横浜地方裁判所 平成23年(ワ)5521号 判決 2013年4月25日
原告
X
訴訟代理人弁護士
井上啓
Y1株式会社訴訟承継人
被告
Y2株式会社
代表者代表取締役
A
被告
Y3
上記両名訴訟代理人弁護士
種村泰一
主文
1 原告の訴えのうち本判決確定の日の翌日以降の賃金の支払を求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原告が,被告Y2株式会社に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告Y2株式会社は,原告に対し,平成23年11月から職場復帰をするまで,毎月25日限り21万6833円を支払え。
3 被告らは,原告に対し,各自連帯して100万円及びこれに対する平成23年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,Y1株式会社(以下「Y1社」という。)との間で3か月の有期労働契約の契約更新を繰り返して勤務していた原告が,Y1社において原告との労働契約を平成23年10月1日以降更新しなかったこと(以下「本件契約不更新」という。)が雇止めに当たり,同雇止めは解雇権濫用法理の類推適用により許されないと主張して,Y1社を消滅会社として吸収合併した被告Y2株式会社(以下「被告Y2社」という。)に対し,労働契約に基づき,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と平成23年11月支払分以降の各月の賃金の支払を求めるとともに,Y1社において原告を通算19年間にわたり全く昇給もさせず,日給8600円という低賃金で3か月ごとの不安定雇用を継続してきた挙げ句に,労働契約の更新を拒絶したことが,Y1社及び同社の代表取締役であった被告Y3(以下「被告Y3」という。)の共同不法行為に該当すると主張して,被告らに対し,連帯して慰謝料100万円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲の証拠<省略>により容易に認められる事実である。)
(1) 当事者等(弁論の全趣旨,証拠<省略>)
ア Y1社は,光源並びに電気機械器具の製造,販売等を目的として設立された株式会社であり,愛媛県今治市に本社があり,名古屋の中部支店,東京事業所を有するほか,平成23年9月30日に閉鎖するまでa事業所を有していた。
被告Y2社は,電球,放電灯,照明器具,配線器具,配電・制御機器,通信音響機器及びこれらの関連商品並びに応用装置の製造・販売等を主な業とする株式会社であり,本件訴え提起後である平成24年10月1日にY1社を吸収合併し,被告の地位を承継した。
被告Y3は,Y1社の代表取締役であった者である。
イ 原告は,平成4年10月に被告Y2社に入社した後,平成12年10月にY1社において勤務することとなり,a事業所において,主に,フィラメントコイルグループで,ハロゲンランプの発光部であるコイルを製造する作業に従事し,平成19年からは水銀UVランプを製造する作業に従事していた。
(2) 原告の賃金(証拠<省略>)
本件契約不更新前に,Y1社から原告に支払われていた賃金は次のとおりである。
ア 日当 8600円
イ 支払日 毎月末日締め 翌月25日支払
(3) 本件契約不更新
原告がY1社との間で作成した平成23年7月1日付けの労働契約書(証拠<省略>,以下「本件労働契約書」といい,同契約書に係る労働契約を「本件労働契約」ということがある。)には「雇用期間は平成23年7月1日から平成23年9月30日までとする。」,「今回をもって最終契約とする。」と記載されていた。
Y1社は,平成23年10月1日以降,原告との間で労働契約を締結しなかった(本件契約不更新)。
(4) 本件契約不更新前3か月間の賃金
原告の平成23年7月分の賃金は21万7740円,同年8月分は21万6720円,同年9月分は21万6040円であり,本件契約不更新前の3か月間の平均賃金は1か月当たり21万6833円であった。
2 争点
