横浜地方裁判所 平成23年(ワ)3589号 判決 2012年9月27日
原告
甲山X1他2名
被告
Y1他4名
主文
一 被告Y1、被告有限会社Y2及び被告有限会社Y3は、連帯して、原告甲山X1に対し、金三〇八〇万円及びこれに対する平成二〇年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告Y1、被告有限会社Y2及び被告有限会社Y3は、連帯して、原告甲山X2に対し、金二九一五万円及びこれに対する平成二〇年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告甲山X1及び原告甲山X2のその余の請求並びに原告甲山X3の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用の負担は、次のとおりとする。
(1) 原告甲山X1と第一項の被告らとの間に生じた費用は、これを三分し、その二を同原告の負担とし、その余を同被告らの連帯負担とする。
(2) 原告甲山X2と第二項の被告らとの間に生じた費用は、これを三分し、その二を同原告の負担とし、その余を同被告らの連帯負担とする。
(3) その余の費用は、原告らの負担とする。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求(平成二三年一二月二二日付け訴状訂正申立書)
一 被告らは、連帯して、原告甲山X1に対し、一億一六〇四万五四三〇円及びこれに対する平成二〇年七月一二日から支払済みに至るまで、遅延利息を元本に組み入れる期間を不法行為時から起算して一年毎とする複利で計算した年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、連帯して、原告甲山X2に対し、一億一四〇〇万五九四五円及びこれに対する平成二〇年七月一二日から支払済みに至るまで、遅延利息を元本に組み入れる期間を不法行為時から起算して一年毎とする複利で計算した年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、連帯して、原告甲山X3に対し、二八八万六二七四円及びこれに対する平成二〇年七月一二日から支払済みに至るまで、遅延利息を元本に組み入れる期間を不法行為時から起算して一年毎とする複利で計算した年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の骨子及び判決の要旨
(1) 本件は、平成二〇年七月一一日に発生した交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した被害者の父母及び弟である原告らが、加害車両の運転者及びその使用者等である被告らに対し、損害賠償を請求した事案である。
(2) 本判決は、最も争いの大きい逸失利益の算定方法につき、年五分の複利計算による中間利息の控除をすることを前提にして、被害者が勤続した場合に想定される昇給及び退職金等を基に、生活費控除前の逸失利益の現在価額を九〇〇〇万円と算定するなどした結果、被害者の父母の請求を主文の限度で認容した。
二 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、括弧書きで付記する書証及び弁論の全趣旨により容易に認定することができるので、これを「前提事実」ということにする。
(1) 原告ら
ア 原告甲山X1及び原告甲山X2は、本件事故により死亡した被害者甲山A(昭和五二年○月○日生)の父母であり、相続人である(法定相続分各二分の一)。
イ 原告甲山X3(以下、「甲山」の姓は省略する。)は、Aの弟である。
(2) 被告ら
ア 被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、本件事故により、Aを轢過した者である。
イ 被告有限会社Y2(以下「被告Y2社」という。)は、本件事故当時、被告Y1が運転していた加害車両(平成一七年式日産アトラストラック・白色・中型貨物自動車・登録番号ナンバー<省略>)を所有し、自己のために運行の用に供していた。
ウ 被告Y2社及び被告有限会社Y3(以下「被告Y3社」という。)は、本件事故当時、被告Y1を自己の業務のために使用していた。
エ 被告Y4は、被告Y2社の取締役である。
オ 被告Y5は、被告Y3社の代表取締役である。
(3) 本件事故
