大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成23年(わ)1648号 判決 2012年11月27日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中250日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,妻A,長男,次男,Aの父B,母Cと神奈川県厚木市a所在の家屋に同居していたが,平成20年に同家屋を出て単身生活していた。被告人は,その後,長男,次男と同居したいが,そうするためには,上記の家屋を焼失させ,そこに居住している妻の父母を殺害する必要がある,妻は死んでもかまわないと考え,夜間に上記の家屋に放火することを決意し,平成23年4月2日午前2時ころ,ガソリンを持ってB,C,A,長男及び次男が住居に使用し,B,C,Aが現に就寝中の上記の家屋(木造瓦葺2階建て,延べ床面積191.81㎡)において,その1階の南東角戸袋部,屋内東側広縁,玄関東側戸袋部,玄関西側戸袋部及び南西側縁側下部に,それぞれガソリンを撒布し,ライターで点火した新聞紙を投げるなどして,火を放ち,上記の家屋を全焼させるとともに,当時2階で就寝していたB(当時70歳),C(当時64歳)を焼死させて殺害し,A(当時40歳)は火災に気付いて屋根づたいに隣家に逃れたため,同女を殺害するには至らなかったものである。

(争点に対する判断)

第1弁護人の主張

被告人が本件放火に関与したことは認めるが,実際に火をつけたのは,別の者(共犯者)である(共犯者の名前は言わない。)。すなわち,被告人は,共犯者と放火を共謀し,自宅にあったガソリンなどの助燃材を持ち出し,犯行当日の午前2時ころに,自らの自動車に共犯者を乗せ,本件家屋付近の駐車場まで行ったが,その後は共犯者が本件家屋まで一人で行って放火した。また,本件家屋の中にいた被害者3名に対する殺意はない。

第2火災の状況

1  火災の発生

平成23年4月2日午前2時ころ(以下「平成23年」の出来事については年の標記を省略することもある。),BC夫妻及びAが就寝中の木造2階建ての本件家屋に何者かが火をつけた。2階西側の洋室にはCが,2階中央の和室にはBが,2階東側の洋室にはAがそれぞれ就寝していた。午前2時7分ころには,本件家屋1階玄関部分などから炎が激しく吹き出し,短時間のうちに家屋全体に火が燃え広がった。午前2時23分には消防車が到着して消火活動に当たったが,本件家屋は全焼した。

2  発火の場所等

(1) D教授の証言等によれば,1階の①南東角戸袋部,②屋内東側広縁,③玄関東側戸袋部,④玄関西側戸袋部及び⑤南西側縁側下部にガソリンのような助燃材合計数リットルが撒布され,そこに火をつけられて出火したことが認められる。

(2) ②屋内東側広縁については,縁板の一部が焼失しており,その焼失部分の上に座卓の天板が落ちていた。座卓天板は,その上面に比べ下面が著しく炭化していた。縁板下の根太の下側に焼損はない。そうすると,その放火方法としては,焼失した縁板と座卓天板との間に点火物が投げ入れられたことになる。

上記東側広縁の縁板の下方はコンクリートの基礎に覆われているから,縁板の下方から放火することは不可能である。屋内の東側広縁に放火するためには,犯人は玄関から入って放火するか,雨戸,ガラス戸を開けて入って放火するかしかない。Aによれば,「本件前夜の4月1日の帰宅後に玄関を内側から施錠したので,合鍵を持っていても外からは開けることはできない。」とのことであるから,犯人が玄関から入った可能性はない。また,「東側広縁の雨戸の一部は鍵が壊れていて,施錠できない状態であった。当夜,その内側のガラス戸に施錠したかは確実ではない。」ということであるから,犯人は,その雨戸を開け,施錠されていなかったガラス戸を開け,放火したものと考えられる。

(3) ⑤南西側広縁については,特に南側部分の焼損が激しく,縁板下にある根太についても焼失していた。縁板の下方は,東側広縁とは異なり,コンクリートの基礎に覆われていなかった。そうすると,その放火方法としては,南西広縁の南側縁板下の部分に広範囲に助燃材を撒布するなどした上で,放火したものと考えられる。

第3被告人が本件家屋に火を放ったのか

1  前提事実

被告人が,4月2日午前1時40分ころ,自宅マンションから焼酎のペットボトル(ガソリン約4リットルが入ったもの)を持ち出し,自己所有のトヨタウィッシュを運転して,本件家屋付近まで行ったことは認められる。そうすると,被告人が本件放火に関与したことは明らかである。