本件の争点は,(1)労働契約の合意終了の有無,(2)雇止めによる労働契約終了の有無,具体的には,①本件の雇止めに解雇権濫用法理の類推適用があるか,②雇止めが解雇権の濫用として許されないものであるか,(3)Y1社及び被告Y3の原告に対する雇止めによる共同不法行為の成否であり,争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点(1)(労働契約の合意終了の有無)について
ア 被告Y2社の主張
原告とY1社は,雇用期間を平成23年7月1日から同年9月30日までとする本件労働契約書において,「今回をもって最終契約とする」と明確に合意していた。
Y1社は,平成22年1月頃から,a事業所で稼働する期間雇用従業員に対し,同事業所を閉鎖する予定であり,これに伴って期間雇用従業員との労働契約を終了させたいとの意向を再々にわたって明らかにしており,原告との個別面談においてもその旨を伝えていた。その後,平成22年8月には,平成23年9月にa事業所を閉鎖することがおおむね決まったので,平成22年8月頃の面談において,平成23年9月の事業所閉鎖に伴って原告との労働契約を終了させたいとの意向を原告に伝えていた。その上で,Y1社は,平成23年2月末の面談時において,a事業所が同年9月末に閉鎖されることを前提に,同年4月から6月の間の労働契約を原告の希望があれば新たに締結し,その後,同年7月から9月の間の労働契約も原告の希望があれば締結するものの,それ以降原告との契約を行う意向がないことを伝えていた。さらに,Y1社は,同年5月の面談時においても,同年7月からの労働契約について,同年2月の面談時にも説明したとおり,今回で最終の契約としたい旨告げ,その上で本件労働契約書(証拠<省略>)に署名押印を求めていたものである。
以上によれば,原告は,Y1社が平成23年10月1日以降の契約更新の意思を有しておらず,同年9月30日で労働契約が完全に終了することを十分に理解し,認識した上で本件労働契約書に署名押印をしたものである。
したがって,原告とY1社との間の労働契約は,本件労働契約書に記載された契約期間の満了日である平成23年9月30日をもって合意により終了した。
労働契約書に署名押印をする際に原告が錯誤に陥っていたという事実はない。また,原告の主張する錯誤はいわゆる動機の錯誤であるところ,原告が動機を表示したことはないから,この点からも錯誤無効の主張は失当である。
不更新条項が公序良俗に反し無効であるとの主張は争う。
イ 原告の主張
「今回をもって最終契約とする」との記載がある本件労働契約書に署名押印をしたとしても,労働者の通常の意思として退職の意思はなく,あらかじめ「退職の合意」をしたことにはならない。一方的に会社側が「雇止めの予告」をしているにすぎない。
仮に,形式的には「今回をもって最終契約とする」旨の記載がある本件労働契約書に署名押印をしたことをもって,退職の合意が成立しているとしても,それは当然に19年間の勤務に見合った見返りがあることが前提であって,合理的に判断して何も見返りがなかったとすれば退職を合意したとは考えられず,退職条件という退職の合意の重要な要素に錯誤があるから,民法95条により無効である。
また,「今回をもって最終契約とする」との不更新条項は,この条項があることを理由に契約書に署名押印をすることを拒めば,その場で契約終了となってしまうため,更新を希望する以上,不更新条項が記載されていても署名押印をせざるを得ないことから,不更新条項自体が「公序良俗」(民法90条)に反し無効である。
(2) 争点(2)(雇止めによる労働契約終了の有無)について
ア 原告の主張
(ア) 本件の雇止めに解雇権濫用法理の類推適用があるか。
原告は,平成4年10月に被告Y2社に入社した後,平成12年10月にY1社に転籍となり,上記平成4年の入社後,19年間にわたり合計76回もの契約更新を繰り返してきたものである。
また,原告は,ベテラン社員から仕事を教わり,正規社員でも度々爆発を起こす危険な作業に従事したほか,作業の改善指導に努めて,会社の生産能力を三倍にするなどの貢献をし,正社員と同等ないしそれ以上の仕事をしてきており,実現はしなかったものの正社員に採用するとの話もあった程である。
