横浜地方裁判所 平成23年(レ)135号 判決 2011年7月13日
控訴人
Y
被控訴人
日本放送協会
同代表者会長
A
同訴訟代理人弁護士
永野剛志
同
上村剛
同
髙木志伸
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 事案の骨子
本件は、放送法に基づいて設置された法人である被控訴人が、控訴人に対し、同人との間で締結した放送受信契約に基づき、平成一六年八月一日から平成二二年一一月三〇日までの受信料合計一七万六五四〇円及び約定遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は、被控訴人の請求をすべて認容したところ、控訴人はこれを不服として控訴した。
二 基礎となる事実(争いのない事実、後掲証拠等により容易に認定できる事実)
(1) 被控訴人は、放送法に基づいて設置された法人であり、同法三二条三項に基づき、総務大臣の認可を受けて、別紙日本放送協会放送受信規約概要記載のとおり、放送受信契約の内容を定めた日本放送協会放送受信規約(以下「受信規約」という。)を定めている(甲二、弁論の全趣旨)。
(2) 控訴人は、平成一六年二月一二日付けの放送受信契約書(甲五)に署名押印した(争いがない。)。
(3) 控訴人は、平成一六年四月一六日付けの放送受信契約書(甲一。以下「本件受信契約書」といい、本件受信契約書に係る放送受信契約を「本件受信契約」という。)に署名押印した(争いがない。)。
(4) 控訴人は、前記(3)の本件受信契約書に署名押印した際、被控訴人に対し、受信料として一八九〇円を支払った(甲一、弁論の全趣旨)。
(5) 控訴人は、平成一六年八月一日から平成二二年一一月三〇日までの受信料合計一七万六五四〇円を支払っていない(弁論の全趣旨)。
三 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件受信契約成立の有無
(被控訴人の主張)
控訴人は、被控訴人との間で、衛星カラー(衛星)を契約種別とする本件契約書に署名・押印する方法により、本件受信契約を締結した。
(控訴人の主張)
控訴人は、被控訴人との間で本件受信契約を締結していない。本件受信契約書に署名・押印したことは認めるが、被控訴人の職員からこれが放送受信契約に係るものであるとの説明等は何らなく、当時、控訴人において、同契約書が放送受信契約に係るものであるとの認識はなかった。また、本件受信契約書中の「衛星カラー」、「放送受信契約書」「1.放送法、放送受信規約により放送受信契約を締結します。」等に付された○は、控訴人が記載したものでなく、被控訴人の職員が無断で付したものである。
(2) ケーブルテレビ加入者に放送受信契約の締結義務があるか否か
(控訴人の主張)
放送法二条一号が、「放送」とは、公衆によって直接受信されることを目的とする無線通信の送信と規定していることからすれば、同法三二条一項本文にいう受信設備とは、被控訴人の放送(無線通信)を直接受信できる設備をいうと考えるべきであるところ、ケーブルテレビにおける被控訴人の番組はケーブルテレビの放送局が有線放送しているものであって、被控訴人は番組を提供しているにすぎず、ケーブルテレビ加入者がケーブルテレビを視聴しても、被控訴人の放送局から発信された無線通信の送信を直接受信しているわけでもない。
したがって、ケーブルテレビの放送は、被控訴人の放送ではないから、本件受信契約の対象にはならないというべきである。
そうであるにもかかわらず、控訴人は、本件受信契約締結時、ケーブルテレビ加入者にも放送受信契約の締結義務があるものと誤信していたのであるから、本件受信契約は錯誤により無効である。
(被控訴人の主張)
放送法三二条一項本文は、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と規定しており、当該放送を無線通信により直接受信する場合に限定していないことや、放送法が被控訴人に受信料の徴収を認めた趣旨からすれば、控訴人がアンテナを設置して被控訴人の放送を直接受信しているのか、ケーブルテレビにより放送を受信しているのかといった受信方法の相違は、同項による放送受信契約の締結義務に何ら影響しない。
したがって、ケーブルテレビ加入者であっても放送受信契約の締結義務があることは明らかであり、控訴人の錯誤無効の主張は失当である。
(3) 本件受信契約の解約の有無
(控訴人の主張)
仮に、控訴人と被控訴人間で本件受信契約が成立したとしても、控訴人は、その後、本件契約を解約する旨被控訴人に伝えているし、平成二二年二月には受信機を廃止し、そのことを被控訴人に対し通知した。したがって、本件受信契約は既に解約されている。
(被控訴人の主張)