以上の事実を前提に,被告人が本件家屋に火を放ったか否かについて検討する。

2  犯行態様

本件放火の態様は,深夜に,助燃材を使用した上で,家屋の5か所に放火するというものであった。犯人は,家屋外側の戸袋だけでなく,南西側広縁の床下,屋内の東側広縁の縁板の上にも放火した。

このような放火の仕方は,事前に本件家屋の構造を知っている者でなければできないものと考えられる。しかも,雨戸を開けて,屋内に放火したことからすると,犯人はその雨戸付近に家人がいないことまで把握していたことがうかがわれる。

そうすると,犯人は,本件家屋の構造や使用方法,特に家人が寝ている部屋がどこかをよく知っている人物である。これに照らせば,放火行為を行った犯人として想定できるのは,本件家屋に住んでいたことがある被告人か,被告人から本件家屋の構造や使用方法等の詳しい状況を聞いた者,又は本件家屋を頻繁に訪れたことのある者に限られる。

3  動機等

犯人は,上記の放火の態様が極めて危険であることを知っていたはずである。このような行為をあえて行う動機としては,本件家屋の焼損によって大きな利益を得られるとか,本件家屋の住人等に強い恨みを持つということしか考えられない。このような動機がある者としては,本件家屋がなくなり,被害者らが死亡した場合には,再び子供たちと同居することができる被告人が考えられる。被告人以外の者で,そのような動機を有する者は見出し難い。

4  被告人の行動

被告人は,本件放火の約2週間前に自動車(ダイハツアトレー・ピンク色)を手離し,その際にガソリンを抜き取った。そして,新しい自動車(トヨタウィッシュ)を購入し,納車された日の夜に本件犯行のための移動手段として利用している。このウィッシュについては,自らの母親以外の者にその存在を知らせなかった。

弟や警察官から放火をしたのではないかと疑われた際には,「自動車がなく,犯行はできない。」などと弁解していた。

これらの事情は,被告人が犯人であり,その発覚を防ごうとしていたことをうかがわせる。

5  以上からすれば,被告人が本件放火を実行した犯人である可能性は極めて高いというべきである。

第4被告人以外の者が放火行為を行ったか(共犯者の存在可能性)について

検察官は,被告人が本件を単独で行ったと主張する。すなわち,被告人が3月24日から犯行当日までの間,携帯電話で連絡を取っている相手は親族しかいないことからすれば,被告人の言う共犯者は存在しないと主張する。これに対し,弁護人は,実際に放火の計画を持ちかけ,本件放火行為を行ったのは共犯者であると主張する。

1  共犯者に関する被告人の供述内容

(1) 被告人は,3月20日ころ,共犯者から「近いうちに大事な話があるから来ないか。」などと連絡を受け,3月24日午後2時ころ,事前連絡をせずに共犯者方に行った。共犯者と世間話をしていたところ,共犯者から「(本件家屋が火事などで燃えてなくなればいいという)気持ちに変わりはないか。あなたが会社をやめることになったのは家が原因か。私がやってもいい。」などと言われた。さらに,「私が一人でやってもいい。私のためにやる。人も死亡しないし,全焼もしない。」とも言われた。被告人は,共犯者が,長男,次男が本件家屋にいるいないにかかわらず,放火を実行しかねないと考えて心配になり,3月31日午後1時ころ,再び事前連絡なく共犯者方に行き,「長男が4月1日に被告人方に泊まることになった。次男が泊まりに来るかはまだ決まっていない。放火の前に被告人方に来て,長男と次男が来ているかどうか確認してほしい。」などと話した。共犯者は,放火の方法について,「被告人が持っているガソリンを使う。放火の場所については本件家屋の南側の部分にする。」と言っており,「全焼はしない。大丈夫だ。」とも言っていた。なお,この時点では本件家屋までの移動手段は決まっておらず,それは共犯者が決めること,放火は被告人が逮捕されないように共犯者が一人で行うことなどが決まった。

(2) 4月2日午前1時過ぎころ,被告人は,共犯者の車が自宅のマンションの敷地内に入ってきたのを見て,ガソリン,新聞紙等を持って玄関を出て,階段を降りていった。この時,長男と次男は被告人方に泊まりに来ており,部屋で眠っていた。