したがって,原告と被告Y2社との間の有期労働契約は,実質的には期間の定めのない労働契約を締結したのと異ならない状態となっており,仮に,毎回契約書を取り交わしていることから,期間の定めのない労働契約に転化したとはいえないとしても,その仕事内容が臨時的なものでなく基幹的なものであること,正社員に採用されるとの話もあったことなどから,原告の雇用継続に対する期待には合理性があり,解雇権濫用法理が類推適用されるべきである。
(イ) 本件の雇止めが解雇権の濫用として許されないものであるか。
Y1社は,平成22年頃から,a事業所を閉鎖して愛媛県今治市への事業移転を行う計画を進めてきたところ,正社員に対しては,早期退職優遇制度により退職金の他に給与1年分を上積みするなどの優遇策がとられたのに対し,原告には,①退職慰労金として19万円を,②上積み分として15万円を支払う,③再就職のために派遣会社を紹介する,といった低水準の条件の提案しかされなかった。
整理解雇の4要件の類推適用により,解雇(雇止め)が有効とされるためには,①人員整理の必要性,②解雇回避努力ないし代替措置③人選の合理性,④手続の相当性の各要件が必要である。
この点,①人員整理の必要性については,a事業所の閉鎖がそのまま○○グループ全体の人員削減の必要性につながるとはいえない。これまで原告は,愛媛県今治市の本社やグループ企業のc株式会社富士事業所に出向して仕事をした経験があり,原告を雇止めにする必要性はない。また,②解雇回避努力ないし代替措置については,解雇ないし雇止めから生ずる不利益を最小限度にとどめるべく,配転・出向・転籍など可能な限りの努力がされていないほか,慰労金として19万円及び上積み分15万円の支払や派遣会社などで仕事を探すなどの低水準の条件提示をしただけである。さらに,③人選の合理性については,a事業所に勤務していた正社員には早期退職優遇措置がとられたのに対し,原告のような非正規社員には何らの措置も予定されておらず,「非正規ないし有期雇用」というだけで人員整理の対象とする合理性はない。④手続の相当性については,原告の所属する労働組合(ユニオンb)との団体交渉は3回開かれたものの,誠実な交渉はないまま,本件の雇止めがされたものであり,手続の相当性もない。以上により,本件の雇止めは,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上も相当であるとは認められないから,解雇権濫用法理により許されない。
イ 被告Y2社の主張
(ア) 本件の雇止めに解雇権濫用法理の類推適用があるか。
Y1社は,原告との契約を締結するに際し,その都度面談し,その意向を確認して新たに契約を締結していたものであるから,期間の定めのない労働契約を締結したのと異ならない状態となっているとはいえない。なお,原告が,Y2株式会社からY1社に転籍した事実はなく,平成12年10月の時点でY1社において新たに雇用されたものであるから,その後の契約更新の回数は43回である。
Y1社と原告との雇用契約の終了は,いわゆる雇止めではなく,原告とY1社との合意によるものであるから解雇権濫用法理を問題にする余地はない。
仮に,本件契約不更新が雇止めに当たるとしても,Y1社は,平成23年6月の本件労働契約締結以前から,原告に対し,後記事業構造改革の実施に伴いa事業所が閉鎖されること,これに伴い原告の雇用を維持し難いことを伝えており,原告はこのことを承知していたものである。その上で本件労働契約書に不更新条項が記載され,原告はその意味するところを理解しつつ本件労働契約に及んだものである。
したがって,本件労働契約時に原告が雇用継続に対する期待を抱いていたとはいえない。
(イ) 本件の雇止めが解雇権の濫用として許されないものであるか。
Y1社は,その業績が大幅に悪化したことから,平成22年1月に生き残りを賭けて事業構造改革案を策定し,これを従業員に明らかにした。同改革案の骨子は本社(今治)の放電灯製造事業及びa事業所のTHP(プリンター等に用いるヒータープレート)製造事業の海外移転,a事業所のUVランプ製造事業等の今治移管並びにa事業所の閉鎖である。このような事業再編に伴い所要人員が大幅に少なくなることから,正社員については希望退職あるいは他社への転籍を募り,又は今治への転勤を求めることとした。一方,期間雇用従業員については会社の業績が著しく悪いことや,上記改革に伴い正社員についてする退職や転籍を求めざるを得ないことを踏まえ,契約期間満了時に契約を終了することとした。
