横浜地方裁判所 平成22年(行ウ)26号 判決 2010年10月27日
主文
1 本件訴えのうち、神奈川県から別紙の生活保護扶助費を受給した者に対し、平成20年4月から同年11月までの間に支払われた130万4970円の返還請求を求める部分を却下する。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(監査請求の適法性)
前記前提事実によれば、本件監査請求、再監査請求、再々監査請求はいずれも却下されており、原告らの各監査請求が不適法であれば、本件訴えは適法な監査請求を経ていないこととなる。
そこで、上記各監査請求の適否を検討すると、本件監査請求の監査請求書(甲18、「神奈川県職員措置請求書」)の記載からすれば、原告らは、本件事務所長が平成20年4月から平成21年3月までの間に、別紙記載のとおり外国人世帯に対して支出した199万6640円の公金の支出が違法であり、本件受給者はこれを受け取る法律上の原因がないとして、被告に対し、本件受給者に同額の不当利得返還請求をすることを求めるものである。そして、当該支出が違法である理由として、生活保護法上の「国民」に含まれない外国人に対し、本件事務所長が、国が定める基準もないのに独自の判断で生活保護を実施していることが同法1条違反であると主張している。
上記記載内容からすれば、本件監査請求は、地方公共団体が本件受給者らに対して金銭債権を有することを前提に、その債権の適切な管理を怠っていると指摘して、適切な措置を求めるものであり、本件各支出がそれぞれ生活保護法に違反することを理由としており、違法性又は不当性についての主張が個別的、具体的に摘示されているといえるから、適法な監査請求であったというべきである。しかるに、県監査委員はこれを不適法なものとして却下したのであるから、原告らは、地方自治法242条の2第2項1号に準じ、却下の通知(これには再々監査請求も含まれる)があった日から30日以内に住民訴訟を提起できると解される。以上により、原告らは、再々監査請求の却下の通知があった日から30日以内に住民訴訟を提起しているから、本件訴えは適法である。
2 争点(2)(監査請求期間経過の有無)
本件訴えは、原告らが、本件各支出が生活保護法1条に反する違法な支出であり、そうすると、本件受給者が法律上の原因なく利得したことになるから、同人が神奈川県に対しこれを不当利得として返還する義務を負うところ、神奈川県が当該不当利得返還請求権の行使を怠っているとして、被告に対し、本件受給者に不当利得返還請求権を行使するよう求めたものである。
そうすると、本件監査請求は、特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実と構成しているものであり、監査委員が当該怠る事実の監査を遂げるためには、当該行為が財務会計行為に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にあるといえ、当該怠る事実に係る請求権の発生原因たる本件各支出のあった日を基準として監査請求期間の制限が及ぶものと解される。
原告らは、本件各支出が一会計年度の支出であることから一連の支出であると主張するが、本件各支出はその時期を異にし、それぞれ執行伺票兼支出命令票が作成された上で行われたものであるから(甲1ないし12)、互いに独立した財務会計行為とみるべきであり、それぞれの支出日から監査請求期間を算定するのが相当である。そうすると、本件各支出のうち、平成20年4月から同年11月までの各支出については、当該支出があった日から1年を経過した後に本件監査請求が行われていることになる。原告らは、監査請求期間経過について正当な理由があることを主張立証しないから、上記各支出分については、適法な監査請求を経ているとはいえない。
以上のとおりであるから、本件訴えのうち、平成20年4月から同年11月までの各支出の不当利得を求める部分は適法な監査請求を経ていないことになり、不適法であるからこれを却下する。
3 争点(3)(本件各支出の適法性)
(1) 争いがない事実、括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 外国人に対する行政措置
生活に困窮している外国人に対しては、行政措置として、本件通知により、一般国民に対する生活保護の決定実施の取扱いに準じて必要と認める保護を行うものとされ(甲14)、本件通知に従い、生活保護法の基準を準用することにより保護するという運用が全国で行われている(争いがない)。具体的には、支給対象を、日本国内でのいかなる活動に対しても法律上の規制を受けず、日本国民と同様の生活を送ることが認められている外国人(出入国管理及び難民認定法の別表第二に掲げる者、日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者の出入国管理に関する特例法に規定する特別永住者、出入国管理及び難民認定法61条の2第1項に基づき難民の認定を受けている者)とし、支給要件を、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持に活用することとした上で、世帯単位で支給されている(弁論の全趣旨)。
