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横浜地方裁判所 平成23年(ワ)1809号 判決 2013年5月10日

主文

被告人らはいずれも無罪。

理由

第1  訴因変更後の公訴事実(以下,単に「公訴事実」という。)

被告人株式会社A(以下「被告会社」という。)は,…に本店を置き,書籍,雑誌の出版,販売等を営むもの,被告人Bは,被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していたもの,被告人Cは被告会社の社員として編集業務を担当していたものであるが,被告人B及び被告人Cは,…に本店を置き,キチン,キトサンなどの繊維質及びレシチン,ビタミンなどの栄養素を含有した栄養食品の製造・販売・輸出入等を営む分離前の相被告人株式会社D(以下「D社」という。)の代表取締役である分離前の相被告人Eと共謀の上,被告会社又はD社の各業務に関し,厚生労働大臣の承認を受けていない医薬品である「D」について,平成14年4月頃,「水溶性キトサンで直腸ガン,肝臓ガンに打ち克つ(71歳・女性)」「乳ガンから肺へ転移したガンを水溶性キトサンで抑える(49歳・女性)」「長年苦しんできた喘息がすっかり治まった(57歳・女性)」「あきらめていたバセドウ氏病が治った(49歳・女性)」等と記載するとともに,D社の電話番号を記載し,「D」の写真を掲載するなどして,その購入を勧誘する内容を記載した「医師・研究者が認めた!私がすすめる『水溶性キトサン』」と題する書籍(以下「本件書籍」という。)合計1万部を発行し,その頃株式会社F書店の各店舗に同書籍合計約66部を取次店を介して納品するなどし,同書店の各店舗からの更なる発注に応じて同書籍を納品可能な状態にした上,

1  別表1─1記載の各販売(広告)年月日ころまでに,同表記載のF書店新宿店ほか3か所の書店店員から発注を受けた本件書籍合計4部を取次店を介して前記F書店新宿店ほか3か所に納品し,同表記載のとおり,平成21年8月21日頃から平成23年6月17日頃までの間,前後4回にわたり,……F書店新宿店ほか3か所において,氏名不詳者に対し,本件書籍合計4部を,前記F書店新宿店店員らを介して販売し,

2  平成23年9月29日頃までに,別表1─2記載のF’書店渋谷店ほか3か所の書店店員から発注を受けた本件書籍合計4部を取次店を介して前記F’書店渋谷店ほか3か所に納品し,同表記載のとおり,平成23年9月29日,……F’書店渋谷店ほか3か所において,本件書籍合計4部を,前記F’書店渋谷店店員らを介して陳列棚に陳列して不特定多数の者に閲覧可能な状態にし,

もって,厚生労働大臣の承認を受けていない医薬品の名称,効能及び効果を広告したものである。

第2  本件における主要な争点

(1)「D」が薬事法上の医薬品に該当するのか

(2)仮に医薬品に該当するとして,本件書籍を書店で販売・陳列することが薬事法上「D」の広告に該当するのか

(3)仮に広告に該当するとして,被告人B及び被告人C(以下,両名を併せて「被告人両名」ということがある。)が,Eと共謀の上,公訴事実のとおり,取次店や書店の店員らを介して,本件書籍を販売・陳列したといえるのか,言い換えれば,被告人両名及びEに本件書籍の広告(販売・陳列)について間接正犯が認められるか

第3  争点(1)及び(2)について

1  薬事法上の医薬品については,同法2条1項に定義規定があるところ,本件で問題になり得る同項2号の「人又は動物の疾病の診断,治療又は予防に使用されることが目的とされている物」とは,その物の成分,形状,名称,その物に表示された使用目的・効能効果・用法用量,販売方法,その際の演述・宣伝などを総合して,その物が通常人の理解において「人又は動物の疾病の診断,治療又は予防に使用されることが目的とされている物」と認められる物をいい,これが客観的に薬理作用を有するものであるかは問わないと解されている。これを「D」についてみると,関係証拠によれば,「D」は,400粒の錠剤が入った瓶のラベルにも,包装用の紙箱にも,効能効果の記載は一切なく,むしろ,健康食品であるかの記載があり,この商品単体では,医薬品といえないことは明らかである。また,この商品の販売に当たり,D社が,本件書籍と関係なくその効能効果を演述・宣伝したという事実は,特に立証されていない。