ア 被告Y1は、平成二〇年七月一一日午後八時四二分ころ、加害車両(ライトバン)を運転し、神奈川県海老名市国分北四丁目九番先の信号機により交通整理の行われている交差点を柏ヶ谷方面から上今泉方面に向かい右折しようとした。
その交差点の右折方向出口には横断歩道が設けられていたのであるから、同被告には、その横断歩道付近を注視して、横断歩道を横断する歩行者等がいるかどうかを、また、歩行者等がいた場合にはその安全を確認しながら右折進行すべき自動車運転上の注意義務があった。
しかし、同被告は、右折する際にその義務を怠り、交通が閑散なことに気を許し、横断する歩行者等はないであろうと勝手に思い込むなどして、先を急ごうとして横断歩道上を横断する歩行者等の有無及びその安全の確認をほとんどしないまま漫然と時速約二五キロメートルで右折進行するという過失を犯した。
そのため、折から、その横断歩道上を信号に従って同被告から見て左側から右側に向かって横断歩行中のA(当時三〇歳)の姿に気付かないまま、運転車両の前部を同人に衝突させ、路上に転倒させた上、車底部に引き込み挟圧し、左前・後輪で同人を轢過した。
その結果、同人に脳挫傷等の傷害を負わせ、そのころから同日午後九時三七分ころまでの間に、同所付近から同県伊勢原市内所在のa病院高度救急救命センター付近の間において、同人をその傷害により死亡させた。
イ 被告Y1は、上記アの犯罪事実(自動車運転過失致死罪)により、平成二〇年九月二四日、横浜地方裁判所において禁錮二年二月の実刑判決に処せられた(甲一八)。
ウ 本件事故は、被告Y1の一方的過失によるものである。
(4) Aの就業状況
ア Aは、本件事故当時、司法試験の受験中であり、平成二〇年度旧司法試験の第二次試験短答式試験に合格し、同年七月二〇日及び二一日の論文式試験を控えていた(甲二八)。
イ Aは、同年四月一日、b企業団(以下「企業団」という。)に入社し、給与を支払われていた(甲一一の一~六)。
企業団は、神奈川県、横浜市、川崎市及び横須賀市に水道用水を供給する一部事務組合であり、独立の議会を有する特別地方公共団体であって(地方自治法一条の三第三項、二八六条以下)、その職員の定数及び給与は条例ないし規程で定められている(甲七~九)。
(5) 損害の填補
原告らは、自賠責保険から、三〇三五万四四五〇円の支払を受けた(甲三八)。
三 争点(双方の主張の要旨)
(1) 原告X3の慰謝料請求権
ア 同原告の主張
同原告は、Aの弟であり(前提事実(1)イ)、慰謝料について固有の請求権を有する。同原告は、生まれてからずっと頼りにしていたたった一人の姉を失い、泣きくれる日々を過ごした。これからの人生で様々に起こるであろう家族の出来事で、助け合うはずの姉がいなくなってしまったのである。Aは、同原告の良き相談相手であり何よりの庇護者であった。本件事故により、同原告は、将来何十年に亘って、心の支えとなり、協力者となってくれるはずであった、唯一の姉を失ったのである。
イ 被告らの主張
同原告が慰謝料について固有の請求権を有することは争う。
同原告は、間接被害者に過ぎず、独自の損害賠償請求権を取得することはない。また、民法七一一条に定める者にも該当しないことから、同原告には固有の慰謝料請求権は認められない。
(2) 被告らの責任
ア 原告らの主張
(ア) 被告Y1は、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。
(イ) 被告Y2社及び被告Y4は、加害車両を自己のために運行の用に供していた者であり、自動車損害賠償保障法(自賠法)三条により、本件事故により生じた対人損害を賠償すべき責任がある。
(ウ) 被告Y3社、その代表取締役の地位にあった被告Y5、被告Y2社及びその取締役の地位にあった被告Y4は、被告Y1の使用者又はこれに代わって監督する者であり、本件事故は、それらの業務を遂行する際の事故であるから、被告Y3社、被告Y5、被告Y2社及び被告Y4は、民法七一五条一項又は二項により損害賠償責任を負う。
イ 同被告らの主張
上記アの(ア)、(イ)のうち被告Y2社について、(ウ)のうち被告Y2社及び被告Y3社については認め、その余は否認ないし争う。
被告Y1の使用者は、あくまで被告Y2社及び被告Y3社である(前提事実(2)ウ)。また、具体的にどのような事実をもって、被告Y5及び被告Y4が民法七一五条二項に該当する者であると主張するのか、明らかでない。
(3) 逸失利益の算定
ア 原告らの主張
(ア) 基礎収入
Aの将来の各年の所得の価値として事故時に予定されていた金額は、【別紙一逸失利益計算書(D説)】の「予定収入額」欄記載のとおりである。