被告人は,共犯者が酒に酔っているように見えたことから,「今日はやめよう。」と言ったが,共犯者が「やる。」と言うので,急きょ被告人が共犯者を乗せて自動車を運転していくことになった。その際,共犯者が「車は,被告人の車がいい。」などと言ったことから,被告人のトヨタウィッシュで出発することになった。

本件家屋付近の駐車場に到着すると,共犯者は,タバコをくわえ,ガソリンと新聞紙等を持って,小走りで本件家屋に向かっていった。共犯者は,5,6分後に戻ってきて,「戸袋2か所に火をつけてきた。」などと言った。

被告人は,本件放火の後,共犯者と連絡を取り合っていない,共犯者が被告人のために火をつけることにした理由は,「被告人を好きだから。」ということである。

2  被告人の供述内容の検討

(1) 被告人は,3月24日に共犯者方に行った際,事前連絡をしなかったというが,共犯者が初めて被告人に放火を提案したのが同日であるとすれば,その前には,共犯者との連絡をためらう理由はなかったのであるから,事前連絡することなく共犯者方に行ったというのは不自然である。また,共犯者が,被告人に対して,突然本件家屋の放火を提案してきたというのは理解し難い。

(2) 当日に共犯者が酒に酔ってやってきたというのも不自然である。また,共犯者は事前に「自分が一人でやる。被告人には迷惑を掛けない。」と述べており,自分の車で被告人方マンションまで運転してきた。その後,本件家屋に行くとすれば,共犯者の車を使用するのが自然である。にもかかわらず,疑いをかけられやすい被告人の車に乗って本件家屋近くまで行くことを提案したというのも極めて不自然である。さらに,被告人は本件放火が発覚しないように意を払い,共犯者に対して携帯電話で連絡しないようにしていたにもかかわらず,共犯者の提案を受け入れ,犯人として疑われる可能性のある自らのウィッシュを急きょ運転していくことを承諾したというのも理解し難い。

(3) 共犯者は,犯行前は,「全焼しないから大丈夫。」と述べていたにもかかわらず,実際には全焼の危険性の高い方法で放火を行った。また,共犯者は,放火直後に,被告人から放火した場所を尋ねられて,5か所であったにもかかわらず2か所であると答えたことになるが,被告人のために放火するという共犯者がこのようなうそを被告人に述べる理由はない。ガソリンを使う放火の直前に,タバコをくわえながら小走りでいったというのも不自然という他ない。

(4) このように,共犯者がいたという被告人の供述には多くの不自然な点がある。

3  本件現場から発見されたタバコの吸い殻について

弁護人は,本件現場からタバコの吸い殻が発見されているところ,これは被告人の主張する共犯者が実在することを裏付けていると主張する。

上記のタバコの吸い殻は,平成23年6月,燃えた本件家屋の一部などのがれき等を除いた後に発見された。もし,共犯者がこれを放火の際に落としたとすれば,その時には,がれきはなかったのであるから,そのタバコの吸い殻は消火の際に放水を浴びたはずである。しかし,そのタバコの吸い殻には放水を受けたような痕跡はない。そうすると,その吸い殻も消火活動後に現場に投棄されたものと考えられるのであって,これは被告人の述べる共犯者の存在を裏付けるものとはいえない。

4  被告人の周辺者について

共犯者が実在したとすると,それは放火行為の態様から明らかなように,本件家屋の構造,使用状況をよく知っている者であり,さらに被告人の供述を前提にすると,被告人がうつ状態であることなどもよく知っている者ということになる。

被告人の周囲にいる者のうち,被告人の父及び弟は,本件家屋を訪れたことがあり,現場に関する知識がある上,3月にはかなりの頻度で被告人と連絡を取っている。しかし,いずれも公判廷で被告人に対し,「名前の言えない共犯者などという不合理な弁解をせずに,素直に罪を認めてほしい。」旨述べている。その供述内容,供述態度等(弟については放火の直後,Aに対して被告人のトヨタウィッシュの存在を伝えるなどしている。)に照らして,同人らが共犯者であるとは到底考えられない。