しかし,本件書籍をみると,「医師・研究者が認めた!私がすすめる『水溶性キトサン』」という題名であり,その多くの記載は,水溶性キトサンに関するものであるが,特定の商品である「D」の名称が何か所か登場し,その写真が掲載され,その製造販売会社であるD社の名称や連絡先(電話番号)までが記載されていること,また,「D」を摂取したことで,ガン,喘息,バセドウ氏病等の病気が治癒等した旨の体験談が記載されていることに照らすと,本件書籍は,「D」の能書きが直接的に記載されているわけではないものの,「D」の効能効果を標ぼうしている書籍とみることができる(なお,弁護人は,本件書籍について,「D」に関する記載はごく一部であり,その題名,記載内容とその分量等からして,水溶性キトサンについての書籍と評価すべきであると主張し,被告人両名も,本件書籍は水溶性キトサンに関するものであると供述しているが,本件書籍において水溶性キトサンの商品として唯一特定して挙げられているのが「D」であることからすると,水溶性キトサンに関することとして記載されているものは,結局のところ,「D」に関するものとしてみることができるのであり,弁護人の主張は実質を見誤るものであって採用の限りでない。むしろ,「D」に関する書籍であることがストレートに分からないように,巧妙にカムフラージュしているといえよう。)。

そうとすると,例えば,D社が本件書籍を「D」とセットで販売するなどしている実情があるとすれば,「D」の販売に当たり,本件書籍でもってその効能効果を演述・宣伝していると解する余地がないではない(ただし,「D」の販売と別個に本件書籍が販売等されているだけでは,双方のつながりがはっきりせず,特段の事情でもない限り,同様に解するのにはいささか無理があろう。)。すなわち,「D」と本件書籍の販売の仕方いかんによっては,「D」が薬事法上の医薬品に該当する余地がなくはない。なお,「D」の医薬品性が肯定されたとしても,D社の業務に関わっていない被告人両名にその医薬品性を基礎付ける事情の認識があったといえるかという問題も残る。

2  薬事法68条にいう「広告」とは,一般の人に広く知らせることをいい,具体的には,顧客の購入意欲を昂進させる意図が明確であること,特定の商品名が明らかにされていること,一般の人が認知できる状態であることが必要であると解される。

これを本件書籍についてみると,本件書籍は,前述のとおり,「D」の名称が明記され,「D」の効能効果を標ぼうしていることが認められ,体験談等を読むことによって,「D」を購入する意欲をかきたてることを目指していることは容易にうかがわれる。さらに,本件書籍が出版された経緯をみると,後述するとおり,本件書籍は,被告会社がD社とタイアップして出版されたものであり,「D」の販売を促進することを目的としていたことも明らかである。出版後書籍が書店で販売・陳列されれば,一般の人が認知できる状態になることはいうまでもない。

したがって,「D」の医薬品性が肯定された場合には,書店で本件書籍を販売・陳列することが,「D」の効能効果等の「広告」に該当するといえよう。

第4  争点(3)について

1  本件書籍が,公訴事実記載の日時に,同記載の書店で各1冊販売され,また,公訴事実記載の日時に,同記載の書店で各1冊陳列棚に陳列されたことは,争いがなく,関係証拠上も明らかである。検察官は,かかる販売・陳列は,被告人両名及びEが,共謀の上,取次店や書店の店員らを介して行ったものである,すなわち,被告人両名及びEには,本件書籍を出版したことにより,その販売や陳列について,取次店や書店の店員らを道具として利用した間接正犯が成立すると主張する。これに対し,弁護人は,本件書籍の販売・陳列に被告人両名及びEは何ら関わっておらず,本件書籍は,取次店や書店の独自の判断,意思で販売や陳列に至っているのであり,被告人両名及びEには,本件書籍の販売・陳列について,間接正犯が成立することはないと主張する。以下,この争点についてみることとする。