その内訳は以下のとおりである。
a 給与及び退職金(平成四九年度まで)
Aは、企業団に勤務していた(前提事実(4)イ)。
Aが企業団に勤務している期間について、逸失利益の基礎となる収入は、条例により、継続して勤務していたならば得られたであろう給与を基に、年間四・五ケ月分の賞与(うち勤勉手当一・五ケ月分)を加算して計算するのが相当である。また、Aが定年まで企業団に勤務していたならば得られたであろう退職金の額は、二一七五万一二九〇円である。
平成四九年度は、Aが企業団を定年退職する年であり、給与と退職金の双方が支給される年であるから、同年度の欄には、給与と退職金の双方が記載されている。
b 定年後の収入(平成五〇年度以降)
Aが定年に達した以降の期間については、少なくとも、女子の平均余命に至るまでは、本件事故時の平成二〇年の賃金センサスの大学卒女子労働者の平均収入に準じる収入を得ることができた。なぜなら、Aは、既に行政書士やマンション管理士の資格等を取得していたし、本件事故直前においては、受験者二〇〇名中一番の成績で企業団の法律職の採用試験に合格しており、定年までには法曹資格を取得する高度の蓋然性があり、これらのキャリアを十分に活かして収入を得ることが可能だったからである。
c 年金(平成五四年度以降)
Aは、企業団に就職し、本件事故により死亡するまで、共済組合に加入し、年金の掛金を支払ってきた。そして、Aは、本件事故に遭わなければ企業団の職員を退職するまで勤めていたはずであり、受給資格取得の蓋然性がある。よって、年金の受給権喪失は逸失利益となる。
Aが受給すべき退職共済年金の逸失利益は、控えめに見積もっても、年額一二一万〇八〇〇円となる。
(イ) 生活費控除率
Aの生活費控除率は、三〇%とすべきである。
(ウ) 中間利息
中間利息を控除する方法として、実質金利ではなく名目金利を採用した上で、名目金利の利子率を五%とする見解(A説)には承服し難い。
原告らは、中間利息を実質金利により控除する方法、又は将来所得の算定に物価変動率を加味する方法で、逸失利益の現在価値の算定をするべきことを主張する。
そのうちD説は、民法所定の年五分ではなく、実質利子率を〇・九四%として割引計算したものである。また、別紙二の【算定方式の関係】に示したとおり、原告らの主張する公正な算定方式としては、他にE説、F説、G説がある。各説による現在価値は、別紙三のとおりとなる(なお、訴状においては、二億五四二八万〇一四九円と算定し、上記(イ)により三〇%の生活費控除をして一億七七九九万六一〇四円と主張していた。)。
イ 被告らの主張
以下のとおり、原告らの主張は否認ないし争う。
(ア) 基礎収入
a 給与及び退職金
現在の経済状況からすると、公的団体においても、本件事故当時の俸給体系や支給水準が将来にわたって維持されるとは限らず、また職員全員が最後まで昇給するとも限らない。むしろ、原告らは、Aが司法試験に合格する蓋然性が高かったと主張していることからすると、企業団を途中で退職する可能性も極めて高かったといえる。
したがって、Aの逸失利益について、給与支給体系(甲一〇)に基づき、六〇歳まで昇給し続けることを前提として算定することも著しく妥当を欠く。同じ理由により、退職金全額を得るであろう蓋然性は認められない。
b 定年後の収入
Aが行政書士等の資格を有していたからといって、定年退職以降、大卒女子平均収入程度の収入を得るであろう蓋然性を認めることはできない。
c 年金
Aは、正に共済組合に加入したばかりであり、年金の受給資格を有していない。また、現在の経済状況に鑑みると、年金額、支給開始年齢や保険料額は流動的であり、将来において年金の逸失利益性が認められるか否かは不確実である。したがって、将来受給する年金を逸失利益と認めることはできない。
(イ) 生活費控除率
Aは、平成二〇年に企業団に入社し、男性と同一賃金を得ていたのであるから、生活費控除率は、通常の独身者の割合である五割とすべきである。
(ウ) 中間利息
最高裁平成一七年六月一四日判決は、法的安定性及び統一的処理の必要性から、中間利息控除割合は民事法定利率によるべきであると判示しているのであり、原告らの主張には理由がない。
また、原告らは、D説が採用されない場合は、金利と物価変動率に相関関係があることを前提に、金利五%時の物価上昇率三・四%を含んだ将来所得の現在価値を算出すべきであるとも主張している。
しかし、それこそ、将来にわたり永久に物価が三・四%も上昇し続けるという蓋然性はおよそ認められないのであり、そのように単に政策的に決められた金利と、実際の物価上昇率を関連づけなければならない必然性は全くない。