5  まとめ

以上によれば,被告人が供述するような共犯者は具体的に想定することはできず,共犯者は実在しないというべきである。

結局,被告人のいう共犯者は架空の人物を作り上げたものといわざるを得ない。

第5殺意の有無について

1  本件放火行為の危険性

本件放火は,家人が就寝中の午前2時ころに実行された。しかも,その態様は,ガソリンを使用して木造家屋の5か所に火をつけるというものであった。火は短時間で立ち上がり,午前2時7分ころには炎が玄関周辺から噴き出していた。そのころ,2階東側の部屋で寝ていたAは,異様なにおいを感じ,火災に気付いて,窓から脱出し,屋根づたいに隣家に逃れた。隣室で寝ていたBもAとほぼ同時に火災に気付いたようであるが,部屋から出ることができなかった。2階西側の部屋で寝ていたCも部屋から出ることができず,両名とも自室で焼死した。

本件放火の態様は,屋内にいた者が脱出することを著しく困難にするものである。就寝中の家人が,家屋が全焼するような火災に遭遇すれば,火災に気付くのが遅れ,一酸化炭素を吸い込むなどして,逃げ遅れて死亡する危険性が極めて高いことは明らかである。そうすると,本件放火の態様は,就寝中の家人の生命を奪う可能性の極めて高いものであったといえる。

2  危険性の認識

(1) 被告人は,平成20年5月まで本件家屋に住んでいたのであるから,本件家屋が木造であること,本件の放火地点にガソリンを用いて火をつければ,短時間で火が立ち上がり,屋内にいる者の逃げ場がなくなる可能性が高いことは当然認識していたはずである。さらに,午前2時ころには,BC夫妻はもちろん,Aも就寝していることは,子供たちから聞いて知っていたというのであるから,放火の時点で,上記3名が就寝中であることも認識していた。

そうすると,被告人には本件放火の危険性のみならず,上記3名が家屋から脱出できない可能性が極めて高いことも認識していたといえる。

(2) なお,弁護人は,被告人は,自分が住んでいたときと同様に,BC夫妻は1階北西側の部屋で寝ているものと考えており,同室の腰高窓から逃げることができると思っていたと主張する。

確かに,被告人の放火後の言動(被告人は,現場の後片付けの際に,同室が次男の部屋になっていたことを知り,Aに対し,「万が一次男が被告人方に泊まりに来てなかったならば,次男が死ぬ可能性があっただろう。勝手に部屋を変えるな。」と述べていた。)からすると,被告人は,放火当時,BC夫妻が1階北西側の部屋に寝ていると考えていた可能性はある。しかし,高齢のBC夫妻が火災に気づいたとしても,腰高窓から逃げることが容易にできたとは考え難い。被告人自身の上記発言からも明らかなように,就寝中で火災に気付くのが遅れて死亡する可能性があることは誰しもが思い至ることである。弁護人の主張する事情は殺意を否定するものとはいえない。

3  動機があること

(1) 本件犯行に至る経緯

被告人は,平成16年にBC夫妻と半分ずつ代金を出し,本件家屋を購入した。被告人は,本件放火当時までそのローンを支払い続けていた。同居後,被告人は,Cとの間で考え方の違いを感じ,さらには被告人自身が従姉妹と不倫関係になったこともあって,本件家屋を出ようと決意し,平成20年5月に一人暮らしを始めた。しかし,同年8月ころには不倫関係がうまくいかなくなった。さらに平成21年5月,精神科医に受診して,うつ状態と診断され,Eの仕事を休職することになった。同年夏ころには,弟に「本件家屋を燃やして,じいさんとばあさん(BC夫妻のこと)を殺してくれないか。」などと言った。被告人のうつ状態はその後も改善しなかった。翌平成22年夏にも弟に上記と同様のことを言った。平成23年2月には,約20年ほど勤務した仕事を,傷病による就労不能により退職した。

なお,被告人は,別居後にAに,「本件家屋に普通に戻っていいかな。」と言ったこともあった。これに対し,AからBC夫妻に挨拶をするように求められたが,挨拶を拒み,本件家屋に戻ることはなかった。また,被告人の住むマンションで4人でやり直すことをAに提案したこともあったが,「本件家屋を子供たちが気に入っている。」などと断られている。

(2) 動機について

被告人は,別居後はBC夫妻と話す機会はなかった。別居に至る経緯を見ても,それのみをもって,BC夫妻に強い恨みを抱いたとは考え難い。特にBは,被告人に意見を言うこともなく,同人との間では何らのいさかいもなかった。