その上で,Y1社は,事業構造改革案について各期間雇用従業員に対しても個別に面談を重ねて丁寧に説明を行い,会社の意向を伝えて理解納得を得ていたものである。本件労働契約書の不更新条項の合意は雇止めの合理性に関する判断要素として斟酌されるべきである。そして,大幅な業績悪化を受けて,正社員についてすら大幅な人員減を行わざるを得なかったY1社の状況下において,非正規社員について出向・転籍や配置転換が行えなかったものであることなどから,原告に対する雇止めが合理的であったことは明らかというべきである。
(3) 争点(3)(Y1社及び被告Y3の原告に対する雇止めによる共同不法行為の成否)について
ア 原告の主張
Y1社は,原告に対し,通算19年間にわたり全く昇給もさせず,日給8600円という低賃金で3か月ごとの不安定雇用を継続してきた挙げ句に,平成23年9月30日をもって本件の雇止めを強行した。本件の雇止めは,これまで低劣な労働条件に文句も言わず会社に対して尽くしてきた原告の生活を一夜にして崩壊させたものであるから,Y1社及びその代表者であった被告Y3の共同不法行為が成立するというべきであり,これにより原告の被った精神的苦痛は計り知れないから,慰謝料額は100万円とするのが相当である。
イ 被告らの主張
原告の労働条件は,原告とY1社との合意により決定されたものであり,原告の退職もまた,原告とY1社との合意により決定されたものである。仮に,雇止めに当たるとしても,合理的なものであることは前記のとおりである。このような事情の下で慰謝料の発生は認められない。
また,被告Y3は,原告との関係でY1社の代表者として行為したものにすぎず,Y1社と別個に被告Y3の責任が問題となる余地はない。
第3争点に対する判断
1 認定事実
前記前提事実に加えて,証拠(証拠・人証<省略>,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができ,各証拠中,認定事実と異なる部分については採用することができない。
(1) 原告は,平成4年10月,被告Y2社に有期社員として入社し,a事業所の産業機器製造課に配属されて,主に,フィラメントコイルグループでハロゲンランプの発光部であるコイルを製造する作業に従事していた。
原告と被告Y2社間の労働契約の期間は3か月であり,期間が満了するごとに同一の条件で,更新を繰り返していた。賃金は,いずれの契約においても日当が8600円であり,毎月末日締めの翌月25日払いの約定であった。
(2) 被告Y2社は,平成12年10月1日,Y1社に産業機器光源事業の営業譲渡をした。これに伴い,原告は,Y1社との間で労働契約を締結して,従前と同一の条件で勤務することになり,被告Y2社において従事していたのと同一のa事業所のフィラメントコイルグループでのコイル製造作業に従事していた。原告は,フィラメントコイルグループ作業の全工程をみており,同作業の問題点を把握することができるようになったことから,改善指導に取り組み,生産能力の向上に寄与するなどしていた。
原告は,Y1社で勤務するようになった後,今治市の本社やc株式会社富士事業所に派遣されて仕事をしたことがあった。
その後,平成15年に,フィラメントコイルグループにおけるコイルの製造作業は,タイの工場へ全面移管することになったため,原告の担当作業は水銀UVランプの製造作業に変わった。
原告は,Y1社で勤務するようになった後も,3か月の契約期間が満了するごとに面談の上,従前と同一の条件で労働契約書を作成の上,契約更新を続けてきた。
(3) Y1社の業績は,平成18年度までは順調に推移していたところ(同年度の売上高681.06億円,経常利益45.09億円,税引前純利益47.31億円),平成19年度に入ると,主要製品である冷陰極放電灯(以下「CCFL」という。)事業に新規参入するメーカーが相次いで価格競争が激化したことによる売価低下の進行,品質事故に伴う多額の補償費用の発生等が重なり,会社の業績は売上高(715.09億円)こそ増加したものの利益(経常利益13.61億円,税引前純利益1.78億円)が大幅に減少することとなった。
