横浜地方裁判所 平成22年(行ウ)44号 判決 2012年1月25日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第3当裁判所の判断
1 まず、本件落札者の決定が、本件組合による検討委員会設置要綱の施行、組合長による同要綱に基づく検討委員会委員の委嘱及び専門部会の設置並びに財団法人aへの支援業務の委託、検討委員会8回開催に基づく本件総合評価落札方式採用の提言、組合長による同方式採用及び入札公告、5事業者からの競争参加資格確認申請、検討委員会5回開催に基づく同資格確認及び技術提案書の改善指示、本件入札事業者らの改善された技術提案書の提出及び電子入札、検討委員会による本件総合評価落札方式に基づく採点及びその結果の組合長に対する報告、b株式会社の組合長に対する品川工場死亡事故に関する報告文書の提出及び組合長の諮問に基づく運営委員会の意見に基づき、検討委員会が報告した最高得点者について行われたことは、前記第2の2(2)のアないしエの(イ)及びオの各事実のとおりであって、その過程に何らかの「不合理な瑕疵」があったとは認めがたい。
2 これに対し、原告は、本件落札者の決定過程に不合理な瑕疵があるため、地方自治法2条14項、同法施行令167条の10の2第1項、品確法及び入札・契約適正化法に違反すると主張する。その意味するところは必ずしも明らかではないが、上記の原告の主張は、前示1の過程の各段階における判断、行為ないし決定の内容に「不合理な瑕疵」があり、それらが原因となって誤った評価に基づく本件落札者の決定が行われたため、上記各法条の趣旨に反する違法があるというもののようである。しかしながら、地方自治法242条の2第1項4号の損害賠償請求における違法とは当該職員が有する財務会計上の権限に照らし財務会計法規上の義務違反をしたことと解すべきであるところ、組合長が本件工事の受注事業者の選定方法、落札予定価格及び落札者の決定ないし本件工事請負契約の締結について裁量権を有することは自明であるから、本件落札者の決定について組合長の裁量権の逸脱ないし濫用を基礎づける具体的事実が認められない限り、本件落札者の決定ないし本件工事請負契約締結が上記義務に違反するものであったとはいうことができない。ところが、原告が主張する以下の点はいずれもそれ自体又はそれらを総合しても、組合長の裁量権の逸脱ないし濫用行為と評価することは困難であって、それらは、原告の有する優劣の評価基準を当てはめたときに不合理であると評価される諸判断を「適正」などの各法令の基本理念ないし抽象的法規範に反すると断ずるにとどまるものといわざるを得ない。したがって、以下の点に関する原告の主張は、それ自体失当ということもできるが、その点は暫くおき、以下には、原告の主張する諸点について検討することとする。
(1) 事業者選定過程の不合理な瑕疵の有無
ア まず、前記第2の2(2)イの事実並びに証拠(甲1、乙6ないし10)及び弁論の全趣旨によれば、組合長が、検討委員会設置要綱に基づき、廃棄物処理分野又は環境分野の学識経験者として、秦野市環境審議会所属等委員1名、伊勢原市環境対策審議会所属等委員1名、静岡県立大学名誉教授1名、東海大学教養学部人間環境学科教授1名、社団法人全国都市清掃会議技術部長1名及び環境省設置の廃棄物処理施設建設工事に係る入札・契約適正化検討会の構成員である東京二十三区清掃一部事務組合葛飾清掃工場長に検討委員会の委員を委嘱したことが認められ、検討委員会委員の経歴把握ないし調査及び委嘱について瑕疵があったとは認めがたい。
イ 次に、本件総合評価落札方式における価格点と非価格要素点の配分(40対60)を規制する法令はなく、同配分は本件組合の裁量に委ねられているものであるところ、証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば、専門部会が第1回専門部会において同配分について議論し、同配分には技術力のない事業者が廉価で入札して技術提案書により提示された性能を確保できなくなる事態を回避する利点があるとして上記配分としたことが認められ、同配分が必ずしも不合理であるとはいえない。