受信規約九条一項は、「放送受信契約者が受信機を廃止することにより、放送受信契約を要しないこととなったときは、直ちに、その旨を放送局に届け出なければならない。」と規定する一方、放送法三二条一項が「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」に放送受信契約の締結義務を課していることからすれば、受信規約九条一項に基づく放送受信契約の解約の効力が発生するためには、まず、受信契約者が実際に受信機を廃止したという事実が必要である。しかるに、控訴人は、同事実を何ら立証していないし、そもそも、控訴人はケーブルテレビに加入しているのであるから、同人宅に受信機が設置されているのは明らかである。また、受信規約九条一項によれば、放送受信契約の解約を行うためには、放送受信契約を要しないこととなった旨を被控訴人に届け出なければならないところ、控訴人は、放送受信契約について規約所定の手続を行っていないし、控訴人から解約申入れがあった旨の記録も存在しないから、本件受信契約は解約されていない。
(4) 受信料債権について短期消滅時効の規定の適用があるか否か
(控訴人の主張)
生産者である被控訴人が商品である放送をし、これに対し控訴人が受信料を支払っているものであるから、受信料債権は民法一七三条一号の債権に当たり、二年の消滅時効にかかる債権である。また、被控訴人は、自己の技能を用いて放送というサービスを提供しているから、受信料債権は同条二号の債権に当たり、二年の消滅時効にかかる債権である。さらに、受信料債権は民法一六九条の定期給付債権に当たるから、五年の短期消滅時効にかかる債権である。
(被控訴人の主張)
受信料債権は、テレビを設置して放送受信契約を締結したことに基づいて発生する債権であるから、民法一六九条や民法一七三条各号が列挙する債権のいずれにも該当せず、受信料債権につき短期消滅時効にかかる旨の控訴人の主張は失当である。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(本件受信契約成立の有無)について
(1) 控訴人が本件受信契約書(甲一)に署名押印したことは当事者間に争いがないから、本件受信契約書は当事者間の意思に基づいて作成されたものと推定され、特段の事情がない限り、その契約書に記載されたとおりの法律行為がされたものというべきである。
(2) そこで、本件において、前記特段の事情が存在するか否かについて検討するに、控訴人は、本件受信契約書の作成当時、同契約書が放送受信契約に係るものであるとの認識はなく、被控訴人の職員からもそのような説明は何らなされなかった旨主張する。しかし、前記第二の二(4)のとおり、本件受信契約書を作成した際、控訴人は、被控訴人に対し、受信料として一八九〇円を支払っていることからすれば、控訴人は、本件受信契約書が放送受信契約に係るものであることを認識して署名押印したものと推認され、自らが署名押印した書類の意味を認識していなかったとする控訴人の主張は採用できない。
また、本件受信契約書中の「衛星カラー」、「放送受信契約書」、「1.放送法、放送受信規約により放送受信契約を締結します。」、「08契約変更」、「3衛C」の各不動文字に○が付されているところ、控訴人は、これらの欄に○を付したことはなく、被控訴人の職員が無断で付したものである旨主張する。しかしながら、証拠(甲一、二、五)及び弁論の全趣旨によれば、本件受信契約書を作成した際、控訴人が受信料として支払った一八九〇円は、平成一六年四月分及び五月分における衛星系及び地上系によるテレビ放送の受信についての放送受信契約(以下「衛星契約」という。)の受信料と地上系によるテレビ放送のみの受信についての放送受信契約(以下「地上契約」という。)の受信料の差額の合計額であると認められるから、控訴人は、従前の地上契約(甲五)から衛星契約に変更するに当たり、移行期の受信料支払として、地上契約受信料と衛星契約受信料との差額分を支払うこととしたものと理解することができる。
上記からすれば、控訴人は、本件受信契約書が従前の地上契約から衛星契約への変更を目的とした放送受信契約の契約書であることを認識した上で、本件受信契約書に署名押印したものと認めることができ、前記特段の事情の存在は認められない。
(3) 以上によれば、控訴人と被控訴人は、本件受信契約書をもって放送受信契約を締結したと認められ、控訴人の前記主張は採用しない。
二 争点(2)(ケーブルテレビ加入者に放送受信契約の締結義務があるか否か)について
(1) 放送法二条一号は、「「放送」とは、公衆によつて直接受信されることを目的とする無線通信の送信をいう。」と規定する一方、放送法三二条一項本文は、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と規定し、受信の態様が直接であるか、間接であるかを特定していない。そうすると、同項本文にいう「協会の放送を受信することのできる受信設備」とは、直接又は間接を問わず、協会の放送を受信することができる受信設備をいうものと解される。
したがって、ケーブルテレビのような有線テレビ放送施設を介して受信する場合であっても、協会の放送を受信することができる受信設備を備えている以上、当該受信設備は同項本文にいう「協会の放送を受信することのできる受信設備」に当たり、当該受信者は、同項本文の受信契約締結義務があるというべきである。