さらに,平成20年9月には,いわゆるリーマンショックが発生し,世界的に急激な消費の冷え込みが起こり,同年11月のCCFLの生産数量が生産能力の約40パーセントに落ち込むなど生産高,売上高ともに大きく減少したことに加えて,供給過剰に伴う売価低下まで生じたことなどから,平成20年度は創業以来の巨額の赤字(経常利益マイナス44.9億円,税引前純利益マイナス78.05億円)を計上することとなった。
平成21年に入っても需要の回復は乏しく,また,液晶ディスプレイのバックライトの光源のLED化が急激に進展したことから,会社の売上高はリーマンショック前の4割程度にまで減少し,大型設備投資を行っていた関係もあって,2年連続で巨額赤字を計上することが確定的となり,再建施策の実行が不可避となった(なお,平成21年度の経常利益はマイナス55.89億円,税引前純利益はマイナス58.39億円であった。)。
Y1社は,前記リーマンショックによる事業の悪化に伴い,平成20年12月,本社今治工場の派遣社員600名のうち,派遣期間の満了する350名につき契約を終了させ,その後,平成21年9月には,正社員の配置を見直すなどして,同工場のその余の派遣社員についても,全ての派遣契約を終了させた。
Y1社は,その後,業績回復,利益確保への施策として,CCFL製造の海外移転推進,合理化設備導入等による生産性向上,役員報酬返上,賞与水準見直し等の合理化諸施策を実施した。
(4) Y1社は,上記のような合理化諸施策を実施したにもかかわらず,平成21年度上半期(4月ないし9月)の実績で31.8億円の経常赤字を計上したことから,企業存続のため,より抜本的な収益改善のための施策を行うことが必要となり,平成21年10月に人員対策を中心とした事業構造改革の策定に着手し,平成22年1月に経営会議において事業構造改革を行うことが承認された。
最終的に決定された事業構造改革(以下「本件事業構造改革」という。)は,大幅な人員削減やa事業所を廃止して本社への移転統合を行うことなどを内容とするものであり,Y1社は,同年1月25日に労働組合に対し,本件事業構造改革の提案を行ってその承認を得た上,同月26日以降,従業員に対する説明を行った。
原告を含む同社a事業所の従業員に対しては,本件事業構造改革の説明会を,平成22年1月26日の午後に1回,同月27日の午後に2回,同月28日の午前に3回,午後に1回,同年2月1日の午前の1回の合計8回開催し,原告も説明会に出席して説明を受けた。
また,原告の上司であったB(以下「B」という。)は,原告に対し,平成22年2月末頃,次期の契約につき面談した際,a事業所が閉鎖される予定のため,期間雇用従業員についてはいつまで仕事があるのか分からないので,同年4月1日からの契約については,これまでの3か月ではなく2か月としたい旨を述べ,原告がこれに同意したので,期間を平成22年5月までとする労働契約を締結した(証拠<省略>)。その後,a事業所の閉鎖時期が平成23年9月末日と決まったことから,Bは,平成22年11月以降,原告に対し,労働契約の更新手続を行う際に,a事業所の閉鎖時期が平成23年9月末日まであること,これに伴い原告との労働契約も同年9月末日までとなる見込みであると述べた。
原告は,平成23年6月6日,Bから今回が最終契約なのでそれ以降の契約の更新はない旨告げられた上で,「雇用期間は平成23年7月1日から平成23年9月30日までとする。」,「今回をもって最終契約とする」と記載された本件労働契約書を提示され,これに署名押印をして,Y1社との労働契約の更新をした。この際,原告は上記契約書の記載につき,Y1社に対し,特段の申出も質問もしなかった。
原告は,本件労働契約書に署名押印をしたものの,同契約書記載の契約期間満了後も引き続きY1社において雇用を継続してもらいたいと考え,平成23年6月28日,労働組合ユニオンb(以下「組合」という。)に個人加入した。
組合は,Y1社に対し,団体交渉の開催を申し入れ,①原告への直接謝罪,②雇止めの撤回と正社員に登用しての再雇用,③雇止めを撤回しない場合には正社員に準じた退職優遇措置の適用などを要求した。