ウ さらに、証拠(甲1、3、6)及び弁論の全趣旨によれば、非価格要素点に関する項目のうち、定性評価項目の設定、配点が、第5回ないし第8回検討委員会及び第2回専門部会で議論、検討されたこと、原告が熱回収性能の三重評価と主張する、熱回収量、外部燃料及び炭素電極の燃焼による二酸化炭素発生量並びに余剰電力がそれぞれ廃棄物焼却により生じる熱の回収量、廃棄物焼却時の地球温暖化への影響並びに回収熱による発電量から場内消費電力量を控除した電力量(したがって場内消費電力が節約されていなければ低い。)をそれぞれ指し、何ら三重の評価をするものではないこと、検討委員会がクリーンセンターの技術提案方式に廃棄物焼却灰溶融方式があり、クリーニング運転が機能上必要であって、連続運転実績についてのみ数値的な比較をすることは不適切であると判断しただけでなく、提出された日報に基づき1時間当たりの焼却量から中断の有無などを評価するものとして、安定稼働性のうち安定運転実績を同項目に含めたこと、本件入札事業者らがいずれもストーカ式焼却方式を技術提案しても同項目の設定理由の一つが偶然の事情により意味をなさなくなったに過ぎないこと、以上の各事実が認められる。そうすると、前示定性評価項目の設定、配点が不合理な瑕疵に当たるとはいうことができない。
また、証拠(甲1、甲3)及び弁論の全趣旨によれば、検討委員会が第11回委員会において「採点結果について意見があれば出してもらい、その場で最終的な集計結果を決定する。」旨の採点方法を決めたこと、検討委員会が第12回委員会において、定性評価が各委員の判断により可能である反面、採点結果の修正を行うと審査の公正さ及び公平さを疑われるおそれがあることから、同修正を行わない方法に変更したことが認められる。そうすると、上記採点方法の変更は、原告が主張するように不合理な瑕疵であるとはいえないし、品確法3条の趣旨に反するともいうことができない。
しかも、定性評価項目には、一定の判断基準の下で質的な側面から評価される項目であるという性質があり、委員にはその評価について広範な裁量権が与えられていると考えられるから、各委員の採点結果が一致しないことも何ら不自然ないし不合理であるとはいえない。
エ 第4に、証拠(甲3)及び弁論の全趣旨によれば、非価格要素点に関する項目のうち、定量評価項目が本件入札業者らの自己申告データに基づいて評価されている反面、第3回専門部会、第10回検討委員会等において、それらのデータにつき審議の上、疑問点については、各事業者について確認作業が行われていることが認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、同項目について科学的検証作業が行われていないとはいえない。また、原告が運転要員人数について主張する点は、一班3名とすることを不合理と認めるに足りる証拠がない。
オ 第5に、b株式会社が品川工場死亡事故を自己申告しなかったことは前記第2の2(2)エ(ウ)のとおりであり、入札・契約適正化法15条が適正化指針に定めるところに従い、公共工事の入札及び契約の適正化を図るための必要な措置を講ずるよう努めなければならないと規定しており、適正化指針第2の1(2)が、入札及び契約の過程並びに契約の内容について意見を適切に反映する「第三者機関の構成員については、その趣旨を勘案し、中立・公正の立場で客観的に入札及び契約についての審査その他の事務を適切に行うことができる学識経験等を有する者とするものとする。」としているところ、本件組合が本件総合評価落札方式による入札事務の一部を秦野市に委託し、秦野市が同事故の評価を運営委員会に委ねたことは、前記第2の2(2)オ(イ)のとおりである。しかし、仮に、地方公共団体が適正化指針に定められた措置を行っていない場合でも、同指針は一般的方針であり、そこに定めた措置を行うことは努力義務にとどまることは自明であるから、直ちに違法とはいえない。また、適正化指針第2の1(2)は、各省庁の長等に対し、第三者の意見を適切に反映する方策を講ずることを求めるものであって、第三者機関の設置を義務としているものではない。さらに、本件組合が学識経験者等の第三者を委員とする検討委員会を設置していることは、前示第2の2(2)イのとおりである上、運営委員会が「中立・公正の立場で客観的」でないとはいえないから、秦野市が品川工場死亡事故の評価を運営委員会に委ねたことは、適正化指針の要請に沿っているものということができる。さらに、労働安定性の評価項目が、本件クリーンセンターについての新規技術提案について評価する項目であることは、前記第2の2(2)ウ(ア)のとおりであり、既存の技術提案に沿って建設された他施設における事故不具合を評価の対象とすること自体必ずしも適切とはいえない上、人為的ミスを原因とすることの多い施設での事故を評価対象とすることは、その明確な基準設定が困難であり、かえって不公平を招くおそれがあるともみられる。そうすると、b株式会社が品川工場死亡事故について自己申告しなかったにもかかわらず、組合長が運営委員会の意見に沿い品川工場死亡事故について消極的要素として斟酌せず、本件落札者の決定を行ったことが、その裁量権の逸脱ないし濫用に当たり、違法であるということはできない。