2  まず,本件書籍の出版に至るまでの経緯についてみる。関係証拠によれば,次の事実が認められる。

(1)被告人Bは,書籍,雑誌の出版,販売等を目的とする被告会社において,平成9年3月から代表取締役を務めており,被告人Cは,平成2年頃被告会社に入社して以来,書籍の編集業務を担当していた。他方,Eは,平成6年9月に,栄養食品の製造・販売等を目的とするD社を設立し,当初からその代表取締役を務めていた。「D」は,Eが開発し,D社において設立以来商品として製造販売していたキトサン含有の錠剤(瓶入り)である。

(2)被告人Bは,被告会社の営業活動の一環として,Eに対し,D社との間で,「D」に関し,いわゆるタイアップ出版(書籍の出版を希望する者から出版協力費の支払を受けて書籍を出版し,一般書籍として流通させるもの)をしないかと持ちかけ,Eがこれに応じたため,被告会社では,D社とタイアップ出版の契約を締結し,平成11年に「水溶性キトサン衝撃の治癒力」と題する書籍を出版した。

(3)その後,被告人Bは,Eに対し,再度タイアップ出版の勧誘をし,平成13年8月31日,被告人BとEは,それぞれの会社の代表取締役として,本件書籍(契約当時の仮書名は「『水溶性キトサン』専門家11人の証言」)について,タイアップ出版の契約を締結した。その契約の概要は,被告会社において,本件書籍を初版で1万部(定価1200円)発行し,そのうち5000部はD社が定価の7掛け,420万円で買い取るなどというものである。

(4)前記契約後,被告会社においては,被告人Cが,編集担当の責任者となり,企画担当のGや執筆担当者となったフリーライターのHと打合せを重ね,時にはEとも相談をして協力を得つつ,水溶性キトサンに関する医師や研究者の証言,「D」使用者の体験談等を掲載することとして編集作業を進めて本件書籍を完成させ,平成14年4月に,初版1万部を出版,発行するに至った。そして,契約のとおり,D社ではうち5000部を買い取り,残りの5000部は,有限会社I出版サービス(以下「I出版」という。)に委託保管された。

3  次に,本件書籍が出版発行後書店で販売・陳列されるまでの過程についてみる。関係証拠によれば,次の事実が認められる。

(1)被告会社では,本件書籍に限らず,出版発行した書籍は,まず新刊本として,取次店である株式会社Jや株式会社Kらに見本を持ち込み,配本の希望部数を伝え,書店への配本を依頼する。取次店では,見本を確認の上,配本予定の部数を決め,それを被告会社に伝える。被告会社はその部数だけI出版を通じて取次店に配送する。その後,取次店は,独自の基準に基づいて,取引関係にある各書店に配本する。各書店では,それぞれの判断で書籍を陳列する。不要な書籍は,5,6か月の期間内であれば,自由に取次店に返品できることになっている。通常,売れない書籍は,数週間から1,2か月で返品される。

(2)これに対し,既刊本の場合は,書店が取次店にまず発注し,取次店では,在庫があればその書籍を書店に配本し,在庫がなければ,被告会社に更に発注して取り寄せた上,書店に配本する。そして,書店においてその書籍が陳列される。ベストセラーにでもなるような書籍でないと,既刊本が何年にもわたり多くの書店に出回ることは少ない。本件書籍のような健康関連の実用書ではなおさらである。ただ,絶版にならない限り,何年たっても,書店が客からの注文を受けて発注することはあり得る。

(3)公訴事実記載の各書店は,いずれもFグループの書店であるところ,いずれの書店も平成16年10月から平成23年4月までの間に新規開店した大規模書店であり,その時期からして,公訴事実記載のとおり販売・陳列された本件書籍についていえば,既刊本として配本されたものである。これらの書店が本件書籍を発注した理由は正確にははっきりしないが,開店日と本件書籍の仕入(送品)日との関係からすると,新宿店と札幌店以外の5店舗については,新規開店に際しての品揃えのため(Fグループの書店では,経営戦略として,出版されている書籍は,売れるかどうかと関係なく,できるだけ多く陳列するやり方が行われている。)であり,新宿店の販売分と札幌店についてもこれと同様である可能性が大きく,新宿店の陳列分については,公訴事実記載のとおり販売されたのに対応し,品揃えのために改めて取り寄せたものと推認できる。本件書籍が,平成21年8月頃から平成23年9月頃までの間に,これらの店舗以外の書店でも扱われていたとの確たる立証はない。