団体交渉は,同年7月14日,8月19日,9月1日の合計3回開催され,Y1社は,非正規雇用者は正規社員と退職条件が異なって当然であること,原告の退職に際して慰労金として50万円相当を用意し,派遣会社への就職をあっせんする用意があることなどを回答したが,団体交渉はまとまらず,本件労働契約は平成23年10月1日以降更新されなった。
(5) Y1社は,本件事業構造改革を実施したものの,平成23年度には東日本大震災に伴って国内の自動車産業の生産減少による国内需要の低減と欧州金融危機に伴う海外顧客の投資減退によって売上高減少に歯止めがかからず,上期決算(平成23年9月)の状況は,売上高が85.51億円(対前年同期比28.8%減),経常利益がマイナス3.66億円となった。
本件事業構造改革による人員整理(転籍,出向,退職)の結果,Y1社の愛媛県今治市の本社では在籍者919名のうち429名のみが引き続き勤務することになり,会社全体では1243名の正社員が684名と約半分に減少した。
また,契約社員については,今治市の本社の19名のうち11名が平成23年12月末日までに期間満了により労働契約を終了し,a事業所の原告を含む4名のうち3名が平成22年12月末日までに期間満了により労働契約を終了した。
Y1社は,平成23年9月末日をもってa事業所を閉鎖し,同年10月1日以降,原告との労働契約を更新しなかった。
原告が被告Y2社に入社した平成4年10月から,本件契約不更新までの契約更新の回数は76回であり,このうちY1社に入社した後の契約更新の回数は43回であった。
2 争点(1)(労働契約の合意終了の有無)について
(1) 被告は,原告が本件労働契約を締結する際に,今回が最終契約なのでそれ以降の契約の更新はしない旨を告げられた上で,「今回をもって最終契約とする」旨の文言が記載された本件労働契約書に署名・押印し,その際,特段の申出も質問もしなかったことから,原告が本件労働契約書に記載された契約期間である平成23年9月末日でY1社との労働契約を終了させることに同意していたものであり,本件労働契約は合意により終了したものであると主張する。
しかしながら,これまで長年にわたってY1社に勤務してきた原告にとって,労働契約を終了させることは,著しく不利益なことであるから,労働契約を終了させる合意があったと認めるためにはその旨の労働者の意思が明確でなければならないと解すべきである。前記1(4)で認定したところによれば,原告は,本件労働契約書に署名・押印する際に特段の申出や質問をしなかったことが認められるものの,雇用継続を望む労働者にとっては労働契約を直ちに打ち切られることを恐れて使用者の提示した条件での労働契約の締結に異議を述べることは困難であると考えられることに照らすと,これらの事実だけでは,原告が労働契約を終了させる明確な意思を有していたと認めることはできず,他に,Y1社と原告の労働契約が合意により終了したことを認めるに足る証拠はない。
(2) したがって,本件労働契約書の「今回をもって最終契約とする」との記載は,いわゆる雇止めの予告をしたものであると解するのが相当であり,Y1社は,本件労働契約につき,契約期間満了日である平成23年9月末日をもって雇止めをしたものというべきである(以下,上記の雇止めを「本件雇止め」という。)。
3 争点(2)(雇止めによる労働契約終了の有無)について
(1) 本件雇止めに解雇権濫用法理の類推適用があるかについて
前記1認定の事実によれば,原告は,平成4年10月に被告Y2社に入社して3か月ごとの労働契約の更新を繰り返し,同社の事業所においてフィラメントコイルグループでの勤務を継続し,平成12年10月,被告Y2社からY1社に産業機器事業の営業譲渡がされた後も,引き続き同じ営業所で同じ作業を継続し,基本的に3か月ごとの労働契約の更新を繰り返し,契約更新の回数は,被告Y2社に入社した平成4年10月から本件雇止めがされるまで合計76回,Y1社に入社した後だけでも合計43回に上っていたものである。
