万円程度であったとみることができるから,本件土地の価格を1億1198万円と査定したE鑑定書に基づく先行取得金額は,本件土地の正常価格ではないというほかなく,本件委託契約は,適正価格の4倍程度の著しい高額の価格で本件土地を購入するよう依頼する内容の契約であったということができる。

(4)  前記(2)のとおり,本件土地の取得の必要性は極めて低かったといわざるを得ず,前記(3)のとおり,その取得依頼価格も,本件土地の正常価格について誤った前提に基づいて過大に評価した鑑定評価書に依拠して価格が定められたことが明らかであり,本件土地の適正価格から著しくかい離したものであったというべきである。そして,本件委託契約は,その取得依頼価格に更に利息等を上乗せした代金額で市が本件土地を買い取ることが内容となっていたものである。

そうすると,本件先行取得依頼は,地方公共団体がその事務を処理するに当たって,最少の経費で最大の効果を挙げることを定める地方自治法2条14項,その目的を達成するための必要かつ最少の限度を超えて経費を支出しないことを定める地方財政法4条1項に反し,その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に当たるから,市長が本件委託契約を締結することは,裁量権の範囲を著しく逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるというべきである。

そして,本件公社は,市によって設立され,市有地となるべき土地の先行取得等をその業務とする法人であり,理事及び監事は市長が任命し,毎事業年度,その予算,事業計画,資金計画について事前に市長の承認を受けることとされ,かつ,前事業年度の財産目録,貸借対照表,損益計算書及び事業報告書を市長に提出することとされているなど,本件公社は,独立の法人格を付与されているとはいえ,市の意思のもとに業務を行うものとみることができる。本件土地の先行取得に当たっても,事前に市の依頼を受けて非公式にE鑑定士に本件土地の概算評価額の算定を依頼しており,市と一体となって行動していることが明らかであるなどの事情からすると,本件公社の理事長は,本件委託契約を締結するに当たり,市長における上記裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用について,当然に知り又は知ることができたものと評価することができる。そうすると,本件委託契約を締結した市の判断には,裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用があり,これを無効としなければ地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められるというべきであって,本件委託契約は私法上も無効というべきである(最三判昭和62年5月19日・民集41巻4号687頁参照)。

3  結論

以上によれば,本件委託契約は私法上無効であるから,契約締結権者である市長は,無効な本件委託契約に基づく義務の履行として買取りのための売買契約を締結してはならないという財務会計法規上の義務を負っていると解すべきである。

そして,本件委託契約においては,平成25年度中に本件土地を本件公社から買い取るとされているところ,本件委員会による買取中止の要求にもかかわらず,被告において同計画の変更を予定していることもうかがわれないから,被告が本件公社との間で本件土地の売買契約を締結することは,相当の確実さをもって予測される(地方自治法242条1項参照)というべきであって,これを差し止める必要があると認められる。

また,上記売買契約の締結を差し止めることによって人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他公共の福祉を著しく阻害するおそれがあるとき(地方自治法242条の2第6項)に当たらないことも明らかである。

よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 倉地康弘 裁判官 小堀瑠生子)

<以下省略>

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