(4) その他の損害額
ア 原告らの主張
(ア) Aの損害
a 逸失利益 一億七七九九万六一〇四円
b 本人の慰謝料 五〇〇〇万円
(イ) 原告X1の損害
a 治療関係費 三五万〇九五〇円
b 葬儀費用 一七六万五三九五円
c 文書料 三五〇〇円
d 固有の慰謝料 四五〇万円
(ウ) 原告X2の損害
固有の慰謝料 四五〇万円
(エ) 原告X3の損害
固有の慰謝料 三〇〇万円
(オ) 原告ら三名の弁護士費用 二一一七万六一五〇円
(カ) 損害の填補 三〇三五万四四五〇円(前提事実(5))
よって、これを別紙四の計算書(準備書面(1)の別紙)のとおり原告らに按分し、上記第一の請求の各原告の元本額とした。
イ 被告らの主張
上記アの(イ)aの治療関係費及び(カ)の損害の填補は認め、その余は争う。特に慰謝料の請求額は余りにも高額である。
(5) 遅延損害金
ア 原告らの主張
利息は、本質的に複利で生ずべきものである。少なくとも、本件のように履行遅滞につき債務者の故意があるような事例については、単利の年五分の割合によるべきではなく、遅延利息を元本に組み入れる期間を不法行為時から起算して一年毎とする複利で計算した年五分の割合によるべきである。
イ 被告らの主張
原告らの主張は争う。
民法典において複利で計算すべきとの規定がない以上は、遅延利息の利率は単利で計算すべきことが要求されているといえる。また、裁判実務においても、複利計算を行うとの取り扱いはなされていないのであり、この点からしても、原告らの主張は失当である。
四 証拠調べ
原告ら申請の原告X1及び原告X2の本人尋問を行った。
以下では、原告X1の本人尋問における供述を陳述書等(甲三五、五一、五五)の内容と併せて「原告X1供述」といい、原告X2の本人尋問における供述を陳述書等(甲四八~五〇、六〇)の内容と併せて「原告X2供述」ということにする。
なお、原告らは他に被告Y1の本人尋問及びB証人の証人尋問を申請したが、立証趣旨に照らしてその必要性を認めず、採用しなかった。
第三判断
一 争点(1)原告X3の慰謝料請求権について
原告X3は、Aの弟であり(前提事実(1)イ)、民法七一一条が規定する「父母、配偶者及び子」には該当しない。また、同条の類推適用をすべき事実関係(最高裁昭和四九年一二月一七日判決=民集二八巻一〇号二〇四〇頁)の主張立証もない。
よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告X3の請求は理由がない。
二 争点(2)被告らの責任について
(1) 被告Y1
加害車両の運転者として、民法七〇九条の責任を負うことについては争いがない。
(2) 被告Y2社
加害車両の運行供用者として自賠法三条の責任を、被告Y1の使用者として民法七一五条一項の責任を、それぞれ負うことについては争いがない。
(3) 被告Y3社
被告Y1の使用者として民法七一五条一項の責任を負うことについては争いがない。
(4) 被告Y4
加害車両の運行供用者又は民法七一五条二項所定の者に該当するとの事実は認められない。単に被告Y2社の代表者というだけでは、直ちに同条項に該当するものとはいえない。
よって、同被告に対する請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がない。
(5) 被告Y5
単に被告Y3社の代表者というだけでは、直ちに民法七一五条二項所定の者に該当するものとはいえず、原告らの主張立証は不十分である。
よって、同被告に対する請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がない。
三 争点(3)逸失利益の算定について
(1) 基礎収入
ア 給与・退職金
Aは、本件事故当時、特別地方公共団体である企業団に勤務しており、条例等に基づいて給与を支払われる地位にあったから(前提事実(4)イ)、定年退職までの基礎収入も、その給与に基づいて算定するのが相当である。
そして、企業団作成の回答書(甲一〇)によれば、平成四九年度末の定年退職(六〇歳)に至るまでの各年度の給与は、本件事故当時の制度に基づいて、別紙五「平成二〇年八月以降、定年退職までの給与等」のとおり想定することができ、また、退職手当についても二一七五万一二九〇円と算定され、既に支払った退職手当額一九万二八〇〇円との差額は二一五五万八四九〇円となるものと認められる。