そして,前記認定によれば,少なくとも,Y1社は,契約更新の都度,原告と面談し,新たに労働契約書を作成し,新契約を締結する手続がとられていたことに照らすと,原告とY1社との労働契約が実質的に期間の定めのない契約と変わりがないものとなっていたと認めることはできないものの,前記の更新回数の多さや雇用が継続されてきた期間,さらには原告の従事していた作業が臨時的なものではなく,むしろ基幹的なものであったといえることに鑑みるならば,原告のY1社との間の雇用継続に対する期待利益には合理性があるというべきであり,本件雇止めに解雇権濫用法理が類推適用されると解するのが相当である。
(2) 本件雇止めが解雇権の濫用として許されないものであるか否かについて
ア 前記のとおり,本件雇止めには解雇権濫用法理の類推適用がある。もっとも,原告は,本件雇止めの1年以上前である平成22年1月には,大幅な人員削減やa事業所の廃止などを内容とする本件事業構造改革についての説明を受けており,同年4月1日からの労働契約の更新に当たっての面談において,上司からa事業所が閉鎖される予定のため期間雇用従業員についてはいつまで仕事があるか分からない旨を告げられ,a事業所の閉鎖時期が平成23年9月末日と決まった後の平成22年11月以降は契約更新の都度,上司から原告の労働契約が平成23年9月末日までとなる見込みであると告げられ,本件労働契約締結の際には,上司から今回が最終契約となるのでそれ以降の契約の更新はしない旨を告げられた上で「今回をもって最終契約とする」旨の文言が記載された本件労働契約書に署名,押印していること,などに鑑みると,原告のY1社との間の雇用継続に対する期待利益の合理性の程度は高くないというべきである。
イ 前記1(3)ないし(5)認定の事実によれば,本件雇止めの当時,Y1社は,業績悪化により,平成20年度以降巨額の赤字を計上しており,人員削減の必要性が高かったといえること,本社今治工場で勤務していた600名の派遣社員につき,平成21年9月には全ての派遣契約を終了させたこと,CCFL製造の海外移転推進,合理化設備導入等による生産性向上,役員報酬返上,賞与水準見直し等の合理化諸施策を実施し,さらに,大幅な人員削減やa事業所を廃止して本社への移転統合を行うことなどを含む本件事業構造改革を実施し,同改革に伴う人員整理の結果,会社全体では1243名の正社員が退職,転籍等により684名と約半数に減少したこと,このように正社員について退職や転籍を求めざるを得ない状況の下で,期間雇用従業員である原告につき,出向や転籍などにより雇用を維持することは困難であったといえること,本件事業構造改革の実施に当たっては,説明会を開催して原告を含む従業損に対しその内容の説明を行っていること,原告に対し,契約更新の際に,再三にわたりa事業所の閉鎖に伴い,原告との労働契約を終了させる旨を伝えていること,原告が加入した組合からの団体交渉の申入れに応じ,3回にわたり団体交渉を持ち,合意には至らなかったものの,原告の退職に際して慰労金の支払や派遣会社への就職のあっせんを提案するなどしており,手続的に著しく相当性を欠いているとはいえないことが認められ,これらの事情を総合するならば,本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当として是認することができないものであるということはできない。
なお,原告は,a事業所に勤務した正社員には早期退職優遇措置がとられたのに対し,原告を含む非正規社員には何らの措置も予定されなかったことが不合理であると主張するが,労働契約上の期間の定めの有無をもって退職条件に差異を設けることが不合理であるとまでいうことはできず,原告の上記主張を採用することはできない。
ウ したがって,本件雇止めが解雇権の濫用に当たるということはできず,原告の主張は採用することはできない。
4 争点(3)(原告に対する共同不法行為の成否)について
上記争点(2)で説示したとおり,本件雇止めは解雇権の濫用に当たるとはいえず,Y1社の原告に対する労働条件の設定等についても違法ということはできないから,本件雇止めが被告らの共同不法行為に当たるとの原告の主張を認めることはできない。
第4結論
以上によれば,原告の請求のうち,本判決確定の日の翌日から職場復帰をするまでの間の賃金の支払を求める部分は,将来請求の訴えの要件を欠き不適法であるから却下し,その余の請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 影浦直人 裁判官 清水亜希)