(4)ところで,被告会社では,平成15年の健康増進法の改正に伴い,厚生労働省から,書籍・出版物についても,一定の条件を満たす場合には,同法32条の2の「広告その他の表示」に当たり得る場合があるとのガイドラインが示されたことから,社内でその対応を検討しているところ,本件書籍については,絶版処分までする必要がある問題はないものの,巻末の水溶性キトサンの取扱店一覧と問い合わせ先であるD社の本社等の案内が記載された頁を裁断する,いわゆる一丁切りの処理を行うこととし,平成17年9月付け書面でI出版にその旨指示をし,それ以降は,一丁切りの処理がなされたものが書店に配本されることとなった。公訴事実記載の販売・陳列された本件書籍は,いずれもこの一丁切りの処理がなされたものである。

なお,被告会社では,平成23年3月に,本件書籍の絶版処分を行っているが,既に書店に配本された分の回収まではしていない。

(5)被告人Bは,本件書籍の出版発行後も引き続き代表取締役の地位にあったが,本件書籍の流通面に関し具体的な関わりはなく,平成15年9月に代表取締役を退任するとともに,被告会社の業務から離れた。被告人Cも,被告会社に引き続いて在籍しているものの,営業関係の部署に所属したことはなく,本件書籍の流通面に関し,具体的に何ら関わっていない。

4  以上認定の事実関係を基に,本件での前記争点について考察する。

(1)まず,2で認定の出版経緯によれば,被告人BとEは,本件書籍の出版契約締結に中心的に関わっており,その契約に従って本件書籍が出版発行されているのであるから,被告人BとEが,互いに意を通じて,本件書籍を出版発行したとみることができる。また,被告人Cも,本件書籍の出版に当たり,その編集担当者として重要な役割を担っており,被告会社において,被告人Bとともに本件書籍を出版発行したとみることができる。なお,弁護人は,本件書籍について出版契約を締結したのも,出版発行をしたのも,あくまでも被告会社であり,被告人Bも,ましてや被告人Cも,その主体たり得ないと主張するが,被告人両名が出版発行に主体的に関わっていたことは明らかであり,その主張は採用の限りでない。したがって,被告人両名は,Eと共謀の上,本件書籍を出版発行したといえる。

(2)被告人両名の本件書籍との関わりは,その出版発行までであり,その後の販売等流通面に関しては一切関わっていないところ,被告人両名には,本件書籍を出版発行したことにより,その販売・陳列について,取次店や書店の店員らを道具として利用した間接正犯が成立するか否か,この点について,次にみることとする。

ところで,間接正犯は,自らが実行行為をしていないにもかかわらず,自らが実行行為をしたと同視して責任を問われるものであり,実際に惹起された行為(結果)との間に何らかの関わり(関係)があればよいなどというものではない。本件に則していえば,本件書籍の販売・陳列という広告行為を自らしていないにもかかわらず,本件書籍の出版発行によりその販売・陳列をしたと同視できるというためには,本件書籍の出版発行によってその販売・陳列が現実に起こり得る蓋然性が相当高くなければならないと解するべきである。逆にその程度の蓋然性がない場合には,間接正犯性は否定されるべきである。

