横浜地方裁判所 平成23年(ル)1336号 決定 2011年4月26日
請求債権の表示
別紙請求債権目録記載のとおり
差押債権の表示
別紙差押債権目録記載のとおり
主文
1 本件各申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
1 債権者は、債務者に対し、別紙請求債権目録記載の執行力ある債務名義の正本に表示された請求債権を有しているが、債務者がその支払をしないので、債務者が第三債務者らに対して有する別紙差押債権目録記載の債権の差押命令を求める。
2 前記差押えにかかる債権を支払に代えて券面額で債権者に転付する命令を求める。
第2事案の概要
本件は、債権者が、債務者が各第三債務者に対して有する預金債権又は貯金債権(以下、両者を併せて「預金債権等」という。)につき差押命令及び転付命令を求めるに当たり、各第三債務者の個別の支店又は本店を特定することなく複数の店舗の預金又は貯金(以下、両者を併せて「預金等」という。)を対象とし、かつ、差押え順序を支店番号の若い順序と定め、もって、各支店又は本店毎に差押債権を割り付けずに申立てをした事案である。
第3当裁判所の判断
1 債権者は、債権差押命令の申立てに当たり、債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項を明らかにしなければならない(民事執行規則133条2項)。このように、差押債権の特定を要するのは、執行裁判所が、差押債権が法律上差押えの許されるものであるか、又は差押えの許される範囲を逸脱していないかを判断するためのみならず、差押命令を受けた第三債務者及び債務者が、一見してどの債権がいかなる範囲で差押えられ、弁済禁止の効果が生じたのか(民事執行法145条1項)を識別できるようにするためである。とりわけ、第三債務者は、債権者と債務者の間の紛争に期せずして巻き込まれたような立場にあるから、差押債権の特定に当たっては、第三債務者が過度の不利益を受けることのないように十分な配慮を要する。
そして、預金債権等に対する差押えの場合には、債権者において、債務者の責任財産に属する預金債権等の内容を十分に把握することが困難な場合も少なくないとはいえ、第三債務者である金融機関は、差押命令の送達によって直ちに当該差押債権について弁済禁止の効力を受けるとともに、当該差押債権の存否を調査中の場合であっても、債務者から預金の払戻しを求められたときは、当該差押債権に当たると判断することができない限り、これに応ぜざるを得ないことから、常に二重払の危険にさらされることとなる。このため、差押債権については、当該金融機関が、差押債権の表示を合理的に解釈し、格別の負担や危険を伴わずにその存否について速やかに調査し、当該差押えの効力の及ぶ預金債権等とそれが及ばない預金債権等とを識別し得る程度に特定されていることが必要とされる。
そこで、本件各申立てにおける各差押債権の特定の程度が上記の程度に達しているか否かについて検討する。本件の各第三債務者のような金融機関が取り扱っている預金債権等の量は膨大なものであることが明らかなところ、本件の差押債権目録による差押命令が各第三債務者の本店に送達されると、直ちに、各第三債務者の全支店においても差押命令の効力が生じるが、全支店における差押債権の存否を調査中であっても、債務者から預金等の払戻しを求められた場合には各支店ではこれに応ぜざるを得ないから、各第三債務者の二重払の危険は高い。また、各第三債務者はいずれも我が国有数の大規模金融機関であり、その支店数は数百店舗に及ぶと推測されるところ、全国の支店の預金債権等について、本件各差押債権のように支店番号の順序に従ってその合計額が一定額に満つるまで検索するという作業を短時間のうちに完了するシステムが各第三債務者に整備されているとは認め難い。他方、債権者は、債務者の居住地や営業の場所等との関係から金融機関の取り扱い店舗を推測して債権差押命令の申立をすることができるのであるから、取扱店舗を特定しない差押命令の申立てを許容しないことが、自らの債権の満足を図るべく差押命令の申立てをしている債権者に過度の負担を求めるものとはいえない。これらの事情を考慮すると、本件各差押債権目録記載のような差押債権の特定方法では、各第三債務者に対し、過度の負担と危険を負わせるものといわざるを得ない。
2 付言すると、金融機関が破綻等により預金等の払戻しができなくなった場合について、平成14年4月1日からいわゆる「ペイオフ方式」が実施されたことに伴い、預金保険法により、付保預金を迅速に特定するため、金融機関の本店において、各支店全部の顧客の名寄せ作業を実施することが可能な設備その他の措置を講ずることが義務付けられているから(同法55条の2第4項)、金融機関の本店において、住所と氏名等によって特定される預金名義者がどこの本店又は支店にいくらの預金等を有しており、かつ、その総額がいくらであるかの調査が可能となっている。
しかし、上記の名寄せを可能とする設備等は、預金保険機構が付保預金を確定するためのものであって、金融機関が本件のような預金債権の差押えに対応するために名寄せすることを予定したものではない。
そして、本件各差押債権にかかる本件各申立ては、いずれも、各第三債務者の本店において、債務者の全支店の預金債権等について、支店番号の若い順序に従ってその合計額が一定額になるまで、各第三債務者自身に検索することを求めるものであるが、預金保険機構に提供するための電子情報処理システムの整備が義務付けられていることから当然に、各金融機関において上記のような内容の検索を容易にし得るものとはいえないこと、上記システムにおいても、即時に付保預金額が確定され、その範囲内での預金の払戻しが可能となるものではなく、そのための作業時間が予定されていること、預金債権の差押えの場合は、通常、金融機関における預金取引が継続的に行われている中で、その差押債権の特定が行われなければならず、保険事故が発生したときの名寄せ作業の場合とは異なる困難な事情があることなどからすると、預金保険制度の下で名寄せのための電子情報処理システムが整備されているからといって、本件差押債権目録の記載により表示された本件差押債権の検索作業を短時間のうちに完了させることが可能であると認めることは困難である。
そうすると、上記システムの存在によってもなお、差押債権について本件各差押債権目録のような表示がされた差押命令の送達を受けた場合、第三債務者である各金融機関は、差押債権の検索のために少なくない労力等の負担を求められる上、その間に債務者からの払戻請求があればこれに応ぜざるを得ないという二重払の危険にもさらされることとなるといわざるを得ない。第三債務者である各金融機関がこのような負担と危険を受忍すべきであるとはいい難い。
3 以上によれば、本件における各差押債権の特定は不十分であり、本件各申立ては、いずれも差押債権の特定を欠き、不適法というべきである。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判官 海瀬弘章)
(別紙)請求債権目録<省略>
差押債権目録<省略>