神奈川県においても、本件通知に従い、生活保護法に準じて、外国人に対する生活保護扶助費が支出されている(弁論の全趣旨)。なお、神奈川県においては、生活保護法に基づく生活保護扶助費の支出負担行為権限を神奈川県知事が保健福祉事務所長に委任しており(争いがない。)、同法に準じて支給する外国人に対する生活保護扶助費の支出負担行為も、保健福祉事務所長によって行われている。
イ 本件各支出
本件受給者を世帯主とする世帯は、本件受給者が出入国管理及び難民認定法の別表第二に基づく在留資格(日本人の配偶者等)を有する外国人(ペルー国籍)であり、他の世帯構成員は、本件受給者の母親が日本国民、その長男が別表第二に基づく在留資格(定住者)を有する外国人(ペルー国籍)であった(乙2・外国人登録原票記載事項証明書、弁論の全趣旨)。
本件事務所長は、本件受給者の世帯からの保護申請を受けて、開始時調査を行った結果、当該世帯の預貯金が少額であり利用し得る資産の保有もないこと、年金手当など他の法律や制度による支給を受けることが困難であること、世帯主たる本件受給者は傷病、その母親は高齢のためいずれも稼働能力がなく、稼働している長男は生活保護の基準を超えるだけの収入を得ていないことなどから要保護性があると判断し、平成17年9月26日付けで、本件受給者に対し生活保護扶助費を支給することを決定した(乙2、弁論の全趣旨)。
(2) 原告らは、生活保護法による保護の対象に含まれない外国人に対して生活保護を実施することが生活保護法1条に違反していると主張する。確かに、生活保護法は、国が生活に困窮するすべての国民に対し、必要な保護を行うこと等を目的としており(同法1条)、すべての国民が同法の定める要件を満たす限り保護を受けることができると定められているところ(同法2条)、同法にいう「国民」とは、国籍法に定められた要件を具備する者(憲法10条、国籍法1条)をいうと解されるから、これに該当しない外国人は生活保護法の対象に含まれていないものといわざるをえない。しかしながら、同法は、日本国籍を有する者に対する生活保護扶助費の支給について定めているにとどまり、国や地方公共団体が、外国人に対して、生活保護法による保護とは別に必要な保護を行うことまでを禁じているものではないと解される。
外国人に対しては、前記認定事実のとおり、行政措置として生活保護に準じて生活保護扶助費が支給されているが、これは生活保護法を外国人に直接適用するものではなく、飽くまでも同法に定める基準を準用するにとどまるのであって、対象を限定しているほか、権利として保護の措置を請求することができず、保護が受けられない場合に不服申立てをすることもできない(甲14)など、日本国民と同一の保護が保障されているものではない。そうすると、前記のとおり、生活保護法が外国人に対して生活保護法による保護とは別に生活保護扶助費の支出をすること自体を否定するものではない以上、外国人に対して行政上の措置として生活保護扶助費を支出することが生活保護法1条に違反するという原告らの主張は理由がない。なお、原告らは、本件通知が無効であると主張するが、本件通知は、もともと法的効力のない技術的助言にとどまり、これが地方分権一括法施行後においても同様の性質のものとして現在も存続していると解されるものであるから、原告らの前記主張は、その前提を欠く。
また、原告らは、外国人に対する生活保護扶助費の支出が法定受託事務であるとした上で、当該支出について地方自治法245条の9第1項所定の処理基準が存在しないにもかかわらず、神奈川県が独自に支出していると主張する。しかし、生活保護法に準じて支給されている外国人に対する生活保護扶助費の支出は、行政上の措置にすぎず、法律又はこれに基づく政令により被告が処理するもの(地方自治法2条9項1号)ではないから、法定受託事務に当たらないことは明らかである。したがって、原告らの上記主張は理由がない。
以上のとおり、外国人に対する生活保護扶助費の支出について原告らの主張する違法事由は存在しない。
(3) 前記認定事実によれば、本件受給者は行政上の措置としての生活保護扶助費の支給対象に含まれる外国人であるから、本件受給者の世帯の経済状況等から保護の要件を満たすとした本件事務所長の判断は、相当である。したがって、本件各支出に違法の点はない。
4 結論
以上のとおり、原告らの請求のうち、平成20年4月から同年11月までの各支出について不当利得返還請求を求める部分は不適法であるから却下し、同年12月から平成21年3月までの各支出に関する部分は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 西森政一 安藤瑠生子)
(別紙) 〔省略〕