横浜地方裁判所 平成23年(ル)855号 決定 2011年3月11日
請求債権の表示
別紙請求債権目録記載のとおり
差押債権の表示
別紙差押債権目録記載のとおり
主文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
債権者は、債務者に対し、別紙請求債権目録記載の執行力ある債務名義正本に記載された請求債権を有しているが、債務者がその支払をしないので、債務者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権の差押命令を求める。
第2事案の概要
本件は、債権者が、債務者の第三債務者に対して有する預金債権等につき差押命令を求めるところ、第三債務者の個別の支店を特定することなく複数の店舗の預金を対象とし、かつ、支店番号の若い順序と定め、支店毎に差押債権を割り付けずに申し立てた事案である。
第3当裁判所の判断
1 上記の方法による差押債権の表示は差押債権の特定を欠き不適法であるというべきである。その理由は次のとおりである。
2 債権差押命令の申立てに当たり、差押申立債権者は、債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項を明らかにしなければならない(民事執行規則133条2項)。このように、差押債権の特定を要するのは、執行裁判所が、差押債権が法律上差押えの許されるものであるか、又は差押えの許される範囲を逸脱していないかを判断するためのみならず、差押命令を受けた第三債務者及び債務者が、一見してどの債権がいくら差押えられて、弁済禁止の効果が生じたのか(民事執行法145条1項)を識別するためにその特定が必要であることによるものである。とりわけ、第三債務者は、債権者と債務者の間の紛争に期せずして巻き込まれたような立場になるから、第三債務者が不利益を受けることのないように十分な配慮を要するものである。
そして、預金債権に対する差押えの場合には、債権者が、債務者の責任財産に属する預金債権の内容を十分に把握することが困難な場合も少なくないが、他方で、第三債務者である金融機関は、差押命令の送達によって直ちに当該差押債権について弁済禁止の効力を受け、以後、当該差押債権の存否を調査中であっても、債務者から預金の払戻しを求められた場合には、当該差押債権に当たると判断することができなければ、これに応ぜざるを得ないことから、常に二重払の危険にさらされることとなる。このため、差押債権については、当該金融機関が、差押債権の表示を合理的に解釈し、格別の負担や危険を伴わずにその存否について速やかに調査し、当該差押えの効力の及ぶ預金債権とそれが及ばない預金債権とを識別し得る程度に特定されていることが必要とされるのである。
そこで、本件申立てにおける差押債権の特定の程度が上記の程度に達しているか否かについて検討すると、①本件の第三債務者のような都市銀行等の金融機関が取り扱っている預金債権の量は膨大なものであることが明らかなところ、本件の差押債権目録による差押命令が金融機関の本店に送達されると、直ちに、全支店においても差押命令の効力が生じ、差押債権の存否を調査中であっても、債務者から預金の払戻しを求められた場合には各支店ではこれに応ぜざるを得ず、常に二重払の危険にさらされること、②第三債務者は我が国有数のメガバンクであってその支店数は約400店舗に及ぶと推測されるところ、全国の支店の預金債権について、本件差押債権のように支店番号の順序に従ってその合計額が一定額に満つるまで検索するという作業を短時間のうちに完了するシステムが都市銀行等の金融機関に整備されているとは認め難いこと等の事情を考慮すると、本件差押債権目録記載のような差押債権の特定方法では、第三債務者である都市銀行等の金融機関に過度の負担と危険を負わせるものといわざるを得ず、したがって、本件の記載では差押債権の特定として不十分というべきである。
3 なお、付言するに、金融機関が破綻等により預金等の払戻しができなくなった場合について、平成14年4月1日から「ペイオフ方式」が実施されたことに伴い、預金保険法により、付保預金を迅速に特定するため、金融機関の本店において、各支店全部の顧客の名寄せ作業を実施することが可能な設備その他の措置を講ずることが義務付けられているから(55条の2第4項)、金融機関の本店において、住所と氏名(本件においては社名)等によって特定される預金名義者がどこの本店又は支店にいくらの預金があり、かつ預金総額がいくらであるかの調査が可能となっている。
しかし、上記名寄せのシステムは、預金保険機構が付保預金を確定するためのものであって、金融機関が預金債権の差押えに対応するために名寄せすることを予定したものではない。
そして、本件差押債権に係る本件申立ては、第三債務者の本店において、債務者に係る全支店の預金債権について、支店番号の若い順序に従ってその合計額が一定額になるまで、第三債務者自身に検索することを求めるものであるが、預金保険機構が行う名寄せに提供するための電子情報処理システムの整備が義務付けられていることから当然に、金融機関において容易に上記検索をし得るものとはいえない上、本件差押債権には外貨建預金が含まれているところ、預金保険制度においては外貨建預金は保護の対象とはされていないなど(預金保険法51条1項、51条の2第1項、69条の2第1項)、それぞれの対象となる預金の種類も異なること、上記名寄せのシステムにおいても、即時に付保預金額が確定され、その範囲内での預金の払戻しが可能となるものでもなく、そのための作業時間が予定されていること、預金債権の差押えの場合は、通常、金融機関における預金取引が継続的に行われている中で、その差押債権の特定が行われなければならず、保険事故が発生したときの名寄せ作業の場合とは異なる困難な事情があることなどからすると、預金保険制度の下で名寄せのための電子情報処理システムが整備されているとしても、当然に、本件差押債権目録の記載により表示された本件差押債権の検索作業を短時間のうちに完了させることが可能であると認めることは困難である。
そうすると、上記名寄せのシステムの存在によってもなお、差押債権について本件差押債権目録のような表示がされた差押命令の送達を受けた場合、第三債務者である金融機関は、差押債権の検索のために少なからざる労力等の負担を求められる上、その間に債務者からの払戻請求があればこれに応ぜざるを得ないという二重払の危険にもさらされることとなるといわざるを得ないから、第三債務者である金融機関にこのような負担と危険を受忍すべきであるとは到底いい難い。
4 以上によれば、本件における差押債権の特定は不十分であり、本件申立ては、差押債権の特定を欠き、不適法というべきである。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判官 吉田健司)
(別紙)請求債権目録<省略>
差押債権目録<省略>