被告らは、これに対し具体的な根拠をもって反証しているわけではないから、上記給与及び退職手当に基づいて逸失利益を算定することとする。また、Aが司法試験に合格していたとしても、退職するか否かは自由に選択することができたから、被告らの主張するように中途退職を前提に算定すべきではない。
なお、原告らも援用している最高裁昭和四三年八月二七日判決(民集二二巻八号一七〇四頁)は、若年の会社員につき、将来の昇給の見込を考慮した給与及び退職金に基づいて逸失利益を算定することを是認したものであって、上記のような公務員の地位にあるAの場合に、同様の算定を否定すべき理由は見出せない。そして、同判決のいうように控え目な算定をすべきであるとしても、さしたる根拠もなくあまりにも控え目に算定し過ぎることは、被害者に極めて不利であり、加害者を不当に利することになりかねないのであって、その意味でも被告らの主張は採用し難い。
イ 定年後の収入
Aが六〇歳の定年に達した後の平成五〇年度以降、就労可能年齢である六七歳までの七年間については、定年時に得ていた収入の半額の収入が得られるものと推認するのが相当である(上記最高裁判決も同様の認定を是認している。)。
これに反する双方の主張は、いずれもより不確実な予測に基づくものというべきであり、採用し難い。
ウ 年金
Aは、企業団に就職し、共済組合に加入して年金の掛金の支払を始めたばかりであったとうかがわれるので(甲一一の一~六)、退職後の年金までも逸失利益の基礎収入として認めることは相当でない。
(2) 生活費控除率
確かに、一家の支柱ではない場合、独身者を含めて、女性につき原告らの主張する三〇%、男性につき被告らの主張する五〇%とする例が多いと見られるが、Aの場合、女性ではあるが、男性と同等に稼働するとの前提で逸失利益を算定していることに鑑み、中間の四〇%とするのが相当である。
(3) 中間利息
ア 損害賠償額の算定に当たり、被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は、民事法定利率によらなければならない。このように考えることによって、事案ごとに、また、裁判官ごとに中間利息の控除割合についての判断が区々に分かれることを防ぎ、被害者相互間の公平の確保、損害額の予測可能性による紛争の予防も図ることができる(最高裁平成一七年六月一四日判決=民集五九巻五号九八三頁)。
イ 原告らの主張する各説のうち、D説等の中間利息を実質利子率により控除するとの説は、ごく最近の上記最高裁判決に正面から抵触するものであり、採用しない。
また、それ以外の各説も、将来所得の算定に当たり、民事法定利率年五分に相応する物価変動率を加味するとの論拠で、上記(1)アで認定したような現実の収入増加の見込とは無関係に基礎収入自体を増加させて算定しようとするものであり、実質的に上記D説と同工異曲というほかない。そもそも、原告らが提唱する公正な算定方式だけでも四説以上あるばかりか、実質利子率や物価変動率も一義的には算定されないから、上記最高裁判決が指摘するように、事案ごとに、また、裁判官ごとに判断が区々に分かれることを防ぐことも期し難く、採用は困難である。
なお、原告らの主張は、総じて、上記最高裁判決後に生じた新たな事情を理由として判例の変更を求めるものではなく、同判決自体を不当として論難するものである。最終準備書面において新たに援用した犯罪被害者等基本法も、同判決以前の平成一七年四月一日から施行されていたものであり、判例変更をすべき根拠とはならない。もとより、原告らのその余の法的主張(憲法・民法・民事訴訟法等の条項に基づく主張)も理由がないことに帰する。
そして、原告らの主張立証の中には、上記最高裁判決が指摘するような公平の確保は問題ではないかのようにいうものもあるが(甲六一~六五)、「法の下の平等」も憲法一四条一項が保障する重要な基本的人権であって、軽視することは許されない。現に上記最高裁判決も、中間利息の控除割合を実質金利年三%とした原審・札幌高等裁判所の判決に対し上告受理申立てがされたため、判例統一を余儀なくされたものとうかがわれる(甲三四)。
このような形で判例統一がされた直後である以上、現に債権法改正の論点とされているように適当な立法的解決を図るべきであって、上記最高裁判決も言及しているとおり、控除すべき中間利息の割合は民事法定利率である年五%よりも引き下げるべきであるとの主張も理解できないではないが、もはや個々の裁判官の判断に適する論点とはいえないから、これ以上の論及は控えることとする。