しかしながら,別居後の被告人の状況を考えると,不倫関係もうまくいかず,うつ状態になり,仕事にも行けず,一人で過ごす時間が多かったと思われる。そのような中で,子供たちと同居していたころのことを思い出すなどして,再び子供たちと同居したいとの思いを強めていたものと思われる。さらに,子供たちと同居できずに,自分だけ寂しい生活をし,うつ状態になっている状況を悲観する一方,別居することになった原因の一端を作りながら,本件家屋で子供たちと楽しく暮らしているBC夫妻に恨みを募らせていったと考えられる。上記の被告人の弟に対する発言もこれらの気持ちを裏付けるものである。

さらに,被告人の放火の目的の一つは,被告人が認めているように,子供たちと同居することにあった。そして,本件当時,Aとの関係を修復することは難しかった。これらの事情からすると,BC夫妻がいる限りAや子供たちと同居することは困難であった。そうすると,被告人には,子供たちと同居するためにBC夫妻を殺害する動機があることになる。

なお,Aに対しては,BC夫妻に対するものと比較すると,恨みの程度はそれほど強くなかったし,子供たちと同居する上でもBC夫妻ほどは障害となる存在ではなかったと思われる。しかし,上記のとおり4人でやり直すことは困難であったし,平成23年3月にはAが被告人からのメールにも返信しないことが多かった。これらによれば,被告人はAに対しても悪感情を募らせていたことがうかがわれる。

4  まとめ

本件放火の態様が極めて危険であり,その危険性を被告人が認識していたことからすれば,被害者3名に対して殺意をもって犯行に及んだものと認められる。

さらに,BC夫妻が高齢であって逃げ遅れる可能性が高いこと,被告人にはBC夫妻を殺害する動機があったと認められることからすれば,同人らに対しては強固な殺意があったというべきである。

(法令の適用)

罰条

判示所為のうち

現住建造物等放火の点   刑法108条

各殺人の点   いずれも刑法199条

殺人未遂の点   刑法203条,199条

科刑上一罪の処理   刑法54条1項前段,10条

(各殺人はいずれも現住建造物等放火,殺人未遂より犯情が重いが,各殺人の犯情に軽重の差はないから,一罪として殺人罪の刑で処断。)

刑種の選択    無期懲役刑を選択

未決勾留日数の算入   刑法21条

訴訟費用の不負担   刑訴法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  本件は,深夜,3名が就寝中の家屋にガソリンを撒いて放火し,2名を殺害し,1名については殺人未遂にとどまったという現住建造物等放火,殺人,殺人未遂の事案である。

2  犯行態様は,木造家屋の5か所に数リットルのガソリンを撒いて放火したものであり,本件は強固な意思に基づく極めて危険な犯行である。

BC夫妻は,本件当夜,就寝していたところ,火災に気付いたものの,煙や炎の勢いで逃げることもできず,焼死した。夫妻が感じた恐怖感,絶望感,無念さは言葉で言い表すことはできない。夫妻には落ち度は全くなく,突然命を奪われたのであり,その結果は余りにも重大である。

Aも,突然火災に遭遇し,死の危険を感じたが,隣人の助けを借りて,かろうじて火災から逃れることができた。その恐怖感,父母が家屋に取り残されていることを知ったときの絶望感には計り知れないものがある。Aが子供たちの父親でもある被告人に対して極刑を望むほど強い処罰感情を抱くのも当然である。

3  被告人は,自らの行いを一切顧みることなく,自分が置かれた状況を被害者らのせいであると考え,一方的に恨みを募らせ,子供たちと同居するために本件犯行に及んだ。人に対する思いやりや命の重さを尊ぶ気持ちは微塵も感じられない。法廷においても,被害者に対して申し訳なかったと述べるものの,架空の共犯者の存在を述べるなど,真摯な反省の態度をうかがうことができない。悔悟の情も乏しいといわざるを得ない。

4  本件犯行の残酷さや結果の重大性のみならず,現在においても弁解に終始し,反省が全く深まっていない態度からすると,被告人に対し,死刑を選択することも十分考えられるところではある。

しかしながら,本件犯行は,必ずしも事前の段階から確定的な犯意を有し,周到に準備を進めていって実現したものとまではいえない。被告人は,本件犯行当時はうつ状態と診断されており,被告人を支える人物が周囲にいなかった。子供たちに対しては父親としての愛情を注ぎ,被告人なりに接してきたことなどの事情も認められる。

5  以上の事情からすれば,本件の犯情は極めて悪質で,犯行の結果は余りにも重大であるが,死刑を選択することは躊躇せざるを得ず,被告人を無期懲役に処することとした。

(検察官の求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 秋山敬 裁判官 景山太郎 裁判官 満田悟)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例