このような考えを前提に本件についてみると,まず,3の(1)で認定のとおり,本件書籍は,出版発行後,新刊本として,取次店を通じて各書店に配本され,書店において返品しない限り陳列され,場合によっては販売されることとなる。もちろん,全国あまねくどの書店にも配本されるわけではなく,かつ,書店での販売・陳列に至るには,取次店や書店の判断,意思に負うところが大きく,出版元である被告会社の意のままになるものではない。しかし,取次店が書籍の配本をし,書店が書籍を返品しないで陳列するにあっては,基本的に売れるかどうかを考えているのであって,書籍の内容,特に法令に違反する図書かどうかまで吟味しているわけではない。ましてや,本件書籍を販売・陳列することが薬事法上の広告に当たり問題になり得るとの認識などおよそ有していない(株式会社Jの担当者Lの証言)。そうだとすると,本件書籍が出版発行されれば,新刊本の流通システムにより,取次店と取引関係にあるどこかの書店でそれが販売・陳列される蓋然性はかなり大きいといえる。このような仕組みを前提とする限り,本件書籍を出版発行した被告人両名が,その販売・陳列(広告)を自ら行ったと同視することには,さほど違和感はない。書店も取次店も,本件書籍の問題性(未承認の医薬品の広告に該当するおそれがあるとの問題)については何ら把握していないのであり,その限りでは,情を知らない者であり,道具性が認められるというべきである。言い換えれば,本件書籍の販売・陳列(広告)について,被告人両名は書店や取次店を利用支配しているということである。したがって,新刊本についていえば,被告人両名には,本件書籍を出版発行したことにより,その販売・陳列(広告)について,取次店や書店の店員らを道具として利用した間接正犯が成立するといえる。Eも,被告人両名と共謀して本件書籍の出版発行に関わっているのであるから,本件書籍の販売・陳列(広告)についても,被告人両名と同様にみてよい。

なお,弁護人は,本件書籍について,取次店は自らの判断で書店に配本し,書店も自らの判断で陳列や返品をしているのであって,本件書籍の販売や陳列に関して取次店や書店の店員らには道具性は認められず,被告人両名が取次店や書店の店員らを利用して本件書籍を販売や陳列していることにはならないと主張するが,前述のとおりであり,その主張は独自の見解というほかなく,採用の限りでない。

(3)もっとも,既刊本についても新刊本と同様にいえるかというと,少なからず問題がある。特に,本件のように,販売の時期が平成21年8月から平成23年6月,陳列の時期が同年9月と,出版発行があった平成14年4月から7年以上も後である販売・陳列までもが,被告人両名において,本件書籍を出版発行することにより,書店や取次店を道具として利用したとして,間接正犯の責任を認めてよいかである。

確かに,既刊本でも,3の(2)で認定のとおり,書店の発注を受けて書店に配本され,書店で陳列され,販売されるという流通の流れ,仕組みは,新刊本同様に存在する。しかし,通常は,出版発行から相当期間が経過すれば,書店で書籍が販売・陳列される確率は大きく減っていくのが実態である。もちろん,絶版処分や回収措置を講じない限り,出版発行から相当期間が経過しても,どこかの書店で発注がなされ,その結果,販売・陳列がなされる可能性はあろう(現に,本件書籍は7年以上後に販売・陳列されている。)。しかし,そのような可能性がある程度では,間接正犯の成立に必要な蓋然性の高さとは大きくかけ離れている。既刊本でも出版発行からそれほど経過していない時期の販売等であればまだしも,本件で問題になっている7年以上後ともなると,本件書籍を出版発行することによりそれが書店で販売・陳列されるという行為が惹起される蓋然性はかなり低いといわざるを得ない。なお,被告会社では,前認定のとおり,本件書籍について,平成17年9月にI出版に対し一丁切りの措置を指示しているが,このこと自体が既刊本としての流通に影響するものではなく,前記判断を左右しない。

そうだとすると,公訴事実で問題とされている本件書籍の販売・陳列に関しては,被告人両名が,本件書籍を出版発行することにより,情を知らない取次店や書店を道具として利用したなどとみるのは,余りにも無理なとらえ方というしかない。被告人両名の間接正犯性は,被告人両名の利用意思いかんをみるまでもなく,否定されるべきである。この点に関する検察官の主張は採用することができない。

第5  以上のとおりであるから,「D」の医薬品該当性についても,本件証拠上疑問があるだけでなく,被告人両名が,Eと共謀の上,書店店員らを介して本件書籍について公訴事実記載の販売・陳列を行ったとは認められないから,本件公訴事実については,犯罪の証明がないことに帰着し,刑訴法336条により,被告人両名及び被告会社には無罪の言渡しをする。

なお,弁護人は,本件について公訴時効の完成の主張をしているが,検察官が被告人らの犯罪行為としてとらえているのは,本件書籍の出版発行ではなく,公訴事実記載の販売・陳列であり,公訴時効が完成していないことは明らかである。

(裁判長裁判官 毛利晴光 裁判官 奥山豪 裁判官 松本美緒)

別表<省略>

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