(2) 控訴人は、放送法二条一号からすれば、放送法上の「放送」とは、受信者が直接受信できる無線通信をいい、同条三二条一項にいう受信設備も被控訴人の放送を直接受信できる無線通信であることが必要である旨主張する。しかしながら、同法二条一号は、放送の定義について、公衆に直接受信されることを目的として行う無線通信の送信をいうものと定めたものであって、受信する側が当該通信を直接受信するか間接的に受信するか、あるいは無線で受信するか有線で受信するかによって当該通信が放送法上の「放送」に当たるか否かが決せられるものではない。したがって、控訴人の前記主張は採用しない。
(3) 以上からすれば、ケーブルテレビに加入している控訴人も、被控訴人の放送を受信できる受信設備を有している以上、放送法三二条一項の受信契約締結義務を負うというべきである。また、ケーブルテレビ加入者には受信契約締結義務がないにもかかわらず、これがあると思った点に錯誤がある旨の控訴人の主張も、その前提を欠くというべきであるから、これを採用しない。
三 争点(3)(本件受信契約の解約の有無)について
(1) 放送法三二条一項は、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」に放送受信契約の締結義務を課し、また、放送受信契約の解約について規定した受信規約九条一項は、「放送受信契約者が受信機を廃止することにより、放送受信契約を要しないこととなったときは、直ちに、その旨を放送局に届け出なければならない。」と規定している。これら放送法及び受信契約の各規定からすれば、受信規約九条一項に基づく放送受信契約の解約をするためには、①受信契約者が受信機を廃止したこと、②その旨を直ちに放送局に届け出ることが必要であると解される。
しかるに、本件において、①控訴人が受信機を廃止したことを裏付ける的確な証拠は見当たらない。控訴人は、被控訴人に送付した平成二二年五月二〇日付けの「受信機廃止届」と題する書面(乙四)を根拠に受信機を廃止した旨主張するが、確かに同書面には「廃止理由 受信設備の廃棄」などの記載があるものの、その実質的な内容は、控訴人が未だケーブルテレビに加入していることを前提にしつつ、ケーブルテレビを視聴するための機器は、放送法上の受信設備ないし受信規約上の受信機に当たらないから、控訴人は、受信設備ないし受信機を設置していないなどとするものであって、同書面をもって受信機を廃止したことの裏付けにはならない(むしろ、控訴人自身がケーブルテレビを視聴するため受信機ないし受信設備を有していることを自認しているというべきである。)。
(2) そうすると、放送受信契約の解約の要件を充足していないことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件受信契約を解約した旨の控訴人の前記主張は採用しない。
四 争点(4)(受信料債権について短期消滅時効の規定の適用があるか否か)について
(1) まず、民法一七三条一号は、「生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権」が二年間の短期消滅時効にかかる旨規定しているところ、控訴人は、生産者である被控訴人が商品である放送をし、これに対し控訴人が受信料を支払っているものであるから、受信料債権は民法一七三条一号の債権に当たると主張する。しかしながら、放送の性質等に照らして、被控訴人を同号の「生産者」と解するのは困難であるし、放送法三二条一項によれば、被控訴人の放送を受信できる受信設備を設置した以上、被控訴人の放送を視聴したか否かにかかわらず、被控訴人と受信契約を締結しなければならず、その結果、放送受信料を支払う義務を負うことになることからすれば、放送と放送受信料の支払義務とが完全に対価的な関係に立つと解することもできない。したがって、控訴人の前記主張は採用しない。
(2) 次に、民法一七三条二号は、「自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権」(平成一六年法律第一四七号による改正前は「居職人及ビ製造人ノ仕事に関する債権」)が二年間の短期消滅時効にかかる旨規定しているところ、控訴人は、被控訴人が自己の技能を用いて放送というサービスを提供しているから、受信料債権は民法一七三条一号の債権に当たると主張する。しかしながら、被控訴人の業務の性質・内容等(放送法九条ないし一二条参照)からして、被控訴人が「自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作し」たり、「自己の仕事場で他人のために仕事をすること」を業とする者に当たると解することは困難である。したがって、控訴人の前記主張は採用しない。
(3) さらに、控訴人は、放送受信料債権は民法一六九条の「年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権」に当たるから、五年間の短期消滅時効にかかる旨主張する。しかしながら、放送受信料債権の性質・内容や同条の趣旨等に照らして、放送受信料債権が同条の債権に当たるとして五年の短期消滅時効にかかると解することはできない。したがって、控訴人の前記主張は採用しない。
五 結論
以上によれば、被控訴人の請求には理由があるから、これを認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 沼田寛 裁判官 鈴木桂子 赤谷圭介)
別紙 日本放送協会放送受信規約概要《省略》