ウ 以上に基づいて、各年度の収入につき年五分の複利計算によるライプニッツ係数を乗じて現在価額を算出する。なお、年五分の単利計算によるホフマン係数を採用することは、原告らに有利である上に上記最高裁判決にも反しないと解されるが、原告らもそのような主張はしないというのであるから(原告X1本人調書一二頁)、検討しないこととする。
そして、計算の簡便及び控え目な算定の趣旨から、一年目についても端数計算をせず、年五分の控除をすると、別紙六の逸失利益計算書のとおり、その総合計は九〇〇〇万円強となるから、これを控え目に見積もって、逸失利益の現在価額は九〇〇〇万円と認めるのが相当である。
したがって、上記(2)の生活費控除率四〇%による控除をした残額は、五四〇〇万円となる。
四 争点(4)その他の損害額について
(1) 慰謝料
前提事実(1)ア、同(3)の本件事故の態様等、同(4)のAの就業状況に加え、原告X1供述及び原告X2供述によれば、Aは企業団に就職したばかりであったのみならず、平成一六年以降、司法試験の受験を続けて徐々に実力をつけ(甲二一~二八)、合格が期待されていた平成二〇年度の論文式試験を約一週間後に控えていたのであり、正に夢を実現しようとしていた時期に、突然、理不尽にも生命を奪われた無念さは察して余りある。
また、本件事故の態様も凄惨であって、加害車両に轢過されたAの苦痛は想像を絶するものである。そして、被告Y1の加害車両の運転方法は、右折の際に横断歩道の安全を確認しようとする基本的な運転動作を全く怠っていたものと言っても過言ではなく、その過失が極めて重大であることからも(甲一八、五六~五九、乙一)、残された父母である原告X1及び原告X2の悲しみや憤りも絶大である。
したがって、本件全証拠(専ら争点(3)及び(5)に関するものを除く。)に基づき、本件事故に関する全事情を総合考慮して、精神的苦痛に対する慰謝料額は、A自身につき二五〇〇万円、原告X1及び原告X2につき各二〇〇万円とするのが相当と判断する。
(2) 治療関係費
三五万〇九五〇円を要したことにつき争いがないので、原告らの主張に従って原告X1の損害に計上する。
(3) 文書料
自賠責保険の支払額の内訳(甲三八)によれば、上記(2)のほかに文書料等三五〇〇円を要したものとして認めることとし、原告らの主張に従って原告X1の損害に計上する。
(4) 葬儀費用
葬儀の際の諸費用(甲三〇~三三)のうち、本件事故と相当因果関係のある額は一五〇万円と認め、原告らの主張に従い原告X1の損害に計上する。
(5) 以上合計
ア 原告X1
(5400万円+2500万円)×1/2=3950万円
3950万円+200万円+35万0950円+3500円+150万円=4335万4450円
イ 原告X2
上記3950万円+200万円=4150万円
(6) 損害の填補
前提事実(5)の自賠責保険三〇三五万四四五〇円のうち、まず上記(2)及び(3)の合計部分である三五万四四五〇円は原告X1の損害の填補に当てられたものとし、その余の半額である一五〇〇万円ずつが原告X1及び原告X2の損害の填補に当てられたものとする。
そうすると、填補後の残額は、原告X1につき二八〇〇万円、原告X2につき二六五〇万円となる。
(7) 弁護士費用
本件事故による不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は、上記残額の一割として、原告X1につき二八〇万円、原告X2につき二六五万円と認める。
これを加算すると、原告X1の損害額は三〇八〇万円、原告X2の損害額は二九一五万円となる。
五 争点(5)遅延損害金について
民法四〇四条の法定利率の規定に続き、同法四〇五条に利息の支払が一年分以上延滞した場合における利息の元本への組入れの規定があることなどからすれば、上記法定利率による遅延損害金は複利ではなく単利によるものと解するべきである。
そもそも、複利計算は利息を元本に組み入れる期間が定まらなければ一義的な計算ができないのであって、民法四〇四条がそのような期間を規定していない以上、複利計算を原則としていると解することはできない。
原告らの主張は、遅延損害金を単利とする確立した解釈運用にも反する独自の見解といわざるを得ず、採用する余地は全くない。
なお、遅延損害金の起算日は、原告らの請求に従い、本件事故の当日ではなく翌日である平成二〇年七月一二日とし、同日から単利による法定利率の限度で認容する。
第四結論
以上によれば、原告X1の請求は主文第一項の限度で、原告X2の請求は主文第二項の限度で、それぞれ理由があるが、原告X3の請求は理由がない。
(裁判官 竹内浩史)
別紙一~五<省略>