(2) 落札予定価格設定過程の不合理な瑕疵の有無
ア まず、品確法14条は「発注者は、高度な技術又は優れた工夫を含む技術提案を求めたときは、当該技術提案の審査の結果を踏まえて、予定価格を定めることができる。この場合において、発注者は、当該技術提案の審査に当たり、中立の立場で公正な判断をすることができる学識経験者の意見を聴くものとする。」と規定するところ、前記第2の2(2)エ(イ)並びに証拠(乙4、5)及び弁論の全趣旨によれば、組合長が施設概要、詳細、発注条件、業者選定過程、工事費及び工事成績情報の各データベースを非公開とする環境省廃棄物・リサイクル対策部廃棄物対策課作成の「廃棄物処理施設の入札・契約情報データベース」を使用して落札予定価格を決定し、検討委員会が落札予定価格の決定に関与しなかったことが認められる。また、落札率が97.46%であることは同(2)オ(イ)のとおりである。
イ しかしながら、上記法条が発注者において落札予定価格を決定するに当たり学識経験者の意見を聴くことができるとしているにとどまり、その意見を聴くことを義務付けるものでないことは文理上明らかである。そうすると、組合長が検討委員会の意見を聴かずに同データベースに基づき落札予定価格を決定しても上記法条に反するとはいえない。また、組合長が落札予定価格を落札者の決定前に公表したことは前記第2の2(2)エ(イ)のとおりであるから、落札率が高いことをもって組合長が同データベースに基づき適切な落札予定価格を算定しなかったとはいえない。そこで、落札率の高いことが入札価格設定過程における不合理な瑕疵であるということもできない。さらに、同データベースが落札予定価格の積算手段として不合理であることを認めるに足りる証拠はない。
ウ したがって、組合長による落札予定価格設定過程に不合理な瑕疵があるとはいえない。
(3) 入札・契約適正化法15条1項3号違反の瑕疵の有無
適正化指針第2の2(2)は、落札者とならなかった者がその理由の説明を求めた場合の回答に不服がある場合にさらに苦情を処理しなければならないことを規定したものでも、苦情処理に際して第三者機関の活用を義務付けるものでもない上、証拠(乙3)及び弁論の全趣旨によれば、組合長はc株式会社の再苦情申立てに対し回答したことが認められるから、組合長の対応が適正化指針に反し、ひいては入札・契約適正化法15条1項3号違反の瑕疵があるという原告の主張には理由がない。
なお、証拠(甲28ないし33、乙3)及び弁論の全趣旨によれば、組合長が上記苦情処理に際し財団法人aの意見を聴取したこと、財団法人a非常勤理事のうち2名が当時それぞれb株式会社元代表取締役副社長で同社特別顧問及びb株式会社の子会社取締役相談役に在任していたこと及び検討委員会委員長が財団法人a評議員を兼ねていたことが認められ、財団法人aとb株式会社及び検討委員会の間に一定の人的な繋がりがなかったとはいえない。しかしながら、本件総合評価落札方式における採点者は検討委員会の委員であって財団法人aではないこと、検討委員会の委員長とb株式会社との直接の関係を認めるに足りる証拠がないこと、証拠(甲28の1)及び弁論の全趣旨によれば、財団法人aの理事会が常勤理事6名と非常勤理事19名により構成されていることが認められ、前示非常勤理事2名の影響力が少なくとも多数決における数的優位をもたらすものではないことに照らすと、前示人的繋がりがあるというだけで、組合長による上記苦情処理がb株式会社に有利に取り計らわれたとまでは到底推認できない。したがって、この点をもって入札・契約適正化法15条1項3号違反の行為が行われたものとはいえない。
第4結論
以上によると、本件落札者の決定過程が不合理な瑕疵がある違法なものとは認められず、本件請求は、理由がなく失当であるからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 日下部克通 小堀瑠生子)